(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-09-29
(45)【発行日】2023-10-10
(54)【発明の名称】親水性基材
(51)【国際特許分類】
C08J 7/056 20200101AFI20231002BHJP
B32B 33/00 20060101ALI20231002BHJP
【FI】
C08J7/056
B32B33/00
(21)【出願番号】P 2018015011
(22)【出願日】2018-01-31
【審査請求日】2020-11-17
【審判番号】
【審判請求日】2022-05-31
(73)【特許権者】
【識別番号】000183233
【氏名又は名称】住友ゴム工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000914
【氏名又は名称】弁理士法人WisePlus
(72)【発明者】
【氏名】皆川 康久
(72)【発明者】
【氏名】瀧井 美都子
【合議体】
【審判長】植前 充司
【審判官】中村 和正
【審判官】加藤 友也
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2014/171448(WO,A1)
【文献】特開2017-25285(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61L15/00-15/64
A61L17/00-33/18
C08J7/04-7/06
B32B
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
数平均分子量4万以上の親水性ポリマーからなる親水性ポリマー層が表面に形成され、
前記親水性ポリマー層の表面の少なくとも一部は、水の接触角が35~75度であ
り、
前記親水性ポリマー層の表面の、JIS B0601-2001で規定される表面粗さRaが1.0μm以下である採取した血液又は体液中に存在する腫瘍細胞捕捉用親水性基材。
【請求項2】
親水性ポリマー溶液を表面コーティングして得られる請求項1記載の採取した血液又は体液中に存在する腫瘍細胞捕捉用親水性基材。
【請求項3】
親水性ポリマー層は、下記式(I)で表されるポリマーからなる群より選択される少なくとも1種の親水性ポリマーで形成されている請求項1又は2記載の採取した血液又は体液中に存在する腫瘍細胞捕捉用親水性基材。
【化1】
(式中、R
1は水素原子又はメチル基、R
2はアルキル基を表す。mは1~5、nは繰り返し数を表す。)
【請求項4】
親水性ポリマー層の厚みが10~1000nmである請求項1~3のいずれか記載の採取した血液又は体液中に存在する腫瘍細胞捕捉用親水性基材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、特定分子量の親水性ポリマーからなる層が形成された親水性基材に関する。
【背景技術】
【0002】
血液及び体液中の特定の細胞(血球細胞、血液・体液中に存在するがん細胞等)を捕捉するための器具を作製するために、基材表面を特殊な高分子でコーティングする技術が提案されている。
【0003】
しかしながら、特殊な高分子の中には、コーティングで平滑な表面を作製し難いものがあり、表面の平滑性は、特定細胞の捕捉性能に影響することから、がん細胞等の特定細胞の捕捉性能等に優れた平滑な表面が形成された基材の提供が望まれている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、前記課題を解決し、特殊な高分子(親水性ポリマー)からなる平滑な表面を有する親水性ポリマー層が形成された親水性基材を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、数平均分子量4万以上の親水性ポリマーからなる親水性ポリマー層が表面に形成された親水性基材に関する。
【0007】
親水性基材は、親水性ポリマー溶液を表面コーティングして得られるものであることが好ましい。
【0008】
親水性ポリマー層は、下記式(I)で表されるポリマーからなる群より選択される少なくとも1種の親水性ポリマーで形成されていることが好ましい。
【化1】
(式中、R
1は水素原子又はメチル基、R
2はアルキル基を表す。mは1~5、nは繰り返し数を表す。)
【0009】
親水性ポリマー層の厚みは、10~1000nmであることが好ましい。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、数平均分子量4万以上の親水性ポリマーからなる親水性ポリマー層が表面に形成された親水性基材であるため、親水性ポリマーの平滑表面を有する親水性基材を提供できる。従って、がん細胞等の特定細胞の捕捉性能の向上が期待できる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】実施例2、比較例1のポリマーをコーティングして作製した親水性基材の写真図の一例である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明は、数平均分子量4万以上の親水性ポリマーからなる親水性ポリマー層が表面に形成された親水性基材である。これにより、平滑な表面の親水性ポリマー層で被覆された基材を提供できる。
【0013】
血中循環腫瘍細胞(数個~数百個/血液1mL)等の体液中にでてきた腫瘍細胞(がん細胞等)は、非常に数が少なく、検査に供するには、採取した体液中に存在する腫瘍細胞をできる限り多く捕捉することが重要と考えられる。本発明は、特定分子量の親水性ポリマーを用い、それにより、平滑な表面を持つ親水性ポリマー層が形成される。そして、親水性ポリマー層の平滑性はがん細胞等の特定細胞の捕捉性に影響を与え、平滑性の高い表面を形成することで、より優れた特定細胞の捕捉性能を奏することが期待される。従って、親水性ポリマー層に捕捉された腫瘍細胞の数を測定することで、体液中の腫瘍細胞数が判り、がん治療効果の確認等を期待できる。また、捕捉した腫瘍細胞を培養し、その培養した細胞で抗がん剤等の効き目を確認することで、抗がん剤等の投与前に、体の外で、抗がん剤等の効き目を確認できると同時に、抗がん剤等の選定にも役立つ。
【0014】
親水性ポリマーは、数平均分子量(Mn)が4万以上である。Mn4万以上の親水性ポリマーを用いることで、ポリマー層表面の平滑性が高まり、がん細胞等の特定細胞の捕捉性能の向上が期待できる。親水性ポリマーのMnは、6万以上が好ましく、7万以上がより好ましい。Mnの上限は特に限定されないが、溶媒(メタノール等)への溶解性や、親水性ポリマー溶液のコーティング性の観点から、30万以下が好ましく、20万以下がより好ましい。
【0015】
親水性ポリマーの重量平均分子量(Mw)は、ポリマー層表面の平滑性の観点から、15万以上が好ましく、20万以上がより好ましく、25万以上が更に好ましい。Mwの上限は特に限定されないが、溶媒(メタノール等)への溶解性や、親水性ポリマー溶液のコーティング性の観点から、80万以下が好ましく、60万以下がより好ましい。
【0016】
なお、本明細書において、Mn、Mwは、ゲルパーミエーションクロマトグラフィー(GPC)(東ソー(株)製GPC-8000シリーズ、検出器:示差屈折計、カラム:東ソー(株)製のTSKGEL SUPERMULTIPORE HZ-M)による測定値を基に標準ポリスチレン換算により求めることができる。
【0017】
親水性ポリマーは、親水性を有するものを適宜選択できる。例えば、1種又は2種以上の親水性モノマーの単独重合体及び共重合体、1種又は2種以上の親水性モノマーと他のモノマーとの共重合体等が挙げられる。前記単独重合体、共重合体としては、ポリアクリル酸、ポリアクリル酸エステル、ポリメタクリル酸、ポリメタクリル酸エステル、ポリアクリロイルモルホリン、ポリメタクリロイルモルホリン、ポリアクリルアミド、ポリメタクリルアミド等が挙げられる。
【0018】
親水性モノマーは、親水性基を有する各種モノマーを使用できる。親水性基は、例えば、アミド基、硫酸基、スルホン酸基、カルボン酸基、水酸基、アミノ基、アミド基、オキシエチレン基等、公知の親水性基が挙げられる。
【0019】
親水性モノマーの具体例としては、(メタ)アクリル酸、(メタ)アクリル酸エステル、(メトキシエチル(メタ)アクリレート等のアルコキシアルキル(メタ)アクリレート、ヒドロキシエチル(メタ)アクリレート等のヒドロキシアルキル(メタ)アクリレート)、(メタ)アクリルアミド、環状基を有する(メタ)アクリルアミド誘導体((メタ)アクリロイルモルホリン等)、などが挙げられる。なかでも、(メタ)アクリル酸、(メタ)アクリル酸エステル、アルコキシアルキル(メタ)アクリレート、(メタ)アクリロイルモルホリンが好ましく、アルコキシアルキル(メタ)アクリレートがより好ましく、2-メトキシエチルアクリレートが特に好ましい。
【0020】
他のモノマーは、親水性ポリマーの作用効果を阻害しない範囲内で適宜選択すれば良い。例えば、スチレン等の芳香族モノマー、酢酸ビニル、温度応答性を付与できるN-イソプロピルアクリルアミドなどが挙げられる。
【0021】
なかでも、親水性ポリマーとしては、下記式(I)で表されるポリマー及びポリ(メタ)アクリロイルモルホリンからなる群より選択される少なくとも1種が好ましい。
【化2】
(式中、R
1は水素原子又はメチル基、R
2はアルキル基を表す。mは1~5、nは繰り返し数を表す。)
【0022】
R2のアルキル基の炭素数は、1~10が好ましく、1~5がより好ましい。なかでも、R2は、メチル基又はエチル基が特に好ましい。mは、1~3が好ましい。n(繰り返し単位数)は、300~2500が好ましく、450~2000がより好ましい。
【0023】
また、親水性ポリマーとして、下記式(I-1)で表される化合物及び(メタ)アクリロイルモルホリンからなる群より選択される少なくとも1種の親水性モノマーと、他のモノマーとの共重合体も好適に使用できる。
【化3】
(式中、R
1、R
2、mは前記と同様。)
【0024】
前記親水性基材は、前記親水性ポリマーからなる親水性ポリマー層が基材の表面に形成されたものである。基材としては、ポリアクリル酸メチル、ポリメタクリル酸メチル、ポリアクリル酸、ポリメタクリル酸等のアクリル樹脂(ポリアクリル樹脂)、シクロオレフィン樹脂(ポリシクロオレフィン)、カーボネート樹脂(ポリカーボネート)、スチレン樹脂(ポリスチレン)、ポリエチレンテレフタレート(PET)等のポリエステル樹脂、ポリジメチルシロキサン、ソーダ石灰ガラス、ほうケイ酸ガラス等のガラス、等が挙げられる。
【0025】
親水性ポリマー層(親水性ポリマーにより形成される層)の膜厚は、好ましくは10~1000nm、より好ましくは30~500nm、更に好ましくは50~350nmである。上記範囲内に調整することで、良好なタンパク質や細胞に対する低吸着性、がん細胞に対する選択的捕捉性を期待できる。
【0026】
親水性ポリマー層の表面の少なくとも一部(一部又は全部)は、水の接触角が25~85度であることが好ましく、35~75度であることがより好ましい。
【0027】
親水性ポリマー層の表面は、表面粗さRaが1.0以下であることが好ましく、より好ましくは0.8以下、更に好ましくは0.6以下である。下限は特に限定されず、小さいほど良好である。
なお、本明細書において、表面粗さRaは、JIS B0601-2001で規定される中心線表面粗さRaである。
【0028】
親水性ポリマー層は、(1)親水性ポリマーを各種溶剤に溶解・分散した親水性ポリマー溶液・分散液を、基材表面(基材凹部)に注入し、所定時間保持、乾燥する方法、(2)該親水性ポリマー溶液・分散液を基材表面に塗工(噴霧)する方法、等、公知の手法により、基材表面の全部又は一部に親水性ポリマー溶液・分散液をコーティングすることで、親水性ポリマーにより形成されるポリマー層が形成された親水性基材(親水性ポリマーからなる親水性ポリマー層が表面に形成された親水性基材)を製造できる。そして、親水性ポリマー層が形成された親水性基材に、必要に応じて他の部品を追加することで、特定細胞の検査が可能な装置を製造できる。
【0029】
溶剤、注入方法、塗工(噴霧)方法などは、従来公知の材料及び方法を適用できる。
(1)、(2)の保持、乾燥時間は、基材の大きさ、導入する液種、等により適宜設定すれば良い。保持時間は、5分~10時間が好ましく、10分~5時間がより好ましく、15分~2時間が更に好ましい。乾燥は、室温(約23℃)から80℃で行うことが好ましく、室温から50℃で行うことがより好ましい。また、減圧して乾燥しても良い。更に、保持して一定時間後、適宜、余分な親水性ポリマー溶液・分散液を排出し、乾燥してもよい。
【0030】
溶剤としては、親水性ポリマーの溶解が可能なものであれば特に限定されず、使用する親水性ポリマーに応じて適宜選択すれば良い。例えば、水、有機溶媒、これらの混合溶媒が挙げられ、有機溶媒としては、メタノール、エタノール、n-プロパノール、i-プロパノール、メトキシプロパノール等のアルコール類;アセトン、メチルエチルケトン等のケトン類;テトラヒドロフラン、アセトニトリル、酢酸エチル、トルエン等が列挙される。
【0031】
例えば、試料(血液又は体液)を親水性ポリマー層が形成された親水性基材に接触させることで、特定細胞の捕捉が期待できる。そして、捕捉した特定細胞の数を測定することで、採取した血液又は体液中の特定細胞数が判り、がん治療効果の確認等が期待される。
【実施例】
【0032】
以下、実施例に基づいて本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらのみに限定されるものではない。
【0033】
(実施例1)
AIBN(アゾビスイソブチロニトリル)12.5mg/mlメタノール溶液を用いて、2-メトキシエチルアクリレート(45wt%メタノール)を60℃で7時間熱重合し、ポリ2-メトキシエチルアクリレートを作製した。
【0034】
(実施例2)
AIBN(アゾビスイソブチロニトリル)を用いて、2-メトキシエチルアクリレート(68wt%メタノール)を60℃で7時間熱重合し、ポリ2-メトキシエチルアクリレートを作製した。
【0035】
(比較例1)
AIBN(アゾビスイソブチロニトリル)を用いて、2-メトキシエチルアクリレート(23wt%メタノール)を60℃で7時間熱重合し、ポリ2-メトキシエチルアクリレートを作製した。
【0036】
〔親水性ポリマーのMn、Mw〕
上記で得られたポリ2-メトキシエチルアクリレートのMw、Mnを前述の方法で測定した。
【0037】
〔親水性ポリマー層(コーティング層)の膜厚〕
親水性基材の親水性ポリマー層の膜厚は、親水性ポリマー層の断面を、TEMを使用し、加速電圧15kV、1000倍で測定(撮影)した。
【0038】
〔水の接触角〕
親水性基材の親水性ポリマー層の表面に蒸留水2μlを滴下し、30秒後の接触角をθ/2法(室温)で測定した。
【0039】
〔表面粗さRa〕
レーザー顕微鏡を用いて、非接触で表面粗さを1つの親水性基材(親水性ポリマー層)で4箇所(第1ピーク)測定し、そのRaの4点の平均を表面粗さRaとした(JIS B0601-2001で規定される中心線表面粗さRaの平均)。
【0040】
【0041】
次いで、上記で作製したポリ2-メトキシエチルアクリレートを用いて、それぞれ0.2wt%メタノール溶液を調整した。これらの溶液を用いてスライドガラス(ホウけい酸ガラス)上にコーティングし、40℃で減圧乾燥させて、ポリ2-メトキシエチルアクリレートコーティング膜をガラス基板上に作製し、親水性基材を得た。
【0042】
実施例1~2、比較例1のポリマーをコーティングして作製した親水性基材のうち、実施例2、比較例1の親水性基材の写真図を
図1に示す。
【0043】
比較例1では、周辺に白く曇ったリング状のものが出来た。このリング状の白い曇りは、比較例1と同様な方法で何回かポリ2-メトキシエチルアクリレートを作製したものは、リング形状がやや異なるときもあるが、常に白く曇った部分が出来た。
【0044】
これに対して、Mn4万以上のポリマーを用いた実施例1、2では、曇りもなく、平滑なコーティング膜が出来た。曇りの部分は、ポリ2-メトキシエチルアクリレートの凝集状態及び表面凹凸を反映しており、その部分では、他の平滑部とは異なる特定細胞の捕捉性能を示すことが容易に想像でき、捕捉性能のバラツキの原因になる。このため、曇りの無い平滑コーティング面の方が、バラツキの少ない捕捉性能を示すことが期待できた。