(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-10-02
(45)【発行日】2023-10-11
(54)【発明の名称】注意能力検査装置および注意能力検査方法
(51)【国際特許分類】
A61B 5/16 20060101AFI20231003BHJP
A61B 5/18 20060101ALI20231003BHJP
【FI】
A61B5/16 400
A61B5/18
(21)【出願番号】P 2020152669
(22)【出願日】2020-09-11
【審査請求日】2022-08-24
(73)【特許権者】
【識別番号】000003207
【氏名又は名称】トヨタ自動車株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001210
【氏名又は名称】弁理士法人YKI国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】岸 浩司
(72)【発明者】
【氏名】横井 健太郎
【審査官】佐藤 秀樹
(56)【参考文献】
【文献】特開2011-180873(JP,A)
【文献】特開2012-165956(JP,A)
【文献】特開2010-254201(JP,A)
【文献】大橋智樹,中心視と視覚的注意,基礎心理学研究,Vol.19,No.1,2000年09月30日,p.33-34
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61B 5/16-5/18
A61B 3/00-3/18
G08G 1/00-99/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
表示エリアに画像を表示する表示器と、
被験者からの操作を受け付ける入力装置と、
前記表示エリアにおける表示内容を制御するとともに、表示された画像に反応して前記被験者が行う前記入力装置の操作内容に基づいて前記被験者の注意能力を判定するコントローラと、
を備え、前記コントローラは、
前記表示エリアの中心領域に中心図形を表示させる定常表示と並行して、前記中心図形を非定常的に所定の速度で変化させる中心課題および前記表示エリアの周辺領域に周辺図形を表示させる周辺課題の少なくとも一方をランダムに発生させ、前記中心課題または前記周辺課題の発生から、当該発生を認知した前記被験者から規定の操作を受け付けるまでの時間を反応時間として測定し、前記反応時間に基づいて前記被験者の注意能力を評価
し、
前記コントローラは、前記定常表示において、前記中心課題の発生とは無関係に、前記中心図形を点滅させ、
前記コントローラは、前記定常表示において、前記中心課題の発生とは無関係に、前記中心図形を規定の移動ルートに沿って移動させる、
ことを特徴とする注意能力検査装置。
【請求項2】
請求項1に記載の注意能力検査装置であって、
前記コントローラは、前記中心課題に対する前記反応時間に基づいて視野中心における注意能力を評価し、前記周辺課題に対する前記反応時間に基づいて視野周辺における注意能力を評価する、ことを特徴とする注意能力検査装置。
【請求項3】
請求項1または2に記載の注意能力検査装置であって、
前記コントローラは、1回の検査フローにおいて、検査セットを複数回繰り返し、
前記検査セットは、前記中心課題および前記周辺課題のいずれかを1回発生させてから、前記規定の操作を受け付ける、または、タイムアップするまでを1セットとし、
前記コントローラは、複数の前記検査セットそれぞれで得られる前記反応時間に基づいて前記被験者の注意能力を評価する、
ことを特徴とする注意能力検査装置。
【請求項4】
請求項3に記載の注意能力検査装置であって、
前記1回の検査フローにおける、前記中心課題の発生回数は、前記周辺課題の発生回数よりも多い、ことを特徴とする注意能力検査装置。
【請求項5】
請求項3または4に記載の注意能力検査装置であって、
前記コントローラは、前記検査セットの開始から前記中心課題または前記周辺課題の発生までのタイミングをランダムに変更する、ことを特徴とする注意能力検査装置。
【請求項6】
請求項3から5のいずれか1項に記載の注意能力検査装置であって、
前記コントローラは、1回の検査フローにおける前記中心課題および前記周辺課題の発生回数の比率を、変更可能である、ことを特徴とする注意能力検査装置。
【請求項7】
請求項1から
6のいずれか1項に記載の注意能力検査装置であって、
前記規定の操作は、前記中心課題に対応付けられた第一操作と、前記周辺課題に対応付けられた前記第一操作と異なる操作である第二操作と、を含む、ことを特徴とする注意能力検査装置。
【請求項8】
請求項
7に記載の注意能力検査装置であって、
前記周辺図形は、ランドルト環図形であり、
前記第二操作は、前記ランドルト環図形の環の開いている方向を指示する操作である、
ことを特徴とする注意能力検査装置。
【請求項9】
表示器の表示エリアの中心領域に中心図形を表示させた状態で、前記中心図形を非定常的に所定の速度で変化させる中心課題および前記表示エリアの周辺領域に周辺図形を表示させる周辺課題の少なくとも一方をランダムに発生させ、
前記中心課題または前記周辺課題の発生から、当該発生を認知した被験者から規定の操作を受け付けるまでの時間を反応時間として測定し、
前記反応時間に基づいて前記被験者の注意能力を評価
し、
前記定常表示において、前記中心課題の発生とは無関係に、前記中心図形は点滅し、
前記定常表示において、前記中心課題の発生とは無関係に、前記中心図形は規定の移動ルートに沿って移動する、
ことを特徴とする注意能力検査方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本明細書は、被験者の視覚的な注意能力を検査する注意能力検査装置および注意能力検査方法を開示する。
【背景技術】
【0002】
人が、目標タスク(例えば車両の運転操作タスク等)を処理するために発揮できる情報処理能力は、その人が持つ視覚的注意能力に応じて変動する。特に、自動車の運転の場合、利用する情報のうちの90%が視覚情報であるといわれており、視覚的注意能力の多寡は、自動車の運転タスクの処理に当たって、非常に重要となる。
【0003】
こうした視覚的注意能力は、各人が本来持つ特性や、覚醒度、並行して処理する他のタスクの内容等によって大きく変動する。また、空間における視覚的注意能力は、一様ではなく、通常、視覚的注意能力は、中心視において最も高くなり、中心から周辺視に向かうにつれて急激に低下するように、山状に連続的に拡散する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
近年、こうした視覚的注意能力の高さ、および、中心視から周辺視にかけての分布を正確に検査する注意能力検査装置が求められている。かかる検査装置は、例えば、被験者が、目標タスク(例えば車両の運転タスク等)の処理に適した視覚的注意能力を具備しているか否かの判定に用いられる。また、近年、車両の運転中に、車両側から運転手に対して音声により問い合わせを行う場合がある。こうした問い合わせの内容が複雑な場合、視覚的注意能力が低下するおそれがある。注意能力検査装置は、こうした問い合わせの内容に応じて、被験者の視覚的注意能力がどのように変化するのかの評価にも用いることができる。しかしながら、従来、視覚的注意能力、特に、当該視覚的注意能力の視野空間内での分布を正確に測定できる注意能力検査装置はなかった。
【0006】
なお、特許文献1には、表示画面の所定位置に表示させた中心固視視標の周囲に、3種の検査視標を規定の表示位置に順次表示させ、被験者が中心固視視標を注視したままでその周囲に表示された各検査視標を視認できるか否かを調べることで、被験者の視野を検査する視野検査装置が開示されている。しかし、特許文献1は、単に、被験者の視野範囲を測定するものであり、注意能力の検査を行うものではなかった。また、特許文献1では、被験者が中心固視視標を注視する度合いが変化しても、これを検出することができない。そのため、特許文献1では、被験者が中心固視視標を適切に注視していない状態でも、検査を続行することができ、結果として、視野範囲や、視野周辺における注意能力を正確に測定できなかった。
【0007】
そこで、本明細書は、視覚的注意能力の中心視から周辺視にかけての分布をより正確に測定できる注意能力検査装置および注意能力検査方法を開示する。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本明細書で開示する注意能力検査装置は、表示エリアに画像を表示する表示器と、被験者からの操作を受け付ける入力装置と、前記表示エリアにおける表示内容を制御するとともに、表示された画像に反応して前記被験者が行う前記入力装置の操作内容に基づいて前記被験者の注意能力を判定するコントローラと、を備え、前記コントローラは、前記表示エリアの中心領域に中心図形を表示させる定常表示と並行して、前記中心図形を非定常的に所定の速度で変化させる中心課題および前記表示エリアの周辺領域に周辺図形を表示させる周辺課題の少なくとも一方をランダムに発生させ、前記中心課題または前記周辺課題の発生から、当該発生を認知した前記被験者から規定の操作を受け付けるまでの時間を反応時間として測定し、前記反応時間に基づいて前記被験者の注意能力を評価し、前記コントローラは、前記定常表示において、前記中心課題の発生とは無関係に、前記中心図形を点滅させ、前記コントローラは、前記定常表示において、前記中心課題の発生とは無関係に、前記中心図形を規定の移動ルートに沿って移動させる、ことを特徴とする。
【0009】
中心課題と周辺課題との少なくとも一方をランダムに発生させることで、視野中心における視覚的注意能力、および、視野周辺における視覚的注意能力の双方を評価できる。そして、これにより、視覚的注意能力の中心視から周辺視にかけての分布をより正確に測定できる。
かかる構成とすることで、被験者は、中心図形の変化の有無を判断するために、消滅前の中心図形を脳内記憶に一時的に記憶し、この脳内記憶に記憶された中心図形と、再表示された中心図形と、を比較する必要がある。その結果、注意能力の評価結果に、脳内記憶の状態が反映されることとなり、より実用に適した検査ができる。
かかる構成とすることで、被験者は、中心図形の変化の有無を判断するために、移動後の中心図形を予想して脳内記憶に一時的に記憶し、この予想の中心図形と、実際の中心図形と、を比較する必要がある。その結果、注意能力の評価結果に、脳内記憶の状態が反映されることとなり、より実用に適した検査ができる。
【0010】
この場合、前記コントローラは、前記中心課題に対する前記反応時間に基づいて視野中心における注意能力を評価し、前記周辺課題に対する前記反応時間に基づいて視野周辺における注意能力を評価してもよい。
【0011】
かかる構成とすることで、視野中心における視覚的注意能力と、視野周辺における視覚的注意能力と、をそれぞれ個別に評価できる。そして、これにより、視覚的注意能力の中心視から周辺視にかけての分布をより正確に測定できる。
【0012】
また、前記コントローラは、1回の検査フローにおいて、検査セットを複数回繰り返し、前記検査セットは、前記中心課題および前記周辺課題のいずれかを1回発生させてから、前記規定の操作を受け付ける、または、タイムアップするまでを1セットとし、前記コントローラは、複数の前記検査セットそれぞれで得られる前記反応時間に基づいて前記被験者の注意能力を評価してもよい。
【0013】
検査セットを複数回繰り返すことで、視覚的注意能力をより正確に検査できる。
【0014】
また、前記1回の検査フローにおける、前記中心課題の発生回数は、前記周辺課題の発生回数よりも多くてもよい。
【0015】
自動車の運転タスク等、多くの目標タスクでは、視野中心における視覚的注意能力が、視野周辺における視覚的注意能力よりも重要となる。中心課題の実行回数を多くすることで、重要度の高い視野中心における注意能力をより正確に測定できる。また、中心課題の発生回数を多くすることで、被験者は、自然と、視野中心に注目しやすくなり、被験者の視線を中心領域に保ちやすくなる。結果として、注意能力をより正確に検査できる。
【0016】
また、前記コントローラは、前記検査セットの開始から前記中心課題または前記周辺課題の発生までのタイミングをランダムに変更してもよい。
【0017】
かかる構成とすることで、より自然な状態で、注意能力を検査できる。結果として、注意能力をより正確に検査できる。
【0018】
また、前記コントローラは、1回の検査フローにおける前記中心課題および前記周辺課題の発生回数の比率を、変更可能であってもよい。
【0019】
注意能力検査の目的によって、視野中心における注意能力、および、視野周辺における注意能力、それぞれの重要度が異なる。上記構成によれば、こうした注意能力検査の目的に応じて、中心課題および前記周辺課題の発生回数の比率を変更できるため、より目的に合った注意能力の検査が可能となる。
【0024】
また、前記規定の操作は、前記中心課題に対応付けられた第一操作と、前記周辺課題に対応付けられた前記第一操作と異なる操作である第二操作と、を含んでもよい。
【0025】
中心課題に対応付けられた操作と、周辺課題に対応付けられた操作と、を互いに異なる操作とすることで、中心課題に対する反応と周辺課題に対する反応とを明確に区別して検出することができ、注意能力の評価精度をより向上できる。
【0026】
また、前記周辺図形は、ランドルト環図形であり、前記第二操作は、前記ランドルト環図形の環の開いている方向を指示する操作であってもよい。
【0027】
かかる構成とすることで、被験者は、周辺図形の出現の有無だけでなく、周辺図形の形状把握という情報処理を行う必要がある。これにより、被験者にとって、周辺領域が、有効視野、すなわち、見ながら同時に情報処理が行える領域として、機能しているか否かを判別することができる。
【0028】
本明細書で開示する注意能力検査方法は、表示器の表示エリアの中心領域に中心図形を表示させた状態で、前記中心図形を非定常的に所定の速度で変化させる中心課題および前記表示エリアの周辺領域に周辺図形を表示させる周辺課題の少なくとも一方をランダムに発生させ、前記中心課題または前記周辺課題の発生から、当該発生を認知した被験者から規定の操作を受け付けるまでの時間を反応時間として測定し、前記反応時間に基づいて前記被験者の注意能力を評価する、ことを特徴とする。
【0029】
中心課題と周辺課題とをランダムに発生させることで、視野中心における視覚的注意能力、および、視野周辺における視覚的注意能力の双方を評価できる。そして、これにより、視覚的注意能力の中心視から周辺視にかけての分布をより正確に測定できる。
【発明の効果】
【0030】
本明細書で開示する技術によれば、視覚的注意能力の中心視から周辺視にかけての分布をより正確に測定できる。
【図面の簡単な説明】
【0031】
【
図1】注意能力検査装置の物理的構成を示す図である。
【
図2】注意能力検査装置の機能的構成を示すブロック図である。
【
図3】視覚的注意能力の空間内での分布の一例を示すグラフである。
【
図4】非視覚的タスクを並行して実行した場合の視覚的注意能力の分布の一例を示す図である。
【
図8】注意能力検査装置で行う検査フローの流れを示すフローチャートである。
【
図11】検査フローで得られた中心反応時間を示すグラフである。
【
図12】検査フローで得られた周辺反応時間を示すグラフである。
【
図13A】中心領域および周辺領域の水平方向の範囲を説明する図である。
【
図13B】中心領域および周辺領域の垂直方向の範囲を説明する図である。
【発明を実施するための形態】
【0032】
以下、図面を参照して注意能力検査装置10の構成について説明する。
図1は、注意能力検査装置10の物理的構成を示す図であり、
図2は、注意能力検査装置10の機能的構成を示すブロック図である。この注意能力検査装置10は、被験者の視覚的注意能力を測定し、検査する装置である。
【0033】
注意能力検査装置10の具体的な構成の説明に先立って、当該装置10で検査対象とする視覚的注意能力について説明する。人が、目標タスク(例えば車両の運転操作タスク等)を処理するために発揮できる情報処理能力は、その人が持つ視覚的注意能力に応じて変動する。特に、自動車の運転の場合、利用する情報のうちの90%が視覚情報であるといわれており、視覚的注意能力の多寡は、自動車の運転タスクの処理に当たって、非常に重要となる。
【0034】
こうした視覚的注意能力は、各人が本来持つ特性や、覚醒度、目標タスクと並行して処理する他のタスクの内容等によって大きく変動する。例えば、算術タスクや記憶タスクを実行している際には、視覚的注意能力が、低下することが知られている。また、視覚的注意能力の視野空間内での分布は、一様ではなく、偏りがあることも知られている。
【0035】
図3、
図4は、視覚的注意能力の空間内での分布の一例を示すグラフである。
図3、
図4において、縦軸は、視覚的注意能力の高さを示しており、横軸は、視野空間内の水平位置を示している。一般に、人は、その視野の中心においては、高い視覚的注意能力を発揮できる一方で、視野の周辺における視覚的注意能力は、低くなる。例えば、視野中心に位置する像は、短時間で正確に認知できる一方で、視野の周辺に位置する像については、その認知に時間がかかりやすい。その結果、視覚的注意能力は、
図3に示すように、視野中心において最も高くなり、視野中心から視野周辺に向かうにつれて急激に低下していくような、山形状の分布をとる。なお、以下では、視野中心における視覚的注意能力を「中心視注意能力」と呼び、視野周辺における視覚的注意能力を「周辺視注意能力」と呼ぶ。
【0036】
こうした視覚的注意能力の総量は、
図3のグラフにおけるハッチング箇所の面積として表すことができる。この視覚的注意能力の総量は、各人が本来持つ特性や覚醒度に応じて異なる。例えば、覚醒度が低いほど、視覚的注意能力の総量は低下する。また、青年期や壮年期の人に比べて、高齢者は、視覚的注意能力の総量が低いことが多い。
図3の上段は、覚醒度の高い人の視覚的注意能力を、
図3の下段は、覚醒度の低い人の視覚的注意能力を示している。
【0037】
また、視覚的注意能力の分布の態様は、並行して処理する他のタスクの内容によっても変化する。例えば、視覚的な注意を払う必要がある視覚的タスクと並行して、記憶タスクや算術タスク等の非視覚的タスクを行った場合、視覚的タスクを並行して実行しない場合に比べて、視覚的注意能力の分布の態様が変化する。
図4は、非視覚的タスクを並行して実行した場合の視覚的注意能力の分布の一例を示す図である。具体的には、
図4の上段は、非視覚的タスク(例えば算術タスク等)を並行処理した際の視覚的能力の分布を、下段は、第二の非視覚的タスク(例えば記憶タスク等)を並行処理した際の視覚的能力の分布を示すグラフである。
【0038】
図4の上段及び下段の比較から明らかな通り、同じ人であっても、並行処理する非視覚的タスクの内容によって、視覚的注意能力の分布の形態が変化する。例えば、第一の非視覚的タスクを並行処理した場合、中心視注意能力が低下しやすい。一方、第二の非視覚的タスクを並行処理した場合、中心視注意能力は、低下しにくい一方で、周辺視注意能力が低下しやすい。
【0039】
このように、人の視覚的注意能力は、視野空間内において、山状に分布しており、並行処理するタスクの内容等によって、その分布の形態が変化する。本明細書で開示する注意能力検査装置10は、こうした注意能力の多寡及び視野空間内での分布を測定する。この測定結果は、例えば、被験者が目標タスク(例えば車両の運転タスク等)の実行に適した視覚的注意能力を具備しているか否かの判断に利用できる。また、注意能力検査装置10は、各種機器のユーザインターフェースの設計に利用されてもよい。例えば、車両には、運転手から車両への音声コマンドを受け付けたり、車両側から運転手に対して音声で問い合わせたりする音声対話システムが搭載されることがある。音声対話システムにおける音声コマンドや問い合わせ内容は、目標タスク(すなわち車両の運転タスク)の支障にならない程度の難易度に設定する必要がある。注意能力検査装置10は、こうした音声対話システムにおける音声コマンドおよび問い合わせ内容の難易度の適否の判定に利用してもよい。
【0040】
次に、こうした視覚的注意能力を検査する注意能力検査装置10の構成について、
図1、
図2を参照して説明する。注意能力検査装置10は、物理的には、
図1に示すように、画像を表示する表示器12と、被験者からの操作を受け付ける入力装置14と、コントローラ16と、を有している。
【0041】
表示器12は、所定の表示エリア24に画像を表示するもので、例えば、液晶ディスプレイや有機ELディスプレイ、プロジェクタ等である。本例において、表示エリア24は、後述する中心図形が表示される中心領域26と、中心領域26より外側に位置する周辺領域28と、中心領域26と周辺領域28の間に介在する中間領域30と、に大別されている。なお、
図1では、理解を容易にするために、各領域26,28,30の境界線を図示し、さらに、各領域26,28,30に異なる地柄を施しているが、こうした境界線および地柄は、実際の表示エリア24には、存在していない。
【0042】
後に詳説するように、注意能力を検査するための検査フローでは、中心領域26に、中心図形が表示される。また、検査フローでは、中心図形を非定常的に所定の速度で変化させる中心課題、および、周辺領域28に周辺図形を表示させる周辺課題が、ランダムに発生する。
【0043】
入力装置14は、被験者からの操作を受け付けるもので、例えば、キーボード、ボタン、ジョイスティック、タッチパネル、ペダル、マウス、および、マイクの少なくとも一つを含む。本例では、入力装置14は、スペースキーおよび方向キーを含むキーボードである。後に詳説するように、中心課題および周辺課題それぞれに特定のキーが対応付けられている。具体的には、中心課題には、スペースキーが、周辺課題には、方向キーが、対応付けられている。検査フローの際、被験者は、中心課題または周辺課題の発生を認知すれば、各課題に対応付けられたキーを操作する。なお、本例では、入力装置14としてキーボードを用いているが、ユーザーからの操作を受け付けられるのであれば、入力装置14は、キーボードに限らず、ボタンやジョイスティック、タッチパネル、ペダル、マウス等の他の操作子でもよい。また、入力装置14は、音声コマンドを受け付けるマイクでもよい。この場合、中心課題および周辺課題それぞれに特定の音声コマンドを対応付けておく。
【0044】
コントローラ16は、表示エリア24における表示内容を制御するとともに、表示された画像に反応して被験者が行う入力装置14の操作内容に基づいて被験者の注意能力を判定する。こうしたコントローラ16は、物理的には、プロセッサ18と、メモリ20と、タイマー22と、を有したコンピュータである。この「コンピュータ」には、コンピュータシステムを一つの集積回路に組み込んだマイクロコントローラも含まれる。また、プロセッサ18とは、広義的なプロセッサを指し、汎用的なプロセッサ(例えばCPU:Central Processing Unit、等)や、専用のプロセッサ(例えばGPU:Graphics Processing Unit、ASIC:Application Specific Integrated Circuit、FPGA:Field Programmable Gate Array、プログラマブル論理デバイス、等)を含むものである。また、以下に述べるプロセッサ18の動作は、1つのプロセッサによって成されるのみでなく、物理的に離れた位置に存在する複数のプロセッサが協働して成されるものであってもよい。同様に、メモリ20も、物理的に一つの要素である必要はなく、物理的に離れた位置に存在する複数のメモリで構成されてもよい。また、メモリ20は、半導体メモリ(例えばRAM、ROM、ソリッドステートドライブ等)および磁気ディスク(例えば、ハードディスクドライブ等)の少なくとも一つを含んでもよい。タイマー22は、時間の経過を測定する。このタイマー22は、プロセッサ18の指示に応じて駆動し、計測結果を、プロセッサ18に出力する。
【0045】
図2は、注意能力検査装置10のコントローラ16の機能的構成を示している。課題発生部48は、中心課題および周辺課題の発生の要否を判断し、中心課題の発生指示を中心画像生成部50に、周辺課題の発生指示を周辺画像生成部52にそれぞれ出力する。中心画像生成部50は、中心領域26に表示する画像を生成する。中心領域26には、後述する通り、中心図形32およびルート図形44が定常的に表示される。また、中心課題の発生指示が入力された場合、中心画像生成部50は、中心図形32を非定常的に所定の速度で変化させる画像を生成する。周辺画像生成部52は、周辺領域28に表示する画像を生成する。具体的には、周辺画像生成部52は、周辺課題の発生指示が入力された場合に、周辺図形34の画像を生成する。
【0046】
計測部54は、課題に対する被験者の反応時間を計測する。具体的には、計測部54は、課題発生部48から中心課題の発生指示を受信してから、当該中心課題に対応する操作が入力されるまでの時間を、中心反応時間Rcとして計測する。同様に、計測部54は、課題発生部48から周辺課題の発生指示を受信してから、当該周辺課題に対応する操作が入力されるまでの時間を、周辺反応時間Rpとして計測する。計測部54は、得られた。中心反応時間Rcおよび周辺反応時間Rpを評価部56に出力する。また、計測部54は、課題に対応する操作が入力されれば、その旨を課題発生部48に出力する。
【0047】
評価部56は、中心反応時間Rcに基づいて中心視注意能力を示す指標を、周辺反応時間Rpに基づいて周辺視注意能力を示す指標を、それぞれ算出し、これを評価結果として算出する。そして、算出された評価結果を示す画像を生成し、画像出力部46に出力する。画像出力部46は、中心画像生成部50、周辺画像生成部52、および、評価部56で生成された画像を表示器12に出力する。
【0048】
次に、こうした注意能力検査装置10で行われる注意能力検査の検査フローについて説明する。検査フローでは、表示エリア24の中心領域26に中心図形32を表示させる定常表示と並行して、中心課題または周辺課題を発生させ、これら課題に対する被験者の反応時間を測定する。
【0049】
図5は、定常表示の一例を示す図である。
図5の例では、中心図形32は、小円である。定常表示において、この中心図形32(すなわち黒塗りの小円)は、点滅しながら、所定の走行ルートに沿って等速で移動する。なお、
図5の例では、走行ルートは、中心図形32である小円と異なる中心を持つ大円である。定常表示では、中心図形32とともに、この走行ルートを示すルート図形44も、表示する。
【0050】
図6は、中心課題の一例を示す図である。中心課題は、中心図形32を非定常的に、かつ、所定の速度で変化させることである。
図6の例では、中心課題は、中心図形32である小円を、徐々に膨張させることである。被験者は、中心図形32の膨張発生を認知すれば、中心課題に対応付けられたキー(本例では、スペースキー)を操作する。
【0051】
図7は、周辺課題の一例を示す図である。周辺課題は、表示エリア24の周辺領域28に周辺図形34を表示させることである。
図7の例では、周辺図形34は、ランドルト環である。このランドルト環の向き、すなわち、環の開いている方向は、右および左からランダムに選択される。また、周辺図形34の表示位置も、周辺領域28内において、ランダムに選択される。ただし、本例では、
図1に示すように、周辺領域28内、かつ、ランドルト環が表示可能な程度のサイズのスペースは、表示エリア24の四隅に限定される。したがって、周辺図形34(ランドルト環)は、表示エリア24の四隅の中からランダムに選択された一隅に表示される。被験者は、ランドルト環を認識すれば、当該ランドルト環の向きに対応する方向キーを操作する。
【0052】
1回の検査フローでは、上記の定常表示と並行して、検査セットを複数回繰り返す。検査セットは、中心課題および周辺課題のいずれかを1回発生させてから、各課題に対応づけられた操作を受け付ける、または、タイムアップするまでを1セットとしている。以下では、中心課題が発生する検査セットを「中心検査セット」と呼び、周辺課題が発生する検査セットを「周辺検査セット」と呼ぶ。1回の検査フローにおける中心検査セットと周辺検査セットの発生頻度の比率は、おおよそ3対1であり、中心検査セットの発生頻度の方が周辺検査セットの発生頻度よりも多い。
【0053】
図8は、注意能力検査装置10で行う検査フローの流れを示すフローチャートである。検査フローでは、予め、被験者と表示エリア24との相対位置関係が規定の関係になるように、被験者を、表示エリア24の正面、かつ、表示エリア24から規定距離だけ離れた位置に、配置させる。被験者と表示エリア24との相対位置関係が規定の関係になれば、コントローラ16は、定常表示を開始する(S10)。すなわち、表示エリア24の中心領域26に、ルート図形44および中心図形32を表示させる。また、中心図形32を、定期的に点滅させるとともに、ルート図形44に沿って、一定の速度で移動させる。続いて、コントローラ16は、パラメータiを初期値0に設定する(S12)。
【0054】
次に、コントローラ16は、これから行う検査セットの種類を決定する(S14)。この決定は、1回の検査フローにおける中心検査セットと周辺検査セットの発生頻度の比率が3:1になるように行う。例えば、コントローラ16は、1から4までの整数値をランダムで発生させ、1から3の数字が出た場合には、中心検査セットを、4の数字が出た場合には、周辺検査セットを、行うようにしてもよい。また、別の形態として、中心検査セットと周辺検査セットの実行順序を記録したリストを予め、用意しておき、このリストに従って、これから行う検査セットの種類を決定してもよい。
【0055】
ステップS14において、中心検査セットが選択された場合(S16でYes)、コントローラ16は、中心検査セットを実行する(S18)。
図9は、中心検査セットの流れを示す図である。
図9に示すように、中心検査セットが選択された場合、コントローラ16は、中心課題を発生させる(S30)。すなわち、中心図形32を徐々に膨張させる。また、コントローラ16は、膨張の開始と同時に、タイマー22による計測を開始する(S32)。なお、こうした中心課題の開始タイミングは、ランダムに変更される。
【0056】
中心課題の発生後、コントローラ16は、被験者から、中心課題に対応するキー(本例ではスペースキー)が入力されたか否かを監視する(S34)。対応するキー入力があれば(S34でYes)、タイマー22による計測を終了し、計測時間を中心反応時間Rcとしてメモリ20に記憶する(S38)。なお、中心課題に対応付けられていないキー(例えば、数字キー等)が入力された場合には、無視する。また、別の形態として、対応付けられていないキーが入力された場合には、ステップS14、すなわち、検査セットの種類決定ステップに戻り、検査セットを最初から再開してもよい。
【0057】
一方、対応するキーが入力されない場合(S34でNo)、コントローラ16は、計測時間が規定の最大待機時間に達するまで待機する。キー入力がされることなく、計測時間が最大待機時間に達すれば、コントローラ16は、タイムアップしたと判断し(S36でYes)、ステップS38に進み、現在までの計測時間、すなわち、最大待機時間を中心反応時間Rcとしてメモリ20に記憶する。なお、タイムアップした場合には、ステップS38ではなく、ステップS14に戻り、検査セットを最初から再開してもよい。
【0058】
一方、ステップS14において、周辺検査セットが選択された場合(S16でNo)、コントローラ16は、周辺検査セットを実行する(S20)。
図10は、周辺検査セットの流れを示す図である。
図10に示すように、周辺検査セットが選択された場合、コントローラ16は、周辺課題を発生させる(S40)。すなわち、周辺領域28に周辺図形34を表示する。より具体的には、コントローラ16は、右向きまたは左向きのランドルト環を、表示エリア24の四隅の中からランダムに選択された一隅に表示させる。また、コントローラ16は、このランドルト環の表示開始と同時に、タイマー22による計測も開始する(S42)。なお、こうした周辺課題の開始タイミングは、ランダムに変更される。
【0059】
ランドルト環の表示開始後、コントローラ16は、被験者から、当該ランドルト環の向きに対応するキーが入力されたか否かを監視する(S44)。すなわち、右向きのランドルト環を表示した場合には、右方向キーが、左向きのランドルト環を表示した場合には、左方向キーが入力されたか否かを確認する。対応するキー入力があれば(S44でYes)、タイマー22による計測を終了し、計測時間を周辺反応時間Rpとしてメモリ20に記憶する(S48)。なお、表示されたランドルト環に対応付けられていないキーが入力された場合には、無視する。したがって、例えば、右向きのランドルト環を表示した場合に、左方向キーが入力された場合には、ステップS48に進まず、ステップS46に進む。また、別の形態として、対応付けられていないキーが入力された場合には、ステップS14に戻り、検査セットを最初から再開してもよい。また、対応するキーが入力されない場合(S44でNo)、コントローラ16は、計測時間が規定の最大待機時間に達するまで待機する。キー入力がされることなく、計測時間が最大待機時間に達すれば、コントローラ16は、タイムアップしたと判断し(S46でYes)、ステップS48に進み、現在までの計測時間、すなわち、最大待機時間を周辺反応時間Rpとしてメモリ20に記憶する。なお、タイムアップした場合には、ステップS48ではなく、ステップS14に戻り、検査セットを最初から再開してもよい。
【0060】
中心検査セットまたは周辺検査セットが終了すれば、コントローラ16は、
図8のステップS22に進み、パラメータiをインクリメントする(S22)。続いて、コントローラ16は、パラメータiが所定の目標回数imaxに達したか否かを確認する(S24)。i<imaxの場合(S24でYes)、コントローラ16は、ステップS14に戻り、S14~S22を再度、実行する。一方、i=imaxの場合(S24でNo)、コントローラ16は、これまで得られた反応時間Rc,Rpに基づいて、被験者の注意能力を評価する(S26)。具体的には、コントローラ16は、複数回の中心検査セットそれぞれで得られた中心反応時間Rcの統計値を、中心視注意能力の評価指標として算出する。なお、ここで用いる統計値としては、複数の中心反応時間Rcの傾向を示す値であればよく、例えば、平均値や、最小値、中間値等である。同様に、コントローラ16は、複数回の周辺検査セットそれぞれで得られた周辺反応時間Rpの統計値(例えば平均値や最小値、中間値等)を、周辺視注意能力の評価指標として算出する。そして、得られた表示結果を表示エリア24に表示すれば(S28)、検査フローは、終了となる。
【0061】
次に、こうした注意能力検査装置10で行う検査フローの効果について説明する。本例では、中心課題および周辺課題をランダムに発生させて、この中心課題および周辺課題に対する被験者の反応時間を測定している。これにより、中心視注意能力および周辺視注意能力の双方を得ることができ、ひいては、視野空間における注意能力の分布を測定できる。
【0062】
また、本例では、中心課題として図形の変化を設定し、周辺課題として図形の出現を設定している。ここで、一般に、図形の変化は、図形の出現よりも発見しにくい。かかる発見しにくい現象を中心課題に設定することで、被験者の視線の向きを適切に保ったまま、中心視注意能力および周辺視注意能力の双方を測定できる。すなわち、中心視注意能力および周辺視注意能力の双方を適切に測定するためには、被験者の視線は、中心領域26に向いていることが必要である。本例では、発見しにくい「図形の変化」を中心領域26で発生させるため、被験者は、当該変化を発見しようとして、視線を中心領域26に自然と向け続ける。その結果、中心視注意能力および周辺視注意能力の双方を適切に測定できる。
【0063】
また、本例では、中心図形32を、定期的に点滅させている。かかる構成とした場合、被験者は、中心図形32の変化を発見するために、消滅前に表示された中心図形32を脳内記憶に一時記憶させておき、再表示された中心図形32と、脳内記憶に記憶されている中心図形32と、を比較する必要がある。そのため、本例で測定される中心視注意能力は、脳内記憶の状態を反映したものとなる。ここで、自動車の運転タスク等では、脳内記憶を適切に働かせる必要がある。そのため、本例のように、脳内記憶の状態を反映した中心視注意能力を測定することで、運転タスク等に必要な能力をより正確に測定できる。
【0064】
また、本例では、中心図形32を、等速で移動させている。かかる構成とした場合、被験者は、中心図形32の動きの予測が可能となる。かかる構成とした場合、被験者は、中心図形32の変化を発見するために、中心図形32の将来の像を予測して、脳内記憶に一時記憶し、この記憶された中心図形32の予想の像と、現在表示された中心図形32と、を比較する必要がある。そのため、この場合でも、本例で測定される中心視注意能力は、脳内記憶の状態を反映したものとなり、運転タスク等に必要な能力をより正確に測定できる。
【0065】
また、上述の説明で明らかなとおり、本例では、中心課題に対応付けられた操作と、周辺課題に対応付けられた操作と、を互いに異なるものとしている。かかる構成とすることで、中心課題に対する反応と、周辺課題に対する反応と、を明確に区別して取得することができる。例えば、被験者の状態によっては、周辺課題が生じているものの、それに気づかず、中心課題が生じていると誤認する場合もある。この場合において、中心課題に対する操作と、周辺課題に対する操作と、を同じにした場合、被験者が、周辺課題に気づいているのか、中心課題が生じていると誤認しているのか、の区別ができない。本例のように、中心課題および周辺課題それぞれに対応する操作を分ければ、こうした問題を避けることができる。
【0066】
図11、
図12は、上記の検査フローで得られた検査結果の一例を示す図である。
図11は、中心反応時間Rcを示すグラフである。
図11において、条件1は、上記の検査フローと並行して処理する他のタスクがない場合の中心反応時間Rcを示している。また、条件2は、上記の検査フローと並行して、数字を100から順に2ずつ減算する算術タスクを行った場合の中心反応時間Rcを示している。さらに、条件3は、上記の検査フローと並行して、数字を100から順に7ずつ減算する算術タスクを行った場合の中心反応時間Rcを示している。
図11を参照すると、並行して行う算術タスクの難易度が高まるにつれて、中心反応時間Rcが増加しており、中心視注意能力が低下していることが分かる。つまり、本例の検査方法によれば、算術タスクが注意能力に与える影響を測定できていることが分かる。
【0067】
図12は、周辺反応時間Rpを示すグラフである。
図12において、条件4は、上記の検査フローと並行して処理するタスクがない場合の周辺反応時間Rpを示している。また、条件5は、上記の検査フローと並行して、ランダムに与えられる数字のうち直前に提供された数字を発話する記憶タスクを行った場合の周辺反応時間Rpを示している。さらに、条件6は、上記の検査フローと並行して、ランダムに与えられる数字のうち1つ前に提供された数字を発話する記憶タスクを行った場合の周辺反応時間Rpを示している。
図12を参照すると、並行して行う記憶タスクの難易度が高まるにつれて、周辺反応時間Rpが増加しており、周辺視注意能力が低下していることが分かる。つまり、本例の検査方法によれば、記憶タスクが注意能力に与える影響を測定できていることが分かる。
【0068】
次に、中心領域26および周辺領域28の範囲について
図13を参照して説明する。
図13Aは、中心領域26および周辺領域28の水平方向範囲を説明する図であり、
図13Bは、中心領域26および周辺領域28の垂直方向範囲を説明する図である。上述した通り、本例では、中心領域26に中心図形32を、周辺領域28に周辺図形34を、それぞれ表示する。このうち、中心領域26は、中心窩で捉えられる領域、具体的には、視覚3度の範囲の領域に設定される。また、周辺領域28は、求められる有効視野の境界付近に設定される。
【0069】
すなわち、人の視野、すなわち、眼を動かさずに見ることができる範囲は、通常、水平方向に約200度、垂直方向に約130度といわれている。この視野の中でも、視覚3度の範囲の像は、眼球の中心窩で捉えることができ、像を高解像度で処理できる。本例では、この視覚3度の範囲を、中心領域26とし、当該視覚3度の範囲内において中心図形32を移動させている。
【0070】
また、周辺領域28は、求められる有効視野に基づいて設定される。有効視野とは、見ながら同時に情報処理が行える領域のことである。必要となる有効視野は、行うタスクの内容によって異なり、例えば、自動車の運転タスクを適正に行う場合には、水平方向に60度、垂直方向に40度程度の有効視野が必要といわれている。そのため、自動車の運転タスクのために注意能力を測定する場合には、水平方向に60度、垂直方向に40度となる有効視野の境界に基づいて、周辺領域28を設定する。具体的には、当該有効視野の境界と、当該境界を内側に所定距離だけオフセットしたラインと、で囲まれる範囲を周辺領域28として設定する。このオフセット距離は、周辺図形34のサイズに応じて設定すればよく、周辺図形34のサイズは、被験者が最低限有する視力を基準として設定すればよい。例えば、自動車の運転タスクのために注意能力を検査する場合、被験者は、運転免許取得に必要な視力を具備していることが前提となる。日本の場合、運転免許取得のためには、両眼で0.7以上の視力が必要なため、周辺図形34のサイズは、両眼で0.7の視力で認識できるサイズとなる。
【0071】
なお、
図1の例では、表示エリア24のサイズの関係上、周辺領域内かつ周辺図形34を表示可能となるスペースを、表示エリア24の四隅にしか確保できない。そのため、本例では、周辺図形34を、表示エリア24の四隅にのみ表示している。しかし、周辺領域内かつ周辺図形34を表示可能となるスペースを、中心領域26の上下方向および左右方向にも確保できるのであれば、かかるスペースに周辺図形34を表示してもよい。
【0072】
また、表示エリア24と被験者との相対位置関係が変化すれば、表示エリア24における視覚3度となる範囲、ひいては、中心領域26として相応しい範囲が変化する。こうした中心領域26として相応しい範囲の変化を防止するため、注意能力を検査する際には、表示エリア24と被験者との相対位置関係が常に一定になるように、被験者の位置を調整する。
【0073】
次に、中心課題および周辺課題について説明する。本例では、中心課題として、中心図形32を膨張させている。しかし、中心課題は、中心図形32を非定常的に所定の速度で変化させるのであれば、他の形態でもよい。例えば、中心課題は、中心図形32のサイズの変化、色の変化、輝度の変化、移動速度の変化、形状の変化、および、これらの組み合わせのいずれでもよい。したがって、中心課題は、例えば、中心図形32の色を黒色から赤色に変化させるものでもよいし、中心図形32の形を円形からひし形に変化させるものでもよい。さらに、中心課題は、例えば、中心図形32を膨張させつつ、輝度を上昇させるようなものでもよい。なお、上述の説明で明らかなとおり、定常表示でも中心図形32(すなわち黒塗りの小円)は、変化(すなわち、点滅や移動)する。この定常表示で生じる変化は、リセットされなくても、時間の経過とともに元の状態に戻る循環的な変化である。すなわち、定常表示で生じる変化は、点灯状態と消滅状態とを繰り返す循環的な変化であったり、一つの大円を循環移動する変化であったりする。一方、中心課題で生じる変化は、リセットされるまで、中心図形32が第一状態(例えば膨張前の状態)から第二状態(例えば完全膨張後までの状態)まで徐々に進む非循環的な変化である。
【0074】
また、本例では、中心図形32を、黒塗りの小円としているが、中心図形32は、他の形状でもよい。ただし、本例では、中心図形32は、点滅しながらルート図形44に沿って移動しており、ルート図形44に対する中心図形32の相対位置が徐々に変化する。中心図形32は、ルート図形44に対する中心図形32の相対位置が変化しても、その見た目の印象が変わりにくい図形とする。例えば、ある図形を360/n度回転させたとき、元の図形に完全に重なり合う場合、nを回転対称の次数と呼ぶが、一般に、この回転対称の次数nが高いほど、相対位置が変化しても、見た目の印象が変わりにくい。そこで、中心図形32は、例えば、次数nが6以上となる回転対称図形としてもよい。
【0075】
また、周辺課題は、周辺領域28に周辺図形34を表示させるのであれば、その他の形態は、適宜、変更されてもよい。例えば、周辺図形34は、ランドルト環に限らず、他の形状、例えば、矢印図形や多角形でもよい。なお、周辺課題は、周辺領域28における周辺図形34の有無を把握するだけでなく、当該周辺図形34の意味を解釈する情報処理が必要な課題であってもよい。そのため、周辺課題で用いる周辺図形34は、複数種類用意しておき、その種類ごとに異なる操作を対応付けておいてもよい。例えば、周辺図形34として三角形、四角形および五角形の三種類の図形を用意しておき、各多角形の辺の数を示す数字キーの入力を対応する操作として設定してもよい。
【0076】
ところで、本例では、中心課題と周辺課題の発生頻度の比率を3:1としており、中心課題の発生頻度を周辺課題の発生頻度より高くしている。これは、対象となる運転タスクでは、中心視注意能力のほうが、周辺視注意能力よりも重要となるためである。また、中心課題の発生頻度を高くすることで、被験者は、周辺課題よりも中心課題に対処できるように、その視線を中心領域26に向けた状態を保とうとする。その結果、被験者の視線を適切な状態に保つことができるため、中心視注意能力および周辺視注意能力をより正確に測定できる。なお、中心課題と周辺課題との発生頻度の比率は、注意能力検査の目的に応じて、適宜、変更してもよい。
【0077】
また、本例では、1回の検査フローに含まれる検査セットの総数を、規定の目標回数imaxとし、中心課題と周辺課題の発生頻度の比率を3:1としている。こうした目標回数imaxおよび発生頻度の比率を、固定値とした場合、被験者は、次に発生する課題の種類を、事前に推測できてしまい、注意能力を正確に測定できないおそれがある。例えば、目標回数imaxが12回であり、発生頻度の比率が3:1と決まっていたとする。この場合において、検査セットを11回実行した時点で、中心課題が9回、周辺課題が2回発生すれば、最後の検査セットは、周辺検査セットであることが容易に予想でき、被験者が、注意を周辺領域に積極的に向けるおそれがある。かかる場合、周辺視注意能力を正確に測定できない。そこで、次に行われる検査セットの種類の予想を難しくするために、発生頻度の比率、および、目標回数imaxの少なくとも一方を、ランダムに変更してもよい。
【0078】
また、これまで説明した構成は、いずれも一例であり、少なくとも、定常表示と並行して、中心課題および周辺課題の少なくとも一方をランダムに発生させ、当該課題の発生から対応する操作の入力までの反応時間を測定し、測定された反応時間に基づいて被験者の注意能力を測定するのであれば、その他の構成は、適宜、変更されてもよい。例えば、上記の例では、中心課題と周辺課題を同時に発生させない構成としているが、中心課題および周辺課題は、並行して発生させてもよい。例えば、中心図形32の膨張を開始した後、中心課題に対応付けられた操作が入力される前に、周辺領域28に周辺図形34を表示させてもよい。
【0079】
また、上記の例では、定常表示として、中心図形32を点滅させながら等速移動させているが、こうした点滅および等速移動の少なくとも一方は、なくてもよい。また、これまでの説明では、表示エリア24は、連続した一塊のエリアである場合を例に挙げて説明しているが、表示エリア24は、複数に分割されていてもよい。例えば、複数のディスプレイ(例えばスマートホンのディスプレイ)を用意しておき、そのうちの一つを中心領域26をカバーする位置に配置し、残りのディスプレイを、周辺領域28をカバーする位置に配置してもよい。かかる構成とすることで、大画面の表示器12が不要となるため、注意能力検査装置10を比較的、安価で構成できる。注意能力検査装置10は、車両に搭載されてもよい。例えば、中心図形32を、インスツルメントパネルに設けられたメータ用ディスプレイに表示し、周辺図形34を、ブラインドスポットモニタリングインジケータに替えて、サイドミラーに表示してもよい。かかる構成とすることで、車両の運転タスクに必要な注意能力を、運転開始前に容易に検査できる。
【0080】
また、本明細書で開示した注意能力検査の技術は、自動車の運転能力の有無や、ユーザインターフェースの良否判定だけでなく、他の目的に使用してもよい。例えば、本明細書で開示する技術は、飲酒や、精神に作用する薬剤(例えば抗うつ薬等)の服用が注意能力に与える影響の検査に用いてもよい。また、本明細書で開示する技術は、緑内障等に起因する視野欠損の検知に用いてもよい。
【符号の説明】
【0081】
10 注意能力検査装置、12 表示器、14 入力装置、16 コントローラ、18 プロセッサ、20 メモリ、22 タイマー、24 表示エリア、26 中心領域、28 周辺領域、30 中間領域、32 中心図形、34 周辺図形、44 ルート図形、46 画像出力部、48 課題発生部、50 中心画像生成部、52 周辺画像生成部、54 計測部、56 評価部。