(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-10-02
(45)【発行日】2023-10-11
(54)【発明の名称】解析方法、プログラム及びシステム
(51)【国際特許分類】
G01M 99/00 20110101AFI20231003BHJP
G06F 30/23 20200101ALI20231003BHJP
G06F 30/13 20200101ALI20231003BHJP
E04B 1/04 20060101ALI20231003BHJP
E04B 1/20 20060101ALI20231003BHJP
G01N 33/38 20060101ALI20231003BHJP
G01N 3/00 20060101ALN20231003BHJP
【FI】
G01M99/00 Z
G06F30/23
G06F30/13
E04B1/04 Z ESW
E04B1/20 A
G01N33/38
G01N3/00 M
(21)【出願番号】P 2019116359
(22)【出願日】2019-06-24
【審査請求日】2022-05-19
(73)【特許権者】
【識別番号】000000549
【氏名又は名称】株式会社大林組
(74)【代理人】
【識別番号】110000176
【氏名又は名称】弁理士法人一色国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】米澤 健次
(72)【発明者】
【氏名】穴吹 拓也
(72)【発明者】
【氏名】佐々木 智大
【審査官】松岡 智也
(56)【参考文献】
【文献】特開2013-256819(JP,A)
【文献】特開2010-175477(JP,A)
【文献】特開昭62-042030(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
E04B1/00-1/36
G01M5/00-7/08、13/00-13/045、99/00
G01N3/00-3/62、17/00-19/10、33/00-33/46
G06F30/00-30/398、111/00-119/22
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
コンクリート構造物の有限要素モデルに対する有限要素解析を実行し、
前記有限要素モデルの要素の初期状態からの面積増分に基づいて前記コンクリート構造物のひび割れ面積を算出する方法。
【請求項2】
前記ひび割れ面積を用いて前記コンクリート構造物の性能評価を行う、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
コンクリート構造物の有限要素モデルに対する有限要素解析の出力データを取得し、
前記有限要素モデルの要素の初期状態からの面積増分に基づいて前記コンクリート構造物のひび割れ面積を算出する処理を、コンピュータに実行させるプログラム。
【請求項4】
有限要素によってモデル化したコンクリート構造物の有限要素解析を実行するためのプログラムを記憶する記憶装置と、
前記プログラムを実行可能な制御装置と、を備え、
前記制御装置は、
前記有限要素モデルの要素の初期状態からの面積増分に基づいて前記コンクリート構造物のひび割れ面積を算出する、システム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は解析方法、プログラム及びシステムに関する。
【背景技術】
【0002】
従来技術として、コンクリート構造物を有限要素でモデル化し、このモデルに対する有限要素解析を実行して、コンクリート構造物の性能を評価する方法が知られている(特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【非特許文献】
【0004】
【文献】宮下進太郎:画像相関法に基づく3D動的変形計測システムARAMIS,軽金属溶接,Vol. 56, No.5, 2018.
【文献】K. Naganuma, et. al.: Simulation of Nonlinear Dynamic Response of Reinforced Concrete Scaled Model Using Three-dimensional Finite Element Method, 13th World Conference on Earthquake Engineering, Vancouver, B.C., Canada, Paper No.586, 2004.8
【文献】H. Nakamura and T. Higai: Compressive Fracture Energy and Fracture Zone Length of Concrete, Seminar on Post-Peak Behavior of RC Structures Subjected to Seismic Load, JCI-C51E, Vol.2, pp.259-272, 1999.10
【文献】日本建築学会:鉄筋コンクリート造建物の靱性保証型耐震設計指針・同解説,1999
【文献】日本建築学会:原子力施設における建築物の維持管理指針・同解説, 2008
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
従来技術を用いて有限要素解析(以下、FEM解析とも記載する)を実行し、コンクリート構造物の性能評価を試みる場合、コンクリート構造物に発生したひび割れを定量的に算定することは困難であった。
【0006】
上記課題に鑑み、本発明は、コンクリート構造物のひび割れを定量的に算定し、コンクリート構造物の性能評価に用いることのできる方法、またはこれを用いたプログラム若しくはシステムを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するため、本発明は一態様として、コンクリート構造物の有限要素モデルに対する有限要素解析を実行し、前記有限要素モデルの要素の初期状態からの面積増分に基づいて前記コンクリート構造物のひび割れ面積を算出する方法を提供する。
【0008】
本発明は一態様として、コンクリート構造物の有限要素モデルに対する有限要素解析の出力データを取得し、前記有限要素モデルの要素の初期状態からの面積増分に基づいて前記コンクリート構造物のひび割れ面積を算出する処理を、コンピュータに実行させるプログラムを提供する。
【0009】
また、本発明は一態様として、有限要素によってモデル化したコンクリート構造物の有限要素解析を実行するためのプログラムを記憶する記憶装置と、前記プログラムを実行可能な制御装置と、を備え、前記制御装置は、前記有限要素解析において、前記有限要素モデルの要素の初期状態からの面積増分に基づいて前記コンクリート構造物のひび割れ面積を算出する、システムを提供する。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、コンクリート構造物のひび割れを定量的に算定し、コンクリート構造物の性能評価に用いることのできる方法、またはこれを用いたプログラム若しくはシステムを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】実施形態に係る(a)コンクリート構造物の一例、(b)該鉄筋コンクリート構造物の有限要素解析モデルを示す図、(c)解析モデルの加力および変形の状況を示す図である。
【
図2】実施形態に係る性能評価のフローを示す図である。
【
図3】(a)要素面積の算定方法の概略、(b)節点座標と節点間距離または辺の長さを算定する式、及び(c)ひび割れ面積及びひび割れ率の算定式である。
【
図4】変形例に係る(a)要素の図、(b)ひずみの計算式、(c)ひび割れ面積の算定式、(d)コンクリートの機械ひずみ―応力関係グラフ、(e)係数を使用したひび割れ面積算定式である。
【
図6】試験体の諸元を示す図であり、(a)寸法及び配筋、(b)コンクリートの調合、(c)コンクリートの材料試験結果、及び(d)鉄筋の引張試験結果を示す。
【
図7】試験体に描いたメッシュと、鉄筋ひずみ計測位置とを示す図である。
【
図8】試験体における、変形角の算定方法を示す概略図である。
【
図9】実験結果のうち、水平荷重-変形角を示すグラフである。
【
図10】耐震壁(壁板)における、変形角とひび割れ幅との関係を示したグラフであり、(a)ピーク時、及び(b)除荷時の結果をそれぞれ示す。
【
図11】耐震壁における、変形角とひび割れ面積との関係を示したグラフである。
【
図12】試験体の解析モデルを、要素分割の状況が分かるように示した図である。
【
図13】実験及び解析について、耐震壁の水平荷重-変形角関係を比較したグラフである。
【
図14】実験及び解析について、耐震壁の変形角に対するひび割れ面積を比較したグラフである。
【
図15】実験により得られた壁及び柱のひび割れ状況を(a)図に示す。また、解析より得られた壁及び柱のひび割れ状況を(b)図に示す。
【
図16】本実施形態に係るコンピュータシステムのブロック図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
図1~
図16を参照して、実施形態に係る、コンクリート構造物の性能評価方法について以下に説明する。なお、コンクリート構造物には、鉄筋コンクリート、鋼板コンクリート、コンクリート充填鋼管など、各種のコンクリート構造物が想定される。
【0013】
また、性能評価には、コンクリート構造物の漏洩率(気密・水密性)評価、及び負圧維持機能評価、放射線遮蔽性能評価が含まれる。また、コンクリート構造物に発生した損傷を評価することも、本発明での性能評価に含まれる。
【0014】
<実施形態>
実施形態に係る性能評価方法は、有限要素を用いてコンクリート構造物をモデル化し、ひび割れ面積を算出することによって行われる。以下の説明では、理解を容易にするため、
図1のように矩形の鉄筋コンクリート耐震壁100Aを解析モデル100としてモデル化し、有限要素解析の後に性能評価を行うケースを想定する。鉄筋コンクリート耐震壁100Aは、X軸方向(水平方向)及びY軸方向(鉛直方向)に延びる平板上の部材である。鉄筋コンクリート耐震壁100Aの下端部は、
図1(a)に示すように、ローラーとピンによって単純支持される。
【0015】
解析モデル100は、
図1(b)のように複数の節点1~9と、各節点によって規定される複数の矩形要素11~22によって構成される。解析モデル100の節点7には、鉄筋コンクリート耐震壁100Aと同様に、水平力が加えられる(
図1(c))。解析モデル100の下端部は、鉄筋コンクリート耐震壁100Aと同様に、ローラーとピンによって単純支持される。コンクリート及び鉄筋の構成則は、実際の物性を考慮して適当なものが選択される。
【0016】
性能評価は、
図2に示すフローに基づいて実行される。まずステップS1において、節点11~22に対して荷重や変位など、予め設定した条件を入力し、これに対する解析モデル100の応答を求める。応答は、一般的な有限要素解析の手法に基づき、数値解として求められる。すなわち、各要素11~22の剛性行列から解析モデル100の全体剛性行列を求め、これを用いて近似解を求める手法である。
【0017】
ステップS2において、解析モデル100の節点座標を出力する。節点座標を得ることによって、各節点1~9の変位、及び各要素11~22の変形を以降のステップにおいて求めることができる。なお、節点座標の出力は解析ステップごとに行われても良い。以降のステップでは、この節点座標の出力を取得することによって、所定の計算、算定が行われる。
【0018】
次にステップS3において、節点間の距離を算定する。詳細には
図3(a)に示すように、各要素11~22を2つの三角形に分割し、各三角形の辺長を求める。なお、
図3(a)には、要素22での計算例を示している。節点m-n間の辺長Lm-n(m、nは節点番号を示す)は、節点m、nの座標をそれぞれ(Xm、Ym)、(Xn、Yn)とすると、
図3(b)の式を用いて求めることができる。
【0019】
ステップS4では、要素11~22の各面積を計算する。各要素11~22の面積は、ステップS3で用いた2つの三角形の面積の和として表される。各三角形の面積は、
図3(a)に示す公式により求められる。即ち各要素11~22の面積は、ステップS3で求めた各辺長Lm-nを用いて算定される。
【0020】
ステップS5では、ひび割れ面積を算定する。なお、ひび割れ面積とは、要素やモデル全体など、考慮する範囲で発生したひび割れの面積の和を指す。なお、分散ひび割れモデル(非特許文献2。smeared crack modelともいう)を用いて解析モデルを組んだ場合など、解析の過程でひび割れの面積を直接取得することができない場合も考え得るため、以下の方法を採用する。
【0021】
ひび割れ面積は、各要素11~22において、それぞれ解析前後における面積を比較し、面積増分を算出することによって算定される。各要素11~22におけるひび割れ面積は、
図3(c)に示すように、要素の面積増分と等しいものとして算出される。さらに、各要素11~22のひび割れ面積を合計することによって、解析モデル100全体でのひび割れ面積が算定される。また、ステップS5においては、同時に解析モデル100全体でのひび割れ率の算定も行う。ひび割れ率は、
図3(c)の式のように、解析前の全要素面積の総和に対する、解析後の全要素のひび割れ面積の総和の比率として計算される。
【0022】
最後にステップS6において、鉄筋コンクリート耐震壁100Aの性能評価を行う。ステップS5において得られたひび割れ面積またはひび割れ率を用いて、例えば漏洩率評価のように、鉄筋コンクリート耐震壁100Aの性能評価が実行される。
【0023】
<変形例>
上記実施形態の変形例について以下に説明する。変形例では、コンクリート構造物の有限要素解析モデルの一要素を考慮する。一例として、
図4(a)に示すように、有限要素解析モデルのコンクリート部分における1つの要素mnを想定し、解析過程でのある1ステップにおける、または解析結果における状態を考えるものとする。
【0024】
変形例に係る有限要素解析の過程においては、要素mnに、機械的な外力に加え、温度荷重が加えられるものとする。これらの外力と荷重とにより、要素mnの面積は、初期状態での要素面積Atotから増加する。なお、
図4(a)では要素mnの初期状態を実線で、面積が増加した状態を点線で示している。この面積の増分をΔAtotと定義する。初期状態の定義については後述する。
【0025】
このときの機械ひずみの増分は、
図4の(b)式として求められる。これに基づき、機械ひずみによる初期状態からの面積増分、すなわちひび割れ面積は、
図4(c)の式として表される。コンクリート構造物の性能評価は、このひび割れ面積に基づいて行えばよい。
【0026】
ここで初期状態とは、理想的には、要素mnにおける機械ひずみの主ひずみが、コンクリートのひび割れ発生時のひずみ(ひび割れひずみ)に等しい状態、またはほぼ等しい状態である(
図4(d)参照)。しかし、この定義は、解析の目的や求められる精度に応じて変更することも可能である。例えば、コンクリートのひび割れひずみが微小であることを考慮し、機械ひずみの主ひずみがほぼゼロとなっている状態を、要素mnの初期状態と設定してもよい。または、上記実施形態のように、解析開始前の状態を要素mnの初期状態としてもよい。また、ひび割れ面積の算定においては、
図4(e)に示すように、条件に応じて適当な係数αを乗じた上で、コンリート構造物の性能評価に用いても良い。
【0027】
変形例では、一例として熱ひずみを考慮した。熱ひずみだけでなく、例えばクリープひずみ等、その他のひずみが要素mnに発生した場合についても、上記と同様に機械ひずみ増分を求め、面積増分ΔAm及びひび割れ面積を算出可能である。
【0028】
上記において面積とは、各図の通り、要素の表面または側面の面積を指しているが、本発明はこれに限定されない。特に立体要素を考慮する場合など、ひび割れ面に直交する断面を想定し、この断面における要素断面積及びその面積増分とひび割れ面積を導出しても良い。
【0029】
<実験と解析の比較>
上述の性能評価方法の妥当性について検証を試みるため、試験体を用いて実験を行い、実験結果と解析結果とを比較した。以下に詳述する。
【0030】
〔試験体〕
図5には、試験体形状を、
図6には試験体諸元を示す。試験体は鉄筋コンクリート造耐震壁である。試験体は、中央部に耐震壁(以下、壁板ともいう)を有し、その左右に側柱を配置している。また耐震壁の上下には左右に延出するスタブが固定されている。ひび割れを観察しやすくするため、壁及び柱の表面は白ペンキで塗装した。
【0031】
試験体の壁筋比は0.5%とした(
図6(a))。試験体の壁部分と両側の柱の芯は一致させ、壁横筋は柱内に直線定着(定着長さ30d)させた(
図5)。壁縦筋は基礎スタブ底面において鉄板に溶接して固定し、加力スタブには直線定着(定着長さ50d)させた。
【0032】
図6(b)に示すように、セメントは普通セメントを使用し、粗骨材の最大寸法は9mmとした。
図6(c)にコンクリートの材料試験結果を、
図6(d)に鉄筋の引張試験結果を示す。いずれの材料試験においても供試体は3体用いられており、各図にはそれらの平均値を示している。
【0033】
〔加力方法、計測方法〕
加力方法について述べる。実験では、
図5に示すように、最初に両側柱の上部にそれぞれ146kNの柱軸力を加えた。柱軸力は試験体のコンクリート圧縮強度に対して軸力比を0.1となるように算定した。
【0034】
次に、柱軸力を一定に保持した状態で、加力スタブの高さ中央位置に正負交番漸増水平方向加力を行った。加力中は壁脚部に対する水平力載荷位置の水平方向相対変位より変形角を算定し、0.1%、0.15%、0.2%、0.25%で正負繰返し載荷(0.2%は2回、その他は1回)を行った後、正方向に押し切った。
【0035】
〔ひび割れ幅及びひび割れ面積の計測〕
耐震壁のひび割れ性状を把握するため、耐震壁に生じたひび割れの幅を密に計測した。ひび割れ幅の計測は、非特許文献1の方法に基づき、ステレオカメラを用いた3次元画像変位計測により行った。
【0036】
ひび割れ幅の計測は、初亀裂発生時、繰返し載荷における各変形ピーク時、各ピークからの除荷時、変形角+0.3%到達時において実施した。なお、加力前に壁面を観察したところ、試験体には下から4番目の水平メッシュと左から5番目の鉛直メッシュの近傍に、それぞれ乾燥収縮によるひび割れが生じていた。このひび割れは水平加力により生じたものではないため、ひび割れ幅は計測しなかった。
【0037】
3次元画像変位計測では、測定された任意の点とその周囲の変位情報からひずみを求めた。詳細には、得られた2枚の画像に対してデジタル画像相関法に基づいて物体表面の3次元変位とその変位分布からひずみを評価した。このひずみは任意の領域における平均的なひずみである。このときの平均化した長さに関するパラメータとして特性長さがあり、この特性長さと任意の点における最大主ひずみを乗じてひび割れ幅を算定した。
【0038】
さらに、ひび割れ1本ずつに対し、ひび割れ幅とひび割れ長さを乗じることによって、ひび割れ面積を算定した。このようにして耐震壁部分におけるすべてのひび割れについてひび割れ面積を計算し、これらの総和を耐震壁におけるひび割れ面積とした。
【0039】
〔実験結果概要〕
図9に水平荷重-変形角関係を示す。初亀裂発生点は壁の斜めひび割れを最初に目視確認した点である。また、壁筋の降伏点は、耐震壁(壁板)の中央に設置した壁縦横筋に150mm間隔で貼付したひずみゲージ(
図7)の値より、降伏ひずみに達した箇所が最初に現れた点である。
【0040】
初亀裂は変形角±0.02%近傍で発生した。その後、変形が大きくなるにつれ、壁のひび割れが増大し、剛性が低下した。試験体は、変形角が-0.18%に達したところで壁縦筋が降伏した。また、最終押し切り載荷において、変形角+0.5%を超えたところで壁横筋が降伏し、変形角+0.6%近傍で最大荷重に至った。
【0041】
耐震壁の変形角とひび割れ幅との関係を示したグラフを、
図10に示す。なお、除荷時におけるグラフ(
図10(b))では、横軸は経験最大変形角としている。ピーク時の最大ひび割れ幅は、壁板の変形角の増大に対して概ね線形に増大した。一方、除荷時の最大ひび割れ幅はいずれも0.1mm以下であり、経験したせん断変形角の大きさとの相関性は殆ど見られなかった。これは、この実験において、耐震壁の変形角±0.25%程度までの繰返し載荷による残留変形が概ね0.03%~0.04%と一定であったためと考えられる。
【0042】
最大ひび割れ幅とひび割れ面積の関係を
図11に示す。ピーク時のひび割れ面積は、耐震壁の変形角の増大に対して増大する傾向を示した。一方、除荷時のひび割れ面積は、最大ひび割れ幅と同様に、経験した最大変形角の大きさとの相関性が殆ど見られなかった。
【0043】
図15(a)に、変形角+0.2%における壁と柱のひび割れ状況を示す。初亀裂は耐震壁左右端の上から3~4番目のメッシュ近傍から斜め下方向に延びるひび割れであった。また、本試験は加力スタブの左右片側からの加力を行ったため、壁の左右非加力側の上部には殆どひび割れを生じなかった。
【0044】
〔解析モデル〕
次に、試験体を有限解析モデルMによってモデル化し、解析結果を実験結果と比較した。以下に詳述する。
【0045】
図12には、解析モデルMの要素分割を示す。解析モデルMは対称条件を考慮して壁厚方向の1/2をモデル化した3次元モデルとした。コンクリートは六面体要素、柱主筋は線材要素、壁筋及び柱帯筋は埋込み鉄筋でモデル化した。コンクリートと柱主筋の間にはばね要素を挿入し、付着すべり特性を考慮した。配筋は試験体と同様にモデル化し、壁筋比0.5%とした。
【0046】
解析モデルMでは、底面の全節点において全方向の変位を拘束し、対称軸上の切断面において壁厚方向の節点変位を拘束した。実験と同様に、柱上部に軸力を載荷した後、加力スタブ中央高さにおいて、強制変位による正負交番載荷を行った。
【0047】
材料モデルの選定は非特許文献2を参考とした。コンクリートは等価一軸ひずみに基づく直交異方性体とし、非直交分散ひび割れモデルを用いて、多方向に生じるひび割れを考慮した。圧縮側応力―ひずみ関係は修正Ahmadモデルにより表し、ひび割れ後の圧縮強度低減を考慮した。コンクリートの破壊基準はOttosenの4パラメータモデルにより表し、最大圧縮強度到達後は中村らの圧縮破壊エネルギーに基づく軟化勾配(非特許文献3)を定義した。引張側応力―ひずみ関係はひび割れ強度まで線形とし、強度後の特性は長沼らのモデルにより表した(非特許文献2)。ひび割れ面におけるせん断伝達特性は長沼らのモデルにより表した(非特許文献2)。
【0048】
鉄筋の応力-ひずみ関係は完全弾塑性モデルにより表した。繰返し応力下の履歴特性にはCiampiらのモデルを適用した。柱主筋の付着強度は靱性指針(非特許文献4)に則り算定した付着信頼強度とし、強度時のすべり量は1.0mmと仮定した。
【0049】
〔実験と解析との比較:荷重-変形関係〕
図13に実験とFEM解析の荷重-変形関係を示す。解析は、負側加力において実験よりも荷重がやや高かったが、荷重-変形関係の骨格曲線、耐震壁の初亀裂発生タイミング等については、FEM解析により実験結果を精度良く再現できている。
【0050】
〔実験と解析との比較:壁のひび割れ状況〕
耐震壁の範囲全体でのひび割れ面積と、解析モデルMの変形後の節点座標から算定した耐震壁の面積を比較した。解析モデルMにおけるひび割れ面積は、上述の方法により、解析モデルMの各要素における面積増分に基づき算出した。
【0051】
図14には、耐震壁の変形角に対するひび割れ面積の実験と解析の比較を示す。FEM解析から算出したひび割れ面積は、実験の結果と同程度の値であった。また、壁の変形の増大に対して概ね線形に増大しており、これも実験結果におけるひび割れ面積の増大傾向と一致した。
【0052】
図15(b)には、変形角0.2%(1回目)における壁及び柱のひび割れ状況に関する、FEM解析の結果を示す。なお、
図15に示すひび割れの分布は、従来技術によるFEM解析の結果であり、ひび割れ面積等の算定の結果を反映したものではないことに留意されたい。
図15では、FEM解析が、ひび割れの方向など、実験結果(
図15(a))を定性的に表せていることがわかる。しかし一方で、従来のFEM解析では、
図14に示す結果と異なり、ひび割れ幅や間隔などの定量的な結果を正確には表せていないことが分かる。
【0053】
上記のように、本実施形態及び変形例に係る方法によって算出したひび割れ面積は、実験結果とよく一致することが分かる。
【0054】
<効果>
上記構成では、コンクリート構造物の有限要素モデルに対する有限要素解析を実行し、要素の面積増分に基づいて前記コンクリート構造物のひび割れ面積を算出する方法を用いている。そのため、特に分散ひび割れモデルのように、ひび割れ幅を陽に出力することができない要素を用いて有限要素解析を行った場合であっても、変形後の要素面積(または体積)からひび割れ性状を定量的に評価できる。そのため、コンクリート構造物の性能評価を正確に行うことができる。
【0055】
上記構成では、ひび割れ面積に基づいてコンクリート構造物の性能評価を行う。例えば漏洩率(気密・水密性)の評価を行う際、構造物のひび割れの総面積を解析結果から算出し、ひび割れを介して漏洩する液体の流量を予測し、コンクリート構造物の気密・水密性を適切に評価することができる。従来のひび割れ幅のみを用いた評価方法に比べ、ひび割れの総量としてのひび割れ面積を指標にしているため、このように適切に性能を評価することができる。
【0056】
また漏洩率だけでなく、コンクリート構造物の負圧維持機能評価、放射線遮蔽性能評価、及びコンクリート構造物に発生した損傷の評価を行う場合にも、構造物に生じたひび割れの総面積を用いるため、ひび割れ幅のみを用いる場合に比較して、評価を適切に行うことができる。
【0057】
上記構成では、コンクリート構造物に生じるひび割れ面積を、解析モデルから算出する。構造物の変形やひずみを精度良く予測できる有限要素解析を用いてひび割れ面積を算定できるため、コンクリート構造物の性能の予測、または評価を正確に行うことができる。これは、鋼板コンクリート構造物の性能を評価する場合のように、外部から直接コンクリートを目視できない構造物に対しても有効である。
【0058】
なお、本発明の性能評価方法または解析方法は、コンピュータ上で機能可能なプログラムとして構成して、該コンピュータ上で機能させれば、自動的かつ簡便・迅速に実行されることとなる。例えば、
図16のブロック図に示す様に、該プログラムを記憶する記憶装置30と制御装置40とを互いに通信可能に備えたコンピュータシステムCを構成し、上記の方法を実行させることが可能である。また、ポスト処理により、例えば
図15のようなフォーマットで、ひび割れ面積を可視化することで、性能評価がさらに容易となる。
【0059】
なお、上記実施形態において示した面積増分の算定方法は、あくまでも一例である。本発明による面積増分の算定は、必ずしも三角形に分割して面積和を求める方法に限定されるものではなく、任意の方法によって面積または面積増分を算定してよい。
【0060】
また、上記実施形態において有限要素として六面体一次要素を用いたが、あくまでも一例である。コンクリート構造物を三角形一次要素、三角形二次要素、四辺形一次要素、四辺形二次要素、四面体一次要素、四面体二次要素、六面体二次要素を含む任意の有限要素でモデル化し、それぞれの要素に応じた適当な方法で面積を算定してもよい。また、使用する有限要素は1種類に限定されず、複数の種類の有限要素で構成されたモデルに対して面積を算定してもよい。
【0061】
以上、本発明を実施するための形態について説明したが、上記実施形態は本発明の理解を容易にするためのものであり、本発明を限定して解釈するためのものではない。また、本発明はその趣旨を逸脱することなく変更、改良され得るとともに、本発明にはその等価物も含まれる。
【符号の説明】
【0062】
100、M 解析モデル
100A コンクリート構造物