(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-10-02
(45)【発行日】2023-10-11
(54)【発明の名称】抗真菌剤のスクリーニング方法
(51)【国際特許分類】
C12Q 1/04 20060101AFI20231003BHJP
C12N 15/09 20060101ALN20231003BHJP
【FI】
C12Q1/04
C12N15/09 Z ZNA
(21)【出願番号】P 2019124886
(22)【出願日】2019-07-04
【審査請求日】2022-06-28
(73)【特許権者】
【識別番号】399086263
【氏名又は名称】学校法人帝京大学
(73)【特許権者】
【識別番号】501481492
【氏名又は名称】株式会社ゲノム創薬研究所
(74)【代理人】
【識別番号】110002136
【氏名又は名称】弁理士法人たかはし国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】関水 和久
【審査官】大久保 智之
(56)【参考文献】
【文献】特表2004-511756(JP,A)
【文献】Genes to Cells ,2007年,Vol.12,pp.547-559
【文献】Genes to Cells,2003年,Vol.8,pp.779-788
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12Q 1/00-70
C12N 15/00-90
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
真菌におけるRNAポリメラーゼIIの伸長活性を促進するタンパク質である転写伸長因子S-IIを標的として、評価対象化合物の中から真菌の病原性を低下させる抗真菌剤を選択する
抗真菌剤のスクリーニング方法であって、
該抗真菌剤は、真菌の増殖を実質的に阻害しない若しくは真菌を殺菌しないが、該真菌による病原性の発現を抑制する病原性発現抑制剤、又は、真菌の増殖を実質的に阻害しない若しくは真菌を殺菌しないが、該真菌に感染することを阻害する抗真菌感染剤であることを特徴とする抗真菌剤のスクリーニング方法。
【請求項2】
S-II存在下でのRNAポリメラーゼIIによるRNA合成量が、評価対象化合物の添加によって低下する程度を尺度として、該評価対象化合物の中から抗真菌剤を選択する請求項1に記載の抗真菌剤のスクリーニング方法。
【請求項3】
S-II存在下でのRNAポリメラーゼIIによるRNA合成量が、評価対象化合物の添加によって、S-II不存在下でのRNAポリメラーゼIIによるRNA合成量にまで低下する程度を尺度とする請求項1又は請求項2に記載の抗真菌剤のスクリーニング方法。
【請求項4】
上記病原性のもたらす病気が、表在性真菌症又は深在性真菌症である請求項1ないし請求項3の何れかの請求項に記載の抗真菌剤のスクリーニング方法。
【請求項5】
上記
病原性のもたらす病気が日和見感染症である
請求項1ないし請求項4の何れかの請求項に記載の抗真菌剤のスクリーニング方法。
【請求項6】
請求項1ないし請求項
5の何れかの請求項に記載の抗真菌剤のスクリーニング方法を用いて抗真菌剤を選択することを特徴とする抗真菌剤の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、抗真菌剤のスクリーニング方法に関し、詳しくは、真菌の転写伸長因子S-IIを標的とする抗真菌剤のスクリーニング方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
肺、肝臓、腎臓、脳等に真菌が入り込む深在性真菌症により、世界で年間100万人以上が亡くなっているが、治療に用いられている抗真菌剤としては、作用・機序別に約4種類が存在しているに過ぎなく、十分な数の抗真菌剤があるとは言えない。
また、黄癬、白癬、瘢風、渦状癬、皮膚カンジダ症等の表在性真菌症も深刻である。
中でも、抵抗力が落ちたヒトに対して真菌が感染する日和見感染症も大きな問題となっている。
【0003】
一方、RNAポリメラーゼIIは、エーリッヒ腹水腫瘍細胞の抽出物からRNAPIIの活性促進因子として同定され(非特許文献1等)、精製されたタンパク質である(非特許文献2)。
転写伸長因子S-II(以下、単に「S-II」と略記する)は、真菌におけるRNAポリメラーゼIIの伸長活性を促進するタンパク質である(非特許文献1等)。
S-IIとホモロジーを有するタンパク質は、出芽酵母からヒトに至る真核細胞の核内に普遍的に存在している。S-IIは、転写の伸長段階における転写の忠実度の維持に必要である。
S-IIは、in vitroで、誤ったヌクレオチドが取り込まれた時にRNAPIIが有するエキソヌクレアーゼ活性を促進して、そのヌクレオチドを除去する機能を有する(非特許文献3、4)。
【0004】
S-IIによるRNAPIIの促進が、Mnイオンに依存して見られるのは、Mnイオン存在下で転写の忠実度が低下するためと考えられている。
また、S-II遺伝子を欠損した出芽酵母は、生存可能であるが、酸化ストレス条件下では転写忠実度が低下し、増殖が抑制される(非特許文献5)。従って、S-IIは、環境からの酸化ストレスによるヌクレオチドの化学修飾による転写の忠実度の低下に対して、それを校正する機能を有していると考えられる。
【0005】
S-IIは、欠損しても増殖は可能であるが(非特許文献6)、S-IIを阻害することで真菌の病原性が下がる可能性があり、従って、S-IIを標的とする化合物は、真菌の病原性を阻害する優れた抗真菌剤となる可能性がある。
【0006】
真菌の中でも、例えば、クリプトコッカス ネオフォルマンス(Cryptococcus neoformans)は、日和見感染症の原因となる病原性真菌であり、呼吸器疾患や髄膜炎等を引き起こす。また、C. neoformansは、echinocandin系の薬剤に自然耐性であり、耐性菌も分離されており、臨床上問題となっている。
C. neoformansは、環境からの酸化ストレス等の刺激に対応して遺伝子発現調節を行い、感染を成立させていると考えられている。C. neoformansは、そのゲノム中にS-IIをコードするDST1遺伝子を有している(
図1)。しかし、これまでに、S-IIが、C. neoformansの病原性に関わるか否かは不明であった。
【0007】
一方、従来、真菌の病原性の評価には、マウスやラット等の哺乳動物が用いられてきた。しかしながら、哺乳動物を病原性の評価に用いることは、コストばかりでなく動物愛護の観点からの倫理的問題があった。
本発明者らは、この問題を解決する方法として、古来、養蚕業で用いられてきたカイコを利用し、既に、C. neoformansがカイコを殺傷することを見出し報告している(非特許文献7)。
【0008】
前記した通り、現時点で十分な数の抗真菌剤があるとは言えない上に、現行の抗真菌剤には強い副作用があるものが存在する。
また、同一の抗真菌剤を用い続けると薬剤耐性菌が生まれ、真菌の種類によっては効果を示さなくなる場合があるため、新しい抗真菌剤を常に開発していく必要がある。
【0009】
そして、新たな抗真菌剤の開発、特に薬剤耐性菌による感染に対処するためには、新たな標的の検討が重要であるが、現在、標的の数は少なく、従って、「新たな標的」を標的とした抗真菌剤のスクリーニング方法も数少ないものであった。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0010】
【文献】Natori, S., et al. The Journal of Biochemistry 72, (1972).
【文献】Sekimizu K., et al. Biochemistry; 18:1582-1588. (1979)
【文献】Reinberg D, et al., J Biol Chem; 262:3331-3337. (1987)
【文献】Christie KR,et.al., J Biol Chem; 269:936-943. (1994)
【文献】Koyama H, et al., Genes Cells; 8:779-788. (2003)
【文献】Koyama, H., et al., Genes to Cells 12, (2007)
【文献】Matsumoto Y. et al. J. Appl. Microbiol. (2012)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明の課題は、抗真菌剤の新たな標的を見出すことであり、見出された「新たな標的」を標的とした抗菌剤のスクリーニング方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者は、上記の課題を解決すべく鋭意検討を重ねた結果、真菌におけるRNAポリメラーゼIIの伸長活性を促進するタンパク質である転写伸長因子S-IIが、抗真菌剤の新たな標的として好適であることを見出した。
【0013】
S-IIは、欠損しても真菌の増殖は可能であるが、酸化ストレス条件下では転写忠実度が低下し増殖が抑制されることから、S-IIを標的とする抗真菌剤は、殺菌能力はなくても、真菌による病原性を抑制する可能性があると言う仮説を立て、本発明者は該仮説を立証した。
すなわち、本発明によって、S-IIが、抗真菌感染剤の標的として、特に、酸化ストレス等による病原性発現抑制剤や、日和見感染症予防治療剤等の標的として有用であることが見出された。
【0014】
そして、本発明者は、S-IIを阻害する化合物の優れたスクリーニング方法を見出して本発明を完成するに至った。
【0015】
すなわち、本発明は、真菌におけるRNAポリメラーゼIIの伸長活性を促進するタンパク質である転写伸長因子S-IIを標的として、評価対象化合物の中から真菌の病原性を低下させる抗真菌剤を選択することを特徴とする抗真菌剤のスクリーニング方法を提供するものである。
【0016】
また、本発明は、S-II存在下でのRNAポリメラーゼIIによるRNA合成量が、評価対象化合物の添加によって低下する程度を尺度として、該評価対象化合物の中から抗真菌剤を選択する上記の抗真菌剤のスクリーニング方法を提供するものである。
【0017】
また、本発明は、S-II存在下でのRNAポリメラーゼIIによるRNA合成量が、評価対象化合物の添加によって、S-II不存在下でのRNAポリメラーゼIIによるRNA合成量にまで低下する程度を尺度とする上記の抗真菌剤のスクリーニング方法を提供するものである。
【0018】
また、本発明は、上記病原性のもたらす病気が、表在性真菌症又は深在性真菌症である上記の抗真菌剤のスクリーニング方法を提供するものである。
【0019】
また、本発明は、上記抗真菌剤が、真菌の増殖を実質的に阻害しない若しくは真菌を殺菌しないが、該真菌による病原性の発現を抑制する病原性発現抑制剤、又は、真菌の増殖を実質的に阻害しない若しくは真菌を殺菌しないが、該真菌に感染することを阻害する抗真菌感染剤である上記の抗真菌剤のスクリーニング方法を提供するものである。
【0020】
また、本発明は、上記病気が日和見感染症である上記の抗真菌剤のスクリーニング方法を提供するものである。
【0021】
また、本発明は、上記の抗真菌剤のスクリーニング方法を用いて抗真菌剤を選択することを特徴とする抗真菌剤の製造方法を提供するものである。
【発明の効果】
【0022】
S-IIは、真核生物において、高度に保存された転写忠実度の維持に関わるタンパク質であり、酵母においては酸化ストレス耐性に寄与する。病原性真菌である、例えばC. neoformansは、宿主内での環境ストレスに適応して感染を成立させる。
本発明において、真菌のストレス耐性や真菌の感染能に関して、S-IIが重要な役割を演じていることが見出された。
【0023】
実施例に示したように、C. neoformansのS-II遺伝子欠損株は、6-アザウラシル感受性、及び、酸化ストレス感受性を示した。また、C. neoformansのS-II遺伝子欠損株は、カイコ及びマウス殺傷能が低下していた。
以上の結果は、転写伸長因子S-IIが、真菌の宿主への感染に必要な因子であることを示唆しており、S-IIは抗真菌剤の標的となり得ることを示唆している。
【0024】
これまで、S-IIが、例えばC. neoformansなる真菌の病原性に関わるかは不明であったが、本発明によって、初めて、真菌のS-IIが、抗真菌剤の新たな標的となることが見出された。
動物体内において、真菌は宿主の免疫系からの酸化ストレスによる攻撃を受けるが、その際、S-IIは、該真菌の正常な生存に必要であると考えられる。真菌のS-II阻害株は、宿主に対する該真菌の病原性を低下させているはずである。
従って、本発明によって見出された「標的としては新規なS-II」は、抗真菌剤の標的として優れている。
【0025】
本発明によって、C. neoformansのS-II遺伝子欠損株は、カイコ及びマウスに対する感染能が実際に低下していることが明らかになり、従って、S-IIが病原体の感染機構に関わる転写因子であることが明らかとなった。
S-IIは、真菌において、例えば、酸化ストレス、高温等と言った様々な宿主環境に適応するために必要な転写伸長因子として働くと考えられることから、S-IIを標的とした抗真菌剤の開発は、抗真菌剤のカテゴリーの中でも、殺菌及び静菌作用のない抗感染症剤(anti-infectious drug)として有用である。
本発明によれば、上記のような性質を有するS-IIを標的としているので、新たなカテゴリーの抗真菌剤をスクリーニングすることができる。
【0026】
すなわち、真菌の増殖を実質的に阻害しない若しくは真菌を殺菌しないが、該真菌による病原性の発現を抑制する病原性発現抑制剤、又は、真菌の増殖を実質的に阻害しない若しくは真菌を殺菌しないが、該真菌に感染することを阻害する抗真菌感染剤と言う、新たな抗真菌剤をスクリーニングすることができる。
【0027】
そのため、本発明の抗真菌剤のスクリーニング方法によって得られた抗真菌剤は、標的が新規であるため、薬剤耐性菌に対して有効であると共に、病原性発現抑制剤としても、日和見感染症予防治療剤としても有用である。
【0028】
本発明によれば、S-IIを標的として、標的が従来のものとは異なる新たな抗真菌剤をスクリーニングすることができる。本発明を使用して得られた抗真菌剤は、新規な抗真菌剤のはずである。
【図面の簡単な説明】
【0029】
【
図1】S-IIのアミノ酸配列の保存性を示し、真核生物のS-IIタンパク質のアミノ酸配列の比較を示す図である。 hIIS:ヒト、mIIS:マウス、dIIS:ショウジョウバエ、cnIIS:C. neoformans、spIIS:分裂酵母、scIIS:出芽酵母
【
図2】C. neoformansのS-II遺伝子欠損株の作製を示す図である。 Aは、野生株(WT)、S-II遺伝子欠損株(ΔDST1)(ΔS-IIと記載)、相補株(ΔDST1+DST1)(ΔS-II/S-IIと記載)のゲノム構造を示す。 Bは、Aに示すプローブを用いてサザンブロットハイブリダイゼーションを行った結果を示す。
【
図3】C. neoformansにおける6-アザウラシル感受性を示すグラフである。野生株(WT)、S-II遺伝子欠損株(ΔDST1)(ΔS-IIと記載)、相補株(ΔDST1+DST1)(ΔS-II/S-IIと記載)の一晩培養液を段階希釈した溶液を、各寒天培地にスポットし2晩培養した結果である。
【
図4】C. neoformansのS-II遺伝子欠損株におけるカイコ殺傷能の低下を示すグラフである。 野生株(WT)、S-II遺伝子欠損株(ΔDST1)(ΔS-IIと記載)、相補株(ΔDST1+DST1)(ΔS-II/S-IIと記載)をカイコの体液中に注射し経過観察を行った結果である(N=6/group)。
【
図5】C. neoformansのS-II遺伝子欠損株におけるマウス殺傷能の低下を示すグラフである。 野生株(WT)、S-II遺伝子欠損株(ΔDST1)(ΔS-IIと記載)、相補株(ΔDST1+DST1)(ΔS-II/S-IIと記載)をマウスの尾静脈から注射し経過観察を行った結果である(N=10/group)。
【発明を実施するための形態】
【0030】
以下、本発明について説明するが、本発明は、以下の具体的態様に限定されるものではなく、技術的思想の範囲内で任意に変形することができる。
【0031】
本発明の抗真菌剤のスクリーニング方法は、真菌におけるRNAポリメラーゼIIの伸長活性を促進するタンパク質である転写伸長因子S-II(以下、単に「S-II」と略記する)を標的として、評価対象化合物の中から真菌の病原性を低下させる抗真菌剤を選択することを特徴とする。
【0032】
<転写伸長因子S-IIが標的となること>
本発明において、S-IIが、病原性真菌であるクリプトコッカス ネオフォルマンス(Cryptococcus neoformans)(以下、単に「C. neoformans」と記載する)において、6-アザウラシル耐性を与える因子、及び、カイコやマウスに対する病原性に必要な因子、であることが示された(実施例)。
このことから、S-IIを介した転写伸長機構が、病原体の感染に必要であることが明らかとなった。
【0033】
宿主内で病原体は、酸化ストレスを含む多くの宿主由来のストレスにさらされる。
酵母の研究において、S-IIは、酸化ストレス条件下における転写忠実度を維持する(非特許文献5、6)。また、酵母において、S-IIは、GTP合成を阻害する6-アザウラシル耐性に関わることが分かっている(Nakanishi T, et al., J Biol Chem, 1995)。
本発明において、C. neoformansの6-アザウラシル耐性にS-IIが関わることが分かった(実施例)。以上のことから、C. neoformans等の病原性真菌において、S-IIは、転写忠実度の維持を介して様々な環境要因に適応するための遺伝子群の発現を調節していると考えられる。
【0034】
酵母において、S-II遺伝子欠損株における6-アザウラシル感受性という表現型のマルチコピーサプレッサーとして抑圧する遺伝子として、ピリミジン-5’-ヌクレオチダーゼをコードするSSM1遺伝子が同定されており、in vitroの実験系において、S-IIがSSM1遺伝子の転写単位内に2つの転写停止部位における停止したRNAPIIの転写伸長の解除を介してSSM1の発現を調節することが報告されている(Simoaraiso M, et al., J Biol Chem, 2000)。
C. neoformansの6-アザウラシル耐性機構に、S-IIを介したSSM1の発現調節が関わると考えられる。
【0035】
本発明において、C. neoformansのS-II遺伝子欠損株の、カイコ及びマウスに対する感染能が低下していることから(実施例)、S-IIが病原体の感染機構に関わる転写因子であることが明らかとなった。
S-IIは、C. neoformansにおいて、酸化ストレスや高温等の様々な宿主環境に適応するために必要な転写伸長因子として働くと考えられる。よって、S-IIを標的とした化合物の開発は、抗真菌薬のカテゴリーの中でも、殺菌・静菌作用のない抗感染症薬(anti-infectious drug)として利用できる。
【0036】
<スクリーニング方法を使用して得られる抗菌剤の特性>
上記のように、これまで、S-IIが、C. neoformans等の病原性真菌の病原性に関わるか否かは不明であった。
ここで、「病原性」とは、体内に入り込んだ真菌により、ヒトの健康状態が損なわれる場合やヒトの活動が著しく抑制される場合と定義される。ヒトに対して病原性を示したときの症状としては、具体的には、例えば、後記するものが挙げられる。
本発明の抗真菌剤のスクリーニング方法は、上記病原性のもたらす病気が、表在性真菌症又は深在性真菌症であるときに有効である。
【0037】
本発明において新規な標的となり得ることが立証されたS-IIは、真菌におけるRNAポリメラーゼIIの伸長活性を促進するタンパク質である。従って、本発明のスクリーニング方法によって得られる抗真菌剤は、真菌においてRNAポリメラーゼIIの伸長活性を阻害しないが、RNAポリメラーゼIIの伸長活性を促進するタンパク質である転写伸長因子S-IIを阻害する。
【0038】
これによって、S-IIを標的としてスクリーニングされて得られた抗真菌剤は、真菌の病原性の発現を抑制する病原性発現抑制剤、又は、真菌に感染することを阻害する抗真菌感染剤となる。
従って、本発明は、得られる抗真菌剤が、真菌の増殖を実質的に阻害しない若しくは真菌を殺菌しないが、該真菌による病原性の発現を抑制する病原性発現抑制剤、又は、真菌の増殖を実質的に阻害しない若しくは真菌を殺菌しないが、該真菌に感染することを阻害する抗真菌感染剤である上記の抗真菌剤のスクリーニング方法でもある。
上記において、「実質的に阻害する」とは、真菌の増殖率を50%以下にすることを言う。
【0039】
真菌は、環境中に多く存在し、免疫力が落ちたヒト等に感染し易い。従って、本発明は、上記病原性のもたらす病気が、日和見感染症である上記の抗真菌剤のスクリーニング方法でもある。
【0040】
<スクリーニング方法>
S-IIを標的とする抗真菌剤のスクリーニングは、S-IIが抗真菌剤の標的となることが分かったならば、当業者ならば当然に考え付く方法で実施可能である。S-IIが標的となることが立証されたので、S-IIを標的とする抗真菌剤のスクリーニング方法は、これまでに報告された公知の方法で常法に従って行うことができる。例えば、以下が挙げられる。
【0041】
S-IIは、真核細胞のRNAポリメラーゼIIの伸長活性促進タンパク質であるが、該RNAポリメラーゼIIの活性は、鋳型であるDNA;ATP、GTP、CTP、UTPと言った基質;バッファー;Mn2+(Mg2+があってもよい);NaCl等の塩類;等を含む容器内のRNA合成反応において、上記基質等のRNAへの取り込み量(UTPはUMPとして取り込まれる)を指標に測定される。
S-II阻害剤は、上記RNAポリメラーゼIIの活性を阻害しないが、S-IIを加えた場合のRNA合成量を低下させる。
従って、評価対象化合物とS-IIの存在下で、上記基質等のRNAへの取り込み量を測定すれば、評価対象化合物のS-IIの阻害の程度が測定できるので、該取り込み量を測定することで、評価対象化合物の中から抗真菌剤をスクリーニングすることができる。
【0042】
本発明の抗真菌剤のスクリーニング方法の例として、S-II存在下でのRNAポリメラーゼIIによるRNA合成量が、評価対象化合物の添加によって低下する程度を尺度として、該評価対象化合物の中から抗真菌剤を選択することが挙げられる。
【0043】
また、S-II不存在下でのRNAポリメラーゼIIによるRNA合成量が、S-II阻害剤によるRNA合成量の最低ライン(行きつく先)であることに鑑みれば、該最低ラインまでの距離でスクリーニングすることもできる。
従って、本発明の抗真菌剤のスクリーニング方法の例として、S-II存在下でのRNAポリメラーゼIIによるRNA合成量が、評価対象化合物の添加によって、S-II不存在下でのRNAポリメラーゼIIによるRNA合成量にまで低下する程度を尺度として、該評価対象化合物の中から抗真菌剤を選択することが挙げられる。
【0044】
S-IIの阻害剤の例として、S-IIに対する抗体が挙げられるが、抗体は分子量が大きく、生きた真菌の細胞内に入って真菌のRNA合成を阻害することはできない。本発明により得られるS-II阻害剤は、抗体より分子量が小さく、真菌細胞内でS-IIに依存したRNA合成を阻害することにより抗真菌作用を示す。
従って、本発明においては、前記評価対象化合物が、抗体分子より分子量が小さいものであることが好ましい。また、特に限定はされないが、分子量を大きなものにしないために、前記評価対象化合物は、分子内に繰り返し単位を含まないものであることがより好ましい。
【0045】
<抗真菌剤の製造方法>
また、本発明は、上記の抗真菌剤のスクリーニング方法を用いて抗真菌剤を選択することを特徴とする抗真菌剤の製造方法でもある。
抗真菌剤の製造は、下記の剤型・配合物に対応して、常法に従って行われる。
【0046】
<抗真菌剤の適用、剤型、配合物>
本発明における抗真菌剤の対象となる真菌としては、クリプトコッカス属、アスペルギルス属、カンジダ属、コクシジオイデス属、ヒストプラスマ属等に属する真菌が挙げられる。中でも、クリプトコッカス属の真菌、特にクリプトコッカス ネオフォルマンス(Cryptococcus neoformans)に有用である。
【0047】
本発明のスクリーニングによって得られた、病原性発現抑制剤、抗真菌感染剤、抗日和見感染症剤と言った抗真菌剤により、真菌症の予防及び/又は治療をすることができる。
該真菌症又は真菌の病原性がもたらす病気の例として、例えば、黄癬、白癬、瘢風、渦状癬、皮膚カンジダ症等の皮膚真菌症(表在性真菌症);クリプトコッカス症、放線菌症、ノルカジア症、ムコール症、アスペルギルス症、カンジダ症、コクシジオイデス症、ヒストプラスマ症等の内臓真菌症(深在性真菌症);等が挙げられる。
【0048】
本発明を用いて得られる抗真菌剤は、医薬品(薬剤)、医薬部外品等に利用できる。
剤形としては、特に制限はなく、例えば、後述するような所望の投与方法に応じて適宜選択することができる。
具体的には、例えば、経口固形剤(錠剤、被覆錠剤、顆粒剤、散剤、ハードカプセル剤、ソフトカプセル剤等)、経口液剤(内服液剤、シロップ剤、エリキシル剤等)、注射剤(溶剤、懸濁剤等)、軟膏剤、貼付剤、ゲル剤、クリーム剤、外用散剤、スプレー剤、吸入散布剤等が挙げられる。
【0049】
上記医薬品(薬剤)、医薬部外品等は、前記抗菌剤(真菌病原性発現阻害剤)に、賦形剤、結合剤、崩壊剤、滑沢剤、着色剤、矯味・矯臭剤等の添加剤を加え、常法により製造することができる。
該賦形剤としては、例えば、乳糖、白糖、塩化ナトリウム、ブドウ糖、デンプン、炭酸カルシウム、カオリン、微結晶セルロース、珪酸等が挙げられる。
該結合剤としては、例えば、水、エタノール、プロパノール、シロップ、ブドウ糖液、デンプン液、ゼラチン液、カルボキシメチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロース、ヒドロキシプロピルスターチ、メチルセルロース、エチルセルロース、シェラック、リン酸カルシウム、ポリビニルピロリドン等が挙げられる。
該崩壊剤としては、例えば、乾燥デンプン、アルギン酸ナトリウム、カンテン末、炭酸水素ナトリウム、炭酸カルシウム、ラウリル硫酸ナトリウム、ステアリン酸モノグリセリド、乳糖等が挙げられる。
該滑沢剤としては、例えば、精製タルク、ステアリン酸塩、ホウ砂、ポリエチレングリコール等が挙げられる。
該着色剤としては、例えば、酸化チタン、酸化鉄等が挙げられる。
該矯味・矯臭剤としては、例えば、白糖、橙皮、クエン酸、酒石酸等が挙げられる。
該緩衝剤としては、例えば、クエン酸ナトリウム等が挙げられる。
該安定化剤としては、例えば、トラガント、アラビアゴム、ゼラチン等が挙げられる。
【0050】
上記注射剤としては、例えば、上記有効成分に、pH調節剤、緩衝剤、安定化剤、等張化剤、局所麻酔剤等を添加し、常法により皮下用、筋肉内用、静脈内用等の注射剤を製造することができる。
該pH調節剤及び該緩衝剤としては、例えば、クエン酸ナトリウム、酢酸ナトリウム、リン酸ナトリウム等が挙げられる。
該安定化剤としては、例えば、ピロ亜硫酸ナトリウム、EDTA、チオグリコール酸、チオ乳酸等が挙げられる。
該等張化剤としては、例えば、塩化ナトリウム、ブドウ糖等が挙げられる。
該局所麻酔剤としては、例えば、塩酸プロカイン、塩酸リドカイン等が挙げられる。
上記軟膏剤としては、例えば、上記有効成分に、公知の基剤、安定剤、湿潤剤、保存剤等を配合し、常法により混合し、製造することができる。
該基剤としては、例えば、流動パラフィン、白色ワセリン、サラシミツロウ、オクチルドデシルアルコール、パラフィン等が挙げられる。
該保存剤としては、例えば、パラオキシ安息香酸メチル、パラオキシ安息香酸エチル、パラオキシ安息香酸プロピル等が挙げられる。
【0051】
上記貼付剤としては、例えば、公知の支持体に上記軟膏剤としてのクリーム剤、ゲル剤、ペースト剤等を、常法により塗布し、製造することができる。
該支持体としては、例えば、綿、スフ、化学繊維からなる織布若しくは不織布;ポリ塩化ビニル、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリエステル、ポリウレタン等のフィルム若しくは発泡体シート;等が挙げられる。
【0052】
<抗菌剤の対象、用法>
本発明で得られる抗真菌剤、それを含有する医薬品、医薬部外品等は、例えば、真菌に起因する疾患の予防又は治療を必要とする個体等に対して好適に使用できる。
該個体としては、限定はないが、例えば、ヒト;マウス、ラット等の実験動物;サル;ウマ;ウシ、ブタ、ヤギ、ニワトリ等の家畜;ネコ、イヌ等のペット;等が挙げられる。
【0053】
また、上記抗真菌剤の投与方法としては、特に制限はなく、例えば、上記した剤形等に応じ、適宜選択することができ、経口投与、皮膚への投与、腹腔内投与、血液中への注射、腸内への注入等が挙げられる。
【0054】
上記抗真菌剤の投与量としては、特に制限・限定はなく、投与対象である個体の年齢、体重、所望の効果の程度等に応じて適宜選択することができる。
また、投与時期としても、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができる。
【0055】
<作用>
これまで、S-IIが、例えばC. neoformansなる真菌の病原性の発現に関わるか否かは不明であった。
本発明によって、宿主である動物体内において、真菌が宿主の免疫系からの酸化ストレス等による攻撃を受けた際、真菌のS-IIが宿主内における生存に必要であることが分かった。そのため、真菌のS-II遺伝子欠損株は、宿主に対する病原性を低下させている。従って、S-IIは、病原性発現抑制剤又は抗真菌感染剤と言った抗真菌剤の標的になり得る。
【実施例】
【0056】
以下、実施例及び検討例に基づき本発明を更に詳細に説明するが、本発明は以下の実施例等の具体的範囲に限定されるものではない。以下、「%」と言う記載は、それが質量に関するものについては「質量%」を意味する。
【0057】
評価例1
<菌株の培養法>
病原性の真菌であるC. neoformansをYNB寒天培地上に広げ、3~5日、30℃にて培養した。生育したコロニーをYNB液体培地に懸濁し、30℃で振とう培養した。
【0058】
<C. neoformansの遺伝子工学的手法>
C. neoformansの遺伝子組換えについては、以前の報告にしたがった(Shimizu K., et al., Fungal Genet Biol, 69: 13-22, 2014)。
C. neoformansのSerotype DであるJEC21のku70遺伝子を欠損させたTLHM24を親株として用いた(
図1)。
S-II遺伝子欠損株や相補株のコンストラクションについては、
図2に示した。
【0059】
<6-アザウラシル感受性試験>
C. neoformansのコロニーをYNB液体培地に懸濁し、30℃で一晩振とう培養した。 6-アザウラシルをYNB液体培地に加えて2倍希釈系列を作製し、一晩培養液をYNB液体培地に希釈(最終菌濃度、OD600=0.01)した菌液を加えて、30℃で2日間培養後、吸光度(OD600)を測定した。
【0060】
評価例2
<カイコ感染実験(カイコを用いた真菌の病原性の評価方法)>
愛媛蚕種株式会社から購入したカイコ品種(芙・蓉×つくば・ね)の卵を、消毒した後、25~27℃にて孵化させた。日本農産工業株式会社から購入した抗生物質入りの人工飼料であるシルクメイト2Sを飼料として用いた。4齢眠のカイコを分離し、1終夜絶食させて脱皮させた5齢幼虫を実験に用いた。
【0061】
カイコの感染実験については、以前の報告(Matsumoto Y et al., J Applied Microbiology, 2012)に従って行なった。
5齢1日目のカイコ1匹あたりに、1.5gの抗生物質を含まない人工飼料(日本農産工業株式会社)を与えて終夜飼育した。そこに、C. neoformansの懸濁液(OD600=10)を、1mLツベルクリン用シリンジ(TERUMO)を用いて、カイコ体液内に100μL注射した。
【0062】
その後、カイコを37℃で、抗生物質を含まない人工飼料(日本農産工業株式会社)を与えて飼育し、経時的に生存しているカイコの数を数えた。ピンセットでカイコの頭部をつつき、反応がない個体を死亡していると判定した。
【0063】
<マウス感染実験(マウスを用いた真菌の病原性の評価方法)>
8週齢のマウス(ICR)の尾静脈に、C. neoformansの各菌株の懸濁液を注射し、経時的に生存しているマウスを数えた。
【0064】
実施例1
<S-II欠損株の病原性と野生型株の病原性との比較>
既に構築されているC. neoformansのS-II欠損株を利用した。Fungal genomic stock centerは、C. neoformansの遺伝子ライブラリーを試験管内で合成した変異遺伝子を、野生型株にエレクトロポレーション等により導入した遺伝子破壊株を、ライブラリー化し、「Madhani set」として販売している。
【0065】
この遺伝子破壊株(CNAG 0769)のカイコに対する病原性を、野生型株(KN99alpha)のカイコに対する病原性と比較した。
その結果、注射後48時間及び72時間後のLD50値は、それぞれ3倍及び4.5倍以上になることが分かった。
【0066】
更に、上記の結果を、C. neoformansのS-II遺伝子欠損株及び相補株を作製して検証することとした。
図2Aに示す遺伝子組み換えにより、ウラシル欠乏培地において生育可能な菌株を得た。サザンブロットハイブリダイゼーションにより、予想サイズのバンドが検出できた(
図2B)。これらの菌株を、C. neoformansのS-II遺伝子欠損株及び相補株として使用した。
【0067】
出芽酵母(Saccharomyces cerevisiae)において、S-II遺伝子欠損株は、6-アザウラシル(6-Azauracil)存在条件下で増殖能が低下することが分かっている(Nakanishi T, et al., J Biol Chem, 1995)。
そこで、まず、病原性の真菌であるC. neoformansのS-II遺伝子欠損株でも、6-アザウラシル(6-AU)感受性を示すか否かを検討した。
それぞれの株の一晩培養液を段階希釈した溶液を、各寒天培地にスポットし2晩培養した。コントロールのYNB培地、及び、6-アザウラシル(6-AU)を添加したYNB培地は30℃で培養した。
【0068】
結果を
図3に示す。
図3中、「WT」は野生型株、「ΔS-II」はS-II遺伝子欠損株(ΔDST1)、「ΔS-II/S-II」は相補株(ΔDST1+DST1)を示す。
【0069】
30℃での液体培地での増殖能は、6-アザウラシル未添加では、野生型株とS-II遺伝子欠損株の間に差は見られなかった。
しかし、C. neoformansのS-II遺伝子欠損株は、30℃での6-アザウラシル添加により野生株に比べ強い増殖抑制を受けた(
図3)。このS-II遺伝子欠損株の6-アザウラシルによる増殖抑制は、野生型S-II遺伝子の導入により抑圧された(
図3)。
以上の結果は、C. neoformansのS-II遺伝子欠損株は、6-アザウラシル感受性であることを示唆している。
【0070】
実施例2
<S-II遺伝子欠損株におけるカイコ殺傷能及びマウス殺傷能の低下>
病原性真菌であるC. neoformansは、感染宿主で酸化ストレスを受けていると考えられる。そこで、S-II遺伝子の欠損したC. neoformansでは病原性が低下していると考え検討した。
カイコを用いたときの結果を
図4に示す。
図4中、「WT」は野生型株、「ΔS-II」はS-II遺伝子欠損株(ΔDST1)、「ΔS-II/S-II」は相補株(ΔDST1+DST1)を示す。
【0071】
これまでに、カイコを用いたC. neoformansの病原性の評価系を確立している(Matsumoto Y et al., J Applied Microbiology, 2012)。
C. neoformansのS-II遺伝子欠損株を注射したカイコは、野生型株を注射したカイコより生存時間が長かった(
図4)。このS-II遺伝子欠損株を注射したカイコの生存時間の延長は、S-II遺伝子の再導入により抑圧された(
図4)。
【0072】
次に、C. neoformansのS-II遺伝子欠損株では、マウス感染能が低下しているか否かを検討した。
結果を
図5に示す。
図5中、「WT」は野生型株、「ΔS-II」はS-II遺伝子欠損株(ΔDST1)、「ΔS-II/S-II」は相補株(ΔDST1+DST1)を示す。
【0073】
C. neoformansのS-II遺伝子欠損株を静脈内注射したマウスは、野生型株を注射したマウスより生存時間が長く、34日経過してもマウスが死ななかった(
図5)。
このS-II遺伝子欠損株を注射したマウスの生存時間の延長は、S-II遺伝子の再導入により抑圧された(
図5)。
【0074】
以上のカイコとマウスでの結果(
図4及び
図5)は、S-IIが、C. neoformansの病原性に寄与する因子であることを示している。
S-IIを阻害する、すなわちS-IIを標的とする抗真菌剤は、真菌の増殖を実質的に阻害はしないが、真菌の病原性は低下させることが分かった。従って、RNAポリメラーゼIIの伸長活性を促進する転写伸長因子S-IIタンパク質は、抗真菌剤の優れた標的となることが分かった。
【0075】
実施例3
<標的がS-IIに決まった後の抗真菌剤のスクリーニング>
S-II阻害剤、すなわちS-IIの活性を抑える物質の阻害活性は、以下のようにして検出される。以下のようにして検出されたS-II阻害剤は、抗真菌剤となり得るので、抗真菌剤のスクリーニング方法が完成したことになる。
【0076】
S-IIは、真核細胞のRNAポリメラーゼII活性を促進するタンパク質である。
RNAポリメラーゼIIの活性は、鋳型のDNA、基質となるATP、GTP、CTP及びUTP、更にバッファー、及び、マンガンイオンMn2+、また、NaCl等の塩類を含む試験管内のRNA合成反応において、上記何れかのヌクレオチドのRNAへの取り込み量を指標に測定される。より好ましくは、放射標識したUTP(ウリジン三リン酸(Uridine triphosphate))のRNAへの取り込み量を指標に定量化される。
【0077】
S-IIは、このRNAポリメラーゼIIにより合成されるRNAの量を促進する機能を持っている。S-IIの阻害剤は、RNAポリメラーゼIIによるRNA合成の量に影響を与えない、すなわちRNAポリメラーゼIIの活性を阻害しないが、S-IIを加えた場合のRNA合成の量を低下させる。
従って、S-IIが標的となることが分かった以上、S-IIを標的とする抗真菌剤のスクリーニング方法は、当業者にとって明確である。
【0078】
なお、S-IIを阻害するものの例として、S-IIタンパク質に対する抗体が挙げられる(非特許文献2)。S-IIを免疫したウサギの血清には、S-IIに特異的に結合する抗体が出現する。この抗体をウサギの血清から精製して、S-IIの活性の阻害を見ることができる。この抗体は、S-II存在下でのRNA合成量を、S-II非存在下でのRNAポリメラーゼIIだけのレベルにまで低下させる。従って、S-IIに対する抗体は、S-IIを阻害する。
【0079】
しかしながら、抗体は分子量が大きく、生きた真菌の細胞内に入って真菌のRNA合成を阻害することはできない。
本発明においては、評価対象化合物を、抗体分子より分子量が小さい(分子として抗体より小さい)ものにすれば、それらから好適にスクリーニングができ、優れた抗真菌剤(優れたS-II阻害剤)を得ることができる。
こうして得られた抗真菌剤は、真菌の細胞内で、S-IIに依存したRNA合成を阻害することにより、抗真菌作用を示すべきものである。
【産業上の利用可能性】
【0080】
本発明において、RNAポリメラーゼIIの転写伸長因子S-IIが、抗真菌剤の新たな標的となることが分かった。S-IIの阻害剤は、RNAポリメラーゼIIの活性は阻害しないが、S-II存在下でのRNA合成の量を低下させる。
本発明の抗真菌剤のスクリーニング方法は、S-IIを阻害する化合物をスクリーニングできるので、そうして得られる抗真菌剤は、従来のものとは異なった作用・効能を有する新規な抗真菌剤である。従って、本発明は、該真菌剤を、業として開発、製造、販売、使用等をする分野等に広く利用されるものである。