(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-10-02
(45)【発行日】2023-10-11
(54)【発明の名称】絶縁電線
(51)【国際特許分類】
H01B 7/295 20060101AFI20231003BHJP
H01B 7/02 20060101ALI20231003BHJP
H01B 3/44 20060101ALI20231003BHJP
C08K 3/22 20060101ALI20231003BHJP
C08L 23/12 20060101ALI20231003BHJP
【FI】
H01B7/295
H01B7/02 Z
H01B3/44 G
C08K3/22
C08L23/12
(21)【出願番号】P 2019215055
(22)【出願日】2019-11-28
【審査請求日】2022-02-28
(73)【特許権者】
【識別番号】395011665
【氏名又は名称】株式会社オートネットワーク技術研究所
(73)【特許権者】
【識別番号】000183406
【氏名又は名称】住友電装株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】000002130
【氏名又は名称】住友電気工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002158
【氏名又は名称】弁理士法人上野特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】村尾 諭
(72)【発明者】
【氏名】橋口 克樹
【審査官】神田 太郎
(56)【参考文献】
【文献】特開2002-348417(JP,A)
【文献】国際公開第2019/082437(WO,A1)
【文献】特開2011-016885(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01B 7/295
H01B 7/02
H01B 3/44
C08K 3/22
C08L 23/12
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
電線導体と、前記電線導体の外周を被覆する絶縁被覆と、を有し、
前記絶縁被覆は、ポリプロピレン樹脂を含む高分子成分と、金属水酸化物を含む難燃剤と、を含有し、
前記ポリプロピレン樹脂の融解熱量が、35J/g以上であり、
前記高分子成分の分子量分布において、最も面積が大きいピークから求めた数平均分子量が5.00×10
4以上であ
り、
前記ポリプロピレン樹脂は、ホモポリプロピレンおよびブロックポリプロピレンの少なくとも一方を含む、絶縁電線。
【請求項2】
前記高分子成分の分子量分布において、重量平均分子量Mwと数平均分子量Mnの比として求められる多分散度Mw/Mnが、最も面積が大きいピークで、5.90以上である、請求項1に記載の絶縁電線。
【請求項3】
前記ポリプロピレン樹脂は、ホモポリプロピレンと、ブロックポリプロピレンとを含む、請求項1または請求項2に記載の絶縁電線。
【請求項4】
前記高分子成分は、熱可塑性エラストマーをさらに含む、請求項1から請求項3のいずれか1項に記載の絶縁電線。
【請求項5】
前記金属水酸化物は、水酸化マグネシウムである、請求項1から請求項4のいずれか1項に記載の絶縁電線。
【請求項6】
前記絶縁被覆の表面の算術平均粗さRaが、3.00μm以下である、請求項1から請求項5のいずれか1項に記載の絶縁電線。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、絶縁電線に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車等の車両や各種機器において使用される絶縁電線として、環境調和性等を目的として、ハロゲンを含有しない樹脂組成物を用いて絶縁被覆を構成した、ハロゲンフリー電線が用いられる場合がある。ハロゲンフリー電線を構成する絶縁被覆の代表例の1つとして、ポリプロピレン樹脂をベース樹脂とし、難燃剤として、水酸化マグネシウムをはじめとする金属水酸化物が添加されたものが、挙げられる。ポリプロピレン樹脂を含むベース樹脂と、金属水酸化物とを含有した絶縁被覆を有する絶縁電線は、例えば下の特許文献1,2に開示されている。金属水酸化物の粒子をベース樹脂に添加することにより、ベース樹脂の特性に影響が及ぶ場合もあるが、下記の各文献においては、表面処理等による金属水酸化物の改質、あるいはベース樹脂の配合の工夫等により、耐摩耗性や耐寒性等、絶縁被覆の特性の向上を図っている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開2002-212354号公報
【文献】特開2010-174113号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ポリプロピレン樹脂をベース樹脂として用い、難燃剤として金属水酸化物を混合した材料よりなる絶縁被覆を有する絶縁電線においては、絶縁被覆の耐低温性が低くなりやすい。耐低温性を高めるための方法の1つとして、非晶成分が多く(すなわち、結晶性が低く)、かつ平均分子量の大きいポリプロピレンが用いられる場合がある。しかし、この場合には、結晶性の低さにより、絶縁被覆の耐摩耗性が低くなりやすい。
【0005】
非晶成分が多く、平均分子量の大きいポリプロピレン樹脂の使用による耐摩耗性の低下を回避するために、樹脂成分の一部として、結晶性の高いポリプロピレン樹脂を添加するという方法も考えられる。すると、結晶量の増加により、絶縁被覆の耐摩耗性を向上させることはできるが、十分な耐低温性を維持することが難しくなる。
【0006】
以上のように、ポリプロピレン樹脂をベース樹脂として用い、金属水酸化物を添加した絶縁被覆を有する絶縁電線において、絶縁被覆の耐摩耗性と耐低温性の両方を十分に向上させることは、困難である。ベース樹脂として用いるべきポリプロピレン樹脂の物性を、十分に検討することが、耐摩耗性と耐低温性の向上に重要である。そこで、ポリプロピレン樹脂を含むベース樹脂と、難燃剤としての金属水酸化物を含有し、高い耐摩耗性および耐低温性を有する絶縁電線を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本開示の絶縁電線は、電線導体と、前記電線導体の外周を被覆する絶縁被覆と、を有し、前記絶縁被覆は、ポリプロピレン樹脂を含む高分子成分と、金属水酸化物を含む難燃剤と、を含有し、前記ポリプロピレン樹脂の融解熱量が、35J/g以上であり、前記高分子成分の分子量分布において、最も面積が大きいピークから求めた数平均分子量が5.00×104以上である。
【発明の効果】
【0008】
本開示にかかる絶縁電線は、ポリプロピレン樹脂を含むベース樹脂と、難燃剤としての金属水酸化物を含有し、高い耐摩耗性および耐低温性を有する。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】
図1は、本開示の一実施形態にかかる絶縁電線を示す斜視図である。
【
図2】
図2は、試料A1について測定されたDSC曲線である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
[本開示の実施形態の説明]
最初に、本開示の実施形態を列挙して説明する。
【0011】
本開示の絶縁電線は、電線導体と、前記電線導体の外周を被覆する絶縁被覆と、を有し、前記絶縁被覆は、ポリプロピレン樹脂を含む高分子成分と、金属水酸化物を含む難燃剤と、を含有し、前記ポリプロピレン樹脂の融解熱量が、35J/g以上であり、前記高分子成分の分子量分布において、最も面積が大きいピークから求めた数平均分子量が5.00×104以上である。
【0012】
上記絶縁電線を構成する絶縁被覆においては、ポリプロピレン樹脂の融解熱量が、35J/g以上となっており、ポリプロピレンの結晶量が、十分に確保できる。ポリプロピレンの結晶量が多くなっていることで、絶縁被覆の耐摩耗性の向上に寄与する。また、高分子成分の分子量分布において、最も面積が大きいピークから求めた数平均分子量が5.00×104以上となっていることにより、絶縁被覆が、高い耐低温性を示す。このように、ポリプロピレン樹脂を含む高分子成分の融解熱量と分子量分布を適切に設定することにより、絶縁被覆において、耐摩耗性と耐低温性の両方を、高めることができる。
【0013】
ここで、前記高分子成分の分子量分布において、重量平均分子量Mwと数平均分子量Mnの比として求められる多分散度Mw/Mnが、最も面積が大きいピークで、5.90以上であるとよい。すると、分子量の分布幅が大きいことにより、絶縁被覆の加工性が高くなり、押し出し成形等によって形成される絶縁被覆の外観が向上する。外観の向上は、絶縁被覆表面の凹凸が低減されていることを意味し、耐摩耗性および耐低温性の向上につながる。
【0014】
前記ポリプロピレン樹脂は、ホモポリプロピレンと、ブロックポリプロピレンとを含むとよい。ホモポリプロピレンとブロックポリプロピレンを混合することで、混合比の調整等により、所望の融解熱量および分子量分布を達成しやすくなる。また、ホモポリプロピレンは、高分子成分の結晶性の向上に高い効果を有する。一方、ブロックポリプロピレンは、絶縁被覆の加工性の向上に高い効果を有する。よって、それらを混合することで、耐摩耗性および耐低温性の向上を、高度に達成することができる。
【0015】
前記高分子成分は、熱可塑性エラストマーをさらに含むとよい。すると、高分子成分中に、金属水酸化物の粒子を分散させやすくなり、絶縁被覆の耐摩耗性や耐低温性の向上に、特に高い効果が得られる。
【0016】
前記金属水酸化物は、水酸化マグネシウムであるとよい。水酸化マグネシウムは、安価で利用できるうえ、絶縁被覆に高い難燃性を付与するものとなる。
【0017】
前記絶縁被覆の表面の算術平均粗さRaが、3.00μm以下であるとよい。すると、絶縁被覆の外観が良くなり、それに対応して、高い耐摩耗性および耐低温性が得られやすくなる。
【0018】
[本開示の実施形態の詳細]
以下、図面を用いて本開示の一実施形態にかかる絶縁電線について、詳細に説明する。本明細書において、材料の各種物性は、特記しない限り、室温、大気中にて測定される値を指すものとする。
【0019】
[1]絶縁電線の構成
図1に、本開示の一実施形態にかかる絶縁電線10の概略を示す。
図1に示すように、絶縁電線10は、電線導体12と、電線導体12の外周を被覆する樹脂組成物よりなる絶縁被覆14とを備えている。絶縁電線10は、絶縁被覆14となる樹脂組成物を、押し出し成形等によって、電線導体12の外周に配置することにより、得ることができる。
【0020】
電線導体12を構成する材料は、特に限定されず、銅を用いることが一般的であるが、銅以外にも、アルミニウム、鉄などの金属材料を用いることもできる。これらの金属材料は、合金であってもよい。合金とするための他の金属材料としては、鉄、ニッケル、マグネシウム、シリコン、それらの金属の組み合わせなどが挙げられる。電線導体12は、単線から構成されていても、複数本の素線12aを撚り合わせてなる撚線から構成されていてもよい。絶縁電線10の柔軟性を確保する観点からは、電線導体12が撚線となっていることが好ましい。
【0021】
絶縁被覆14は、ポリプロピレン樹脂を含む高分子成分よりなるベース樹脂と、金属水酸化物を含む難燃剤とを含有する樹脂組成物より構成されている。絶縁被覆14を構成する樹脂組成物については、後に詳しく説明するが、絶縁被覆14を構成する樹脂組成物においては、ポリプロピレン樹脂が、所定の下限以上の融解熱量を示すとともに、ポリプロピレン樹脂を含む高分子成分が、所定の分子量分布を有している。
【0022】
本実施形態にかかる絶縁電線10においては、電線導体12の導体断面積や、絶縁被覆14の厚さ等、各部の寸法は、特に限定されない。また、本実施形態にかかる絶縁電線10は、用途を特に限定されるものではなく、自動車用、電気・電子機器用、情報通信用、電力用、船舶用、航空機用など、各種電線として利用することができる。後に説明するように、絶縁被覆14が、難燃性に加え、耐摩耗性および耐低温性に優れるものであるため、絶縁電線10は、特に自動車用電線として、好適に利用することができる。
【0023】
本実施形態にかかる絶縁電線10は、単線の状態で用いても、複数の絶縁電線を含むワイヤーハーネスの形態で用いてもよい。ワイヤーハーネスを構成する全ての絶縁電線が本実施形態にかかる絶縁電線10であっても、その一部が本実施形態にかかる絶縁電線10であってもよい。
【0024】
[絶縁被覆を構成する樹脂組成物]
次に、本実施形態にかかる絶縁電線10の絶縁被覆14を構成する樹脂組成物について、詳細に説明する。
【0025】
絶縁被覆14を構成する樹脂組成物は、ベース樹脂と、金属水酸化物を含む難燃剤とを含有している。ベース樹脂となる高分子成分は、ポリプロピレン樹脂(PP樹脂)を含有しており、PP樹脂が、35J/g以上の融解熱量を示すとともに、高分子成分の数平均分子量が、5.00×104以上となっている。
【0026】
(樹脂組成物の物性)
樹脂材料の融解熱量は、樹脂材料の結晶性の指標となり、融解熱量が大きいほど、結晶性が高い、つまり結晶量が多いことを示す。本実施形態において、絶縁被覆14を構成する樹脂組成物に含有されるPP樹脂は、35J/g以上の融解熱量を有している。PP樹脂が35J/g以上の融解熱量を有することで、絶縁被覆14において、十分な体積のポリプロピレンの結晶量が確保できる。絶縁被覆14を構成する樹脂組成物が、十分な量のポリプロピレン結晶を含んでいると、絶縁被覆14の耐摩耗性が高くなる。さらに耐摩耗性を向上させる観点からは、PP樹脂の融解熱量は、37J/g以上、さらには39J/g以上であるとよい。融解熱量には、上限は特に設けられないが、結晶量の過度の増大によって、難燃剤等の添加剤の、高分子成分への取り込み性が低下するのを抑制する等の理由から、80J/g以下程度に抑えておくことが好ましい。
【0027】
PP樹脂の融解熱量は、DSC(示差走査熱量計)を用いて、加熱による転移熱を測定することにより、JIS K 7122に準じて測定することができる。なお、実施例でも示すように、高分子成分が、PP樹脂として、ホモポリプロピレンとブロックポリプロピレンを含有する場合、通常、それら2種のポリプロピレンに由来する融解ピークは分離されず、ポリプロピレンの結晶構造に由来する融解ピークが、1つのみ出現する(
図2参照)。融解熱量は、PP樹脂のみに対して測定するほか、他の樹脂も含んだ高分子成分全体に対して、あるいは、難燃剤等、高分子成分以外の成分をさらに含有した樹脂組成物全体に対して測定してもよい。
【0028】
本実施形態において、絶縁被覆14を構成する高分子成分は、数平均分子量が、5.00×104以上となっている。分子量分布において、複数のピークが出現する場合には、それらのピークのうち、最も面積が大きいピークから算出される数平均分子量をもって、数平均分子量を定義する。つまり、分子量分布において、数平均分子量が、最も面積が大きいピークから求められる値で、5.00×104以上となっている。
【0029】
絶縁被覆14を構成する高分子成分の数平均分子量が、5.00×104以上となっていることにより、絶縁被覆14の耐低温性が高くなる。つまり、低温環境下において、絶縁被覆14の脆化が抑制され、絶縁被覆14の伸びが確保される。それらの効果をさらに高める観点から、高分子成分の数平均分子量は、5.50×104以上、また5.70×104以上であると、さらに好ましい。数平均分子量に、特に上限は設けられないが、樹脂組成物の流動性の低下を抑制する等の観点から、1.00×105以下程度に抑えておくとよい。
【0030】
絶縁被覆14を構成する高分子成分の分子量分布としては、上記のように、所定の数平均分子量を有するとともに、さらに、重量平均分子量Mwと数平均分子量Mnの比Mw/Mnとして定められる多分散度が、5.90以上となっていることが好ましい。分子量分布に複数のピークが出現する場合には、上記分子量分布の定義と同様、多分散度Mw/Mnについても、最も面積が大きいピークについて、定義する。つまり、分子量分布において、多分散度Mw/Mnが、最も面積が大きいピークについて、5.90以上となっていることが好ましい。
【0031】
多分散度Mw/Mnは、高分子成分の分子量の分布の幅の大きさを示すパラメータであり、多分散度Mw/Mnが大きいほど、分子量が、大きな幅をもって分布していることを示す。多分散度Mw/Mnを5.90以上とすれば、分子量分布の幅が大きくなることにより、絶縁被覆14を構成する樹脂組成物の流動性が高くなる。すると、樹脂組成物の加工性が高くなり、押し出し成形等によって絶縁被覆14を形成した際に、外観の良い絶縁被覆14が得られる。絶縁被覆14の外観の良さは、それ自体も重要であるが、表面に凹凸構造が少ないことを意味し、凹凸構造に影響を受ける特性である耐摩耗性や耐寒性が高いことを示す、良い指標となる。それらの効果をさらに高める観点から、多分散度Mw/Mnは、6.00以上、また6.20以上であると、さらに好ましい。多分散度Mw/Mnには、特に上限は設けられないが、分子量分布が大きくなりすぎることによる絶縁被覆14の特性への影響を抑える等の観点から、8.00以下程度に抑えておくとよい。
【0032】
高分子成分の分子量分布は、例えば、ゲル浸透クロマトグラフィー(GPC)によって評価することができる。なお、以上に説明した分子量分布から得られる値、つまり数平均分子量および多分散度Mw/Mnは、高分子成分が複数の樹脂種を含有する場合でも、高分子成分全体について、上記所定の範囲を満足していればよいが、好ましくは、高分子成分のうち、PP樹脂のみについても、上記所定の範囲を満足するものであるとよい。
【0033】
絶縁被覆14の表面の凹凸は、表面粗さとして、定量的に評価することができる。例えば、表面粗さRa(算術平均粗さ)が、4.00μm以下であることが好ましい。すると、絶縁被覆14の表面の平滑性の高さが、絶縁電線10の外観の良さ、そして耐摩耗性および耐低温性の高さを示す、良い指標となる。表面の算術平均粗さRaは、3.00μm以下、また2.50μm以下であると、さらに好ましい。なお、多くの場合、絶縁被覆14の表面の算術平均粗さRaは、難燃剤等の固形の添加剤の寄与を、実質的に受けず、高分子成分の組成の結果として現れる。表面の算術平均粗さRaは、JIS B0601に準拠して、表面粗さ計を用いて測定することができる。
【0034】
以上のように、本実施形態にかかる絶縁電線10においては、絶縁被覆14に高分子成分として含有されるPP樹脂が、35J/g以上の融解熱量を有し、さらに、高分子成分が5.00×104以上の数平均分子量を有することにより、絶縁被覆14が、耐摩耗性と耐低温性に優れたものとなる。さらに、高分子成分の多分散度Mw/Mnが5.90以上となっていれば、また表面の算術平均粗さRaが4.00μm以下となっていれば、電線外観が高くなるとともに、耐摩耗性および耐低温性をさらに高めやすくなる。
【0035】
(樹脂組成物の構成材料)
絶縁被覆を構成する樹脂組成物は、PP樹脂を含む高分子成分と、金属水酸化物を含む難燃材とを含有し、上記のような物性を有するものであれば、具体的な各成分は、特に限定されるものではない。以下に、好ましい成分について説明する。
【0036】
(1)高分子成分
高分子成分に占めるPP樹脂の割合は、特に限定されるものではない。しかし、好ましくは、PP樹脂が、高分子成分全体の50質量%以上、さらには80質量%以上を占めているとよい。
【0037】
PP樹脂とは、プロピレン単位を含む高分子を指し、ホモポリプロピレン(ホモPP)、ブロックポリプロピレン(ブロックPP)、ランダムポリプロピレン(ランダムPP)の3種がありうる。上記融解熱量を有し、高分子成分において上記数平均分子量を与えるものであれば、PP樹脂を構成する樹脂種の詳細、つまり、上記3種のうち含有されるものの種類、また、それぞれの種として用いる具体的な樹脂は、特に限定されるものではなく、1種のみを用いても、複数種を用いてもよい。
【0038】
好ましくは、所望の融解熱量や分子量分布を実現しやすい等の点で、PP樹脂が、ホモPPとブロックPPを含んでいることが好ましい。ホモPPは、結晶性が高く、絶縁被覆14の耐摩耗性の向上に高い効果発揮する。一方、ブロックPPは、電線の長期耐熱性の向上に効果を発揮するとともに、難燃剤等の添加剤の取り込み性が高く、耐低温性の向上に効果を発揮する。ホモPPとブロックPPを混合することで、上記の融解熱量および分子量分布をともに達成し、その結果として、耐熱性と耐低温性の両方に優れた絶縁被覆14を得やすくなる。
【0039】
ホモPPとブロックPPの配合比は、融解熱量および分子量分布をはじめとする物性として、所定の値が得られるように、適宜選択すればよい。しかし、両者が有する特性をバランスよく発揮させる観点から、配合比は、ホモPP:ブロックPPの質量比で、1:4~4:1とするとよい。さらに好ましくは、その比を、1:3~3:1、また1:2~2:1とするとよい。
【0040】
ブロックPPを用いる場合に、そのブロックPPの具体的な分子構造は、特に限定されるものではない。しかし、ブロックPPとして、プロピレン単位に加え、総エチレン量にして10%未満のエチレン単位を含有し、ポリプロピレン(PP)相、ポリエチレン(PE)相、エチレン-プロピレン共重合体(EPR)相の3つの相を含むものであることが好ましい。また、ブロックPPは、160℃以上の融点を有することが好ましい。この融点は、ホモPPの融点と重なるものである。よって、ブロックPPとホモPPを混合して用いた際に、DSC等を用いた加熱による転移熱の測定において、1つのピークが観測されることになる。さらに、ブロックPPは、ホモPPとの混合により、耐低温性向上の効果を高める観点から、ホモPPよりも大きな数平均分子量、また多分散度Mw/Mnを有し、添加により、高分子成分の数平均分子量および多分散度Mw/Mnを、増大させるものであるとよい。
【0041】
PP樹脂が、ホモPPとブロックPPのように、複数の成分を含む場合でも、それらの成分を合わせたPP樹脂全体として、所定の物性を与えるものであれば、個々の成分は、どのような物性を有するものであってもよい。ただし、樹脂組成物の流動性を高めやすくする等の観点から、メルトフローレート(MFR)が、ホモPPで0.3~2.0g/10min程度、ブロックPPで0.3~2.0g/10min程度であることが好ましい。
【0042】
絶縁被覆14を構成するPP樹脂は、酸変性等の変性を受けていても、受けていなくてもよい。酸変性を受けていないPP樹脂としては、例えば、ポリプロピレン、エチレン・プロピレン共重合物、1-ブテン・プロピレン共重合物、プロピレン・1-ブテン・エチレン共重合物、プロピレン・1-ヘキセン共重合物、プロピレン・1-ヘキセン・エチレン共重合物、プロピレン・4(または5)-メチル-1,4-ヘキサジエン共重合物を挙げることができる。酸変性PP樹脂としては、それらのPP樹脂を酸変性したものを挙げることができ、接着性ポリオレフィン、ポリオレフィン系接着性ポリマー、接着性樹脂、ポリオレフィン系接着性樹脂等として知られているものを用いることができる。なお、PP樹脂として変性を受けていないものを用いることは、電線導体12と絶縁被覆14の間の密着力が抑えられ、端末部等において絶縁被覆14を除去する際の加工性が高くなる等の観点から、好ましい。また、絶縁被覆14を構成するPP樹脂は、架橋されていないものであることが好ましい。
【0043】
絶縁被覆14を構成する高分子成分は、PP樹脂のみよりなっていても、PP樹脂に加えて、他の高分子を含有していてもよい。好ましくは、PP樹脂に加えて、熱可塑性エラストマーを含有しているとよい。熱可塑性エラストマーは、高分子成分中における難燃剤の分散性や親和性を高める役割を果たす。適用可能な熱可塑性エラストマーとして、SEBS、TPO(ポリオレフィン系エラストマー)等を例示することができる。それらの熱可塑性エラストマーは、酸変性されたものであっても、未変性のものであってもよい。添加による効果を十分に得る観点から、熱可塑性エラストマーの添加量は、高分子成分全体に占める割合で、5質量%以上、さらには10質量%以上とするとよい。一方、PP樹脂の特性を損なわないようにする観点から、熱可塑性エラストマーの添加量は、高分子成分全体に占める割合で、20質量%以下としておくとよい。なお、絶縁電線10をハロゲンフリー電線とする観点から、高分子成分は、ハロゲンを含有する高分子を含有しないことが好ましい。
【0044】
(2)難燃剤
本実施形態において、絶縁被覆14に含有される難燃剤は、金属水酸化物を含んでいる。好ましくは、難燃剤全体の50質量%以上、さらには80質量%以上を、金属水酸化物が占めているとよい。さらに好ましくは、表面処理剤等の微量成分を除いて、難燃剤が金属水酸化物のみよりなるとよい。
【0045】
難燃剤を構成する金属水酸化物としては、水酸化マグネシウム、水酸化アルミニウム等を例示することができる。これらの金属水酸化物のうち、安価で利用でき、高い難燃性を発揮する点において、水酸化マグネシウムを用いることが、特に好適である。金属水酸化物は、粒子の状態で、樹脂組成物に含有される。
【0046】
難燃剤は、安価利用等の観点から、平均粒径が、0.1μm以上、また0.5μm以上であることが好ましい。一方、PP樹脂を含む高分子成分によって発揮される特性を損なわない等の観点から、金属水酸化物の平均粒径は、10μm以下、また5μm以下であることが好ましい。金属水酸化物は、分散性を向上させるなどの目的で、シランカップリング剤、高級脂肪酸、ポリオレフィンワックスなどにより、表面処理を施されていてもよい。ただし、本実施形態においては、高分子成分が所定の融解熱量および分子量分布を有することにより、金属水酸化物が表面処理されていないものであっても、絶縁被覆14が、耐摩耗性や耐低温性等の特性に優れたものとなる。
【0047】
絶縁被覆14を構成する樹脂組成物において、難燃剤の含有量は、十分な難燃性を発揮させる観点から、高分子成分100質量部に対して、30質量部以上、また50質量部以上であることが好ましい。一方、過剰な難燃剤の含有による絶縁被覆14の特性の低下を回避する観点から、難燃剤の含有量は、高分子成分100質量部に対して、200質量部以下、さらには100質量部以下に抑えておくことが好ましい。
【0048】
(3)その他の成分
本実施形態にかかる絶縁電線10において、絶縁被覆14を構成する樹脂組成物は、以上に説明した高分子成分および難燃剤に加えて、各種添加剤等、他の成分を適宜含有してもよい。難燃剤以外の添加剤として、硫黄系化合物やヒンダードフェノール系化合物等の酸化防止剤、酸化亜鉛やイミダゾール系化合物等の老化防止剤、金属不活性化剤、滑剤、安定剤、紫外線吸収剤、顔料、着色剤等を例示することができる。
【0049】
添加剤の含有量は、高分子成分および難燃剤の特性を著しく損なわない範囲であれば、特に限定されない。例えば、金属水酸化物以外の添加剤の含有量を、合計で、高分子成分100質量部に対して、20質量部以下、さらには10質量部以下に抑えておくことが好ましい。なお、絶縁電線10をハロゲンフリー電線とする観点から、絶縁被覆14を構成する樹脂組成物は、ハロゲンを含有する添加剤を、含有しないことが好ましい。
【実施例】
【0050】
以下に実施例を示す。なお、本発明はこれら実施例によって限定されるものではない。ここでは、絶縁被覆を構成する高分子成分について、配合を変化させることで物性を変化させ、絶縁被覆の特性との関係について調べた。以下では、特記しない限り、試料の作製および各種試験は、室温、大気中にて行った。
【0051】
[試験方法]
(1)試料の作製
【0052】
表1に示した各成分を、所定の含有量比で、260℃にて混練し、試料A1~A5および試料B1~B3にかかる樹脂組成物を調製した。表中、各成分の配合量は、高分子成分の合計を100質量部として、表示してある。さらに、各樹脂組成物をペレット状にしたうえで、公称断面積0.35mm2の撚線導体の周囲に、被覆厚0.20mmで押し出し成形することにより、絶縁電線を作製した。
【0053】
絶縁被覆を構成する樹脂組成物の各成分として用いた材料は、以下のとおりである。
(ブロックPP)
・EC9:日本ポリプロ社製「ノバテック EC9」 MFR=0.5g/10min;せん断粘度 890Pa・s(温度230℃、せん断速度100/s)
・EC9GD:日本ポリプロ社製「ノバテック EC9GD」 MFR=0.5g/10min;せん断粘度 1040Pa・s(温度230℃、せん断速度100/s)
(ホモPP)
・FY6H:日本ポリプロ社製「ノバテック FY6H」 MFR=1.9g/10min
・EA9FTD:日本ポリプロ社製「ノバテック EA9FTD」 MFR=0.4g/10min
(熱可塑性エラストマー)
・H1041:水添SEBS(変性なし) 旭化成社製「タフテック H1041」 MFR=5.0g/10min
・M1913:マレイン酸変性SEBS 旭化成社製「タフテック M1913」 MFR=5.0g/10min
(他の成分)
・水酸化マグネシウム:Huber Engineered Materials社製「Magnifin H10」
・硫黄系酸化防止剤:大内新興化学工業社製「ノクラック MB」
・ヒンダードフェノール系酸化防止剤:BASF社製「Irganox 1010」
・老化防止剤:酸化亜鉛 ハクスイテック社製「2種」
・金属不活性化剤:BASF社製「Irganox MD 1024」
【0054】
(2)評価方法
(加熱による転移熱の測定)
各試料の絶縁被覆を構成する樹脂組成物について、DSC(示差走査熱量計)を用いて、加熱による転移熱の測定を行った。得られた結果から融点を読み取るとともに、JIS K 7122に基づいて、融解熱量を求めた。
【0055】
(分子量分布の評価)
各試料の絶縁被覆を構成する樹脂組成物について、ゲル浸透クロマトグラフィー(GPC)によって、分子量分布を得た。そして、最も大きな面積が得られたピークについて、数平均分子量Mnおよび多分散度Mw/Mnを、それぞれ算出した。
【0056】
(表面粗さの測定)
各試料の絶縁電線に対して、JIS B0601に準拠して、表面粗さ計を用いて、表面の算術平均粗さRaの測定を行った。測定は、3箇所に対して行い、その平均値を記録した。
【0057】
(電線製造性の測定)
各試料の絶縁電線を作製する際に、ペレット作製および押し出し成形を実施できた場合には、電線製造性が高い「A」と評価した。一方、ペレット作製および押し出し成形の少なくとも一方を実施できなかった場合には、電線製造性が低い「B」と評価した。
【0058】
(耐摩耗試験)
各試料の絶縁電線に対して、絶縁被覆の耐摩耗性の評価を、ISO6722に準拠して、スクレープ摩耗試験(ブレード往復法試験)によって行った。試験に際しては、ブレードに印加する荷重を、7.00±0.05Nとした。そして、導体が露出するまでのブレードの往復回数を計測した。試験は各試料につき、3個体に対して行い、往復回数の平均値を記録した。また、その往復回数が450回以上であった場合を、耐摩耗性が高い「A」と評価し、450回未満であった場合を、耐摩耗性が低い「B」と評価した。
【0059】
(耐低温性の評価)
耐低温性を評価するため、各試料の絶縁電線から電線導体を除去し、絶縁被覆のみとしたものに対して、低温における伸びを測定した。伸びの測定は、0℃の環境中で、JIS K 7161に準拠した引張試験により、試験速度50mm/min.で行った。伸びが200%より大きかった場合を、耐低温性が高い「A」と評価し、200%未満であった場合を、耐低温性が低い「B」と評価した。
【0060】
[試験結果]
図2に、代表として、試料A1について、加熱による転移熱の測定において得られたDSC曲線を示す。横軸は温度である。縦軸はDSC値(熱流)であり、負方向の値が、吸熱を示している。
【0061】
図2によると、165℃を頂点として、吸熱ピークが観測されている。ホモPPの融点が約165℃であることから、このピークは、ポリプロピレン結晶の融解によるものである。このピークは、低温側にテールを引いているものの、1本のピークとなっている。つまり、樹脂組成物を構成するPP樹脂が、ホモPPとブロックPPの両方を含んでいるが、ホモPPとブロックPPは独立のピークを与えるものとはならず、両者に含まれるポリプロピレン構造が、同程度の温度で融解する結晶を形成しているものと考えられる。試料A2~A5および試料B1,B2についても、160~165℃程度の領域に頂点を有する、1つの融解ピークが観測された。
【0062】
次に、表1に、各試料について、絶縁被覆を構成する樹脂組成物の成分組成(単位:質量部)を示す。また、上記で説明した加熱による転移熱測定の結果を含め、各評価の結果をまとめる。耐摩耗性および耐低温性については、対応する測定値を記載するとともに、[ ]で囲んで、評価分類を記載している。なお、試料B3については、ペレット作製が行えず、試験試料となる絶縁電線を作製できなかったため、各評価を行えなかった。
【0063】
【0064】
表1によると、試料A1~A5においては、PP樹脂が35J/g以上の融解熱量を有するとともに、高分子成分の数平均分子量が5.00×104以上となっている。そのことと対応して、絶縁被覆において、高い耐摩耗性と耐低温性が得られている。
【0065】
試料A1~A5を相互に比較すると、PP樹脂の融解熱量が大きいほど、耐摩耗性が高くなっている(平均往復回数が大きくなっている)。また、おおむね、高分子成分の数平均分子量Mnが大きくなるほど、耐低温性が高くなっている(低温での伸びが大きくなっている)。これらの結果から、PP樹脂の融解熱量と耐摩耗性の相関性が明確に示される。また、高分子成分の数平均分子量Mnと耐低温性との相関性が明確に示される。PP樹脂が高い融解熱を有することは、結晶性が高くなっていることを通して、耐摩耗性の向上に寄与するものと考えられる。
【0066】
さらに、おおむね、多分散度Mw/Mnが大きくなるほど、表面の算術平均粗さRaが小さくなる傾向が見られる。特に、多分散度Mw/Mnが5.90に満たない試料A5では、表面粗さRaが、4.00μm以下ではあるものの、3.00μmを大きく上回っているのに対し、多分散度Mw/Mnが5.90以上である試料A1~A4においては、表面粗さRaが3.00μm未満となっている。多分散度Mw/Mnによって表される高分子成分の分子量の分布幅が大きくなるほど、樹脂組成物の押出成形加工性が向上し、得られる絶縁被覆の表面粗さが小さくなっているものと考えられる。そして、表面粗さの大きい試料A5では、試料A1~A4と比べて、耐低温特性がかなり低くなっており、耐摩耗性も比較的低い領域にある。試料A5は、用いているホモPPの種類以外において、試料A3と同じ組成を有しており、ホモPPの具体的な種類の選択により、高分子成分の多分散度Mw/Mnに代表される分子量分布が異なっていることを主な要因として、得られる絶縁被覆の外観や耐摩耗性、耐低温性に差が生じていると言える。
【0067】
試料A2~A4は、同じ成分を含有しており、ブロックPPとホモPPの含有量比において相違している。試料A2から試料A4へと、ホモPPの比率が増大するに従い、耐摩耗性が向上している。一方、試料A4から試料A2へと、ブロックPPの比率が増大するに従い、耐低温性が向上している。これらの結果から、ホモPPは、結晶性の高さにより、絶縁被覆の耐摩耗性の向上への寄与が大きいと言える。一方、ブロックPPは、絶縁電線の耐低温性の向上への寄与が大きいと言える。
【0068】
試料A1と試料A3は、添加している熱可塑性エラストマーの種類、さらに具体的には酸変性の有無において異なっている。しかし、両者の耐摩耗性および耐低温性の評価結果には、大きな差は見られない。このことから、熱可塑性エラストマーの種類は、絶縁被覆の特性に、それほど大きな差は与えないと言える。
【0069】
最後に、試料B1~B3について検討する。試料B1では、高分子成分の数平均分子量Mnが5.00×104未満となっている。そのことと対応して、耐低温性の評価において、200%以上の伸びが得られておらず、十分な耐低温性が得られていない。一方、試料B2では、PP樹脂の融解熱量が35J/g未満となっている。そのことと対応して、耐摩耗性の評価において、平均往復回数が450回に達しておらず、十分な耐摩耗性が得られていない。試料B1と試料B2は、いずれもPP樹脂としてブロックPPのみを含んでおり、そのブロックPPの種類が異なっているが、いずれにおいても、十分な耐摩耗性と耐低温性を両立することができていない。試料B3は、ホモPPのみをPP樹脂として含むものであるが、流動性が著しく低いことにより、押し出し成形による絶縁被覆への加工を行うことができていない。単独のPP樹脂の選択のみによって、高い耐摩耗性と耐低温性を両立する絶縁被覆を得ることは、十分な大きさの融解熱量と数平均分子量Mnをともに有するPP樹脂を選択しないかぎり、困難であると言える。
【0070】
以上、本開示の実施の形態について詳細に説明したが、本発明は上記実施の形態に何ら限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲で種々の改変が可能である。
【符号の説明】
【0071】
10 絶縁電線
12 電線導体
12a 素線
14 絶縁被覆