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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-10-04
(45)【発行日】2023-10-13
(54)【発明の名称】網膜組織の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C12N 5/079 20100101AFI20231005BHJP
   A61K 35/30 20150101ALI20231005BHJP
   A61L 27/38 20060101ALI20231005BHJP
   A61P 27/02 20060101ALI20231005BHJP
   C12N 5/02 20060101ALI20231005BHJP
   C12Q 1/02 20060101ALI20231005BHJP
【FI】
C12N5/079
A61K35/30
A61L27/38 300
A61P27/02
C12N5/02
C12Q1/02
【請求項の数】 45
(21)【出願番号】P 2019542330
(86)(22)【出願日】2018-09-14
(86)【国際出願番号】 JP2018034314
(87)【国際公開番号】W WO2019054514
(87)【国際公開日】2019-03-21
【審査請求日】2021-09-08
(31)【優先権主張番号】P 2017177188
(32)【優先日】2017-09-14
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成28年度、国立研究開発法人日本医療研究開発機構 再生医療実現拠点ネットワークプログラム 疾患・組織別実用化研究拠点(拠点A)「視機能再生のための複合組織形成技術開発および臨床応用推進拠点」に関する委託事業、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】503359821
【氏名又は名称】国立研究開発法人理化学研究所
(73)【特許権者】
【識別番号】000002912
【氏名又は名称】住友ファーマ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100080791
【弁理士】
【氏名又は名称】高島 一
(74)【代理人】
【識別番号】100136629
【弁理士】
【氏名又は名称】鎌田 光宜
(74)【代理人】
【識別番号】100125070
【弁理士】
【氏名又は名称】土井 京子
(74)【代理人】
【識別番号】100121212
【弁理士】
【氏名又は名称】田村 弥栄子
(74)【代理人】
【識別番号】100174296
【弁理士】
【氏名又は名称】當麻 博文
(74)【代理人】
【識別番号】100137729
【弁理士】
【氏名又は名称】赤井 厚子
(74)【代理人】
【識別番号】100151301
【弁理士】
【氏名又は名称】戸崎 富哉
(72)【発明者】
【氏名】糠谷 大樹
(72)【発明者】
【氏名】永樂 元次
(72)【発明者】
【氏名】木▲瀬▼ 結子
(72)【発明者】
【氏名】大西 暁士
(72)【発明者】
【氏名】高橋 政代
(72)【発明者】
【氏名】笹井 芳樹
【審査官】山▲崎▼ 真奈
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2016/063986(WO,A1)
【文献】国際公開第2017/043604(WO,A1)
【文献】特表2003-521910(JP,A)
【文献】YANAI, ANAT ET AL.,Differentiation of Human Embryonic Stem Cells Using Size-Controlled Embryoid Bodies and Negative Cell Selection in the Production of Photoreceptor Precursor Cells,TISSUE ENGINEERING: PART C,2013年,vol.19, no.10,pp.755-764
【文献】KELLEY, MATTHEW W. ET AL.,Regulation of Proliferation and Photoreceptor Differentiation in Fetal Human Retinal Cell Cultures,INVESTIGATIVE OPHTHALMOLOGY & VISUAL SCIENCE,1995年,vol.36, no.7,pp.1280-1289
【文献】JOHE, KARL K. ET AL.,Single factors direct the differentiation of stem cells from the fetal and adult central nervous system,GENES & DEVELOPMENT,1996年,vol.10,pp.3129-3140
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
神経網膜前駆細胞を含み、かつ神経節細胞が出現直後の分化段階から錐体視細胞前駆細胞の出現率が極大に至るまでの分化段階のいずれかの段階にある網膜組織を、甲状腺ホルモンシグナル伝達経路作用物質を含む培地で培養する工程を含む、視細胞前駆細胞及び/又は視細胞を含む神経網膜組織における神経節細胞、アマクリン細胞、水平細胞、および/または双極細胞の分化抑制方法。
【請求項2】
桿体視細胞前駆細胞及び/又は双極細胞が出現する分化段階まで、甲状腺ホルモンシグナル伝達経路作用物質を含む培地で培養することを含む、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
外網状膜が形成される分化段階まで、甲状腺ホルモンシグナル伝達経路作用物質を含む培地で培養することを含む、請求項1に記載の方法。
【請求項4】
ミューラー細胞が出現する分化段階まで、甲状腺ホルモンシグナル伝達経路作用物質を含む培地で培養することを含む、請求項1に記載の方法。
【請求項5】
PAX6陰性/CHX10陽性細胞およびPAX6陽性/CHX10陰性細胞の生成を抑制することを特徴とする、請求項1~4のいずれか一項に記載の分化抑制方法。
【請求項6】
神経網膜組織が幹細胞由来である、請求項1~5のいずれか一項に記載の方法。
【請求項7】
幹細胞が多能性幹細胞である、請求項6に記載の方法。
【請求項8】
幹細胞が、成体網膜から得られる体性幹細胞である、請求項6に記載の方法。
【請求項9】
甲状腺ホルモンシグナル伝達経路作用物質がトリヨードサイロニンである、請求項1~8のいずれか一項に記載の方法。
【請求項10】
トリヨードサイロニンの濃度が1~100nMである、請求項9に記載の方法。
【請求項11】
神経網膜前駆細胞を含み、かつ神経節細胞が出現直後の分化段階から錐体視細胞前駆細胞の出現率が極大に至るまでの分化段階のいずれかの段階にある網膜組織が、全細胞数に対する神経網膜前駆細胞の含有率が50%以上の網膜組織である、請求項1~10のいずれか一項に記載の方法。
【請求項12】
培養方法が浮遊培養である、請求項1~11のいずれか一項に記載の方法。
【請求項13】
(1)発生初期段階の網膜組織を培地で培養し、神経網膜前駆細胞を含み、かつ神経節細胞が出現直後の分化段階から錐体視細胞前駆細胞の出現率が極大に至るまでの分化段階のいずれかの段階にある網膜組織を得る工程、及び
(2)工程(1)で得られる網膜組織を、甲状腺ホルモンシグナル伝達経路作用物質を含む培地で培養する工程
を含む、成熟した神経網膜組織、または成熟した神経網膜組織に成熟化し得る神経網膜組織の製造方法。
【請求項14】
工程(1)における培地、及び/又は、工程(2)の少なくとも一部の工程における培地が、腹側マーカーの発現を抑制する程度の濃度の背側化シグナル伝達物質を含む培地である、請求項13に記載の製造方法。
【請求項15】
工程(2)における培地が、腹側マーカーの発現を抑制する程度の濃度の背側化シグナル伝達物質を含むことを特徴とする、請求項13又は14に記載の製造方法。
【請求項16】
工程(1)における培地が、腹側マーカーの発現を抑制する程度の濃度の背側化シグナル伝達物質を含むことを特徴とする、請求項13~15のいずれか一項に記載の製造方法。
【請求項17】
成熟した神経網膜組織が、以下の(i)~(iii)の特徴:
(i)視細胞前駆細胞(photoreceptor precursor)及び視細胞(photoreceptor)の細胞数の割合が、全細胞数に対して40%以上である;
(ii)視細胞前駆細胞及び視細胞に含まれる、錐体視細胞前駆細胞(cone photoreceptor precursor)及び錐体視細胞(cone photoreceptor)の含有率が70%以上である;及び
(iii)全細胞数に対する双極細胞、神経節細胞、アマクリン細胞及び水平細胞の細胞数の割合が30%以下である;
を有する、請求項13~16のいずれか一項に記載の製造方法。
【請求項18】
成熟した神経網膜組織に成熟化し得る神経網膜組織が、以下の(i)~(ii)の特徴:
(i)全細胞数に対する、視細胞前駆細胞及び視細胞(CRX陽性細胞)の細胞数の割合が、11%以上である;及び
(ii)CRX陽性かつTRβ2陽性細胞の細胞数の割合が、全細胞数に対して7%以上である;
を有し、錐体視細胞前駆細胞の出現が認められて以降30~50日間培養が継続されることを特徴とする、請求項13~16のいずれか一項に記載の製造方法。
【請求項19】
成熟した神経網膜組織に成熟化し得る神経網膜組織が、以下の(i)~(ii)の特徴:
(i)全細胞数に対する、視細胞前駆細胞及び視細胞(CRX陽性細胞)の割合が25%以上である;及び
(ii)視細胞前駆細胞及び/又は視細胞(CRX陽性細胞)が頂端面に接しており、頂端面の接線に垂直に交わる直線に沿って少なくとも2細胞が並んで存在する;
を有し、錐体視細胞前駆細胞の出現が認められて以降55~80日間培養が継続されることを特徴とする、請求項13~16のいずれか一項に記載の製造方法。
【請求項20】
工程(2)が、以下の工程(2-1)及び(2-2):
(2-1)工程(1)で得られる網膜組織を、甲状腺ホルモンシグナル伝達経路作用物質を含む培地で、錐体視細胞前駆細胞の出現が認められて以降30~80日目まで培養する工程、及び、
(2-2)工程(2-1)で得られる網膜組織を、甲状腺ホルモンシグナル伝達経路作用物質を含んでいても良い培地で、60~120日間培養する工程、
を含む、請求項13~17のいずれか一項に記載の製造方法。
【請求項21】
工程(2-2)で用いられる培地が、連続上皮構造維持培地である、請求項20に記載の製造方法。
【請求項22】
工程(2-2)で用いられる培地が、甲状腺ホルモンシグナル伝達経路作用物質、及び/又は、腹側マーカーの発現を抑制する程度の濃度の背側化シグナル伝達物質を含む培地である、請求項20に記載の製造方法。
【請求項23】
工程(2-2)で用いられる培地が、連続上皮構造維持培地である、請求項22に記載の製造方法。
【請求項24】
背側化シグナル伝達物質がBMP4である、請求項14~16、22及び23のいずれか一項に記載の製造方法。
【請求項25】
BMP4の濃度が0.05~0.45nMである、請求項24に記載の製造方法。
【請求項26】
背側化シグナル伝達物質がCyclopamine-KAADである、請求項14~16、22及び23のいずれか一項に記載の製造方法。
【請求項27】
Cyclopamine-KAAD濃度が0.01~100μMである、請求項26に記載の製造方法。
【請求項28】
請求項13~27のいずれか一項に記載の方法により得られる、異所性のCRX陽性細胞を含む神経網膜組織。
【請求項29】
錐体視細胞及び錐体視細胞前駆細胞を含み、以下の(1)~(3)の特徴:
(1)視細胞前駆細胞及び視細胞の細胞数の割合が全細胞数の11%以上である;
(2)ニューロブラスティックレイヤーより基底膜側に出現する異所性の視細胞前駆細胞及び/又は視細胞を含む;及び
(3)錐体視細胞前駆細胞が初めに出現してから30~50日間培養された神経網膜組織であって、CRX陽性かつNRL陽性の視細胞もしくは視細胞前駆細胞を含まない;
を有する、神経網膜組織。
【請求項30】
錐体視細胞前駆細胞及び錐体視細胞の細胞数の割合が全細胞数の7%以上である、請求項29に記載の神経網膜組織。
【請求項31】
ニューロブラスティックレイヤーが、CHX10陽性かつPAX6陽性であるか、又はKi67陽性である細胞が存在する層である、請求項29又は30に記載の神経網膜組織。
【請求項32】
更に、ニューロブラスティックレイヤー(NBL)より基底膜側の異所性の視細胞前駆細胞及び視細胞の、一定面積当たりの細胞数が、NBLを含む頂端面側の領域の視細胞前駆細胞及び視細胞の当該細胞数に対して1/10倍~10倍である、請求項29~31のいずれか一項に記載の神経網膜組織。
【請求項33】
以下の(1)~(4)の特徴:
(1)CRX陽性細胞の含有率が25%以上である;
(2)視細胞前駆細胞(CRX陽性細胞)が頂端面に接しており、頂端面の接線に垂直に交わる直線に沿って少なくとも2細胞が並んで存在する;
(3)錐体視細胞前駆細胞及び/又は錐体視細胞、並びに双極細胞を含み、ミューラー細胞を含まない;及び
(4)桿体視細胞前駆細胞及び/又は双極細胞へ分化する段階の神経網膜前駆細胞を含む;
を有する神経網膜組織。
【請求項34】
更に以下の(5)の特徴:
(5)ニューロブラスティックレイヤー(NBL)より基底膜側に異所性の視細胞前駆細胞が存在する;
を有する請求項33に記載の神経網膜組織。
【請求項35】
以下の(1)~(5)の特徴:
(1)ミューラー細胞が検出される分化段階である;
(2)神経節細胞、アマクリン細胞、水平細胞の含有率が30%以下である;
(3)双極細胞の含有率が10%以下である;
(4)神経節細胞、アマクリン細胞、水平細胞および双極細胞の含有率が30%以下である;及び
(5)視細胞前駆細胞及び視細胞の細胞数の割合が全細胞数の40%以上である;
を有する、錐体視細胞前駆細胞及び/又は錐体視細胞を含む成熟した神経網膜組織。
【請求項36】
基底膜側の細胞層に異所性の視細胞層が形成されている、請求項35に記載の成熟した神経網膜組織。
【請求項37】
PAX6陰性/CHX10陽性細胞およびPAX6陽性/CHX10陰性細胞の含有率が30%以下である、請求項35または36に記載の成熟した神経網膜組織。
【請求項38】
更に、異所性の視細胞前駆細胞及び/又は視細胞の細胞数の割合が、外顆粒層の細胞数に対して30%以上である、請求項35~37のいずれか一項に記載の成熟した神経網膜組織。
【請求項39】
更に、視細胞前駆細胞及び視細胞に含まれる、錐体視細胞前駆細胞及び錐体視細胞の含有率が70%以上である、請求項35~38のいずれか一項に記載の成熟した神経網膜組織。
【請求項40】
CRX陽性細胞の細胞数の割合が全細胞数に対して40%以上である、請求項35~39のいずれか一項に記載の成熟した神経網膜組織。
【請求項41】
神経網膜組織の層構造の50%以上が連続上皮構造を形成する、請求項28~34のいずれか一項に記載の神経網膜組織、又は請求項35~40のいずれか一項に記載の成熟した神経網膜組織。
【請求項42】
網膜組織の長軸方向の直径が0.6mm以上である、請求項41に記載の成熟した神経網膜組織。
【請求項43】
請求項28~34のいずれか一項に記載の神経網膜組織、又は請求項35~42のいずれか一項に記載の成熟した神経網膜組織を含有する移植用医薬組成物。
【請求項44】
請求項28~34のいずれか一項に記載の神経網膜組織、又は請求項35~42のいずれか一項に記載の成熟した神経網膜組織を含有する、動物に移植することにより視力低下または視野欠損が生じる疾患を治療又は予防するための医薬組成物。
【請求項45】
請求項28~34のいずれか一項に記載の神経網膜組織、又は請求項35~42のいずれか一項に記載の成熟した神経網膜組織を含有する毒性・薬効評価用試薬。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、双極細胞、アマクリン細胞、神経節細胞、又は水平細胞等の割合が低く、視細胞前駆細胞もしくは視細胞の割合が高い、移植に適した網膜組織およびそれらの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
網膜色素変性など視細胞の変性・脱落により視力低下や視野欠損が生じる疾患では、変性・脱落を伴う視細胞に対し、視細胞からのシグナルを最初に受け取る双極細胞や、それ以外の網膜細胞は視細胞変性・脱落後も一定期間網膜組織内に残存していることが知られている(非特許文献1)。そのため、視細胞や視細胞前駆細胞を含む網膜組織の移植による再生医療で治療効果を発揮するには、移植する網膜組織由来視細胞や視細胞前駆細胞が移植を受ける患者(レシピエント)の双極細胞と接触し、シナプス形成する、すなわち、網膜神経回路を形成することが好ましいと考えられている(非特許文献2)。このように、患者の網膜組織由来双極細胞と、移植される網膜組織由来視細胞とが効率よくシナプス形成することが可能な、移植に適した網膜組織およびその製造方法の開発が強く求められている。
一方、胎児から採取した網膜細胞を用いて視細胞前駆細胞へ分化させる際に、神経網膜前駆細胞を含む網膜組織を分散後、レチノイン酸や甲状腺ホルモンの一つであるトリヨードサイロニン(T3)を添加して接着培養を行ったことが報告されている(非特許文献3)。また、ラット網膜組織を分散後、レチノイン酸存在下に接着培養した場合にアマクリン細胞が低減することが報告されている(非特許文献4)。
しかしながら、甲状腺ホルモンが双極細胞、神経節細胞、水平細胞等の分化に影響を及ぼすかどうかは、知られていなかった。
また、幹細胞から誘導された、立体構造を持つ網膜組織に含まれるアマクリン細胞、双極細胞、神経節細胞及び水平細胞等の細胞と、視細胞前駆細胞及び視細胞の割合を調節し、移植に適した網膜組織を調製する方法についても知られていなかった。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【文献】Prog Retin Eye Res,17(2),175-205(1998)
【文献】Proc Natl Acad Sci U S A,113(1),E81-90(2016)
【文献】Invest Ophthalmol Vis Sci,36(7),1280-1289(1995)
【文献】Development 120(8),2091-2102 (1994)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明の課題は、患者の網膜組織由来双極細胞と、移植される網膜組織由来視細胞とが効率よくシナプス形成することが可能な、移植に適した網膜組織およびその製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0005】
網膜色素変性など視細胞の変性・脱落により視力低下や視野欠損が生じる疾患では、変性・脱落を伴う視細胞に対し、視細胞からのシグナルを最初に受け取る双極細胞や、それ以外の網膜細胞は視細胞変性・脱落後も一定期間網膜組織内に残存していることが知られている(非特許文献1)。そのため、視細胞前駆細胞を含む網膜組織の移植による再生医療で治療効果を発揮するには、移植する網膜組織由来視細胞が移植を受ける患者(レシピエント)の双極細胞と接触し、前記視細胞前駆細胞(もしくは視細胞)のシナプス終末を介してシナプス形成する、すなわち、網膜神経回路を形成することが好ましいと考えられている(非特許文献2)。
また、移植した網膜組織は、移植された部位において生着し、特徴的なロゼット様構造をとり得ること、及び視細胞前駆細胞(もしくは視細胞)の基底膜側(すなわち視細胞前駆細胞、もしくは視細胞のシナプス終末側)がレシピエントの双極細胞と接触し、シナプス形成し得ることが報告されている(非特許文献2)。網膜組織には双極細胞の他、アマクリン細胞や神経節細胞、水平細胞が含まれるが、これらの細胞は視細胞前駆細胞が存在する層(外顆粒層)より神経網膜組織の基底膜側に存在している。このため、移植した網膜組織がロゼット様構造をとった時、移植した網膜組織由来双極細胞、アマクリン細胞、神経節細胞及び水平細胞は、移植した網膜組織由来視細胞前駆細胞とレシピエントの双極細胞の間に位置することになる。
【0006】
そのため、発明者らは、移植した網膜組織由来視細胞がレシピエントの双極細胞と接触しようとする際、移植した網膜組織由来の双極細胞、アマクリン細胞、神経節細胞及び水平細胞は空間的、又は物理的障害になり得ると考えた。また、移植する神経網膜組織内に双極細胞が存在していると、移植した神経網膜組織内で視細胞と双極細胞とが回路形成してしまい、移植した網膜組織由来視細胞がレシピエントの双極細胞と神経回路を効率よく形成できなくなる可能性がある。これらのことから、移植する神経網膜組織内の双極細胞、アマクリン細胞、神経節細胞及び水平細胞はその割合が少ないほど好ましいと考えた。
すなわち、本発明者らは、移植に使用する網膜組織におけるこれらの不要な細胞の割合を低減することにより、レシピエントの網膜組織由来双極細胞と、移植される網膜組織由来視細胞とが接触しシナプス形成する確率が高められると考え鋭意検討を行った。その結果、神経節細胞が出現していないもしくは出現直後の分化段階にある、神経網膜前駆細胞を含む網膜組織を、甲状腺ホルモンシグナル伝達経路作用物質を含む培地で浮遊培養し成熟させることにより、網膜組織に含まれる生体の移植部位とのシナプス形成に不要な細胞を低減し、かつ視細胞前駆細胞の割合を高められることを見出し、本発明を完成するに至った。また、甲状腺ホルモンシグナル伝達経路作用物質に加え、背側化シグナル伝達物質を添加することにより、更に神経網膜に含まれる全細胞中の視細胞前駆細胞の割合、及び視細胞前駆細胞中の錐体視細胞前駆細胞の割合が高い神経網膜組織を得ることができた。
【0007】
すなわち、本発明は以下に関する:
[1]神経網膜前駆細胞を含み、かつ神経節細胞が出現直後の分化段階から錐体視細胞前駆細胞の出現率が極大に至るまでの分化段階のいずれかの段階にある網膜組織を、甲状腺ホルモンシグナル伝達経路作用物質を含む培地で培養する工程を含む、視細胞前駆細胞及び/又は視細胞を含む神経網膜組織における神経節細胞、アマクリン細胞、水平細胞、及び/又は双極細胞の分化抑制方法;
[2]桿体視細胞前駆細胞及び/又は双極細胞が出現する分化段階まで、甲状腺ホルモンシグナル伝達経路作用物質を含む培地で培養することを含む、上記[1]に記載の方法;
[3]外網状膜が形成される分化段階まで、甲状腺ホルモンシグナル伝達経路作用物質を含む培地で培養することを含む、上記[1]に記載の方法;
[4]ミューラー細胞が出現する分化段階まで、甲状腺ホルモンシグナル伝達経路作用物質を含む培地で培養することを含む、上記[1]に記載の方法;
[5]PAX6陰性/CHX10強陽性細胞およびPAX6陽性/CHX10陰性細胞の生成を抑制することを特徴とする、上記[1]~[4]のいずれか記載の分化抑制方法;
[6]神経網膜組織が幹細胞由来である、上記[1]~[5]のいずれかに記載の方法;
[7]幹細胞が多能性幹細胞である、上記[6]に記載の方法;
[8]幹細胞が、成体網膜から得られる体性幹細胞である、上記[6]に記載の方法;
[9]甲状腺ホルモンシグナル伝達経路作用物質がトリヨードサイロニンである、上記[1]~[8]のいずれかに記載の方法;
[10]トリヨードサイロニンの濃度が1~100nMである、上記[9]に記載の方法;
[11]神経網膜前駆細胞を含み、かつ神経節細胞が出現直後の分化段階にある網膜組織が、全細胞数に対する神経網膜前駆細胞の含有率が50%以上の網膜組織である、上記[1]~[10]のいずれかに記載の方法;
[12]培養方法が浮遊培養である、上記[1]~[11]のいずれかに記載の方法;
[13](1)発生初期段階の網膜組織を培地で培養し、神経網膜前駆細胞を含み、かつ神経節細胞が出現直後の分化段階から錐体視細胞前駆細胞の出現率が極大に至るまでの分化段階のいずれかの段階にある網膜組織を得る工程、及び
(2)工程(1)で得られる網膜組織を、甲状腺ホルモンシグナル伝達経路作用物質を含む培地で培養する工程
を含む、成熟した神経網膜組織、または成熟した神経網膜組織に成熟化し得る神経網膜組織の製造方法;
[14]工程(1)における培地、及び/又は、工程(2)の少なくとも一部の工程における培地が、腹側マーカーの発現を抑制する程度の濃度の背側化シグナル伝達物質を含む培地である、上記[13]に記載の製造方法;
[15]工程(2)における培地が、腹側マーカーの発現を抑制する程度の濃度の背側化シグナル伝達物質を含むことを特徴とする、上記[13]又は[14]に記載の製造方法;
[16]工程(1)における培地が、腹側マーカーの発現を抑制する程度の濃度の背側化シグナル伝達物質を含むことを特徴とする、上記[13]~[15]のいずれかに記載の製造方法;
[17]成熟した神経網膜組織が、以下の(i)~(iii)の特徴:
(i)視細胞前駆細胞(photoreceptor precursor)及び視細胞(photoreceptor)の細胞数の割合が、全細胞数に対して40%以上である;
(ii)視細胞前駆細胞及び視細胞に含まれる、錐体視細胞前駆細胞(cone photoreceptor precursor)及び錐体視細胞(cone photoreceptor)の含有率が70%以上である;及び
(iii)全細胞数に対する双極細胞、神経節細胞、アマクリン細胞及び水平細胞の細胞数の割合が30%以下である;
を有する、上記[13]~[16]のいずれかに記載の製造方法;
[18]成熟した神経網膜組織に成熟化し得る神経網膜組織が、以下の(i)~(ii)の特徴:
(i)全細胞数に対する、視細胞前駆細胞及び視細胞(CRX陽性細胞)の細胞数の割合が、11%以上、好ましくは20%以上である;及び
(ii)CRX陽性かつTRβ2陽性細胞の細胞数の割合が、全細胞数に対して7%以上、好ましくは10%以上である;
を有し、錐体視細胞前駆細胞の出現が認められて以降30~50日間、好ましくは30~40日間培養が継続されることを特徴とする、上記[13]~[16]のいずれかに記載の製造方法;
[19]成熟した神経網膜組織に成熟化し得る神経網膜組織が、以下の(i)~(ii)の特徴:
(i)全細胞数に対する、視細胞前駆細胞及び視細胞(CRX陽性細胞)の割合が25%以上である;及び
(ii)視細胞前駆細胞及び/又は視細胞(CRX陽性細胞)が頂端面に接しており、頂端面の接線に垂直に交わる直線に沿って少なくとも2細胞が並んで存在する;
を有し、錐体視細胞前駆細胞の出現が認められて以降55~80日間、好ましくは55~70日間培養が継続されることを特徴とする、上記[13]~[16]のいずれかに記載の製造方法;
[20]工程(2)が、以下の工程(2-1)及び(2-2):
(2-1)工程(1)で得られる網膜組織を、甲状腺ホルモンシグナル伝達経路作用物質を含む培地で、錐体視細胞前駆細胞の出現が認められて以降30~80日目まで培養する工程、及び、
(2-2)工程(2-1)で得られる網膜組織を、甲状腺ホルモンシグナル伝達経路作用物質を含んでいても良い培地で、60~120日間培養する工程、
を含む、上記[13]~[17]のいずれかに記載の製造方法;
[21]工程(2-2)で用いられる培地が、甲状腺ホルモンシグナル伝達経路作用物質、及び/又は、腹側マーカーの発現を抑制する程度の濃度の背側化シグナル伝達物質を含む培地である、上記[20]に記載の製造方法;
[22]背側化シグナル伝達物質がBMP4である、上記[13]~[21]のいずれかに記載の製造方法;
[23]BMP4の濃度が0.05~0.45nMである、上記[22]に記載の製造方法;
[24]背側化シグナル伝達物質がCyclopamine-KAADである、上記[13]~[21]のいずれかに記載の製造方法;
[25]Cyclopamine-KAAD濃度が0.01~100μMである、上記[24]に記載の製造方法;
[26]工程(2-2)で用いられる培地が、連続上皮構造維持培地である、上記[20]~[25]のいずれかに記載の製造方法;
[27]上記[13]~[26]のいずれかに記載の方法により得られる、異所性のCRX陽性細胞を含む神経網膜組織;
[28]錐体視細胞及び錐体視細胞前駆細胞を含み、以下の(1)~(3)の特徴:
(1)視細胞前駆細胞及び視細胞の細胞数の割合が全細胞数の11%以上、好ましくは20%以上である;
(2)ニューロブラスティックレイヤーより基底膜側に出現する異所性の視細胞前駆細胞及び/又は視細胞を含む;及び
(3)錐体視細胞前駆細胞が初めに出現してから30~50日間培養された神経網膜組織であって、CRX陽性かつNRL陽性の視細胞もしくは視細胞前駆細胞を含まない;
を有する、神経網膜組織;
[29]錐体視細胞前駆細胞及び錐体視細胞の細胞数の割合が全細胞数の7%以上、好ましくは10%以上である、上記[28]に記載の神経網膜組織;
[30]ニューロブラスティックレイヤーが、CHX10陽性かつPAX6陽性であるか、又はKi67陽性である、上記[28]又は[29]に記載の神経網膜組織;
[31]更に、ニューロブラスティックレイヤー(NBL)より基底膜側の異所性の視細胞前駆細胞及び視細胞の、一定面積当たりの細胞数が、NBLを含む頂端面側の領域の視細胞前駆細胞及び視細胞の当該細胞数に対して1/10倍~10倍である、上記[28]~[30]のいずれかに記載の神経網膜組織;
[32]以下の(1)~(4)の特徴:
(1)CRX陽性細胞の含有率が25%以上である;
(2)視細胞前駆細胞(CRX陽性細胞)が頂端面に接しており、頂端面の接線に垂直に交わる直線に沿って少なくとも2細胞が並んで存在する;
(3)錐体視細胞前駆細胞及び/又は錐体視細胞、並びに双極細胞を含み、ミューラー細胞を含まない;及び
(4)桿体視細胞前駆細胞及び/又は双極細胞へ分化する段階の神経網膜前駆細胞を含む;
を有する神経網膜組織;
[33]更に以下の(5)の特徴:
(5)ニューロブラスティックレイヤー(NBL)より基底膜側に異所性の視細胞前駆細胞が存在する;
を有する上記[32]に記載の神経網膜組織;
[34]以下の(1)~(5)の特徴:
(1)ミューラー細胞が検出される程度の分化段階である;
(2)神経節細胞、アマクリン細胞、水平細胞の含有率が30%以下である;
(3)双極性細胞の含有率が10%以下である;
(4)神経節細胞、アマクリン細胞、水平細胞および双極細胞の含有率が30%以下である;及び
(5)視細胞前駆細胞及び視細胞の細胞数の割合が全細胞数の40%以上である;
を有する、錐体視細胞前駆細胞及び/又は錐体視細胞を含む成熟した神経網膜組織;
[35]基底膜側の細胞層に異所性の視細胞層が形成されている、上記[34]に記載の神経網膜組織;
[36]PAX6陰性/CHX10強陽性細胞およびPAX6陽性/CHX10陰性細胞の含有率が30%以下である、上記[34]または[35]に記載の成熟した神経網膜組織;
[37]更に、異所性の視細胞前駆細胞及び/又は視細胞の細胞数の割合が、外顆粒層の細胞数に対して30%以上である、上記[34]~[36]に記載の成熟した神経網膜組織;
[38]更に、視細胞前駆細胞及び視細胞に含まれる、錐体視細胞前駆細胞及び錐体視細胞の含有率が70%以上である、上記[34]~[37]のいずれかに記載の成熟した神経網膜組織;
[39]CRX陽性細胞の細胞数の割合が全細胞数に対して40%以上である、上記[34]~[38]のいずれかに記載の成熟した神経網膜組織;
[40]神経網膜組織の層構造の50%以上が連続上皮構造を形成する、上記[27]~[33]のいずれかに記載の神経網膜組織、又は上記[34]~[39]のいずれかに記載の成熟した神経網膜組織;
[41]網膜組織の長軸方向の直径が0.6mm以上である、上記[40]に記載の神経網膜組織;
[42]培養することにより、上記[34]~[41]のいずれかに記載の成熟した神経網膜組織へ成熟化され得る、神経網膜組織;
[43]上記[27]~[33]及び[40]~[42]のいずれかに記載の神経網膜組織、又は上記[34]~[41]のいずれかに記載の成熟した神経網膜組織を含有する移植用医薬組成物;
[44]上記[27]~[33]及び[40]~[42]のいずれかに記載の神経網膜組織、又は上記[34]~[41]のいずれか一項に記載の成熟した神経網膜組織を動物に移植することを含む、視力低下または視野欠損が生じる疾患の治療又は予防方法;
[45]上記[27]~[33]及び[40]~[42]のいずれかに記載の神経網膜組織、又は上記[34]~[41]のいずれかに記載の成熟した神経網膜組織の毒性・薬効評価用試薬としての使用。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、網膜組織に含まれる双極細胞、アマクリン細胞、神経節細胞又は水平細胞等の割合が低く、かつ視細胞前駆細胞の割合を増大させた網膜組織の製造が可能となる。また、本発明の一態様においては、前記の網膜組織中の視細胞前駆細胞のうち、錐体視細胞前駆細胞の割合を増大させることが可能となる。また、本発明の一態様においては、視細胞前駆細胞、又は錐体視細胞前駆細胞は異所性に出現し、双極細胞、アマクリン細胞、又は神経節細胞等が存在する網膜層の基底膜側に存在し、移植した場合に患者由来双極性細胞との効率の良い神経回路形成が期待できる。このように、本発明の網膜組織は、網膜色素変性など視細胞の変性・脱落により視力低下や視野欠損が生じる疾患の治療に有用である。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1図1は、ヒトES細胞から作製された網膜組織を含む細胞凝集体を浮遊培養開始後35日目(a、b)及び42日目(c、d)に蛍光実体顕微鏡により撮影した画像を示す例である。a及びbは、網膜組織を含む凝集体を浮遊培養開始後35日目にピンセットで切り出し、蛍光実体顕微鏡により撮影した画像であり、c及びdは、浮遊培養開始後42日目に網膜組織を含む細胞凝集体にCRX:: Venusタンパク質の蛍光がみとめられる細胞、すなわち、視細胞前駆細胞が出現していることを確認した画像である。
図2図2は、ヒトES細胞から作製された網膜組織を含む細胞凝集体を浮遊培養開始後69~74日目まで培養し、蛍光実体顕微鏡により撮影した画像(a~d)である。T3無添加群(-T3;a)に比べ、T3添加群(+T3;b)では、CRX::Venusが発する蛍光が強く、CRX::Venus陽性細胞が増加していることが分かる。また、T3に加え背側化シグナル伝達物質を添加した場合(+T3+BMP;c、+T3+Cyclopamine-KAAD;d)ではT3添加群に比べさらにCRX::Venus陽性細胞が増加していることが分かる。特に、+T3+Cyclopamine-KAAD群では+T3+BMP群に比べ更にCRX::Venus陽性細胞が増加していることが分かる。なお、in vitroで培養された網膜組織を含む細胞凝集体は、ヒトの網膜発生とおおよそ同じ順番と期間を経て分化が進行することが報告されており、この分化段階で出現するCRX::Venus陽性細胞は視細胞前駆細胞のうち、錐体視細胞前駆細胞である。また、図2においてT3は60nM、BMP4は0.15nM、Cyclopamine-KAADは500nMとなるように培地中に添加されている。
図3図3は、ヒトES細胞から作製された網膜組織を含む細胞凝集体を、視細胞前駆細胞が出現し始めた浮遊培養開始38日目から100nMの9-cisレチノイン酸存在下で浮遊培養開始後74日目まで培養し、蛍光実体顕微鏡により撮影した画像(a~c)である。T3無添加群(-T3;a)に比べ、T3添加群(+T3;b)では、CRX::Venusが発する蛍光が強く、CRX::Venus陽性細胞が増加していることが分かる。また、T3に加え背側化シグナル伝達物質を添加した場合(+T3+BMP;c)ではT3添加群に比べ更にCRX::Venus陽性細胞が増加していることが分かる。なお、in vitroで培養された網膜組織を含む細胞凝集体はヒトの網膜発生とおおよそ同じ順番と期間を経て分化が進行することが報告されており、この分化段階で出現するCRX::Venus陽性細胞は視細胞前駆細胞のうち、錐体視細胞前駆細胞である。また、図3においてT3は60nM、BMP4は0.45nMとなるように培地中に添加されている。
図4図4は、ヒトES細胞から作製された網膜組織を含む細胞凝集体を浮遊培養開始後約71-75日目まで培養し、回収した網膜組織を含む細胞凝集体について切片を作製し、抗CRX抗体、抗TRβ2抗体、DAPIを用いて通常の方法により免疫染色を実施した後、CRX陽性細胞及びCRX陽性細胞のうち、TRβ2陽性細胞を解析した結果を示す図である。T3無添加群(-T3;a、e、i)に比べ、T3添加群(+T3;b、f、j)はCRX陽性細胞およびCRX陽性かつTRβ2陽性細胞が増加していることが分かる。また、T3に加え、背側化シグナル伝達物質を添加した場合(+T3+BMP4;c、g、k、+T3+Cyclopamine-KAAD;d、h、l)はCRX陽性細胞およびCRX陽性かつTRβ2陽性細胞が更に増加していることが分かる。特に、+T3+Cyclopamine-KAAD群では+T3+BMP4群と比べ更によりCRX陽性細胞およびCRX陽性かつTRβ2陽性細胞が増加していることが分かる。また、これら細胞は頂端面側だけでなく、基底膜側(ニューロブラスティックレイヤー及び神経節細胞層)でも異所性に出現し、その割合がニューロブラスティックレイヤーより基底膜側とそれ以外の領域でおよそ同程度の割合であることが分かる。なお、この分化段階ではCRX陽性細胞、及びCRX陽性かつTRβ2陽性細胞は視細胞前駆細胞、及び錐体視細胞前駆細胞である。なお、図4においてT3は60nM、BMP4は0.15nM、Cyclopamine-KAADは500nMとなるように培地中に添加されている。
図5図5は、ヒトES細胞から作製された網膜組織を含む細胞凝集体をミューラー細胞が認められる分化段階である浮遊培養開始後188~191日目まで培養し、回収した網膜組織を含む細胞凝集体について切片を作製し、抗PAX6抗体、抗CHX10抗体、DAPIを用いて通常の方法により免疫染色を実施した例である。神経網膜組織におけるアマクリン細胞、神経節細胞又は水平細胞のいずれかの細胞(PAX6陽性/CHX10陰性細胞)と、双極細胞(PAX6陰性/CHX10強陽性細胞)は、いずれもT3を添加しなかった場合(-T3;a、g、m、+BMP;c、i、o、+cyclopamine-KAAD;e、k、q)に比べ、T3を添加した場合(+T3;b、h、n、+T3+BMP;d、j、p、+T3+Cyclopamine-KAAD;f、l、r)で顕著に低下していることが分かる。なお、図5においてT3は60nM、BMP4は0.15nM、Cyclopamine-KAADは500nMとなるように培地中に添加されている。
図6図6は、ヒトES細胞から作製された網膜組織を含む細胞凝集体をミューラー細胞が認められる分化段階である浮遊培養開始後188~193日目まで培養し、回収した網膜組織を含む細胞凝集体について切片を作製し、抗GFP抗体(CRX::Venusタンパク質を検出する)、抗NRL抗体、抗RXR-γ抗体、DAPIを用いて通常の方法により免疫染色を実施し、GFP陽性細胞、すなわちCRX::Venus陽性細胞のうちRXR-γ陽性かつNRL陰性細胞(錐体視細胞前駆細胞)、またはCRX::Venus陽性細胞のうちNRL陽性細胞(桿体視細胞前駆細胞)を解析した結果を示す図である(a~p)。T3無添加群(-T3;a、e、i、m)に比べ、T3添加群(+T3;b、f、j、n、+T3+BMP;c、g、k、o、+T3+Cyclopamine-KAAD;d、h、l、p)では、CRX::Venus陽性細胞である視細胞前駆細胞及び錐体視細胞前駆細胞の割合が増加していることが分かる。特に、T3に加え背側化シグナル伝達物質としてBMP4を添加した場合(+T3+BMP;c、g、k、o)では、T3添加群に比べ基底膜側の細胞が減少し、結果として更に視細胞前駆細胞及び錐体視細胞前駆細胞の割合が増加していることが分かる。また、この時桿体視細胞前駆細胞はほとんど認められないことが分かる。なお、図6においてT3は60nM、BMP4は0.15nM、Cyclopamine-KAADは500nMとなるように培地中に添加されている。
図7図7は、ヒトES細胞から作製された網膜組織を含む細胞凝集体を浮遊培養開始後約70日目頃まで培養し、回収した網膜組織を含む細胞凝集体について切片を作製し、抗CRX抗体、抗TRβ2抗体、DAPIを用いて通常の方法により免疫染色を実施した後、網膜組織に含まれるCRX陽性細胞数および、CRX陽性細胞のうち、TRβ2陽性細胞数を、画像解析ソフト(ImageJ)を用いて測定した結果を示す図である。T3を無添加とした場合(白色バー)に比べ、T3を添加した群(黒色バー)ではCRX陽性細胞、CRX陽性かつTRβ2陽性細胞、即ち視細胞前駆細胞、錐体視細胞前駆細胞がいずれも増加していることが分かる。また、T3に加え背側化シグナル伝達物質(BMP4、Cyclopamine-KAAD)を添加した群では、T3に加え背側化シグナル伝達物質を添加しなかった場合に比べ更にCRX陽性細胞、CRX陽性かつTRβ2陽性細胞、即ち視細胞前駆細胞、錐体視細胞前駆細胞がいずれも増加していることが分かる。なお、図7においてT3は60nM、BMP4は0.15nM、Cyclopamine-KAADは500nMとなるように培地中に添加されている。
図8図8は、ヒトES細胞から作製された網膜組織を含む細胞凝集体をミューラー細胞が認められる浮遊培養開始後約190日目頃まで培養し、回収した網膜組織を含む細胞凝集体について切片を作製し、抗PAX6抗体、抗CHX10抗体、DAPIを用いて通常の方法により免疫染色を実施した後、神経網膜組織におけるPAX6陽性/CHX10陰性細胞と、PAX6陰性/CHX10強陽性細胞、即ちアマクリン細胞、神経節細胞又は水平細胞のいずれかの細胞と、双極細胞の割合について、画像解析ソフト(ImageJ)を用いて測定した結果を示したものである。T3を無添加とした場合(白色バー)に比べ、T3を添加した群(黒色バー)ではアマクリン細胞、神経節細胞又は水平細胞のいずれかの細胞(PAX6陽性/CHX10陰性細胞)と、双極細胞(PAX6陰性/CHX10強陽性細胞)の割合がいずれも減少していることが分かる。また、T3に加え背側化シグナル伝達物質としてBMP4を添加した群では、T3に加え背側化シグナル伝達物質を添加しなかった場合に比べ双極細胞(PAX6陰性/CHX10強陽性細胞)の割合が若干増加しているものの、アマクリン細胞、神経節細胞又は水平細胞のいずれかの細胞(PAX6陽性/CHX10陰性細胞)の割合は減少し、双極細胞(PAX6陰性/CHX10強陽性細胞)とアマクリン細胞、神経節細胞又は水平細胞のいずれかの細胞(PAX6陽性/CHX10陰性細胞)を合計した割合はほとんど変化していないことが分かる。一方、T3に加え背側化シグナル伝達物質としてCyclopamine-KAADを添加した群では、T3に加え背側化シグナル伝達物質を添加しなかった場合に比べ双極細胞(PAX6陰性/CHX10強陽性細胞)の割合には変化がないものの、アマクリン細胞、神経節細胞又は水平細胞のいずれかの細胞(PAX6陽性/CHX10陰性細胞)の割合は減少し、双極細胞(PAX6陰性/CHX10強陽性細胞)とアマクリン細胞、神経節細胞又は水平細胞のいずれかの細胞(PAX6陽性/CHX10陰性細胞)を合計した割合は減少していることが分かる。なお、図8においてT3は60nM、BMP4は0.15nM、Cyclopamine-KAADは500nMとなるように培地中に添加されている。
図9図9は、ヒトES細胞から作製された網膜組織を含む細胞凝集体をミューラー細胞が認められる浮遊培養開始後約190日目頃まで培養し、回収した網膜組織を含む細胞凝集体について切片を作製し、抗GFP抗体(CRX::Venusタンパク質を検出する)、抗NRL抗体、抗RXR-γ抗体、DAPIを用いて通常の方法により免疫染色を実施し、GFP陽性細胞、すなわちCRX::Venus陽性細胞(視細胞前駆細胞)と、CRX::Venus陽性細胞のうちRXR-γ陽性かつNRL陰性細胞(錐体視細胞前駆細胞)、またはCRX::Venus陽性細胞のうちNRL陽性細胞(桿体視細胞前駆細胞)の割合について、画像解析ソフト(ImageJ)を用いて測定した結果を示したものである。T3を無添加とした場合(白色バー)に比べ、T3を添加した群(黒色バー)では視細胞前駆細胞、又は錐体視細胞前駆細胞の割合がいずれも増加していることが分かる。また、T3に加え背側化シグナル伝達物質を添加した群では、T3に加え背側化シグナル伝達物質を添加しなかった場合に比べ視細胞前駆細胞、又は錐体視細胞前駆細胞の割合がいずれもより増加していることが分かる。特に、T3に加え背側化シグナル伝達物質としてBMP4をした場合は、T3に加え背側化シグナル伝達物質を添加しなかった場合に比べ桿体視細胞前駆細胞の割合が少なく、錐体視細胞前駆細胞の割合が高いことが分かる。一方、T3に加え背側化シグナル伝達物質としてCyclopamine-KAADを添加した場合はT3に加え背側化シグナル伝達物質を添加しなかった場合に比べ桿体視細胞前駆細胞の割合には大きな変化がない一方で、視細胞前駆細胞、又は錐体視細胞前駆細胞の割合が更により高いことが分かる。なお、図9においてT3は60nM、BMP4は0.15nM、Cyclopamine-KAADは500nMとなるように培地中に添加されている。
図10図10は、ヒトES細胞から作製された網膜組織を含む細胞凝集体を浮遊培養開始後約100-105日目まで培養し、回収した網膜組織を含む細胞凝集体について切片を作製し、抗CRX抗体、抗Ki67抗体を用いた免疫染色、または細胞核を染色するDAPI染色を行い、蛍光顕微鏡を用いて観察した結果を示す図である。また、同様の条件で調製した神経網膜組織内に含まれるCRX陽性細胞の割合を、画像解析ソフト(ImageJ)を用いて測定した結果をグラフに示したものである。図10より、視細胞前駆細胞であるCRX陽性細胞は-T3群(T3を添加しなかった群)の網膜組織に比べ、+T3群(T3を添加した群)の網膜組織で顕著に増加し、特に、頂端面に存在する視細胞前駆細胞層の厚さは-T3群に比べ、+T3群でおよそ2、3倍の厚さになっていることが分かる。また、これらの結果と同様に、+T3+BMP4群(T3に加え、BMP4を添加した群)、+T3+Cyclopamine-KAAD群(T3に加え、Cyclopamine-KAADを添加した群)でも同様であることが分かる。また、浮遊培養開始後100日目前後の段階の神経網膜組織でもKi67陽性である増殖性の神経網膜前駆細胞が存在する層、即ちニューロブラスティックレイヤーが認められ、-T3群の網膜組織に比べ、+T3群の網膜組織では、胎児期の網膜組織において本来視細胞前駆細胞が存在する頂端面(視細胞層、外顆粒層)以外、即ちKi67陽性の神経網膜前駆細胞が存在するニューロブラスティックレイヤーや、それより基底膜側の神経節細胞層においても、異所性の視細胞前駆細胞を多数含むことが分かる。また、このような結果は+T3+Cyclopamine-KAAD群でも同様であることが分かる。一方で、+T3+BMP4群でもみとめられたものの、+T3+BMP4群では+T3群や+T3+Cyclopamine-KAAD群ほどこのような異所性の視細胞前駆細胞は認められず、この分化段階において視細胞前駆細胞の出現が+T3群や+T3+Cyclopamine-KAADに比べ少なくなっていることが示唆される。また、グラフから、-T3群、+T3群、+T3+BMP4群、+T3+Cyclopamine-KAAD群の順で神経網膜組織に含まれるCRX陽性細胞の割合が高くなることが分かる。これらのことから、甲状腺ホルモンシグナル伝達経路作用物質は浮遊培養開始後100日目前後における網膜組織の視細胞前駆細胞を増加させる作用があること、甲状腺ホルモンシグナル伝達経路作用物質を単独で作用させる場合に比べ、甲状腺ホルモンシグナル伝達経路作用物質及び背側化シグナル伝達物質を組み合わせて作用させる場合には、さらに視細胞前駆細胞を増加させることができることが分かる。なお、図10においてT3は60nM、BMP4は0.15nM、Cyclopamine-KAADは500nMとなるように培地中に添加されている。
図11-1】図11-1は、ヒトES細胞から作製された網膜組織を含む細胞凝集体を浮遊培養開始後約69日目、約104~105日目、約188日目~192日目まで培養し、それぞれ観察及び解析を行った結果を示す図である。図11-1は、浮遊培養開始後それぞれ記載の日数(例:69日目であればd69と記載)まで培養した網膜組織を含む細胞凝集体を蛍光実体顕微鏡により撮影した画像を示す例である。この画像から、いずれの条件及び日数においても、少なくとも直径2mm以上の網膜組織を含む細胞凝集体が含まれることが分かる。
図11-2】図11-2は、ヒトES細胞から作製された網膜組織を含む細胞凝集体を浮遊培養開始後約188日目まで培養し、回収した網膜組織を含む細胞凝集体について切片を作製し、抗GFP抗体を用いた免疫染色を行い、蛍光顕微鏡を用いて観察した結果を示す図である。この図から、抗GFP抗体で染色されるCRX::Venus陽性細胞、即ち視細胞前駆細胞または視細胞は、いずれの条件でも網膜組織を含む細胞凝集体の表面に連続して規則正しく整列していることが分かる。即ち、これらの網膜組織を含む細胞凝集体は浮遊培養開始から少なくとも188日目においてもロゼット様構造を含まない、連続的な上皮構造を有する網膜組織であることが分かる。さらにこの図から、頂端面付近の視細胞層(外顆粒層)のみならず、異所性の視細胞前駆細胞が多数認められることが分かる。
図11-3】図11-3は、ヒトES細胞から作製された網膜組織を含む細胞凝集体を浮遊培養開始後70日目頃、100日目頃、190日目頃まで培養した網膜組織を含む細胞凝集体について、蛍光顕微鏡で観察し、画像を取得した後、取得した画像について解析ソフトを用いて長軸の直径を測定し、網膜組織を含む細胞凝集体の平均値を算出したグラフ(左側)及び長軸の直径をプロットしたグラフ(右側)である。左側グラフから、いずれの条件及びいずれの段階の網膜組織を含む細胞凝集体においても平均で1.1mm以上の大きさであることが分かる。一方、右側グラフから、1.0mm以上の網膜組織を含む細胞凝集体が大半であり、1.5mm以上の網膜組織を含む細胞凝集体も容易に認められることが分かる。また、網膜組織を含む細胞凝集体のうち、長軸の直径が大きなものは3.0mm近く(2.93mm)に達することが分かる。
【発明を実施するための形態】
【0010】
1.定義
本明細書において、「幹細胞」とは、細胞分裂を経ても同じ分化能を維持する、増殖能(特に自己複製能)を有する未分化な細胞を意味する。幹細胞には、分化能力に応じて、多能性幹細胞(pluripotent stem cell)、複能性幹細胞(multipotent stem cell)、単能性幹細胞(unipotent stem cell)等の亜集団が含まれる。多能性幹細胞とは、インビトロにおいて培養することが可能で、かつ、三胚葉(外胚葉、中胚葉、内胚葉)に属する細胞系列すべてに分化し得る能力(分化多能性(pluripotency))を有する幹細胞をいう。複能性幹細胞とは、全ての種類ではないが、複数種の組織や細胞へ分化し得る能力を有する幹細胞を意味する。単能性幹細胞とは、特定の組織や細胞へ分化し得る能力を有する幹細胞を意味する。
【0011】
多能性幹細胞は、受精卵、クローン胚、生殖幹細胞、組織内幹細胞等から誘導することができる。多能性幹細胞としては、胚性幹細胞(ES細胞:Embryonic stem cell)、EG細胞(Embryonic germ cell)、人工多能性幹細胞(iPS細胞:induced pluripotent stem cell)等を挙げることが出来る。
胚性幹細胞は、1981年に初めて樹立され、1989年以降ノックアウトマウス作製にも応用されている。1998年にはヒト胚性幹細胞が樹立されており、再生医学にも利用されつつある。ES細胞は、内部細胞塊をフィーダー細胞上又はLIFを含む培地中で培養することにより製造することが出来る。ES細胞の製造方法は、例えば、WO96/22362、WO02/101057、US5,843,780、US6,200,806、US6,280,718等に記載されている。胚性幹細胞は、所定の機関より入手でき、また、市販品を購入することもできる。例えば、ヒト胚性幹細胞であるKhES-1、KhES-2及びKhES-3は、京都大学再生医科学研究所より入手可能である。いずれもマウス胚性幹細胞である、EB5細胞は国立研究開発法人理化学研究所より、D3株はATCCより、入手可能である。
ES細胞の一つである核移植ES細胞(ntES細胞)は、細胞株を取り除いた卵子に体細胞の細胞核を移植して作ったクローン胚から樹立することができる。
【0012】
本発明における「人工多能性幹細胞」(iPS細胞ともいう)とは、体細胞を、公知の方法等により初期化(reprogramming)することにより、多能性を誘導した細胞である。具体的には、線維芽細胞や末梢血単核球等分化した体細胞をOct3/4、Sox2、Klf4、Myc(c-Myc、N-Myc、L-Myc)、Glis1、Nanog、Sall4、lin28、Esrrb等を含む初期化遺伝子群から選ばれる複数の遺伝子の組合せのいずれかの発現により初期化して多分化能を誘導した細胞が挙げられる。好ましい、初期化因子の組み合わせとしては、(1)Oct3/4、Sox2、Klf4、及びMyc(c-Myc又はL-Myc)、(2)Oct3/4、Sox2、Klf4、Lin28及びL-Myc(Stem Cells, 2013;31:458-466))等を挙げることができる。
人工多能性幹細胞は、2006年、山中らによりマウス細胞で樹立された(Cell, 2006, 126(4) pp.663-676)。人工多能性幹細胞は、2007年にヒト線維芽細胞でも樹立され、胚性幹細胞と同様に多能性と自己複製能を有する(Cell, 2007, 131(5) pp.861-872;Science, 2007, 318(5858) pp.1917-1920;Nat. Biotechnol., 2008, 26(1) pp.101-106)。人工多能性幹細胞の誘導方法についてはその後も様々な改良が行われている(例えば、マウスiPS細胞:Cell. 2006 Aug 25;126(4):663-76、ヒトiPS細胞: Cell. 2007 Nov 30;131(5):861-72)。
遺伝子発現による直接初期化で人工多能性幹細胞を製造する方法以外に、化合物の添加などにより体細胞より人工多能性幹細胞を誘導することもできる(Science, 2013, 341 pp. 651-654)。
また、株化された人工多能性幹細胞を入手する事も可能であり、例えば、京都大学で樹立された201B7細胞、201B7-Ff細胞、253G1細胞、253G4細胞、1201C1細胞、1205D1細胞、1210B2細胞、1231A3細胞、Ff-I01細胞又はQHJI01細胞等のヒト人工多能性細胞株が、国立大学法人京都大学より入手可能である。
【0013】
人工多能性幹細胞を製造する際に用いられる体細胞としては、特に限定は無いが、組織由来の線維芽細胞、血球系細胞(例えば、末梢血単核球やT細胞)、肝細胞、膵臓細胞、腸上皮細胞、平滑筋細胞等が挙げられる。線維芽細胞としては、真皮由来のもの等が挙げられる。
【0014】
人工多能性幹細胞を製造する際に、数種類の遺伝子の発現により初期化する場合、遺伝子を発現させるための手段は特に限定されない。前記手段としては、ウイルスベクター(例えば、レトロウイルスベクター、レンチウイルスベクター、センダイウイルスベクター、アデノウイルスベクター、アデノ随伴ウイルスベクター)を用いた感染法、プラスミドベクター(例えば、プラスミドベクター、エピソーマルベクター)を用いた遺伝子導入法(例えば、リン酸カルシウム法、リポフェクション法、レトロネクチン法、エレクトロポレーション法)、RNAベクターを用いた遺伝子導入法(例えば、リン酸カルシウム法、リポフェクション法、エレクトロポレーション法)、タンパク質の直接注入法等が挙げられる。
本発明に用いられる多能性幹細胞は、好ましくはES細胞又は人工多能性幹細胞であり、より好ましくは人工多能性幹細胞である。
本発明に用いる多能性幹細胞は、好ましくは霊長類(例、ヒト、サル)の多能性幹細胞であり、好ましくはヒト多能性幹細胞である。従って、本発明に用いる多能性幹細胞は、好ましくはヒトES細胞又はヒト人工多能性幹細胞(ヒトiPS細胞)であり、最も好ましくは、ヒト人工多能性幹細胞(ヒトiPS細胞)である。
本発明に用いる幹細胞として、成人の網膜に存在する幹細胞(例えば、体性幹細胞)を採取して用いることもできる。
【0015】
遺伝子改変された多能性幹細胞は、例えば、相同組換え技術を用いることにより作製できる。改変される染色体上の遺伝子としては、例えば、細胞マーカー遺伝子、組織適合性抗原の遺伝子、網膜細胞の障害に基づく疾患関連遺伝子などがあげられる。染色体上の標的遺伝子の改変は、Manipulating the Mouse Embryo,A Laboratory Manual,Second Edition,Cold Spring Harbor Laboratory Press(1994);Gene Targeting,A Practical Approach,IRL Press at Oxford University Press(1993);バイオマニュアルシリーズ8,ジーンターゲッティング,ES細胞を用いた変異マウスの作製,羊土社(1995);等に記載の方法を用いて行うことができる。
【0016】
具体的には、例えば、改変する標的遺伝子(例えば、細胞マーカー遺伝子、組織適合性抗原の遺伝子や疾患関連遺伝子など)を含むゲノムDNAを単離し、単離されたゲノムDNAを用いて標的遺伝子を相同組換えするためのターゲットベクターを作製する。作製されたターゲットベクターを幹細胞に導入し、標的遺伝子とターゲットベクターの間で相同組換えを起こした細胞を選択することにより、染色体上の遺伝子が改変された幹細胞を作製することができる。
【0017】
標的遺伝子を含むゲノムDNAを単離する方法としては、Molecular Cloning,A Laboratory Manual,Second Edition,Cold Spring Harbor Laboratory Press(1989)やCurrent Protocols in Molecular Biology,John Wiley & Sons(1987-1997)等に記載された公知の方法があげられる。ゲノムDNAライブラリースクリーニングシステム(Genome Systems製)やUniversal GenomeWalker Kits(CLONTECH製)などを用いることにより、標的遺伝子を含むゲノムDNAを単離することもできる。ゲノムDNAの代わりに、標的タンパク質をコードするポリヌクレオチドを用いることもできる。当該ポリヌクレオチドは、PCR法で該当するポリヌクレオチドを増幅することにより取得することができる。
【0018】
標的遺伝子を相同組換えするためのターゲットベクターの作製、及び相同組換え体の効率的な選別は、Gene Targeting, A Practical Approach, IRL Press at Oxford University Press(1993);バイオマニュアルシリーズ8,ジーンターゲッティング,ES細胞を用いた変異マウスの作製,羊土社(1995);等に記載の方法にしたがって行うことができる。ターゲットベクターは、リプレースメント型又はインサーション型のいずれでも用いることができる。選別方法としては、ポジティブ選択、プロモーター選択、ネガティブ選択、又はポリA選択などの方法を用いることができる。
選別した細胞株の中から目的とする相同組換え体を選択する方法としては、ゲノムDNAに対するサザンハイブリダイゼーション法やPCR法等があげられる。
【0019】
本発明における「浮遊培養」あるいは「浮遊培養法」とは、細胞または細胞の凝集体が培養液に浮遊して存在する状態を維持しつつ培養すること、及び当該培養を行う方法を言う。すなわち浮遊培養は、細胞または細胞の凝集体を培養器材等に接着させない条件で行われ、培養器材等に接着させる条件で行われる培養(接着培養、あるいは、接着培養法)は、浮遊培養の範疇に含まれない。この場合、細胞が接着するとは、細胞または細胞の凝集体と培養器材の間に、強固な細胞-基質間結合(cell-substratum junction)ができることをいう。より詳細には、浮遊培養とは、細胞または細胞の凝集体と培養器材等との間に強固な細胞-基質間結合を作らせない条件での培養をいい、「接着培養」とは、細胞または細胞の凝集体と培養器材等との間に強固な細胞-基質間結合を作らせる条件での培養をいう。
浮遊培養中の細胞の凝集体では、細胞と細胞が面接着(plane attachment)する。浮遊培養中の細胞の凝集体では、細胞-基質間結合が培養器材等との間にはほとんど形成されないか、あるいは、形成されていてもその寄与が小さい。一部の態様では、浮遊培養中の細胞の凝集体では、内在の細胞-基質間結合が凝集塊の内部に存在するが、細胞-基質間結合が培養器材等との間にはほとんど形成されないか、あるいは、形成されていてもその寄与が小さい。かかる観点から、「浮遊培養」の一形態には、細胞の凝集体を、細胞の凝集体の足場となる細い針状の器材等に固定し、培養液が満たされた器材の中で培養する培養方法等も挙げられる。当該培養方法としては、日本薬学会 第136年会 29AB-pm009で発表された、株式会社サイフューズ製バイオ3Dプリンタ「レジェノバ(登録商標)」を使用する方法等が挙げられる。
細胞と細胞が面接着するとは、細胞と細胞が面で接着することをいう。より詳細には、細胞と細胞が面接着するとは、ある細胞の表面積のうち別の細胞の表面と接着している割合が、例えば、1%以上、好ましくは3%以上、より好ましくは5%以上であることをいう。細胞の表面は、膜を染色する試薬(例えばDiI)による染色や、細胞接着因子(例えば、E-cadherinやN-cadherin)の免疫染色により、観察できる。
【0020】
浮遊培養を行う際に用いられる培養器は、「浮遊培養する」ことが可能なものであれば特に限定されず、当業者であれば適宜決定することが可能である。このような培養器としては、例えば、フラスコ、組織培養用フラスコ、ディッシュ、ペトリデッシュ、組織培養用ディッシュ、マルチディッシュ、マイクロプレート、マイクロウェルプレート、マイクロポア、マルチプレート、マルチウェルプレート、チャンバースライド、シャーレ、チューブ、トレイ、培養バック、スピナーフラスコ又はローラーボトルが挙げられる。これらの培養器は、浮遊培養を可能とするために、細胞非接着性であることが好ましい。細胞非接着性の培養器としては、培養器の表面が、細胞との接着性を向上させる目的で人工的に処理(例えば、基底膜標品、ラミニン、エンタクチン、コラーゲン、ゼラチン等の細胞外マトリクス等、又は、ポリリジン、ポリオルニチン等の高分子等によるコーティング処理、又は、正電荷処理等の表面加工)されていないものなどを使用できる。細胞非接着性の培養器としては、培養器の表面が、細胞との接着性を低下させる目的で人工的に処理(例えば、MPCポリマー等の超親水性処理、タンパク低吸着処理等)されたものなどを使用できる。スピナーフラスコやローラーボトル等を用いて回転培養してもよい。培養器の培養面は、平底でもよいし、凹凸があってもよい。
一方、接着培養を行う際に用いられる培養器としては、培養器の表面が、細胞との接着性を向上させる目的で人工的に処理(例えば、基底膜標品、ラミニン、エンタクチン、コラーゲン、ゼラチン、マトリゲル、シンセマックス、ビトロネクチン等の細胞外マトリクス等、又は、ポリリジン、ポリオルニチン等の高分子等によるコーティング処理、又は、正電荷処理等の表面加工)されたものが挙げられる。
【0021】
本明細書において、細胞の「凝集体」(Aggregate)〔細胞塊又は細胞凝集体(Cell aggregate)〕とは、複数の細胞同士が接着して塊を形成しているものであれば特に限定はなく、培地中に分散していた細胞が集合して形成された塊であっても、細胞培養により形成されたコロニー由来であっても、別の細胞塊から新たに出芽、形成される細胞塊であってもよい。細胞の凝集体には、胚様体(Embryoid body)、スフェア(Sphere)又はスフェロイド(Spheroid)も包含される。好ましくは、細胞の凝集体において、細胞同士は面接着している。一部の態様において、凝集体の一部分あるいは全部において、細胞同士が細胞-細胞間結合(cell-cell junction)又は、細胞接着(cell adhesion)、例えば接着結合(adherence junction)、を形成している場合がある。凝集体には、前記細胞塊から得られる派生物質としての細胞集団も含まれる。
【0022】
「均一な凝集体」とは、複数の凝集体を培養する際に各凝集体の大きさが一定であることを意味し、凝集体の大きさを最大径の長さで評価する場合、均一な凝集体とは、最大径の分散が小さいことを意味する。より具体的には、凝集体の集団全体のうちの75%以上の凝集体が、当該凝集塊の集団における最大径の平均値±100%、好ましくは平均値±50%の範囲内、より好ましくは平均値±20%の範囲内であることを意味する。
【0023】
「均一な凝集体を形成させる」とは、細胞を集合させて細胞の凝集体を形成させ浮遊培養する際に、「一定数の分散した細胞を迅速に凝集」させることで大きさが均一な細胞の凝集体を形成させることをいう。すなわち、多能性幹細胞を迅速に集合させて多能性幹細胞の凝集体を形成させると、形成された凝集体から分化誘導される細胞において上皮様構造を再現性よく形成させることができる。具体的には、無血清培地中で多能性幹細胞を迅速に凝集させて、上皮様構造を有する細胞凝集体を形成することができる(SFEBq法 (Serum-free Floating culture of Embryoid Body-like aggregates with quick reaggregation))。
当該凝集体を形成させる実験的な操作としては、例えば、ウェルの小さなプレート(例えば、ウェルの底面積が平底換算で0.1~2.0 cm2程度のプレート;96ウェルプレート)やマイクロポアなどを用いて小さいスペースに細胞を閉じ込める方法、小さな遠心チューブを用いて短時間遠心することにより細胞を凝集させる方法などが挙げられる。
【0024】
ウェルの小さなプレートとして、例えば24ウェルプレート(面積が平底換算で1.88 cm2程度)、48ウェルプレート(面積が平底換算で1.0 cm2程度)、96ウェルプレート(面積が平底換算で0.35 cm2程度、内径6~8 mm程度)、384ウェルプレートが挙げられる。好ましくは、96ウェルプレートが挙げられる。ウェルの小さなプレートの形状として、ウェルを上から見たときの底面の形状としては、多角形、長方形、楕円、真円が挙げられ、好ましくは真円が挙げられる。ウェルの小さなプレートの形状として、ウェルを横から見たときの底面の形状としては、外周部が高く内凹部が低くくぼんだ構造が好ましく、例えば、U底、V底、μ底が挙げられ、好ましくはU底またはV底、最も好ましくはV底が挙げられる。ウェルの小さなプレートとして、細胞培養皿(例えば、60 mm~150 mmディッシュ、カルチャーフラスコ)の底面に凹凸、又は、くぼみがあるもの(例えばEZSPHERE(旭テクノグラス))を用いてもよい。ウェルの小さなプレートの底面は、細胞非接着性の底面、好ましくは前記細胞非接着性コートした底面を用いるのが好ましい。
【0025】
「分散」とは、細胞や組織を酵素処理や物理処理等の分散処理により、小さな細胞片(2細胞以上100細胞以下、好ましくは50細胞以下)又は単一細胞まで分離させることをいう。一定数の分散した細胞とは、細胞片又は単一細胞を一定数集めたもののことをいう。多能性幹細胞を分散させる方法としては、例えば、機械的分散処理、細胞分散液処理、細胞保護剤添加処理が挙げられる。これらの処理を組み合わせて行ってもよい。好ましくは、細胞分散液処理を行い、次いで機械的分散処理をするとよい。機械的分散処理の方法としては、ピペッティング処理又はスクレーパーでの掻き取り操作が挙げられる。
【0026】
本明細書における「組織」とは、形態や性質が異なる複数種類の細胞が一定のパターンで立体的に配置した構造を有する細胞集団の構造体をさす。
本明細書における「網膜組織」とは、生体網膜において各網膜層を構成する視細胞、水平細胞、双極細胞、アマクリン細胞、神経節細胞、網膜色素上皮細胞、ミューラー細胞、これらの前駆細胞である、神経網膜前駆細胞、または網膜前駆細胞などの網膜細胞が、少なくとも複数種類(ただし、網膜前駆細胞の場合には、その他の網膜細胞を含まない場合がある)、層状で立体的に配列した組織を意味する。それぞれの細胞がいずれの網膜層を構成する細胞であるかは、公知の方法、例えば細胞マーカーの発現の有無若しくはその程度等により確認できる。
本明細書における「網膜組織」としては、多能性幹細胞を分化誘導することにより得られる網膜組織、又は生体由来網膜組織が挙げられる。具体的には、多能性幹細胞から形成される凝集体を適切な分化誘導条件で浮遊培養することにより得られる、前記凝集体の表面に形成された網膜前駆細胞及び/又は神経網膜前駆細胞等を含む上皮組織を有する細胞凝集体もしくはその一部を挙げることができる。
本明細書における「網膜組織を含む細胞凝集体」とは、前記網膜組織を含む細胞凝集体であれば特に限定はない。
【0027】
本明細書における「網膜層」とは、網膜を構成する任意の各層を意味し、具体的には、網膜色素上皮層及び神経網膜層が挙げられ、神経網膜層には外境界膜、視細胞層(外顆粒層)、外網状層、内顆粒層、内網状層、神経節細胞層、神経線維層および内境界膜が含まれる。また、後述する「発生初期段階の網膜組織」から成熟した網膜組織に至るまでの途中段階にある網膜組織においては、神経網膜層は、神経網膜組織中のニューロブラスティックレイヤーと呼ばれる神経網膜前駆細胞を含む層を含んでいる。
本明細書における「網膜前駆細胞(retinal progenitor cell)」とは、視細胞、水平細胞、双極細胞、アマクリン細胞、神経節細胞、網膜色素上皮細胞、ミューラー細胞を含む、網膜組織を構成するいずれの成熟な網膜細胞にも分化しうる前駆細胞をいう。
本明細書における「神経網膜前駆細胞(neural retinal progenitor)」とは、眼杯(optic cup)の内層となる運命の細胞であって、網膜色素上皮を含まない神経網膜層(網膜層特異的神経細胞を含む網膜層)を構成するいずれの成熟な細胞にも分化しうる前駆細胞を挙げることができる。
【0028】
視細胞前駆細胞、水平細胞前駆細胞、双極細胞前駆細胞、アマクリン細胞前駆細胞、神経節細胞前駆細胞、網膜色素上皮前駆細胞とは、それぞれ、視細胞、水平細胞、双極細胞、アマクリン細胞、神経節細胞、網膜色素上皮細胞への分化が決定付けられている前駆細胞をいう。ただし、分化段階は連続的であり、例えば視細胞前駆細胞から視細胞へ分化段階が移行する境界を明確に区別することは困難である。そこで、本明細書において、視細胞、水平細胞、双極細胞、アマクリン細胞、神経節細胞、又は網膜色素上皮細胞等という場合、それぞれの前駆細胞を含んでいてもよい。逆に、視細胞前駆細胞、水平細胞前駆細胞、双極細胞前駆細胞、アマクリン細胞前駆細胞、神経節細胞前駆細胞、又は網膜色素上皮細胞前駆細胞等という場合、それぞれが分化した細胞、即ち、視細胞、水平細胞、双極細胞、アマクリン細胞、神経節細胞、又は網膜色素上皮細胞等を含んでいても良い。
【0029】
本明細書における「網膜層特異的神経細胞」とは、網膜層を構成する細胞であって網膜層に特異的な神経細胞を意味する。網膜層特異的神経細胞としては、双極細胞、神経節細胞、アマクリン細胞、水平細胞、視細胞が挙げられ、視細胞としては、桿体視細胞(Rod photoreceptor cell)及び錐体視細胞(Cone photoreceptor cell)等を挙げることができる。また、錐体視細胞としては、S-opsinを発現し青色光を受容するS錐体視細胞、L-opsinを発現し赤色光を受容するL錐体視細胞、及びM-opsinを発現し緑色光を受容するM錐体視細胞を挙げることができる。
本明細書における「網膜細胞」とは、上述の網膜色素上皮細胞、ミューラー細胞、視細胞、水平細胞、双極細胞、アマクリン細胞、神経節細胞及びこれらの前駆細胞、網膜前駆細胞、神経網膜前駆細胞、並びに網膜層特異的神経細胞及び網膜層特異的神経細胞の前駆細胞等を包含する概念である。
【0030】
上述の網膜組織を構成する細胞は、それぞれに発現するもしくは発現しない網膜細胞マーカーを指標として検出もしくは同定することができる。
網膜細胞マーカーとしては、網膜細胞において優位に発現している遺伝子・タンパク質が挙げられ、それぞれの細胞毎に、以下のとおり例示することができる。あるいは、網膜細胞以外で優位に発現している遺伝子・タンパク質をネガティブマーカーとして用いることもできる。
網膜前駆細胞、神経網膜前駆細胞、視細胞前駆細胞等の網膜細胞のネガティブマーカーとしては、視床下部ニューロンの前駆細胞では発現し網膜前駆細胞では発現しないNKX2.1、視床下部神経上皮で発現し網膜では発現しないSOX1等が挙げられる。
網膜前駆細胞のマーカーとしては、RX(RAXとも言う)及びPAX6が挙げられる。
神経網膜前駆細胞のマーカーとしては、RX、PAX6及びCHX10が挙げられる。
網膜層特異的神経細胞のマーカーとしては、双極細胞で強発現するCHX10、双極細胞で発現するPKCα、Goα、VSX1及びL7、神経節細胞で発現するTUJ1及びBRN3、アマクリン細胞で発現するCalretinin及びHPC-1、水平細胞で発現するCalbindin、LIM1等が挙げられる。
また、視細胞前駆細胞及び視細胞で発現するマーカーとしては、CRX、リカバリン(Recoverin)、BLIMP1及びOTX2等が挙げられる。更に、桿体視細胞及び桿体視細胞前駆細胞で発現するマーカーとして、NRL、ロドプシン(Rhodopsin)等が挙げられる。従って、例えばCRX陽性細胞がNRL陽性であることを指標にして、桿体視細胞及び桿体視細胞前駆細胞を同定することができる。錐体視細胞、錐体視細胞前駆細胞及び神経節細胞で発現するマーカーとして、RXR-γが挙げられる。また、錐体視細胞及び錐体視細胞前駆細胞で発現するマーカーとして、TRβ2、又はTRβ1が挙げられる。例えば、錐体視細胞前駆細胞は、TRβ2及びCRX、又はTRβ1及びCRXを共発現していることを指標に同定することができる。また、錐体視細胞前駆細胞はRXR-γ及びCRXを共発現し、NRLを発現していないことを指標に同定することもできる。
また、OC1(ONECUT1/HNF6)及びOC2(ONECUT2)は、錐体視細胞前駆細胞の分化に必要であり、分化の際一過的に発現する因子である。また、神経節細胞の一部、水平細胞、一部のアマクリン細胞でも発現する。例えば、OC1及びOC2を発現する錐体視細胞前駆細胞又は錐体視細胞及び水平細胞の前駆細胞から錐体視細胞前駆細胞又は錐体視細胞及び水平細胞へ分化する際、錐体視細胞前駆細胞又は錐体視細胞ではOC1及びOC2の発現が低下するのに対し、水平細胞ではOC1及びOC2の発現が上昇する。従って、その発現量又は割合を測定することにより、錐体視細胞前駆細胞の分化効率を判定することができる。
また、錐体視細胞及び錐体視細胞前駆細胞が誘導され、桿体視細胞前駆細胞が出現する前の段階の網膜組織であることは、CRX陽性細胞がNRL陰性かつTRβ2陽性であること、又はNRL陰性かつRXR-γ陽性であることを指標に確認することができる。OTX2は視細胞前駆細胞及び視細胞の他、双極細胞でも発現するマーカーであるが、神経網膜組織に含まれるOTX2陽性細胞が、CHX10陰性で、かつNRL陰性であれば、錐体視細胞前駆細胞及び錐体視細胞のマーカーとして利用できる。一方、神経網膜組織に含まれるOTX2陽性のうち、NRL陽性細胞は、桿体視細胞前駆細胞及び桿体視細胞として同定できる。
更に、S錐体視細胞のマーカーとしてS-opsin、L錐体視細胞のマーカーとしてL-opsin、及びM錐体視細胞のマーカーとしてM-opsinをそれぞれ挙げることができる。
水平細胞、アマクリン細胞及び神経節細胞で共通して発現するマーカーとして、PAX6などが挙げられる。
その他、網膜組織に含まれる網膜細胞のマーカーとして、網膜色素上皮細胞で発現するRPE65、MITF及びPAX6、ミューラー細胞で発現するCRABP及びCRALBPなどが挙げられる。
【0031】
網膜組織における背側マーカー及び腹側マーカーとは、網膜組織において、それぞれ背側及び腹側に相当する組織で発現する遺伝子・タンパク質を意味する。
背側マーカーとしては、網膜組織のうち、神経網膜組織の背側化領域で発現するTBX5、TBX3、TBX2、COUP-TF II、CYP26A1、CYP26C1及びALDH1A1等のマーカーが挙げられる。このうち、COUP-TF IIは、「最も背側のマーカー」に分類することができ、ALDH1A1も当該領域に近づくにつれ、その発現量が高まる因子である。また、腹側マーカーとしては、神経網膜組織の腹側領域で発現するVAX2、COUP-TF I及びALDH1A3等のマーカーが挙げられる。
【0032】
本明細書における「無血清培地」とは、無調整又は未精製の血清を含まない培地を意味する。本明細書では、精製された血液由来成分や動物組織由来成分(例えば、増殖因子)が混入している培地も、無調整又は未精製の血清を含まない限り無血清培地に含まれる。
本明細書における「無血清条件」とは、無調整又は未精製の血清を含まない条件、具体的には、無血清培地を使用する条件を意味する。
ここで無血清培地は、血清代替物を含有していてもよい。血清代替物としては、例えば、アルブミン、トランスフェリン、脂肪酸、コラーゲン前駆体、微量元素、2-メルカプトエタノール又は3’チオールグリセロール、あるいはこれらの均等物などを適宜含有するものを挙げることができる。かかる血清代替物は、例えば、WO98/30679に記載の方法により調製することができる。血清代替物として市販品を利用してもよい。かかる市販の血清代替物としては、例えば、KnockoutTM Serum Replacement(Life Technologies社製:以下、KSRと記すこともある。)、Chemically-defined Lipid concentrated(Life Technologies社製)、GlutamaxTM(Life Technologies社製)、B27(Life Technologies社製)、N2(Life Technologies社製)が挙げられる。
また、無血清培地は、適宜、脂肪酸又は脂質、アミノ酸(例えば、非必須アミノ酸)、ビタミン、増殖因子、サイトカイン、抗酸化剤、2-メルカプトエタノール、ピルビン酸、緩衝剤、無機塩類等を含有してもよい。
調製の煩雑さを回避するために、かかる無血清培地として、市販のKSR(ライフテクノロジー(Life Technologies)社製)を適量(例えば、約0.5%から約30%、好ましくは約1%から約20%)添加した無血清培地(例えば、F-12培地とIMDM培地の1:1混合液に10% KSR及び450μM 1-モノチオグリセロールを添加した培地)を使用してもよい。また、KSR同等品として特表2001-508302に開示された培地が挙げられる。
【0033】
本明細書における「血清培地」とは、無調整又は未精製の血清を含む培地を意味する。当該培地は、脂肪酸又は脂質、アミノ酸(例えば、非必須アミノ酸)、ビタミン、増殖因子、サイトカイン、抗酸化剤、2-メルカプトエタノール、1-モノチオグリセロール、ピルビン酸、緩衝剤、無機塩類等を含有してもよい。また、本発明により製造された網膜細胞又は網膜組織を維持する工程において、血清培地を使用することができる(Cell Stem Cell, 10(6), 771-775 (2012))。
【0034】
前記無血清培地又は血清培地に、既知の増殖因子、タンパク質、増殖を促進する添加剤や化学物質等を添加してもよい。既知の増殖因子、タンパク質としては、EGF、FGF、IGF、insulin等を挙げることができる。増殖を促進する添加剤として、N2 supplement(N2, Invitrogen社)、B27 supplement(Invitrogen社)等を挙げることができる。増殖を促進する化学物質としては、レチノイド類(例えば、レチノイン酸またはその誘導体)、タウリン、グルタミン等を挙げることができる。
本明細書において、「ゼノフリー」とは、培養対象の細胞の生物種とは異なる生物種由来の成分が排除された条件を意味する。
【0035】
本発明において、「物質Xを含む培地」「物質Xの存在下」とは、外来性(exogenous)の物質Xが添加された培地または外来性の物質Xを含む培地、又は外来性の物質Xの存在下を意味する。すなわち、当該培地中に存在する細胞または組織が当該物質Xを内在的(endogenous)に発現、分泌もしくは産生する場合、内在的な物質Xは外来性の物質Xとは区別され、外来性の物質Xを含んでいない培地は内在的な物質Xを含んでいても「物質Xを含む培地」の範疇には該当しないと解する。
【0036】
例えば、「甲状腺ホルモンシグナル伝達経路作用物質を含む培地」とは、外来性の甲状腺ホルモンシグナル伝達経路作用物質が添加された培地または外来性の甲状腺ホルモンシグナル伝達経路作用物質を含む培地であり、「甲状腺ホルモンシグナル伝達経路作用物質の存在下」とは、外来性の甲状腺ホルモンシグナル伝達経路作用物質の存在下を意味する。また、「BMPシグナル伝達経路阻害物質を含まない培地」とは、外来性のBMPシグナル伝達経路阻害物質が添加されていない培地または外来性のBMPシグナル伝達経路阻害物質を含まない培地である。
【0037】
本明細書において、甲状腺ホルモンシグナル伝達経路作用物質とは、甲状腺ホルモンにより媒介されるシグナル伝達を増強し得る物質であり、甲状腺ホルモンシグナル伝達経路を増強し得るものであれば特に限定はない。甲状腺ホルモンシグナル伝達経路作用物質としては、例えば、トリヨードサイロニン(以下、T3と略すことがある)、サイロキシン(以下、T4と略すことがある)、甲状腺ホルモン受容体(好ましくはTRβ受容体)アゴニスト等が挙げられる。
【0038】
また、当業者に周知の甲状腺ホルモン受容体アゴニストとして、国際公開第97/21993号パンフレット、国際公開第2004/066929号パンフレット、国際公開第2004/093799号、国際公開第2000/039077号パンフレット、国際公開第2001/098256号パンフレット、国際公開第2003/018515号パンフレット 国際公開第2003/084915号パンフレット 国際公開第2002/094319号パンフレット 国際公開第2003/064369号パンフレット 特開2002-053564号公報 特開2002-370978号公報、特開2000-256190号公報、国際公開第2007/132475号パンフレット、国際公開第2007/009913号パンフレット、国際公開第2003/094845号パンフレット、国際公開第2002/051805号パンフレット又は国際公開第2010/122980号パンフレットに記載のジフェニルメタン誘導体、ジアリールエーテル誘導体、ピリダジン誘導体、ピリジン誘導体もしくはインドール誘導体等の化合物を挙げることができる。
【0039】
2.発生初期段階の網膜組織の製造
本明細書において、「発生初期段階」とは、網膜前駆細胞は出現しているが、神経節細胞が出現していない段階を意味する。この段階では、神経網膜前駆細胞が出現していてもよい。
すなわち、当該段階においては、RX(RAX)陽性及びPAX6陽性(更にCHX10陽性細胞であってもよい)の細胞が含まれ、TUJ1陽性細胞、BRN3陽性細胞、及びTUJ1、BRN3及びPAX6の少なくとも2種類のマーカーが陽性である細胞は含まれない。「発生初期段階の網膜組織」は網膜前駆細胞及び/又は神経網膜前駆細胞、すなわち視細胞及び神経節細胞に分化し得る細胞が含まれ、神経節細胞が含まれていなければ特に制限はなく、毛様体周縁部構造体を含んでいてもよい。
発生初期段階の網膜組織は、例えば後述する原料製造方法5~7に準じて製造する場合には浮遊培養開始後22日目(d22)~33日目(d33)に相当し、原料製造方法1~4に準じて製造する場合には、浮遊培養開始後12日目(d12)~27日目(d27)に相当する。
「発生初期段階の網膜組織」は、網膜前駆細胞マーカー、神経網膜前駆細胞マーカー及び神経節細胞マーカーの発現状況を確認することにより同定することができる。
発生初期段階の網膜組織には、「眼胞」に相当するもの、又は眼胞からやや分化が進行した、RX陽性、PAX6陽性及びCHX10陽性である神経網膜前駆細胞を含みかつ神経節細胞が存在しない「眼杯の最初期」の網膜組織が包含される。
発生初期段階の網膜組織としては、多能性幹細胞から分化誘導された、網膜前駆細胞または神経網膜前駆細胞を含み、かつ神経節細胞が出現していない分化段階にある網膜組織が挙げられる。更に、発生初期段階の網膜組織は、視細胞もしくは神経細胞に分化し得る細胞を含み得る。発生初期段階の網膜組織を製造する方法に特に限定はなく、また、浮遊培養・接着培養のどちらの培養方法であってもよい。
具体的には、ES細胞もしくはiPS細胞等の多能性幹細胞からSFEBq法(Nat Commun. 6:6286 (2015)を参照)にて調製された凝集体(細胞塊)をBMP4等の分化誘導剤の存在下に浮遊培養することにより得られる、網膜前駆細胞または神経網膜前駆細胞を含む凝集体が挙げられる。
また、発生初期段階の網膜組織は、神経上皮細胞を含む細胞集団から誘導される細胞であってもよく、前記細胞集団は、ES細胞もしくはiPS細胞等の多能性幹細胞から分化誘導するか、成人の網膜に存在する幹細胞を採取しこれを分化誘導して得ることもできる。
【0040】
発生初期段階の網膜組織は、具体的には、網膜前駆細胞マーカー陽性(好ましくは、RX陽性かつPAX6陽性)の網膜前駆細胞、または神経網膜前駆細胞マーカー陽性(好ましくは、CHX10陽性かつPAX6陽性かつRX陽性)の神経網膜前駆細胞を網膜組織に含まれる全細胞数の30%以上、好ましくは50%以上、より好ましくは80%以上、更に好ましくは90%以上、更により好ましくは99%以上含む網膜組織であり、神経節細胞マーカー陽性(好ましくは、BRN3陽性)の神経節細胞の割合が全細胞数の40%以下、好ましくは20%以下、10%以下、5%以下、より好ましくは1%以下、更に好ましくは0.1%以下、更により好ましくは0.01%以下の網膜組織である。
【0041】
発生初期段階の網膜組織をヒトiPS細胞等の多能性幹細胞から製造する方法について説明する。
ヒトiPS細胞等の多能性幹細胞は、上述のとおり当業者に周知の方法で入手又は製造し、維持培養及び拡大培養に付すことができる。多能性幹細胞の維持培養・拡大培養は浮遊培養でも接着培養でも実施することができるが、好ましくは接着培養で実施される。多能性幹細胞の維持培養・拡大培養は、フィーダー細胞存在下で実施してもよいしフィーダー細胞非存在下(フィーダーフリー)で実施してもよいが、好ましくはフィーダー細胞非存在下で実施される。
【0042】
維持培養された多能性幹細胞を用いて、当業者に周知の方法で、発生初期段階の網膜組織を製造することができる。当該方法としては、WO2013/077425(& US2014/341864)、WO2015/025967(& US2016/251616)、WO2016/063985、WO2016/063986及びWO2017/183732に記載された方法等を挙げることができる。また、当該方法として非特許文献:Proc Natl Acad Sci U S A. 111(23): 8518-8523(2014)、Nat Commun. 5:4047(2014)、Stem Cells. (2017):35(5), 1176-1188等に記載された方法等を挙げることができる。
【0043】
2-1. 原料製造方法1
発生初期段階の網膜組織を製造する好ましい一態様として、WO2015/025967に記載の、以下の工程を含む方法が挙げられる:
(1)多能性幹細胞を無血清培地中で浮遊培養することにより細胞の凝集体を形成させる第一工程、
(2)第一工程で形成された凝集体を、SHHシグナル伝達経路作用物質を含まずBMPシグナル伝達経路作用物質を含む無血清培地又は血清培地中で浮遊培養し、網膜前駆細胞または神経網膜前駆細胞を含む凝集体を得る第二工程。
当該方法で得られる網膜前駆細胞または神経網膜前駆細胞を含む凝集体は、本発明の方法で使用される出発物質となる発生初期段階の網膜組織として用いることができる。
【0044】
〔第一工程について〕
第一工程はWO2015/025967 (& US2014/341864)に記載の方法に準じて行うことができる。すなわち、第一工程では、多能性幹細胞を無血清培地中で浮遊培養することにより細胞の凝集体を形成させる。
第一工程において用いられる無血清培地は、上述したようなものである限り特に限定されない。例えば、BMPシグナル伝達経路作用物質及びWntシグナル伝達経路阻害物質がいずれも添加されていない無血清培地を使用することができる。調製の煩雑さを回避するには、例えば、市販のKSR等の血清代替物を適量添加した無血清培地(例えば、IMDMとF-12の1:1の混合液に10%KSR、450μM 1-モノチオグリセロール及び1x Chemically Defined Lipid Concentrateが添加された培地)を使用することが好ましい。血清代替物として、無血清培地に、牛血清アルブミン(BSA)を0.1 mg/mL~20 mg/mL、好ましくは4 mg/mL~6 mg/mL程度の濃度で添加することもできる。また、無血清培地へのKSRの添加量としては、例えばヒトES細胞もしくはヒトiPS細胞の場合は、通常約1%~約20%であり、好ましくは約2%~約20%である。
第一工程における培養温度、CO2濃度等の培養条件は適宜設定できる。培養温度は、例えば約30℃から約40℃、好ましくは約37℃である。CO2濃度は、例えば約1%から約10%、好ましくは約5%である。
第一工程において用いられ得る多能性幹細胞の濃度は、多能性幹細胞の凝集体をより均一に、効率的に形成させるように適宜設定することができる。例えば96ウェルプレートを用いてヒトES細胞を浮遊培養する場合、1ウェルあたり約1×103から約1×105細胞、好ましくは約3×103から約5×104細胞、より好ましくは約5×103~約3×104細胞、更により好ましくは約0.9×104~1.2×104細胞となるように調製した液をウェルに添加し、プレートを静置して凝集体を形成させる。
凝集体を形成させるために必要な浮遊培養の時間は、用いる多能性幹細胞によって適宜決定可能であるが、均一な凝集体を形成するためにはできる限り短時間であることが望ましい(例えば、SFEBq法)。分散された細胞が、細胞凝集体が形成されるに至るまでの工程は、細胞が集合する工程、及び集合した細胞が細胞凝集体を形成する工程に分けられる。分散された細胞を播種する時点(すなわち浮遊培養開始時)から細胞が集合するまでは、例えば、ヒトES細胞もしくはヒトiPS細胞の場合には、好ましくは約24時間以内、より好ましくは約12時間以内に凝集体を形成させる。分散された細胞を播種する時点(すなわち浮遊培養開始時)から細胞凝集体が形成されるまでの時間は、例えば、ヒト多能性幹細胞(例、ヒトiPS細胞)の場合には、好ましくは約72時間以内、より好ましくは約48時間以内である。この凝集体形成までの時間は、細胞を凝集させる用具や、遠心条件などを調整することにより適宜調節することが可能である。
細胞の凝集体が形成されたことは、凝集体のサイズおよび細胞数、巨視的形態、組織染色解析による微視的形態およびその均一性、分化および未分化マーカーの発現およびその均一性、分化マーカーの発現制御およびその同期性、分化効率の凝集体間の再現性などに基づき判断することが可能である。
【0045】
〔第二工程について〕
前記第一工程で形成された凝集体を、SHHシグナル伝達経路作用物質を含まずBMPシグナル伝達経路作用物質を含む無血清培地又は血清培地中で浮遊培養し、発生初期段階の網膜組織として網膜前駆細胞または神経網膜前駆細胞を含む凝集体を得る第二工程について説明する。
第二工程において用いられる培地は、例えば、SHHシグナル伝達経路作用物質が添加されておらずBMPシグナル伝達経路作用物質が添加された無血清培地又は血清培地であり、基底膜標品を添加する必要は無い。かかる培地に用いられる無血清培地又は血清培地は、上述したようなものである限り特に限定されない。調製の煩雑さを回避するには、例えば、市販のKSR等の血清代替物を適量添加した無血清培地(例えば、IMDMとF-12の1:1の混合液に10% KSR、450 μM1-モノチオグリセロール及び1x Chemically Defined Lipid Concentrateが添加された培地)を使用することが好ましい。血清代替物として、無血清培地に、BSAを0.1 mg/mL~20mg/mL、好ましくは4 mg/mL~6 mg/mL程度の濃度で添加することもできる。また、無血清培地へのKSRの添加量としては、例えばヒトES細胞の場合は、通常約1%~約20%であり、好ましくは約2%~約20%である。
【0046】
第二工程で用いられる無血清培地は、第一工程で用いた無血清培地がSHHシグナル伝達経路作用物質を含まない限り、当該培地をそのまま用いることもできるし、新たな無血清培地に置き換えることもできる。第一工程で用いた、BMPシグナル伝達経路物質を含まない無血清培地をそのまま第二工程に用いる場合、BMPシグナル伝達経路作用物質を培地中に添加すればよい。
「SHHシグナル伝達経路作用物質を含まない」培地には、SHHシグナル伝達経路作用物質を実質的に含まない培地、例えば、網膜前駆細胞及び網膜組織への選択的分化に不利な影響を与える程度の濃度のSHHシグナル伝達経路作用物質を含有しない培地が含まれる。
「SHHシグナル伝達経路作用物質が添加されていない」培地には、SHHシグナル伝達経路作用物質が実質的に添加されていない培地、例えば、網膜前駆細胞及び網膜組織への選択的分化に不利な影響を与える程度の濃度のSHHシグナル伝達経路作用物質が添加されていない培地、も含まれる。
【0047】
第二工程で用いられるBMPシグナル伝達経路作用物質としては、例えばBMP2、BMP4もしくはBMP7等のBMP蛋白、GDF7等のGDF蛋白、抗BMP受容体抗体、又は、BMP部分ペプチドなどが挙げられる。BMP2、BMP4及びBMP7は例えばR&D Systemsから、GDF7は例えば和光純薬から入手可能である。BMPシグナル伝達経路作用物質として、好ましくはBMP4を挙げることができる。
第二工程で用いられるBMPシグナル伝達経路作用物質の濃度は、前記第一工程で得られた凝集体に含まれる細胞の、網膜細胞への分化を誘導可能な濃度であればよい。例えばBMP4の場合は、約0.01 nMから約1 μM、好ましくは約0.1 nM~約100 nM、より好ましくは約1 nM~約10 nM、更に好ましくは約1.5 nM (55 ng/mL)の濃度となるように培地に添加する。BMP4以外のBMPシグナル伝達経路作用物質を用いる場合には、上記BMP4の濃度と同等のBMPシグナル伝達経路活性化作用を奏する濃度で用いられることが望ましい。
BMPシグナル伝達経路作用物質は、第一工程の浮遊培養開始から約24時間後以降に添加されていればよく、第一工程の浮遊培養開始後数日以内(例えば、15日以内)に培地に添加してもよい。好ましくは、BMPシグナル伝達経路作用物質は、浮遊培養開始後1~15日目、より好ましくは1~9日目、更に好ましくは2~9日目、更に好ましくは3~8日目、より更に好ましくは3~6日目、更により好ましくは6日目に培地に添加する。
BMPシグナル伝達経路作用物質が培地に添加され、第一工程で得られた凝集体に含まれる細胞の網膜細胞への分化誘導が開始された後は、更にBMPシグナル伝達経路作用物質を培地に添加する必要は無く、BMPシグナル伝達経路作用物質を含まない無血清培地又は血清培地を用いて培地交換を行ってよい。
あるいは、培地中のBMPシグナル伝達経路作用物質の濃度は、第二工程の期間中変動させてもよい。例えば、第二工程の開始時において、BMPシグナル伝達経路作用物質を上記範囲とし、2~4日につき、40~60%減の割合で、徐々に又は段階的に該濃度を低下させてもよい。
具体的な態様として、浮遊培養開始後(すなわち前記第一工程の開始後)1~9日目、好ましくは2~9日目、更に好ましくは3~8日目、より更に好ましくは3~6日目に、培地の一部又は全部をBMP4を含む培地に交換し、BMP4の終濃度を約1~10 nMに調整し、BMP4の存在下で例えば1~16日間、好ましくは、2~9日間、更に好ましくは6~9日間培養することができる。また、より長期間、具体的には20日以上、30日以上培養することも可能である。すなわち、第二工程において、BMPシグナル伝達経路作用物質の存在下で行われる培養は、第一工程で得られた凝集体が発生初期段階の網膜組織へと分化誘導されるまでの期間適宜続けられ、具体的には、BMPシグナル伝達経路作用物質を添加後6~12日間で発生初期段階の網膜組織を得ることができる。
ここにおいて、BMP4の濃度を同一濃度に維持すべく、1もしくは2回程度培地の一部又は全部をBMP4を含む培地に交換することができる。又は前述のとおり、BMP4の濃度を段階的に減じることもできる。
一態様において、BMPシグナル伝達経路作用物質を含む培地での培養を開始後、BMPシグナル伝達経路作用物質を含まない無血清培地又は血清培地による培地交換により、培地中のBMPシグナル伝達経路作用物質の濃度を、2~4日につき、40~60%減の割合で、徐々に又は段階的に低下させることができる。
発生初期段階の網膜組織へと分化誘導されたことは、例えば、該組織中の細胞における網膜前駆細胞マーカーや神経網膜前駆細胞マーカーの発現を検出することにより確認することができる。GFP等の蛍光レポータータンパク質遺伝子がRX遺伝子座へノックインされた多能性幹細胞を用いて第一工程により形成された凝集体を、網膜細胞への分化誘導に必要な濃度のBMPシグナル伝達経路作用物質の存在下に浮遊培養し、発現した蛍光レポータータンパク質から発せられる蛍光を検出することにより、網膜細胞への分化誘導が開始された時期を確認することもできる。
第二工程の実施態様の一つとして、第一工程で形成された凝集体を、網膜前駆細胞マーカーや神経網膜前駆細胞マーカー(例、RX、PAX6、CHX10)を発現する細胞が出現し始めるまでの間、網膜細胞への分化誘導に必要な濃度のBMPシグナル伝達経路作用物質を含みSHHシグナル伝達経路作用物質を含まない無血清培地又は血清培地中で浮遊培養し、発生初期段階の網膜組織として網膜前駆細胞または神経網膜前駆細胞を含む凝集体を得る工程、を挙げることができる。
【0048】
第二工程において、培地交換操作を行う場合、例えば、元ある培地を捨てずに新しい培地を加える操作(培地添加操作)、元ある培地を半量程度(元ある培地の体積量の40~80%程度)捨てて新しい培地を半量程度(元ある培地の体積量の40~80%)加える操作(半量培地交換操作)、元ある培地を全量程度(元ある培地の体積量の90%以上)捨てて新しい培地を全量程度(元ある培地の体積量の90%以上)加える操作(全量培地交換操作)が挙げられる。
ある時点で特定の成分(例えば、BMP4)を添加する場合、例えば、終濃度を計算した上で、元ある培地を半量程度捨てて、特定の成分を終濃度よりも高い濃度(具体的には終濃度の1.5~3.0倍、例えば終濃度の約2倍の濃度)で含む新しい培地を半量程度加える操作(半量培地交換操作、半量培地交換)を行ってもよい。
ある時点で、元の培地に含まれる特定の成分の濃度を維持する場合、例えば元ある培地を半量程度捨てて、元の培地に含まれる濃度と同じ濃度の特定の成分を含む新しい培地を半量程度加える操作を行ってもよい。
ある時点で、元の培地に含まれる成分を希釈して濃度を下げる場合、例えば、培地交換操作を、1日に複数回、好ましくは1時間以内に複数回(例えば2~3回)行ってもよい。また、ある時点で、元の培地に含まれる成分を希釈して濃度を下げる場合、細胞または凝集体を別の培養容器に移してもよい。
培地交換操作に用いる道具は特に限定されないが、例えば、ピペッター、マイクロピペット、マルチチャネルマイクロピペット、連続分注器などが挙げられる。例えば、培養容器として96ウェルプレートを用いる場合、マルチチャネルマイクロピペットを使ってもよい。
好ましい態様において、第二工程で用いられる培地中のSHHシグナル伝達経路作用物質の濃度は、SAGのSHHシグナル伝達促進活性換算で700 nM以下、好ましくは300 nM以下、より好ましくは10 nM以下、更に好ましくは0.1 nM以下、更に好ましくは、SHHシグナル伝達経路作用物質を含まない。「SHHシグナル伝達経路作用物質を含まない」培地には、SHHシグナル伝達経路作用物質を実質的に含まない培地、例えば、網膜前駆細胞及び網膜組織への選択的分化に不利な影響を与える程度の濃度のSHHシグナル伝達経路作用物質を含有しない培地も含まれる。「SHHシグナル伝達経路作用物質が添加されていない」培地には、SHHシグナル伝達経路作用物質が実質的に添加されていない培地、例えば、網膜前駆細胞及び網膜組織への選択的分化に不利な影響を与える程度の濃度のSHHシグナル伝達経路作用物質が添加されていない培地も含まれる。
【0049】
第二工程における培養温度、CO2濃度等の培養条件は適宜設定できる。培養温度は、例えば約30℃から約40℃、好ましくは約37℃である。またCO2濃度は、例えば約1%から約10%、好ましくは約5%である。
かかる培養により、第一工程で得られた凝集体を形成する細胞から発生初期段階の網膜組織への分化が誘導され得る。発生初期段階の網膜組織として、網膜前駆細胞または神経網膜前駆細胞を含む凝集体が得られたことは、例えば、網膜前駆細胞のマーカーであるRX、PAX6、又は神経網膜前駆細胞のマーカーであるRX、PAX6、CHX10を発現する細胞が凝集体に含まれていることを検出することにより確認することができる。
第二工程の実施態様の一つとして、第一工程で形成された凝集体を、RX遺伝子を発現する細胞が出現し始めるまでの間、網膜細胞への分化誘導に必要な濃度のBMPシグナル伝達経路作用物質を含む無血清培地又は血清培地中で浮遊培養し、網膜前駆細胞または神経網膜前駆細胞を含む凝集体を得る工程、を挙げることができる。一態様において、凝集体に含まれる細胞の20%以上(好ましくは、30%以上、40%以上、50%以上、60%以上、80%以上)が、RXを発現する状態となるまで、第二工程の培養が実施される。
【0050】
上記の方法で得られた凝集体は、SHHシグナル伝達経路作用物質、BMPシグナル伝達経路作用物質及びWntシグナル伝達経路作用物質のいずれをも含まない無血清培地又は血清培地中で浮遊培養した後に本発明の製造方法の原料となる発生初期段階の網膜組織として使用することができる。該浮遊培養の期間は神経節細胞が出現する迄の期間であれば特に限定されないが、1日~50日間、好ましくは1日~15日間、より好ましくは1日~7日間が挙げられる。
前記浮遊培養において用いられる培地は、例えば、SHHシグナル伝達経路作用物質、BMPシグナル伝達経路作用物質及びWntシグナル伝達経路作用物質のいずれもが添加されていない無血清培地又は血清培地である。
「SHHシグナル伝達経路作用物質、BMPシグナル伝達経路作用物質及びWntシグナル伝達経路作用物質のいずれをも含まない」培地には、SHHシグナル伝達経路作用物質、BMPシグナル伝達経路作用物質及びWntシグナル伝達経路作用物質のいずれをも実質的に含まない培地、例えば、網膜組織への選択的分化に不利な影響を与える程度の濃度のSHHシグナル伝達経路作用物質、BMPシグナル伝達経路作用物質及びWntシグナル伝達経路作用物質を含有しない培地、も含まれる。
「SHHシグナル伝達経路作用物質、BMPシグナル伝達経路作用物質及びWntシグナル伝達経路作用物質のいずれもが添加されていない」培地には、SHHシグナル伝達経路作用物質、BMPシグナル伝達経路作用物質及びWntシグナル伝達経路作用物質のいずれもが実質的に添加されていない培地、例えば、網膜組織への選択的分化に不利な影響を与える程度の濃度のSHHシグナル伝達経路作用物質、BMPシグナル伝達経路作用物質及びWntシグナル伝達経路作用物質が添加されていない培地、も含まれる。
【0051】
かかる培地に用いられる無血清培地又は血清培地は、上述したようなものである限り特に限定されない。調製の煩雑さを回避するには、例えば、市販のKSR等の血清代替物を適量添加した無血清培地(例えば、IMDMとF-12の1:1の混合液に10%KSR、450 μM 1-モノチオグリセロール及び1x Chemically Defined Lipid Concentrateが添加された培地)を使用することが好ましい。無血清培地には、牛血清アルブミン(BSA)を0.1 mg/mL - 20 mg/mL、好ましくは4 mg/mL - 6 mg/mLで添加することもできる。また、無血清培地へのKSRの添加量としては、例えばヒトES細胞の場合は、通常約1%から約20%であり、好ましくは約2%から約20%である。また、血清培地調製の煩雑さを回避するには、市販の血清を適量添加した血清培地(例えば、DMEMとF-12の1:1の混合液に血清、N2 supplementが添加された培地)を使用することがより好ましい。血清培地への血清の添加量としては、例えばヒトES細胞の場合は、通常約1%~約20%であり、好ましくは約2%~約20%である。上記培地にはいずれもタウリン等を添加して用いてもよい。
培養温度、CO2濃度、O2濃度等の培養条件は適宜設定できる。培養温度は、例えば約30℃~約40℃、好ましくは約37℃である。CO2濃度は、例えば約1%~約10%、好ましくは約5%である。O2濃度は、約5%以上、例えば約20%~約70%、好ましくは約20%~約60%、より好ましくは約20%~約40%、特に好ましくは約20%である。
【0052】
上記のとおり、原料製造方法1で得られる網膜組織が、発生初期段階、すなわち、網膜前駆細胞又は神経網膜前駆細胞を含み、かつ神経節細胞が出現していない発生初期の分化段階にあることは、RX及びPAX6等の網膜前駆細胞マーカー、CHX10、RX及びPAX6等の神経網膜前駆細胞マーカー、BRN3等の神経節細胞マーカーの少なくとも1つの発現状況を測定することにより同定することができる。すなわち、網膜前駆細胞マーカー及び/又は神経網膜前駆細胞マーカーを発現する細胞が網膜組織に含まれる全細胞のうち30%以上、好ましくは50%以上、より好ましくは80%以上、さらに好ましくは90%以上、更により好ましくは99%以上含み、かつ神経節細胞マーカーを発現している細胞が網膜組織に含まれる細胞のうち40%以下、好ましくは20%以下、10%以下、5%以下、1%以下、更に好ましくは0.1%以下、更により好ましくは0.01%以下である分化段階であることを確認することができる。この時、腹側マーカー及び/又は最も背側のマーカー(例:ALDH1A3及び/又はALDH1A1)の発現については問題とならず、いずれも背側化シグナル伝達物質によって抑制又は促進され得る分化段階であればよい。
【0053】
2-2. 原料製造方法2
発生初期段階の網膜組織を製造する好ましい一態様として、WO2016/063985又はWO2017/183732に記載の、以下の工程を含む方法が挙げられる:
(1)多能性幹細胞を、フィーダー細胞非存在下で、1)TGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質及び/又はSHHシグナル伝達経路作用物質、並びに2)未分化維持因子を含む培地で培養する第一工程、
(2)第一工程で得られた細胞を浮遊培養し、細胞の凝集体を形成させる第二工程、及び(3)第二工程で得られた凝集体を、BMPシグナル伝達経路作用物質の存在下に浮遊培養し、網膜前駆細胞または神経網膜前駆細胞を含む凝集体を得る第三工程。
当該方法で得られる網膜前駆細胞または神経網膜前駆細胞を含む凝集体は、発生初期段階の網膜組織として本発明の方法で使用される出発物質として用いることができる。
【0054】
〔第一工程について〕
第一工程はWO2016/063985に記載の方法に準じて行うことができる。すなわち、第一工程におけるフィーダー細胞非存在下(以下、フィーダーフリーとも称する)とは、フィーダー細胞を実質的に含まない(例えば、全細胞数に対するフィーダー細胞数の割合が3%以下)の条件を意味する。好ましくは、フィーダー細胞を含まない条件において第一工程が実施される。第一工程において用いられる培地は、フィーダーフリー条件下で、多能性幹細胞の未分化維持培養を可能にする培地(フィーダーフリー培地)であれば、特に限定されないが、好適には、未分化維持培養を可能にするため、未分化維持因子を含む。
未分化維持因子は、多能性幹細胞の分化を抑制する作用を有する物質であれば特に限定はない。当業者に汎用されている未分化維持因子としては、FGFシグナル伝達経路作用物質、TGFβファミリーシグナル伝達経路作用物質、insulin等を挙げることができる。FGFシグナル伝達経路作用物質として具体的には、線維芽細胞増殖因子(例えば、bFGF、FGF4やFGF8)が挙げられる。また、TGFβファミリーシグナル伝達経路作用物質としては、TGFβシグナル伝達経路作用物質、Nodal/Activinシグナル伝達経路作用物質が挙げられる。TGFβシグナル伝達経路作用物質としては、例えばTGFβ1、TGFβ2が挙げられる。Nodal/Activinシグナル伝達経路作用物質としては、例えばNodal、ActivinA、ActivinBが挙げられる。ヒト多能性幹細胞(ヒトES細胞、ヒトiPS細胞)を培養する場合、第一工程における培地は、好ましくは未分化維持因子として、bFGFを含む。
本発明に用いる未分化維持因子は、哺乳動物由来の未分化維持因子であれば特に限定はないが、好適には培養する細胞と同一種の哺乳動物の未分化維持因子が用いられる。例えば、ヒト多能性幹細胞の培養には、ヒト未分化維持因子(例、bFGF、FGF4、FGF8、EGF、Nodal、ActivinA、ActivinB、TGFβ1、TGFβ2等)が用いられ、単離された未分化維持因子を外来性(又は外因性)に添加することができる。あるいは、第一工程に用いる培地に予め未分化維持因子が添加されていてもよい。
第一工程において用いられる培地中の未分化維持因子濃度は、培養する多能性幹細胞の未分化状態を維持可能な濃度であり、当業者であれば、適宜設定することができる。例えば、具体的には、フィーダー細胞非存在下で未分化維持因子としてbFGFを用いる場合、その濃度は、通常4 ng~500 ng/mL程度、好ましくは10 ng~200 ng/mL程度、より好ましくは30 ng~150 ng/mL程度である。
未分化維持因子を含み、多能性幹細胞を培養するために使用可能なフィーダーフリー培地として、多くの合成培地が開発・市販されており、例えばEssential 8培地(Life Technologies社製)が挙げられる。Essential 8培地は、DMEM/F12培地に、添加剤として、L-ascorbic acid-2-phosphate magnesium (64 mg/L), sodium selenium(14 μg/L), insulin(19.4 mg/L), NaHCO3(543 mg/L), transferrin (10.7 mg/L), bFGF (100 ng/mL)、及び、TGFβファミリーシグナル伝達経路作用物質(TGFβ1 (2 ng/mL)またはNodal (100 ng/mL))を含む(Nature Methods, 8, 424-429 (2011))。その他市販のフィーダーフリー培地としては、S-medium(DSファーマバイオメディカル社製)、StemPro (Life Technologies社製)、hESF9 (Proc. Natl. Acad. Sci. USA. 2008 Sep 9;105(36):13409-14)、mTeSR1 (STEMCELL Technologies社製)、mTeSR2 (STEMCELL Technologies社製)、TeSR-E8(STEMCELL Technologies社製)、又はStemFit(味の素社製)が挙げられる。上記第一工程ではこれらを用いることにより、簡便に本発明を実施することが出来る。
【0055】
第一工程における多能性幹細胞の培養は、浮遊培養及び接着培養の何れの条件で行われてもよいが、好ましくは、接着培養により行われる。
接着培養を行う際に用いられる培養器は、「接着培養する」ことが可能なものであれば特に限定されないが、細胞接着性の培養器が好ましい。細胞接着性の培養器としては、培養器の表面が、細胞との接着性を向上させる目的で人工的に処理された培養器が挙げられ、具体的には前述した内部がコーティング剤で被覆された培養器が挙げられる。コーティング剤としては、例えば、ラミニン[ラミニンα5β1γ1(以下、ラミニン511)、ラミニンα1β1γ1(以下、ラミニン111)等及びラミニン断片(ラミニン511E8等)を含む]、エンタクチン、コラーゲン、ゼラチン、ビトロネクチン(Vitronectin)、シンセマックス(コーニング社)、マトリゲル等の細胞外マトリクス等、又は、ポリリジン、ポリオルニチン等の高分子等が挙げられる。また、正電荷処理等の表面加工された培養容器を使用することもできる。好ましくは、ラミニンが挙げられ、より好ましくは、ラミニン511E-8が挙げられる。ラミニン511E-8は、市販品を購入する事ができる(例:iMatrix-511、ニッピ)。
第一工程において用いられる培地は、TGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質及び/又はSHHシグナル伝達経路作用物質を含む。
TGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質とは、TGFβファミリーシグナル伝達経路、すなわちSmadファミリーにより伝達されるシグナル伝達経路を阻害する物質を表し、具体的にはTGFβシグナル伝達経路阻害物質、Nodal/Activinシグナル伝達経路阻害物質及びBMPシグナル伝達経路阻害物質を挙げることができる。
TGFβシグナル伝達経路阻害物質としては、TGFβに起因するシグナル伝達経路を阻害する物質であれば特に限定は無く、核酸、タンパク質、低分子有機化合物のいずれであってもよい。当該物質として例えば、TGFβに直接作用する物質(例えば、タンパク質、抗体、アプタマー等)、TGFβをコードする遺伝子の発現を抑制する物質(例えばアンチセンスオリゴヌクレオチド、siRNA等)、TGFβ受容体とTGFβの結合を阻害する物質、TGFβ受容体によるシグナル伝達に起因する生理活性を阻害する物質(例えば、TGFβ受容体の阻害剤、Smadの阻害剤等)を挙げることができる。TGFβシグナル伝達経路阻害物質として知られているタンパク質として、Lefty等が挙げられる。TGFβシグナル伝達経路阻害物質として、当業者に周知の化合物を使用することができ、具体的には、SB431542(4[4-(1,3-ベンゾジオキソール-5-イル)-5-(2-ピリジニル)-1H-イミダゾール-2-イル]ベンズアミド)、LY-364947(4-[3-(2-ピリジニル)-1H-ピラゾール-4-イル]-キノリン)、SB-505124(2-(5-ベンゾ[1,3]ジオキソール-5-イル-2-tert-ブチル-3H-イミダゾール-4-イル)-6-メチルピリジン)、A-83-01(3-(6-メチル-2-ピリジニル)-N-フェニル-4-(4-キノリニル)-1H-ピラゾール-1-カルボチオアミド)等が挙げられる。
Nodal/Activinシグナル伝達経路阻害物質としては、Nodal又はActivinに起因するシグナル伝達経路を阻害する物質であれば特に限定は無く、核酸、タンパク質、低分子有機化合物のいずれであってもよい。当該物質として例えば、NodalもしくはActivinに直接作用する物質(例えば抗体、アプタマー等)、NodalもしくはActivinをコードする遺伝子の発現を抑制する物質(例えばアンチセンスオリゴヌクレオチド、siRNA等)、Nodal/Activin受容体とNodal/Activinの結合を阻害する物質、Nodal/Activin受容体によるシグナル伝達に起因する生理活性を阻害する物質を挙げることができる。Nodal/Activinシグナル伝達経路阻害物質として、当業者に周知の化合物を使用することができ、具体的には、SB431542、A-83-01等が挙げられる。また、Nodal/Activinシグナル伝達経路阻害物質として知られているタンパク質(Lefty、Cerberus等)を使用してもよい。Nodal/Activinシグナル伝達経路阻害物質は、好ましくは、SB431542、A-83-01又はLeftyである。
BMPシグナル伝達経路阻害物質としては、BMPに起因するシグナル伝達経路を阻害する物質であれば特に限定は無く、上述したものを用いることができる。BMPシグナル伝達経路阻害物質として、当業者に周知の化合物を使用することができ、具体的には、LDN193189(4-[6-(4-(ピペラジン-1-イル)フェニル)ピラゾロ[1,5-a]ピリミジン-3-イル]キノリン)、Dorsomorphin等が挙げられる。また、BMPシグナル伝達経路阻害物質として知られるタンパク質(Chordin、Noggin等)を使用してもよい。BMPシグナル伝達経路阻害物質は、好ましくはLDN193189である。
TGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質は、好ましくは、Lefty、SB431542、A-83-01又はLDN193189である。
作用点が異なる複数種類のTGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質を組み合わせて用いても良い。組み合わせることにより、凝集体の質を向上する効果が増強されることが期待される。例えば、TGFβシグナル伝達経路阻害物質とBMPシグナル伝達経路阻害物質との組み合わせ、TGFβシグナル伝達経路阻害物質とNodal/Activinシグナル伝達経路阻害物質との組み合わせ、BMPシグナル伝達経路阻害物質とNodal/Activinシグナル伝達経路阻害物質との組み合わせが挙げられるが、好ましくはTGFβシグナル伝達経路阻害物質がBMPシグナル伝達経路阻害物質と組み合わせて用いられる。具体的な好ましい組み合わせとしては、SB431542とLDN193189との組み合わせが挙げられる。
SHHシグナル伝達経路作用物質としては、SHH(ソニック・ヘッジホッグを意味する)により媒介されるシグナル伝達を増強し得る物質であれば特に限定はなく、例えば、Hedgehogファミリーに属する蛋白質(例えば、SHHやIhh)、SHH受容体、SHH受容体アゴニスト、Purmorphamine(PMA)、又はSAG(Smoothened Agonist;N-Methyl-N'-(3-pyridinylbenzyl)-N'-(3-chlorobenzo[b]thiophene-2-carbonyl)-1,4-diaminocyclohexane)等が挙げられる。SHHシグナル伝達経路作用物質として、好ましくはSAGが挙げられる。SHHシグナル伝達経路作用物質は、好ましくはSHHタンパク質(Genbankアクセッション番号:NM_000193、NP_000184)、SAG又はPMAである。
TGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質とSHHシグナル伝達経路作用物質とを組み合わせて用いても良い。具体的な組み合わせとしては、例えば、Lefty、SB431542、A-83-01及びLDN193189からなる群から選択されるいずれかのTGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質と、SHHタンパク質、SAG及びPMAからなる群から選択されるいずれかのSHHシグナル伝達経路作用物質との組み合わせが挙げられる。TGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質とSHHシグナル伝達経路作用物質とを組み合わせて用いる場合、TGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質とSHHシグナル伝達経路作用物質の両方を含む培地中で細胞を培養してもよいし、TGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質及びSHHシグナル伝達経路作用物質のいずれか一方で細胞を処理した後、いずれか一方又は両方で引き続き細胞を処理してもよい。
TGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質及びSHHシグナル伝達経路作用物質の濃度は、上述の効果を達成可能な範囲で適宜設定することが可能である。例えば、SB431542は、通常0.1 μM~200 μM、好ましくは2 μM ~ 50 μMの濃度で使用される。A-83-01は、通常0.05 μM~50 μM、好ましくは0.5 μM~5 μMの濃度で使用される。LDN193189は、通常1 nM~2000 nM、好ましくは10 nM~300 nMの濃度で使用される。Leftyは、通常5 ng/ml~200 ng/mL、好ましくは10 ng/mL~50 ng/mLの濃度で使用される。SHHタンパク質は、通常20 ng/ml~1000 ng/mL、好ましくは50 ng/mL~300 ng/mLの濃度で使用される。SAGは、通常、1 nM~2000 nM、好ましくは10 nM~700 nM、より好ましくは30~600nMの濃度で使用される。PMAは、通常0.002~20μM、好ましくは0.02μM~2 μMの濃度で使用される。
一態様において、TGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質は、前記濃度のSB431542と同等のTGFβファミリーシグナル伝達経路阻害活性を有する量で適宜使用することができる。また、一態様において、SHHシグナル伝達経路作用物質は、前記濃度のSAGと同等のSHHシグナル伝達経路活性化作用を奏する濃度で適宜使用することができる。
第一工程において用いられる培地は、血清培地であっても無血清培地であってもよいが、化学的に未決定な成分の混入を回避する観点から、好ましくは、無血清培地である。
第一工程において用いられる培地は、化学的に未決定な成分の混入を回避する観点から、含有成分が化学的に決定された培地であってもよい。
第一工程における多能性幹細胞の培養は、浮遊培養及び接着培養のいずれの条件でおこなわれてもよいが、好ましくは、接着培養により行われる。
【0056】
第一工程におけるフィーダーフリー条件下での多能性幹細胞の培養においては、フィーダー細胞に代わる足場を多能性幹細胞に提供するため、適切なマトリクスを足場として用いてもよい。足場であるマトリクスにより、表面をコーティングした細胞容器中で、多能性幹細胞を接着培養する。
足場として用いることのできるマトリクスとしては、ラミニン (Nat. Biotechnol. 28,611-615(2010))、ラミニン断片(Nat. Commun. 3, 1236 (2012))、基底膜標品(Nat. Biotechnol. 19, 971-974 (2001))、ゼラチン、コラーゲン、ヘパラン硫酸プロテオグリカン、エンタクチン又はビトロネクチン(Vitronectin)等が挙げられる。
好ましくは、第一工程におけるフィーダーフリー条件下での多能性幹細胞の培養においては、単離されたラミニン511又はラミニン511のE8フラグメント(更に好ましくは、ラミニン511のE8フラグメント)により、表面をコーティングした細胞容器中で、多能性幹細胞を接着培養する。
【0057】
第一工程における多能性幹細胞の培養時間は、第二工程において形成される凝集体の質を向上させる効果が達成可能な範囲であれば特に限定されないが、通常0.5~144時間である。第一工程における多能性幹細胞の培養時間は、好ましくは1時間以上、2時間以上、6時間以上、12時間以上、18時間以上、又は24時間以上である。第一工程における多能性幹細胞の培養時間は、好ましくは96時間以内、又は72時間以内である。一態様において、第一工程における多能性幹細胞の培養時間の範囲は、好ましくは2~96時間、より好ましくは6~48時間、更に好ましくは12~48時間、より更に好ましくは18~28時間(例、24時間)である。即ち、第二工程開始の0.5~144時間(好ましくは、18~28時間)前に第一工程を開始し、第一工程を完了した後引き続き第二工程が行われる。更なる態様において、第一工程における多能性幹細胞の培養時間の範囲は、好ましくは18~144時間、24~144時間、24~96時間、又は24~72時間である。TGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質及びSHHシグナル伝達経路作用物質のいずれか一方で細胞を処理した後、他方で引き続き細胞を処理する場合、それぞれの処理時間が、上述の培養時間の範囲内となるようにすることができる。
第一工程における培養温度、CO2濃度等の培養条件は適宜設定できる。培養温度は、例えば約30℃から約40℃、好ましくは約37℃である。またCO2濃度は、例えば約1%から約10%、好ましくは約5%である。
【0058】
好ましい態様において、第一工程により得られる細胞は多能性様性質(pluripotent-like state)が維持された細胞であり、第一工程を通じて多能性様性質が維持される。多能性様性質とは、多能性を含む、多能性幹細胞に共通する多能性幹細胞に特有の形質の少なくとも一部を維持している状態を意味する。多能性様性質には厳密な多能性は要求されない。具体的には、多能性性質(pluripotent state)の指標となるマーカーの全て又は一部を発現している状態が、「多能性様性質」に含まれる。多能性様性質のマーカーとしては、Oct3/4陽性、アルカリフォスファターゼ陽性などが挙げられる。一態様において、多能性様性質が維持された細胞は、Oct3/4陽性である。Nanogの発現量がES細胞もしくはiPS細胞に比べて低い場合であっても「多能性様性質を示す細胞」に該当する。
一態様において、第一工程により得られる細胞は、少なくとも網膜組織、網膜細胞、網膜前駆細胞及び網膜層特異的神経細胞へ分化する能力を有する幹細胞である。
【0059】
好ましい態様において、ヒト多能性幹細胞(例、iPS細胞)を、フィーダー細胞非存在下で、TGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質及び/又はSHHシグナル伝達経路作用物質、並びにbFGFを含有する無血清培地で、接着培養する。
上記の当該接着培養は、好ましくは、ラミニン511又はラミニン511のE8フラグメントで表面をコーティングした細胞容器中で実施される。TGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質は、好ましくはTGFβシグナル伝達経路阻害物質(例、SB431542、A-83-01、Lefty)、Nodal/Activinシグナル伝達経路阻害物質(例、Lefty、SB431542、A-83-01)、BMPシグナル伝達経路阻害物質(例、LDN193189、Chordin、Noggin)、又はこの組み合わせ(例、SB431542及びLDN193189)である。TGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質は、更に好ましくはLefty、SB431542、A-83-01、又はLDN193189、又はこの組み合わせ(例、SB431542及びLDN193189)である。SHHシグナル伝達経路作用物質は、好ましくはSHHタンパク質、SAG又はPurmorphamine(PMA)、より好ましくはSAGである。TGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質(例、Lefty、SB431542、A-83-01、LDN193189)とSHHシグナル伝達経路作用物質(例、SHHタンパク質、SAG、PMA)とを組み合わせて用いてもよい。培養時間は、0.5~144時間(好ましくは、18~144時間、24~144時間、24~96時間、又は24~72時間(例えば、18~28時間))である。
例えば、ヒト多能性幹細胞(例、ヒトiPS細胞)を、フィーダー細胞不在下で、bFGFを含む無血清培地中で維持培養する。当該維持培養は、好ましくは接着培養により行われる。当該接着培養は、好ましくは、ビトロネクチン、ラミニン511又はラミニン511のE8フラグメントで表面をコーティングした細胞容器中で実施される。そして、この培養中へTGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質及び/又はSHHシグナル伝達経路作用物質を添加し、培養を継続する。TGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質は、好ましくはTGFβシグナル伝達経路阻害物質(例、SB431542、A-83-01、Lefty)、Nodal/Activinシグナル伝達経路阻害物質(例、SB431542、A-83-01、Lefty)、BMPシグナル伝達経路阻害物質(例、LDN193189)、又はこの組み合わせ(例、SB431542及びLDN193189)である。TGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質は、更に好ましくはLefty、SB431542、A-83-01、又はLDN193189、又はこの組み合わせ(例、SB431542及びLDN193189)である。SHHシグナル伝達経路作用物質は、好ましくはSHHタンパク質、SAG又はPMAである。TGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質(例、Lefty、SB431542、A-83-01、LDN193189)とSHHシグナル伝達経路作用物質(例、SHHタンパク質、SAG、PMA)とを組み合わせて用いてもよい。添加後、0.5~144時間(好ましくは、18~144時間、24~144時間、24~96時間、又は24~72時間(例えば、18~28時間))培養を継続する。
【0060】
〔第二工程について〕
第一工程で得られた細胞を培地中で浮遊培養することにより細胞の凝集体を形成させる第二工程について説明する。
第二工程において用いられる培地は血清含有培地又は無血清培地であり得る。化学的に未決定な成分の混入を回避する観点から、本発明においては、無血清培地が好適に用いられる。例えば、BMPシグナル伝達経路作用物質及びWntシグナル伝達経路阻害物質がいずれも添加されていない無血清培地を使用することができる。調製の煩雑さを回避するには、例えば、市販のKSR等の血清代替物を適量添加した無血清培地(例えば、IMDMとF-12の1:1の混合液に10% KSR、450μM 1-モノチオグリセロール及び1 x Chemically Defined Lipid Concentrateが添加された培地、又は、GMEMに5%~20%KSR、NEAA、ピルビン酸、2-メルカプトエタノールが添加された培地)を使用することが好ましい。無血清培地へのKSRの添加量としては、例えばヒト多能性幹細胞の場合は、通常約1%から約30%であり、好ましくは約2%から約20%である。
凝集体の形成に際しては、まず、第一工程で得られた細胞の分散操作により、分散された細胞を調製する。分散操作により得られた「分散された細胞」とは、例えば7割以上が単一細胞であり2~50細胞の塊が3割以下存在する状態が挙げられる。分散された細胞として、好ましくは、8割以上が単一細胞であり、2~50細胞の塊が2割以下存在する状態が挙げられる。分散された細胞とは、細胞同士の接着(例えば面接着)がほとんどなくなった状態が挙げられる。
第一工程で得られた細胞の分散操作は、前述した、機械的分散処理、細胞分散液処理、細胞保護剤処理を含んでよい。これらの処理を組み合わせて行ってもよい。好ましくは、細胞保護剤処理と同時に、細胞分散液処理を行い、次いで機械的分散処理をするとよい。
細胞保護剤処理に用いられる細胞保護剤としては、FGFシグナル伝達経路作用物質(例、bFGF、FGF4やFGF8等の線維芽細胞増殖因子)、ヘパリン、IGFシグナル伝達経路作用物質(例、インスリン)、血清、又は血清代替物を挙げることができる。また、分散により誘導される多能性幹細胞(特に、ヒト多能性幹細胞)の細胞死を抑制するための細胞保護剤として、Rho-associated coiled-coilキナーゼ(ROCK)の阻害剤又はMyosinの阻害剤を添加してもよい。分散により誘導される多能性幹細胞(特に、ヒト多能性幹細胞)の細胞死を抑制し、細胞を保護するために、ROCKの阻害剤又はMyosinの阻害剤を第二工程培養開始時から添加してもよい。ROCK阻害剤としては、Y-27632、Fasudil(HA1077)、H-1152等を挙げることができる。Myosinの阻害剤としてはBlebbistatinを挙げることができる。
細胞分散液処理に用いられる細胞分散液としては、トリプシン、コラゲナーゼ、ヒアルロニダーゼ、エラスターゼ、プロナーゼ、DNase又はパパイン等の酵素類や、エチレンジアミン四酢酸等のキレート剤のいずれかを含む溶液を挙げることができる。市販の細胞分散液、例えば、TrypLE Select (Life Technologies社製)やTrypLE Express (Life Technologies社製)を用いることもできる。
機械的分散処理の方法としては、ピペッティング処理又はスクレーパーでの掻き取り操作が挙げられる。
分散された細胞は上記培地中に懸濁される。
そして、分散された細胞の懸濁液を、上記培養器中に播き、分散させた細胞を、培養器に対して、非接着性の条件下で培養することにより、複数の細胞を集合させて凝集体を形成する。この際、分散された細胞を、10 cmディッシュのような、比較的大きな培養器に播種することにより、1つの培養器中に複数の細胞の凝集体を同時に形成させてもよいが、こうすると凝集体ごとの大きさにばらつきが生じる。そこで、例えば、96ウェルプレートのようなマルチウェルプレート(U底、V底)の各ウェルに一定数の分散された幹細胞を入れて、これを静置培養すると、細胞が迅速に凝集することにより、各ウェルにおいて1個の凝集体が形成される。この凝集体を複数のウェルから回収することにより、均一な凝集体の集団を得ることができる(例えば、SFEBq法)。
第二工程における細胞の濃度は、細胞の凝集体をより均一に、効率的に形成させるように適宜設定することができる。例えば96ウェルプレートを用いてヒト細胞(例、第一工程においてヒトiPS細胞から得られた細胞)を浮遊培養する場合、1ウェルあたり約1 x 103から約1 x 105細胞、好ましくは約3 x 103から約5 x 104細胞、より好ましくは約4 x 103から約2 x 104細胞、更に好ましくは、約4 x 103から約1.6 x 104細胞、より更に好ましくは約8 x 103から約1.2 x 104細胞となるように調製した液をウェルに添加し、プレートを静置して凝集体を形成させる。
第二工程における培養温度、CO2濃度等の培養条件は適宜設定できる。培養温度は、例えば約30℃から約40℃、好ましくは約37℃である。CO2濃度は、例えば約1%から約10%、好ましくは約5%である。
【0061】
第二工程において、培地交換操作を行う場合、例えば、元ある培地を捨てずに新しい培地を加える操作(培地添加操作)、元ある培地を半量程度(元ある培地の体積量の30~90%程度、例えば40~60%程度)捨てて新しい培地を半量程度(元ある培地の体積量の30~90%、例えば40~60%程度)加える操作(半量培地交換操作)、元ある培地を全量程度(元ある培地の体積量の90%以上)捨てて新しい培地を全量程度(元ある培地の体積量の90%以上)加える操作(全量培地交換操作)が挙げられる。
培地交換操作に用いる道具は特に限定されないが、例えば、ピペッター、マイクロピペット、マルチチャンネルマイクロピペット、連続分注器などが挙げられる。例えば、培養容器として96ウェルプレートを用いる場合、マルチチャンネルマイクロピペットを使ってもよい。
細胞の凝集体を形成させるために必要な浮遊培養の時間は、細胞を均一に凝集させるように、用いる細胞によって適宜決定可能であるが、均一な細胞の凝集体を形成するためにはできる限り短時間であることが望ましい。分散された細胞が、細胞凝集体が形成されるに至るまでの工程は、細胞が集合する工程、及び集合した細胞が細胞凝集体を形成する工程にわけられる。分散された細胞を播種する時点(すなわち浮遊培養開始時)から細胞が集合するまでは、例えば、ヒト細胞(例、第一工程においてヒトiPS細胞から得られた幹細胞)の場合には、好ましくは約24時間以内、より好ましくは約12時間以内に集合した細胞を形成させる。分散された細胞を播種する時点(すなわち浮遊培養開始時)から細胞凝集体が形成されるまでの時間は、例えば、ヒト多能性幹細胞(例、ヒトiPS細胞)の場合には、好ましくは約72時間以内、より好ましくは約48時間以内である。この凝集体形成までの時間は、細胞を凝集させる用具や、遠心分離条件などを調整することにより適宜調節することが可能である。
細胞の凝集体が形成されたこと、及びその均一性は、凝集体のサイズおよび細胞数、巨視的形態、組織染色解析による微視的形態およびその均一性、分化および未分化マーカーの発現およびその均一性、分化マーカーの発現制御およびその同期性、分化効率の凝集体間の再現性などに基づき判断することが可能である。
凝集体が形成された後、そのまま、凝集体の培養を継続してもよい。第二工程における浮遊培養の時間は、通常BMPシグナル伝達経路作用物質が添加されるまで継続されればよく、具体的には、通常12時間~6日間、好ましくは12時間~3日間程度が挙げられる。
【0062】
第二工程において用いられる培地の一態様として、SHHシグナル伝達経路作用物質を含む培地(WO2016/063985を参照)、Wntシグナル伝達経路阻害物質を含む培地、又は、Wntシグナル伝達経路阻害物質及びSHHシグナル伝達経路作用物質を含む培地(WO2017/183732を参照)が挙げられる。第一工程において、多能性幹細胞をTGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質及び/又はSHHシグナル伝達経路作用物質で処理し、第二工程において、第一工程で得られた細胞をSHHシグナル伝達経路作用物質及び/又はWntシグナル伝達経路阻害物質を含む培地(好適には無血清培地)中で浮遊培養に付して凝集体を形成させることにより、凝集体の質が、更に向上し、網膜組織への分化能力が高まる。この質の高い凝集体を用いることにより、網膜前駆細胞または神経網膜前駆細胞を含む凝集体を高効率で誘導することができる。
SHHシグナル伝達経路作用物質としては、上述したものを用いることができる。好ましくはSHHシグナル伝達経路作用物質はSHHタンパク質、SAG又はPMAである。培地中のSHHシグナル伝達経路作用物質の濃度は、上述の効果を達成可能な範囲で適宜設定することが可能である。SAGは、通常、1 nM~2000 nM、好ましくは10 nM~700 nM、より好ましくは30 nM~600 nMの濃度で使用される。PMAは通常0.002 μM~20 μM、好ましくは0.02 μM~2 μMの濃度で使用される。SHHタンパク質は通常20 ng/ml~1000 ng/mL、好ましくは50 ng/mL~300 ng/mLの濃度で使用される。SHHタンパク質、SAG、PMA以外のSHHシグナル伝達経路作用物質を用いる場合には、上記SAGの濃度と同等のSHHシグナル伝達経路活性化作用を奏する濃度で用いられることが望ましい。
培地中のSHHシグナル伝達経路作用物質の濃度は、第二工程の期間中変動させてもよい。例えば、第二工程の開始時において、SHHシグナル伝達経路作用物質を上記範囲とし、2~4日間につき、40~60%減の割合で、徐々に又は段階的に該濃度を低下させてもよい。
SHHシグナル伝達経路作用物質を培地に添加するタイミングは、上記効果を達成できる範囲で特に限定されないが、早ければ早い方が効果が高い。SHHシグナル伝達経路作用物質は、第二工程開始から、通常6日以内、好ましくは3日以内、より好ましくは1日以内、更に好ましくは第二工程開始時に、培地に添加される。
【0063】
Wntシグナル伝達経路阻害物質としては、Wntにより媒介されるシグナル伝達を抑制し得るものであれば特に限定されず、例えば、Wnt又はWnt受容体に直接作用する物質(抗Wnt中和抗体、抗Wnt受容体中和抗体等)、Wnt又はWnt受容体をコードする遺伝子の発現を抑制する物質(例えばアンチセンスオリゴヌクレオチド、siRNA等)、Wnt受容体とWntの結合を阻害する物質(可溶型Wnt受容体、ドミナントネガティブWnt受容体等、Wntアンタゴニスト、Dkk1、Cerberus蛋白等)、Wnt受容体によるシグナル伝達に起因する生理活性を阻害する物質[CKI-7(N-(2-アミノエチル)-5-クロロイソキノリン-8-スルホンアミド)、D4476(4-[4-(2,3-ジヒドロ-1,4-ベンゾジオキシン-6-イル)-5-(2-ピリジニル)-1H-イミダゾール-2-イル]ベンズアミド)、IWR-1-endo (IWR1e) (4-[(3aR,4S,7R,7aS)-1,3,3a,4,7,7a-ヘキサヒドロ-1,3-ジオキソ-4,7-メタノ-2H-イソインドール-2-イル]-N-8-キノリニル-ベンズアミド)、並びに、IWP-2(N-(6-メチル-2-ベンゾチアゾリル)-2-[(3,4,6,7-テトラヒドロ-4-オキソ-3-フェニルチエノ[3,2-d]ピリミジン-2-イル)チオ]アセタミド)等の低分子化合物等]等がが挙げられる。Wntシグナル伝達経路阻害物質として好ましくはIWR1eが用いられる。
培地中のWntシグナル伝達経路阻害物質の濃度は、上述の効果を達成可能な範囲で適宜設定することが可能である。IWR1eは、通常、約0.1 μMから約100 μM、好ましくは約0.3 μMから約30 μM、より好ましくは約1 μMから約10 μM、更に好ましくは約3 μMの濃度となるように培地に添加する。IWR-1-endo以外のWntシグナル伝達経路阻害物質を用いる場合には、上記IWR-1-endoの濃度と同等のWntシグナル伝達経路阻害活性を示す濃度で用いられることが望ましい。
培地中のWntシグナル伝達経路阻害物質質の濃度は、第二工程の期間中変動させてもよい。例えば、第二工程の開始時において、Wntシグナル伝達経路阻害物質を上記範囲とし、2~4日間につき、40~60%減の割合で、徐々に又は段階的に該濃度を低下させてもよい。
Wntシグナル伝達経路阻害物質を培地に添加するタイミングは、上記効果を達成できる範囲で特に限定されないが、早ければ早い方が効果が高い。Wntシグナル伝達経路阻害物質は、第二工程における浮遊培養開始から、通常6日以内、好ましくは3日以内、より好ましくは1日以内、より好ましくは12時間以内、更に好ましくは第二工程における浮遊培養開始時に、培地に添加される。具体的には、例えば、Wntシグナル伝達経路阻害物質を添加した基礎培地の添加や、該基礎培地への一部もしくは全部の培地交換を行う事ができる。第一工程で得られた細胞を、第二工程においてWntシグナル伝達経路阻害物質に作用させる期間は、上記効果を達成できる範囲で特に限定されないが、好ましくは、第二工程における浮遊培養開始時に培地へ添加した後、第二工程終了時まで作用させる。更に、第二工程終了後(すなわち第三工程の期間中)も、継続してWntシグナル伝達経路阻害物質に曝露させることができる。一態様としては、第二工程終了後(すなわち第三工程の期間中)も、継続してWntシグナル伝達経路阻害物質に作用させ、神経上皮組織及び/又は神経組織が形成されるまで作用させても良い。
【0064】
好ましい態様において、第一工程で得られたヒト細胞(例、第一工程においてヒトiPS細胞から得られた細胞)を、SHHシグナル伝達経路作用物質(例、SAG、PMA、SHHタンパク質)及び/又はWntシグナル伝達経路阻害物質(例、IWR1e)を含む無血清培地中で浮遊培養に付し、凝集体を形成する。SHHシグナル伝達経路作用物質は、好ましくは、浮遊培養開始時から培地に含まれる。培地には、ROCK阻害物質(例、Y-27632)を添加してもよい。培養時間は12時間~6日間、好ましくは12時間~3日間である。形成される凝集体は、好ましくは均一な凝集体である。
【0065】
例えば、第一工程で得られたヒト細胞(例、第一工程においてヒトiPS細胞から得られた細胞)を回収し、これを、単一細胞、又はこれに近い状態にまで分散し、SHHシグナル伝達経路作用物質(例、SAG、PMA)及び/又はWntシグナル伝達経路阻害物質(例、IWR1e)を含む無血清培地中で浮遊培養に付す。該無血清培地は、ROCK阻害剤(例、Y-27632)を含んでいても良い。ヒト幹細胞(例、ヒトiPS細胞に由来する幹細胞)の懸濁液を、上述の培養器中に播き、分散させた細胞を、培養器に対して、非接着性の条件下で培養することにより、複数の細胞を集合させて凝集体を形成する。培養時間は12時間~6日間(好ましくは12時間~3日間)である。形成される凝集体は、好ましくは均一な凝集体である。
このようにして、第二工程を実施することにより、第一工程で得られた細胞、又はこれに由来する細胞の凝集体が形成される。第二工程で得られる凝集体は、第一工程において、TGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質及び/又はSHHシグナル伝達経路作用物質で処理しない場合よりも、高い品質を有している。具体的には、丸く、表面が滑らかで、凝集体の内部が密であり、形が崩れていない凝集体の割合に富んだ、凝集体の集団を得ることが出来る。一態様において、第二工程開始から6日目に無作為的に凝集体(例えば、100個以上)を選出した際に、嚢胞化していない凝集体の割合が、例えば70%以上、好ましくは80%以上である。
第二工程で得られる凝集体は、網膜組織へ分化する能力を有する。
好ましい一態様においては、第一工程において、多能性幹細胞をTGFβシグナル伝達経路阻害物質で処理し、かつ、第二工程において、SHHシグナル伝達経路作用物質(例、SAG、PMA、SHHタンパク質)及び/又はWntシグナル伝達経路阻害物質(例、IWR1e)を含む培地で第一工程において得られた細胞の浮遊培養が実施される。ここで好ましくは、TGFβシグナル伝達経路阻害物質としてSB431542又はA-83-01を使用することができる。
【0066】
また、好ましい一態様においては、第一工程において、多能性幹細胞をBMPシグナル伝達経路阻害物質で処理し、かつ、第二工程において、SHHシグナル伝達経路作用物質(例、SAG、PMA、SHHタンパク質)を含まない培地で第一工程において得られた細胞の浮遊培養が実施される。ここで好ましくは、BMPシグナル伝達経路阻害物質としてLDN193189を使用することができる。
好ましい一態様において、第一工程において、多能性幹細胞(例、ヒト多能性幹細胞)をTGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質(例えば、TGFβシグナル伝達経路阻害物質(例、Lefty、SB431542、A-83-01)、Nodal/Activinシグナル伝達経路阻害物質(例、Lefty、SB431542、A-83-01)、BMPシグナル伝達経路阻害物質(例、LDN193189)、又はこの組み合わせ(例、SB431542及びLDN193189)等);SHHシグナル伝達経路作用物質(例、SHHタンパク質、SAG、PMA);又はTGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質(例、Lefty、SB431542、A-83-01、LDN193189)とSHHシグナル伝達経路作用物質(例、SHHタンパク質、SAG、PMA)との組み合わせで処理し、かつ、第二工程において、SHHシグナル伝達経路作用物質(例、SAG、PMA、SHHタンパク質)を含む培地で第一工程において得られた細胞の浮遊培養が実施される。
別の態様において、第一工程において、多能性幹細胞(例、ヒト多能性幹細胞)をTGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質(例えば、TGFβシグナル伝達経路阻害物質(例、Lefty、SB431542、A-83-01)、Nodal/Activinシグナル伝達経路阻害物質(例、Lefty、SB431542、A-83-01)、BMPシグナル伝達経路阻害物質(例、LDN193189)、又はこの組み合わせ(例、SB431542及びLDN193189)等);SHHシグナル伝達経路作用物質(例、SHHタンパク質、SAG、PMA);又はTGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質(例、Lefty、SB431542、A-83-01、LDN193189)とSHHシグナル伝達経路作用物質(例、SHHタンパク質、SAG、PMA)との組み合わせで処理し、かつ、第二工程において、SHHシグナル伝達経路作用物質(例、SAG、PMA、SHHタンパク質)を含まない培地で第一工程において得られた細胞の浮遊培養が実施される。
いずれの態様においても、第二工程の培地は、好ましくは、ROCK阻害剤(例、Y-27632)を含む。
【0067】
〔第三工程について〕
第二工程で形成された凝集体を、BMPシグナル伝達経路作用物質の存在下で浮遊培養することにより、網膜前駆細胞または神経網膜前駆細胞を含む凝集体を得ることができる。当該工程は、上述の原料製造方法1における第二工程に準じて製造することができる。
一態様において、第二工程で培地中に添加するSHHシグナル伝達経路作用物質の濃度が比較的低濃度(例えば、SAGについては700 nM以下、他のSHHシグナル伝達経路作用物質については、前記濃度のSAGと同等以下のSHHシグナル伝達経路活性化作用を奏する濃度)の場合、培地交換を行う必要はなく、第二工程で用いた培地にBMPシグナル伝達経路作用物質(例、BMP4)を添加すればよい。一方、SHHシグナル伝達経路作用物質の濃度が比較的高濃度(例えば、SAGについては700 nM超、又は1000 nM以上、他のSHHシグナル伝達経路作用物質については、前記濃度のSAGと同等のSHHシグナル伝達経路活性化作用を奏する濃度)の場合には、BMPシグナル伝達経路作用物質添加時に残存するSHHシグナル伝達経路作用物質の影響を抑制するために、BMPシグナル伝達経路作用物質(例、BMP4)を含む新鮮な培地に交換することが望ましい。
好ましい態様において、第三工程で用いられる培地中のSHHシグナル伝達経路作用物質の濃度は、SAGのSHHシグナル伝達促進活性換算で700 nM以下、好ましくは300 nM以下、より好ましくは10 nM以下、更に好ましくは0.1 nM以下、更に好ましくは、SHHシグナル伝達経路作用物質を含まない。「SHHシグナル伝達経路作用物質を含まない」培地には、SHHシグナル伝達経路作用物質を実質的に含まない培地、例えば、網膜前駆細胞及び網膜組織への選択的分化に不利な影響を与える程度の濃度のSHHシグナル伝達経路作用物質を含有しない培地も含まれる。「SHHシグナル伝達経路作用物質が添加されていない」培地には、SHHシグナル伝達経路作用物質が実質的に添加されていない培地、例えば、網膜前駆細胞及び網膜組織への選択的分化に不利な影響を与える程度の濃度のSHHシグナル伝達経路作用物質が添加されていない培地も含まれる。
発生初期段階の網膜組織を製造する上での好ましい態様において、第一工程にて、ヒト多能性幹細胞(例、ヒトiPS細胞)を、フィーダー細胞非存在下で、TGFβシグナル伝達経路阻害物質(例えばSB431542、A-83-01)並びにbFGFを含有する無血清培地で、接着培養し、第二工程にて、細胞をSHHシグナル伝達経路作用物質(例えばSAG、PMA、SHHタンパク質)を含有する無血清培地で浮遊培養し、第三工程にて、凝集体をBMPシグナル伝達経路作用物質(例えばBMP4)を含有する無血清培地で浮遊培養する。
また、発生初期段階の網膜組織を製造する上での好ましい態様において、第一工程にて、ヒト多能性幹細胞(例、ヒトiPS細胞)を、フィーダー細胞非存在下で、BMPシグナル伝達経路阻害物質(例、LDN193189)及びbFGFを含有する無血清培地で、接着培養し、第二工程にて、細胞をSHHシグナル伝達経路作用物質(例えばSAG、PMA)を含有しない又は含有する無血清培地で浮遊培養し、第三工程にて、凝集体をBMPシグナル伝達経路作用物質(例えばBMP4)を含有する無血清培地で浮遊培養する。
発生初期段階の網膜組織を製造する上での好ましい態様において、第一工程にて、ヒト多能性幹細胞(例、ヒトiPS細胞)を、フィーダー細胞非存在下で、SHHシグナル伝達経路作用物質(例えばSAG、PMA)並びにbFGFを含有する無血清培地で、好ましくは1日間以上6日間以下、さらに好ましくは2日~4日間、接着培養し、第二工程にて、細胞をSHHシグナル伝達経路作用物質(例えばSAG、PMA)を含有する無血清培地で浮遊培養し、第三工程にて、凝集体をBMPシグナル伝達経路作用物質(例えばBMP4)を含有する無血清培地で浮遊培養する。
発生初期段階の網膜組織を製造する上での好ましい態様において、第一工程にて、ヒト多能性幹細胞(例、ヒトiPS細胞)を、フィーダー細胞非存在下で、TGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質(例えば、TGFβシグナル伝達経路阻害物質(例、Lefty 、SB431542、A-83-01)、Nodal/Activinシグナル伝達経路阻害物質(例、Lefty、SB431542、A-83-01)、BMPシグナル伝達経路阻害物質(例、LDN193189)、又はこの組み合わせ(例、SB431542及びLDN193189)等);SHHシグナル伝達経路作用物質(例、SHHタンパク質、SAG、PMA);又はTGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質(例、Lefty、SB431542、A-83-01、LDN193189)とSHHシグナル伝達経路作用物質(例、SHHタンパク質、SAG、PMA)との組み合わせ;並びにbFGFを含有する無血清培地で、接着培養し、第二工程にて、第一工程で得られた細胞を、SHHシグナル伝達経路作用物質(例、SAG、PMA、SHHタンパク質)を含む無血清培地中で浮遊培養し、細胞の凝集体を形成させ、第三工程にて、凝集体をBMPシグナル伝達経路作用物質(例えばBMP4)を含有する無血清培地で浮遊培養し、網膜前駆細胞または神経網膜前駆細胞を含む凝集体を得る。
【0068】
2-3. 原料製造方法3
発生初期段階の網膜組織を製造する好ましい一態様として、WO2016/063986に記載の、以下の工程を含む方法を挙げることもできる:
(1)多能性幹細胞を、フィーダー細胞非存在下で、未分化維持因子を含む培地で培養する第一工程、
(2)第一工程で得られた多能性幹細胞を、SHHシグナル伝達経路作用物質の存在下で浮遊培養し、細胞の凝集体を形成させる第二工程、及び
(3)第二工程で得られた凝集体を、BMPシグナル伝達経路作用物質の存在下に浮遊培養し、網膜前駆細胞または神経網膜前駆細胞を含む凝集体を得る第三工程。
【0069】
〔第一工程について〕
第一工程はWO2016/063986に記載の方法に準じて行うことができる。すなわち、第一工程では、ヒト多能性幹細胞、好ましくはヒト人工多能性幹細胞(iPS細胞)もしくはヒト胚性幹細胞(ES細胞)を、フィーダー細胞非存在下で、未分化維持因子を含む培地で培養する。第一工程におけるフィーダー細胞非存在下(フィーダーフリー)とは、フィーダー細胞を実質的に含まない(例えば、全細胞数に対するフィーダー細胞数の割合が3%以下)の条件を意味する。好ましくは、フィーダー細胞を含まない条件において、第一工程が実施される。
第一工程において用いられる培地は、フィーダーフリー条件下で、多能性幹細胞の未分化維持培養を可能にする培地(フィーダーフリー培地)であれば、特に限定されないが、好適には、未分化維持培養を可能にするため、未分化維持因子を含む。例えば、未分化維持因子を含み、TGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質及びSHHシグナル伝達経路作用物質を含まない培地が挙げられる。
未分化維持因子及びフィーダーフリー培地としては、前記原料製造方法2に記載のものが挙げられる。
第一工程における多能性幹細胞の培養時間は、第二工程において形成される凝集体の質を向上させる効果が達成可能な範囲で特に限定されないが、通常0.5~144時間、好ましくは2~96時間、より好ましくは6~48時間、更に好ましくは12~48時間、より更に好ましくは18~28時間(例、24時間)である。即ち、第二工程開始の0.5~144時間(好ましくは、18~28時間)前に第一工程を開始し、第一工程を完了した後引き続き第二工程が行われる。
第一工程において、適宜培地交換を行ってもよく、一態様として、具体的には1~2日おきに培地交換を行う方法が挙げられる。ここにおいて、例えば、ROCK阻害剤等の細胞保護剤もしくは細胞死抑制剤を含まない培地に培地交換してもよい。
第一工程における培養温度、CO2濃度等の培養条件は適宜設定できる。培養温度は、例えば約30℃から約40℃、好ましくは約37℃である。またCO2濃度は、例えば約1%から約10%、好ましくは約5%である。
好ましい一態様において、ヒト多能性幹細胞(例、ヒトiPS細胞)を、フィーダー細胞非存在下で、bFGFを含有する無血清培地中で、接着培養する。当該接着培養は、好ましくは、ラミニン511、ラミニン511のE8フラグメント又はビトロネクチンで表面をコーティングした細胞容器中で実施される。当該接着培養は、好ましくは、フィーダーフリー培地としてEssential 8、TeSR培地、mTeSR培地、mTeSR-E8培地、又はStemFit培地、更に好ましくはEssential 8又はStemFit培地を用いて実施される。
【0070】
〔第二工程について〕
第一工程で得られた多能性幹細胞を、SHHシグナル伝達経路作用物質の存在下で浮遊培養することにより、多能性幹細胞の凝集体を形成させる第二工程は、上記原料製造方法2の第二工程に記載された方法に準じて行えば良い。
【0071】
〔第三工程について〕
第三工程は、前記原料製造方法1における第二工程、又は前記原料製造方法2における第三工程に準じて行うことができる。
【0072】
2-4. 原料製造方法4
発生初期段階の網膜組織を製造する好ましい一態様として、WO2013/077425に記載の、以下の工程を含む方法を挙げることもできる:
(1)多能性幹細胞を、Wntシグナル伝達経路阻害物質を含む無血清培地中で浮遊培養することにより多能性幹細胞の凝集体を形成させる第一工程、及び
(2)第一工程で形成された凝集体を、基底膜標品を含む無血清培地中で浮遊培養し、網膜前駆細胞または神経網膜前駆細胞を含む凝集体を得る第二工程。
原料製造方法4は、WO2013/077425 (& US2014/341864)の記載に準じて実施することができる。
【0073】
〔第一工程について〕
Wntシグナル伝達経路阻害物質としては、上記したものが挙げられる。
ここで用いられるWntシグナル伝達経路阻害物質の濃度は、多能性幹細胞の凝集体が形成される濃度であればよい。例えばIWR1e等の通常のWntシグナル伝達経路阻害物質の場合は、0.1 μM~100 μM、好ましくは1 μM~10 μM、より好ましくは約3 μMの濃度である。
Wntシグナル伝達経路阻害物質は、浮遊培養開始前に無血清培地に添加されていてもよく、また、浮遊培養開始後数日以内(例えば、5日以内)に無血清培地に添加してもよい。好ましくは、Wntシグナル伝達経路阻害物質は、浮遊培養開始後5日以内、より好ましくは3日以内、最も好ましくは浮遊培養開始と同時に無血清培地に添加する。また、Wntシグナル伝達経路阻害物質を添加した状態で、浮遊培養開始後18日目まで、より好ましくは12日目まで浮遊培養する。
培養温度、CO2濃度等の培養条件は適宜設定できる。培養温度は特に限定されるものではないが、例えば約30℃から約40℃、好ましくは約37℃である。またCO2濃度は、例えば約1%から約10%、好ましくは約5%である。
また、多能性幹細胞の濃度は、多能性幹細胞の凝集体をより均一に、効率的に形成させるように当業者であれば適宜設定することができる。凝集体形成時の多能性幹細胞の濃度は、幹細胞の均一な凝集体を形成可能な濃度である限り特に限定されないが、例えば96ウェルプレートを用いてヒトES細胞を浮遊培養する場合、1ウェルあたり約1×103~約5×104細胞、好ましくは約3×103~約3×104細胞、より好ましくは約5×103~約2×104細胞、最も好ましくは9×103細胞前後となるように調製した液を添加し、プレートを静置して凝集体を形成させる。
凝集体を形成させるために必要な浮遊培養の時間は、細胞を迅速に凝集させることができる限り、用いる多能性幹細胞によって適宜決定可能であるが、均一な凝集体を形成するためにはできる限り短時間であることが望ましい(例えば、SFEBq法)。例えば、ヒトES細胞やヒトiPS細胞の場合には、好ましくは24時間以内、より好ましくは12時間以内に凝集体を形成させることが望ましい。この凝集体形成までの時間は、細胞を凝集させる用具や、遠心条件などを調整することで当業者であれば適宜調節することが可能である。
多能性幹細胞の凝集体が形成されたことは、凝集体のサイズおよび細胞数、巨視的形態、組織染色解析による微視的形態およびその均一性、分化および未分化マーカーの発現およびその均一性、分化マーカーの発現制御およびその同期性、分化効率の凝集体間の再現性などに基づき、当業者であれば判断することが可能である。
【0074】
〔第二工程について〕
第一工程で形成された凝集体を、基底膜標品を含む無血清培地中で浮遊培養し、網膜前駆細胞または神経網膜前駆細胞を含む凝集体を得る第二工程について説明する。
「基底膜標品」としては、その上に基底膜形成能を有する所望の細胞を播種して培養した場合に、上皮細胞様の細胞形態、分化、増殖、運動、機能発現などを制御する機能を有するような基底膜構成成分を含むものをいう。ここで、「基底膜構成成分」とは、動物の組織において、上皮細胞層と間質細胞層などとの間に存在する薄い膜状をした細胞外マトリックス分子をいう。基底膜標品は、例えば基底膜を介して支持体上に接着している基底膜形成能を有する細胞を、該細胞の脂質溶解能を有する溶液やアルカリ溶液などを用いて除去することで作成することができる。好ましい基底膜標品としては、基底膜成分として市販されている商品(例えばMatrigel(以下、マトリゲルという場合もある))や、基底膜成分として公知の細胞外マトリックス分子(例えばラミニン、IV型コラーゲン、ヘパラン硫酸プロテオグリカン、エンタクチンなど)を含むものが挙げられる。
Matrigelは、Engelbreth Holm Swarn(EHS)マウス肉腫由来の基底膜調製物である。Matrigelの主成分はIV型コラーゲン、ラミニン、ヘパラン硫酸プロテオグリカン、エンタクチンであるが、これらに加えてTGF-β、線維芽細胞増殖因子(FGF)、組織プラスミノゲン活性化因子、EHS腫瘍が天然に産生する増殖因子が含まれる。Matrigelの「growth factor reduced製品」は、通常のMatrigelよりも増殖因子の濃度が低く、その標準的な濃度はEGFが<0.5 ng/mL、NGFが<0.2 ng/mL、PDGFが<5 pg/mL、IGF-1が5 ng/mL、TGF-βが1.7 ng/mLである。原料製造方法4では、「growth factor reduced製品」の使用が好ましい。
第二工程における浮遊培養で無血清培地に添加される基底膜標品の濃度としては、神経組織(例えば網膜組織)の上皮構造が安定に維持される限り特に限定されないが、例えばMartigelを用いる場合には、好ましくは培養液の1/20~1/200の容量、より好ましくは1/100前後の容量を挙げることができる。基底膜標品は多能性幹細胞の凝集体の培養開始時に既に培地に添加されていてもよいが、好ましくは、浮遊培養開始後5日以内、より好ましくは浮遊培養開始後2日以内に無血清培地に添加される。
第二工程で用いられる無血清培地は、第一工程で用いた無血清培地をそのまま用いることもできるし、新たな無血清培地に置き換えることもできる。
第一工程で用いた無血清培地をそのまま本工程に用いる場合、「基底膜標品」を培地中に添加すればよい。
第一工程及び第二工程における浮遊培養に用いられる無血清培地は、上述したようなものである限り特に限定されない。しかしながら、調製の煩雑さを回避する観点から、かかる無血清培地として、市販のKSRを適量添加した無血清培地(GMEM又はDMEM、0.1mM 2-メルカプトエタノール、0.1mM 非必須アミノ酸Mix、1mM ピルビン酸ナトリウム)を使用することが好ましい。無血清培地へのKSRの投与量としては特に限定されず、例えばヒトES細胞の場合は、通常1~20%であり、好ましくは2~20%である。
第二工程における培養温度、CO2濃度等の培養条件は適宜設定できる。培養温度は特に限定されるものではないが、例えば約30℃から約40℃、好ましくは約37℃である。またCO2濃度は、例えば約1%から約10%、好ましくは約5%である。
【0075】
第二工程により得られる凝集体は、発生初期段階の網膜組織として使用可能であるが、網膜前駆細胞または神経網膜前駆細胞の含有率を高めるために、基底膜標品を含む無血清培地中で浮遊培養した後に、以下の第三工程を実施し、得られる凝集体を発生初期段階の網膜組織として使用することもできる:
(3)第二工程で培養された凝集体を、血清培地中で浮遊培養する第三工程。
第三工程で用いられる血清培地は、第二工程で培養に用いた無血清培地に血清を直接添加したものを用いてもよいし、新たな血清培地におきかえたものを用いてもよい。
第三工程で培地に添加される血清として、例えば、牛血清、仔牛血清、牛胎仔血清、馬血清、仔馬血清、馬胎児血清、ウサギ血清、仔ウサギ血清、ウサギ胎児血清、ヒト血清など哺乳動物の血清などを用いることが出来る。
血清の添加は、浮遊培養(すなわち第一工程)開始後7日目以降、より好ましくは9日目以降、最も好ましくは12日目に行う。血清濃度については、1~30%、好ましくは3~20%、より好ましくは約10%で添加する。
第三工程で用いられる血清培地は、上述したようなものである限り特に限定されないが、前記無血清培地(GMEM又はDMEM、0.1mM 2-メルカプトエタノール、0.1mM 非必須アミノ酸Mix、1mM ピルビン酸ナトリウム)に血清を添加したものを用いることが好ましい。
また、かかる血清培地に、市販のKSR等の血清代替物を適量添加して使用してもよい。
第三工程において、血清に加えてSHHシグナル伝達経路作用物質を添加することで発生初期段階の網膜組織の製造効率を上昇させることが出来る。
SHHシグナル伝達経路作用物質としては、SHHにより媒介されるシグナル伝達を増強し得るものである限り特に限定されず、上記したものが挙げられる。
本工程に用いられるSHHシグナル伝達経路作用物質の濃度は、例えばSAG等の通常のSHHシグナル伝達経路作用物質の場合は、0.1 nM~10 μM、好ましくは10 nM~1 μM、より好ましくは約100 nMの濃度で添加する。
このようにして得られる凝集体を、発生初期段階の網膜組織として使用することもできる。
【0076】
また、発生初期段階の網膜組織を製造する好ましい一態様として、前記第三工程を実施した後に、以下の第四工程を実施し、得られる眼杯様構造体を発生初期段階の網膜組織として使用することもできる:
(4)第三工程で培養された凝集体を、SHHシグナル伝達経路作用物質とWntシグナル伝達経路作用物質とを含む無血清培地中又は血清培地中で浮遊培養する第四工程。
ここで、SHHシグナル伝達経路作用物質としては、SHHにより媒介されるシグナル伝達を増強し得るものである限り特に限定されず、上記したものが挙げられる。
ここで用いられるSHHシグナル伝達経路作用物質の濃度は、例えばSAG等の通常のSHHシグナル伝達経路作用物質の場合は、0.1 nM~10 μM、好ましくは10 nM~1 μM、より好ましくは約100 nMの濃度で添加する。
Wntシグナル伝達経路作用物質としては、Wntにより媒介されるシグナル伝達を増強し得るものである限り特に限定されず、例えば、Wntファミリーに属するタンパク質(例えば、Wnt1、Wnt3A、Wnt7A、Wnt2B)、Wnt受容体、Wnt受容体アゴニスト、抗Wnt受容体抗体、Wnt部分ペプチド、βカテニンシグナル伝達物質、GSK3β阻害剤(例えば、6-Bromoindirubin-3'-oxime(BIO)、CHIR99021(6-[[2-[[4-(2,4-ジクロロフェニル)-5-(5-メチル-1H-イミダゾール-2-イル)-2-ピリミジニル]アミノ]エチル]アミノ]-3-ピリジカルボニトリル)、Kenpaullone)等が挙げられる。
ここで用いられるWntシグナル伝達経路作用物質の濃度は、例えばCHIR99021等の通常のWntシグナル伝達経路作用物質の場合には、0.1 μM~100 μM、好ましくは1 μM~30 μM、より好ましくは約3 μMの濃度で添加する。
SHHシグナル伝達経路作用物質及びWntシグナル伝達経路作用物質は、浮遊培養開始(第一工程開始)後12日目以降25日目以内に添加する。好ましくは、15日目以降18日目以内に添加する。この際、凝集体形成工程で添加されたWntシグナル伝達経路阻害物質を含まない培地を使用することが好ましい。
浮遊培養開始から18日目以降に、凝集体中から、眼杯様構造体が突起状に形成される。上記第四工程により製造される眼杯様構造体もまた、本発明の方法で使用される出発物質となる発生初期段階の網膜組織として利用可能である。
【0077】
上記第四工程で得られる凝集体は、SHHシグナル伝達経路作用物質及びWntシグナル伝達経路作用物質のいずれも含まない無血清培地又は血清培地中で1日~20日間浮遊培養した後に、本発明の方法の出発物質となる発生初期段階の網膜組織として使用することもできる。本原料製造方法により、網膜組織以外の神経組織が同時に形成される場合もあり、これらは背側化シグナル伝達物質であるWntシグナル伝達経路作用物質等を発現することがある。このため、好ましくは、過剰な背側化シグナル伝達物質であるWntシグナル伝達経路作用物質等による影響を排除するために、凝集体の表面に存在する当該の眼杯様構造体をピンセット、ハサミ、注射針、カミソリ及びそれに類するもの等を用いて凝集体から物理的に切り出すこともできる。
【0078】
2-5. 原料製造方法5
発生初期段階の網膜組織は、毛様体周縁部構造体を含んでいてもよく、毛様体周縁部構造体を含む発生初期段階の網膜組織は、WO2015/087614 (& US2016/376554)に記載の方法で製造することができる。
具体的には、網膜組織を含む細胞凝集体であり、前記網膜組織におけるCHX10陽性細胞の存在割合が20%以上100%以下である細胞凝集体〔例えば原料製造方法1~4の製造方法においては、浮遊培養開始後約9~60日目、好ましくは9~40日目、更に好ましくは浮遊培養開始後約15~20日目、例えば18日目に相当する細胞凝集体である。〕を、Wntシグナル伝達経路作用物質及びFGFシグナル伝達経路阻害物質を含む無血清培地又は血清培地中で、RPE65遺伝子を発現する細胞が出現するに至るまでの期間中に限り、培養する工程を経て得られる凝集体、又は、更に得られた「RPE65遺伝子を発現する細胞が出現していない細胞凝集体」を、Wntシグナル伝達経路作用物質を含まない無血清培地又は血清培地中で培養する工程を経て得られる毛様体周縁部様構造体を含む凝集体もまた、本発明の方法の出発物質となる発生初期段階の網膜組織として使用することができる。
具体的には、例えば下記の方法により調製される、毛様体周縁部構造体を含む凝集体もまた、発生初期段階の網膜組織に含まれる:
(1)網膜組織を含む細胞凝集体であり、前記網膜組織におけるCHX10陽性細胞の存在割合が20%以上100%以下である細胞凝集体を、Wntシグナル伝達経路作用物質及びFGFシグナル伝達経路阻害物質を含む無血清培地又は血清培地中で、RPE65遺伝子を発現する細胞が出現するに至るまでの期間中に限り、培養した後、得られた「RPE65遺伝子を発現する細胞が出現していない細胞凝集体」を、Wntシグナル伝達経路作用物質を含まない無血清培地又は血清培地中で培養する工程を含む、毛様体周縁部様構造体を含む凝集体の製造方法。
【0079】
「網膜組織を含む細胞凝集体であり、前記網膜組織におけるCHX10陽性細胞の存在割合が20%以上100%以下である細胞凝集体」は、上述の原料製造方法1~4に記載された方法で得ることができる。すなわち、当該細胞凝集体は、それ自体発生初期段階の網膜組織を含む凝集体である。例えば、原料製造方法1における第二工程又は原料製造方法2もしくは3における第三工程において、BMP4等のBMPシグナル伝達経路作用物質の存在下で6~15日間培養することにより発生初期段階の網膜組織、すなわち「網膜組織を含む細胞凝集体であり、前記網膜組織におけるCHX10陽性細胞の存在割合が20%以上100%以下である細胞凝集体」を得ることができる。また、上記「Wntシグナル伝達経路作用物質及びFGFシグナル伝達経路阻害物質を含む無血清培地又は血清培地中で、RPE65遺伝子を発現する細胞が出現するに至るまでの期間中に限り、培養する工程」は、Wntシグナル伝達経路作用物質及びFGFシグナル伝達経路阻害物質を含む無血清培地又は血清培地中で継続して培養することにより(例えば30日間以上)、網膜組織に含まれる細胞のうち50%以上、好ましくは80%以上、より好ましくは90%以上、更により好ましくは99%以上がRPE65遺伝子を発現可能な時期まで、すなわち、網膜組織に含まれる細胞のうち上記割合の細胞が網膜色素上皮に分化可能な時期までに開始することが好ましい。具体的には浮遊培養開始後40日、好ましくは30日、より好ましくは20日までに開始する。
このようにして得られる細胞凝集体を、本工程の「網膜組織を含む細胞凝集体であり、前記網膜組織におけるChx10陽性細胞の存在割合が20%以上100%以下である細胞凝集体」として用いることができる。
まず、「網膜組織を含む細胞凝集体であり、前記網膜組織におけるCHX10陽性細胞の存在割合が20%以上100%以下である細胞凝集体」を、WO2015/087614に記載の方法に準じて、Wntシグナル伝達経路作用物質及びFGFシグナル伝達経路阻害物質を含む無血清培地又は血清培地中で、RPE65遺伝子を発現する細胞が出現するに至るまでの期間中に限り、培養する。ここで、好ましい培養としては、浮遊培養を挙げることができる。
無血清培地としては、基礎培地にN2またはKSRが添加された無血清培地を挙げることができ、より具体的には、DMEM/F-12培地にN2 supplement(N2, Invitrogen社)が添加された無血清培地を挙げることができる。血清培地としては、基礎培地に牛胎児血清が添加された血清培地を挙げることができる。
培養温度、CO2濃度等の培養条件は適宜設定すればよい。培養温度としては、例えば、約30℃から約40℃の範囲を挙げることができる。好ましくは、例えば、約37℃を挙げることができる。また、CO2濃度としては、例えば、約1%から約10%の範囲を挙げることができる。好ましくは、例えば、約5%を挙げることができる。
上記細胞凝集体を、無血清培地又は血清培地中で培養する際、該培地に含められるWntシグナル伝達経路作用物質としては、Wntにより媒介されるシグナル伝達を増強し得るものである限り特に限定されず、上記のものが挙げられる。
無血清培地又は血清培地に含まれるWntシグナル伝達経路作用物質の濃度としては、CHIR99021等の通常のWntシグナル伝達経路作用物質の場合には、例えば、約0.1 μMから約100 μMの範囲を挙げることができる。好ましくは、例えば、約1 μMから約30 μMの範囲を挙げることができる。より好ましくは、例えば、約3 μMの濃度を挙げることができる。
上記「網膜組織を含む細胞凝集体」を、無血清培地又は血清培地中で培養する際、該培地に含められるFGFシグナル伝達経路阻害物質としては、FGFにより媒介されるシグナル伝達を阻害できるものである限り特に限定されない。FGFシグナル伝達経路阻害物質としては、例えば、FGF受容体、FGF受容体阻害剤(例えば、SU-5402、AZD4547、BGJ398)、MAPキナーゼカスケード阻害物質(例えば、MEK阻害剤、MAPK阻害剤、ERK阻害剤)、PI3キナーゼ阻害剤、Akt阻害剤などが挙げられる。
無血清培地又は血清培地に含まれるFGFシグナル伝達経路阻害物質の濃度は、多能性幹細胞の凝集体を形成する細胞の網膜細胞への分化を誘導可能な濃度であればよい。例えばSU-5402の場合、約0.1 μMから約100 μM、好ましくは約1 μMから約30 μM、より好ましくは約5 μMの濃度で添加する。
本明細書において「RPE65遺伝子を発現する細胞が出現するに至るまでの期間中に限り、培養」するとは、RPE65遺伝子を発現する細胞が出現するに至るまでの期間の全部又はその一部に限り培養することを意味する。つまり、培養系内に存在する前記「網膜組織を含む細胞凝集体」が、RPE65遺伝子を実質的に発現しない細胞から構成されている期間の全部又はその一部(任意な期間)に限り培養すればよく、このような培養を採用することにより、RPE65遺伝子を発現する細胞が出現していない細胞凝集体を得ることができる。「RPE65遺伝子を発現する細胞が出現していない細胞凝集体」には、「RPE65遺伝子を発現する細胞が全く出現していない細胞凝集体」及び「RPE65遺伝子を発現する細胞が実質的に出現していない細胞凝集体」が含まれる。「RPE65遺伝子を発現する細胞が実質的に出現していない細胞凝集体」としては、当該細胞凝集体に含まれる網膜組織におけるRPE65陽性細胞の存在割合が約1%以下である細胞凝集体を挙げることができる。
このような特定な期間を設定するには、前記「網膜組織を含む細胞凝集体」を試料として、当該試料中に含まれるRPE65遺伝子の発現有無又はその程度を、通常の遺伝子工学的手法又は生化学的手法を用いて測定すればよい。具体的には例えば、前記「網膜組織を含む細胞凝集体」の凍結切片をRPE65タンパク質に対する抗体を用いて免疫染色する方法を用いてRPE65遺伝子の発現有無又はその程度を調べることができる。
「RPE65遺伝子を発現する細胞が出現するに至るまでの期間」としては、例えば、前記網膜組織におけるCHX10陽性細胞の存在割合が、Wntシグナル伝達経路作用物質及びFGFシグナル伝達経路阻害物質を含む無血清培地又は血清培地中での前記細胞凝集体の培養開始時よりも減少し、30%から0%の範囲内になるまでの期間を挙げることができる。「RPE65遺伝子を発現する細胞が出現していない細胞凝集体」としては、前記網膜組織におけるChx10陽性細胞の存在割合が30%から0%の範囲内である細胞凝集体を挙げることができる。
「RPE65遺伝子を発現する細胞が出現するに至るまでの期間」の日数はWntシグナル伝達経路作用物質及びFGFシグナル伝達経路阻害物質の種類、無血清培地又は血清培地の種類、他の培養条件等に応じて変化するが、例えば、14日間以内を挙げることができる。より具体的には、無血清培地(例えば、基礎培地にN2が添加された無血清培地)が用いられる場合、前記期間として、好ましくは、例えば、10日間以内を挙げることができ、より好ましくは、例えば、2日間から6日間、更に具体的には3日間から5日間を挙げることができる。血清培地(例えば、基礎培地に牛胎児血清が添加された血清培地)が用いられる場合、前記期間として、好ましくは、例えば、12日間以内を挙げることができ、より好ましくは、例えば、6日間から9日間を挙げることができる。
こうして得られた凝集体を、本発明の方法の出発物質となる発生初期段階の網膜組織として使用することができる。
次いで、上述のようにして培養して得られた「RPE65遺伝子を発現する細胞が出現していない細胞凝集体」を、更にWntシグナル伝達経路作用物質を含まない無血清培地又は血清培地中で1日間~50日間(「神経節細胞が出現直後の分化段階から錐体視細胞前駆細胞の出現率が極大に至るまでの分化段階」に相当)、好ましくは1日間~15日間(神経節細胞が出現し始めてから約5日以内に相当)、更に好ましくは1日間~7日間(神経節細胞が出現し始める段階に相当)培養した後に、本発明の方法において出発物質となる発生初期段階の網膜組織として使用してもよく、当該培養方法については、WO2015/087614(例えば、段落〔0076〕~〔0079〕)を参照することができる。
【0080】
2-6. 原料製造方法6
本発明の製造方法の出発物質として使用可能な毛様体周縁部構造体を含む発生初期段階の網膜組織は、WO2013/183774(&US2015/132787)に記載の方法で製造することもできる。
具体的には、網膜組織を含む細胞凝集体であり、前記網膜組織におけるCHX10陽性細胞の存在割合が20%以上100%以下である細胞凝集体を、Wntシグナル伝達経路作用物質を含む無血清培地又は血清培地中で、RPE65遺伝子を発現する細胞が出現するに至るまでの期間中に限り、培養する工程を経て得られる凝集体、又は、更に得られた「RPE65遺伝子を発現する細胞が出現していない細胞凝集体」を、Wntシグナル伝達経路作用物質を含まない無血清培地又は血清培地中で培養する工程を経て得られる毛様体周縁部様構造体を含む凝集体もまた、発生初期段階の網膜組織である。
【0081】
ここで原料として用いられる「網膜組織を含む細胞凝集体であり、前記網膜組織におけるCHX10陽性細胞の存在割合が20%以上100%以下である細胞凝集体」、または「Wntシグナル伝達経路作用物質」としては、上記原料製造方法5の場合と同じものが挙げられる。
好ましい培養としては、例えば、浮遊培養を挙げることができる。また、好ましい培地としては、例えば、無血清培地を挙げることができる。
培養温度、CO2濃度等の培養条件は適宜設定すればよい。培養温度としては、例えば、約30℃~約40℃の範囲を挙げることができる。好ましくは、例えば、約37℃を挙げることができる。また、CO2濃度としては、例えば、約1%~約10%の範囲を挙げることができる。好ましくは、例えば、約5%を挙げることができる。
該培地に含められるWntシグナル伝達経路作用物質としては、Wntにより媒介されるシグナル伝達を増強し得るものである限り特に限定されず、上記のものが挙げられる。
また、無血清培地又は血清培地に含まれるWntシグナル伝達経路作用物質の濃度としては、CHIR99021等の通常のWntシグナル伝達経路作用物質の場合には、例えば、約0.1 μM~100 μMの範囲を挙げることができる。好ましくは、例えば、約1 μM~30 μMの範囲を挙げることができる。より好ましくは、例えば、約3μMの濃度を挙げることができる。
FGFシグナル伝達経路阻害物質を含まなくてもよいこと以外は製造方法5と同様にして、当該細胞凝集体を「RPE65遺伝子を発現する細胞が出現するに至るまでの期間中に限り、培養」する。
好ましい「RPE65遺伝子を発現する細胞が出現するに至るまでの期間」としては、例えば、前記網膜組織におけるCHX10陽性細胞の存在割合が50%~1%の範囲内である期間を挙げることができる。この場合には、得られる「RPE65遺伝子を発現する細胞が出現していない細胞凝集体」は、前記網膜組織におけるCHX10陽性細胞の存在割合が50%~1%の範囲内である細胞凝集体となる。
「RPE65遺伝子を発現する細胞が出現するに至るまでの期間」の日数はWntシグナル伝達経路作用物質の種類、無血清培地又は血清培地の種類、他の培養条件等に応じて変化するが、例えば、14日間以内を挙げることができる。より具体的には、無血清培地(例えば、基礎培地にN2が添加された無血清培地)が用いられる場合、前記期間として、好ましくは、例えば、10日間以内を挙げることができ、より好ましくは、例えば、2日間から6日間、更に具体的には3日間から5日間を挙げることができる。血清培地(例えば、基礎培地に牛胎児血清が添加された血清培地)が用いられる場合、前記期間として、好ましくは、例えば、12日間以内を挙げることができ、より好ましくは、例えば、6日間から9日間を挙げることができる。
こうして得られた凝集体を、本発明の方法の出発物質となる発生初期段階の網膜組織として使用することができる。次いで、上述のようにして培養して得られた「RPE65遺伝子を発現する細胞が出現していない細胞凝集体」を、そのまま発生初期段階の網膜組織として使用してもよいが、更にWntシグナル伝達経路作用物質を含まない無血清培地又は血清培地中で1日間~50日間、好ましくは1日間~15日間、更に好ましくは1日間~7日間培養した後に、発生初期段階の網膜組織を含む凝集体として使用してもよく、当該培養方法については、WO2015/087614(例えば、段落〔0076〕~〔0079〕)を参照することができる。
【0082】
2-7. 原料製造方法7
発生初期段階の網膜組織は、毛様体周縁部構造体を含んでいてもよく、毛様体周縁部構造体を含む発生初期段階の網膜組織は、WO2015/107738(及び米国特許出願No. 15/112,187)に記載の方法で製造することができる。具体的には、例えば下記の工程を含む方法により調製されるレチノスフェアもまた、本発明の製造方法で使用される方法の出発物質となる発生初期段階の網膜組織として使用することができる:
(1)多能性幹細胞から分化誘導された毛様体周縁部様構造体を含む細胞凝集体から得られた細胞を浮遊増殖培養し、レチノスフェアを得る工程。
【0083】
すなわち、「多能性幹細胞から分化誘導された毛様体周縁部様構造体を含む細胞凝集体」は、上記原料製造方法5又は6に従って、製造することができ、これから得られる細胞を分散し、浮遊培養し、レチノスフェアを得ることができる。
当該細胞としては、上記の「多能性幹細胞から分化誘導された毛様体周縁部様構造体を含む細胞凝集体」を分散させて得られた細胞、前記細胞凝集体から分離された毛様体周縁部様構造体を分散させて得られた細胞、又は、前記細胞凝集体から分取された細胞を分散させて得られた細胞を挙げることができる。かかる細胞を増殖因子等の存在下で低密度で浮遊培養すると、1細胞、又は、2から10細胞程度の少数の細胞に由来する球状の細胞凝集体、すなわちレチノスフェアが形成される。該レチノスフェアの製造方法については、WO2015/107738(及び米国特許出願No. 15/112,187)を参照することができる。
具体的には、分散された細胞を神経細胞培養用添加物及び増殖因子を加えた無血清培地又は血清培地中で浮遊培養することができる。培地として、好ましくは、FGFシグナル伝達経路作用物質及びEGFシグナル伝達経路作用物質からなる群から選ばれる一以上の物質を含む無血清培地又は血清培地を挙げることができる。ここで用いられるFGFシグナル伝達経路作用物質としてはFGF1、bFGF、FGF4、FGF7、FGF8、FGF9等のFGFタンパク質及びFGFシグナルの補助剤としてのheparine等が挙げられ、EGFシグナル伝達経路作用物質としてはEGF、TGF-alpha等が挙げられる。
上記のように製造したレチノスフェアは、網膜組織と同様に網膜前駆細胞又は神経網膜前駆細胞を含むので、本発明の製造方法の原料となる発生初期段階の網膜組織として使用することができる。また、上記工程(1)の後に、BMPシグナル伝達経路作用物質(例、BMP4)を含む無血清培地又は血清培地中で浮遊培養したレチノスフェアも本発明の製造方法の原料となる発生初期段階の網膜組織として使用することができる。次いで、上述のようにして得られたレチノスフェアを、更にWntシグナル伝達経路作用物質を含まない無血清培地又は血清培地中で1日間~50日間、好ましくは1日間~15日間、更に好ましくは1日間~7日間培養した後に得られる細胞凝集体を発生初期段階の網膜組織として使用してもよい。
【0084】
3.神経網膜前駆細胞を含み、かつ神経節細胞が出現直後の分化段階から錐体視細胞前駆細胞の出現率が極大に至るまでの分化段階のいずれかの段階にある網膜組織(本発明[1]に係る方法で使用可能な原料)の製造
上記本発明[1]で用いられる「神経網膜前駆細胞を含み、かつ神経節細胞が出現直後の分化段階から錐体視細胞前駆細胞の出現率が極大に至るまでの分化段階のいずれかの段階にある網膜組織」について以下に説明する。
【0085】
甲状腺ホルモンシグナル伝達経路作用物質を含む培地での培養を開始する時期の網膜組織は、甲状腺ホルモンシグナル伝達経路作用物質を含む培地で培養し、ミューラー細胞がみとめられる程度にまで分化・成熟した際に、PAX6陰性かつCHX10強陽性細胞(例えば、双極細胞)、及びPAX6陽性かつCHX10陰性細胞(例えば、アマクリン細胞、神経節細胞、又は水平細胞のいずれかの細胞)の割合を低減させ得る分化段階であって、視細胞前駆細胞及び/又は視細胞が含まれる割合を高めることが可能な分化段階であれば特に限定はないが、後述するように「神経網膜前駆細胞を含み、かつ神経節細胞が出現直後の分化段階から錐体視細胞前駆細胞の出現率が極大に至るまでの分化段階のいずれかの段階」にある網膜組織が好ましく用いられ得る。
具体的には、「神経網膜前駆細胞を含み、かつ神経節細胞が出現直後の分化段階」の網膜組織は、神経網膜前駆細胞のマーカーである、CHX10、好ましくはRX、PAX6及びCHX10が検出可能なレベルで検出され、かつ神経節細胞のマーカーであるTUJ1又はBRN3等が検出可能なレベルで検出可能となった直後の分化段階で、視細胞、並びに網膜色素上皮細胞、神経節細胞、水平細胞、アマクリン細胞、双極細胞及びミューラー細胞の少なくとも2つ以上、好ましくは5つ以上、より好ましくは6つ以上の細胞に分化可能な神経網膜前駆細胞(例えば、CHX10陽性、RX陽性かつPAX6陽性の細胞)を含む網膜組織が挙げられ、当該網膜組織は網膜前駆細胞を含んでいてもよい。
ここで「神経節細胞が出現直後の分化段階」か否かは、神経網膜組織に神経節細胞マーカーであるBRN3陽性細胞が出現し始める時期を特定することで判断することができる。具体的には、「神経節細胞が出現直後の分化段階」としては、神経節細胞マーカーが検出されてから約10日以内、好ましくは約5日以内、より好ましくは1日以内、更により好ましくは1時間以内が挙げられる。例えば、当該網膜組織に含まれる全細胞数の30%以上、好ましくは50%以上、より好ましくは70%以上、更に好ましくは80%以上、更により好ましくは90%以上、特に好ましくは99%以上が神経網膜前駆細胞であり、神経節細胞マーカー陽性(好ましくは、BRN3陽性)細胞が検出され、かつその割合が全細胞数の40%以下、好ましくは20%以下、10%以下、5%以下、より好ましくは1%以下、更に好ましくは0.1%以下、更により好ましくは0.01%以下の網膜組織であり、網膜前駆細胞を含んでいてもよい。
例えば、「神経網膜前駆細胞を含み、かつ神経節細胞が出現直後の分化段階」の網膜組織としては、上記の原料製造方法1~4に記載の方法で製造する場合、浮遊培養開始後約27日~40日目、好ましくは28日~37日目、より好ましくは28~33日目に相当する網膜組織が挙げられる。
また、例えば上記の原料製造方法5~7に記載の方法で製造する場合、浮遊培養開始後約33日目~45日目、好ましくは約33日目~42日目、より好ましくは33日目~38日目に相当(Wntシグナル伝達経路作用物質を含まない無血清培地又は血清培地中で培養を開始してから約11日~23日目、好ましくは11日~20日目、より好ましくは11~16日目に相当)する網膜組織が挙げられる。
【0086】
本明細書における「神経網膜前駆細胞を含み、かつ神経節細胞が出現直後の分化段階」にある網膜組織の一態様として、視細胞前駆細胞又は錐体視細胞前駆細胞が出現し始める段階、例えば、CRX陽性細胞又はCRX陽性かつTRβ2陽性の細胞が出現し始める段階の網膜組織が挙げられる。
例えば、上記の原料製造方法1~4に記載の方法で製造する場合、浮遊培養開始後約30日~45日目、好ましくは約30日~40日目に相当する網膜組織が挙げられる。
例えば、上記原料製造方法5~7のいずれかに記載の方法で製造する場合、浮遊培養開始後約35日目~45日目、好ましくは約35日目~42日目に相当(Wntシグナル伝達経路作用物質を含まない無血清培地又は血清培地中で培養を開始してから約13日~23日目、好ましくは13日~20日目に相当)する網膜組織が挙げられる。
【0087】
本明細書における「錐体視細胞前駆細胞の出現率が極大に至るまでの分化段階」の網膜組織の一態様として、具体的には、「錐体視細胞前駆細胞の出現率が極大となる分化段階の網膜組織」の少なくとも1日以上前の分化段階の網膜組織が挙げられる。また、ここで、「錐体視細胞前駆細胞の出現率が極大となる分化段階の網膜組織」は、錐体視細胞前駆細胞、又は錐体視細胞の出現が認められてから30~50日後、好ましくは30~40日後に相当する分化段階である。
甲状腺ホルモンシグナル伝達経路作用物質を含む培地での培養を開始する時期の網膜組織としては、後述する通り「神経網膜前駆細胞を含み、神経節細胞が出現直後の分化段階」以降で、なるべく早い分化段階の網膜組織が好ましく使用され得る。従って、「錐体視細胞前駆細胞の出現率が極大に至るまでの分化段階の網膜組織」としては、好ましくは錐体視細胞前駆細胞の出現率が極大となる分化段階の10日以上前、より好ましくは20日以上前、更により好ましくは30日以上前、40日以上前で、かつ神経節細胞が出現している段階の網膜組織、即ち「神経網膜前駆細胞を含み、かつ神経節細胞が出現直後の分化段階にある神経網膜組織から、視細胞前駆細胞又は錐体視細胞前駆細胞が出現し始める段階までのいずれかの分化段階にある網膜組織」が好ましく挙げられる。
「神経網膜前駆細胞を含み、かつ神経節細胞が出現直後の分化段階から錐体視細胞前駆細胞の出現率が極大に至るまでの分化段階のいずれかの段階にある網膜組織」は、例えば、上記原料製造方法1(WO2015/025967)、原料製造方法2(WO2016/063985)及び原料製造方法3(WO2016/063986)に記載の方法であれば、BMPシグナル伝達経路作用物質(例えばBMP4)を含む培地で培養を開始してから、約27日~69日目、好ましくは28日~60日目、より好ましくは28~50日目、更により好ましくは28~40日目、28~35日目に相当する。
【0088】
また、例えば上記原料製造方法4(WO2013/077425)に記載の方法であれば、前記分化段階は、基底膜標品(例えばマトリゲル)を含む培地で培養を開始してから、約27日~69日目、好ましくは28日~60日目、より好ましくは28~50日目、更により好ましくは28~40日目、28~35日目に相当する。
【0089】
また、例えば、上記原料製造方法5(WO2015/087614)、原料製造方法6(WO2013/183774)又は原料製造方法7(WO2015/107738)に記載の方法であれば、前記分化段階は、RPE65陽性の毛様体周縁部構造体を含む網膜組織が得られる段階に相当し、浮遊培養開始後約33日目~74日目、好ましくは約33日目~65日目、より好ましくは33日目~55日目、更により好ましくは33日目~45日目、33日目~40日目に相当し、上記原料製造方法5(WO2015/087614)、原料製造方法6(WO2013/183774)又は原料製造方法7(WO2015/107738)に記載の方法においてWntシグナル伝達経路作用物質存在下での培養を終了しWntシグナル伝達経路作用物質を含まない無血清培地又は血清培地中で培養を開始してから約11日~52日目、好ましくは11日~43日目、より好ましくは11~33日目、更により好ましくは11~23日目、11~18日目に相当する。
すなわち、「発生初期段階の網膜組織」を製造する工程、及び「発生初期段階の網膜組織」を培養し「神経網膜前駆細胞を含み、かつ神経節細胞が出現直後の分化段階から錐体視細胞前駆細胞の出現率が極大に至るまでの分化段階のいずれかの段階にある網膜組織」を製造する工程は、発生初期段階の網膜組織を同定もしくは単離することなく、工程の境界なく連続的に行ってもよい。
【0090】
4.双極細胞、アマクリン細胞、神経節細胞、及び/又は水平細胞の分化抑制方法
本発明の一態様として、視細胞前駆細胞及び/又は視細胞を含む神経網膜組織における、双極細胞、神経節細胞、アマクリン細胞、及び/又は水平細胞の分化抑制方法が挙げられる。
本発明の分化抑制方法によれば、「神経網膜前駆細胞を含み、かつ神経節細胞が出現直後の分化段階にある網膜組織」、すなわち「神経網膜前駆細胞を含み、かつ神経節細胞が出現直後の分化段階にある細胞凝集体」を、甲状腺ホルモンシグナル伝達経路作用物質を含む培地で培養することにより、視細胞前駆細胞及び/又は視細胞を含む神経網膜組織における神経節細胞、アマクリン細胞、水平細胞及び双極細胞、これらの前駆細胞の少なくとも1つの細胞数、又はこれらの総細胞数の割合を低減させ、視細胞前駆細胞及び視細胞の割合を高めることが可能である。また、本発明の分化抑制方法により、双極細胞の割合を低減させ、視細胞前駆細胞及び視細胞の割合を高めることができる。
さらに、網膜組織を構成する各層のうち、双極細胞及びアマクリン細胞等が存在する内顆粒層や神経節細胞が存在する神経節細胞層といった基底膜側の細胞層に異所性の視細胞層(視細胞前駆細胞層とも言う)を形成させることが可能であり、移植した際、レシピエントの双極細胞と移植した網膜組織内に含まれる視細胞前駆細胞の空間的、又は物理的距離が近い、移植に適した網膜組織を作製することができる。
【0091】
視細胞前駆細胞及び/又は視細胞を含む移植用の網膜組織の一つの態様である、神経網膜組織内にミューラー細胞がみとめられる程度に分化、成熟した段階においては、PAX6陰性/CHX10強陽性細胞は双極細胞であり、PAX6陽性/CHX10陰性細胞は神経節細胞、アマクリン細胞もしくは水平細胞であることが当業者に知られている。このため、本明細書において視細胞前駆細胞を含む移植用の神経網膜組織において、移植の際不要となる双極細胞、アマクリン細胞、神経節細胞及び/又は水平細胞の割合を低減させることができたかどうかについては、例えば、ミューラー細胞がみとめられる程度に分化、成熟した段階の網膜組織に含まれるPAX6陰性/CHX10強陽性細胞、および/又は、PAX6陽性/CHX10陰性細胞の割合を特定すればよい。また、当該網膜組織内にミューラー細胞がみとめられるかどうかは、例えばCRALBP陽性細胞、及び/又はCRABP陽性細胞が存在することを確認すればよい。
【0092】
ここで添加する甲状腺ホルモンシグナル伝達経路作用物質の濃度は、双極細胞、並びにアマクリン細胞、神経節細胞及び水平細胞のいずれかの細胞の分化を抑制する程度の濃度であって、かつ視細胞前駆細胞の分化を抑制しない程度の濃度であれば特に限定はなく、双極細胞、アマクリン細胞、神経節細胞、及び/又は水平細胞のマーカーが陽性の細胞数と、視細胞前駆細胞マーカー陽性の細胞数の割合を測定し、適宜設定することができる。
添加する甲状腺ホルモンシグナル伝達経路作用物質の濃度は、例えばミューラー細胞が出現している程度にまで分化した、後期の分化段階(例えば、上記原料製造方法1~3、4、又は5~7に記載の方法で製造された網膜組織を原料とする場合、浮遊培養開始後約180~200日目に相当する)の神経網膜組織に含まれる全細胞に対して、PAX6陰性/CHX10強陽性細胞が8%以下、好ましくは、6%以下、より好ましくは5%以下となるよう、設定することができる。又は、PAX6陽性/CHX10陰性細胞の割合が30%以下、好ましくは20%以下、より好ましくは15%以下となるよう、甲状腺ホルモンシグナル伝達経路作用物質の濃度を設定することができる。又は、視細胞(または視細胞前駆細胞)の割合が、40%以上、好ましくは45%以上、より好ましくは50%以上となるよう、甲状腺ホルモンシグナル伝達経路作用物質の濃度を設定することができる。
【0093】
あるいは添加する甲状腺ホルモンシグナル伝達経路作用物質の濃度は、例えば錐体視細胞前駆細胞(例:CRX陽性かつTRβ2陽性細胞、又はCRX陽性かつRXR-γ陽性細胞)の出現率が極大となる分化段階の網膜組織(即ち、錐体視細胞前駆細胞の出現が認められてから30~50日後、好ましくは30~40日後に相当する分化段階、又は例えば原料製造方法1~4に記載の方法で製造された網膜組織を原料とする場合、浮遊培養開始後約60~70日目、原料製造方法5~7に記載の方法で製造された網膜組織を原料とする場合、浮遊培養開始後約65~75日目に相当する分化段階)において、ニューロブラスティックレイヤー(NBL)より基底膜側に出現する異所性の視細胞前駆細胞が観察される程度であって、かつ、NBLを含む頂端面側に出現する視細胞前駆細胞数及び視細胞の細胞数と、NBLより基底膜側に出現する異所性の視細胞前駆細胞数及び視細胞の細胞数との、単位面積あたりの割合が、10:1から1:10、好ましくは2:1から1:2、より好ましくは10:7から7:10程度となるように甲状腺ホルモンシグナル伝達経路作用物質の濃度を設定すればよい。ここで、「単位面積あたりの割合」は、以下の手順により同定できる。1)当業者により通常実施される切片作製方法、及び免疫染色等の方法により神経網膜組織とそこに含まれる細胞を特定する、2)神経網膜組織の一定の面積当たり(即ち、単位面積あたり)に含まれるCRX陽性細胞を、画像解析ソフト等を用いて計測し、比較する。こうすることで、NBLを含む頂端面側に出現する視細胞前駆細胞数と、NBLより基底面側に出現する異所性の視細胞前駆細胞数との、単位面積あたりの割合を比較可能である。ここで、神経網膜組織は、例えば上記神経網膜組織及び神経網膜組織に含まれる細胞に対するマーカーと組み合わせ、頂端面、基底膜、及び/又はDAPI陽性の細胞核が存在する領域を同定し位置関係を比較することにより特定可能である。また、頂端面のマーカーとして、例えば、atypical-PKC(以下aPKCと略す)、E-cadherin、N-cadherin、基底膜のマーカーとしてLaminin、Type-IV Collagen、ヘパラン硫酸プロテオグリカン、Entactin等を挙げることができ、これらマーカーに対する抗体などが利用できる。また、NBLは、神経網膜前駆細胞が増殖する層として網膜構造からおおよそ同定できるが、NBL に存在する神経網膜前駆細胞、及び/又は神経網膜に含まれる増殖細胞が存在する層として、CHX10、RX、PAX6及び/又はKi67に対する抗体を用いて同定しても良い。
あるいは、添加する甲状腺ホルモンシグナル伝達経路作用物質の濃度は、当該分化段階(錐体視細胞前駆細胞(例:CRX陽性かつTRβ2陽性細胞、又はCRX陽性かつRXR-γ陽性細胞)の出現率が極大となる分化段階)の網膜組織におけるCRX陽性細胞である視細胞前駆細胞の割合が神経網膜組織に含まれる全細胞に対して11%以上、好ましくは15%以上、更に好ましくは20%以上となる様に設定すればよい。あるいは、当該分化段階の網膜組織におけるCRX陽性かつTRβ2陽性細胞の割合が神経網膜組織に含まれる全細胞に対して7%以上、好ましくは10%以上、更に好ましくは11%以上となるように設定すればよい。
甲状腺ホルモンシグナル伝達経路作用物質としてT3を用いる場合には、例えば、0.1~1000nMの範囲となるように培地に添加することができる。好ましくは、1~500nM;より好ましくは10~100nM;更に好ましくは30~90nM;更により好ましくは60nM前後の濃度のT3に相当する甲状腺ホルモンシグナル伝達亢進活性を有する濃度が挙げられる。
甲状腺ホルモンシグナル伝達経路作用物質としてT4を用いる場合には、例えば、1nM~500μMの範囲となるように培地に添加することができる。好ましくは、50nM~50μM;より好ましくは500nM~5μMの範囲である。
【0094】
あるいは、添加する甲状腺ホルモンシグナル伝達経路作用物質の濃度は、桿体視細胞前駆細胞(又は双極細胞)が出現し始める分化段階の網膜組織における視細胞前駆細胞(CRX陽性細胞)の割合が神経網膜組織に含まれる全細胞に対して20%以上、好ましくは25%以上、更に好ましくは30%以上となるように設定すればよい。あるいは、当該分化段階における網膜組織において、頂端面の接線に垂直に交わる直線に沿って、平均2細胞、好ましくは平均3細胞以上、より好ましくは平均4細胞以上が視細胞前駆細胞(CRX陽性細胞)となる様に、添加する甲状腺ホルモンシグナル伝達経路作用物質の濃度を設定すればよい。また、好ましくは当該分化段階における網膜組織にはNBLより基底膜側に異所性の視細胞前駆細胞を含むよう、添加する甲状腺ホルモンシグナル伝達経路作用物質の濃度を決定することができる。
【0095】
甲状腺ホルモンシグナル伝達経路作用物質を含む培地での培養を開始する時期として、甲状腺ホルモンシグナル伝達経路作用物質を含む培地で培養し、ミューラー細胞がみとめられる程度にまで分化・成熟した際にPAX6陰性かつCHX10強陽性細胞(例えば、双極細胞)、及びPAX6陽性かつCHX10陰性細胞(例えば、アマクリン細胞、神経節細胞、又は水平細胞のいずれかの細胞)の割合を低減させ得る分化段階であって、視細胞前駆細胞及び/又は視細胞が含まれる割合を高めることが可能な分化段階までに開始すれば特に限定はないが、上述の、神経網膜前駆細胞を含み、かつ神経節細胞が出現直後の分化段階から、錐体視細胞前駆細胞の出現率が極大に至るまでの分化段階のいずれかの時期が好ましく挙げられる。
ここで、「錐体視細胞前駆細胞の出現率が極大に至るまでの分化段階」は、具体的には「錐体視細胞前駆細胞の出現率が極大となる分化段階」の少なくとも1日以上前の分化段階の網膜組織が挙げられる。
また、甲状腺ホルモンシグナル伝達経路作用物質を含む培地での培養を開始する時期は、原料となる神経網膜組織が「神経網膜前駆細胞を含み、神経節細胞が出現直後の分化段階」以降で、なるべく早い分化段階までに開始されることが好ましいことから、「錐体視細胞前駆細胞の出現率が極大に至るまでの分化段階」の時期としては、好ましくは錐体視細胞前駆細胞の出現率が極大となる分化段階の10日以上前、より好ましくは20日以上前、更により好ましくは30日以上前、40日以上前で、かつ神経節細胞が出現している段階、即ち「神経網膜前駆細胞を含み、かつ神経節細胞が出現直後の分化段階」から「視細胞前駆細胞又は錐体視細胞前駆細胞が出現し始める段階」までが具体的に好ましく挙げられる。
また、神経節細胞が出現直後の分化段階、即ち、神経節細胞又は錐体視細胞前駆細胞が出現し始める時期は、神経網膜前駆細胞が含まれ、かつ神経節細胞が出現していない分化段階の網膜組織を含む凝集体を培養液中で浮遊培養し、初めに神経節細胞、錐体視細胞前駆細胞、又は視細胞前駆細胞マーカー陽性の細胞が出現する時期を同定することで決定できる。具体的には、例えば分化が進行している網膜組織を一定期間(例えば1日)おきに回収し(例えば培養開始から26日後、27日後、28日後、29日後、30日後、31日後、32日後、33日後、34日後、35日後、36日後、37日後、38日後、39日後、40日後、41日後、42日後)、パラホルムアルデヒドなどで固定した後、凍結切片を作製する。当該凍結切片について例えば抗BRN3抗体、抗CRX抗体、抗TRβ2抗体、抗RXR-γ抗体等で染色し、同時にDAPIなどを用いて細胞核を染色した後、神経節細胞(BRN3陽性細胞)、錐体視細胞前駆細胞(CRXおよびRXR-γ、又は、CRXおよびTRβ2陽性細胞)、又は視細胞前駆細胞(CRX陽性細胞)が出現する時期を同定すれば良い。
【0096】
また、錐体視細胞前駆細胞の出現率が極大となる分化段階は、当業者であれば、錐体視細胞前駆細胞マーカーによる免疫染色及びDAPIによる核染色等により同定できる。
具体的には、例えば、分化が進行している網膜組織を一定期間(例えば1-20日)おきに回収し(例えば培養開始から40日後、50日後、60日後、70日後、80日後)、パラホルムアルデヒドなどで固定した後、凍結切片を作製する。当該凍結切片について例えば抗CRX抗体、抗TRβ2抗体、抗RXR-γ抗体等で染色し、同時にDAPIなどを用いて細胞核を染色した後、錐体視細胞前駆細胞(即ちCRXおよびRXR-γ、又は、CRXおよびTRβ2を発現する細胞)の割合を同定することができる。この時、上記一定期間中に出現する錐体視細胞前駆細胞マーカー陽性細胞の全細胞数に対する割合、すなわち出現率を、複数の時期(タイミング)で求めることにより、錐体視細胞前駆細胞マーカー陽性細胞の出現する割合が最も高い時期を「錐体視細胞前駆細胞の出現率が極大に至る時期」として特定できる。
また、特定の期間(例えば1~7日間)、細胞増殖期にある細胞(ここでは増殖能を持つ網膜前駆細胞又は神経網膜前駆細胞)へ取り込まれるBrdU、又はEdU等を培養液中へ添加し、BrdU、又はEdU等を取り込んだ細胞が上述の錐体視細胞前駆細胞マーカーを発現する細胞として分化した割合を当業者に周知の免疫染色等によって測定し、当該割合と分化段階の関係(例えば、当該割合が最も高い時期(段階)等)を判定することにより、「錐体視細胞前駆細胞の出現率が極大に至る時期」を同定することができる。
具体的には、例えば以下の手順で同定することができる:
1)BrdUまたはEdUを、任意の分化段階の網膜組織を培養する培養液中に任意の1日間添加して培養し(例えば培養開始から40日後~41日後、41日後から~42日後、42日後から~43日後、というように、1日おきにBrdUを添加して1日間培養することを培養開始から80日後まで繰り返す)、その直後に回収した網膜組織についてBrdUまたはEdU陽性細胞のうちCRX及びRXR-γ陽性細胞の割合、又はCRX及びTRβ2陽性細胞の割合を測定する工程、
2)測定結果を比較し、BrdUまたはEdU陽性のうち、CRX及びRXR-γ陽性細胞の増加する割合、又はCRX及びTRβ2陽性細胞の増加する割合が最も高くなる網膜組織を同定する工程、及び
3)BrdUまたはEdU陽性のうち、CRX及びRXR-γ陽性細胞の増加する割合、又はCRX及びTRβ2陽性細胞の増加する割合が最も高くなる網膜組織を培養した際にBrdUまたはEdUを培養液中に添加していた期間(例えば、1日間)を、「錐体視細胞前駆細胞の出現率が極大に至る時期」として同定する工程。
具体的には、「錐体視細胞前駆細胞の出現率が極大となる分化段階」は、錐体視細胞前駆細胞の出現が認められてから30~50日後、好ましくは30~40日後に相当する。
本発明の方法を実施するに当たって、甲状腺ホルモンシグナル伝達経路作用物質を含まない培地を用いて予め上記「錐体視細胞前駆細胞の出現率が極大に至る時期」を同定しておくことが好ましい。
多能性幹細胞から調製された細胞凝集体を用いる場合であって、特に原料製造方法1~4に記載の方法で製造された網膜組織を使用する場合には、甲状腺ホルモンシグナル伝達経路作用物質を含む培地での培養を開始する時期は、具体的には、視細胞前駆細胞が最初に出現してから60~65日以内(浮遊培養開始約95日以内);好ましくは視細胞前駆細胞が初めに出現してから30~40日以内(浮遊培養開始約60~70日以内;上限は錐体視細胞前駆細胞の出現率が極大に至るまでの時期);より好ましくは視細胞前駆細胞が最初に出現する頃、又はそれ以前(浮遊培養開始約30~40日以内;更により好ましくは神経節細胞の出現直後頃(浮遊培養開始約28~33日目)である。
多能性幹細胞から調製された細胞凝集体を用いる場合であって、特に原料製造方法5~7に記載の方法で製造された網膜組織を使用する場合には、甲状腺ホルモンシグナル伝達経路作用物質を含む培地での培養を開始する時期は具体的には、視細胞前駆細胞が最初に出現してから60~65日以内(浮遊培養開始約100日以内);好ましくは視細胞前駆細胞が初めに出現してから30~40日以内(浮遊培養開始約65~75日以内;上限は錐体視細胞前駆細胞の出現率が極大に至るまでの時期);より好ましくは視細胞前駆細胞が最初に出現する頃、又はそれ以前(浮遊培養開始約35~42日以内);又は神経節細胞の出現直後頃(浮遊培養開始約33~38日目)である。
【0097】
甲状腺ホルモンシグナル伝達経路作用物質の存在下での培養は、神経網膜前駆細胞から錐体視細胞前駆細胞が出現する期間継続されるのが好ましい。
錐体視細胞前駆細胞が出現する期間は、対象となる網膜組織中の増殖細胞に取り込まれるBrdU又はEdU等を培養液中へ添加し、BrdU又はEdU等を取り込んだ細胞が錐体視細胞前駆細胞のマーカーを発現するかどうかについて、抗体を用いて同定することにより設定することができる。例えば、BrdUを一定期間(例えば30日目から1日間、40日目から1日間、50日目から1日間、60日目から1日間、70日目から1日間、80日目から1日間、90日目から1日間等)培地に添加した直後、網膜組織を解析した結果、BrdU陽性かつ錐体視細胞前駆細胞のマーカー陽性の細胞を観察できた場合、BrdUを添加していた期間を錐体視細胞前駆細胞が出現する期間として同定することができる。
より具体的には、錐体視細胞前駆細胞が最初に分化し始める分化段階から65日~70日後までの期間が挙げられる。
また、甲状腺ホルモンシグナル伝達経路作用物質を含む培地で培養する期間としては、「双極細胞、アマクリン細胞、神経節細胞、及び/又は水平細胞へ分化可能な期間」が挙げられる。当該期間は、神経網膜前駆細胞から新たに双極細胞、アマクリン細胞、神経節細胞、及び/又は水平細胞が出現する期間として同定できる。
具体的には、発生初期段階の網膜組織中の細胞に取り込まれるBrdU又はEdU等を培養液中へ添加し、BrdU又はEdU等を取り込んだ細胞(ここでは、神経網膜前駆細胞)がアマクリン細胞、神経節細胞、及び/又は水平細胞のマーカーを発現するかどうかについて、抗体を用いて同定することにより設定することができる。例えば、BrdUを一定期間(例えば浮遊培養開始後60日目から1日間、70日目から1日間、90日目から1日間、110日目から1日間、130日目から1日間等)培地に添加した直後網膜組織を解析した結果、BrdU陽性かつアマクリン細胞、神経節細胞、及び/又は水平細胞のマーカー陽性の細胞を観察できた場合、BrdUを添加していた期間(1日間であれば当該日)をアマクリン細胞、神経節細胞、及び/又は水平細胞が出現し得る期間(日)として同定することができる。
また、アマクリン細胞、神経節細胞、及び/又は水平細胞が出現し始める時期は、網膜組織を含む凝集体を培養液中で浮遊培養し、初めにアマクリン細胞、神経節細胞、及び/又は水平細胞マーカー陽性の細胞が出現する時期を同定すれば良い。当該マーカーとして、神経節細胞マーカーであるBRN3等の他に、例えばアマクリン細胞及び水平細胞の前駆細胞で共通して発現するPTF1aを用いることができる。
【0098】
また、甲状腺ホルモンシグナル伝達経路作用物質の存在下での培養は、神経網膜前駆細胞からPAX6陰性/CHX10強陽性細胞、及びPAX6陽性/CHX10陰性細胞等、すなわち双極細胞、及びアマクリン細胞、神経節細胞、水平細胞のいずれかの細胞へ分化可能な期間継続されるのが好ましい。また、錐体視細胞前駆細胞を製造する場合には、目的の細胞を得るまで、甲状腺ホルモンシグナル伝達経路作用物質の存在下での培養を継続してもよい。
例えば、通常神経節細胞が最初に分化し始める、すなわち出現直後の分化段階(または視細胞前駆細胞が最初に分化し始める分化段階;例えば、上記原料製造方法1~4の場合、浮遊培養開始後30~40日後、上記原料製造方法5~7の場合、35~42日後に相当)から、少なくとも発生初期の錐体視細胞前駆細胞の出現率が極大となる分化段階までの期間;好ましくは、神経節細胞が最初に分化し始める分化段階(または視細胞前駆細胞が最初に分化し始める分化段階から、双極細胞(又は桿体視細胞前駆細胞)が分化する分化段階までの期間が挙げられる。ここで、双極細胞(又は桿体視細胞前駆細胞)の出現し始める段階は、当業者であれば通常の免疫染色などの手法を用いて双極細胞マーカーであるCHX10強陽性かつPAX6陰性細胞が出現し始める段階(又は桿体視細胞前駆細胞マーカーであるNRL陽性かつCRX陽性細胞が出現し始める段階)を特定することで決定できる。具体的には、双極細胞(又は桿体視細胞前駆細胞)が出現し始める段階は、双極細胞(又は、桿体視細胞前駆細胞)が出現してから20日以内、好ましくは15日以内、より好ましくは10日以内、更に好ましくは5日以内の分化段階で、双極細胞(又は、桿体視細胞前駆細胞)へ分化する段階の神経網膜前駆細胞を含む分化段階である。神経網膜前駆細胞が双極細胞(又は、桿体視細胞前駆細胞)へ分化する段階かどうかは、網膜組織中の増殖細胞である神経網膜細胞に取り込まれるBrdU又はEdU等を培養液中へ添加し、BrdU又はEdU等を取り込んだ細胞が双極細胞(又は、桿体視細胞前駆細胞)のマーカーを発現するかどうかについて、抗体を用いて同定することにより設定することができる。例えば、BrdUを一定期間(例えば浮遊培養開始後90、91、92、93、94日目~110日目までの1日間等)培地に添加した直後、網膜組織を解析した結果、BrdU陽性かつ双極細胞(又は、桿体視細胞前駆細胞)マーカー陽性の細胞を観察できた場合、BrdUを添加していた期間(1日間であれば当該日)を双極細胞(又は、桿体視細胞前駆細胞)へ分化する段階の神経網膜組織を含む段階として同定することができる。あるいは、双極細胞(又は、桿体視細胞前駆細胞)マーカー陽性細胞が検出され、かつ視細胞前駆細胞で一過的に発現することが知られているBLIMP1陽性細胞が検出される段階として同定しても良い。この時、甲状腺ホルモンシグナル伝達経路作用物質は双極細胞(又は桿体視細胞前駆細胞)の出現を抑制する作用があるので、甲状腺ホルモンシグナル伝達経路作用物質を含まない培地を用いて予め上記段階を同定しておくことが好ましい。より具体的には、神経節細胞が最初に分化し始める分化段階(または視細胞前駆細胞が最初に分化し始める分化段階)から35日~45日後までの期間;好ましくは神経節細胞が最初に分化し始める分化段階(または視細胞前駆細胞が最初に分化し始める分化段階)から65日~70日後までの期間が挙げられる。
桿体視細胞前駆細胞の分化を抑制するという観点からは、神経節細胞が最初に分化し始める、すなわち神経節細胞の出現直後の分化段階(または視細胞前駆細胞が最初に分化し始める分化段階;浮遊培養開始後30日目~45日後に相当)から、外網状膜が形成される分化段階まで、すなわち外網状層マーカーが発現するまでの期間、好ましくはミューラー細胞が出現するまで、すなわちミューラー細胞マーカーが発現するまでの期間まで、甲状腺ホルモンシグナル伝達経路作用物質を添加することが好ましい。より具体的には、神経節細胞が最初に分化し始める、すなわち神経節細胞の出現直後の分化段階(または視細胞前駆細胞が最初に分化し始める分化段階)から90~100日後までの期間、好ましくは150~160日後以降までの期間が挙げられる。
錐体視細胞前駆細胞の割合を高め、桿体視細胞前駆細胞の割合を低減させないという観点からは、神経節細胞が最初に分化し始める、すなわち神経節細胞の出現直後の分化段階(または視細胞前駆細胞が最初に分化し始める分化段階)から、錐体視細胞前駆細胞の出現率が極大となる分化段階までの期間、甲状腺ホルモンシグナル伝達経路作用物質を添加することが好ましい。より具体的には、神経節細胞が最初に分化し始める分化段階(または視細胞前駆細胞が最初に分化し始める分化段階)から30日~50日後、好ましくは30日~40日後までの期間が挙げられる。
また、得られた網膜組織を使用する(例えばレシピエントへの移植)までの期間、継続して甲状腺ホルモンシグナル伝達経路作用物質の存在下に培養することもできる。より具体的には、神経節細胞が最初に分化し始める、すなわち神経節細胞の出現直後の分化段階(または視細胞前駆細胞が最初に分化し始める分化段階)から、視細胞前駆細胞及び/又は視細胞を含む網膜組織がレシピエントへ移植され得る段階まで分化させる期間が挙げられる。すなわち、移植用細胞凝集体を製造する最終段階まで、甲状腺ホルモンシグナル伝達経路作用物質の存在下に培養するのもまた好ましい態様の一つである。
例えば、「神経節細胞の出現直後の分化段階」の網膜組織としては、上記の原料製造方法1~4に記載の方法で製造する場合、浮遊培養開始後約27日~40日目、好ましくは28日~37日目、より好ましくは28~33日目に相当する網膜組織が挙げられる。上記の原料製造方法5~7に記載の方法で製造する場合、浮遊培養開始後約33日目~45日目、好ましくは約33日目~42日目、より好ましくは33日目~38日目に相当(Wntシグナル伝達経路作用物質を含まない無血清培地又は血清培地中で培養を開始してから約11日~23日目、好ましくは11日~20日目、より好ましくは11~16日目に相当)する網膜組織が挙げられる。
例えば、「視細胞前駆細胞が最初に分化し始める分化段階」の網膜組織は、上記の原料製造方法1~4に記載の方法で製造する場合、浮遊培養開始後約30日~45日目、好ましくは約30日~40日目に相当する網膜組織が挙げられる。上記原料製造方法5~7のいずれかに記載の方法で製造する場合、浮遊培養開始後約35日目~45日目、好ましくは約35日目~42日目に相当(Wntシグナル伝達経路作用物質を含まない無血清培地又は血清培地中で培養を開始してから約13日~23日目、好ましくは13日~20日目に相当)する網膜組織が挙げられる。
【0099】
また、本発明の分化抑制方法によって形成される網膜組織を含む凝集体において、外網状層が形成される時期、すなわち外網状層マーカーが発現する時期については、上述の通り浮遊培養終了後、培養前と培養後の当該凝集体を試料として、当該試料中に含まれるPSD95遺伝子の発現有無またはその程度を、通常の遺伝子工学的手法又は生化学的手法を用いて測定・比較すればよい。具体的には、培養前と培養後の「網膜組織を含む凝集体」の凍結切片をPSD95タンパク質に対する抗体を用いて免疫染色する方法を用い、PSD95タンパク質陽性の領域が視細胞層(外顆粒層)の基底膜側にみとめられたとき、外網状層が形成されていると判断することができる。また、本発明の分化抑制方法によって形成される網膜組織を含む凝集体において、ミューラー細胞がみとめられるかどうかは、例えばCRALBP陽性細胞、及び/又はCRABP陽性細胞が存在することを確認すればよい。
【0100】
また、本発明の好ましい一態様として、神経網膜前駆細胞を含み、かつ神経節細胞が出現直後の分化段階から、錐体視細胞前駆細胞の出現率が極大に至るまでの分化段階のいずれかの段階にある網膜組織を、T3等の甲状腺ホルモンシグナル伝達経路作用物質を含む培地で培養することにより、錐体視細胞前駆細胞の出現率が極大となる段階の神経網膜組織において、CRX陽性細胞、及びCRX陽性かつTRβ2陽性の錐体視細胞前駆細胞が網膜組織に含まれる全細胞数のうちそれぞれ約22%及び約11%程度以上となるように、錐体視細胞前駆細胞の割合を増加させ、双極細胞、アマクリン細胞、神経節細胞及び/又は水平細胞の分化を抑制する方法が挙げられる。
また、本発明の好ましい一態様として、神経網膜前駆細胞を含み、かつ神経節細胞が出現直後の分化段階から、錐体視細胞前駆細胞の出現率が極大に至るまでの分化段階のいずれかの段階にある網膜組織を、T3等の甲状腺ホルモンシグナル伝達経路作用物質及びBMPもしくはCyclopamine-KAAD等の背側化シグナル伝達物質を含む培地で培養することにより、錐体視細胞前駆細胞の出現率が極大となる段階の神経網膜組織において、CRX陽性細胞の視細胞前駆細胞、及びCRX陽性かつTRβ2陽性の錐体視細胞前駆細胞が網膜組織に含まれる全細胞数のうちそれぞれ約29%以上及び約15%以上となるように、錐体視細胞前駆細胞の割合を増加させ、双極細胞、アマクリン細胞、神経節細胞及び/又は水平細胞の分化を抑制する方法が挙げられる。
【0101】
また、本発明の別の好ましい一態様として、神経網膜前駆細胞を含み、かつ神経節細胞が出現直後の分化段階から、錐体視細胞前駆細胞の出現率が極大に至るまでの分化段階のいずれかの段階にある網膜組織を、T3等の甲状腺ホルモンシグナル伝達経路作用物質を含む培地で培養することにより、CRABP、CRALBP等のミューラー細胞マーカー陽性の細胞がみとめられる程度に分化した段階の網膜組織において、CRX陽性である視細胞前駆細胞、またはCRX陽性かつRXR-γ陽性かつNRL陰性の錐体視細胞前駆細胞が、網膜組織に含まれる全細胞数のうちそれぞれ約53%以上、及び約44%以上となるように、錐体視細胞前駆細胞の割合を増加させ、双極細胞、アマクリン細胞、神経節細胞及び/又は水平細胞の分化を抑制する方法が挙げられる。
また、本発明の好ましい一態様として、神経網膜前駆細胞を含み、かつ神経節細胞が出現直後の分化段階から、錐体視細胞前駆細胞の出現率が極大に至るまでの分化段階のいずれかの段階にある網膜組織を、T3等の甲状腺ホルモンシグナル伝達経路作用物質及びBMPもしくはCyclopamine-KAAD等の背側化シグナル伝達物質を含む培地で培養することにより、CRABP、CRALBP等のミューラー細胞マーカー陽性の細胞がみとめられる程度に分化した段階の網膜組織において、CRX陽性である視細胞前駆細胞、またはCRX陽性かつRXR-γ陽性かつNRL陰性の錐体視細胞前駆細胞が、網膜組織に含まれる全細胞数のうちそれぞれ約50%以上となるように、錐体視細胞前駆細胞の割合を増加させ、双極細胞、アマクリン細胞、神経節細胞及び/又は水平細胞の分化を抑制する方法が挙げられる。
【0102】
また、本発明の神経節細胞、アマクリン細胞、水平細胞、及び/又は双極細胞の分化抑制方法において、甲状腺ホルモンシグナル伝達経路作用物質であるT3及び/又は背側化シグナル伝達物質であるCyclopamine-KAADを含む培地で培養することにより、CHX10強陽性かつPAX6陰性の細胞の割合を変化させず、PAX6陽性かつCHX10陰性の細胞の割合をさらに減少させることができる(例えば、実施例8を参照)。尚、背側化シグナル伝達物質と甲状腺ホルモンシグナル伝達経路作用物質のいずれの物質をも含む培地で培養する場合、これらの物質を培養液へ添加する際の順序についてはいずれが先でもよく、特に限定はない。
【0103】
本発明の分化抑制方法における網膜組織及び神経網膜組織として、幹細胞由来の網膜組織及び神経網膜組織が挙げられる。ここで幹細胞として、上述の多能性幹細胞、又は生体網膜由来の幹細胞が挙げられる。多能性幹細胞として、好ましくはES細胞又は人工多能性幹細胞(iPS細胞)が挙げられる。
【0104】
5.背側化シグナル伝達物質の添加
本発明の神経節細胞等の分化抑制方法(上記[1]~[12]及び上記4.)、及び神経網膜組織の製造方法(上記[13]~[26]及び後述の6.)(以下、あわせて本発明の方法とも称する)において、上記甲状腺ホルモンシグナル伝達経路作用物質の添加の有無にかかわらず、背側化シグナル伝達物質を含む培地で培養することにより、背側化シグナル伝達物質を添加しなかった場合に比べ錐体視細胞前駆細胞の出現を促進し、視細胞前駆細胞、及び/又は錐体視細胞前駆細胞の割合を高めることができる。すなわち、上記甲状腺ホルモンシグナル伝達経路作用物質を単独で作用させる方法に比べ、甲状腺ホルモンシグナル伝達経路作用物質と組み合わせて背側化シグナル伝達物質を含む培地で培養することにより、網膜組織に含まれる視細胞前駆細胞のうち、錐体視細胞前駆細胞の割合をさらに高め、双極細胞、アマクリン細胞、神経節細胞、水平細胞及びこれらの前駆細胞の少なくとも1つ、又はこれらの総細胞数の割合を低減させることが可能である。
以下に背側化シグナル伝達物質の添加方法、時期、期間について説明する。ここで、背側化シグナル伝達物質の添加方法、時期、期間は、甲状腺ホルモンシグナル伝達経路作用物質の添加の有無、添加方法、時期、期間に依存せず決定すれば良い。
発生初期段階から錐体視細胞前駆細胞の出現率が極大になる段階までの網膜組織を、腹側マーカーの発現を抑制する程度の濃度の背側化シグナル伝達物質を含む培地で、培養することにより、網膜組織に含まれる視細胞前駆細胞(photoreceptor precursor)及び視細胞(photoreceptor)中の錐体視細胞前駆細胞の割合を増加させることができる。背側化シグナル伝達物質の濃度は好ましくは、最も背側のマーカーの発現を誘導しない程度の濃度である。
前記「腹側マーカー」としては、具体的にはVAX2、COUP-TF I又はALDH1A3が挙げられる。
【0105】
上記「最も背側のマーカー」とは、発生の段階で、網膜組織の最も背側領域に存在する細胞において発現するマーカーを意味し、過剰な、又は比較的強力な背側化シグナルにより発現上昇するマーカーとも言える。網膜組織における最も背側のマーカーとしては、具体的には過剰な背側化シグナルにより網膜色素上皮もしくはその前駆細胞へと分化した細胞で発現するRPE65又はMITF、COUP-TF II、好ましくは比較的強力な背側化シグナルにより神経網膜組織で発現するCOUP-TF II等が挙げられる。
ここで「腹側マーカーの発現を抑制する程度の濃度」は、当業者であれば、容易に決定できる。例えば、上記腹側マーカーに対する抗体等を用いる免疫染色等の手法を用い、視細胞前駆細胞が初めに出現する段階から錐体視細胞前駆細胞の出現率が極大となる段階までのいずれかの段階の網膜組織において、例えば錐体視細胞前駆細胞の出現率が極大となる段階の網膜組織において、背側化シグナル伝達物質を添加しない場合に比べ上記腹側マーカーの発現が認められる領域をImageJ等の画像解析ソフトを用いて解析し、適宜、当該発現が抑制されている領域が増大する背側化シグナル伝達物質の濃度を、錐体視細胞前駆細胞の割合を増大させるために適切な濃度として決定すればよい。すなわち、視細胞前駆細胞及び/又は視細胞を含む神経網膜組織において上記腹側マーカーの発現が認められる領域が50%以下、好ましくは20%以下、より好ましくは1%以下、更により好ましくは0.01%以下となるように、添加する背側化シグナル伝達物質の濃度を決定することができる。あるいは、腹側化シグナル伝達物質であるBMPシグナル伝達経路阻害物質により腹側化され、ALDH1A3等の腹側マーカーが高発現した網膜組織を指標とし、これに比べてALDH1A3の遺伝子発現量が50%以下、好ましくは20%以下、より好ましくは5%以下となるように、添加する背側化シグナル伝達物質の濃度を決定することができる。
【0106】
また、「最も背側のマーカーを誘導しない程度の濃度」は、当業者であれば、適宜決定できる。例えば、上記最も背側のマーカーに対する抗体等を用いる免疫染色等の手法を用い、錐体視細胞前駆細胞の出現率が極大となる段階の網膜組織において、上記最も背側のマーカーの発現が認められる領域をImageJ等の画像解析ソフトを用いて解析し、最も背側のマーカーの発現誘導が認められない領域(ここで「発現誘導が認められない」とは、生体の最も背側の神経網膜組織における発現量に比べて1/5以下、好ましくは1/10以下、更に好ましくは1/50以下であることを意味する。)が、神経網膜組織の50%以上、好ましくは80%以上、より好ましくは90%以上、更により好ましくは99%以上となるように、背側化シグナル伝達物質の濃度を、適宜決定すればよい。
【0107】
一態様として、発生初期段階から錐体視細胞前駆細胞の出現率が極大になる段階までの網膜組織を、背側マーカーの発現を促進する程度の濃度の背側化シグナル伝達物質を含む培地で、培養する工程を含む、網膜組織に含まれる視細胞前駆細胞(photoreceptor precursor)及び視細胞(photoreceptor)中の錐体視細胞前駆細胞の割合を増加させる方法が挙げられる。
「背側マーカーの発現を促進する程度の濃度」は、当業者であれば、容易に決定できる。例えば、上記背側マーカーのタンパク質又は遺伝子(mRNA)の発現量を解析することで容易に決定できる。具体的には様々な濃度の背側化シグナル伝達物質を培地中へ添加し、免疫染色、又は定量的PCRにより背側の発現量、又は遺伝子発現量が最も高くなる濃度を決定すれば良い。
例えば、CYP26A1及び/又はCYP26C1の発現が最も強く誘導される程度の濃度となるように背側化シグナル伝達物質の濃度を決定すればよい。具体的には上述のBMPシグナル伝達経路阻害物質により腹側化され、CYP26A1の発現が抑制された網膜組織に比べ、CYP26A1の発現量が1.2倍以上、好ましくは1.5倍以上、より好ましくは2倍以上となる程度の濃度である。ただし、CYP26A1及び/又はCYP26C1の発現量を基に背側化シグナル伝達物質の濃度を決定する場合、全トランス(all trans)レチノイン酸、9-シスレチノイン酸等のレチノイン酸類は背側化の程度と無関係にこれらの遺伝子発現を過剰に誘導してしまい、背側化シグナル伝達物質の濃度決定を困難にするため、レチノイン酸類が実質的に添加されていない培地を用いて決定することが好ましい。
【0108】
一方、ALDH1A1の場合、ALDH1A1はCYP26A1陽性領域では弱く発現しているが、さらに背側へ近づくにつれ、連続的に発現量が高くなる。即ち、CYP26A1又はCYP26C1陽性領域に比べ、神経網膜組織のうち最も背側であるCOUP-TF II陽性領域でより発現量が高いマーカーである。従ってALDH1A1の発現は高すぎない方が望ましい。具体的には、錐体視細胞前駆細胞の出現率が極大となる段階において、ALDH1A1陽性細胞の頻度は約1%以下である。すなわち、当該段階においてALDH1A1の発現が十分に低くなる程度の濃度に背側化シグナル伝達物質の濃度を調整することが望ましい。
ここで「ALDH1A1の発現が十分に低くなる程度の濃度」は、当業者であれば、決定できる。例えば、ALDH1A1に対する抗体等を用いて通常実施される免疫染色等の手法を用い、錐体視細胞前駆細胞の出現率が極大となる段階の網膜組織において、ALDH1A1を発現する領域をImageJ等の画像解析ソフトを用いて解析し、当該領域が網膜組織中の神経網膜組織の50%以下、好ましくは20%以下、より好ましくは10%以下、更により好ましくは1%以下となる程度の濃度を決定すればよい。あるいは、かかる網膜組織の遺伝子発現量について、定量的PCR等により測定すればよい。すなわち、例えば0.45nM~1.35nMといった比較的高濃度のBMP4を加えると、過剰にALDH1A1の発現が誘導される。従ってALDH1A1の発現量は、好ましくは、1.35nMのBMP4を添加して分化誘導を行った場合に比べて30%、より好ましくは15%、更により好ましくは10%以下となる程度の濃度に決定すればよい。
【0109】
本発明の一態様として、「腹側マーカーの発現を抑制し、かつ最も背側のマーカーの発現を誘導しない程度の濃度の背側化シグナル伝達物質」としては、網膜組織に含まれる細胞に対する錐体視細胞前駆細胞の出現率が極大となる段階の網膜組織において、OC2を発現する細胞数の神経網膜組織に含まれる全細胞数に対する割合が、背側化シグナル伝達物質を添加しない場合に比べ、約20%~70%、好ましくは約30%~70%、より好ましくは約50%~65%となる程度、又は前記BMPシグナル伝達経路阻害物質を添加した場合に比べ約30%~60%、好ましくは約40%~50%となる程度に抑制される濃度の背側化シグナル伝達物質が挙げられる。又は、背側化シグナル伝達物質を添加しない場合、及び/又は前記BMPシグナル伝達経路阻害物質を添加した場合に比べ、OC2陽性細胞のOC2タンパク質の発現量が平均約20%~70%、好ましくは約30%~70%、より好ましくは約30~40%となる程度に抑制される濃度の背側化シグナル伝達物質が挙げられる。
ここで、神経網膜組織中に含まれるOC2陽性細胞数の割合については、当業者であれば通常実施可能な免疫染色等を抗OC2抗体、DAPI等を用いて実施し、OC2陽性の細胞数、DAPI陽性細胞数等を測定し、神経網膜組織に含まれる割合を同定すればよい。OC2タンパク質の発現量は、当業者であれば通常実施可能な免疫染色等を抗OC2抗体、DAPI等を用いて実施し、抗OC2抗体により染色された領域をImageJ等の画像解析ソフトを用いて解析すれば、OC2陽性細胞のシグナル強度を同定できる。あるいは神経網膜組織中に含まれるOC2陽性細胞数の割合、及び/又はOC2陽性細胞のOC2タンパク質の発現量はOC2タンパク質に対する抗体を用いて通常のフローサイトメトリーを用いた解析により同定してもよい。
尚、培地中に甲状腺ホルモンシグナル伝達経路作用物質を加えた場合、OC2陽性細胞が増加する一方で、OC2タンパク質の発現量の平均値が低下する。このため、背側化シグナル伝達物質の濃度を設定する際には、甲状腺ホルモンシグナル伝達経路作用物質を含まない培地を用いて、予め決定することが望ましい。
一方、ALDH1A1、ALDH1A3、COUP-TFI、COUP-TF II等を指標として背側化シグナル伝達物質の濃度を決定する場合、培地中に甲状腺ホルモンシグナル伝達経路作用物質が添加されていてもよいが、甲状腺ホルモンシグナル伝達経路作用物質が腹側化及び背側化に与える影響が不明のため、甲状腺ホルモンシグナル伝達経路作用物質を含まない培地を用いて背側化シグナル伝達物質の濃度を予め決定しておくのが好ましい。
また、上記「視細胞前駆細胞が初めに出現する段階」は、当業者であれば、視細胞前駆細胞マーカー、及び/又は錐体視細胞前駆細胞マーカーによる免疫染色及びDAPIによる核染色等により同定できる。具体的には、例えば分化が進行している網膜組織について、パラホルムアルデヒドなどで固定した後、凍結切片を作製する。凍結切片について例えばCRX抗体、TRβ2抗体、RXR-γ抗体等で染色し、同時にDAPIなどを用いて細胞核を染色した後、網膜組織中に初めて視細胞前駆細胞及び/又は錐体視細胞前駆細胞が出現する段階を同定すればよい。
【0110】
また、上記「錐体視細胞前駆細胞の出現率が極大となる段階」は、当業者であれば、視細胞前駆細胞マーカー、及び/又は錐体視細胞前駆細胞マーカーによる免疫染色及びDAPIによる核染色等により同定できる。
具体的には、例えば、分化が進行している網膜組織を一定期間(例えば1~20日)おきに回収し(例えば培養開始から40日後、50日後、60日後、70日後、80日後)、パラホルムアルデヒドなどで固定した後、凍結切片を作製する。当該凍結切片について例えばCRX抗体、TRβ2抗体、RXR-γ抗体等で染色し、同時にDAPIなどを用いて細胞核を染色した後、神経網膜組織中に含まれる全細胞数に対する錐体視細胞前駆細胞数(即ちCRXおよびRXR-γ、又は、CRXおよびTRβ2を発現する細胞数)の割合を同定する。この時、上記一定期間中に出現する錐体視細胞前駆細胞マーカー陽性細胞の全細胞数に対する割合、すなわち出現率を、複数の時期(タイミング)で求めることにより、錐体視細胞前駆細胞マーカー陽性細胞の出現する割合が最も高い時期を「錐体視細胞前駆細胞の出現率が極大となる段階」として特定できる。
また、特定の期間(例えば1~7日間)、細胞増殖期にある細胞(ここでは増殖能を持つ網膜前駆細胞又は神経網膜前駆細胞)へ取り込まれるBrdU、又はEdU等を培養液中へ添加し、BrdU、又はEdU等を取り込んだ細胞が上述の錐体視細胞前駆細胞マーカーを発現する細胞として分化した割合を当業者に周知の免疫染色等によって測定し、当該割合から錐体視細胞前駆細胞の出現率が最も高い時期を判定することにより、「錐体視細胞前駆細胞の出現率が極大となる段階」を同定することができる。具体的には、例えばBrdUまたはEdUを任意の分化段階の網膜組織を培養する培養液中にBrdU又はEdu等を任意の1日間添加して培養し、その翌日回収した網膜組織についてBrdUまたはEdU陽性細胞のうちCRX及びRXR-γ陽性細胞の割合、又はCRX及びTRβ2陽性細胞の割合を測定する。神経網膜組織中の当該割合が最も高くなる、BrdUまたはEdUの添加日を「錐体視細胞前駆細胞の出現率が極大となる段階」と同定することができる。
具体的には、「錐体視細胞前駆細胞の出現率が極大となる段階」は、錐体視細胞前駆細胞の出現が認められてから30~50日後、好ましくは30~40日後に相当する。
【0111】
本発明の方法において、背側化シグナル伝達物質を含む培地で培養する工程は、「発生初期段階」から「錐体視細胞前駆細胞の出現率が極大となる段階」の間の任意の期間に実施されれば良く、この期間内であれば当該工程を開始する時期や期間に制限はない。当該工程の開始時期は、好ましくは発生初期段階から約40日以内に開始され、より好ましくは20日以内、更により好ましくは、発生初期段階に開始される。
【0112】
発生初期段階の網膜組織を背側化シグナル伝達物質の存在下に培養する際に用いられる培地は、背側化シグナル伝達物質の効果を阻害する物質を、前記効果を阻害可能な量含まない限り、特に限定はなく、細胞培養用として市販されている培地に、適宜必要に応じて添加物を加えた培地を用いることができる。当該培地は、好ましくは網膜組織の連続上皮構造を保つことができる培地であり、具体的に使用可能な培地としては、Wnt2bが添加された培地、Neurobasal培地、Neurobasal培地を含む培地等が挙げられ、Wnt2bが添加されたNeurobasal培地でもよい。また、後述する、連続上皮組織維持用培地を使用することができる。
【0113】
前記培地はレチノイド類(例えば、レチノイン酸またはその誘導体)を含んでいても含んでいなくても良いが、一態様として、9-シスレチノイン酸を含んでいてもよい。また、レチノイド類、好ましくはALDH1A3により生合成され、錐体視細胞前駆細胞の分化を阻害するレチノイド類を実質的に含まない培地が、より好ましい態様として挙げられる。ALDH1A3により生合成され、錐体視細胞前駆細胞の分化を阻害するレチノイド類としては、具体的に全トランスレチノイン酸(all-trans retinoic acid;atRAともいう)等が挙げられる。
【0114】
培地に含まれる背側化シグナル伝達物質の濃度は、錐体視細胞前駆細胞の出現を抑制しない程度のBMPシグナル伝達経路活性化作用を呈する濃度であれば良い。錐体視細胞前駆細胞の出現を抑制しない程度の背側化シグナル伝達物質の濃度は、神経網膜組織中に出現する錐体視細胞前駆細胞の割合等により適宜設定できる。具体的には、始めに視細胞前駆細胞が出現してから30~50日後、好ましくは30~40日後の神経網膜組織において、全細胞数のうち平均10%以上、好ましくは13%以上、より好ましくは16%以上が視細胞前駆細胞となる様に設定すればよい。また、具体的には背側化シグナル伝達物質としてBMPシグナル伝達経路作用物質、特にBMP4を用いる場合には、好ましくは0.01 nM~0.90 nM、更に好ましくは0.05 nM~0.45 nMの濃度でBMP4が用いられる。
培地に含まれる背側化シグナル伝達物質の濃度は、網膜色素上皮細胞を出現させない程度のWntシグナル経路活性化作用を呈する濃度でも良い。網膜色素上皮細胞を出現させない程度の背側化シグナル伝達物質の濃度は、具体的には、0.01 nM~0.90 nM、好ましくは0.05 nM~0.45 nMのBMP4と同等のWntシグナル経路活性化作用を奏する濃度が挙げられる。
培地が9-シスレチノイン酸等の外来性のレチノイド類を実質的に含まない場合、培地に含まれる背側化シグナル伝達物質としては、好ましくは0.05 nM~0.15 nM、更に好ましくは0.1 nM~0.15 nMのBMP4が挙げられる。また、Wntシグナル伝達経路作用物質を、好ましくは0.05 nM~0.15 nM、更に好ましくは0.1 nM~0.15 nMのBMP4と同等のBMPシグナル伝達経路活性化作用を奏する濃度で作用させてもよい。
また、培地が9-シスレチノイン酸等のレチノイド類を含む場合、培地に含まれる背側化シグナル伝達物質としては、好ましくは0.15 nM~0.90 nM、更に好ましくは0.15 nM~0.45 nMのBMP4が挙げられる。また、Wntシグナル伝達経路作用物質を好ましくは0.15 nM~0.90 nM、更に好ましくは0.15 nM~0.45 nMのBMP4と同等のBMPシグナル活性化作用を奏する濃度で作用させてもよい。
【0115】
また、背側化シグナル伝達物質として、腹側化シグナル伝達を阻害するSHHシグナル伝達経路阻害物質が挙げられる。SHHシグナル伝達経路阻害物質としては、SHH受容体アンタゴニスト、SHHドミナントネガティブ体、SHHシグナル伝達経路作用物質に対する抗体、可溶型SHH受容体等を挙げることができる。SHHシグナル伝達経路阻害物質として具体的には、GANT58、GANT61、Jervine、SANT-1、Veratramine、Cyclopamine、Cyclopamine-KAAD(GENES & DEVELOPMENT 16:2743-2748)などが挙げられる。SHHシグナル伝達経路阻害物質として、好ましくは、Cyclopamine-KAADを挙げることができる。培地に含まれるCyclopamine-KAADの濃度は、具体的には0.01 μM~5 μMであり、更に好ましくは0.2 μM~1 μMである。
また、背側化シグナル伝達物質として、上記BMPシグナル伝達経路作用物質、上記Wntシグナル伝達経路作用物質及び/又は腹側化シグナル伝達を阻害する上記SHHシグナル伝達経路阻害物質を組み合わせて使用してもよい。背側化シグナル伝達物質として、上記腹側化シグナル伝達を阻害するSHHシグナル伝達経路阻害物質を用いる場合、より高い割合で錐体視細胞前駆細胞を含む網膜組織を調製しようとする場合は、好ましくは上記BMPシグナル伝達経路作用物質及び/又は上記Wntシグナル伝達経路作用物質と組み合わせて使用する。
【0116】
背側化シグナル伝達物質を含む培地で培養する期間は、背側化シグナル伝達物質非存在下に培養した場合に桿体視細胞前駆細胞が出現する時期まで背側化シグナル伝達物質の効果が継続されれば良く、通常4日以上、好ましくは20日以上、より好ましくは70日以上で適宜設定することができる。具体的には、例えば50日~170日間培養することができる。更に具体的には、70日~100日間培養することができるが、桿体視細胞前駆細胞の出現を抑制するという観点からは添加する期間は長い方が好ましい。
また、錐体視細胞前駆細胞は、L錐体視細胞、M錐体視細胞及びS錐体視細胞へ成熟化させることができる。好ましくは、錐体視細胞前駆細胞を、背側化シグナル伝達物質の存在下に培養することにより、L錐体視細胞及びM錐体視細胞に富む神経網膜組織を得ることができる。この時、L錐体視細胞及びM錐体視細胞へ成熟化させるには同時に甲状腺ホルモンシグナル伝達経路作用物質を組み合わせて分化させることがより好ましく、S錐体視細胞へ成熟化させるには甲状腺ホルモンシグナル伝達経路作用物質を実質的に含まない培地で分化させることが好ましい。更に好ましくは無血清培地で分化させる。
また、L錐体視細胞又はM錐体視細胞への選択的な分化を誘導するためには、背側化シグナル伝達物質としてBMP4シグナル伝達物質を用いることが好ましく、最終濃度0.01nM以上100nM以下、好ましくは0.05nM以上10nM以下、より好ましくは0.1nM以上1.5nM以下となるように培養液中に添加する。甲状腺ホルモンシグナル伝達経路作用物質としてT3を用いるとき、0.01nM以上100nM以下、好ましくは0.5nM以上10nM以下、より好ましくは2nM以上10nM以下の濃度で作用させればよい。甲状腺ホルモンシグナル伝達経路作用物質としてT4を用いるとき、上記T3と同等の作用を示すT4の濃度で作用させればよい。背側化シグナル伝達物質と同時に甲状腺ホルモンシグナル伝達経路作用物質を組み合わせて培養する期間については特に限定はないが、通常50日間以上、好ましくは70日間以上、より好ましくは100日間以上、更により好ましくは150日間以上を挙げることができる。背側化シグナル伝達物質と同時に甲状腺ホルモンシグナル伝達経路作用物質を組み合わせて培養を開始する時期については、好ましくは初めに視細胞前駆細胞が出現してから、100日後以降、好ましくは150日後以降に培養を開始し、初めに視細胞前駆細胞が出現してから通常250日後、好ましくは300日後、より好ましくは400日後以降まで背側化シグナル伝達物質と同時に甲状腺ホルモンシグナル伝達経路作用物質を組み合わせて培養する。また、錐体視細胞前駆細胞を、L-錐体視細胞又はM-錐体視細胞へ成熟化させるには、好ましくは網膜色素上皮と共培養するか、網膜色素上皮を培養した後の調整培地(コンディション培地)を使用する。
逆に、網膜組織中の視細胞前駆細胞(錐体視細胞前駆細胞又は錐体視細胞、桿体視細胞前駆細胞又は桿体視細胞)を、L錐体視細胞、M錐体視細胞及び/又はS錐体視細胞への分化に至らず、視物質等の光応答に必要な分子を発現もしくは産生しない、最終的な成熟化に至らない状態で維持することもできる。視細胞前駆細胞は成熟化に伴い双極細胞へ接続することが知られているため、こうすることで移植する網膜組織内での視細胞前駆細胞と双極細胞との接続を抑制し、網膜組織を移植した際、調製した網膜組織中の視細胞前駆細胞とレシピエントの双極細胞との接続効率を上昇できる。具体的には、グルタミン酸を含まない培地、より好ましくはグルタミン酸及びアスパラギン酸を含まない培地、更に好ましくはグルタミン酸、アスパラギン酸等の神経伝達物質を含まない培地で培養することにより、最終的な成熟化に至らない状態を維持することができる。更により好ましくは、血清を含む培地、具体的には5%以上、好ましくは10%以上の血清を含む培地で培養することにより、最終的な成熟化に至らない状態を維持することができる。当該培地としてより具体的には、後述する連続上皮組織維持用培地が挙げられる。ここで用いられる血清には特に限定はないが、具体的には、牛胎仔血清(FBS)を挙げることができる。
すなわち、視細胞前駆細胞を含む網膜組織を、神経伝達物質を含まず、血清を含む培地で培養する工程を含む視細胞前駆細胞の最終的な成熟化を抑制する方法もまた、本発明の範疇である。
【0117】
また、背側化シグナル伝達物質として上記Wntシグナル伝達経路作用物質を用いることもできる。この場合、具体的には以下の工程(1)及び(2)を繰り返せばよい:
(1)1~5日間、好ましくは1~3日間、上記Wntシグナル伝達経路作用物質を培地中に加えて培養する;
(2)1~15日間、1~10日間、好ましくは1~7日間又は5~10日間、上記Wntシグナル伝達経路作用物質を実質的に含まない培地で培養する。こうすることで、Wntシグナルの強度を調整することができる。
【0118】
6.神経網膜組織の製造方法
本発明の一態様として、以下の工程:
(1)発生初期段階の網膜組織を培地で培養し、神経網膜前駆細胞を含み、かつ神経節細胞が出現直後の分化段階から錐体視細胞前駆細胞の出現率が極大に至るまでの分化段階のいずれかの段階にある網膜組織を得る工程、
(2)工程(1)で得られる網膜組織を、甲状腺ホルモンシグナル伝達経路作用物質を含む培地で培養する工程を含む、成熟した神経網膜組織、又は成熟した神経網膜組織に成熟化し得る神経網膜組織の製造方法が挙げられる。
また、本発明の別の一態様として、上記工程(1)における培地、及び/又は、工程(2)の少なくとも一部の工程における培地が、腹側マーカーの発現を抑制する程度の濃度の背側化シグナル伝達物質を含む培地である、成熟した神経網膜組織、又は成熟した神経網膜組織に成熟化し得る神経網膜組織の製造方法が挙げられる。すなわち、以下の工程:
(1)発生初期段階の網膜組織を培地で培養し、神経網膜前駆細胞を含み、かつ神経節細胞が出現直後の分化段階から錐体視細胞前駆細胞の出現率が極大に至るまでの分化段階のいずれかの段階にある網膜組織を得る工程、
(2)工程(1)で得られる網膜組織を、甲状腺ホルモンシグナル伝達経路作用物質を含む培地で培養する工程を含み、工程(1)における培地、及び/又は、工程(2)の少なくとも一部の工程における培地が、腹側マーカーの発現を抑制する程度の濃度の背側化シグナル伝達物質を含む培地である、成熟した神経網膜組織、又は成熟した神経網膜組織に成熟化し得る神経網膜組織の製造方法が挙げられる。
以下説明する。
【0119】
上記工程(1)において、「発生初期段階の網膜組織」を製造する方法については、上記2.に記載のとおりである。また、工程(1)の「神経網膜前駆細胞を含み、かつ神経節細胞が出現直後の分化段階にある網膜組織」、又は当該分化段階から「錐体視細胞前駆細胞の出現率が極大に至るまでの分化段階」の網膜組織を得る工程については、上記3.に記載のとおりである。上記工程(2)における、甲状腺ホルモンシグナル伝達経路作用物質を含む培地で培養する工程の具体的な態様については、上記4.に記載のとおりである。
上記工程(1)及び/又は(2)における、「腹側マーカーの発現を抑制する程度の濃度の背側化シグナル伝達物質」の濃度や添加方法、時期、期間は、上記5.に記載のとおりである。
【0120】
「成熟した神経網膜組織」は、錐体視細胞前駆細胞及び/又は錐体視細胞、桿体視細胞前駆細胞及び/又は桿体視細胞、神経節細胞、アマクリン細胞、水平細胞、双極細胞及びミューラー細胞を含み、層状構造を形成する神経網膜組織を表す。本明細書に記載の方法で調製可能な成熟した神経網膜組織の一態様として、以下の特徴:
(i)ミューラー細胞を含む;
(ii)全細胞数に対する双極細胞(具体的にはPAX6陰性かつCHX10強陽性の細胞)、神経節細胞、アマクリン細胞及び水平細胞(具体的にはPAX6陽性かつCHX10陰性の細胞)の割合が30%以下、好ましくは25%以下、より好ましくは20%以下、更により好ましくは14%以下である;
(iii)全細胞数に対する神経節細胞、アマクリン細胞及び水平細胞(具体的にはPAX6陽性かつCHX10陰性の細胞)の割合が30%以下、好ましくは20%以下、より好ましくは15%以下、更により好ましくは10%以下である;
(iv)全細胞数に対する双極細胞(具体的にはPAX6陰性かつCHX10強陽性の細胞)が10%以下、好ましくは5%以下である;及び
(v)CRX陽性である視細胞前駆細胞(photoreceptor precursor)及び視細胞(photoreceptor)の割合が全細胞数中40%以上、好ましくは50%以上、更に好ましくは53%以上、より好ましくは57%以上、更により好ましくは66%以上である;
(vi)視細胞前駆細胞及び視細胞に対する、錐体視細胞前駆細胞(cone photoreceptor precursor)及び錐体視細胞(cone photoreceptor)の割合が70%以上である;
(vii)外顆粒層より基底膜側に相当する領域に異所性の視細胞前駆細胞、又は視細胞が存在する;
(viii)CRABP又はCRALBP陽性細胞を含む;及び
(ix)CRX陽性細胞中のRXR-γ陽性かつNRL陰性細胞の細胞数が32%以上、好ましくは40%以上、より好ましくは54%以上、更により好ましくは57%である;
を有する神経網膜組織が挙げられる。
「成熟した神経網膜組織に成熟化し得る神経網膜組織」は、適切な条件下で培養することにより、前記「成熟した神経網膜組織」を構成する細胞と同様の割合、及び前記「成熟した神経網膜組織」と同様の構造となるように細胞が分化、成熟することにより成熟した神経網膜組織へ成熟化し得る神経網膜組織であれば限定されない。
背側化シグナル伝達物質を添加する場合の「工程(2)の少なくとも一部の工程」とは、工程(2)に含まれる任意の期間を表し、期間の長さに限定はない。当該期間は連続していても、断続的であっても良い。
具体的には、工程(1)の全部期間、工程(2)の一部期間、工程(2)の全部期間、工程(1)の全部期間及び工程(2)の一部期間、又は、工程(1)の全部期間及び工程(2)の全部期間において、背側化シグナル伝達物質を含む培地で培養することができる。
【0121】
工程(1)において、神経網膜前駆細胞の出現は、RX、PAX6及びCHX10等の周知のマーカーにより検出することができ、適宜工程(1)に要する日数を設定することができる。例えば、多能性幹細胞を原料として上記原料製造方法1~4に記載の方法で浮遊培養により網膜組織を含む凝集体を形成させる場合、浮遊培養開始後12日目~18日目、具体的には例えば15日目~18日目に相当する。
また、多能性幹細胞を原料として浮遊培養により上記原料製造方法5、6、及び/又は7に記載の方法で網膜組織を含む凝集体を形成させる場合、22日目~30日目、具体的には例えば22~25日目に相当する(Wntシグナル伝達経路作用物質を含まない無血清培地又は血清培地中で培養を開始してから約0日~8日目、具体的には0~3日目に相当する。)。
神経節細胞の出現は、BRN等の周知のマーカーにより検出することができ、適宜工程(1)に要する日数を設定することができる。例えば、多能性幹細胞を原料として上記原料製造方法1~4に記載の方法で浮遊培養により網膜組織を含む凝集体を形成させる場合、神経節細胞が出現する段階、即ち、神経節細胞の出現直後の分化段階は、浮遊培養開始後27日目~40日目、好ましくは28日~37日目、より好ましくは28~33日目に相当する。
例えば、多能性幹細胞を原料として浮遊培養により上記原料製造方法5、6、及び/又は7に記載の方法で網膜組織を含む凝集体を形成させる場合、具体的には浮遊培養開始後33日目~45日目、好ましくは約33日目~42日目、より好ましくは33日目~38日目に相当する(Wntシグナル伝達経路作用物質を含まない無血清培地又は血清培地中で培養を開始してから約11日~23日目、好ましくは11日~20日目、より好ましくは11~16日目に相当する。)。
また、神経節細胞の出現直後の分化段階とは、神経節細胞の出現後、RX、PAX6及びCHX10等の周知のマーカーにより検出される神経網膜前駆細胞の割合が全細胞数の30%以上、好ましくは50%以上、より好ましくは70%以上、更に好ましくは80%以上、更により好ましくは90%以上、特に好ましくは99%以上であり、神経節細胞マーカー陽性(好ましくは、BRN3陽性)の神経節細胞の割合が全細胞数の40%以下、好ましくは20%以下、10%以下、5%以下、より好ましくは1%以下、更に好ましくは0.1%以下、更により好ましくは0.01%以下の段階、あるいは、神経節細胞の出現後約10日以内、好ましくは約5日以内、より好ましくは1日以内、更により好ましくは1時間以内の分化段階を表す。
【0122】
本発明の一態様として、工程(2)において、甲状腺ホルモンシグナル伝達経路作用物質としてT3を用いる場合には、例えば、0.1nMから1000nMの範囲となるように培地に添加することができる。好ましくは、1~500nM;より好ましくは10~100nM;更に好ましくは30~90nM;更により好ましくは60nM前後の濃度である。
すなわち、甲状腺ホルモンシグナル伝達経路作用物質の濃度としては、0.1~1000nM、好ましくは1~500nM、より好ましくは10~100nM、更に好ましくは30~90nM、更により好ましくは60nM前後の濃度のT3に相当する甲状腺ホルモンシグナル伝達亢進活性を有する濃度が挙げられる。ここでいう甲状腺ホルモンシグナル伝達亢進活性は、例えば、上述した通り双極細胞、並びにアマクリン細胞、神経節細胞及び水平細胞のいずれかの細胞の分化を抑制する程度の濃度であって、かつ視細胞前駆細胞の分化を抑制しない程度の濃度として適宜設定できる。
すなわち、例えばミューラー細胞が出現している程度に後期の分化段階(例えば、上記原料製造方法1~3、4、5~7に記載の方法で製造された網膜組織を原料とする場合、浮遊培養開始後約180~200日目に相当する)の神経網膜組織において、PAX6陰性/CHX10強陽性細胞が8%以下、好ましくは、6%以下、より好ましくは5%以下となるよう、甲状腺ホルモンシグナル伝達経路作用物質の濃度を設定することができる。又は、PAX6陽性/CHX10陰性細胞の割合が30%以下、好ましくは20%以下、より好ましくは15%以下、更により好ましくは10%以下となるよう、甲状腺ホルモンシグナル伝達経路作用物質の濃度を設定することができる。又は、視細胞(または視細胞前駆細胞)の割合が、40%以上、好ましくは45%以上、より好ましくは50%以上、更により好ましくは57%以上、66%以上となるよう、甲状腺ホルモンシグナル伝達経路作用物質の濃度を設定することができる。
【0123】
あるいは、甲状腺ホルモンシグナル伝達経路作用物質の濃度は、例えば錐体視細胞前駆細胞(例:CRX陽性かつTRβ2陽性細胞、又はCRX陽性かつRXR-γ陽性)の出現率が極大となる分化段階の網膜組織(即ち、錐体視細胞前駆細胞の出現が認められてから、30~50日後、好ましくは30~40日後に相当する分化段階、又は例えば原料製造方法1~4に記載の方法で製造された網膜組織を原料とする場合、浮遊培養開始後約60~70日目、原料製造方法5~7に記載の方法で製造された網膜組織を原料とする場合、浮遊培養開始後約65~75日目に相当する分化段階)において、ニューロブラスティックレイヤー(NBL)より基底膜側に出現する異所性の視細胞前駆細胞が観察される程度であって、かつ、ニューロブラスティックレイヤー(NBL)を含む頂端面側に出現する視細胞前駆細胞の割合が、NBLより基底膜側に出現する異所性の視細胞前駆細胞の割合に比べ、一定程度、好ましくは同程度となる濃度に決定してもよい。具体的には、NBLより基底膜側とNBLを含む頂端面側に含まれる視細胞前駆細胞の面積あたりの割合の比が、10:1から1:10、好ましくは2:1から1:2、より好ましくは10:7から7:10程度となるように甲状腺ホルモンシグナル伝達経路作用物質の濃度を設定すればよい。
あるいは、添加する甲状腺ホルモンシグナル伝達経路作用物質の濃度は、CRX陽性細胞である視細胞前駆細胞の割合が神経網膜組織に含まれる全細胞に対して11%以上、好ましくは15%以上、より好ましくは20%以上、更に好ましくは25%以上、より更に好ましくは30%以上となる様に設定すればよい。あるいは、CRX陽性かつTRβ2陽性細胞の割合が神経網膜組織に含まれる全細胞に対して7%以上、好ましくは10%以上、より好ましくは11%以上、更に好ましくは15%以上、より更に好ましくは16%以上、20%以上となるように設定すればよい。
【0124】
本発明の一態様において、工程(1)における培地、及び/又は工程(2)における培地の少なくとも一部が、腹側マーカーの発現を抑制する程度の背側化シグナル伝達物質を含む培地であってもよい。背側化シグナル伝達物質を含む場合には、上記工程(1)~工程(2)において、甲状腺ホルモンシグナル伝達経路作用物質及び背側化シグナル伝達物質を培地に添加する順序は、同時であっても、いずれが先であっても良い。
前記工程(1)及び/又は工程(2)において、背側化シグナル伝達物質を含む培地で培養することで、甲状腺ホルモンシグナル伝達経路作用物質を単独で作用させる方法に比べ、網膜組織に含まれる視細胞前駆細胞のうち、錐体視細胞前駆細胞の割合をさらに高めることができる。すなわち、この工程により、PAX6陰性/CHX10強陽性細胞、及びPAX6陽性/CHX10陰性細胞等、すなわち双極細胞、及びアマクリン細胞、神経節細胞、水平細胞のいずれかの細胞等の割合を低減させ、同時に網膜組織に含まれる細胞のうち視細胞前駆細胞の割合、特に視細胞前駆細胞のうち錐体視細胞前駆細胞の割合をさらに高めた網膜組織を作製することができる。
さらに、この工程により、網膜組織のうち、双極細胞やアマクリン細胞等が存在する内顆粒層や神経節細胞が存在する神経節細胞層といった基底膜側の細胞層に異所性の視細胞層(視細胞前駆細胞層)を形成させたうえで、含まれる視細胞前駆細胞のうち錐体視細胞前駆細胞の割合をさらに高めることが可能となる。
このようにして作製した網膜組織は、錐体視細胞前駆細胞の割合がさらに高いうえ、移植した際、レシピエントの双極細胞と移植した網膜組織内に含まれる視細胞前駆細胞の物理的距離が近くなることから、黄斑部又は黄斑部中心部分への移植により適した網膜組織となり得る。
工程(1)において、背側化シグナル伝達物質は、背側化シグナル伝達物質を添加する場合は終始添加されていてもよいし、途中から添加することもできるが、好ましくは、少なくとも工程(1)は背側化シグナル伝達物質を含む培地で培養する。
また、工程(2)において背側化シグナル伝達物質を添加する場合は、より好ましくは工程(2)の少なくとも一部、更に好ましくは全部の期間背側化シグナル伝達物質を含む培地で培養する。
具体的には、背側化シグナル伝達物質を含む培地で培養を開始する時期は「発生初期段階」から「錐体視細胞前駆細胞の出現率が極大となる段階」の間の任意の期間に実施されれば良く、特に制限はないが、好ましくは発生初期段階から約40日以内に開始され、より好ましくは20日以内、更により好ましくは、発生初期段階に開始される。
上記「錐体視細胞前駆細胞の出現率が極大となる段階」は、甲状腺ホルモンシグナル伝達経路作用物質を培地中に添加して同定してもよいが、甲状腺ホルモンシグナル伝達経路作用物質により錐体視細胞前駆細胞の出現率が向上し、上記段階を同定しにくくなるため、甲状腺ホルモンシグナル伝達経路作用物質及び背側化シグナル伝達物質を培地中に添加せずに培養し、予め上記段階を同定することが好ましい。
【0125】
甲状腺ホルモンシグナル伝達経路作用物質、又は甲状腺ホルモンシグナル伝達経路作用物質及び背側化シグナル伝達物質の存在下に培養する期間は、上記「錐体視細胞前駆細胞の出現率が極大となる分化段階」まで、好ましくは甲状腺ホルモンシグナル伝達経路作用物質、及び/又は背側化シグナル伝達物質非存在下に培養した場合に桿体視細胞前駆細胞が出現する時期まで甲状腺ホルモンシグナル伝達経路作用物質、又は甲状腺ホルモンシグナル伝達経路作用物質及び背側化シグナル伝達物質の効果が継続されれば良く、甲状腺ホルモンシグナル伝達経路作用物質は、通常20日以上、好ましくは40日以上、より好ましくは70日以上、背側化シグナル伝達物質は通常4日以上、好ましくは20日以上、より好ましくは40日以上、70日以上で適宜設定することができる。具体的には、例えば甲状腺ホルモンシグナル伝達経路作用物質は、神経節細胞が最初に出現してから好ましくは20日間~40日間(錐体視細胞前駆細胞の出現率が極大となる分化段階までの期間に相当)、より好ましくは40日間~70日間(桿体視細胞前駆細胞が出現する段階に相当)、更に好ましくは70日間~100日間、更により好ましくは神経節細胞が最初に出現してから工程(2)の全ての期間にわたり継続される。例えば背側化シグナル伝達物質は、発生初期段階から4日間以上、好ましくは20日間~50日間(錐体視細胞前駆細胞の出現率が極大となる分化段階までの期間に相当)、より好ましくは50日間~70日間、更に好ましくは70日間~80日間(桿体視細胞前駆細胞が出現する段階に相当)、更により好ましくは発生初期段階から工程(2)の全ての期間にわたり継続される。また、甲状腺ホルモンシグナル伝達経路作用物質、又は甲状腺ホルモンシグナル伝達経路作用物質及び背側化シグナル伝達物質の存在下に培養する期間は、特定の目的(例:移植)に神経網膜組織を使用するまで継続されても良い。
また、本発明の一態様として、工程(2)の少なくとも一部の期間における培地が、甲状腺ホルモンシグナル伝達経路作用物質、又は甲状腺ホルモンシグナル伝達経路作用物質及び背側化シグナル伝達物質を含み、得られる網膜組織が、ミューラー細胞が出現した分化段階の神経網膜組織である上記製造方法が挙げられる。
ミューラー細胞が出現している分化段階まで分化を進め、上記神経網膜組織を調製するために必要な甲状腺ホルモンシグナル伝達経路作用物質、又は甲状腺ホルモンシグナル伝達経路作用物質及び背側化シグナル伝達物質の濃度、及びこれらを含む培地で培養する期間は上記4.及び5.の記載に基づき適宜当業者であれば設定することができるが、上記神経網膜組織の一態様を以下に説明する。
当該網膜組織におけるPAX6陽性/CHX10陰性細胞は30%以下、好ましくは20%以下、より好ましくは15%以下、更により好ましくは10%以下である。また、当該網膜組織におけるPAX6陰性/CHX10強陽性細胞は10%以下、好ましくは5%以下である。また、当該網膜組織におけるPAX6陽性/CHX10陰性細胞、及びPAX6陰性/CHX10強陽性細胞の合計は30%以下、好ましくは20%以下、より好ましくは14%以下である。
また、当該網膜組織におけるCRX陽性細胞である視細胞前駆細胞の割合は、40%以上、好ましくは50%以上、より好ましくは57%以上、更により好ましくは66%以上である。あるいは、当該分化段階の網膜組織におけるCRX陽性細胞中のRXR-γ陽性かつNRL陰性細胞の細胞数が32%以上、好ましくは40%以上、より好ましくは54%以上、更により好ましくは57%以上である。
また、一態様において、当該網膜組織は異所性の視細胞前駆細胞及び/又は視細胞を有することを特徴とする。ここで異所性の視細胞前駆細胞及び/又は視細胞とは、網膜を構成する細胞層のうち視細胞層(又は外顆粒層)以外の層に存在する視細胞前駆細胞及び/又は視細胞を意味する。当該網膜組織においては上記異所性の視細胞層(視細胞前駆細胞層とも言う)に含まれる視細胞前駆細胞の割合は、具体的には神経網膜組織に含まれる全細胞数の10%以上、好ましくは15%以上、より好ましくは20%以上、更により好ましくは25%以上である。また、外顆粒層に存在する視細胞前駆細胞に対して上記異所性の視細胞前駆細胞の割合は30%以上、好ましくは40%以上、より好ましくは50%以上、更により好ましくは60%以上である。
背側化シグナル伝達物質を含む培地での培養について、具体的には上記5.を参照することができる。
【0126】
6-1.成熟した神経網膜組織に成熟化し得る神経網膜組織の製造方法
本発明の一態様として、工程(2)における培地が、甲状腺ホルモンシグナル伝達経路作用物質、又は甲状腺ホルモンシグナル伝達経路作用物質及び背側化シグナル伝達物質を含み、工程(2)により得られる成熟した神経網膜組織に成熟化し得る神経網膜組織が、錐体視細胞前駆細胞の出現率が極大となる分化段階の神経網膜組織である上記製造方法が挙げられる。
錐体視細胞前駆細胞の出現率が極大に至る分化段階まで分化を進め、前記神経網膜組織を調製するために必要な甲状腺ホルモンシグナル伝達経路作用物質、又は甲状腺ホルモンシグナル伝達経路作用物質及び背側化シグナル伝達物質の濃度、及びこれらを含む培地で培養する期間は上記4.及び5.の記載に基づき適宜当業者であれば設定することができるが、上記神経網膜組織の一態様を以下に説明する。
当該網膜組織におけるCRX陽性細胞である視細胞前駆細胞の割合は、11%以上、好ましくは15%以上、より好ましくは20%以上、更により好ましくは25%以上、更により好ましくは30%以上である。あるいは、当該分化段階の網膜組織におけるCRX陽性かつTRβ2陽性細胞である錐体視細胞前駆細胞の割合は7%以上、好ましくは10%以上、より好ましくは11%以上、更により好ましくは15%以上、更により好ましくは16%以上、20%以上である。
また、一態様において、上記網膜組織のCRX陽性細胞、及び/又はCRX陽性かつTRβ2陽性細胞は、好ましくはニューロブラスティックレイヤー(NBL)より基底膜側に出現する異所性の視細胞前駆細胞を含む。また、ニューロブラスティックレイヤー(NBL)を含む頂端面側に出現する視細胞前駆細胞と、NBLより基底膜側に出現する異所性の視細胞前駆細胞の割合は一定程度、より好ましくは同程度である。具体的には、NBLより基底膜側とNBLを含む頂端面側に含まれる視細胞前駆細胞の面積あたりの割合の比が、10:1から1:10、好ましくは2:1から1:2、より好ましくは10:7から7:10である。
また、一態様において、視細胞前駆細胞の分化に必要であると言われるOTX2遺伝子を発現するOTX2陽性細胞の割合は、当該網膜組織において13%以上、好ましくは20%以上、より好ましくは24%以上、更により好ましくは29%以上、更により好ましくは30%以上である。
また、一態様において、背側化シグナル伝達物質の添加の有無に関わらず、甲状腺ホルモンシグナル伝達経路作用物質の添加により、錐体視細胞前駆細胞で発現するOC2の全細胞数に対する割合が当該網膜組織において30~50%、好ましくは35%~45%、より好ましくは39~43%となり、甲状腺ホルモンシグナル伝達経路作用物質を添加しない場合に比べ増加する。
当該神経網膜組織は、前記工程(1)及び工程(2)により製造することができ、全工程を通じて、錐体視細胞前駆細胞の出現が認められて以降30~50日間、好ましくは30~40日間培養することにより製造することができる。
また、本発明の一態様において、好ましくは前記工程(1)及び工程(2)の全ての期間、「腹側マーカーの発現を抑制する程度の濃度の背側化シグナル伝達物質」を含む培地を使用し、工程(2)の全ての期間、甲状腺ホルモンシグナル伝達経路作用物質を含む培地を使用する。また、背側化シグナル伝達物質、又は甲状腺ホルモンシグナル伝達経路作用物質の存在下に培養を開始する時期は、好ましくは発生初期段階、又は神経節細胞の出現直後からが好ましく、上記4.、又は5.に記載の通りである。
また、当該神経網膜組織は、例えば発生初期段階の網膜組織が、原料製造方法1~4に記載の方法で製造された網膜組織を原料とする場合、浮遊培養開始後約60~70日目、好ましくは約65日目、原料製造方法5~7に記載の方法で製造された網膜組織を原料とする場合、浮遊培養開始後約65~75日目、好ましくは約70日目(即ち、神経網膜組織中に出現する錐体視細胞前駆細胞の割合が極大である段階の網膜組織)に得られる凝集体に相当する。
【0127】
また、本発明の一態様として、工程(2)の少なくとも一部の期間(具体的には、40日間~70日間、好ましくは70日間~100日間)における培地が、甲状腺ホルモンシグナル伝達経路作用物質、又は甲状腺ホルモンシグナル伝達経路作用物質及び背側化シグナル伝達物質を含み、得られる網膜組織が、桿体視細胞前駆細胞が出現しはじめる分化段階(又は双極細胞が出現し始める分化段階)の神経網膜組織である上記製造方法が挙げられる。
桿体視細胞前駆細胞が出現し始める分化段階(又は双極細胞が出現し始める分化段階)まで分化を進め、上記神経網膜組織を調製するために必要な甲状腺ホルモンシグナル伝達経路作用物質、又は甲状腺ホルモンシグナル伝達経路作用物質及び背側化シグナル伝達物質の濃度、及びこれらを含む培地で培養する期間は上記4.及び5.の記載に基づき適宜当業者であれば設定することができるが、上記神経網膜組織の一態様を以下に説明する。
当該神経網膜組織は、桿体視細胞前駆細胞が出現し始めた段階(又は双極細胞が出現し始めた段階)において生体神経網膜組織、又は甲状腺ホルモンシグナル伝達経路作用物質非存在下で製造された網膜組織よりも、視細胞前駆細胞、及び/又は錐体視細胞前駆細胞の割合が高いことを特徴とする。すなわち、当該神経網膜組織はCRX陽性細胞が、全細胞数の20%以上、好ましくは25%以上、更に好ましくは30%以上、更により好ましくは40%以上、より更により好ましくは50%以上である。また、当該分化段階における神経網膜組織において、頂端面の接線に垂直に交わる直線に沿って、平均2細胞、好ましくは平均3細胞以上、より好ましくは平均4細胞以上が視細胞前駆細胞(CRX陽性細胞)である。また、これらの神経網膜組織は、好ましくは当該分化段階における網膜組織にはニューロブラスティックレイヤー(NBL)より基底膜側に異所性の視細胞前駆細胞を含む。
ここで、桿体視細胞前駆細胞が出現し始めた段階(又は双極細胞が出現し始めた段階)は、当業者であれば通常の免疫染色などの手法を用いて桿体視細胞前駆細胞マーカー(又は双極細胞マーカー)であるNRL陽性かつCRX陽性細胞(又はCHX10強陽性かつPAX6陰性細胞)が出現し始める段階を特定することで決定できる。具体的には、双極細胞(又は桿体視細胞前駆細胞)が出現し始める段階は、双極細胞(又は、桿体視細胞前駆細胞)が出現してから20日以内、好ましくは15日以内、より好ましくは10日以内、更に好ましくは5日以内の分化段階で、双極細胞(又は、桿体視細胞前駆細胞)へ分化する段階の神経網膜前駆細胞を含む分化段階である。神経網膜前駆細胞が双極細胞(又は、桿体視細胞前駆細胞)へ分化する段階かどうかは、網膜組織中の増殖細胞である神経網膜細胞に取り込まれるBrdU又はEdU等を培養液中へ添加し、BrdU又はEdU等を取り込んだ細胞が双極細胞(又は、桿体視細胞前駆細胞)のマーカーを発現するかどうかについて、抗体を用いて同定することにより設定することができる。例えば、BrdUを一定期間(例えば浮遊培養開始後90、91、92、93、94日目~110日目までの1日間等)培地に添加した直後、網膜組織を解析した結果、BrdU陽性かつ双極細胞(又は、桿体視細胞前駆細胞)マーカー陽性の細胞を観察できた場合、BrdUを添加していた期間(1日間であれば当該日)を双極細胞(又は、桿体視細胞前駆細胞)へ分化する段階の神経網膜組織を含む段階として同定することができる。あるいは、双極細胞(又は、桿体視細胞前駆細胞)マーカー陽性細胞が検出され、かつ視細胞前駆細胞で一過的に発現することが知られているBLIMP1陽性細胞が検出される段階として同定しても良い。この時、甲状腺ホルモンシグナル伝達経路作用物質は桿体視細胞前駆細胞の出現を抑制する作用があるので、甲状腺ホルモンシグナル伝達経路作用物質を含まない培地を用いて予め上記分化段階を同定しておくことが好ましい。
当該神経網膜組織は、前記工程(1)及び工程(2)により製造することができ、全工程を通じて、錐体視細胞前駆細胞の出現が認められて以降55~80日間、好ましくは55~70日間培養することにより製造することができる。また、本発明の一態様において、前記工程(1)及び工程(2)の全ての期間、「腹側マーカーの発現を抑制する程度の濃度の背側化シグナル伝達物質」を含む培地を使用し、工程(2)の全ての期間、甲状腺ホルモンシグナル伝達経路作用物質を含む培地を使用する。また、背側化シグナル伝達物質、又は甲状腺ホルモンシグナル伝達経路作用物質の存在下に培養を開始する時期は、神経節細胞の出現直後、好ましくは発生初期段階からであり、上記4.、又は5.に記載の通りである。
当該神経網膜組織は、例えば発生初期段階の網膜組織が、上記原料製造方法1~4により製造される場合には、浮遊培養開始後85日~100日、好ましくは約95日目に得られる凝集体に相当する。上記原料製造方法5~7により製造される場合には、浮遊培養開始後90日~105日、好ましくは約100日目(即ち、双極細胞(又は桿体視細胞前駆細胞)が出現し始める段階の網膜組織)に得られる凝集体に相当する。
【0128】
本発明の一態様として、具体的に、以下の工程:
(1’)原料製造方法1~7に記載の方法で発生初期段階の網膜組織を製造する工程、
(2’)工程(1’)で形成された発生初期段階の網膜組織を培養し、神経網膜前駆細胞を含み、かつ神経節細胞が出現直後の分化段階から錐体視細胞前駆細胞の出現率が極大に至るまでの分化段階のいずれかの段階にある網膜組織を得る工程、及び
(3’)工程(2’)で得られる網膜組織を、甲状腺ホルモンシグナル伝達経路作用物質を含む培地で培養する工程、
を含む、成熟した神経網膜組織、又は成熟した神経網膜組織に成熟化し得る神経網膜組織の製造方法が挙げられる。各工程は既に説明したとおりであるが、工程(1’)及び工程(2’)は発生初期段階の網膜組織を同定もしく単離することなく、工程の境界なく連続的に行うことができる。
【0129】
また本発明の一態様として、具体的に、以下の工程:
(a1)多能性細胞を無血清培地中で浮遊培養することにより細胞の凝集体を形成させる工程、
(a2)工程(a1)で形成された凝集体を、SHHシグナル伝達経路作用物質を含まずBMPシグナル伝達経路作用物質を含む培地で浮遊培養し、網膜前駆細胞または神経網膜前駆細胞を含む発生初期段階の網膜組織を製造する工程、
(a3)工程(a2)で得られる網膜組織を培養し、神経網膜前駆細胞を含み、かつ神経節細胞が出現直後の分化段階から錐体視細胞前駆細胞の出現率が極大に至るまでの分化段階のいずれかの段階にある網膜組織を得る工程、及び
(a4)工程(a3)で得られる網膜組織を、甲状腺ホルモンシグナル伝達経路作用物質を含む培地で培養する工程
を含む、成熟した神経網膜組織、又は成熟した神経網膜組織に成熟化し得る神経網膜組織の製造方法が挙げられる。各工程は既に説明したとおりであるが、工程(a2)及び工程(a3)は発生初期段階の網膜組織を同定もしく単離することなく、工程の境界なく連続的に行うことができる。
【0130】
また一態様として、具体的に、以下の工程:
(b1)多能性幹細胞を、フィーダー細胞非存在下で、1)TGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質及び/又はSHHシグナル伝達経路作用物質、並びに2)未分化維持因子を含む培地で培養する工程、
(b2)工程(b1)で得られる細胞を浮遊培養し、細胞の凝集体を形成させる工程、
(b3)工程(b2)で形成された凝集体を、BMPシグナル伝達経路作用物質の存在下に浮遊培養し、網膜前駆細胞または神経網膜前駆細胞を含む発生初期段階の網膜組織を製造する工程、
(b4)工程(b3)で得られる網膜組織を培養し、神経網膜前駆細胞を含み、かつ神経節細胞が出現直後の分化段階から錐体視細胞前駆細胞の出現率が極大に至るまでの分化段階のいずれかの段階にある網膜組織を得る工程、及び
(b5)工程(b4)で得られる網膜組織を、甲状腺ホルモンシグナル伝達経路作用物質を含む培地で培養する工程
を含む、成熟した神経網膜組織、又は成熟した神経網膜組織に成熟化し得る神経網膜組織の製造方法が挙げられる。各工程は既に説明したとおりであるが、工程(b3)及び工程(b4)は発生初期段階の網膜組織を同定もしく単離することなく、工程の境界なく連続的に行うことができる。
【0131】
また一態様として、具体的に、以下の工程:
(c1)多能性幹細胞を、フィーダー細胞非存在下で、未分化維持因子を含み、かつTGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質及び/又はSHHシグナル伝達経路作用物質を含んでいても良い培地で培養する工程、
(c2)工程(c1)で得られる細胞をSHHシグナル伝達経路作用物質及び/又はWntシグナル伝達経路阻害物質の存在下で浮遊培養し、細胞の凝集体を形成させる工程、
(c3)工程(c2)で形成された凝集体を、BMPシグナル伝達経路作用物質の存在下に浮遊培養し、網膜前駆細胞または神経網膜前駆細胞を含む発生初期段階の網膜組織を製造する工程、
(c4)工程(c3)で得られる網膜組織を培養し、神経網膜前駆細胞を含み、かつ神経節細胞が出現直後の分化段階から錐体視細胞前駆細胞の出現率が極大に至るまでの分化段階のいずれかの段階にある網膜組織を得る工程、及び
(c5)工程(c4)で得られる網膜組織を、甲状腺ホルモンシグナル伝達経路作用物質を含む培地で培養する工程
を含む、成熟した神経網膜組織、又は成熟した神経網膜組織に成熟化し得る神経網膜組織の製造方法が挙げられる。各工程は既に説明したとおりであるが、工程(c3)及び工程(c4)は発生初期段階の網膜組織を同定もしく単離することなく、工程の境界なく連続的に行うことができる。
【0132】
また一態様として、具体的に、以下の工程:
(d1)多能性幹細胞を、フィーダー細胞非存在下で、未分化維持因子を含み、かつTGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質及び/又はSHHシグナル伝達経路作用物質を含んでいても良い培地で培養する工程、
(d2)工程(d1)で得られる細胞を、場合によってはSHHシグナル伝達経路作用物質及び/又はWntシグナル伝達経路阻害物質の存在下に浮遊培養し、細胞の凝集体を形成させる工程、
(d3)工程(d2)で形成された凝集体を、BMPシグナル伝達経路作用物質の存在下に浮遊培養し、網膜前駆細胞または神経網膜前駆細胞を含み、CHX10陽性細胞の存在割合が20%以上100%以下である細胞凝集体を得る工程、
(d4)工程(d3)で得られる細胞凝集体を、Wntシグナル伝達経路作用物質、及び場合によってはFGFシグナル伝達経路阻害物質を含む無血清培地又は血清培地中で、RPE65遺伝子を発現する細胞が出現するに至るまでの期間中に限り、培養した後、得られた「RPE65遺伝子を発現する細胞が出現していない細胞凝集体」を、Wntシグナル伝達経路作用物質を含まない無血清培地又は血清培地中で培養し、毛様体周縁部様構造体を含む、発生初期段階の網膜組織を得る工程、
(d5)工程(d4)で得られる網膜組織を培養し、神経網膜前駆細胞を含み、かつ神経節細胞が出現直後の分化段階から錐体視細胞前駆細胞の出現率が極大に至るまでの分化段階のいずれかの段階にある網膜組織を得る工程、及び
(d6)工程(d5)で得られる網膜組織を、甲状腺ホルモンシグナル伝達経路作用物質を含む培地で培養する工程
を含む、成熟した神経網膜組織、又は成熟した神経網膜組織に成熟化し得る神経網膜組織の製造方法が挙げられる。各工程は既に説明したとおりであるが、工程(d4)及び工程(d5)は発生初期段階の網膜組織を同定もしく単離することなく、工程の境界なく連続的に行うことができる。
【0133】
また本発明の一態様として、具体的に、以下の工程:
(e1)多能性細胞を、Wntシグナル伝達経路阻害物質を含む無血清培地中で浮遊培養することにより多能性幹細胞の凝集体を形成させる工程、
(e2)工程(e1)で形成された凝集体を、基底膜標品を含む無血清培地中で浮遊培養し、網膜前駆細胞または神経網膜前駆細胞を含む発生初期段階の網膜組織を製造する工程、
(e3)工程(e2)で得られる網膜組織を培養し、神経網膜前駆細胞を含み、かつ神経節細胞が出現直後の分化段階から錐体視細胞前駆細胞の出現率が極大に至るまでの分化段階のいずれかの段階にある網膜組織を得る工程、及び
(e4)工程(e3)で得られる網膜組織を、甲状腺ホルモンシグナル伝達経路作用物質を含む培地で培養する工程
を含む、成熟した神経網膜組織、又は成熟した神経網膜組織に成熟化し得る神経網膜組織の製造方法が挙げられる。各工程は既に説明したとおりであるが、工程(e2)及び工程(e3)は発生初期段階の網膜組織を同定もしく単離することなく、工程の境界なく連続的に行うことができる。
【0134】
また一態様として、具体的に、以下の工程:
(f1)多能性細胞を、Wntシグナル伝達経路阻害物質を含む無血清培地中で浮遊培養することにより多能性幹細胞の凝集体を形成させる工程、
(f2)工程(f1)で形成された凝集体を、基底膜標品を含む無血清培地中で浮遊培養し、網膜前駆細胞または神経網膜前駆細胞を含み、CHX10陽性細胞の存在割合が20%以上100%以下である細胞凝集体を得る工程、
(f3)工程(f2)で得られる細胞凝集体を、Wntシグナル伝達経路作用物質、及び場合によってはFGFシグナル伝達経路阻害物質を含む無血清培地又は血清培地中で、RPE65遺伝子を発現する細胞が出現するに至るまでの期間中に限り、培養した後、得られた「RPE65遺伝子を発現する細胞が出現していない細胞凝集体」を、Wntシグナル伝達経路作用物質を含まない無血清培地又は血清培地中で培養し、様体周縁部様構造体を含む、発生初期段階の網膜組織を得る工程、
(f4)工程(f3)で得られる網膜組織を培養し、神経網膜前駆細胞を含み、かつ神経節細胞が出現直後の分化段階から錐体視細胞前駆細胞の出現率が極大に至るまでの分化段階のいずれかの段階にある網膜組織を得る工程、及び
(f5)工程(f4)で得られる網膜組織を、甲状腺ホルモンシグナル伝達経路作用物質を含む培地で培養する工程
を含む、成熟した神経網膜組織、又は成熟した神経網膜組織に成熟化し得る神経網膜組織の製造方法が挙げられる。各工程は既に説明したとおりであるが、工程(f3)及び工程(f4)は発生初期段階の網膜組織を同定もしく単離することなく、工程の境界なく連続的に行うことができる。
【0135】
6-2.成熟した神経網膜組織の製造方法
成熟した神経網膜組織は、上記6-1.で製造される神経網膜組織を適切な培地で成熟化することにより、製造することができる。この場合において、工程(2)は、成熟化工程を包含する。具体的には、工程(2)が以下の工程(2-1)及び(2-2)を含む態様が挙げられる:
(2-1)工程(1)で得られる網膜組織を、甲状腺ホルモンシグナル伝達経路作用物質を含む培地で、錐体視細胞前駆細胞の出現が認められて以降30~80日目まで培養する工程、及び、
(2-2)工程(2-1)で得られる網膜組織を、甲状腺ホルモンシグナル伝達経路作用物質を含んでいても良い培地で、60~120日間培養する工程。
【0136】
上記工程(2-2)において、工程(2-1)で得られる培養物を培地で培養する工程は、適宜当業者に周知の方法で実施することができる。工程(2-1)及び工程(2-2)が行われる期間には特に限定はなく、ミューラー細胞が出現し始める段階の網膜組織に至るまで培養を継続すればよい。具体的には、工程(1)に要する期間にも依存するが、例えば原料製造方法5~7に記載の方法で製造された網膜組織を原料とする場合、工程(2-1)は、好ましくは多能性幹細胞を浮遊培養に付した時点から約33日目~75日目、好ましくは33日目~100日目、より好ましくは33日目~130日目に相当する期間培養が行われるよう、適宜期間を設定すれば良い。また、工程(1)に要する期間にも依存するが、例えば工程(2-2)は、多能性幹細胞を浮遊培養に付した時点から約75日目~190日目、好ましくは100日目~190日目、より好ましくは130日目~190日目に相当する期間培養が行われるよう、適宜期間を設定すれば良い。ここで、多能性幹細胞を浮遊培養に付した時点から約33日目~45日目は、神経網膜前駆細胞を含み、かつ神経節細胞が出現直後の分化段階(一態様として、錐体視細胞前駆細胞が出現し始める分化段階を含む)、65日目~75日目は、錐体視細胞前駆細胞の出現率が極大となる分化段階、90日目~105日目は、双極細胞(又は桿体視細胞前駆細胞)が出現し始める分化段階、120日目~140日目は、外網状膜が形成される分化段階、190日目は、ミューラー細胞が認められる分化段階の網膜組織である。
例えば原料製造方法1~4に記載の方法で製造された網膜組織を原料とする場合、工程(2-1)は、多能性幹細胞を浮遊培養に付した時点から約27日目~70日目、好ましくは27日目~95日目、より好ましくは27日目~130日目に相当する期間培養が行われるよう、適宜期間を設定すれば良い。また、工程(1)に要する期間にも依存するが、例えば工程(2-2)は、多能性幹細胞を浮遊培養に付した時点から約70日目~190日目以上、好ましくは95日目~190日目以上、より好ましくは130日目~190日目以上に相当する期間培養が行われるよう、適宜期間を設定すれば良い。ここで、多能性幹細胞を浮遊培養に付した時点から約27日目~40日目は、神経網膜前駆細胞を含み、かつ神経節細胞が出現直後の分化段階(一態様として、錐体視細胞前駆細胞が出現し始める分化段階を含む)、60日目~70日目は、錐体視細胞前駆細胞の出現率が極大となる分化段階、85日目~100日目は、双極細胞(又は桿体視細胞前駆細胞)が出現し始める分化段階、120日目~140日目は、外網状膜が形成される分化段階、190日目は、ミューラー細胞が認められる分化段階の網膜組織である。
また、工程(2-1)及び工程(2-2)の一部の期間、又は全ての期間において、甲状腺ホルモンシグナル伝達経路作用物質を添加してもよく、具体的な態様は上記4.に記載のとおりである。
また、工程(2-1)及び工程(2-2)の一部の期間、又は全ての期間において、腹側マーカーの発現を抑制する程度の濃度の背側化シグナル伝達物質を含む培地を使用してもよく、具体的な態様は上記5.に記載のとおりである。
【0137】
工程(2-2)における培地は、使用する培地の量にもよるが、例えば適宜1日~10日、好ましくは1日~4日ごとに培地交換を行うことができ、その組成については特に変更する必要はないが、桿体視細胞前駆細胞が出現する段階以降の神経網膜組織になれば、連続上皮構造を維持することは容易になるため、適宜培地交換を行ってもよい。例えば、後述のB培地から他の培地へ変更してもよい。桿体視細胞前駆細胞が出現する時期以降は、好ましくは血清培地を用いることができる。
さらに、ミューラー細胞が出現する段階の神経網膜組織の場合、血清培地又は無血清培地のいずれの培地も連続上皮構造を維持可能な培地として好ましく使用できる。ここで、桿体視細胞前駆細胞又はミューラー細胞が出現しているかどうかについては通常実施される桿体視細胞前駆細胞、又はミューラー細胞に対するマーカーの抗体を用いた免疫染色等により確認すればよい。
【0138】
また、培地(例、後述のB培地)に血清を加えて培養することにより、網膜組織内に含まれる視細胞前駆細胞のうち、90%以上、好ましくは99%以上の視細胞前駆細胞の最終的な成熟化は進行しない。ここで「最終的な成熟化」とは、一部、好ましくは15%以上、より好ましくは30%以上、更に好ましくは60%以上の視細胞前駆細胞、又は視細胞がシナプス形成した状態、又は視物質等の機能分子を発現している状態を意味する。すなわち、ミューラー細胞が認められる段階までに分化した段階まで成熟化したが、最終的な成熟化はしていない神経網膜組織とは、好ましくはシナプス形成が生じていない段階(又は視物質等の機能分子を発現していない状態)の神経網膜組織である。また、網膜組織内に含まれる視細胞前駆細胞(少なくとも桿体視細胞前駆細胞)は、最終的に成熟化する分化段階で、視細胞のシナプス終末から分泌されるグルタミン酸依存的に双極細胞との神経回路形成が促進され得ることが当業者に知られている(非特許文献:Neuron, 87(6),1248-60(2015))。このため、網膜組織内に含まれる視細胞前駆細胞の最終的な成熟化を進行させず、移植する網膜組織内での視細胞前駆細胞と双極細胞の神経回路形成を抑制する、即ち、移植した網膜組織とレシピエントの双極細胞の神経回路形成の効率低下を招かないという観点からは、グルタミン酸を含まない培地を用いることが好ましく、より好ましくは後述するB培地に血清を加えて培養する。
ここで、視細胞前駆細胞が最終的に成熟化したかどうかはS-opsin、L-opsin、M-opsinなど視細胞特異的視物質や、光刺激応答に必要な機能因子に対する抗体を用いて同定すればよい。すなわち、S-opsin、L-opsin、M-opsin、Rhodopsin、Cone-arrestin、arrestin、CNGA3、CNGA1、G alpha t2、G alpha t1、PDE6c、PDE6a、PDE6b等の機能分子が発現している細胞を最終的に成熟した視細胞として同定できる。また、網膜組織内で視細胞前駆細胞と双極細胞が接触し、神経回路を形成したかどうかについては、視細胞と双極細胞が神経回路を形成した領域で発現するRIBEYE、CtBP2、当該領域の双極細胞で発現するmGluR6、当該領域の視細胞のシナプス終末(synaptic ending)で発現がみとめられるArrestin、Recoverin、錐体特異的Arrestin(Gene symbol;ARR3)、錐体視細胞特異的と言われるPNAや桿体視細胞特異的と言われるELFN1に対する抗体を組み合わせて多重染色し、同定すればよい。あるいは、電子顕微鏡を用いて視細胞のシナプス終末と双極細胞のシナプス構造を観察し、神経回路を形成しているかどうか同定してもよい。
【0139】
逆に視細胞前駆細胞の最終的な成熟化を促進し、視物質を発現する視細胞へ最終的に分化させる場合には、工程(2-2)の後(神経網膜組織の層構造を維持するという観点からは、好ましくは、視細胞前駆細胞、又は視細胞が初めに出現する段階から150日後以降)、グルタミン酸を含む培地、及び/又は血清を含まない培地を用いて培養する方法が好ましく挙げられる。また、S-錐体視細胞、桿体視細胞の更なる成熟化には甲状腺ホルモンシグナル伝達経路作用物質を含まない上記培地を用い、LM-錐体視細胞の成熟化には背側化シグナル伝達物質および甲状腺ホルモンシグナル伝達経路作用物質を上記培地に添加して用いるのが好ましい。背側化シグナル伝達物質および甲状腺ホルモンシグナル伝達経路作用物質の濃度に特に限定はないが、甲状腺ホルモンシグナル伝達経路作用物質としてT3を用いる場合には、例えば、0.01nMから100nMの範囲となるように培地に添加することができる。好ましくは、0.5~10nM;より好ましくは2~10nMである。
甲状腺ホルモンシグナル伝達経路作用物質としてT4を用いる場合には、例えば、1nMから500μMの範囲となるように培地に添加することができる。好ましくは、10nM~50μM;より好ましくは20nM~5μMの範囲である。
錐体視細胞前駆細胞をLM錐体視細胞へ成熟化する場合の背側化シグナル伝達物質は、上記腹側マーカーの発現を抑制する程度以上の背側化シグナル伝達物質と同等の背側化シグナル伝達物質を添加することが好ましいが、S錐体視細胞で発現する視物質、即ちS-opsinの発現を誘導しないという観点では上記腹側マーカーの発現を抑制する程度の濃度の背側化シグナル伝達物質が好ましい。具体的には背側化シグナル伝達物質としてBMPシグナル伝達経路作用物質、特にBMP4を用いる場合には、好ましくは0.01 nM~0.90 nM、より好ましくは0.05 nM~0.45 nM、更に好ましくは0.05 nM~0.15 nM、より更に好ましくは0.1 nM~0.45 nMの濃度である。
【0140】
また、工程(2-2)の後、視物質を発現する視細胞へ最終的に成熟化させる工程に要する期間は特に限定は無く、適宜人体への移植や、機能解析に適した最終的に成熟化した分化段階まで培養すれば良いが、具体的にはS-錐体視細胞の最終的な成熟化を促進する場合には工程(2-2)の後、10日間以上、好ましくは30日間以上、より好ましくは70日間以上、より好ましくは100日間以上である。LM-錐体視細胞や桿体視細胞の最終的な成熟化を促進する場合には、具体的には、上記工程(2-1)の後、50日間以上、好ましくは70日間以上、より好ましくは100日間以上、更により好ましくは150日間以上を挙げることができる。
【0141】
7.培地
上記6.の神経網膜組織の製造方法において、工程(1)、及び/又は工程(2)において使用する培地は、神経系細胞、詳しくは網膜組織を構成する細胞が生存可能な培地であれば特に限定はなく、動物細胞の培養に通常用いられる培地を基礎培地として調製することができる。
基礎培地としては、例えば、BME培地、BGJb培地、CMRL 1066培地、Glasgow MEM (GMEM)培地、Improved MEM Zinc Option培地、IMDM培地、Medium 199培地、Eagle MEM培地、αMEM培地、DMEM培地、F-12培地、DMEM/F12培地、IMDM/F12培地、ハム培地、RPMI 1640培地、Fischer’s培地、又はこれらの混合培地など、動物細胞の培養に用いることのできる培地を挙げることができる。
神経網膜組織の連続上皮構造を維持するという観点からは、以下に説明する連続上皮組織維持用培地を使用することができる。
本明細書において、連続上皮組織維持用培地は、網膜前駆細胞又は神経網膜前駆細胞の細胞分化を抑制し得る濃度のメチル基供与体又はメチル基供与体の基質、及び神経突起伸長を抑制し得る濃度の神経突起伸長抑制剤のうち少なくとも一つを含有する。好ましくは、連続上皮組織維持用培地は、網膜前駆細胞又は神経網膜前駆細胞の細胞分化を抑制する濃度のメチル基供与体又はメチル基供与体の基質、及び神経突起伸長を抑制する濃度の神経突起伸長抑制剤を含有する。
生体内においてはメチルトランスフェラーゼによりメチルドナーからDNAやヒストンを含むタンパク質へメチル基が移転される。本明細書において、メチル基供与体とは、DNA又はヒストンを含むタンパク質に対し、移転するためのメチル基を供与し得る物質 (メチルドナー)である。また、本明細書において、メチル基供与体の基質とは、前記メチルドナーを生合成するのに必要な基質のことである。具体的には、メチル基供与体としてS-アデノシルメチオニン(S-adenosylmethionine、SAMともいう)、メチル基供与体の基質としてメチオニン、S-メチル-5’-チオアデノシン(S-methyl-5’-thioadenosine、MTAと略すことがある)、ホモシステイン(homocysteine、Hcyと略すことがある)等が挙げられる。本発明においては、好適には、メチオニンが用いられる。
【0142】
網膜前駆細胞又は神経網膜前駆細胞の細胞分化を抑制するかどうかは、例えば、網膜前駆細胞又は神経網膜前駆細胞を含む発生初期段階の網膜組織に評価対象の物質を作用させ、一定期間培養した後に、網膜組織内の網膜前駆細胞又は神経網膜前駆細胞の割合を同定するか、網膜組織内の分化細胞、又は分化し増殖を停止した細胞の割合を同定すればよい。具体的には、例えば神経節細胞が出現し始め、一定の期間(例えば5日間~50日間)を経た後、網膜前駆細胞又は神経網膜前駆細胞の減少率;網膜組織内の分化細胞や増殖を停止している細胞又は最終分化に必要なbHLH型転写因子を発現する細胞の増加率;或いはbHLH型転写因子の発現量を、免疫染色、定量的PCR等により同定すればよい。網膜前駆細胞又は神経網膜前駆細胞マーカーとしては、例えば、RX及びPAX6の組み合わせ、RX、PAX6及びCHX10の組み合わせ等が使用できる。また、網膜組織に含まれる分化した細胞のマーカー、分化した前駆細胞のマーカー、又は最終分化に必要なbHLH型転写因子マーカーとしては、例えば、BRN3、CRX、HuNu、Cath5、NeuroM、NGN1、NGN2、ISLET-1(ISL1とも言う)、OLIG2等が使用できる。細胞分化により細胞増殖を停止している細胞のマーカーとしては、例えば、p53、p27、p21等が使用できる。
【0143】
メチル基供与体の基質としてメチオニンを用いる場合、連続上皮組織維持用培地中のメチオニン濃度は、通常17.24 mg/L 超(好ましくは23.62 mg/L以上、25 mg/L以上、25.75 mg/L以上、26 mg/L以上、26.81 mg/L以上、27 mg/L以上、30mg/L以上)である。連続上皮組織維持用培地中のメチオニン濃度の上限値は、連続上皮組織維持が達成される限り特に制限されないが、通常100 mg/L以下(好ましくは75 mg/L以下)である。連続上皮組織維持用培地中のメチオニン濃度の範囲は、例えば、17.24 mg/L 超100 mg/L以下、好ましくは23.62 mg/L以上75 mg/L以下、25 mg/L以上75 mg/L以下、25.75 mg/L以上75 mg/L以下、26 mg/L以上75 mg/L以下、26.81 mg/L以上75 mg/L以下、27 mg/L以上75 mg/L以下、30 mg/L以上75mg/L以下である。メチオニン以外のメチル基供与体又はその基質を用いる場合には、上記濃度のメチオニンと同等の網膜前駆細胞又は神経網膜前駆細胞の細胞分化を抑制する作用を奏する濃度で用いる事が好ましい。
【0144】
本明細書において、神経突起伸張抑制剤とは神経節細胞の神経突起伸張を抑制する物質であり、具体的には、グルココルチコイドなど神経突起伸張抑制ホルモン、セマフォリン、Nogo、Mag、OMgpタンパク質、コンドロイチン硫酸プロテオグリカンなど神経突起伸張抑制タンパク質等が挙げられる。グルココルチコイドとしては、例えば、コルチコステロン、コルチゾール、コルチゾン等が挙げられる。神経突起伸張抑制剤は、好ましくはグルココルチコイドであり、より好ましくはコルチコステロンである。
【0145】
神経突起伸長抑制作用は、例えば網膜組織、または網膜組織に含まれる神経節細胞を評価対象の物質の存在下で接着培養し、伸張した神経突起の長さを画像解析ソフト(例えばImage J)等により計測することにより評価することができる。
【0146】
神経突起伸張抑制剤としてコルチコステロンを用いる場合、連続上皮組織維持用培地中のコルチコステロン濃度は、網膜組織に含まれる神経節細胞等の神経突起伸張を抑制する濃度であり、通常0.1nM以上(好ましくは、1 nM以上、5 nM以上、10 nM以上、50nM以上、100 nM以上)である。連続上皮組織維持用培地中のコルチコステロン濃度の上限値は、連続上皮組織維持が達成される限り特に制限されないが、通常10 μM以下(好ましくは5 μM以下、1 μM以下)である。連続上皮組織維持用培地中のコルチコステロン濃度の範囲は、例えば、0.1 nM~10 μM、好ましくは、1 nM~5 μM、コルチコステロン以外の上記神経突起伸張抑制剤を用いる場合には、上記濃度のコルチコステロンと同等の神経突起伸長抑制作用を奏する濃度で用いる事が好ましい。
【0147】
一態様において、連続上皮組織維持用培地は、上記濃度のメチオニン及びコルチコステロンを含む。一態様において、連続上皮組織維持用培地は、17.24 mg/L 超(好ましくは、23.62 mg/L以上、25 mg/L以上、25.75 mg/L以上、26 mg/L以上、26.81 mg/L以上、27 mg/L以上、30mg/L以上)のメチオニン及び0.1 nM以上(好ましくは1 nM以上、より好ましくは5 nM以上、更に好ましくは10 nM以上、更に好ましくは50 nM以上、更に好ましくは100 nM以上)のコルチコステロンを含有する。
【0148】
連続上皮組織維持用培地はさらに酸性アミノ酸、抗酸化剤及び網膜神経細胞保護物質を含有し得るが、各濃度はより低濃度である事が好ましい。
【0149】
本明細書において、酸性アミノ酸としては、具体的には、グルタミン酸又はアスパラギン酸が挙げられ、それぞれL体とD体が包含される。本明細書において、L体のグルタミン酸はL-グルタミン酸、L体のアスパラギン酸はL-アスパラギン酸、D体のグルタミン酸はD-グルタミン酸、D体のアスパラギン酸はD-アスパラギン酸と表記する。本明細書において、D体とL体を区別しない場合は、「グルタミン酸」又は「アスパラギン酸」と表記する。
【0150】
連続上皮組織維持用培地中のL-グルタミン酸の濃度は、好ましくは50 μM未満(より好ましくは25 μM以下、更に好ましくは12.5 μM以下、更により好ましくは1 μM以下、とりわけ好ましくは0.1 μM以下)である。一態様において、連続上皮組織維持用培地中のグルタミン酸の濃度は、好ましくは50 μM未満(より好ましくは25 μM以下、更に好ましくは12.5 μM以下、更により好ましくは1 μM以下、とりわけ好ましくは0.1 μM以下)である。
【0151】
連続上皮組織維持用培地中のL-アスパラギン酸の濃度は、好ましくは50 μM未満(より好ましくは25 μM以下、更に好ましくは12.5 μM以下、更により好ましくは1 μM以下、とりわけ好ましくは0.1 μM以下)である。一態様において、連続上皮組織維持用培地に含まれるアスパラギン酸の濃度は、好ましくは50 μM未満(より好ましくは10μM以下、更に好ましくは1μM以下、更に好ましくは0.1μM以下)である。
【0152】
好ましい一態様として、連続上皮組織維持用培地は、17.24 mg/L 超(好ましくは、23.62 mg/L以上、25 mg/L以上、25.75 mg/L以上、26 mg/L以上、26.81 mg/L以上、27 mg/L以上、30mg/L以上)のメチオニン及び0.1 nM以上(好ましくは1 nM以上、より好ましくは5 nM以上、更に好ましくは10 nM以上、更に好ましくは50 nM以上、更に好ましくは100 nM以上)のコルチコステロンのうち少なくとも一方(好ましくは両方)を含有し、かつ、L-グルタミン酸の濃度が50 μM未満(より好ましくは25 μM以下、更に好ましくは12.5 μM以下、更により好ましくは1 μM以下、とりわけ好ましくは0.1 μM以下)である。
さらに好ましい態様として、連続上皮組織維持用培地は、17.24 mg/L 超(好ましくは、23.62 mg/L以上、25 mg/L以上、25.75 mg/L以上、26 mg/L以上、26.81 mg/L以上、27 mg/L以上、30mg/L以上)のメチオニン及び0.1 nM以上(好ましくは1 nM以上、5 nM以上、10 nM以上、50 nM以上、100 nM以上)のコルチコステロンのうち少なくとも一方(好ましくは両方)を含有し、L-グルタミン酸の濃度が50μM未満(より好ましくは25μM以下、更に好ましくは12.5μM以下、更により好ましくは1μM以下、とりわけ好ましくは0.1μM以下)であり、且つL-アスパラギン酸の濃度が50μM未満(より好ましくは25μM以下、更に好ましくは12.5μM以下、更により好ましくは1μM以下、とりわけ好ましくは0.1μM以下)である。
【0153】
本明細書において、抗酸化剤としては、グルタチオン、カタラーゼ、スーパーオキシドディスムターゼ、アルファトコフェロール、システイン等が挙げられる。一態様において、グルタチオン、カタラーゼ、スーパーオキシドディスムターゼ、アルファトコフェロール、及びシステインからなる群から選択される少なくとも1つ、好ましくは複数、より好ましくは全ての抗酸化剤の連続上皮組織維持用培地中の濃度が、以下の範囲内である:
グルタチオン:100 ng/mL以下(好ましくは10 ng/mL以下、より好ましくは1 ng/mL以下、更に好ましくは0.1 ng/mL以下);
カタラーゼ:100 U/mL以下(好ましくは10 U/mL以下、より好ましくは1 U/mL以下、更に好ましくは0.1 U/mL以下);
スーパーオキシドディスムターゼ:100 U/mL以下(好ましくは10 U/mL以下、より好ましくは1 U/mL以下、更に好ましくは0.1 U/mL以下);
アルファトコフェロール:50 nM以下(好ましくは5 nM以下、より好ましくは0.5 nM以下、更に好ましくは0.05 nM以下);及び
システイン:0.26 mM以下(好ましくは0.22 mM以下、より好ましくは0.18 mM以下、更に好ましくは0.1 mM以下)。
一態様において、連続上皮組織維持用培地中の、グルタチオン、カタラーゼ、スーパーオキシドディスムターゼ、及びアルファトコフェロールからなる群から選択される少なくとも1つ、好ましくは複数、より好ましくは全ての抗酸化剤の濃度は、連続上皮構造に影響を与える程度の抗酸化作用が認められない濃度であり、システインの濃度が0.26 mM以下 (好ましくは0.22 mM以下、より好ましくは0.18 mM以下、更に好ましくは0.1 mM以下)である。その他の抗酸化剤が含まれる場合、その濃度は、好ましくは、上記濃度における上記抗酸化剤と同等の抗酸化作用を奏する濃度以下、又は抗酸化作用が認められない濃度である。抗酸化作用は、例えば、電子スピン共鳴装置(Electron Spin Resonance、ESRともいう)によってフリーラジカルに類する一部の活性酸素を直接的にスピントラップ剤の存在下で測定し、抗酸化作用を評価することができる。活性酸素を測定するその他の様々な方法(例:活性酸素により生成する過酸化脂質の量や、酸化ストレスマーカーとして利用される8-ヒドロキシデオキシグアノシン、8-ニトログアノシンの量等を測定する等)によっても、抗酸化作用を評価することができる。活性酸素量等の測定には、市販されている測定キット(コスモ・バイオ、同仁化学研究所、サーモフィッシャーサイエンティフィック等)を利用してもよい。
【0154】
本明細書において、網膜神経細胞保護物質としては、プロゲステロン等が挙げられる。一態様において、連続上皮組織維持用培地中のプロゲステロンの濃度は、100 nM以下、好ましくは50nM以下、より好ましくは20 nM(または6.3 μg/mL(20.033708 nM))以下、更に好ましくは10 nM以下、更に好ましくは3 nM以下の濃度である。一態様において、連続上皮組織維持用培地中のプロゲステロンの濃度は神経節細胞保護作用が認められない濃度である。その他の網膜神経細胞保護物質が含まれる場合、上記濃度のプロゲステロンと同等の網膜神経細胞保護作用を奏する濃度以下、又は網膜神経細胞保護作用が認められない濃度であることが好ましい。網膜神経細胞保護作用は、例えば、網膜組織に含まれる神経節細胞の割合や、アポトーシスマーカーとして知られる切断型カスパーゼ3陽性の神経節細胞の割合を同定し、その増減を同定することにより確認することができる。評価対象の物質が神経節細胞保護作用を示す場合、一定期間当該物質を作用させた網膜組織に含まれる神経節細胞の割合は、同物質を作用させなかった場合に比べ増加し、逆に切断型カスパーゼ3陽性神経節細胞の割合は減少する。神経節細胞の割合は上述した神経節細胞マーカー(例えばBRN3)に対する抗体による免疫組織染色、DAPI染色、PI染色、Hoechst染色等を用いて同定すればよい。
【0155】
好ましい一態様として、連続上皮組織維持用培地は、17.24 mg/L 超(好ましくは、23.62 mg/L以上、25 mg/L以上、25.75 mg/L以上、26 mg/L以上、26.81 mg/L以上、27 mg/L以上、30mg/L以上)のメチオニン及び0.1 nM以上(好ましくは1 nM以上、より好ましくは5 nM以上、更に好ましくは10 nM以上、更に好ましくは50 nM以上、更に好ましくは100 nM以上)のコルチコステロンの少なくとも一方(好ましくは両方)を含有し、L-グルタミン酸の濃度が50μM未満(より好ましくは25μM以下、更に好ましくは12.5μM以下、更により好ましくは1μM以下、とりわけ好ましくは0.1μM以下)であり、更に、L-アスパラギン酸、グルタチオン、カタラーゼ、スーパーオキシドディスムターゼ、アルファトコフェロール、システイン及びプロゲステロンからなる群から選択される少なくとも1つ、好ましくは複数、より好ましくは全ての化合物の濃度が、以下の範囲内である:
L-アスパラギン酸:50μM未満(より好ましくは25μM以下、更に好ましくは12.5μM以下、更により好ましくは1μM以下、とりわけ好ましくは0.1μM以下);
グルタチオン:100 ng/mL以下(好ましくは10 ng/mL以下、より好ましくは1 ng/mL以下、更に好ましくは0.1 ng/mL以下);
カタラーゼ:100 U/mL以下(好ましくは10 U/mL以下、より好ましくは1 U/mL以下、更に好ましくは0.1 U/mL以下);
スーパーオキシドディスムターゼ:100 U/mL以下(好ましくは10 U/mL以下、より好ましくは1 U/mL以下、更に好ましくは0.1 U/mL以下);
アルファトコフェロール:50 nM以下(好ましくは5 nM以下、より好ましくは0.5 nM以下、更に好ましくは0.05 nM以下);
システイン:0.26 mM以下(好ましくは0.22 mM以下、より好ましくは0.18 mM以下、更に好ましくは0.1 mM以下);及び
プロゲステロン:100 nM以下(好ましくは50nM以下、より好ましくは20 nM以下(または6.3 μg/mL(20.033708 nM)以下)、更に好ましくは10 nM以下、更に好ましくは3 nM以下)。
【0156】
連続上皮組織維持用培地はさらにヒポキサンチン、チミジン及びビタミンB12を有し得るが、各濃度は、より低濃度であることが好ましい。
一態様において、連続上皮組織維持用培地中のヒポキサンチン濃度は、例えば15μM未満(好ましくは7.5μM以下、より好ましくは3.75μM以下、更に好ましくは1μM以下、更により好ましくは0.1μM以下(例えば、0μM))である。
一態様において、連続上皮組織維持用培地中のチミジン濃度は、1.5μM未満(好ましくは0.75μM以下、より好ましくは0.375μM以下、更に好ましくは0.1μM以下、更により好ましくは0.01μM以下(例えば、0μM))である。
一態様において、連続上皮組織維持用培地中のビタミンB12濃度は、0.5 μM未満(好ましくは0.253μM以下、より好ましくは0.129μM以下、更に好ましくは0.005μM以下)である。
好ましい態様において、連続上皮組織維持用培地中のヒポキサンチン、チミジン及びビタミンB12からなる群から選択される、2又は3の化合物の連続上皮組織維持用培地中の濃度が、上述の範囲内である。
【0157】
好ましい一態様として、連続上皮組織維持用培地は、17.24 mg/L 超(好ましくは、23.62 mg/L以上、25 mg/L以上、25.75 mg/L以上、26 mg/L以上、26.81 mg/L以上、27 mg/L以上、30mg/L以上)のメチオニン及び0.1 nM以上(好ましくは1 nM以上、より好ましくは5 nM以上、更に好ましくは10 nM以上、更に好ましくは50 nM以上、更に好ましくは100 nM以上)のコルチコステロンのうち少なくとも一方(好ましくは両方)を含有し、かつ、L-グルタミン酸の濃度が50μM未満(より好ましくは25μM以下、更に好ましくは12.5μM以下、更により好ましくは1μM以下、とりわけ好ましくは0.1μM以下)であり、L-アスパラギン酸、グルタチオン、カタラーゼ、スーパーオキシドディスムターゼ、アルファトコフェロール、システイン、プロゲステロン、ヒポキサンチン、チミジン及びビタミンB12からなる群から選択される少なくとも1つ、好ましくは複数、より好ましくは全ての化合物の濃度が、以下の範囲内である:
L-アスパラギン酸:50μM未満(より好ましくは25μM以下、更に好ましくは12.5μM以下、更により好ましくは1μM以下、とりわけ好ましくは0.1μM以下);
グルタチオン:100 ng/mL以下(好ましくは10 ng/mL以下、より好ましくは1 ng/mL以下、更に好ましくは0.1 ng/mL以下);
カタラーゼ:100 U/mL以下(好ましくは10 U/mL以下、より好ましくは1 U/mL以下、更に好ましくは0.1 U/mL以下);
スーパーオキシドディスムターゼ:100 U/mL以下(好ましくは10 U/mL以下、より好ましくは1 U/mL以下、更に好ましくは0.1 U/mL以下);
アルファトコフェロール:50 nM以下(好ましくは5 nM以下、より好ましくは0.5 nM以下、更に好ましくは0.05 nM以下);
システイン:0.26 mM以下(好ましくは0.22 mM以下、より好ましくは0.18 mM以下、更に好ましくは0.1 mM以下);
プロゲステロン:100 nM以下(好ましくは50nM以下、より好ましくは20 nM以下(または6.3 μg/mL(20.033708 nM)以下)、更に好ましくは10 nM以下、更に好ましくは3 nM以下);
ヒポキサンチン:15μM未満(好ましくは7.5μM以下、より好ましくは3.75μM以下、更に好ましくは1μM以下、更により好ましくは0.1μM以下(例えば、0μM));
チミジン:1.5μM未満(好ましくは0.75μM以下、より好ましくは0.375μM以下、更に好ましくは0.1μM以下、更により好ましくは0.01μM以下(例えば、0μM));及び
ビタミンB12:0.5 μM未満(好ましくは0.253μM以下、より好ましくは0.129μM以下、更に好ましくは0.005μM以下)。
【0158】
好ましい一態様として、連続上皮組織維持用培地は、以下の組成を有する:
メチオニン:17.24 mg/L 超(好ましくは、23.62 mg/L以上、25 mg/L以上、25.75 mg/L以上、26 mg/L以上、26.81 mg/L以上、27 mg/L以上、30mg/L以上);
コルチコステロン:0.1 nM以上(好ましくは1 nM以上、より好ましくは5 nM以上、更に好ましくは10 nM以上、更に好ましくは50 nM以上、更に好ましくは100 nM以上);
L-グルタミン酸:50μM未満(より好ましくは25μM以下、更に好ましくは12.5μM以下、更により好ましくは1μM以下、とりわけ好ましくは0.1μM以下);
L-アスパラギン酸:50μM未満(より好ましくは25μM以下、更に好ましくは12.5μM以下、更により好ましくは1μM以下、とりわけ好ましくは0.1μM以下);
ヒポキサンチン:15μM未満(好ましくは7.5μM以下、より好ましくは3.75μM以下、更に好ましくは1μM以下、更により好ましくは0.1μM以下(例えば、0μM));
チミジン:1.5μM未満(好ましくは0.75μM以下、より好ましくは0.375μM以下、更に好ましくは0.1μM以下、更により好ましくは0.01μM以下(例えば、0μM));及び
ビタミンB12:0.5 μM未満(好ましくは0.253μM以下、より好ましくは0.129μM以下、更に好ましくは0.005μM以下)。
【0159】
該態様において、グルタチオン、カタラーゼ、スーパーオキシドディスムターゼ、アルファトコフェロール、L-システイン及びプロゲステロンからなる群から選択される少なくとも1つ、好ましくは複数、より好ましくは全ての化合物の濃度が、以下の範囲内である:
グルタチオン:100 ng/mL以下(好ましくは10 ng/mL以下、より好ましくは1 ng/mL以下、更に好ましくは0.1 ng/mL以下);
カタラーゼ:100 U/mL以下(好ましくは10 U/mL以下、より好ましくは1 U/mL以下、更に好ましくは0.1 U/mL以下);
スーパーオキシドディスムターゼ:100 U/mL以下(好ましくは10 U/mL以下、より好ましくは1 U/mL以下、更に好ましくは0.1 U/mL以下);
アルファトコフェロール:50 nM以下(好ましくは5 nM以下、より好ましくは0.5 nM以下、更に好ましくは0.05 nM以下);
システイン:0.26 mM以下(好ましくは0.22 mM以下、より好ましくは0.18 mM以下、更に好ましくは0.1 mM以下);及び
プロゲステロン:100 nM以下(好ましくは50nM以下、より好ましくは20 nM(6.3 μg/mL)以下、更に好ましくは10 nM以下、更に好ましくは3 nM以下)。
【0160】
連続上皮組織維持用培地は、市販されている培地を適宜配合して調製することができる。
連続上皮組織維持用培地の調製に使用可能な基礎培地としては、例えば、上述の酸性アミノ酸、抗酸化剤及びプロゲステロン等の網膜神経細胞保護物質のうち少なくとも1つ(例えば、酸性アミノ酸)、好ましくは2つ以上(例えば、酸性アミノ酸とその他のいずれかの物質)、より好ましくは全てを含まないか、上述した濃度範囲内である培地を挙げることができる。該基礎培地の一態様において、ヒポキサンチン、チミジン及びビタミンB12のうち、1つ、好ましくは2つ、より好ましくは3つが上述した濃度範囲内である。該基礎培地の一態様において、ヒポキサンチン及びチミジンが含まれず、ビタミンB12の濃度が上述した濃度範囲内である。
【0161】
連続上皮組織維持用培地の調製に使用可能な基礎培地としては、メチル基供与体(例:S-アデノシルメチオニン)、メチル基供与体の基質(例:メチオニン、MTA、Hcy)及び神経突起伸長抑制剤(例;コルチコステロン)のうち少なくとも一つの濃度が上述した濃度範囲にある培地が好ましい。当該基礎培地に必要な物質を上述の濃度範囲となるように適宜補充することにより連続上皮組織維持用培地を調製することができる。
【0162】
連続上皮組織維持用培地の調製に使用可能な基礎培地は、市販の基礎培地から、メーカー等が公表している成分表に基づき、上記選択基準に従って適宜選択すればよい。連続上皮組織維持用培地に使用可能な基礎培地としては、例えば、市販のNeurobasal培地(Neurobasal-A培地、フェノールレッド不含Neurobasal培地等を含む)、Improved MEM Zinc Option培地、MEM、DMEM、またはLeibovitz's L-15、E-MEM、G-MEM等を例示することができる。また、成分を個別にカスタマイズした培地を培地メーカーに注文し、購入することも可能であり、前述の記載に従って、連続上皮組織維持用培地の調製に使用可能な基礎培地用にカスタマイズした培地を用いてもよい。
【0163】
コルチコステロンを補充するために補助培地を適宜配合してもよい。当該補助培地として、具体的には、B27サプリメント等を例示することができる。連続上皮組織維持用培地の一態様として、具体的には、Neurobasal培地にB27サプリメントを配合した培地を挙げることができる。該培地は適宜、L-グルタミン、タウリン、血清などを含んでいてもよい。
【0164】
Neurobasal培地は、神経細胞培養用に開発された公知の基礎培地である(J. Neurosci. Res., vol. 35, p. 567-576, 1993)。Neurobasal培地は、当該報告から一部改変されているが、市販のNeurobasal培地として培地メーカーより入手可能である(例えば、サーモフィッシャーサイエンティフィック社製、21103049)。サーモフィッシャーサイエンティフィックより入手可能であるNeurobasal培地(21103049)の組成は、酸性アミノ酸(L-グルタミン酸及びL-アスパラギン酸)、プロゲステロン、ヒポキサンチン及びチミジンを含まず、DMEM/F12と比較してメチオニン濃度が高く(30 mg/L)、システイン濃度が高く(0.26 mM)、ビタミンB12濃度が低い(0.005μM)という特徴を有し、具体的な組成は以下の通りである。
【0165】
【表1-1】
【0166】
【表1-2】
【0167】
B27サプリメントは、神経細胞培養用に開発された公知の補助培地である(J. Neurosci. Res., vol. 35, p. 567-576, 1993)。B27サプリメントはNeurobasal培地等の基礎培地に、通常、容量比率で約2%の割合で添加して使用される。コルチコステロンを含むB27サプリメントを、Neurobasal培地と組み合わせることにより、連続上皮組織維持用培地として使用可能である。例えば、上述のメチオニン濃度及びコルチコステロン濃度が達成されるように、メチオニンを含有する基礎培地(Neurobasal培地等)に対して、コルチコステロンを含有するB27サプリメントを添加し、連続上皮組織維持用培地を調製することができる。
【0168】
B27サプリメント(J. Neurosci. Res., vol. 35, p. 567-576, 1993)は例えば培地メーカー(例:サーモフィッシャーサイエンティフィック、12587010)より購入する事ができ、組成は下記の通りである。
【0169】
【表2】
【0170】
また、別の態様において、連続上皮組織維持用培地は、細胞増殖用基礎培地(例:DMEM/F12混合培地(DMEM:F12=1:1))に対して、Neurobasal培地にB27サプリメントを配合した培地を容量比で1以上 (好ましくは2以上、より好ましくは3以上)の割合で含む培地を含む。
ここで、細胞増殖用基礎培地には特に制限は無く、市販の基礎培地を単独で、又は適宜混合して使用することができる。当該細胞増殖用基礎培地は、適宜添加剤(サプリメント)を含んでいても良く、具体的なサプリメントとして、N2サプリメントを例示することができる。
【0171】
上記市販のNeurobasal培地(サーモフィッシャーサイエンティフィック社、21103049)にB27サプリメント(サーモフィッシャーサイエンティフィック、12587010)を配合した培地および、Neurobasal培地にB27サプリメントを配合した培地とDMEM/F12混合培地(DMEM:F12=1:1)にN2サプリメントを配合した培地を3:1、2:1又は1:1の割合で混合した培地における、L-メチオニン、L-グルタミン酸、L-アスパラギン酸、L-システイン、ヒポキサンチン、チミジン、及びビタミンB12の濃度は、例えば、以下の通りである。
【0172】
【表3】
【0173】
一態様において、表3と同等の濃度のL-メチオニン、L-グルタミン酸、L-アスパラギン酸、L-システイン、ヒポキサンチン、チミジン、及びビタミンB12の組成を有する培地は、連続上皮組織維持用培地として使用し得る。ここで、「同等の濃度」とは、各因子の濃度について、独立して、±20%(好ましくは±10%、より好ましくは±5%、更に好ましくは±2.5%、更により好ましくは±1%)の範囲内を包含することを意味する。
【0174】
一態様において、表3と同等の濃度のL-メチオニン、L-グルタミン酸、L-アスパラギン酸、ヒポキサンチン、チミジン、及びビタミンB12の組成を有し、コルチコステロン、グルタチオン、カタラーゼ、スーパーオキシドディスムターゼ、アルファトコフェロール、L-システイン及びプロゲステロンからなる群から選択される少なくとも1つ、好ましくは複数、より好ましくは全ての化合物の濃度が、以下の範囲内である培地を、連続上皮組織維持用培地として使用し得る:
コルチコステロン:0.1 nM以上(好ましくは1 nM以上、より好ましくは5 nM以上、更に好ましくは10 nM以上、更に好ましくは50 nM以上、更に好ましくは100 nM以上);
グルタチオン:100 ng/mL以下(好ましくは10 ng/mL以下、より好ましくは1 ng/mL以下、更に好ましくは0.1 ng/mL以下);
カタラーゼ:100 U/mL以下(好ましくは10 U/mL以下、より好ましくは1 U/mL以下、更に好ましくは0.1 U/mL以下);
スーパーオキシドディムスターゼ:100 U/mL以下(好ましくは10 U/mL以下、より好ましくは1 U/mL以下、更に好ましくは0.1 U/mL以下);
アルファトコフェロール:50 nM以下(好ましくは5 nM以下、より好ましくは0.5 nM以下、更に好ましくは0.05 nM以下);
システイン:0.26 mM以下(好ましくは0.22 mM以下、より好ましくは0.18 mM以下、更に好ましくは0.1 mM以下);及び
プロゲステロン:100 nM以下(好ましくは50nM以下、より好ましくは20 nM以下(または6.3 μg/mL(20.033708 nM)以下)、更に好ましくは10 nM以下、更に好ましくは3 nM以下)。
【0175】
連続上皮組織維持用培地は適宜、L-グルタミン、タウリン、N2等を含んでいても良い。タウリンの濃度は、通常1μM~1000μM、好ましくは10μM~500μMである。また、N2を含む場合はB27を添加せず、代わりにコルチコステロン等のグルココルチコイドを上述の濃度で添加するのがより好ましい。
【0176】
連続上皮組織維持用培地は、連続上皮組織を維持できる範囲において、培地として通常含まれ得る、緩衝剤(例えば、HEPES)、塩(例えば、塩化ナトリウム、炭酸水素ナトリウム等の無機塩)もしくは抗酸化剤(例えば、2-メルカプトエタノール、一態様において抗酸化剤は含まない)等の調整剤、アミノ酸(例えば、非必須アミノ酸、一態様において酸性アミノ酸は含まない)、脂肪酸、糖、ビタミン、脂質もしくはピルビン酸等の栄養剤、抗生物質(例えば、ペニシリン、ストレプトマイシン)、細胞外マトリクス(例えば、マトリゲル、ラミニン、ラミニンフラグメント、ラミニン511-E8フラグメント)および色素(例えば、フェノールレッド)等から適宜選択される1以上の添加物が含まれ得るが、これらに限定されない。
【0177】
連続上皮組織維持用培地は、血清培地、無血清培地いずれでもよい。好ましくは血清培地である。血清培地における血清の濃度は、通常0.1~20%(v/v)、好ましくは0.1~12%(v/v)(例、10%(v/v))である。本明細書において、0.1~20%(v/v)の濃度での血清添加による、培地中に含まれる組成の濃度変化については考慮しないものとする。
【0178】
上記6.の工程(1)において用いられる培地として、具体的には、約10%のFBS、約1%のN2サプリメント(サーモサイエンティフィック社製)及び約100μMのタウリンを含むDMEM/F12培地(以下A培地という)を例示することができる。
また、上記6.の工程(2)における培地として、上記A培地の他、具体的には、約10%のFBS、約2%のB27サプリメント(サーモサイエンティフィック社製)、約200mMのグルタミン及び約100μMのタウリンを含むNeurobasal培地(以下B培地という)を例示することができる。
また、前記B培地を適宜上記A培地等と混合して使用してもよい。例えばA培地とB培地を適宜4:1~1:4の比率で混合して使用することができる。あるいは段階を追って、混合培地におけるB培地の比率を上げることもできる。
好ましくは視細胞もしくは視細胞前駆細胞が出現する分化段階までA培地を使用することができる。
視細胞前駆細胞の出現率が極大になる分化段階までは、好ましくはA培地とB培地の混合培地を使用することができる。
視細胞前駆細胞の出現率が極大になる分化段階以降は、好ましくはB培地を使用することができるが、桿体視細胞前駆細胞が出現する段階以降の神経網膜組織になれば、連続上皮構造を維持することは容易になるため、適宜B培地から他の培地へ変更してもよい。
【0179】
前記工程(2-1)及び/又は(2-2)で用いられる培地としては、特に限定はなく、動物細胞の培養に通常用いられる培地を基礎培地として調製することができる。基礎培地としては、例えば、BME培地、BGJb培地、CMRL 1066培地、Glasgow MEM (GMEM)培地、Improved MEM Zinc Option培地、IMDM培地、Medium 199培地、Eagle MEM培地、αMEM培地、DMEM培地、F-12培地、DMEM/F12培地、IMDM/F12培地、ハム培地、RPMI 1640培地、Fischer’s培地、又はこれらの混合培地など、動物細胞の培養に用いることのできる培地を挙げることができる。
工程(2-1)及び/又は(2-2)においては、神経網膜組織の連続上皮構造を維持することが望ましいことから、培地として、上記A培地の他、前述のB培地、又はA培地とB培地の混合培地を例示することができる。
好ましくは視細胞もしくは視細胞前駆細胞が出現する分化段階までA培地を使用することができる。
視細胞前駆細胞の出現率が極大になる分化段階までは、好ましくはA培地とB培地の混合培地を使用することができる。
視細胞前駆細胞の出現率が極大になる分化段階以降は、好ましくはB培地を使用することができるが、桿体視細胞前駆細胞が出現する段階以降の神経網膜組織になれば、連続上皮構造を維持することは容易になるため、適宜B培地から他の培地へ変更してもよい。
【0180】
網膜組織における「連続上皮構造」とは、網膜組織が上皮組織に特有の頂端面を持ち、頂端面が神経網膜層を形成する各層のうち、少なくとも視細胞層(外顆粒層)またはニューロブラスティックレイヤー(neuroblastic layer)と概ね平行に、かつ連続的に網膜組織の表面に形成される構造を指す。すなわち、連続上皮構造は、ロゼット様構造でみとめられるような頂端面が分断される構造を持たない。例えば、多能性幹細胞より作製した網膜組織を含む細胞凝集体の場合、凝集体の表面に頂端面が形成され、表面に対して接線方向に10細胞以上、好ましくは30細胞以上、より好ましくは100細胞以上、更に好ましくは400細胞以上の視細胞または視細胞前駆細胞が規則正しく連続して配列する。連続して配列する視細胞または視細胞前駆細胞の数は、細胞凝集体に含まれる神経網膜組織の大きさと相関する。本明細書において、上皮組織に対する接線方向とは、上皮組織において例えば頂端面を形成する一つ一つの細胞が一定方向に並んでいる場合の細胞が並んでいる方向のことをいい、上皮組織(又は上皮シート)に対して平行方向又は横方向のことをいう。
一態様において、神経網膜組織の表面には頂端面が形成され、その頂端面に沿って視細胞または視細胞前駆細胞が規則正しく連続して配列する。
視細胞または視細胞前駆細胞の出現割合が少ない段階の網膜組織(例:発生初期段階の網膜組織)の場合、増殖する神経網膜前駆細胞を含む層は「ニューロブラスティックレイヤー」と呼ばれることが当業者に知られている。また、このような段階の網膜組織の表面には視細胞又は視細胞前駆細胞以外に、極性を持ち、頂端面を形成可能な神経網膜前駆細胞、神経網膜前駆細胞から分裂、増殖する細胞、及び/又は、神経網膜前駆細胞から神経網膜を構成する細胞へと分化する段階の細胞が存在する事がある。この様な状態の網膜組織を、「連続上皮構造」を維持する条件で培養を継続することにより、神経網膜組織の表面に形成される頂端面に沿って、視細胞または視細胞前駆細胞が規則正しく連続して配列する網膜組織が得られる。
一態様において、網膜組織の表面に存在する頂端面の面積は網膜組織の表面の面積に対し、平均で30%以上、好ましくは50%以上、より好ましくは80%以上、更により好ましくは95%以上である。網膜組織の表面に存在する頂端面の面積の割合は、後述する通り、頂端面のマーカーを染色する事で測定可能である。
【0181】
本明細書において、網膜組織における「ロゼット様構造」とは、中心部の管腔を囲むように放射状又はらせん状に細胞が配列した構造を指す。ロゼット様構造を形成した網膜組織においては、その中心部(管腔)に沿って頂端面及び視細胞、又は視細胞前駆細胞が存在する状態となり、頂端面はロゼット様構造毎に分断されている。
【0182】
本明細書において、「頂端面」とは、上皮組織において、ムコ多糖に富み(PAS染色陽性)、ラミニンやIV型コラーゲンを多く含む50-100nmの、上皮細胞が産生した層(基底膜)が存在する基底膜側とは反対側に形成される表面(表層面)のことをいう。一態様において、視細胞または視細胞前駆細胞が認められる程度に発生段階が進行した網膜組織においては、外境界膜が形成され、視細胞、視細胞前駆細胞が存在する視細胞層(外顆粒層)に接する面のことをいう。また、このような頂端面は、頂端面のマーカー(例:atypical-PKC(以下aPKCと略す)、E-cadherin、N-cadherin)に対する抗体を用いて、当業者に周知の免疫染色法等で同定することができる。発生初期段階で、視細胞または視細胞前駆細胞が出現していない場合や、視細胞または視細胞前駆細胞が網膜組織の表面を十分に覆うほど出現していない場合でも、上皮組織は極性を持ち、頂端面では上記頂端面のマーカーを発現する。
【0183】
網膜組織が連続上皮構造を有するかどうかは、網膜組織が有する頂端面の連続性(すなわち、分断されていない形態)により確認する事ができる。頂端面の連続性は、例えば、頂端面のマーカー(例: aPKC、E-cadherin、N-cadherin)、頂端面側に位置する視細胞又は視細胞前駆細胞のマーカー(例:Crxまたはリカバリン)を免疫染色し、取得した画像等について頂端面と視細胞層、および各網膜層の位置関係を解析することにより判定できる。頂端面や視細胞層(外顆粒層)以外の網膜層については、細胞核を染色するDAPI染色、PI染色、Hoechst染色、又は細胞核に局在するマーカータンパク(Rx、Chx10、Ki67、Crx等)等による免疫染色等により同定できる。
【0184】
ロゼット様構造が生じたか否かについては、細胞凝集体を4%パラホルムアルデヒドで固定するなどした後凍結切片を作製し、頂端面マーカーであるaPKC、E-cadherin、N-cadherinに対する抗体や、核を特異的に染色するDAPIなどを用いて通常実施される免疫染色等によりロゼット様構造の異形成(例:分断された頂端面又は頂端面の細胞凝集体内への侵入)を観察することで決定できる。
【0185】
本発明の一態様として、連続上皮構造を有する網膜組織を含む凝集体、すなわち網膜組織の表面の少なくとも50%以上(好ましくは60%以上、70%以上、80%以上、85%以上、90%以上)において視細胞又はその前駆細胞が連続して存在する網膜組織を含む凝集体が挙げられる。また、当該凝集体と連続上皮組織維持用培地とを含む調製物も本発明の範疇である。
本発明の連続上皮構造を有する網膜組織の一態様として、網膜組織の表面に存在する頂端面の面積が、網膜組織の表面の面積に対し、少なくとも50%以上(好ましくは60%以上、70%以上、80%以上、85%以上、90%以上)である網膜組織を含む凝集体が挙げられる。本発明の一態様として、長軸方向の直径が0.5mm以上(好ましくは0.6mm以上、0.8mm以上、1.0mm以上、1.2mm以上、1.4mm以上、1.6mm以上、1.8mm以上、2.0mm以上、2.2mm以上、2.4mm以上、2.6mm以上、2.8mm以上、2.9mm以上)である、連続上皮構造を有する網膜組織を含む凝集体が挙げられる。障害のあるレシピエントの網膜組織の広い範囲を覆うことが可能であるという観点で、移植する網膜組織は大きい方が好ましい。一般に、0.5mm~1.0mmを超える網膜組織は移植する際、ロゼット構造を生じやすい。しかし、本発明により0.5mm~1.0mmを超える網膜組織でもロゼット構造を生じることなく、連続上皮構造を有する網膜組織を含む凝集体を提供することができる。なお、当該網膜組織の構造は後述する「8.神経網膜組織」に記載のとおりである。
【0186】
ここで、網膜組織の長軸方向の直径とは、例えば、実体顕微鏡を用いて撮影された画像に基づいて測定する場合、網膜組織の外周(輪郭、表面)中の任意の2点を結んだ直線の中で最も長い直線の長さを意味する。なお、網膜組織を含む凝集体の中には、複数の網膜組織が重なりあって存在する場合がある(例:クローバー型)。複数の網膜組織を含むかどうかは当業者であれば容易に判断可能である。この場合、網膜組織の長軸方向の直径とは、凝集体中のそれぞれの網膜組織における長軸方向の直径を意味し、少なくとも1つの網膜組織の長軸方向の直径が0.5mm以上であればよい。好ましくは凝集体中の全ての網膜組織の長軸方向の直径が0.5mm以上である。より具体的には、形状的に見て2つの円又は楕円が重なった点(より具体的には、網膜組織を含む凝集体の外周の連続的な位置情報を仮定的に定めた場合に、当該位置情報を横軸、当該位置における接線の傾きを縦軸にプロットしたときに得られる曲線において、当該曲線の連続性が失われる点)で区切られた外周中の任意の2点を結んだ直線の中で最も長い直線の長さを測定する。さらに、網膜組織を含む凝集体の中には、網膜色素上皮細胞、及び/又は毛様体周辺部を含む場合がある。この場合も凝集体中に複数の網膜組織が存在する場合と同様に、網膜色素上皮および/または毛様体周辺部と網膜組織の接点で区切られた外周中の任意の2点を結んだ直線の中で最も長い直線の長さを測定する。
【0187】
当該網膜組織におけるRAX、CHX10および/またはCRXが発現する細胞の割合は、50%以上、60%以上、70%以上、80%以上、85%以上、90%以上、95%以上であることが好ましい。
【0188】
複数個の網膜組織を含む凝集体の場合、全個数に対する上記条件を満たす網膜組織を含む凝集体の個数の割合が、少なくとも50%以上(好ましくは60%以上、70%以上、80%以上、85%以上、90%以上、95%以上)であることが好ましい。
【0189】
当該凝集体と連続上皮組織維持用培地とを含む調製物に含まれる連続上皮組織維持用培地は、本明細書で定義した連続上皮組織維持用培地である。当該調製物は、連続上皮組織を維持できる限り、例えば、抗生物質、防腐剤、安定化剤、保存剤等が含まれていてもよい。
【0190】
8.神経網膜組織
上記4.、5.及び6.に記載の方法により得られる神経網膜組織もまた本発明の範疇である。すなわち、上記4.、5.及び6.に記載の方法により、培養期間に応じた様々な成熟度の神経網膜組織を得ることができる。以下、成熟度の異なる神経網膜組織についてそれぞれ説明する。
(1)成熟した神経網膜組織
上記4.に記載の方法により、浮遊培養開始から180~200日以上培養を継続して得られる神経網膜組織は、錐体視細胞前駆細胞に富み、視細胞前駆細胞及び視細胞、ミューラー細胞を含む成熟した神経網膜組織である。当該神経網膜組織においては、生体神経網膜組織の場合よりも、神経節細胞、アマクリン細胞、水平細胞、及び双極細胞の割合が低く、視細胞前駆細胞及び視細胞、更には、錐体視細胞前駆細胞及び錐体視細胞の割合が高いことを特徴とする。すなわち、PAX6陽性/CHX10陰性細胞(すなわち、神経節細胞、アマクリン細胞、水平細胞のうちいずれかの細胞)の割合、及びPAX6陰性/CHX10強陽性細胞(すなわち、双極細胞)の割合がいずれも低下しており、これらの細胞がそれぞれ全細胞数の30%以下、好ましくは20%以下、より好ましくは15%以下、及び全細胞数の8%以下、好ましくは6%以下、より好ましくは5%以下であり、さらに、CRX陽性細胞(すなわち、視細胞前駆細胞)が全細胞数の35%以上、好ましくは40%以上、より好ましくは45%以上、更により好ましくは50%以上、更により好ましくは53%以上、及び/又は、CRX陽性かつRXR-γ陽性かつNRL陰性細胞(すなわち、錐体視細胞前駆細胞)が全細胞数の25%以上、好ましくは32%以上、より好ましくは35%以上、更により好ましくは40%以上、更により好ましくは44%以上含まれる神経網膜組織もまた、本発明の範疇である。
【0191】
また、上記5.に記載の方法により浮遊培養開始から180~200日以上培養を継続して得られる神経網膜組織は、錐体視細胞前駆細胞に富み、視細胞前駆細胞及び視細胞、ミューラー細胞を含む成熟した神経網膜組織である。当該神経網膜組織は、背側化シグナル伝達物質非存在下で製造された網膜組織に比べて全細胞中の視細胞前駆細胞、及び/又は、視細胞前駆細胞中の錐体視細胞前駆細胞の割合がさらに高いことを特徴とする。すなわち、ミューラー細胞が認められる段階においてPAX6陽性/CHX10陰性細胞(すなわち、神経節細胞、アマクリン細胞、水平細胞のうちいずれかの細胞)とPAX6陰性/CHX10強陽性細胞(すなわち、双極細胞)を合計した割合が低下しており、全細胞数の30%以下、好ましくは25%以下、より好ましくは20%以下である。さらに、CRX陽性細胞(すなわち、視細胞前駆細胞)が全細胞数の40%以上、好ましくは53%以上、より好ましくは57%以上、及び/又は、CRX陽性かつRXR-γ陽性かつNRL陰性細胞が全細胞数の32%以上、好ましくは44%以上、より好ましくは54%以上含まれる神経網膜組織もまた、本発明の範疇である。
【0192】
また、上記神経網膜組織のうち、背側化シグナル伝達物質がSHHシグナル伝達経路阻害物質である場合には、背側化シグナル伝達物質非存在下、又はBMP4等の背側化シグナル伝達物質の存在下で製造された網膜組織に比べてさらに全細胞中の神経節細胞、アマクリン細胞、水平細胞、及び双極細胞の割合が低く、さらに視細胞前駆細胞及び視細胞、及び/又は、視細胞前駆細胞中の錐体視細胞前駆細胞、及び/又は視細胞中の錐体視細胞の割合が高いことを特徴とする。すなわち、ミューラー細胞が認められる段階においてPAX6陽性/CHX10陰性細胞(すなわち、神経節細胞、アマクリン細胞、水平細胞のうちいずれかの細胞)とPAX6陰性/CHX10強陽性細胞(すなわち、双極細胞)を合計した割合が低下しており、全細胞数の30%以下、好ましくは25%以下、より好ましくは20%以下、更により好ましくは14%以下である。さらに、CRX陽性細胞(すなわち、視細胞前駆細胞)が全細胞数の40%以上、好ましくは53%以上、より好ましくは57%以上、更により好ましくは66%以上、及び/又は、CRX陽性かつRXR-γ陽性かつNRL陰性細胞が全細胞数の32%以上、好ましくは44%以上、より好ましくは54%、更により好ましくは57%以上含まれる神経網膜組織もまた、本発明の範疇である。
【0193】
また、上記4.、5.及び6.に記載の方法により得られる神経網膜組織は、異所性の視細胞前駆細胞及び/又は視細胞を有することを特徴とする。ここで異所性の視細胞前駆細胞及び/又は視細胞とは、網膜を構成する細胞層のうち視細胞層以外の層に存在する視細胞前駆細胞及び/又は視細胞を意味する。当該神経網膜組織においては、好ましくは生体の網膜組織に当てはめた場合に基底膜側、詳しくは、外顆粒層より基底膜側に相当する領域、すなわち神経網膜前駆細胞を含む発生途中段階における神経網膜組織の神経網膜前駆細胞層から神経節細胞層に跨る領域、換言すると、ニューロブラスティックレイヤー及びニューロブラスティックレイヤーより基底膜側の領域に、異所性のCRX陽性細胞(すなわち、視細胞前駆細胞もしくは視細胞)が出現し、成熟化に伴って網膜組織を構成する各層のうち、双極細胞及びアマクリン細胞等が存在する内顆粒層や神経節細胞が存在する神経節細胞層といった基底膜側の細胞層に異所性の視細胞層(視細胞前駆細胞層とも言う)が形成される。そのため、移植した際、レシピエントの双極細胞と移植した網膜組織内に含まれる視細胞前駆細胞の空間的、又は物理的距離が近い、移植に適した網膜組織であることを特徴とする。
すなわち、当該神経網膜組織は、神経節細胞、アマクリン細胞、水平細胞、及び双極細胞の割合が低く、さらに視細胞前駆細胞中の錐体視細胞前駆細胞、及び/又は、視細胞中の錐体視細胞の割合が高いことを特徴とする網膜組織であり、かつ、上記異所性の視細胞層(視細胞前駆細胞層とも言う)が形成される網膜組織もまた、本発明の範疇である。
当該網膜組織においては上記異所性の視細胞層(視細胞前駆細胞層とも言う)に含まれる視細胞前駆細胞の割合は、具体的には神経網膜組織に含まれる全細胞数の10%以上、好ましくは15%以上、より好ましくは20%以上、更により好ましくは25%以上である。また、外顆粒層に存在する視細胞前駆細胞に対して上記異所性の視細胞前駆細胞の割合は30%以上、好ましくは40%以上、より好ましくは50%以上、更により好ましくは60%以上である。
上述のいずれかの成熟した神経網膜組織は、連続上皮構造を含む細胞凝集体を構成し、その表面の頂端面(apical面)が培地側に接する形で形成され得る。
【0194】
(2)中程度の成熟度の神経網膜組織
上記4.に記載の方法において、浮遊培養開始から65日~75日間程度培養を継続して得られる神経網膜組織であって、上記(1)に記載の成熟した神経網膜組織に分化し得る神経網膜組織もまた、本発明の範疇である。当該神経網膜組織は、錐体視細胞又は錐体視細胞前駆細胞に富み、一態様において錐体視細胞前駆細胞の出現率が極大の分化段階である。当該神経網膜組織は、錐体視細胞前駆細胞の出現率が極大の段階において生体神経網膜組織、又は甲状腺ホルモンシグナル伝達経路作用物質非存在下で製造された網膜組織よりも、視細胞前駆細胞、及び/又は錐体視細胞前駆細胞の割合が高いことを特徴とする。すなわち、錐体視細胞前駆細胞の出現率が極大の段階においてCRX陽性細胞が、全細胞数の10%以上、好ましくは11%以上、より好ましくは15%以上、更に好ましくは20%以上、及び/又はCRX陽性かつTRβ2陽性細胞の割合が7%以上、好ましくは10%以上、更に好ましくは11%以上含まれる神経網膜組織もまた、本発明の範疇である。
【0195】
また、上記5.に記載の方法において、浮遊培養開始から65日~75日間程度培養を継続してより得られる神経網膜組織であって、上記(1)に記載の成熟した神経網膜組織に分化し得る神経網膜組織もまた、本発明の範疇である。当該神経網膜組織は、錐体視細胞又は錐体視細胞前駆細胞に富み、一態様において錐体視細胞前駆細胞の出現率が極大の分化段階である。当該神経網膜組織は、背側化シグナル伝達物質非存在下で製造された網膜組織に比べて全細胞中の視細胞前駆細胞、及び/又は、視細胞前駆細胞中の錐体視細胞前駆細胞の割合がさらに高いことを特徴とする。すなわち、錐体視細胞前駆細胞の出現率が極大の段階においてCRX陽性細胞が、全細胞数の20%以上、より好ましくは25%以上、更に好ましくは29%以上、及び/又はCRX陽性かつTRβ2陽性細胞の割合が11%以上、好ましくは13%以上、更に好ましくは15%以上含まれる神経網膜組織もまた、本発明の範疇である。
また、上記5.に記載の方法により得られる神経網膜組織のうち、背側化シグナル伝達物質としてSHHシグナル伝達経路阻害物質を使用した場合には、背側化シグナル伝達物質非存在下、又はBMP4等の背側化シグナル伝達物質の存在下で製造された網膜組織に比べてさらに全細胞中の視細胞前駆細胞の割合がさらに高いことを特徴とする。すなわち、錐体視細胞前駆細胞の出現率が極大の段階においてCRX陽性細胞が、全細胞数の20%以上、より好ましくは25%以上、更に好ましくは30%以上含まれる神経網膜組織もまた、本発明の範疇である。
【0196】
本発明の浮遊培養開始から65日~75日間程度培養を継続して得られる神経網膜組織として、CRX陽性細胞(すなわち、視細胞前駆細胞)が20%以上、及び/又はCRX陽性/TRβ2陽性細胞(すなわち、発生初期段階に出現する錐体視細胞前駆細胞)が10%以上であることを特徴とする神経網膜組織が挙げられる。当該神経網膜組織は、甲状腺ホルモンシグナル伝達経路作用物質の存在下に培養することにより、製造できる。また、生体に当てはめた場合に外顆粒層より基底膜側に相当する領域、すなわち神経網膜前駆細胞層から神経節細胞層に跨る領域、換言すると、神経網膜前駆細胞を含む発生途中段階における神経網膜組織のニューロブラスティックレイヤー及びニューロブラスティックレイヤーより基底膜側の領域に、異所性のCRX陽性細胞(すなわち、視細胞前駆細胞)が存在することを特徴とする神経網膜組織が挙げられる。すなわち、当該神経網膜組織は、移植した際、レシピエントの双極細胞と移植した網膜組織内に含まれる視細胞前駆細胞の空間的、又は物理的距離が近い、移植に適した網膜組織であることを特徴とする。また、当該神経網膜組織は視細胞前駆細胞、及び/又は、視細胞前駆細胞中の錐体視細胞前駆細胞の割合が高いことを特徴とする網膜組織であり、かつ、ニューロブラスティックレイヤー(NBL)を含む頂端面側に出現する視細胞前駆細胞と、NBLより基底膜側に出現する異所性の視細胞前駆細胞の割合が一定程度、好ましくは同程度であることを特徴とする。ここで、「一定程度、好ましくは同程度」とは具体的には、NBLより基底膜側とNBLを含む頂端面側に含まれる視細胞前駆細胞の面積あたりの割合の比が、10:1から1:10、好ましくは2:1から1:2、より好ましくは10:7から7:10である。
上記4.に記載の方法において、浮遊培養開始から90日~105日間程度培養を継続して得られる神経網膜組織であって、上記(1)に記載の成熟した神経網膜組織に分化し得る神経網膜組織もまた、本発明の範疇である。当該神経網膜組織は、錐体視細胞又は錐体視細胞前駆細胞に富み、一態様において桿体視細胞前駆細胞、又は桿体視細胞前駆細胞(又は双極細胞)が出現し始める分化段階である。当該神経網膜組織は、桿体視細胞前駆細胞が出現し始めた段階において生体神経網膜組織、又は甲状腺ホルモンシグナル伝達経路作用物質非存在下で製造された網膜組織よりも、視細胞前駆細胞、及び/又は錐体視細胞前駆細胞の割合が高いことを特徴とする。すなわち、桿体視細胞前駆細胞が出現し始めた段階においてCRX陽性細胞が、全細胞数の20%以上、好ましくは25%以上、更に好ましくは30%以上含まれる神経網膜組織もまた、本発明の範疇である。また、当該分化段階における網膜組織において、頂端面の接線に垂直に交わる直線に沿って、平均2細胞、好ましくは平均3細胞以上、より好ましくは平均4細胞以上が視細胞前駆細胞(CRX陽性細胞)となる神経網膜組織もまた、本発明の範疇である。また、これらの神経網膜組織は、好ましくは当該分化段階における網膜組織にはニューロブラスティックレイヤー(NBL)より基底膜側に異所性の視細胞前駆細胞を含む。
【0197】
上記5.に記載の方法において、浮遊培養開始から90日~105日間程度培養を継続して得られる神経網膜組織であって、上記(1)に記載の成熟した神経網膜組織に分化し得る神経網膜組織もまた、本発明の範疇である。当該神経網膜組織は、錐体視細胞又は錐体視細胞前駆細胞に富み、一態様において桿体視細胞前駆細胞、又は桿体視細胞(又は双極細胞)が出現し始める分化段階である。当該神経網膜組織は、桿体視細胞前駆細胞(又は双極細胞)が出現し始めた段階において生体神経網膜組織、又は甲状腺ホルモンシグナル伝達経路作用物質非存在下で製造された網膜組織よりも、視細胞前駆細胞、及び/又は錐体視細胞前駆細胞の割合が高いことを特徴とする。すなわち、桿体視細胞前駆細胞(又は双極細胞)が出現し始めた段階においてCRX陽性細胞が、全細胞数の25%以上、好ましくは30%以上、更に好ましくは40%以上、更により好ましくは50%以上含まれる神経網膜組織もまた、本発明の範疇である。また、当該分化段階における網膜組織において、頂端面の接線に垂直に交わる直線に沿って、平均2細胞、好ましくは平均3細胞以上、より好ましくは平均4細胞以上が視細胞前駆細胞(CRX陽性細胞)となる神経網膜組織もまた、本発明の範疇である。また、これらの神経網膜組織は、好ましくは当該分化段階における網膜組織にはニューロブラスティックレイヤー(NBL)より基底膜側に異所性の視細胞前駆細胞を含む。
【0198】
本発明の神経網膜組織の好適な態様として、以下の特徴:
(1)CRX陽性細胞の細胞数が10%以上、好ましくは20%以上、更に好ましくは25%以上、より好ましくは30%以上である;
(2)CRX陽性かつTRβ2陽性の細胞の細胞数が10%以上、好ましくは15%以上である;及び
(3)ニューロブラスティックレイヤー(NBL)より基底膜側(又は外顆粒層より基底膜側)に相当する領域に異所性のCRX陽性細胞が存在する;
(4)ニューロブラスティックレイヤー(NBL)より基底膜側に出現する異所性の視細胞前駆細胞と、ニューロブラスティックレイヤーを含む頂端面側に出現する視細胞前駆細胞の比率が10:1~1:10(例:1:1)である;
(5)連続上皮率が50%以上、好ましくは80%以上、より好ましくは95%以上である;
の少なくとも1つ、好ましくは3つ、より好ましくは上記(3)に加え2つ、更に好ましくは上記(3)に加え3つ、更により好ましくは全ての特徴を有する神経網膜組織が挙げられる。
また、本発明の神経網膜細胞は、一態様として、神経網膜組織中に出現する錐体視細胞前駆細胞の割合が極大である段階の網膜組織である。ここで、錐体視細胞前駆細胞の割合が極大である段階は、前述の方法により、神経網膜前駆細胞から錐体視細胞前駆細胞が分化する割合が極大となる時期を調べることにより同定できる。具体的には、錐体視細胞前駆細胞の出現が認められてから30~50日後、好ましくは30~40日後に相当する神経網膜組織(または神経網膜組織を含む細胞凝集体)、又は例えば原料製造方法1~4に記載の方法で製造された網膜組織を原料とする場合、浮遊培養開始後約60~70日目、原料製造方法5~7に記載の方法で製造された網膜組織を原料とする場合、浮遊培養開始後約65~75日目に相当する神経網膜組織(または神経網膜組織を含む細胞凝集体)に相当する。
本発明の神経網膜組織の好適な態様として、以下の特徴:
(1)CRX陽性細胞の細胞数が25%以上、好ましくは30%以上、より好ましくは40%以上、更により好ましくは50%以上である;
(2) 頂端面の接線に垂直に交わる直線に沿って、平均2細胞、好ましくは平均3細胞以上、より好ましくは平均4細胞以上が視細胞前駆細胞(CRX陽性細胞);及び
(3) ニューロブラスティックレイヤー(NBL)より基底膜側に異所性の視細胞前駆細胞を
含む;
(4)連続上皮率が50%以上、好ましくは80%以上、より好ましくは95%以上である;
の少なくとも1つ、好ましくは2つ、より好ましくは上記(1)と(2)、更に好ましくは(3)に加え2つ、更により好ましくは全ての特徴を有する神経網膜組織が挙げられる。
また、本発明の神経網膜細胞は、一態様として、神経網膜組織中に桿体視細胞前駆細胞が出現し始めた段階の網膜組織である。ここで、桿体視細胞前駆細胞が出現し始めた段階は、神経網膜組織中に桿体視細胞前駆細胞に対するマーカー、具体的にはCRXかつNRL陽性細胞(又はCHX10強陽性かつPAX6陰性細胞)が出現し始める段階を調べることにより同定できる。あるいは、桿体視細胞前駆細胞が出現し始める段階と同様の段階である、双極細胞が出現し始める段階を特定することでも同定できる。ここで、双極細胞が出現し始める段階は、神経網膜組織中に双極細胞に対するマーカーCHX10強陽性かつPAX6陰性細胞が出現し始めることにより同定できる。具体的には、桿体視細胞前駆細胞(又は双極細胞)が出現し始める段階は、桿体視細胞前駆細胞(又は双極細胞)が出現してから20日以内、好ましくは15日以内、より好ましくは10日以内、更に好ましくは5日以内で、桿体視細胞前駆細胞(又は、双極細胞)へ分化する段階の神経網膜前駆細胞を含む分化段階である。神経網膜前駆細胞が桿体視細胞前駆細胞(又は、双極細胞)へ分化する段階かどうかは、網膜組織中の増殖細胞である神経網膜細胞に取り込まれるBrdU又はEdU等を培養液中へ添加し、BrdU又はEdU等を取り込んだ細胞が桿体視細胞前駆細胞(又は、双極細胞)のマーカーを発現するかどうかについて、抗体を用いて同定することにより設定することができる。例えば、BrdUを一定期間(例えば浮遊培養開始後90、91、92、93、94日目~110日目までの1日間等)培地に添加した直後、網膜組織を解析した結果、BrdU陽性かつ双極細胞(又は、桿体視細胞前駆細胞)マーカー陽性の細胞を観察できた場合、BrdUを添加していた期間(1日間であれば当該日)を双極細胞(又は、桿体視細胞前駆細胞)へ分化する段階の神経網膜組織を含む段階として同定することができる。あるいは、双極細胞(又は、桿体視細胞前駆細胞)マーカー陽性細胞が検出され、かつ視細胞前駆細胞で一過的に発現することが知られているBLIMP1陽性細胞が検出される段階として同定しても良い。より具体的には、錐体視細胞前駆細胞の出現が認められてから55~80日後、好ましくは55~70日後に相当する神経網膜組織(または神経網膜組織を含む細胞凝集体)、又は例えば原料製造方法1~4に記載の方法で製造された網膜組織を原料とする場合、浮遊培養開始後約85~100日目、上記製造方法5、6、及び/又は7によって作製された網膜組織(または網膜組織を含む細胞凝集体)の場合、当該神経網膜組織は、浮遊培養開始後90日目~105日目(錐体視細胞前駆細胞の出現が認められて以降55~80日目、好ましくは55~70日目に相当)の神経網膜組織に相当する。
【0199】
また、本発明の神経網膜組織の好適な態様として、以下の特徴:
(1)CRABP又はCRALBP陽性細胞を含む;
(2)PAX6陽性/CHX10陰性細胞が30%以下、好ましくは20%以下、より好ましくは15%以下、更により好ましくは10%以下である;
(3)PAX6陰性/CHX10強陽性細胞が10%以下、好ましくは5%以下である;
(4)PAX6陽性/CHX10陰性細胞、及びPAX6陰性/CHX10強陽性細胞の合計が30%以下、好ましくは20%以下、より好ましくは14%以下である;
(5)CRX陽性細胞が、40%以上、好ましくは50%以上、より好ましくは57%以上、更により好ましくは66%以上である;
(6)CRX陽性細胞中のRXR-γ陽性かつNRL陰性細胞の細胞数が32%以上、好ましくは40%以上、より好ましくは54%以上、更により好ましくは57%である;
(7)外顆粒層より基底膜側に相当する領域に異所性のCRX陽性細胞が存在する;及び
(8)連続上皮率が50%以上、好ましくは80%以上、より好ましくは95%以上である;
の少なくとも3つ、好ましくは5つ、より好ましくは上記(1)及び(7)に加え4つ、更に好ましくは上記(1)及び(7)に加え5つ、更に好ましくは全ての特徴を有する神経網膜組織が挙げられる。
また、本発明の神経網膜細胞は、一態様として、神経網膜組織中にミューラー細胞が認められる程度に分化した網膜組織である。ここで、ミューラー細胞は、周知のマーカー、例えばCRABP陽性細胞、及び/又はCRALBP陽性細胞を検出することにより同定することができる。具体的には、例えば上記製造方法1~3、4、5、6、及び/又は7によって作製された網膜組織(または網膜組織を含む細胞凝集体)の場合、当該神経網膜組織は、浮遊培養開始後180日目~200日目の神経網膜組織に相当する。
特に、上記5.の製造方法において、背側化シグナル伝達物質としてBMP4等のBMPシグナル伝達経路作用物質を用いる場合、上記の特徴に加え、網膜組織に含まれる視細胞前駆細胞中に桿体視細胞前駆細胞が殆ど存在せず、錐体視細胞前駆細胞選択的な神経網膜組織を製造することができる。また、上記5.の製造方法において、背側化シグナル伝達物質としてCyclopamine-KAAD等のSHHシグナル伝達経路阻害物質を用いる場合、上記の特徴に加え、網膜組織に含まれる双極細胞の割合が低く、視細胞前駆細胞の割合が高く、かつ錐体視細胞前駆細胞の割合が高い神経網膜組織を製造することができる。これらの神経網膜組織もまた、本発明の範疇である。
上述のいずれかの成熟した神経網膜組織に分化し得る神経網膜組織は、連続上皮構造を含む細胞凝集体を構成し、その表面の頂端面(apical面)が培地側に接する形で形成され得る。培地側に接する頂端面(apical面)の神経網膜組織の表面に対する割合は、50%以上、好ましくは80%以上、より好ましくは95%以上である。
また、本発明の方法で得られる上述の「成熟した神経網膜組織」又は「成熟した神経網膜組織に分化し得る神経網膜組織」として、平均直径1~2mm、具体的には1.3mm程度の大きさの細胞凝集体の形態が挙げられる。また、少なくとも60%、好ましくは70%、80%、より好ましくは85%、90%、95%以上の凝集体が1.0mm以上の大きさを有する、細胞凝集体の集合体もまた本発明の範疇である。当該細胞凝集体の集合体は、1.5mm以上、好ましくは2.0mm以上、さらに好ましくは2.5mm、2.9mm以上の細胞凝集体を含む。
【0200】
9.医薬組成物
本発明は、本発明の神経網膜組織の有効量を含む医薬組成物を提供する。当該医薬組成物は、本発明の神経網膜組織の有効量、及び医薬として許容される担体を含む。
医薬として許容される担体としては、生理的な水性溶媒(生理食塩水、緩衝液、無血清培地等)を用いることが出来る。必要に応じて、移植医療において、移植する組織や細胞を含む医薬に、通常使用される保存剤、安定剤、還元剤、等張化剤等を配合させてもよい。
本発明の医薬組成物は、本発明の神経網膜組織を、適切な生理的な水性溶媒で懸濁することにより、懸濁液として製造することができる。必要であれば、凍結保存剤を添加して、凍結保存し、使用時に解凍し、緩衝液で洗浄し、移植医療に用いても良い。
本発明の神経網膜組織は、医療用途に適した種々の形態をとることができる。シート状、柱状、塊状、栓状などの種々の形状であってもよく、適宜成形することによって、投与に適した形状に加工することができる。優れた治療効果、簡便性などの観点から、シート状であることが好ましい。
本発明の神経網膜組織を、ピンセット等の器具を用いて適切な大きさに細切し、投与用の網膜組織片を調製することができる。また、シート状に切り出した疎網膜組織片をシート剤とすることもできる。また、シート剤とする際、本発明の神経網膜組織の伸展を目的として生体適合性のあるポリマー、モノマー、又はゲルで作製された、適当なシートや網目状のシートを用いてもよい。
すなわち、本発明の神経網膜組織から切り出された網膜組織片を含む医薬組成物もまた、本発明の範疇である。
本発明の神経網膜組織を、パパイン等のタンパク質分解酵素を含む細胞分散液を用いて分散し、投与用の網膜細胞懸濁液を調製することができる。また、細胞懸濁液に含まれる細胞から、目的とする細胞が発現する抗原タンパク質の特異的抗体、アプタマー、ペプチド、などを用いて有効成分として望ましい細胞を分離して医薬組成物とすることもできる。
すなわち、本発明の神経網膜組織を分散、及び/又は精製して調製した細胞懸濁液を含む医薬組成物もまた、本発明の範疇である。
本発明の神経網膜組織においては、レシピエント側の細胞との間でシナプスを形成させるために望ましくない双極細胞、アマクリン細胞等の割合を低減させたうえで、外顆粒層より基底膜側の、レシピエント側の細胞との間でシナプス形成が容易な部分にも異所性の視細胞前駆細胞を出現させ、さらに視細胞前駆細胞の割合を高められることがわかった。すなわち、本発明は再生医療に用いる医薬品として有用な、移植用網膜組織が製造できることができる。
当該移植用網膜組織の移植部位は、視細胞の再生が求められる眼部領域であれば特に限定は無いが、錐体視細胞前駆細胞の割合が高いことから、特に黄斑部、又は黄斑部の中心部への移植用網膜組織として有用である。
【0201】
10.治療方法
本発明の神経網膜組織は、当該網膜組織、及びそれに含まれる網膜細胞の障害に基づく(起因する)疾患の移植医療に有用である。そこで、本発明は、本発明の神経網膜組織を、神経網膜組織の障害に基づく疾患の治療薬及び当該治療薬を患者に投与することを含む治療方法を提供する。当該網膜組織の障害に基づく疾患の治療薬として、或いは、当該網膜組織が損傷状態において、該当する損傷部位に網膜組織を補充するために、本発明の神経網膜組織を用いることが出来る。移植を必要とする、網膜組織の障害に基づく疾患、又は網膜組織の損傷状態の患者に、本発明の神経網膜組織を移植し、障害を受けた網膜組織自体を補充することにより、網膜組織の障害に基づく疾患、又は網膜組織の損傷状態を治療することが出来る。網膜組織の障害に基づく疾患としては、例えば、網膜変性症、網膜色素変性症、加齢黄斑変性症、有機水銀中毒、クロロキン網膜症、緑内障、糖尿病性網膜症又は新生児網膜症などが挙げられる。
【0202】
本発明の神経網膜組織のうち、視細胞前駆細胞及び/又は視細胞に富む神経網膜組織、更には錐体視細胞前駆細胞及び/又は錐体視細胞に富む視細胞前駆細胞及び/又は視細胞を含む神経網膜組織は、患者の眼における錐体視細胞が多い領域への移植用医薬組成物として有用である。錐体視細胞前駆細胞及び/又は錐体視細胞が多い領域として、具体的にはRod-free zoneを含む領域が挙げられる。Rod-free zoneを含む領域としては、黄斑部(Macular)様構造を有する領域、好ましくは黄斑部が挙げられる。すなわち、錐体視細胞前駆細胞に富む視細胞を含む本発明の網膜組織は、患者の黄斑部、好ましくは黄斑部のより中心領域への移植用医薬組成物として有用である。黄斑部への移植が求められる疾患としては、加齢黄斑変性症等において、明所での視力(すなわち日中の視力)が低下している状態、明所での視野狭窄、全盲等の状態を改善もしくは治療するために利用できる。
【0203】
移植医療においては、組織適合性抗原の違いによる拒絶がしばしば問題となるが、移植のレシピエントの体細胞から樹立した多能性幹細胞(例、人工多能性幹細胞)を用いることで当該問題を克服できる。即ち、好ましい一態様において、本発明の方法において、多能性幹細胞として、レシピエントの体細胞から樹立した多能性幹細胞(例、人工多能性幹細胞)を用いることにより、当該レシピエントについて免疫学的自己の神経組織又は神経系細胞を製造し、これが当該レシピエントに移植される。
また、レシピエントと免疫が適合する(例えば、HLA型やMHC型の一部又は全部が適合する)他者の体細胞から樹立した多能性幹細胞(例、人工多能性幹細胞)から、アロの網膜組織又は網膜細胞を製造し、これが当該レシピエントに移植されてもよい。
【0204】
11.毒性・薬効評価方法
本発明の神経網膜組織は、網膜組織の障害に基づく疾患の治療薬のスクリーニングや、毒性評価における、疾患研究材料、創薬材料として有用であるので、被検物質の毒性・薬効評価用試薬とすることができる。例えば、網膜組織の障害に基づく疾患、特に遺伝性の障害に基づく疾患のヒト患者から、iPS細胞を作成し、このiPS細胞を用いて本発明の方法により、本発明の網膜組織を製造する。当該網膜組織は、その患者が患っている疾患の原因となる網膜組織の障害をインビトロで再現し得る。そこで、本発明は、本発明の製造方法により製造される網膜組織に被検物質を接触させ、該物質が該組織に及ぼす影響を検定することを含む、該物質の毒性・薬効評価方法を提供する。
例えば、本発明の製造方法により製造された、特定の障害(例、遺伝性の障害)を有する網膜組織を、被検物質の存在下又は非存在下(ネガティブコントロール)で培養する。そして、被検物質で処理した網膜組織における障害の程度を、ネガティブコントロールと比較する。その結果、その障害の程度を軽減した被検物質を、当該障害に基づく疾患の治療薬の候補物質として、選択することができる。例えば、本発明の製造方法で製造した網膜組織の生理活性(例えば、生存促進又は成熟化)をより向上させる被検物質を、医薬品の候補物質として探索することができる。あるいは、網膜組織の障害を有する疾患等の特定の障害を呈する遺伝子変異を有する体細胞から人工多能性幹細胞を調製し、当該細胞を本発明の製造方法で分化誘導させて製造した網膜前駆細胞もしくは網膜層特異的神経細胞に被検物質を添加し、前記障害を呈するか否かを指標として当該障害の治療薬・予防薬として有効な被検物質の候補を探索することができる。
毒性評価においては、本発明の神経網膜組織を、被検物質の存在下又は非存在下(ネガティブコントロール)で培養する。そして、被検物質で処理した網膜組織における毒性の程度を、ネガティブコントロールと比較する。その結果、ネガティブコントロールと比較して、毒性を示した被検物質を、網膜組織に対する毒性を有する物質として判定することが出来る。
すなわち、本発明は、以下の工程を含む、毒性評価方法を包含する。
(工程1)本発明の神経網膜組織を、生存可能な培養条件で、一定時間、被検物質の存在下で培養した後、細胞の傷害の程度を測定する工程、
(工程2)本発明の製造方法により製造された網膜組織を、生存可能な培養条件で、一定時間、被検物質の非存在下又はポジティブコントロールの存在下で培養した後、細胞の傷害の程度を測定する工程、
(工程3)(工程1)及び(工程2)において測定した結果の差異に基づき、工程1における被検物質が有する毒性を評価する工程。
ここで、「被検物質の非存在下」とは、被検物質の代わりに培養液、被検物質を溶解している溶媒のみを添加することを包含する。また、「ポジティブコントロール」とは、毒性を有する既知化合物を意味する。細胞の傷害の程度を測定する方法としては、生存する細胞数を計測する方法、例えば細胞内ATP量を測定する方法、又は、細胞染色(例えば細胞核染色)と形態観察により生細胞数を計測する方法等が挙げられる。
(工程3)において、被検物質が有する毒性を評価する方法としては、例えば、工程1の測定値と(工程2)におけるネガティブコントロールの測定値を比較し、工程1の細胞の傷害の程度が大きい場合に当該被検物質が毒性を有すると判断できる。また、工程1の測定値と(工程2)におけるポジティブコントロールの測定値を比較し、工程1の細胞の傷害の程度が同等以上の場合に当該被検物質が毒性を有すると判断できる。
得られた神経網膜組織は、そのまま毒性・薬効評価用試薬として用いてもよい。神経網膜組織を分散処理(例えば、トリプシン/EDTA処理又はパパイン処理)し、得られた細胞をFACS又はMACSを用いて選別することにより、高純度な神経網膜前駆細胞を得ることも可能である。また、神経網膜組織に含まれる視細胞前駆細胞(S錐体視細胞前駆細胞、L錐体視細胞前駆細胞、M錐体視細胞前駆細胞、又は桿体視細胞前駆細胞)は、最終的な成熟化を経て、視物質を発現する視細胞(S錐体視細胞、L錐体視細胞、M錐体視細胞、又は桿体視細胞)へ分化させ、毒性・薬効評価用試薬として用いてもよい。
【実施例
【0205】
以下、本発明を実施例により更に詳しく説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0206】
実施例1 (ヒトES細胞を用いた網膜組織を含む細胞凝集体の製造例と網膜組織の切り出し方法)
CRX::VenusノックインヒトES細胞(KhES-1由来;Nakano, T. et al. Cell Stem Cell 2012, 10(6), 771-785)を、「Ueno, M. et al. PNAS 2006, 103(25), 9554-9559」及び「Watanabe, K. et al. Nat Biotech 2007, 25, 681-686」に記載の方法に準じて培養した。ヒトES細胞を培養するための培地にはDMEM/F12 培地(Sigma)に20% KSR(KnockoutTM Serum Replacement ; Invitrogen)、0.1mM 2-メルカプトエタノール、2mM L-グルタミン、1x非必須アミノ酸(サーモフィッシャー サイエンティフィック社、11140050)、7.5ng/ml bFGFを添加した培地を用いた。
発生初期段階の網膜組織を含む細胞凝集体は「Kuwahara et al. Nat Commun 2015, 19(6), 6286-」に記載の方法を一部改変して調製した。すなわち、培養された前記ES細胞を、TrypLE Express(Invitrogen)を用いて単一分散した後、単一分散されたヒトES細胞を細胞非接着性の96穴培養プレート(スミロン スフェロイド プレート、住友ベークライト社)へ1ウェルあたり9x103細胞になるように100μLの無血清培地に浮遊させ、凝集体を速やかに形成させた後、37℃、5%COで培養した。その際の無血清培地には、F-12培地とIMDM培地の1:1混合液に10%KSR、450μM 1-モノチオグリセロール、1x Chemically defined lipid concentrate、5mg/mL BSA、20μM Y27632を添加した無血清培地を用いた。浮遊培養開始後6日目に最終濃度1.5nMのBMP4を添加して浮遊培養を継続した。ウェル内の培養液の半量を3または4日おきに、BMPシグナル伝達経路作用物質を添加していない上記培地に交換した。浮遊培養開始後18日目の網膜組織を含む細胞凝集体を、3μMCHIR99021及び5μM SU5402を含む無血清培地(DMEM/F12培地に、1% N2 supplementが添加された培地)で4日間、すなわち浮遊培養開始後22日目まで浮遊培養した。その後、網膜組織を含む細胞凝集体は適宜解析等に使用するまで浮遊培養を続けた。その間の培養液については下記[1]から[3]に示した血清培地を使用し、5% CO2条件下で培養した。
[1]浮遊培養開始後22日目から38日目まで:DMEM/F12培地に10%牛胎児血清、1% N2 supplement、および100μMタウリンが添加された培地(以下A培地という)。
[2]浮遊培養開始後38日目から60日目まで:A培地と、Neurobasal培地に、10%牛胎児血清、2% B27 supplement、200mM glutamineおよび100μMタウリンが添加された培地(以下B培地という)を1:3の比率で混合した培地。
[3]浮遊培養開始後60日目以降:B培地。
また、網膜組織でない細胞凝集体のうち大部分を、目視で確認した後適宜ピンセットを用いて切除し、網膜組織を含む細胞凝集体から網膜組織を切り出して、適宜解析に使用した。浮遊培養開始後35日目に網膜組織を含む細胞凝集体から網膜組織を切り出した例を図1a、bに示した。さらに、この後、上記の培養方法に従って培養した網膜組織を含む細胞凝集体を蛍光顕微鏡(Biorevo BZ-9000, Keyence)で観察したところ、浮遊培養開始後42日目までにはほとんど全ての網膜組織でノックインされたCRX::Venusが呈する緑色蛍光を観察できた(図1c、d)。このことから、42日目までに視細胞前駆細胞が出現することが確認できた。
【0207】
実施例2
実施例2に示した網膜組織を含む細胞凝集体は、実施例1に記載した方法において、それぞれT3または背側化シグナル伝達物質であるBMP4もしくはCyclopamine-KAADを下記の通り加えることにより調製した。
[1]-T3群(図2a);実施例1に記載したとおりに培養を行い浮遊培養開始後74日目まで培養した。
[2]+T3群(図2b);実施例1に記載した培養液を用いて、さらに60nMのT3を浮遊培養開始後38日目から浮遊培養終了まで添加し、浮遊培養開始後69日目まで培養した。
[3]+T3+BMP群(図2c);実施例1に記載した培養液を用いて、さらに0.15nMのBMP4と60nMのT3をそれぞれ浮遊培養開始後22日目、38日目から浮遊培養終了まで添加し、浮遊培養開始後69日目まで培養した。
[4]+T3+Cyclopamine-KAAD群(図2d);実施例1に記載した培養液を用いて、さらに500nMのCyclopamine-KAADと60nMのT3をそれぞれ浮遊培養開始後22日目、38日目から浮遊培養終了まで添加し、浮遊培養開始後69日目まで培養した。
以上の条件で培養された網膜組織を含む細胞凝集体を蛍光顕微鏡(Biorevo BZ-9000, Keyence)で観察したところ、ノックインされたCRX::Venusが呈する緑色蛍光は、-T3群の網膜組織に比べ、+T3群の網膜組織でより多くみとめられた(図2a、b)。さらに、ノックインされたCRX::Venusが呈する緑色蛍光は、+T3群の網膜組織に比べ、+T3+BMP群および+T3+Cyclopamine-KAAD群の網膜組織でさらにより多くみとめられた(図2c、d)。
これらのことから、T3等の甲状腺ホルモンシグナル伝達経路作用物質は網膜組織における視細胞前駆細胞を増加させる作用があることが分かった。さらに、甲状腺ホルモンシグナル伝達経路作用物質を単独で作用させる場合に比べ、甲状腺ホルモンシグナル伝達経路作用物質と背側化シグナル伝達物質を組み合わせて作用させる場合には、さらに視細胞前駆細胞を増加させる作用があることが分かった。
【0208】
実施例3
実施例3に示した網膜組織を含む細胞凝集体は、実施例1に記載した方法において、それぞれ100nMの9-cisレチノイン酸、T3または背側化シグナル伝達物質(BMP4)を下記の通り加えることにより調製した。
[1]-T3群(図3a);実施例1に記載した培養液を用いて、さらに100nMの9-cisレチノイン酸を浮遊培養開始後38日目から浮遊培養終了まで添加し、浮遊培養開始後74日目まで培養した。
[2]+T3群(図3b);実施例1に記載した培養液を用いて、さらに100nMの9-cisレチノイン酸と60nMのT3を浮遊培養開始後38日目から浮遊培養終了まで添加し、浮遊培養開始後74日目まで培養した。
[3]+T3+BMP群(図3c);実施例1に記載した培養液を用いて、さらに0.45nMのBMP4を浮遊培養開始後22日目から、100nMの9-cisレチノイン酸と60nMのT3を浮遊培養開始後38日目から浮遊培養終了まで添加し、浮遊培養開始後74日目まで培養した。
以上の条件で培養された網膜組織を含む細胞凝集体を蛍光顕微鏡(Biorevo BZ-9000, Keyence)で観察したところ、ノックインされたCRX::Venusが呈する緑色蛍光は、-T3群の網膜組織に比べ、+T3群の網膜組織でより多くみとめられた(図3a、b)。さらに、ノックインされたCRX::Venusが呈する緑色蛍光は、+T3群の網膜組織に比べ、+T3+BMP群の網膜組織でさらにより多くみとめられた(図3c)。
これらのことから、甲状腺ホルモンシグナル伝達経路作用物質は網膜組織における視細胞前駆細胞を9-cisレチノイン酸の有無に関わらず増加させる作用があることが分かった。さらに、甲状腺ホルモンシグナル伝達経路作用物質を単独で作用させる場合に比べ、甲状腺ホルモンシグナル伝達経路作用物質と背側化シグナル伝達物質を組み合わせて作用させる場合には、9-cisレチノイン酸の有無に関わらずさらに視細胞前駆細胞を増加させる作用があることが分かった。
【0209】
実施例4
実施例4に示した網膜組織を含む細胞凝集体は、実施例1に記載した方法にそれぞれT3または背側化シグナル伝達物質(BMP4)を下記の通り加えることにより調製した。
[1]-T3群(図4a、図4e、図4i);実施例1に記載した培養液を用いて、何も添加せずに浮遊培養開始後75日目まで培養した。
[2]+T3群(図4b、図4f、図4j);実施例1に記載した培養液を用いて、さらに60nMのT3を浮遊培養開始後38日目から浮遊培養終了まで添加し、浮遊培養開始後71日目まで培養した。
[3]+T3+BMP群(図4c、図4g、図4k);実施例1に記載した培養液を用いて、さらに0.15nMのBMP4と60nMのT3をそれぞれ浮遊培養開始後22日目、38日目から浮遊培養終了まで添加し、浮遊培養開始後71日目まで培養した。
[4]+T3+Cyclopamine-KAAD群(図4d、図4h、図4l);実施例1に記載した培養液を用いて、さらに500nMのCyclopamine-KAADと60nMのT3をそれぞれ浮遊培養開始後22日目、38日目から浮遊培養終了まで添加し、浮遊培養開始後71日目まで培養した。
以上の条件で培養された網膜組織を含む細胞凝集体を4%パラホルムアルデヒドで固定した後調製された凍結切片につき、CRX、TRβ2(TRb2)抗体を用いた免疫染色、または細胞核を染色するDAPI染色を行った。蛍光顕微鏡を用いて観察した結果、視細胞前駆細胞であるCRX陽性細胞は-T3群の網膜組織に比べ、+T3群の網膜組織でより多くみとめられた(図4a、b)。また、-T3群の網膜組織に比べ、+T3群の網膜組織では、胎児期の網膜組織において本来視細胞前駆細胞が存在する頂端面(視細胞層、外顆粒層)およびニューロブラスティックレイヤー以外の領域、すなわち神経網膜前駆細胞層から神経節細胞層にまたがる領域(ニューロブラスティックレイヤーより基底膜側の領域)においても存在しており、異所性のCRX陽性細胞が本来視細胞前駆細胞が存在する頂端面(視細胞層、外顆粒層)およびニューロブラスティックレイヤーと同程度の割合でみとめられた(図4a、b)。
更に、+T3+BMP4群および+T3+Cyclopamine-KAAD群の網膜組織では、+T3群の網膜組織と同様に異所性のCRX陽性細胞が多数みとめられたうえ、全体的に更に多くのCRX陽性細胞がみとめられた(図4b、c、d)。
これらのことから、実施例2、3で示したのと同様に、甲状腺ホルモンシグナル伝達経路作用物質は浮遊培養開始後70日目前後における網膜組織の視細胞前駆細胞を増加させる作用があることが分かった。また、甲状腺ホルモンシグナル伝達経路作用物質を単独で作用させる場合に比べ、甲状腺ホルモンシグナル伝達経路作用物質及び背側化シグナル伝達物質を組み合わせて作用させる場合には、さらに視細胞前駆細胞を増加させることができることが分かった。さらに、甲状腺ホルモンシグナル伝達経路作用物質、または甲状腺ホルモンシグナル伝達経路作用物質及び背側化シグナル伝達物質の組み合わせで増加する視細胞前駆細胞は神経網膜前駆細胞層から神経節細胞層にまたがる領域にも異所性に出現することが分かった。
また、この時のCRX陽性細胞にはいずれの条件で培養した網膜組織においてもTRβ2を発現する細胞、すなわち錐体視細胞前駆細胞が含まれていた(図4i、j、k、l)。これらの発生初期に出現する錐体視細胞前駆細胞は視細胞前駆細胞と同様に-T3群の網膜組織に比べ、+T3群の網膜組織でより多くみとめられた(図4i、j)。また、視細胞前駆細胞と同様に-T3群の網膜組織では、神経網膜前駆細胞層から神経節細胞層にまたがる領域に発生初期に出現する錐体視細胞前駆細胞はほとんどみとめられなかったが、+T3群の網膜組織では、神経網膜前駆細胞層から神経節細胞層にまたがる領域に異所性の発生初期に出現する錐体視細胞前駆細胞が多数みとめられた(図4i、j)。一方、+T3+BMP4群および+T3+Cyclopamine-KAAD群の網膜組織では、+T3群の網膜組織と同様の傾向を示したうえ、全体的にさらに多くの発生初期に出現する錐体視細胞前駆細胞がみとめられた(図4j、k、l)。
これらのことから、T3等の甲状腺ホルモンシグナル伝達経路作用物質は浮遊培養開始後70日目前後における網膜組織の発生初期に出現する錐体視細胞前駆細胞を増加させる作用があることが分かった。また、甲状腺ホルモンシグナル伝達経路作用物質を単独で作用させる場合に比べ、甲状腺ホルモンシグナル伝達経路作用物質及び背側化シグナル伝達物質を組み合わせて作用させる場合には、さらに多くの発生初期に出現する錐体視細胞前駆細胞を増加させる作用があることが分かった。さらに、甲状腺ホルモンシグナル伝達経路作用物質、または甲状腺ホルモンシグナル伝達経路作用物質と背側化シグナル伝達物質の組み合わせで増加する発生初期に出現する錐体視細胞前駆細胞は神経網膜前駆細胞層から神経節細胞層にまたがる領域にも異所性に出現することが分かった。
【0210】
実施例5
実施例5に示した網膜組織を含む細胞凝集体は、実施例1に記載した方法にそれぞれT3または背側化シグナル伝達物質を下記の通り加えることにより調製した。
[1]-T3群(図5a、図5g、図5m);実施例1に記載した培養液を用いて、何も添加せず浮遊培養開始後191日目まで培養した。
[2]+T3群(図5b、図5h、図5n);実施例1に記載した培養液を用いて、さらに60nMのT3を浮遊培養開始後38日目から130日目まで添加し、その後浮遊培養開始後188日目まで培養した。130日目から188日目までは実施例1に記載のB培地を使用した。
[3]+BMP群(図5c、図5i、図5o);実施例1に記載した培養液を用いて、さらに0.15nMのBMP4を浮遊培養開始後22日目から100日目まで添加し、その後浮遊培養開始後191日目まで培養した。100日目から191日目までは実施例1に記載の培地[3]を使用した。
[4]+T3+BMP群(図5d、図5j、図5p);実施例1に記載した培養液を用いて、さらに0.15nMのBMP4を浮遊培養開始後22日目から100日目まで、60nMのT3を浮遊培養開始後38日目から130日目までそれぞれ添加し、その後浮遊培養開始後188日目まで培養した。130日目から188日目までは実施例1に記載の培地[3]を使用した。
[5]+Cyclopamine-KAAD群(図5e、図5k、図5q);実施例1に記載した培養液を用いて、さらに500nMのCyclopamine-KAADを浮遊培養開始後22日目から100日目まで添加し、その後浮遊培養開始後191日目まで培養した。100日目から191日目までは実施例1に記載の培地[3]を使用した。
[6]+T3+Cyclopamine-KAAD群(図5f、図5l、図5r);実施例1に記載した培養液を用いて、さらに500nMのCyclopamine-KAADを浮遊培養開始後22日目から100日目まで、60nMのT3を浮遊培養開始後38日目から130日目までそれぞれ添加し、その後浮遊培養開始後188日目まで培養した。130日目から188日目までは実施例1に記載の培地[3]を使用した。
以上の条件で培養された網膜組織を含む細胞凝集体を、4%パラホルムアルデヒドで固定した後凍結切片を調製し、PAX6抗体、CHX10抗体を用いた免疫染色、または細胞核を染色するDAPI染色を行った。なお、生体網膜においてはPAX6陽性/CHX10陽性細胞は神経網膜前駆細胞、PAX6強陽性/CHX10陰性細胞は、神経節細胞、水平細胞、アマクリン細胞のうちいずれかの細胞であるとされている。また、PAX6陰性/CHX10強陽性細胞は双極細胞であるとされている。
蛍光顕微鏡を用いて観察した結果、網膜組織を含む細胞凝集体に含まれているPAX6陽性/CHX10陽性細胞はいずれの条件でも同様にみとめられ、顕著な差はみとめられなかった。-T3群、+BMP群または+Cyclopamine-KAAD群、すなわちT3を添加していない群では、PAX6強陽性/CHX10陰性細胞がおおよそ神経節細胞層を含む内顆粒層より基底膜側だと思われる領域に多数みとめられた(図5a、c、e)。また、内顆粒層の頂端面側と思われる領域にはPAX6陰性/CHX10強陽性細胞が多数みとめられた(図5g、i、k)。一方、+T3群、+T3+BMP群または+T3+Cyclopamine-KAAD群、すなわちT3を添加した群の網膜組織では、添加しなかった群に比べPAX6強陽性/CHX10陰性細胞、PAX6陰性/CHX10強陽性細胞の割合がいずれも著明に低下していた(図5b、d、f、h、j、l)。
これらのことから、T3等の甲状腺ホルモンシグナル伝達経路作用物質は、PAX6強陽性/CHX10陰性細胞(神経節細胞、アマクリン細胞、水平細胞のうちいずれかの細胞)およびPAX6陰性/CHX10強陽性細胞(双極細胞)の割合を著明に低減させられることがわかった。従って、視細胞前駆細胞を含む移植用網膜組織として、再生医療に有用であることがわかった。なお、ミューラー細胞がみとめられる程度に成熟した浮遊培養開始後188日目~191日目といった段階においては、浮遊培養開始後約70日頃又は約100日頃といった段階でみとめられていたBRN3陽性細胞、即ち神経節細胞は死滅し、ほとんど認められなかった。一方で、アマクリン細胞で発現するCalretinin陽性細胞、水平細胞で発現するCalbindin陽性細胞、LIM1陽性細胞等はPAX6強陽性/CHX10陰性細胞と同様にその割合が低減されていた。
【0211】
実施例6
実施例6に示した網膜組織を含む細胞凝集体は、実施例1に記載した方法にそれぞれT3または背側化シグナル伝達物質(BMP4もしくはCyclopamine-KAAD)を下記の通り加えることにより調製した。
[1]-T3群(図6a、図6e、図6i、図6m);実施例1に記載した培養液を用いて、何も添加せず浮遊培養開始後191日目まで培養した。
[2]+T3群(図6b、図6f、図6j、図6n);実施例1に記載した培養液を用いて、さらに60nMのT3を浮遊培養開始後38日目から130日目まで添加し、その後浮遊培養開始後192日目まで培養した。130日目から192日目までは実施例1に記載の培地[3]を使用した。
[3]+T3+BMP群(図6c、図6g、図6k、図6o);実施例1に記載した培養液を用いて、さらに0.15nMのBMP4を浮遊培養開始後22日目から100日目まで、60nMのT3を浮遊培養開始後38日目から130日目までそれぞれ添加し、その後浮遊培養開始後188日目まで培養した。130日目から188日目までは実施例1に記載の培地[3]を使用した。
[4]+T3+Cyclopamine-KAAD群(図6d、図6h、図6l、図6p);実施例1に記載した培養液を用いて、さらに500nMのCyclopamine-KAADを浮遊培養開始後22日目から100日目まで、60nMのT3を浮遊培養開始後38日目から130日目までそれぞれ添加し、その後浮遊培養開始後193日目まで培養した。130日目から193日目までは実施例1に記載の培地[3]を使用した。
以上の条件で培養された網膜組織を含む細胞凝集体を、4%パラホルムアルデヒドで固定した後凍結切片を調製した。調製した凍結切片について、GFP抗体、NRL抗体、RXR-γ(RXRg)抗体を用い、免疫染色、または細胞核を染色するDAPI染色を行った。GFP陽性細胞は、CRX遺伝子座にノックインされた蛍光タンパク質Venusを発現する視細胞前駆細胞である。また、一般的にNRL陽性細胞は桿体視細胞(又は桿体視細胞前駆細胞)、RXR-γ陽性細胞は視細胞(又は視細胞前駆細胞)のうちでは錐体視細胞(又は錐体視細胞前細胞)であるとされている。蛍光顕微鏡を用いて観察した結果、-T3群と比べ、+T3群、+T3+BMP群、+T3+Cyclopamine-KAAD群ではいずれも網膜組織に含まれる細胞のうち、視細胞前駆細胞の割合が著明に高まっていた(図6a、b、c、d)。一方、-T3群の外顆粒層(視細胞前駆細胞の核が集積している層)より基底膜側には、視細胞前駆細胞でない細胞、すなわち実施例5に記載のPAX6強陽性/CHX10陰性細胞等と思われる細胞の細胞核が多数存在していたが、+T3群、+T3+BMP群、+T3+Cyclopamine-KAAD群ではいずれもこのような細胞が著明に減少し、この領域に存在する細胞は異所性の視細胞前駆細胞へ置き換わっていた(図6a、b、c、d、m、n、o、p)。さらに、-T3群に比べ+T3群、+T3+BMP群、+T3+Cyclopamine-KAAD群ではいずれもCRX::Venus陽性の視細胞前駆細胞のうち、RXR-γ陽性かつNRL陰性の錐体視細胞前駆細胞が増加していた(図6a、b、c、d、e、f、g、h、i、j、k、l)。
【0212】
実施例7
実施例4に記載した方法により作製された網膜組織に含まれるCRX陽性細胞数および、CRX陽性細胞のうち、TRβ2陽性細胞数を画像解析ソフト(ImageJ)を用いて測定した結果を示した(図7)。また、対照群として+BMP4群、+Cyclopamine-KAAD群など背側化シグナル伝達物質のみを添加し、60nMのT3を添加しなかった時の網膜組織を含む細胞凝集体も調製し、同様に測定した。測定の結果、Control群でT3を加えなかった群においては約10.6%がCRX陽性細胞であったのに対し、+BMP4群、+Cyclopamine-KAAD群ではそれぞれ17.0%、14.1%がCRX陽性細胞であった。これに対しControl群でT3を加えた群では22.8%、T3と背側化シグナル伝達物質を組み合わせた群、すなわちT3に加えBMP4を添加した群、T3に加えCyclopamine-KAADを添加した群ではそれぞれ29.1%、30.7%がCRX陽性細胞であった。また、Control群でT3を加えなかった群においては約6.8%がCRX陽性かつTRβ2陽性細胞であったのに対し、+BMP4群、+Cyclopamine-KAAD群ではそれぞれ10.8%、8.1%がCRX陽性かつTRβ2陽性細胞であった。これに対し+T3群では11.3%、T3と背側化シグナル伝達物質を組み合わせた群、すなわちT3に加えBMP4を添加した群、T3に加えCyclopamine-KAADを添加した群ではそれぞれ16.0%、15.0%がCRX陽性かつTRβ2陽性細胞であった。
【0213】
実施例8
実施例5に記載した方法により作製された網膜組織に含まれるPAX6陰性/CHX10強陽性細胞(双極細胞)またはPAX6強陽性/CHX10陰性細胞(神経節細胞、アマクリン細胞、水平細胞のうちいずれかの細胞)を画像解析ソフト(ImageJ)を用いて測定した結果を示した(図8)。Control群、+BMP群または+Cyclopamine-KAAD群でT3を添加していない群では、それぞれ8.03%、15.49%、8.65%がPAX6陰性/CHX10強陽性細胞であった。これに対し、+T3群では4.29%、T3と背側化シグナル伝達物質を組み合わせた群、すなわち+T3+BMP4群、
+T3+Cyclopamine-KAAD群ではそれぞれ8.50%、4.38%がPAX6陰性/CHX10強陽性細胞であった。一方、Control群、+BMP群または+Cyclopamine-KAAD群でT3を添加していない群では、それぞれ32.54%、24.60%、24.50%がPAX6強陽性/CHX10陰性細胞であった。これに対し、+T3群では13.83%、T3と背側化シグナル伝達物質を組み合わせた群、すなわち+T3+BMP4群、+T3+Cyclopamine-KAAD群ではそれぞれ9.78%、8.65%がPAX6強陽性/CHX10陰性細胞であった。
【0214】
実施例9
実施例6に記載した方法により作製された網膜組織に含まれるCRX::Venus陽性細胞(視細胞前駆細胞)、CRX::Venus陽性細胞のうちRXR-γ陽性細胞かつNRL陰性細胞(錐体視細胞前駆細胞)またはCRX::Venus陽性細胞のうちNRL陽性細胞(桿体視細胞前駆細胞)を画像解析ソフト(ImageJ)を用いて測定した結果を示した(図9)。また、対照群として+BMP4群、+Cyclopamine-KAAD群など60nMのT3を添加しなかった時の網膜組織を含む細胞凝集体も調製し、同様に測定した。測定の結果、Control群、+BMP群または+Cyclopamine-KAAD群でT3を添加していない群では、それぞれ35.5%、37.7%、41.7%がCRX陽性細胞であった。これに対し、+T3群では53.4%、T3と背側化シグナル伝達物質を組み合わせた群、すなわち+T3+BMP4群、+T3+Cyclopamine-KAAD群ではそれぞれ57.9%、66.6%がCRX陽性細胞であった。一方、Control群、+BMP群または+Cyclopamine-KAAD群でT3を添加していない群では、それぞれ22.7%、31.3%、30.2%がCRX陽性細胞のうちRXR-γ陽性細胞かつNRL陰性細胞であった。これに対し、+T3群では44.1%、T3と背側化シグナル伝達物質を組み合わせた群、すなわち+T3+BMP4群、+T3+Cyclopamine-KAAD群ではそれぞれ54.2%、57.5%がCRX陽性細胞のうちRXR-γ陽性細胞かつNRL陰性細胞であった。さらに、Control群、+BMP群または+Cyclopamine-KAAD群でT3を添加していない群では、それぞれ12.8%、6.1%、11.5%がCRX陽性細胞のうちNRL陽性細胞であった。これに対し、+T3群では9.4%、T3と背側化シグナル伝達物質を組み合わせた群、すなわち+T3+BMP4群、+T3+Cyclopamine-KAAD群ではそれぞれ3.7%、9.1%がCRX陽性細胞のうちNRL陽性細胞であった。
【0215】
実施例10
実施例10に示した網膜組織を含む細胞凝集体は、実施例1に記載した方法にそれぞれT3または背側化シグナル伝達物質を下記の通り加えることにより調製した。
[1]-T3群;実施例1に記載した培養液を用いて、何も添加せず浮遊培養開始後100~105日目まで培養した。
[2]+T3群;実施例1に記載した培養液を用いて、60nMのT3を浮遊培養開始後38日目から添加し、浮遊培養開始後100~105日目まで培養した。
[3]+T3+BMP群;実施例1に記載した培養液を用いて、0.15nMのBMP4を浮遊培養開始後22日目から100日目まで添加し、さらに60nMのT3を浮遊培養開始後38日目から培養完了まで添加し、浮遊培養開始後100~105日目まで培養した。
[4]+T3+Cyclopamine-KAAD群;実施例1に記載した培養液を用いて、500nMのCyclopamine-KAADを浮遊培養開始後22日目から100日目まで添加し、さらに60nMのT3を浮遊培養開始後38日目から培養完了まで添加し、浮遊培養開始後100~105日目まで培養した。
以上の条件で培養された網膜組織を含む細胞凝集体を、4%パラホルムアルデヒドで固定した後凍結切片を調製し、抗CRX抗体、抗Ki67抗体を用いた免疫染色、または細胞核を染色するDAPI染色を行い、蛍光顕微鏡を用いて観察した結果を図に示した(図10、左)。観察の結果、視細胞前駆細胞であるCRX陽性細胞は-T3群の網膜組織に比べ、+T3群の網膜組織で顕著に増加していることが分かった。特に、頂端面に存在する視細胞前駆細胞層の厚さは-T3群に比べ、+T3群でおよそ2、3倍の厚さになっていた。また、これらの結果は、+T3+BMP4群、+T3+Cyclopamine-KAAD群でも同様であった。また、浮遊培養開始後100日前後の段階の神経網膜組織でもKi67陽性である増殖性の神経網膜前駆細胞が存在する層、即ちニューロブラスティックレイヤーが認められた。-T3群の網膜組織に比べ、+T3群の網膜組織では、胎児期の網膜組織において本来視細胞前駆細胞が存在する頂端面(視細胞層、外顆粒層)以外、即ちKi67陽性の神経網膜前駆細胞が存在するニューロブラスティックレイヤーや、それより基底膜側の神経節細胞層においても視細胞前駆細胞が多数認められ、異所性の視細胞前駆細胞を含むことが分かった。また、このような結果は+T3+Cyclopamine-KAAD群でも同様であった。一方で、+T3+BMP4群でもみとめられたものの、+T3+BMP4群では+T3群や+T3+Cyclopamine-KAAD群ほどこのような異所性の視細胞前駆細胞は認められず、この分化段階において視細胞前駆細胞の出現が+T3群や+T3+Cyclopamine-KAADに比べ少なくなっていることが示唆された。
次に、同様の条件で調製した神経網膜組織内に含まれるCRX陽性細胞の割合を、画像解析ソフト(ImageJ)を用いて測定した結果をグラフに示した(図10、右)。その結果、-T3群、+T3群、+T3+BMP4群、及び+T3+Cyclopamine-KAAD群の神経網膜組織に含まれるCRX陽性細胞の割合は、それぞれ17.1%、30.0%、42.9%、及び50.1%であり、-T3群、+T3群、+T3+BMP4群、+T3+Cyclopamine-KAAD群の順でCRX陽性細胞が含まれる割合が高くなることが分かった。
これらのことから、甲状腺ホルモンシグナル伝達経路作用物質は浮遊培養開始後100日目前後における網膜組織の視細胞前駆細胞を増加させる作用があることが分かった。また、甲状腺ホルモンシグナル伝達経路作用物質を単独で作用させる場合に比べ、甲状腺ホルモンシグナル伝達経路作用物質及び背側化シグナル伝達物質を組み合わせて作用させる場合には、さらに視細胞前駆細胞を増加させることができることが分かった。
【0216】
これら実施例の結果をあわせて考えると、甲状腺ホルモンシグナル伝達経路作用物質は、不要な細胞の割合を著明に低減させたうえで、外顆粒層より基底膜側にも異所性の視細胞前駆細胞を出現させ、さらに視細胞前駆細胞の割合を著明に高められることがわかった。すなわち、甲状腺ホルモンシグナル伝達経路作用物質により、再生医療に用いる医薬品として有用な、移植用網膜組織が製造できることがわかった。
また、背側化シグナル伝達物質と組み合わせて甲状腺ホルモンシグナル伝達経路作用物質を作用させた場合には、同様に不要な細胞の割合を著明に低減させ、視細胞前駆細胞の割合を著明に高めたうえで、視細胞前駆細胞のうち錐体視細胞前駆細胞の含まれる割合をさらに高められることがわかった。特に背側化シグナル伝達物質がBMP4の場合には、視細胞前駆細胞のうち桿体がほとんど存在せず、錐体の割合が特に高い領域を調製することができることがわかった。また、背側化シグナル伝達物質がSHHシグナル伝達経路阻害物質であるCyclopamine-KAADの場合には、背側化シグナル伝達物質がBMP4である場合に比べ、移植の際不要な細胞と考えられる双極細胞の割合を高めることなく、錐体の割合が高い網膜組織を調製することができることがわかった。すなわち、背側化シグナル伝達物質と組み合わせて甲状腺ホルモンシグナル伝達経路作用物質を作用させた場合には、黄斑部、または黄斑部の中心部への移植用網膜組織として有用な医薬品組成物が製造できることがわかった。
【0217】
実施例11
実施例1、4、5、6、10に記載した方法にそれぞれT3または背側化シグナル伝達物質を下記の通り加えることにより細胞凝集体を調製した。結果を図11に示す。なお、図11において+T3群はT3を添加した群、+T3+BMP4群はT3に加え、BMP4を添加した群、+T3+Cyclopamine-KAAD群はT3に加え、Cyclopamine-KAADを添加した群を示し、T3は60nM、BMP4は0.15nM、Cyclopamine-KAADは500nMとなるように培地中に添加されている。
[1]+T3群;実施例1に記載した培養液を用いて、60nMのT3を浮遊培養開始後38日目から添加し、浮遊培養開始後69日目、104日目、又は188日目まで培養した。なお、T3については最長で浮遊培養開始後約130日目まで添加して培養した。
[2]+T3+BMP群;実施例1に記載した培養液を用いて、0.15nMのBMP4を浮遊培養開始後22日目から、さらに60nMのT3を浮遊培養開始後38日目から添加し、浮遊培養開始後69日目、105日目、又は188日目~192日目まで培養した。なお、BMP4については浮遊培養開始後約100日目まで、T3については浮遊培養開始後約130日目まで添加して培養した。
[3]+T3+Cyclopamine-KAAD群;実施例1に記載した培養液を用いて、500nMのCyclopamine-KAADを浮遊培養開始後22日目から、さらに60nMのT3を浮遊培養開始後38日目から添加し、浮遊培養開始後69日目、105日目、又は188日目まで培養した。なお、Cyclopamine-KAADについては浮遊培養開始後約100日目まで、T3については浮遊培養開始後約130日目まで添加して培養した。
以上の条件で培養された網膜組織を含む細胞凝集体を、蛍光顕微鏡(Biorevo BZ-9000, Keyence)で観察し、画像を取得した。その結果、細胞凝集体は中に空洞を持ち、上皮構造が形成されていることが分かった。さらに、長軸方向の直径は大きいもので2mmを超えるものが含まれることが分かった(図11-1)。
さらに、同様にして浮遊培養開始後188日目まで培養した網膜組織を含む細胞凝集体について、4%パラホルムアルデヒドで固定した後凍結切片を調製し、抗GFP抗体を用いた免疫染色を行い、蛍光顕微鏡を用いて観察した(図11-2)。観察の結果、抗GFP抗体により染色されるCRX::Venus陽性細胞、即ち、視細胞前駆細胞が細胞凝集体の表面に連続して規則正しく整列していることが分かった。つまり、これらの細胞凝集体は浮遊培養から188日目においてもロゼット様構造を含まない、連続的な上皮構造を有する網膜組織であることが分かった。さらにこの図から、頂端面付近の視細胞層(外顆粒層)のみならず、異所性の視細胞前駆細胞が多数認められることが分かった。
さらに、同様にして浮遊培養開始後70日目頃、100日目頃、190日目頃まで培養した網膜組織を含む細胞凝集体について、蛍光顕微鏡(Biorevo BZ-9000, Keyence)で観察し、画像を取得した。取得した画像について解析ソフト(Image J)を用いて長軸の直径を測定した。測定したデータを用いて平均値(図11-3、左側グラフ)及び個別の網膜組織を含む細胞凝集体の長軸の直径をプロットしたグラフ(図11-3、右側グラフ)を作成した。平均値を解析した結果、いずれの段階の網膜組織を含む細胞凝集体においても平均で1.1mm以上の大きさであることが分かった。また、プロットしたグラフから、1.0mm以上の網膜組織を含む細胞凝集体が大半であり、1.5mm以上の網膜組織を含む細胞凝集体も容易に認められることが分かった。また、網膜組織を含む細胞凝集体のうち、長軸の直径が大きなものは3.0mm近く(2.93mm)に達することが分かった。なお、プロットしたグラフ内に記載した数値は、それぞれの細胞凝集体の長軸の直径の大きさを示す。
【産業上の利用可能性】
【0218】
本発明の製造方法により、神経網膜組織に含まれる視細胞前駆細胞の割合を増大させ、かつアマクリン細胞や神経節細胞等の不要な細胞の割合を低減した、移植に適した網膜組織を提供することが可能となる。また本発明の網膜組織は医薬組成物として有用である。
本出願は、日本で出願された特願2017-177188(出願日:2017年9月14日)を基礎としており、その内容は本明細書に全て包含されるものである。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11-1】
図11-2】
図11-3】