(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-10-03
(45)【発行日】2023-10-12
(54)【発明の名称】過酸化水素ガス発生装置および過酸化水素ガス発生方法
(51)【国際特許分類】
C01B 15/01 20060101AFI20231004BHJP
A61L 2/20 20060101ALI20231004BHJP
B01J 7/00 20060101ALI20231004BHJP
【FI】
C01B15/01
A61L2/20 106
B01J7/00 A
(21)【出願番号】P 2019131947
(22)【出願日】2019-07-17
【審査請求日】2022-06-01
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 平成30年09月12日(開催期間 平成30年09月12日~平成30年09月14日) 第59回 大気環境学会年会 九州大学 筑紫キャンパス平成30年11月20日(開催期間 平成30年11月19日~平成30年11月20日) 2018年度 第27回 ソノケミストリー討論会 東京電機大学東京千住キャンパス 1号館100周年ホール 平成31年02月14日 平成30年度 卒業・修士論文発表会 埼玉大学 工学部
(73)【特許権者】
【識別番号】000236160
【氏名又は名称】株式会社テクノ菱和
(74)【代理人】
【識別番号】100081961
【氏名又は名称】木内 光春
(74)【代理人】
【識別番号】100112564
【氏名又は名称】大熊 考一
(74)【代理人】
【識別番号】100163500
【氏名又は名称】片桐 貞典
(74)【代理人】
【識別番号】230115598
【氏名又は名称】木内 加奈子
(73)【特許権者】
【識別番号】504190548
【氏名又は名称】国立大学法人埼玉大学
(74)【代理人】
【識別番号】100081961
【氏名又は名称】木内 光春
(72)【発明者】
【氏名】安井 文男
(72)【発明者】
【氏名】田村 一
(72)【発明者】
【氏名】関口 和彦
【審査官】佐藤 慶明
(56)【参考文献】
【文献】特表2002-515770(JP,A)
【文献】特表2017-516602(JP,A)
【文献】特開平01-087503(JP,A)
【文献】特表2008-543369(JP,A)
【文献】Andrew Knox GALWEY et al.,“Thermal decomposition of sodium carbonate perhydrate in the presence of liquid water”,Journal of the Chemical Society, Faraday Transactions 1: Physical Chemistry in Condensed Phases,1982年,Vol. 78, No. 9,p.2815,DOI: 10.1039/F19827802815
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C01B 15/01 - 15/037
A61L 2/00 - 2/28
A61L 11/00 - 12/14
B01J 7/00
JSTPlus/JST7580/JSTChina(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
過炭酸ナトリウムが収容された容器と、
前記容器を加熱する加熱装置と、
前記容器に気体を供給する気体供給路と、
前記容器に供給される気体を加湿する加湿装置と、を有し、
前記気体供給路を介して
、前記加湿装置により加湿された加湿空気を前記容器に通気する過酸化水素ガス発生装置。
【請求項2】
前記加熱装置は、前記容器内の過炭酸ナトリウムの温度が、50℃以上100℃未満となるように容器を加熱する請求項1記載の過酸化水素ガス発生装置。
【請求項3】
前記加湿空気の絶対湿度は、2.0g/m
3以上16.0g/m
3未満である請求項1又は2記載の過酸化水素ガス発生装置。
【請求項4】
前記過炭酸ナトリウムは、粉末状である請求項1~3いずれか一項記載の過酸化水素ガス発生装置。
【請求項5】
過炭酸ナトリウムを加熱する加熱工程と、
加熱された前記過炭酸ナトリウムに、
空気の絶対湿度を増加させた加湿空気を通気する気体供給工程と、を含む過酸化水素ガス発生方法。
【請求項6】
前記加熱工程は、前
記過炭酸ナトリウムの温度が、50℃以上100℃未満となるように
前記過炭酸ナトリウムを加熱する工程である請求項5記載の過酸化水素ガス発生方法。
【請求項7】
前記加湿空気の絶対湿度は、2.0g/m
3以上16.0g/m
3未満である請求項5又は6記載の過酸化水素ガス発生方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、過酸化水素ガス発生装置および過酸化水素ガス発生方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、クリーンルーム等の対象空間の殺菌では、ホルムアルデヒドに代わり、過酸化水素(H2O2)ガスが用いられるようになっている。ホルムアルデヒドガスは急性毒性や発癌性など、人体への有害性が問題視されている。一方、過酸化水素(H2O2)ガスは、2H2O2→2H2O+O2の化学式のように分解することで最終的に酸素と水になり、有害な物質が発生しないからである。そのため、過酸化水素ガスは、クリーンルームをはじめとする室内や、ドラフトチャンバー、アイソレーター、RABS(Restricted Access Barrier Systems:アクセス制限バリアシステム)等の小空間の殺菌に使用されている。
【0003】
従来では、過酸化水素ガスの発生には、過酸化水素水が用いられている。過酸化水素水は、通常35wt%の水溶液として市販されているため、これを殺菌に用いると過酸化水素ガスと水蒸気が発生し対象室内の湿度が上昇する。そのため、壁面等に水蒸気の結露が発生し、クリーンルーム等の構造材を腐食させるという問題があった。このような問題に対処するために、従来では、特殊なフィルタ等を用いて過酸化水素ガスから水分を取り除いたり、冷却コイルを有する除湿装置等を配置して対象空間内の除湿を行っていた。そのため、システムの大型化や高額化を招いていた。
【0004】
また、過酸化水素を含む物質としては過炭酸ナトリウムが知られている。過炭酸ナトリウムは洗剤等に配合され、水溶液中では過酸化水素と炭酸ナトリウムに解離する。過炭酸ナトリウムを加熱することで、気相中において過酸化水素を脱離させることは可能である。しかし、加熱により脱離した過酸化水素は、直ちに水と酸素に分解されるため、過炭酸ナトリウムから過酸化水素ガスを得ることはできなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【非特許文献】
【0006】
【文献】Takeshi Wada、Nobuyoshi Koga、“Kinetics and Mechanism of the Thermal Decomposition of Sodium Percarbonate: Role of the Surface Product Layer”、THE JOURNAL OF PHYSICAL CHEMISTRY A、2013、1880-1889頁
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、上記のような問題点を解決するために提案されたものである。本発明の目的は、低湿度な過酸化水素ガスを供給することのできる過酸化水素ガス発生装置および過酸化水素ガス発生方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の発明者は、洗剤の過炭酸ナトリウムが、長時間放置すると炭酸ナトリウムとなることに着目した。つまり、過炭酸ナトリウムを長時間放置することで過酸化水素が揮発している可能性があると考えられた。発明者は、過炭酸ナトリウムから過酸化水素ガスを取り出すことができれば、過酸化水素水溶液から過酸化水素ガスを発生した場合に比べ、低湿度の過酸化水素ガスが得られると考え、鋭意検討を行った。その結果、過酸化水素ガス発生装置を以下の構成とすることで、過炭酸ナトリウムから過酸化水素ガスを得られるとの知見を得た。
【0009】
(1)過炭酸ナトリウムが収容された容器と、前記容器を加熱する加熱装置と、前記容器に気体を供給する気体供給路と、前記容器に供給される気体を加湿する加湿装置と、を有し、前記気体供給路を介して、前記加湿装置により加湿された加湿空気を前記容器に通気する。
【0010】
(2)前記加熱装置は、前記容器内の過炭酸ナトリウムの温度が、50℃以上100℃未満となるように容器を加熱しても良い。
【0011】
(3)前記加湿空気の絶対湿度は、2.0g/m3以上16.0g/m3未満であっても良い。
【0012】
(4)前記過炭酸ナトリウムは、粉末状であっても良い。
【0013】
なお、上記の各態様は、過酸化水素ガス発生方法としても捉えることができる。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、低湿度な過酸化水素ガスを供給することのできる過酸化水素ガス発生装置および過酸化水素ガス発生方法を提供することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】本発明に係る過酸化水素ガス発生装置の第1の実施形態を示す構成図である。
【
図2】過酸化水素ガスの発生工程を示すフローチャートである。
【
図3】乾燥空気を用いた場合の実験データであり、(a)は過炭酸ナトリウムの加熱温度と過酸化水素ガスの過酸化水素濃度の関係を示すグラフであり、(b)は過炭酸ナトリウムの加熱温度と過酸化水素ガスの相対湿度の関係を示すグラフである。
【
図4】加湿空気を用いた場合の過炭酸ナトリウムの加熱温度と過酸化水素ガスの過酸化水素濃度の関係を示すグラフである。
【
図5】加湿空気の条件と過酸化水素ガスの過酸化水素濃度の関係を示すグラフである。
【
図6】過炭酸ナトリウムの形状と過酸化水素ガスの過酸化水素濃度の関係を示すグラフである。
【
図7】本発明に係る過酸化水素ガス発生装置の他の実施形態を示す構成図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
[第1の実施形態]
[1.構成]
本発明の第1の実施形態に係る過酸化水素ガス発生装置の実施形態について図面を参照しつつ詳細に説明する。
図1に示す通り、過酸化水素ガス発生装置は、筐体1を有する。筐体1の内部には、過炭酸ナトリウムが充填された容器2と、容器2を加熱する加熱装置3が設けられている。
【0017】
(容器)
容器2は、過炭酸ナトリウムを収容する部材である。
図1の例では、中空部に過炭酸ナトリウムが充填される充填容器を図示している。容器2は、熱伝導率が高く、容器2内部の温度が均一となる材料により形成されていると良い。例えば、容器2としては、円筒型のガラス管または金属管のカートリッジを用いることができる。
【0018】
容器2に収容される過炭酸ナトリウムは、粒状のものを用いても良いが、粒状の過炭酸ナトリウムをすり潰した粉末状の過炭酸ナトリウムを用いることが好ましい。すり潰し後の過炭酸ナトリウムを用いることで、過酸化水素ガスの発生効率が上昇する。粒状の過炭酸ナトリウムとしては、粒径が約100μm~約1.5mm程度の粒を用いることができる。なお、粒状の過炭酸ナトリウムとして、市販の試薬をそのまま用いても良い。また、粉末状の過炭酸ナトリウムとしては、粒径が約0.1μm~数十μm程度の粉末を用いることができる。
【0019】
以下の説明では、容器2としてカートリッジを用いた場合を例に説明する。このカートリッジには、気体供給路Aと過酸化水素ガス供給路Hが接続されている。具体的には、ガラス管または金属管の一端部の開口には、チューブコネクタを介して気体供給路Aが接続されている。ガラス管または金属管の他端部の開口には、チューブコネクタを介して過酸化水素ガス供給路Hが接続されている。
【0020】
カートリッジは、過酸化水素ガス発生装置に対して取り外し可能に構成されており、過酸化水素ガス発生後はカートリッジを交換する。また、過酸化水素ガスの発生量に応じて、カートリッジを複数本設置する構成としても良い。カートリッジの直径や長さは、以下に記載するように加熱装置3により加熱されたときに、カートリッジ内の過炭酸ナトリウムが均一に加熱されるように構成すればよい。
【0021】
(加熱装置)
加熱装置3は、容器2を加熱するための装置である。容器2がカートリッジの場合には、加熱装置3として導体を用いることができる。カートリッジを加熱する導体としては、アルミ線又は銅線等、電気伝導率の高い導体を用いることが好ましい。他にも、ニクロム線、カンタル線を用いても良い。導体は、電源供給トランスから供給される電流によって、所望の温度にカートリッジを加熱できるように、容器2の抵抗を鑑みて、導体の断面積や巻回する長さを調整しておく。なお、導体のような線状発熱体のみではなく、面状に発熱するヒーターを用いても良い。すなわち、ホットプレートやオイルバスなどを、容器2の形状や材料に併せて用いると良い。
【0022】
加熱装置3は、不図示の制御装置を含む。すなわち、導体には制御装置が接続されており、この制御装置からの制御信号により、容器2内の過炭酸ナトリウムが所望の温度となるように導体により容器2を加熱する。具体的には、容器2内の過炭酸ナトリウムの温度が、50℃以上100℃未満となるように、容器2を加熱することが好ましい。このような温度範囲で加熱装置3が過炭酸ナトリウムを加熱することで、過酸化水素ガスが効率よく発生される。なお、容器2の形状や材質の影響により、加熱装置3の実際の加熱温度と、容器2内の過炭酸ナトリウムの温度は異なる。そのため、加熱装置3は、容器2内の過炭酸ナトリウムの温度が50℃以上100℃未満となるように容器2を加熱可能な加熱装置とする。
【0023】
過酸化水素は炭酸ナトリウムに対する結合力が強い一方、50℃以上に加熱すると過酸化水素は脱離しながら分解し、100度以上になると顕著に分解する。すなわち、50℃未満では過酸化水素ガスの発生効率が低い。過炭酸ナトリウムをより高温で加熱すると、過酸化水素ガスの発生効率が向上する傾向にある。ただし、100℃以上で加熱すると過炭酸ナトリウムから脱離した過酸化水素ガスは、脱離とほぼ同時に分解が始まり水と酸素になる。そのため、発生した過酸化水素ガスが水に分解し湿度が上昇する。後述の実験結果からも明らかな通り、特に、過炭酸ナトリウムの温度を65~85℃とすることで、湿度を上昇させることなく、過酸化水素ガスの発生効率を高めることができる。
【0024】
例えば、容器2であるカートリッジをガラス管で形成した場合、加熱されたカートリッジの温度は、カートリッジ内の過炭酸ナトリウムの温度より約5度高い。従って、ガラス管を用いる場合には、カートリッジの温度が55~105℃となるように加熱装置3を構成する。このように、カートリッジの材料により具体的な温度差は異なるが、カートリッジの温度と過炭酸ナトリウムの温度の差を考慮したうえで、カートリッジ内の過炭酸ナトリウムの温度が50℃以上100℃未満となるように構成すればよい。
【0025】
(気体供給路)
気体供給路Aは、容器2に気体を供給するダクトである。気体供給路Aは、一端部が容器2に接続され、他端部が不図示の気体供給システムに接続されている。本実施形態の過酸化水素ガス発生装置では、気体供給路Aを介して加湿空気を容器2に通気する。加湿空気とは、絶対湿度2.0g/m3以上16.0g/m3未満の気体とすると良い。特に、絶対湿度2.0g/m3以上9.9g/m3以下の気体とすると、過酸化水素ガス発生効率が良好となる。容器2に気体を供給する理由の一つとしては、過炭酸ナトリウムから発生した過酸化水素ガスを、供給された気体により対象空間へと向けて押し出すことにある。
【0026】
また、容器2に加湿空気を供給することで、過酸化水素ガスの発生を促進することができる。加湿空気に含まれる水分が、以下のように、過酸化水素ガスの発生に影響を与えていると推測される。すなわち、過炭酸ナトリウムを加熱した場合、まず過炭酸ナトリウムの内部の過酸化水素が水へ分解する。この分解した水が、過炭酸ナトリウムの表面に水の被膜を形成し、水の被膜に過炭酸ナトリウムの分子内の過酸化水素が溶解する。そして、水の被膜内の過酸化水素が飽和した後に、過酸化水素ガスとして過酸化水素が揮発していると考えられる。従って、過炭酸ナトリウムの表面加湿の観点から、加湿空気の導入が過酸化水素ガスの発生の促進に寄与するものと考えられる。
【0027】
気体供給システムは、ファンやブロワを用いて気体供給路Aに気体を供給する構成とすることができる。ファンやブロワを用いて室内空気を気体供給路Aに送風する場合には、気体供給路Aにおいて、室内空気の絶対湿度を増加させるために加湿装置を設けることが好ましい。
【0028】
また、気体供給システムとして、必要に応じて油分除去用のオイルミストセパレータを含む構成としても良い。さらに、塵埃・菌・有機物除去用のフィルタを設置しても良い。すなわち、バイオロジカルクリーンルーム等の対象空間にとって必要な気体条件を満たすために、適宜ドライヤ、セパレータ、フィルタ等を気体供給システムおよび気体供給路Aに設けることが可能である。
【0029】
気体供給路Aには、減圧弁a1、逆止弁a2、流量計a3が設けられている。減圧弁a1は、気体供給路Aに供給された気体を減圧し、減圧後の圧力を一定に保つためのバルブである。減圧弁a1には、不図示の制御装置が接続されており、この制御装置からの制御信号により、減圧弁a1の開度が調整される。容器2に供給される気体の圧力は、大気圧として101.325Paとすると良い。
【0030】
逆止弁a2は、気体供給路Aに供給された気体が逆流することを防止するためのバルブである。逆止弁a2は、気体供給路Aに供給された気体が、逆方向に流れようとすると自動的に閉弁する構造を有する。逆止弁a2には、不図示の制御装置が接続されており、この制御装置からの制御信号により、逆止弁a2の開度が調整される。制御装置は、過酸化水素ガス発生装置の運転終了時には、逆止弁a2を閉状態とする。
【0031】
また、流量計a3は、気体供給路Aに供給された気体の流量を測定する計測機である。流量計a3の計測結果は、過酸化水素ガス発生装置の使用者が目視にて確認できるように表示される。気体の流量は、対象空間の体積、過酸化水素ガスの濃度、殺菌時間等を考慮して決定すればよい。流量計a3に制御装置を設け、使用者が、対象空間の体積、過酸化水素ガスの濃度、殺菌時間を制御装置に入力すると気体の流量が自動的に決定される構成としても良い。気体供給路Aに供給される気体の流量は、流量計の値を確認した使用者が気体供給システムの流量を手動で調整することにより決定しても良い。ただし、気体供給路Aにバルブを設け、制御装置によりこのバルブの開度を調整することで所望の流量となるように調整することもできる。
【0032】
(過酸化水素ガス供給路)
過酸化水素ガス供給路Hは、過酸化水素ガスを対象空間Sに供給するダクトである。過酸化水素ガス供給路Hの、容器2と接続されている端部と反対側の端部は、対象空間内に設置されている。気体供給路Aを介して容器2に供給された気体は、容器2内において脱離直後の過酸化水素ガスをさらい、過酸化水素ガスとともに過酸化水素ガス供給路Hを介して対象空間に供給される。
【0033】
以上の構成において、容器2または導体、および過酸化水素ガス供給路Hの近傍に温度センサを設けても良い。温度センサは制御装置に接続されており、制御装置が容器2や過酸化水素ガス供給路Hが所定の温度以上にならないように加熱装置を制御する構成とすると良い。過酸化水素ガスの通り道となる構成を所定温度以下となるように制御することで、過酸化水素ガスが水と酸素に分解されることを防止する。
【0034】
[2.過酸化水素ガス発生工程]
以上のような構成を有する過酸化水素ガス発生装置は、
図2に示す通り、以下の工程により過酸化水素ガスを生成する。
(1)容器2の加熱工程
(2)容器2への気体供給工程
【0035】
(加熱工程)
加熱工程では、過酸化水素ガス発生装置の筐体1に設置されたカートリッジを、加熱装置3により加熱する。すなわち制御装置からの制御信号により、加熱装置3は、カートリッジ内に充填された過炭酸ナトリウムが50℃以上100度未満となるように、カートリッジを加熱する。カートリッジを加熱することにより、過炭酸ナトリウムはその表面が加熱され、過酸化水素ガスが発生する。この加熱工程の開始とともに、気体供給工程も開始される。
【0036】
(気体供給工程)
気体供給工程では、カートリッジに加湿空気を供給する。すなわち、制御装置からの制御信号により、減圧弁a1および逆止弁a2を開状態としたうえで、気体供給路Aに加湿空気を供給する。加湿空気の絶対湿度は2.0g/m3以上16.0g/m3未満である。気体供給路Aに供給された加湿空気は、流量計を介してカートリッジへと送られる。
【0037】
カートリッジ内部へと供給された気体は、過酸化水素ガス供給路H側に向かって進む。この過程で、加湿空気は、過炭酸ナトリウムの表面を加湿して過酸化水素ガスの発生を促すとともに、過炭酸ナトリウムから発生した過酸化水素ガスをさらう。すなわち、過炭酸ナトリウムから発生した過酸化水素ガスは、随時気体により過酸化水素ガス供給路H側に向かって流される。
【0038】
過酸化水素ガスを含む気体はカートリッジの出口側に到達し、そのまま過酸化水素ガス供給路Hへと流れる。そして、過酸化水素ガスは、過酸化水素ガス供給路Hを介して対象空間に供給される。カートリッジの加熱と、カートリッジに対する加湿空気の供給を、対象空間を殺菌するのに十分な過酸化水素ガスが供給されるように、所定の時間にわたり実施する。
【0039】
[3.実験]
以下、本実施形態の過酸化水素ガス発生装置により発生される過酸化水素ガスについて検証を行った。各実験において、特に断りがない場合は、同様の実験設備および条件を用いて過酸化水素ガスの発生および測定を行った。
(実験設備)
過酸化水素ガスの発生および測定は、以下の設備と手順により行った。すなわち、粒状の過炭酸ナトリウム2gを体積500mLのガラス製反応器に入れ、水浴中に固定した。水浴温度を設定し、設定温度に保った状態で、0.5L/minで気体を1時間サンプルに通気した。気体としては、室温の空気を用いた。ガラス製反応器から排出された気体について、温湿度計と過酸化水素検知器を設置し、気体の温湿度と過酸化水素濃度を測定した。
【0040】
なお、実験に用いた過酸化水素検知器は、0.0~300ppmの範囲で過酸化水素を検知可能な検知器であった。過酸化水素検知器にはポンプが内蔵されており、このポンプにより、0.67L/minで気体を吸引する構成であった。反応器に対しては0.5L/minで気体が供給されていることから、供給される気体を用いて反応器から排出した気体を過酸化水素検知器の直前で2倍に希釈し、流量を1.0L/minとしてから過酸化水素ガス濃度を測定することとした。
【0041】
また、気体を加湿する場合には、通気する空気を水と多孔質なポリテトラフルオロエチレン(Polytetrafluoroethylene:PTFE)チューブが入った容器に通した。PTFEチューブは、気体のみを通す性質を持つチューブであり、周りを水で満たした場合は、チューブ長や内部を通る空気の流量、周りを満たす水量等により空気の湿度を調整できる。これらの条件を変更することにより、所望の湿度の加湿空気を得た。
【0042】
(過炭酸ナトリウムの加熱温度)
(1)乾燥空気を用いた実験
まず、乾燥空気を用いて、過炭酸ナトリウムの加熱温度と発生する過酸化水素の濃度の関係を検証する実験を行った。この実験は、80℃にて1時間プレヒーティングを行った過炭酸ナトリウムを、各サンプルにおいて2gずつ用いて行った。過炭酸ナトリウムの加熱温度は、95、105、110、115、120、および125℃とした。実験ではガラス製反応器に過炭酸ナトリウムを入れ、油浴により加熱した。従って、油浴温度を100、110、115、120、125および130℃として反応器を油浴温度と同一の温度に加熱することで、過炭酸ナトリウムを上記温度に加熱した。また、通気は乾燥空気により行い、25度以下の圧縮空気を用いた。
【0043】
各サンプルについて、60分間、過酸化水素濃度および湿度を測定した。また、比較対象として、過酸化水素水をバブリングした場合の、過酸化水素濃度とおよび湿度を測定した。
【0044】
各サンプルについて過酸化水素濃度を測定した結果を
図3(a)に示す。上記の通り、過酸化水素濃度は気体を2倍希釈した後に測定したため、
図3(a)では補正後の濃度を示す。また、各温度は反応器の油浴温度を示している。
図3(a)から明らかな通り、油浴温度100℃、すなわち過炭酸ナトリウム温度が95℃以上となると、過炭酸ナトリウムからの過酸化水素の脱離が徐々に始まることが分かる。
【0045】
各サンプルについて相対湿度を測定した結果を
図3(b)に示す。
図3(b)からも明らかな通り、過酸化水素水のバブリングにて発生した過酸化水素ガスの湿度は、加熱開始15分後に60%に達し、徐々に上昇していた。過酸化水素ガスの相対湿度が60%を超えると、対象空間の壁面等に結露を生じさせ、対象空間の構造材を腐食させる可能性が高く好ましくない。一方、過炭酸ナトリウムを加熱した場合を検討すると、過炭酸ナトリウムの温度が95℃では、ほとんど湿度が発生していない。しかし、過炭酸ナトリウムの温度が105℃以上となると、60%以下の低湿度ではあるものの、湿度が上昇することが分かった。この実験結果より、過炭酸ナトリウムの温度が100℃以上となると、過炭酸ナトリウムに起因する湿度の発生が生じることが分かった。
【0046】
(2)加湿空気を用いた実験
次に、過炭酸ナトリウムの温度を100℃未満とし、加湿空気を用いて、さらに過炭酸ナトリウムの加熱温度と発生する過酸化水素ガスの濃度の関係を検証する実験を行った。粒状の過炭酸ナトリウムを、各サンプルにおいて2gずつ用いて行った。過炭酸ナトリウムの加熱温度は、45、55、65、75、および85℃とした。実験ではガラス製反応器に過炭酸ナトリウムを入れ、水浴により加熱した。従って、水浴温度を50、60、70、80、および90℃として反応器を加熱した。なお、水浴温度は±3℃の誤差を含む。また、通気は加湿空気で行い、絶対湿度9.9g/m3(相対湿度50%)の加湿空気を用いた。
【0047】
各サンプルについて過酸化水素濃度を測定した結果を
図4に示す。上記の通り、過酸化水素濃度は気体を2倍希釈した後に測定したため、
図4では補正後の濃度を示す。また、各温度は反応器の水浴温度を示している。
図4から明らかな通り、過炭酸ナトリウム温度が45℃以上となると、過炭酸ナトリウムからの過酸化水素の脱離が徐々に始まることが分かる。
【0048】
また、過炭酸ナトリウムの温度が50℃以上となり、過炭酸ナトリウムが分解したと考えられる水浴温度で60℃~90℃においては、過酸化水素濃度が上昇し良好な結果となった。水浴温度70℃までは数ppmずつ上昇していたが、80℃で著しく過酸化水素ガス濃度が上昇し、60分後のガス濃度が37ppmになることが確認された。90℃では、過酸化水素ガス濃度がさらに上昇し、60分後のガス濃度は49ppmであった。このように、加湿空気を用いた場合、反応開始後60分後においても、一定以上の濃度を維持して発生し続けることが確認された。なお、いずれの温度においても、過酸化水素ガスの相対湿度は、初期設定湿度の50%から変動しなかった。すなわち、過炭酸ナトリウムを45℃以上100℃未満で加熱した場合、過酸化水素ガスの湿度が上昇しないことが確認された。
【0049】
(加湿空気の加湿条件)
次に、過炭酸ナトリウムの加熱温度を75℃とした状態で、導入する加湿空気の条件を変更し、過酸化水素ガスを発生させる実験を行った。粒状の過炭酸ナトリウムを、各サンプルにおいて2gずつ用いて行った。過炭酸ナトリウムの加熱温度は、75℃とした。実験ではガラス製反応器に過炭酸ナトリウムを入れ、水浴により加熱した。従って、水浴温度を80℃として反応器を加熱した。また、通気は加湿空気で行い、絶対湿度0g/m3(相対湿度0%)、絶対湿度2.0g/m3(相対湿度10%)、絶対湿度9.9g/m3(相対湿度50%)、絶対湿度16.0/m3(相対湿度80%)の加湿空気を用いた。
【0050】
各サンプルについて過酸化水素濃度を測定した結果を
図5に示す。上記の通り、過酸化水素濃度は気体を2倍希釈した後に測定したため、
図5では補正後の濃度を示す。また、各湿度は、反応器内の相対湿度を測定した値である。
図5から明らかな通り、60分後、相対湿度が0%の場合には約8ppm、相対湿度が10%の場合には約15ppmの過酸化水素ガスの発生が確認された。また、より高湿度な相対湿度50%の場合、発生する過酸化水素ガスの濃度は約35ppmとなった。相対湿度0~50wt%では、湿度が増加するにつれ60分後の過酸化水素ガスが増加していた。
【0051】
一方、相対湿度80%では、相対湿度50%と比較して過酸化水素ガス濃度が減少し、20ppmとなった。また、反応開始後60分経過すると、発生する過酸化水素ガスの濃度が低下し始めた。以上より、過酸化水素ガスの発生には水が影響を与えることが分かった。加湿により過酸化水素ガスの発生が促進されるが、絶対湿度16.0/m3以上の加湿は過剰であり過酸化水素ガスの発生が抑制されることが確認された。
【0052】
(試料のすり潰し)
粒状の過炭酸ナトリウムをすり潰し、粉末状とした場合における過酸化水素濃度を測定した。この実験は、各サンプルにおいて過炭酸ナトリウムを2gずつ用い、一方は粒状の過炭酸ナトリウムを使用した。もう一方の過炭酸ナトリウムのすり潰しは、乳鉢を用いて1分間手動にて行った。過炭酸ナトリウムの加熱温度は75℃とした。実験ではガラス製の反応器に過炭酸ナトリウムを入れ、水浴により加熱した。従って、水浴温度を80℃とした。また、通気した気体は、絶対湿度9.9g/m3(相対湿度50%)の加湿空気とした。
【0053】
粒状の過炭酸ナトリウムと粉末状の過炭酸ナトリウムについて過酸化水素濃度を測定した結果を
図6に示す。
図6から明らかな通り、粉末状の過炭酸ナトリウムを用いた場合、粒状の過炭酸ナトリウムと比較して過酸化水素濃度が向上した。この結果は、粉末状の過炭酸ナトリウムの場合、反応器底面との接触面積が増え、過炭酸ナトリウムに熱が伝わりやすくなったため過酸化水素ガス発生のプロセスが促進されたと考えられる。また、発生した過酸化水素ガスにおいて、湿度の上昇は検知されなかった。
【0054】
[4.作用効果]
以上のような本実施形態の過酸化水素ガス発生装置の作用効果は、以下の通りである。
(1)過炭酸ナトリウムが収容された容器2と、容器2を加熱する加熱装置3と、容器2に気体を供給する気体供給路Aと、を有し、気体供給路Aを介して加湿空気を容器2に通気する。
【0055】
過炭酸ナトリウムを収容した容器2を加熱することで、過炭酸ナトリウムから過酸化水素を脱離させることができる。また、容器2に加湿空気を通気することで、過酸化水素ガスの発生を促進しつつ過酸化水素ガスを取り出すことができる。以上より、過酸化水素水溶液から過酸化水素ガスを発生した場合に比べ、低湿度の過酸化水素ガスを得ることが可能となる。過酸化水素水溶液は輸送に危険が伴うが、過炭酸ナトリウムは固体で安全性が高いことからも、低コストでの輸送が可能である。
【0056】
(2)加熱装置3は、容器2内の過炭酸ナトリウムの温度が、50℃以上100℃未満となるように容器を加熱する。
【0057】
過炭酸ナトリウムの加熱温度を50℃以上100℃未満とすることで、過酸化水素ガスの発生効率を維持しつつ、相対湿度60%以下の低湿度な過酸化水素ガスを発生させることが可能となる。
【0058】
(3)加湿空気の絶対湿度は、2.0g/m3以上16.0g/m3未満である。
【0059】
容器2に、絶対湿度が2.0g/m3以上16.0g/m3未満の加湿空気を供給することにより、過酸化水素ガスの発生を促進することが可能となる。また、得られる過酸化水素ガスを低湿度なものとすることができる。
【0060】
(4)過炭酸ナトリウムは、粉末状である。
【0061】
粉末状の過炭酸ナトリウムを用いることにより、より高濃度の過酸化水素ガスを得ることが可能となる。
【0062】
[その他の実施の形態]
上記実施形態では、過酸化水素ガス発生装置は、バイオロジカルクリーンルーム等の対象空間において、壁面および対象空間内に設置している装置等の表面を殺菌する過酸化水素ガスを発生させるものとして記載した。ただし、過酸化水素ガス発生装置が発生させた過酸化水素ガスは、殺菌以外の目的で用いられても良い。例えば、上記実施形態の過酸化水素ガス発生装置により発生された過酸化水素ガスは、空気清浄や汚染物質の分解などに用いることも可能である。
【0063】
(過炭酸ナトリウムの形状について)
粉末状の過炭酸ナトリウムを用いる場合には、例えば容器2に繊維状材料とともに充填すると良い。繊維状材料はその内部構造に空隙を含むため、微粉末状の過炭酸ナトリウムを用いた場合であっても、隣り合う過炭酸ナトリウムの間に気体の通り道となる空隙が形成されやすくなる。繊維状材料としては、ガラス繊維、グラスウール、不織布などを用いることができる。
【0064】
(カートリッジの構成について)
上記の実施形態では、カートリッジは、円筒型のガラス管または金属管であり、中空部に過炭酸ナトリウムが充填されている。ただし、
図7に示すように、カートリッジを、ガラス管または金属管の外筒2aと、外筒2aの内部に収容される内筒2bにより構成しても良い。過炭酸ナトリウムは、外筒2aと内筒2bの間の空間に充填される。ここで、内筒2bは、金属製のメッシュ構造を有している。よって、内筒2bの内周面が形成する円柱型の空間に気体を供給する構成とすることで、過炭酸ナトリウムに対して通気することができる。このようなカートリッジの一例として、ディフュージョンドライヤーを適用しても良い。
【0065】
また、過炭酸ナトリウムへの通気効率を向上させるために、カートリッジの気体供給口に角度を設け、外筒2aの内周面に向かって給気する構造としても良い。すなわち、カートリッジ内部において気体が旋回するように給気するための機構を設けることができる。
【0066】
また、過炭酸ナトリウムの容器2は、必ずしもカートリッジである必要はない。例えばシャーレなどのガラス皿の上に過炭酸ナトリウムを入れても良い。この場合には、シャーレの下面を加熱し、シャーレの側方から加湿空気を供給する。また、瓶状のガラス容器を用いて、ガラス容器の蓋に2つの開口を設け、一方から加湿空気を供給し、他方から過酸化水素ガスを回収する構成としても良い。
【符号の説明】
【0067】
A 気体供給路
a1 減圧弁
a2 逆止弁
a3 流量計
H 過酸化水素ガス供給路
1 筐体
2 容器
2a 外筒
2b 内筒
3 加熱装置