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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-10-02
(45)【発行日】2023-10-11
(54)【発明の名称】ペロブスカイト系ナノ結晶シンチレータ
(51)【国際特許分類】
   G01T 1/20 20060101AFI20231003BHJP
   G01T 1/202 20060101ALI20231003BHJP
   C09K 11/61 20060101ALI20231003BHJP
   B82Y 20/00 20110101ALI20231003BHJP
   B82Y 40/00 20110101ALI20231003BHJP
【FI】
G01T1/20 B
G01T1/20 C
G01T1/202
G01T1/20 E
C09K11/61 ZNM
B82Y20/00
B82Y40/00
【請求項の数】 19
(21)【出願番号】P 2020556920
(86)(22)【出願日】2019-04-18
(65)【公表番号】
(43)【公表日】2021-08-26
(86)【国際出願番号】 SG2019050224
(87)【国際公開番号】W WO2019203737
(87)【国際公開日】2019-10-24
【審査請求日】2022-04-01
(31)【優先権主張番号】10201803272Y
(32)【優先日】2018-04-19
(33)【優先権主張国・地域又は機関】SG
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 Nature、561、88-93(2018)(DOI:10.1038/s41586-018-0451-1)
(73)【特許権者】
【識別番号】507335687
【氏名又は名称】ナショナル ユニヴァーシティー オブ シンガポール
(74)【代理人】
【識別番号】100106002
【弁理士】
【氏名又は名称】正林 真之
(74)【代理人】
【識別番号】100120891
【弁理士】
【氏名又は名称】林 一好
(74)【代理人】
【識別番号】100165157
【弁理士】
【氏名又は名称】芝 哲央
(74)【代理人】
【識別番号】100126000
【弁理士】
【氏名又は名称】岩池 満
(72)【発明者】
【氏名】リュウ シャオガン
(72)【発明者】
【氏名】チェン チウシュイ
【審査官】松平 佳巳
(56)【参考文献】
【文献】特開2003-113372(JP,A)
【文献】韓国公開特許第10-2018-0024947(KR,A)
【文献】特開2017-108129(JP,A)
【文献】国際公開第2017/077523(WO,A1)
【文献】特表2017-536698(JP,A)
【文献】国際公開第2017/194833(WO,A1)
【文献】国際公開第2017/001542(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01T 1/20
G01T 1/202
C09K 11/61
B82Y 20/00
B82Y 40/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
a)基材層の上にコーティングされたペロブスカイト系量子ドットの薄膜層を含むナノ結晶シンチレータであって、前記ペロブスカイト系量子ドットは、各々、CsPbX3-a、CHNHPbX、又はNHCH=NHPbXの式を有し、式中、X及びYの各々は、独立にCl、Br又はIであり、aは0~3であり、前記基材層は、アルミニウム基材、フッ素重合体基材、ファイバオプティックプレート、セラミック基材、又はゴム基材であるナノ結晶シンチレータと、
b)前記ナノ結晶シンチレータの前記基材層に取り付けられた光検出器と、を備え、
少なくとも120サイクルの再使用可能性を有する電離放射線検出器
【請求項2】
前記ペロブスカイト系量子ドットが、各々、CsPbX3-aの式を有する請求項1に記載の電離放射線検出器
【請求項3】
前記基材層が、ポリテトラフルオロエチレン、パーフルオロアルコキシアルカン、又はエチレンテトラフルオロエチレンから形成されているフッ素重合体基材である請求項2に記載の電離放射線検出器
【請求項4】
前記基材層が、窒化ケイ素、炭化ケイ素、アルミナ又は炭化ホウ素から形成されているセラミック基材である請求項2に記載の電離放射線検出器
【請求項5】
前記基材層が、エチレンプロピレンジエンメチレンゴム、スチレン-ブタジエンゴム、又はシリコーンゴムから形成されているゴム基材である請求項2に記載の電離放射線検出器
【請求項6】
各々CsPbX3-aの式を有する前記ペロブスカイト系量子ドットが、CsPbCl、CsPbClBr、CsPbCl1.5Br1.5、CsPbClBr、CsPbCl2.5Br0.5、CsPbBr、CsPbBrI、CsPbBr1.81.2、CsPbBr1.51.5、CsPbBr1.21.8、CsPbBrI、及びCsPbIから選択される請求項2に記載の電離放射線検出器
【請求項7】
2nm~40nmの半値全幅(FWHM)を有する発光ピークを有する請求項1に記載の電離放射線検出器
【請求項8】
10nm~700nmの発光極大を有する請求項1に記載の電離放射線検出器
【請求項9】
前記ナノ結晶シンチレータが10μm~100μmの厚さを有する請求項1に記載の電離放射線検出器
【請求項10】
185auの発光強度を有するCsI:Tl(バルク)と比較して少なくとも100auの発光強度を有する請求項1に記載の電離放射線検出器
【請求項11】
0ns未満の減衰時間を有する請求項1に記載の電離放射線検出器
【請求項12】
前記ペロブスカイト系量子ドットが、CsPbBrI、CsPbBr、及びCsPb(Cl/Br)の組み合わせである請求項1に記載の電離放射線検出器
【請求項13】
前記光検出器が、光電子増倍管(PMT)検出器、薄膜トランジスタ(TFT)フォトダイオードセンサ、電荷結合素子(CCD)センサ、相補型金属酸化物半導体(CMOS)センサ、又は酸化インジウムガリウム亜鉛(IGZO)TFTセンサである請求項に記載の電離放射線検出器。
【請求項14】
前記電離放射線検出器が、50nGyair-1以下の線量率で放射線に反応する請求項に記載の電離放射線検出器。
【請求項15】
前記電離放射線検出器が、15nGyair-1以下の線量率で放射線に反応する請求項14に記載の電離放射線検出器。
【請求項16】
請求項1に記載の電離放射線検出器と、前記ナノ結晶シンチレータの前記ペロブスカイト系量子ドットの薄膜層を覆うアルミニウム膜とを備え
2ラインペア・パー・ミリメートル(lp/mm)で0.7の変調伝達関数を有する電離放射線イメージングシステム。
【請求項17】
デジタルカメラをさらに備える請求項16に記載の電離放射線イメージングシステム。
【請求項18】
電離放射線検出器の製造方法であって、
a)各々CsPbX3-a、CHNHPbX、又はNHCH=NHPbXの式を有するペロブスカイト系量子ドットを合成する工程であって、式中、X及びYの各々は、独立にCl、Br又はIであり、aは0~3である工程と、
b)前記ペロブスカイト系量子ドットを基材層の上にコーティングする工程であって、前記基材層は、アルミニウム基材、フッ素重合体基材、ファイバオプティックプレート、セラミック基材、又はゴム基材である工程と、
)前記ナノ結晶シンチレータの前記基材層に光検出器を取る付ける工程と、を備え、
前記電離放射線検出器が少なくとも120サイクルの再使用可能性を有する方法。
【請求項19】
前記合成工程において、Pb前駆体と、Cs、CH NH 又はNH CH=NH の前駆体とが、2.38:1のPb:Cs、CH NH 又はNH CH=NH のモル比で加えられる請求項18に記載の電離放射線検出器の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ペロブスカイト系ナノ結晶シンチレータに関する。
【背景技術】
【0002】
シンチレータは、電離放射線によって励起されるとシンチレーションを呈する発光性材料である。シンチレータは、高エネルギー光子を吸収し、吸収したエネルギーを低エネルギーの可視光子に変換することができる。放射線検出材料に対する需要の高まりから、放射線曝露モニタリング、セキュリティ検査、X線天文学、及び医療用X線撮影等の種々の応用のために、シンチレータについて幅広い研究がなされている。Yaffe,M.J.及びRowlands,J.A.、Phys.Med.Biol.、1997、42、1-39;並びにDurie,B.G.及びSalmon,S.E.、Science、1975、195、1093-1095を参照。
【0003】
従来のシンチレータは、大部分は、重原子材料(例えば、PbWO及びBiGe12)を含有するバルク形態結晶(例えば、バルクの無機シンチレータ)である。これらのシンチレータは、電離放射線シンチレーションでは有効であるが、電離放射線に対する低感度、放射線ルミネセンス残光、及び調節不能のシンチレーション等の重大な制約を呈することが多い。Nagarkar,V.V.ら、IEEE T.Nucl.Sci.、45、492-496(1998);及びBaccaro,S.ら、Nucl.Instrum.Methods in Phys.、1995、361、209-215を参照。さらには、従来のシンチレータは、通常、費用がかかるエネルギー消費を必要とする条件である高温、例えば1700℃で製造される。Weber,M.J.、J.Lumin.、2002、100、35-45を参照。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【文献】Yaffe,M.J.及びRowlands,J.A.、Phys.Med.Biol.、1997、42、1-39
【文献】Durie,B.G.及びSalmon,S.E.、Science、1975、195、1093-1095
【文献】Nagarkar,V.V.ら、IEEE T.Nucl.Sci.、45、492-496(1998)
【文献】Baccaro,S.ら、Nucl.Instrum.Methods in Phys.、1995、361、209-215
【文献】Weber,M.J.、J.Lumin.、2002、100、35-45
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上記の短所を有さない放射線検出のための新しいシンチレータを開発するというニーズがある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の1つの態様は、電離放射線励起発光を発生することができるナノ結晶シンチレータである。
【0007】
当該ナノ結晶シンチレータは、基材層の上にコーティングされたペロブスカイト(灰チタン石)系量子ドットの薄膜層を含有する。ペロブスカイト系量子ドットは、各々、CsPbX3-a、CHNHPbX、又はNHCH=NHPbXの式を有し、式中、X及びYの各々は、独立にCl、Br又はIであり、aは0~3である。
【0008】
特に、上記基材層は、アルミニウム基材、フッ素重合体基材(例えば、ポリテトラフルオロエチレン、パーフルオロアルコキシアルカン、及びエチレンテトラフルオロエチレン)、ファイバオプティックプレート、セラミック基材(例えば、窒化ケイ素、炭化ケイ素、アルミナ、及び炭化ホウ素)、又はゴム基材(例えば、エチレンプロピレンジエンメチレンゴム、スチレン-ブタジエンゴム、及びシリコーンゴム)であることができる。
【0009】
本発明の別の態様は、電離放射線検出器に関する。当該電離放射線検出器は、上記のナノ結晶シンチレータと、このナノ結晶シンチレータの基材層に取り付けられた光検出器とを備える。
【0010】
典型的には、上記光検出器は、光電子増倍管(PMT)検出器、薄膜トランジスタ(TFT)フォトダイオードセンサ、電荷結合素子(CCD)センサ、相補型金属酸化物半導体(CMOS)センサ、又は酸化インジウムガリウム亜鉛(IGZO)TFTセンサである。
【0011】
ある実施形態では、本発明の電離放射線検出器は、予想外にも非常に低い線量率で放射線に反応する。
【0012】
さらに本発明が及ぶのは、上記のナノ結晶シンチレータと、このナノ結晶シンチレータの基材層に取り付けられた光検出器と、上記ナノ結晶シンチレータの上記ペロブスカイト系量子ドットの薄膜層を覆うアルミニウム膜とを備える電離放射線イメージングシステムである。この光検出器は、先の段落で示された光検出器のうちの1つであることができる。任意に、当該電離放射線イメージングシステムは、デジタルカメラをさらに備える。
【0013】
本発明の詳細は、下記の記載で示される。本発明の他の特徴、目的及び利点は、以下の図面及びいくつかの実施形態の詳細な説明から、そして添付の特許請求の範囲からも明らかであろう。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1図1aは、合成したままのCsPbBrナノ結晶の低分解能透過型電子顕微鏡法(TEM)画像、並びに挿入図として、単独のCsPbBrナノ結晶の高分解能TEM画像及び[100]ズーム軸に沿ったその対応する制限視野電子回折パターンを示す。図1bは、50kVの電圧で、278μGyair-1の線量率を用いたX線透視を用いた場合の、12種のペロブスカイト量子ドット、すなわち試料1~12の調節可能なルミネセンススペクトルを示す。図1cは、3種のペロブスカイトナノ結晶(橙色:CsPbBrI;緑色:CsPbBr;青色:CsPb(Cl/Br))の使用による、多色のX線シンチレーションを示す写真を提示する(左:明視野イメージング;右:50kVの電圧でのX線透視の際)。
図2図2aは、X線センシングに使用されるペロブスカイト量子ドット系光導電体の基本設計を示す概略図であり、図2bは、X線透視を用いて及び用いずに記録されたペロブスカイト量子ドット系光導電体の電流-電圧プロットである。
図3図3aは、CsPbBr系シンチレータの放射線ルミネセンス(RL)強度対線量率のプロットであり、CsPbBr系シンチレータの概要は挿入図に示されている。図3bは、137Cs源による励起の下でのCsPbBr系シンチレータのRL強度のプロットである。図3cは、連続照射及び繰り返しの励起に対するCsPbBr系シンチレータのRL強度のプロットである。図3dは、リアルタイムのX線画像診断のための実験設定の概略図である。図3eは、デジタルカメラで記録した、針が埋め込まれたコガネムシのX線位相差顕微鏡像である。
図4図4aは、薄膜トランジスタ(TFT)センサパネル、画素化したα-シリコンフォトダイオードアレイ、CsPbBrペロブスカイトナノ結晶薄膜、及びアルミニウム箔の保護カバーからなるフラットパネルX線イメージングシステムの概略図である。図4bは、上記フラットパネルイメージングシステムを使用して得られたネットワークインターフェースカードのX線画像である。図4cは、上記フラットパネルX線イメージングシステムのα-Siフォトダイオードパネルの上に堆積されたペロブスカイトシンチレータを用いて及び用いずに取得されたiPhone(登録商標)のX線画像である。図4dは、上記フラットパネルX線イメージングシステムについての、変調伝達関数対空間周波数のプロットである。
【発明を実施するための形態】
【0015】
電離放射線励起発光を発生するナノ結晶シンチレータが、最初に詳細に本明細書中で開示される。
【0016】
繰り返すが、当該ナノ結晶シンチレータは、基材層の上にコーティングされたペロブスカイト系量子ドットの薄膜層を含有する。このペロブスカイト系量子ドットは、各々、CsPbX3-a、CHNHPbX、又はNHCH=NHPbXの式を有し、式中、X及びYの各々は、独立にCl、Br又はIであり、aは0~3である。
【0017】
特定の例示的なナノ結晶シンチレータでは、基材層は、アルミニウム基材、フッ素重合体基材(例えば、ポリテトラフルオロエチレン、パーフルオロアルコキシアルカン、及びエチレンテトラフルオロエチレン)、ファイバオプティックプレート、セラミック基材(例えば、窒化ケイ素、炭化ケイ素、アルミナ、及び炭化ホウ素)、ゴム基材(例えば、エチレンプロピレンジエンメチレンゴム、スチレン-ブタジエンゴム、及びシリコーンゴム)、又はケイ素系基材である。この「ケイ素系基材」は、ケイ素元素を含有する基材を指す。例えば、ケイ素系基材は、ポリジメチルシロキサン(PDMS)基材、シリカウェハ及びSiO膜、ガラス、又は画素化したα-シリコンフォトダイオードアレイを含有するTFTパネルであることができる。
【0018】
典型的なナノ結晶シンチレータでは、上記ペロブスカイト系量子ドットは、各々、CsPbX3-aの式を有する。ペロブスカイト系量子ドットの例としては、CsPbCl、CsPbClBr、CsPbCl1.5Br1.5、CsPbClBr、CsPbCl2.5Br0.5、CsPbBr、CsPbBrI、CsPbBr1.81.2、CsPbBr1.51.5、CsPbBr1.21.8、CsPbBrI、及びCsPbIが挙げられるが、これらに限定されない。
【0019】
上記のナノ結晶シンチレータと、このナノ結晶シンチレータの基材層に取り付けられた光検出器とを備える電離放射線検出器も本発明に包含される。この光検出器は、PMT検出器、TFTフォトダイオードセンサ、CCDセンサ、CMOSセンサ、又はIGZO TFTセンサであることができる。
【0020】
重要なことに、本発明の電離放射線検出器は、50nGyair-1以下(例えば、30nGyair-1以下、15nGyair-1以下、及び13nGyair-1)の線量率で放射線に反応することができる。
【0021】
さらに、上記のナノ結晶シンチレータと、上記ナノ結晶シンチレータの基材層に取り付けられた光検出器と、上記ナノ結晶シンチレータのペロブスカイト系量子ドットの薄膜層を覆うアルミニウム膜とを備える電離放射線イメージングシステムは、本発明の範囲内にある。好ましい実施形態では、上記光検出器は、PMT検出器、TFTフォトダイオードセンサ、CCDセンサ、CMOSセンサ、又はIGZO TFTセンサである。電離放射線イメージングシステムは、デジタルカメラをさらに備えてもよい。
【0022】
さらなる精緻な記載がなくとも、当業者は、上記の記載に基づいて本発明をその全範囲で利用することができると考えられる。以下の特定の実施例は、それゆえ、単に説明のためのものであり、決して本開示の他の部分を限定するものではないと解釈されるべきである。本明細書中に引用した刊行物は、参照によりその全体を援用したものとする。
【実施例
【0023】
実施例1:ペロブスカイト系量子ドットを含有するナノ結晶シンチレータ
調製のためのセシウム前駆体としてのCsオレイン酸塩の合成
典型的な手順において、2口丸底フラスコ(50mL)にCsCO(0.4g;1.23mmol)、オレイン酸(OA;1.25mL)及びオクタデセン(ODE;15mL)を加えた。得られた混合物を、激しく撹拌しながら真空条件下で100℃に0.5時間加熱した。その後、いずれも水分及びOを除去するために、窒素パージ及び真空を交互に3回フラスコに適用した。その後、この反応物を150℃に加熱すると、溶液は透明になり、これはCsCOとOAとの反応の完結を示した。このCs溶液を、ペロブスカイトナノ結晶の合成まで、窒素雰囲気下、150℃で保持した。
【0024】
ペロブスカイト系量子ドットの合成及び特性解析
Swarnkar,A.ら、Science 354、92-95(2016)に報告されている改変ホットインジェクション手順に従って、CsPbXペロブスカイト量子ドットを合成した。
【0025】
典型的な実験では、PbX(0.36mmol;X=Cl、Br又はI)、オレイン酸(1.0mL)、オレイルアミン(1.0mL)、及びODE(10mL)を2口丸底フラスコ(50mL)に加えた。得られた混合物を、激しく撹拌しながら真空下で100℃に0.5時間加熱し、この間に窒素を用いたパージング及び真空吸引によって水分を除去した。次いで、この混合物を、PbXが完全に溶解するまで、160℃に加熱した。Csオレイン酸塩の熱溶液(1.0mL)を素早く上記反応混合物に注入した。5秒の反応後、フラスコを氷浴に移した。13,000rpmで10分間の遠心分離によってCsPbX量子ドットを得て、さらなる使用まで4mLのシクロヘキサンの中で保存した。
【0026】
異なるハライド組成を有する12種の試料、すなわち、CsPbCl(試料1)、CsPbClBr(試料2)、CsPbCl1.5Br1.5(試料3)、CsPbClBr(試料4)、CsPbCl2.5Br0.5(試料5)、CsPbBr(試料6)、CsPbBrI(試料7)、CsPbBr1.81.2(試料8)、CsPbBr1.51.5(試料9)、CsPbBr1.21.8(試料10)、CsPbBrI(試料11)、及びCsPbI(試料12)を調製した。なお、混合ハライドを含有する試料は、異なるPbX塩の適切な比を使用することにより容易に得られた。
【0027】
これらのナノ結晶を、加速電圧200kVを用いたFEI Tecnai G20透過型電子顕微鏡を使用するTEMイメージング及びCuKα放射線(λ=1.54184Å)を用いたADDS広角X線粉末回折計を使用する粉末X線回折によって特性解析した。例示的なTEM画像を図1aに示すが、この図は、9.6nmの平均サイズを有する、合成したままの量子ドットの立方体形状を明らかにする。図1aの挿入図は、CsPbBr量子ドットの高解像度画像及び[100]ズーム軸に沿ったそのX線回折パターンを示す。
【0028】
多色のX線シンチレーション用に上記ペロブスカイト量子ドットを使用する可能性を検討するために研究を行った。より具体的には、小型X線源(AMPEK,Inc.(アンペック))を備えたEdinburgh LS5蛍光分光光度計(Edinburgh Instruments Ltd.(エディンバラ・インスツルメンツ)、英国)を使用して、試料1~12から形成した固体ナノ結晶膜(10mm)の放射線ルミネセンスを測定した。比較のために、4種の市販のバルクシンチレータ、すなわち、CsI:Tl、PbWO、YAlO:Ce、及びBiGe12を本研究に含めた。注目すべきことに、図1b及び下記表1に示すように、上記ナノ結晶膜は、12nm~40nmの範囲の小さい半値全幅(FWHM)値を有する発光ピーク及び410nm~700nmの範囲の発光極大を呈した。対照的に、4種の従来のバルクシンチレータの放射線ルミネセンスは不変であり、大きい値の半値全幅(FWHM)を有する広い発光ピークを呈した(表1)。さらに、X線透視に対するCsPbBrナノ結晶薄膜の感度を、4種の市販のバルクシンチレータの感度と比較した。5.0μGyair-1(10kV、5μA)という低照射線量で、CsPbBrナノ結晶薄膜(厚さ:約0.1mm)がX線光子を可視ルミネセンスに変換する能力は、CsI:Tlの能力と同等であり、PbWO、YAlO:Ce、及びBiGe12の能力よりもはるかに優れるということが見出された(表1)。このCsPbBrナノ結晶のより優れた性能は、Pbハロゲン化物量子ドットの大きいX線阻止能及び高い発光量子収率に起因していた。
【0029】
これらの結果は、本明細書に記載するペロブスカイト系量子ドットが高効率の多色のX線シンチレーションを成し遂げるのに特に好適であるということを示す。
【0030】
【表1】
【0031】
ペロブスカイト系量子ドットを含有するナノ結晶シンチレータの製作
フレキシブルなナノ結晶シンチレータを、溶液処理及び標準的なソフトリソグラフィーマイクロファブリケーション技術の組み合わせによって調製した。
【0032】
手短に言えば、Adobe Illustrator CS6を使用して、最初にフォトマスクを設計した。次いで、60μmの厚さを有するネガ型フォトレジストをシリコンウェハ(3インチ(約7.62cm))上にスピンコーティングし(SU-8 2015、2,500rpm、60秒)、シリコンウェハを60℃で10分間、次いで85℃で5分間プリベークした。その後、このシリコンウェハをUVランプの下に20秒間置き、オーブンの中で、75℃で5分間、ポストベーキング処理に供した。次に、シリコンウェハ上の所望の微細構造を、現像液を使用して生成した。予め混合したPDMSプレポリマー及び硬化剤(質量で10:1)を用いて、PDMS基材を真空条件下で上記シリコンウェハ上に製作し、80℃で2時間熱処理し、次いでシリコンウェハから慎重に剥離した。最後に、シクロヘキサン中のペロブスカイト量子ドットの分散液をこのPDMS基材の上にスピンコーティングして薄膜を形成し、これによりナノ結晶シンチレータを得た。
【0033】
図1cは、上記の手順を通して調製した例示的なシンチレータを示す。注目すべきことに、このシンチレータは、3種の異なるペロブスカイトナノ結晶、すなわち、CsPbBrI(橙色)、CsPbBr(緑色)、及びCsPb(Cl/Br)(青色)の使用に起因して、多色のX線誘起発光を呈した。
【0034】
実施例2:ナノ結晶シンチレータを含有するX線光導電体の製作
ナノ結晶シンチレータの中のCsPbBr量子ドットにおけるX線誘起電荷担体の存在を実験的に確認するために、X線光導電体(図2a)を構築した。
【0035】
X線光導電体を構築するために、SiO層(300nm)を有するシリコンウェハからなる基材を最初にアセトン中、エタノール中、次いで脱イオン水の中での超音波処理によって清浄にした。窒素を流して乾燥した後、この基材を酸素プラズマで6分間処理した。次いで、シクロヘキサン中のCsPbBr量子ドットの溶液を、この基材の上に500rpmで30秒間スピンコーティングし、100℃で5分間アニーリングした。この手順を3回繰り返して、約10μmの厚さを有するナノ結晶膜を製造した。その後、100nmの厚さを有する金電極を、CsPbBr量子ドット膜の上に加熱蒸散によって堆積した。シャドーマスクを使用して、金電極のサイズを制御した。
【0036】
次いで、このX線光導電体の電流-電圧特性を、X線透視を用いて及び用いずに、決定した。市販の、小型のX線管(Amptek(アンプテック))をX線光子対電流測定のために使用した。このX線管の中のターゲットは金で作製されており、最大出力は4Wであった。電圧を50kVに保ち、ピークX線エネルギーを、Al/Wフィルタ及び2mm直径の真鍮製コリメーターを用いて10keVに設定した。X線源とX線光導電装置との間の距離は約30cmであった。Keithley 4200 Semiconductor Parametric Analyzerを備えるSignotone Micromanipulator S-1160プローブステーションを使用して上記X線光導電体の電流-電圧測定を実施した。すべての実験を周囲条件下で実施した。
【0037】
図2bに示すように、X線光検出器を通る電流は、X線透視がある場合はより高く、これにより、CsPbBr量子ドットの中のX線誘起電荷担体の存在を確認した。
【0038】
実施例3:ナノ結晶シンチレータを含有するX線検出器の製作及び特性解析
(i)シクロヘキサン中のCsPbBr量子ドットの分散液をPDMS基材の上へとスピンコーティングし、(i)このPDMS基材をPMT検出器に結合することにより、ナノ結晶シンチレータを含有する超高感度X線検出器(図3aの挿入図)を構築した。
【0039】
このX線検出器をある線量率の範囲(0.013~278μGyair-1)のX線光子に曝露することにより、このX線検出器の性能を決定した。上記線量率の範囲は、X線源の電流及び電圧を調整することにより制御した。
【0040】
図3aに示すように、上記X線検出器は、X線線量率に対する線形応答を呈した。予想外にも、上記X線検出器は、13nGyair-1という低線量率においてX線光子を検出し、13nGyair-1という線量率は、X線診断法のために典型的に必要とされる医療用放射線の線量閾値(5.5μGyair-1)よりも420倍低い。このX線検出器は、携帯用の137Cs源によって発生したパルス状光子(661keV)を用いた励起の際に44.6nsという短いシンチレーション減衰時間(τ)も呈し(図3b)、これはX線光子への非常に速い応答及び最小の残光ルミネセンスを示す。上記X線検出器のこの短いシンチレーション減衰時間は、300ns~10,000ns範囲のシンチレーション減衰時間を呈する市販のバルクシンチレータ、CsI:Tl、PbWO、YAlO:Ce及びBiGe12のシンチレーション減衰時間に良好に匹敵する(表1)。
【0041】
上記X線検出器における上記ペロブスカイト量子ドットの光安定性を、連続サイクル又は反復サイクル(120サイクル;励起時間間隔=30秒)のX線透視の下でさらに調べた(図3c)。X線誘起放射線ルミネセンスは、透視時間又は透視サイクルの増加に伴っては増加しないということが見出され、これは、上記X線検出器の中のペロブスカイト量子ドットがX線光子に対して安定であるということを示していた。
【0042】
まとめると、本発明のX線検出器は、予想外にも高感度であり、X線光子に対する非常に速い応答を呈する。さらに、上記ペロブスカイトナノ結晶が光安定性であるということに起因して、これらのX線検出器の性能は、X線透視下で損なわれない。
【0043】
実施例4:ナノ結晶シンチレータを使用するX線位相コントラストイメージング
X線位相コントラストイメージングについての本発明のナノ結晶シンチレータの適性を評価するために研究を行った。
【0044】
まず、コガネムシ(グリーン・スカラベ・ビートル、green scarab beetle)に、金属針を埋め込んだ。その後、このコガネムシを、X線源と、プラスチックディスクの上にコーティングされたCsPbBr量子ドットの薄膜層を備えるナノ結晶シンチレータとの間に置いた(図3d)。次いで、50kVの電圧でX線画像を記録した。なお、CsPbBrナノ結晶の530nmの緑色発光がCMOSセンサの最大波長応答と良好に合致するため、本研究のためにCsPbBrナノ結晶を選んだ。
【0045】
図3eに示すように、X線阻止能の大きな差に起因して、コガネムシの内部の針が位相コントラスト画像において明瞭に現れ、この位相コントラスト画像は、従来のデジタルカメラを用いて簡便に記録された。
【0046】
この研究の結果は、本発明のナノ結晶シンチレータを直接のX線位相コントラストイメージングに容易に使用することができるということを実証する。
【0047】
実施例5:ナノ結晶シンチレータを含有するフラットパネルX線イメージングシステムの調製及び特性解析
α-Siフォトダイオードアレイを備える市販のフラットパネルX線イメージングシステム(iRAY Technology Shanghai,Inc.(アイレイ・テクノロジー・シャンハイ))への当該ペロブスカイトナノ結晶の適合性を試験するために研究を行った(図4a)。
【0048】
手短に言えば、シクロヘキサン中のCsPbBrナノ結晶の分散液を、フォトダイオードアレイ(8.0×8.0cm)の上へスピンコーティングし、薄膜(75μm)を形成した。シクロヘキサンのエバポレーション後、CsI:Tl系の市販のX線イメージングシステムのパッケージングプロセスと同様のパッケージングプロセスでアルミニウム膜(40μm)を真空下で加えた。このアルミニウム膜は、水分及びライトソーキング(light soaking)からシンチレータを保護するために使用した。なお、フォトダイオード素子への集光を高めるために、反射層をアルミニウム膜の表面上にコーティングした。
【0049】
このX線イメージングシステムを使用して、15μGyair(2.5μGyair-1のX線への曝露を6ms)の低X線線量で電子回路(図4b)及びiPhone(登録商標)(図4c)の内部構造を撮像した。消費電力は、全画像取得について25Wであった。X線源は、70kVの電圧で運転した。このX線イメージングシステムの空間分解能は、その変調伝達関数(MTF)の測定により決定した。
【0050】
図4dに示すように、このX線イメージングシステムは、2.0ラインペア・パー・ミリメートル(lp/mm)で0.72の変調伝達関数、工業的に使用されるCsI:Tl系フラットパネルX線検出器(2.0lp/mmで0.36)よりもはるかに高い空間分解能を呈した。この予想外にも高い空間分解能は、ナノ粒子ベースの薄膜におけるより低い光散乱度に起因していた。
【0051】
これらの結果を考慮すると、本発明のX線イメージングシステムが動的リアルタイムX線イメージングについて理想的であるということが明らかである。
【0052】
他の実施形態
本明細書に開示される特徴のすべては、いずれの組み合わせで組み合わされてもよい。本明細書に開示される各特徴は、同じ、同等の、又は類似の目的を果たす代替の特徴で置き換えられてもよい。従って、明示的に特段の記載がない限り、開示された各特徴は、一般的な系列の均等又は類似の特徴の一例にすぎない。
【0053】
さらに、上記の説明から、当業者は、本発明の本質的な特徴を容易に確認することができ、本発明を種々の用途及び条件に適合させるために、その趣旨及び範囲から逸脱せずに本発明の種々の変更及び改変をなすことができる。従って、他の実施形態も特許請求の範囲の中に含まれる。
図1
図2
図3
図4