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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-10-02
(45)【発行日】2023-10-11
(54)【発明の名称】燃料電池用セパレータの製造方法
(51)【国際特許分類】
   H01M 8/0228 20160101AFI20231003BHJP
   H01M 8/0206 20160101ALI20231003BHJP
   H01M 8/021 20160101ALI20231003BHJP
   H01M 8/0213 20160101ALI20231003BHJP
   H01M 8/0271 20160101ALI20231003BHJP
【FI】
H01M8/0228
H01M8/0206
H01M8/021
H01M8/0213
H01M8/0271
【請求項の数】 3
(21)【出願番号】P 2020171807
(22)【出願日】2020-10-12
(65)【公開番号】P2022063506
(43)【公開日】2022-04-22
【審査請求日】2022-09-20
(73)【特許権者】
【識別番号】000003207
【氏名又は名称】トヨタ自動車株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002572
【氏名又は名称】弁理士法人平木国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】谷野 仁
【審査官】山本 雄一
(56)【参考文献】
【文献】特開2010-049904(JP,A)
【文献】特開2010-129464(JP,A)
【文献】特開2008-204876(JP,A)
【文献】特開2016-030845(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01M 8/00- 8/0297
H01M 8/08- 8/2495
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
発電体を挟持する発電体挟持部と、当該発電体挟持部の外周に設けられ、発電体挟持部をシールするシール部材を配設するシール部材配設部と、を有する燃料電池用セパレータの製造方法であって、
金属基材を準備する工程と、
金属基材において発電体挟持部となる領域以外の領域に、金属基材と間隙を設けてマスキング部材を配置する工程と、
金属基材表面上にチタンを成膜してチタン層を形成する工程であって、
チタンの成膜が、アンバランスドマグネトロンスパッタ法を用いて、-50V以下のバイアス電圧下、発電体挟持部となる領域の端部におけるチタン層の膜厚が、76nm以上になるまで実施される工程と、
金属基材のチタン層上にカーボンを成膜してカーボン層を形成する工程であって、
カーボンの成膜が、フィルターレスアークイオンプレーティング法を用いて、-450V~-250Vのバイアス電圧下、シール部材配設部となる領域の発電体挟持部となる領域側の端部におけるカーボン層の膜厚が、5nm以下になるように実施される工程と
を含む、燃料電池用セパレータの製造方法。
【請求項2】
チタンの成膜が、アンバランスドマグネトロンスパッタ法を用いて、-350V以上のバイアス電圧下で実施される、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
金属基材が、ステンレスである、請求項1又は2に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、燃料電池用セパレータの製造方法及び燃料電池用セパレータに関する。
【背景技術】
【0002】
燃料電池は、燃料ガス(水素)と酸化剤ガス(酸素)との反応により起電力を生じる単セルを所定数だけ積層したスタック構造を有する。単セルは、電解質膜の両面にアノード及びカソードの電極層(触媒層及びガス拡散層)を備える膜電極接合体と、当該膜電極接合体の両面にそれぞれ配置されるセパレータを有する。
【0003】
燃料電池用セパレータは、単セルを電気的に直列接続する機能並びに燃料ガス、酸化剤ガス及び冷却水を互いに遮断する隔壁としての機能を有する。
【0004】
このような燃料電池用セパレータについて、様々な研究が行われている。
【0005】
例えば、特許文献1には、物理蒸着法又は化学蒸着法を用いて金属基板上にアモルファスカーボン層を形成するアモルファスカーボン層形成工程と、前記物理蒸着法又は前記化学蒸着法と同一若しくは異なる方法を用いて前記アモルファスカーボン層に導電部を形成する導電部形成工程とを備えることを特徴とする燃料電池用セパレータの製造方法であって、前記アモルファスカーボン層形成工程及び前記導電部形成工程の物理蒸着法は、フィルターレスアークイオンプレーティング法であり、前記フィルターレスアークイオンプレーティング法を用いて前記アモルファスカーボン層を形成するとともに、前記導電部としての黒鉛部を形成し、前記アモルファスカーボン層及び前記黒鉛部を形成する際に、前記金属基板に印加するバイアス電圧が、-1000V~-150Vの範囲であることを特徴とする燃料電池用セパレータの製造方法が開示されている。
【0006】
特許文献2には、金属基材層上に中間層を形成し、前記中間層上にスパッタリング法又はイオンプレーティング法により導電性炭素層を形成して、金属基材層、中間層及び導電性炭素層の積層体を形成し、前記積層体をプレスにより成形することを有する、金属基材層と、前記金属基材層上に形成される中間層と、前記中間層上に位置する導電性炭素を含む導電性炭素層とを有する導電部材からなる燃料電池用セパレータであって、前記導電性炭素層の一部に中間層露出部を有する、導電部材からなる燃料電池用セパレータの製造方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特開2008-204876号公報
【文献】特開2010-129464号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
一般に、燃料電池用セパレータの一方の面には、単セル内に反応ガスを流すための反応ガス流路が形成され、他方の面には単セル内に冷却媒体を流すための冷却媒体流路が形成されている。また、燃料電池用セパレータの周縁部には、反応ガスの入口及び出口として機能する反応ガスマニホールド開口と、冷却媒体流路の入口及び出口として機能する冷却媒体マニホールド開口とが形成されている。さらに、反応ガス流路や、冷却媒体流路、反応ガスマニホールド開口、冷却媒体マニホールド開口の周囲には、適宜、それぞれの流体の漏洩を抑制するためのシール部材が設けられている。
【0009】
燃料電池用セパレータは、反応ガスであるH、Oや、冷却媒体である冷却水などの流体の漏洩を抑制するためのシール部材である樹脂シートやガスケットなどの他部材と接着させる必要があり、したがって、燃料電池用セパレータと、他部材、例えばシール部材との接着に使用される接着剤などとの接着性及びシール信頼性は、燃料電池用セパレータの特性における重要な要素である。
【0010】
また、燃料電池用セパレータにおける発電体を挟持する発電体挟持部には、発電体により発生した電気を伝導するために低い接触抵抗であること、さらに、耐食性を有することが要求される。
【0011】
そこで、燃料電池用セパレータに当該特性を付与するために、燃料電池用セパレータにおける発電体を挟持する発電体挟持部を含む範囲に、当該範囲以外にマスクをして、物理蒸着(Physical Vapor Deposition:PVD)を実施することで、カーボン層/チタン層を成膜する。燃料電池用セパレータにおける耐食性はチタン層によって担保され、燃料電池用セパレータにおける低接触抵抗はカーボン層によって担保される。
【0012】
しかしながら、従来の技術においては、カーボン層/チタン層の各層の特性についての言及はあるものの、生産性に優れた製品を作るための各層の膜厚分布条件、成膜条件を規定しているものはなく、優れた特性を保有しながら、低コストに製造できる燃料電池用セパレータの設計及び製造条件は明らかになっていない。
【0013】
したがって、本発明は、セパレータ全体において十分な耐食性を有し、発電体挟持部において低接触抵抗を有し、シール部材配設部において改善されたシール部材との接着性(すなわち、シール部材配設部とシール部材を接着するための接着剤との接着性)を有する燃料電池用セパレータを低コストで製造する方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
(耐食性)
燃料電池用セパレータにおける発電体を挟持する発電体挟持部の中央部には、優れた耐食性が求められるため、一定の膜厚を有するチタン層が必要とされる。一方で、発電体挟持部の端部においても、発電体挟持部の中央部ほどではないが、部品全体の耐食性を担保するために、ある程度の膜厚を有するチタン層を成膜することが好ましい。しかしながら、発電体挟持部の端部について、発電体挟持部の中央部と同程度の膜厚を有するチタン層を成膜することは、コストアップにつながる。したがって、燃料電池用セパレータでは、発電体挟持部の中央部及び発電体挟持部の端部それぞれについてチタン層の膜厚を設定することによって、各部分の要求に応じた耐食性を過不足なく付与することができる。
【0015】
(低接触抵抗、接着性及びシール信頼性)
燃料電池用セパレータにおける発電体を挟持する発電体挟持部には、低接触抵抗が求められるため、一定の膜厚を有するカーボン層が必要とされる。一方で、発電体挟持部の外周に設けられ、発電体挟持部をシールするシール部材を配設するシール部材配設部については、発電体挟持部と同程度の膜厚のカーボン層が存在すると、シール部材との接着性及びシール信頼性が低下してしまう。したがって、燃料電池用セパレータでは、発電体挟持部及びシール部材配設部それぞれについてカーボン層の膜厚を設定することによって、各部分の要求に応じた低接触抵抗、接着性及びシール信頼性を過不足なく付与することができる。
【0016】
カーボン層の成膜において、PVDとしてアークイオンプレーティング法を使用する場合、発電体挟持部には低接触抵抗であるカーボン層を成膜し、一方で、発電体挟持部以外の部分、特にシール部材配設部にはカーボン層をできる限り成膜しないように、発電体挟持部となる領域以外の領域に、金属基材と一定の間隔を空けてマスキング部材を設置する必要がある。アークイオンプレーティング法では、バイアス電圧を低くすることにより、低接触抵抗であるカーボン層を成膜できる。したがって、発電体挟持部に低接触抵抗であるカーボン層を成膜するためには、バイアス電圧を低くすればよい。しかしながら、発電体挟持部となる領域以外の領域にはマスキング部材が設置されているものの、前記のようにマスキング部材は金属基材と一定の間隔を空けて設置されているため、カーボンは、マスキング部材下の金属基材表面上にも回り込み、カーボン層として成膜される。バイアス電圧を低くすると、マスク下の金属基材上へのカーボンの回り込みが大きくなり、カーボン層のはみ出しも大きくなって、発電体挟持部以外の部分にもカーボン層が成膜されてしまう。前記の通り、シール部材配設部へのカーボン層の成膜はシール部材との接着性及びシール信頼性の低下につながるため、回り込みにより形成されたカーボン層の膜厚が薄いシール部材配設部を形成するためには、カーボン層の除去工程の追加や、燃料電池用セパレータを大きくせざるを得ず、部品サイズが大きくなり、搭載性及びコスト面で好ましくない。つまり、燃料電池用セパレータにおいて発電体挟持部及びシール部材配設部それぞれについて適切なカーボン層の膜厚を形成するためには、アークイオンプレーティング法におけるバイアス電圧を適切に設定する必要がある。
【0017】
本発明者らは、前記課題を解決するための手段を種々検討した結果、発電体を挟持する発電体挟持部と、当該発電体挟持部の外周に設けられ、発電体挟持部をシールするシール部材を配設するシール部材配設部と、を有する燃料電池用セパレータの製造方法において、金属基材における発電体挟持部となる領域以外の領域に、金属基材との間に間隙を設けてマスキング部材を配置し、発電体挟持部となる領域に、アンバランスドマグネトロンスパッタ法を用いて、特定の範囲のバイアス電圧下、特定の範囲の膜厚を有するチタン層を形成し、続いて、チタン層を形成した発電体挟持部となる領域に、フィルターレスアークイオンプレーティング法を用いて、特定の範囲のバイアス電圧下、特定の範囲の膜厚を有するカーボン層を形成することによって、セパレータ全体において十分な耐食性を有し、発電体挟持部において低接触抵抗を有し、シール部材配設部において改善されたシール部材との接着性を有する燃料電池用セパレータを低コストで製造することができることを見出し、本発明を完成した。
【0018】
すなわち、本発明の要旨は以下の通りである。
(1)発電体を挟持する発電体挟持部と、当該発電体挟持部の外周に設けられ、発電体挟持部をシールするシール部材を配設するシール部材配設部と、を有する燃料電池用セパレータの製造方法であって、
金属基材を準備する工程と、
金属基材において発電体挟持部となる領域以外の領域に、金属基材と間隙を設けてマスキング部材を配置する工程と、
金属基材表面上にチタンを成膜してチタン層を形成する工程であって、
チタンの成膜が、アンバランスドマグネトロンスパッタ法を用いて、-50V以下のバイアス電圧下、発電体挟持部となる領域の端部におけるチタン層の膜厚が、76nm以上になるまで実施される工程と、
金属基材のチタン層上にカーボンを成膜してカーボン層を形成する工程であって、
カーボンの成膜が、フィルターレスアークイオンプレーティング法を用いて、-450V~-250Vのバイアス電圧下、シール部材配設部となる領域の発電体挟持部となる領域側の端部におけるカーボン層の膜厚が、5nm以下になるように実施される工程と
を含む、燃料電池用セパレータの製造方法。
(2)チタンの成膜が、アンバランスドマグネトロンスパッタ法を用いて、-350V以上のバイアス電圧下で実施される、(1)に記載の方法。
(3)金属基材が、ステンレスである、(1)又は(2)に記載の方法。
(4)発電体を挟持する発電体挟持部と、当該発電体挟持部の外周に設けられ、発電体挟持部をシールするシール部材を配設するシール部材配設部と、を有する燃料電池用セパレータであって、
金属基材と、金属基材表面上に成膜されているチタン層と、チタン層上に成膜されているカーボン層とを有し、
発電体挟持部の端部におけるチタン層の膜厚が、76nm以上、且つ発電体挟持部の中央部におけるチタン層の膜厚の0.38倍以上であり、
シール部材配設部の発電体挟持部側の端部におけるカーボン層の膜厚が、5nm以下である
燃料電池用セパレータ。
【発明の効果】
【0019】
本発明により、セパレータ全体において十分な耐食性を有し、発電体挟持部において低接触抵抗を有し、シール部材配設部において改善されたシール部材との接着性を有する燃料電池用セパレータを低コストで製造する方法が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0020】
図1】実施例及び比較例において使用されたSUS304製のセパレータプレス品の模式図である。
図2】実施例及び比較例において使用されたマスク治具の模式図である。
図3】実施例及び比較例におけるSUS304製のセパレータプレス品をマスク治具に取り付けた状態の模式図である。
図4図3の模式図におけるA-A’断面の模式図である。
図5】実施例及び比較例における燃料電池用セパレータの試験片切り出し位置を模式的に示す図である。
図6図5の模式図におけるB-B’断面のチタン層膜厚及びカーボン層膜厚の移り変わりを模式的に示す図である。
図7】チタン成膜におけるバイアス電圧と、発電体挟持部の端部におけるチタン層の膜厚(t(Ti2))の発電体挟持部の中央部におけるチタン層の膜厚(t(Ti1))に対する比(t(Ti2)/t(Ti1))及び鉄溶出量との関係を示すグラフである。
図8】カーボン成膜におけるバイアス電圧と、接触抵抗及びシール部材配設部において一番カーボン層の膜厚が厚くなる中間部とシール部材配設部との境目部分のカーボン層膜厚(t(C2))との関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、本発明の好ましい実施形態について詳細に説明する。
本明細書では、適宜図面を参照して本発明の特徴を説明する。図面では、明確化のために各部の寸法及び形状を誇張しており、実際の寸法及び形状を正確に描写してはいない。それ故、本発明の技術的範囲は、これら図面に表された各部の寸法及び形状に限定されるものではない。なお、本発明の燃料電池用セパレータの製造方法及び燃料電池用セパレータは、下記実施形態に限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲において、当業者がおこない得る変更、改良などを施した種々の形態にて実施することができる。
【0022】
本発明は、発電体を挟持する発電体挟持部と、当該発電体挟持部の外周に設けられ、発電体挟持部をシールするシール部材を配設するシール部材配設部と、を有する燃料電池用セパレータの製造方法であって、金属基材を準備する工程と、金属基材において発電体挟持部となる領域以外の領域に、金属基材と間隙を設けてマスキング部材を配置する工程と、金属基材表面上にチタンを成膜してチタン層を形成する工程であって、チタンの成膜が、アンバランスドマグネトロンスパッタ法を用いて、特定範囲のバイアス電圧下、発電体挟持部となる領域の端部におけるチタン層の膜厚が特定の範囲になるまで実施される工程と、金属基材のチタン層上にカーボンを成膜してカーボン層を形成する工程であって、カーボンの成膜が、フィルターレスアークイオンプレーティング法を用いて、特定範囲のバイアス電圧下、シール部材配設部となる領域の発電体挟持部となる領域側の端部におけるカーボンの膜厚が特定の範囲になるように実施される工程とを含む、燃料電池用セパレータの製造方法、及びこのような製造方法によって製造することができる燃料電池用セパレータに関する。
【0023】
以下に、本発明の燃料電池用セパレータの製造方法の詳細を工程ごとに説明する。
【0024】
<工程1:金属基材を準備する工程>
まず、燃料電池用セパレータの材料となる金属基材を準備する。
【0025】
金属基材としては、当該技術分野において公知の金属基材を使用することができ、例えば、限定されないが、ステンレス(SUS:鉄、クロム、ニッケルの合金)などの金属(合金含む)製の略矩形の板を使用することができる。セパレータの材料である金属基材としては、ステンレス、例えばSUS304製の略矩形の板が好ましい。
【0026】
燃料電池用セパレータの材料として金属基材を選択することにより、金属基材上に以下で説明するPVDによってチタン層及びカーボン層を形成させることができ、金属基材としてステンレスを選択することで、セパレータの製造のコストを下げることができる。
【0027】
金属基材としては、予め最終的な燃料電池用セパレータの形状にプレスされた金属基材を使用することが好ましい。
【0028】
金属基材として予めプレスされた金属基材を使用することにより、チタン層及びカーボン層成膜後に、さらなるプレスをすることなく、燃料電池用セパレータを得ることができる。
【0029】
<工程2:金属基材において発電体挟持部となる領域以外の領域に、金属基材と間隙を設けてマスキング部材を配置する工程>
続いて、工程1で準備した金属基材に、マスキング部材を配置する。
【0030】
マスキング部材は、発電体挟持部となる領域以外の領域に、金属基材と間隙を設けて配置される。
【0031】
ここで、発電体挟持部は、燃料電池用セパレータにおいて、中央部に位置する発電体を挟持するための略矩形の部分であり、シール部材配設部は、燃料電池用セパレータにおいて、発電体挟持部の外周に設けられ、発電体挟持部をシールするシール部材を配設する部分である。
【0032】
また、発電体挟持部と当該発電体挟持部の外周に設けられるシール部材配設部との間には中間部が存在する。中間部は、金属基材とマスキング部材との間に間隙が存在することにより、以下で説明するチタン層及びカーボン層形成の工程(工程3及び4)において形成される部分である。中間部における発電体挟持部とシール部材配設部の間の最短距離は、限定されないが、短い方が好ましく、通常6mm以下、好ましくは3mm以下である。中間部における発電体挟持部とシール部材配設部の間の最短距離を前記範囲にすることにより、燃料電池用セパレータのサイズを小さくすることができる。
【0033】
したがって、発電体挟持部となる領域は、略矩形の板状の金属基材において、中央部に位置する金属基材より小さい略矩形の発電体を挟持するための領域であり、発電体挟持部となる領域以外の領域は、発電体挟持部となる領域の外周の領域、すなわち、中間部となる領域とシール部材配設部となる領域とを足し合せた領域である。
【0034】
マスキング部材とは、燃料電池用セパレータと同形状の板であって、チタン層及びカーボン層を成膜する発電体挟持部となる領域部分が空洞になっている板である。マスキング部材としては、燃料電池用セパレータと同じ金属製、例えばSUS304製であることが好ましい。マスキング部材がセパレータと同じ材質であることにより、PVD中に数百℃以上の温度になったセパレータ及びマスキングが、同じ線膨張係数を有するため、狙い成膜時位置のずれを比較的小さくすることができる。
【0035】
金属基材とマスキング部材との間の間隙は、金属基材とマスキング部材とが一定間隔を維持するように水平に設けられ、間隙の大きさ、すなわち金属基材とマスキング部材との間の距離は、限定されないが、短い方が好ましく、通常1mm以下、好ましくは0.2mm~0.5mmである。なお、金属基材として予めプレスされた金属基材を使用する場合には、金属基材は凹凸形状を有するため、間隙の大きさは当該凹凸形状に依存して変更し得るが、間隙の大きさは、金属基材とマスキング部材との間の最短距離が前記範囲になるように、設定することができる。
【0036】
以下で説明するチタン層及びカーボン層形成の工程(工程3及び4)における成膜時では、プラズマが金属基材に衝突することにより、金属基材の温度が上昇し、金属基材が膨張する。このとき、マスキング部材もまた膨張する。金属基材の温度上昇の方が、膨張量も大きくなるため、間隙がない、あるいは間隙が小さすぎると、処理中に金属基材が変形してしまう可能性がある。したがって、金属基材とマスキング部材との間に間隙を設けることで、工程3及び4における、金属基材の変形を抑制することができる。
【0037】
また、金属基材とマスキング部材との間の距離を前記範囲にすることにより、中間部が形成され、さらに中間部における発電体挟持部とシール部材配設部の間の最短距離を前記範囲に調整することが容易になる。
【0038】
<工程3:金属基材表面上にチタンを成膜してチタン層を形成する工程>
続いて、工程2においてマスキング部材により発電体挟持部となる領域以外の領域をマスクした金属基材表面上にチタンを成膜してチタン層を形成する。
【0039】
チタンの成膜は、PVDの1種であるアンバランスドマグネトロンスパッタ法(UBMS)を用いて実施する。
【0040】
ここで、アンバランスドマグネトロンスパッタ(UBMS)法は、スパッタカソードの磁場を意図的に非平衡にすることで、基板へのプラズマ照射を強化したスパッタリング方式で、緻密な薄膜の形成が可能となる。
【0041】
アンバランスドマグネトロンスパッタ法については、以下で説明するバイアス電圧の条件以外の条件、例えば、装置チャンバー内の初期真空度、金属基材表面のクリーニング条件(例えば、アルゴンボンバードメント処理の条件)、プラズマ生成用ガスの条件、成膜時間、成膜温度などは、当該技術分野で知られている条件(例えば、国際公開第2015/068776号を参照)を使用することができる。なお、成膜時間が長いほど膜厚が厚くなるため、成膜時間を調整することで、所望の膜厚を得ることができる。
【0042】
なお、本発明におけるチタン層の膜厚とは、対象となる部分のSEM又はTEM画像における、断面観察での測定3点平均値を意味する。
【0043】
アンバランスドマグネトロンスパッタ法におけるバイアス電圧は、-50V以下であり、好ましくは-350V~-50Vであり、より好ましくは-250V~-50Vである。なお、アンバランスドマグネトロンスパッタ法では、カソード(陰極)としてのターゲット(すなわち、チタン)と、アノード(陽極)としての金属基材との間でグロー放電を発生させて、不活性ガスのプラズマ、例えばArプラズマを形成し、Arプラズマ中のプラスにイオン化したArイオンがターゲット原子を弾き飛ばし、ターゲット原子を加速させて金属基材表面上に成膜するため、金属基材にはバイアス電圧としてマイナス(負)の電圧を印加する。また、本明細書では、負のバイアス電圧の高低を表現する場合に、0Vにより近い方のバイアス電圧を「バイアス電圧が高い」と表現する。
【0044】
マスキング部材により発電体挟持部となる領域以外の領域をマスクした金属基材表面上に、アンバランスドマグネトロンスパッタ法によりチタンを成膜することにより、発電体挟持部となる領域の中央部におけるチタン層の膜厚と、発電体挟持部となる領域の端部におけるチタン層の膜厚は、異なる値になり、発電体挟持部となる領域の端部におけるチタン層の膜厚の方が薄くなる。発電体挟持部となる領域の端部におけるチタン層の膜厚が発電体挟持部となる領域の中央部におけるチタン層の膜厚と比較して薄くなるのは、ターゲットから金属基材への成膜時にマスキング部材の端部が影になること、マスキング部材の端部が尖っているために磁場の影響を受けることなどが理由として挙げられる。なお、発電体挟持部となる領域の端部とは、発電体挟持部となる領域の末端部、すなわち、発電体挟持部となる領域における中間部となる領域との境目部分であり、発電体挟持部となる領域においてチタン層の膜厚が一番薄くなる部分である。発電体挟持部となる領域の端部から発電体挟持部となる領域の中心部に向かって約3mm(この値は、アンバランスドマグネトロンスパッタ法におけるバイアス電圧に依存し、バイアス電圧が高いほど短くなる傾向があり、本発明におけるバイアス電圧では約3mmになる)までの間は、膜厚が徐々に厚くなっていき、すなわち、チタン層の膜厚は、傾斜(遷移)しており、発電体挟持部となる領域において発電体挟持部となる領域の端部から発電体挟持部となる領域の中心部に向かって約3mmの位置から内側の領域である発電体挟持部の中央部は、発電体挟持部となる領域においてチタン層の膜厚が一番厚くなる部分である。
【0045】
アンバランスドマグネトロンスパッタ法は、発電体挟持部となる領域の端部におけるチタン層の膜厚が、76nm以上になるまで実施される。
【0046】
アンバランスドマグネトロンスパッタ法におけるバイアス電圧を前記範囲にすることにより、発電体挟持部となる領域の端部におけるチタン層の膜厚の発電体挟持部となる領域の中央部におけるチタン層の膜厚に対する比(発電体挟持部となる領域の端部におけるチタン層の膜厚/発電体挟持部となる領域の中央部におけるチタン層の膜厚)を0.38以上に調整することができる。また、アンバランスドマグネトロンスパッタ法を、発電体挟持部となる領域の端部、すなわち発電体挟持部となる領域における一番薄い部分のチタン層の膜厚が前記範囲になるまで実施することにより、燃料電池用セパレータ全体の耐食性を向上させることができる。なお、耐食性は、鉄溶出性試験などにより確認することができる。
【0047】
さらに、アンバランスドマグネトロンスパッタ法におけるバイアス電圧を前記範囲にし、アンバランスドマグネトロンスパッタ法を発電体挟持部となる領域の端部におけるチタン層の膜厚を前記範囲になるまで実施することにより、発電体挟持部となる領域の中央部におけるチタン層の膜厚を、通常200nm以上、好ましくは200nm~500nmに調整することができる。発電体挟持部となる領域の中央部におけるチタン層の膜厚が前記範囲に調整されることによって、燃料電池用セパレータの耐食性が確保される。
【0048】
なお、アンバランスドマグネトロンスパッタ法では、プラズマの回り込みによって、マスキング部材下の金属基材、すなわち中間部となる領域及びシール部材配設部となる領域の表面上にもチタン層が成膜される。プラズマの回り込みの量によって、チタン層の膜厚が変化し、チタン層の膜厚は、中間部となる領域>シール部材配設部となる領域となる。中間部となる領域及びシール部材配設部となる領域のチタン層は、セパレータの耐食性に影響を及ぼさないため、膜厚は限定されない。
【0049】
<工程4:金属基材のチタン層上にカーボンを成膜してカーボン層を形成する工程>
続いて、工程3においてマスキング部材により発電体挟持部となる領域以外の領域をマスクした金属基材表面上にチタン層が形成された金属基材のチタン層上にカーボンを成膜してカーボン層を形成する。
【0050】
カーボンの成膜は、PVDの1種であるフィルターレスアークイオンプレーティング(AIP)法を用いて実施する。
【0051】
ここで、フィルターレスアークイオンプレーティング法は、陽極と陰極を構成するターゲットとの間で生じさせたアーク放電によって生成したイオン化物質(ターゲットが蒸発し、イオン化したものであり、以下イオン化蒸発物質という)を、金属基材にバイアス電圧を印加することにより加速させ、金属基材上にイオン化蒸発物質を成膜する方法である。
【0052】
フィルターレスアークイオンプレーティング法については、以下で説明するバイアス電圧の条件以外の条件、例えば、装置チャンバー内の初期真空度、金属基材表面のクリーニング条件(例えば、アルゴンボンバードメント処理の条件)、プラズマ生成用ガスの条件、成膜時間、成膜温度などは、当該技術分野で知られている条件(例えば、特許文献1を参照)を使用することができる。なお、成膜時間が長いほど膜厚が厚くなるため、成膜時間を調整することで、所望の膜厚を得ることができる。
【0053】
なお、本発明におけるカーボン層の膜厚とは、対象となる部分のSEM又はTEM画像における断面観察結果より得られる測定3点平均値を意味する。
【0054】
フィルターレスアークイオンプレーティング法におけるバイアス電圧は、-450V~-250V、好ましくは-350V~-250Vである。なお、フィルターレスアークイオンプレーティング法では、アンバランスドマグネトロンスパッタ法においてバイアス電圧としてマイナス(負)の電圧を印加する原理と同様に、プラスにイオン化したイオン化蒸発物質を加速させてチタン層を成膜した金属基材表面上に成膜するため、金属基材にはマイナス(負)の電圧を印加する。
【0055】
マスキング部材により発電体挟持部となる領域以外の領域をマスクしたチタン層が成膜されている金属基材表面上に、フィルターレスアークイオンプレーティング法によりカーボンを成膜することにより、発電体挟持部となる領域の中央部におけるカーボン層の膜厚と、発電体挟持部となる領域の端部におけるカーボン層の膜厚は、異なるものになり、発電体挟持部となる領域の端部におけるカーボン層の膜厚の方が薄くなる。発電体挟持部となる領域の端部におけるカーボン層の膜厚が発電体挟持部となる領域の中央部におけるカーボン層の膜厚と比較して薄くなるのは、ターゲットから金属基材への成膜時にマスキング部材の端部が影になること、マスキング部材の端部が尖っているために磁場の影響を受けることなどが理由として挙げられる。なお、発電体挟持部となる領域の端部とは、発電体挟持部となる領域の末端部、すなわち、発電体挟持部となる領域における中間部となる領域との境目部分であり、発電体挟持部となる領域においてカーボン層の膜厚が一番薄くなる部分である。発電体挟持部となる領域の端部から発電体挟持部となる領域の中心部に向かって約3mm(この値は、フィルターレスアークイオンプレーティング法におけるバイアス電圧に依存し、バイアス電圧が高いほど短くなる傾向があり、本発明におけるバイアス電圧では約3mmになる)までの間は、膜厚が徐々に厚くなっていき、すなわち、カーボン層の膜厚は、傾斜しており、発電体挟持部となる領域において発電体挟持部となる領域の端部から発電体挟持部となる領域の中心部に向かって約3mmの位置から内側の領域である発電体挟持部の中央部は、発電体挟持部となる領域においてカーボン層の膜厚が一番厚くなる部分である。
【0056】
さらに、フィルターレスアークイオンプレーティング法では、プラズマの回り込みによって、マスキング部材下の金属基材のチタン層上、すなわち中間部となる領域及びシール部材配設部となる領域のチタン層上にもカーボン層が成膜される。プラズマの回り込みの量によって、カーボン層の膜厚が変化し、カーボン層の膜厚は、中間部となる領域>シール部材配設部となる領域となる。
【0057】
フィルターレスアークイオンプレーティング法は、シール部材配設部となる領域におけるカーボン層の膜厚、特にシール部材配設部となる領域の発電体挟持部となる領域側の端部、すなわち、シール部材配設部となる領域における中間部となる領域との境目部分のカーボン層の膜厚が、5nm以下、好ましくは3nm以下になるように実施される。なお、シール部材配設部となる領域におけるカーボン層の膜厚は、薄いほど好ましいため、下限値は設定されない。
【0058】
フィルターレスアークイオンプレーティング法におけるバイアス電圧を前記範囲にすることにより、発電体挟持部となる領域及びシール部材配設部となる領域におけるカーボン層の膜厚のバランスを適切に調整して、発電体挟持部となる領域の低接触抵抗と、シール部材配設部とシール部材との良好な接着性とを確保することができる。さらに、フィルターレスアークイオンプレーティング法におけるバイアス電圧を前記範囲にすることにより、より緻密な低接触抵抗であるカーボン層を成膜することができ、発電体挟持部においてより低い接触抵抗を確保することができる。カーボン層の結晶性は、例えばラマン分光分析、X線回折法などにより測定することができる。
【0059】
発電体挟持部となる領域の中央部におけるカーボン層の膜厚は、限定されないが、通常75nm以上である。発電体挟持部となる領域の中央部におけるカーボン層の膜厚を前記範囲になることによって、セパレータの低接触抵抗を確保することができる。
【0060】
本発明の燃料電池用セパレータの製造方法において、工程1~4は、連続して実施することができ、この場合、マスキング部材は、工程1~4の間で変更しない。
【0061】
以上において説明した本発明の燃料電池用セパレータの製造方法によって得ることができる本発明の燃料電池用セパレータは、発電体を挟持する発電体挟持部と、当該発電体挟持部の外周に設けられ、発電体挟持部をシールするシール部材を配設するシール部材配設部と、を有する燃料電池用セパレータであって、金属基材と、金属基材表面上に成膜されているチタン層と、チタン層上に成膜されているカーボン層とを有し、発電体挟持部の端部におけるチタン層の膜厚が、76nm以上、且つ発電体挟持部の中央部におけるチタン層の膜厚の0.38倍以上であり、シール部材配設部の発電体挟持部側の端部におけるカーボン層の膜厚が、5nm以下である燃料電池用セパレータである。なお、本発明の燃料電池用セパレータにおける特性は、本発明の燃料電池用セパレータの製造方法において説明した通りである。
【0062】
本発明における燃料電池用セパレータは、燃料電池セル(単セル)の構成要素であり、膜電極接合体(電解質膜、該電解質膜の両面に配置されるアノード及びカソードの電極層)の両面に配置される。
【0063】
本発明における燃料電池用セパレータは、当該技術分野において公知の燃料電池セルの構成要素、例えば膜電極接合体、シール部材などと例えば接着剤により接着されて、燃料電池セルが製造される。
【0064】
本発明における燃料電池用セパレータを用いて製造された燃料電池セルは、固体高分子形燃料電池などの各種電気化学デバイスにおいて使用することができる。
【実施例
【0065】
以下、本発明に関するいくつかの実施例につき説明するが、本発明をかかる実施例に示すものに限定することを意図したものではない。
【0066】
I.燃料電池用セパレータの製造
以下の手順にしたがって、燃料電池用セパレータを製造した。
【0067】
1.金属基材を準備する工程
金属基材としてSUS304製のセパレータプレス品を準備した。図1にSUS304製のセパレータプレス品の模式図を示す。
【0068】
2.金属基材において発電体挟持部となる領域以外の領域に、金属基材と間隙を設けてマスキング部材を配置する工程
1の工程で準備したSUS304製のセパレータプレス品を、発電体挟持部となる領域以外の領域がマスキングされるように、マスキング部材としてのマスク治具に、金属基材とマスキング部材との間に0.5mmの間隙を設けて配置した。図2にマスク治具の模式図を示す。図3にSUS304製のセパレータプレス品をマスク治具に取り付けた状態の模式図を示す。図4図3の模式図におけるA-A’断面の模式図を示す。
【0069】
3.金属基材表面上にチタンを成膜してチタン層を形成する工程
2の工程で準備したマスク治具を取り付けたセパレータプレス品を、バッチ式のPVD処理装置に導入した。続いて、試料室を0.1Paまで真空引きし、ヒータを使用して150℃まで加熱した。Ar流量120sccm、バイアス電圧-200Vでスパッタクリーニングを5分間実施した。
【0070】
マグネトロンスパッタ法(MS)、アンバランスドマグネトロンスパッタ法(UBMS)、又はフィルターレスアークイオンプレーティング法(AIP)を使用して、金属基材表面上にチタンを成膜してチタン層を形成した。真空度は、いずれの方法においても、0.3Paに調節した。また、各成膜方法では、発電体挟持部となる領域の中央部におけるチタン層の膜厚が200nmになるように処理時間を調整した。
【0071】
4.金属基材のチタン層上にカーボンを成膜してカーボン層を形成する工程
マグネトロンスパッタ法(MS)、又はフィルターレスアークイオンプレーティング法(AIP)を使用して、3の工程でチタン層を成膜した金属基材のチタン層上にカーボンを成膜してカーボン層を形成した。真空度は、いずれの方法においても、0.3Paに調節した。また、各成膜方法では、発電体挟持部となる領域の中央部におけるカーボン層の膜厚が75nmになるように処理時間を調整した。
【0072】
1~4までの工程完了後、試料を装置から取出し、マスク治具を取り外し、燃料電池用セパレータを得た。
【0073】
II.燃料電池用セパレータの評価
得られた燃料電池用セパレータについて、各層の膜厚測定、接着性(シール性)評価、接触抵抗測定、耐食性測定を実施した。
【0074】
膜厚測定:所定の膜厚測定位置から試料を切り出し、SEM又はTEMの断面観察により膜厚を計測した。観察部では、3カ所の膜厚の平均値を膜厚として採用した。
【0075】
接着性(シール性)評価:カーボン層の膜厚が5nm以下であれば接着性を確保できることが判明していることから、シール部材配設部において一番カーボン層の膜厚が厚くなる中間部とシール部材配設部との境目部分のカーボン層膜厚測定を実施し、当該膜厚が5nm以下であればシール性が確保されていることを確認した。
【0076】
接触抵抗測定:得られた燃料電池用セパレータから試験片(評価面積4cm×4cm)を切り出し、切り出した試験片について、電気化学セルを用いて、定電位試験(硫酸(pH3)、0.9V vs 標準水素電極、300時間試験)を実施し、定電位試験実施後の試験片について、ガス拡散層(GDL)との接触抵抗を4端子法にて測定することで評価した。図5に試験片切り出し位置を模式的に示す。接触抵抗は低いことが好ましい。
【0077】
耐食性測定:接触抵抗測定における定電位試験後の試験片を浸漬させていた溶液中の鉄イオン濃度を測定することで評価した。鉄イオン濃度は低いことが好ましい。
【0078】
III.燃料電池用セパレータの評価結果
表1に結果を示す。表1では、調製した燃料電池用セパレータにおいて、膜厚測定による発電体挟持部の端部におけるチタン層の膜厚(t(Ti2))が発電体挟持部の中央部におけるチタン層の膜厚(t(Ti1))の0.38倍~0.60倍であり、接着性(シール性)評価によるシール部材配設部において一番カーボン層の膜厚が厚くなる中間部とシール部材配設部との境目部分のカーボン層膜厚(t(C2))が5nm以下であり、接触抵抗測定による接触抵抗が6mΩ・cm以下であり、耐食性測定による鉄イオン濃度が2.0×10-10mol/cm/Hr以下であったものを実施例とし、前記評価において1つでも前記範囲から外れたものを比較例とした。
【0079】
【表1】
【0080】
発電体挟持部と当該発電体挟持部の外周に設けられるシール部材配設部との間の中間部は6mmであった。
【0081】
図6に、図5の模式図におけるB-B’断面のチタン層膜厚及びカーボン層膜厚の移り変わりを模式的に示す。
(チタン成膜条件)
図7に、チタン成膜におけるバイアス電圧と、発電体挟持部の端部におけるチタン層の膜厚(t(Ti2))の発電体挟持部の中央部におけるチタン層の膜厚(t(Ti1))に対する比(t(Ti2)/t(Ti1))及び鉄溶出量との関係を示す。表1、図6及び図7より、バイアス電圧が低いほど、発電体挟持部の端部におけるチタン層の膜厚(t(Ti2))の降下量は小さいことがわかった。一方で、バイアス電圧が-50Vより高くなるとt(Ti2)の降下量が急に大きくなり、発電体挟持部の中央部におけるチタン層の膜厚(t(Ti1))の1/3未満になることがわかった。このようなバイアス電圧が-50Vより高くなる条件下で得られた膜厚を有する燃料電池用セパレータでは、耐食性測定において鉄溶出量が増加することがわかり、MEAに悪影響を与える耐食性の低下となることがわかった。したがって、チタン成膜条件において、バイアス電圧は-50V以下が必要であることがわかった。
【0082】
また、耐食性の向上は全体のチタン膜厚を増加させることで可能であるが、表面処理時間が大幅に長くなるためコスト高となってしまう。したがって、発電体挟持部の端部におけるチタン層の膜厚(t(Ti2))は、発電体挟持部の中央部におけるチタン層の膜厚(t(Ti1))の0.38倍~0.60倍が好ましいことがわかった。
【0083】
さらに、バイアス電圧は、低いほど特性がよいが、-350V未満では成膜速度の低下を招くため、-350V以上が好ましく、-250V以上がより好ましいことがわかった。
【0084】
加えて、チタンをAIPにて成膜する場合は、膜表面にドロップレットが発生し、優れた耐食性を得ることができなかった。したがって、チタン成膜方法はUBMSが好ましいことがわかった。
【0085】
(カーボン成膜条件)
図8に、カーボン成膜におけるバイアス電圧と、接触抵抗及びシール部材配設部において一番カーボン層の膜厚が厚くなる中間部とシール部材配設部との境目部分のカーボン層膜厚(t(C2))との関係を示す。表1、図6及び図8より、カーボンのマスク下への回り込み量(=膜厚t(C2))は、バイアス電圧が低いほど大きくなり、バイアス電圧が-450Vより低い場合には、t(C2)は5nm以上となり、シール性がNGとなってしまうことがわかった。
【0086】
一方で、定電位試験後の接触抵抗はバイアス電圧が低いほど優れていることがわかった。つまり、カーボン層の成膜時におけるバイアス電圧が低いほど、より緻密な低接触抵抗であるカーボン層を成膜することができることがわかった。
【0087】
したがって、接着性(シール性)と接触抵抗を両立できる範囲は、-450V~-250Vであることがわかった。
【0088】
表2に、比較例1~7及び実施例1~6における評価結果をまとめる。表2では、特性が良好である場合には○を示し、特性が悪い場合には×を示している。さらに、表3にチタン成膜条件及びカーボン成膜条件の好ましい成膜方法及びバイアス電圧をまとめる。
【0089】
【表2】
【0090】
【表3】
【0091】
なお、中間部において、発電体挟持部とシール部材配設部の間の最短距離を長くすることで、t(C2)を5nm以下にすることは可能であるが、燃料電池用セパレータ自体が大きくなってしまうため、部品コスト、部品搭載性を考慮すると好ましくない。
【0092】
また、さらに小さな鉄溶出量を要求されるセパレータにおいては、発電体挟持部の端部におけるチタン層の膜厚(t(Ti2))に、より厚いチタン膜厚が必要となる場合がある。その場合には、マスク窓を成膜範囲、すなわち発電体挟持部となる領域よりわずかに大きく作ることで対応可能である。その場合のチタン及びカーボン成膜条件の選定の考え方も、本発明の考え方に基づき選定可能である。
【符号の説明】
【0093】
1:発電体挟持部となる領域
2:シール部材配設部となる領域
3:中間部となる領域
4:マスク治具
5:発電体挟持部となる領域と同形状の空洞
6:セパレータプレス品
7:発電体挟持部
8:シール部材配設部
9:中間部
10:接触抵抗及び耐食性試験用試験片切り出し位置(評価面積4cm×4cm)
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8