(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-09-28
(45)【発行日】2023-10-06
(54)【発明の名称】新規腎前駆細胞マーカーおよびそれを利用した腎前駆細胞の濃縮方法
(51)【国際特許分類】
C12N 5/071 20100101AFI20230929BHJP
C07K 16/28 20060101ALI20230929BHJP
C12Q 1/04 20060101ALI20230929BHJP
G01N 33/48 20060101ALI20230929BHJP
G01N 33/53 20060101ALI20230929BHJP
C12N 5/074 20100101ALN20230929BHJP
C07K 14/50 20060101ALN20230929BHJP
【FI】
C12N5/071
C07K16/28
C12Q1/04
G01N33/48 M
G01N33/53 D
G01N33/53 Y
C12N5/074
C07K14/50
(21)【出願番号】P 2020532382
(86)(22)【出願日】2019-07-22
(86)【国際出願番号】 JP2019028648
(87)【国際公開番号】W WO2020022261
(87)【国際公開日】2020-01-30
【審査請求日】2022-06-09
(31)【優先権主張番号】P 2018138040
(32)【優先日】2018-07-23
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成29年度、国立研究開発法人日本医療研究開発機構、再生医療実現拠点ネットワークプログラム委託事業「慢性腎臓病に対する再生医療開発に向けたヒト iPS細胞から機能的な腎細胞と腎組織の作製」、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】504132272
【氏名又は名称】国立大学法人京都大学
(74)【代理人】
【識別番号】110002860
【氏名又は名称】弁理士法人秀和特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】長船 健二
(72)【発明者】
【氏名】荒岡 利和
(72)【発明者】
【氏名】渡辺 亮
【審査官】飯濱 翔太郎
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2017/043666(WO,A1)
【文献】国際公開第2014/200115(WO,A1)
【文献】Developmental Biology,2017年,Vol. 425,pp. 130-141
【文献】医学のあゆみ ,2016年,Vol. 257, No. 11,pp. 1141-1145
【文献】細胞表面抗原を用いたヒトiPS細胞由来腎前駆細胞の単離法開発,日本腎臓学会誌,Vol. 59, No. 3,2017年,pp. 249,O-139
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N
C07K
C12Q
G01N
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
腎前駆細胞を含有する細胞集団からMET陽性細胞および/またはAGTR2陽性細胞を抽出する工程を含む、腎前駆細胞の濃縮方法。
【請求項2】
腎前駆細胞がOSR1およびSIX2陽性である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
MET陽性細胞および/またはAGTR2陽性細胞を抽出する工程が抗MET抗体および/または抗AGTR2抗体を用いて行われる、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
前記腎前駆細胞がヒト腎前駆細胞である、請求項1から3のいずれかに記載の方法。
【請求項5】
前記腎前駆細胞を含有する細胞集団が、多能性幹細胞から分化誘導された腎前駆細胞を含有する細胞集団である、請求項1から4のいずれかに記載の方法。
【請求項6】
前記多能性幹細胞が、ES細胞またはiPS細胞である、請求項5に記載の方法。
【請求項7】
腎前駆細胞を含有する細胞集団においてMET陽性細胞および/またはAGTR2陽性細胞を検出する工程を含む、腎前駆細胞の検出方法。
【請求項8】
腎前駆細胞がOSR1およびSIX2陽性である、請求項7に記載の方法。
【請求項9】
METに特異的に結合する試薬および/またはAGTR2に特異的に結合する試薬を含む、腎前駆細胞の抽出または検出用キット。
【請求項10】
腎前駆細胞がOSR1およびSIX2陽性である、請求項9に記載のキット。
【請求項11】
METに特異的に結合する試薬が抗MET抗体であり、AGTR2に特異的に結合する試薬が抗AGTR2抗体である、請求項9または10に記載のキット。
【請求項12】
多能性幹細胞から腎前駆細胞を含有する細胞集団を得る工程、および得られた細胞集団からMETおよび/またはAGTR2が陽性であることを指標として腎前駆細胞を抽出する工程を含
む、腎前駆細胞の製造方法。
【請求項13】
腎前駆細胞がOSR1およびSIX2陽性である、請求項12に記載の方法。
【請求項14】
多能性幹細胞から腎前駆細胞を含有する細胞集団を得る工程が、以下の工程(i)~(vi)を含む、請求項12または13に記載の方法。
(i)多能性幹細胞を、FGF(Fibroblast growth factor)2、BMP(Bone morphogenetic protein)4、GSK(Glycogen synthase kinase)-3β阻害剤およびレチノイン酸またはそ
の誘導体を含む培地で培養する工程;
(ii)工程(i)で得られた細胞を、FGF2、GSK-3β阻害剤およびBMP7を含む培地で培
養する工程;
(iii)工程(ii)で得られた細胞を、FGF2、GSK-3β阻害剤、BMP7およびTGF(Transforming growth factor)β阻害剤を含む培地で培養する工程;
(iv)工程(iii)で得られた細胞を、FGF2、GSK-3β阻害剤、BMP7、アクチビンお
よびROCK(Rho-kinase)阻害剤を含む培地で培養する工程;
(v)工程(iv)で得られた細胞を、レチノイン酸またはその誘導体およびFGF9を含む培地で培養する工程;および
(vi)工程(v)で得られた細胞を、GSK-3β阻害剤およびFGF9を含む培地で培養する
工程。
【請求項15】
請求項12~14のいずれか一項に記載の方法により腎前駆細胞を誘導する工程、および得られた腎前駆細胞を培養し、腎オルガノイドを形成させる工程を含む、腎オルガノイドの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、腎前駆細胞の濃縮方法および検出方法ならびにそれらの方法に使用されるキットに関する。本発明はまた、多能性幹細胞からの腎前駆細胞の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
現在本邦において慢性腎臓病(CKD)の患者数は、約1,300万人と推計されており、新たな国民病と呼ばれている。慢性腎臓病に対する根治的治療法は少なく、その進行によって透析療法を必要とする末期慢性腎不全患者は32万人以上であり、医学的のみならず医療経済的にも大きな問題となっている。末期慢性腎不全を含む慢性腎臓病の根治療法として腎移植が挙げられるが、深刻なドナー臓器不足のため需要に対し供給が全く追いついていない状態である。
【0003】
腎移植におけるドナー臓器不足の解決やCKDに対する新規の細胞療法を開発するために、人工多能性幹(iPS)細胞から高効率に腎細胞や腎組織を作製する方法の確立が必要とされている。
腎臓は、胎生初期の組織である中間中胚葉に由来し、脊椎動物では中間中胚葉から前腎、中腎、後腎の3つの腎臓が形成され、哺乳類では後腎が成体の腎臓となる。後腎は、間葉と呼ばれる成体腎のネフロンと間質に将来分化する組織と尿管芽と呼ばれる成体腎の集合管から下部の腎盂、尿管、膀胱の一部に将来分化する組織の2つの組織の相互作用で発生する。(非特許文献1, 2)。さらに、近年、中間中胚葉は、前方と後方の2つの部位に分かれており、前方中間中胚葉から尿管芽、後方中間中胚葉から間葉が発生することが報告された(非特許文献3)。
【0004】
ヒトiPS細胞やヒト胚性幹(ES)細胞から腎前駆細胞を分化誘導する方法が開発されている(非特許文献3~6)。しかしながら、分化誘導効率が100%でないため分化培養中に未分化iPS細胞や他の臓器系譜の細胞などの目的外細胞を含んでいる。目的外細胞を含んだまま腎前駆細胞を移植治療に用いると腫瘍形成などの有害事象を引き起こす危険性があり、また疾患モデル作製や薬剤腎毒性評価系構築に使用すると目的外細胞を含むため効率が悪く、また実験結果を修飾する危険性がある。よって、ヒトiPS細胞から分化誘導される腎前駆細胞のみを選択的に単離する方法の確立が必要である。
【0005】
本発明者らは、最近、独自の細胞表面抗原の組み合わせを用いてヒトiPS細胞から分化誘導した腎前駆細胞を単離する方法を報告したが(非特許文献7および特許文献1)、単離・濃縮効率の点で改善の余地があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【非特許文献】
【0007】
【文献】Osafune K., et al., Development 2006; 133: 151-61.
【文献】Kobayashi A., et al., Cell Stem Cell 2008; 3: 169-81.
【文献】Taguchi A., et al., Cell Stem Cell. 2014; 14: 53-67.
【文献】Takasato M., et al., Nat Cell Biol. 2014; 16: 118-26.
【文献】Takasato M., et al., Nature. 2015; 526: 564-568.
【文献】Morizane R., et al., Nat. Biotechnol. 2015; 33: 1193-1200.
【文献】Hoshina A., et al., Sci Rep, Sci Rep. 2018; 8: 6375.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、腎前駆細胞を含む細胞集団から効率よく腎前駆細胞を単離・純化するための方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは上記の課題を解決すべく鋭意検討を行った結果、MET(肝細胞増殖因子受容体)および/またはAGTR2(アンジオテンシン受容体2)をマーカーとして用いることによって、腎前駆細胞を含む細胞集団から、純度の高い腎前駆細胞集団を取得し、製造できることを初めて見出した。本発明はそのような知見を基にして完成されたものである。
【0010】
すなわち、本発明は以下の特徴を有する:
[1]腎前駆細胞を含有する細胞集団からMET陽性細胞および/またはAGTR2陽性細胞を抽出する工程を含む、腎前駆細胞の濃縮方法。
[2]腎前駆細胞がOSR1(odd-skipped related 1)およびSIX2(別名SIX Homeobox 2)陽性である、[1]に記載の方法。
[3]MET陽性細胞および/またはAGTR2陽性細胞を抽出する工程が抗MET抗体および/または抗AGTR2抗体を用いて行われる、[1]または[2]に記載の方法。
[4]前記腎前駆細胞がヒト腎前駆細胞である、[1]から[3]のいずれかに記載の方法。
[5]前記腎前駆細胞を含有する細胞集団が、多能性幹細胞から分化誘導された腎前駆細胞を含有する細胞集団である、[1]から[4]のいずれかに記載の方法。
[6]前記多能性幹細胞が、ES細胞またはiPS細胞である、[5]に記載の方法。
[7]腎前駆細胞を含有する細胞集団においてMET陽性細胞および/またはAGTR2陽性細胞を検出する工程を含む、腎前駆細胞の検出方法。
[8]腎前駆細胞がOSR1およびSIX2陽性である、[7]に記載の方法。
[9]METに特異的に結合する試薬および/またはAGTR2に特異的に結合する試薬を含む、腎前駆細胞の抽出または検出用キット。
[10]腎前駆細胞がOSR1およびSIX2陽性である、[9]に記載のキット。
[11]METに特異的に結合する試薬が抗MET抗体であり、AGTR2に特異的に結合する試薬が抗AGTR2抗体である、[9]または[10]に記載のキット。
[12]多能性幹細胞から腎前駆細胞を含有する細胞集団を得る工程、および得られた細胞集団からMETおよび/またはAGTR2が陽性であることを指標として腎前駆細胞を抽出する工程を含む、腎前駆細胞の製造方法。
[13]腎前駆細胞がOSR1およびSIX2陽性である、[12]に記載の方法。
[14]多能性幹細胞から腎前駆細胞を含有する細胞集団を得る工程が、以下の工程(i)~(vi)を含む、[12]または[13]に記載の方法。
(i)多能性幹細胞を、FGF(Fibroblast growth factor)2、BMP(Bone morphogenetic protein)4、GSK(Glycogen synthase kinase)-3β阻害剤およびレチノイン酸またはその誘導体を含む培地で培養する工程;
(ii)工程(i)で得られた細胞を、FGF2、GSK-3β阻害剤およびBMP7を含む培地で培養する工程;
(iii)工程(ii)で得られた細胞を、FGF2、GSK-3β阻害剤、BMP7およびTGF(Transforming growth factor)β阻害剤を含む培地で培養する工程;
(iv)工程(iii)で得られた細胞を、FGF2、GSK-3β阻害剤、BMP7、アクチビンおよびROCK(Rho-kinase)阻害剤を含む培地で培養する工程;
(v)工程(iv)で得られた細胞を、レチノイン酸またはその誘導体およびFGF9を含む培地で培養する工程;および
(vi)工程(v)で得られた細胞を、GSK-3β阻害剤およびFGF9を含む培地で培養する工程。
[15][12]~[14]のいずれかに記載の方法により腎前駆細胞を誘導する工程、および得られた腎前駆細胞を培養し、腎オルガノイドを形成させる工程を含む、腎オルガノイドの製造方法。
[16]METおよび/またはAGTR2からなる腎前駆細胞マーカー。
[17]腎前駆細胞がOSR1およびSIX2陽性である、[16]に記載の腎前駆細胞マーカー。
[18]腎前駆細胞マーカーとしてのMETおよび/またはAGTR2の使用。
[19]腎前駆細胞がOSR1およびSIX2陽性である、[18]に記載の使用。
[20][12]~[14]のいずれかに記載の方法により得られた腎前駆細胞又は[15]に記載の方法により得られた腎オルガノイドを含む、腎疾患の治療剤又は予防剤。
[21][12]~[14]のいずれかに記載の方法により得られた腎前駆細胞又は[15]に記載の方法により得られた腎オルガノイドの治療又は予防有効量を、治療又は予防を必要とする患者に投与する工程を含む、腎疾患の治療又は予防方法。
[22][12]~[14]のいずれかに記載の方法により得られた腎前駆細胞又は[15]に記載の方法により得られた腎オルガノイドの、腎疾患の治療又は予防のための医薬の製造における使用。
[23]腎疾患の治療又は予防に使用するための、[12]~[14]のいずれかに記載の方法により得られた腎前駆細胞又は[15]に記載の方法により得られた腎オルガノイド。
【発明の効果】
【0011】
本発明によって、多能性幹細胞(例えば、iPS細胞)から腎前駆細胞に分化誘導した細胞集団から、マーカーとしてMETおよび/またはAGTR2を用いることで、高純度の腎前駆細胞を単離し、濃縮することが可能となった。本発明の方法で取得された腎前駆細胞集団は、腎不全等の腎疾患の再生医療用途に使用されうる。また、臓器再構築、創薬スクリーニング、薬剤毒性評価系開発への応用も期待される。
後腎は成体腎を形成する胎児腎組織の一つであり腎臓再生において必須のコンポーネントである。また後腎ネフロン前駆細胞やそこから派生する糸球体、尿細管に発生する腎疾患は多いため腎疾患モデル作製にとっても有用である。従って、本発明の方法は、腎疾患に対する治療方法探索の観点においても貢献しうる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】MET抗体並びに腎前駆細胞マーカーであるOSR1とSIX2に対する、レポーターヒトiPS細胞株(OSR1-GFP/SIX2-tdTomatoレポーターヒトiPS細胞) を分化誘導して得られた細胞集団を用いたFACSの結果を示す図。
【
図2】iPS細胞株(OSR1-GFP/SIX2-tdTomatoレポーターヒトiPS細胞) を分化誘導して得られた細胞集団から抗MET抗体で単離した細胞の腎前駆細胞マーカーSIX2に対する抗体を用いた免疫細胞染色像を示す図(写真)。MET陰性細胞と比較して結果を示した。
【
図3】Alport症候群患者由来iPS細胞株を分化誘導して得られた細胞集団から抗MET抗体で単離した細胞におけるネフロン前駆細胞マーカー遺伝子の発現を定量的RT-PCR法で解析した結果を示す図。MET陰性細胞と比較して結果を示した。
【
図4】常染色体優性多発性嚢胞腎(ADPKD)患者由来iPS細胞株を分化誘導して得られた細胞集団から抗MET抗体で単離した腎前駆細胞(MET(+)95%)を培養して得られた腎オルガノイドの顕微鏡写真。左下図は、形成された腎オルガノイドの明視野像。右上下図は、腎オルガノイドの免疫染色図。緑: PODOCALYXIN、糸球体足細胞マーカー、赤: LTL (Lotus tetragonolobus lectin)、近位尿細管マーカー、白: CDH1、遠位尿細管マーカー。
【
図5】Alport症候群患者由来iPS細胞株を分化誘導して得られた細胞集団から抗MET抗体で単離した腎前駆細胞を培養して得られた腎オルガノイド(分化13日目)の顕微鏡写真。左上図は、形成された腎オルガノイドの明視野像。左下図は、腎オルガノイドの免疫染色図(弱拡大、100倍)。右上図は、中等度拡大(200倍)した腎オルガノイドの免疫染色図。右下図は、強拡大(400倍)した腎オルガノイドの免疫染色図。緑: PODOCALYXIN、糸球体足細胞マーカー、赤: LTL (Lotus tetragonolobus lectin)、近位尿細管マーカー、白: CDH1、遠位尿細管マーカー。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明を以下に詳細に説明する。
【0014】
<腎前駆細胞の濃縮方法>
本発明の腎前駆細胞の濃縮方法は、腎前駆細胞を含有する細胞集団からMET陽性細胞および/またはAGTR2陽性細胞を抽出する工程を含む。本発明の腎前駆細胞の濃縮方法は、腎前駆細胞の選別方法と言い換えることもできる。
【0015】
本発明において、腎前駆細胞は、ネフロン前駆細胞と同等の細胞として取り扱われ、腎臓の糸球体様構造や尿細管様構造などの器官構造へ分化し得る細胞であり、器官構造への分化能は、例えば、Osafune K,et al.(2006),Development 133:151-61に記載の方法によって評価し得る。腎前駆細胞としての状態を維持するための特徴的な因子としてSIX2が知られており(Cell Stem Cell 3:169-181 (2008))、腎前駆細胞の例として、SIX2陽性の腎前駆細胞が挙げられる。例えば、SIX2プロモーター制御下に導入されたレポーター遺伝子(例えば、tdTomato)を有する多能性幹細胞(例えば、後記実施例記載のOSR1-GFP/SIX2-tdTomatoレポーターヒトiPS細胞)を培養し、当該レポーター遺伝子の発現を指標に当該分野で公知の方法(例えば、細胞ソーターを用いる方法)によって、SIX2陽性の腎前駆細胞を単離することができる。また、定量的RT-PCR(Nat Commun 4,1367,(2013))等の遺伝子発現を分析する方法によって、腎前駆細胞におけるSIX2の発現を確認することもできる。本発明において、SIX2陽性の腎前駆細胞には、SIX2タンパク質を発現している細胞、およびSIX2プロモーター制御下にある遺伝子にコードされるタンパク質を発現する細胞が包含される。SIX2には、NCBIのアクセッション番号として、ヒトの場合、NM_016932.4、マウスの場合、NM_011380.2に記載されたヌクレオチド配列を有する遺伝子並びに当該遺伝子にコードされるタンパク質、ならびにこれらの機能を有する天然に存在する変異体が包含される。好ましくは、本発明の方法で誘導される腎前駆細胞は、OSR1およびSIX2が陽性である細胞であり、より好ましくは、さらに、HOX11、PAX2、CITED1、WT1、およびSALL1が陽性である。これらのマーカー、さらにはMETおよび/またはAGTR2の発現が陽性であることはこれらのタンパク質に対する抗体を用いた細胞(組織)染色、細胞選別、あるいは、これらのmRNAに対する定量PCRなどによって確認できる。
【0016】
本発明において、「腎前駆細胞を含有する細胞集団」とは、腎前駆細胞を含有している細胞の集合体であれば、その由来は特に問わない。例えば、単離された腎組織に含まれる細胞集団であってもよいし、また、多能性幹細胞から分化誘導された腎前駆細胞を含有する細胞集団であってもよい。
【0017】
本発明において、腎前駆細胞の濃縮とは、抽出操作前と比して腎前駆細胞の割合を多くすることを意味し、好ましくは、腎前駆細胞を50%以上、60%以上、70%以上、80%以上または90%以上含有するよう濃縮させることである。より好ましくは、100%腎前駆細胞からなる細胞を得ることである。すなわち、本発明では、METおよび/またはAGTR2の発現が陽性であり、かつ、OSR1および/またはSIX2が陽性である(好ましくはさらにHOX11、PAX2、CITED1、WT1、およびSALL1の1つ以上が陽性である)腎前駆細胞を、50%以上、60%以上、70%以上、80%以上または90%以上含む細胞集団が提供される。
【0018】
METは肝細胞増殖因子(HGF)の受容体であり、cMETとも呼ばれる。ヒトの場合、例えば、National Center for Biotechnology Information (NCBI) GenBank Accession NO. NM_001127500.2, NM_000245.3,NM_001324402.1またはNM_001324401.1の塩基配列によってコードされるアミノ酸配列を有するタンパク質またはそのホモログが挙げられ、マウスの場合、例えば、NCBI GenBank Accession No. NM_008591.2の塩基配列によってコードされるアミノ酸配列を有するタンパク質またはそのホモログが挙げられる。
【0019】
AGTR2はアンジオテンシンの受容体(2型)である。ヒトの場合、例えば、NCBI GenBank Accession No. NM_000686.4の塩基配列によってコードされるアミノ酸配列を有するタンパク質またはそのホモログが挙げられ、マウスの場合、例えば、NCBI GenBank Accession No. NM_007429.5の塩基配列によってコードされるアミノ酸配列を有するタンパク質またはそのホモログが挙げられる。
【0020】
MET陽性および/またはAGTR2陽性を指標として腎前駆細胞を抽出する際には、METタンパク質および/またはAGTR2タンパク質が発現していることを指標にしてもよいし、METタンパク質および/またはAGTR2タンパク質をコードする遺伝子が発現(mRNAが発現)していることを指標にしてもよい。なお、MET遺伝子およびAGTR2遺伝子について、選択的スプライシングによるアイソフォームが存在する場合、それらのアイソフォームも、MET遺伝子およびAGTR2遺伝子の範囲に包含される。
【0021】
本発明において、腎前駆細胞にはMETおよびAGTR2が発現していることが初めて見いだされたため、MET陽性および/またはAGTR2陽性を指標にして効率よく腎前駆細胞を濃縮することができる。具体的な濃縮方法は後述する。
【0022】
本発明において、MET陽性および/またはAGTR2陽性を指標として腎前駆細胞を含有する細胞集団から腎前駆細胞を抽出する場合、特許文献1に記載されたような他の腎前駆細胞マーカーと組み合わせて使用され得る。METおよびAGTR2、さらにはこれらと他の腎前駆細胞マーカーを任意で組み合わせて使用する場合、単独で使用する場合と比較して腎前駆細胞の濃縮率は高められる。
【0023】
以下、多能性幹細胞から腎前駆細胞を含有する細胞集団を分化誘導する方法について説明する。
【0024】
<多能性幹細胞>
本発明で腎前駆細胞を含有する細胞集団を得るために使用可能な多能性幹細胞は、生体に存在するすべての細胞に分化可能である多能性を有し、かつ、増殖能をも併せもつ幹細胞であり、それには、以下のものに限定されないが、例えば、胚性幹(ES)細胞、精子幹細胞(「GS細胞」)、胚性生殖細胞(「EG細胞」)、人工多能性幹(iPS)細胞、核移植により得られるクローン胚由来の胚性幹(ntES)細胞などが含まれる。好ましい多能性幹細胞は、ES細胞およびiPS細胞である。
【0025】
(A) 胚性幹細胞
ES細胞は、ヒトやマウスなどの哺乳動物の初期胚(例えば胚盤胞)の内部細胞塊から樹立された、多能性と自己複製による増殖能を有する幹細胞である。
【0026】
ES細胞は、受精卵の8細胞期、桑実胚後の胚である胚盤胞の内部細胞塊に由来する胚由来の幹細胞であり、成体を構成するあらゆる細胞に分化する能力、いわゆる分化多能性と、自己複製による増殖能とを有している。ES細胞は、マウスで1981年に発見され(M.J. Evans and M.H. Kaufman (1981), Nature 292:154-156)、その後、ヒト、サルなどの霊長類でもES細胞株が樹立された (J.A. Thomson et al. (1998), Science 282:1145-1147; J.A. Thomson et al. (1995), Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 92:7844-7848;J.A. Thomson et al. (1996), Biol. Reprod., 55:254-259; J.A. Thomson and V.S. Marshall (1998), Curr. Top. Dev. Biol., 38:133-165)。
【0027】
ヒトおよびサルのES細胞については、例えばUSP5,843,780; Thomson JA, et al. (1995), Proc Natl. Acad. Sci. U S A. 92:7844-7848;Thomson JA, et al. (1998), Science. 282:1145-1147; H. Suemori et al. (2006), Biochem. Biophys. Res. Commun., 345: 926-932; M. Ueno et al. (2006), Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 103:9554-9559; H. Suemori et al. (2001), Dev. Dyn., 222:273-279;H. Kawasaki et al. (2002), Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 99:1580-1585;Klimanskaya I, et al. (2006), Nature. 444:481-485などに記載されている。
【0028】
ヒトES細胞株は、例えば、WA01(H1)およびWA09(H9)は、WiCell Reserch Instituteから、KhES-1、KhES-2およびKhES-3は、京都大学再生医科学研究所(京都、日本)から入手可能である。
【0029】
(B) 精子幹細胞
精子幹細胞は、精巣由来の多能性幹細胞であり、精子形成のための起源となる細胞である。この細胞は、ES細胞と同様に、種々の系列の細胞に分化誘導可能であり、例えばマウス胚盤胞に移植するとキメラマウスを作出できるなどの性質をもつ(M. Kanatsu-Shinohara et al. (2003) Biol. Reprod., 69:612-616; K. Shinohara et al. (2004), Cell, 119:1001-1012)。神経膠細胞系由来神経栄養因子(glial cell line-derived neurotrophic factor (GDNF))を含む培養液で自己複製可能であるし、またES細胞と同様の培養条件下で継代を繰り返すことによって、精子幹細胞を得ることができる(竹林正則ら(2008),実験医学,26巻,5号(増刊),41~46頁,羊土社(東京、日本))。
【0030】
(C) 胚性生殖細胞
胚性生殖細胞は、胎生期の始原生殖細胞から樹立される、ES細胞と同様な多能性をもつ細胞であり、LIF、bFGF、幹細胞因子(stem cell factor)などの物質の存在下で始原生殖細胞を培養することによって樹立しうる(Y. Matsui et al. (1992), Cell, 70:841-847; J.L. Resnick et al. (1992), Nature, 359:550-551)。
【0031】
(D) 人工多能性幹細胞
人工多能性幹(iPS)細胞は、特定の初期化因子を、DNAまたはタンパク質の形態で体細胞に導入することによって作製することができる、ES細胞とほぼ同等の特性、例えば分化多能性と自己複製による増殖能を有する体細胞由来の人工の幹細胞である(K. Takahashi and S. Yamanaka (2006) Cell, 126:663-676; K. Takahashi et al. (2007), Cell, 131:861-872; J. Yu et al. (2007), Science, 318:1917-1920; Nakagawa, M.ら,Nat. Biotechnol. 26:101-106 (2008);国際公開WO 2007/069666)。初期化因子は、ES細胞に特異的に発現している遺伝子、その遺伝子産物もしくはnon-coding RNAまたはES細胞の未分化維持に重要な役割を果たす遺伝子、その遺伝子産物もしくはnon-coding RNA、あるいは低分子化合物によって構成されてもよい。初期化因子に含まれる遺伝子として、例えば、Oct3/4、Sox2、Sox1、Sox3、Sox15、Sox17、Klf4、Klf2、c-Myc、N-Myc、L-Myc、Nanog、Lin28、Fbx15、ERas、ECAT15-2、Tcl1、beta-catenin、Lin28b、Sall1、Sall4、Esrrb、Nr5a2、Tbx3等が例示され、これらの初期化因子は、単独で用いても良く、組み合わせて用いても良い。初期化因子の組み合わせとしては、WO2007/069666、WO2008/118820、WO2009/007852、WO2009/032194、WO2009/058413、WO2009/057831、WO2009/075119、WO2009/079007、WO2009/091659、WO2009/101084、WO2009/101407、WO2009/102983、WO2009/114949、WO2009/117439、WO2009/126250、WO2009/126251、WO2009/126655、WO2009/157593、WO2010/009015、WO2010/033906、WO2010/033920、WO2010/042800、WO2010/050626、WO 2010/056831、WO2010/068955、WO2010/098419、WO2010/102267、WO 2010/111409、WO 2010/111422、WO2010/115050、WO2010/124290、WO2010/147395、WO2010/147612、Huangfu D, et al. (2008), Nat. Biotechnol., 26: 795-797、Shi Y, et al. (2008), Cell Stem Cell, 2: 525-528、Eminli S, et al. (2008), Stem Cells. 26:2467-2474、Huangfu D, et al. (2008), Nat Biotechnol. 26:1269-1275、Shi Y, et al. (2008), Cell Stem Cell, 3, 568-574、Zhao Y, et al. (2008), Cell Stem Cell, 3:475-479、Marson A, (2008), Cell Stem Cell, 3, 132-135、Feng B, et al. (2009), Nat Cell Biol. 11:197-203、R.L. Judson et al., (2009), Nat. Biotech., 27:459-461、Lyssiotis CA, et al. (2009), Proc Natl Acad Sci U S A. 106:8912-8917、Kim JB, et al. (2009), Nature. 461:649-643、Ichida JK, et al. (2009), Cell Stem Cell. 5:491-503、Heng JC, et al. (2010), Cell Stem Cell. 6:167-74、Han J, et al. (2010), Nature. 463:1096-100、Mali P, et al. (2010), Stem Cells. 28:713-720に記載の組み合わせが例示される。
【0032】
上記初期化因子には、ヒストンデアセチラーゼ(HDAC)阻害剤[例えば、バルプロ酸 (VPA)、トリコスタチンA、酪酸ナトリウム、MC 1293、M344等の低分子阻害剤、HDACに対するsiRNAおよびshRNA(例、HDAC1 siRNA Smartpool(登録商標) (Millipore)、HuSH 29mer shRNA Constructs against HDAC1 (OriGene)等)等の核酸性発現阻害剤など]、MEK阻害剤(例えば、PD184352、PD98059、U0126、SL327およびPD0325901)、Glycogen synthase kinase-3阻害剤(例えば、BioおよびCHIR99021)、DNAメチルトランスフェラーゼ阻害剤(例えば、5-azacytidine)、ヒストンメチルトランスフェラーゼ阻害剤(例えば、BIX-01294 等の低分子阻害剤、Suv39hl、Suv39h2、SetDBlおよびG9aに対するsiRNAおよびshRNA等の核酸性発現阻害剤など)、L-channel calcium agonist (例えばBayk8644)、酪酸、TGFβ阻害剤またはALK5阻害剤(例えば、LY364947、SB431542、616453およびA-83-01)、p53阻害剤(例えばp53に対するsiRNAおよびshRNA)、ARID3A阻害剤(例えば、ARID3Aに対するsiRNAおよびshRNA)、miR-291-3p、miR-294、miR-295およびmir-302などのmiRNA、Wnt Signaling(例えばsoluble Wnt3a)、神経ペプチドY、プロスタグランジン類(例えば、プロスタグランジンE2およびプロスタグランジンJ2)、hTERT、SV40LT、UTF1、IRX6、GLISl、PITX2、DMRTBl等の樹立効率を高めることを目的として用いられる因子も含まれており、本明細書においては、これらの樹立効率の改善目的にて用いられた因子についても初期化因子と別段の区別をしないものとする。
【0033】
初期化因子は、タンパク質の形態の場合、例えばリポフェクション、細胞膜透過性ペプチド(例えば、HIV由来のTATおよびポリアルギニン)との融合、マイクロインジェクションなどの手法によって体細胞内に導入してもよい。
一方、DNAの形態の場合、例えば、ウイルス、プラスミド、人工染色体などのベクター、リポフェクション、リポソーム、マイクロインジェクションなどの手法によって体細胞内に導入することができる。ウイルスベクターとしては、レトロウイルスベクター、レンチウイルスベクター(以上、Cell, 126, pp.663-676, 2006; Cell, 131, pp.861-872, 2007; Science, 318, pp.1917-1920, 2007)、アデノウイルスベクター(Science, 322, 945-949, 2008)、アデノ随伴ウイルスベクター、センダイウイルスベクター(WO 2010/008054)などが例示される。また、人工染色体ベクターとしては、例えばヒト人工染色体(HAC)、酵母人工染色体(YAC)、細菌人工染色体(BAC、PAC)などが含まれる。プラスミドとしては、哺乳動物細胞用プラスミドを使用しうる(Science, 322:949-953, 2008)。ベクターには、核初期化物質が発現可能なように、プロモーター、エンハンサー、リボゾーム結合配列、ターミネーター、ポリアデニル化サイトなどの制御配列を含むことができるし、さらに、必要に応じて、薬剤耐性遺伝子(例えばカナマイシン耐性遺伝子、アンピシリン耐性遺伝子、ピューロマイシン耐性遺伝子など)、チミジンキナーゼ遺伝子、ジフテリアトキシン遺伝子などの選択マーカー配列、緑色蛍光タンパク質(GFP)、βグルクロニダーゼ(GUS)、FLAGなどのレポーター遺伝子配列などを含むことができる。また、上記ベクターには、体細胞への導入後、初期化因子をコードする遺伝子もしくはプロモーターとそれに結合する初期化因子をコードする遺伝子を共に切除するために、それらの前後にLoxP配列を有してもよい。
【0034】
また、RNAの形態の場合、例えばリポフェクション、マイクロインジェクションなどの手法によって体細胞内に導入しても良く、分解を抑制するため、5-メチルシチジンおよびpseudouridine (TriLink Biotechnologies)を取り込ませたRNAを用いても良い(Warren L, (2010) Cell Stem Cell. 7:618-630)。
【0035】
iPS細胞誘導のための培養液としては、例えば、10~15%FBSを含有するDMEM、DMEM/F12またはDME培養液(これらの培養液にはさらに、LIF、penicillin/streptomycin、puromycin、L-グルタミン、非必須アミノ酸類、β-メルカプトエタノールなどを適宜含むことができる。)または市販の培養液[例えば、マウスES細胞培養用培養液(TX-WES培養液、トロンボX社)、霊長類ES細胞培養用培養液(霊長類ES/iPS細胞用培養液、リプロセル社)、無血清培地(mTeSR、Stemcell Technology社)]などが含まれる。
【0036】
培養法の例としては、例えば、37℃、5%CO2存在下にて、10%FBS含有DMEMまたはDMEM/F12培養液上で体細胞と初期化因子とを接触させ約4~7日間培養し、その後、細胞をフィーダー細胞(例えば、マイトマイシンC処理STO細胞、SNL細胞等)上にまきなおし、体細胞と初期化因子の接触から約10日後からbFGF含有霊長類ES細胞培養用培養液で培養し、該接触から約30~約45日またはそれ以上ののちにiPS様コロニーを生じさせることができる。
【0037】
あるいは、37℃、5% CO2存在下にて、フィーダー細胞(例えば、マイトマイシンC処理STO細胞、SNL細胞等)上で10%FBS含有DMEM培養液(これにはさらに、LIF、ペニシリン/ストレプトマイシン、ピューロマイシン、L-グルタミン、非必須アミノ酸類、β-メルカプトエタノールなどを適宜含むことができる。)で培養し、約25~約30日またはそれ以上ののちにES様コロニーを生じさせることができる。望ましくは、フィーダー細胞の代わりに、初期化される体細胞そのものを用いる(Takahashi K, et al. (2009), PLoS One. 4:e8067またはWO2010/137746)、もしくは細胞外基質(例えば、Laminin-5(WO2009/123349)およびマトリゲル(BD社))を用いる方法が例示される。
この他にも、血清を含有しない培地を用いて培養する方法も例示される(Sun N, et al. (2009), Proc Natl Acad Sci U S A. 106:15720-15725)。さらに、樹立効率を上げるため、低酸素条件(0.1%以上、15%以下の酸素濃度)によりiPS細胞を樹立しても良い(Yoshida Y, et al. (2009), Cell Stem Cell. 5:237-241またはWO2010/013845)。
【0038】
上記培養の間には、培養開始2日目以降から毎日1回新鮮な培養液と培養液交換を行う。また、核初期化に使用する体細胞の細胞数は、限定されないが、培養ディッシュ100cm2あたり約5×103~約5×106細胞の範囲である。
【0039】
iPS細胞は、形成したコロニーの形状により選択することが可能である。一方、体細胞が初期化された場合に発現する遺伝子(例えば、Oct3/4、Nanog)と連動して発現する薬剤耐性遺伝子をマーカー遺伝子として導入した場合は、対応する薬剤を含む培養液(選択培養液)で培養を行うことにより樹立したiPS細胞を選択することができる。また、マーカー遺伝子が蛍光タンパク質遺伝子の場合は蛍光顕微鏡で観察することによって、発光酵素遺伝子の場合は発光基質を加えることによって、また発色酵素遺伝子の場合は発色基質を加えることによって、iPS細胞を選択することができる。
【0040】
「体細胞」なる用語は、卵子、卵母細胞、ES細胞などの生殖系列細胞または分化全能性細胞を除くあらゆる動物細胞(好ましくは、ヒトを含む哺乳動物細胞)をいう。体細胞には、非限定的に、胎児(仔)の体細胞、新生児(仔)の体細胞、および成熟した健全なもしくは疾患性の体細胞のいずれも包含されるし、また、初代培養細胞、継代細胞、および株化細胞のいずれも包含される。具体的には、体細胞は、例えば(1)神経幹細胞、造血幹細胞、間葉系幹細胞、歯髄幹細胞等の組織幹細胞(体性幹細胞)、(2)組織前駆細胞、(3)リンパ球、上皮細胞、内皮細胞、筋肉細胞、線維芽細胞(皮膚細胞等)、毛細胞、肝細胞、胃粘膜細胞、腸細胞、脾細胞、膵細胞(膵外分泌細胞等)、脳細胞、肺細胞、腎細胞および脂肪細胞等の分化した細胞などが例示される。
【0041】
体細胞を採取する由来となる哺乳動物個体は特に制限されないが、好ましくはヒトである。得られるiPS細胞がヒトの再生医療用途に使用される場合には、拒絶反応が起こらないという観点から、患者本人またはHLAの型が同一もしくは実質的に同一である他人から体細胞を採取することが特に好ましい。ここでHLAの型が「実質的に同一」とは、免疫抑制剤などの使用により、該体細胞由来のiPS細胞から分化誘導することにより得られた細胞を患者に移植した場合に移植細胞が生着可能な程度にHLAの型が一致していることをいう。例えば主たるHLA(例えばHLA-A、HLA-BおよびHLA-DRの3遺伝子座)が同一である場合などが挙げられる(以下同じ)。一方、ヒトに投与(移植)しない場合、例えば、候補薬剤の腎前駆細胞への毒性を試験する方法においては、iPS細胞のソースとなる体細胞の由来は特に制限されない。患者の薬剤感受性や副作用の有無を評価するためのスクリーニング用の細胞のソースとしてiPS細胞を使用する場合には、患者本人または薬剤感受性や副作用と相関する遺伝子多型が同一である他人から体細胞を採取することが望ましい。
なお、上記患者としては腎疾患患者が挙げられ、具体的には、常染色体優性多発性嚢胞腎(ADPKD)患者やAlport症候群患者が例示される。
【0042】
(E) 核移植により得られたクローン胚由来のES細胞
nt ES細胞は、核移植技術によって作製されたクローン胚由来のES細胞であり、受精卵由来のES細胞とほぼ同じ特性を有している(T. Wakayama et al. (2001), Science, 292: 740-743; S. Wakayama et al. (2005), Biol. Reprod., 72:932-936; J. Byrne et al. (2007), Nature, 450:497-502)。すなわち、未受精卵の核を体細胞の核と置換することによって得られたクローン胚由来の胚盤胞の内部細胞塊から樹立されたES細胞がnt ES(nuclear transfer ES)細胞である。
【0043】
<多能性幹細胞から腎前駆細胞を含む細胞集団を製造する方法>
多能性幹細胞から腎前駆細胞を含む細胞集団への分化誘導方法としては、特に制限されず、公知の方法を使用することができる。例えば、特許文献1に開示された方法が挙げられる。
より好ましくは、以下に示す、多能性幹細胞から中間中胚葉細胞を誘導し、さらに、腎前駆細胞に誘導する工程を含む方法が挙げられる。
【0044】
<多能性幹細胞から中間中胚葉細胞への分化誘導>
多能性幹細胞から中間中胚葉細胞への分化誘導に際して、以下の工程(i)~(v)を含む方法を用いることができる。
(i)多能性幹細胞を、FGF2、BMP(骨形成タンパク質)4、GSK-3β阻害剤およびレチノイン酸またはその誘導体を含む培地で培養する工程;
(ii)工程(i)で得られた細胞を、FGF2、GSK-3β阻害剤およびBMP7を含む培地で培養する工程;
(iii)工程(ii)で得られた細胞を、FGF2、GSK-3β阻害剤、BMP7およびTGFβ阻害剤を含む培地で培養する工程;
(iv)工程(iii)で得られた細胞を、FGF2、GSK-3β阻害剤、BMP7、アクチビンおよびROCK阻害剤を含む培地で培養する工程;および
(v)工程(iv)で得られた細胞を、レチノイン酸またはその誘導体およびFGF9を含む培地で培養する工程。
【0045】
以下に各工程についてさらに説明する。
【0046】
(i)多能性幹細胞を、FGF2、BMP4、GSK-3β阻害剤およびレチノイン酸またはその誘導体を含む培地で培養する工程
この工程では、多能性幹細胞から後期後方エピブラストが誘導される。後期後方エピブラストは、CDX1、OCT4、NANOG、E-CDH(CDH1)の少なくとも1つ以上のマーカーが陽性である細胞として特徴づけられ、好ましくはこれらすべてのマーカーが陽性である細胞として特徴づけられる。後期後方エピブラストはさらに、EOMESおよびBRACHYURYが陰性であることが好ましい。
【0047】
工程(i)では、多能性幹細胞を当該分野で公知の任意の方法で分離し、好ましくは接着培養により培養する。
多能性幹細胞の分離の方法としては、例えば、力学的分離や、プロテアーゼ活性とコラゲナーゼ活性を有する分離溶液(例えば、Accutase(商標)およびAccumax(商標)(Innovative Cell Technologies,Inc)が挙げられる)またはコラゲナーゼ活性のみを有する分離溶液を用いた分離が挙げられる。好ましくは、プロテアーゼ活性とコラゲナーゼ活性を有する分離溶液を用いて解離し、力学的に細かく単一細胞へ分散する方法である。工程(i)で用いるヒト多能性幹細胞としては、使用したディッシュに対して70%~80%コンフルエントになるまで培養されたコロニーを用いることが好ましい。
【0048】
工程(i)において使用される培地は、動物細胞の培養に用いられる基礎培地へFGF2、BMP4、GSK-3β阻害剤およびレチノイン酸またはその誘導体を添加して調製することができる。基礎培地としては、上述したような基礎培地を使用することができ、血清が含有されていてもよいし、または無血清でもよい。必要に応じて、血清代替物、脂質、アミノ酸、ビタミン、増殖因子、低分子化合物、抗生物質、抗酸化剤、ピルビン酸、緩衝剤、無機塩類などを含有してもよい。
【0049】
工程(i)において使用されるGSK-3β阻害剤は、前述の腎前駆細胞分化誘導工程において例示したGSK-3β阻害剤を使用することができ、好ましいGSK-3β阻害剤としては、CHIR99021が挙げられる。工程(i)で用いるGSK-3β阻害剤の濃度は、使用するGSK-3β阻害剤に応じて当業者に適宜選択可能であるが、例えば、0.01μMから100μM、好ましくは、0.1μMから10μM、さらに好ましくは、0.5μMから3μMであり、特に好ましくは0.5μMから1.5μMである。
【0050】
工程(i)で使用されるFGF2(塩基性FGF:bFGF)はヒトFGF2が好ましく、ヒトFGF2としては、例えば、NCBI(National Center for Biotechnology Information)のアクセッション番号:ABO43041.1のアミノ酸配列を有するタンパク質が挙げられる。FGF2は分化誘導活性を有する限りその断片および機能的改変体が包含されるFGF2は市販されているものを使用してもよいし、細胞から精製されたタンパク質や遺伝子組み換えで生産されたタンパク質を使用してもよい。この工程で用いられるFGF2の濃度は、1ng/mlから1000ng/ml、好ましくは、10ng/mlから500ng/ml、より好ましくは、50ng/mlから250ng/mlである。
【0051】
工程(i)で使用されるBMP4はヒトBMP4が好ましく、ヒトBMP4としては、例えば、NCBI(National Center for Biotechnology Information)のアクセッション番号:AAH20546.1のアミノ酸配列を有するタンパク質が挙げられる。BMP4は分化誘導活性を有する限りその断片および機能的改変体が包含されるBMP4は市販されているものを使用してもよいし、細胞から精製されたタンパク質や遺伝子組み換えで生産されたタンパク質を使用してもよい。この工程で用いられるBMP4の濃度は、0.1ng/mlから100ng/ml、好ましくは、0.5ng/mlから50ng/ml、より好ましくは、0.5ng/mlから5ng/mlである。
【0052】
工程(i)において使用されるレチノイン酸は、レチノイン酸そのものでもよいし、天然のレチノイン酸が有する分化誘導機能を保持するレチノイン酸誘導体でもよい。レチノイン酸誘導体として、例えば、3-デヒドロレチノイン酸、4-[[(5,6,7,8-tetrahydro-5,5,8,8-tetramethyl-2-naphthalenyl)carbonyl]amino]-Benzoic acid(AM580)(Tamura K,et al.,Cell Differ.Dev.32:17-26(1990))、4-[(1E)-2-(5,6,7,8-tetrahydro-5,5,8,8-tetramethyl-2-naphthalenyl)-1-propen-1-yl]-Benzoic acid(TTNPB)(StricklandS,et al.,Cancer Res.43:5268-5272(1983))、およびTanenaga,K.et al.,Cancer Res.40:914-919(1980)に記載されている化合物、パルミチン酸レチノール、レチノール、レチナール、3-デヒドロレチノール、3-デヒドロレチナール等が挙げられる。
工程(i)で用いるレチノイン酸またはその誘導体の濃度は、例えば、1nMから100nM、好ましくは、5nMから50nM、より好ましくは、5nMから25nMである。
【0053】
工程(i)において、培養温度は、以下に限定されないが、約30~40℃、好ましくは約37℃であり、CO2含有空気の雰囲気下で培養が行われる。CO2濃度は、約2~5%、好ましくは約5%である。工程(i)の培養時間は後期後方エピブラストが分化誘導されるのに十分な期間であればよいが、例えば1~2日の培養であり、好ましくは1日である。
【0054】
(ii)工程(i)で得られた細胞を、FGF2、GSK-3β阻害剤およびBMP7を含む培地で培養する工程
この工程では、後期後方エピブラストから中胚葉系譜原始線条が誘導される。中胚葉系譜原始線条は、CDX1およびBRACHYURYが陽性である細胞として特徴づけられる。中胚葉系譜原始線条はさらに、OCT4、NANOGおよびE-CDHが陰性であることが好ましい。
【0055】
工程(ii)では、前述の工程(i)で得られた細胞集団を単離し、別途用意したコーティング処理された培養皿にて接着培養してもよいし、工程(i)で接着培養により得られた細胞をそのまま培地の交換により培養を続けてもよい。
【0056】
工程(ii)において使用される培地は、動物細胞の培養に用いられる基礎培地へFGF2、GSK-3β阻害剤およびBMP7を添加して調製することができる。基礎培地としては、上述したような基礎培地を使用することができ、血清が含有されていてもよいし、または無血清でもよい。必要に応じて、血清代替物、脂質、アミノ酸、ビタミン、増殖因子、低分子化合物、抗生物質、抗酸化剤、ピルビン酸、緩衝剤、無機塩類などを含有してもよい。
【0057】
工程(ii)で使用されるFGF2は工程(i)で説明したものと同様であり、その好ましい濃度範囲も同様である。
【0058】
工程(ii)において使用されるGSK-3β阻害剤は、前述の工程(i)において例示したGSK-3β阻害剤を使用することができ、好ましいGSK-3β阻害剤としては、CHIR99021が挙げられる。工程(ii)で用いるGSK-3β阻害剤の濃度は、使用するGSK-3β阻害剤に応じて当業者に適宜選択可能であるが、例えば、0.01μMから100μM、好ましくは、0.1μMから10μM、さらに好ましくは、1μMから7.5μMであり、特に好ましくは2から5μMである。工程(ii)で用いるGSK-3β阻害剤の濃度は工程(i)における濃度より増加させることが好ましい。
【0059】
工程(ii)で使用されるBMP7はヒトBMP7が好ましく、ヒトBMP7としては、例えば、NCBI(National Center for Biotechnology Information)のアクセッション番号:NM_001719.2のアミノ酸配列を有するタンパク質が挙げられる。BMP7は分化誘導活性を有する限りその断片および機能的改変体が包含されるBMP7は市販されているものを使用してもよいし、細胞から精製されたタンパク質や遺伝子組み換えで生産されたタンパク質を使用してもよい。この工程で用いられるBMP7の濃度は、0.1ng/mlから100ng/ml、好ましくは、0.5ng/mlから50ng/ml、より好ましくは、0.5ng/mlから5ng/mlである。
【0060】
工程(ii)において、培養温度は、以下に限定されないが、約30~40℃、好ましくは約37℃であり、CO2含有空気の雰囲気下で培養が行われる。CO2濃度は、約2~5%、好ましくは約5%である。工程(ii)の培養時間は中胚葉系譜原始線条が分化誘導されるのに十分な期間であればよいが、例えば、10時間~2日、または1~2日の培養であり、好ましくは0.5~1日である。
【0061】
(iii)工程(ii)で得られた細胞を、FGF2、GSK-3β阻害剤、BMP7およびTGFβ阻害剤を含む培地で培養する工程
この工程では、中胚葉系譜原始線条から中胚葉系譜後期原始線条が誘導される。中胚葉系譜後期原始線条は、CDX2およびBRACHYURYが陽性である細胞として特徴づけられる。
【0062】
工程(iii)では、前述の工程(ii)で得られた細胞集団を単離し、別途用意したコーティング処理された培養皿にて接着培養してもよいし、工程(ii)で接着培養により得られた細胞をそのまま培地の交換により培養を続けてもよい。
【0063】
工程(iii)において使用される培地は、動物細胞の培養に用いられる基礎培地へFGF2、GSK-3β阻害剤、BMP7およびTGFβ阻害剤を添加して調製することができる。基礎培地としては、上述したような基礎培地を使用することができ、血清が含有されていてもよいし、または無血清でもよい。必要に応じて、血清代替物、脂質、アミノ酸、ビタミン、増殖因子、低分子化合物、抗生物質、抗酸化剤、ピルビン酸、緩衝剤、無機塩類などを含有してもよい。
【0064】
工程(iii)において使用されるFGF2、GSK-3β阻害剤、BMP7は工程(ii)と同様であり、その好ましい濃度範囲も同様であるが、GSK-3β阻害剤の濃度範囲は0.01μMから100μM、好ましくは、0.1μMから10μM、さらに好ましくは、1μMから7.5μMであり、特に好ましくは2から5μMである。
【0065】
工程(iii)において使用されるTGFβ阻害剤は、TGFβの受容体への結合からSMADへと続くシグナル伝達を阻害する物質であり、受容体であるALKファミリーへの結合を阻害する物質、またはALKファミリーによるSMADのリン酸化を阻害する物質が挙げられ、例えば、Lefty-1(NCBI Accession No.として、マウス:NM_010094、ヒト:NM_020997が例示される)、SB431542、SB202190(以上、R.K.Lindemann et al., Mol. Cancer, 2003, 2:20)、SB505124 (GlaxoSmithKline)、 NPC30345、SD093、SD908、SD208 (Scios)、LY2109761、LY364947、 LY580276 (Lilly Research Laboratories)、A83-01(WO2009146408) およびこれらの誘導体などが例示される。TGFβ阻害剤は、好ましくは、A83-01であり得る。
培養液中におけるTGFβ阻害剤の濃度は、ALKを阻害する濃度であれば特に限定されないが、0.5μMから100μM、好ましくは、1μMから50μM、さらに好ましくは、5μMから25μMである。
【0066】
工程(iii)において、培養温度は、以下に限定されないが、約30~40℃、好ましくは約37℃であり、CO2含有空気の雰囲気下で培養が行われる。CO2濃度は、約2~5%、好ましくは約5%である。工程(iii)の培養時間は中胚葉系譜後期原始線条が分化誘導されるのに十分な期間であればよいが、例えば1~3日の培養であり、好ましくは1.5~2日である。
【0067】
(iv)工程(iii)で得られた細胞を、FGF2、GSK-3β阻害剤、BMP7、アクチビンおよびROCK阻害剤を含む培地で培養する工程
この工程では、中胚葉系譜後期原始線条から後腎系譜後期原始線条が誘導される。後腎系譜後期原始線条は、HOX11およびBRACHYURYが陽性である細胞として特徴づけられる。
【0068】
工程(iv)では、前述の工程(iii)で得られた細胞集団を単離し、別途用意したコーティング処理された培養皿にて接着培養してもよいし、工程(iii)で接着培養により得られた細胞をそのまま培地の交換により培養を続けてもよい。
【0069】
工程(iv)において使用される培地は、動物細胞の培養に用いられる基礎培地へFGF2、GSK-3β阻害剤、BMP7、アクチビンおよびROCK阻害剤を添加して調製することができる。基礎培地としては、上述したような基礎培地を使用することができ、血清が含有されていてもよいし、または無血清でもよい。必要に応じて、血清代替物、脂質、アミノ酸、ビタミン、増殖因子、低分子化合物、抗生物質、抗酸化剤、ピルビン酸、緩衝剤、無機塩類などを含有してもよい。
【0070】
工程(iv)において使用されるFGF2、GSK-3β阻害剤、BMP7は工程(ii)と同様であり、その好ましい濃度範囲も同様であるが、GSK-3β阻害剤の濃度範囲は0.01μMから100μM、好ましくは、0.1μMから10μM、さらに好ましくは、1μMから7.5μMであり、特に好ましくは2から5μMである。
【0071】
工程(iv)において使用されるアクチビンには、ヒトおよび他の動物由来のアクチビンならびにこれらの機能的改変体が包含され、例えば、R&D systems社等の市販されているものを使用することができる。工程(iv)で用いるアクチビンの濃度は、1ng/mlから100ng/ml、好ましくは、5ng/mlから50ng/ml、より好ましくは、5ng/mlから25ng/mlである。
【0072】
工程(iv)において使用されるROCK阻害剤は、Rho-キナーゼ(ROCK)の機能を抑制できるものである限り特に限定されず、例えば、Y-27632(例、Ishizaki et al.,Mol.Pharmacol.57,976-983(2000);Narumiya et al.,Methods Enzymol.325,273-284(2000)参照)、Fasudil/HA1077(例、Uenata et al.,Nature 389:990-994(1997)参照)、H-1152(例、Sasaki et al.,Pharmacol.Ther.93:225-232(2002)参照)、Wf-536(例、Nakajima et al.,CancerChemother Pharmacol.52(4):319-324(2003)参照)およびそれらの誘導体、ならびにROCKに対するアンチセンス核酸、RNA干渉誘導性核酸(例、siRNA)、ドミナントネガティブ変異体、およびそれらの発現ベクターが挙げられる。また、ROCK阻害剤としては他の公知の低分子化合物も使用できる(例えば、米国特許出願公開第2005/0209261号、同第2005/0192304号、同第2004/0014755号、同第2004/0002508号、同第2004/0002507号、同第2003/0125344号、同第2003/0087919号、および国際公開第2003/062227号、同第2003/059913号、同第2003/062225号、同第2002/076976号、同第2004/039796号参照)。本発明では、1種または2種以上のROCK阻害剤が使用され得る。好ましいROCK阻害剤としてはY-27632が挙げられる。工程(iv)において使用されるROCK阻害剤の濃度は、使用するROCK阻害剤に応じて当業者に適宜選択可能であるが、例えば、0.1μMから100μM、好ましくは、1μMから75μM、さらに好ましくは、5μMから50μMである。
【0073】
工程(iv)において、培養温度は、以下に限定されないが、約30~40℃、好ましくは約37℃であり、CO2含有空気の雰囲気下で培養が行われる。CO2濃度は、約2~5%、好ましくは約5%である。工程(iv)の培養時間は後腎系譜後期原始線条が分化誘導されるのに十分な期間であればよいが、例えば1~5日の培養であり、好ましくは3日である。
【0074】
(v)工程(iv)で得られた細胞を、レチノイン酸またはその誘導体およびFGF9を含む培地で培養する工程
この工程では、後腎系譜後期原始線条から後期後方中間中胚葉が誘導される。中間中胚葉は、OSR1、HOX11およびWT1が陽性である細胞として特徴づけられる。
【0075】
工程(v)では、前述の工程(iv)で得られた細胞集団を単離し、別途用意したコーティング処理された培養皿にて接着培養してもよいし、工程(iv)で接着培養により得られた細胞をそのまま培地の交換により培養を続けてもよい。
【0076】
工程(v)において使用される培地は、動物細胞の培養に用いられる基礎培地へレチノイン酸またはその誘導体およびFGF9を添加して調製することができる。基礎培地としては、上述したような基礎培地を使用することができ、血清が含有されていてもよいし、または無血清でもよい。必要に応じて、血清代替物、脂質、アミノ酸、ビタミン、増殖因子、低分子化合物、抗生物質、抗酸化剤、ピルビン酸、緩衝剤、無機塩類などを含有してもよい。
【0077】
工程(v)において使用されるレチノイン酸またはその誘導体は工程(i)で説明したとおりであり、その好ましい濃度範囲も同様である。
【0078】
工程(v)において使用されるFGF9はヒトFGF9が好ましく、ヒトFGF9としては、例えば、NCBI(National Center for Biotechnology Information)のアクセッション番号:NP_002001.1のアミノ酸配列を有するタンパク質が挙げられる。FGF9は分化誘導活性を有する限りその断片および機能的改変体が包含される。FGF9は市販されているものを使用してもよいし、細胞から精製されたタンパク質や遺伝子組み換えで生産されたタンパク質を使用してもよい。この工程で用いられるFGF9の濃度は、例えば、1ng/mlから1000ng/mlであり、10ng/mlから500ng/mlが好ましく、50ng/mlから500ng/mlがより好ましく、100ng/mlから300ng/mlが特に好ましい。
【0079】
工程(v)において使用される培地は、さらに、BMP阻害剤を含んでもよい。
BMP阻害剤としては、Chordin、NOGGIN、Follistatin、などのタンパク質性阻害剤、Dorsomorphin (すなわち、6-[4-(2-piperidin-1-yl-ethoxy)phenyl]-3-pyridin-4-yl-pyrazolo[1,5-a]pyrimidine)、その誘導体 (P. B. Yu et al. (2007), Circulation, 116:II_60; P.B. Yu et al. (2008), Nat. Chem. Biol., 4:33-41; J. Hao et al. (2008), PLoS ONE, 3(8):e2904)およびLDN193189(すなわち、4-(6-(4-(piperazin-1-yl)phenyl)pyrazolo[1,5-a]pyrimidin-3-yl)quinoline)が例示される。
BMP阻害剤としてより好ましくはNOGGINであり、その濃度は、例えば、1~100ng/mlとすることができる。
【0080】
工程(v)において、培養温度は、以下に限定されないが、約30~40℃、好ましくは約37℃であり、CO2含有空気の雰囲気下で培養が行われる。CO2濃度は、約2~5%、好ましくは約5%である。工程(v)培養時間は後期後方中間中胚葉が分化誘導されるのに十分な期間であればよいが、例えば1~3日の培養であり、好ましくは2日である。
【0081】
<中間中胚葉細胞から腎前駆細胞への分化誘導>
中間中胚葉細胞から腎前駆細胞への分化誘導は、例えば、工程(v)で得られたような中間中胚葉細胞をGSK-3β阻害剤およびFGF9を含む培地で培養する工程(工程(vi)腎前駆細胞分化誘導工程ともいう)によって行うことができる。
【0082】
腎前駆細胞分化誘導工程に使用される培地は、動物細胞の培養に用いられる基礎培地へGSK-3β阻害剤およびFGF9を添加して調製することができる。基礎培地としては、例えば、IMDM培地、Medium 199培地、Eagle’s Minimum Essential Medium(EMEM)培地、αMEM培地、Dulbecco’s Modified Eagle’s Medium(DMEM)培地、Ham’sF12(F12)培地、RPMI 1640培地、Fischer’s培地、およびこれらの混合培地などが包含される。培地には、血清(例えば、ウシ胎児血清(FBS))が含有されていてもよいし、または無血清でもよい。必要に応じて、例えば、アルブミン、トランスフェリン、KnockOut Serum Replacement(KSR)(ES細胞培養時の血清代替物)(Invitrogen)、N2サプリメント(Invitrogen)、B27サプリメント(Invitrogen)、脂肪酸、インスリン、コラーゲン前駆体、微量元素、2-メルカプトエタノール、3’-チオールグリセロールなどの1つ以上の血清代替物を含んでもよいし、脂質、アミノ酸、L-グルタミン、GlutaMAX(Invitrogen)、非必須アミノ酸(NEAA)、ビタミン、増殖因子、抗生物質、抗酸化剤、ピルビン酸、緩衝剤、無機塩類、およびこれらの同等物などの1つ以上の物質も含有しうる。ReproFF2(リプロセル)など、あらかじめ幹細胞培養用に最適化された培地を使用してもよい。また、腎前駆細胞分化誘導工程に使用される培地には後述のY-27632などのROCK阻害剤が含まれてもよい。
【0083】
腎前駆細胞分化誘導工程において使用されるGSK-3β阻害剤は、GSK-3βの機能、例えば、キナーゼ活性を阻害できるものである限り特に限定されず、例えば、インジルビン誘導体であるBIO(別名、GSK-3β阻害剤IX;6-ブロモインジルビン-3’-オキシム)、マレイミド誘導体であるSB216763(3-(2,4-ジクロロフェニル)-4-(1-メチル-1H-インドール-3-イル)-1H-ピロール-2,5-ジオン)、フェニル-α-ブロモメチルケトン化合物であるGSK-3β阻害剤VII(α,4-ジブロモアセトフェノン)、細胞膜透過型のリン酸化ペプチドであるL803-mts(別名、GSK-3βペプチド阻害剤;Myr-N-GKEAPPAPPQSpP-NH2)および高い選択性を有するCHIR99021(Nature(2008)453:519-523)が挙げられる。これらの化合物は、例えば、Stemgent社、Calbiochem社、Biomol社等から入手可能であり、また自ら作製してもよい。本工程で用いる好ましいGSK-3β阻害剤としては、CHIR99021が挙げられる。本工程で用いるGSK-3β阻害剤の濃度は、使用するGSK-3β阻害剤に応じて当業者に適宜選択可能であるが、例えば、0.01μMから100μM、好ましくは、0.1μMから10μM、さらに好ましくは、0.5μMから3μMであり、特に好ましくは0.5μMから1.5μMである。
【0084】
腎前駆細胞分化誘導工程において使用されるFGF9はヒトFGF9が好ましく、ヒトFGF9としては、例えば、NCBI(National Center for Biotechnology Information)のアクセッション番号:NP_002001.1のアミノ酸配列を有するタンパク質が挙げられる。FGF9は分化誘導活性を有する限りその断片および機能的改変体が包含される。FGF9は市販されているものを使用してもよいし、細胞から精製されたタンパク質や遺伝子組み換えで生産されたタンパク質を使用してもよい。この工程で用いられるFGF9の濃度は、例えば、1ng/mlから1000ng/mlであり、10ng/mlから500ng/mlが好ましく、50ng/mlから500ng/mlがより好ましく、100ng/mlから300ng/mlが特に好ましい。
【0085】
腎前駆細胞分化誘導工程の培養日数は、長期間培養することで腎前駆細胞の製造効率に特に影響がないため上限はないが、例えば、2日以上、3日以上、4日以上、5日以上が挙げられる。腎前駆細胞分化誘導工程において、培養温度は、以下に限定されないが、約30~40℃、好ましくは約37℃であり、CO2含有空気の雰囲気下で培養が行われ、CO2濃度は、好ましくは約2~5%である。
【0086】
<腎前駆細胞の濃縮または検出方法>
腎前駆細胞を含有する細胞集団より腎前駆細胞の抽出または検出を行うために使用される試薬としては、METまたはAGTR2に特異的結合する試薬であれば特に制限されず、抗体、アプタマー、ペプチドまたは特異的に認識する化合物などを用いることができ、好ましくは、抗体もしくはその断片である。
また、これらのマーカーの遺伝子発現を調べる場合は、これらのマーカー遺伝子にハイブリダイズするプライマーやプローブを使用することができる。
【0087】
抗体はポリクローナルまたはモノクローナル抗体であってよい。抗体は、当業者に周知の技術を用いて作成することが可能である(Current protocols in Molecular Biology edit.Ausubel et al.(1987) Publish.John Wiley and Sons.Section 11.12-11.13)。具体的には、抗体がポリクローナル抗体の場合には、常法に従って大腸菌等で発現し精製したMETまたはAGTR2のタンパク質、あるいは部分アミノ酸配列を有するオリゴペプチドを合成して、家兎等の非ヒト動物に免疫し、該免疫動物の血清から常法に従って得ることが可能である。一方、モノクローナル抗体の場合には、上述の免疫された非ヒト動物から得られた脾臓細胞と骨髄腫細胞とを細胞融合させて調製したハイブリドーマ細胞の中から得ることができる(Current protocols in Molecular Biology edit.Ausubel et al.(1987) Publish.John Wiley and Sons.Section 11.4-11.11)。抗体の断片としては、抗体の一部(例えば、Fab断片)または合成抗体断片(例えば、一本鎖Fv断片「ScFv」)が例示される。FabおよびF(ab)2断片などの抗体の断片もまた、遺伝子工学的に周知の方法によって作製することができる。マーカーが膜タンパク質である場合、細胞外ドメインに対する抗体であることが好ましい。例えば、METに対する抗体として、R&D systems社などから市販されている抗体が例示される。また、AGTR2に対する抗体として、フナコシ社などから市販されている抗体が例示される。
【0088】
結合した細胞を検出または抽出するため、当該MET結合試薬およびAGTR2結合試薬は、例えば、蛍光標識、放射性標識、化学発光標識、酵素、ビオチン、ストレプトアビジン等の検出可能な物質、またはプロテインA、プロテインG、ビーズ、磁気ビーズ等の単離抽出を可能とさせる物質と結合または接合されていてもよい。
【0089】
当該MET結合試薬およびAGTR2結合試薬は、間接的に標識してもよい。当業者に公知の様々な方法を使用して行い得るが、例えば、METまたはAGTR2に対する抗体に特異的に結合する予め標識された抗体(二次抗体)を用いる方法が挙げられる。
【0090】
腎前駆細胞を検出する方法には、例えば、フローサイトメーター、または単離精製した後、別途細胞を検出する方法(例えば、プロテインチップ)を用いることが含まれる。
【0091】
腎前駆細胞を抽出する方法には、当該MET結合試薬またはAGTR2結合試薬へ大きな粒子を接合させ沈降させる方法、磁気ビーズを用いて磁性により細胞を選別する方法(例えば、MACS)、蛍光標識を用いて細胞ソーターを用いる方法、または抗体等が固定化された担体(例えば、細胞濃縮カラム)を用いる方法等が例示される。
【0092】
本発明において、腎前駆細胞を含有する細胞集団において、METおよび/またはAGTR2が陽性である細胞を選択的に収集することで、腎前駆細胞を抽出することができる。本発明においてMETおよび/またはAGTR2が陽性である細胞を選択的に収集(抽出)することは、METおよび/またはAGTR2が陽性である細胞を全て収集(抽出)することでもよいが、METおよび/またはAGTR2の発現量が一定量以上の細胞を収集(抽出)することでもよい。例えば、腎前駆細胞を含有する細胞集団において、当該マーカーの発現量が上位50%以内の細胞、上位40%以内の細胞、上位33%以内の細胞、上位30%以内の細胞、上位20%以内の細胞、または上位10%以内の細胞を選択的に収集することとすることができる。
【0093】
<キット>
本発明において、METに特異的に結合する試薬および/またはAGTR2に特異的に結合する試薬を含む、腎前駆細胞の濃縮(抽出)または検出用キットを提供する。本抽出キットに含まれる検出試薬は、上記したとおりのMETに特異的に結合する抗体またはAGTR2に特異的に結合する抗体などの物質である。本発明における抽出キットは、METおよび/またはAGTR2の検出試薬と共に、当該検出試薬の使用方法を記載した指示書を含むこともできる。
【0094】
<腎前駆細胞の利用>
本発明はまた、上述した方法により得られた腎前駆細胞を用いて得られる腎臓オルガノイドを提供する。iPS細胞からの腎臓オルガノイドの製造は例えば、Nature, 526, 564-568 (2015)で報告されている。本発明においては、例えば、上記方法で得られた腎前駆細胞を培養して細胞塊を作製し、それを、3T3-Wnt4細胞などのフィーダー細胞、マウス胎仔脊髄細胞、またはマウス胎仔腎細胞と共培養すること、またはCHIR99021などのGSK-3β阻害剤を含む基礎培地を使用した半気相培養(参考文献Nature, 526, 564-568 (2015))によって得ることができる。培地は、GSK-3β阻害剤に加えて、FGF9やFGF2を含むことができる。
【0095】
本発明は、上述した方法により得られた腎前駆細胞またはそれを用いて得られる腎臓オルガノイドを含む医薬組成物、該腎前駆細胞またはそれを用いて得られる腎臓オルガノイドを含む腎疾患の治療又は予防剤、該腎前駆細胞またはそれを用いて得られる腎臓オルガノイドの治療又は予防有効量を投与する工程を包含する腎疾患を治療又は予防する方法をそれぞれ提供する。治療又は予防を必要とする患者への治療剤の投与方法としては、例えば、得られた腎前駆細胞をシート化して、患者の腎臓に貼付する方法、得られた腎前駆細胞を生理食塩水等に懸濁させた細胞懸濁液、あるいは三次元培養(例えば、Dev Cell.Sep 11,2012;23(3):637-651)し、得られた細胞塊を患者の腎臓に直接移植する方法、マトリゲル等から構成されたスキャフォールド上で三次元培養し、得られた腎前駆細胞塊を移植する方法などが挙げられる。移植部位は、腎臓内であれば特に限定されないが、好ましくは、腎被膜下である。腎疾患としては、急性腎障害、慢性腎不全、慢性腎不全にまで至らない慢性腎臓病が例示される。
本発明において、腎疾患治療剤に含まれる腎前駆細胞の細胞数は、移植片が投与後に生着できれば特に限定されなく、患部の大きさや体躯の大きさに合わせて適宜増減して調製されてもよい。
【実施例】
【0096】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明は以下の態様に限定されるものではない。
【0097】
<1>iPS細胞から腎前駆細胞への分化誘導~腎前駆細胞を含む細胞集団の取得
以下のプロトコールにてiPS細胞から腎前駆細胞を分化誘導した。なお、iPS細胞は4A6細胞株(OSR1-GFP/SIX2-tdTomato double reporterヒトiPS細胞株)(Stem Cells Transl Med. 2015 Sep; 4(9): 980-992.)を使用した。
【0098】
1.未分化iPS細胞をaccutase処理にて単細胞化した後に10μMのY27632を添加したReproFF2培地(リプロセル)に懸濁し、Matrigel(BD Biosciences)でコーティングしたwellに1.0×104/well~5.0×104/wellの密度で播種し24時間37℃でインキュベート。
2.24時間後(day1)にvitamin A free B27 supplement(Thermo Fisher Scientific Inc.)を添加したDMEM/F12 Glutamax(Thermo Fisher Scientific Inc.)を基礎培地とし、1μM CHIR99021, 10 nM Retinoic acid, 1 ng/ml BMP4, 100 ng/ml FGF2を添加した培地で培地交換。(後期後方エピブラストの作製・・・(i)
3.Day2に同基礎培地に3μMCHIR99021, 1 ng/ml BMP7, 100 ng/ml FGF2 を添加した培地に培地交換(中胚葉系譜原始線条の作製・・・(ii)
4.Day2.5, およびDay3に同基礎培地に 3μMCHIR99021, 1 ng/ml BMP7, 100 ng/ml FGF2, 10μM A83-01 を添加した培地に培地交換(中胚葉系譜後期原始線条の作製・・・(iii)5.Day4, Day5, およびDay6に同基礎培地に 3μMCHIR99021, 1 ng/ml BMP7, 100 ng/ml FGF2, 10 ng/ml ACTIVIN, 30μM Y27632を添加した培地に培地交換(後腎系譜後期原始線条の作製・・・(iv)
6.Day7, およびDay8に同基礎培地に200 ng/ml FGF9, 100 nM Retinoic acid, 25 ng/ml NOGGINを添加した培地に培地交換(後期後方中間中胚葉の作製・・・(v)
7.Day9, Day10, およびDay11に同基礎培地に200 ng/ml FGF9, 1 μM CHIR99021を添加した培地に培地交換(腎前駆細胞の作製・・・(vi)
【0099】
<2>腎前駆細胞を含む細胞集団からの抗MET抗体を用いた腎前駆細胞の濃縮
1.24-well plate上で二次元培養にて分化誘導したヒトiPS細胞由来の腎前駆細胞(<1>に記載のプロトコルにて調製)に対して、上清を除去後、PBS 500 μlで1 washする。2.Accumax (Innovative Cell Technologies, Inc., Cat# AM105) 100 μlを添加し、37℃ 10分間incubationする。
3.10% FBS 900 μlで中和後、細胞数を測定する。
4.1.0 x 10 6 cellsを1.5 ml tubeに分注し、200gで 5分間遠心する。
5.上清を除去し、PBS 100 μlに1.0 x 106 cellsを懸濁する。
6.懸濁液に、APCで蛍光標識したMET (HGFR)抗体 (R&D systems, Cat#; FAB3582A)を10μl添加し、氷上で30分間静置(15分後に1回Tapping)する。
7.PBS 1 ml添加し(Wash)、500gで 5分間遠心する。
8.上清を除去し、再度PBS 1 ml添加し(Wash)、500gで5分間遠心する。
9.上清を除去し、DAPIを終濃度1 μg/mlに調整した2% FBS (フェノールレッド不含有) 1mlで懸濁する。
10.フローサイトメトリー(AriaII)で解析する。
【0100】
<3>腎前駆細胞単独培養による腎臓オルガノイドの作製
Alport症候群患者由来iPS細胞株(CiRA00878-3)またはADPKD患者由来iPS細胞株(CiRA00007)を上記<1>に記載の手順で分化誘導させ腎前駆細胞を含む細胞集団を取得し、上記<2>に記載の手順で抗MET抗体を用いて腎前駆細胞を濃縮した。濃縮された腎前駆細胞を1.0×105の大きさの細胞塊とし、1 μM CHIR99021および200 ng/ml FGF9を添加した基礎培地で1~2日間培養した。その細胞塊を5 μM CHIR99021および200 ng/ml FGF2を添加した基礎培地で2日間半気相培養し、さらに、基礎培地のみで8日間半気相培養を行った。
【0101】
<結果>
図1に示すように、MET抗体による単離によって、腎前駆細胞マーカーであるOSR1とSIX2両陽性細胞が効率よく濃縮されることがわかった。
分化誘導後の細胞集団において、19.9%がMET陽性であったが、MET陽性細胞を単離することにより、その96.9%がOSR1とSIX2の両陽性の腎前駆細胞であり、METをマーカーとすることで腎前駆細胞を高効率で濃縮できた。
【0102】
図2には、<1>で得られた腎前駆細胞を含む細胞集団からMET抗体を用いて単離した細胞の腎前駆細胞マーカーSIX2に対する抗体を用いた免疫組織染色像を示す。その結果、ほぼ全てのMET陽性細胞はSIX2陽性であり、一方、ほぼ全てのMET陰性細胞はSIX2陰性であることがわかった。このことからも、METは優れた腎前駆細胞マーカーであることがわかる。
【0103】
Alport症候群患者由来iPS細胞株を分化誘導することによって得られた細胞集団からMET抗体で単離した腎前駆細胞におけるネフロン前駆細胞マーカー遺伝子の発現を定量RT-PCRでも解析した。その結果、
図3に示すように、MET陽性細胞はネフロン前駆細胞マーカー遺伝子SIX2だけでなく、SALL1、CITED1、WT1、PAX2についても発現がMET陰性細胞より上昇しており、MET抗体は、効率的なネフロン前駆細胞の濃縮を可能とすることが確認された。
【0104】
また、ADPKD患者由来iPS細胞株またはAlport症候群患者由来iPS細胞株を分化誘導することによって得られた細胞集団からMET抗体で単離した腎前駆細胞を腎オルガノイド培養に供したところ、
図4および5に示すように、糸球体や尿細管が確認でき、腎臓オルガノイドの作製に成功した。
【0105】
<マーカーAGTR2の同定>
腎前駆細胞(OSR1+SIX2+細胞)と、非腎前駆細胞(OSR1-SIX2-細胞)における遺伝子の発現量を比較し、腎前駆細胞で2倍以上発現の高い遺伝子(FC≧2)をGO 解析で探索したところ、AGTR2が同定された(表1)。AGTR2は腎前駆細胞のマーカーとしてMETと同様に使用できると考えられた。
【0106】
【0107】
本明細書で引用した特許及び特許出願明細書を含む全ての刊行物に記載された内容は、ここに引用されたことによって、その全てが明示されたと同程度に本明細書に組み込まれるものである。本明細書は本願の優先権の基礎となる日本国特許出願番号2018-138040号の開示内容を包含する。