(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-09-28
(45)【発行日】2023-10-06
(54)【発明の名称】細胞外のPKCδを標的とする肝癌細胞増殖抑制剤及びそれを含む新規肝癌治療薬
(51)【国際特許分類】
A61K 39/395 20060101AFI20230929BHJP
A61P 43/00 20060101ALI20230929BHJP
A61P 35/00 20060101ALI20230929BHJP
【FI】
A61K39/395 P ZNA
A61P43/00 105
A61P35/00
A61K39/395 E
A61K39/395 T
(21)【出願番号】P 2019168678
(22)【出願日】2019-09-17
【審査請求日】2022-09-02
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 平成30年9月25日に発行された第135回 成医会総会抄録集にて公開
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 平成30年10月11日に東京慈恵医科大学内において開催された第135回 成医会総会にてポスター発表
(73)【特許権者】
【識別番号】501083643
【氏名又は名称】学校法人慈恵大学
(74)【代理人】
【識別番号】110002860
【氏名又は名称】弁理士法人秀和特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】山田 幸司
(72)【発明者】
【氏名】木澤 隆介
(72)【発明者】
【氏名】吉田 清嗣
【審査官】川合 理恵
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2007/106424(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K
A61P
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
抗PKCδ抗体又はその抗原結合フラグメントを含む肝癌細胞増殖抑制剤を有効成分として含む、肝癌治療薬
であって、
前記肝癌が、細胞外にPKCδを放出する肝癌であり、
前記抗体が、細胞外におけるPKCδの作用を中和する抗体である、肝癌治療薬。
【請求項2】
前記抗体が、配列番号1のアミノ酸番号114~289で表されるアミノ酸配列に含まれるエピトープを認識する抗体である、請求項1に記載の肝癌治療薬。
【請求項3】
前記抗体が、配列番号1のアミノ酸番号114~289で表されるアミノ酸配列との配列同一性が95%以上であるアミノ酸配列に含まれるエピトープを認識する抗体である、請求項2に記載の肝癌治療薬。
【請求項4】
前記抗体が、キメラ抗体、ヒト化抗体又は完全ヒト抗体である、請求項1~3の何れか一項に記載の肝癌治療薬。
【請求項5】
前記抗原結合フラグメントが、Fab、Fab’、F(ab’)
2
、scFab、scFv、ジアボディ、トリアボディ又はミニボディである、請求項1~4の何れか一項に記載の肝癌治療薬。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、肝癌細胞増殖抑制剤及びそれを含む新規肝癌治療薬に関する。
【背景技術】
【0002】
プロテインキナーゼC(PKC)はセリンスレオニンキナーゼであり、タンパク質分子のセリンおよびスレオニン残基のヒドロキシル基をリン酸化する酵素である。PKCには、その活性化にジアシルグリセロール(DAG)とカルシウムイオン(CA2+)を要する在来型PKCアイソザイム(α、βI、βII、γ)と、その活性化にDAGのみを要する新型PKCアイソザイム(δ、ε、θ、η)等が存在する。
【0003】
新型PKCアイソザイムであるプロテインキナーゼCデルタ(PKCδ)は、約78キロダルトンの細胞内シグナル伝達キナーゼであり、様々な細胞内で発現していることが周知であった。しかしながら、PKCδが細胞外において局在することに関する報告はこれまでになく、PKCδが細胞外にも存在しているかは不明であった。
【0004】
これまでに肝癌細胞株を使った検討で、核輸送因子として知られるimportinα1が細胞外にも存在し肝癌の細胞増殖に寄与することが知られていた(非特許文献1)。しかしながら、細胞外のPKCδの機能については、癌細胞を始めとする様々な細胞における細胞機能への関与は不明であった。さらに、細胞外に局在するPKCδを標的とした創薬理念についての報告もなかった。
【0005】
一般に肝癌は予後が悪く、再発率も高い。根治療法としては、肝移植や焼灼療法があるが、例えば、腫瘍数3個以下や腫瘍径が3cm以下の場合のみがこれらの根治療法の対象となる。一方で、腫瘍数4個以上や腫瘍径が3cm超の場合は未だ死亡率が高く、年間3万人が死亡している。
肝癌の分子標的薬としてはソラフェニブが知られているが、肝癌診療に関するガイドラインによると(非特許文献2)、この分子標的薬の適用を推奨する1つの指標としては、例えば腫瘍数4個以上である場合等が挙げられる。しかしながら、上記ガイドラインに従って分子標的薬を投与した場合であっても、分子標的薬による治療効果は不十分であることが多く、治療成績を向上させる治療薬の開発は喫緊の課題であった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【非特許文献】
【0007】
【文献】Scientific Report 2016; 6: 21410
【文献】肝癌診療ガイドライン2017年版
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、細胞外に局在するPKCδを標的とする肝癌細胞増殖抑制剤及びそれを含む新規肝癌治療薬を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、これまでにPKCδの細胞外領域の局在に関して肝癌患者の血中に存在
することを見出し、細胞外に局在するPKCδを高精度な肝癌診断のためのマーカーとして使用できることを見出した(特願2018-095674)。
【0010】
その後、リコンビナントPKCδを用いた解析により、PKCδを肝癌細胞株に細胞外から作用させることによって、PKCδが肝癌細胞株に対する細胞増殖促進効果を有することを見出した。
【0011】
さらに、細胞外にPKCδを放出することを確認したヒト肝癌細胞株において、PKCδに対するモノクローナル抗体を用いて、PKCδの作用を中和する解析を行ったことにより、PKCδに対するモノクローナル抗体がそれらの肝癌細胞株に対する細胞増殖抑制効果を有することを見出した。
【0012】
上記のような知見に基づき、本発明を完成させた。
【0013】
すなわち、本発明は以下のとおりである。
[1]抗PKCδ抗体又はその抗原結合フラグメントを含む、肝癌細胞増殖抑制剤。
[2]前記抗体が、細胞外におけるPKCδの作用を中和する抗体である、[1]に記載の肝癌細胞増殖抑制剤。
[3]前記抗体が、配列番号1のアミノ酸番号114~289で表されるアミノ酸配列に含まれるエピトープを認識する抗体である、[1]又は[2]に記載の肝癌細胞増殖抑制剤。
[4]前記抗体が、配列番号1のアミノ酸番号114~289で表されるアミノ酸配列との配列同一性が95%以上であるアミノ酸配列に含まれるエピトープを認識する抗体である、[3]に記載の肝癌細胞増殖抑制剤。
[5]前記抗体が、キメラ抗体、ヒト化抗体又は完全ヒト抗体である、[1]~[4]の何れかに記載の肝癌細胞増殖抑制剤。
[6]前記抗原結合フラグメントが、Fab、Fab’、F(ab’)2、scFab、scFv、ジアボディ、トリアボディ又はミニボディである、[1]~[5]の何れかに記載の肝癌細胞増殖抑制剤。
[7][1]~[6]の何れかに記載の肝癌細胞増殖抑制剤を有効成分として含む、肝癌治療薬。
【発明の効果】
【0014】
本発明により、細胞外に局在するPKCδを標的とする肝癌細胞増殖抑制剤及びそれを含む新規肝癌治療薬が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】リコンビナントPKCδ(rPKCδ)タンパク質の細胞への添加と肝癌細胞の増殖亢進効果。肝癌細胞株(HepG2)の培養上清中にリコンビナントPKCδタンパク質を添加し48時間培養した。各ウェルにMTS([3-(4,5-dimethylthiazol-2-yl)-5-(3-carboxymethoxyphenyl)-2-(4-sulfophenyl)-2H-tetrazolium)試薬(Promega)を添加し、450nmの吸光度を測定した。細胞増殖率を示す吸光度の値は3回の実験の平均値として示した。
【
図2】リコンビナントPKCδタンパク質の細胞添加による増殖シグナル因子の活性化亢進(写真)。0.1%ウシ胎仔血清(FBS)(Gibco BRL)含有培地で一晩栄養飢餓にしたHepG2細胞の培養上清中にリコンビナントPKCδタンパク質を添加し、それぞれ0、5、10、15、30、60分間培養した後、細胞を回収してウェスタンブロットを行った。10%FBS含有培地添加は陽性コントロールとして行った。
【
図3】抗PKCδモノクローナル抗体処理による肝癌細胞の増殖抑制作用。細胞外へのPKCδの放出が多い細胞(HepG2またはHep3B)及び細胞外へのPKCδの放出がほとんど見られない細胞株(AGS)をそれぞれ96ウェルプレートに播種した(1ウェルあたり3×10
3細胞)。各ウェルに、アイソタイプ一致のマウスIgG(図中、cont.)またはマウス抗PKCδモノクローナル抗体(図中、clone14)(BD、クローン14)を1μg/mlの濃度で添加し、48時間培養した。その後、各ウェルにMTS試薬を添加し、450nmの吸光度を測定した。細胞増殖率を示す吸光度の値を3回の実験の平均値として示した。
【
図4】抗PKCδモノクローナル抗体処理による増殖シグナル因子の活性化抑制作用(写真)。HepG2細胞にアイソタイプ一致のマウスIgG(図中、Isotype IgG)またはマウス抗PKCδモノクローナル抗体(図中、α-PKCδmAb)(BD、クローン14)で処理し、5、10又は60分間培養した後、それぞれの細胞を回収してウェスタンブロットを行った。
【
図5】抗PKCδモノクローナル抗体処理によるスフェロイド形成阻害効果(写真)。HepG2細胞をアイソタイプ一致のマウスIgG(図中、control)又はマウス抗PKCδモノクローナル抗体(図中、α-PKCδmAb)(BD、クローン14)の存在下で、低接着性プレート上で5日間培養し、スフェロイド形成を観察した。
【
図6】抗PKCδモノクローナル抗体処理によるスフェロイドを形成した細胞の増殖能の低下。HepG2細胞をアイソタイプ一致のマウスIgG(図中、0ng/ml)またはマウス抗PKCδモノクローナル抗体(図中、10、100又は1,000ng/ml)(BD、クローン14)の存在下で、低接着性プレート上で5日間培養した。その後、各ウェルにMTS試薬を添加し、450nmの吸光度を測定した。細胞増殖率を示す吸光度の値を3回の実験の平均値として示した。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明は、抗PKCδ抗体又はその抗原結合フラグメントを含む、肝癌細胞増殖抑制剤を提供する。
【0017】
抗PKCδ抗体は、PKCδタンパク質と結合できるものであれば特に限定されることはないが、例えば、中和作用を有する抗体、CDC(補体依存性細胞障害)活性を有する抗体、又はADCC(抗体依存性細胞障害)活性を有する抗体が挙げられる。好ましくは、細胞外においてPKCδタンパク質と結合して、PKCδタンパク質の作用を中和する抗体である。または、肝癌細胞の細胞膜上に発現するPKCδタンパク質と結合して、PKCδタンパク質の作用を中和するものであってもよい。
抗体が有する上記のような作用や活性を増強させるために、または抗体に別の作用や活性を付与するために、必要に応じて、抗体上の任意の位置に任意の化合物を結合させてもよい。その化合物は、薬剤であってもよい。
ここで、PKCδタンパク質の作用とは、例えばPKCδタンパク質の肝癌細胞に対する作用であり、PKCδタンパク質が肝癌細胞表面の糖鎖や受容体などのタンパク質に作用することにより、細胞増殖に関わるシグナル伝達物質を活性化させ、肝癌細胞の細胞増殖を亢進すること等をいう。
【0018】
PKCδは、様々な細胞において発現しているタンパク質であり、肝癌細胞以外の細胞においては細胞内に局在している。一方で、肝癌細胞の場合は、一部のPKCδが細胞外に放出される。
【0019】
本発明において使用される抗PKCδ抗体は、細胞外に存在するPKCδを認識する抗体である限り、そのエピトープは特に制限されないが、例えば、配列番号1のアミノ酸番号114~289で表されるアミノ酸配列に含まれるエピトープを認識する抗体が例示される。または、配列番号1のアミノ酸番号114~289で表されるアミノ酸配列と、95%以上、好ましくは98%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列に含まれるエピトープを認識する抗体でもよい。
【0020】
抗PKCδ抗体は、ポリクローナル抗体とモノクローナル抗体の何れでもよいが、治療効果の安定性の観点からモノクローナル抗体であることが好ましい。
さらにヒトの治療に用いるためには、抗原性の低くする観点から、抗PKCδ抗体は、キメラ抗体、ヒト化抗体又は完全ヒト抗体であることが好ましい。
【0021】
抗体は、市販の抗体を使用してもよいが、当業者に公知の方法で作製した抗体を使用することもできる。
抗体を作成する方法は、例えば、モノクローナル抗体の場合、PKCδを抗原としてマウス等の動物に免疫を行い、PKCδ抗原タンパク質に対する抗体を産生する細胞を回収し、回収した細胞を同種又は異種の骨髄腫細胞と融合させ、抗PKCδモノクローナル抗体を産生するハイブリドーマ細胞を選択することによって、そのハイブリドーマ細胞の培養上清中から得ることが出来る。
さらに、上記のハイブリドーマ細胞をさらに改変させることによって、キメラ抗体又はヒト化抗体を得ることが出来る。具体的には、例えば、上記のハイブリドーマ細胞から抽出した遺伝子において、当業者に公知の方法である遺伝子組換え技術によって、この遺伝子中のFc領域をコードする部分を、ヒトのFc領域をコードする遺伝子で置き換える等の操作をすることによって、目的の抗体を得ることができる。
【0022】
抗PKCδ抗体の完全ヒト抗体は、ヒト抗体を産生することのできる遺伝子改変マウス等を用いて、PKCδを抗原として免疫を行い、その遺伝子改変マウスから得られた抗PKCδ抗体産生細胞を回収し、骨髄腫細胞と融合させ、抗PKCδ抗体を産生するハイブリドーマ細胞を選択することによって、そのハイブリドーマ細胞の培養上清中から得ることができる。
また、抗PKCδ抗体の完全ヒト抗体は、当業者に公知の方法であるファージディスプレイ法を用いることによっても作製することができる。
【0023】
抗原結合フラグメントとしては、抗原タンパク質であるPKCδと結合することが出来る限り限定されることはないが、例えば、Fab、Fab’、F(ab’)2、scFab、scFv、ジアボディ、トリアボディ又はミニボディが挙げられる。これらの抗原結合フラグメントはいずれも、当業者に公知の遺伝子改変技術を利用することによって、産生することができる。
【0024】
肝癌は、肝細胞癌、胆管細胞癌、混合型肝癌、転移性肝癌、肝芽腫、および線維層板型肝細胞癌(Fibrolamellar HCC)等が挙げられるが、これらに限定されるものではない。また、肝癌との文言は、肝臓における疾患部位、病期等において、特に限定されることはなく、何れの疾患部位、病期等をも包含するものである。
【0025】
本発明の他の態様は、上記肝癌細胞増殖抑制剤を有効成分として含む、肝癌治療薬である。
【0026】
本発明の肝癌細胞増殖抑制剤は、そのまま対象に投与することもできるが、他の有効成分や薬理学的に許容される担体と混合して肝癌治療薬として対象に投与することもできる。
【0027】
肝癌治療薬中の肝癌細胞増殖抑制剤の含有量は、肝癌細胞の増殖抑制が可能な限り、特に限定されることはないが、好ましくは、1ng/mL~10μg/mLである。
【0028】
本発明の肝癌治療薬は、任意の剤形で製剤化されていてよい。例えば、液剤、懸濁剤、注射剤が挙げられるが、注射剤であることが好ましい。
【0029】
投与態様は、特に限定されないが、注射等により患部又はその周辺に局所投与すること又は静脈注射すること等が好ましい。
【0030】
他の有効成分としては、例えば、サイトカイン等の免疫賦活物質、化学療法剤等が挙げられる。これらの他の有効成分は、適宜、適量で用いる事ができる。
【0031】
薬理学的に許容される担体としては、例えば、溶剤、蒸留水、生理食塩水、希釈剤、界面活性剤、安定化剤、溶解補助剤、懸濁化剤、乳化剤、緩衝剤、保存剤等が挙げられる。さらに、必要に応じて、防腐剤、抗酸化剤、着色剤、吸着剤、湿潤剤等の添加物を用いる事ができる。これらの担体は、適宜、適量で用いる事ができる。
【0032】
投与対象は哺乳動物であり、好ましくはヒトである。
肝癌治療薬の投与量は、有効成分である肝癌細胞増殖抑制剤が、肝癌細胞の増殖を抑制させ、肝癌治療効果を発揮する量であればよい。投与量は、投与対象の年齢、性別、体重、症状、治療効果、治療部位の面積、投与方法等に応じて適宜調節することが出来るが、例えば、約60kgの体重を有する平均的なヒトを対象とした場合、1日当たり0.01mg~5000mg程度が好ましく、0.1mg~500mg程度がより好ましい。1日当たりの総投与量は、単一投与量であっても分割投与量であってもよい。
【0033】
治療効果に関しては、生体内での解析の場合は、肝癌治療薬による処置を行った結果、肝癌治療薬による処置を行う前と比較して又は肝癌治療薬による処置を行わなかった対照と比較して、肝癌細胞の増殖が抑制されたこと、肝癌細胞が減少したこと、肝癌の大きさが小さくなったこと等が確認できた場合に、治療効果があったと判断することができる。この時、解析方法は特に限定されることはなく、当業者に公知の方法で行うことができる。
【0034】
また、細胞生物学的解析の場合は、治療薬による処置後の検体と治療薬による処置前の検体とを比較することで、生体内での治療薬の治療効果を予測することができる。細胞生物学的解析としては、特に限定されることはないが、例えば細胞増殖アッセイ、細胞塊(スフェロイド)形成アッセイ、ウェスタンブロット法等が挙げられるが、当業者に公知の方法で行うことができる。
【実施例】
【0035】
実施例は、開示する目的のために記載されており、本発明の範囲を制限する意図はない。
【0036】
本開示および実施例で言及されているが明白に記載されていない、分子生物学、細胞生物学および免疫学の方法は、当業者に周知である従来からの方法を用いる。そのような技術としては、「Methods in Molecular Biology」 Humana出版;「Molecular Cloning: A Laboratory Manual、second edition」(Sambrookら著、1989年)Cold Spring Harbor 出版;「Cell Biology:A Laboratory
Not ebook」(J.E. Cellis編、1998年)Academic出版;「Current Protocols in Molecular Biology」(F.M.Ausubel ら編、1987年);「Short Protocols in Molecular Biology」(Wiley、Sons著、1999年);「Introduction to Cell and Tissue Culture」(J.P. Mather、P.E.Roberts著、1998年)Plenum出版;「Animal Cell Culture」(R.I.Freshney編、1987年;「C
ell and Tissue Culture:Laboratory Procedures」(A.Doyle、J.B.Griffiths、D.G.Newell編、1993年‐1998年)J.Wiley and sons;「Handbook of Experimental Immunology」(F.M.Ausubelら編、1987年);「Current Protocols in Immunology」(J.E.Coliganら編、1991年);「Methods in Enzymology」(Academic Press)などの文献で十分に説明されている。
【0037】
<材料および方法>
細胞培養
肝癌細胞株(HepG2およびHep3B)および胃癌細胞株AGSをDMEMまたはRPMI1640培地(ナカライ(Nacalai))に、10%ウシ胎仔血清(FBS)(Gibco BRL)、ペニシリン(100units/ml)、およびストレプトマイシン(100μg/ml)(ナカライ(Nacalai))を含む条件で培養した。全ての細胞株は、国立研究開発法人医薬基盤・健康・栄養研究所の細胞バンク(JCRB)から入手し、加湿された5%CO2、37℃の条件下で生育した。
【0038】
SDS‐PAGEおよびウエスタンブロッティング
全細胞溶解液の調製は他に記載されているように行った(非特許文献1)。タンパク質サンプルをポリアクリルアミドゲル電気泳動(SDS‐PAGE)で展開し、ニトロセルロース膜に転写した。その後、対応する抗体で特異的抗原を反応させ、次いで、セイヨウワサビペルオキシダーゼ(HRP)結合の二次IgG(サンタクルズ(Santacruz))と反応させた。洗浄後のニトロセルロース膜を増強化学発光法(ECL法)により可視化した。
【0039】
スフェロイドの形成
2×103個のHepG2細胞を超低接着表面6ウェルプレート(コーニング(corning))に播種した。培地は、DMEM‐Ham’s F‐12(ナカライ(Nacalai))に、EGF(組換えヒト上皮細胞増殖因子)、FGF(組換えヒト線維芽細胞増殖因子)、組換えヒトインスリン、およびB27無血清サプリメント(サーモ(Thermo))を添加したものを用いた。スフェロイド形成は、5日後に位相差顕微鏡を用いて確認した。
【0040】
細胞増殖アッセイ
総体積100μl(1ウェルあたり3×103個の細胞)の培養液中で、細胞をマウス抗PKCδモノクローナル抗体(1μg/ml)(BD、クローン14)もしくはアイソタイプマウスコントロールIgG(1μg/ml)(サンタクルズ(Santacruz))の存在下で生育させた。48時間後、MTS試薬(プロメガ(Promega))を各ウェルに加え、30分間インキュベーションし、生体還元により生じる水溶性ホルマザン染料をマイクロプレートリーダーで測定した。全てのサンプルを4つの重複する系で試験し、一回の測定値は、4つの重複するウェルの平均値とした。
【0041】
<実施例1:細胞外に局在するPKCδは細胞増殖性に機能する>
プロテインキナーゼCデルタ(PKCδ)は約78キロダルトンの細胞内シグナル伝達キナーゼとして周知されているが、細胞外での機能は知られていない。また細胞外で検出される細胞内タンパク質のいくつかは、細胞膜に局在することも知られている(非特許文献1および特許文献1)。本発明者らは肝癌細胞株を用いて、肝癌細胞株の培養上清中にPKCδのリコンビナントタンパク質を添加し、細胞外に局在するPKCδリコンビナントタンパク質による肝癌細胞株の細胞増殖への影響を調べた。その結果、PKCδのリコンビナントタンパク質処理細胞で細胞増殖の有意な亢進が観測された(
図1)。さらに、
細胞外に局在するPKCδが細胞内シグナル伝達系に与える影響を調べるため、リン酸化プロテインアレイを施行したところ、PKCδのリコンビナントタンパク質処理細胞においてSTAT3やERK1/2のリン酸化が亢進していることが分かった(データ示さず)。この結果を検証するため、PKCδのリコンビナントタンパク質処理後の経時的なリン酸化状態をウェスタンブロット法で検証したところ、処理後5分から10分にかけてSTAT3やERK1/2のリン酸化の増強が確認された(
図2)。特にERK1/2は細胞増殖に直接関わる細胞内シグナル因子であることから、細胞外に局在するPKCδが肝癌細胞の細胞増殖に寄与していることが示唆された。
【0042】
<実施例2:抗PKCδモノクローナル抗体は肝癌細胞株の細胞増殖を抑制する>
細胞外に局在するPKCδが肝癌細胞の増殖に関与するかを調べるため、アイソタイプマウスコントロールIgGおよびマウス抗PKCδモノクローナル抗体(BD、クローン14)を用いた細胞増殖アッセイを施行した。その結果、細胞外へのPKCδの放出が多い肝癌細胞株(HepG2、Hep3B)において有意な細胞増殖抑制効果を確認できた(
図3)。その一方で、細胞外へのPKCδの放出がほとんどない胃癌細胞株AGSでは、抗PKCδモノクローナル抗体処理による有意な細胞増殖抑制効果は見られなかった。次に、ウェスタンブロット法によって、細胞増殖シグナル因子の活性化を調べたところ、マウス抗PKCδモノクローナル抗体(BD、クローン14)処理HepG2細胞においてERK1/2のリン酸化の減少が観測された(
図4)。このことから、細胞外に局在するPKCδが肝癌細胞の増殖機構に寄与しており、抗体等で細胞外に局在するPKCδをターゲットにすることで、肝癌治療に利用できることが示された。
【0043】
<実施例3:抗PKCδモノクローナル抗体は肝癌細胞のスフェロイド形成能を抑制する>
細胞外に局在するPKCδが肝癌細胞の腫瘍形成能に関与するかを調べるために、HepG2細胞を用いてスフェロイド形成実験を行った。アイソタイプマウスコントロールIgG処理群と比べて、マウス抗PKCδモノクローナル抗体処理群の方が、形成されるスフェロイドの大きさが小さいことより、スフェロイド形成能が減弱する傾向があることが確認できた(
図5)。また細胞増殖アッセイを行ったところ、アイソタイプマウスコントロールIgG処理群と比べて、マウス抗PKCδモノクローナル抗体処理群で有意な細胞増殖率の減少が確認された(
図6)。このことから、細胞外に局在するPKCδが腫瘍形成能に直接的に関与している可能性が示唆された。
【0044】
以上の結果から、細胞外に局在するPKCδが肝癌の細胞の増殖機構に関わること、そして、細胞外に局在するPKCδを特異的な抗体で中和することで肝癌細胞の増殖が抑制できることが示唆された。
【配列表】