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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-10-02
(45)【発行日】2023-10-11
(54)【発明の名称】腸管免疫亢進剤、食品、及び医薬
(51)【国際特許分類】
   A61K 31/717 20060101AFI20231003BHJP
   A23L 33/125 20160101ALI20231003BHJP
   A61P 1/00 20060101ALI20231003BHJP
   A61P 37/04 20060101ALI20231003BHJP
   A61P 43/00 20060101ALI20231003BHJP
【FI】
A61K31/717
A23L33/125
A61P1/00
A61P37/04
A61P43/00 105
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2017207154
(22)【出願日】2017-10-26
(65)【公開番号】P2019077652
(43)【公開日】2019-05-23
【審査請求日】2020-08-07
【審判番号】
【審判請求日】2022-03-22
(73)【特許権者】
【識別番号】000002901
【氏名又は名称】株式会社ダイセル
(73)【特許権者】
【識別番号】503359821
【氏名又は名称】国立研究開発法人理化学研究所
(74)【代理人】
【識別番号】110000556
【氏名又は名称】弁理士法人有古特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】竹内 直志
(72)【発明者】
【氏名】宮内 栄治
(72)【発明者】
【氏名】島本 周
(72)【発明者】
【氏名】松山 彰収
(72)【発明者】
【氏名】大野 博司
【合議体】
【審判長】原田 隆興
【審判官】前田 佳与子
【審判官】磯部 洋一郎
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2015/146853(WO,A1)
【文献】細野 朗,バクテロイデスと免疫,腸内細菌学雑誌,2013年,Vol.27,p.203-209,ISSN1343-0882
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K31/00-33/44, A61K38/00-51/12, A61P1/00-43/00
CAPlus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
アセチル総置換度が0.5以上1.0以下であり、下記式で定義される組成分布指数(CDI)が1.0以上2.0以下である酢酸セルロースを含有し、1回当たりの摂取量又は投与量が、5mg/kg体重~60mg/kg体重である腸管免疫亢進剤。
CDI=(組成分布半値幅の実測値)/(組成分布半値幅の理論値)
組成分布半値幅の実測値:酢酸セルロース(試料)の残存水酸基をすべてプロピオニル化して得られるセルロースアセテートプロピオネートをHPLC分析して求めた組成分布半値幅
【数1】

DS:アセチル総置換度
DPw:重量平均重合度(酢酸セルロース(試料)の残存水酸基をすべてプロピオニル化して得られるセルロースアセテートプロピオネートを用いてGPC-光散乱法により求めた値)
【請求項2】
請求項1に記載の腸管免疫亢進剤を含有する、腸管免疫亢進用食品。
【請求項3】
前記食品における前記酢酸セルロースの含有量が0.1重量%以上5重量%未満である、請求項2に記載の腸管免疫亢進用食品。
【請求項4】
請求項1に記載の腸管免疫亢進剤を含有する、腸管免疫亢進用医薬。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、腸管免疫亢進剤、食品、及び医薬に関する。
【背景技術】
【0002】
糖タンパク質の一種である免疫グロブリン(Immunoglobulin,Ig)には、IgA、IgD、IgE、IgG、及びIgM等のクラスがある。そのうち、IgAは、哺乳類および鳥類に存在する。特に、唾液、涙液、鼻汁、気道粘液、消化管分泌液、乳汁などの外分泌液中に含まれるIgAは、分泌型IgAとされ、抗原や微生物から粘膜面を防御する免疫機構の最前線として機能している。
【0003】
消化管は、常に抗原や微生物を含む多くの物質と接しており、これら抗原や微生物が生体内に侵入するのを防ぐ必要があるところ、特に腸管で分泌されるIgAは、粘膜面への細菌やウイルスの付着防止、及び外来抗原を捕捉して体外に排出する異物排除など、粘膜免疫機能において重要な働きを担っている。腸管において、IgAの分泌を促進することは、粘膜免疫機能を増強させ、感染症やアレルギー疾患を予防するなどの効果が期待できることから、IgA分泌促進作用を有する食品等の開発が望まれている。
【0004】
非特許文献1には、次の記載がある(要旨)。「難消化性オリゴ糖の一種であるガラクトオリゴ糖がマウスの免疫系に与える影響を検討した。ガラクトオリゴ糖を含む飼料を自由摂取させてBALB/cマウスを飼育したところ,糞に含まれる総IgAの量は摂取2週間後に有意に増加し,その後コントロール群と同程度に低下した。摂取4週間後に解剖し,調製したパイエル板細胞培養液および大腸組織抽出液の総IgAは,ガラクトオリゴ糖群で増加する傾向にあった。」
【0005】
非特許文献2には、次の旨の記載がある(Abstract)。ラクトスクロース(4-β-D-ガラクトシルスクロース、以下LS)が、腸管内におけるBifidobacteriaの増加のためのオリゴ糖として提案される。マウスにLS2%または5%添加飼料を4週間摂取させ、小腸粘膜の免疫応答性を調べた結果、LS2%または5%摂取群で、糞および盲腸内容物中のIgA量が有意に増加した。
【0006】
特許文献1には、難消化性のオリゴ糖の一種であるフラクトオリゴ糖が腸管粘膜においてIgAおよびpIgR産生を増強することを見出したことが記載されている。
【0007】
特許文献2には、難消化性デキストリンを経口投与することにより有意なIgA分泌促進作用が認められたことが記載されている。
【0008】
特許文献3には、アセチル総置換度が0.4~1.1である酢酸セルロースを含有することを特徴とする栄養組成物、家畜飼料、脂質代謝改善剤、炎症性腸疾患及び/又は免疫異常の予防及び/又は治療剤、がんの予防及び/又は治療剤、非アルコール性脂肪性肝炎の予防及び/又は治療剤、肥満及び/又は糖尿病の予防及び/又は治療剤、並びに高コレステロール血症の予防及び/又は治療剤が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【文献】特開2003-201239号公報
【文献】特開2014-152125号公報
【文献】国際公開第2015/146853号
【非特許文献】
【0010】
【文献】佐藤、他2名、「ガラクトオリゴ糖がマウスの免疫系に与える影響」、日本栄養・食糧学会誌、2008年、第61巻、第2号、p.79-88
【文献】Hino Keiko、他6名、「Effect of Dietary Lactosucrose (4G-.BETA.-D-Galactosylsucrose) on the Intestinal Immune Functions in Mice」、Journal of Applied Glycoscience、2007年、第54巻、第3号、p.169-172
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
非特許文献1には、ガラクトオリゴ糖を含む飼料の摂取により、マウスの大腸組織抽出液等の総IgAが増加する傾向にあったことが記載されているが、その飼料中にガラクトオリゴ糖が5重量%も含まれるような用量を要している(p.80右欄、Table2)。また、ガラクトオリゴ糖を含む飼料の摂取2週間目において、その飼料を摂取した試験群の糞便中総IgAは最大で対象群の2倍程度となり、有意差となっている場合もあるが、摂取3週間目では、対照群と同程度に低下し、有意差となっていない(p.81右欄、Figure 1)。さらに、大腸組織抽出液等を分析し、総IgAが多くなる傾向を認めた旨が報告されているが、これら効果は有意差では無い旨が明記されている(p.81右欄、Figure 2及び3)。
【0012】
非特許文献2は、ラクトスクロース添加飼料の摂取により、1週間後には、マウスの糞便中のIgAの量が対照の群の2倍程度となったが、2週間後には大きく減少し、その後も大きく増加しない(Fig. 1)。特に、2%のラクトスクロース添加飼料の場合には、2週間後にIgAの量が大きく減少した後、ほとんど増加しない(Fig. 1)。
【0013】
特許文献1においても、フラクトオリゴ糖を5%(w/w)も添加した実験飼料をマウスに摂取させたことが記載されている。その飼料を摂取した試験群の36日齢のマウスの糞便中のIgA抗体含量は対象群の2倍程度となり、有意差となっているが(図5)、同じ実験の飼育日数28日齢および42日齢では有意差となっていない(図5)。また、試験群の大腸全体のIgA抗体含量は44日齢で対照群の1.5倍程度となり有意差となっているが(図7)、大腸組織重量あたりのIgA抗体量は有意差となっていない(図9)。さらに、プロテオバクテリア門に属するコレラ菌に対する抗コレラトキシン特異IgA量を調べた結果として(図14)、試験群と対象群のp値は0.07と危険率5%で有意差とはならなかった。
【0014】
特許文献2においても、コントロール飼料に難消化性デキストリンを5質量%及び7.5質量%も配合した飼料でマウスを飼育したことが記載されている。消化管内容物中(図1)及び糞便中(図2)のIgAが増加したことが示されているが、実験に使用したマウスの固体数は示されておらず、また、有意差検定の結果も示されておらず、一部の図ではエラーバーも示されていない(図1~4)。さらに、エラーバーが示された図では誤差範囲は大きいと読み取ることが出来、検定の結果として有意差は無かったことから何らの記載もされなかったことが伺われる。したがって、そもそもIgAを増加させる技術であるのかどうか確率統計的な検証が為されていない。なお、IgAの基質特異性も調べられていない。
【0015】
特許文献3には、アセチル総置換度が0.4~1.1である酢酸セルロースが記載されているが、腸管免疫亢進剤については記載も示唆もされていない。
【0016】
従来のガラクトオリゴ糖、ラクトスクロース、フラクトオリゴ糖、及び難消化性デキストリン等を用いる方法では、大腸等におけるIgAを増加させるため、相当に高い用量を要する。高い用量が必要となれば、ヒトが一日に接種する量に換算すれば、医薬品として経口摂取するには苦痛を伴うことや、食品として摂取する場合には通常の食事の楽しみを損なうこと等が懸念される。また、従来の方法では、増加したIgAの量を長期間維持することができない。さらに、IgAの病原性細菌に対する親和性(基質特異性)に関する設計がされておらず、病原性細菌に対する特異性が低い。
【0017】
本発明は、低用量で、腸管におけるIgAを十分に増加すると共に、増加したIgAの量を長期間維持することができる、腸管免疫亢進剤を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0018】
本発明の第一は、アセチル総置換度が0.4以上1.1以下である酢酸セルロースを含有する、腸管免疫亢進剤に関する。
【0019】
前記腸管免疫亢進剤において、前記酢酸セルロースは、下記式で定義される組成分布指数(CDI)が2.0以下であることが好ましい。
CDI=(組成分布半値幅の実測値)/(組成分布半値幅の理論値)
組成分布半値幅の実測値:酢酸セルロース(試料)の残存水酸基をすべてプロピオニル化して得られるセルロースアセテートプロピオネートをHPLC分析して求めた組成分布半値幅
【数1】

DS:アセチル総置換度
DPw:重量平均重合度(酢酸セルロース(試料)の残存水酸基をすべてプロピオニル化して得られるセルロースアセテートプロピオネートを用いてGPC-光散乱法により求めた値)
【0020】
本発明の第二は、前記腸管免疫亢進剤を含有する、食品に関する。
【0021】
前記食品における前記酢酸セルロースの含有量が0.1重量%以上5重量%未満であることが好ましい。
【0022】
本発明の第三は、前記腸管免疫亢進剤を含有する、医薬に関する。
【発明の効果】
【0023】
本発明によれば、低用量で、腸管におけるIgAを十分に増加すると共に、増加したIgAの量を長期間維持することができる、腸管免疫亢進剤を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
図1】野生型マウスの糞便中のIgA定量結果を示す図である。
図2】4週間飼育した野生型マウスの糞便中のIgA結合細菌の定量結果を示す図である。
図3】4週間飼育した野生型マウスの腸管の各部位におけるIgA定量結果を示す図である。
図4】4週間飼育した野生型マウスの大腸粘膜固有層のIgA産生形質細胞の定量結果を示す図である。
図5】4週間飼育した単菌定着マウスの盲腸および糞便のIgA結合細菌の定量結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0025】
[腸管免疫亢進剤]
本開示に係る腸管免疫亢進剤は、アセチル総置換度が0.4以上1.1以下である酢酸セルロースを含有するものである。ここで、腸管とは、十二指腸、空腸、回腸等を含む小腸、並びに盲腸、近位結腸、遠位大腸等を含む大腸を意味する。また、免疫亢進としては、IgAを増加すること等が挙げられ、そのIgAの増加は、IgA産生形質細胞の増加によるもの等が含まれる。
【0026】
本開示の腸管免疫亢進剤を摂取または投与(特に経口)することにより、腸管(特に大腸の粘膜固有層)の免疫グロブリンA(IgA)産生形質細胞が増加する、腸管のIgAが増加する、増加したIgAの量を長期間維持することができる、及び/またはIgAのプロテオバクテリア門細菌への抗原抗体反応特異性が増大することから腸管粘膜のプロテオバクテリア門細菌が減少する等の効果が得られる。プロテオバクテリア門は病原性大腸菌、サルモネラ菌、ビブリオ菌などの病原性細菌を多く含む門であり、大腸粘膜のこれら細菌が減少することにより、腸管が病原性細菌から保護される。さらに、本開示の腸管免疫亢進剤は、従来よりも低用量であっても当該効果が得られる。
【0027】
(酢酸セルロースのアセチル総置換度)
本開示の酢酸セルロースは、アセチル総置換度(平均置換度)が0.4以上1.1以下である。アセチル総置換度がこの範囲であると水に対する溶解性に優れ、この範囲を外れると水に対する溶解性が低下する傾向となる。酢酸セルロースは腸内細菌によって消化管内で酢酸とセルロースに分解し、セルロースはさらにオリゴ糖や単糖を経由して酢酸等の短鎖脂肪酸に分解されると考えられる。このような過程で生じる酢酸などの代謝産物や、このような過程で酢酸セルロースを資化する腸内細菌がIgA産生細胞の増加とIgAの増加に繋がると考えられる。酢酸セルロースの酢酸とセルロースへの分解は菌体外酵素によって生じると考えられるので水に対する溶解性の高い酢酸セルロースの方が分解されやすく、IgA産生細胞の増加とIgAの増加を促進する効果が高い。さらには腸管免疫亢進効果が高まることにつながる。このような観点から、前記アセチル総置換度の好ましい範囲は0.5以上1.0以下であり、さらに好ましい範囲は0.6以上0.95以下である。
【0028】
アセチル総置換度は、酢酸セルロースを水に溶解し、酢酸セルロースの置換度を求める公知の滴定法により測定できる。具体的には次のとおりである。
【0029】
アセチル総置換度は、ASTM:D-817-91(セルロースアセテートなどの試験方法)における酢化度の測定法に準じて求めた酢化度を次式で換算することにより求められる。これは、最も一般的なセルロースアセテートの置換度の求め方である。
DS=162.14×AV×0.01/(60.052-42.037×AV×0.01)
DS:アセチル総置換度
AV:酢化度(%)
【0030】
まず、乾燥した酢酸セルロース(試料)500mgを精秤し、超純水とアセトンとの混合溶媒(容量比4:1)50mlに溶解した後、0.2N-水酸化ナトリウム水溶液50mlを添加し、25℃で2時間ケン化する。次に、0.2N-塩酸50mlを添加し、フェノールフタレインを指示薬として、0.2N-水酸化ナトリウム水溶液(0.2N-水酸化ナトリウム規定液)で、脱離した酢酸量を滴定する。また、同様の方法によりブランク試験(試料を用いない試験)を行う。そして、下記式にしたがってAV(酢化度)(%)を算出する。
AV(%)=(A-B)×F×1.201/試料重量(g)
A:0.2N-水酸化ナトリウム規定液の滴定量(ml)
B:ブランクテストにおける0.2N-水酸化ナトリウム規定液の滴定量(ml)
F:0.2N-水酸化ナトリウム規定液のファクター
【0031】
上記の他、アセチル総置換度は、酢酸セルロースの水酸基をプロピオニル化した上で、重クロロホルムに溶解し、NMRにより測定することもできる。酢酸セルロースの水酸基のプロピオニル化は、ピリジン/N,N-ジメチルアセトアミド混合溶媒中でN,N-ジメチルアミノピリジンを触媒とし、無水プロピオン酸を作用させる、後述の酢酸セルロースの完全誘導体化の方法にて行うことができる。
【0032】
(酢酸セルロースの組成分布指数(CDI))
本開示において、前記酢酸セルロースの組成分布指数(CDI)は特に限定されない。組成分布指数(CDI)は、例えば1.0以上3.0以下であってよい。組成分布指数(CDI)は、2.0以下が好ましく、1.0以上2.0以下がより好ましく、1.0以上1.8以下がさらに好ましく、1.0以上1.6以下がよりさらに好ましく、1.0以上1.5以下が特に好ましい。
【0033】
組成分布指数(CDI)の下限値は0であるが、これは例えば100%の選択性でグルコース残基の6位のみをアセチル化し、他の位置はアセチル化しない等の特別な合成技術をもって実現されるものであり、そのような合成技術は知られていない。グルコース残基の水酸基の全てが同じ確率でアセチル化および脱アセチル化される状況において、CDIは1.0となるが、実際のセルロースの反応においてはこのような理想状態に近付けるためには相当の工夫を要する。前記組成分布指数(CDI)が小さいほど、組成分布(分子間置換度分布)が均一となる。組成分布が均一であると、アセチル総置換度が通常よりも広い範囲で水溶性を確保でき、均一な溶解がなされ、構造粘性が発現しないので摂取または投与しやすく、分解されやすく、腸管免疫亢進の効果を発現しやすいなどの利点がある。
【0034】
ここで、組成分布指数(Compositional Distribution Index、CDI)とは、組成分布半値幅の理論値に対する実測値の比率[(組成分布半値幅の実測値)/(組成分布半値幅の理論値)]で定義される。組成分布半値幅は「分子間置換度分布半値幅」又は単に「置換度分布半値幅」ともいう。
【0035】
酢酸セルロースのアセチル総置換度の均一性を評価するのに、酢酸セルロースの分子間置換度分布曲線の最大ピークの半値幅(「半価幅」ともいう)の大きさを指標とすることができる。なお、半値幅は、アセチル総置換度を横軸(x軸)に、この置換度における存在量を縦軸(y軸)としたとき、チャートのピークの高さの半分の高さにおけるチャートの幅であり、分布のバラツキの目安を表す指標である。置換度分布半値幅は、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)分析により求めることができる。なお、HPLCにおけるセルロースエステルの溶出曲線の横軸(溶出時間)を置換度(0~3)に換算する方法については、特開2003-201301号公報(段落0037~0040)に説明されている。
【0036】
(組成分布半値幅の理論値)
組成分布半値幅(置換度分布半値幅)は確率論的に理論値を算出できる。すなわち、組成分布半値幅の理論値は以下の式(1)で求められる。
【数2】

m:酢酸セルロース1分子中の水酸基とアセチル基の全数
p:酢酸セルロース1分子中の水酸基がアセチル置換されている確率
q=1-p
DPw:重量平均重合度(GPC-光散乱法による)
なお、重量平均重合度(DPw)の測定法は後述する。
【0037】
式(1)は、セルロースの全ての水酸基が同じ確率でアセチル化および脱アセチル化された際に必然的に生じる組成分布半値幅であり、所謂二項定理に従って導かれるものである。さらに、組成分布半値幅の理論値を置換度と重合度で表すと、以下のように表される。下記式(2)を組成分布半値幅の理論値を求める定義式とする。
【数3】

DS:アセチル総置換度
DPw:重量平均重合度(GPC-光散乱法による)
なお、重量平均重合度(DPw)の測定法は後述する。
【0038】
ところで、式(1)および式(2)においては、より厳密には重合度分布を考慮に入れるべきであり、この場合には式(1)および式(2)の「DPw」は、重合度分布関数に置き換え、式全体を重合度0から無限大までで積分すべきである。しかしながら、DPwを使う限り、式(1)および式(2)は近似的に十分な精度の理論値を与える。DPn(数平均重合度)を使うと、重合度分布の影響が無視できなくなるので、DPwを使うべきである。
【0039】
(組成分布半値幅の実測値)
本開示において、組成分布半値幅の実測値とは、酢酸セルロース(試料)の残存水酸基(未置換水酸基)をすべてプロピオニル化して得られるセルロースアセテートプロピオネートをHPLC分析して求めた組成分布半値幅である。
【0040】
一般的に、アセチル総置換度2~3の酢酸セルロースに対しては、前処理なしに高速液体クロマトグラフィ(HPLC)分析を行うことができ、それによって組成分布半値幅を求めることができる。例えば、特開2011-158664号公報には、置換度2.27~2.56の酢酸セルロースに対する組成分布分析法が記載されている。
【0041】
一方、本開示の酢酸セルロースにおける組成分布半値幅(置換度分布半値幅)の実測値は、HPLC分析前に前処理として酢酸セルロースの分子内残存水酸基の誘導体化を行い、しかる後にHPLC分析を行って求める。この前処理の目的は、低置換度酢酸セルロース(例えば、アセチル総置換度1.1以下の酢酸セルロース)を有機溶剤に溶解しやすい誘導体に変換してHPLC分析可能とすることである。すなわち、分子内の残存水酸基を完全にプロピオニル化し、その完全誘導体化セルロースアセテートプロピオネート(CAP)をHPLC分析して組成分布半値幅(実測値)を求める。ここで、誘導体化は完全に行われ、分子内に残存水酸基はなく、アセチル基とプロピオニル基のみ存在していなければいけない。すなわち、アセチル総置換度(DSac)とプロピオニル総置換度(DSpr)の和は3である。これは、CAPのHPLC溶出曲線の横軸(溶出時間)をアセチル総置換度(0~3)に変換するための較正曲線を作成するために関係式:DSac+DSpr=3を使用するためである。
【0042】
酢酸セルロースの完全誘導体化は、ピリジン/N,N-ジメチルアセトアミド混合溶媒中でN,N-ジメチルアミノピリジンを触媒とし、無水プロピオン酸を作用させることにより行うことができる。より具体的には、溶媒として混合溶媒[ピリジン/N,N-ジメチルアセトアミド=1/1(v/v)]を酢酸セルロース(試料)に対して20重量部、プロピオニル化剤として無水プロピオン酸を該酢酸セルロースの水酸基に対して6.0~7.5当量、触媒としてN,N-ジメチルアミノピリジンを該酢酸セルロースの水酸基に対して6.5~8.0mol%使用し、温度100℃、反応時間1.5~3.0時間の条件でプロピオニル化を行う。そして、反応後、沈殿溶媒としてメタノールを用い、沈殿させることにより、完全誘導体化セルロースアセテートプロピオネートを得る。より詳細には、例えば、室温で、反応混合物1重量部をメタノール10重量部に投入して沈澱させ、得られた沈殿物をメタノールで5回洗浄し、60℃で真空乾燥を3時間行うことにより、完全誘導体化セルロースアセテートプロピオネート(CAP)を得ることができる。なお、後述の分散度(多分散性、Mw/Mn)及び重量平均重合度(DPw)も、酢酸セルロース(試料)をこの方法により完全誘導体化セルロースアセテートプロピオネート(CAP)とし、測定したものである。
【0043】
上記HPLC分析では、異なるアセチル総置換度を有する複数のセルロースアセテートプロピオネートを標準試料として用いて所定の測定装置および測定条件でHPLC分析を行い、これらの標準試料の分析値を用いて作成した較正曲線[セルロースアセテートプロピオネートの溶出時間とアセチル総置換度(0~3)との関係を示す曲線、通常、三次曲線]から、酢酸セルロース(試料)の組成分布半値幅(実測値)を求めることができる。HPLC分析で求められるのは溶出時間とセルロースアセテートプロピオネートのアセチル総置換度分布の関係である。これは、試料分子内の残存ヒドロキシ基のすべてがプロピオニルオキシ基に変換された物質の溶出時間とアセチル総置換度分布の関係であるから、本開示の酢酸セルロースのアセチル総置換度分布を求めていることと本質的には変わらない。
【0044】
上記HPLC分析の条件は以下の通りである。
装置: Agilent 1100 Series
カラム: Waters Nova-Pak phenyl 60Å 4μm(150mm×3.9mmΦ)+ガードカラム
カラム温度:30℃
検出: Varian 380-LC
注入量: 5.0μL(試料濃度:0.1%(wt/vol))
溶離液: A液:MeOH/HO=8/1(v/v),B液:CHCl/MeOH=8/1(v/v)
グラジェント:A/B=80/20→0/100(28min);流量:0.7mL/min
【0045】
較正曲線から求めた置換度分布曲線[セルロースアセテートプロピオネートの存在量を縦軸とし、アセチル総置換度を横軸とするセルロースアセテートプロピオネートの置換度分布曲線](「分子間置換度分布曲線」ともいう)において、平均置換度に対応する最大ピーク(E)に関し、以下のようにして置換度分布半値幅を求める。ピーク(E)の低置換度側の基部(A)と、高置換度側の基部(B)に接するベースライン(A-B)を引き、このベースラインに対して、最大ピーク(E)から横軸に垂線をおろす。垂線とベースライン(A-B)との交点(C)を決定し、最大ピーク(E)と交点(C)との中間点(D)を求める。中間点(D)を通って、ベースライン(A-B)と平行な直線を引き、分子間置換度分布曲線との二つの交点(A’、B’)を求める。二つの交点(A’、B’)から横軸まで垂線をおろして、横軸上の二つの交点間の幅を、最大ピークの半値幅(すなわち、置換度分布半値幅)とする。
【0046】
このような置換度分布半値幅は、試料中のセルロースアセテートプロピオネートの分子鎖について、その構成する高分子鎖一本一本のグルコース環の水酸基がどの程度アセチル化されているかにより、保持時間(リテンションタイム)が異なることを反映している。したがって、理想的には、保持時間の幅が、(置換度単位の)組成分布の幅を示すことになる。しかしながら、HPLCには分配に寄与しない管部(カラムを保護するためのガイドカラムなど)が存在する。それゆえ、測定装置の構成により、組成分布の幅に起因しない保持時間の幅が誤差として内包されることが多い。この誤差は、上記の通り、カラムの長さ、内径、カラムから検出器までの長さや取り回しなどに影響され、装置構成により異なる。このため、セルロースアセテートプロピオネートの置換度分布半値幅は、通常、下式で表される補正式に基づいて、補正値Zとして求めることができる。このような補正式を用いると、測定装置(および測定条件)が異なっても、同じ(ほぼ同じ)値として、より正確な置換度分布半値幅(実測値)を求めることができる。
Z=(X-Y1/2
[式中、Xは所定の測定装置および測定条件で求めた置換度分布半値幅(未補正値)である。Y=(a-b)x/3+b(0≦x≦3)である。ここで、aは前記Xと同じ測定装置および測定条件で求めた総置換度3のセルロースアセテートの見掛けの置換度分布半値幅(実際は総置換度3なので、置換度分布は存在しない)、bは前記Xと同じ測定装置および測定条件で求めた総置換度3のセルロースプロピオネートの見掛けの置換度分布半値幅である。xは測定試料のアセチル総置換度(0≦x≦3)である]
【0047】
なお、上記総置換度3のセルロースアセテート(もしくはセルロースプロピオネート)とは、セルロースのヒドロキシル基の全てがエステル化されたセルロースエステルを示し、実際には(理想的には)置換度分布半値幅を有しない(すなわち、置換度分布半値幅0の)セルロースエステルである。
【0048】
前記酢酸セルロースの組成分布半値幅(置換度分布半値幅)の実測値としては、好ましくは0.12~0.34であり、より好ましくは0.13~0.31であり、さらに好ましくは0.13~0.25である。
【0049】
先に説明した置換度分布理論式は、すべてのアセチル化と脱アセチル化が独立かつ均等に進行することを仮定した確率論的計算値である。すなわち、二項分布に従った計算値である。このような理想的な状況は現実的にはあり得ない。酢酸セルロースの加水分解反応が理想的なランダム反応に近づくような、および/または、反応後の後処理について組成について分画が生じるような特別な工夫をしない限り、セルロースエステルの置換度分布は確率論的に二項分布で定まるものよりも大幅に広くなる。
【0050】
反応の特別な工夫の一つとしては、例えば、脱アセチル化とアセチル化が平衡する条件で系を維持することが考えられる。しかし、この場合には酸触媒によりセルロースの分解が進行するので好ましくない。他の反応の特別な工夫としては、脱アセチル化速度が低置換度物について遅くなる反応条件を採用することである。しかし、従来、そのような具体的な方法は知られていない。つまり、セルロースエステルの置換度分布を反応確率論通り二項分布にしたがうよう制御するような反応の特別な工夫は知られていない。さらに、酢化過程(セルロースのアセチル化工程)の不均一性や、熟成過程(酢酸セルロースの加水分解工程)で段階的に添加する水による部分的、一時的な沈殿の発生などの様々な事情は、置換度分布を二項分布よりも広くする方向に働き、これらを全て回避し、理想条件を実現することは、現実的には不可能である。これは、理想気体があくまで理想の産物であり、実在する気体の挙動はそれとは多かれ少なかれ異なることと似ている。
【0051】
従来の低置換度酢酸セルロースの合成と後処理においては、このような置換度分布の問題について殆ど関心が払われておらず、置換度分布の測定や検証、考察が行われていなかった。例えば、文献(繊維学会誌、42、p25 (1986))によれば、低置換度酢酸セルロースの溶解性は、グルコース残基2、3、6位へのアセチル基の分配で決まると論じられており、組成分布は全く考慮されていない。
【0052】
本発明者らの検討によれば、後述するように、酢酸セルロースの置換度分布は、驚くべきことに酢酸セルロースの加水分解工程の後の後処理条件の工夫で制御することができる。文献(CiBment, L., and Rivibre, C., Bull. SOC. chim., (5) 1, 1075 (1934)、Sookne, A. M., Rutherford, H. A., Mark, H., and Harris, M. J. Research Natl. Bur. Standards, 29, 123 (1942)、A. J. Rosenthal, B. B. White Ind. Eng. Chem., 1952, 44 (11), pp 2693-2696.)によれば、総置換度2.3の酢酸セルロースの沈澱分別では、分子量に依存した分画と置換度(化学組成)に伴う微々たる分画が起こるとされており、本発明者らが見出したような置換度(化学組成)で顕著な分画ができるとの報告はない。さらに、低置換度酢酸セルロースについて、溶解分別や沈澱分別で置換度分布(化学組成)を制御できることは検証されていなかった。
【0053】
本発明者らが見出した置換度分布を狭くするもう1つの工夫は、酢酸セルロースの90℃以上の(又は90℃を超える)高温での加水分解反応(熟成反応)である。従来、高温反応で得られた生成物の重合度について詳細な分析や考察がなされて来なかったにもかかわらず、90℃以上の高温反応ではセルロースの分解が優先するとされてきた。この考えは、粘度に関する考察のみに基づいた思い込み(ステレオタイプ)と言える。本発明者らは、酢酸セルロースを加水分解して低置換度酢酸セルロースを得るに際し、90℃以上の(又は90℃を超える)高温下、好ましくは硫酸等の強酸の存在下、多量の酢酸中で反応させると、重合度の低下は見られない一方で、CDIの減少に伴い粘度が低下することを見出した。すなわち、高温反応に伴う粘度低下は、重合度の低下に起因するものではなく、置換度分布が狭くなることによる構造粘性の減少に基づくものであることを解明した。上記の条件で酢酸セルロースの加水分解を行うと、正反応だけでなく逆反応も起こるため、生成物(低置換度酢酸セルロース)のCDIが極めて小さい値となり、水に対する溶解性も著しく向上する。これに対し、逆反応が起こりにくい条件で酢酸セルロースの加水分解を行うと、置換度分布は様々な要因で広くなり、水に溶けにくいアセチル総置換度0.4未満の酢酸セルロース及びアセチル総置換度1.1を超える酢酸セルロースの含有量が増大し、全体として水に対する溶解性が低下する。
【0054】
(2,3,6位の置換度の標準偏差)
前記酢酸セルロースのグルコース環の2,3,6位の各アセチル総置換度は、手塚(Tezuka,Carbonydr.Res.273,83(1995))の方法に従いNMR法で測定できる。すなわち、酢酸セルロース試料の遊離水酸基をピリジン中で無水プロピオン酸によりプロピオニル化する。得られた試料を重クロロホルムに溶解し、13C-NMRスペクトルを測定する。アセチル基の炭素シグナルは169ppmから171ppmの領域に高磁場から2位、3位、6位の順序で、そして、プロピオニル基のカルボニル炭素のシグナルは、172ppmから174ppmの領域に同じ順序で現れる。それぞれ対応する位置でのアセチル基とプロピオニル基の存在比から、元のセルロースジアセテートにおけるグルコース環の2,3,6位の各アセチル置換度を求めることができる。なお、このように求めた2,3,6位の各アセチル置換度の和はアセチル総置換度であり、この方法でアセチル総置換度を求めることもできる。なお、アセチル総置換度は、13C-NMRのほか、H-NMRで分析することもできる。
【0055】
2,3,6位の置換度の標準偏差σは、次の式で定義される。
【数4】
【0056】
酢酸セルロースのグルコース環の2,3及び6位のアセチル置換度の標準偏差が0.08以下(0~0.08)であることが好ましい。該標準偏差が0.08以下である酢酸セルロースは、グルコース環の2,3,6位が均等に置換されており、水に対する溶解性に優れる。
【0057】
(分散度(多分散性、Mw/Mn))
分子量分布(重合度分布)の分散度(多分散性、Mw/Mn)は、酢酸セルロース(試料)の残存水酸基をすべてプロピオニル化して得られるセルロースアセテートプロピオネートを用いてGPC-光散乱法により求めた値である。
【0058】
本開示の酢酸セルロースの分散度(多分散性、Mw/Mn)は、1.2~2.5の範囲であることが好ましい。分散度Mw/Mnが上記の範囲にある酢酸セルロースは、分子の大きさが揃っており、水に対する溶解性に優れる。酢酸セルロースは腸内細菌によって消化管内で酢酸とセルロースに分解し、セルロースはさらにオリゴ糖や単糖を経由して酢酸等の短鎖脂肪酸に分解されると考えられる。このような過程で生じる酢酸などの代謝産物や、このような過程で酢酸セルロースを資化する腸内細菌がIgA産生細胞の増加とIgAの増加に繋がると考えられる。酢酸セルロースの酢酸とセルロースへの分解は菌体外酵素によって生じると考えられるので水に対する溶解性の高い酢酸セルロースの方が分解されやすく、IgA産生細胞の増加とIgAの増加を促進する効果が高い。さらには腸管免疫亢進効果が高まることにつながる。
【0059】
酢酸セルロースの数平均分子量(Mn)、重量平均分子量(Mw)及び分散度(多分散性、Mw/Mn)は、HPLCを用いた公知の方法で求めることができる。酢酸セルロースの分散度(多分散性、Mw/Mn)は、測定試料を有機溶剤に可溶とするため、前記組成分布半値幅の実測値を求める場合と同様の方法で、酢酸セルロース(試料)を完全誘導体化セルロースアセテートプロピオネート(CAP)とした後、以下の条件でサイズ排除クロマトグラフィー分析を行うことにより決定される(GPC-光散乱法)。
装置:Shodex製 GPC 「SYSTEM-21H」
溶媒:アセトン
カラム:GMHxl(東ソー)2本、ガードカラム(東ソー製TSKgel guardcolumn HXL-H)
流速:0.8ml/min
温度:29℃
試料濃度:0.25%(wt/vol)
注入量:100μl
検出:MALLS(多角度光散乱検出器)(Wyatt製、「DAWN-EOS」)
MALLS補正用標準物質:PMMA(分子量27600)
【0060】
(重量平均重合度(DPw))
重量平均重合度(DPw)は、酢酸セルロース(試料)の残存水酸基をすべてプロピオニル化して得られるセルロースアセテートプロピオネートを用いてGPC-光散乱法により求めた値である。
【0061】
本開示の酢酸セルロースの重量平均重合度(DPw)は、50~800の範囲であることが好ましい。重量平均重合度(DPw)が高すぎると、水に対する溶解性が悪くなりやすい。前記重量平均重合度(DPw)は、好ましくは55~700、さらに好ましくは60~600である。酢酸セルロースは腸内細菌によって消化管内で酢酸とセルロースに分解し、セルロースはさらにオリゴ糖や単糖を経由して酢酸等の短鎖脂肪酸に分解されると考えられる。このような過程で生じる酢酸などの代謝産物や、このような過程で酢酸セルロースを資化する腸内細菌がIgA産生細胞の増加とIgAの増加に繋がると考えられる。酢酸セルロースの酢酸とセルロースへの分解は菌体外酵素によって生じると考えられるので水に対する溶解性の高い酢酸セルロースの方が分解されやすく、IgA産生細胞の増加とIgAの増加を促進する効果が高い。さらには腸管免疫亢進効果が高まることにつながる。
【0062】
上記重量平均重合度(DPw)は、前記分散度(多分散性、Mw/Mn)と同じく、前記組成分布半値幅の実測値を求める場合と同様の方法で、酢酸セルロース(試料)を完全誘導体化セルロースアセテートプロピオネート(CAP)とした後、サイズ排除クロマトグラフィー分析を行うことにより求められる(GPC-光散乱法)。
【0063】
上述のように、酢酸セルロースの分子量(重合度)、分散度(多分散性、Mw/Mn)はGPC-光散乱法(GPC-MALLS、GPC-LALLSなど)により測定される。なお、光散乱の検出は、一般に水系溶媒では困難である。これは水系溶媒は一般的に異物が多く、一旦精製しても二次汚染されやすいことによる。また、水系溶媒では、微量に存在するイオン性解離基の影響のため分子鎖の広がりが安定しない場合があり、それを抑えるために水溶性無機塩(例えば塩化ナトリウム)を添加したりすると、溶解状態が不安定になり、水溶液中で会合体を形成したりすることがある。この問題を回避するための有効な方法の一つは、酢酸セルロースを誘導体化し、異物が少なく、二次汚染されにくい有機溶媒に溶解するようにし、有機溶媒でGPC-光散乱測定を行うことである。この目的の酢酸セルロースの誘導体化としてはプロピオニル化が有効であり、具体的な反応条件及び後処理は前記組成分布半値幅の実測値の説明箇所で記載した通りである。
【0064】
(酢酸セルロースの製造)
前記酢酸セルロース(酢酸セルロース)は、例えば、(A)中乃至高置換度酢酸セルロースの加水分解工程(熟成工程)、(B)沈殿工程、及び、必要に応じて行う(C)洗浄、中和工程により製造できる。なお、中乃至高置換度酢酸セルロースのアセチル総置換度は、例えば、1.5以上3以下、好ましくは2以上3以下である。
【0065】
[(A)加水分解工程(熟成工程)]
加水分解反応は、有機溶媒中、触媒(熟成触媒)の存在下、原料酢酸セルロースと水を反応させることにより行うことができる。有機溶媒としては、例えば、酢酸、アセトン、アルコール(メタノール等)、これらの混合溶媒などが挙げられる。これらの中でも、酢酸を少なくとも含む溶媒が好ましい。触媒としては、一般に脱アセチル化触媒として用いられる触媒を使用できる。触媒としては、特に硫酸が好ましい。
【0066】
有機溶媒(例えば、酢酸)の使用量は、原料酢酸セルロース1重量部に対して、例えば、0.5~50重量部、好ましくは1~20重量部、さらに好ましくは3~10重量部である。
【0067】
触媒(例えば、硫酸)の使用量は、原料酢酸セルロース1重量部に対して、例えば、0.005~1重量部、好ましくは0.01~0.5重量部、さらに好ましくは0.02~0.3重量部である。触媒の量が少なすぎると、加水分解の時間が長くなりすぎ、酢酸セルロースの分子量の低下を引き起こすことがある。一方、触媒の量が多すぎると、加水分解温度に対する解重合速度の変化の度合いが大きくなり、加水分解温度がある程度低くても解重合速度が大きくなり、分子量がある程度大きい酢酸セルロースが得られにくくなる。
【0068】
加水分解工程における水の量は、原料酢酸セルロース1重量部に対して、例えば、0.5~20重量部、好ましくは1~10重量部、さらに好ましくは2~7重量部である。また、該水の量は、有機溶媒(例えば、酢酸)1重量部に対して、例えば、0.1~5重量部、好ましくは0.3~2重量部、さらに好ましくは0.5~1.5重量部である。水は、反応開始時において全ての量を系内に存在させてもよいが、酢酸セルロースの沈殿を防止するため、使用する水の一部を反応開始時に系内に存在させ、残りの水を1~数回に分けて系内に添加してもよい。
【0069】
加水分解工程における反応温度は、例えば、40~130℃、好ましくは50~120℃、さらに好ましくは60~110℃である。特に、反応温度を90℃以上(或いは90℃を超える温度)とする場合には、正反応(加水分解反応)に対する逆反応(アセチル化反応)の速度が増加する方向に反応の平衡が傾く傾向があり、その結果、置換度分布が狭くなり、後処理条件を特に工夫しなくとも、組成分布指数CDIの極めて小さい酢酸セルロースを得ることができる。この場合、触媒として硫酸等の強酸を用いるのが好ましく、また、反応溶媒として酢酸を過剰に用いるのが好ましい。また、反応温度を90℃以下とする場合であっても、後述するように、沈殿工程において、沈殿溶媒として2種以上の溶媒を含む混合溶媒を用いて沈殿させたり、沈殿分別及び/又は溶解分別を行うことにより、組成分布指数CDIが非常に小さい酢酸セルロースを得ることができる。
【0070】
[(B)沈殿工程]
この工程では、加水分解反応終了後、反応系の温度を室温まで冷却し、沈殿溶媒を加えて酢酸セルロースを沈殿させる。沈殿溶媒としては、水と混和する有機溶剤若しくは水に対する溶解度の大きい有機溶剤を使用できる。例えば、アセトン、メチルエチルケトン等のケトン;メタノール、エタノール、イソプロピルアルコール等のアルコール;酢酸エチル等のエステル;アセトニトリル等の含窒素化合物;テトラヒドロフラン等のエーテル;これらの混合溶媒などが挙げられる。
【0071】
沈殿溶媒として2種以上の溶媒を含む混合溶媒を用いると、後述する沈殿分別と同様の効果が得られ、組成分布(分子間置換度分布)が狭く、組成分布指数(CDI)が小さい酢酸セルロースを得ることができる。好ましい混合溶媒として、例えば、アセトンとメタノールの混合溶媒、イソプロピルアルコールとメタノールの混合溶媒などが挙げられる。
【0072】
また、沈殿して得られた酢酸セルロースに対して、さらに沈殿分別(分別沈殿)及び/又は溶解分別(分別溶解)を行うことにより、組成分布(分子間置換度分布)が狭く、組成分布指数CDIが非常に小さい酢酸セルロースを得ることができる。
【0073】
沈殿分別は、例えば、沈殿して得られた酢酸セルロース(固形物)を水に溶解し、適当な濃度(例えば、2~10重量%、好ましくは3~8重量%)の水溶液とし、この水溶液に貧溶媒を加え(又は、貧溶媒に前記水溶液を加え)、適宜な温度(例えば、30℃以下、好ましくは20℃以下)に保持して、酢酸セルロースを沈殿させ、沈殿物を回収することにより行うことができる。貧溶媒としては、例えば、メタノール等のアルコール、アセトン等のケトンなどが挙げられる。貧溶媒の使用量は、前記水溶液1重量部に対して、例えば1~10重量部、好ましくは2~7重量部である。
【0074】
溶解分別は、例えば、前記沈殿して得られた酢酸セルロース(固形物)或いは前記沈殿分別で得られた酢酸セルロース(固形物)に、水と有機溶媒(例えば、アセトン等のケトン、エタノール等のアルコールなど)の混合溶媒を加え、適宜な温度(例えば、20~80℃、好ましくは25~60℃)で撹拌後、遠心分離により濃厚相と希薄相とに分離し、希薄相に沈殿溶剤(例えば、アセトン等のケトン、メタノール等のアルコールなど)を加え、沈殿物(固形物)を回収することにより行うことができる。前記水と有機溶媒の混合溶媒における有機溶媒の濃度は、例えば、5~50重量%、好ましくは10~40重量%である。
【0075】
[(C)洗浄、中和工程]
沈殿工程(B)で得られた沈殿物(固形物)は、メタノール等のアルコール、アセトン等のケトンなどの有機溶媒(貧溶媒)で洗浄するのが好ましい。また、塩基性物質を含む有機溶媒(例えば、メタノール等のアルコール、アセトン等のケトンなど)で洗浄、中和することも好ましい。なお、中和工程は加水分解工程の直後に設けても良く、その場合には塩基性物質またはその水溶液を加水分解反応浴に添加するのが好ましい。
【0076】
前記塩基性物質としては、例えば、アルカリ金属化合物(例えば、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム等のアルカリ金属水酸化物;炭酸ナトリウム、炭酸カリウム等のアルカリ金属炭酸塩;炭酸水素ナトリウム等のアルカリ金属炭酸水素塩;酢酸ナトリウム、酢酸カリウム等のアルカリ金属カルボン酸塩;ナトリウムメトキシド、ナトリウムエトキシド等のナトリウムアルコキシドなど)、アルカリ土類金属化合物(例えば、水酸化マグネシウム、水酸化カルシウム等のアルカリ土類金属水酸化物、炭酸マグネシウム、炭酸カルシウム等のアルカリ土類金属炭酸塩;酢酸マグネシウム、酢酸カルシウム等のアルカリ土類金属カルボン酸塩;マグネシウムエトキシド等のアルカリ土類金属アルコキシドなど)などを使用できる。これらの中でも、特に、酢酸カリウム等のアルカリ金属化合物が好ましい。
【0077】
洗浄、中和により、加水分解工程で用いた触媒(硫酸等)などの不純物を効率よく除去することができる。
【0078】
このようにして得られた酢酸セルロースは、必要に応じて、粉砕、篩別又は造粒して、特定粒度の範囲に調整することができる。
【0079】
[食品、医薬]
本開示の腸管免疫亢進剤は、食品または医薬に含有されていてもよく、アセチル総置換度が0.4以上1.1以下である酢酸セルロースのみを食品または医薬としてもよいが、以下のように各種食品または医薬の構成要素として使うことが出来る。
【0080】
その食品または医薬の摂取または投与方法としては、特に経口による摂取または投与が挙げられる。形態は種々のものを選択できる。例えば、散剤、顆粒剤、錠剤、糖衣錠剤、カプセル剤、シロップ剤、丸剤、懸濁剤、液剤及び乳剤等の通常の医薬品の形態、並びに飲料;ガム、チョコレート、飴、羊羹、及びゼリー等の糖菓製品;麺類;パン、ケーキ、ビスケット等の焼いた食品;缶詰;レトルト食品;畜肉食品;水産練食品;マーガリン、ドレッシング、及びマヨネーズ等の食用油組成物;栄養補助食品;バター、アイスクリーム、ヨーグルト等の牛乳製品;等の通常の食品の形態を採用することができる。
【0081】
本開示の食品または医薬は、ヒトに限らず、家畜(ウシ、ブタ、ウマ、ヒツジなど)、家禽(ニワトリ、アヒルなど)、ペット(イヌ、ネコ、サル、マウス、ラット、モルモットなど)などの動物にも適用できる。これらの中でも、ヒトにおいて効果を得るための用量は、酢酸セルロースの摂取量として1日あたり1g~10gが好ましく、比較的多量の摂取が可能となることから、糖衣錠剤;麺類;ビスケット等の焼いた食品等が好ましい。また、本開示の腸管免疫亢進剤は、医薬品の形態または食品の形態に増粘剤として組み込むこともできる。
【0082】
本開示の食品における、アセチル総置換度が0.4以上1.1以下である酢酸セルロースの含有量は特に限定されないが、食品のうち0.1重量%以上であることが好ましい。当該食品の一日の摂取で、有効な量の酢酸セルロースを摂取することができるためである。食品の味や食感を損なうことなく、腸管におけるIgAを十分に増加すると共に、増加したIgAの量を長期間(例えば、2週間~4週間、または4週間以上)維持する観点から、0.1重量%以上5重量%未満が好ましく、1.5重量%以上3重量%未満がより好ましい。
【0083】
本開示の腸管免疫亢進剤が食品または医薬に含有されている場合の予防及び/又は治療(有害作用の軽減又は予防)に有用な対象疾患の具体的な例としては、プロテオバクテリア門に属する病原菌による感染症であり、サルモネラ感染症、コレラ、腸炎ビブリオ等が挙げられる。腸管のうち、特に大腸の粘膜固有層(lamina propria)におけるIgA産生形質細胞が増加することにより、IgAを増加し、粘膜免疫機能を増強させ、感染症やアレルギー疾患を予防するなどの効果が期待できる。
【0084】
本開示の腸管免疫亢進剤の摂取または投与量は、所望の腸管免疫亢進の効果をもたらすのに十分な量であればよい。具体的には、個体の年齢、体重、性別、健康状態、並びに胃、小腸、及び大腸等の状態等の個体に関する条件、摂取または投与方法、及び製剤形態等を考慮して経験的に決定され得る。1回あたりの摂取または投与量は、例えば、5mg/kg体重~60mg/kg体重であってよく、10mg/kg体重~40mg/kg体重であってよい。また、個体が摂取、または個体に投与される回数は、1回でもよいし、1回を超えてもよい。1回を超える場合は、定期的に、不定期に、または必要に応じて投与され得る。適切な回数は、摂取または投与量と同様に、個体に関する条件、摂取または投与方法、及び製剤形態等を考慮して経験的に決定され得る。
【実施例
【0085】
以下、実施例により本発明を具体的に説明するが、本発明は、これらの実施例によりその技術的範囲が限定されるものではない。
【0086】
[酢酸セルロースの調製]
酢酸セルロース(ダイセル社製、商品名「L-70」、アセチル総置換度2.43、6%粘度:145mPa・s)1重量部に対して、4.4重量部の酢酸および1.9重量部の水を加え、混合物を3時間攪拌して酢酸セルロースを溶解した。この溶液に0.58部の酢酸と0.13重量部の硫酸の混合物を加え、得られた溶液を70℃に保持し、加水分解を行った。加水分解の間に酢酸セルロースが沈殿するのを防止するために、系への水の添加を2回に分けて行った。すなわち、反応を開始して1時間後に0.65重量部の水を5分間にわたって系に加えた。さらに2時間後、1.29重量部の水を10分間にわたって系に加え、さらに4時間反応させた。合計の加水分解時間は7時間である。なお、反応開始時から1回目の水の添加までを第1加水分解工程(第1熟成工程)、1回目の水の添加から2回目の水の添加までを第2加水分解工程(第2熟成工程)、2回目の水の添加から反応終了までを第3加水分解工程(第3熟成工程)という。
【0087】
加水分解を実施した後、硫酸に対して1.1当量の酢酸マグネシウムを含む24%酢酸マグネシウム水溶液を反応混合物に加えて反応を停止した。この反応混合物に対して3.6倍重量のアセトン中に反応混合物を攪拌下で60分を要して滴下し、沈殿を形成させた。ろ過によって固形分15重量%のウェットケーキとして沈殿を回収した。得られた沈殿物の固形分1重量部に対し、16重量部のアセトン/水の混合溶剤(アセトン濃度20重量%)を加え、40℃で8時間撹拌後、ろ過によって固形分15重量%のウェットケーキとして固形物を回収した。得られたウェットケーキの固形分1重量部に対し、16重量部のメタノールを加え、25℃で1時間撹拌後、ろ過によって固形分15重量%のウェットケーキとして固形物を回収する操作を5回繰り返し、乾燥して、低置換度酢酸セルロースを得た。
【0088】
得られた酢酸セルロースのアセチル総置換度、重量平均重合度(DPw)、分散度(多分散性、Mw/Mn)、組成分布半値幅の実測値、及び組成分布指数(CDI)を前記の方法で測定した。その結果、酢酸セルロースのアセチル総置換度は0.78、重量平均重合度(DPw)は124、分散度(多分散性、Mw/Mn)は2.0、組成分布半値幅の実測値は0.305、組成分布指数(CDI)は1.90であった。
【0089】
[腸管免疫亢進剤の評価]
<飼料の調製>
精製飼料AIN-93G(REEVEら、Journal of Nutrition, 123, 1939-1951(1993))、およびAIN-93Gには5重量%のセルロースが含まれるところ、2重量%のセルロースを上記得られた酢酸セルロースに置き換えたもの(以下、AIN-93G-acetateと称することがある)を用いた。
【0090】
<飼育実験>
(実験動物)
・野生型マウス
7週齢のC57BL/6J系オス性マウスを用いた。
・単菌定着マウス
雄のC57BL/6N系無菌マウスをアイソレーター中、大腸菌(Escherichia coli)K-12株(E.coli)を投与して飼育することでE.coli単菌定着マウスを作成した。また、同様の方法で、Bacteroides thetaiotaomicron単菌定着マウスを作成した。
・AID KOマウス
AID KOマウス(言い換えれば、Activation-induced cytidine deaminaseを欠損(ノックアウト)させたマウス)は、Muramatsuらの方法(Cell,102,553-563 (2000))で作成した。なお、AID KOマウスは、IgAを産生しない。
【0091】
(飼育方法)
後述の実験で用いたマウスは、次の方法で飼育した。8個体のマウスにAIN-93Gを与えて1週間飼育した。飼料は自由摂取とした。その後、マウスを2群各4個体にグループ分けし、さらに4週間飼育した。この4週間飼育中には、1群にはAIN-93Gを与え、これをControl群とした。残り1群にはAIN-93G-acetateを与え、これをacetate群とした。ただし、AID KOマウス及びE.coli単菌定着マウスは、その他のマウスと個体数が異なり、10個体のマウスを、2群各5個体にグループ分けして飼育した。
【0092】
<糞便中のIgA定量>
AIN-93GまたはAIN-93G-acetateの投与開始から0日目、1週目、2週目、3週目及び4週目の糞便を採取し、糞便中のIgA濃度(μg/mL)を定量した。定量は、マウスIgA ELISA定量セット(Mouse IgA ELISA Quantitation Set、米国Bethyl Laboratories Inc.製)を用いて行った。結果は図1に示す。
【0093】
AIN-93GまたはAIN-93G-acetateの投与開始から1週目以降、acetate群は、Control群に対し高い値を示し、2週目では、プラトーに達して4週目まで有意にIgA濃度の上昇が認められた。
【0094】
<IgA結合細菌(IgA-coated bacteria)の定量>
AIN-93GまたはAIN-93G-acetateの投与開始から4週間飼育した野生型マウスの糞便の細菌叢を、PE標識された抗IgA抗体(Rat anti-mouse IgA, clone 11-44-2, SouthernBiotech社)ならびに4,6-ジアミノ-2-フェニルインドール(DAPI)で染色し、フローサイトメトリーにより分析を行い、フローサイトメトリー一次データを得た。そして、DAPIで染色されるDAPI陽性細胞をゲーティングし(Gated on DAPI positive cells)、そのうちIgA陽性の部分をIgA結合細菌として定量した。フローサイトメトリーはFACS AriaIIを使用して行い、データはFlowJo ソフトウェア(TreeStar Inc.)により解析した。結果は図2に示す。図2(a)は、フローサイトメトリー一次データ、図2(b)は、DAPI陽性細胞におけるIgA結合細菌の数の割合(%)(%DAPI positive cells)を示す。
【0095】
DAPI陽性細胞におけるIgA結合細菌の数の割合(%)(%DAPI positive cells)において、Acetate群の方が、Control群に対し高い値を示した。言い換えれば、Acetate群においてより多くの細菌に対して親和性を持つIgAが増加した結果、IgA結合細菌が増加した。本開示の酢酸セルロースの摂食により、腸管が特定の細菌から保護されるなどの免疫亢進作用が期待される。
【0096】
<糞便中IgA結合細菌の細菌叢分析>
AIN-93GまたはAIN-93G-acetateの投与開始から4週間飼育した野生型マウスの糞便を細菌叢リン酸緩衝生理食塩水(PBS)で懸濁・遠心して上清を得た。この上清に含まれる細菌をIgA‐PE抗体(Rat anti-mouse IgA, clone 11-44-2, SouthernBiotech社)並びにDAPIで染色し、磁気細胞分離(Miltenyi Biotec)を行いIgA陰性の細菌を採取した後、FACS Aria IIを使用してIgA陽性の細菌を採取した。これらの試料を用いて16S rRNA遺伝子解析により細菌を同定した。4週間飼育した野生型マウスAcetate群の糞便の細菌叢分析結果を表1に、4週間飼育した野生型マウスControl群の糞便の細菌叢分析結果を表2に示す。
【0097】
【表1】
【0098】
表1に示すように、4週間飼育した野生型マウスAcetate群の糞便では、アクチノバクテリア門(Actinobacteria)、バクテロイデス門(Bacteroidetes)、フィルミクテス門(Firmicutes)、プロテオバクテリア門(Proteobacteria)、テネリクテス門(Tenericutes)、及びウェルコミクロビウム門(Verrucomicrobia)の中でも、プロテオバクテリア門の細菌が他の分類の細菌に比較し、有意にIgA陽性を示し、IgAとの親和性が高い。なお、プロテオバクテリア門には、大腸菌、サルモネラ、ビブリオ、ヘリコバクターなど病原となり得る細菌が含まれる。
【0099】
【表2】
【0100】
表2に示すように、4週間飼育した野生型マウスControl群の糞便では、アクチノバクテリア門(Actinobacteria)、バクテロイデス門(Bacteroidetes)、フィルミクテス門(Firmicutes)、プロテオバクテリア門(Proteobacteria)、テネリクテス門(Tenericutes)、及びウェルコミクロビウム門(Verrucomicrobia)の中で、特にプロテオバクテリア門の細菌が他の分類の細菌に比較して、IgA陽性を示すものではなく、IgAとの親和性が高いことはない。
【0101】
<腸管の各部位のIgA濃度の定量>
腸管内のどの部位でIgA濃度が増加しているか調べるため部位に分けてIgA濃度を定量した。その方法は次のとおりである。
【0102】
AIN-93GまたはAIN-93G-acetateの投与開始から4週間飼育した野生型マウスについて、十二指腸(Duodenum)、空腸(Jejunum)、回腸(Ileum)、盲腸(Cecum)、近位結腸(Proximal colon)、および遠位結腸(Distal colon)の各組織を採取しコンプリートEDTAフリープロテアーゼインヒビターカクテル錠(Roche社)を加えたPBSに保存後、ステンレスビーズで破砕した。BCAタンパク質アッセイ(Thermo Fisher Scientific社)を利用してタンパク質濃度を測定し、各組織の濃度を統一した後、IgA濃度を定量した。定量は、マウスIgA ELISA定量セット(Mouse IgA ELISA Quantitation Set、米国Bethyl Laboratories Inc.製)を用いて行った。結果は、図3(a)および(b)に示す。
【0103】
十二指腸(Duodenum)、盲腸(Cecum)、近位結腸(Proximal colon)、および遠位結腸(Distal colon)において、Acetate群の組織IgA濃度は、Control群に対し高い値を示した。特に、盲腸から結腸にかけて大きな増加が認められた。
【0104】
<大腸粘膜固有層のIgA産生形質細胞の定量>
AIN-93GまたはAIN-93G-acetateの投与開始から4週間飼育した野生型マウスの大腸粘膜固有層からリンパ球を単離するために、大腸を採取し、長手方向に開裂して中の糞便等を洗浄し除去した。そして、洗浄した大腸を37℃で30分間、20mM EDTA含有HBSS中にて振盪した。上皮細胞及び脂肪組織を除去した後、腸組織を細かく小切片にし、RPMI 1640培地(2%ウシ胎児血清(FBS)、400単位/ml(ロシュ・ダイアグノスティックス株式会社製) コラゲナーゼD、0.25単位/mlディスパーゼ(コーニング社製)、及び0.1mg/ml DNaseI(和光純薬工業株式会社製)含有)を添加し、37℃の水浴中で30時間振盪した。消化した組織をRPMI 1640培地(2%ウシ胎児血清(FBS)含有)で洗浄し、10ml 35%パーコール(GE Healthcare)に再懸濁し、15mlファルコンチューブ中の2.5ml 70%パーコールの上に重層した。そして、室温下にて2000rpmで20分間遠心し、パーコール密度勾配による細胞分離を行った。境界面の細胞を回収して粘膜固有層リンパ球として使用した。
【0105】
単離した粘膜固有層リンパ球を染色バッファー(PBS、2% FBS)に懸濁し、IgA-PE抗体(Clone: 11-44-1、SouthernBiotech社)およびB220-APC抗体(Clone: RA3-6B2、BioLegend社)で染色した。
【0106】
このように処理した粘膜固有層リンパ球はフローサイトメトリーで分析した。ゲーティングし、IgA-PE抗体で染色されるもののB220-APC抗体で染色されないものをIgA産生形質細胞(IgA+ Plasma cells)として定量した。また、IgA-PE抗体びB220-APC抗体の両方で染色されるものをB細胞(IgA+ B cells)として定量した。
【0107】
ここで、B細胞はリンパ球の一種であり、成熟・分化が進むと抗体産生に特化した形質細胞となる。1つのB細胞は、1種類の抗体しか産出できないため、その抗体タイプに見合った抗原または細菌抗原が出現した場合にのみ、その抗体を算出するB細胞が活性化して抗体産生を開始することになる。
【0108】
フローサイトメトリーはFACScant IIを使用して行い、データはFlowJo ソフトウェア(TreeStar Inc.)により解析した。結果は図4に示す。図4(a)は、フローサイトメトリー一次データ、図4(b)は、各細菌の数(absolute cell number)(×10)を示す。
【0109】
Acetate群の大腸粘膜固有層におけるIgA産生形質細胞の数が、Control群に対し、有意に増加した。これにより、本開示の酢酸セルロースの摂取によりIgAの増加が期待される。
【0110】
<盲腸内容物および糞便のIgA結合細菌の定量>
AIN-93GまたはAIN-93G-acetateの投与開始から4週間飼育したBacteroides thetaitaomicron単菌定着マウスならびにE.coli単菌定着マウスの盲腸内容物ならびに糞便の細菌叢を、PE標識された抗IgA抗体(Rat anti-mouse IgA, clone 11-44-2, SouthernBiotech社)ならびに4,6-ジアミノ-2-フェニルインドール(DAPI)で染色し、フローサイトメトリーにより分析を行い、フローサイトメトリー一次データを得た。そして、DAPIで染色されるDAPI陽性細胞をゲーティングし(Gated on DAPI positive cells)、そのうちIgA陽性の部分をIgA結合細菌として定量した。フローサイトメトリーはFACS AriaIIを使用して行い、データはFlowJo ソフトウェア(TreeStar Inc.)により解析した。
【0111】
結果は図5に示す。図5(a)は、Bacteroides thetaiotaomicron単菌定着マウスの盲腸(左:Cecal)および糞便(右:Fecal)のDAPI陽性細胞におけるIgA結合細菌の数の割合(%)(%DAPI positive cells)、図5(b)はプロテオバクテリア門(Proteobacteria)に属するE.coli単菌定着マウスの盲腸(左:Cecal)および糞便(右:Fecal)のDAPI陽性細胞におけるIgA結合細菌の数の割合(%)(%DAPI positive cells)である。
【0112】
図5(a)に示すように、Acetate群は、Control群に対し、Bacteroides thetaiotaomicron単菌定着マウスの盲腸および糞便におけるIgA結合細菌の割合が減少しているが、図5(b)に示すように、E.coli単菌定着マウスの盲腸および糞便におけるIgA結合細菌の割合が増加した。つまり、Acetate群におけるIgAは特にプロテオバクテリア門に属するEscherichia coli K-12株に対して親和性が高くなった。前述の通りプロテオバクテリア門には病原となりうる大腸菌、サルモネラ、ビブリオ、ヘリコバクターなどの細菌が含まれるところ、本開示の酢酸セルロースによって誘導されるIgAにより、腸管がこれらの細菌から保護されること(腸管保護作用)が期待される。
【0113】
<腸管管腔内容物および腸管粘液層内の細菌叢の評価>
(細菌叢分析)
AIN-93GまたはAIN-93G-acetateの投与開始から4週間飼育した野生型マウス、及びAIN-93GまたはAIN-93G-acetateの投与開始から4週間飼育したAID KOマウスの大腸管腔内容物および大腸腸管粘液層内の細菌叢は、Gongらの方法(FEMS Microbiol Ecol. 2007 Jan;59(1):147-57.)で採取し、さらに16S rRNA遺伝子解析により細菌を同定した。
【0114】
4週間飼育した野生型マウスAcetate群の大腸管腔内容物と大腸粘液層内の細菌叢分析結果を表3に、4週間飼育した野生型マウスControl群の管腔内容物と粘液層内の細菌叢分析結果を表4に示す。さらに、4週間飼育したAID KOマウスAcetate群の管腔内容物と大腸粘液層内の細菌叢分析結果を表5に、4週間飼育したAID KOマウスControl群の管腔内容物と大腸粘液層内の細菌叢分析結果を表6に示す。
【0115】
【表3】
【0116】
【表4】
【0117】
野生型マウスAcetate群は、表3に示すように、プロテオバクテリア門の細菌が管腔内容物では2.1%、粘液層内では0.7%と、管腔に比べ粘液層内に定着しにくい。これに対し、野生型マウスControl群は、表4に示すように、プロテオバクテリア門の細菌が管腔内容物では0.0%、粘液層内でも0.0%と、管腔に比べ粘液層内に定着しにくいとは言えない。
【0118】
【表5】
【0119】
【表6】
【0120】
IgAを産生しないAID KOマウスは、Acetate群であっても、表5に示すように、プロテオバクテリア門の細菌が管腔内容物では1.8%、粘液層内では32.3%と、管腔に比べ粘液層内に非常に定着しやすい。また、AID KOマウスControl群でも、表6に示すように、プロテオバクテリア門の細菌が管腔内容物では1.4%、粘液層内では22.2%と、管腔に比べ粘液層内に非常に定着しやすい。以上から、IgAの増加は、大腸粘液層内におけるProteobacteriaの減少を導くことで、腸管保護に寄与するものと考えられる。
図1
図2
図3
図4
図5