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特許7359046金属材、接続端子、および金属材の製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-10-02
(45)【発行日】2023-10-11
(54)【発明の名称】金属材、接続端子、および金属材の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C25D 7/00 20060101AFI20231003BHJP
   H01R 13/03 20060101ALI20231003BHJP
   C25D 5/12 20060101ALI20231003BHJP
   C25D 5/50 20060101ALI20231003BHJP
【FI】
C25D7/00 H
H01R13/03 D
C25D5/12
C25D5/50
【請求項の数】 16
(21)【出願番号】P 2020041485
(22)【出願日】2020-03-11
(65)【公開番号】P2021143363
(43)【公開日】2021-09-24
【審査請求日】2022-09-30
(73)【特許権者】
【識別番号】395011665
【氏名又は名称】株式会社オートネットワーク技術研究所
(73)【特許権者】
【識別番号】000183406
【氏名又は名称】住友電装株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】000002130
【氏名又は名称】住友電気工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002158
【氏名又は名称】弁理士法人上野特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】剱持 亮
(72)【発明者】
【氏名】古川 欣吾
【審査官】岡田 隆介
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2015/068835(WO,A1)
【文献】特開平11-350188(JP,A)
【文献】特開2020-111796(JP,A)
【文献】特開2020-056055(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C25D 5/50
C25D 7/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材と、
前記基材の表面を被覆するAg-Sn被覆層と、
Snの層、または不可避的不純物とみなしうる量以上にはAgを含有しないSn合金の層として構成されたSn被覆層と、を有し、
前記Ag-Sn被覆層が形成された領域と、前記Sn被覆層が前記基材の表面を被覆している領域とが、前記基材の表面の異なる位置に形成されており、
前記Ag-Sn被覆層は、AgおよびSnを含有し、表面にAg-Sn合金を露出させており、
前記Ag-Sn被覆層の表面に平行な断面において、平均結晶粒径が、0.28μm未満であり、最大結晶粒径が、0.8μm以下である、金属材。
【請求項2】
前記Ag-Sn被覆層の表面に平行な断面における結晶粒の方位について、最も大きな割合を占める方位からのずれ角度の頻度値が、前記ずれ角度の全域において、2.5%以下である、請求項1に記載の金属材。
【請求項3】
前記Ag-Sn被覆層の表面の硬さは、180Hv以上、240Hv以下である、請求項1または請求項のいずれか1項に記載の金属材。
【請求項4】
温度85℃、湿度85%RHの環境に480時間放置した際に、前記Ag-Sn被覆層の表面から深さ20nmの位置における酸素の濃度が、20原子%以下となっている、請求項1から請求項のいずれか1項に記載の金属材。
【請求項5】
温度85℃、湿度85%RHの環境に480時間放置した際に、前記Ag-Sn被覆層の表面に、Ag粒子が形成されない、請求項1から請求項のいずれか1項に記載の金属材。
【請求項6】
前記基材は、CuまたはCu合金より構成され、
前記金属材はさらに、前記基材と前記Ag-Sn被覆層の間に、NiまたはNi合金より構成された中間層を有している、請求項1から請求項のいずれか1項に記載の金属材。
【請求項7】
前記Ag-Sn被覆層が形成された領域と、
前記Sn被覆層が、前記基材の表面を被覆している領域とが、
前記基材の表面の異なる位置において、連続した共通の前記中間層の表面に形成されている、請求項に記載の金属材。
【請求項8】
前記金属材は、さらに、前記Ag-Sn被覆層と、前記中間層の間に、Agストライク層を有している、請求項または請求項に記載の金属材。
【請求項9】
請求項1から請求項のいずれか1項に記載の金属材より構成され、
少なくとも、相手方導電部材と電気的に接触する接点部において、前記基材の表面に前記Ag-Sn被覆層が形成されている、接続端子。
【請求項10】
前記接続端子は、長尺状に形成されており、
前記接続端子の長手方向の一端に、前記Ag-Sn被覆層を備えた第一の接点部を有し、
前記接続端子の長手方向の他端に、前記Sn被覆層を備えた第二の接点部を有する、請求項に記載の接続端子。
【請求項11】
前記接続端子は、プレスフィット端子として構成されており、
該プレスフィット端子がスルーホールに挿入された際に、スルーホールの内周面と接触する箇所に、前記Ag-Sn被覆層を有する、請求項または請求項10に記載の接続端子。
【請求項12】
前記接続端子を、内周面にSn層を有する前記スルーホールに挿入する際の挿入力について、50℃で155日間にわたって大気中に前記接続端子を放置した際の変化量が、初期状態の値に対して20%以下に抑えられている、請求項11に記載の接続端子。
【請求項13】
前記接続端子を、内周面にSn層を有する前記スルーホールに挿入した状態から抜き去る際の最大保持力について、50℃で155日間にわたって大気中に前記接続端子を放置した際の変化量が、初期状態の値に対して20%以下に抑えられている、請求項11または請求項12に記載の接続端子。
【請求項14】
前記接続端子を、内周面にSn層を有する前記スルーホールに挿入した状態から抜き去る際の凝着ピークの高さについて、50℃で155日間にわたって前記接続端子を大気中に放置した際の変化量が、初期状態の値に対して35%以下に抑えられている、請求項11から請求項13のいずれか1項に記載の接続端子。
【請求項15】
基材の表面に、AgとSnを含む金属層を形成した後、
Snの融点以上の温度で加熱して、前記Ag-Sn被覆層を形成する工程を含み、請求項1から請求項のいずれか1項に記載の金属材を製造する、金属材の製造方法。
【請求項16】
前記基材の表面の一部の領域である第一領域に、AgとSnを含む金属層を形成するとともに、
前記基材の表面の前記第一領域と異なる領域である第二領域に、Snの層、または不可避的不純物とみなしうる量以上にはAgを含有しないSn合金の層を形成した後に、
前記第一領域および第二領域をともにSnの融点以上の温度に加熱する、請求項15に記載の金属材の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、金属材、接続端子、および金属材の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車において、大電流用の電気接続端子として、Agめっき端子が用いられる場合がある。Agめっき端子は、耐熱性や耐食性、電気伝導性に優れる一方、Agが軟らかく凝着を起こしやすい性質を有することに起因し、表面の摩擦係数が高くなりやすい。電気接続端子において、表面の摩擦係数が高くなると、相手方の接続端子に対する挿抜の際等、摺動に要する力が大きくなってしまう。
【0003】
そこで、Agの優れた耐熱性や電気伝導性を利用しながら、摩擦係数を低く抑えるための手段の1つとして、Ag-Sn合金の層が形成される場合がある。Ag-Sn合金は、Agよりも硬く、凝着も起こしにくいため、電気接続端子等の金属部材において、最表面に露出させた形態や、Ag層等、他の金属層の下層に配置した形態とすることで、金属材の表面の摩擦係数を低く抑える効果を発揮する。Ag-Sn合金の層を含む金属材は、例えば、下記の特許文献1~5に開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2008-50695号公報
【文献】特開2010-138452号公報
【文献】特開2013-231228号公報
【文献】国際公開第2015/083547号
【文献】特開2017-162598号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
Ag-Sn合金層を、接続端子等の金属部材の最表面に露出させて設けておくことで、摩擦の低減等、Ag-Sn合金層によって発揮される効果を、大きく享受することができる。しかし、Ag-Sn合金層は、空気中の硫黄分によって、硫化を受け、表面が黒く変色してしまう可能性がある。特に、金属部材が、長時間の保管や使用を経た場合に、Ag-Sn合金層が、硫化による黒変を起こしやすい。硫化による黒変は、接続端子等としての金属部材の性能に、直ちに影響を与えるものとはなりにくいが、使用者等に、特性への影響を疑念させる要因となる可能性があり、抑制することが好ましい。
【0006】
そこで、Ag-Sn合金層を最表面に露出させていても、硫化による黒変を起こしにくい金属材および接続端子を提供すること、またそのような金属材を製造することができる金属材の製造方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本開示の第一の金属材は、基材と、前記基材の表面を被覆するAg-Sn被覆層と、を有し、前記Ag-Sn被覆層は、AgおよびSnを含有し、表面にAg-Sn合金を露出させており、前記Ag-Sn被覆層の表面に平行な断面における平均結晶粒径が、0.28μm未満である。
【0008】
本開示の第二の金属材は、AgとSnを含む金属層を基材の表面に形成し、Snの融点以上の温度で加熱して製造され、AgおよびSnを含有し、表面にAg-Sn合金を露出させたAg-Sn被覆層を、前記基材の表面に有するものである。
【0009】
本開示の接続端子は、前記第一の金属材または前記第二の金属材より構成され、少なくとも、相手方導電部材と電気的に接触する接点部において、前記基材の表面に前記Ag-Sn被覆層が形成されている。
【0010】
本開示の金属材の製造方法は、基材の表面に、AgとSnを含む金属層を形成した後、Snの融点以上の温度で加熱して、前記第一の金属材または前記第二の金属材を製造するものである。
【発明の効果】
【0011】
本開示にかかる金属材および接続端子は、Ag-Sn合金層を最表面に露出させていても、硫化による黒変を起こしにくい。また、本開示にかかる金属材の製造方法は、そのような金属材を製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1図1は、本開示の一実施形態にかかる金属材の断面を示す模式図である。
図2図2は、本開示の一実施形態にかかる接続端子を示す正面図である。
図3図3は、上記接続端子を含むコネクタの一例を示す断面図である。
図4図4A,4Bは、それぞれ、リフロー加熱を経ていない試料1およびリフロー加熱を経た試料2にかかる金属材について、表面のSEM像(二次電子像)を示している。上段に低倍率像(20,000×)、下段に高倍率像(50,000×)を示している。
図5図5A,5Bは、試料1および試料2にかかる金属材ついて、EBSDによる結晶粒分布像を示している。図5Aは表面に垂直な断面を、図5Bは表面に平行な断面を示している。さらに、図5Cに、表面に平行な断面における粒度分布を、棒グラフにて表示している。
図6図6A~6Cは、試料1および試料2にかかる金属材について、表面に平行な断面における、EBSDによる方位解析の結果を示している。図6Aは、指定方位分布、図6Bは塑性歪み分布を示している。図6Cは、試料1,2について、指定方位からのずれ角度の頻度分布を表示している。
図7図7は、試料1,2にかかる金属材について、硬さの測定結果を示す図である。それぞれ、Agストライク層を形成した場合と、形成しない場合について、測定結果を示している。
図8図8A,8Bは、それぞれ試料1にかかる接続端子と、試料2にかかる接続端子について、中温条件にて155日を経た後の撮影像を示している。
図9図9A,9Bは、それぞれ試料1,2にかかる金属材について、初期状態および高温高湿条件にて480時間を経た状態における断面を観察したSEM像(二次電子像)を示している。
図10図10A,10Bは、試料1,2にかかる金属材について、初期状態において測定された深さ分析XPS測定の結果を示す図である。図10AにはAgMVVオージェ領域、図10BにはSn3d光電子領域を表示している。
図11図11A,11Bは、それぞれ試料1,2にかかる金属材について、深さ分析XPSで得られた、O,Ag,Snの濃度の深さ分布を示す図である。
図12図12A図12Bは、スルーホールに対する端子挿抜時に測定された変位荷重曲線の一例を示している。それぞれ高温高湿条件で480時間を経た試料2について、図12Aは端子挿入時、図12Bは端子抜去時の挙動を示している。
図13図13A~13Cは、試料1および試料2にかかる接続端子の挿抜にかかる特性を、初期状態、また中温条件および高温高湿条件を経た状態について、ボックスプロットにて示す図である。図13Aは挿入力、図13Bは最大保持力、図13Cは凝着ピーク高さを示している。
図14図14A~14Cは、試料1および試料2にかかる接続端子について、高温高湿条件を経た際の挿抜にかかる特性の変化を示す図である。図14Aは挿入力、図14Bは最大保持力、図14Cは凝着ピーク高さを示している。
【発明を実施するための形態】
【0013】
[本開示の実施形態の説明]
最初に本開示の実施形態を列記して説明する。
【0014】
本開示にかかる第一の金属材は、基材と、前記基材の表面を被覆するAg-Sn被覆層と、を有し、前記Ag-Sn被覆層は、AgおよびSnを含有し、表面にAg-Sn合金を露出させており、前記Ag-Sn被覆層の表面に平行な断面における平均結晶粒径が、0.28μm未満である。
【0015】
上記第一の金属材においては、Ag-Sn被覆層の平均結晶粒径が、0.28μm未満に抑えられている。そのような小さな結晶粒径は、AgとSnを含む層が、Snの融点以上の温度で加熱を受けた際に、合金化の進行と結晶性の向上に伴って、得ることができる。合金化の進行および結晶性の向上を経たAg-Sn被覆層においては、Agが空気中の硫黄分と反応して硫化を起こしにくい状態となっている。そのため、Ag-Sn被覆層は、長い時間の経過や加熱を経ても、硫化による黒変を起こしにくい。また、硫化のみならず、酸化も抑制される。
【0016】
本開示にかかる第二の金属材は、AgとSnを含む金属層を基材の表面に形成し、Snの融点以上の温度で加熱して製造され、AgおよびSnを含有し、表面にAg-Sn合金を露出させたAg-Sn被覆層を、前記基材の表面に有するものである。
【0017】
上記第二の金属材は、AgとSnを含む金属層をSnの融点以上の温度で加熱して得られるものである。Snの融点以上の温度での加熱を経ることで、AgとSnを含む金属層において、AgとSnの間の合金化が十分に進行するとともに、形成されたAg-Sn合金の結晶性が向上する。すると、Ag-Sn被覆層において、Agが空気中の硫黄分と反応して硫化を起こしにくい状態となる。その結果として、Ag-Sn層は、長い時間の経過や加熱を経ても、硫化による黒変を起こしにくいものとなる。また、硫化のみならず、酸化も抑制される。
【0018】
ここで、上記第一の金属材および第二の金属材において、前記Ag-Sn被覆層の表面に平行な断面における最大結晶粒径は、0.8μm以下であるとよい。Ag-Sn被覆層が、粒径の小さい結晶粒の集合体として構成されていることは、層内の結晶性が向上されていることの指標となる。最大結晶粒径が0.8μm以下となる水準にまで、Ag-Sn層の結晶性が向上されていることにより、表面の硫化を効果的に抑制することができる。
【0019】
前記Ag-Sn被覆層の表面に平行な断面における結晶粒の方位について、最も大きな割合を占める方位からのずれ角度の頻度値が、前記ずれ角度の全域において、2.5%以下であるとよい。最頻の方位からのずれ角度が、広い角度範囲にわたって均一性高く分散していることは、Ag-Sn被覆層内の残留応力が小さくなり、結晶性が高くなっていることを示しており、Ag-Sn被覆層が硫化を起こしにくい状態にあることの、良い指標となる。
【0020】
前記Ag-Sn被覆層が形成された領域と、前記Ag-Sn被覆層が形成されず、Snの層、または不可避的不純物としてのAg以外を含有しないSn合金の層として構成されたSn被覆層が、前記基材の表面を被覆している領域とが、前記基材の表面の異なる位置に形成されているとよい。すると、共通の金属材の異なる領域で、Ag-Sn被覆層が有する特性と、Sn被覆層が有する特性を、それぞれ利用することができる。本開示にかかる金属材のAg-Sn被覆層は、AgとSnを含む層をSnの融点以上の温度で加熱することで、好適に作製することができるが、同一の基材上に、Sn被覆層と、AgとSnを含む層を共存させて、Snの融点以上の温度に加熱することで、Sn被覆層のリフロー処理と、Ag-Sn被覆層の形成および硫化抑制処理とを、同時に行うことができる。
【0021】
前記Ag-Sn被覆層の表面の硬さは、180Hv以上、240Hv以下であるとよい。本開示にかかる金属材のAg-Sn被覆層は、AgとSnを含む層をSnの融点以上の温度で加熱することで、好適に作製することができるが、加熱により、Ag-Sn被覆層の硬度が低くなる可能性がある。しかし、180Hv以上の硬度を維持することで、Ag-Sn被覆層が、十分な材料強度を保持し、また、摩擦の低減等、Ag-Sn合金の特性を、十分に発揮することができる。
【0022】
温度85℃、湿度85%RHの環境に480時間放置した際に、前記Ag-Sn被覆層の表面から深さ20nmの位置における酸素の濃度が、20原子%以下となっているとよい。Ag-Sn被覆層は、合金化が進行し、結晶性が向上していることにより、高温の条件においても、酸化が進行しにくくなっており、上記環境での放置を経ても、20nmの深さ位置における酸素濃度を、20原子%以下の水準に抑えることができる。酸化が進行しにくいことで、摩擦の低減等、Ag-Sn合金の特性が、長期にわたって維持される。また、酸化が進行しにくいことは、硫化も進行しにくいことを示唆する指標となる。
【0023】
温度85℃、湿度85%RHの環境に480時間放置した際に、前記Ag-Sn被覆層の表面に、Ag粒子が形成されないとよい。Ag-Sn合金を含む層の合金化と結晶性の向上が十分に進行していないと、高温環境に置かれた際に、層表面にAg粒子が形成されやすいが、本開示にかかる金属材のAg-Sn被覆層においては、既に十分に合金化が進行し、結晶性が向上していることにより、高温条件に置かれても、Ag粒子が生成しにくい。よって、Ag-Sn被覆層が、長期にわたって、その特性を維持することができる。
【0024】
前記基材は、CuまたはCu合金より構成され、前記金属材はさらに、前記基材と前記Ag-Sn被覆層の間に、NiまたはNi合金より構成された中間層を有しているとよい。CuまたはCu合金を基材とする金属材は、接続端子等、電気接続部材の構成材料として、好適に用いることができる。Ag-Sn被覆層と基材との間に、NiまたはNi合金の中間層が形成されることで、高温環境下で、基材からAg-Sn被覆層へと基材のCu原子が拡散し、電気接続特性等、Ag-Sn被覆層の特性に影響を与えるのを、抑制することができる。
【0025】
前記Ag-Sn被覆層が形成された領域と、前記Ag-Sn被覆層が形成されず、Snの層、または不可避的不純物としてのAg以外を含有しないSn合金の層として構成されたSn被覆層が、前記基材の表面を被覆している領域とが、前記基材の表面の異なる位置において、連続した共通の前記中間層の表面に形成されているとよい。Sn被覆層は、電気接続部材の表面被覆層として、多用されるものであり、CuまたはCu合金より構成された共通の基材の表面に、Ag-Sn被覆層とSn被覆層を設けることで、それぞれが有する特性を、接続端子等、電気接続部材の異なる箇所で、ともに利用することができる。NiまたはNi合金より構成された中間層は、Ag-Sn被覆層に対しても、Sn被覆層に対しても、基材からのCu原子の拡散を抑制する効果を示す。
【0026】
前記金属材は、さらに、前記Ag-Sn被覆層と、前記中間層の間に、Agストライク層を有しているとよい。すると、基材および中間層に対するAg-Sn被覆層の密着性を高めることができる。ストライク層の存在は、硬度等、Ag-Sn被覆層の特性に対して、ほぼ影響を与えない。
【0027】
本開示にかかる接続端子は、前記金属材より構成され、少なくとも、相手方導電部材と電気的に接触する接点部において、前記基材の表面に前記Ag-Sn被覆層が形成されている。
【0028】
上記接続端子は、接点部の表面に、上記のAg-Sn被覆層を有している。Ag-Sn被覆層が、合金化が進行し、結晶性が高められた状態にあることにより、硫化が進行しにくい状態となっているため、接続端子が長時間にわたり、また高温の環境で、保管または使用されたとしても、硫化による表面の黒変や酸化等の変質を起こしにくい。また、相手方導電部材との間で摺動させた時の挙動等、接続端子としての特性においても、大きな変化を起こしにくい。
【0029】
ここで、前記接続端子は、長尺状に形成されており、前記接続端子の長手方向の一端に、前記Ag-Sn被覆層を備えた第一の接点部を有し、前記接続端子の長手方向の他端に、Snの層、または不可避的不純物としてのAg以外を含有しないSn合金の層として構成されたSn被覆層を備えた第二の接点部を有するとよい。第一の接点部と第二の接点部を両端に有する接続端子は、2つの異なる導電部材の間を電気的に接続する用途に、好適に用いることができる。この際、Ag-Sn被覆層が設けられた第一の接点部と、Sn被覆層が設けられた第二の接点部において、それぞれの被覆層が有する特性を、それぞれの相手方導電部材との接続に利用することができる。接続端子の製造工程において、AgとSnを含む層を第一の接点部となる位置に設け、Sn被覆層を第二の接点部となる位置に設けた状態で、接続端子を構成する材料全体をスズの融点以上に加熱することで、硫化が抑制されたAg-Sn被覆層と、リフロー処理によってウィスカの発生が抑制されたSn被覆層を有する接続端子を得ることができる。
【0030】
前記接続端子は、プレスフィット端子として構成されており、該プレスフィット端子がスルーホールに挿入された際に、スルーホールの内周面と接触する箇所に、前記Ag-Sn被覆層を有するとよい。すると、Ag-Sn被覆層が有する、低摩擦係数、高耐熱性等の特性を、プレスフィット端子とスルーホールの間の接続に、好適に利用することができる。
【0031】
この場合に、前記接続端子を、内周面にSn層を有する前記スルーホールに挿入する際の挿入力について、50℃で155日間にわたって大気中に前記接続端子を放置した際の変化量が、初期状態の値に対して20%以下に抑えられているとよい。また、前記接続端子を、内周面にSn層を有する前記スルーホールに挿入した状態から抜き去る際の最大保持力について、50℃で155日間にわたって大気中に前記接続端子を放置した際の変化量が、初期状態の値に対して20%以下に抑えられているとよい。さらに、前記接続端子を、内周面にSn層を有する前記スルーホールに挿入した状態から抜き去る際の凝着ピークの高さについて、50℃で155日間にわたって前記接続端子を大気中に放置した際の変化量が、初期状態の値に対して35%以下に抑えられているとよい。プレスフィット端子として構成された接続端子の表面に設けられたAg-Sn被覆層は、合金化の進行と結晶性の向上を経て、安定化した状態にあることと対応して、高温環境を経ても、スルーホールに対する挿抜時の特性に生じる変化が、上記のような低い水準に抑えられる。その結果、長期間の保管や使用を経ても、プレスフィット端子としての特性を、高度に維持することができる。
【0032】
本開示にかかる金属材の製造方法は、基材の表面に、AgとSnを含む金属層を形成した後、Snの融点以上の温度で加熱して、前記金属材を製造するものである。
【0033】
上記金属材の製造方法においては、AgとSnを含む層を形成した後、Snの融点以上の温度への加熱を行っている。この加熱処理によって、合金化が十分に進行するとともに、層内の結晶性が向上する。その結果、空気中の硫黄分による硫化を受けにくいAg-Sn合金の層を備えた金属材を、好適に製造することができる。
【0034】
ここで、前記基材の表面の一部の領域である第一領域に、AgとSnを含む金属層を形成するととともに、前記基材の表面の前記第一領域と異なる領域である第二領域に、Snの層、または不可避的不純物としてのAg以外を含有しないSn合金の層を形成した後に、前記第一領域および第二領域をともにSnの融点以上の温度に加熱するとよい。Ag-Sn被覆層とSn被覆層を、共通の基材の異なる領域に形成した金属材は、接続端子等の材料としての需要が想定されるが、AgとSnを含む層と、Sn層またはSn合金層とを基材の異なる領域に形成し、Snの融点以上の温度に加熱することで、そのような2種の被覆層を備えた金属材を、簡便に製造することができる。Snの融点以上への加熱を経ることで、Ag-Sn被覆層は、合金化の進行と結晶性の向上により、硫化を起こしにくい状態となり、Sn被覆層は、リフロー処理を受けて、ウィスカの発生しにくい状態となる。
【0035】
[本開示の実施形態の詳細]
以下に、本開示の実施形態について、図面を用いて詳細に説明する。本明細書において、各元素の含有量(濃度)は、特記しない限り、原子%等、原子数比を単位として示すものとする。また、単体金属には、不可避的不純物を含有する場合も含むものとする。さらに、ある金属を主成分とする合金とは、その金属元素が、組成中に50原子%以上含まれる合金を指すものとする。本明細書において、単に「断面」と称する場合には、金属材の表面に垂直な断面を指すものとし、表面に平行な断面を指す場合には、別途指定する。
【0036】
<金属材および接続端子の概略>
まず、本開示の一実施形態にかかる金属材および接続端子について、簡単に説明する。
【0037】
(金属材)
本開示の一実施形態にかかる金属材は、金属材料を積層した構造を有している。本開示の一実施形態にかかる金属材は、いかなる金属部材を構成するものであってもよいが、接続端子等、電気接続部材を構成する材料として、好適に利用することができる。
【0038】
図1に、本開示の一実施形態にかかる金属材1の構成の例を示す。金属材1は、基材11と、基材11の表面を被覆し、最表面に露出したAg-Sn被覆層14と、を有している。さらに、基材11とAg-Sn被覆層14との間には、中間層12およびAgストライク層13が設けられていることが好ましい。中間層12は、基材11の表面に接触して設けられ、その中間層12とAg-Sn被覆層14との間に、Agストライク層13が設けられる。
【0039】
基材11は、板状等、任意の形状の金属材料より構成することができる。基材11を構成する材料は、特に限定されるものではないが、金属材1が、接続端子等、電気接続部材を構成するものである場合には、基材11を構成する材料として、CuまたはCu合金、AlまたはAl合金、FeまたはFe合金等を、好適に用いることができる。中でも、電気伝導性に優れたCuまたはCu合金を、好適に用いることができる。
【0040】
Ag-Sn被覆層14については、後に詳しく説明するが、Ag-Sn被覆層14は、AgおよびSnを含有する金属層であり、好ましくは、不可避的不純物を除いて、AgとSnのみを含有する金属層として構成される。Ag-Sn被覆層14は、Ag-Sn合金を含有しており、Ag-Sn合金は、少なくともAg-Sn被覆層14の最表面に露出されている。Ag-Sn被覆層14を構成するAg-Sn合金の具体的な組成は、特に限定されるものではないが、合金の安定性や形成しやすさ等の観点から、AgSnの組成を有する金属間化合物を形成していることが好ましい。後述する合金化の進行および結晶性の向上を十分に達成する観点から、Ag-Sn被覆層14を構成するAg原子およびSn原子の大部分、好ましくは不可避的成分を除く全体が、Ag-Sn合金、特にAgSn合金を構成していることが好ましい。ただし、Ag-Sn被覆層14の下側(基材11側)の領域の一部を占めて、十分に合金化されていないAgやSnが残存していてもよい。
【0041】
Ag-Sn被覆層14の厚さは、特に限定されるものではないが、表面摩擦の低減等、Ag-Sn合金が有する特性を十分に発揮させる等の観点から、0.10μm以上、さらには0.25μm以上とすることが好ましい。一方、過度に厚いAg-Sn被覆層14の形成による材料コストの上昇を避ける等の観点から、Ag-Sn被覆層14の厚さは、3.0μm以下、さらには1.0μm以下であることが好ましい。
【0042】
中間層12は、基材11とAg-Sn被覆層14の間の密着性を向上させる役割や、基材11とAg-Sn被覆層14の間で、構成元素の相互拡散を抑制する役割を果たす。中間層12を構成する材料としては、Ni,Cr,Mn,Fe,Co,Cuの群より選択されるいずれか少なくとも1種を含有する金属材料を例示することができる。中間層12を構成する材料は、上記の群より選択される1種よりなる単体金属であっても、上記の群より選択される1種または2種以上の金属元素を含有する合金であってもよい。基材11がCuまたはCu合金より構成される場合に、中間層12は、特に、NiまたはNiを主成分とする合金より構成されることが好ましい。この場合には、中間層12によって、基材11のCu原子がAg-Sn被覆層14に拡散するのを、効果的に抑制することができる。中間層12の厚さは、特に限定されるものではないが、1.0μm以上、また5.0μm以下とする形態を、好適なものとして例示することができる。
【0043】
Agストライク層13は、AgまたはAgを主成分とする合金(Ag-Sn合金を除く)より構成される薄層である。Agストライク層13は、Ag-Sn被覆層14と、基材11および中間層12との間の密着性を高める役割を果たす。Agストライク層13の厚さも、特に限定されるものではないが、0.01μm以上、また0.1μm以下とする形態を、好適なものとして例示することができる。
【0044】
金属材1においては、各層の有する特性を大きく損なわないかぎりにおいて、積層された各層の界面またはその近傍に、両側の層の成分元素が合金を形成していてもよい。また、Ag-Sn被覆層14の特性を損なわない範囲において、金属材1の最表面に露出したAg-Sn被覆層14の上に、有機層等の薄膜(不図示)を設けてもよい。
【0045】
本実施形態にかかる金属材1において、Ag-Sn被覆層14(および中間層12、Agストライク層13)は、基材11の表面の全域を被覆していても、基材11の表面のうち一部の領域のみを被覆していてもよい。Ag-Sn被覆層14が基材11の表面の一部の領域のみを占める場合に、Ag-Sn被覆層14に占められない領域の一部または全体に、Ag-Sn被覆層14とは異なる金属層が形成されてもよい。すると、金属材1において、Ag-Sn被覆層14が有する特性と、他の金属層が有する特性とを、基材11の表面の異なる領域で利用することができる。
【0046】
共通の基材11の表面にAg-Sn被覆層14と他の金属層が共存する形態の好適な例として、基材11の表面の相互に異なる位置を占めて、Ag-Sn被覆層14が形成された領域と、Ag-Sn被覆層14が形成されず、Sn被覆層15が形成された領域とが、共存している形態を挙げることができる。Sn被覆層15は、不可避的不純物を除いてSnのみよりなるSn層、あるいは、不可避的不純物としてのAg以外を含有しない(不可避的不純物とみなしうる量以上にはAgを含有しない)Sn合金の層として構成される。このように、Ag-Sn被覆層14とSn被覆層15が共存する場合に、図1に示すように、基材11の表面に、連続した金属層として、NiまたはNi合金の中間層12が形成されており、その共通の中間層12の表面に、異なる領域を占めて、Ag-Sn被覆層14(およびAgストライク層13)と、Sn被覆層15とが形成されている形態が好ましい。
【0047】
(接続端子)
次に、本開示の一実施形態にかかる接続端子について説明する。本開示の一実施形態にかかる接続端子は、上記実施形態にかかる金属材1を用いて構成されており、少なくとも、相手方導電部材と電気的に接触する接点部の表面に、Ag-Sn被覆層14(および中間層12、Agストライク層13)を有する。
【0048】
接続端子の表面において、少なくとも接点部にAg-Sn被覆層14が形成されていれば、Ag-Sn被覆層14は、接続端子の表面全体を被覆していても、一部の領域のみを被覆していてもよい。好ましくは、接続端子が、複数の接点部を有し、それらの接点部の少なくとも1つの表面に、Ag-Sn被覆層14が形成され、別の接点部の表面に、他の金属層が形成されているとよい。例えば、接続端子が長尺状に形成されており、長手方向の一端にAg-Sn被覆層14を備えた第一の接点部を有し、他端にSn被覆層15が形成された第二の接点部を有する形態が好適である。
【0049】
接続端子の具体的な種類や形状は、特に限定されるものではないが、図2,3に示すようなプレスフィット端子2である場合を、好適な例として挙げることができる。プレスフィット端子2は、長尺状の電気接続端子であり、一端に、プリント回路基板のスルーホールに圧入接続される基板接続部20を有し、他端に、相手方接続端子と嵌合等によって接続される端子接続部25を有している。図示した例では、端子接続部25は、雄型の嵌合端子の形状を有している。
【0050】
基板接続部20は、スルーホールに圧入接続される部分に、1対の膨出片21,21を有している。膨出片21,21は、プレスフィット端子2の軸線方向(図2の縦方向)と直交する方向に互いに離れるように、略円弧状に膨出した形状を有している。膨出片21,21の膨出方向の外側面において、最も外側に突出した頂部が、スルーホールに挿入された際に、スルーホールの内周面に接触する接点部22,22となる。
【0051】
プレスフィット端子2は、図3に示すような基板用コネクタ(PCBコネクタ)3として好適に用いることができる。基板用コネクタ3においては、複数のプレスフィット端子2が並べて配置され、樹脂材料製のコネクタハウジング31に固定されている。プレスフィット端子2は、基板接続部20と端子接続部25の間の部位で適宜曲げられてもよい。
【0052】
プレスフィット端子2においては、基板接続部20の膨出片21,21の接点部22,22が、第一の接点部となっており、接点部22,22を含む基板接続部20の表面に、Ag-Sn被覆層14が形成されている。一方、端子接続部25を構成する雄型嵌合端子の表面が、第二の接点部となっており、その端子接続部25の表面に、Sn被覆層15が構成されている。基板接続部20および端子接続部25のそれぞれと、相手方部材との間の挿入力を低減する観点から、スルーホールに圧入接続される基板接続部20の方には、Ag-Sn被覆層14が形成されていることが好ましく、雌型嵌合端子と嵌合接続される端子接続部25の方には、Sn被覆層15が形成されていることが好ましい。
【0053】
<金属材の製造方法>
ここで、上記金属材1の製造方法について説明する。上記の金属材1においては、AgとSnをともに含むAg-Sn前駆層を形成した後、Snの融点(232℃)以上の温度で加熱を行うことで、Ag-Sn被覆層14を形成することができる。
【0054】
具体的には、基材11の表面に、まず、めっき法等によって、適宜、中間層12およびAgストライク層13を形成したうえで、AgとSnをともに含むAg-Sn前駆層を形成する。Ag-Sn前駆層の形成は、AgとSnを含む金属層を形成したうえで、適宜AgとSnを合金化させることで、行うことができる。AgとSnを含む金属層としては、単一の層にAgとSnを共に含むものであっても、Agを含む層とSnを含む層とが積層されたものであってもよい。AgとSnを共に含む単一の層は、例えば、AgとSnをともに含むめっき液を用いて、共析によって形成することができる。この場合、めっき液におけるAgおよびSnの含有量を、形成するAg-Sn被覆層14において所望される合金組成に基づいて、適宜定めればよい。一方、Agを含む層とSnを含む層とが積層された構造は、めっき法等によって、Ag層とSn層を順次形成することで、作製することができる。この場合、Ag層とSn層の積層順および積層数は、特に限定されるものではないが、Sn層を1層形成した上に、Ag層を1層形成する形態を、好適に例示することができる。Sn層とAg層の厚さは、形成するAg-Sn被覆層14において所望される合金組成および厚さに基づいて、適宜定めればよい。
【0055】
単一の層内または相互に積層された複数の層にAgとSnを含む金属層においては、特段の加熱等の処理を経なくても、AgとSnの少なくとも一部において、合金化が進行する場合が多い。特に、単一の層内にAgとSnが共存する場合には、合金化が進行しやすい。よって、単一の層または複数の層の積層構造として形成したAgとSnを含む金属層を、そのままAg-Sn前駆層としてもよいが、適宜、金属層を加熱して、AgとSnの合金化を進めたものを、Ag-Sn前駆層としてもよい。ただし、加熱を行う場合であっても、Ag-Sn前駆層の段階では、層内のAgおよびSnは、完全に合金化されていなくてもよい。よって、上記のように、単一の層、または複数の層の積層構造として形成されたAgとSnを含む金属層を、Snの融点未満の温度で加熱して、合金化を進める程度で十分である。合金化時の加熱温度としては、180℃以上、また230℃以下の温度を、例示することができる。
【0056】
AgとSnを含む前駆層を形成すると、その前駆層が形成された金属材1を、Snの融点以上の温度に加熱し、Ag-Sn被覆層14を形成する。この加熱により、前駆層の状態から、AgとSnの合金化がさらに進行するとともに、層内のAg-S合金の結晶性が向上する。加熱による層内の状態の変化については、後に詳しく説明する。前駆層を加熱する際の温度は、Snの融点以上であれば、特に限定されるものではないが、合金化の促進および結晶性の向上の効果を十分に得る観点から、300℃以上とすることが好ましい。一方、Ag-Sn被覆層14の軟化等、過剰な加熱による影響を抑制する観点から、400℃以下とすることが好ましい。
【0057】
図1に示すように、共通の基材11の表面の異なる領域に、Ag-Sn被覆層14とSn被覆層15を共存させた金属材1を製造する場合には、AgとSnを含むAg-Sn前駆層を第一領域に形成するとともに、SnまたはSn合金よりなるSn前駆層を第一領域と異なる第二領域に形成したうえで、両方の領域を、同時に、Snの融点以上の温度まで加熱することが好ましい。例えば、最初に、基材11の表面の全域に、NiまたはNi合金の中間層12を形成する。そして、Ag-Sn被覆層14を形成したい領域に、適宜Agストライク層13を形成したうえで、Ag-Sn前駆層を形成する。Ag-Sn前駆層の形成は、上記のように、単一の層として、または複数の層の積層構造として、AgとSnを含む金属層を形成して、適宜加熱を経て、行うことができる。一方で、Sn被覆層15を形成したい領域に、めっき法等により、Snまたは不可避的不純物としてのAg以外を含有しないSn合金よりなるSn前駆層を形成する。Ag-Sn前駆層の形成と、Sn前駆層の形成は、どのような順番で行ってもよく、基材11の表面の所定の位置に一方を形成した後に、別の所定の位置に、他方を形成すればよい。
【0058】
Ag-Sn前駆層およびSn前駆層を基材11の表面の別の位置に形成した後、基材11の全域を、Snの融点以上の温度に加熱する。この加熱により、Ag-Sn被覆層14と、Sn被覆層15を有する金属材1が得られる。上記のように、Ag-Sn前駆層をSnの融点以上の温度に加熱することで、合金化の進行と、結晶性の向上が起こる。一方、Sn前駆層をSnの融点以上に加熱する操作は、リフロー処理として一般的なものであり、表面の平滑化や、残留応力の低減によるウィスカ発生の抑制に、効果を有する。このように、金属材1の全域に対して一度に、Snの融点以上の温度に加熱するリフロー加熱を行うことで、Ag-Sn被覆層14とSn被覆層15の両方において、特性を改良することができる。加熱の手段は、特に限定されるものではなく、熱風による加熱や誘導加熱を、好適に適用することができる。
【0059】
リフロー加熱を経て得られた金属材1に対して、適宜、打ち抜きや曲げ加工等の機械加工を施すことで、接続端子等、各種金属部材を製造することができる。なお、リフロー加熱は、機械加工の後に行ってもよい。
【0060】
<Ag-Sn被覆層の状態と金属材の特性>
次に、本実施形態にかかる金属材1におけるAg-Sn被覆層14の状態と、金属材1が有する特性について説明する。
【0061】
上記のように、Ag-Sn被覆層14は、AgとSnを含み、Ag-Sn合金を最表面に露出させた層であり、Ag-Sn前駆層をSnの融点以上の温度に加熱することで(リフロー加熱)、好適に形成することができる。Ag-Sn被覆層14は、リフロー加熱を経ることで、リフロー加熱前のAg-Sn前駆層と比較して、合金化が進行するとともに、結晶性が向上した状態となる。
【0062】
Ag-Sn被覆層14においては、リフロー加熱前のAg-Sn前駆層と比較して、合金化が進行した状態となるため、合金を形成せずに残存するAgやSnが少なくなっている。また、Ag-Sn前駆層において、比較的安定性の低いAg-Sn合金を形成している場合に、AgSn合金等、より安定性の高い合金を形成するようになる。典型的には、Ag-Sn前駆層においては、Agと完全に合金化していないSnより形成されていると考えられる粒状体が、表面に多数存在するのに対し、加熱を経たAg-Sn被覆層14の表面においては、そのような粒状体が顕著に減少し、平滑な表面が得られる。例えば、Ag-Sn被覆層14の表面における粒状体の密度を、1個/μm以下、さらには0.5個/μm以下とすることができる。
【0063】
また、Ag-Sn被覆層14においては、加熱を経て、Ag-Sn前駆層よりも、含有される結晶粒の結晶粒径が小さくなる。典型的には、Ag-Sn被覆層14における結晶粒径(面積円相当径;以下でも同様)は、表面に平行な断面において、平均粒径で0.28μm未満となる。より好ましくは、その平均粒径は、0.27μm以下、さらには0.25μm以下となるとよい。また、結晶粒径の最大値は、1.1μm以下、さらには1.0μm以下、0.8μm以下となるとよい。なお、Ag-Sn被覆層14における結晶粒径は、走査電子顕微鏡(SEM)による観察像や、電子線後方散乱回折法(EBSD)による結晶粒分布像に基づいて、評価することができる。
【0064】
Ag-Sn被覆層14において、リフロー加熱を経て、結晶粒径が小さくなるのは、加熱によって結晶性が向上することの結果であると考えられる。結晶性の向上により、Ag-Sn被覆層14における残留応力が低減され、それに伴って、結晶粒界の歪みが小さくなる。すると、再結晶および粒界の再配列が起こり、リフロー加熱前よりも粒径の小さい結晶粒が形成されることとなる。結晶性が向上されていることにより、結晶粒径が小さく、粒界の密度が高い状態となっていても、全体としての粒界歪みが、小さく抑えられる。
【0065】
Ag-Sn被覆層14において、残留応力が低減されていることは、結晶粒の方位の分布にも現れる。残留応力の低減に伴って、粒界の歪みが小さくなると、例えば、EBSDによって評価される結晶粒の方位の分布において、指定方位(全方位の中で最も大きな割合を占める方位)からのずれ角度の頻度値が、特定のずれ角度に集中するのではなく、広い角度範囲に、均一性高く分散するようになる。典型的には、Ag-Sn被覆層14の表面に平行な断面において、指定方位からのずれ角度の頻度値が、ずれ角度の全域において、2.5%以下、さらには2.2%以下となる。
【0066】
Ag-Sn被覆層14は、合金化の進行と結晶性の向上により、層内を安定なAg-Sn合金の結晶粒が占めるようになっており、その結果として、化学的な安定性が高められた状態となっている。つまり、Ag-Sn被覆層14を構成するAg原子やSn原子が、他の物質との間で化学反応を起こしにくくなる。特に、Ag-Sn被覆層14は、大気中の含硫黄分子による硫化や、含酸素分子による酸化、またAg原子およびSn原子の分布の変化を起こしにくくなる。
【0067】
Agは、Sと結合しやすい金属であり、Ag-Sn合金を含む層に含有されているAg原子も、硫化物を形成する場合がある。実際に、後の実施例にも示されるように、リフロー加熱を経ていないAg-Sn前駆層は、高温環境に置かれた場合や、長時間放置された場合に、硫化を起こし、表面が黒変してしまう。しかし、リフロー加熱を経たAg-Sn被覆層14においては、硫化が起こりにくくなり、高温環境や長時間の経過を経た際の表面の黒変が、顕著に抑制される。表面が黒変する程度の硫化では、Ag-Sn被覆層14の特性にまで顕著な影響が生じることは少ないが、黒変は、使用者等に、特性への影響についての疑念を抱かせる要因となる場合があり、抑制しておくことが好ましい。
【0068】
また、Ag-Sn合金を含む層が酸化を起こす場合、主にAg原子ではなくSn原子がO原子と結合するが、リフロー加熱を経たAg-Sn被覆層14は、リフロー加熱を受けていないAg-Sn前駆層と比較して、そのような酸化も起こしにくくなっている。リフロー加熱を経たAg-Sn被覆層14でも、高温高湿の雰囲気に長時間放置された場合等には、ある程度の酸化を受けるが、酸化による被覆層内へのO原子の侵入が、比較的浅い範囲に留まる。つまり、酸化膜の厚さが、大きくなりにくい。
【0069】
例えば、後の実施例に示されるように、温度85℃、湿度85%RHの空気中(以下、高温高湿条件と称する)で24時間を経ても、Ag-Sn被覆層14におけるO原子の深さ分布が、ほぼ変化せず、最表面から20nmまでの深さ位置において、O原子濃度の増加量が、初期状態に対して、10%以下、さらには5%以下に抑えられる。さらに好ましくは、最表面から深さ20nmの位置におけるO原子の濃度値が、初期状態および高温高湿条件にて24時間を経た状態において、深さ分析X線光電子分光(XPS)の検出限界以下に抑えられる。さらに、高温高湿条件で480時間を経た場合には、24時間経過時よりは酸化が進行するが、Ag-Sn被覆層14の最表面から深さ20nmの位置におけるO原子の濃度値が、20原子%以下、さらには10原子%以下に抑えられる。なお、温度85℃、湿度85%RHの高温高湿条件での24時間の経過による劣化を、大気中、室温で半年間放置した場合の劣化に対応付けることができる。つまり、高温高湿条件で24時間、さらには480時間を経ても、Ag-Sn被覆層14の酸化の進行が低水準に抑えられていることは、半年間や10年間という長期の保管を大気中で経ても、Ag-Sn被覆層14が、酸化の影響を大きくは受けない状態に維持されることを意味する。
【0070】
さらに、Ag-Sn被覆層14は、リフロー加熱を経て、合金形成と結晶性の向上が進行していることにより、AgSnに代表されるAg-Sn合金の結晶粒を形成した状態を安定に維持しやすくなっており、層内におけるAg原子およびSn原子の濃度分布が、時間の経過によって変化を起こしにくい。例えば、高温高湿条件で24時間を経た際に、Ag-Sn被覆層14の最表面から20nmまでの深さ位置において、Ag原子の濃度の変化量が、初期状態に対して、10%以下、さらには5%以下に抑えられる。さらに、高温高湿条件で480時間を経た際に、Ag-Sn被覆層14の最表面から20nmまでの深さ位置において、Ag原子の濃度の変化量が、初期状態に対して、30%以下、さらには25%以下に抑えられる。
【0071】
Ag-Sn被覆層14においては、Ag-Sn合金の安定性により、高温環境での放置や長時間の放置を経ても、合金組成が偏った析出物が生成しにくくなっている。例えば、リフロー加熱を経ていないAg-Sn前駆層が、高温高湿条件で480時間の放置を経ると、表面に、Ag純金属に対応付けられる粒状物(Ag粒子)が析出する。一方、リフロー加熱を経たAg-Sn被覆層14においては、高温高湿条件で480時間の放置を経ても、Ag粒子をはじめ、SEMで観察可能な粒状の析出物は、表面に生成しない。
【0072】
以上のように、Ag-Sn被覆層14は、リフロー加熱を経て、合金化が進行するとともに、結晶性が向上されることに対応して、残留応力が低減された小さな結晶粒が集合した組織をとり、かつ化学的安定性が向上した状態となっている。その結果、Ag-Sn被覆層14は、長時間の放置を経ても、硫化による黒変や酸化、金属原子の分布の変化等を起こしにくく、Ag-Sn合金が有する特性を長期にわたって安定に維持することができる。
【0073】
ただし、Ag-Sn被覆層14の機械的強度については、リフロー加熱を経ることで、若干の低下が見られる。例えば、リフロー加熱を経ていないAg-Sn前駆層の表面は、240Hvを超える高い硬度を示しうるのに対し、リフロー加熱を経たAg-Sn被覆層14の硬度は、240Hv以下となる場合が多い。しかし、硬度の低下の程度は、低く抑えられ、加熱を経たAg-Sn被覆層14も、180Hv以上、さらには200Hv以上の硬度を維持することができる。それらの硬度は、接続端子等、表面において摺動を行う電気接続部材が有すべき硬度として、十分に高いものである。そのように、Ag-Sn被覆層14の硬度の低下が低く抑えられることで、次に説明するように、Ag-Sn被覆層14を有する接続端子において、高い特性を発揮することができる。
【0074】
<接続端子の特性>
最後に、Ag-Sn被覆層14を有する接続端子の特性として、図2,3に示すような、基板接続部20の表面にAg-Sn被覆層14が形成されたプレスフィット端子2について、スルーホールに対する挿抜時の特性について説明する。
【0075】
上記のように、リフロー加熱を経ても、Ag-Sn被覆層14において、硬度等の機械的強度が高い水準に維持されることと対応して、プレスフィット端子2を挿抜する際の、摩擦現象に関連する挙動が、良好な状態に維持される。例えば、プレスフィット端子2の基板接続部20をスルーホール(内周面にSnの層を有する;以下においても同じ)に対して挿入する際の挿入力(図12AのA1;挿入時の荷重の最大値)が、リフロー加熱を経たAg-Sn被覆層14において、リフロー加熱を経る前のAg-Sn前駆層の値に対して、5%以下の増加量に抑えられる。さらには、リフロー加熱を経ても、挿入力が増加しない状態に維持されうる。また、端子挿入時に、Ag-Sn被覆層14の表面において、削れ(摩耗)が発生しない。挿入力は、端子挿入時の動摩擦係数との間に正の相関を有する量であり、挿入力が小さいほど、プレスフィット端子2の挿入に要する力が小さく抑えられ、好ましい。
【0076】
また、プレスフィット端子2の基板接続部20をスルーホールから抜去する際の最大保持力(図12BのA2;抜去時の荷重の最大値)が、リフロー加熱を経たAg-Sn被覆層14において、リフロー加熱を経る前のAg-Sn前駆層の値に対して、減少を起こさず、さらには、3%以上の増加量となりうる。最大保持力は、端子抜去時の静止摩擦係数との間に正の相関を有する量であり、最大保持力が大きいほど、プレスフィット端子2をスルーホールに圧入接続した状態が安定に保持され、好ましい。Ag-Sn被覆層14において、リフロー加熱を経て最大保持力が減少しないこと、さらには増大を示すことは、電気接続状態の安定な保持という点で、好適である。
【0077】
さらに、プレスフィット端子2の基板接続部20をスルーホールから抜去する際の凝着ピークの高さ(図12BのA3;抜去時の荷重ピークの高さであり、ピークトップと後の平坦域の間の荷重の差)が、リフロー加熱を経たAg-Sn被覆層14において、リフロー加熱を経る前のAg-Sn前駆層の値に対して、減少を起こさず、さらには、5%以上の増加量となりうる。凝着ピークの高さは、端子抜去時の静止摩擦係数と動摩擦係数の差との間に、正の相関を有する量であり、凝着ピークの高さが大きいほど、プレスフィット端子2をスルーホールに圧入接続した状態の安定性を高めながら、抜去時に必要な力を小さくすることができ、好ましい。Ag-Sn被覆層14において、リフロー加熱を経て凝着ピークの高さが増大することは、電気接続状態の安定な保持と抜去時に要する力の低減の両立という点で、好適である。
【0078】
以上のように、プレスフィット端子2の基板接続部20に形成されたAg-Sn被覆層14は、リフロー加熱を経た状態において、ある程度低い挿入力を有するとともに、高い最大保持力および凝着ピーク高さを有しており、Ag-Sn合金によって発揮される、挿抜に要する力の低減と、端子圧入状態の安定保持という特性を、効果的に発現するものとなる。さらに、Ag-Sn被覆層14は、合金化の進行と結晶性の向上により、高い化学的安定性を獲得していることにより、プレスフィット端子2が、長時間の放置、また高温環境での放置を経ても、それらの特性を、高い水準で維持することができる。
【0079】
具体的には、リフロー加熱を経たAg-Sn被覆層14を基板接続部20に備えたプレスフィット端子2においては、挿入力について、大気中、50℃の環境(以下、中温条件と称する場合がある)で155日間の放置を経た際の変化量(主に増加量)を、初期状態に対して20%以下、さらには10%以下に抑えることができる。また、上記高温高湿条件で480時間の放置を経た際の変化量(主に増加量)も、初期状態に対して20%以下、さらには10%以下に抑えることができる。
【0080】
最大保持力については、リフロー加熱を経たAg-Sn被覆層14において、温条件で155日間を経た際の変化量(増加量または低下量)を、初期状態に対して20%以下、さらには10%以下に抑えることができる。また、高温高湿条件で480時間を経た際の変化量(増加量または低下量)も、初期状態に対して20%以下、さらには10%以下に抑えることができる。
【0081】
凝着ピークの高さについては、リフロー加熱を経たAg-Sn被覆層14において、中温条件で155日間を経た際の変化量(主に低下量)を、初期状態に対して35%以下に抑えることができる。また、高温高湿条件で480時間を経た際の変化量(主に低下量)も、初期状態に対して35%以下、さらには10%以下に抑えることができる。
【0082】
このように、加熱環境、さらには高温かつ高湿の環境での放置を経ても、Ag-Sn被覆層14を備えたプレスフィット端子2の基板接続部20において、挿入力、最大保持力、凝着ピークの高さの変化量は、小さな値に抑えられる。このことは、長い時間の経過を経ても、Ag-Sn被覆層14の化学的状態および機械的特性が変化を受けにくく、接続端子としての当初の特性が、高度に維持されることを意味する。このように、リフロー加熱を経たAg-Sn被覆層14を有する接続端子は、長期にわたる、また高温での保管や使用を経ても、安定した特性を示す端子となる。
【0083】
一般に、Sn被覆層を接続端子の表面に形成する場合に、ウィスカの発生を抑制するために、リフロー処理を施すことが重要となる。上記で説明したプレスフィット端子2のように、同一の接続端子の表面の異なる領域に、Sn被覆層15とAg-Sn被覆層14が形成されている場合に、Sn被覆層15に対してリフロー処理を行おうとすれば、Ag-Sn被覆層14も共に、Snの融点以上の温度に加熱されることになる。以上に説明したように、Ag-Sn被覆層14は、Snの融点以上の温度で加熱を受けても、接続端子としての特性、および時間の経過や加熱を経た際の特性の変化において、著しい劣化を起こすものではない。よって、上記プレスフィット端子2のように、Sn被覆層15とAg-Sn被覆層14を異なる領域に有する金属材1より構成された接続端子を、金属材1の全域をリフロー加熱する工程を経て、簡便に製造することができる。リフロー加熱を経て、Sn被覆層15はウィスカの発生が抑えられることにより、Ag-Sn被覆層14は硫化の抑制をはじめとする化学状態の安定化が進行することにより、接続端子全体が、経時変化に対して高い耐性を示すものとなる。
【実施例
【0084】
以下、実施例を示す。なお、本発明はこれら実施例によって限定されるものではない。以下では、特記しない限り、試料の作製および評価は、大気中、室温にて行っている。
【0085】
[1]試料の作製
清浄なCu基材の表面に、電解めっき法によって、厚さ3μmのNi中間層を形成した。さらにNi中間層の表面に、Agストライクめっきを施し、厚さ0.03μmのストライク層を形成した。さらに、Agストライク層の表面に、電解めっき法によって、AgとSnを共に含む厚さ0.35μmの金属層を形成した。この試料を、350℃で15秒間加熱して、Ag-Sn合金の形成を行い、Ag-Sn前駆層を形成した。この状態を試料1とした。なお、硬さ測定のために、Agストライク層を形成しない試料も、合わせて準備した。
【0086】
次いで、試料1に対してリフロー加熱を行った。リフロー加熱は、Snの融点以上の温度である330℃にて11秒間、試料1を加熱することによって行った。リフロー加熱後のAg-Sn被覆層を有する試料を、試料2とした。
【0087】
さらに、試料1および試料2のそれぞれの金属材(板厚t=0.6mm)を原料として、図2に示す形状を有するN型プレスフィット端子を作製した。プレスフィット端子において、少なくとも基板接続部の表面には、Ag-Sn前駆層(試料1)またはAg-Sn被覆層(試料2)を配置した。合わせて、このプレスフィット端子に適合するスルーホールとして、孔径1.0mmで、内周面にSnめっき層を有するスルーホールを備えた回路基板を準備した。
【0088】
[2]初期状態におけるAg-Sn被覆層の状態の評価
(1)試験方法
上記で作製した試料1,2のそれぞれにかかる金属材に対して、SEM観察およびEBSD測定を行った。SEM観察は、金属材の表面に対して行った。EBSD測定は、金属材を表面に垂直な面で切断した試料、およびさらに金属材の表面に平行な面で切断した試料に対して行った。EBSD測定の結果から、結晶粒分布像に基づいて、結晶粒径の分布を評価するとともに、逆極点図(IPF)マップに基づいて、方位分布および塑性歪み分布に関する評価を行った。
【0089】
さらに、試料1,2のそれぞれにかかる金属材について、表面の硬さを測定した。測定には、超微小硬度計を用いた。試験荷重は100nNとし、負荷10秒、保持20秒、除荷10秒の圧下条件にて測定を行った。測定試料数は、7個とし、中央値5点を採用した(N=5)。
【0090】
(2)結果
(2-1)SEM観察
図4A,4Bに、試料1,2について、SEM像(二次電子像)を示す。図4Aは試料1、図4Bは試料2を示しており、それぞれ、上段に低倍率像(20,000×;スケールの目盛り合算が2.0μmに対応)、下段に高倍率像(50,000×;スケールの目盛り合算が1.0μmに対応)を示している。加速電圧は、いずれも5kVとしている。
【0091】
SEM像を見ると、図4Aの試料1においては、矢印で表示するもののように、視野内に、多数の明るく観察される粒状体が点在している。二次電子像において周囲より明るく観察されていることから、これらの粒状体は、下地のAg-Sn前駆層を構成するAg-Sn合金よりも平均原子量が大きいものであり、Sn、またはAg-Sn前駆層を構成するAg-Sn合金よりもSnの比率の高い合金よりなっていると推定される。試料1を構成するAg-Sn前駆層は、リフロー加熱を経ておらず、AgとSnの間の合金化が十分に進行していないことにより、このようなSn濃度の高い粒状体が表面に生成したものと考えられる。
【0092】
一方、図4Bの試料2のSEM像においては、平滑性の高い表面が観察されており、図4Aの試料1において観察されたような粒状体は、存在してはいるものの、その数は、試料1の場合と比較して、顕著に少なくなっている。上段の低倍率像において、視野内に存在する粒状体の数は、10個以下程度である。つまり、Sn濃度の高い粒状体が、Snの融点以上でのリフロー加熱によって、かなり消失していることが分かる。この結果は、リフロー加熱によって、合金化が進行して、原料として用いたSnの大部分が、Agと合金を形成し、Ag-Sn被覆層に取り込まれたものと解釈できる。試料2における粒状体の密度は、0.5個/μm以下となっていると見積もられる。
【0093】
(2-2)EBSD測定
次に、図5A,5Bに、試料1および試料2にかかる金属材ついて得られた、EBSDによるバンドコントラスト(BC)像を示す。図5Aは表面に垂直な断面を、図5Bは表面に平行な断面を示しており、それぞれ、上段に試料1を、下段に試料2を表示している。BC像は、結晶粒分布を示すものであり、図5Aのスケールバーが10μmに、図5Bのスケールバーが5μmに対応している。図5Cには、図5Bの表面に平行な断面における画像から得られた粒度分布を、棒グラフにて表示している。左側が試料1を、右側が試料2を表しており、横軸が粒径、縦軸が粒子個数を表示している。さらに、下の表1に、図5Bの画像から得られた粒度分布の代表値をまとめる。
【0094】
【表1】
【0095】
図5Aおよび図5Bの結晶粒分布像、特に図5Bの表面に平行な断面における分布像を見ると、試料1よりも試料2において、粒界の密度が高くなっており、全体に粒径の小さい結晶粒が分布している。その傾向は、図5Cの粒度分布および表1の粒径値にさらに明確に示されており、試料2の方が、粒径が小さい領域に、多数の粒子が分布している。この結果から、Ag-Sn被覆層においては、Snの融点以上の温度でのリフロー加熱を受けることで、結晶粒径が小さくなることが分かる。
【0096】
リフロー加熱による結晶粒径の変化について、さらに詳細に検討する。図5A~5Cおよび表1の結果を見ると、リフロー加熱を経た試料2における結晶粒の微細化は、主に、大きな粒径を有する結晶粒が減少する形で、起こっていることが分かる。特に、表1を見ると、試料1と試料2で、粒径の最小値は変化していないが、平均値が試料2の方で小さくなっている。さらに、粒径の最大値が、試料1から試料2へと、平均値における減少幅を超えて、顕著に小さくなっている。このことから、リフロー加熱は、Ag-Sn被覆層に対して、粒径の大きな結晶粒を解消する作用を主に及ぼすと言える。試料2において、結晶粒径は、平均値で0.28μm未満となっている。
【0097】
さらに、図6A~6Cに、試料1および試料2にかかる金属材について、表面に平行な断面における、EBSDによる方位解析の結果を示している。図6Aは、IPFマップに基づく指定方位分布、図6Bは塑性歪み分布を示しており、それぞれ左側に試料1を、右側に試料2を表示している。いずれも、スケールバーが5μmに対応している。図6Cは、試料1,2について、IPFマップに基づいて得られた、指定方位からのずれ角度の頻度を表示している。横軸は、指定方位からのずれ角度を表示しており、縦軸は、各ずれ角度における頻度を、全ずれ角度の合計を100%とした割合で、表示している。なお、指定方位とは、全方位の中で、最も大きな割合を占める方位を指し、試料1,2とも、<012>方向となっている。
【0098】
まず、図6Aの指定方位分布によると、図5Aの結晶粒分布において見られたのと同様に、試料1から試料2へとリフロー加熱を経て、結晶粒が微細化しているのが分かる。さらに、図6Bの塑性歪み分布を見ると、試料1から試料2へとリフロー加熱を経て、粒界における塑性歪みが低減されており、除歪が起こっていることが分かる。さらに、図6Cの指定方位からのずれ角度の分布を見ると、試料2において、試料1よりも、幅広い範囲に、ずれ角度が均一性高く分布するようになっている。試料1では、一部のずれ角度において、頻度値が2.5%を超えているのに対し、試料2では、ずれ角度の全域において、頻度値が2.5%以下となっている。
【0099】
以上のEBSD解析の結果は、リフロー加熱を経ることで、Ag-Sn被覆層において、残留応力が低減されるとともに、結晶粒の結晶性が向上していることを示している。このことから、図5A~5Cで明らかになったリフロー加熱による結晶粒の微細化を、Ag-Sn層内における残留応力の緩和に伴う、再結晶および結晶粒の再配列に対応づけることができる。
【0100】
(2-3)硬さ測定
図7に、試料1(左側)および試料2(右側)にかかる金属材について、硬さの測定結果を示す。それぞれ、Agストライク層を形成した場合(Agスト有)と、形成しない場合(Agスト無)について、測定された硬さ(単位:Hv)を、棒グラフにて表示している。エラーバーは、5つの試料におけるばらつきを示している。
【0101】
図7の結果によると、試料1のリフロー加熱前の状態においては、Agストライク層の有無によらず、240Hvを超える高い硬度が得られている。一方、リフロー加熱を経た試料2においては、試料1よりも硬度が低下している。つまり、リフロー加熱を経て、Ag-Sn被覆層が軟化していることが分かる。しかし、リフロー加熱後の試料2でも、硬度は、180Hv以上を維持しており、接続端子等の電気接続部材の構成材料として、十分な材料強度を保っていると言える。試料2においても、Agストライク層の有無は、Ag-Sn被覆層の硬度にほぼ影響を与えていない。
【0102】
(2-4)まとめ
以上のSEM観察およびEBSD解析、硬さ測定の結果によると、Ag-Sn被覆層において、リフロー加熱を経ることで、合金化が進行するとともに、結晶性が向上する。その結果として、Ag-Sn被覆層の化学的安定性が向上するとともに、結晶粒の微細化が起こる。結晶粒は、平均値で0.28μm未満まで小さくなる。Ag-Sn被覆層の硬さについては、リフロー加熱を経ることで、若干の低下が起こるが、180Hv以上の水準は維持する。
【0103】
[3]高温放置によるAg-Sn被覆層における変化
(1)試験方法
上記で作製した試料1,2のそれぞれにかかる金属材について、以下の2つの加速劣化条件を経た際に生じる変化を調べた。
・中温条件:大気中にて50℃で放置。
・高温高湿条件:温度85℃、湿度85%RHの空気中で放置。この条件での24時間の放置が、大気中にて室温で半年間放置した状態に対応する。480時間の放置ならば、大気中にて室温で10年間放置した状態に対応する。
【0104】
まず、硫化による黒変についての評価を行った。具体的には、試料1,2にかかる接続端子を中温条件に155日間置いた後、表面の状態を目視観察し、初期状態との比較を行った。
【0105】
さらに、高温放置後の表面の状態を確認するため、試料1,2にかかる金属材について、高温高湿条件にて24時間および480時間を経た後の断面を、SEMにて観察し、初期状態と比較した。SEM観察に際しては、エネルギー分散型X線分析(EDX)による元素分析も行った。
【0106】
さらに、高温高湿条件にて24時間および480時間を経た後の試料1,2にかかる金属材に対して、深さ分析XPS測定を行った。測定は、Al-Kα線を線源として用い、Arによって試料表面をスパッタリングしながら行った。測定結果に基づき、構成元素の濃度の深さ分布を見積もった。
【0107】
(2)結果
(2-1)接続端子の表面の観察
図8A,8Bに、試料1にかかる接続端子と、試料2にかかる接続端子について、中温条件での155日間の放置を経た後に撮影した写真を示す。図8Aが試料1、図8Bが試料2の写真である。それらの写真は、プレスフィット端子において、基板接続部と端子接続部をつなぐ直線状の部位のうち、基板接続部に隣接する位置を、拡大して撮影したものである。各写真においては、硫化による黒変が分かりやすい領域を、長方形で囲んで表示している。
【0108】
図8Aの試料1の写真においては、接続端子の黒変が、端子の長手方向に沿って、広い範囲にわたって起こっている。一方、図8Bのように、Ag-Sn被覆層に対してリフロー加熱を行った試料2においては、接続端子に黒変が起こっている範囲が、明らかに試料1の場合よりも小さくなっている。この結果は、Ag-Sn被覆層が、リフロー加熱を経ることで、大気中の硫黄分による硫化を起こしにくくなっていることを示している。リフロー加熱によって、Ag-Sn被覆層の合金化と結晶性の向上が進行することで、Ag-Sn合金の化学的安定性が向上し、Ag原子が含硫黄分子との反応を起こしにくくなったものと考えられる。
【0109】
(2-2)SEMによる観察
SEMによって、断面観察を行ったところ、観察像の掲載は省略するが、高温高湿条件で24時間を経た状態については、試料1,2とも、初期状態と比較して、Ag-Sn被覆層の断面構造に顕著な変化は見られなかった。EDXによる元素分析の結果にも、高温高湿条件で24時間を経ただけでは、大きな変化は見られなかった。
【0110】
一方、高温高湿条件で480時間を経た状態においては、初期状態と比較して、Ag-Sn被覆層の断面構造に、変化が見られた。図9A,9Bに、それぞれ試料1,2にかかる金属材について、初期状態および高温高湿条件で480時間を経た状態における断面を観察したSEM像(二次電子像)を示す。図9A,9Bのそれぞれにおいて、左側が初期状態、右側が高温高湿条件で480時間を経た状態を示している。スケールは1.0μmを示している。
【0111】
さらに、各画像中に、丸印で表示した箇所について、EDXにより、Agの濃度を計測した結果を、下の表2に示す。各画像中に符号AおよびBで表示した位置のそれぞれについて、検出されたAg濃度を表示している(単位:原子%)。
【0112】
【表2】
【0113】
まず、図9A,9Bの左側の初期状態におけるSEM像を見ると、試料1,2のいずれについても、画像中の上下方向中ほどに、中程度の明るさの帯状の層として、Ag-Sn層が明確に観察されている。Ag-Sn被覆層の層内で、EDXで解析される合金組成においては、Agの残部はほぼ全量がSnであるとみなせるが、表2に示した解析結果によると、試料1,2とも、初期状態において、Agの濃度が約80%となっており、Ag-Sn被覆層が、AgSnとみなせる合金組成を有していることが確認される。ただし、試料1に比べて、試料2の方が、Ag濃度が若干高くなっている。このAg濃度の差は、リフロー加熱によって合金化が進行したことの結果であると考えられる。なお、試料1,2のいずれにおいても、位置Aと位置Bの間で、Ag濃度はほぼ同じになっている。位置Aと位置Bは、それぞれ、画像中で、明暗のコントラストをなして隣接した領域に設定しているが、それらの領域の間で、合金組成にはほぼ差がないと言える。
【0114】
次に、各試料を高温高湿条件で480時間放置した際の変化について検討する。まず、図9Aの試料1について、初期状態(左)と高温高湿条件で480時間を経た状態(右)のSEM像を見比べると、初期状態においては、Ag-Sn層が、滑らかな面を最表面に露出させているのに対し、高温高湿条件で480時間を経た後の最表面には、矢印で表示する粒状の析出物が生じている。この粒状物の成分組成を、EDXによって確認したところ、Agが100%を占めていた。つまり、Ag純金属の粒子が、表面に析出している。試料1においては、合金形成後にリフロー加熱を経ていないことにより、AgとSnの間の合金化が十分に進行しておらず、Snと合金を形成していないAg原子や、安定性の低い合金しか形成していないAg原子が、高温高湿条件での加熱によって、表面に析出し、粒子を形成したものと考えられる。
【0115】
一方で、図9Bの試料2においては、初期状態(左)と高温高湿条件で480時間を経た状態(右)の間で、最表面の平滑度はほぼ変化しておらず、高温高湿条件を経た表面に、初期状態では存在しないかった粒子が生成するような現象は、起こっていない。つまり、リフロー加熱を経た試料2においては、リフロー加熱を経ていない試料1とは異なり、高温高湿条件を経ても、表面にAg粒子は形成されていない。この現象は、リフロー加熱を経て、Ag-Sn被覆層において、合金化が進行し、結晶性も向上することにより、Ag-Sn被覆層における合金組織の安定性が向上したことの結果であると推測される。
【0116】
表2に示したAg濃度を、初期状態と高温高湿条件で480時間を経た状態とで比較すると、試料1においては、高温高湿条件を経ることで、Ag濃度が上昇している。このAg濃度の上昇は、初期状態においては、合金化が完全には進行していなかったものの、高温高湿条件での加熱を経て、合金化が進行したことによると考えられる。一方、試料2においては、高温高湿条件を経た際のAg濃度の上昇が、ごく小さく抑えられている。この結果は、試料2においては、リフロー加熱を経ることで、Ag-Sn被覆層の合金化が高度に進行し、合金組織が十分に安定化していたため、さらに高温高湿条件での加熱を経ても、それ以上の合金化は進行しなかったものと解釈される。このように、リフロー加熱を経たAg-Sn被覆層においては、リフロー加熱によって合金組織の安定性が向上されていることにより、大気中での長い時間の経過に対応付けられる高温高湿条件に置かれても、Ag粒子の生成や、層内の合金組成の変化等、Ag-Sn被覆層の状態に変化が起こりにくく、安定な被覆構造が維持される。
【0117】
(2-3)XPSによる評価
次に、深さ分析XPSを用いて、Ag-Sn被覆層における元素分布を評価した結果について検討する。まず、例として、初期状態について、図10A,10Bに、試料1,2に対して測定された、AgおよびSnのスペクトルを示す。図10Aは、AgMVVオージェ領域を示し、図10Bは、Sn3d光電子領域(3d5/2および3d3/2)を示しいている。図10A,10Bのそれぞれにおいて、試料1の測定結果を左側に、試料2の測定結果を右側に示している。各図において、異なる深さで測定されたスペクトルを、縦に並べて表示しており、最表面からの深さ位置を、右軸に表示している(単位:nm)。下側に表示されているのが最表面側、上側に表示されているのが層内部側の測定結果である。横軸は電子の結合エネルギーである。各図には、メタル状態(0価)および酸化物状態に対応する結合エネルギーを、実線にて表示している。
【0118】
図10A,10Bのスペクトルによると、試料1,2とも、表面のごく浅い領域を含めた全域において、AgとSnの両方が観測されており、Ag-Sn被覆層の最表面にAg-Sn合金が露出していることが確認される。Agの化学シフトに着目すると、試料1,2とも、深さによらず、メタル状態に対応するピークのみが観測されており、高結合エネルギー側に、酸化物に対応付けられるピークは観測されていない。一方、Snの化学シフトに着目すると、試料1,2とも、浅い位置において、メタル状態のピークに加え、酸化物(SnOx)のピークが観測されている。このことから、試料1,2のいずれにおいても、表面酸化が起こる際に、O原子が、Ag原子ではなく、Sn原子と結合することが分かる。スペクトルの掲載は省略するが、高温高湿条件を経て、酸化がさらに進行した場合でも、O原子がSn原子と優先的に結合する傾向は変化しない。ただし、高温高湿条件で480時間を経て、酸化および硫化が進行すると、最表面のごく近傍(深さ5nm未満)に、Ag酸化物やAg硫化物に対応付けられる結合エネルギーの成分が出現するようになる。
【0119】
図10A,10Bに例示したようなXPS測定の結果に基づいて、O,Ag,Snの各元素について、濃度の深さ分布を評価したものを、試料1,2について、それぞれ図11A,11Bに示す。縦軸に元素濃度(単位:原子%)を、横軸に最表面からの深さ位置(単位:nm)を示している。Ag,Snについては、図10A,10Bのようなスペクトルを、メタル状態と酸化物状態に分離することなく、すべて積分した強度に基づいて、濃度を見積もっている。Oについては、掲載は省略するが、O1s光電子ピークを積分した強度に基づいて、濃度を見積もっている。図11A,11Bでは、O,Ag,Snの各元素について、初期状態、高温高湿条件で24時間を経た状態、480時間を経た状態のそれぞれの結果を、まとめて示している。
【0120】
まず、O原子の濃度分布に着目する。図11Aの試料1においては、初期状態に比べて、高温高湿条件にて24時間を経ると、最表面から深さ20nm程度までの領域にわたって、O濃度の増大が起こっている。つまり、高温高湿条件によって酸化が進行している。480時間が経過した場合には、O濃度の増大がさらに顕著になり、深さ100nm以上までの領域にわたり、O濃度の顕著な増大が起こっている。深さ20nmの位置でのO濃度で、約23原子%にも達している。
【0121】
一方で、図11Bの試料2の結果を見ると、高温高湿条件において、24時間を経ただけでは、初期状態から、O原子濃度の分布が、ほとんど変化していない。つまり、高温高湿条件であっても、24時間程度の経過では、Ag-Sn被覆層の酸化は、実質的に進行しない。一方、高温高湿条件で480時間を経ると、O濃度の増大が見られ、酸化が進行している。しかし、O濃度の増加量を試料1と比較すると、試料2の方が、各深さ位置におけるO濃度が低くなっており、O原子が分布する領域も浅くなっている。つまり、試料2の方が、試料1よりも、酸化の進行の程度が小さく、薄い酸化膜しか形成されていないことが分かる。試料2においては、高温高湿条件で480時間の放置を経ても、深さ20nmの位置におけるO濃度が、約10原子%と、試料1の場合の半分以下に抑えられている。
【0122】
このように、リフロー加熱を経た試料2において、加熱による酸化の進行が抑制されるという結果は、リフロー加熱による合金化の進行と結晶性の向上を経て、Ag-Sn被覆層の化学的安定性が向上されていることによると考えられる。図8に示されるように、リフロー加熱を経て、Ag-Sn被覆層が安定化することで、表面の硫化も抑制されており、Ag-Sn被覆層における酸化の抑制を、硫化の抑制の指標としても、参照することができる。
【0123】
次に、Ag原子の濃度分布に着目する。図11Aの試料1においては、初期状態に比べて、高温高湿条件で24時間の放置を経ると、おおむね最表面から深さ20nm程度までの領域において、Ag濃度が低下している。つまり、高温高湿条件を経ることで、最表面近傍における合金組成が変化している。高温高湿条件で480時間を経た場合には、Ag濃度の減少量がさらに大きくなり、また、減少が起こる範囲も、さらに深い領域に達している。深さ20nmの位置でのAg濃度の減少量が、初期状態に対して、約37%にも達している。
【0124】
一方で、図11Bの試料2の結果を見ると、高温高湿条件で24時間の放置を経ても、初期状態から、Ag原子濃度の分布が、ほとんど変化していない。つまり、高温高湿条件であっても、24時間程度の経過では、Ag-Sn被覆層において、合金組成の変化は起こらない。一方、高温高湿条件で480時間を経ると、Ag濃度の減少が見られ、合金組成の変化が進行している。しかし、Ag濃度の減少量を試料1と比較すると、試料2の方が、各深さ位置における減少の程度が小さくなっている。つまり、試料2の方が、合金組成の変化の程度が小さくなっていることが分かる。試料2においては、高温高湿条件で480時間の放置を経ても、深さ20nmの位置におけるAg濃度の減少量が、初期状態に対して約20%と、試料1の場合の減少率の半分近くにまで抑えられている。
【0125】
このように、リフロー加熱を経た試料2において、合金組成の変化が抑制されるという結果は、リフロー加熱による合金化の進行と結晶性の向上を経て、Ag-Sn被覆層の化学的安定性が向上されていることによると考えられる。図11A,11Bにおいて、Sn原子の濃度分布の挙動を見比べた場合にも、上記Agの場合ほどは顕著でないものの、同様に、リフロー加熱を経ることで、高温高湿条件を経た際の合金組成の変化が抑制されるという傾向が、見て取れる。
【0126】
(2-4)まとめ
以上の表面黒化の観察、SEM観察、深さ分析XPSの測定結果によると、Ag-Sn被覆層においては、リフロー加熱を経ることで、その後に高温放置や長期間の放置を受けても、硫化および酸化の進行が抑制され、また、層表面におけるAg粒子の形成および層内の合金組成の変化も起こりにくくなる。この結果は、リフロー加熱によって、合金化の進行と結晶性の向上が起こることで、Ag-Sn被覆層の化学的安定性が向上していることによると解釈できる。
【0127】
[4]高温放置による接続端子の特性の変化
(1)試験方法
上記で作製した試料1,2にかかる接続端子を、中温条件および高温高湿条件に置き、スルーホールに対して挿抜する際の特性を、初期状態と比較した。試験に際しては、プレスフィット端子の基板接続部を、軸線方向に沿って、スルーホールに対して挿入する方向、および抜去する方向に変位させながら、ロードセルを用いて、接続端子に印加される荷重を計測した。測定は、試料を替えて10回行った(N=10)。
【0128】
(2)結果
図12A,12Bに、それぞれ端子挿入時および抜去時の変位荷重曲線の例として、中温条件にて155日を経た後の試料2についての測定結果を示す。横軸に接続端子の変位量を、縦軸に印加荷重を表示している。まず、端子挿入時の変位荷重曲線においては、図12Aに示されるように、低変位量の領域で、変位量に対して荷重が徐々に増大した後、変位量に対して荷重があまり変化しない領域が続いている。この挙動において、荷重の最大値A1が、挿入力となる。次に、端子抜去時の変位荷重曲線においては、図12Bに示されるように、低変位量の領域に、急峻なピークが立ち上がった後、荷重が減少している。減少後、変位量に対して荷重がほぼ変化しない平坦域が見られる。この挙動において、ピークトップにおける荷重値A2が最大保持力となり、最初の立ち上がりピークの高さA3、つまりピークトップと平坦域の間の荷重の差が、凝着ピーク高さとなる。掲載は省略するが、試料1,2のいずれについても、また、初期状態、中温条件を経た状態、高温高湿条件を経た状態のいずれにおいても、端子挿抜時の変位荷重曲線は、荷重の増減に関して、同様の傾向を示し、挿入力、最大保持力、凝着ピーク高さをそれぞれ読み取れるものとなった。
【0129】
図13A~13Cに、挿入力、最大保持力、凝着ピーク高さをそれぞれボックスプロットにて表示している。各図において、左側に試料1、右側に試料2の測定結果を示し、それぞれにおいて、初期状態、中温条件で155日を経た状態、高温高湿条件で480時間を経た状態における結果を、並べて表示している。ボックスプロットにおいては、横線で中央値を表示し、ボックスで25%値から75%値の範囲を表示している。また、エラーバーで最小値から最大値の範囲を表示している。
【0130】
まず、図13Aの挿入力の挙動を見ると、試料1,2とも、中温条件および高温高湿条件を経ることで、端子挿入力が増大している。試料2の方が、試料1よりも、増大率がやや大きい。しかし、試料2でも、初期状態からの挿入力の増大率は、中央値で、155日間の中温条件を経た後で7%、480時間の高温高湿条件を経た後で3%と、小さな値に抑えられている。
【0131】
次に、図13Bの最大保持力の挙動を見ると、試料1では、中温条件および高温高湿条件を経ることで、最大保持力が増大しているのに対し、試料2では、中温条件および高温高湿条件を経ても、最大保持力に顕著な変化は見られない。試料2において、初期状態からの最大挿入力の変化率は、中央値で、155日間の中温条件を経た後で3%、480時間の高温高湿条件を経た後で2%と、ごく小さな値に抑えられている。
【0132】
最後に、図13Cの凝着ピーク高さの挙動を見ると、試料1,2とも、中温条件を経た際には初期状態よりも低下している。高温高湿条件を経た後については、試料1では初期状態よりもやや値が増大し、試料2では初期状態と同程度の値となっている。試料2において、初期状態からの凝着ピーク高さの変化率は、中央値で、155日間の中温条件を経た後で33%、480時間の高温高湿条件を経た後で1%と、小さな値に抑えられている。
【0133】
さらに、図14A~14Cに、挿入力、最大保持力、凝着ピーク高さのそれぞれについて、高温高湿状態での時間の経過に伴う変化を示している。各図中に、試料1,2の測定結果を合わせて示しており、各データ点が、初期状態、および高温高湿条件で、24時間、240時間、480時間が経過した状態についての結果を示している。合わせて、近似曲線も表示している。
【0134】
図14A図14Cによると、挿入力、最大保持力、凝着ピーク高さのいずれについても、初期状態においてリフロー加熱を経ていない試料1よりも、リフロー加熱を経ている試料2において、高温高湿条件での経過時間に対する測定値の変化量が、小さくなっている。特に、図14Bの最大保持力および図14Cの凝着ピーク高さについては、試料1では、経過時間に対して、単調増加の傾向が見られるが、試料2では、経過時間に対して、値がほぼ変化していない。これらの結果から、試料2においては、大気中での放置が、高温高湿条件での24時間に対応する半年を超えて長くなっても、端子の挿抜に関する特性の変化は、それ以上には進行しにくくなっていると言える。
【0135】
以上の結果より、接続端子の挿抜に関する特性について、中温条件および高温高湿条件を経た際の変化率は、Ag-Sn被覆層をリフロー加熱した試料2において、小さな値に抑えられており、リフロー加熱を経ていない試料1と比較して、少なくとも、著しく変化率が大きくなることはない。また、大気中で半年の時間の経過に対応する程度の特性変化が起こった後は、それ以上の経時変化の進行は、起こりにくいと言える。これらの結果は、上述の各種試験で確認されたように、リフロー加熱によってAg-Sn被覆層の安定性が向上すること、また、硬さに代表されるAg-Sn被覆層の材料強度も高い水準が維持されることによると解釈される。
【0136】
以上、本開示の実施の形態について詳細に説明したが、本発明は上記実施の形態に何ら限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲で種々の改変が可能である。
【符号の説明】
【0137】
1 金属材
11 基材
12 中間層
13 Agストライク層
14 Ag-Sn被覆層
15 Sn被覆層
2 プレスフィット端子
20 基板接続部
21 膨出片
22 接点部
25 端子接続部
3 基板用コネクタ
31 コネクタハウジング

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