(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-10-03
(45)【発行日】2023-10-12
(54)【発明の名称】溶媒抽出方法およびコバルト水溶液の製造方法
(51)【国際特許分類】
C22B 23/00 20060101AFI20231004BHJP
C22B 3/26 20060101ALI20231004BHJP
C22B 3/38 20060101ALI20231004BHJP
C22B 3/44 20060101ALI20231004BHJP
C01G 53/10 20060101ALI20231004BHJP
C01G 51/08 20060101ALI20231004BHJP
B01D 11/04 20060101ALI20231004BHJP
【FI】
C22B23/00 102
C22B3/26
C22B3/38
C22B3/44 101A
C01G53/10
C01G51/08
B01D11/04 B
(21)【出願番号】P 2019237927
(22)【出願日】2019-12-27
【審査請求日】2022-08-02
(73)【特許権者】
【識別番号】000183303
【氏名又は名称】住友金属鉱山株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001704
【氏名又は名称】弁理士法人山内特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】仲西 穂高
(72)【発明者】
【氏名】杉之原 真
(72)【発明者】
【氏名】横川 友彦
【審査官】藤長 千香子
(56)【参考文献】
【文献】特表2022-502564(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2011/0283838(US,A1)
【文献】特開2017-025367(JP,A)
【文献】特開2017-149609(JP,A)
【文献】特開平10-060552(JP,A)
【文献】特開平10-030135(JP,A)
【文献】特表2009-506880(JP,A)
【文献】特開平10-310437(JP,A)
【文献】特開2021-031730(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22B 1/00-61/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ニッケルおよびコバルトを担持した酸性抽出剤と酸とを接触させて、ニッケルを逆抽出してニッケル回収液を得るニッケル回収段を備え、
前記ニッケル回収段における抽出温度を47~60℃と
し、
前記ニッケル回収段における前記ニッケル回収液のpHを3~4とする
ことを特徴とする溶媒抽出方法。
【請求項2】
前記ニッケル回収段の前に、コバルトを含む粗ニッケル水溶液とニッケルを担持した前記酸性抽出剤とを接触させて、前記粗ニッケル水溶液中のコバルトと前記酸性抽出剤中のニッケルとを置換し、高純度ニッケル水溶液を得る交換段を備える
ことを特徴とする請求項
1記載の溶媒抽出方法。
【請求項3】
前記粗ニッケル水溶液は粗硫酸ニッケル水溶液であり、
前記高純度ニッケル水溶液は高純度硫酸ニッケル水溶液である
ことを特徴とする請求項
2記載の溶媒抽出方法。
【請求項4】
前記酸性抽出剤は燐酸エステル系酸性抽出剤である
ことを特徴とする請求項1~
3のいずれかに記載の溶媒抽出方法。
【請求項5】
不純物として少なくともコバルトおよび鉄を含む粗ニッケル水溶液に中和剤を添加して、酸化中和反応により前記不純物の一部を除去する脱鉄工程と、
前記脱鉄工程後の前記粗ニッケル水溶液とニッケルを担持した酸性抽出剤とを接触させて、前記粗ニッケル水溶液中のコバルトと前記酸性抽出剤中のニッケルとを置換し、高純度ニッケル水溶液を得る交換段と、
前記交換段から排出された酸性抽出剤と酸とを接触させて、ニッケルを逆抽出してニッケル回収液を得るニッケル回収段と、
前記ニッケル回収段から排出された酸性抽出剤と酸とを接触させて、コバルトを逆抽出してコバルト水溶液を得るコバルト回収段と、
前記ニッケル回収液を中和してニッケルおよびコバルトを含む中和澱物と中和濾液とを得る中和工程と、を備え、
前記中和澱物は前記中和剤の一部として前記脱鉄工程に供給され、
前記ニッケル回収段における抽出温度を47~60℃と
し、
前記ニッケル回収段における前記ニッケル回収液のpHを3~4とする
ことを特徴とするコバルト水溶液の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、溶媒抽出方法およびコバルト水溶液の製造方法に関する。さらに詳しくは、本発明は、ニッケル水溶液などの浄液に用いられる溶媒抽出方法、およびコバルトを含む粗ニッケル水溶液からコバルト水溶液を得る方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ニッケル水溶液、特に高純度ニッケル水溶液はニッケル化合物の原料として用いられる。例えば、硫酸ニッケル水溶液を晶析することで硫酸ニッケル結晶が得られる。塩化ニッケル水溶液を晶析することで塩化ニッケル結晶が得られる。硫酸ニッケルまたは塩化ニッケルを焙焼することで酸化ニッケルが得られる。ニッケル水溶液を炭酸化することで炭酸ニッケルが得られる。
【0003】
ニッケル化合物は、一般的な電解めっき材料、装飾用途または電子部品用途の無電解めっき材料、触媒材料、コンデンサーおよびインダクターなどの電子部品用材料、電池用材料などとして用いられる。
【0004】
ニッケル水溶液から不純物を除去する方法として溶媒抽出法が知られている(例えば、特許文献1)。具体的には、ニッケルを担持した酸性抽出剤と不純物を含む粗硫酸ニッケル水溶液とを接触させることにより、酸性抽出剤中のニッケルと粗硫酸ニッケル水溶液中の不純物とを置換して、高純度硫酸ニッケル水溶液を得る。
【0005】
置換反応後の酸性抽出剤にはニッケルが担持されている。そこで、酸性抽出剤に硫酸を添加してニッケルを逆抽出し、ニッケル回収液を得る。このニッケル回収段では、ニッケルのほかにも酸性抽出剤に担持されているコバルトの一部も逆抽出される。特許文献2には、ニッケル回収液に中和剤を添加して中和することで、ニッケルおよびコバルトの中和澱物を得るとともに、中和澱物が除去された濾液を排水として排出することが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開平10-310437号公報
【文献】特開2017-025367号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
中和澱物が除去された濾液は系外に排出されることから、濾液に残存するコバルトも系外に排出されることとなり、コバルトロスとなる。これに対して、ニッケル回収液のコバルト濃度を低くすれば、系外に排出される濾液のコバルト濃度も低くなり、コバルトロスを低減できる。
【0008】
ニッケル回収液のコバルト濃度を低くするには、ニッケル回収段において水相、すなわちニッケル回収液のpHを高くすればよい。そうすれば、酸性抽出剤に担持されているコバルトの逆抽出が抑制され、ニッケル回収液のコバルト濃度が低くなる。しかし、この場合、ニッケル回収後の酸性抽出剤に残留するニッケルが増加する。そのため、ニッケル回収後の酸性抽出剤からコバルトを逆抽出して得られるコバルト水溶液のニッケル濃度が高くなる。コバルト水溶液のニッケル濃度の上昇は、コバルト水溶液から製造されるコバルト含有製品の品質悪化に直結する。
【0009】
ニッケル回収段おいて、水相流量に対する有機相流量の比率、いわゆるO/Aを高くすることによって、ニッケル回収液の量そのものを減少させる手段も考えられる。しかし、この場合も、酸性抽出剤に残留するニッケルが増加し、コバルト水溶液のニッケル濃度が高くなる。
【0010】
ニッケル回収液を中和して中和澱物を得る際のpHを高くすれば、濾液のコバルト濃度が低くなり、コバルトロスを低減できる。しかし、この場合、中和澱物へのマグネシウム分配率が高くなり、濾液のマグネシウム濃度が低くなる。そのため、不純物であるマグネシウムの系外への払い出しが進みにくくなる。
【0011】
ニッケル回収段におけるニッケルとコバルトの分離性を向上できれば、上記の問題を引き起こすことなく、ニッケル回収液のコバルト濃度が低くなり、系外に排出される濾液のコバルト濃度も低下する。
【0012】
本発明は上記事情に鑑み、ニッケル回収段におけるニッケルとコバルトの分離性を向上することができる溶媒抽出方法を提供することを目的とする。
または、本発明は、コバルトロスを低減できるコバルト水溶液の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
第1発明の溶媒抽出方法は、ニッケルおよびコバルトを担持した酸性抽出剤と酸とを接触させて、ニッケルを逆抽出してニッケル回収液を得るニッケル回収段を備え、前記ニッケル回収段における抽出温度を47~60℃とし、前記ニッケル回収段における前記ニッケル回収液のpHを3~4とすることを特徴とする。
第2発明の溶媒抽出方法は、第1発明において、前記ニッケル回収段の前に、コバルトを含む粗ニッケル水溶液とニッケルを担持した前記酸性抽出剤とを接触させて、前記粗ニッケル水溶液中のコバルトと前記酸性抽出剤中のニッケルとを置換し、高純度ニッケル水溶液を得る交換段を備えることを特徴とする。
第3発明の溶媒抽出方法は、第2発明において、前記粗ニッケル水溶液は粗硫酸ニッケル水溶液であり、前記高純度ニッケル水溶液は高純度硫酸ニッケル水溶液であることを特徴とする。
第4発明の溶媒抽出方法は、第1~第3発明のいずれかにおいて、前記酸性抽出剤は燐酸エステル系酸性抽出剤であることを特徴とする。
第5発明のコバルト水溶液の製造方法は、不純物として少なくともコバルトおよび鉄を含む粗ニッケル水溶液に中和剤を添加して、酸化中和反応により前記不純物の一部を除去する脱鉄工程と、前記脱鉄工程後の前記粗ニッケル水溶液とニッケルを担持した酸性抽出剤とを接触させて、前記粗ニッケル水溶液中のコバルトと前記酸性抽出剤中のニッケルとを置換し、高純度ニッケル水溶液を得る交換段と、前記交換段から排出された酸性抽出剤と酸とを接触させて、ニッケルを逆抽出してニッケル回収液を得るニッケル回収段と、前記ニッケル回収段から排出された酸性抽出剤と酸とを接触させて、コバルトを逆抽出してコバルト水溶液を得るコバルト回収段と、前記ニッケル回収液を中和してニッケルおよびコバルトを含む中和澱物と中和濾液とを得る中和工程と、を備え、前記中和澱物は前記中和剤の一部として前記脱鉄工程に供給され、前記ニッケル回収段における抽出温度を47~60℃とし、前記ニッケル回収段における前記ニッケル回収液のpHを3~4とすることを特徴とする。
【発明の効果】
【0014】
第1~第4発明によれば、ニッケル回収段における抽出温度を47℃以上とすることで、ニッケルの有機溶媒への分配率を低い状態で維持しつつ、コバルトの有機溶媒への分配率を高くでき、ニッケルとコバルトの分離性を向上することができる。
第5発明によれば、ニッケル回収液のコバルト濃度が低くなり、中和濾液のコバルト濃度が低下する。そのため、コバルトロスを低減できる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】高純度硫酸ニッケル水溶液の製造プロセスの全体工程図である。
【
図3】中和工程および排水処理工程の工程図である。
【
図4】図(A)はニッケル回収段の抽出温度とニッケル回収液のコバルト濃度との関係を示すグラフである。図(B)はニッケル回収段の抽出温度と中和濾液のコバルト濃度との関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0016】
つぎに、本発明の実施形態を図面に基づき説明する。
本発明の一実施形態に係る溶媒抽出方法は、例えば、不純物として少なくともコバルトを含む粗ニッケル水溶液から不純物を除去して高純度ニッケル水溶液を得るのに用いられる。
【0017】
ニッケル水溶液として硫酸ニッケル水溶液などが挙げられる。粗ニッケル水溶液とはコバルトなどの不純物を含むニッケル水溶液である。高純度ニッケル水溶液とは溶媒抽出により不純物が除去された後のニッケル水溶液である。不純物を含む硫酸ニッケル水溶液を粗硫酸ニッケル水溶液という。溶媒抽出により不純物が除去された後の硫酸ニッケル水溶液を高純度硫酸ニッケル水溶液という。
【0018】
(高純度硫酸ニッケル水溶液製造プロセス)
高純度硫酸ニッケル水溶液は、例えば、
図1に示すプロセスで製造される。
原料としてニッケル・コバルト混合硫化物(MS:ミックスサルファイド)が用いられる。低品位ラテライト鉱などのニッケル酸化鉱石を加圧酸浸出(HPAL:High Pressure Acid Leaching)し、浸出液から鉄などの不純物を除去した後、硫化水素ガスを浸出液に吹き込むことで硫化反応を生じさせ、ニッケル・コバルト混合硫化物が得られる。
【0019】
ニッケル・コバルト混合硫化物の組成は、ニッケルが50~60重量%、コバルトが4~6重量%、硫黄が30~34重量%(いずれも乾燥量基準)である。ニッケル・コバルト混合硫化物には、マグネシウム、鉄、銅、亜鉛などの不純物が含まれている。
【0020】
(1)加圧浸出工程
加圧浸出工程では、ニッケル・コバルト混合硫化物を含むスラリーを、オートクレーブで加圧浸出する。浸出条件は、例えば圧力(ゲージ圧)1.8~2.0MPaG、温度140~180℃である。加圧浸出により、ニッケル・コバルト混合硫化物に含まれるニッケル、コバルト、その他の不純物が浸出され、粗硫酸ニッケル水溶液が得られる。
【0021】
(2)脱鉄工程
脱鉄工程では、酸化中和反応により粗硫酸ニッケル水溶液に含まれる不純物、主に鉄を中和澱物として除去する。酸化剤として空気を用いることができる。中和剤として、消石灰、水酸化ニッケル、水酸化ナトリウム、炭酸カルシウムなどが用いられる。
【0022】
(3)溶媒抽出工程
溶媒抽出工程では、溶媒抽出により脱鉄工程後の粗硫酸ニッケル水溶液から不純物を除去して高純度硫酸ニッケル水溶液を得る。得られた高純度硫酸ニッケル水溶液は、その後、用途に応じた処理に付される。例えば、高純度硫酸ニッケル水溶液は、晶析装置を用いて濃縮、晶析され、硫酸ニッケル結晶となる。また、高純度硫酸ニッケル水溶液は、水溶液のままの状態で二次電池の正極材料の製造に用いられる。
【0023】
以下、
図2に基づき、溶媒抽出工程の詳細を説明する。なお、
図2において実線矢印は水または水溶液の流れを意味し、破線矢印は有機溶媒の流れを意味する。
【0024】
溶媒抽出工程には酸性抽出剤が用いられる。酸性抽出剤としては、特に限定されないが、2-エチルヘキシルホスホン酸モノ-2-エチルヘキシル、ジ-(2-エチルヘキシル)ホスホン酸(通称D2EHPA)などの燐酸エステル系酸性抽出剤が用いられる。
【0025】
一般に、酸性抽出剤は希釈剤で希釈して用いられる。有機溶媒の酸性抽出剤濃度は10~40体積%に調整される。酸性抽出剤を希釈するのは、有機溶媒を適正な粘性に調整して、油水分離性、すなわち分相性を良くするためである。希釈剤としては、水への溶解度が低く、粘性が低く、酸性抽出剤と反応をしないものであれば特に限定されないが、例えば飽和炭化水素が用いられる。
【0026】
溶媒抽出工程は、抽出段、洗浄段、交換段、ニッケル回収段、コバルト回収段、逆抽出段からなる。これらの工程には、向流多段方式の抽出装置、特にミキサーセトラーが用いられる。以下、順に説明する。
【0027】
(3-1)抽出段
抽出段には洗浄段から洗浄後液が供給される。洗浄後液は硫酸ニッケル水溶液である。抽出段では、洗浄後液中のニッケルを有機相に抽出し、酸性抽出剤にニッケルを担持させる。得られた有機相をニッケル保持有機相と称する。洗浄後液にはカルシウム、マグネシウムなどのニッケルよりも低いpHで有機相に抽出される不純物が含まれている。抽出段ではこれらの不純物も有機相に抽出される。そのため、ニッケル保持有機相にはこれらの不純物も含まれている。
【0028】
酸性抽出剤を用いた溶媒抽出では、抽出反応に水素イオンが関与するため、pHによって抽出率が変化する。抽出率は金属によって異なり、Fe>Zn>Cu>Mn>Co>Ca>Mg>Niの順に抽出されやすい。抽出段、洗浄段、交換段、ニッケル回収段、コバルト回収段、逆抽出段と、有機相の流れに従って順にpHを下げていくと、それぞれの段で各金属を分離回収できる。
【0029】
酸性抽出剤による抽出反応は、以下の式(1)で表される。ここで、式中のRは官能基を含む有機化合物全体を表す。式(1)に示した通り、金属イオンの抽出に伴い、水素イオンが放出される。
2R-H+Ni2+→R2-Ni+2H+ ・・・(1)
【0030】
水素イオンが放出されるとpHが下がる。不純物を除去するためには適正なpHを維持する必要があるため、抽出段では、苛性ソーダなどのアルカリを添加してpHを調整する。
【0031】
(3-2)洗浄段
抽出段で得られたニッケル保持有機相は洗浄段に送られる。洗浄段では、ニッケル保持有機相を、ニッケルを含有する洗浄液で洗浄する。洗浄液は交換段にて精製された高純度硫酸ニッケル水溶液の一部を水で希釈したものである。晶析装置を用いて高純度硫酸ニッケル水溶液から硫酸ニッケル結晶を製造する場合には、晶析工程から排出された母液を水で希釈したものを洗浄液の一部または全部として用いてもよい。洗浄後液は抽出段に供給される。
【0032】
抽出段では有機相に微細な液滴粒子が残留する場合がある。抽出段で苛性ソーダを添加した場合、有機相中の液滴粒子にナトリウムが含まれる。すなわち、ニッケル保持有機相にナトリウムが含まれる。洗浄段では、ニッケル保持有機相に含まれたナトリウムが除去される。
【0033】
(3-3)交換段
交換段では、洗浄後のニッケル保持有機相(ニッケルを担持した酸性抽出剤)と脱鉄工程後の粗硫酸ニッケル水溶液とを接触させて、ニッケル保持有機相中のニッケルと粗硫酸ニッケル水溶液中の不純物(コバルトなど)とを置換し、高純度硫酸ニッケル水溶液を得る。
【0034】
ニッケル保持有機相中のニッケルと粗硫酸ニッケル水溶液中のコバルトとの置換反応は、以下の式(2)で表される。ここで、式中のRは官能基を含む有機化合物全体を表す。
R2-Ni+Co2+→R2-Co+Ni2+ ・・・(2)
【0035】
式(2)で表される反応は、コバルトイオンが酸性抽出剤に抽出される際に生成される水素イオンにより酸性抽出剤のニッケルが水溶液に逆抽出されるという反応である。ニッケルがコバルトよりも酸性抽出剤に抽出されにくい性質を利用した反応である。
【0036】
交換段に供給される粗硫酸ニッケル水溶液の組成は、例えば、ニッケル濃度が110~140g/L、コバルト濃度が8~12g/L、マグネシウム濃度が19~31mg/L、カルシウム濃度が0.3~0.6g/L、鉄濃度が約0.01g/Lである。
【0037】
置換反応後の高純度硫酸ニッケル水溶液の組成は、例えば、ニッケル濃度が118~152g/L、コバルト濃度が1~60mg/L、マグネシウム濃度が1~20mg/L、カルシウム濃度が1~15mg/L、鉄濃度が1~5mg/Lである。
【0038】
通常、ニッケル保持有機相のニッケル濃度は、置換反応後の有機相にある程度の量のニッケルが残留するような過剰量に調整されている。そのため、置換後有機相にはニッケルが担持されている。
【0039】
(3-4)ニッケル回収段
ニッケル回収段では、置換後有機相(ニッケルおよびコバルトを担持した酸性抽出剤)と酸とを接触させて、有機相に担持されたニッケルの大部分を逆抽出してニッケル回収液を得る。酸として硫酸、塩酸などが用いられる。逆抽出反応後のニッケル回収液のpHが3~4となるよう調整することが好ましい。ニッケル回収液にはコバルト、マグネシウムなどの不純物も含まれる。
【0040】
(3-5)コバルト回収段
ニッケルを逆抽出した後のニッケル回収後有機相はコバルト回収段に送られる。コバルト回収段では、有機相と酸とを接触させて、有機相に担持されたコバルトを逆抽出してコバルト水溶液を得る。酸として硫酸、塩酸などが用いられる。逆抽出反応後のコバルト水溶液のpHが1.0程度となるよう調整することが好ましい。酸として塩酸を用いた場合、コバルト水溶液は塩化コバルト水溶液である。コバルト水溶液には、有機相に含まれるマグネシウム、カルシウム、銅、亜鉛などの不純物の一部、およびニッケルも同時に逆抽出されている。
【0041】
(3-6)逆抽出段
コバルトを逆抽出した後のコバルト回収後有機相は逆抽出段に送られる。逆抽出段では、有機相に硫酸を添加して有機相に残存する不純物を除去する。逆抽出段で不純物が除去された有機相は、抽出段と交換段とに繰り返し供給される。
【0042】
(4)中和工程
図3に示すように、溶媒抽出工程のニッケル回収段で得られたニッケル回収液は中和工程に送られる。中和工程ではニッケル回収液をアルカリで中和して、ニッケル回収液に含まれるニッケルおよびコバルトを水酸化物として回収する。固液分離により得られた中和澱物(ニッケルおよびコバルトの混合水酸化物)は、中和剤の一部として脱鉄工程に供給される(
図1参照)。これにより、有価物であるニッケルおよびコバルトを回収する。
【0043】
(5)排水処理工程
中和工程から排出された中和濾液、および溶媒抽出工程の逆抽出段から排出された逆抽出液は排水処理工程で処理される。排水処理工程では中和濾液および逆抽出液に中和剤を添加して中和し、重金属イオンを水酸化物として固定する。水酸化物を除去した後の無害化された液は排水として系外に排出される。排水処理工程から排出される水酸化物、すなわち排水澱物は、有価物であるニッケルおよびコバルトの含有率が低く、もはや回収対象とはならない。排水澱物は、乾式製錬工程に送られた後、スラグの一部として安定化され、廃棄される。
【0044】
(ニッケル回収段の抽出温度)
溶媒抽出工程のニッケル回収段では、酸性抽出剤に担持されたニッケルおよびコバルトのうち、ニッケルを選択的に逆抽出することにより、ニッケルとコバルトとを分離する。本願発明者らは、ニッケルの有機溶媒への分配率は抽出温度にほとんど依存せず、コバルトは抽出温度が高くなるほど有機溶媒への分配率が高くなるとの知見を得た。これより、ニッケル回収段における抽出温度を高くすることで、ニッケルとコバルトの分離性が向上することを見出した。
【0045】
具体的には、ニッケル回収段における抽出温度を47℃以上とすることが好ましい。そうすれば、ニッケルの有機溶媒への分配率を低い状態で維持しつつ、コバルトの有機溶媒への分配率を高くでき、ニッケルとコバルトの分離性を向上させることができる。また、抽出温度を60℃以下に調整することが好ましい。そうすれば、希釈剤が揮発しにくい。中和工程から排出される中和濾液のTOC(全有機炭素)増加に伴う排水のCOD(化学的酸素要求量)負荷の上昇を抑えるためには、抽出温度は55℃以下に調整することが好ましい。
【0046】
ニッケル回収段におけるニッケルとコバルトの分離性が向上することにより、ニッケル回収液のコバルト濃度が低下する。ニッケル回収液のコバルト濃度が低下すると、中和工程から排出される中和濾液のコバルト濃度も低くなる。そのため、中和濾液から生成された排水澱物を系外に排出することに起因するコバルトロスを低減できる。
【実施例】
【0047】
つぎに、実施例を説明する。
溶媒抽出により粗硫酸ニッケル水溶液に含まれる不純物を除去して高純度硫酸ニッケル水溶液を得た。溶媒抽出工程のニッケル回収段を4基のミキサーセトラーを用いた向流多段抽出方式により行なった。酸性抽出剤として2-エチルヘキシルホスホン酸モノ-2-エチルヘキシルを用いた。
【0048】
ニッケル回収段へ供給する置換後有機と硫酸(15%希釈)との流量比(O/A)を22~25とした。逆抽出反応後のニッケル回収液のpHが平均3.7でほぼ一定となるように調整した。pHは変えずに、抽出温度(水相の液温)を変化させつつ操業を行なった。
【0049】
表1に各抽出温度における操業の結果を示す。
【表1】
【0050】
表1において、ニッケルの分配率とは逆抽出反応後の有機溶媒およびニッケル回収液の合計ニッケル量に対する有機溶媒のニッケル量の割合である。コバルトの分配率とは逆抽出反応後の有機溶媒およびニッケル回収液の合計コバルト量に対する有機溶媒のコバルト量の割合である。分離性とはコバルト分配率をニッケル分配率で除した値である。
【0051】
表1から分かるように、ニッケルの有機溶媒への分配率は常に0.004であり抽出温度に依存しない。一方、コバルトの有機溶媒への分配率は抽出温度が45℃の場合は0.95であり、抽出温度が52℃の場合は0.97である。コバルトは抽出温度が高くなるほど、有機溶媒への分配率が高くなるといえる。
【0052】
これより、抽出温度を高くするほど、ニッケルとコバルトの分離性を向上できることが分かる。具体的には、抽出温度を47℃以上にすれば、ニッケルとコバルトの分離性を240以上にできる。また、抽出温度を51℃以上にすれば、ニッケルとコバルトの分離性を242以上にできる。
【0053】
図4(A)にニッケル回収段の抽出温度とニッケル回収液のコバルト濃度との関係を示す。
図4(A)のグラフより、抽出温度を高くするほど、ニッケル回収液のコバルト濃度が低くなることが分かる。これは、抽出温度を高くするほどコバルトの有機溶媒への分配率が高くなることに起因する。
【0054】
ニッケル回収段から得られたニッケル回収液を中和処理した。中和条件は反応温度43℃、pH7.5とした。
図4(B)にニッケル回収段の抽出温度と中和処理した後の中和濾液のコバルト濃度との関係を示す。
図4(B)のグラフより、抽出温度を高くするほど、中和濾液のコバルト濃度が低くなることが分かる。
【0055】
ニッケル回収段の抽出温度を45℃から47℃に上昇させれば、中和濾液のコバルト濃度が0.23g/Lから0.19g/Lまで低下し、コバルトロスを17%低減できる。さらに抽出温度を52℃まで上昇させれば、中和濾液のコバルト濃度が0.08g/Lまで低下し、コバルトロスを65%低減できる。