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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-10-03
(45)【発行日】2023-10-12
(54)【発明の名称】鋼管および鋼板
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20231004BHJP
   C22C 38/58 20060101ALI20231004BHJP
   C22C 38/60 20060101ALI20231004BHJP
   C21D 8/02 20060101ALN20231004BHJP
   C21D 9/08 20060101ALN20231004BHJP
   C21D 9/50 20060101ALN20231004BHJP
【FI】
C22C38/00 301F
C22C38/58
C22C38/60
C21D8/02 C
C21D9/08 F
C21D9/50 101A
【請求項の数】 5
(21)【出願番号】P 2022504837
(86)(22)【出願日】2020-03-04
(86)【国際出願番号】 JP2020009114
(87)【国際公開番号】W WO2021176590
(87)【国際公開日】2021-09-10
【審査請求日】2022-08-09
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100149548
【弁理士】
【氏名又は名称】松沼 泰史
(74)【代理人】
【識別番号】100140774
【弁理士】
【氏名又は名称】大浪 一徳
(74)【代理人】
【識別番号】100134359
【弁理士】
【氏名又は名称】勝俣 智夫
(74)【代理人】
【識別番号】100188592
【弁理士】
【氏名又は名称】山口 洋
(74)【代理人】
【識別番号】100217249
【弁理士】
【氏名又は名称】堀田 耕一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100221279
【弁理士】
【氏名又は名称】山口 健吾
(74)【代理人】
【識別番号】100207686
【弁理士】
【氏名又は名称】飯田 恭宏
(74)【代理人】
【識別番号】100224812
【弁理士】
【氏名又は名称】井口 翔太
(72)【発明者】
【氏名】原 卓也
(72)【発明者】
【氏名】篠原 康浩
(72)【発明者】
【氏名】藤城 泰志
(72)【発明者】
【氏名】海老原 潔
(72)【発明者】
【氏名】津留 英司
【審査官】川口 由紀子
(56)【参考文献】
【文献】特許第6319539(JP,B1)
【文献】特許第6369658(JP,B1)
【文献】特開2016-079431(JP,A)
【文献】国際公開第2018/179512(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00-38/60
C21D 8/02
C21D 9/08
C21D 9/50
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
母材部と溶接部とを有する鋼管であって、
前記母材部の化学組成が、質量%で、
C:0.030~0.100%、
Si:0.50%以下、
Mn:0.80~1.60%、
P:0.020%以下、
S:0.0030%以下、
Al:0.060%以下、
Ti:0.001~0.030%、
Nb:0.006~0.100%、
N:0.0010~0.0080%、
Ca:0.0005~0.0050%、
O:0.0050%以下、
Cr:0~1.00%、
Mo:0~0.50%、
Ni:0~1.00%、
Cu:0~1.00%、
V:0~0.10%、
Mg:0~0.0100%、
REM:0~0.0100%、
残部:Feおよび不純物であり、
下記(i)式で表わされるESSPが1.5~3.0であり、
下記(ii)式で表わされるCeqが0.20~0.50であり、
前記母材部の表面から深さ1mmまでの範囲である表層部の金属組織が、ポリゴナルフェライト、グラニュラーベイナイト、アシキュラーフェライト、ベイナイトから選択される1種以上からなり、前記グラニュラーベイナイト、前記アシキュラーフェライト、前記ベイナイトの合計面積率が80%以上であり、
前記母材部の前記表層部における最高硬さが250HV以下であり、
降伏応力が、415~630MPaであり、
応力ひずみ曲線における比例限が、前記降伏応力の90%以上である、
鋼管。
ESSP=Ca×(1-124×O)/(1.25×S) ・・・(i)
Ceq=C+Mn/6+(Cu+Ni)/15+(Cr+Mo+V)/5 ・・・(ii)
但し、式中の各元素記号は、鋼中に含まれる各元素の含有量(質量%)を表し、含有されない場合はゼロとする
【請求項2】
前記母材部の化学組成が、質量%で、
Cr:0.10~1.00%、
Mo:0.03~0.50%、
Ni:0.10~1.00%、
Cu:0.10~1.00%、
V:0.005~0.10%、
Mg:0.001~0.0100%、および、
REM:0.001~0.0100%、
から選択される1種以上を含有する、
請求項に記載の鋼管。
【請求項3】
前記母材部の化学組成が、質量%で、Nb:0.01~0.04%を含み、
前記溶接部が、溶接熱影響部と溶接金属部とからなり、
前記溶接熱影響部における表層部の金属組織が、ベイナイト、およびアシキュラーフェライトから選択される1種以上を含み、
前記溶接熱影響部における表面から肉厚方向に0.9mm深さ位置までの範囲である表層部の最高硬さが250HV以下であり、
前記鋼管の内側における溶接止端部の角度が130~180°の範囲である、
請求項1または2に記載の鋼管。
【請求項4】
前記母材部の厚さが10~40mmであり、管径が508mm以上である、
請求項1~のいずれか一項に記載の鋼管。
【請求項5】
請求項1~4のいずれか一項に記載の鋼管の前記母材部に用いられる、鋼板。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鋼管および鋼板に関する。本発明は、特に、ラインパイプ用溶接鋼管およびその素材として好適な鋼板に関する。
【背景技術】
【0002】
地上や海底面等に設置され、油やガスを移送するシステムをパイプラインという。このようなパイプラインを構成するパイプライン用鋼管は、ラインパイプと称される。長距離パイプラインを構成する、管径が508mm以上の大径のラインパイプには、ストレートシームアーク溶接鋼管(以下、アーク溶接鋼管、溶接鋼管、または鋼管という)が広く用いられている。ここで、ストレートシームアーク溶接鋼管とは、厚鋼板を筒状のオープン管に成形し、突合せ部(シーム部)をサブマージドアーク溶接法などのアーク溶接法で溶接して製造された鋼管である。成形方法により、UOE鋼管、JCOE鋼管と呼ばれることもある。
【0003】
近年、パイプラインの建設は、寒冷地やサワー環境等、環境の厳しい地域へと拡大している。ここで、サワー環境とは、腐食性ガスであるH2Sを含む酸性化された湿潤硫化水素環境を意味する。ラインパイプがサワー環境に曝されると、水素誘起割れ(HIC)が発生する場合があることが知られている。一方、ラインパイプよりも高強度である油井管では硫化物応力割れ(SSC)が発生することがある。しかしながら、ラインパイプでも、硫化水素分圧が高くなったり、応力が高くなったりするとSSCが発生することがある。このように、厳しいサワー環境で使用されるラインパイプ(耐サワーラインパイプ)には、耐HIC特性に加えて耐SSC特性も要求される。
【0004】
特許文献1および非特許文献2には、耐サワー性には硬さが影響するとの知見に基づいて母材部および溶接部の硬さを220Hv以下に規定した、耐サワー性に優れた溶接鋼管またはこの鋼管用の鋼板について提案されている。
【0005】
また、特許文献2には、質量%で、中心偏析部の硬さを示す指標であるCP値(=4.46[%C]+2.37[%Mn]/6+(1.74[%Cu]+1.7[%Ni])/15+(1.18[%Cr]+1.95[%Mo]+1.74[%V])/5+22.36[%P])が1.0以下で、鋼組織がベイナイト組織であり、板厚方向の硬さのばらつきΔHVが30以下で、かつ、板幅方向の硬さのばらつきΔHVが30以下である、耐サワーラインパイプ用高強度鋼板が提案されている。
【0006】
特許文献3には、金属組織がベイナイト組織であり、板厚方向の硬さのばらつきがΔHv1025以下で、板幅方向の硬さのばらつきがΔHv1025以下であり、鋼板表層部の最高硬さがHv10220以下である、鋼板内の材質均一性に優れた耐サワーラインパイプ用高強度鋼板が提案されている。
【0007】
さらに、特許文献4には、鋼板表面から板厚方向に1mmまでの範囲の金属組織が、焼戻しマルテンサイト、焼戻しベイナイトの中から選ばれる1種又は2種からなり、板厚中央部から板厚方向に±1mmの範囲の金属組織が、焼戻しマルテンサイト、焼戻しベイナイトの中から選ばれる1種又は2種からなる主相が面積率で80%以上であり、主相以外の残部がフェライト、パーライト、セメンタイト、残留オーステナイトの中から選ばれる1種以上からなり、さらに、鋼板表面から板厚方向に1mmの位置の硬度がビッカース硬さで250HV以下、鋼板表面から1mmの位置と板厚中央部との硬度差がビッカース硬さで60HV以下である、耐水素誘起割れ性に優れた調質鋼板が提案されている。
【0008】
特許文献1~4および非特許文献2の鋼板では、硫化水素分圧0.1MPa(1bar)以下で、かつ負荷応力が降伏応力の90%以下の環境下での耐サワー性については満足される。しかしながら、最近の油井管またはラインパイプの使用環境はより苛酷化し、ラインパイプ用溶接鋼管の耐サワー性に対する要求水準はより高くなっている。
【0009】
従来は、硫化水素分圧0.1MPa(1bar)以下の環境での耐サワー性が求められていたが、最近では、0.1MPaを超える高圧硫化水素環境に耐え得る材料設計が求められている。さらに、従来は、負荷応力は降伏応力の90%以下であったが、最近では降伏応力の90%を超える負荷応力下での高圧硫化水素環境に耐え得る材料設計が求められている。
【0010】
本発明者らの検討によれば、特許文献1~4の鋼板および非特許文献2の鋼板は、硫化水素分圧が0.1MPa(1bar)超で、かつ降伏応力の90%を超える環境下での耐サワー性については、十分ではなかった。
【0011】
このような課題に対し、特許文献5では、従来鋼と同等またはそれ以上の耐HIC性を有し、降伏強度が350MPa以上で、かつ、硫化水素分圧が0.1MPaを超える硫化水素を含む30℃以下の環境で、降伏強度の90%以上の応力を負荷しても割れの発生しない耐SSC性に優れる鋼管が開示されている。
【0012】
しかしながら、特許文献5では、硫化物応力腐食割れ試験の負荷応力が降伏応力の90%の耐SSC性に優れることは示されているものの、負荷応力が降伏応力の90%超の場合については、示されていなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0013】
【文献】日本国特開2011-017048号公報
【文献】日本国特開2012-077331号公報
【文献】日本国特開2013-139630号公報
【文献】日本国特開2014-218707号公報
【文献】日本国特許第6369658号公報
【非特許文献】
【0014】
【文献】新日鉄住金技報第397号(2013)、p.17~22
【文献】JFE技報No.9(2005年8月)、p.19~24
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
上述のとおり、最近のラインパイプの使用環境はより苛酷化し、ラインパイプ用溶接鋼管の耐サワー性に対する要求水準はより高度化している。そこで、本発明は、過酷な高圧硫化水素環境で使用できる、耐サワー性に優れる溶接鋼管、特にストレートシームアーク溶接鋼管およびその素材となる鋼板(特に厚鋼板)を提供することを目的とする。
【0016】
より具体的には、従来鋼と同等またはそれ以上の耐HIC性を有し、降伏応力が350MPa以上で、かつ、0.1MPaを超える硫化水素を含む、30℃以下の環境で、降伏応力の90%を超える応力、具体的には降伏応力の95%の応力を負荷しても割れの発生しない耐SSC性に優れる鋼管、およびその素材となる鋼板を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0017】
本発明は、上記課題を解決するためになされたものであり、以下の鋼管および鋼板を要旨とする。
【0018】
(1)本発明の一態様に係る鋼管は、母材部と溶接部とを有する鋼管であって、前記母材部の化学組成が、質量%で、C:0.030~0.100%、Si:0.50%以下、Mn:0.80~1.60%、P:0.020%以下、S:0.0030%以下、Al:0.060%以下、Ti:0.001~0.030%、Nb:0.006~0.100%、N:0.0010~0.0080%、Ca:0.0005~0.0050%、O:0.0050%以下、Cr:0~1.00%、Mo:0~0.50%、Ni:0~1.00%、Cu:0~1.00%、V:0~0.10%、Mg:0~0.0100%、REM:0~0.0100%、残部:Feおよび不純物であり、下記(i)式で表わされるESSPが1.5~3.0であり、下記(ii)式で表わされるCeqが0.20~0.50であり、前記母材部の表面から深さ1mmまでの範囲である表層部の金属組織が、ポリゴナルフェライト、グラニュラーベイナイト、アシキュラーフェライト、ベイナイトから選択される1種以上からなり、前記グラニュラーベイナイト、前記アシキュラーフェライト、前記ベイナイトの合計面積率が80%以上であり、前記母材部の前記表層部における最高硬さが250HV以下であり、降伏応力が、415~630MPaであり、応力ひずみ曲線における比例限が、前記降伏応力の90%以上である。
ESSP=Ca×(1-124×O)/(1.25×S) ・・・(i)
Ceq=C+Mn/6+(Cu+Ni)/15+(Cr+Mo+V)/5 ・・・(ii)
但し、式中の各元素記号は、鋼中に含まれる各元素の含有量(質量%)を表し、含有されない場合はゼロとする
)上記(1)記載の鋼板は、前記母材部の化学組成が、質量%で、Cr:0.10~1.00%、Mo:0.03~0.50%、Ni:0.10~1.00%、Cu:0.10~1.00%、V:0.005~0.10%、Mg:0.001~0.0100%、および、REM:0.001~0.0100%、から選択される1種以上を含有してもよい。
)上記(1)または(2)に記載の鋼管は、前記母材部の化学組成が、質量%で、Nb:0.01~0.04%を含み、前記溶接部が、溶接熱影響部と溶接金属部とからなり、前記溶接熱影響部における表面から肉厚方向に0.9mm深さ位置までの範囲である表層部の金属組織が、ベイナイト、およびアシキュラーフェライトから選択される1種以上を含み、前記溶接熱影響部における表層部の最高硬さが250HV以下であり、前記鋼管の内側における溶接止端部の角度が130~180°の範囲である。
)上記(1)~()のいずれかに記載の鋼管は、前記母材部の厚さが10~40mmであり、管径が508mm以上であってもよい。
)本発明の別の態様に係る鋼板は、(1)~()のいずれかに記載の鋼管の前記母材部に用いられる。
【発明の効果】
【0019】
本発明の上記態様によれば、0.1MPaを超える硫化水素を含む30℃以下の環境で降伏応力の90%を超える応力を負荷しても割れの発生しない、優れた耐SSC性を有する鋼管と、その素材として用いることができる鋼板とを提供することができる。
また、本発明の好ましい態様によれば、過酷な高圧硫化水素環境で使用できる耐サワー性に優れる溶接部を有する鋼管を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
図1】本実施形態に係る鋼管の溶接止端部の角度を説明するための模式図である。
図2】本実施形態に係る鋼管から試験片を切り出す部分を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
本発明者らは、上記課題を解決する手法を検討するため、0.1MPaを超える高圧硫化水素環境(例えば、5%食塩と酢酸とを含有するHS飽和溶液中)でかつ、負荷応力が90%を超えた試験で割れた鋼管の母材部及び溶接部の破面、組織等を観察した。さらに、その鋼管の応力ひずみ曲線についても調査した。その結果、次の知見を得るに至った。
【0022】
(a)0.1MPaを超える高圧硫化水素環境下での耐サワー性を向上させるには、耐HIC性だけではなく、耐SSC性も制御する必要がある。HICは、鋼管の厚さ方向における中心部近傍に存在する中心偏析部で発生する。一方、SSCは、従来考慮されていなかった、鋼管の表面から1mmの範囲(表層部)の組織および硬さに依存する。
【0023】
(b)表層部の金属組織を、主に、ポリゴナルフェライト、グラニュラーベイナイト、アシキュラーフェライト、ベイナイトから選択される1種以上からなる組織にした上で、最高硬さを250HV以下にすると、耐サワー性が向上する。また、グラニュラーベイナイト、アシキュラーフェライト、ベイナイトから選択される1種以上の合計面積率が、80%を超えると、SSC性がより向上する。
【0024】
(c)表層部の組織を上記のように制御する場合、上記の炭素当量Ceqを0.20~0.50に制御した上で、冷却パターンを厳密に制御することが重要である。
【0025】
(d)巻取りを前提とした熱延鋼板の製造方法を適用した場合、加速冷却停止後の冷却速度が放冷よりも遅くなる。この場合、硬さのばらつきは小さくなるが、上述した表層部の組織および/または硬さが得られない。そのため、上述した表層部の組織および硬さを得るためには、厚板工程によって製造する必要がある。
【0026】
(e)溶接熱影響部の硬さ、および溶接止端部の形状(図1参照)を適切に制御することで、止端部の応力集中を緩和することにより溶接部の耐SSC性が向上する。
【0027】
本発明は、上記の知見に基づいてなされた。
【0028】
以下、本発明の一実施形態に係る鋼管(本実施形態に係る鋼管)及び、その鋼管用の鋼板(本実施形態に係る鋼板)について説明する。
本実施形態に係る鋼管は、母材部と溶接部とを有する溶接鋼管である。母材部は円筒状であり、溶接部は鋼管の軸方向に平行な方向に延在している。溶接部は、溶接時に溶融して凝固した金属部分である溶接金属部と、溶接時に溶融しなかったものの、溶接による入熱およびその後の冷却により組織等に変化を生じた領域である溶接熱影響部とからなる。
また、本実施形態に係る鋼板は、上記鋼管の母材部に用いられる。すなわち、後述するように、上記鋼板を筒状に成形し、当該鋼板の両端部を突き合わせ溶接することによって、上記鋼管が得られる。したがって、鋼板の化学組成、金属組織および機械特性は、鋼管の母材部と同一である。そのため、以降、本実施形態に係る鋼管の母材部についての説明は、本実施形態に係る鋼板にも適用される。
【0029】
1.化学組成
各元素の限定理由は下記のとおりである。以下の説明において含有量についての「%」は、「質量%」を意味する。
【0030】
1-1.鋼管の母材部(鋼板)の化学組成
本実施形態に係る鋼管の母材部(本実施形態に係る鋼板)の化学組成について説明する。
【0031】
C:0.030~0.100%
Cは、鋼の強度を向上させる元素である。C含有量が0.030%未満であると、強度向上効果が十分に得られない。そのため、C含有量は0.030%以上とする。好ましくは0.035%以上である。
【0032】
一方、C含有量が0.100%を超えると、表層部の硬さが高くなりSSCが発生しやすくなる。また、炭化物が生成し、HICが発生し易くなる。そのため、C含有量は0.100%以下とする。より優れた耐SSC性及び耐HIC性の確保、ならびに溶接性および靱性の低下を抑制する場合、C含有量は0.070%以下が好ましく、0.060%以下がより好ましい。
【0033】
Si:0.50%以下
Si含有量が0.50%を超えると、溶接部の靱性が低下する。そのため、Si含有量は0.50%以下とする。好ましくは0.35%以下、より好ましくは0.30%以下である。Si含有量の下限は0%を含む。
【0034】
一方、Siは鋼原料からおよび/または製鋼過程で不可避的に混入するので、実用鋼において、0.01%がSi含有量の実質的な下限である。また、Siは、脱酸のために添加してもよく、この場合、Si含有量の下限を0.10%としてもよい。
【0035】
Mn:0.80~1.60%
Mnは、鋼の強度および靱性を向上させる元素である。Mn含有量が0.80%未満であると、これらの効果が十分に得られない。そのため、Mn含有量は0.80%以上とする。Mn含有量は、好ましくは0.90%以上、より好ましくは1.00%以上である。
【0036】
一方、Mn含有量が1.60%を超えると、耐サワー性が低下する。そのため、Mn含有量は1.60%以下とする。好ましくは1.50%以下である。
【0037】
P:0.020%以下
Pは、不可避的に不純物として含有される元素である。P含有量が0.020%を超えると、耐HIC性が低下し、また、溶接部の靱性が低下する。そのため、P含有量は0.020%以下とする。好ましくは0.015%以下、より好ましくは0.010%以下である。P含有量は少ない方が好ましく、下限は0%を含む。しかしながら、P含有量を0.001%未満に低減すると、製造コストが大幅に上昇するので、実用鋼において、0.001%がP含有量の実質的な下限である。
【0038】
S:0.0030%以下
Sは、不可避的に不純物として含有される元素である。また、Sは、熱間圧延時に圧延方向に延伸するMnSを形成して、耐HIC性を低下させる元素である。S含有量が0.0030%を超えると、耐HIC性が著しく低下するので、S含有量は0.0030%以下とする。好ましくは0.0020%以下、より好ましくは0.0010%以下である。下限は0%を含むが、S含有量を0.0001%未満に低減すると、製造コストが大幅に上昇するので、実用鋼板上、0.0001%が実質的な下限である。
【0039】
Al:0.060%以下
Al含有量が0.060%を超えると、Al酸化物が集積したクラスターが生成し、耐HIC性が低下する。そのため、Al含有量は0.060%以下とする。好ましくは0.050%以下、より好ましくは0.035%以下、さらに好ましくは0.030%以下である。Al含有量は少ない方が好ましく、Al含有量の下限は0%を含む。
【0040】
一方、Alは鋼原料からおよび/または製鋼過程で不可避的に混入するので、実用鋼において、0.001%がAl含有量の実質的な下限である。また、Alは、脱酸のために添加してもよく、この場合、Al含有量の下限を0.010%としてもよい。
【0041】
Ti:0.001~0.030%
Tiは、炭窒化物を形成して結晶粒の細粒化に寄与する元素である。Ti含有量が0.001%未満であると、この効果が十分に得られない。そのため、Ti含有量は0.001%以上とする。好ましくは0.008%以上、より好ましくは0.010%以上である。
【0042】
一方、Ti含有量が0.030%を超えると、炭窒化物が過剰に生成して、耐HIC性および靱性が低下する。そのため、Ti含有量は0.030%以下とする。好ましくは0.025%以下、より好ましくは0.020%以下である。
【0043】
Nb:0.006~0.100%
Nbは、炭化物および/または窒化物を形成し、強度の向上に寄与する元素である。Nb含有量が0.006%未満であると、これらの効果が十分に得られない。そのため、Nb含有量は0.006%以上とする。好ましくは0.008%以上、より好ましくは0.010%以上である。特に溶接熱影響部の硬さを確保する場合、Nb含有量は0.010%以上が好ましく、0.015%以上がより好ましく、0.017%以上がさらに好ましい。
【0044】
一方、Nb含有量が0.100%を超えると、中心偏析部に、Nbの炭窒化物が集積し、耐HIC性が低下する。そのため、Nb含有量は0.100%以下とする。好ましくは0.080%以下、より好ましくは0.060%以下である。
また、溶接部(溶接熱影響部および溶接金属部)の靭性を向上させる場合、Nb含有量は0.040%以下が好ましく、0.035%以下がより好ましく、0.033%以下がさらに好ましい。
【0045】
N:0.0010~0.0080%
Nは、Tiおよび/またはNbと結合して窒化物を形成し、加熱時のオーステナイト粒径の微細化に寄与する元素である。N含有量が0.0010%未満であると、上記効果が十分に得られない。そのため、N含有量は0.0010%以上とする。好ましくは0.0020%以上である。
【0046】
一方、N含有量が0.0080%を超えると、Tiおよび/またはNbの窒化物が集積し、耐HIC性が低下する。そのため、N含有量は0.0080%以下とする。好ましくは0.0060%以下、より好ましくは0.0050%以下である。
【0047】
Ca:0.0005~0.0050%
Caは、鋼中でCaSを形成することによって圧延方向に伸長するMnSの形成を抑制し、その結果、耐HIC性の向上に寄与する元素である。Ca含有量が0.0005%未満であると、上記効果が十分に得られない。そのため、Ca含有量は0.0005%以上とする。好ましくは0.0010%以上、より好ましくは0.0015%以上である。
【0048】
一方、Ca含有量が0.0050%を超えると、酸化物が集積し、耐HIC性が低下する。そのため、Ca含有量は0.0050%以下とする。好ましくは0.0045%以下、より好ましくは0.0040%以下である。
【0049】
O:0.0050%以下
Oは、不可避的に残留する元素である。O含有量が0.0050%を超えると、酸化物が生成し、耐HIC性が低下する。そのため、O含有量は0.0050%以下とする。鋼板の靱性および溶接部の靭性を確保する点で、0.0040%以下が好ましく、0.0030%以下がより好ましい。O含有量は少ない方が好ましく、0%でもよい。しかしながら、Oを0.0001%未満に低減すると、製造コストが大幅に上昇する。そのため、O含有量を、0.0001%以上としてもよい。製造コストの点からは、0.0005%以上が好ましい。
【0050】
Cr:0~1.00%
Mo:0~0.50%
Ni:0~1.00%
Cu:0~1.00%
V:0~0.10%
Cr、Mo、Ni、CuおよびVは、鋼の焼入れ性を高める元素である。そのため、必要に応じてこれらの元素から選択される1種以上を含有してもよい。
上記の効果を得るためには、Cr:0.10%以上、Mo:0.03%以上、Ni:0.10%以上、Cu:0.10%以上、およびV:0.005%以上から選択される1種以上を含有するのが好ましい。
【0051】
一方、Cr、NiおよびCuの含有量が、それぞれ1.00%を超えるか、Mo含有量が0.50%を超えるか、V含有量が0.10%を超えると、硬さが上昇して耐サワー性が低下する。そのため、Cr、NiおよびCuの含有量はいずれも1.00%以下とし、Mo含有量は0.50%以下とし、V含有量は0.10%以下とする。好ましくは、Cr:0.50%以下、Mo:0.40%以下、Ni:0.50%以下、Cu:0.50%以下、V:0.06%以下である。
【0052】
Mg:0~0.0100%
REM:0~0.0100%
MgおよびREMは、硫化物の形態を制御する元素である。上記の効果を得るには、Mg:0.001%以上およびREM:0.001%以上から選択される1種または2種を含有するのが好ましい。
【0053】
一方、MgおよびREMの含有量が、それぞれ0.0100%を超えると硫化物が粗大化し、その効果が発揮できなくなる。そのため、MgおよびREMの含有量はいずれも0.0100%以下とする。好ましくは0.0050%以下である。
【0054】
ここで、REMは、希土類元素であり、Scおよびランタノイドの16元素の総称であり、REM含有量は、これらの元素の合計含有量を意味する。
【0055】
上記の化学組成において、残部はFeおよび不純物である。ここで「不純物」とは、鋼を工業的に製造する際に、鉱石、スクラップ等の原料、製造工程の種々の要因によって混入する成分であって、本発明に悪影響を与えない範囲で許容されるものを意味する。
【0056】
不純物として、Sb、Sn、Co、As、Pb、Bi、H、W、Zr、Ta、B、Nd、Y、HfおよびReが含まれる場合においては、それぞれの含有量は後述する範囲に制御することが好ましい。
【0057】
Sb:0.10%以下
Sn:0.10%以下
Co:0.10%以下
As:0.10%以下
Pb:0.005%以下
Bi:0.005%以下
H:0.0005%以下
Sb、Sn、Co、As、Pb、Bi、Hについては、鋼原料から不純物または不可避的混入元素として混入することがあるが、上記の範囲であれば、本実施形態に係る鋼管の特性を損なわない。そのため、これらの元素については、上記の範囲に制限することが好ましい。
【0058】
W、Zr、Ta、B、Nd、Y、HfおよびRe:合計0.10%以下
これらの元素は、鋼原料から不純物または不可避的混入元素として混入することがあるが、上記の範囲であれば、本実施形態に係る鋼管の特性を損なわない。そのため、これらの元素の含有量の合計を0.10%以下に制限する。
【0059】
母材部の化学組成は、各元素の含有量が上述の範囲内であることに加えて、以下に示すように、成分の含有量から算出されるESSPおよびCeqの値が所定の条件を満足する必要がある。
【0060】
ESSP:1.5~3.0
ESSPは、酸素と結合したCaを差し引いた残りのCa(有効Ca)が、Sと原子量比で結合することを前提に、S含有量に見合う分の有効Ca量が存在するかどうかを示す指標となる値であり、下記(i)式で表わされる。本実施形態に係る鋼管では、従来鋼と同等以上の耐HIC特性を確保するため、ESSPの値を1.5~3.0の範囲内とする必要がある。
ESSP=Ca×(1-124×O)/(1.25×S) ・・・(i)
但し、式中の各元素記号は、鋼中に含まれる各元素の含有量(質量%)を表し、含有されない場合はゼロとする。
【0061】
耐HIC特性を確保するためには、圧延方向に延伸するMnSの生成を抑制することが有効である。また、圧延方向に延伸するMnSの生成を抑制するには、S含有量を低減してCaを添加し、CaSを形成してSを固定することが有効な手法である。一方、Caは、酸素親和力がSより強いので、必要量のCaSを形成するためには、O含有量の低減が必要である。
【0062】
ESSPが1.5未満であると、O含有量およびS含有量に対してCa含有量が不足してMnSが生成する。圧延で延伸したMnSは、耐HIC性を劣化させる原因となるので、ESSPは1.5以上とする。好ましくは1.6以上、より好ましくは1.7以上である。
【0063】
一方、Ca含有量が過剰になると、クラスター状介在物が多量に生成し、MnSの形態制御が阻害されることが懸念される。O含有量、S含有量を少なくすればクラスター状介在物の生成を抑制できるが、ESSPが3.0を超える場合、O含有量およびS含有量の低減のための製造コストが著しく上昇する。そのため、ESSPは3.0以下とする。好ましくは2.8以下、より好ましくは2.6以下である。
【0064】
ESSPの値が1.5~3.0の範囲内であれば、有効Ca量が、MnSの形態制御のために最低限必要な量以上で、かつ、クラスター状介在物が生成しない臨界量以下に調整されるので、優れた耐HIC特性が得られる。
【0065】
Ceq:0.20~0.50
Ceqは、炭素当量を意味する焼入れ性の指標となる値であり、下記(ii)式で表わされる。本実施形態に係る鋼管の母材部では、後述するように、表層部においてポリゴナルフェライト、グラニュラーベイナイト、アシキュラーフェライト、ベイナイトから選択される1種以上からなる組織、好ましくは、グラニュラーベイナイト、アシキュラーフェライト、ベイナイトから選択される1種以上を合計で80%超含む金属組織を得るため、鋼の焼入れ性を適正に制御する必要がある。そのため、Ceqの値を0.20~0.50とする必要がある。
Ceq=C+Mn/6+(Cu+Ni)/15+(Cr+Mo+V)/5 ・・・(ii)
但し、式中の各元素記号は、鋼中に含まれる各元素の含有量(質量%)を表し、含有されない場合はゼロとする。
【0066】
Ceqが0.20未満であると、530MPa以上の引張強さが得られない。そのため、Ceqは0.20以上とする。好ましくは0.25以上である。一方、Ceqが0.50を超えると、溶接部の表面硬さが高くなり、耐サワー性が低下する。そのため、Ceqは0.50以下とする。好ましくは0.45以下である。
【0067】
1-2.溶接部の化学組成
溶接熱影響部は、母材部が溶接によっても溶融しなかった部分である。そのため、その化学組成は、母材部と同じであり、限定理由も同じである。
一方、溶接部における、溶接金属部の化学組成については、特に限定されない。しかしながら、溶接金属部の強度を母材部の強度と同程度以上に高めるためには、溶接金属部の化学組成を、以下の範囲とするのが好ましい。
【0068】
すなわち、溶接部における溶接金属部の化学組成は、質量%で、C:0.02~0.20%、Si:0.01~1.00%、Mn:0.1~2.0%、P:0.015%以下、S:0.0050%以下、Cu:1.0%以下、Ni:1.0%以下、Mo:1.0%以下、Cr:0.1%以下、Nb:0.5%以下、V:0.3%以下、Ti:0.05%以下、Al:0.005~0.100%、O:0.010~0.070%、Cr:0~1.00%、Ni:0~1.00%、Cu:0~1.00%、Mo:0~0.50%、V:0~0.10%、Mg:0~0.01%、REM:0~0.01%、残部:Feおよび不純物であることが好ましい。
【0069】
溶接金属部の化学組成は、溶接時における母材と溶接材料との流入割合で決定される。溶接材料としては市販される材料を用いればよく、例えば、Y-D、Y-DM、Y-DMHワイヤー、ならびにNF5000B、またはNF2000のフラックスを用いることができる。また、上記溶接金属部の組成範囲に制御するためには、溶接条件を後述する範囲に調整するのが望ましい。
【0070】
2.金属組織
2-1.母材部の金属組織
次に、鋼管の母材部(鋼板)の金属組織について説明する。
【0071】
母材部の表層部における金属組織は、ポリゴナルフェライト、グラニュラーベイナイト、アシキュラーフェライト、ベイナイトから選択される1種以上からなる組織とする。本実施形態において、表層部とは、母材部の表面から1.0mmまでの範囲を意味する。
【0072】
本実施形態に係る鋼管では、母材部の表層部の最高硬さを250HV以下に抑制し、所要の強度と、優れた耐サワー性とを確保するため、表層部における金属組織を、ポリゴナルフェライト、グラニュラーベイナイト、アシキュラーフェライト、ベイナイトから選択される1種以上からなる組織とする。好ましくは、グラニュラーベイナイト、アシキュラーフェライト、ベイナイトから選択される1種以上の合計面積率が80%超である。上記の合計面積率が80%超であると、強度および耐サワー性がより向上する。より好ましくは、85%以上である。
【0073】
各組織の面積率の測定は、3%硝酸と97%エタノールとの混合溶液などでエッチングした金属組織を走査電子顕微鏡(SEM)で観察することによって得られる。表層部の組織は、鋼板の表面から0.5mmの位置を代表として測定すればよい。
母材部における表層部の金属組織とは、溶接による影響を受けない母材部の金属組織をいう。本実施形態に係る鋼管では、突合せ部(シーム部、鋼板の幅方向の端部に相当)から鋼管の円周方向に90°、180°、270°の位置における表層部の金属組織などを指す。上記位置は、鋼板においては鋼板幅方向に1/4、1/2、3/4の位置における表層部の金属組織に相当する。
【0074】
本実施形態において、ポリゴナルフェライトは、粒内に粗大なセメンタイトまたはMAなどの粗大な析出物を含まない塊状の組織として観察される組織であり、アシキュラーフェライトは、旧オーステナイト粒界が不明瞭で、粒内は針状形状のフェライト(炭化物もオーステナイト・マルテンサイト混成物は存在しない)がランダムな結晶方位で生成している組織である。
【0075】
一方、加工フェライトとは、加工を受けたフェライトであり、光学顕微鏡やSEM観察では、圧延方向に扁平した粒が観察される。扁平したとは、アスペクト比(板厚方向のフェライト長さに対する圧延方向のフェライト長さ)が2.0以上であることを指す。また、パーライトとは、フェライトとセメンタイトとが層状になった組織であり、パーライトのうち、層をなしているセメンタイトが途中で切れている組織が疑似パーライトである。
残留オーステナイトは、修正レペラ液にて白く映し出されたものを残留オーステナイトと判定する。
【0076】
グラニュラーベイナイトは、アシキュラーフェライトとベイナイトとの中間の変態温度で生成し、中間の組織的特徴を有する。部分的に旧オーステナイト粒界が見え、粒内に粗いラス組織が存在し、ラス内、ラス間に細かい炭化物およびオーステナイト・マルテンサイト混成物が散在する部分と、旧オーステナイト粒界が不明瞭で針状または不定形のフェライトの部分とが混在する組織である。
【0077】
ベイナイト及びマルテンサイトは、旧オーステナイト粒界が明瞭で、粒内は細かいラス組織が発達した組織である。ベイナイトおよびマルテンサイトは、SEM観察では容易に区別できないが、本実施形態では、旧オーステナイト粒界が明瞭で、粒内は細かいラス組織が発達した組織であって、硬さが250Hv以上の組織をマルテンサイト、旧オーステナイト粒界が明瞭で、粒内は細かいラス組織が発達した組織であて、硬さが250Hv未満の組織をベイナイトであるとする。硬さが250Hv以上であるか、250Hv未満であるかは、荷重を100gfとしたマイクロビッカースで対象の組織を10点測定して、その最大値が250Hvであるか、250Hv未満であるかで判断する。全ての組織は、複熱時、鋼管での熱処理時に焼き戻しを受けるが、焼き戻し有無では特に区別しない。
【0078】
本実施形態に係る鋼管において、表層部以外の組織については特に制限されない。しかしながら、後述する製造方法によって表層部の組織を上記のように制御する場合、表層部以外の組織、例えば肉厚中心部(鋼板の板厚中心部)の組織は、加工フェライトや、パーライト(疑似パーライトを含む)、マルテンサイトを含まない、アシキュラーフェライトおよびベイナイトが主体の組織であって、最高硬さが250Hv以下であることが好ましい。
【0079】
2-2.溶接熱影響部の金属組織
本実施形態に係る鋼管では、鋼管全体で近い金属組織とするために、溶接熱影響部における表層部の金属組織は、ベイナイトおよびアシキュラーフェライトから選択される1種以上を含むことが好ましい。また、溶接熱影響部における表層部の金属組織は、均一組織すなわち、ベイナイト及び/またはアシキュラーフェライトからなる組織であることが好ましい。
溶接金属部はアシキュラーフェライトからなる組織であることが好ましい。
【0080】
溶接熱影響部を上記の金属組織とするために、溶接条件としては、以下の条件が望ましい。例えば、溶接材料として、Y-D、Y-DM、Y-DMHワイヤー、ならびにNF5000B、またはNF2000のフラックスを用いることが好ましい。また、内面溶接、および外面溶接を実施するのが好ましく、内面3電極、外面4電極にてサブマージアーク溶接を実施するのが好ましい。溶接時の入熱は、板厚に応じて、2.0kJ/mmから10kJ/mmの範囲で溶接するのが好ましい。
【0081】
溶接熱影響部の金属組織は、鋼管の溶接部から溶接金属部を含んだ試験片を切り出し、ミクロ組織観察用の試料を作製する。そして、母材部と同様の方法で観察する。
【0082】
3.機械特性
次に、鋼管の機械特性について説明する。
【0083】
3-1.母材部の機械特性
表層部の最高硬さ:250HV以下
SSCは、鋼板表面の微小疵または微小割れに起因して発生するので、微小疵および微小割れの発生源となる表層部の金属組織および硬さは重要である。
【0084】
本実施形態に係る鋼管では、優れた耐SSC性を確保するため、母材部の表層部の金属組織を、前述したように制御した上で、母材部の表層部の最高硬さを250HV以下とする。上記表層部の最高硬さは、好ましくは245HV以下、より好ましくは240HV以下である。
【0085】
表層部の最高硬さの測定は、以下の方法により行う。まず、溶接部から鋼管の周方向に90°、180°、270°離れた位置から、軸方向長さ20mm、周方向長さ20mmの試験片を機械切断によって採取する。鋼板の場合には、幅方向の端部から鋼板の幅方向に1/4、1/2、3/4の位置から長さ20mm、幅20mmの試験片を採取する。
【0086】
続いて、上記試験片を機械研磨で研磨する。研磨後の試験片について、ビッカース硬度計(試験力:100gf)を用いて、表面から0.1mmを始点として、板厚方向に0.1mm間隔で10点、同一深さについて幅方向1mm間隔で10点、合計100点測定する。
【0087】
そして、上記測定の結果、250HVを超える測定点が板厚方向に2点以上連続して現れなければ、表層部の最高硬さは250HV以下であると判断する。
【0088】
鋼管の母材部では、局所的には、介在物等によって高い値(異常値)が現れる場合がある。しかしながら、介在物は割れの原因とならないので、このような異常値が現れても、耐SSC性は確保できる。一方、板厚方向に連続して2点以上250HVを超える測定点が存在する場合、介在物起因ではなく、耐SSC性が低下するので許容されない。
【0089】
したがって、本発明では、250HVを超える測定点が1点存在しても、板厚方向に2点以上連続して現れなければ、その点は異常点であるとして採用せず、次に高い値を最高硬さとする。一方、板厚方向に連続して2点以上250HVを超える測定点が存在する場合には、その硬さを最高硬さとする。
【0090】
比例限:降伏応力の90%以上
本発明者らは、より厳しい環境下での耐SSC性について検討を行った。その結果、応力ひずみ曲線における比例限が降伏応力の90%以上となると、負荷応力が降伏応力の90%超(例えば95%)の場合でも、SSCが発生しなくなることが分かった。
【0091】
比例限が降伏応力の90%未満では、硫化物応力腐食割れ試験における負荷応力が90%実降伏応力の場合には、塑性変形するため、転位が増殖する。その結果、硫化物応力腐食試験時に侵入した水素が増殖した転位にトラップされて、水素量が増えるため、割れが生じてしまう。それに対して、比例限が降伏応力の90%以上であれば、降伏応力が90%超でも塑性変形が起こらない。そのため、増殖される転位も増加せず、さらにそこに水素が集積しない。そして、結果的に割れを防止することが可能となる。
【0092】
以上のように、比例限が降伏応力の90%以上であることにより、本実施形態に係る鋼管の母材部(本実施形態に係る鋼板)は、30℃以下の、5%の食塩および酢酸を含む溶液環境で、降伏応力の90%超の応力を負荷しても、硫化物応力割れが発生しない。比例限は降伏応力の95%以上であることがより好ましい。
【0093】
本実施形態において、比例限は以下の手順により測定する。
【0094】
まず、API5Lに準じて、丸棒引張試験片を鋼管の長手方向に直角(C方向)に採取し、引張試験を行う。引張試験はストローク制御(引張速度:1mm/min)で行い、0.05s間隔で試験力および変位を測定し、それらに基づいて、測定時間ごとの応力およびひずみを求める。そして、得られた応力ひずみ曲線から、降伏応力(YS)を求める。YSとしては、降伏点が明瞭に認められない場合には、0.20%耐力を採用する。
【0095】
その後、測定誤差を考慮し、応力およびひずみの値のスムージング処理を行う。具体的には、測定時間ごとに、当該測定時間±2.50sの平均値を算出し、その値を各測定時間での結果とする。例えば、2.50sでの応力およびひずみの値としては、0~5.00sの間の101個の測定値の平均値を採用する。
【0096】
次に、スムージング処理を施した後の応力ひずみ曲線の直線部における傾きを求める。直線部の傾きは、応力が0.2YSから0.4YSとなる間の値を代表値として用いて、最小二乗法により算出する。
【0097】
続いて、各測定時間における応力ひずみ曲線の傾きを算出する。具体的には、測定時間ごとに、当該測定時間±0.50sの間の値から最小二乗法により傾きを算出する。例えば、60.00sでの応力ひずみ曲線の傾きは、59.50~60.50sの間の21個の測定値を用い最小二乗法により傾きを算出する。
【0098】
そして、応力ひずみ曲線の傾きが上記の直線部の傾きの0.95倍を下回り続ける一つ前の応力の値を比例限とする。測定誤差の影響により、応力ひずみ曲線の傾きが途中で上記の直線部の傾きの0.95倍を一度下回るとしても、再度直線部の傾きの0.95倍を上回る場合には、その値は採用しないこととする。
【0099】
降伏応力:415MPa以上
引張強さ:530MPa以上
本実施形態に係る鋼管の母材部の降伏応力は、本実施形態に係る鋼管において所要の強度を確保するため、415MPa以上とする。好ましくは、430MPa以上である。降伏応力の上限は、加工性の点で、API5LのX70に規定される630MPa程度が実質的な上限である。加工性の点では、降伏応力は、600MPa以下が好ましい。
また、本実施形態に係る鋼管の母材部の引張強さは、本実施形態に係る鋼管において所要の強度を確保するため、530MPa以上であることが好ましい。より好ましくは、550MPa以上である。引張り応力の上限は、特に限定しないが、加工性の点で、API5LのX70に規定される690MPaが実質的な上限である。加工性の点では、650MPa以下が好ましい。
【0100】
3-2.溶接部の機械特性
溶接熱影響部における表層部の最高硬さ:250Hv以下
本実施形態に係る鋼管では、良好な耐SSC性を確保するため、溶接熱影響部における表層部の最高硬さを250HV以下とすることが好ましい。上記表層部の最高硬さは、245HV以下とするのがより好ましく、240HV以下とするのがさらに好ましい。
一方、API規格のX60以上の強度を得るため、溶接熱影響部における表層部の最高硬さを、150HV以上とすることが好ましい。上記表層部の最高硬さは、160HV以上とするのがより好ましく、170HV以上とするのがさらに好ましい。
【0101】
溶接熱影響部における表層部の最高硬さは、表面から肉厚方向に0.9mm深さ位置までの領域において測定された最高硬さとする。溶接熱影響部における表層部の最高硬さは、図2に示すような試料を切り出し、溶接止端(溶接金属部と母材部との境界)から母材部側に、表面から0.3mm、0.6mm、0.9mmの位置にて0.5mmピッチにて40点、合計120点を測定し、最高硬さを測定する。
【0102】
上記測定の結果、150HV未満、または250HVを超える測定点が肉厚方向に2点以上連続して現れなければ、溶接熱影響部における表層部の最高硬さは、150~250HVであると判断する。このように硬さを測定するのは、上述の母材部における表層部の最高硬さと同様の理由からである。
【0103】
4.寸法
板厚:10~40mm
管径:508mm(20インチ)以上
石油、天然ガス等の掘削用鋼管またはラインパイプ用鋼管とする場合、板厚は10~40mmであり、管径(外径)は508mm以上であることが好ましい。管径の上限については特に制限はないが、1422.4mm(56インチ)以下が実質的な上限である。
【0104】
5.溶接止端部の角度
本実施形態に係る鋼管では、溶接部の耐SSC性を向上させるため、シーム溶接部の溶接止端部の角度を制御することが好ましい。本実施形態において、溶接止端部の角度とは、図1に示すような角度である。すなわち、溶接止端部の角度とは、溶接金属部の余盛先端部の角度、つまり、溶接金属の接線方向と母材部表面のなす角度である。いわゆるフランク角ということもできる。
【0105】
SSCを抑制するために、鋼管の内側における溶接止端部の角度は、130°から180°の範囲とすることが好ましい。溶接止端部の角度が130°未満であり、より鋭角である場合は、溶接熱影響部にひずみが蓄積し、水素の侵入が促進され、割れが生じやすくなる。図1では、左下の角度のみ測定するように記載されているが、本実施形態では、左右の角度を測定し、小さい方の角度を溶接止端部の角度(止端角)とする。
【0106】
5.製造方法
本実施形態に係る鋼管、およびその素材となる鋼板の好ましい製造方法について説明する。
【0107】
本実施形態に係る鋼管は、製造方法によらず、上述の構成を有していれば、その効果が得られるが、例えば以下のような製造方法によれば、安定して得られるので好ましい。
【0108】
本実施形態に係る鋼板は、
(A)上述した所定の化学組成を有する鋼片を、1000~1250℃に加熱して熱間圧延に供して、Ar点以上の温度で熱間圧延を終了する熱間圧延工程と、
(B)熱間圧延工程後の鋼板を、Ar点以上の温度から、水冷停止温度が500℃以下、かつ、水冷を停止した後に復熱による最高到達温度が500℃を超えるような水冷を3回以上行う、多段の加速冷却を行う第1冷却工程と、
(C)その後、500℃以下の温度まで、0.2℃/s以上の平均冷却速度で冷却する第2冷却工程と、
を含む製造方法によって得られる。
【0109】
本実施形態に係る鋼管は、(A)~(C)の工程に加えてさらに、
(D)上記鋼板を、筒状に成形する成形工程と、
(E)筒状鋼板の両端部を突き合わせて溶接する溶接工程と、
(F)溶接によって得られた鋼管に対して、温度範囲が100~300℃であり、保持時間が1分以上である条件で熱処理する熱処理工程と、
を行うことによって得られる。
【0110】
各工程について、好ましい条件を説明する。
【0111】
(熱間圧延工程)
本実施形態に係る鋼管の母材部と同じ化学組成を有する溶鋼を鋳造して製造した鋼片を、1000~1250℃に加熱して熱間圧延に供する。熱間圧延に先立つ溶鋼の鋳造および鋼片の製造は常法に従って行えばよい。
【0112】
鋼片の圧延に際し、加熱温度が1000℃未満であると、変形抵抗が減少せず、圧延機の負荷が増大するので、加熱温度は1000℃以上とする。好ましくは1100℃以上である。一方、加熱温度が1250℃を超えると、鋼片の結晶粒が粗大化して、強度と靱性とが低下するので、加熱温度は1250℃以下とする。好ましくは1210℃以下である。
【0113】
加熱された鋼片を、Ar点以上の温度域で熱間圧延して鋼板とし、Ar点以上で熱間圧延を終了する。熱間圧延仕上げ温度がAr点未満であると、鋼板組織中に加工フェライトが生成して強度が低下する。そのため、熱間圧延仕上げ温度はAr点以上とする。
【0114】
(第1冷却工程)
熱間圧延を終了した鋼板に対し、Ar点以上の温度から加速冷却を開始する。その際、表面温度で、水冷停止温度が500℃以下、かつ、水冷を停止した後に復熱による最高到達温度が500℃を超えるような水冷を2回以上行う多段の加速冷却を行う。好ましくは3回以上行う。
【0115】
復熱による最高到達温度が500℃を超えるようにするには、表面と内部との温度差を大きくすることが重要である。表面と内部との温度差は、水冷における水量密度および衝突圧等を変更することで調整できる。
【0116】
復熱による最高到達温度が500℃以下であると、鋼板の硬さ、特に、表面から深さ1mmまでの表層部の最高硬さを250HV以下にすることができない。また、500℃を超える復熱回数が2回未満でも、表層部の最高硬さを250HV以下にできない。そのため、最高到達温度が500℃を超える温度となる復熱が3回以上となるように加速冷却を行う。
【0117】
多段冷却における各水冷冷却停止温度は硬質相を生成させないという理由で、Ms点を超える温度とすることが好ましい。
【0118】
また、復熱前の水冷停止温度が500℃を超えると、所定の組織を得ることができないので、水冷停止温度を500℃以下とする。好ましくは水冷停止温度を500℃以下とする。
【0119】
復熱を3回以上行うことにより、鋼板の表面から深さ1mmまでの表層部の最高硬さHVmaxは250HV以下に低下する。復熱回数は、上記表層部の最高硬さHVmaxが250HV以下に達するまでの回数であるので、復熱回数の上限を規定する必要はない。
【0120】
(第2冷却工程)
第1冷却工程において、3回以上の水冷および復熱完了後、500℃以下の温度まで、0.2℃/s以上の平均冷却速度で冷却する。冷却を500℃超の温度で終了したり、巻き取りなどを行って冷却速度が遅くなったりすることで、500℃以下までの平均冷却速度が0.2℃/s未満であると、硬さのばらつきは小さくなるが、上述した表層部の組織および/または硬さが得られない。
【0121】
(成形工程および溶接工程)
本実施形態に係る鋼板の鋼管への成形は、特定の成形方法に限定されない。例えば、温間加工も用いることができるが、寸法精度の点では冷間加工が好ましい。
鋼板を筒状に成形した後、鋼板の両端部を突き合せてアーク溶接する(シーム溶接)。アーク溶接は、特定の溶接に限定されないが、サブマージドアーク溶接が好ましい。また、溶接条件は、公知の条件で行えばよい。例えば、3電極または4電極にて板厚に応じて入熱が2.0~10kJ/mmの範囲で溶接することが好ましい。溶接熱影響部を上述した金属組織とするためには、例えば、溶接材料として、Y-D、Y-DM、Y-DMHワイヤー、ならびにNF5000B、またはNF2000のフラックスを用いることが好ましい。また、内面溶接、および外面溶接を実施するのが好ましく、内面3電極、外面4電極にてサブマージアーク溶接を実施するのが好ましい。
【0122】
(熱処理工程)
その後(造管後)、鋼管を、温度範囲が100~300℃であり、保持時間が1分以上である条件で熱処理する。上限は特に限定しないが、例えば60分以下である。
【0123】
(その他の工程)
さらに、溶接部に対して、耐サワー性に有害な組織(面積率で20%を超えるフェライト・パーライト)が生成しないように、溶接部をAc点以下に加熱して焼戻すシーム熱処理を行ってもよい。この熱処理は、シーム溶接直後に行ってもよい。
【0124】
本実施形態に係る鋼管の母材部にはAc点を超えるような温度での熱処理を施さないので、母材部の金属組織は、本実施形態に係る鋼板の金属組織と同じである。それゆえ、本実施形態に係る鋼管は、母材部、溶接部とも、従来鋼と同等以上の耐HIC性に加え、優れた耐SSC性を備える。
【0125】
以下、実施例によって本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【実施例
【0126】
表1-1、表1-2に示す化学組成を有する溶鋼を連続鋳造して、240mm厚の鋼スラブを製造し、表2-1~表2-3に示す製造条件(加熱温度、仕上げ圧延温度、多段冷却のうちの1回目の水冷停止後の復熱による最高到達温度、500℃を超えた復熱の回数)で、鋼板を製造した。表2-1~表2-3中、水冷停止温度の欄において、OKとは、水冷停止温度が多段加速冷却の各水冷後にいずれも500℃以下であった例を示し、NGは、冷却停止温度が500℃超えた場合がある例を示す。
【0127】
【表1-1】
【0128】
【表1-2】
【0129】
【表2-1】
【0130】
【表2-2】
【0131】
【表2-3】
【0132】
得られた鋼板からAPI5Lに準じて、丸棒引張試験片を採取し、引張強さを測定した。また、表面から深さ1mmまでの表層部の最高硬さを測定するとともに、金属組織をSEMで観察した。また、参考として、表面から5mmの位置での組織、及び表面から板厚の1/2の位置(1/2部)の組織についても観察した。
【0133】
表層部の最高硬さは、まず、鋼板の幅方向の端部から鋼板の幅方向の1/4、1/2および3/4の位置から300mm角の鋼板をガス切断で切り出し、切り出した鋼板の中心から、長さ20mm、幅20mmのブロック試験片を機械切断によって採取し、機械研磨で研磨した。このブロック試験片について、ビッカース硬度計(荷重100g)で、鋼板表面から0.1mm深さの位置を始点として、板厚方向に0.1mm間隔で10点、同一深さについて幅方向1mm間隔で20点、合計200点測定し、最高硬さを得た。この際、250HVを超える測定点が1点存在しても、板厚方向に2点以上連続して現れなければ、その点は異常点であるとして、採用せず、次に高い値を最高硬さとした。一方、板厚方向に連続して2点以上250HVを超える測定点が存在する場合には、最も高い値を最高硬さとした。
【0134】
金属組織は、表面から0.5mm(表層部)、表面から5mm、表面から板厚の1/2の位置が観察できるように採取した試料を研磨した試験片を、3%硝酸と97%エタノールの混合溶液に数秒から数十秒浸漬してエッチングし、金属組織を現出させて、SEMで観察するとともに、ベイナイトとマルテンサイトとについては、マイクロビッカース硬さによって分類した。表3-1~表3-3に結果を示す。金属組織に観察には、必要に応じて修正レペラ液も用いた。
【0135】
【表3-1】
【0136】
【表3-2】
【0137】
【表3-3】
【0138】
その後、各鋼板を円筒状に冷間加工し、円筒状の鋼板の両端部を突き合せて、3電極または4電極にて板厚に応じて入熱が2.0kJ/mmから10kJ/mmの範囲の条件で、サブマージドアーク溶接(SAW)して鋼管を製造した。
溶接材料として内面側では、Y-D、Y-DM、Y-DワイヤーとNF-5000Bのフラックスを用い、外面側では、Y-DM、Y-DMH、Y-DM、Y―DMかつ、フラックスはNF-5000を用いた。溶接条件は内面3電極、外面4電極とし、板厚に応じ、溶接時の入熱を2.0kJ/mmから10kJ/mmの範囲で調整した。
【0139】
得られた鋼管に対し、一部の鋼板については、母材部に対し、表2-1~表2-3に示すように条件で熱処理を行った。また、一部の鋼管(試験No.58)については溶接部に対して、400℃~Ac点に加熱する熱処理を施した。
【0140】
得られた各鋼管について、溶接部から鋼管の周方向に90°、180°、270°離れた位置から、軸方向長さ20mm、周方向長さ20mmの試験片を機械切断によって採取した。そしてその試験片を用いて、上記と同様の方法により、鋼管の表層部の最高硬さを求めた。鋼管に製管した後の金属組織は、鋼板の金属組織と同一であると考えられるため、上記の測定結果をそのまま用いた。
【0141】
また、耐SSC性の評価として、得られた鋼管からAPI5Lに準じて丸棒試験片を採取し、降伏応力および引張強さを測定した。
さらに、幅15mm、長さ115mm、厚さ5mmの4点曲げ試験片を鋼管の母材部の内表面から、内表面を残す形で採取し、NACE TM 0316-2016に準拠して、種々の硫化水素分圧、pH3.5の溶液環境での割れの発生有無を調査した。4点曲げ試験時の負荷応力は、実降伏応力の90%及び95%とした。
【0142】
そして、耐HIC性の評価として、水素誘起割れ試験(以下、「HIC試験」という。)を実施した。HIC試験は、NACE TM0284 2016に準拠して実施した。具体的には、母材部から採取した、内面に沿った曲率のある長さ100mm、幅20mmの試験片を、Solution A液(5mass%NaCl+0.5mass%氷酢酸水溶液)に100%のHSガスを飽和させた試験液中に96時間浸漬した。その後、表層部と中心部とに対し、割れが発生した面積率(CAR)を測定した。CARが5%以下であれば、耐HIC性に優れると判断した。
【0143】
また、丸棒引張試験の結果に基づいて、上述の方法により、各鋼板の比例限を算出した。それらの結果を表4-1~表4-3にまとめて示す。
【0144】
【表4-1】
【0145】
【表4-2】
【0146】
【表4-3】
【0147】
試験No.1~22及び60~65(本発明鋼管)は従来鋼管と同等以上の耐HIC特性を有し、かつ耐SSC性に優れていた。
【0148】
上記鋼管No.1から溶接金属部の化学組成を求めた。その結果、溶接金属の化学組成は、C:0.07%、Si:0.41%、Mn:1.45%、P:0.010%、S:0.0030%、Cu:0.04%、Ni:0.12%、Cr:0.16%、Mo:0.24%、Nb:0.02、Ti:0.02%、Al:0.02%、O:0.045%、残部Feおよび不純物であった。
【0149】
(溶接止端部の形状)
得られた鋼管について、溶接金属部の余盛先端部の角度、つまり、両側の、溶接金属の接線方向と母材部表面のなす角度を求めて、その小さい方の角度を溶接止端部の角度とした。
【0150】
(耐SSC性)
また、耐SSC性の評価として、幅15mm、長さ115mm、厚さ5mmの4点曲げ試験片を鋼管の内表面から、内表面を残す形で、溶接止端部が試験片の長手方向中央部に配置されるように採取し、NACE TM 0316-2016に準拠して、種々の硫化水素分圧、pH3.5の溶液環境での割れの発生有無を調査した。4点曲げ試験時の負荷応力は、実降伏応力の90%及び95%とした。
【0151】
(溶接熱影響部の表層部の最高硬さ)
溶接熱影響部における表層部の硬さを測定した。上記硬さは、鋼管の周方向、および長手方向の中心部から、表面から1.0mmまたは0.9mm深さ位置までの表層部において硬さ測定した。溶接熱影響部の硬さ試験の試験片の切り出し方については、上述したとおりである。
具体的には、溶接熱影響部の硬さ測定については、溶接止端(溶接金属部と母材部との境界)から母材部側に、表面から0.3mm、0.6mm、0.9mmの位置にて0.5mmピッチにて40点、合計120点を測定し、最高硬さを算出した。
【0152】
また、併せて、溶接熱影響部の表層部における金属組織を観察し、合わせて面積率を測定した。表層部の金属組織とは表面から肉厚方向に0.5mm深さ位置における金属組織である。結果をまとめて表5に示す。
【0153】
【表5】
【0154】
試験No.2、2’、11、11’は、溶接部も含めて、耐SSC性に優れていた。一方、試験No.2”、11”は、溶接止端部からSSCが発生した。
【産業上の利用可能性】
【0155】
本発明によれば、降伏応力が350MPa以上で、かつ、0.1MPaを超える硫化水素を含む30℃以下の環境で降伏応力の90%を超える応力を負荷しても割れの発生しない優れた耐SSC性を有する鋼管と、その素材として用いることができる鋼板とを提供することができる。本発明に係る鋼管は、具体的には、石油、天然ガス等の掘削用鋼管または輸送用鋼管などの高圧硫化水素環境で使用される鋼管に好適である。
【符号の説明】
【0156】
1 溶接金属部
2 母材部
3 溶接止端部の角度
4 溶接熱影響部
5 試料切り出し部
図1
図2