(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-09-29
(45)【発行日】2023-10-10
(54)【発明の名称】車両用空調装置の診断装置および診断方法
(51)【国際特許分類】
B61D 27/00 20060101AFI20231002BHJP
F25B 49/02 20060101ALI20231002BHJP
B60H 1/00 20060101ALI20231002BHJP
F24F 11/38 20180101ALI20231002BHJP
【FI】
B61D27/00 F
F25B49/02 570Z
B60H1/00 101Z
F24F11/38
(21)【出願番号】P 2019195415
(22)【出願日】2019-10-28
【審査請求日】2022-08-03
(73)【特許権者】
【識別番号】000003078
【氏名又は名称】株式会社東芝
(73)【特許権者】
【識別番号】598076591
【氏名又は名称】東芝インフラシステムズ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100091982
【氏名又は名称】永井 浩之
(74)【代理人】
【識別番号】100091487
【氏名又は名称】中村 行孝
(74)【代理人】
【識別番号】100105153
【氏名又は名称】朝倉 悟
(74)【代理人】
【識別番号】100107582
【氏名又は名称】関根 毅
(74)【代理人】
【識別番号】100118843
【氏名又は名称】赤岡 明
(74)【代理人】
【識別番号】100213654
【氏名又は名称】成瀬 晃樹
(72)【発明者】
【氏名】小熊 信
(72)【発明者】
【氏名】小山 泰平
(72)【発明者】
【氏名】殿城 賢三
(72)【発明者】
【氏名】岩田 宜之
(72)【発明者】
【氏名】阿邊 優一
【審査官】福田 信成
(56)【参考文献】
【文献】特開2018-204885(JP,A)
【文献】国際公開第2019/146035(WO,A1)
【文献】特開2015-092121(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2016/0169572(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B61D 27/00
F25B 49/02
B60H 1/00
F24F 11/38
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
車両内を空調する車両用空調装置における所定の異常種別の異常の程度と、前記車両用空調装置内の冷媒のモリエル線図上の第1冷凍サイクルデータと、の対応関係に基づいて、機械学習診断モデルを生成する診断モデル構築部と、
前記冷媒の冷媒状態データと、前記車両の動作情報および前記車両用空調装置の動作情報の少なくとも1つを含む車両機器データと、を取得するデータ取得部と、
前記冷媒状態データに基づいて、前記冷媒のモリエル線図上の第2冷凍サイクルデータを計算するモリエル線図計算部と、
前記車両機器データに基づいて、前記車両および前記車両用空調装置の少なくとも一方の動作に起因する変動を除外するように、前記第2冷凍サイクルデータを抽出する診断データ抽出部と、
抽出された前記第2冷凍サイクルデータを前記機械学習診断モデルに適用し、前記車両用空調装置の異常を診断する異常診断部と、
前記異常種別の異常の程度と、前記異常種別の異常の程度に対応する前記車両用空調装置の状態情報と、を関連付けて蓄積する第1蓄積部と、
前記状態情報に基づいて、前記冷媒の流体解析シミュレーションによって前記第1冷凍サイクルデータを取得するモリエル線図シミュレーション部と、を備え
、
前記モリエル線図シミュレーション部は、前記異常種別の異常の程度のそれぞれに対して、複数の条件で流体解析シミュレーションを行うことにより複数の前記第1冷凍サイクルデータを取得し、
前記診断モデル構築部は、複数の前記第1冷凍サイクルデータのうちの一部を用いて生成した前記機械学習診断モデルに、複数の前記第1冷凍サイクルデータのうちの他部を適用し、前記機械学習診断モデルの精度を算出する、車両用空調装置の診断装置。
【請求項2】
前記診断モデル構築部は、複数の教師有り分類モデルにより生成される複数の前記機械学習診断モデルのうち、前記精度が最も高い前記機械学習診断モデルを、前記異常診断部により適用される前記機械学習診断モデルとして選択する、請求項
1に記載の車両用空調装置の診断装置。
【請求項3】
前記異常種別の異常の程度と、前記異常種別の異常の程度を模擬した模擬実験により予め取得される模擬実験データまたは該模擬実験データに基づいて計算される前記第1冷凍サイクルデータと、を関連付けて蓄積する第2蓄積部をさらに備える、請求項1に記載の車両用空調装置の診断装置。
【請求項4】
車両内を空調する車両用空調装置における所定の異常種別の異常の程度と、前記車両用空調装置内の冷媒のモリエル線図上の第1冷凍サイクルデータと、の対応関係に基づいて、機械学習診断モデルを生成する診断モデル構築部と、
前記冷媒の冷媒状態データと、前記車両の動作情報および前記車両用空調装置の動作情報の少なくとも1つを含む車両機器データと、を取得するデータ取得部と、
前記冷媒状態データに基づいて、前記冷媒のモリエル線図上の第2冷凍サイクルデータを計算するモリエル線図計算部と、
前記車両機器データに基づいて、前記車両および前記車両用空調装置の少なくとも一方の動作に起因する変動を除外するように、前記第2冷凍サイクルデータを抽出する診断データ抽出部と、
抽出された前記第2冷凍サイクルデータを前記機械学習診断モデルに適用し、前記車両用空調装置の異常を診断する異常診断部と、
前記第1冷凍サイクルデータから第1特徴量を抽出する特徴量抽出部
と、を備え、
前記診断モデル構築部は、前記異常種別の異常の程度と、前記第1特徴量と、の対応関係に基づいて、前記機械学習診断モデルを生成し、
前記異常診断部は、前記第2冷凍サイクルデータから第2特徴量を抽出し、前記第2特徴量を前記機械学習診断モデルに適用し、前記車両用空調装置の異常を診断する
、車両用空調装置の診断装置。
【請求項5】
前記第1特徴量および前記第2特徴量は、モリエル線図上において略台形の形状を有する冷凍サイクルの所定の位置の座標である、請求項
4に記載の車両用空調装置の診断装置。
【請求項6】
前記特徴量抽出部は、前記第1特徴量の時間変動幅が所定の閾値以下になるように、前記第1特徴量を抽出する、請求項
4または請求項
5に記載の車両用空調装置の診断装置。
【請求項7】
車両内を空調する車両用空調装置における所定の異常種別の異常の程度と、前記車両用空調装置内の冷媒のモリエル線図上の第1冷凍サイクルデータと、の対応関係に基づいて、機械学習診断モデルを生成する診断モデル構築部と、
前記冷媒の冷媒状態データと、前記車両の動作情報および前記車両用空調装置の動作情報の少なくとも1つを含む車両機器データと、を取得するデータ取得部と、
前記冷媒状態データに基づいて、前記冷媒のモリエル線図上の第2冷凍サイクルデータを計算するモリエル線図計算部と、
前記車両機器データに基づいて、前記車両および前記車両用空調装置の少なくとも一方の動作に起因する変動を除外するように、前記第2冷凍サイクルデータを抽出する診断データ抽出部と、
抽出された前記第2冷凍サイクルデータを前記機械学習診断モデルに適用し、前記車両用空調装置の異常を診断する異常診断部と、を備え、
前記車両機器データは、前記車両のドアが閉じている時間および前記車両用空調装置のコンプレッサが動作している時間の少なくとも1つを含む
、車両用空調装置の診断装置。
【請求項8】
車両内を空調する車両用空調装置における所定の異常種別の異常の程度と、前記車両用空調装置内の冷媒のモリエル線図上の第1冷凍サイクルデータと、の対応関係に基づいて、機械学習診断モデルを生成する診断モデル構築部と、
前記冷媒の冷媒状態データと、前記車両の動作情報および前記車両用空調装置の動作情報の少なくとも1つを含む車両機器データと、を取得するデータ取得部と、
前記冷媒状態データに基づいて、前記冷媒のモリエル線図上の第2冷凍サイクルデータを計算するモリエル線図計算部と、
前記車両機器データに基づいて、前記車両および前記車両用空調装置の少なくとも一方の動作に起因する変動を除外するように、前記第2冷凍サイクルデータを抽出する診断データ抽出部と、
抽出された前記第2冷凍サイクルデータを前記機械学習診断モデルに適用し、前記車両用空調装置の異常を診断する異常診断部と、を備え、
前記診断データ抽出部は、前記車両機器データに基づいて分割して抽出される前記第2冷凍サイクルデータのうち、時間変動が最小になる前記第2冷凍サイクルデータを抽出する
、車両用空調装置の診断装置。
【請求項9】
前記異常診断部の診断結果を報知するように、報知部を制御する報知制御部さらに備える、請求項1から請求項
8のいずれか一項に記載の車両用空調装置の診断装置。
【請求項10】
前記モリエル線図計算部により計算された前記第2冷凍サイクルデータ、および、前記車両用空調装置の正常時における前記第1冷凍サイクルデータを1つのモリエル線図上に表示するように、表示部を制御する表示制御部をさらに備える、請求項1から請求項
9のいずれか一項に記載の車両用空調装置の診断装置。
【請求項11】
車両内を空調する車両用空調装置における所定の異常種別の異常の程度と、前記車両用空調装置内の冷媒のモリエル線図上の第1冷凍サイクルデータと、の対応関係に基づいて、機械学習診断モデルを診断モデル構築部により生成し、
前記冷媒の冷媒状態データと、前記車両の動作情報および前記車両用空調装置の動作情報の少なくとも1つを含む車両機器データと、をデータ取得部により取得し、
前記冷媒状態データに基づいて、前記冷媒のモリエル線図上の第2冷凍サイクルデータをモリエル線図計算部により計算し、
前記車両機器データに基づいて、前記車両および前記車両用空調装置の少なくとも一方の動作に起因する変動を除外するように、前記第2冷凍サイクルデータを診断データ抽出部により抽出し、
抽出された前記第2冷凍サイクルデータを前記機械学習診断モデルに適用し、前記車両用空調装置の異常を異常診断部により診断する、ことを具備
し、
前記異常種別の異常の程度と、前記異常種別の異常の程度に対応する前記車両用空調装置の状態情報と、が関連付けて蓄積され、
前記状態情報に基づいて、前記冷媒の流体解析シミュレーションによって前記第1冷凍サイクルデータをモリエル線図シミュレーション部により取得する、ことをさらに具備し、
前記異常種別の異常の程度のそれぞれに対して、複数の条件で流体解析シミュレーションを行うことにより複数の前記第1冷凍サイクルデータを前記モリエル線図シミュレーション部により取得し、
前記診断モデル構築部により、複数の前記第1冷凍サイクルデータのうちの一部を用いて生成した前記機械学習診断モデルに、複数の前記第1冷凍サイクルデータのうちの他部を適用し、前記機械学習診断モデルの精度を算出する、ことをさらに具備する、車両用空調装置の診断方法。
【請求項12】
車両内を空調する車両用空調装置における所定の異常種別の異常の程度と、前記車両用空調装置内の冷媒のモリエル線図上の第1冷凍サイクルデータと、の対応関係に基づいて、機械学習診断モデルを診断モデル構築部により生成し、
前記冷媒の冷媒状態データと、前記車両の動作情報および前記車両用空調装置の動作情報の少なくとも1つを含む車両機器データと、をデータ取得部により取得し、
前記冷媒状態データに基づいて、前記冷媒のモリエル線図上の第2冷凍サイクルデータをモリエル線図計算部により計算し、
前記車両機器データに基づいて、前記車両および前記車両用空調装置の少なくとも一方の動作に起因する変動を除外するように、前記第2冷凍サイクルデータを診断データ抽出部により抽出し、
抽出された前記第2冷凍サイクルデータを前記機械学習診断モデルに適用し、前記車両用空調装置の異常を異常診断部により診断する、ことを具備し、
前記第1冷凍サイクルデータから第1特徴量を特徴量抽出部により抽出し、
前記異常種別の異常の程度と、前記第1特徴量と、の対応関係に基づいて、前記機械学習診断モデルを前記診断モデル構築部により生成し、
前記異常診断部により、前記第2冷凍サイクルデータから第2特徴量を抽出し、前記第2特徴量を前記機械学習診断モデルに適用し、前記車両用空調装置の異常を診断する、ことをさらに具備する、車両用空調装置の診断方法。
【請求項13】
車両内を空調する車両用空調装置における所定の異常種別の異常の程度と、前記車両用空調装置内の冷媒のモリエル線図上の第1冷凍サイクルデータと、の対応関係に基づいて、機械学習診断モデルを診断モデル構築部により生成し、
前記冷媒の冷媒状態データと、前記車両の動作情報および前記車両用空調装置の動作情報の少なくとも1つを含む車両機器データと、をデータ取得部により取得し、
前記冷媒状態データに基づいて、前記冷媒のモリエル線図上の第2冷凍サイクルデータをモリエル線図計算部により計算し、
前記車両機器データに基づいて、前記車両および前記車両用空調装置の少なくとも一方の動作に起因する変動を除外するように、前記第2冷凍サイクルデータを診断データ抽出部により抽出し、
抽出された前記第2冷凍サイクルデータを前記機械学習診断モデルに適用し、前記車両用空調装置の異常を異常診断部により診断する、ことを具備し、
前記車両機器データは、前記車両のドアが閉じている時間および前記車両用空調装置のコンプレッサが動作している時間の少なくとも1つを含む、車両用空調装置の診断方法。
【請求項14】
車両内を空調する車両用空調装置における所定の異常種別の異常の程度と、前記車両用空調装置内の冷媒のモリエル線図上の第1冷凍サイクルデータと、の対応関係に基づいて、機械学習診断モデルを診断モデル構築部により生成し、
前記冷媒の冷媒状態データと、前記車両の動作情報および前記車両用空調装置の動作情報の少なくとも1つを含む車両機器データと、をデータ取得部により取得し、
前記冷媒状態データに基づいて、前記冷媒のモリエル線図上の第2冷凍サイクルデータをモリエル線図計算部により計算し、
前記車両機器データに基づいて、前記車両および前記車両用空調装置の少なくとも一方の動作に起因する変動を除外するように、前記第2冷凍サイクルデータを診断データ抽出部により抽出し、
抽出された前記第2冷凍サイクルデータを前記機械学習診断モデルに適用し、前記車両用空調装置の異常を異常診断部により診断する、ことを具備し、
前記車両機器データに基づいて分割して抽出される前記第2冷凍サイクルデータのうち、時間変動が最小になる前記第2冷凍サイクルデータを前記診断データ抽出部により抽出する、ことをさらに具備する、車両用空調装置の診断方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明による実施形態は、車両用空調装置の診断装置および診断方法に関する。
【背景技術】
【0002】
鉄道車両は、車両内を空気調和するために、温度を調整する車両用空調装置を搭載する。上記車両用空調装置内では、コンプレッサが冷媒を圧縮し、車内外の熱を交換するための冷媒循環機構である冷凍サイクルが構築される。これにより、車内の空気を循環させ、車内温度の上下が調整される。
【0003】
車両用空調装置の異常診断技術においては、正常状態を基準として、診断対象の事象が正常状態からどれだけ乖離したかにより、異常や異常予兆を判定する方法が知られている。例えば、空調運用時のセンシングデータ群が、正常状態を基準として事前に手動設定した一定の閾値を超えた場合、あるいは、事前に設定した範囲から一定回数逸脱した場合に、車両用空調装置は異常と診断される。
【0004】
しかしながら、車両用空調装置の実運用で発生する異常は多様であり、上記診断手法は正常状態から乖離状態であることしか検知できない。このため、空調装置内の具体的な異常の発生箇所は作業員が実機を点検してはじめて、冷媒が漏れている、または、熱交換器や配管がつまっている等の故障種別が明らかになる。この故障種別の究明には、多大な時間とコストを要する恐れがある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】国際公開第2017/212631号
【文献】特許第5112766号公報
【文献】特開2018-100010号公報
【文献】特開昭63-297974号公報
【文献】国際公開第2007/108537号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
車両用空調装置の異常種別をより容易に診断することができる車両用空調装置の診断装置および診断方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本実施形態による車両用空調装置の診断装置は、診断モデル構築部と、データ取得部と、モリエル線図計算部と、診断データ抽出部と、異常診断部と、を備える。診断モデル構築部は、車両内を空調する車両用空調装置における所定の異常種別の異常の程度と、車両用空調装置内の冷媒のモリエル線図上の第1冷凍サイクルデータと、の対応関係に基づいて、機械学習診断モデルを生成する。データ取得部は、冷媒の冷媒状態データと、車両の動作情報および車両用空調装置の動作情報の少なくとも1つを含む車両機器データと、を取得する。モリエル線図計算部は、冷媒状態データに基づいて、冷媒のモリエル線図上の第2冷凍サイクルデータを計算する。診断データ抽出部は、車両機器データに基づいて、車両および車両用空調装置の少なくとも一方の動作に起因する変動を除外するように、第2冷凍サイクルデータを抽出する。異常診断部は、抽出された第2冷凍サイクルデータを機械学習診断モデルに適用し、車両用空調装置の異常を診断する。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【
図1】第1実施形態による車両用空調装置の診断装置の構成を示すブロック図。
【
図2】第1実施形態による学習部の動作を示すフロー図。
【
図3】正常時における冷凍サイクルの一例を示す模式図。
【
図4】冷媒不足時における冷凍サイクルの一例を示す模式図。
【
図5】第1実施形態によるシミュレーション結果および第1特徴量の抽出結果の一例を示す図。
【
図6】決定木による機械学習診断モデルの一例を示す図。
【
図7】第1実施形態による診断部の動作を示すフロー図。
【
図9】室外熱交換器詰まり時における冷凍サイクルの一例を示す模式図。
【
図10】第2実施形態による車両用空調装置の診断装置の構成を示すブロック図。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下、図面を参照して本発明に係る実施形態を説明する。本実施形態は、本発明を限定するものではない。図面は模式的または概念的なものであり、各部分の比率などは、必ずしも現実のものと同一とは限らない。明細書と図面において、既出の図面に関して前述したものと同様の要素には同一の符号を付して詳細な説明は適宜省略する。
【0010】
(第1実施形態)
図1は、第1実施形態による車両用空調装置101の診断装置100の構成を示すブロック図である。
【0011】
鉄道車両は、車両内を空気調和するために、温度を調整する車両用空調装置101を搭載する。上記車両用空調装置101内では、コンプレッサが冷媒を圧縮し、車内外の熱を交換するための冷媒循環機構である冷凍サイクルが構築される。これにより、車内の空気を循環させ、車内温度の上下が調整される。冷媒は、例えば、R407C等のHFC(Hydrofluorocarbon)系冷媒である。また、車両用空調装置101は、車両に搭載された制御装置により制御され、車両内の温度を調整する。上記の制御装置は、例えば温度センサで取得した車内の温度等の計測値に基づき、目標温度を設定する。また、上記制御装置は、温度等の計測値を用いて目標温度から一定範囲内の温度となるようにフィードバック制御する。また、乗客の荷重を検知する応荷重装置から取得する乗車率や湿度が一定の閾値以上の場合には、目標温度が自動補正されこともある。
【0012】
診断装置100は、車両用空調装置101の状態を診断する。診断装置100は、第1蓄積部104と、学習部102と、診断部103と、報知制御部112aと、表示制御部112cと、を備えている。
【0013】
第1蓄積部104は、車両用空調装置101における所定の異常種別の異常の程度と、異常種別の異常の程度に対応する車両用空調装置101の状態情報と、を関連付けて蓄積する。異常種別は、例えば、冷媒漏れや詰まり等のタグである。詰まりは、例えば、熱交換器や配管の詰まりである。第1実施形態では、異常種別が1つ(冷媒漏れ)である場合について説明する。また、第1実施形態において、異常の程度は、特に断りのない限り、異常の有無、すなわち、異常または正常とする。従って、異常種別の異常の程度は、「冷媒漏れ・正常」や「冷媒漏れ・異常」であり、以下では、単に「正常」や「冷媒漏れ」と呼ばれる場合がある。「異常種別の異常の程度」は、以下では、「状態種別」とも呼ばれる場合がある。また、状態種別に対応する状態情報は、例えば、冷媒の不足量である。例えば、「冷媒漏れ・正常」および「冷媒漏れ・異常」は、それぞれ「不足0g」および「不足400g」と関連付けて第1蓄積部104に蓄積される。尚、冷媒の不足量の値は、一例である。
【0014】
また、状態種別および状態情報は、例えば、実績の故障履歴や点検結果等から、空調機器メーカの保守員により第1蓄積部104に格納される。第1蓄積部104は、データベースとして、状態種別および状態情報の追加や更新をすることができる。第1蓄積部104は、例えば、RAM(Random Access Memory)、フラッシュメモリ等の半導体メモリ素子であってもよく、ハードディスク等であってもよい。尚、第1蓄積部104は、診断装置100の外部に設けられてもよい。この場合、学習部102が外部の第1蓄積部104から必要なデータを取得すればよい。
【0015】
学習部102は、教師有り学習により機械学習診断モデルを構築する。学習部102は、モリエル線図シミュレーション部105と、特徴量抽出部106と、診断モデル構築部107と、を備えている。
【0016】
モリエル線図シミュレーション部105は、状態情報に基づいて、冷媒の流体解析シミュレーションによってモリエル線図上の第1冷凍サイクルデータを取得する。モリエル線図は、後で説明するように、冷凍サイクルにおける冷媒の状態を示す図であり、縦軸に圧力、横軸に比エンタルピーを用いて表される(
図3を参照)。第1冷凍サイクルデータは、学習部102において学習に用いられる冷凍サイクルデータである。例えば、モリエル線図シミュレーション部105は、冷媒の「不足0g」や「不足400g」を条件として、空調の冷凍サイクルの流体解析シミュレーションを行う。空調の冷凍サイクルは、一般的に、蒸発、圧縮、凝縮および膨張の4工程である。モリエル線図シミュレーション部105は、例えば、CFD(Computational Fluid Dynamics)シミュレータを用いた流体解析により冷媒の状態を模擬する。モリエル線図シミュレーション部105は、シミュレーションにより取得した第1冷凍サイクルデータを特徴量抽出部106に送る。尚、冷凍サイクルの詳細については、
図3を参照して、後で説明する。
【0017】
特徴量抽出部106は、第1冷凍サイクルデータから第1特徴量を抽出する。第1特徴量は、例えば、モリエル線図上において略台形の形状を有する冷凍サイクルの所定の位置の座標である。特徴量抽出部106は、第1特徴量を診断モデル構築部107に送る。尚、第1特徴量の詳細については、
図5を参照して、後で説明する。
【0018】
診断モデル構築部107は、車両内を空調する車両用空調装置101における所定の異常種別の異常の程度と、車両用空調装置101内の冷媒のモリエル線図上の第1冷凍サイクルデータと、の対応関係に基づいて、機械学習診断モデルを生成する。より詳細には、診断モデル構築部107は、異常種別の異常の程度と、第1特徴量と、の対応関係に基づいて、機械学習診断モデルを生成する。診断モデル構築部107は、生成した機械学習診断モデルを診断部103に送る。
【0019】
診断部103は、学習部102により構築された機械学習診断モデルを用いて、車両用空調装置101から取得されたデータに対して故障種別(異常種別)を診断する。診断部103は、営業線データ取得部108と、モリエル線図計算部109と、診断データ抽出部110と、異常診断部111と、を備えている。
【0020】
データ取得部としての営業線データ取得部108は、車両および車両用空調装置101から、営業線データを取得する。営業線データには、運転中の車両に関する情報が含まれる。例えば、営業線データは、冷媒状態データおよび車両機器データである。冷媒状態データは、冷媒の状態を示すデータであり、例えば、冷媒の温度や圧力のデータである。車両機器データは、車両の動作情報および車両用空調装置101の動作情報の少なくとも1つを含む。例えば、車両用空調装置101内に設けられるセンサは、冷媒の温度および圧力を検出し、冷媒状態データとして営業線データ取得部108に送る。営業線データ取得部108は、冷媒状態データをモリエル線図計算部109へ送る。また、営業線データ取得部108は、車両機器データを診断データ抽出部110へ送る。尚、営業線データ取得部108は、外部のデータベースから冷媒状態データおよび車両機器データを取得してもよい。
【0021】
モリエル線図計算部109は、冷媒状態データに基づいて、冷媒のモリエル線図上の第2冷凍サイクルデータを計算する。第2冷凍サイクルデータは、診断部103において診断に用いられる冷凍サイクルデータである。モリエル線図計算部109は、例えば、冷媒の温度および圧力を用いて、比エンタルピーを算出し、モリエル線図上にデータ点をプロットする。モリエル線図計算部109は、第2冷凍サイクルデータを診断データ抽出部に送る。
【0022】
診断データ抽出部110は、車両機器データに基づいて、車両および車両用空調装置101の少なくとも一方の動作に起因する変動を除外するように、第2冷凍サイクルデータを抽出する。冷媒状態データは、運転中の車両の車重や環境等により変動する可能性がある。従って、診断データ抽出部110は、第2冷凍サイクルデータに対して運転中等の影響を除くためのフィルタを加える。これにより、流体解析シミュレーションによって取得される第1冷凍サイクルデータを用いた異常診断の精度を向上させることができる。診断データ抽出部110は、抽出した第2冷凍サイクルデータを異常診断部111に送る。
【0023】
異常診断部111は、抽出された第2冷凍サイクルデータを機械学習診断モデルに適用し、車両用空調装置101の異常を診断する。より詳細には、異常診断部111は、第2冷凍サイクルデータから第2特徴量を抽出し、第2特徴量を機械学習診断モデルに適用し、車両用空調装置101の異常を診断する。異常診断部111は、第1特徴量に対応するように、第2特徴量を抽出する。第2特徴量は、例えば、第1特徴量と同様、モリエル線図上において略台形の形状を有する冷凍サイクルの所定の位置の座標である。機械学習診断モデルは、上記のように、状態種別(異常種別の異常の程度)と第1冷凍サイクルデータとが関連づけられている。これにより、正常か異常かの診断だけでなく、車両用空調装置101の異常種別をより容易に診断することができる。異常診断部111は、診断結果を報知制御部112aに送る。
【0024】
学習部102および診断部103の各処理部は、例えば、CPU(Central Processing Unit)、ASIC(Application Specific Integrated Circuit)またはFPGA(Field-Programmable Gate Array)等の回路を含むハードウェアにより構成される。
【0025】
報知制御部112aは、異常診断部111の診断結果を報知するように報知部112bを制御する。
図1に示す報知部112bは、診断装置100内に設けられるが、診断装置100外に設けられていてもよい。
【0026】
表示制御部112cは、モリエル線図計算部109により計算された第2冷凍サイクルデータ、および、車両用空調装置101の正常時における第1冷凍サイクルデータを1つのモリエル線図上に表示するように、鉄道員表示部(表示部)112dを制御する。例えば、表示制御部112cは、計算された冷凍サイクルデータの経時的な推移を、正常時における冷凍サイクルデータと併せて鉄道員表示部112dに表示させる。
図1に示す鉄道員表示部112dは、診断装置100内に設けられるが、診断装置100外に設けられていてもよい。表示制御部112cは、例えば、モリエル線図シミュレーション部105およびモリエル線図計算部109から、それぞれ正常時における第1冷凍サイクルデータおよび第2サイクルデータを受け取る。尚、報知部112bによる報知が鉄道員表示部112dで行われてもよい。
【0027】
次に、診断方法について説明する。
【0028】
図2は、第1実施形態による学習部102の動作を示すフロー図である。尚、第1蓄積部104によるデータの蓄積は予め行われている。
【0029】
まず、モリエル線図シミュレーション部105は、状態種別データベース(第1蓄積部104)から、状態種別群および状態情報を取得する(S101)。状態種別群は、「冷媒漏れ・正常」や「冷媒漏れ・異常」等の複数の状態種別である。
【0030】
次に、モリエル線図シミュレーション部105は、状態種別数のループを開始する(S102)。モリエル線図シミュレーション部105は、状態種別数のループが終了するステップS111まで、状態種別ごとにステップS103~S110を順次繰り返し実行する。例えば、モリエル線図シミュレーション部105は、「冷媒漏れ・正常」および「冷媒漏れ・異常」に対して、ステップS103~S110を2回実行する。尚、ループにおける処理の順番はいずれが先であってもよい。
【0031】
次に、モリエル線図シミュレーション部105は、シミュレーション時間のループを開始する(S103)。すなわち、モリエル線図シミュレーション部105は、例えば、シミュレーション時間のループが終了するステップS108まで、所定のシミュレーション時間だけステップS104~S107を繰り返し実行する。ステップS104~S107は、流体解析シミュレーションである。
【0032】
図3は、正常時における冷凍サイクルの一例を示す模式図である。モリエル線図は、縦軸を冷媒の圧力(MPa abs)とし、横軸を冷媒の比エンタルピー(kJ/kg)とする図であり、冷凍サイクルの各工程における冷媒の状態を示す。冷媒の状態は、液体、気体、気液混合の3種類に変化する。モリエル線図では、それぞれ臨界点CPから左側領域の液相、右側領域の気相、下側の半楕円領域(飽和蒸気線SS)内の湿り蒸気として分別される。また、T
1およびT
2に示すように、冷媒の状態に応じた等温線を補助線として引くことができる。尚、T
2<T
1である。RCは、正常時における冷凍サイクルデータを示す。
図3に示す冷凍サイクルは、モリエル線図上で略台形状である。
【0033】
モリエル線図シミュレーション部105は、冷凍サイクルとして以下の4工程を模擬する。まず、蒸発工程では、車両の室内熱交換器に低温低圧の液体冷媒が送られ、周辺の空気から熱を奪って蒸発(気化)する。これにより室内熱交換器の周囲が冷却され、その冷気を送風機により車内に送り込むことで車両内が冷房される(S104)。次に、圧縮工程では、室内熱交換器で気体になった冷媒は、コンプレッサ(圧縮機)の運転によってコンプレッサ内に吸い込まれる。その後、冷媒は、常温でも液体化しやすいように圧縮されて高温高圧の気体になる(S105)。次に、凝縮工程では、室外熱交換器は、コンプレッサから送られる高温高圧の気体冷媒を凝縮器によって放熱し、常温高圧の液体冷媒にする(S106)。次に、膨張工程では、常温高圧の液体冷媒が室内熱交換器に送られる前に、冷媒が蒸発(気化)しやすいように圧力が低下させられる。冷媒は、例えば、減圧弁、もしくは、管径の細い複数のキャピラリチューブ群の通過により減圧され、その後に膨張させられる(S107)。尚、蒸発工程から冷凍サイクルが開始されているが、順番はこれに限られない。
【0034】
図4は、冷媒不足時における冷凍サイクルの一例を示す模式図である。点線で示すRCは正常時の冷凍サイクルデータを示し、実線で示すRCaは冷媒漏れを想定した冷凍サイクルデータを示す。同一空調において、冷媒が不足すると、
図4に示すように、冷凍サイクルデータの略台形領域が右下にシフトする。これは、圧力不足により冷凍サイクルが下にシフトし、かつ、蒸発工程における加熱が過剰になり温度(比エンタルピー)上昇が大きくなるためである。
【0035】
次に、特徴量抽出部106は、第1冷凍サイクルデータの第1特徴量を抽出する(S109)。特徴量抽出部106は、例えば、シミュレーション後の第1冷凍サイクルデータの略台形領域の頂点の座標を状態種別ごとに抽出する。その後、特徴量抽出部106は、第1特徴量を記録する(S110)。特徴量抽出部106は、例えば、図示しない記憶装置に第1特徴量を記録すればよい。
【0036】
図5は、第1実施形態によるシミュレーション結果および第1特徴量の抽出結果の一例を示す図である。
図5は、上段に示す「冷媒漏れ・正常」および下段に示す「冷媒漏れ・異常」に対するシミュレーション結果を示す。
図5に示す例では、第1特徴量として、冷凍サイクルの略台形領域の頂点(x1,y1)、(x2,y2)、(x3,y3)および(x4,y4)の特徴点座標が抽出される(
図5の左側を参照)。尚、x座標およびy座標は、固定された原点を基準とする絶対座標である。また、
図5に示す例では、各状態種別で4回シミュレーションが行われている(
図5の右側を参照)。N1~N4は、「冷媒漏れ・正常」の特徴点座標を示す。N5~N8は、「冷媒漏れ・異常」の特徴点座標を示す。尚、第1特徴量は、上記4つの頂点に限られず、略台形の任意の対角2点や、略台形の対角線の長さや、略台形領域の重心等、その他の図形特徴量であってもよい。
【0037】
また、特徴量抽出部106は、第1特徴量の時間変動幅が所定の閾値以下になるように、第1特徴量を抽出する。流体解析シミュレーションでは、シミュレーションの開始からモリエル線図上の冷凍サイクルが安定するまでに時間がかかる。そこで、特徴量抽出部106は、冷凍サイクルの安定後に第1特徴量を抽出する。特徴量抽出部106は、或る特徴点座標について定常的に時間変動が小さくなるまでの指標として、ユークリッド座標変動量平均FluctTを用いる。或る特徴点についてのユークリッド座標変動量平均FluctTは、式1により表される。
【数1】
尚、t(t=0,1,2・・・秒)は時間を示す。Tは、初期時間t=0からの所定の時間幅を示す。従って、ユークリッド座標変動量平均FluctTは、所定の時間Tごとに算出される。X
tおよびX
t-1は、それぞれ時間tおよび時間t-1における或る特徴点座標のx座標を示す。Y
tおよびY
t-1は、それぞれ時間tおよび時間t-1における或る特徴点座標のy座標を示す。
【0038】
特徴点座標の時間変動が小さくなるほど、式1の右辺の(Xt-Xt-1)および(Yt-Yt-1)が小さくなり、ユークリッド座標変動量平均FluctTは小さくなる。特徴量抽出部106は、ユークリッド座標変動量平均FluctTが閾値以下になるまで待って、第1特徴量を抽出する。これにより、シミュレーション上の冷凍サイクルが定常状態になってから、学習データとして適切な第1特徴量を抽出することができる。
【0039】
次に、モリエル線図シミュレーション部105は、第1冷凍サイクルデータを学習データとテストデータに分割する(S112)。すなわち、モリエル線図シミュレーション部105は、異常種別の異常の程度のそれぞれに対して、複数の条件で流体解析シミュレーションを行うことにより複数の第1冷凍サイクルデータを取得する。複数の条件は、例えば、複数の初期条件である。初期条件は、例えば、室内温度等である。例えば、診断モデル構築部107は、
図5に示す特徴点座標N2~N4,N6~N8を学習データとして、特徴点座標N1,N5をテストデータとする。学習データとテストデータとの割合は、任意に設定されればよい。
【0040】
次に、診断モデル構築部107は、機械学習手法数のループを開始する(S113)。すなわち、診断モデル構築部107は、機械学習手法数のループが終了するステップS118まで、機械学習手法ごとにステップS114~S117を順次繰り返し実行する。機械学習手法は、以下では、教師有り分類モデルとも呼ばれ、例えば、決定木、k近傍法、ロジスティック回帰、ランダムフォレスト、サポートベクターマシン等が一般的に知られている。
【0041】
次に、診断モデル構築部107は、教師有り分類モデルの機械学習手法を学習データに適用する(S114)。次に、診断モデル構築部107は、生成した機械学習診断モデルにテストデータを適用し、状態種別を分類するモデルとしての正解率を算出する(S115)。すなわち、診断モデル構築部107は、複数の第1冷凍サイクルデータのうちの一部(学習データ)を用いて生成した機械学習診断モデルに、複数の第1冷凍サイクルデータのうちの他部(テストデータ)を適用し、機械学習診断モデルの精度を算出する。
【0042】
図6は、決定木による機械学習診断モデルの一例を示す図である。
図6に示す決定木は、
図5に示す学習データである特徴点座標N2~N4、N6~N8により生成される。
図6に示す決定木は、上記4点の特徴点座標のうち、x1およびx3の座標値を用いて、車両用空調装置101が正常か冷媒漏れかを診断する。診断モデル構築部107は、この決定木にテストデータである特徴点座標N1,N5を適用し、モデルの精度を評価する。例えば、特徴点座標N1の適用により、正常と診断され、特徴点座標N5の適用により、冷媒漏れと診断される。従って、正解率は100%である。これは、分類対象が正常か異常かの2種別と簡単なためである。また、正常と異常との間に段階を設けるなど、多様な状態種別が学習データとして用いられる場合や、多量の学習データが用いられる場合、正解率が落ちる可能性がある。
【0043】
次に、診断モデル構築部107は、算出した正解率が最高の正解率か否かを判定する(S116)。正解率が最高の正解率である場合(S116のYES)、診断モデル構築部107は、最高の正解率の機械学習診断モデルを診断用の機械学習診断モデルとして採用する(S117)。一方、正解率が最高の正解率ではない場合(S116のNO)、診断モデル構築部107は、診断用の機械学習診断モデルの採用は行わず、再びステップS113~S117のループが実行される。すなわち、診断モデル構築部107は、複数の教師有り分類モデルにより生成される複数の機械学習診断モデルのうち、精度が最も高い機械学習診断モデルを、異常診断部111により適用される機械学習診断モデルとして選択する。特定の教師有り分類モデルが常に最良の正解率になるとは限らない。従って、診断モデル構築部107は、シミュレーションの段階において高い正解率になる教師有り分類モデルを採用する。
【0044】
その後、学習部102の動作が終了し、ステップS117において採用された機械学習診断モデルにより異常診断が行われる。
【0045】
図7は、第1実施形態による診断部103の動作を示すフロー図である。
【0046】
まず、営業線データ取得部108は、営業線データから時系列データを抽出する(S201)。時系列データは、時系列の冷媒状態データおよび車両機器データである。例えば、時系列データは、少なくとも、冷凍サイクル内の圧縮機前後に設置された温度および圧力センサのデータ、減圧弁前後に設置された温度および圧力センサのデータ、車両用空調装置101のコンプレッサ起動信号、車両のドア開信号のデータが含まれる。
【0047】
次に、モリエル線図計算部109は、モリエル線図上の第2冷凍サイクルデータを計算する(S202)。
【0048】
次に、診断データ抽出部110は、第2冷凍サイクルデータを診断候補データに分割する(S203)。診断データ抽出部110は、例えば、車両のドアが閉じており、車両用空調装置101のコンプレッサが連続稼働している時系列データセットに第2冷凍サイクルデータを分割して、診断候補データとする。
【0049】
図8は、診断候補データの分割の一例を示す図である。
図8の上に示すグラフは、ドア開信号の時系列データである。縦軸は、0または1のドア開信号を示し、横軸は、時間を示す。0はドアが閉じていることを示し、1はドアが開いていることを示す。
図8の下に示すグラフは、コンプレッサ信号の時系列データである。縦軸は、0または1のコンプレッサ信号を示し、横軸は、時間を示す。0はコンプレッサの停止を示し、1はコンプレッサの稼働を示す。また、横軸の時間は、2つのグラフで共通している。t1~t5は、コンプレッサが稼働している時間を示す。t1a~t8aは、コンプレッサが稼働し、かつ、ドアが閉じている時間を示す。
【0050】
車両用空調装置101は、一般の据え置き型の空調とは異なる。例えば、電車が停車中でドアが開いている間、空気の循環や乗車人数の変動が激しくなる。この場合、冷凍サイクルの蒸発工程に特に大きな揺らぎが生じる可能性がある。そこで、診断データ抽出部110は、例えば、車両の動作情報等を含む車両機器データにより第2冷凍サイクルデータをフィルタ(抽出)して診断候補データに分割する。これにより、時間変動が小さく、診断対象としてより安定した第2冷凍サイクルデータを抽出することができる。
【0051】
車両機器データは、車両のドアが閉じている時間および車両用空調装置101のコンプレッサが動作している時間の少なくとも1つを含む。
図8に示すように、診断データ抽出部110は、例えば、コンプレッサが起動している、すなわち、冷房が機能している連続データt1~t5として第2冷凍サイクルデータを分割してもよい。診断データ抽出部110は、連続データt1~t5に対して、さらにドアが閉じている連続データt1a~t8aとして、第2冷凍サイクルデータを分割してもよい。また、上記の連続データによる分割は、一例である。従って、例えば、車両機器データとして、ノッチ情報や、速度情報等が用いられてもよい。ノッチ情報は、車両の加減速を行うための指令情報である。例えば、診断データ抽出部110は、加減速が行われない惰行運転中の時間帯における第2冷凍サイクルデータを抽出してもよい。惰行運転中では、車両は、駅間において或る程度の速度で安定して運転している状態であり、車両内の人の移動が落ち着いている。従って、時間変動が少なくより安定した第2冷凍サイクルデータを抽出することができる。
【0052】
次に、診断データ抽出部110は、診断候補データ数のループを開始する(S204)。すなわち、診断データ抽出部110は、診断候補データ数のループが終了するステップS208まで、診断候補データごとにステップS205~S207を順次繰り返し実行する。例えば、連続データt1a~t8aごとに処理が実行される。
【0053】
次に、診断データ抽出部110は、コンプレッサが一定時間ON(連続稼働)であるか否かを判定する(S205)。コンプレッサが一定時間ONである場合(S205のYES)、診断データ抽出部110は、第2冷凍サイクルデータの特徴点の変動が最小であるか否かを判定する(S206)。特徴点の変動が最小である場合(S206のYES)、診断データ抽出部110は、診断候補データを診断用データとして抽出する(S207)。すなわち、診断データ抽出部110は、車両機器データに基づいて分割して抽出される第2冷凍サイクルデータのうち、時間変動が最小になる第2冷凍サイクルデータを抽出する。従って、診断データ抽出部110は、上記のように絞った診断候補データの中から、より安定した冷凍サイクルの診断用データを抽出することができる。尚、ステップS205の一定時間は、任意に設定される。
【0054】
また、ステップS206について、診断データ抽出部110は、上記の式1を用いて特徴点の変動量平均を算出すればよい。また、式1の時間tは、
図8に示す連続データt1~t5、t1a~t8aの範囲内の時間とすればよい。これにより、時間変動が小さく適切な第2冷凍サイクルデータを抽出し、異常診断の精度を向上させることができる。尚、ステップ206の特徴点は、
図5と同様に略台形の頂点であってもよく、異なっていてもよい。また、診断データ抽出部110は、例えば、特徴点を1点に限定してもよく、4点の変動量平均の合計などを指標として指標が最小であるかを判定してもよい。
【0055】
一方、コンプレッサが一定時間ONではない場合(S205のNO)、または、特徴点の変動が最小ではない場合(S206のNO)、診断データ抽出部110は診断候補データを診断用データとして抽出せず、再びステップS205~S207のループが実行される。
【0056】
次に、異常診断部111は、診断用データに対して機械学習診断モデルを適用する(S209)。例えば、異常診断部111は、抽出された診断用データの時系列データのうち最後1サイクルを用いて、冷凍サイクルの略台形領域の頂点となる(x1,y1)、(x2,y2)、(x3,y3)および(x4,y4)の特徴点座標を第2特徴量として算出する。異常診断部111は、この特徴点座標に対して、学習部102で生成された機械学習診断モデルを適用し、車両用空調装置101の状態を判定する。
【0057】
次に、報知制御部112aは、診断結果を報知部112bに出力する(S210)。例えば、報知部112bは、診断結果を鉄道員に通知する。診断結果が「冷媒漏れ・正常」である場合、診断部103は、異常診断を継続すればよい。一方、診断結果が「冷媒漏れ・異常」である場合、診断結果を受けた鉄道員は、冷媒漏れの対策を行う。報知制御部112aは、例えば、車両用空調装置101と同一の編成に搭載される。また、報知制御部112aは、例えば、LED(Light Emitting Diode)の色で車両用空調装置101の状態を提示してもよい。また、報知制御部112aは、例えば、鉄道の編成内機器を乗務員室で監視および制御する車両情報制御装置のモニタに、車両用空調装置101の状態を表示してもよい。また、報知制御部112aは、例えば、無線を利用して車両基地等の地上側の保守員に対して通知してもよい。
【0058】
以上のように、第1実施形態によれば、診断モデル構築部107は、異常種別の異常の程度と、第1冷凍サイクルデータと、の対応関係に基づいて、機械学習診断モデルを生成する。また、異常診断部111は、抽出された第2冷凍サイクルデータを機械学習診断モデルに適用し、車両用空調装置101の異常を診断する。状態種別ごとに、モリエル線図上の冷凍サイクルデータの特徴量が変化する。この特徴量の変化を利用することにより、車両用空調装置101の異常を診断することができ、異常種別をより容易に診断することができる。
【0059】
また、報知制御部112aは、異常診断部111の診断結果を報知するように、報知部112bを制御する。これにより、乗務員に明示的に車両用空調装置101の状態を提示することができる。
【0060】
また、表示制御部112cは、モリエル線図のモニタリング結果を鉄道員表示部112dに表示してもよい。例えば、表示制御部112cは、モニタリング結果の冷凍サイクルデータと正常時の冷凍サイクルデータとを、
図4に示すように、1つのモリエル線図上に示す。これにより、現在(異常時)の冷凍サイクルデータと正常時の冷凍サイクルデータとの違いを明確に図示することができる。
【0061】
尚、異常の程度は、正常および異常に限られず、複数の段階が設定されてもよい。例えば、正常と異常との間として、状態種別「冷媒漏れ・予兆」が状態情報「不足100g」と関連付けて第1蓄積部にさらに蓄積されてもよい。
【0062】
また、第1特徴量は、モリエル線図シミュレーション部105や診断モデル構築部107により抽出されてもよい。第2特徴量は、モリエル線図計算部109により抽出されてもよい。
【0063】
(変形例)
図9は、室外熱交換器詰まり時における冷凍サイクルの一例を示す模式図を示す。変形例は、異常種別が室外熱交換器の詰まりである点で、第1実施形態と異なる。実線で示すRCbは、室外熱交換器詰まりを想定した冷凍サイクルデータを示す。
【0064】
詰まりに対応する車両用空調装置101の状態情報は、詰まり率である。従って、例えば、状態種別である「室外熱交換器詰まり・正常」、「室外熱交換器詰まり・予兆」および「室外熱交換器詰まり・異常」は、それぞれ「詰まり0%」、「詰まり10%」および「詰まり40%」と関連付けて第1蓄積部104に蓄積される。尚、詰まり率の値は、一例である。
【0065】
図9に示すように、室外熱交換器詰まりの異常が発生すると、冷凍サイクルは、正常時に比べて幅が狭くなり、上方向にシフトする。これは、凝縮工程において熱が放熱されづらく比エンタルピーが減少しづらくなり、また、全体的に圧力が上昇するためである。従って、冷凍サイクルデータの変化を利用して、室外熱交換器詰まりの異常を診断することができる。また、室外熱交換器詰まり時の冷凍サイクルデータの特徴点座標は、
図4に示す冷媒漏れ時とは異なる。従って、異常の程度だけでなく、いずれの異常種別であるかを診断することができる。また、冷媒漏れや室外熱交換器詰まりに限られず、モリエル線図上の冷凍サイクルデータが変化する異常が発生する場合、診断装置100は、車両用空調装置101の異常および異常種別を診断することができる。
【0066】
尚、異常種別は、複数であってもよい。従って、第1実施形態に記載した冷媒漏れに関する状態種別および状態情報が第1蓄積部104にさらに蓄積されていてもよい。この場合、「冷媒漏れ・正常」と「室外熱交換器詰まり・正常」とをまとめて「正常」としてもよく、状態情報に冷媒の不足量および詰まり率の両方が含まれていてもよい。
【0067】
変形例による車両用空調装置101の診断装置100は、第1実施形態と同様の効果を得ることができる。
【0068】
(第2実施形態)
図10は、第2実施形態による車両用空調装置101の診断装置100の構成を示すブロック図である。第2実施形態では、第1実施形態による第1蓄積部104およびモリエル線図シミュレーション部105は設けられない。従って、第2実施形態では、第1冷凍サイクルデータが第1実施形態と異なる。
【0069】
診断装置100は、第2蓄積部113をさらに備える。第2蓄積部113は、異常種別の異常の程度と、異常種別の異常の程度を模擬した模擬実験により予め取得される模擬実験データと、を関連付けて蓄積する。例えば、車両用空調装置メーカの作業者は、車両の運転前に、正常時の車両用空調装置101から400gの冷媒を抜いて車両用空調装置101を動作させる。これにより、冷媒漏れの異常を想定した車両用空調装置101を模擬することができる。また、図示しない検出器は、模擬実験データとして、冷媒の温度および圧力を検出する。第2蓄積部113は、模擬実験データを、「冷媒漏れ・異常」と関連付けて蓄積する。また、正常時においても同様に、模擬実験およびデータの蓄積が行われる。この場合、特徴量抽出部106が、模擬実験データに基づいて第1冷凍サイクルデータを算出すればよい。第2蓄積部113は、データベースとして、模擬実験データおよび状態情報の追加や更新をすることができる。
【0070】
第2実施形態による車両用空調装置101の診断装置100のその他の構成は、第1実施形態による車両用空調装置101の診断装置100の対応する構成と同様であるため、その詳細な説明を省略する。
【0071】
第2実施形態では、状態種別ごとに、模擬実験データが第2蓄積部にデータベース化されている。これにより、モリエル線図の流体解析シミュレーションを省略し、機械学習診断モデルをより容易に生成することができ、また、診断装置100の構成を簡素化することができる。
【0072】
尚、第2蓄積部113は、異常種別の異常の程度と、模擬実験データに基づいて計算される第1冷凍サイクルデータと、を関連付けて蓄積してもよい。また、異常種別の異常の程度のそれぞれに対して複数の第1冷凍サイクルデータが蓄積されている場合、診断モデル構築部107は、第1実施形態と同様に、機械学習診断モデルの精度の算出および機械学習診断モデルの選択を行ってもよい。
【0073】
第2実施形態による車両用空調装置101の診断装置100は、第1実施形態と同様の効果を得ることができる。また、第2実施形態による車両用空調装置101の診断装置100に変形例を組み合わせてもよい。
【0074】
本実施形態による車両用空調装置101の診断装置100および診断方法の少なくとも一部は、ハードウェアで構成してもよいし、ソフトウェアで構成してもよい。ソフトウェアで構成する場合には、車両用空調装置101の診断装置100および診断方法の少なくとも一部の機能を実現するプログラムをフレキシブルディスクやCD-ROM等の記録媒体に収納し、コンピュータに読み込ませて実行させてもよい。記録媒体は、磁気ディスクや光ディスク等の着脱可能なものに限定されず、ハードディスク装置やメモリなどの固定型の記録媒体でもよい。また、車両用空調装置101の診断装置100および診断方法の少なくとも一部の機能を実現するプログラムを、インターネット等の通信回線(無線通信も含む)を介して頒布してもよい。さらに、同プログラムを暗号化したり、変調をかけたり、圧縮した状態で、インターネット等の有線回線や無線回線を介して、あるいは記録媒体に収納して頒布してもよい。
【0075】
本発明のいくつかの実施形態を説明したが、これらの実施形態は、例として提示したものであり、発明の範囲を限定することは意図していない。これら実施形態は、その他の様々な形態で実施されることが可能であり、発明の要旨を逸脱しない範囲で、種々の省略、置き換え、変更を行うことができる。これら実施形態やその変形は、発明の範囲や要旨に含まれると同様に、特許請求の範囲に記載された発明とその均等の範囲に含まれるものである。
【符号の説明】
【0076】
100 診断装置、101 車両用空調装置、104 第1蓄積部、105 モリエル線図シミュレーション部、106 特徴量抽出部、107 診断モデル構築部、109 モリエル線図計算部、110 診断データ抽出部、111 異常診断部、112a 報知制御部、112b 報知部、112c 表示制御部、112d 鉄道員表示部、113 第2蓄積部