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特許7360670キトサン及びセルロースナノファイバーを含む水性ゲル複合体
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  • 特許-キトサン及びセルロースナノファイバーを含む水性ゲル複合体 図1a
  • 特許-キトサン及びセルロースナノファイバーを含む水性ゲル複合体 図1b
  • 特許-キトサン及びセルロースナノファイバーを含む水性ゲル複合体 図1c
  • 特許-キトサン及びセルロースナノファイバーを含む水性ゲル複合体 図2
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-10-04
(45)【発行日】2023-10-13
(54)【発明の名称】キトサン及びセルロースナノファイバーを含む水性ゲル複合体
(51)【国際特許分類】
   C08L 5/08 20060101AFI20231005BHJP
   A61L 27/20 20060101ALI20231005BHJP
   A61L 27/26 20060101ALI20231005BHJP
   A61L 27/48 20060101ALI20231005BHJP
   A61L 27/52 20060101ALI20231005BHJP
   A61L 27/58 20060101ALI20231005BHJP
   C08L 1/02 20060101ALI20231005BHJP
【FI】
C08L5/08
A61L27/20
A61L27/26
A61L27/48
A61L27/52
A61L27/58
C08L1/02
【請求項の数】 17
(21)【出願番号】P 2020547366
(86)(22)【出願日】2019-03-13
(65)【公表番号】
(43)【公表日】2021-10-07
(86)【国際出願番号】 EP2019056346
(87)【国際公開番号】W WO2019175279
(87)【国際公開日】2019-09-19
【審査請求日】2022-02-17
(31)【優先権主張番号】18161631.9
(32)【優先日】2018-03-13
(33)【優先権主張国・地域又は機関】EP
(73)【特許権者】
【識別番号】520343870
【氏名又は名称】アルベルト-ルートヴィヒ-ウニヴェルズィテート フライブルク
(73)【特許権者】
【識別番号】520343881
【氏名又は名称】ユニヴェルシテ クロード ベルナール リヨン 1
(73)【特許権者】
【識別番号】520343892
【氏名又は名称】サントル ナスョナール デ ラ レシェルシェ シオンテフィック ― セエヌエールエス
(73)【特許権者】
【識別番号】520343906
【氏名又は名称】エンスティテュ アンサンニュマン スペリオール エ レシェルシェ アン アリモンタスョン サンテ アニマ―ル シオンス アグロノミック エ アンビロネモン(ベアグロ ス)
(74)【代理人】
【識別番号】110003007
【氏名又は名称】弁理士法人謝国際特許商標事務所
(72)【発明者】
【氏名】オソリオ マドラーソ、アナヤンシー
(72)【発明者】
【氏名】デビッド、ローレント
(72)【発明者】
【氏名】モンテンボールト、アレクサンドラ
(72)【発明者】
【氏名】ヴィギエ、エリック
(72)【発明者】
【氏名】カション、ティボー
【審査官】宮内 弘剛
(56)【参考文献】
【文献】中国特許出願公開第105504357(CN,A)
【文献】米国特許出願公開第2019/0015550(US,A1)
【文献】特開平09-278674(JP,A)
【文献】特開平04-202436(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第105754133(CN,A)
【文献】中国特許出願公開第105622961(CN,A)
【文献】米国特許出願公開第2011/0274742(US,A1)
【文献】Matti S. Toivonen et al.,Water-Resistant, Transparent Hybrid Nanopaper by Physical Cross-Linking with Chitosan,Biomacromolecules,2015年,Vol. 16, No. 3,1062-1071
【文献】Trang Ho Minh Nguyen et al.,In vitro and in vivo acute response towards injectable thermosensitive chitosan/TEMPO-oxidized cellulose nanofiber hydrogel,Carbohydrate Polymers,2017年10月07日,Vol 180 (2018),246-255
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61L
C08K
C08L
D21H
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
水性ゲル複合体を形成するための懸濁液であって、溶媒としての水(水性懸濁液)または水とアルコールの混合物(水性アルコール懸濁液)、該溶媒に分散されたセルロースナノファイバー、キトサン及び酸を含み、ここで、該セルロースナノファイバーがTEMPOにより酸化されたセルロースナノファイバーではない、懸濁液。
【請求項2】
該分散されたセルロースナノファイバーの含量は、該懸濁液の総重量に対して5重量%以下であり;該キトサンの濃度は、該懸濁液の総重量に対して15重量%以下である、請求項1に記載の懸濁液。
【請求項3】
該分散されたセルロースナノファイバーの含量は、該懸濁液の総重量に対して0.01~2重量%であり;該キトサンの濃度は、該懸濁液の総重量に対して1~5重量%である、請求項1に記載の懸濁液。
【請求項4】
該分散されたセルロースナノファイバーの含量は、該懸濁液の総重量に対して0.02~0.6重量%であり;該キトサンの濃度は、該懸濁液の総重量に対して2~4重量%である、請求項1に記載の懸濁液。
【請求項5】
該キトサンの分子量(Mw)は400~800 kg/molである、請求項1~4のいずれか1項に記載の懸濁液。
【請求項6】
pHは6.5未満である、請求項1~5のいずれか1項に記載の懸濁液。
【請求項7】
pHは3~5である、請求項1~5のいずれか1項に記載の懸濁液。
【請求項8】
該懸濁液は、溶媒として水/プロパンジオール混合物または水/グリセロール混合物を含む水性アルコール懸濁液である、請求項1~7のいずれか1項に記載の懸濁液。
【請求項9】
組織再生方法に使用するための請求項1~8のいずれか1項に記載の懸濁液であって、該組織は、天然な軟骨、半月板、または、腱、真皮、および線維輪組織から選択される結合組織である、懸濁液。
【請求項10】
該懸濁液が、骨軟骨の欠損部、半月板/軟骨の病変部、または、腱、真皮、および線維輪組織から選択される結合組織の病変部に注入され、組織の再生を促進する、請求項9に記載の懸濁液。
【請求項11】
請求項1~8のいずれか1項に記載の懸濁液のゲル化により得られる水性ゲル複合体。
【請求項12】
該懸濁液を中和してゲル化を行う、請求項11に記載の水性ゲル複合体。
【請求項13】
該懸濁液にNaOHまたはNH3を加えてゲル化を行う、請求項11または12に記載の水性ゲル複合体。
【請求項14】
該水性ゲル複合体の平衡貯蔵係数G'は2600 Pa以上である、請求項11~13のいずれか1項に記載の水性ゲル複合体。
【請求項15】
該水性ゲル複合体の基準極限縫合力(水性ゲルパッチの厚さに基づいた基準極限縫合力)は0.03 N.mm-1以上である、請求項11~14のいずれか1項に記載の水性ゲル複合体。
【請求項16】
生体吸収性及び生体適合性のある移植片の製造における、請求項11~15のいずれか1項に記載の水性ゲル複合体の使用。
【請求項17】
該生体吸収性及び生体適合性のある移植片は、編み織物の移植片である、請求項16に記載の使用。
【発明の詳細な説明】
【発明の分野】
【0001】
本発明は、セルロースナノファイバー及びキトサンの水性または水性アルコール懸濁液、及びそれから得られ、組織の再生や生体吸収性及び生体適合性のある移植片の提供に使用できる水性ゲル複合体に関する
【発明の背景】
【0002】
US 2015/0065454 A1は、注射後にキトサンの結晶粒子を形成できるキトサンの均一な水溶液を開示している。該文献に開示の均一な水溶液を含む組成物は、医療機器として、特に生体吸収性のある移植片として使用できる。
【0003】
キトサン溶液は、例えばUS 2015/0065454 A1に開示されたもののように水性ゲルを容易に形成する。しかし、そのような水性ゲルの機械的特性は不十分であることが知られており、それらの構造材料としての使用が制限されている。このような素材を用いて天然の軟骨性/半月板組織の修復と再生を長期間にサポートし、欠陥のある半月板や軟骨組織及びその他の結合組織(腱、真皮、椎間板を構成する線維輪組織等)の外科治療において重要な縫合用の移植片として使用することは挑戦的である。
【0004】
また、ヒアルロン酸は欠損組織への注射に使用されてきた。即時の機械的な充填効果及び炎症を起こさないという点においてヒアルロン酸は有利である。しかし、ヒアルロン酸の該生体適合性は迅速な生分解にも関連し、長期間にわたってその製品を使用することは満足できない。
【0005】
より侵襲的な技術としては、関節表面をモザイク形成術により再建すること及び欠陥のある軟骨を置き換えるために水性ゲル(アガロース/アルギン酸塩系)を移植することがある。該モザイク形成術の利得とフィードバックも問題視され、再建された組織の質が悪く、その多くは初期段階で開発中止となった。
【0006】
本発明は、請求項1に定義された懸濁液を提供することにより先行技術の欠点を克服することを試みる。該懸濁液が、水性ゲル複合体の形成に適用でき、溶媒としての水(水性懸濁液)または水/アルコール混合物(水性アルコール懸濁液)、前記溶媒に分散されたセルロースナノファイバー、キトサン及び酸を含む。
【0007】
さらに本発明は、請求項9に定義された水性ゲルを提供することにより先行技術の欠点を克服する。該水性ゲルが、本発明の懸濁液のゲル化により得られる。
【0008】
本発明の懸濁液及び水性ゲルの好ましい実施形態及び使用は、従属請求項に明記し、また本発明の以下の明細書に説明する。
【発明の詳細な説明】
【0009】
本明細書で使用される用語「懸濁液」は、一般に物質状態が異なる少なくとも2成分の混合物を意味する不均一な混合物を指す。具体的に本発明の文脈における用語「懸濁液」は、水または水/アルコール混合物である溶媒及び該溶媒中に分散された固体材料の混合物を指す。本発明の文脈における該固体材料は、水または水/アルコール混合物の中に分散されたセルロースナノファイバーである。本発明の文脈において、該溶媒は、さらにそれに溶解された酸を含む。これは該溶媒を酸性化し、キトサンを溶解させる。従って、本発明の懸濁液は、分散されたセルロースナノファイバー及び溶解されたキトサンを含む。
【0010】
本発明の文脈において使用される「セルロースナノファイバー」は、ナノサイズのセルロースを指す。典型的に該ファイバーは、幅3~20 nm;長さ50 nm~μmである。このため、そのアスペクト比が高い(長さ対幅の比率が20以上)。本発明で使用されるセルロースナノファイバーは、酸化セルロースナノファイバーではなく(本明細書では非酸化セルロースナノファイバーとも称する)、具体的にはTEMPOにより酸化されたセルロースナノファイバーではない(本明細書では非TEMPO酸化セルロースナノファイバーとも称する)。
【0011】
「TEMPO」は、一般的に用いられる2,2,6,6-テトラメチルピペリジニルオキシルの略語である。キトサンとの関連づけに非酸化セルロースナノファイバーを使用すると、水性ゲルの形成が促進されるという利点がある。本明細書で使用される非酸化セルロースファイバーは負に弱く帯電している(即ち、Fosterら、Chem. Soc. Rev.、2018,47、2609-2679において測定された表面電荷密度は80 mmol/kg未満である)が、好ましくは中性である。また、本明細書で使用されるセルロースナノファイバーは化学的に修飾されたものではない。
【0012】
本明細書で使用される用語「重量%」は、「重量パーセント」の略語であり、ある成分の重量と全成分の総重量との関係を指す。本明細書で示されるように、どの成分のどの全成分と関連が意味される。略語「重量%」は「(w/w)」の別の略語である。
【0013】
用語「水性ゲル」は、一般に、水に分散された親水性ポリマー鎖のネットワークを指す。これは含水率の高い(通常70%以上)固体材料となる。流体力学の定義によると、水性ゲルは、高度に水和した材料であり、流動性はなく取り扱いが容易であり、また、対応する損失係数(G"またはE")よりも貯蔵係数G'またはE'がはるかに大きい(通常はG'>10G"またはE'>10E")等の粘弾性を示す。本発明の文脈において、用語「水性ゲル」または「水性ゲル複合体」は、水をさらに含むセルロースファイバー及びキトサンのネットワークを指す。これは、ゲル化により本発明の懸濁液から得られる。
【0014】
本発明の水性ゲルは、本発明の懸濁液をゲル化して得られた高度に水和された物質である。これはナノファイバーが強化された水性ゲル複合体である。本明細書の以下に記載されるように、これは本発明の懸濁液を中和して得られた遊離アミン状態のキトサンを含む。結果として、弱く帯電したキトサンを含む中性の水性ゲル生成物(pH 7)が生成される。これは、生体吸収性及び生体適合性のある移植片等の生体材料として適用する。本発明の水性ゲルにおいて、キトサンはセルロースナノファイバーとの関連づけによりネットワークを形成し、架橋剤の使用を必要とせずに非流動性の材料をもたらす。本発明による懸濁液及び水性ゲルは、好ましくはβ-グリセロホスフェートを含有しない。
【0015】
本発明の懸濁液は、水性経路を介して調製できる。該水性経路の典型的な手順には、セルロースファイバーの水性スラリーをキトサン粉末の水性分散液と混合することが含まれる。キトサンを溶解させるために有機物を加える。得られた(水性)懸濁液は、溶媒としての水、該溶媒に分散されたセルロースナノファイバー、キトサン及び酸を含み、好ましくはそれらからなる。
【0016】
また、本発明の懸濁液は水性アルコール経路を介して調製できる。該水性アルコール経路の典型的な手順には、セルロースファイバーの水性スラリーをキトサン粉末の水性分散液と混合することが含まれる。キトサンを溶解させるために有機物を加え、そしてキトサンが完全に溶解した後にアルコールを加える。従って、得られた(水性アルコール)懸濁液は、溶媒としての水及びアルコール、該溶媒に分散されたセルロースナノファイバー、キトサン及び酸を含み、好ましくはそれらからなる。
【0017】
「水性アルコール」は、溶媒が水とアルコールの混合物であることを意味する。ここで、該アルコールは、エタノール、プロパノール、1,2-プロパンジオール、1,3-プロパンジオール等のプロパンジオール、1-ブタノール、2-ブタノール、ブタンジオール及びグリセロールからなる群から選択される。水性アルコール懸濁液を提供するための好ましいアルコールは、1,2-プロパンジオール及びグリセロールであり、より好ましくは1,2-プロパンジオールである。該水性アルコール経路におけるアルコールは、通常、水性懸濁液の重量に等しい重量で添加される。
【0018】
以下の本明細書に記載の実施例1にも本発明の懸濁液を調製するための水性経路及び水性アルコール経路を例示する。
【0019】
上記のように本発明の懸濁液は酸を含有する。それはキトサンのアミン基をプロトン化させ、それによりpH 6.5未満で、好ましくはpH 6未満で、より好ましくはpH 3~5で、特に好ましくはpH 4.5(±0.2)でキトサンの親水性を増加させる。本発明の懸濁液における前記酸の濃度は、キトサン鎖中のアミン部分に依存する。本発明では、キトサン鎖のアミン部分に関連する化学量論の前記酸が用いられる。これにより、キトサンがプロトン化して溶解し、また前記酸の過剰な使用が回避される。本発明の懸濁液に用いられる前記酸は、好ましくは有機酸であり、特に好ましくは酢酸である。
【0020】
本発明の懸濁液のpHを上げることにより、セルロースナノファイバー及びキトサンを含む水性ゲル複合体に変換できる。これは、例えば本発明の懸濁液にNaOHまたはNH3を添加することにより達成できる。これにより、pHをキトサンのアミン基の見かけ上のpKa(0~65%範囲のDAに応じて6.2~6.5)以上に上げ、結果として該懸濁液、特にそこに含まれるキトサンがゲル化する。
【0021】
本発明の水性ゲル複合体におけるセルロースナノファイバーとキトサンの組合せにより、水性ゲル複合体の機械的特性が向上し、また、半月板及び軟骨組織の外科治療において重要な水性ゲル複合体の縫合性(WO 2015/092289 A1での定義による)が向上する。本発明の水性ゲル複合体において、溶解されたキトサンと分散されたセルロースナノファイバーが相互作用し、セルロースナノファイバーが(直接にまたはキトサンを介して)相互作用し、また、キトサン鎖が水性ゲルと相互作用する。これにより、本発明の水性ゲル複合体の機械的特性及び縫合性に有利な弾性係数が5 MPa~1 kPaである強力な物理的ネットワークが形成される。該水性ゲルの組織工学、吸収性と生体適合性のある移植片、または高い機械的特性を有する分解性材料における長期使用の観点からみて、これは有利である。
【0022】
本発明の懸濁液におけるキトサンの濃度は、該懸濁液の総重量に対して15 重量%以下であってもよいが、好ましくは1~5 重量%、より好ましくは2~4 重量%である。一般に、キトサンの濃度がより高い場合は、より低い分子量のキトサンを用いても技術的に実現可能である。本発明で使用されるキトサンの分子量は、50~1000 kg/mol、好ましくは400~800 kg/mol、また、特に好ましくは約650 kg/molである。キトサンのアセチル化度(DA)の範囲は0~70%、好ましくは0~15%である。
【0023】
本発明の懸濁液から得られた水性ゲルを生体材料として用いる場合、移植後の炎症反応を減少させるために、キトサンの濃度は10 重量%未満であることが好ましい。
【0024】
本発明の懸濁液におけるセルロースナノファイバーの含量は、該懸濁液の総重量に対して5 重量%以下であってもよいが、好ましくは0.01~2 重量%、より好ましくは0.02~0.6 重量%である。
【0025】
本発明の懸濁液の好ましい実施形態において、セルロースナノファイバーの含量は該懸濁液の総重量に対して0.02~2 重量%であり、また、キトサンの濃度は該懸濁液の総重量に対して1~4 重量%である。本発明による懸濁液のより好ましい実施形態において、セルロースナノファイバーの含量は該懸濁液の総重量に対して0.02~0.6 重量%であり、キトサンの濃度は該懸濁液の総重量に対して2~3 重量%である。
【0026】
中和法、即ち、該懸濁液のpHを上げること(例えば、NaOHまたはNH3を該懸濁液に添加)により、本発明の懸濁液を、キトサン及び分散されたセルロースナノファイバーを含む水性ゲル複合体に変換できる。該懸濁液を患者の損傷組織に注入する場合、最初にNaOH添加法またはモル浸透圧濃度300 mOsの緩衝液に対する透析法により懸濁液のpHを上げ、次に、体液との接触により懸濁液のゲル化が起こる。
【0027】
本発明の水性アルコール懸濁液に由来する水性ゲルの特に良好な機械的性能を得るために、水性アルコール懸濁液におけるキトサンの濃度は、該懸濁液の総重量に対して2~3 重量%であることが好ましい。セルロースナノファイバーによる機械的安定性に対する増強効果は、セルロースナノファイバーの濃度が該懸濁液の総重量に対して0.45 重量%以下である場合に顕著である。
【0028】
本発明の水性懸濁液に由来する水性ゲルの特に良好な機械的性能を得るために、キトサンの濃度は、該懸濁液の総重量に対して2~4 重量%であることが好ましい。この場合、セルロースナノファイバーによる増強効果は、セルロースナノファイバーの濃度が該懸濁液の総重量に対して0.6 重量%以下であれば顕著である。
【0029】
本発明による水性ゲルの平衡貯蔵係数G'は、少なくとも2600 Pa、好ましくは2600~5000 Pa、より好ましくは2800~4500 Pa、さらにより好ましくは3000~4000 Paである。貯蔵係数G'の測定については、本明細書以下の実施例3に記載する。
【0030】
水性アルコール経路を介して調製された懸濁液から得られた水性ゲルの特に良好な平衡貯蔵係数G'を得るために、該水性アルコール懸濁液におけるキトサンの濃度は該懸濁液の総重量に対して2~3 重量%であり、また、セルロースナノファイバーの含量は該懸濁液の総重量に対して0.2~0.6 重量%である。そのような懸濁液から得られた水性ゲルの場合、水性ゲルの平衡貯蔵係数G'は一般に2600 Pa以上である。
【0031】
水性経路を介して調製された懸濁液から得られた水性ゲルの特に良好な水性ゲル貯蔵係数G'を得るために、該水性アルコール懸濁液におけるキトサンの濃度は該懸濁液の総重量に対して2~3 重量%であり、また、セルロースナノファイバーの含量は該懸濁液の総重量に対して0.02~0.6 重量%である。そのような懸濁液から得られた水性ゲルの場合、水性ゲルの平衡貯蔵係数G'は一般に3300 Pa以上である。
【0032】
本発明による水性ゲルの基準極限縫合力(水性ゲルパッチの厚さに基づいた極限縫合力)は、少なくとも0.03 N.mm-1、好ましくは0.05~0.3 N.mm-1、より好ましくは0.05~0.2 N.mm-1である。該基準極限縫合力の測定については、実施例4に記載する。
【0033】
そのような基準極限縫合力は、好ましくは2~4 重量%、より好ましくは2 重量%のキトサン、及び0.2~0.6 重量%のセルロースナノファイバーを含む懸濁液から得られた水性ゲルで達成される。
【0034】
基準極限縫合力は、水性経路を介して調製された懸濁液から得られた水性ゲルの方が高くなる傾向がある。その場合、基準極限縫合力は、少なくとも0.07 N.mm-1、好ましくは0.07~0.3 N.mm-1、より好ましくは0.07~0.2 N.mm-1である。
【0035】
本発明の懸濁液は、組織の再生、具体的には軟骨、半月板、または腱、真皮及び椎間板を含む線維輪組織から選択される他の結合組織の再生に使用できる。
【0036】
組織の再生を達成するために、本発明の懸濁液は、例えば骨軟骨の欠損部または半月板/軟骨の病変部に注入され、組織の再生を促進する。次に、注入された懸濁液が欠損部を満たし、隣接する組織との良好な結合で欠損を封止し、体内に水性ゲルを形成する。この方法の利点としては、侵襲性が低く、組織再生に必要な期間(再生する標的組織によって最長6か月かかることがある)にわたって可動性が回復できる。
【0037】
本発明の懸濁液を押出すこともでき、また繊維紡績の工程においてゲル化することができるため、非常に生体吸収性及び生体適合性がある、編み織物の移植片または縫合糸にするための機械的特性が向上されたキトサンをベースとした水性ゲル繊維または固体繊維が得られる。
【発明の概要】
【0038】
要約すると、本発明は以下の項目に関する。
(1) 水性ゲル複合体の形成に適用できる懸濁液であって、溶媒としての水(水性懸濁液)または水とアルコールの混合物(水性アルコール懸濁液)、該溶媒に分散されたセルロースナノファイバー、キトサン及び酸を含む、懸濁液。
(2) 該分散されたセルロースナノファイバーの含量は、該懸濁液の総重量に対して5 重量%以下、好ましくは0.01~2 重量%、より好ましくは0.02~0.6 重量%であり;該キトサンの濃度は、該懸濁液の総重量に対して15 重量%以下、好ましくは1~5 重量%、より好ましくは2~4 重量%である、(1)項に記載の懸濁液。
(3) 該キトサンの分子量(Mw)は400~800 kg/molである、(1)項または(2)項に記載の懸濁液。
(4) pHは6.5未満、好ましくは3~5である、(1)項~(3)項のいずれかに記載の懸濁液。
(5) 該懸濁液は、溶媒として水/プロパンジオール混合物を含む水性アルコール懸濁液である、(1)項~(4)項のいずれかに記載の懸濁液。
(6) 組織を再生する方法に用いるための(1)項~(5)項のいずれかに記載の懸濁液。
(7) 該組織は、天然な軟骨、半月板、または腱、真皮、線維輪組織から選択される他の結合組織である、(6)項に記載の使用のための懸濁液。
(8) 該懸濁液が、骨軟骨の欠損部、半月板/軟骨の病変部、または他の結合組織の病変部に注入され、組織の再生を促進する、(6)項または(7)項に記載の使用のための懸濁液。
(9) (1)項~(5)項のいずれかに記載の懸濁液のゲル化により得られる水性ゲル複合体。
(10) 該懸濁液を中和してゲル化を行う、(9)項に記載の水性ゲル複合体。
(11) 該懸濁液にNaOHまたはNH3を加えてゲル化を行う、(9)または(10)項に記載の水性ゲル複合体。
(12) 該水性ゲル複合体の平衡貯蔵係数G'は2600 Pa以上である、(9)項~(11)項のいずれかに記載の水性ゲル複合体。
(13) 該水性ゲル複合体の基準極限縫合力(水性ゲルパッチの厚さに基づいた基準極限縫合力)は0.03 N.mm-1以上である、(9)項~(12)項のいずれかに記載の水性ゲル複合体。
(14) 生体吸収性及び生体適合性のある移植片の製造における、(9)項~(13)項のいずれかに記載の水性ゲル複合体の使用。
(15) 該生体吸収性及び生体適合性のある移植片は、編み織物の移植片である、(14)項に記載の使用。
【0039】
以下の実施例により本発明を例示する。これらは、本発明の範囲を限定することを意図していない。
【図面の簡単な説明】
【0040】
図1a】異なる相対湿度におけるキトサン及びセルロースナノファイバー含量の異なる水性ゲル複合体のマイクロ引張試験の結果を示す。図1a):相対湿度(RH)40%におけるCHI/CNF:3/0(曲線a)、3/0.30(曲線b)、3/0.45(曲線c)
図1b】異なる相対湿度におけるキトサン及びセルロースナノファイバー含量の異なる水性ゲル複合体のマイクロ引張試験の結果を示す。図1b):相対湿度(RH)95%におけるCHI/CNF:3/0(曲線a)、3/0.30(曲線b)、3/0.45(曲線c)
図1c】は、異なる相対湿度におけるキトサン及びセルロースナノファイバー含量の異なる水性ゲル複合体のマイクロ引張試験の結果を示す。図1c):相対湿度(RH)40%におけるCHI/CNF:2/0、2/0.02、2/0.20、2/0.40、2/0.60。
図2】は、健常者の椎間板、有窓損傷椎間板及び水性ゲルが移植された有窓椎間板の機械的応答として観察された圧縮応力-ひずみ曲線を示す。生理的負荷の範囲は1~4 MPaである。実施例
【実施例1】
【0041】
キトサン/セルロースナノファイバー懸濁液及び水性ゲルの調製法(例示)
A) 水性経路から得られた懸濁液及び水性ゲル:
参考(Fumagali, M, Ouhab, D., Molina Boisseau S., Heux L, Versatile gas-phase reactions for surface to bulk esterification of cellulose microfibrils aerogels, Biomacromolecules 14, 21013, pp3246-3255)に従い、水性スラリー形のセルロースナノファイバー市販品(濃度0.4 重量%)を、2 重量%の濃度で水に分散されたキトサン粉末(Mw =約600 kg/mol、DA=3%)と混合した。該混合物を超音波処理(超音波ホモジナイザーSonoPlus HD200-Bandelin、ドイツ、45%振幅で5分間)した。次に、該混合物を1時間機械攪拌した。そして、キトサンのアミン基に対する化学量論的濃度で酢酸を加え(n(酢酸)/n(-NH2)=1 mol/mol;ここで、n(酢酸)は酢酸のモル数であり、n(-NH2)はグルコサミン単位のモル数である)、pHを約4.5にした。該混合物を密閉の反応器の中で5時間機械攪拌し、キトサンを完全に溶解させた。
【0042】
ペトリ皿に注ぎ入れた該懸濁液を2M NaOHで1時間中和し、水性ゲルを得た。次に、該水性ゲルを脱イオン水の中で、洗浄浴が中性になり、中和塩が除去されるまでに洗浄した。
【0043】
B) 水性アルコール経路から得られた懸濁液及び水性ゲル:
参考(Fumagali, M, Ouhab, D., Molina Boisseau S., Heux L, Versatile gas-phase reactions for surface to bulk esterification of cellulose microfibrils aerogels, Biomacromolecules 14, 21013, pp3246-3255)に従い、水性スラリー形のセルロースナノファイバー市販品(濃度0.8 重量%)を、4 重量%の濃度で水に分散されたキトサン粉末(Mw =約600 kg/mol、DA=3%)と混合した。該混合物を超音波処理(超音波ホモジナイザーSonoPlus HD200-Bandelin、ドイツ、45%振幅で5分間)した。次に、該混合物を1時間機械攪拌した。そして、キトサンのアミン基に対する化学量論的濃度で酢酸を加え(n(酢酸)/n(-NH2)=1 mol/mol;ここで、n(酢酸)は酢酸のモル数であり、n(-NH2)はグルコサミン単位のモル数である)、pHを約4.5にした。該混合物を密閉の反応器の中で5時間機械攪拌し、キトサンを完全に溶解させた。その後、該水性懸濁液の重量に等しい重量の1,2-プロパンジオールを加えた。従って、キトサンの最終濃度は3 重量%であり、セルロースナノファイバーの含量は0.45 重量%であった。
【0044】
ペトリ皿に注ぎ入れた該水性アルコール懸濁液を2M NaOHで1時間中和し、水性ゲルを得た。次に、該水性ゲルを脱イオン水の中で、洗浄浴が中性になり、中和塩、塩基及びアルコールが除去されるまでに洗浄した。
【実施例2】
【0045】
マイクロ引張試験
本実施例において、異なる含量で分散されたセルロースファイバー(CNF)及びキトサン(CHI)を含む水性または水性アルコール懸濁液をゲル化して得られた水性ゲル複合体について、50 Nのロードセルを備えた自家製のマイクロ引張試験機を用いて引張機械試験を行った。クロスヘッド速度は1 μm/秒(図1a)、1b))または8 μm/秒(図1c)であった。該実験は、湿度制御が可能なチャンバーの中で行われた(相対湿度(RH):23~95%)。その結果を図1a)、1b)及び1c)に示す。
【0046】
下記の表1~3に示される水性ゲル複合体について試験した。
【表1】
【表2】
表1及び2中の調製経路「水性アルコール」は、水/1,2-プロパンジオール混合物を指す。
【表3】
【0047】
分散されたセルロースナノファイバー及びキトサンの水性アルコール懸濁液をゲル化して得られた水性ゲル複合体の場合、相対湿度40%と95%の両方においてCNFの含量が0.45 重量%のときにセルロースナノファイバーの増強効果は顕著であった(図1a)及び1b))。セルロースナノファイバーの含量をさらに増やすと、剛性がわずかに低下した。
【0048】
分散されたセルロースナノファイバー及びキトサンの水性懸濁液から得られた水性ゲルの場合、CNFの含量が0.6 重量%以下というより高いときに、顕著な増強効果も観察された(図1c))。
【0049】
該結果に示されるように、水性アルコール経路と水性経路の両方の処理方法を用いても、CNFがキトサン水性ゲルのマトリックスを強化させる。該機械的な性能は、キトサン(CHI)の濃度、CNFの含量、処理経路及び環境の湿度に関連している。
【実施例3】
【0050】
流体力学的測定
プレート-プレート幾何学(直径25 mm)に基づくARESレオメーター(TA Instruments社)を用いて動的機械的な流体力学測定を室温で行った。該測定が線形粘弾性の領域内(負荷された最大ひずみの値は5×10-3)で行われるよう、ひずみ振幅を観測し、ひずみ振幅とは無関係に、貯蔵係数(G')及び損失係数(G")を得た。該2つのプレート間のギャップ距離は約1.0 mmであった。次に、角周波数掃引測定を100~0.05 rad s-1範囲で行った。各水性ゲルについて該分析を3回繰り返して行った。貯蔵係数と損失係数を研究するため、分散されたセルロースファイバー(CNF)及びキトサン(CHI)を異なる含量で含む水性または水性アルコール懸濁液のゲル化から得られたCHI/CNF水性ゲル複合体の特性評価を行った。
【0051】
次の表4は、低角周波数で測定されたG'の定常値に対応する水性ゲルの平衡貯蔵係数G'及び異なる組成のセルロースナノファイバー(CNF)充填キトサン水性ゲル複合体の流体力学的方法で測定された損失係数G"を示す。
【表4】
表4中の調製経路「水性アルコール」は、水/1,2-プロパンジオール混合物を指す。
【0052】
表4から分かるように、水性アルコール懸濁液から得られたCHI/CNF水性ゲル複合体(表4、エントリ1~4)では、CNFの含量の増加に伴ってG'値の増加が観察された。一方、水性懸濁液から得られたCHI/CNF水性ゲルは、CNFの含量の増加に伴ったG'値の直線的な増加を示さないが、測定した該複合体のG'値は依然として高いことが観察された(表4、エントリ5~9)。
【0053】
従って、両方の調製経路においてもセルロースナノファイバー含量の増加に伴い、増強効果が観察される。水性アルコール懸濁液から得られた水性ゲルの場合、G"/G'値はセルロースナノファイバーの含量とともにわずかに減少し、G'の絶対値よりも正確により弾性的な挙動及びゲル強化を示す。
【実施例4】
【0054】
縫合試験
Flamingoらの方法(Biomacromolecules 2016, 17, 1662-1672)に従って縫合糸の引き裂きにおける抵抗試験により、実施例1に概説されたように調製され、分散されたセルロースファイバー(CNF)及びキトサン(CHI)を異なる含量で含み、水性または水性アルコール性懸濁液のゲル化から得られた水性ゲル複合体の縫合性を評価した。該方法では、縫合糸(Ethicon PDS II 4-0(1,5 Ph.Eur.))を用いて該水性ゲルの中で緩い縫合を行い、該水性ゲルが破損するまでに該縫合に加える力を徐々に増やしていく。水/1,2-プロパンジオール(水性アルコール経路)または水のみ(水性経路)を用いて、また、異なる含量のセルロースナノファイバー(CNF)を用いる2つの異なる処理方法で得られた水性ゲル複合体の極限縫合荷重への影響を調べた。
【0055】
次の表5は、異なる含量のセルロースナノファイバーの水性アルコール及び水性懸濁液のゲル化から得られたCHI/CNF水性ゲル複合体から観察した極限縫合力及びその水性ゲルパッチの厚さに基づいて基準化された値を示す。
【表5】
【0056】
表5から分かるように、CNFの含量が最高の場合(0.6 重量%)には基準極限縫合力が最も高かった(エントリ4では0.077 N.mm-1、エントリ8では0.14 N.mm-1)。極限縫合力の進化は、CNFの含量増加に伴って増加し、これは水性経路で得られた複合体の場合よりも顕著であった。
【0057】
従って、該縫合試験は、本発明の水性ゲル複合体の縫合力を実証している。該縫合力は、例えば半月板や軟骨の組織工学のための移植片としてうまく使用できるかどうかを評価するための重要なパラメーターである。
【実施例5】
【0058】
欠損組織における生体力の再構築
椎間板の生体力を再構築するために、3 重量%のキトサン及び0.4 重量%のセルロースナノファイバーを含み、水性アルコール経路で得られた懸濁液に由来の水性ゲルを線維輪に欠損のある椎間板の中に移植した。
【0059】
圧縮試験により生体力の再構築を調べた。図2は、健康な椎間板、損傷した椎間板及び水性ゲルを移植した椎間板の機械的応答として観察された圧縮応力-ひずみ曲線を示す。
【0060】
水性ゲルを移植した椎間板の曲線の線形弾性ゾーン(EZ)は、健常な椎間板とは類似し、損傷した椎間板よりも高い勾配値を示した。また、健康な椎間板、水性ゲルの移植をされた椎間板及び未処置の損傷した椎間板が破損した際の応力値は、それぞれ6.7、5.9及び5.0 MPaであった。これは、本発明の懸濁液から得られる水性ゲル複合体の損傷した椎間板の組織生体力を改善するための基本的な役割を示している。
図1a
図1b
図1c
図2