(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-09-28
(45)【発行日】2023-10-06
(54)【発明の名称】クラッド鋼板およびその製造方法ならびに溶接構造物
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20230929BHJP
C22C 38/60 20060101ALI20230929BHJP
C22C 19/05 20060101ALI20230929BHJP
C21D 8/02 20060101ALI20230929BHJP
【FI】
C22C38/00 301F
C22C38/00 302Z
C22C38/60
C22C19/05 Z
C21D8/02 C
C21D8/02 D
(21)【出願番号】P 2022507251
(86)(22)【出願日】2021-03-10
(86)【国際出願番号】 JP2021009610
(87)【国際公開番号】W WO2021182525
(87)【国際公開日】2021-09-16
【審査請求日】2022-06-20
(31)【優先権主張番号】P 2020044311
(32)【優先日】2020-03-13
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】503378420
【氏名又は名称】日鉄ステンレス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000637
【氏名又は名称】弁理士法人樹之下知的財産事務所
(72)【発明者】
【氏名】川 真知
(72)【発明者】
【氏名】及川 雄介
(72)【発明者】
【氏名】柘植 信二
(72)【発明者】
【氏名】安藤 潤平
(72)【発明者】
【氏名】橋本 剛志
【審査官】相澤 啓祐
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2019/189871(WO,A1)
【文献】特開平06-057377(JP,A)
【文献】特開昭52-102848(JP,A)
【文献】国際公開第2020/071343(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00-38/60
C21D 8/02
B21B 1/00-11/00
B21B 47/00-99/00
B23K 20/00-20/26
B32B 15/00-15/20
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
母材と、前記母材に接合された合せ材とを備えるクラッド鋼板であって、
前記母材は、炭素鋼または低合金鋼からなり、
前記合せ材は、耐食性合金からなり、
クラッド鋼板の母材と合せ材の界面において、ナノ硬さが7GPa以上である領域の板厚方向の幅が5μm以下であることを特徴とするクラッド鋼板。
【請求項2】
請求項1に記載のクラッド鋼板において
、前記母
材が質量%でC:0.020~0.200%、Si:1.00%以下、Mn:0.10~3.00%、P:0.050%以下、S:0.050%
以下を含有し、かつCeqが0.20~0.40であり、残部がFe及び不純物からなる成分組成を有する請求項1に記載のクラッド鋼板。ここで、Ceqは次式(1)により定義される。
Ceq=C+Mn/6+(Cu+Ni)/15+(Cr+Mo+V)/5・・・式(1)
式中、C、Mn、Cu、Ni、Cr、MoおよびVは、母
材の成分組成における各元素の含有量(質量%)である。
含有しない元素については0を加入する。
【請求項3】
前記母材の成分組成が、さらに前記Feの一部に替えて、質量%で、Ni:0.01~1.00%、Cr:0.01~1.00%、Mo:0.01~0.50%、Cu:0.01~1.00%、Co:0.01~0.50%,Se+Te:0.01~0.10%、V:0.001~0.100%、Ti:0.001~0.200%、Nb:0.001~0.200%、Al:0.005~0.300%、Ca:0.0003~0.0050%、B:0.0003~0.0030%およびREM:0.0003~0.0100%から選ばれる1種または2種以上を含有する、請求項2に記載のクラッド鋼板。
【請求項4】
前記クラッド鋼板の合せ材が、質量%でCr:10%以上を含有するステンレス鋼またはニッケル基合金であることを特徴とする、請求項1~請求項3のいずれか1項に記載のクラッド鋼板。
【請求項5】
請求項1~請求項4のいずれか1項に記載のクラッド鋼板
の製造方法において、母材と合せ材を圧着面が真空になるよう積層して圧着面の4周を溶接により密封してクラッド素材とし、
前記クラッド素材からなるクラッド圧延素材、又は2以上の前記クラッド素材を組み立てたクラッド圧延素材について加熱炉内の最高加熱温度T(℃)、加熱炉内での加熱温度が最高加熱温度T-20℃となった時点から加熱炉抽出までの時間t(分)、素材厚/製品厚で計算される圧下比rによって式(2)で計算されるdが1以上9以下である加熱と熱間圧延を行い、圧延後に式(3)で計算されるT
A3(℃)~650℃区間の平均冷却速度が2℃/s以上の冷却を行い、母材と合せ材の界面のナノ硬さが7GPa以上である領域の板厚方向の幅を5μm以下とすることを特徴とする、請求項1~請求項4のいずれか1項に記載のクラッド鋼板の製造方法。
d=2.2×10
5×√(exp(-3.2×10
4/(T+273))×t)/r ・・・式(2)
T
A3(℃)=937.2-436.5C+56Si-19.7Mn-26.6Ni+136.3Ti-19.1Nb+198.4Al ・・・式(3)
式中、C、Si、Mn、Ni、Ti、NbおよびAlは、母
材の成分組成における各元素の含有量(質量%)である。
含有しない元素については0を加入する。
【請求項6】
請求項1~請求項4のいずれか1項に記載のクラッド鋼板を用いてなる溶接構造物。
【請求項7】
前記クラッド鋼板が、溶接ガスに水素を用いた溶接に使用されることを特徴とする、請求項1~請求項4のいずれか1項に記載のクラッド鋼板。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、接合面の耐水素脆化性に優れたクラッド鋼板とその製造方法および、前記クラッド鋼板を用い水素を含むガスを使用する溶接またはガウジングを含む製造工程で製造した溶接構造物に関する。
【背景技術】
【0002】
ステンレス鋼やNi基合金は耐食性に優れることから厳しい腐食環境において適した素材である。上述の腐食環境として、油井環境、海水や汽水に曝されるような高塩化物環境、各種酸溶液に曝されるプラント設備やケミカルタンカー等が例示される。そしてこのような腐食環境において、ステンレス鋼やNi基合金は海水淡水化プラント、排煙脱硫装置、化学薬品の保存タンク、油井管等の構造部材ポンプ・バルブ類、熱交換器などに使用されている。
【0003】
一方でステンレス鋼やNi基合金は耐食性を確保するためCr、Ni、Moなどの合金元素が多く含有されており、炭素鋼や低合金鋼と比較すると材料コストはもちろん、加工や溶接などのコストも高い。また合金元素の高騰などによって価格が大きく変動することも考えられる。そのため、主にコストの面からその使用が制限される場合がある。
【0004】
上述のようにコストの面を考慮した場合、加工や溶接などの観点からはクラッド鋼板を材料として使用することが有効である。クラッド鋼板とは、異なる二種類以上の金属を貼り合せた材料をいう。また、貼り合わせを行わない鋼板を以下、「ソリッド鋼板」と称する。クラッド鋼板は、高合金鋼のみからなるソリッド鋼板と比較し、高合金鋼を使用する量を低減することができ、材料コストを低減することができるとともに、異材溶接が少なくできるため溶接時の溶材コストなども低下することができる。
【0005】
また、二種類の金属を貼り合わせたクラッド鋼板において、一方の金属を「母材」と記載し、母材に貼り合せた他方の金属(素材)を「合せ材」と記載する。優れた特性を有する材料(合せ材)を母材に貼り合せることで、合せ材と母材とがそれぞれ有する優れた特性を双方とも得ることができる。
【0006】
例えば、合せ材に、その使用環境で要求される特性を有する高合金鋼を用い、母材にその使用環境で要求される靭性および強度を有する炭素鋼または低合金鋼を用いた場合が考えられる。このような場合、上述のようにコストを低減することができるだけでなく、ソリッド鋼板と同等の特性と、炭素鋼および低合金鋼と同等の強度および靭性とを確保できる。このため、経済性と機能性とが両立できる。
【0007】
以上のような経緯から、ステンレス鋼やNi基合金を用いたクラッド鋼板のニーズは、近年各種産業分野で益々高まっている。しかしながら、クラッド鋼板を利用する際には、合せ材と母材との接合部での剥離を防止することが重要である。使用中に合せ材と母材とが剥離すると、所望する耐食性等の特性、および強度が得られない場合がある。また、例えば、構造物の穴あき、倒壊などの危険が生じることも考えられる。
【0008】
ステンレス鋼やNi基合金を合せ材とするクラッド鋼板では圧延時の加熱中に、CrやNiが合せ材から母材側へ、Cが母材から合せ材側へ拡散することによって、母材と合せ材の界面(以下単に「界面」という。)に元素の拡散層が生じる。拡散層中は各元素の濃度が徐々に変化するが、元素濃度によってはマルテンサイト変態が開始する温度が高く、マルテンサイト変態が生じる臨界冷却速度が遅い領域で、圧延後の冷却中にマルテンサイト変態が生じる場合がある。
【0009】
クラッド鋼板の通常の使用形態では界面のマルテンサイトは界面剥離に影響を与えないが、例えば溶接ガスに水素を用いて溶接した場合にはマルテンサイトに水素が入るとともに、構造上の応力や溶接時の変形、溶接部近傍での母材の変態などによって界面に応力が生じ、その複合作用によって水素脆化が生じる可能性が想定される。
【0010】
特許文献1には二相ステンレスクラッド鋼板について界面の炭素拡散層の厚みを制御することで界面近傍の鋭敏化を抑制する技術が開示されている。しかしながら、界面でのマルテンサイト相に関する記載はない。
【0011】
特許文献2にはオーステナイト系ステンレスクラッド鋼板について、圧延後の焼戻しの温度・時間を規定することで界面のマルテンサイトの遅れ破壊を防止する技術が開示されている。しかしながら、この技術は製造時の遅れ破壊の防止であり、溶接構造物についての防止技術の開示はない。
【0012】
また、非特許文献1ではSUS316Lおよびインコネル625のクラッドについて、界面のマルテンサイトの水素脆化感受性を評価している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0013】
【文献】特開2013-209688号公報
【文献】特開平6-7803号公報
【非特許文献】
【0014】
【文献】櫛田ら,鉄と鋼,Vol.75(1989),p1508
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
本発明者は、鋭意検討の結果、解決すべき以下の課題を知見した。
特許文献2には、界面のマルテンサイトの遅れ破壊を防止する技術の開示がある。しかし焼戻し工程が増えることはコスト増加につながるため、実用上焼戻しなしでの界面のマルテンサイトの耐水素脆化性を向上させる技術が求められるが、その解決手段については開示も示唆もない。
非特許文献1には、界面のマルテンサイトの水素脆化感受性の評価方法についての記載はある。しかし、実際のクラッド鋼においては、加熱温度と圧下比に応じて拡散層の幅が異なると推定されるが、拡散層の幅と水素脆化感受性の関係についての記載も示唆もない。
本発明者は、マルテンサイトはその硬度が高いほど水素脆化感受性が高くなること、さらに、拡散層中のマルテンサイト幅が大きいほど微小な水素脆化が大きな界面剥離につながる危険性が高くなることを認識した。さらに本発明者は、溶接時の水素脆化によるクラッドの界面剥離を抑制するためには、界面のマルテンサイトの硬度と幅、鋼中の水素濃度およびマルテンサイトに付加される応力を制御することが解決すべき課題であると知見した。
【0016】
上記記載の課題認識に鑑み、本発明は、接合面の耐水素脆化性が良好な耐水素脆化性に優れたクラッド鋼板およびその製造方法ならびに溶接構造物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0017】
本発明は、上記の課題を解決するためになされたものであり、下記のクラッド鋼板およびその製造方法ならびに溶接構造物を要旨とする。
[1]母材と、前記母材に接合された合せ材とを備えるクラッド鋼板であって、
前記母材は、炭素鋼または低合金鋼からなり、
前記合せ材は、耐食性合金からなり、
クラッド鋼板の母材と合せ材の界面において、ナノ硬さが7GPa以上である領域の板厚方向の幅が5μm以下であることを特徴とするクラッド鋼板。
[2][1]に記載のクラッド鋼板において、前記母材が質量%でC:0.020~0.200%、Si:1.00%以下、Mn:0.10~3.00%、P:0.050%以下、S:0.050%以下を含有し、かつCeqが0.20~0.40であり、残部がFe及び不純物からなる成分組成を有する請求項1に記載のクラッド鋼板。ここで、Ceqは次式(1)により定義される。
Ceq=C+Mn/6+(Cu+Ni)/15+(Cr+Mo+V)/5・・・式(1)
式中、C、Mn、Cu、Ni、Cr、MoおよびVは、母材の成分組成における各元素の含有量(質量%)である。含有しない元素については0を加入する。
[3]前記母材の成分組成が、さらに前記Feの一部に替えて、質量%で、Ni:0.01~1.00%、Cr:0.01~1.00%、Mo:0.01~0.50%、Cu:0.01~1.00%、Co:0.01~0.50%,Se+Te:0.01~0.10%、V:0.001~0.100%、Ti:0.001~0.200%、Nb:0.001~0.200%、Al:0.005~0.300%、Ca:0.0003~0.0050%、B:0.0003~0.0030%およびREM:0.0003~0.0100%から選ばれる1種または2種以上を含有する、[2]に記載のクラッド鋼板。
[4]前記クラッド鋼板の合せ材が、質量%でCr:10%以上を含有するステンレス鋼またはニッケル基合金であることを特徴とする、[1]~[3]のいずれか1つに記載のクラッド鋼板。
【0018】
[5][1]~[4]のいずれか1項に記載のクラッド鋼板の製造方法において、母材と合せ材を圧着面が真空になるよう積層して圧着面の4周を溶接により密封してクラッド素材とし、前記クラッド素材からなるクラッド圧延素材、又は2以上の前記クラッド素材を組み立てたクラッド圧延素材について加熱炉内の最高加熱温度T(℃)、加熱炉内での加熱温度が最高加熱温度T-20℃となった時点から加熱炉抽出までの時間t(分)、素材厚/製品厚で計算される圧下比rによって式(2)で計算されるdが1以上9以下である加熱と熱間圧延を行い、圧延後に式(3)で計算されるTA3(℃)~650℃区間の平均冷却速度が2℃/s以上の冷却を行い、母材と合せ材の界面のナノ硬さが7GPa以上である領域の板厚方向の幅を5μm以下とすることを特徴とする、請求項1~請求項4のいずれか1項に記載のクラッド鋼板の製造方法。
d=2.2×105×√(exp(-3.2×104/(T+273))×t)/r ・・・式(2)
TA3(℃)=937.2-436.5C+56Si-19.7Mn-26.6Ni+136.3Ti-19.1Nb+198.4Al ・・・式(3)
式中、C、Si、Mn、Ni、Ti、NbおよびAlは、母材の成分組成における各元素の含有量(質量%)である。含有しない元素については0を加入する。
【0019】
[6][1]~[4]のいずれか1つに記載のクラッド鋼板を用いてなる溶接構造物。
[7]前記クラッド鋼板が、溶接ガスに水素を用いた溶接に使用されることを特徴とする、[1]~[4]のいずれか1つに記載のクラッド鋼板。
【0020】
本発明によれば、接合面の耐水素脆化性に優れたクラッド鋼板を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【
図1】式(2)の値dと熱間圧延後の冷却速度CRが、耐水素脆化特性に及ぼす影響を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
本発明者らは上記の課題に対し、以下の検討を行なった。具体的には、種々のステンレス鋼およびNi基合金を合せ材とするクラッド鋼板において、加熱温度、加熱時間、圧下比および圧延後の冷却速度を変化させて界面の元素拡散と金属組織について調査し、界面の耐水素脆化性との関係を評価した。その結果、以下(a)~(c)の知見を得た。
【0023】
(a)クラッド鋼板の界面のナノ硬さが7GPa以上の領域が薄いほどマルテンサイトの水素脆化感受性が低くなる傾向にある。このため、7GPa以上の領域を5μm以下にすることが有効である。
【0024】
(b)クラッド鋼板の圧延素材においては、母材となる炭素鋼または低合金鋼と、合せ材となるステンレス鋼またはNi基合金とが接している。界面の合金元素のプロファイルは素材加熱の温度・時間および圧下比によって整理できた。またCrが質量%で10%以上含まれている合せ材を用いた際に、Crの拡散幅とマルテンサイト相の幅が対応していることを確認した。これは主要合金元素のうちCrが最も拡散が速く、さらに焼入れ性を高める元素であるため、Crの含有量のみが高くNiなどのオーステナイト安定化元素の含有量が低い領域でマルテンサイト変態が生じるためである。
【0025】
(c)界面のマルテンサイトの硬さは圧延後の冷却速度に影響される。この機構は下記のように考えられる。圧延後の冷却中に冷却速度が遅く、オーステナイト→フェライト変態やオーステナイト→フェライト+パーライト変態に伴う炭素の吐き出しおよび拡散が生じる場合には、オーステナイト相に固溶していた炭素は、Crを多く含有しており炭素の活量係数の低い合せ材側に濃化する。このとき、合せ材側がオーステナイト相であれば濃化程度はより大きくなる。この機構により、圧延後の冷却速度が遅い場合には界面近傍で炭素濃度が高くなる領域が生じ、その領域とマルテンサイト相が生成しうる領域が重なるとクラッド鋼板の界面に硬質なマルテンサイト相が生成し、界面の耐水素脆化性が低下する。
【0026】
したがって、接合面の耐水素脆化性に優れたクラッド鋼板を得るためには、加熱時のCr拡散と圧延後の冷却時のC拡散を制御する必要がある。本発明は、上記の知見に基づいてなされたものである。以下、本発明の各要件について詳しく説明する。
【0027】
1.本発明の構成
本発明に係るクラッド鋼板は、母材と、母材に接合された合せ材とを備える。母材は後述の炭素鋼または低合金鋼からなる。また合せ材は耐食性合金からなり、耐食性合金としてCrを10%以上含有するステンレス鋼やNi基合金などを例示できる。さらに、前記母材と前記合せ材の界面においてナノ硬さが7GPa以上である領域の幅が5μm以下である。
【0028】
2.クラッド界面の特性
本発明に関わるクラッド鋼板の界面特性について説明する。良好な接合面の耐水素脆化性を有するクラッド鋼板を得るためにはクラッド界面での硬質なマルテンサイト相の生成を抑制する必要がある。
【0029】
2-1.クラッド界面のナノ硬さ
クラッド界面においてナノ硬さが7GPa以上の領域の幅は5μm以下とする。ナノ硬さが7GPa以上の領域の板厚方向の幅が5μm超では硬質で水素脆化感受性の高いマルテンサイトの領域が大きいため溶接ガスに水素を含有する溶接を実施した際に界面が剥離する場合がある。好ましくは3μm以下であり、更に好ましくは1μm以下である。ナノ硬さが7GPa以上の領域が小さいほど水素脆化感受性は低くなるため下限は設けない。
ここでナノ硬さとは、ISO 14577に規定する計装化押し込み硬さ試験(ナノインデンテーション試験ともいう。)に準拠して評価した材料の硬さを意味する。
【0030】
3.母材の化学組成
母材は炭素鋼または低合金鋼からなる。また母材の好ましい化学組成は、質量%でC:0.020~0.200%、Si:1.00%以下、Mn:0.10~3.00%、P:0.050%以下、S:0.050%を含有し、かつCeqが0.20~0.40であり、残部がFe及び不純物からなる成分組成を有する鋼板である。ここで、Ceqは次式(1)により定義される。
Ceq=C+Mn/6+(Cu+Ni)/15+(Cr+Mo+V)/5・・・式(1)
式中、C、Mn、Cu、Ni、Cr、MoおよびVは、母材の成分組成における各元素の含有量(質量%)である。
【0031】
Cは鋼の強度を向上させる元素であり、0.020%以上含有させることで十分な強度を発現する。しかし、0.200%を超えると溶接性および靭性の劣化を招く。したがって、C量は0.020~0.200%とする。好ましくは0.040%以上であり、さらに好ましくは0.050%以上である。一方上限値は0.100%以下が好ましく、0.080%以下がさらに好ましい。より好ましい範囲は0.040%~0.100%であり、更に好ましい範囲は0.050%~0.080%である。
【0032】
Siは脱酸に有効であり、また鋼の強度を向上させる元素である。しかしながら、1.00%を超えると鋼の表面性状及び靭性の劣化を招く。したがって、Si量は1.00%以下とする。好ましくは0.50%以下である。Siは含有しなくても良い。Siの好ましい含有量下限は0.01%である。
【0033】
Mnは鋼の強度を上昇させる元素であり、0.10%以上含有させることでその効果が発現する。しかしながら、3.00%を超えると溶接性が損なわれるとともに合金コストも増大する。したがって、Mn量は0.10~3.00%とする。好ましくは下限は0.50%であり、上限は2.00%である。更に好ましくは下限は0.90%%であり、上限は1.60%である。
【0034】
Pは鋼中の不純物であり、含有量が0.050%を超えると靭性が劣化する。したがって、P量は0.050%以下とする。好ましくは0.020%以下である。
【0035】
Sは鋼中の不純物であり、含有量が0.050%を超えると靭性が劣化する。したがって、S量は0.050%以下とする。好ましくは0.010%以下である。
【0036】
Ceq(炭素当量)は、鋼の化学組成から硬度と溶接性を見積もるために用いられる値であり、式(1)で計算される。Ceqが高いほど硬さは向上し、溶接性は劣化する。Ceqが0.20未満では構造物として十分な強度が得られない。したがって、Ceqは0.20以上とする。好ましくは0.23以上である。Ceqが0.40超では溶接性が劣化し、パス間温度管理や後熱処理が必要になるなど溶接コストが増加する。したがって、Ceqは0.40以下とする。好ましくは0.35以下である。
Ceq=C+Mn/6+(Cu+Ni)/15+(Cr+Mo+V)/5・・・式(1)
式中、C、Mn、Cu、Ni、Cr、MoおよびVは、母材の成分組成における各元素の含有量(質量%)である。
【0037】
前記母材の成分組成にさらに、前記Feの一部に替えて質量%で、Ni:0.01~1.00%、Cr:0.01~1.00%、Mo:0.01~0.50%、Cu:0.01~1.00%、Co:0.01~0.50%、Se+Te:0.01~0.10%、V:0.001~0.100%、Ti:0.001~0.200%、Nb:0.001~0.200%、Al:0.005~0.300%、Ca:0.0003~0.0050%、B:0.0003~0.0030%およびREM:0.0003~0.0100%から選ばれる1種または2種以上を含有することができる。
【0038】
Niは鋼の焼入れ性を向上させる元素であり、圧延後の鋼の強度及び靭性を向上させる。しかしながら、1.00%を超えると溶接性および靭性の劣化を引き起こす。したがってNiを含有する場合、Ni量は1.00%以下とする。好ましくは0.50%以下であり、より好ましくは0.30%以下である。好ましいNi含有量下限値は0.01%である。
【0039】
Crは鋼の焼入れ性を向上させる元素であり、圧延後の鋼の強度及び靭性を向上させる。しかしながら、1.00%を超えると溶接性および靭性の劣化を引き起こす。したがってCrを含有する場合、Cr量は1.00%以下とする。好ましくは0.50%以下であり、より好ましくは0.30%以下である。好ましいCr含有量下限値は0.01%である。
【0040】
Moは鋼の焼入れ性を向上させる元素であり、圧延後の鋼の強度及び靭性を向上させる。しかしながら、0.50%を超えると溶接性および靭性の劣化を引き起こす。したがってMoを含有する場合、Mo量は0.50%以下とする。好ましくは0.30%以下であり、より好ましくは0.1%以下である。好ましいMo含有量下限値は0.01%である。
【0041】
Cuは鋼の焼入れ性を向上させる元素であり、圧延後の鋼の強度及び靭性を向上させる。しかしながら、1.00%を超えると溶接性および靭性の劣化を引き起こす。したがってCuを含有する場合、Cu量は1.00%以下とする。好ましくは0.50%以下であり、より好ましくは0.30%以下である。好ましいCu含有量下限値は0.01%である。
【0042】
Coは鋼の焼入れ性を向上させる元素であり、圧延後の鋼の強度及び靭性を向上させる。しかしながら、0.50%を超えると熱間での加工性が損なわれて生産性が低下する。したがってCoを含有する場合、Co量は0.50%以下とする。好ましくは0.30%以下であり、より好ましくは0.1%以下である。好ましいCo含有量下限値は0.01%である。
【0043】
SeおよびTeは鋼板中のMn、Si、Al等の酸化しやすい元素が鋼板表面に拡散されて酸化物を形成することを抑制し、鋼板の表面性状やめっき性を高める。しかしながら、合計で0.10%を超えるとこの効果が飽和する。したがって、SeおよびTeを添加する場合はSeとTeの合計量は0.10%以下とする。より好ましくは0.05%以下である。好ましいSe+Te含有量下限値は0.01%である。
【0044】
Alは鋼の脱酸に効果がある元素である。しかしながら、0.300%を超えると溶接部の靭性の劣化を引き起こす。したがってAlを含有する場合、Al量は0.300%以下とする。好ましくは0.100%以下である。好ましいAl含有量下限値は0.005%である。
【0045】
Vは炭窒化物を形成することで鋼の強度を上昇させる。しかしながら、0.100%を超えると溶接性および靭性の劣化を引き起こす。したがってVを含有する場合、V量は0.100%以下とする。好ましくは0.050%以下である。好ましいV含有量下限値は0.001%である。
【0046】
Tiは結晶粒を微細化させて強度を増加させる元素であり、0.001%以上の添加でその効果が発現する。しかし、0.200%を超えると溶接性が損なわれるとともに合金コストも増大する。したがって、Ti量は0.001~0.200%とする。好ましくは下限は0.005%であり、上限は0.100%である。更に好ましくは下限は0.010%であり、上限は0.050%である。
【0047】
Nbは再結晶温度を上げる元素であり、0.001%以上の添加でその効果が発現する。しかし、0.200%を超えると溶接性が損なわれるとともに合金コストも増大する。したがって、Nb量は0.001~0.200%とする。好ましくは下限は0.005%であり、上限は0.100%である。更に好ましくは下限は0.010%であり、上限は0.050%である。
【0048】
Caは溶接熱影響部の組織を微細化し、靭性を向上させる。しかしながら、0.0050%を超えると粗大な介在物を形成して靭性を劣化させる。したがってCaを含有する場合、Ca量は0.0050%以下とする。好ましくは0.0030%以下である。好ましいCa含有量下限値は0.0003%である。
【0049】
Bは鋼の焼入れ性を向上させる元素であり、圧延後の鋼の強度及び靭性を向上させる。しかしながら、0.0030%を超えると溶接性および靭性の劣化を引き起こす。したがってBを含有する場合、B量は0.0030%以下とする。好ましくは0.0020%以下である。好ましいB含有量下限値は0.0003%である。
【0050】
REMは溶接熱影響部の組織を微細化し、靭性を向上させる。しかしながら、0.0100%を超えると粗大な介在物を形成して靭性を劣化させる。したがってREMを含有する場合、REM量は0.0100%以下とする。好ましくは0.005%以下である。好ましいREM含有量下限値は0.0003%である。
【0051】
ここで、REMとは、ランタノイドの15元素にYおよびScを合せた17元素の総称である。これらの17元素のうちの1種以上を鋼材に含有することができ、REM含有量は、これらの元素の合計含有量を意味する。
【0052】
本発明の母材の化学組成において、残部はFeおよび不純物である。ここで「不純物」とは、鋼材を工業的に製造する際に、鉱石、スクラップ等の原料、製造工程の種々の要因によって混入する成分であって、本発明に悪影響を与えない範囲で許容されるものを意味する。
【0053】
4.耐食性合金が、Crを10%以上含有するステンレス鋼またはニッケル基合金
本発明の合せ材は、耐食性合金からなる。前述のように、耐食性合金はCrを多く含有し、そのCrの拡散によってクラッド界面の焼入れ性が上がりマルテンサイトに変態しやすくなるとともに、母材側の炭素が合せ材側に拡散し、母材側界面に硬質なマルテンサイト相が形成され、接合面の耐水素脆化性を低下させる原因となる。即ち、Crを多く含有する耐食性合金を用いる場合に、本発明の効果が発揮される。合せ材のCr含有量が10%以上であれば、本発明を適用することによる効果が顕著に表れる。Cr含有量が15%以上であればより顕著に効果が発揮できる。
【0054】
本発明は接合界面組織の制御による、接合面の耐水素脆化性に優れたクラッド鋼板およびその製造方法についての技術であり、合せ材の鋼種は特に規定されないが、合せ材の例としてステンレス鋼またはニッケル基合金を例示できる。ステンレス鋼にはオーステナイト系ステンレス鋼、フェライト系ステンレス鋼、二相系ステンレス鋼があり、ニッケル基合金にはインコネル、インコロイ、ハステロイなどの商品名で種々の合金成分がある。
【0055】
5.製造方法
本発明に係るクラッド鋼板の製造方法について説明する。前述のように良好な接合面の耐水素脆化性を得るためには金属組織を制御する必要があるが、そのような金属組織は鋼の化学組成と適切な製造条件を組み合わせることで実現できる。
上記のクラッド鋼板において、母材と合せ材を圧着面が真空になるよう積層して圧着面の4周を溶接により密封してクラッド素材とする。1又は2以上のクラッド素材を組み立ててクラッド圧延素材とする。組み立てたクラッド圧延素材について、加熱炉内の最高加熱温度T(℃)、加熱炉内での加熱温度が最高加熱温度T-20℃となった時点から加熱炉抽出までの時間t(分)、素材厚/製品厚で計算される圧下比rによって式(2)で計算されるdが1以上9以下である加熱と熱間圧延を行い、圧延後に式(3)で計算されるTA3(℃)~650℃区間の平均冷却速度が2℃/s以上の冷却を実施し、クラッド鋼板を製造する。
d=2.2×105×√(exp(-3.2×104/(T+273))×t)/r ・・・式(2)
TA3(℃)=937.2-436.5C+56Si-19.7Mn-26.6Ni+136.3Ti-19.1Nb+198.4Al ・・・式(3)
式中、C、Si、Mn、Ni、Ti、NbおよびAlは、母材鋼板の成分組成における各元素の含有量(質量%)である。
【0056】
5-1クラッド素材
クラッド素材は、以下に記載の方法により製造される。具体的には、転炉、電気炉、真空溶解炉等の公知の方法で母材となる炭素鋼および低合金鋼ならびに合せ材となる耐食性合金を溶製した後、連続鋳造法または造塊-分塊法によりスラブを作成する。得られたスラブを通常用いられる条件で熱間圧延し、熱延板である合せ材及び母材とする。得られた熱延板に対し、必要に応じて、焼鈍、酸洗、研磨などを施してもよい。
上記の合せ材および母材を圧着面が真空になるよう積層して圧着面の4周を溶接により密封してクラッド素材を組み立てる。密着性や界面耐食性を改善するために合せ材と母材の間にNi箔などインサート材を挿入しても良い。圧着面を真空にする方法は特に規定されないが、真空中で電子ビーム溶接する方法や、予め真空引き用の穴を開けておき大気中でアーク溶接やレーザー溶接で4周を溶接した後に真空ポンプで真空引きする方法などが例示できる。真空度(絶対圧)は0.1Torr以下であれば界面の酸化物などが少ない良好な接合界面が得られ、より好ましくは0.05Torr以下であり、真空度は高いほど(絶対圧が低いほど)接合界面が良好になる傾向が有るため特に下限は設けない。
得られたクラッド素材はそのままクラッド圧延素材として熱間圧延に供してもよいし、2つのクラッド素材の間に剥離剤を塗布して重ねるように組み立てたものをクラッド圧延素材として熱間圧延に供してもよい。2つを重ねる場合は冷却時の板反りを少なくするために母材同士、合せ材同士はそれぞれ等厚であることが望ましい。もちろん、上記で記述した組立方式に限定する必要はない。
【0057】
5-2.熱間圧延
続いて、得られたクラッド圧延素材を加熱炉内の最高加熱温度T(℃)、加熱炉内での加熱温度が最高加熱温度T-20℃となった時点から加熱炉抽出までの時間t(分)、素材厚/製品厚で計算される圧下比rによって式(3)で計算されるdが1以上9以下である加熱と熱間圧延を行う。dが9超の場合は製品界面で元素拡散距離が長くなるため、マルテンサイト変態が生じ得る領域の幅が大きくなり、界面の耐水素脆化性が低下する。好ましくはdが7以下である。dが1未満では界面での元素拡散が少なすぎ、十分な接合強度が得られない。好ましくはdが3以上である。
d=2.2×105×√(exp(-3.2×104/(T+273))×t)/r ・・・式(2)
【0058】
加熱炉内の最高加熱温度T(℃)、加熱炉内での加熱温度が最高加熱温度T-20℃となった時点から加熱炉抽出までの時間t(分)、素材厚/製品厚で計算される圧下比rはdが上記範囲内となるように適宜定めれば良いが、界面の耐水素脆化性以外の特性や製造性の観点から以下に好ましい範囲を例示する。
加熱炉内の最高加熱温度Tは1050~1250℃とするのが好ましい。最高加熱温度Tが1050℃未満であると熱間加工性が悪化し、接合強度も劣化する。このため、最高加熱温度Tは1050℃以上であるのが好ましく、1100℃以上であるのがより好ましい。一方、最高加熱温度Tが1250℃超であると、加熱炉内で鋼片が変形したり熱延時に疵が生じやすくなったりするとともに、界面での拡散が速くなる。このため、最高加熱温度Tは1250℃以下であるのが好ましく、1220℃以下であるのがより好ましい。
加熱炉内での加熱温度が最高加熱温度T-20℃となった時点から加熱炉抽出までの時間t(分)は短いほど界面での元素拡散距離が短くなるため下限は特に設けないが、板厚中央まで温度を均一にさせるには30分以上の加熱が望ましい。
素材厚/製品厚で計算される圧下比rは3以上15以下とすることが好ましい。圧下比rが3未満である場合は圧延による界面接合が不十分で界面のせん断強度が低くなる可能性がある。より好ましくは5以上である。また圧下比が15超である場合は圧延時間が長くなり圧延コストが増加する。より好ましくは10以下である。
【0059】
上述のように、界面のマルテンサイト相の領域の大きさは、Crの拡散が主に影響する。Cr拡散は数百℃以上の温度で生じるものの、温度が高くなるに連れて拡散距離は指数関数的に大きくなるため、実質的な拡散は素材加熱時間のうち最高温度近傍で保持されている間で生じる。また圧延時および冷却時は板温度が速やかに低下するため拡散は無視できるほど小さい。したがって、製品のCr拡散距離は加熱時に生じた拡散距離が圧下比の割合だけ小さくなると考えてよい。なお筆者らは種々の加熱温度・時間・圧下比のクラッド製品について界面の薄膜TEM観察によるマルテンサイト相の領域の大きさの測定を実施し、加熱炉内の最高温度T(℃)、加熱炉内での加熱温度が最高加熱温度T-20℃となった時点から加熱炉抽出までの時間t(分)と圧下比rから式(2)で計算した値dがマルテンサイト相の領域の大きさと精度良く対応していることを確認している。
【0060】
5-3.圧延後の冷却
圧延後に式(3)から計算されるTA3(℃)~650℃区間の平均冷却速度は2℃/s以上とすることが望ましい。2℃/s未満の冷却速度ではオーステナイト→フェライト変態やオーステナイト→フェライト+パーライト変態に伴い、界面のマルテンサイトになり得るオーステナイト領域に炭素が拡散して濃化するため、ナノ硬さが7GPa以上となる領域の幅が増加する。好ましくは4℃/s以上である。上限は特に設けないが、冷却速度が速い場合マルテンサイト組織が主となり母材が高強度となりすぎたり靭性が劣化したりするため、望ましくは10℃/s以下である。
TA3(℃)=937.2-436.5C+56Si-19.7Mn-26.6Ni+136.3Ti-19.1Nb+198.4Al ・・・式(3)
式中、C、Si、Mn、Ni、Ti、NbおよびAlは、母材鋼板の成分組成における各元素の含有量(質量%)である。
【0061】
本発明によれば、接合面の耐水素脆化性に優れたクラッド鋼板を得ることができる。本発明に係るクラッド鋼板、及び本発明のクラッド鋼板を用いてなる溶接構造物は、溶接時の剥離対策や付加的な熱処理などを必要としない。界面のマルテンサイトの硬度と幅を本発明とすれば、鋼中の水素濃度またはマルテンサイトに付加される応力を制御することから解放される。また、上記クラッド鋼板は、使用用途の制限がなく、従来、ソリッド鋼板が用いられていた構造部材に適用できる。このため、上記クラッド鋼板は、低コスト化に大きく貢献するものである。本発明のクラッド鋼板を用いてなる溶接構造物は、水素を含むガスを使用する溶接またはガウジングを含む製造工程で製造した溶接構造物とすることができる。
【0062】
本発明のクラッド鋼板は、耐水素脆化性に優れるので、溶接ガスに水素を用いた溶接に使用しても水素脆化が生じることがない。
【実施例】
【0063】
以下、実施例によって本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0064】
表1に示す化学組成の合せ材および表2に示す化学組成の母材を溶製して鋼片とし、熱間圧延、焼鈍、酸洗の工程を経て合せ材は厚さ30mm、母材は厚さ130mmの鋼板を製造した。得られた合せ材と母材を素材として、母材と合せ材を圧着面が真空になるよう積層して圧着面の4周を溶接により密封してクラッド素材を作成した。2つのクラッド素材を母材-合せ材-剥離剤-合せ材-母材となるように合せ材と合せ材の間に剥離剤を塗布して重ね、クラッド圧延素材として組み立てた。得られたクラッド圧延素材について、表3に示す熱間圧延条件で熱間圧延を行った後に剥離剤部分で剥離させ、厚さ53mm(圧下比3)~12mm(圧下比13)のクラッド鋼板を製造した。
【0065】
【0066】
【0067】
クラッド鋼板の圧延において表3に記載の条件を変化させ、各特性値を調べた。以下、表3における製造条件の項目について説明する。表3において、Tは圧延前の加熱炉内の最高加熱温度(℃)を示し、tは加熱炉内での加熱温度が最高加熱温度T-20℃となった時点から加熱炉抽出までの時間(分)を示す。rは素材厚/製品厚で計算される圧下比を示す。dは上記T、t、rから式(2)で計算される値を示す。TA3は母材の化学組成から式(3)で計算される値(℃)を示す。CRはTA3(℃)~650℃までの平均冷却速度(℃/s)を示す。Lは界面近傍でナノ硬さが7GPa以上である領域の幅(μm)を示す。耐水素は耐水素脆化性評価試験の結果であり、Aは耐水素脆化性が良好、Xは不良を示す。
d=2.2×105×√(exp(-3.2×104/(T+273))×t)/r ・・・式(2)
TA3(℃)=937.2-436.5C+56Si-19.7Mn-26.6Ni+136.3Ti-19.1Nb+198.4Al ・・・式(3)
式中、C、Si、Mn、Ni、Ti、NbおよびAlは、母材鋼板の成分組成における各元素の含有量(質量%)である。
【0068】
ナノ硬さの測定はISO 14577に規定する計装化押し込み硬さ試験に準拠し、合せ材側、母材側に界面から板厚方向に各10μm範囲を0.5μmピッチでナノ硬さを測定した。ナノ硬さ測定の条件は適宜選択すればよいが、例えば荷重1000μN、押し込み指定荷重まで5sec、保持0sec、戻り5secとする測定を各位置で3回実施し、その平均値をナノ硬さとする測定を例示できる。ナノ硬さが7GPa以上ある領域の範囲を読み取り、Lとした。なお、合せ材と母材の間にNi箔などインサート材を挿入した場合は、合せ材とインサート材の界面、インサート材と母材の界面について、それぞれ測定すれば良い。
【0069】
耐水素脆化性の評価として下記の試験を実施した。試験片は板厚方向の長さを確保するため、クラッド鋼板の合せ材側に合せ材と同じ鋼種を溶接し、母材側に母材と同じ鋼種を溶接し、クラッド界面を含む平行部が4φ×20mmでクラッド界面に60°、ρ=0.1mm、のノッチを入れて3φとした丸棒試験片を作成した。溶接による熱影響を抑制するため、溶接方法として入熱が小さく溶接金属の幅を小さくできる電子ビーム溶接を選択し、溶接後に研削を実施した。なお、試験片の断面観察を実施し、溶接金属が界面から2mm以上離れていることを確認している。
作成した試験片を引張前に3質量%NaCl+3g/L・NH4SCN水溶液中で電流密度10(A/m2)×72(hr)の陰極チャージを行った後、3%NaCl+3g/L・NH4SCN水溶液中で10(A/m2)陰極チャージしながら平行部の歪速度:1×10-3(1/s)で破断まで引っ張った。引張前および引張中の陰極チャージをせずに引っ張る試験を別途実施し、破断までのストロークを比較し、チャージ有り材のストローク/チャージ無し材のストロークが0.25以上であれば良好と評価して表3の「耐水素」欄に「A」と表記し、0.25未満であれば不良と評価して表3の「耐水素」欄に「X」と表記した。
【0070】
製造条件および上記の結果をまとめて表3および
図1に示す。
図1は、式(2)の値dを横軸、熱間圧延後のT
A3(℃)~650℃までの平均冷却速度CRを縦軸とし、白丸は耐水素脆化性が良好、X印は不良を示す図である。
【0071】
【0072】
試料番号1~41は本発明例であり、好ましい製造条件を満足し、ナノ硬さが7GPa以上である領域の幅Lが5μm以下であり、良好な接合面の耐水素脆化性を有する。試料番号42~47は比較例であり、好ましい製造条件を満足せず、ナノ硬さが7GPa以上である領域の幅Lが5μm超であり、接合面の耐水素脆化性が不良である。
【0073】
上述したように、本発明例では良好な接合面の耐水素脆化性が得られた。一方、比較例では好ましい製造条件を満足せず、ナノ硬さが7GPa以上である領域の幅が本発明の規定から外れたため、接合面の耐水素脆化性が不良であった。
【0074】
本発明によれば、接合面の耐水素脆化性が良好なクラッド鋼板を得ることができ、産業上極めて有用である。合せ材として耐食性合金を適用すれば、本発明のクラッド鋼板は、腐食環境として、海水に曝されるような高塩化物環境、リン酸または硫酸などの酸溶液に曝されるプラント設備等での腐食環境等に適用可能性がある。具体的には、海水淡水化プラント、排煙脱硫装置、化学薬品の保存タンク、油井管等の構造部材、ポンプ・バルブ類、熱交換器などである。