(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-10-04
(45)【発行日】2023-10-13
(54)【発明の名称】遺伝子組換え微生物及びこれを用いた目的物質の生産方法
(51)【国際特許分類】
C12N 1/21 20060101AFI20231005BHJP
C12N 15/60 20060101ALI20231005BHJP
C12N 9/88 20060101ALI20231005BHJP
C12N 1/15 20060101ALI20231005BHJP
C12N 1/19 20060101ALI20231005BHJP
C12N 5/10 20060101ALI20231005BHJP
C12P 7/46 20060101ALI20231005BHJP
C12P 13/06 20060101ALI20231005BHJP
C12P 13/04 20060101ALI20231005BHJP
C12N 15/53 20060101ALN20231005BHJP
【FI】
C12N1/21
C12N15/60
C12N9/88
C12N1/15
C12N1/19
C12N5/10
C12P7/46
C12P13/06 A
C12P13/04
C12N15/53
(21)【出願番号】P 2021513154
(86)(22)【出願日】2019-09-06
(86)【国際出願番号】 JP2019035286
(87)【国際公開番号】W WO2020208842
(87)【国際公開日】2020-10-15
【審査請求日】2022-09-02
(31)【優先権主張番号】P 2019076629
(32)【優先日】2019-04-12
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】512008233
【氏名又は名称】GreenEarthInstitute株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100168251
【氏名又は名称】矢上 礼宣
(72)【発明者】
【氏名】中屋敷 徹
【審査官】馬場 亮人
(56)【参考文献】
【文献】特表2008-513023(JP,A)
【文献】特開2006-320278(JP,A)
【文献】Biotechnol. Bioeng., 2018, 115(6), pp.1542-1551
【文献】J. Biosci. Bioeng., 2016, 121(2), pp.172-177
【文献】Appl. Environ. Microbiol., 2014, 80(4), pp.1388-1393
【文献】Eur. J. Biochem., 1997, 247(1), pp.74-81
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 1/21
C12N 15/60
C12N 9/88
C12N 1/15
C12N 1/19
C12N 5/10
C12P 7/46
C12P 13/06
C12P 13/04
C12N 15/53
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
GenBank/EMBL/DDBJ/GeneSeq
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
(p)遺伝子組換え微生物の菌体又はその菌体処理物を用いて目的物質を生成させること;並びに
(q)上記目的物質を回収すること、
を含み、
上記遺伝子組換え微生物は、下記の条件(I)~(III)の全てを充足するコリネ型細菌又はエシェリキア属菌であり、
上記目的物質は、上記遺伝子組換え微生物において左回りに代謝が進むTCAサイクルを介して生成される代謝産物であり、かつ上記TCAサイクル上の代謝物であるオキサロ酢酸又はフマル酸を少なくとも経由して生合成されるアスパラギン酸であり、又は該アスパラギン酸を経由して生合成される下流代謝産物である、
目的物質を生産する方法:
条件(I)上記遺伝子組換え微生物に対応する野生型微生物と比較して、還元条件又は嫌気条件下においてフマル酸からコハク酸への変換反応を触媒するフマル酸還元酵素活性が低減され又は不活化されていること;
条件(II)上記野生型微生物と比較して、乳酸デヒドロゲナーゼ活性が低減され又は不活化されていること;
条件(III)野生型ホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼ活性におけるアスパラギン酸によるフィードバック阻害に対し抵抗性を示す改変型ホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼ活性、又は上記野生型微生物が示す野生型ホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼ活性よりもアスパラギン酸によるフィードバック阻害に対する抵抗性が高い外来性ホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼ活性を有すること。
【請求項2】
工程(p)において、上記遺伝子組換え微生物が実質的に増殖しない程度に還元状態にある反応媒体(X)中で、該遺伝子組換え微生物の菌体又はその菌体処理物を反応させることにより上記目的物質を生成させる、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
(p)遺伝子組換え微生物の菌体又はその菌体処理物を用いて目的物質を生成させること;並びに
(q)上記目的物質を回収すること、
を含み、
上記遺伝子組換え微生物は、下記の条件(I)~(III)の全てを充足するコリネ型細菌又はエシェリキア属菌であり、
上記目的物質は、アスパラギン酸又はこれから誘導される代謝産物(但し、TCAサイクル上の代謝物を除く。)であり、
工程(p)において、上記遺伝子組換え微生物が実質的に増殖しない程度に還元状態にある反応媒体(X)中で、該遺伝子組換え微生物の菌体又はその菌体処理物を反応させることにより上記目的物質を生成させる、
目的物質を生産する方法:
条件(I)上記遺伝子組換え微生物に対応する野生型微生物と比較して、還元条件又は嫌気条件下においてフマル酸からコハク酸への変換反応を触媒するフマル酸還元酵素活性が低減され又は不活化されていること;
条件(II)上記野生型微生物と比較して、乳酸デヒドロゲナーゼ活性が低減され又は不活化されていること;
条件(III)野生型ホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼ活性におけるアスパラギン酸によるフィードバック阻害に対し抵抗性を示す改変型ホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼ活性、又は上記野生型微生物が示す野生型ホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼ活性よりもアスパラギン酸によるフィードバック阻害に対する抵抗性が高い外来性ホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼ活性を有すること。
【請求項4】
上記反応媒体(X)の酸化還元電位が、-200ミリボルトから-500ミリボルトの範囲にある所定の値である、請求項2又は3に記載の方法。
【請求項5】
上記反応媒体(X)が糖類を含む、請求項2~4の何れか1項に記載の方法。
【請求項6】
上記反応媒体(X)がグルコースを含む、請求項2~5の何れか1項に記載の方法。
【請求項7】
上記遺伝子組換え微生物は、コリネ型細菌であり、かつsdhC、sdhA、sdhB及びSdhDからなる群から選択される少なくとも1つの遺伝子が不活化されていることにより条件(I)を充足するものである、請求項1~6の何れか1項に記載の方法。
【請求項8】
上記遺伝子組換え微生物は、エシェリキア属菌であり、かつfrdD、frdC、frdB及びfrdAからなる群から選択される少なくとも1つ遺伝子が不活化されていることにより条件(I)を充足するものである、請求項1~6の何れか1項に記載の方法。
【請求項9】
工程(p)の前に、
(p’)所定の培地(Y)中で、好気条件下に、上記遺伝子組換え微生物を予め培養し及び増殖させること、
をさらに含み、工程(p’)において増殖させた該遺伝子組換え微生物の菌体又はその菌体処理物を工程(p)に供試する、請求項1~8の何れか1項に記載の方法。
【請求項10】
上記目的物質が、アスパラギン酸、ベータアラニン、又はアスパラギンである、請求項1~9の何れか1項に記載の方法。
【請求項11】
上記遺伝子組換え微生物は、さらに、条件(IV)として、上記野生型微生物と比較して、ピルビン酸:キノンオキシドレダクターゼが低減され又は不活化されていることを充足する、請求項1~10の何れか1項に記載の方法。
【請求項12】
コリネバクテリウム属に属する微生物が保有する野生型ホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼのアミノ酸配列に対して、該野生型ホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼ活性におけるアスパラギン酸によるフィードバック阻害を低減し得る少なくとも1つのアミノ酸変異を有し、
該少なくとも1つのアミノ酸変異が、配列番号2に示すアミノ酸配列を基準として、下記の(g)に示すアミノ酸置換と、下記の(i)、(k)又は(l)に示すアミノ酸置換を含み、かつ下記の(g)、(i)、(k)及び(l)の何れか1つに規定のアミノ酸置換のみを有してなるタンパク質よりも、アスパラギン酸によるフィードバック阻害に対する抵抗性が高く、
下記の(J)又は(L)に示すアミノ酸配列を有する、
変異型ホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼ:
(g)第299番目のアスパラギン酸に相当するアミノ酸のアスパラギンへのアミノ酸置換;
(i)第813番目のリシンに相当するアミノ酸のセリンへのアミノ酸置換;
(k)第873番目のアルギニンに相当するアミノ酸のセリンへのアミノ酸置換;及び
(l)第917番目のアスパラギンに相当するアミノ酸のグリシンへのアミノ酸置換、
(J)配列番号2~11の何れか1つに示すアミノ酸配列において、上記アミノ酸置換を導入してなるアミノ酸配列;
(L)上記(J)に規定のアミノ酸配列に対して少なくとも90%の配列同一性を有するアミノ酸配列(但し、上記各アミノ酸置換は維持されているものとする。)。
【請求項13】
上記(J)に規定のアミノ酸配列は、配列番号2に示すアミノ酸配列に対して、上記アミノ酸置換を導入してなるアミノ酸配列である、請求項12に記載の変異型ホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼ。
【請求項14】
請求項12又は13に記載の変異型ホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼをコードする核酸。
【請求項15】
DNA断片である、請求項14に記載の核酸。
【請求項16】
請求項14又は15に記載の核酸が導入された、遺伝子組換え微生物。
【請求項17】
グラム陽性菌に属する遺伝子組換え微生物である、請求項16に記載の遺伝子組換え微生物。
【請求項18】
コリネ型細菌に属する遺伝子組換え微生物である、請求項17に記載の遺伝子組換え微生物。
【請求項19】
グラム陰性菌に属する遺伝子組換え微生物である、請求項16に記載の遺伝子組換え微生物。
【請求項20】
エシェリキア属に属する遺伝子組換え微生物である、請求項19に記載の遺伝子組換え微生物。
【請求項21】
上記核酸は、上記遺伝子組換え微生物の細胞内において上記変異型ホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼを発現せしめる形態を有するものであり、
下記の条件(I)~(III)の全てを充足する、請求項18又は20に記載の遺伝子組換え微生物:
条件(I)上記遺伝子組換え微生物に対応する野生型微生物と比較して、還元条件又は嫌気条件下においてフマル酸からコハク酸への変換反応を触媒するフマル酸還元酵素活性が低減され又は不活化されていること;
条件(II)上記野生型微生物と比較して、乳酸デヒドロゲナーゼ活性が低減され又は不活化されていること;
条件(III)野生型ホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼ活性におけるアスパラギン酸によるフィードバック阻害に対し抵抗性を示す改変型ホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼ活性を有すること。
【請求項22】
上記核酸は、上記遺伝子組換え微生物の細胞内において上記変異型ホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼを発現せしめる形態を有し、
sdhC、sdhA、sdhB及びSdhDからなる群から選択される少なくとも1つの遺伝子、並びにLDH遺伝子が不活化されている、請求項18に記載の遺伝子組換え微生物。
【請求項23】
上記核酸は、上記遺伝子組換え微生物の細胞内において上記変異型ホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼを発現せしめる形態を有し、
frdD、frdC、frdB及びfrdAからなる群から選択される少なくとも1つの遺伝子、並びにLDH遺伝子が不活化されている、請求項20に記載の遺伝子組換え微生物。
【請求項24】
pflA、pflB、pflC及びpflDからなる群から選択される少なくとも1つの遺伝子が不活化されている、請求項23に記載の遺伝子組換え微生物。
【請求項25】
さらに、条件(IV)として、上記遺伝子組換え微生物に対応する野生型微生物と比較して、ピルビン酸:キノンオキシドレダクターゼが低減され又は不活化されていることを充足する、請求項21~24の何れか1項に記載の遺伝子組換え微生物。
【請求項26】
エシェリキア属に属する遺伝子組換え微生物であり、さらに、条件(V)として、上記野生型微生物と比較して、ピルビン酸ギ酸リアーゼ活性が低減され又は不活化されていることを充足する、請求項21及び23~25の何れか1項に記載の遺伝子組換え微生物。
【請求項27】
(p)請求項21~26の何れか1項に記載の遺伝子組換え微生物を用いて目的物質を生成させること;並びに
(q)上記目的物質を回収すること、
を含み、
上記目的物質は、アスパラギン酸又はこれから誘導される代謝産物(但し、TCAサイクル上の代謝物を除く。)であり、
工程(p)において、上記遺伝子組換え微生物が実質的に増殖しない程度に還元状態にある反応媒体(X)中で、該遺伝子組換え微生物の菌体又はその菌体処理物を反応させることにより上記目的物質を生成させる、
目的物質を生産する方法。
【請求項28】
下記の条件(I)~(III)の全てを充足するコリネ型細菌又はエシェリキア属菌であり、
左回りに代謝が進むTCAサイクルを介し、かつ該TCAサイクル上の代謝物であるオキサロ酢酸又はフマル酸を少なくとも経由してアスパラギン酸を産生する生合成経路、又は該アスパラギン酸を経由して下流代謝産物を産生する生合成経路を有する、
遺伝子組換え微生物:
条件(I)上記遺伝子組換え微生物に対応する野生型微生物と比較して、還元条件又は嫌気条件下においてフマル酸からコハク酸への変換反応を触媒するフマル酸還元酵素活性が低減され又は不活化されていること;
条件(II)上記野生型微生物と比較して、乳酸デヒドロゲナーゼ活性が低減され又は不活化されていること;
条件(III)野生型ホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼ活性におけるアスパラギン酸によるフィードバック阻害に対し抵抗性を示す改変型ホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼ活性、又は上記野生型微生物が示す野生型ホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼ活性よりもアスパラギン酸によるフィードバック阻害に対する抵抗性が高い外来性ホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼ活性を有すること。
【請求項29】
下記の条件(I)~(III)の全てを充足するコリネ型細菌又はエシェリキア属菌であり、
実質的に増殖しない程度に還元状態にある反応媒体(X)中で、アスパラギン酸又はこれから誘導される代謝産物(但し、TCAサイクル上の代謝物を除く。)を産生する生合成経路を有する、遺伝子組換え微生物:
条件(I)上記遺伝子組換え微生物に対応する野生型微生物と比較して、還元条件又は嫌気条件下においてフマル酸からコハク酸への変換反応を触媒するフマル酸還元酵素活性が低減され又は不活化されていること;
条件(II)上記野生型微生物と比較して、乳酸デヒドロゲナーゼ活性が低減され又は不活化されていること;
条件(III)野生型ホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼ活性におけるアスパラギン酸によるフィードバック阻害に対し抵抗性を示す改変型ホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼ活性、又は上記野生型微生物が示す野生型ホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼ活性よりもアスパラギン酸によるフィードバック阻害に対する抵抗性が高い外来性ホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼ活性を有すること。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、乳酸デヒドロゲナーゼ酵素活性、コハク酸デヒドロゲナーゼ酵素活性又はフマル酸還元酵素活性等の所定の酵素活性が低減され又は不活化され、かつアスパラギン酸によるフィードバック阻害に対し抵抗性を示す改変型ホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼ活性を有する遺伝子組換え微生物、並びにこれを用いた物質の生産方法に関する。
なお、本願は、2019年4月12日付けで日本国特許庁に提出された日本国特許出願No.JP2019-76629(特願2019-76629)に基いて優先権を主張するものであり、上記日本国特許出願の内容は、あらゆる目的において本明細書で援用される。
【背景技術】
【0002】
微生物を用いた物質生産技術では、植物由来の糖から目的物質の産生に関与する代謝系において、遺伝子組換え技術等を利用して代謝酵素の活性を強化し、あるいは一部の代謝酵素の活性を不活化するなどして、様々な目的物質の生産効率を向上させる試みが為されている。例えば、多くのアミノ酸については、このような技術による微生物を使った生産が商用レベルで行われている。
【0003】
一方、石油由来の原料から作られているアミノ酸も存在する。例えば、医療品、食品添加物、人工甘味料等に利用されるアスパルテーム、及び生分解性樹脂であるポリアスパラギン酸の原料などに幅広く利用されているアスパラギン酸の工業生産では、石油から大量に安価に合成されるフマル酸が原料として用いられている。より詳細には、このように石油から合成したフマル酸に、アンモニアを加え、これに微生物が産生するアスパルターゼ酵素を作用させることにより、アスパラギン酸を合成する方法が採用されている。現在では、高いアスパルターゼの活性をもつ大腸菌をk-カラギーナンで固定化して連続酵素反応を行うことが一般的となっている。しかし、1973年に旧田辺製薬株式会社が、この手法を確立した後、この分野では大きな技術革新が起こっていないのが現状である。
【0004】
ところで、微生物発酵を含む生物工学的手法により、フマル酸より安価な炭素源であるブドウ糖からアスパラギン酸を生産し得る技術開発についての報告は、数少ないのが現状である。強いて例を挙げると、そのほとんどが、アスパラギン酸デヒロゲナーゼを用いた手法に関するものに限られる。
【0005】
例えば、特許文献1には、バシラス・ズブチリス由来のアスパラギン酸デヒロゲナーゼに対して、変異を導入することにより酵素活性を高めた変異型アスパラギン酸デヒロゲナーゼ及びこれを用いたL-アスパラギン酸製造方法が記載されている。特許文献1に記載のL-アスパラギン酸製造方法は、実際上は、大腸菌に発現させた上記変異型アスパラギン酸デヒドロゲナーゼを精製し、精製した変異型酵素を用いてインビトロ酵素反応系でアスパラギン酸を生成させる手法を採用している。したがって、特許文献1に記載の方法は、厳密には、アスパラギン酸の発酵生産技術とは言えない。
【0006】
さらに、より発酵生産に適したアスパラギン酸デヒロゲナーゼの探索も行われており、例えば、特許文献2では、常温でも高い触媒活性を発揮する、シュードモナス・エルギノーザPA01株やラルストニア・ユートロファJM134株由来のアスパラギン酸デヒロゲナーゼを見いだしており、これらアスパラギン酸デヒドロゲナーゼを用いたL-アスパラギン酸製造方法が開示されている。より詳細には、特許文献2では、上記所定のアスパラギン酸デヒドロゲナーゼを発現する大腸菌をトルエン処理することにより酵素混合物を調製し、該酵素混合物を用いてインビトロ酵素法によりアスパラギン酸を製造したこと、並びに上記所定のアスパラギン酸デヒドロゲナーゼを導入した大腸菌を用い、コハク酸を基質とした培養発酵によりアスパラギン酸を生産したことが記載されている。特許文献2には、上記培養発酵において基質としてのコハク酸に代えて、クエン酸やグルコースを用いても、アスパラギン酸の生成が認められたと記載されているが、これら基質からのアスパラギン酸への転換効率や反応速度等の具体的なデータは何ら示されておらず、特許文献2に開示される技術がアスパラギン酸の工業生産に適したものと言えるのかについては疑問が多い。
【0007】
なお、特許文献2の背景技術の項には、特許文献3に開示される古細菌アーキオグロブス・フルジダス由来アスパラギン酸デヒドロゲナーゼを用いれば、アスパラギン酸を得ることが可能になると記載されるものの、特許文献2及び3の何れにおいても、上記アーキオグロブス・フルジダス由来アスパラギン酸デヒドロゲナーゼを用いてアスパラギン酸を実際に製造したことは記載されていない。
【0008】
さらに、特許文献4には、アスパラギン酸デヒドロゲナーゼを導入することによりL-アスパラギン酸又はこれから誘導される代謝産物を生産する腸内細菌科細菌、及び該細菌を用いたL-アスパラギン酸又はこれから誘導される代謝産物を製造する方法が開示されている。特許文献4に開示される細菌は、具体的には、エシェリキア・コリ(大腸菌)等に、サーモトーガ・マリチマやコリネバクテリウム・グルタミカム等に由来する各種異種性アスパラギン酸デヒドロゲナーゼ遺伝子を導入することにより得た組換え体である。特許文献4では、このような異種性アスパラギン酸デヒドロゲナーゼ遺伝子の導入により当該酵素活性を付与した大腸菌によれば、L-アスパラギン酸やその下流の代謝産物が一定程度増加し得ることが示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【文献】特開2006-254795号公報
【文献】特開2010-183860公報
【文献】特開2006-254730号公報
【文献】特表2013-516958公報
【文献】特開2007-43947公報
【文献】特開平8-70860公報
【文献】特表2003-503064公報
【非特許文献】
【0010】
【文献】Litsanov B,Kabus A,Brocker M, Bott M.Microb Biotechnol.2012 Jan;5(1):116-28.
【文献】Chen Z,Bommareddy RR,Frank D, Rappert S,Zeng AP. Appl Environ Microbiol. 2014 Feb;80(4):1388-93.
【文献】Wada M,Sawada K,Ogura K,Shimono Y,Hagiwara T,Sugimoto M,Onuki A,Yokota A.J Biosci Bioeng. 2016 Feb;121(2):172-7.
【文献】Yano M1,Izui K.Eur J Biochem. 1997 Jul 1;247(1):74-81.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
上述のとおり、アスパラギン酸は、医療品、食品添加物、人工甘味料として利用されるアスパルテーム、及び生分解性樹脂であるポリアスパラギン酸の原料などとして幅広く利用されている。これに加え、アスパラギン酸は、微生物において、例えば、βアラニン、アスパラギン等の更なる代謝物の中間物質として重要な役割を有しており、アスパラギン酸までの代謝系を強化することは、アスパラギン酸から派生する上記代謝物の発酵生産技術の開発においても重要と言える。
しかしながら、現在のアスパラギン酸の工業生産は、石油から大量に安価に合成されるフマル酸を原料にしているのが現状であり、バイオマス由来の糖を原料とした発酵技術によるアスパラギン酸の工業生産は未だ実現していない。
【0012】
上述のとおりアスパラギン酸の工業生産が未だ実現していない理由としては、工業的に汎用されている大腸菌やコリネ型細菌等の微生物を、アスパラギン酸生産菌株の作製に宿主として使用しても、アスパラギン酸デヒドロゲナーゼ遺伝子は宿主に対して外来遺伝子であることから、その発現に不具合が生じ、菌体内で意図する代謝経路が構築できないなどの問題が考えられる。出願人による研究開発においても、アスパラギン酸デヒドロゲナーゼの使用を実際に検討したが、同酵素タンパク質コード遺伝子を大腸菌やコリネ型細菌に導入しても、菌体内で思うようにアスパラギン酸を生成する菌株を作製することはできなかった。実際上、上述のとおり、アスパラギン酸デヒロゲナーゼを用いたアスパラギン酸の発酵生産の技術の報告は、その数も少ない上、工業生産に応用できる程度の生産効率を実現したものは存在せず、実際に工業化されたという報告もない。
【0013】
よって、本発明の課題は、アスパラギン酸デヒドロゲナーゼを用いる上記従来法に代えて、微生物による直接発酵により糖源からアスパラギン酸又はこれに派生する代謝物の生産を可能にし、かつ工業生産に応用し得る程度の生産効率を実現し得る技術を提供することにある。
【0014】
なお、特許文献4には、各種異種性のアスパラギン酸デヒドロゲナーゼを有するように改変した大腸菌等を用いたL-アスパラギン酸又はその下流の代謝産物を製造する方法が記載されており、追加的に、α-ケトグルタル酸デヒドロゲナーゼ等の一部代謝酵素を不活化させ、さらにホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼ等の一部代謝酵素を強化させることについて記載がある。しかしながら、特許文献4に開示される技術は、そもそも、各種異種性のアスパラギン酸デヒドロゲナーゼを大腸菌等で発現させることに依存する技術であるあるから、菌体内においてその異種性酵素タンパク質の十分な発現量を実現することは困難と言える。したがって、特許文献4には、工業生産に応用できるアスパラギン酸や関連代謝物の発酵生産に関する知見は記載も示唆されていない。
【0015】
特許文献5には、乳酸デヒドロゲナーゼが不活化されたコリネ型細菌を用いたアミノ酸の生産方法が開示されている。しかしながら、そもそも、特許文献5は、総アミノ酸の生産に注目した技術であり、同特許文献には、工業生産に応用できるアスパラギン酸や関連代謝物の発酵生産に関する知見は記載も示唆もされていない。
【0016】
特許文献6には、エシェリキア・コリ由来のホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼにおいて、ホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼのアスパラギン酸によるフィードバック阻害を解除する変異を有する変異型ホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼを導入した大腸菌及びコリネバクテリウム・グルタミカムを作製したこと、並びにこれらを用いて各種アミノ酸を製造したことが開示されている。しかしながら、特許文献6には、実際にはグルタミン酸やリジンを生産したことしか記載されておらず、工業生産に応用できるアスパラギン酸や関連代謝物の発酵生産に関する知見は記載も示唆もされていない。
【0017】
特許文献7には、アルファルファに由来し、補酵素としてアセチルCoAを必要とせず、かつアスパラギン酸によるフィードバック阻害に対して減感作された性質が付与された改変型ホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼ遺伝子を導入したコリネバクテリウム・グルタミカム等の組換え細菌が開示されており、形式上、該組換え細菌を用いるアミノ酸の生産方法も記載されている。しかしながら、特許文献7には、実際にはリジンを生産したことしか記載されておらず、工業生産に応用できるアスパラギン酸や関連代謝物の発酵生産に関する知見は記載も示唆もされていない。
【0018】
非特許文献1には、コリネバクテリウム・グルタミカムにおいて、コハク酸デヒドロゲナーゼ(SDH)、ピルビン酸:キノンオキシドレダクターゼ(PQO)等の所定の代謝酵素を不活化し、かつ所定の一アミノ酸置換を導入した変異型ピルビン酸カルボキシラーゼと、野生型ホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼとを過剰発現させると、コハク酸の生産量が向上したことが示されている。非特許特許文献1は、コハク酸の生産に注目する技術を開示する文献であるから、工業生産に応用できるアスパラギン酸や関連代謝物の発酵生産に関する知見は記載も示唆もされていない。
【0019】
非特許文献2には、コリネバクテリウム・グルタミカム由来のホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼに対して、N917G等の所定の一アミノ酸置換を施した場合において、その酵素活性を維持しつつ、野生型と比較して、アスパラギン酸等によるフィードバック阻害が減じられること、並びに上記一アミノ酸変異が施された変異型ppcを導入したコリネバクテリウム・グルタミカムにおいてリシンの生産量が向上することが示されている。非特許文献2には、上記変異型ppcを単に用いたリシンの生産しか示されていないのであるから、工業生産に応用できるアスパラギン酸や関連代謝物の発酵生産に関する知見は記載も示唆もされていない。
【0020】
非特許文献3には、コリネバクテリウム・グルタミカム由来のホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼに対して、D299N等の所定の一アミノ酸置換を施した場合において、酵素活性を維持しつつ、野生型と比較して、アスパラギン酸やα-ケトグルタル酸等によるフィードバック阻害が減じられること、並びに上記一アミノ酸置換が施された変異型ppcを導入したコリネバクテリウム・グルタミカムにおいてグルタミン酸やアスパラギン酸の生産量が向上することが示されている。しかしながら、本発明者が、再現試験により確認したところ、非特許文献3に記載の上記変異型ppcを導入したコリネバクテリウム・グルタミカムでは、十分な量のアスパラギン酸の生産量を実現することはできなかった(例えば、下記の実施例の項を参照)。したがって、非特許文献3は、工業生産に応用できるアスパラギン酸や関連代謝物の発酵生産に関する知見を記載する文献ではない。
【0021】
非特許文献4には、エシェリキア・コリ由来のホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼに対し、第620番目のリシンがセリンに置換された変異型酵素は、アスパラギン酸及びリンゴ酸によるフィードバック阻害が減じられた性質を示すことが記載されている。非特許文献4は、エシェリキア・コリ由来のホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼについて、上記フィードバック阻害に対するアミノ酸変異の影響を、酵素反応速度論の観点から、精製組換え酵素を用いたインビトロアッセイにより調べた単なる学術論文である。したがって、非特許文献4は、工業生産に応用できるアスパラギン酸や関連代謝物の発酵生産に関する知見を記載する文献ではない。
【課題を解決するための手段】
【0022】
本発明者は、上記課題を解決するため鋭意検討した結果、微生物において、コハク酸デヒドロゲナーゼ活性又はフマル酸還元酵素活性、乳酸デヒドロゲナーゼ活性等の所定の酵素活性を不活化すると共に、アスパラギン酸によるフィードバック阻害に対し抵抗性を示す改変型ホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼ活性を付与すると、アスパラギン酸やその関連代謝産物の生成効率が向上することを見出した。本発明は、係る知見により完成されたものである。
【0023】
即ち、本発明によれば、以下が提供される。
[1]下記の条件(I)、(II)及び(IV)のうちの少なくとも1つを充足し、かつ下記の条件(III)を充足する、遺伝子組換え微生物:
条件(I)上記遺伝子組換え微生物に対応する野生型微生物と比較して、コハク酸デヒドロゲナーゼ活性又はフマル酸還元酵素活性が低減され又は不活化されていること;
条件(II)上記野生型微生物と比較して、乳酸デヒドロゲナーゼ活性が低減され又は不活化されていること;
条件(III)野生型ホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼ活性におけるアスパラギン酸によるフィードバック阻害に対し抵抗性を示す改変型ホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼ活性、又は上記野生型微生物が示す野生型ホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼ活性よりもアスパラギン酸によるフィードバック阻害に対する抵抗性が高い外来性ホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼ活性を有すること;
条件(IV)上記野生型微生物と比較して、ピルビン酸:キノンオキシドレダクターゼ活性が低減され又は不活化されていること。
ここで、いくつか実施形態においては、条件(I)、(II)及び(IV)のうちの少なくとも2つの条件を充足してもよく、特定の実施形態においては、条件(I)及び(II)の両方、条件(I)及び(IV)の両方、又は条件(II)及び(IV)の両方を充足してもよい。
【0024】
[2]下記の条件(I)~(III)の全てを充足する、遺伝子組換え微生物:
条件(I)上記遺伝子組換え微生物に対応する野生型微生物と比較して、コハク酸デヒドロゲナーゼ活性又はフマル酸還元酵素活性が低減され又は不活化されていること;
条件(II)上記野生型微生物と比較して、乳酸デヒドロゲナーゼ活性が低減され又は不活化されていること;
条件(III)野生型ホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼ活性におけるアスパラギン酸によるフィードバック阻害に対し抵抗性を示す改変型ホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼ活性、又は上記野生型微生物が示す野生型ホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼ活性よりもアスパラギン酸によるフィードバック阻害に対する抵抗性が高い外来性ホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼ活性を有すること。
【0025】
[3]さらに、条件(IV)として、上記野生型微生物と比較して、ピルビン酸:キノンオキシドレダクターゼが低減され又は不活化されている、[2]に記載の遺伝子組換え微生物。
【0026】
[4]細菌由来の変異型ホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼをコードする核酸が、該変異型ホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼを発現可能な形態で導入されており、該変異型ホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼは、上記遺伝子組換え微生物に対して条件(III)を充足せしめる少なくとも1つのアミノ酸変異を有する、[1]~[3]の何れか1つに記載の遺伝子組換え微生物。
なお、本発明においては、[4]において「細菌由来の変異型ホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼをコードする核酸」を「微生物、植物、原核生物又は細菌由来の外来性ホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼをコードする核酸」と読み替えることによる実施形態も採用され得る。
【0027】
[5]上記変異型ホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼは、コリネ型細菌に由来するものである、[4]に記載の遺伝子組換え微生物。
[6]上記変異型ホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼは、コリネバクテリウム属に属する細菌に由来するものである、[4]又は[5]に記載の遺伝子組換え微生物。
【0028】
[7]上記変異型ホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼにおける上記少なくとも1つのアミノ酸変異は、配列番号2に示すアミノ酸配列を基準として下記の(a)~(f)に示すアミノ酸置換からなる群から選択される少なくとも1つを含む、[4]~[6]の何れか1つに記載の遺伝子組換え微生物:
(a)第299番目のアスパラギン酸に相当するアミノ酸の所定のアミノ酸へのアミノ酸置換(ただし、置換後のアミノ酸はアスパラギン酸ではないものとし、好ましくはアラニン、アスパラギン、グリシン又はセリンへのアミノ酸置換である。);
(b)第653番目のリシンに相当するアミノ酸の所定のアミノ酸へのアミノ酸置換(ただし、置換後のアミノ酸はリシンではないものとし、好ましくはアラニン、アスパラギン、又はセリンへのアミノ酸置換である。);
(c)第813番目のリシンに相当するアミノ酸の所定のアミノ酸へのアミノ酸置換(ただし、置換後のアミノ酸はリシンではないものとし、好ましくはアラニン、アスパラギン、グリシン又はセリンへのアミノ酸置換である。);
(d)第869番目のセリンに相当するアミノ酸の所定のアミノ酸へのアミノ酸置換(ただし、置換後のアミノ酸はセリンではないものとし、好ましくはアラニン、アスパラギン、又はグリシンへのアミノ酸置換である。);
(e)第873番目のアルギニンに相当するアミノ酸の所定のアミノ酸へのアミノ酸置換(ただし、置換後のアミノ酸はアルギニンではないものとし、好ましくはアラニン、アスパラギン、グリシン又はセリンへのアミノ酸置換である。);及び
(f)第917番目のアスパラギンに相当するアミノ酸の所定のアミノ酸へのアミノ酸置換(ただし、置換後のアミノ酸はアスパラギンではないものとし、好ましくはアラニン、フェニルアラニン、グリシン又はセリンへのアミノ酸置換である。)、
ただし、上記(a)~(f)において、置換前のアミノ酸と置換後のアミノ酸とは異なるものとする。
【0029】
[8]上記変異型ホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼにおける上記少なくとも1つのアミノ酸変異は、配列番号2に示すアミノ酸配列を基準として下記の(g)~(l)に示すアミノ酸置換からなる群から選択される少なくとも1つを含む、[4]~[7]の何れか1つに記載の遺伝子組換え微生物:
(g)第299番目のアスパラギン酸に相当するアミノ酸のアスパラギンへのアミノ酸置換;
(h)第653番目のリシンに相当するアミノ酸のセリンへのアミノ酸置換;
(i)第813番目のリシンに相当するアミノ酸の所定のアミノ酸へのアミノ酸置換(ただし、置換後のアミノ酸はリシンではないものとし、好ましくはグリシン又はセリンへのアミノ酸置換である。);
(j)第869番目のセリンに相当するアミノ酸のグリシンへのアミノ酸置換;
(k)第873番目のアルギニンに相当するアミノ酸のグリシンへのアミノ酸置換;及び
(l)第917番目のアスパラギンに相当するアミノ酸の所定のアミノ酸へのアミノ酸置換(ただし、置換後のアミノ酸はアスパラギンではないものとし、好ましくはアラニン、フェニルアラニン、グリシン又はセリンへのアミノ酸置換である。)。
【0030】
[9]上記変異型ホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼにおける上記少なくとも1つのアミノ酸変異は、上記(g)に示すアミノ酸置換と、上記(h)~(l)に示すアミノ酸置換のうちの少なくとも1つとを含む、[8]に記載の遺伝子組換え微生物。
[10]上記変異型ホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼにおける上記少なくとも1つのアミノ酸変異は、上記(g)に示すアミノ酸置換と、上記(i)又は(l)に示すアミノ酸置換とを含む、[8]又は[9]に記載の遺伝子組換え微生物。
【0031】
[11]上記変異型ホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼが、下記の(A)、(B)及び(C)の何れか1つに示すアミノ酸配列を有する、[4]~[10]の何れか1つに記載の遺伝子組換え微生物:
(A)配列番号2~13(好ましくは配列番号2~12、より好ましくは配列番号2~11)の何れか1つに示すアミノ酸配列に対して、上記少なくとも1つのアミノ酸置換を導入してなるアミノ酸配列;
(B)上記(A)に規定のアミノ酸配列において、1又は複数のアミノ酸が欠失、置換及び/又は付加されたアミノ酸配列(但し、上記少なくとも1つのアミノ酸置換は維持されているものとする。);
(C)上記(A)に規定のアミノ酸配列に対して少なくとも60%の配列同一性を有するアミノ酸配列(但し、上記少なくとも1つのアミノ酸置換は維持されているものとする。)。
【0032】
[12]上記(A)に規定のアミノ酸配列は、配列番号2に示すアミノ酸配列に対して、上記少なくとも1つのアミノ酸置換を導入してなるアミノ酸配列である、[11]に記載の遺伝子組換え微生物。
[13]上記変異型ホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼは、配列番号2に示すアミノ酸配列に対して、上記少なくとも1つのアミノ酸置換を導入してなるアミノ酸配列を有する、[4]~[12]の何れか1つに記載の遺伝子組換え微生物。
【0033】
[14]コリネ型細菌に属する微生物が保有する野生型ホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼのアミノ酸配列に対して、該野生型ホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼ活性におけるアスパラギン酸によるフィードバック阻害を低減し得るアミノ酸変異を有し、
該アミノ酸変異が、配列番号2に示すアミノ酸配列を基準として、
(g)第299番目のアスパラギン酸に相当するアミノ酸のアスパラギンへのアミノ酸置換と、
(i)第813番目のリシンに相当するアミノ酸の所定のアミノ酸へのアミノ酸置換(ただし、置換後のアミノ酸はリシンではないものとする。);又は
(l)第917番目のアスパラギンに相当するアミノ酸の所定のアミノ酸へのアミノ酸置換(ただし、置換後のアミノ酸はアスパラギンではないものとする。)と、
を少なくとも含み、
上記野生型ホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼのアミノ酸配列に対して、上記(g)、(i)又は(l)に規定のアミノ酸置換のみを有してなるタンパク質よりも、アスパラギン酸によるフィードバック阻害に対する抵抗性が高い、
変異型ホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼ。
ここで、[14]に係る変異型ホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼにおいては、上記(i)において、第813番目のリシンに相当するアミノ酸は、アラニン、アスパラギン、グリシン又はセリンに置換されることが好ましく、さらにグリシン又はセリンに置換されることがより好ましく、さらにセリンに置換されることが最も好ましい。さらに、上記(l)において、第917番目のアスパラギンに相当するアミノ酸は、アラニン、フェニルアラニン、グリシン又はセリンに置換されることが好ましく、フェニルアラニン又はグリシンに置換されることがより好ましい。
【0034】
[15]コリネバクテリウム属に属する微生物が保有する野生型ホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼのアミノ酸配列に対して、上記アミノ酸変異を有する、[14]に記載の変異型ホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼ。
【0035】
[16]下記の(J)、(K)及び(L)の何れか1つに示すアミノ酸配列を有する、[14]又は[15]に記載の変異型ホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼ:
(J)配列番号2~13(好ましくは配列番号2~12、より好ましくは配列番号2~11)の何れか1つに示すアミノ酸配列において、上記アミノ酸置換を導入してなるアミノ酸配列;
(K)上記(J)に規定のアミノ酸配列において、1又は複数のアミノ酸が欠失、置換及び/又は付加されたアミノ酸配列(但し、上記アミノ酸置換は維持されているものとする。);
(L)上記(J)に規定のアミノ酸配列に対して少なくとも60%の配列同一性を有するアミノ酸配列(但し、上記アミノ酸置換は維持されているものとする。)。
【0036】
[17]上記(J)に規定のアミノ酸配列は、配列番号2に示すアミノ酸配列に対して、上記アミノ酸置換を導入してなるアミノ酸配列である、[16]に記載の変異型ホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼ。
[18]配列番号2~13(好ましくは配列番号2~12、より好ましくは配列番号2~11)の何れか1つに示すアミノ酸配列に対して、上記アミノ酸置換を導入してなるアミノ酸配列を有する、[14]~[17]の何れか1つに記載の変異型ホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼ。
【0037】
[19][14]~[18]の何れか1つに記載の変異型ホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼをコードする核酸。
[20]DNA断片である、[19]に記載の核酸。
【0038】
[21][19]又は[20]に記載の核酸が導入された、遺伝子組換え微生物。
【0039】
[22]下記の条件(I)又は(II)を充足し、かつ条件(III)を充足する、[21]に記載の遺伝子組換え微生物:
条件(I)上記遺伝子組換え微生物に対応する野生型微生物と比較して、コハク酸デヒドロゲナーゼ活性又はフマル酸還元酵素活性が低減され又は不活化されていること;
条件(II)上記野生型微生物と比較して、乳酸デヒドロゲナーゼ活性が低減され又は不活化されていること;
条件(III)野生型ホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼ活性におけるアスパラギン酸によるフィードバック阻害に対し抵抗性を示す改変型ホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼ活性、又は上記野生型微生物が示す野生型ホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼ活性よりもアスパラギン酸によるフィードバック阻害に対する抵抗性が高い外来性ホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼ活性を有すること。
【0040】
[23]条件(I)及び(II)の両方の条件を充足する[22]に記載の遺伝子組換え微生物。
[24]条件(I)~(III)の全ての条件を充足する、[22]又は[23]に記載の遺伝子組換え微生物。
【0041】
[25]条件(IV)として、上記遺伝子組換え微生物に対応する野生型微生物と比較して、ピルビン酸:キノンオキシドレダクターゼが低減され又は不活化されていることを充足する、[1]~[13]及び[21]~[24]の何れか1つに記載の遺伝子組換え微生物。
【0042】
[26]細菌に属する遺伝子組換え微生物である、[1]~[13]及び[21]~[25]の何れか1つに記載の遺伝子組換え微生物。
[27]グラム陽性菌に属する遺伝子組換え微生物である、[1]~[13]及び[21]~[26]の何れか1つに記載の遺伝子組換え微生物。
[28]コリネ型細菌に属する遺伝子組換え微生物である、[27]に記載の遺伝子組換え微生物。
[29]コリネバクテリウム属に属する遺伝子組換え微生物である、[28]に記載の遺伝子組換え微生物。
[30]コリネバクテリウム・グルタミカムの遺伝子組換え菌株である、[29]に記載の遺伝子組換え微生物。
[31]グラム陰性菌に属する遺伝子組換え微生物である、[1]~[13]及び[21]~[26]の何れか1つに記載の遺伝子組換え微生物。
[32]エシェリキア属に属する遺伝子組換え微生物である、[31]に記載の遺伝子組換え微生物。
[33]エシェリキア・コリの遺伝子組換え微生物である、[32]に記載の遺伝子組換え微生物。
[34]さらに、条件(V)として、上記野生型微生物と比較して、ピルビン酸ギ酸リアーゼ活性が低減され又は不活化されていることを充足する、[31]~[33]の何れか1つに記載の遺伝子組換え微生物。
【0043】
[35]上記遺伝子組換え微生物における条件(I)及び/又は条件(II)及び/又は条件(IV)及び/又は条件(V)の充足は、上記遺伝子組換え微生物の染色体DNA上において、コハク酸デヒドロゲナーゼ遺伝子若しくはフマル酸還元酵素遺伝子のコード領域、及び/又は乳酸デヒドロゲナーゼ遺伝子コード領域、及び/又はピルビン酸:キノンオキシドレダクターゼ遺伝子コード領域、及び/又はピルビン酸ギ酸リアーゼ遺伝子コード領域が、完全に又は部分的に破壊されていることにより実現される、[1]~[13]及び[21]~[34]の何れか1つに記載の遺伝子組換え微生物。
【0044】
[36]上記遺伝子組換え微生物における条件(I)及び/又は条件(II)及び/又は条件(IV)及び/又は条件(V)は、上記遺伝子組換え微生物の染色体DNA上において、コハク酸デヒドロゲナーゼ遺伝子若しくはフマル酸還元酵素遺伝子のコード領域、及び/又は乳酸デヒドロゲナーゼ遺伝子コード領域、及び/又はピルビン酸:キノンオキシドレダクターゼ遺伝子コード領域、及び/又はピルビン酸ギ酸リアーゼ遺伝子コード領域それぞれの上流に存在する遺伝子発現調節領域が、完全に又は部分的に破壊されていることにより実現される、[1]~[13]及び[21]~[35]の何れか1つに記載の遺伝子組換え微生物。
【0045】
[37](p)[1]~[13]及び[21]~[36]の何れか1つに記載の遺伝子組換え微生物の菌体又はその菌体処理物を用いて目的物質を生成させること;並びに
(q)上記目的物質を回収すること、
を含む、目的物質を生産する方法。
【0046】
[38]工程(p)において、上記遺伝子組換え微生物が実質的に増殖しない還元条件下の反応媒体(X)中で、該遺伝子組換え微生物の菌体又はその菌体処理物を反応させることにより目的物質を生成させる、[37]に記載の方法。
[39]上記反応媒体(X)の酸化還元電位が、-200ミリボルトから-500ミリボルトの範囲にある所定の値である、[38]に記載の方法。
[40]上記反応媒体(X)が糖類を含む、[38]又は[39]に記載の方法。
[41]上記反応媒体(X)がグルコースを含む、[38]~[40]の何れか1つに記載の方法。
【0047】
[42]工程(p)の前に、
(p’)所定の培地(Y)中で、好気条件下に、上記遺伝子組換え微生物を培養し及び増殖させること、
をさらに含み、工程(p’)において増殖させた該遺伝子組換え微生物の菌体又はその菌体処理物を工程(p)に供試する、[37]~[41]の何れか1つに記載の方法。
【0048】
[43]上記目的物質が、オキサロ酢酸、リンゴ酸又は生合成経路上これらの化合物を経由する代謝産物である、[37]~[42]の何れか1つに記載の方法。
[44]上記目的物質が、アスパラギン酸又はこれから誘導される代謝産物である、[37]~[43]の何れか1つに記載の方法。
[45]上記目的物質が、アスパラギン酸、ベータアラニン、又はアスパラギンである、[37]~[44]の何れか1つに記載の方法。
【発明の効果】
【0049】
本発明によれば、アスパラギン酸や、これから派生する代謝経路で生成される代謝物の生成効率を向上させ、その結果、目的物質の収率を向上させることができる。加えて、本発明によれば、糖類等の出発基質の目的物質への変換効率を向上させ、その結果、バイオプロセスの省エネルギー化、コスト削減、効率的な物質生産を実現することができる。
以下、本発明の態様においてさらに採用し得る実施形態ないし変形例を例示すると共に、本発明の利点及び効果についても言及する。
【図面の簡単な説明】
【0050】
【
図1】本発明の幾つかの実施形態において採用され得る代謝経路を示す図である。
【
図2A】実施例で用いたPCRプライマーと各遺伝子との位置関係を模式的に示した図である。
【
図2B】実施例で用いたPCRプライマーと各遺伝子との位置関係を模式的に示した図である。
【
図2C】実施例で用いたPCRプライマーと各遺伝子との位置関係を模式的に示した図である。
【
図3A】各種野生型ホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼタンパク質配列についてマルチプルアライメント解析を行った結果の一部を示す図である。
【
図3B】
図3Aにおけるマルチプルアライメント解析で得られた結果の別の一部を示す図である。
【
図3C】
図3Aにおけるマルチプルアライメント解析で得られた結果の更なる別の一部を示す図である。
【
図4】実施例における試験例1の結果を示す図である。
【
図5】実施例における試験例2の結果を示す図である。
【
図6】実施例における試験例3の結果を示す図である。
【
図7】実施例における試験例4の結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0051】
<遺伝子組換え微生物>
本発明の第一の態様によれば、以下の遺伝子組換え微生物が提供される。
下記の条件(I)、(II)及び(IV)のうちの少なくとも1つを充足し、かつ下記の条件(III)を充足する、遺伝子組換え微生物:
条件(I)上記遺伝子組換え微生物に対応する野生型微生物と比較して、コハク酸デヒドロゲナーゼ活性又はフマル酸還元酵素活性が低減され又は不活化されていること;
条件(II)上記野生型微生物と比較して、乳酸デヒドロゲナーゼ活性が低減され又は不活化されていること;
条件(III)野生型ホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼ活性におけるアスパラギン酸によるフィードバック阻害に対し抵抗性を示す改変型ホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼ活性、又は上記野生型微生物が示す野生型ホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼ活性よりもアスパラギン酸によるフィードバック阻害に対する抵抗性が高い外来性ホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼ活性を有すること;
条件(IV)上記野生型微生物と比較して、ピルビン酸:キノンオキシドレダクターゼ活性が低減され又は不活化されていること。
【0052】
さらに、本発明の第二の態様によれば、下記の遺伝子組換え微生物も提供される。
下記の条件(I)~(III)の全てを充足する、遺伝子組換え微生物:
条件(I)上記遺伝子組換え微生物に対応する野生型微生物と比較して、コハク酸デヒドロゲナーゼ活性又はフマル酸還元酵素活性が低減され又は不活化されていること;
条件(II)上記野生型微生物と比較して、乳酸デヒドロゲナーゼ活性が低減され又は不活化されていること;
条件(III)野生型ホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼ活性におけるアスパラギン酸によるフィードバック阻害に対し抵抗性を示す改変型ホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼ活性、又は上記野生型微生物が示す野生型ホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼ活性よりもアスパラギン酸によるフィードバック阻害に対する抵抗性が高い外来性ホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼ活性を有すること。
なお、以下、本発明の第一の態様に係る遺伝子組換え微生物と、発明の第二の態様に係る遺伝子組換え微生物とを、まとめて「本発明の遺伝子組換え微生物」又は「本発明に係る遺伝子組換え微生物」と言うことがある。
【0053】
本発明において、「遺伝子組換え微生物」は、字義通りに理解すれば足り、微生物に対して、何らかの遺伝子組換え操作を施したものであると理解すればよい。より詳細には、このような遺伝子組換え操作は、本発明の第一の態様並びに第二の態様に係る各遺伝子組換え微生物それぞれについて規定される範囲において、上述の条件(I)~(IV)を所定の組合せで実現せしめるものであり得る。
【0054】
本発明において「微生物」は、字義どおりに解釈すれば足り、より具体的には、本発明において「微生物」ないし「遺伝子組換え微生物」は、菌類、又は古細菌、シアノバクテリア細菌類等の原核生物であり得る。本発明において、「微生物」ないし「遺伝子組換え微生物」は、菌類又は細菌類であることが好ましく、細菌類であることがより好ましい。
【0055】
菌類としては、サッカロミケス属酵母(例えば、Saccharomyces cerevisiae)、シゾサッカロミケス属酵母(例えば、Schizosaccharomyces pombe)、ピチア属酵母(例えば、Pichia pastoris)、クルイウェロマイセス属酵母(Kluyveromyces lactis)、Hansenula polymorpha、ヤロウイア属酵母(例えば、Yarrowia lipolytica)、クリプトコッカス属菌類(例えば、Cryptococcus sp. S-2)、アスペルギルス属菌類(例えば、Aspergillus oryzae、)、Pseudozyma属菌類(例えば、Pseudozyma antarctica)等が挙げられる。Saccharomyces cerevisiae、Schizosaccharomyces pombe、Pichia pastoris等は、遺伝子組換え技術や異種蛋白質発現系が確立されていることから、本発明において都合よく利用できる。
【0056】
細菌類としては、例えば、エシェリキア属菌(例えば、Escherichia coli)、バチルス属菌(例えば、Bacillus subtilis)、ラクトバシラス属菌(例えば、Lactobacillus acidophilus)、クロストリジウム属菌(例えば、Clostridium thermocellum、Clostridium acetobutylicum)ロドシュードモナス属(例えば、Rhodopseudomonas palustris)、ロドバクター属菌(Rhodobacter capsulatus)、さらに下記に詳述のコリネ型細菌に属する細菌類が挙げられる。本発明における「微生物」ないし「遺伝子組換え微生物」は、遺伝子組換え技術やタンパク質発現系が既に確立されており、細胞が実質的に増殖しない還元条件下での物質生産を可能にするエシェリキア属菌又はコリネ型細菌であることが好ましく、より好ましくはエシェリキア・コリ又はコリネ型細菌であることが好ましく、最も好ましくはコリネバクテリウム属菌である。
【0057】
さらに、いくつかの実施形態においては、本発明に係る遺伝子組換え微生物は、グラム陽性菌(例えば、放線菌)に属する微生物である。さらに、別のいくつかの実施形態においては、本発明に係る遺伝子組換え微生物は、グラム陰性菌に属する微生物であってもよい。グラム陰性菌は、具体的には、プロテオバクテリア門に属する微生物であり、より詳細には、アルファ-、ベータ-、ガンマ-、デルタ-、イプシロン-若しくはゼータ-プロテオバクテリア綱に属する微生物、及びオリゴフレクスス綱に属する微生物を含む。本発明において好ましく利用できるグラム陰性菌の例としては、腸内細菌科、ビブリオ科又はシュードモナス科に属する微生物が挙げられる。
【0058】
ここで、「コリネ型細菌」とは、バージーズ・マニュアル・デターミネイティブ・バクテリオロジー(Bargey’s Manual of Determinative Bacteriology,第8巻,p.599、1974年)に定義されている一群の微生物を言う。
より詳細には、コリネ型細菌としては、コリネバクテリウム(Corynebacterium)属菌、ブレビバクテリウム(Brevibacterium)属菌、アースロバクター(Arthrobacter)属菌、マイコバクテリウム(Mycobacterium)属菌、マイクロコッカス(Micrococcus)属菌、マイクロバクテリウム(Microbacterium)属菌等が挙げられる。
【0059】
コリネバクテリウム属菌としては、例えば以下のような種及び菌株が挙げられる。
コリネバクテリウム・グルタミカム(Corynebacterium glutamicum)(例えば、FERM P-18976株、ATCC13032株、ATCC31831株、ATCC13058株、ATCC13059株、ATCC13060株、ATCC13232株、ATCC13286株、ATCC13287株、ATCC13655株、ATCC13745株、ATCC13746株、ATCC13761株、ATCC14020株);
コリネバクテリウム・アセトグルタミカム(Corynebacterium acetoglutamicum)(例えばATCC15806株);
コリネバクテリウム・アセトアシドフィラム(Corynebacterium acetoacidophilum)(例えばATCC13870株);
コリネバクテリウム・メラセコラ(Corynebacterium melassecola)(例えばATCC17965株);
コリネバクテリウム・エフィシエンス(Corynebacterium efficiens)(例えばYS-314株、YS-314T株(NBRC100395T株));
コリネバクテリウム・アルカノリティカム(Corynebacterium alkanolyticum)(例えばATCC21511株);
コリネバクテリウム・カルナエ(Corynebacterium callunae)(例えばATCC15991株、NBRC15359株、DSM20147株);
コリネバクテリウム・リリウム(Corynebacterium lilium)(例えばATCC15990株);
コリネバクテリウム・サーモアミノゲネス(コリネバクテリウム・エフィシエンス)(Corynebacterium thermoaminogenes (Corynebacterium efficiens))(例えばAJ12340株、FERM BP1539株);
コリネバクテリウム・ハーキュリス(Corynebacterium herculis)(例えばATCC13868株);
コリネバクテリウム・アンモニアゲネス(コリネバクテリウム・スタティオニス)(Corynebacterium ammoniagenes(Brevibacterium ammoniagenes)(例えばATCC6871株、ATCC6872株、DSM20306株、NBRC12071T株、NBRC12072株、NBRC12612T株);
コリネバクテリウム・ポリュティソリ(Corynebacterium pollutisoli);
コリネバクテリウム・マリナム(Corynebacterium marinum)(例えばDSM44953株);
コリネバクテリウム・フミリドゥセンス(Corynebacterium humireducens)(例えばNBRC106098株);
コリネバクテリウム・ハロトレランス(Corynebacterium halotolerans)(例えばYIM70093株);
コリネバクテリウム・デザーティ(Corynebacterium deserti)(例えばGIMN1.010株);
コリネバクテリウム・ドオサネンス(Corynebacterium doosanense)(例えばCAU212株、DSM45436株);
コリネバクテリウム・マリス(Corynebacterium maris)(例えばDSM45190株)。
【0060】
ブレビバクテリウム属菌の具体例としては、例えば以下の種及び菌株が挙げられる。
ブレビバクテリウム・ディバリカタム(Brevibacterium divaricatum)(例えばATCC14020株);
ブレビバクテリウム・フラバム(Brevibacterium flavum)[例えば、MJ-233(FERM BP-1497)株、MJ-233AB-41(FERM BP-1498)株、ATCC13826株、ATCC14067株、ATCC13826株];
ブレビバクテリウム・イマリオフィラム(Brevibacterium immariophilum)(例えばATCC14068株);
ブレビバクテリウム・ラクトファーメンタム(コリネバクテリウム・グルタミカム)(Brevibacterium lactofermentum (Corynebacterium glutamicum))(例えばATCC13869株);
ブレビバクテリウム・ロゼウム(Brevibacterium roseum)(例えばATCC13825株);
ブレビバクテリウム・サッカロリティカム(Brevibacterium saccharolyticum)(例えばATCC14066株);
ブレビバクテリウム・チオゲニタリス(Brevibacterium thiogenitalis)(例えばATCC19240株);
ブレビバクテリウム・アルバム(Brevibacterium album)(例えばATCC15111株);
ブレビバクテリウム・セリナム(Brevibacterium cerinum)(例えばATCC15112株)。
【0061】
アースロバクター属菌の具体例としては、例えば以下のような種及び菌株が挙げられる。
アースロバクター・グロビフォルミス(Arthrobacter globiformis)(例えば、ATCC8010株、ATCC4336株、ATCC21056株、ATCC31250株、ATCC31738株、ATCC35698株、NBRC3062株、NBRC12137T株)等が挙げられる。
【0062】
マイクロコッカス属菌の具体例としては、マイクロコッカス・フロイデンライヒ(Micrococcus freudenreichii)[例えば、No.239(FERM P-13221)株];マイクロコッカス・ルテウス(Micrococcus luteus)[例えば、NCTC2665株、No.240(FERM P-13222)株];マイクロコッカス・ウレアエ(Micrococcus ureae)(例えば、IAM1010株);マイクロコッカス・ロゼウス(Micrococcus roseus)(例えば、IFO3764株)等が挙げられる。
マイクロバクテリウム属菌の具体例としては、マイクロバクテリウム・アンモニアフィラム(Microbacterium ammoniaphilum)(例えばATCC15354株)。
【0063】
なお、上記のコリネ型細菌菌株は、例えばATCC株であれば、同菌株を提供するアメリカン・タイプ・カルチャー・コレクション(American Type Culture Collection)(P.O.Box 1549 Manassas,VA 20108 USA)から分譲を受けることができる。その他の菌株についても、それら菌株を提供している各微生物保存機関から分譲を受けることができる。
【0064】
本発明に係る遺伝子組換え微生物は、上記に例示される微生物に対して所定の遺伝子操作を施すことにより作製することができる。
【0065】
〔条件(I)、(II)、(IV)及び(V)について〕
まず、条件(I)、(II)及び(IV)について説明する。
条件(I)における「遺伝子組換え微生物に対応する野生型微生物と比較して、コハク酸デヒドロゲナーゼ活性又はフマル酸還元酵素活性が低減され又は不活化されていること」とは、本発明に係る遺伝子組換え微生物を作製する上で、出発材料として使用される野生型微生物と比較して、コハク酸デヒドロゲナーゼ又はフマル酸還元酵素活性が有意に低減されているか、又は完全に不活化していることを意味する。なお、コリネバクテリウム属菌等の一部の細菌では、フマル酸還元酵素はもっておらず、コハク酸デヒドロゲナーゼがこの反応を触媒するが、大腸菌等の一部の細菌では、コハク酸デヒドロゲナーゼとフマル酸還元酵素の両方の酵素を有しており、主にフマル酸還元酵素が上記の反応を触媒する。
さらに、条件(II)における「野生型微生物と比較して、乳酸デヒドロゲナーゼ活性が低減され又は不活化されていること」とは、本発明に係る遺伝子組換え微生物を作製する上で、出発材料として使用される野生型微生物と比較して、乳酸デヒドロゲナーゼ活性が有意に低減されているか、又は完全に不活化していることを意味する。
さらに加えて、条件(IV)における「野生型微生物と比較して、ピルビン酸:キノンオキシドレダクターゼ活性が低減され又は不活化されていること」とは、本発明に係る遺伝子組換え微生物を作製する上で、出発材料として使用される野生型微生物と比較して、ピルビン酸:キノンオキシドレダクターゼ活性が有意に低減されているか、又は完全に不活化していることを意味する。
【0066】
これら条件(I)、(II)及び(IV)の意義は、より具体的には、
図1に示す通り、それぞれ順に、微生物の代謝経路において、コハク酸からフマル酸への代謝又はその逆代謝(SdhCAB/FrdDCBA等)、ピルビン酸から乳酸への代謝(Ldh)、ピルビン酸から酢酸への代謝(PoxB;Pro)が有意に抑制又は不活化されていることを意味する。
【0067】
ところで、好気条件下で増殖可能であり、かつ還元条件(嫌気条件)下では増殖しない微生物においては、一般に、好気条件下では
図1に示すTCAサイクル(クエン酸回路)は右回りに代謝が進み、他方、還元条件又は嫌気条件下ではTCAサイクルは左回りに代謝が進む。
即ち、本発明において条件(I)を充足する実施形態が採用された場合、好気条件下では、コハク酸からフマル酸への変換が抑制されることから、より多量のクエン酸、cis -アコニット酸、D-イソクエン酸、α-ケトグルタル酸、スクシニルCoA、コハク酸又はこれから誘導される更なる代謝産物を効率的に産生させることができ、他方、還元条件又は嫌気条件下では、より多量のオキサロ酢酸、L-リンゴ酸、フマル酸又はこれから誘導される更なる代謝産物を効率的に産生させることができる。ここで、TCAサイクルにおける上記代謝産物から誘導される更なる代謝産物は、条件(I)を充足する本発明の遺伝子組換え微生物において、もともと野生型微生物が保持する代謝系を介して生合成されるものであってもよいし、さらに所定の遺伝子を導入することで新たに構築された代謝系を介して生合成されるものであってもよい。
【0068】
次に、本発明において条件(II)を充足する実施形態が採用された場合、ピルビン酸から乳酸への変換が抑制されることから、ピルビン酸からオキサロ酢酸への代謝経路が効率的に進む。その結果、係る実施形態によれば、オキサロ酢酸、L-リンゴ酸、フマル酸又はこれから誘導される更なる代謝産物の生産を効率的に行うことができる。
【0069】
さらに、本発明において条件(IV)を充足する実施形態が採用された場合、ピルビン酸から酢酸への変換が抑制されることから、条件(II)を充足する実施形態と同様に、ピルビン酸からオキサロ酢酸への代謝経路が効率的に進む。その結果、係る実施形態によれば、オキサロ酢酸、L-リンゴ酸、フマル酸又はこれから誘導される更なる代謝産物の生産を効率的に行うことができる。したがって、条件(II)及び(IV)の両方を充足する実施形態では、より一層、オキサロ酢酸、L-リンゴ酸、フマル酸又はこれから誘導される更なる代謝産物の生産効率を向上できるため、該実施形態は、本発明において好ましく採用できる。
【0070】
特定の実施形態においては、本発明に係る遺伝子組換え微生物は、条件(I)、(II)及び(IV)うちの少なくとも2つの条件を充足する。この場合、本発明に係る遺伝子組換え微生物は、条件(I)及び(II)の両方、条件(I)及び(IV)の両方、又は条件(II)及び(IV)を充足することが好ましく、条件(I)、(II)及び(IV)の全てを充足することがより好ましい。
【0071】
このような実施形態において、ピルビン酸からTCAサイクルに向かう代謝経路並びにTCAサイクルにおける代謝が効率的に進み、TCAサイクルにおけるオキサロ酢酸、L-リンゴ酸、フマル酸又はこれから誘導される代謝産物、あるいはクエン酸、cis -アコニット酸、D-イソクエン酸、α-ケトグルタル酸、スクシニルCoA、コハク酸等の下流の代謝産物を効率的に生成できることから、これらの代謝産物やこれらの代謝産物から更なる代謝により誘導される物質の生産を効率的に達成することができるからである。
【0072】
より詳細には、例えば、
図1に示す実施形態においては、好気条件下では、コハク酸等の下流の代謝産物又はこれに派生する代謝産物(例えば、グルタミン酸又はグルタミン酸に派生する代謝産物)の効率的な生産が可能となり、還元条件下では、フマル酸等の下流の代謝産物又はこれに派生する代謝産物(例えば、アスパラギン酸又はアスパラギン酸に派生する代謝産物)の効率的な生産が可能になる。
【0073】
次に、条件(V)について説明する。
本発明において、条件(V)の充足は必須ではないが、特定の実施形態において、本発明に係る遺伝子組換え微生物は、さらに、下記の条件(V)を充足する。
条件(V):野生型微生物と比較して、ピルビン酸ギ酸リアーゼ活性が低減され又は不活化されていること。
ここで、条件(V)における「野生型微生物と比較して、ピルビン酸ギ酸リアーゼ活性が低減され又は不活化されていること」とは、本発明に係る遺伝子組換え微生物を作製する上で、出発材料として使用される野生型微生物と比較して、ピルビン酸ギ酸リアーゼ活性が有意に低減されているか、又は完全に不活化していることを意味する。
【0074】
特に、本発明に係る遺伝子組換え微生物が、グラム陰性菌に属する微生物である場合は、条件(V)を充足するものであることが好ましい。その理由は、次の通りである。グラム陰性菌に属する野生型微生物は、グラム陽性菌では通常見られないピルビン酸ギ酸リアーゼ活性を発現する。下記のとおり、このピルビン酸ギ酸リアーゼ活性は、後述のとおり、ピルビン酸からギ酸や酢酸などの有機酸を合成する副次的生合成経路を作り出す。つまり、このようなピルビン酸ギ酸リアーゼ活性を低減し又は不活化すれば、上記副次的生合成経路を遮断できることから、目的物質への代謝フラックスをより強固なものとし、効率的な目的物質の生産が可能となるからである。
【0075】
ところで、条件(I)に係るコハク酸デヒドロゲナーゼ活性又はフマル酸還元酵素活性、条件(II)に係る乳酸デヒドロゲナーゼ活性、条件(IV)に係るピルビン酸:キノンオキシドレダクターゼ活性、及び条件(V)に係るピルビン酸ギ酸リアーゼ活性とは、元々、本発明に係る遺伝子組換え微生物を作製する上で、出発材料として用いる野生型微生物が示し得る各酵素活性である。より詳細には、基質と酵素との反応の種類による系統的分類及び反応種別に基く国際的な酵素分類として認知されているEC番号によって記述することができ、各条件における酵素活性は、下記の表1に示す酵素活性を含む。
【0076】
【0077】
ここで、条件(I)及び/又は(II)及び/又は(IV)及び/又は(V)の充足は、遺伝子工学や分子生物学の各種手法を用いて実現すればよい。例えば、下記の表2~10に例示される微生物で見い出される、コハク酸デヒドロゲナーゼ遺伝子又はフマル酸還元酵素遺伝子、乳酸デヒドロゲナーゼ遺伝子、ピルビン酸:キノンオキシドレダクターゼ遺伝子、ピルビン酸ギ酸リアーゼ遺伝子(ギ酸アセチルトランスフェラーゼ遺伝子)に対して、ゲノム上におけるこれら遺伝子を標的とする遺伝子破壊や変異導入による手法、mRNA発現レベルでのアンチセンス阻害(アンチセンスRNA)による手法等が採用できる。あるいは、各酵素活性を阻害するペプチドやタンパク質を発現するよう遺伝子操作を施した遺伝子組換え微生物も、本発明に含まれる。またあるいは、微生物において各酵素活性が発現するために、各酵素活性を付与し得る酵素タンパク質が、所定の内因性アクチベーターによる活性化のプロセスを必要とするものである場合、該内因性アクチベーターを不活化することにより、各酵素活性の発現を抑制させて各条件の充足を実現させるものであってもよい。
【0078】
しかしながら、上記条件に係る各酵素活性の低減又は不活化を、比較的簡便かつより確実に実現できる点では、遺伝子破壊や変異導入の手法を用いることが好ましく、より具体的には、下記の実施形態(I)~(IV)の何れかを採用することが好ましい。
(I)遺伝子組換え微生物のゲノム(染色体DNA)上において、各酵素活性を付与し得る酵素遺伝子コード領域が完全に又は部分的に破壊されていることにより、条件(I)及び/又は(II)及び/又は(IV)及び/又は(V)を充足する実施形態。
(II)遺伝子組換え微生物のゲノム上において、各酵素活性を付与し得る酵素遺伝子コード領域の上流に存在する遺伝子発現調節領域(例えばプロモーター領域)が完全に又は部分的に破壊されていることにより、条件(I)及び/又は(II)及び/又は(IV)及び/又は(V)を充足する実施形態。
(III) 遺伝子組換え微生物のゲノム上において、各酵素活性を付与し得る酵素遺伝子コード領域に対して、それぞれ、1又は複数のアミノ酸変異を誘発するヌクレオチド変異が導入されていることにより、条件(I)及び/又は(II)及び/又は(IV)及び/又は(V)を充足する実施形態。ここで、「1又は複数のアミノ酸変異」は、各酵素活性の低減又は不活化を生じ得るアミノ酸変異を意味する。
(IV)各酵素活性を付与し得る酵素タンパク質の酵素活性を活性化させる内因性アクチベーターが、上記実施形態(I)~(III)に記載の方法により不活化されることにより、条件(I)及び/又は(II)及び/又は(IV)及び/又は(V)を充足する実施形態。
【0079】
なお、実施形態(I)~(IV)は、言うまでもないが、各条件に規定される各酵素活性の低減又は不活化を実現するために、それぞれ独立に採用され得る。加えて、1つの条件を充足させるために、特に矛盾の生じない範囲において、実施形態(I)~(IV)のうち少なくとも2つの実施形態を採用してもよい。例えば、条件(I)を充足するために、実施形態(I)及び(II)の両方を採用してもよく、より具体的には、各遺伝子のコード領域と遺伝子発現調節領域との両方を微生物のゲノムにおいて破壊してもよい。加えて、例えば、条件(I)を充足させるために実施形態(I)及び(II)の両方を採用し、条件(II)を充足させるために実施形態(III)を採用してもよい。
【0080】
ここで、遺伝子組換え微生物における遺伝子コード領域や遺伝子発現調節領(標的領域)の破壊は、例えば、相同組換え法、ゲノム編集技術(CRISPR/CASシステム)、トランスポゾン法、変異導入法等の手法により実現され得る。これらの手法のうち、標的領域の破壊を比較的安価かつ効率的に達成できる点で、相同組換え法を採用するのが好都合である。以下、相同組換えによる遺伝子破壊法の例を示す。但し、本発明に係る遺伝子組換え微生物の作製方法は、下記に示す手法に限定されるものでもなく、いかなる手法も採用され得ることに留意されたい。
【0081】
〔相同組換えによる遺伝子破壊法〕
(1)破壊すべき標的領域の決定と同領域のクローニング
Corynebacterium属菌、Escherichia属菌、Bacillus属菌、Clostridium属菌等の多くの細菌、さらにSaccharomyces cerevisiae、Yarrowia lipolytica等の各種菌類は、全ゲノム配列が決定されており、そのヌクレオチド配列並びに各遺伝子がコードするタンパク質のアミノ酸配列も既知である。
例えば、本発明において好ましく利用され得る微生物の1つであるCorynebacterium glutamicumについて言えば、ATCC13032株、R株、ATCC21831株、ATCC14067株等の多数の菌株において全ゲノム配列が決定されており、そのヌクレオチド配列等は既知である。さらに加えて、Corynebacterium efficiens YS-314株;Corynebacterium callunae DSM20147株;Corynebacterium ammoniagenes DSM20306株;Corynebacterium marinum DSM44953株;Corynebacterium humireducens NBRC106098株(DSM45392株);Corynebacterium halotolerans YIM70093株(DSM44683株);Corynebacterium deserti GIMN1.010株;Corynebacterium maris DSM45190株;Corynebacterium doosanense CAU212株(DSM45436株)等のコリネバクテリウム属菌株について全ゲノム配列が決定されており、それらヌクレオチド配列等は既知である。さらに、全ゲノム配列が決定されていないにしても、条件(I)、(II)、(IV)及び(V)に係る各酵素活性を付与する各酵素遺伝子のヌクレオチド配列並びに該酵素のアミノ酸配列が既知である微生物も存在する。
これら既知のヌクレオチド配列やアミノ酸配列は、ナショナル・センター・フォー・バイオテクノロジー・インフォメーション・サポート・センター(National Center for Biotechnology Information Support Center;NCBI)(アメリカ合衆国メリーランド州ベセスダ・ロックビルパイク8600)がインターネット上で公開するデータベース(URL:https://www.ncbi.nlm.nih.gov/)等の各種データベースから容易に入手可能である。
【0082】
下記の表2~10に、本発明に係る遺伝子組換え微生物を作製する上で、出発材料となる微生物及びそれら微生物において条件(I)及び/又は(II)及び/又は(IV)及び/又は(V)に係る酵素活性を低減し又は不活化するために破壊等され得る遺伝子等の情報を例示する。なお、本発明において利用され得る微生物、及び各酵素活性の低減又は不活化のために標的とされ得る各遺伝子の情報等は、言うまでも無く、下記の表に示されるものに限定されるものではない。
【0083】
【0084】
【0085】
【0086】
【0087】
【0088】
さらに、全ゲノム配列が特定されている各種コリネバクテリウム属菌について、sdhCABD遺伝子、ldh遺伝子、及びpoxB遺伝子のホモログ遺伝子が確認されているものについて、GenBankIDのアクセション番号等の情報を表7~10に示す。
【0089】
【0090】
【0091】
【0092】
【0093】
細菌が保有する各酵素遺伝子について説明すると、コハク酸デヒドロゲナーゼ活性、フマル酸還元酵素活性、乳酸デヒドロゲナーゼ活性、ピルビン酸:キノンオキシドレダクターゼ活性、及びピルビン酸ギ酸リアーゼ活性は、それぞれ順に、野生型菌株において見いだされるコハク酸デヒドロゲナーゼ(Sdh)、フマル酸還元酵素(Frd)、乳酸デヒドロゲナーゼ(Ldh)、ピルビン酸:キノンオキシドレダクターゼ(Pox又はPqo)、及びピルビン酸ギ酸リアーゼ(Pfl)が示す酵素活性である。これら酵素に係るタンパク質はそれぞれ、sdhCAB(菌種によってはsdhCABD)、ldhA、dld及びlldD等(乳酸デヒドロゲナーゼ活性を示す酵素タンパク質をコードする遺伝子)、poxB(pqo)、及びpflABCDと表記される遺伝子等(表2~10参照)にコードされ得る。
なお、細菌においては、コハク酸デヒドロゲナーゼ(Sdh)については、sdhC遺伝子にコードされる膜貫通タンパク質(サブユニットC)、sdhA遺伝子にコードされるフラビンタンパク質サブユニット(サブユニットA)、及びsdhB遺伝子にコードされるFe-Sタンパク質(サブユニットB)の3つのサブユニットタンパク質、並びに場合によってはSdhD(サブユニットD)から構成される複合体であり、これらサブユニットをコードする各遺伝子は、原核生物の場合、細菌ゲノム上でオペロンを構成している(例えば、
図2B)。加えて、フマル酸還元酵素(Frd)は、例えばエシェリキア・コリ等の細菌では、サブユニットD、C、B、Aから構成される複合体であり、frdDCBA遺伝子(オペロン)によりコードされている。さらに、ピルビン酸ギ酸リアーゼ(Pfl)は、例えばエシェリキア・コリ等の細菌では、サブユニットA、B、C、Dから構成される複合体であり、pflABCD遺伝子(オペロン)によりコードされている。
【0094】
上記の通り条件(I)、(II)、(IV)及び(V)に係る各酵素遺伝子のコード領域及びその周辺領域のヌクレオチド配列並びにタンパク質配列が既知である微生物を用いることが好都合である。何故ならば、それら既知配列を参照することにより破壊すべきゲノム領域を容易に特定することができるからである。しかしながら、言うまでもなく、本発明に係る組換え微生物を作製する上で、出発材料として利用され得る微生物は、このようにゲノムヌクレオチド配列等が既知である微生物に限定されるものではなく、該酵素タンパク質コード領域やその周辺領域が未知である微生物も利用可能である。
【0095】
各酵素タンパク質コード領域やその周辺領域が未知である微生物を利用する場合、例えば、各酵素遺伝子のコード領域を、各種遺伝子工学技術の手法により適宜クローニングし、必要に応じてヌクレオチド配列を決定等すれば、破壊すべき領域を特定し及びクローン化できる。例えば、既知であるホモログ酵素タンパク質のアミノ酸配列(表2~10)に対するアライメント解析を行うと、一定のアミノ酸保存領域が複数見出される。そして、当該酵素タンパク質のN末端側とC末端側に見出されるアミノ酸保存領域にそれぞれディジェネレートプライマーを設計し、クローニングの対象とする微生物のゲノムDNAをテンプレートとして、該ディジェネレートプライマーをペアーとして、ディジェネレートPCR法を行えば、対象とする酵素遺伝子一部のコード領域を増幅、クローニングすることもできる。その後、この一部コード領域のヌクレオチド配列を適宜決定すると共に、後述の遺伝子破壊株の作製方法等に基いて、クローニングした一部コード領域を遺伝子破壊の対象として、条件(I)、(II)、(IV)及び(V)を充足せしめる本発明に係る遺伝子組換え微生物を作製すればよい。一方、対象の酵素遺伝子全長のコード領域やその周辺の遺伝子発現調節領域の全域に渡って破壊された遺伝子組換え微生物を作製したい場合には、上記のとおりヌクレオチド配列を決定した酵素遺伝子一部の内部コード領域において、逆向きにプライマーを適宜設計し、インバースPCR法等の手法を用いて対象の酵素遺伝子全長のコード領域やその周辺領域をクローニングし、それら領域のヌクレオチド配列を決定することとしてもよい。このようなPCRベースのクローニング手法が、破壊すべきゲノム領域を簡便にクローン化できる点では便利であるが、その他の手法として、対象とする微生物の遺伝子ライブラリーを作製し、適当なプローブを設計して各種ハイブリダイゼーション法により、破壊の対象とする酵素遺伝子及びその周辺領域をクローニングし、それらのヌクレオチド配列を決定してもよい。さらに、ホモログ遺伝子の配列が利用できない微生物種については、従来法に従って、タンパク質精製技術と各酵素活性測定法とを組合せ、標的酵素を同定し、部分的にペプチド配列を決定する等した上で、上記各種遺伝工学的手法により標的酵素遺伝子をクローニングしてもよい。
【0096】
(2)遺伝子破壊用プラスミドベクターの作製及び相同組換えによる遺伝子(コード領域/発現制御領域等)破壊
次いで、条件(I)、(II)、(IV)及び(V)に係る酵素遺伝子の破壊に関し、相同組換え法を用いた遺伝子破壊株の作製方法について説明する。
まず、ゲノム上において破壊したい領域と相同組換えを生じ得る遺伝子破壊用プラスミドベクターを作製する必要がある。
【0097】
このような遺伝子破壊用プラスミドベクターの一例として、微生物ゲノム上において破壊したい領域をクローニングすることにより得たプラスミドベクターにおいて、該破壊したい領域の内部に、カナマイシン耐性遺伝子等の薬剤耐性遺伝子を挿入してなる遺伝子破壊用プラスミドベクターが挙げられる。このような遺伝子破壊用プラスミドベクターによれば、薬剤耐性遺伝子の両側にはそれぞれ、微生物のゲノム上において破壊したい領域と相同な領域が存在する。したがって、微生物のゲノム上において破壊したい領域に対して、薬剤耐性遺伝子が挿入される形態で、微生物ゲノムと遺伝子破壊用プラスミドとの間において相同組換えを起こすため、標的酵素遺伝子の破壊が可能となる。加えて、当該薬剤耐性遺伝子に係る薬剤を培地に添加することにより、遺伝子破壊株を効率的にセレクションすることも可能である。
【0098】
遺伝子破壊用プラスミドベクターの別の例として、微生物ゲノム上において破壊したい部分の両側に位置する領域(つまり、ゲノム上から除去したい領域の5’上流と3’下流)がタンデムに連結された断片を含むプラスミドベクターを利用することも可能である。このような破壊用プラスミドは、例えば、破壊の標的とする酵素遺伝子の5’上流領域と3’下流領域とをPCR法によりそれぞれ増幅し、それら断片がタンデムに連結された形態において、プラスミドベクターのマルチクローニングサイト等の所定の箇所に挿入することで取得することができる。あるいは、破壊したい酵素遺伝子の5’上流から3’下流までの全域をPCR法により増幅し、各種プラスミドベクターを用いてクローニングした後、クローニングした領域の内部に逆向きのプライマーを設計し、インバースPCR法により、当該酵素遺伝子の欠損変異が導入された遺伝子破壊用プラスミドベクターを作製してもよい。
【0099】
遺伝子破壊用プラスミドにおいて、遺伝子破壊の対象とする微生物ゲノム配列と相同となる領域の配列長は、相同組換えを生じ得る限り限定されるものでもないが、一般には、約500bp以上、好ましくは約1000bp程度あった方がよい。さらに、遺伝子破壊用プラスミドは、クローニング用大腸菌を用いて構築可能とすると構築作業が簡便になるため、大腸菌の複製起点を有するものが便利である。さらに、遺伝子破壊用プラスミドは、遺伝子破壊の標的とする微生物において自律複製し得る複製起点が存在しないものであることが好ましい。もし、遺伝子破壊用プラスミドに、該微生物の複製起点がある場合には、制限酵素処理等により該複製起点を除去してから、コリネ型細菌に導入することが推奨される。さらに加えて、遺伝子破壊用プラスミドは、薬剤によるセレクションを可能とする薬剤耐性遺伝子と、スクロース存在下でグラム陰性菌の生育を阻害する毒素を産生し得るSacB遺伝子等のポジティブセレクションを可能にする致死性遺伝子と組合せたものを用いてもよい。このような遺伝子破壊用プラスミドを用いると、薬剤によるセレクションにより相同組換えを起こした菌株を単離し、その後、スクロースを含有する培地での培養によるセレクションを行えば、2度目の相同組換えでベクター部分が排除された遺伝子破壊株の単離が可能となるので、効率的な遺伝子破壊株の取得が可能となる。
【0100】
微生物への遺伝子破壊用プラスミドベクターの導入は、特に限定されるものでもないが、各種微生物に応じて確立されている形質転換方法を用いればよい。例えば、本発明において好ましく採用されるコリネ型細菌について言えば、電気パルス法(例えば、Van der Rest et al. Appl.Microbiol Biotechnol 52,pp541-545,1999に記載の方法)を用いて行うことが好都合である。電気パルス法によれば、コリネ型細菌細胞内への核酸の効率的な導入が可能となるからである。
なお、遺伝子組換え微生物におけるゲノム上の標的領域の破壊の確認は、PCR法やサザンハイブリダイゼーション法、各種酵素活性測定法等に基いて実施できる。
【0101】
上述の遺伝子破壊の手法を利用することにより、比較的簡易に、条件(I)及び/又は(II)及び/又は(IV)及び/又は(V)に係る酵素活性が低減又は不活化した遺伝子組換え微生物を作出することが可能である。
【0102】
〔条件(III)について〕
本発明に係る遺伝子組換え微生物は、さらに、条件(III)として「野生型ホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼ活性におけるアスパラギン酸によるフィードバック阻害に対し抵抗性を示す改変型ホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼ活性、又は上記野生型微生物が示す野生型ホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼ活性よりもアスパラギン酸によるフィードバック阻害に対する抵抗性が高い外来性ホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼ活性を有すること」を充足し得る。
【0103】
条件(III)における「野生型ホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼ活性におけるアスパラギン酸によるフィードバック阻害に対する抵抗性」の意義は、以下に説明の通りである。
まず、本発明において、「ホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼ活性」とは、具体的にはEC4.1.1.31に規定される反応を触媒する酵素活性を言い、多種多様な植物や微生物が広く保有するホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼ(PEPC)により発揮される酵素活性である。以下に、PEPCが触媒する代謝反応を示す。
【化1】
【0104】
ここで、野生型ホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼは、アスパラギン酸、リンゴ酸、α-ケトグルタル酸(2-オキソグルタル酸)等の代謝産物によって、アロステリックな効果を受け、当該酵素活性が阻害されることが知られており、この酵素活性の阻害は「フィードバック阻害」と呼ばれている(非特許文献2~4)。即ち、本発明における「改変型ホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼ活性」は、対応する野生型微生物ないし当該微生物が保有する野生型ホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼと比較して、本発明に係る遺伝子組換え微生物が、ホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼ活性を示しつつも、当該酵素活性においてアスパラギン酸によるフィードバック阻害が有意に低減された酵素特性によって定義されるものである。
【0105】
次に、「野生型微生物が示す野生型ホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼ活性よりもアスパラギン酸によるフィードバック阻害に対する抵抗性が高い外来性ホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼ活性」の用語の意義は、下記のとおりである。
即ち、上記の用語は、本発明に係る遺伝子組換え微生物が属する種に対応する野生型微生物、又は本発明に係る遺伝子組換え微生物を作製する上で出発材料として用いられる野生型微生物が保有する野生型ホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼが示す「アスパラギン酸によるフィードバック阻害に対する抵抗性」と比較して、アスパラギン酸によるフィードバック阻害に対する抵抗性がより高い外来性ホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼ活性を意味する。このような外来性ホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼ活性は、具体的には、上記「対応する野生型宿主微生物」とは異なる菌株系統又は生物種」が保有する異種性のホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼによって付与され得る。ここで、「野生型宿主微生物とは異なる生物種」は、微生物(例えば、菌類、古細菌や細菌等の原核生物)、植物、哺乳類等の動物などの各種生物種を含む。さらに、本発明に係る遺伝子組換え微生物における「外来性ホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼ活性」の付与は、より具体的には「野生型宿主微生物とは異なる菌株系統又は生物種」から単離されたPEPC遺伝子をコードする核酸の導入により実現できる。
【0106】
なお、「改変型ホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼ(活性)」が「野生型ホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼ活性におけるアスパラギン酸によるフィードバック阻害に対する抵抗性を示す」こと、並びに「外来性ホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼ(活性)」が「野生型微生物が示す野生型ホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼ活性よりもアスパラギン酸によるフィードバック阻害に対する抵抗性が高い」ことについては、例えば、非特許文献2~4に記載の測定方法、Yoshinaga,T.Izui,K and Katsuki,H J.Biochem,68,747-750(1970)に記載の測定方法等を利用することにより、確認することができる。
加えて、本明細書においては、「ホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼ」を「PEPC」、又は「ppc」と表すことがある。
【0107】
より詳細には、本発明に係る遺伝子組換え微生物において、条件(III)の充足は、特に限定されるものでもないが、次のような態様で実現することができる。即ち、各種微生物が保持する野生型ホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼのタンパク質配列に対して、遺伝子工学的手法によりアミノ酸変異を導入することにより、「ホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼ活性」を維持しつつも、「野生型ホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼ活性におけるアスパラギン酸によるフィードバック阻害に対し抵抗性」を獲得した変異型酵素をコードする遺伝子を人為的に作製すればよい。例えば、エラープローンPCRに基くランダム変異導入法や、変異プライマーを用いたPCRベースの部位特異的変異導入法等の塩基置換技術を利用してもよい。さらに複数種の野生型PEPCコードDNAに対してDNAシャッフリング等の分子進化の手法を適用することにより、より優位性の高い変異型PEPCを作製してもよい。
【0108】
上述のとおり取得した変異型PEPCをコードする核酸を、各種微生物に導入し、(III)を充足する遺伝子組換え微生物を作製することができる。より具体的には、各種微生物に、変異型PEPCをコードする核酸を、当該変異型PEPCを発現可能な形態で導入すればよい。当該技術分野においては、コリネ型細菌をはじめとして多くの微生物種において、各微生物種に好適な遺伝子発現システムが既に確立されている。それら既知の遺伝子発現システムに係る技術を利用可能な微生物については、当該微生物への上記変異型PEPCの導入ため、それら既知技術を利用してもよい。ただし、言うまでも無く、独自に遺伝子組換え技術や遺伝子発現システム技術を開発し、それら技術を、微生物への変異型PEPCの導入に利用してもよい。
【0109】
本発明に係る遺伝子組換え微生物において、(III)を充足せしめる変異型PEPCは、特に限定されるものでもないが、細菌由来の野生型PEPCに対して、所定の変異を導入してなる変異型酵素であることが好ましい。さらに、係る変異型PEPCは、好ましくはコリネ型細菌、より好ましくはコリネバクテリウム属菌由来の野生型PEPCに対して、所定の変異を導入してなる変異型酵素である。
【0110】
以下の表11に、本発明において好ましく利用される細菌由来のPEPCの例を挙げる。
【表11】
【0111】
より詳細には、条件(III)を充足せしめる変異型PEPCの具体的構成としては、例えば、下記の実施形態(i)及び(ii)が想定される。
(i)野生型PEPCのアミノ酸配列に対して、1又は複数のアミノ酸の欠失、置換若しくは付加されてなる変異型PEPC。ここで、「1又は複数」の範囲は、例えば1から100個、1から50個、1から30個、好ましくは少なくとも2個以上、2から20個、より好ましくは2から10個、さらにより好ましくは2から5個、特に好ましくは2から4個、2から3個、例えば2個である。
(ii)2種以上の野生型PEPCのアミノ酸配列の一部を組合せて構成したキメラ型PEPC。
【0112】
幾つかの実施形態に係る遺伝子組換え微生物においては、細菌由来の変異型ホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼをコードする核酸が、該変異型ホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼを発現可能な形態で導入されており、該変異型ホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼは、上記遺伝子組換え微生物に対して条件(III)を充足せしめる少なくとも1つのアミノ酸変異を有する。ここで、上記変異型ホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼは、好ましくは、コリネ型細菌若しくはコリネバクリウム属菌又はエシェリキア属菌に由来する変異型PEPCであり、より好ましくはコリネバクテリウム属菌に由来する変異型PEPC、特に好ましくはコリネバクテリウム・グルタミカムに由来する変異型PEPCである。
【0113】
さらに、特定の実施形態においては、上記変異型ホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼにおける上記少なくとも1つのアミノ酸変異は、配列番号2に示すアミノ酸配列を基準として下記の(a)~(f)に示すアミノ酸置換からなる群から選択される少なくとも1つを含む。
(a)第299番目のアスパラギン酸に相当するアミノ酸の所定のアミノ酸へのアミノ酸置換(ただし、置換後のアミノ酸はアスパラギン酸ではないものとし、好ましくはアラニン、アスパラギン、グリシン又はセリンへのアミノ酸置換である。);
(b)第653番目のリシンに相当するアミノ酸の所定のアミノ酸へのアミノ酸置換(ただし、置換後のアミノ酸はリシンではないものとし、好ましくはアラニン、アスパラギン、又はセリンへのアミノ酸置換である。);
(c)第813番目のリシンに相当するアミノ酸の所定のアミノ酸へのアミノ酸置換(ただし、置換後のアミノ酸はリシンではないものとし、好ましくはアラニン、アスパラギン、グリシン又はセリンへのアミノ酸置換である。);
(d)第869番目のセリンに相当するアミノ酸の所定のアミノ酸へのアミノ酸置換(ただし、置換後のアミノ酸はセリンではないものとし、好ましくはアラニン、アスパラギン、又はグリシンへのアミノ酸置換である。);
(e)第873番目のアルギニンに相当するアミノ酸の所定のアミノ酸へのアミノ酸置換(ただし、置換後のアミノ酸はアルギニンではないものとし、好ましくはアラニン、フェニルアラニン、グリシン又はセリンへのアミノ酸置換である。);及び
(f)第917番目のアスパラギンに相当するアミノ酸の所定のアミノ酸へのアミノ酸置換(ただし、置換後のアミノ酸はアスパラギンではないものとし、好ましくはアラニン、フェニルアラニン、グリシン又はセリンへのアミノ酸置換である。)、
ただし、上記(a)~(f)において、置換前のアミノ酸と置換後のアミノ酸とは異なるものとする。
【0114】
ここで、上記(a)~(f)に示すアミノ酸は、つまり、配列番号2に示すアミノ酸配列に含まれるアミノ酸を基準に、変異導入の対象とするPEPCアミノ酸配列においてアミノ酸置換部位を特定する趣旨である。即ち、上記(a)~(f)における「相当するアミノ酸」とは、より具体的には、ClustalWやClustalX(バイオインフォマティクス,第23巻、イシュー21、2008年11月、第2947-2948頁;Bioinformatics, Volume23,Issue 21,1 November 2007,pp2947-2948)等の手法により、配列番号2に示すアミノ酸配列に対して、変異導入の対象となるPEPCアミノ酸配列の同一性に基いて、1対1の整列(ペアワイズアラインメント)を行った場合に、上記(a)~(g)に示すアミノ酸と1対1で整列されるアミノ酸を言う。
【0115】
図3A~
図3Bに、コリネバクテリウム・グルタミカムATCC13032株に由来する野生型PEPCのアミノ酸配列(配列番号2)に対して、表11に示すその他11種のコリネバクテリウム属菌の野生型PEPCタンパク質配列(配列番号3~13)について、ClustalWによりマルチプルアライメント解析を行い、上記(a)~(f)において置換されるアミノ酸を特定した例を示す。
【0116】
図3Aに示されるとおり、上記(a)における「第299番目のアスパラギン酸に相当するアミノ酸」は、コリネバクテリウム属に属する9種の野生型PEPCにおいて何れもアスパラギン酸(D)であり、コリネ型細菌の一種である
Arthrobacter globiformis NBRC12137株の野生型PEPCにおいてはトレオニン(T)であり、
Escherichia coli K-12株の野生型PEPCにおいてはグルタミン酸(E)である。さらに、
図3Bに示されるとおり、上記(b)における「第653番目のリシンに相当するアミノ酸」は、コリネバクテリウム属に属する9種の野生型PEPCについては、
C.ammoniagenesにおいてはアルギニン(R)であり、
C.doosanenseにおいてはヒスチジン(H)であるが、その他の菌種では全て、基準となる配列におけるリシン(K)に同一である。さらに、
図3Cに示されるとおり、上記(c)における「第813番目のリシンに相当するアミノ酸」は、全ての菌種において、基準となる配列におけるリシン(K)で同一である。さらに、
図3Cに示されるとおり、上記(d)における「第869番目のセリンに相当するアミノ酸」は、全ての菌種において、基準となる配列におけるセリン(S)で同一である。さらに、
図3Cに示されるとおり、上記(e)における「第873番目のアルギニンに相当するアミノ酸」は、全ての菌種において、基準となる配列におけるアルギニン(R)で同一である。さらに加えて、
図3Cに示されるとおり、上記(f)における「第917番目のアスパラギンに相当するアミノ酸」は、C.ammoniagenesにおいては「トレオニン」であり、C.doosanenseにおいてはバリン(V)であり、その他の菌種では全て、基準となる配列におけるアスパラギン(N)で同一である。
なお、例えば、「第299番目のアスパラギン酸」を、アミノ酸の1文字表記を利用して「D299」と表し、「第299番目のアスパラギン酸のアスパラギンへのアミノ酸置換」を「D299N」と表すことがある。その他のアミノ酸及びアミノ酸置換も同様の方法で表記され得る。
【0117】
より好ましい実施形態においては、上記変異型ホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼにおける上記少なくとも1つのアミノ酸変異は、配列番号2に示すアミノ酸配列を基準として下記の(g)~(l)に示すアミノ酸置換からなる群から選択される少なくとも1つを含む。
(g)第299番目のアスパラギン酸に相当するアミノ酸のアスパラギンへのアミノ酸置換;
(h)第653番目のリシンに相当するアミノ酸のセリンへのアミノ酸置換;
(i)第813番目のリシンに相当するアミノ酸の所定のアミノ酸へのアミノ酸置換(ただし、置換後のアミノ酸はリシンではないものとし、好ましくはグリシン又はセリンへのアミノ酸置換である。);
(j)第869番目のセリンに相当するアミノ酸のグリシンへのアミノ酸置換;
(k)第873番目のアルギニンに相当するアミノ酸のグリシンへのアミノ酸置換;及び
(l)第917番目のアスパラギンに相当するアミノ酸の所定のアミノ酸へのアミノ酸置換(ただし、置換後のアミノ酸はアスパラギンではないものとし、好ましくはアラニン、フェニルアラニン、グリシン又はセリンへのアミノ酸置換である。)。
【0118】
さらにより好ましい実施形態においては、上記変異型ホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼにおける上記少なくとも1つのアミノ酸変異は、上記(g)に示すアミノ酸置換と、上記(h)~(l)に示すアミノ酸置換のうちの少なくとも1つとを含む。
さらに、別の好ましい実施形態においては、上記変異型ホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼにおける上記少なくとも1つのアミノ酸変異は、上記(g)に示すアミノ酸置換と、上記(i)~(l)に示すアミノ酸置換のうちの少なくとも1つとを含む。
加えて、特に好ましい実施形態においては、上記変異型ホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼにおける上記少なくとも1つのアミノ酸変異は、上記(g)に示すアミノ酸置換と、上記(i)又は(l)に示すアミノ酸置換とを含む。
【0119】
さらに、別の実施形態においては、上記変異型ホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼが、下記の(A)~(C)の何れか1つに示すアミノ酸配列を有する変異型PEPCであってもよい。
(A)配列番号2~13(好ましくは配列番号2~12、より好ましくは配列番号2~11)の何れか1つに示すアミノ酸配列において、上記(a)~(l)に示すアミノ酸置換からなる群から選択される少なくとも1つを導入してなるアミノ酸配列(ただし、置換前のアミノ酸と置換後のアミノ酸は異なるものとする。);
(B)上記(A)に規定のアミノ酸配列において、1又は複数のアミノ酸が欠失、置換及び/又は付加されたアミノ酸配列(但し、上記少なくとも1つのアミノ酸置換は維持されているものとする。);
(C)上記(A)に規定のアミノ酸配列に対して少なくとも60%の配列同一性を有するアミノ酸配列(但し、上記少なくとも1つのアミノ酸置換は維持されているものとする。)。
【0120】
さらに、更なる別の実施形態においては、上記変異型ホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼが、下記の(D)~(F)の何れか1つに示すアミノ酸配列を有する変異型PEPCであってもよい。
(D)配列番号2~13(好ましくは配列番号2~12、より好ましくは配列番号2~11)の何れか1つに示すアミノ酸配列において、上記(g)に示すアミノ酸置換と、上記(h)~(l)に示すアミノ酸置換のうちの少なくとも1つとを導入してなるアミノ酸配列(ただし、置換前のアミノ酸と置換後のアミノ酸は異なるものとする。);
(E)上記(D)に規定のアミノ酸配列において、1又は複数のアミノ酸が欠失、置換及び/又は付加されたアミノ酸配列(但し、上記各アミノ酸置換は維持されているものとする。);
(F)上記(D)に規定のアミノ酸配列に対して少なくとも60%の配列同一性を有するアミノ酸配列(但し、上記各アミノ酸置換は維持されているものとする。)。
【0121】
さらに、更なる別の実施形態においては、上記変異型ホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼが、下記の(G)~(I)の何れか1つに示すアミノ酸配列を有する変異型PEPCであってもよい。
(G)配列番号2~13(好ましくは配列番号2~12、より好ましくは配列番号2~11)の何れか1つに示すアミノ酸配列において、上記(g)に示すアミノ酸置換と、上記(i)~(l)に示すアミノ酸置換のうちの少なくとも1つとを導入してなるアミノ酸配列(ただし、置換前のアミノ酸と置換後のアミノ酸は異なるものとする。);
(H)上記(G)に規定のアミノ酸配列において、1又は複数のアミノ酸が欠失、置換及び/又は付加されたアミノ酸配列(但し、上記各アミノ酸置換は維持されているものとする。);
(I)上記(G)に規定のアミノ酸配列に対して少なくとも60%の配列同一性を有するアミノ酸配列(但し、上記各アミノ酸置換は維持されているものとする。)。
【0122】
さらに、更なる別の実施形態においては、上記変異型ホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼが、下記の(J)~(L)の何れか1つに示すアミノ酸配列を有する変異型PEPCであってもよい。
(J)配列番号2~13(好ましくは配列番号2~12、より好ましくは配列番号2~11)の何れか1つに示すアミノ酸配列において、上記(g)に示すアミノ酸置換と、上記(i)又は(l)に示すアミノ酸置換とを導入してなるアミノ酸配列(ただし、置換前のアミノ酸と置換後のアミノ酸は異なるものとする。);
(K)上記(J)に規定のアミノ酸配列において、1又は複数のアミノ酸が欠失、置換及び/又は付加されたアミノ酸配列(但し、上記各アミノ酸置換は維持されているものとする。);
(L)上記(J)に規定のアミノ酸配列に対して少なくとも60%の配列同一性を有するアミノ酸配列(但し、上記各アミノ酸置換は維持されているものとする。)。
【0123】
ここで、上記(B)、(E)、(H)及び(K)において、「1又は複数」の範囲は、例えば1から100個、1から50個、1から30個、好ましくは1から20個、1から15個、1から10、より好ましくは1~9個、1~8個、1~7個、1~6個、1~5個、1~4個、1~3個、1~2個である。
加えて、上記(C)、(F)、(I)及び(L)において、「少なくとも60%」は、好ましくは少なくとも70%、より好ましくは少なくとも80%、さらにより好ましくは少なくとも85%、90%、91%、92%、93%、94%、95%、96%、97%、98%、99%と読み替えられる。
さらに加えて、上記(A)、(D)、(G)及び(J)において、「配列番号2~13(好ましくは配列番号2~12、より好ましくは配列番号2~11)の何れか1つに示すアミノ酸配列」は、「配列番号2に示すアミノ酸配列」(即ち、コリネバクテリウム・グルタミカムATCC13032株の野生型PEPCアミノ酸配列)と読み替える実施形態は、特に好ましい。
なお、上述の各実施形態において、上記(A)~(L)の何れかに規定のアミノ酸配列を有する変異型PEPCが、ホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼ活性を保持し、かつ条件(III)を充足せしめる趣旨であることに変わりは無い。
【0124】
さらに、特定の実施形態においては、本発明に係る遺伝子組換え微生物においては、例えば、アスパラギン酸デヒドロゲナーゼ(AspDH、EC 1.4.1.21)、アスパラギン酸アミノ基転移酵素(AspC、EC2.6.1.1)、及び上記アスパラギン酸アンモニアリアーゼ(AspA、EC4.3.1.1、)(
図1を参照)が強化されたものであってもよく、より具体的には、これら酵素活性の強化のために、これら酵素をコードする遺伝子が追加的に導入されていてもよい。本発明の組換えコリネ型細菌に導入される酵素遺伝子としては、例えば、特許文献2及び2、その他特開2016-516435等に開示されるような酵素遺伝子が挙げられる。これら先行技術文献の開示内容は、本明細書においても援用されるものである。
【0125】
上述の各実施形態を適宜に採用した遺伝子組換え微生物によれば、糖類等の出発基質を、より効率的に目的物質の生産に利用することが可能となり、アスパラギン酸又はこれに派生する代謝産物等の目的物質の生産効率の顕著な向上が期待できる。
【0126】
<目的物質を生産する方法>
本発明の第三の態様によれば、以下の目的物質を生産する方法が提供される。
(p)本発明に係る遺伝子組換え微生物の菌体又はその菌体処理物を用いて目的物質を生成させること;並びに
(q)上記目的物質を回収すること、
を含む、目的物質を生産する方法。
【0127】
幾つかの実施形態においては、工程(p)において、本発明に係る遺伝子組換え微生物を、実質的に増殖可能である好気条件下において培養することにより、目的物質を産生させてもよい。好気条件下では、コリネ型細菌においては、
図1に示すTCAサイクルが時計回りに代謝が進むことから、この事を考慮しつつ、標的として生産させたい目的物質の種類に応じて、好気条件下での物質生産に係る実施形態が好適であれば、当該実施形態を選択すればよい。
【0128】
他方、例えばE.coli等のエシェリキア属菌やコリネ型細菌等の微生物は、還元条件下の培地や反応液では、実質的に増殖は伴わずに、還元条件下での特有な代謝系が機能する。したがって、このように還元条件下の培地や反応液において本発明に係るコリネ型細菌やその菌体処理物を反応させると、菌体細胞の増殖分裂による栄養源の浪費を取り除くことが可能となり、栄養源の目的物質への変換効率を向上させることができる。加えて、本発明に係る遺伝子組換え微生物は、条件(I)、(II)及び(IV)における1以上の酵素活性が低減され又は不活化されると共に、代謝産物によるフィードバック阻害に対する抵抗性を示すホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼ活性を保持していることから、栄養源の目的物質への変換効率において格別顕著な向上が見込めるのである。さらに、このような微生物が実質的に増殖しない還元条件下で反応を進める実施形態によれば、細胞の分裂/増殖を伴う好気条件下でのバイオプロセスと比較して、発酵熱の発生を防止でき、さらに培養時における十分なエアレーションを確保する必要も無くなるため、バイオプロセスに要する設備の単純化及びエネルギーの低減が可能となり、地球環境に優しく、コスト削減にもつながる。
【0129】
したがって、工程(p)において、遺伝子組換え微生物が実質的に増殖しない還元条件下の反応媒体(X)中で、該遺伝子組換え微生物の菌体又はその菌体処理物を反応させることにより目的物質を産生させることが好ましい。
【0130】
工程(p’)について
さらに、より好ましい実施形態においては、本発明に係る方法は、工程(p)の前に、
(p’)所定の培地(Y)中で、好気条件下に、上記遺伝子組換え微生物を予め培養し及び増殖させること、をさらに含み、
工程(p’)において増殖させた該遺伝子組換え微生物の菌体又はその菌体処理物を工程(p)に供試する。
【0131】
このように本発明の方法に工程(p’)を含める実施形態は、好気条件下での物質生産に係る実施形態においても想定される実施形態であるが、特に、遺伝子組換え微生物が実質的に増殖しない還元条件下の反応媒体(X)中で物質生産を行う場合に好ましく適用される。工程(p’)として、好気条件下で、予め、遺伝子組換え微生物を一定程度まで増殖させ、次いで、工程(p)において、増殖させた十分量の遺伝子組換え微生物を、該遺伝子組換え微生物が実質的に増殖しない反応媒体(X)において物質生産を進めれば、該遺伝子組換え微生物を、恰も化学触媒の如く利用して効率的な物質生産ができるからである。さらに加えて、該遺伝子組換え微生物は、反応媒体(X)における物質生産の後、場合によっては反応媒体(X)から回収し、2サイクル以降の工程(p)の反応に再利用することも可能である。
以下、工程(p’)、工程(p)、工程(q)の順に、これらの工程で採用され得る具体的構成及び要素について詳述する。
【0132】
〔培地(Y)を構成する基本培地〕
培地(Y)は、特に限定されるものではなく、方法において用いる遺伝子組換え微生物の種類に応じて、適当なもので選択して用いれば良い。具体的には、培地(Y)としては、炭素源、窒素源、無機塩類およびその他栄養物質等を含有する天然培地または合成培地を用いることができる。培地中に含まれる成分は、例えば以下のとおりである。
【0133】
炭素源としては、炭水化物、より具体的には多糖類、単糖類を含む糖類等の炭素含有物質、さらにこれらを含む各種材料等が挙げられ、例えば以下の成分が挙げられる。
グルコース、フルクトース、マンノース、キシロース、アラビノース、ガラクトース等の単糖類;スクロース、マルトース、ラクトース、セロビオース、キシロビオース、トレハロースのような二糖類;セルロース,デンプン,グリコーゲン、アガロース、ペクチン、アルギン酸等の多糖類;糖蜜等;稲わら、林地残材、バガス、コーンストーバー等の非可食農産廃棄物や非可食性バイオマス(非可食性の草本植物や木本植物を原料とした資源);スイッチグラス、ネピアグラス、ミスキャンサス等のエネルギー作物を糖化酵素などで糖化したグルコースやキシロース等の複数の糖類を含む糖化液;マンニトール、ソルビトール、キシリトール、グリセリン等の糖アルコール;酢酸、クエン酸、乳酸、フマル酸、マレイン酸、グルコン酸等の有機酸;エタノール、プロパノール、ブタノール等のアルコール;ノルマルパラフィン等の炭化水素。
なお、炭素源は、1種を単独で、又は2種以上を混合して使用できる。
【0134】
窒素源としては、炭酸アンモニウム((NH4)2CO3)、塩化アンモニウム、硫酸アンモニウム、硝酸アンモニウム、酢酸アンモニウム等の無機又は有機アンモニウム化合物、尿素、アンモニア水、硝酸ナトリウム、硝酸カリウム等を使用できる。さらに、コーンスティープリカー、肉エキス、蛋白質加水分解物(カザミノ酸、トリプトン、ペプトン、NZ-アミン等)、アミノ酸等の含窒素有機化合物等も使用できる。
なお、窒素源は、1種を単独で又は2種以上を組合せて用いることができる。窒素源の培地中の濃度は、採用する遺伝子組換え微生物の種類やその性質、窒素化合物の種類等の条件に応じて適宜調整すればよく特に限定されるものでもないが、例えば約0.1~10w/v%とすることができる。
【0135】
無機塩類としては、リン酸一カリウム、リン酸二カリウム、硫酸マグネシウム(水和物)、塩化ナトリウム、硫酸鉄(II)七水和物、硝酸第一鉄、硫酸マンガン、硫酸亜鉛、硫酸コバルト、炭酸カルシウム等が挙げられる。
なお、無機塩は、1種を単独で又は2種以上を混合して使用できる。無機塩類の培地中の濃度は、採用する遺伝子組換え微生物の種類やその性質、無機塩類の種類等の条件に応じて適宜調整すればよく特に限定されるものでもないが、例えば約0.01~1(w/v%)とすればよい。
【0136】
さらに、その他栄養物質としては、肉エキス、ペプトン、ポリペプトン、酵母エキス、乾燥酵母、コーンスティープリカー、脱脂粉乳、脱脂大豆塩酸加水分解物、動植物又は微生物菌体のエキスやそれらの分解物等が挙げられる。その他栄養物質の培地中の濃度は、採用する遺伝子組換え微生物の種類やその性質、栄養物質の種類等の条件に応じて適宜調整すればよく特に限定されるものでもないが、例えば約0.1~10(w/v%)とすればよい。
【0137】
加えて、必要に応じて、ビタミン類を添加することもできる。ビタミン類としては、ビオチン、チアミン(ビタミンB1)、ピリドキシン(ビタミンB6)、パントテン酸、イノシトール等が挙げられる。
さらに加えて、必要に応じて、シリコーン系消泡剤やポリエーテル系消泡剤等の消泡剤を添加してもよく、細菌培地用の各種消泡剤が市販されているので、それらを利用してもよい。
なお、培地(Y)のpHは、採用する遺伝子組換え微生物が生育できる程度であれば特に限定されるものでもないが、約6~8が好ましい。
【0138】
加えて、採用する遺伝子組換え微生物がコリネ型細菌に属する微生物である場合、培地(Y)として、A培地〔Inui,M. et al., Metabolic analysis of Corynebacterium glutamicum during lactate and succinate productions under oxygen deprivation conditions. J. Mol. Microbiol. Biotechnol. 7:182-196 (2004)〕、BT培地〔Omumasaba, C.A. et al., Corynebacterium glutamicum glyceraldehyde-3-phosphate dehydrogenase isoforms with opposite, ATP-dependent regulation. J. Mol. Microbiol. Biotechnol.8:91-103(2004)〕、本明細書実施例に記載のNA培地等が好ましく利用できる。
【0139】
このように、本発明の遺伝子組換え微生物を上述の如き培地(Y)で培養及び増殖させることにより取得した菌体又はその菌体処理物を工程(p)に供試すればよい。
ここで、遺伝子組換え微生物の培養条件については、該遺伝子組換え微生物が十分に増殖し、十分な量の菌体又はその菌体処理物が得られるように適宜設定すれば足りる。具体的には、好気的条件下で培養温度を約25℃~38℃とし、培養時間を約12時間~48時間培養させることができる。さらに加えて、凍結乾燥や冷凍保存による菌体ストックについては、一度、固形培地上に播種し、該固形培地上で生育が確認されたコロニー等をさらに上述の培地(Y)に植菌することにより工程(p)に供試する遺伝子組換え微生物を調製することができる。
【0140】
さらに、本発明において「菌体又はその菌体処理物」の具体的形態については、目的物質の産生できる状態のものであれば足り、特に限定されるものでもない。
いくつかの実施形態においては、上述のとおり、工程(p’)において、培地(Y)中で遺伝子組換え微生物を培養及び増殖させた後、培地(Y)から遺伝子組換え微生物を回収又は分離することなく、該遺伝子組換え微生物を含む培地(Y)をそのまま、工程(p)に供試し、該遺伝子組換え微生物の菌体を用いて目的物質を生成させてもよい。さらに、工程(p)に先立ち、工程(p’)において取得した遺伝子組換え微生物を含む培地(Y)に、必要に応じて、後述の反応媒体(X)の成分となり得る炭素源(糖類)、窒素源、無機塩類、ビタミン類、還元剤等を追加し、工程(p)における目的物質の生成反応に供試してもよい。
【0141】
別の実施形態においては、工程(p’)において培地(Y)中で培養し及び増殖させた遺伝子組換え微生物を、培地(Y)から分離及び回収して得た菌体そのもの、又はその菌体に所定の物理的又は化学的処理を施して得た菌体処理物を、工程(p)に供試することとしてもよい。該培地(Y)から遺伝子組換え微生物を分離及び回収する手法としては、例えば遠心分離、各種フィルターによる分離、デカンテーション等が挙げられる。加えて、本発明において「菌体処理物」は、工程(p)の目的物質産生の反応を実現できる限り特にて限定されるものでもないが、より詳細には、例えば回収した菌体に対して、各種薬剤処理を加えたもの、アクリルアミド、カラギーナン、その他適当な高分子等のキャリアに固定化したもの等が挙げられる。
【0142】
〔反応媒体(X)の組成〕
本発明の反応媒体(X)の組成は、遺伝子組換え微生物が実質的に増殖せず、かつ遺伝子組換え微生物による目的物質の産生反応を進行させる還元条件下の反応媒体(X)を実現するものである限り、特に限定されるものではない。反応媒体(X)は、例えば炭素源、窒素源、及び無機塩類等を含有し、生物体等に由来する天然のものであってもよく、又は人工的に合成したものであってもよい。反応媒体(X)中に含まれる成分は、例えば以下のとおりである。
【0143】
炭素源としては、炭水化物、より具体的には多糖類、単糖類を含む糖類、さらにこれらを含む各種材料が挙げられ、例えば以下の成分が挙げられる。
グルコース、フルクトース、マンノース、キシロース、アラビノース、ガラクトースのような単糖類;スクロース、マルトース、ラクトース、セロビオース、キシロビオース、トレハロースのような二糖類;セルロース,デンプン,グリコーゲン、アガロース、ペクチン、アルギン酸等の多糖類;糖蜜等;稲わら、林地残材、バガス、コーンストーバー等の非可食農産廃棄物や非可食性バイオマス(非可食性の草本植物や木本植物を原料とした資源);スイッチグラス、ネピアグラス、ミスキャンサス等のエネルギー作物を糖化酵素などで糖化したグルコースやキシロース等の複数の糖類を含む糖化液;マンニトール、ソルビトール、キシリトール、グリセリン等の糖アルコール;酢酸、クエン酸、乳酸、フマル酸、マレイン酸、グルコン酸等の有機酸;エタノール、プロパノール、ブタノール等のアルコール;ノルマルパラフィン等の炭化水素。
【0144】
これらの中でも、単糖類が好ましく、グルコースがより好ましい。また、グルコースを含む糖類(二糖、オリゴ糖、多糖)も好ましい。なお、炭素源は、1種を単独で又は2種以上を組合せて用いることができる。加えて、反応媒体(X)中の炭素源の濃度は、約1~20(w/v%)が好ましく、約2~10(w/v%)がより好ましく、約2~5(w/v%)がさらにより好ましい。加えて、反応媒体(X)における糖類の濃度が、例えば約1~20(w/v%)、より好ましくは約2~10(w/v%)、さらにより好ましくは約2~5(w/v%)である。
【0145】
窒素源としては、炭酸アンモニウム((NH4)2CO3)、塩化アンモニウム、硫酸アンモニウム、硝酸アンモニウム、酢酸アンモニウムのような無機又は有機アンモニウム化合物、尿素、アンモニア水、硝酸ナトリウム、硝酸カリウム等を使用できる。さらに、コーンスティープリカー、肉エキス、ペプトン、NZ-アミン、蛋白質加水分解物、アミノ酸等の含窒素有機化合物等も使用できる。
なお、窒素源は、1種を単独で又は2種以上を組合せて用いることができる。窒素源の反応液中の濃度は、用いる遺伝子組換え微生物の種類や、所望の目的物質の種類や性状、反応条件、窒素化合物の種類等の条件に応じて適宜調整すればよく、特に限定されるものでもないが、例えば、約0.1~10(w/v%)に調整することができる。
【0146】
無機塩類としては、リン酸一カリウム、リン酸二カリウム、硫酸マグネシウム(水和物)、塩化ナトリウム、硫酸鉄(II)七水和物、硝酸第一鉄、硫酸マンガン、硫酸亜鉛、硫酸コバルト、炭酸カルシウム等が挙げられる。
なお、無機塩類は、1種を単独で又は2種以上を組合せて用いることができる。無機塩類の反応液中の濃度は、用いる遺伝子組換え微生物の種類や、所望の目的物質の種類や性状、反応条件、無機塩類の種類等の条件に応じて適宜調整すればよく、特に限定されるものでもないが、例えば約0.01~1(w/v%)とすればよい。
【0147】
さらに、反応媒体(X)は、必要に応じて、ビタミン類を添加することもできる。ビタミン類としては、ビオチン、チアミン(ビタミンB1)、ピリドキシン(ビタミンB6)、パントテン酸、イノシトール等が挙げられる。
【0148】
なお、反応媒体(X)のpHは、所望の目的物質を生成する反応が進行する範囲となれば特に限定されるものでもないが、一般的には約6.0~8.0が好ましく、より好ましくは6.5~8.0、例えば7.5前後である。
加えて、具体的な好ましい反応媒体(X)の基本組成としては、上述のBT培地等が挙げられ、これらの培地の組成をベースとして、上述のとおり、炭素源(糖類)の濃度、ニコチン酸及びその誘導体のうち少なくとも1つの濃度(xn)、ビオチン濃度(xb)等を適宜調整することにより反応媒体(X)を調製することができる。
【0149】
〔還元条件〕
コリネ型細菌が実質的に増殖しない還元条件とは、字義どおりに解釈して遺伝子組換え微生物が実質に増殖しない程度に反応媒体が還元状態にあることを意味するが、より具体的には反応媒体の酸化還元電位で規定される。反応媒体(X)の酸化還元電位は、約-200mV~-500mVが好ましく、約-250mV~-500mVがより好ましい。
なお、反応媒体(X)の酸化還元電位は、酸化還元電位計を用いて測定することができる。酸化還元電位計は、市販品も存在することから、本発明にける反応媒体(X)の酸化還元電位の測定には、それら市販品を利用してもよい。
【0150】
反応媒体の還元状態は、簡便な方法としては、レサズリン指示薬(還元状態であれば、青色から無色への脱色)で推定できるが、より正確に制御したい場合は、酸化還元電位差計(例えば、BROADLEY JAMES社製、ORP Electrodes)を用いて測定してもよい。
【0151】
還元条件にある反応媒体(X)の調製方法は、特に制限されることもなく各種手法を用いることができ、例えば、次のような反応液用水溶液を調製する公知の手法を利用することができる。
即ち、反応媒体の溶媒として、蒸留水等の代わりに反応液用水溶液を使用してもよく、反応液用水溶液の調製方法は、例えば硫酸還元微生物などの絶対嫌気性微生物用の培養液調製方法(Pfennig, N. et al., (1981) : The dissimilatory sulfate-reducing bacteria,In The Prokaryotes,A Handbook on Habitats Isolation and Identification of Bacteria,Ed.by Starr,M.P.et al., p926-940, Berlin,Springer Verlag.)や「農芸化学実験書 第三巻、京都大学農学部 農芸化学教室編、1990年第26刷、産業図書株式会社出版」などが参考となり、所望の還元条件下の水溶液を得ることができる。
【0152】
具体的には、蒸留水などを加熱処理や減圧処理して溶解ガスを除去することにより、還元条件の反応液用水溶液を得ることができる。この場合、約10mmHg以下、好ましくは約5mmHg以下、より好ましくは約3mmHg以下の減圧下で、約1~60分程度、好ましくは約5~40分程度、蒸留水などを処理することにより、溶解ガス、特に溶解酸素を除去して還元条件下(嫌気状態)の反応液用水溶液を作成することができる。
さらに、適当な還元剤(例えば、チオグリコール酸、アスコルビン酸、システィン塩酸塩、メルカプト酢酸、チオール酢酸、グルタチオン、硫化ソーダ等)を添加して還元条件の反応液用水溶液を調製することもできる。
これらの方法を適宜組み合わせることも有効な還元条件の反応液用水溶液の調製方法である。
【0153】
なお、反応中も反応媒体(X)の還元状態を維持することが好ましい。反応中、継続的に反応媒体(X)の還元状態を維持するためには、反応系外からの酸素の混入を可能な限り防止することが望ましく、具体的には、反応系を窒素ガス等の不活性ガスや炭酸ガス等で封入する方法が挙げられる。酸素混入をより効果的に防止する方法としては、反応途中において本発明の好気性細菌の菌体内の代謝機能を効率よく機能させるために、反応系のpH維持調整液の添加や各種栄養素溶解液を適宜添加する必要が生じる場合もあるが、このような場合には添加溶液から酸素を予め除去しておくことが有効である。
【0154】
なお、本発明の方法が、工程(p’)を含む場合において、工程(p’)により本発明所定の遺伝子組換え微生物が増殖した培地(Y)に対して、上記所定の操作を施し及び/又は還元剤を添加する等して、当該遺伝子組換え微生物が実質的に増殖しない還元条件を充足するように調整した当該培地(Y)を、工程(p)において反応媒体(X)として用いてもよい。
【0155】
〔反応条件〕
工程(p)における反応温度は、所望の目的物質を生成する範囲であればよく、採用する遺伝子組換え微生物の性質等に応じて適宜に設定すればよく、特に限定されるものではない。典型的には、約20~50℃、好ましくは約25~47℃であり、より好ましくは約27~37℃であり、このような温度範囲であれば効率良く目的物質を製造できる。
反応時間も、所望の目的物質が得られるように適宜調整すればよく、特に限定されるものでもないが、例えば約1時間~約7日間、より効率的な目的物質の観点から約1時間~約3日間が好ましく、例えば約1時間~48時間とすることができる。
【0156】
反応は、バッチ式、流加式、連続式の何れでもよい。中でも、バッチ式が好ましい。
【0157】
工程(p)の反応終了後、反応媒体(X)から遺伝子組換え微生物やその菌体処理物等を遠心分離等の適当な操作により回収し、回収した遺伝子組換え微生物を再利用して工程(p)を複数回繰り返してもよい。このように遺伝子組換え微生物を再利用することにより工程(p)を複数回繰り返す構成は、生産コストの削減に繋がり、効率的な目的物質の生産を実現できることから、本発明において好ましい実施形態である。
【0158】
工程(q)について
工程(p)において目的物質を生成させた後、工程(q)として、目的物質を回収する。ここで、工程(q)において、「目的物質を回収する(こと)」と言う用語は、目的物質を含有する遺伝子組換え微生物及び/又は培養液若しくは反応媒体のものを採取することにより、目的物質を回収することを包含する概念である。
【0159】
上述のとおり、工程(q)において、目的物質を含有する遺伝子組換え微生物及び/又は培養液若しくは反応媒体のものを採取することにより、目的物質を回収することとしてもよいが、目的物質を含有する培養液若しくは反応媒体(X)又は遺伝子組換え微生物菌体若しくはその菌体処理物から、目的物質を分離及び/又は精製するなどして、当該目的物質を回収することとしてもよい。
【0160】
このような目的物質の分離及び/又は精製プロセスを採用する実施形態において、目的物質の分離及び精製プロセスには、目的物質の種類や目的物質の用途を考慮して、必要とされる純度等に応じて、適当な分離/精製技術を採用すればよい。特に限定されるものでもないが、例えば、各種晶析法、限外濾過法等の各種濾過技術、イオン交換クロマトグラフィー、アフィニティークロマトグラフィー、疎水性クロマトグラフィー、逆相クロマトグラフィー等の各種クロマトグラフィー技術、濃縮法、透析、活性炭吸着法等を適宜組み合わせて、目的物質を回収することができる。これら物質の分離精製技術は各種のものが知られているので、それらを適宜利用すればよい。
さらに、本発明の方法は、任意に目的物質を洗浄し、乾燥し、破砕し、粉体化又は粒状化し、及び/又は梱包する等の工程をさらに含んでも良い。
【0161】
<目的物質の種類>
本発明の方法においては、本発明に係る遺伝子組換え微生物を利用して、様々な目的物質を収率良く生産することができる。採用する遺伝子組換え微生物の種類に応じて目的物質の種類は様々であるが、具体的には、核酸関連化合物(例えば、アデニン、グアニン、シトシン、チミン、ウラシル、5'-グアニル酸、アデノシン、ATP,CDP-コリン);ホルモン用物質等の各種生理活性物質;炭水化物や糖類;ビタミン関連物質及び補酵素(例えば、ビタミンC、ビタミンB2、B12、ソルボース、NAD,FAD、コエンザイムA);タンパク質、ペプチド、アミノ酸;L-3,4-ジヒドロキシフェニルアラニン(L-DOAP)、5-ヒドロキシトリプトファン、ピロリドンカルボン酸等のアミノ酸誘導体;エタノール、ブタノール、イソプロパノール等のアルコール類;フェノール、カテコール、4-ヒドロキシ安息香酸、4-アミノ安息香酸、アントラニル酸、没食子酸、コハク酸、フマル酸、リンゴ酸、シキミ酸、3-デヒドロシキミ酸、3-デヒドロキナ酸、プロトカテク酸、コリスミ酸等の各種有機化合物等が挙げられる。
【0162】
特定の実施形態においては、目的物質は、アミノ酸、アルコール類、芳香族化合物、及び有機酸からなる群から選択される少なくとも1つである。
【0163】
さらに、本発明において、目的物質は、L-アミノ酸又はその誘導体であることが好ましい。具体的には、アミノ酸は、バリン、ロイシン、イソロイシン、グルタミン、アスパラギン酸、グルタミン酸、アルギニン、アラニン、プロリン、システイン、リシン(リジン)、スレオニン、アスパラギン、フェニルアラニン、セリン、メチオニン、グリシン、チロシン、ヒスチジン、トリプトファン、シスチン、テアニンを含む。
さらに加えて、L-アミノ酸の誘導体は、具体的には、遺伝子組換え微生物の代謝系において、L-アミノ酸から誘導される代謝産物である。
さらに、本発明において、目的物質は、L-アスパラギン酸又はこれから誘導される代謝産物であることがこのましい。L-アスパラギン酸から誘導される代謝産物には、L-スレオニン、L-リシン、L-アルギニン、L-ホモセリン等のアミノ酸やアミノ酸誘導体が含まれる。
【0164】
特定の実施形態においては、目的物質は、クエン酸、cis -アコニット酸、D-イソクエン酸、α-ケトグルタル酸、スクシニルCoA、コハク酸又はこれから誘導される更なる代謝産物である。これら代謝産物は、本発明に係る遺伝子組換え微生物を好気条件下で培養又は反応させることにより、効率的に生産され得る(
図1)。別の実施形態においては、上記目的物質は、オキサロ酢酸、L-リンゴ酸、フマル酸又はこれから誘導される代謝産物である。これら代謝産物は、本発明に係る遺伝子組換え微生物を、該遺伝子組換え微生物が実質的に増殖しない還元条件下で反応させることにより、効率的に生産され得る(
図1)。
さらに別の実施形態においては、目的物質は、オキサロ酢酸、リンゴ酸又は生合成経路上これらの化合物を経由する代謝産物である。
好ましい実施形態においては、目的物質は、アスパラギン酸又はこれから誘導される代謝産物である。より好ましい実施形態においては、目的物質は、アスパラギン酸、ベータアラニン、又はアスパラギンである。
【0165】
目的物質は、遺伝子組換え微生物が、本発明所定の条件の下、野生型から受け継いだ代謝系によって産生されるものであってもいし、遺伝子操作や変異処理等により人工的に作り出した更なる代謝系で産生されるものであってもよく、或はこれら両者の代謝系による組合せによって産生されるものであってもよい。さらに加えて、本発明による目的物質の生産方法においては、遺伝子組換え微生物により生成された物質から、さらに化学合成プロセスや無細胞系の酵素代謝によるバイオプロセスにより、最終的な目的物質を合成する工程をさらに含む実施形態も想定される。
【0166】
なお、本発明において製造される目的物質の用途は、何ら限定されることもないが、例えば、医薬用途、食品用途、工業用途、燃料用途、化粧品用途等が挙げられる。加えて、本発明において製造された目的物質は、各種用途に実際に使用される物質であってもよく、又は最終産物の製造に用いるための中間原料であってもよい。
【0167】
<変異型PEPC>
本発明の第四の態様によれば、下記の変異型ホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼが提供される。
コリネ型細菌に属する微生物が保有する野生型ホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼのアミノ酸配列に対して、該野生型ホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼ活性におけるアスパラギン酸によるフィードバック阻害を低減し得るアミノ酸変異を有し、
該アミノ酸変異が、配列番号2に示すアミノ酸配列を基準として、
(g)第299番目のアスパラギン酸に相当するアミノ酸のアスパラギンへのアミノ酸置換と、
(i)第813番目のリシンに相当するアミノ酸の所定のアミノ酸へのアミノ酸置換(ただし、置換後のアミノ酸はリシンではないものとする。);又は
(l)第917番目のアスパラギンに相当するアミノ酸の所定のアミノ酸へのアミノ酸置換(ただし、置換後のアミノ酸はアスパラギンではないものとする。)と、
を少なくとも含み、
上記野生型ホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼのアミノ酸配列に対して、上記(g)、(i)又は(l)に規定のアミノ酸置換のみを有してなるタンパク質よりも、アスパラギン酸によるフィードバック阻害に対する抵抗性が高い、
変異型ホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼ。
【0168】
好ましい実施形態においては、上記変異型ホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼは、下記の(J)~(L)の何れか1つに示すアミノ酸配列を有する変異型PEPCである。
(J)配列番号2~13(好ましくは配列番号2~12、より好ましくは配列番号2~11)の何れか1つに示すアミノ酸配列において、上記(g)に示すアミノ酸置換と、上記(i)又は(l)に示すアミノ酸置換とを導入してなるアミノ酸配列(ただし、置換前のアミノ酸と置換後のアミノ酸は異なるものとする。);
(K)上記(J)に規定のアミノ酸配列において、1又は複数のアミノ酸が欠失、置換及び/又は付加されたアミノ酸配列(但し、上記各アミノ酸置換は維持されているものとする。);
(L)上記(J)に規定のアミノ酸配列に対して少なくとも60%の配列同一性を有するアミノ酸配列(但し、上記各アミノ酸置換は維持されているものとする。)。
【0169】
ここで、上記(K)において、「1又は複数」の範囲は、例えば1から100個、1から50個、1から30個、好ましくは1から20個、1から15個、1から10、より好ましくは1~9個、1~8個、1~7個、1~6個、1~5個、1~4個、1~3個、1~2個である。
加えて、上記(L)において、「少なくとも60%」は、好ましくは少なくとも70%、より好ましくは少なくとも80%、さらにより好ましくは少なくとも85%、90%、91%、92%、93%、94%、95%、96%、97%、98%、99%と読み替えられる。
さらに加えて、上記(J)において、「配列番号2~13(好ましくは配列番号2~12、より好ましくは配列番号2~11)の何れか1つに示すアミノ酸配列」は、「配列番号2に示すアミノ酸配列」(即ち、コリネバクテリウム・グルタミカムATCC13032株の野生型PEPCアミノ酸配列)と読み替える実施形態は、特に好ましい。
【0170】
<変異型PEPCをコードする核酸>
本発明の第五の態様によれば、第四の態様に係る変異型ホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼをコードする核酸が提供される。
【0171】
本発明において、「核酸」は、DNA(デオキシリボ核酸)及びRNA(リボ核酸)の何れの形態で提供されてもよい。さらに、本発明に係る核酸は、一本鎖又は二本鎖の形態であってもよい。なお、核酸は、具体的には単離された核酸、cDNA又はcRNAである。RNAよりもDNAの方が化学的に安定であること等を考慮すると、本発明の核酸はDNAの形態で提供されることが好ましい。加えて、本発明において核酸は、メチル化等の化学修飾を受けたものであってもよい。
加えて、本発明に係る核酸は、必ずしも必須ではないが、特定の微生物の細胞内で自律複製可能となるように複製起点等を含み、プラスミドの形態で提供されてもよい。さらに加えて、本発明に係る核酸においては、当該変異型PEPCコード配列に加え、微生物の細胞内で本発明に係る変異型PEPCが発現可能となるように、プロモーター配列やシャイン・ダルガノ配列等の遺伝子制御配列を含んでもよい。に当該変異型PEPCコード領域を含んでもよい。
【0172】
さらに、言うまでも無く、本発明に係る核酸が導入された遺伝子組換え微生物は、本発明の第一の態様又は第二の態様に係る遺伝子組換え微生物の一部として、本発明に包含される。さらに加えて、言うまでも無く、本発明に係る核酸が導入された遺伝子組換え微生物を用いた目的物質を生産する方法も、本発明の第三の態様に係る目的物質の生産方法の一部として、本発明に包含される。
【0173】
以上、本発明の具体的な実施形態について詳述したが、本発明は上述の実施形態に限定されるものではない。本発明の要旨から逸脱しない範囲において各構成、要素及び特徴について種々の改変、修正、組合せが採用され得る。
なお、本発明において「含む」及び「有する」の語はそれぞれ、特に断わりのない限り、これらの語が目的語として言及する要素以外の要素の存在を排除するものではなく、これらの用語は混用される。加えて、本願の優先権主張の基礎とされる日本国特許出願No.JP2019-76629(特願2019-76629)の内容に加え、本明細書において言及される各文献の内容は、本明細書の一部を構成するものとしてここに援用される。
【実施例】
【0174】
<コリネバクテリウム・グルタミカムを用いた例>
出発材料としてコリネバクテリウム・グルタミカムATCC13032株を用い、遺伝子破壊の手法により所定の酵素活性を不活化し、かつ所定のアミノ酸置換を有する変異型ホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼ遺伝子を導入した組換えコリネ型細菌を作出した。以下に、その手順を示す。
【0175】
(1)遺伝子欠損株(コリネバクテリウム・グルタミカムATCC13032ΔldhΔsdhΔpoxB株)の作製
まず、PCR法により、プラスミドpNIC-Bsa4(Source BioScience社)を鋳型とし、以下の表12に示すプライマーのペアーを用い、SacB遺伝子断片を増幅させた。
【0176】
【0177】
増幅したDNA断片とプラスミドpHSG299(タカラバイオ株式会社)とを、BamHI及びHindIIIで制限酵素処理した後、DNA ligation Kit Ver. 2 (タカラバイオ株式会社)を用いてライゲーションし、プラスミドpGE015を得た。
さらに、PCR反応により、コリネバクテリウム・グルタミカムATCC13032株のゲノムDNAを鋳型として、ldh遺伝子コード領域上流の約1000bpの領域と、該遺伝子コード領域下流の約1000bpの領域とをそれぞれ増幅させた。
なお、これらPCR反応では、上流領域についてはプライマーF2及びR2のペアーを用い、下流領域についてはプライマーF3及びR3を用いた(表13)。
なお、
図2Aに、各プライマーと遺伝子コード領域との位置関係が模式的に示されている。
【0178】
【0179】
なお、上記の手順において、各PCR反応には、サーマルサイクラーT100TM(BIO-RAD社)を利用し、PCR酵素試薬としてはPrimeStar MAX(タカラバイオ株式会社)を利用した。以下に説明する手順におけるPCR反応についても、特に断わりの無い限り同様である。
【0180】
上記のとおり増幅させたldh遺伝子上流域及び下流域DNA断片を、EcoRIで制限酵素処理することにより線状化したpGE15ベクターに、In-Fusion cloning kit(タカラバイオ株式会社)を用いて連結させ、クローニングした。このようにして得られたプラスミドをpGE033と命名した。
【0181】
プラスミドpGE33において、ldh遺伝子上流域断片と該遺伝子の下流域断片とは、タンデムに連結されてマルチクローニングサイトに挿入された形態となっているものの、ldh遺伝子のコード領域は欠損している。加えて、pGE33は、大腸菌では複製可能であるが、コリネ型細菌の菌体内では複製不可能なプラスミドである。 プラスミドpGE33を、電気パルス法(2500V,25μF,200Ω;Van der Rest et al.Appl.Microbiol Biotechnol 52,pp541-545,1999)により、コリネバクテリウム・グルタミカムATCC13032株へ導入した。電気パルス法後の試料は、カナマイシン25μg/mlを含むA寒天培地(培地1L中の組成:尿素:2g,(NH4)2SO4:7g,KH2PO4:0.5g,K2HPO4:0.5g,MgSO4・7H2O:0.5g,FeSO4・7H2O:6mg,MnSO4・nH2O:4.2mg,D-ビオチン:200μg,塩酸チアミン:200μg,酵母エキス:2g,カザミノ酸:7g,グルコース:20g,寒天:16gを蒸留水に1000ml溶解(pH6.6))に塗布し、常法により培養した。
【0182】
ここで、pGE33は、薬剤耐性マーカーとしてカナマイシン耐性遺伝子を有していることから、上記のとおりカナマイシンを含むA寒天培地上で増殖した生育株は、pGE33が染色体上の野生型ldh遺伝子と1点相同組換えを起こして、該プラスミドごとゲノムDNAに組み込まれた株である。 このようにして取得した生育株を、10%スクロースを添加したLB寒天培地(培地1L中の組成:バクトペプトン:10g、酵母エキス:5g、塩化ナトリウム:10g、寒天:16g)に塗布し、常法により培養した。ここで、pGE33に由来のSacB遺伝子が保持された形質転換体は、スクロースを添加した培地上では、毒性物質が産生されることから生存することができない。一方、再度の相同組換えによりSacB遺伝子を含むプラスミド由来の領域が抜け落ちた形質転換体については、スクロースが添加された培地上でも生存できることから、プラスミド由来の領域が抜け落ち、かつldh遺伝子が欠損した形質転換体が生育株として得られる。なお、再度の相同組換えの際に、完全なpGE33の形態でプラスミド全領域が抜け落ちるものは、ldh遺伝子をインタクトに保持する野生型ATCC13032株の形質に戻る。
【0183】
上記のとおりLB寒天培地上で生育株として取得された菌体コロニーの中から、上記のF2及びR3のプライマーペアーを用いたコロニーPCR法によりldh遺伝子欠損株をスクリーニングした。
【0184】
上記のプライマーF2及びR3は、ldh遺伝子上流約1000bpの領域の5’端と、該遺伝子下流約1000bpの領域の3’端にそれぞれ設計したプライマーであることから、ldh遺伝子を欠損した菌株であれば、約2kbのDNA断片が得られるはずである。この事を指標として、上記コロニーPCRで得られたプロダクトについてアガロース電気泳動法(Molecular Cloning, Sambrook et al., 1989 Cold Spring Harbor Laboratory Press)を行い、ldh遺伝子の欠損が確認されたコロニー菌体をldh遺伝子欠損株(GES168)として取得した。
【0185】
次に、上記ldh遺伝子欠損株の取得方法に準じて、ldh遺伝子欠損株(ATCC13032Δldh株)(GES168)について、さらにsdhCAB遺伝子を欠損させた。
即ち、コリネバクテリウム・グルタミカムATCC13032株のゲノムDNAを鋳型として、sdhCAB遺伝子コード領域上流の約1000bpの領域と、該遺伝子コード領域下流の約1000bpの領域とをそれぞれ増幅させた。
なお、これらPCR反応では、上流領域についてはプライマーF4及びR4のペアーを用い、下流領域についてはプライマーF5及びR5を用いた(表14)。加えて、上述のとおり、sdhCABは、sdhCコード領域、sdhAコード領域、sdhBコード領域により、ゲノム上でオペロンを構成しているが、各プライマーと、各コード領域の位置関係は、
図2Bに示されている。
【0186】
【0187】
上記のとおり増幅させたSdhCAB遺伝子の上流域及び下流域DNA断片を、EcoRIで制限酵素処理することにより線状化したpGE15ベクターに、In-Fusion cloning kit(タカラバイオ株式会社)を用いて連結させ、クローニングした。このようにして得られたプラスミドをpGE020と命名した。 プラスミドpGE020を、ATCC13032Δldh株(GES168)を取得した際と同様に、上述の電気パルス法に従ってATCC13032Δldh株(GES168)に導入し、カナマイシン含有培地及びスクロース含有培地によるセレクションと、コロニーPCRによるスクリーニングにより、ATCC13032ΔldhΔsdh株(GES439)を取得した
【0188】
さらに、上記遺伝子欠損株の取得方法に準じて、ATCC13032ΔldhΔsdh株(GES439)に対して、さらにpoxB遺伝子を欠損させた。
即ち、コリネバクテリウム・グルタミカムATCC13032株のゲノムDNAを鋳型として、poxB遺伝子コード領域上流の約1000bpの領域と、該遺伝子コード領域下流の約1000bpの領域とをそれぞれ増幅させた。
なお、これらPCR反応では、上流領域についてはプライマーF6及びR6のペアーを用い、下流領域についてはプライマーF7及びR7を用いた(表15)。
なお、
図2Cに、各プライマーと遺伝子コード領域との位置関係が模式的に示されている。
【0189】
【0190】
上記のとおり増幅させたpoxB遺伝子の上流域及び下流域DNA断片を、EcoRIで制限酵素処理することにより線状化したpGE15ベクターに、In-Fusion cloning kit(タカラバイオ株式会社)を用いて連結させ、クローニングした。このようにして得られたプラスミドをpGE191と命名した。 プラスミドpGE191を、ATCC13032Δldh株(GES168)を取得した際と同様に、上述の電気パルス法に従ってATCC13032ΔldhΔsdh株(GES439)に導入し、カナマイシン含有培地及びスクロース含有培地によるセレクションと、コロニーPCRによるスクリーニングにより、ATCC13032ΔldhΔsdhΔpoxB株(GES524)を取得した
【0191】
(2)遺伝子欠損株への変異型PEPC遺伝子の導入(2-1)シャトルベクターの構築 まず、コリネバクテリウム菌体内で自律複製可能とせしめる複製起点を含むDNA断片と、大腸菌で自律複製可能とせしめる複製起点を含むDNA断片と、カナマイシン耐性遺伝子を含むDNA断片とを連結させることにより、コリネバクテリウム・グルタミカムATCC13032用のシャトルベクターを構築した。
コリネバクテリウム菌の複製起点に係るDNA断片は、PCR法により、pBL1(和地正明博士より贈与、ヌクレオチド配列GenBankID:AF092037.1)を鋳型として、表16に示すプライマーF8及びR8のペアーを用いて増幅させた。さらに、大腸菌の複製起点に係るDNA断片は、PCR法により、pMW119(タカラバイオ株式会社)を鋳型として、表16に示すプライマーF9及びR9のペアーを用いて増幅させた。さらに、カナマイシン耐性遺伝子DNA断片は、PCR法により、pHSG299(タカラバイオ株式会社)を鋳型として、表16に示すプライマーF10及びR10のペアーを用いて増幅させた。
【0192】
【0193】
上述のとおり取得した3つの増幅断片を、In-Fusion cloning kit(TAKARA)を用いて連結し、環状化したものを、コリネバクテリウム・グルタミカムATCC13032用シャトルベクターとして、プラスミドpGEK004と命名した。
【0194】
(2-2)各種変異型ホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼ遺伝子を含むプラスミドの構築
次いで、PCR反応をベースとした部位特異的変異導入法に基づき、各種アミノ酸置換を有する変異型ホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼ遺伝子DNA断片を増幅させ、それらDNA断片がそれぞれ、上記シャトルベクターpGEK004に挿入されてなるプラスミドを構築した。
構築したプラスミドの名称及びPEPCのアミノ酸置換の内容を、以下の表17に示す。
【表17】
【0195】
以下、上記各プラスミドの構築方法について詳述する。
(2-2-1)pGE320(ppcD299N遺伝子)について
まず、PCR反応により、コリネATCC13032株のゲノムDNAを鋳型とし、表18に示すプライマーF11及びR11のペアーを用いて、コリネ型細菌で機能可能なプロモーターであるgapA遺伝子プロモーター領域を含むDNA断片を増幅させた。
【0196】
【0197】
PEPCコード領域については、まず、PCR法により、ATCC13032株ゲノムDNAを鋳型として、表18に示すプライマーF12及びR12-1のペアーを用いることによりPEPCのN末端側に相当する約900bpの領域を増幅すると共に、同じくATCC13032株ゲノムDNAを鋳型として、表18に示すプライマーF13-1及びR13のペアーを用いることによりPEPCのC末端側領域を含む約3500bpの領域を増幅した。
ここで、PEPCのN末端側断片の増幅に用いたプライマーR12-1(リバースプライマー)と、PEPCのC末端側断片の増幅に用いたプライマーF13-1(フォワードプライマー)とは、PEPCのコード領域においてオーバラップしており、かつD299Nに係る変異コドン(表18にそれぞれ下線で示す「GTT」/「AAC」)を含んでいる。なお、相応する野生型コドンは「GAC」(センス鎖)である。
【0198】
上述のとおり取得したDNA断片3つを、pGEK004をBamHIで制限酵素処理することにより線状化したベクター断片に、In-Fusion cloning kit(タカラバイオ株式会社)を用いてタンデムに連結させて環状化し、プラスミドpGE320を取得した。
【0199】
(2-2-2)pGE343(ppcK813S遺伝子)について
まず、pGE320の作製時と同様にして、PCR反応により、gapA遺伝子プロモーター領域を含むDNA断片を増幅させた。
さらに、PEPCコード領域については、まず、PCR法により、ATCC13032株ゲノムDNAを鋳型として、表18に示すプライマーF12と表19に示すプライマーR12-2とのペアーを用いることにより、PEPCのN末端側に相当する約2430bpの領域を増幅すると共に、同じくATCC13032株ゲノムDNAを鋳型として、表19に示すプライマーF13-2と表18に示すプライマーR13とのペアーを用いることによりPEPCのC末端側領域を含む約530bpの領域を増幅した。
【0200】
【0201】
ここで、PEPCのN末端側断片の増幅に用いたプライマーR12-2(リバースプライマー)と、PEPCのC末端側断片の増幅に用いたプライマーF13-2(フォワードプライマー)とは、PEPCのコード領域においてオーバラップしており、かつK813Sに係る変異コドン(表19にそれぞれ下線で示す「CGA」/「TCG」)を含んでいる。なお、相応する野生型コドンは「AAG」(センス鎖)である。
【0202】
次いで、上述のとおり取得したDNA断片3つを、pGEK004をBamHIで制限酵素処理することにより線状化したベクター断片に、In-Fusion cloning kit(タカラバイオ株式会社)を用いてタンデムに連結させて環状化し、プラスミドpGE343を取得した。
【0203】
(2-2-3)pGE321(ppcN917G遺伝子)について
まず、pGE320の作製時と同様にして、PCR反応により、gapA遺伝子プロモーター領域を含むDNA断片を増幅させた。
さらに、PEPCコード領域については、まず、PCR法により、ATCC13032株ゲノムDNAを鋳型として、表18に示すプライマーF12と表20に示すプライマーR12-3とのペアーを用いることにより、PEPCのN末端側に相当する約2430bpの領域を増幅すると共に、同じくATCC13032株ゲノムDNAを鋳型として、表20に示すプライマーF13-3と表18に示すプライマーR13とのペアーを用いることによりPEPCのC末端側領域を含む約530bpの領域を増幅した。
【0204】
【0205】
ここで、PEPCのN末端側断片の増幅に用いたプライマーR12-3(リバースプライマー)と、PEPCのC末端側断片の増幅に用いたプライマーF13-3(フォワードプライマー)とは、PEPCのコード領域においてオーバラップしており、かつN917Gに係る変異コドン(表20にそれぞれ下線で示す「GCC」/「GGC」)を含んでいる。なお、相応する野生型コドンは「AAC」(センス鎖)である。
【0206】
次いで、上述のとおり取得したDNA断片3つを、pGEK004をBamHIで制限酵素処理することにより線状化したベクター断片に、In-Fusion cloning kit(タカラバイオ株式会社)を用いてタンデムに連結させて環状化し、プラスミドpGE321を取得した。
【0207】
(2-2-4)pGE333(ppcD299N/K813S遺伝子)について
PCR法により、上述のプラスミドpGE320を鋳型として、プライマーF12とプライマーR13-2とのペアーを用い、gapA遺伝子プロモーター領域とppc遺伝子N末端側領域に相当するDNA断片を増幅させた。さらに、同じくPCR法により、プライマーF-14-2とプライマーR14とのペアーを用い、ppc遺伝子C末端側と3’下流域に相当するDNA断片を増幅させた。
上述のとおり取得したDNA断片2つを、pGEK004をBamHIで制限酵素処理することにより線状化したベクター断片に、In-Fusion cloning kit(タカラバイオ株式会社)を用いてタンデムに連結させて環状化し、プラスミドpGE333を取得した。
【0208】
(2-2-5)pGE322(ppcD299N/N917G遺伝子)について
PCR法により、上述のプラスミドpGE320を鋳型として、プライマーF12とプライマーR13-3とのペアーを用い、gapA遺伝子プロモーター領域とppc遺伝子N末端側領域に相当するDNA断片を増幅させた。さらに、同じくPCR法により、プライマーF-14-3とプライマーR14とのペアーを用い、ppc遺伝子C末端側と3’下流域に相当するDNA断片を増幅させた。
上述のとおり取得したDNA断片2つを、pGEK004をBamHIで制限酵素処理することにより線状化したベクター断片に、In-Fusion cloning kit(タカラバイオ株式会社)を用いてタンデムに連結させて環状化し、プラスミドpGE322を取得した。
【0209】
(2-3)コリネバクテリウム・グルタミカム遺伝子欠損株への変異型ppc遺伝子の導入による組換えコリネ型細菌の作製並びに該コリネ型細菌を用いたアスパラギン酸の製造
[試験例1]
(試験手順)
上述の電気パルス法により、上記(1)の項で作出したコリネバクテリウム ・グルタミカム遺伝子欠損株GES439(ATCC13032ΔldhΔsdhCAB株)に対して、上記(2-2)の項で構築したプラスミドpGEK004、pGE320、pGE343、pGE321、pGE333、pGE322をそれぞれ形質転換し、組換えコリネ型細菌を取得した。
【0210】
次いで、各組換えコリネ型細菌菌株を、それぞれ5mLのA培地で前培養(試験管)し、得られた各前培養液2mLをそれぞれ、500mLフラスコにおいてNA培地(尿素:2g,(NH4)2SO4:7g,KH2PO4:0.5g,K2HPO4:0.5g,MgSO4・7H2O:0.5g,FeSO4・7H2O:6mg,MnSO4・nH2O:4.2mg,D-ビオチン:200μg,塩酸チアミン:200μg,酵母エキス:1g,グルコース:10gを蒸留水に1000mlに溶解)100mLに植菌した培養試料を、各菌株についてそれぞれ2つずつ用意し、33℃、200rpmで20時間振盪培養した。
【0211】
培養後、2本のフラスコの培養液を1つにまとめ、遠心分離により培養液を除き、分離した菌体細胞を、60mLのBT液((NH4)2SO4:7g,KH2PO4:0.5g,K2HPO4:0.5g,MgSO4・7H2O:0.5g,FeSO4・7H2O:6mg,MnSO4・nH2O:4.2mg/L)に懸濁し、OD値が30~40付近になるように調整した。これに撹拌子を入れた100mLメディウム瓶に移し、さらに5mLの50%グルコースと5mLの2M(NH4)2CO3を加えた。このメディウム瓶を33℃の恒温槽に入れ静置し、撹拌しながら反応させた。反応液のpHは、pHコントローラーを使って、2M(NH4)2CO3でpH7.5に調節した。なお、BT溶液におけるコリネ型細菌の反応の際、反応液の酸化還元電位は、酸化還元電位計(ORPセンサー)で計測すると、一般的には、およそ-400ミリボルト~-500ミリボルトの間に収まる。 反応24時間後、反応液を0.5mL採取し、遠心分離により上清を分離し、消費したグルコースの量と、産生されたアミノ酸量を測定した。アミノ酸量の測定には、アミノ酸分析システムProminence (株式会社島津製作所)を用いた。
【0212】
(結果)
アスパラギン酸生産試験の結果を、
図4に示す。
図4のグラフにおいて、縦軸は、反応後の試料におけるアスパラギン酸濃度を表す。さらに、以下の表21に、取得した組換えコリネ型細菌の遺伝子型、並びにアスパラギン酸生産試験により算出したアスパラギン酸生産効率(%)を示す。アスパラギン酸生産効率(%)の値は、菌体に取り込まれたグルコース0.5モルに対する生成アスパラギン酸の割合である。
【表21】
【0213】
まず、本試験例で作出した組換えコリネ型細菌は全て、ネガティブコントロールであるGES439/pGEK004も含め、ゲノム上のldh遺伝子(乳酸デヒドロゲナーゼ遺伝子)及びsdhCAB遺伝子(コハク酸デヒドロゲナーゼ遺伝子)が破壊されている。 この前提において、ネガティブコントロールであるGES439/pGEK004に対して、さらに、D299N、K813Sの一アミノ酸置換のみ有するppc遺伝子(ホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼ遺伝子)がそれぞれ導入されたGES439/pGE320及びGES439/pGE343は、若干のアスパラギン酸生産効率の増加が見られた。一方、N917Gの一アミノ酸置換のみ有するppc遺伝子が導入されたGES439/pGE321については、アスパラギン酸生産効率の増加は見られなかった。 これに対して、D299NとK813Sとの組合せによるアミノ酸置換、D299NとN917Gとの組合せによるアミノ酸置換をそれぞれ有するGES439/pGE333及びGES439/pGE322は、アスパラギン酸生産効率がそれぞれ8.1%及び7.8%の値を示し、ネガティブコントロールであるGES439/pGEK004に対して、顕著な増加が見られた。 このように、上記所定の酵素活性を不活化させる条件の下、さらに、N末端側のアミノ酸置換とC末端側のアミノ酸置換を組み合わせた変異型ホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼ(PEPC)を導入すると、物質の生産効率が顕著に向上することが把握された。
【0214】
[試験例2]
(試験手順)
上述の電気パルス法により、上記(1)の項で作出したコリネバクテリウム ・グルタミカム遺伝子欠損株GES168(Δldh)、GES439(ΔldhΔsdhCAB)、GES524(ΔldhΔsdhCABΔpoxB)それぞれに対して、上記(2-2)の項で構築したプラスミドpGE333(ppcD299N/K813S)を形質転換し、組換えコリネ型細菌を取得した。
取得した各組換えコリネ型細菌を用いて、試験例1と同様の方法により、アスパラギン酸の生産試験を行った。
【0215】
(結果)
アスパラギン酸生産試験の結果を、
図5に示す。
図5のグラフにおいて、縦軸は、反応後の試料におけるアスパラギン酸濃度を表す。さらに、以下の表22に、取得した組換えコリネ型細菌の遺伝子型、並びにアスパラギン酸生産試験により算出したアスパラギン酸生産効率(%)を示す。アスパラギン酸生産効率(%)の値は、菌体に取り込まれたグルコース0.5モルに対する実際に生成されたアスパラギン酸の割合である。この値は、アスパラギン酸が、理論上、グルコース1モルから2モルできることに基く値である。
【0216】
【0217】
まず、D299N/K813Sの組合せによるアミノ酸置換を有する変異型ppc遺伝子を保有するも、ldh遺伝子のみ欠損しているGES168/pGE333株については、
図5及び表22に示すとおり、アスパラギン酸生産効率の有意な向上が見られなかった。 これに対して、試験例1で確認されたように、同じくD299N/K813Sの組合せによるアミノ酸置換を有する変異型ppc遺伝子を保有し、かつldh遺伝子及びsdhCABの2つの遺伝子を欠損するES439/pGE333株については、顕著なアスパラギン酸生産効率の向上が見られた。 さらに驚くべきことに、同じくD299N/K813Sの組合せによるアミノ酸置換を有する変異型ppc遺伝子を保有し、かつldh遺伝子、sdhCAB並びにpoxB遺伝子(ピルビン酸:キノンオキシドレダクターゼ)の3つの遺伝子を欠損したGES524/pGE333株については、アスパラギン酸生産効率が16.8%の値を示し、格別顕著な生産効率の向上を示した。
【0218】
[試験例3]
試験例1及び2では、組換えコリネ型細菌を、予め、A培地及びNA培地を用いて好気培養条件下に増殖させた後、遠心分離により培養液を取り除き、分離した菌体細胞を所定量のBT液に懸濁させてアスパラギン酸の生産反応を行った。これに対して、本試験例では、組換えコリネ型細菌をA培地及びNA培地を用いて好気培養条件下に増殖させた後に、遠心操作などにより菌体細胞は分離せずに、培養液をそのまま用いてアスパラギン酸生産反応を行った。以下に、その手順を示す。
【0219】
まず、試験例1で作製したGES439/pGEK004(ΔldhΔsdhCAB/変異型PEPの導入無し)、並びにGES439/pGE322(ΔldhΔsdhCAB/D299N及びN917G変異型PEPC)を、それぞれ、試験管内のA培地5mLに植菌し、前培養を行った。次いで、得られた各前培養液2mLを、それぞれ、500mLフラスコ内のNA培地100mLに植菌し、各培養試料を33℃、200rpmで20時間振盪培養した。培養後、60mLの各試料培養液を、そのまま、撹拌子を入れた100mLメディウム瓶に移し、さらに5mLの50%グルコースと、5mLの2M(NH4)2CO3を加えた。このメディウム瓶を33℃の恒温槽に入れ静置し、上記撹拌子により撹拌しながら反応させた。24時間後、反応液を0.5mL採取し、遠心分離により上清を採取し、消費したグルコースの量と生産されたアミノ酸の量とを測定した。
なお、アミノ酸の同定及び測定には、アミノ酸分析システムProminence(株式会社島津製作所)を用いた。
【0220】
(結果)
本試験例におけるアスパラギン酸生産試験の結果を
図6に示す。
図6のグラフにおいて、縦軸は、反応後の試料におけるアスパラギン酸濃度を表す。
さらに、以下の表23に、取得した組換えコリネ型細菌の遺伝子型、並びにアスパラギン酸生産試験により算出したアスパラギン酸生産効率(%)を示す。アスパラギン酸生産効率(%)の値は、上述のとおり、菌体に取り込まれたグルコース0.5モルに対する実際に生成されたアスパラギン酸の割合である。
【0221】
【0222】
本試験例においても、ネガティブコントロールであるGES439/pGEK004のアスパラギン酸生産効率が0.2%と著しく劣ったものであるのに対し、D299NとN917Gとの組合せによるアミノ酸置換を有するGES439/pGE322は、アスパラギン酸生産効率が4.0%の値を示し、顕著な増加が見られた。即ち、本試験例によれば、好気条件下の前培養により組換え菌体を予め増殖させた培養物を、遠心操作等により培養液部分を取り除かずに、そのまま物質生産(アスパラギン酸生産)に利用しても、効率よく目的物質(アスパラギン酸)に変換できることが示された。
【0223】
以上、試験例1~3に示されるとおり、本発明所定の組換えコリネ型細菌を用いると、糖類等の出発基質の目的物質への変換効率を向上させることが可能となる。
【0224】
<エシェリキア・コリ(大腸菌)を用いた例>
次に、エシェリキア・コリ(大腸菌)を用いて、本発明に係る組換え微生物及び該組換え微生物を用いてアスパラギン酸生産を行った例を示す。
【0225】
下記の手順に従い、エシェリキア・コリにおいて所定の遺伝子を破壊した。
(1)pflB遺伝子の破壊
まず、Datsenko and Wanner (Proc Natl Acad Sci U S A 2000, 97:6640-6645.)に記載されるBW25113株(lacIq rrnBT14 ΔlacZwj16 hsdR514 ΔaraBADAH33 ΔrhaBADLD78)を、当該文献に記載される方法に従い作製した。
【0226】
次いで、上記BW25113株において、pflB遺伝子を破壊するため、同菌株に対して、バクテリオファージのリコンビナーゼ発現ベクターpKD46(Life Science Market)で予め形質転換した。得られた形質転換体を、100mLのLB培地(終濃度10mMでアラビノースを含有。)に植菌し、30℃で、培地濁度OD600が0.6付近になるまで培養した。得られた組換え大腸菌の菌体を、10%グルセロールで3回洗い、最終的に1mLの10%グルセロールに懸濁しすることにより、コンピテントセルを調製した。
【0227】
次に、下記の表24に示すプライマーF14及びR14のペアーを用い、PCR反応により、pKD13を鋳型として、カナマイシン耐性遺伝子コード領域を含むDNA断片を増幅させた。ここで、プライマーF14及びR14はそれぞれ、大腸菌染色体DNAにおいてpflB遺伝子コード領域の上流域と下流域と相同なヌクレオチド配列を含む。
【0228】
【0229】
得られたPCR産物は、NucleoSpin Gel and PCR Clean-up (タカラバイオ株式会社)を用いて精製した。
【0230】
次いで、上記調製したコンピテントセル150μLに、上記精製したPCR産物10μLを加えて、電気パルス法(2500V、25μF、200Ω)で遺伝子導入を行い、得られた形質転換体は、カナマイシンを50μg/mLで含むLB寒天培地上で増殖させ、生育株を選択した。pflB遺伝子の欠失については、選択した生育株を所定の培地で培養し、遠心操作により菌体を分離した培養液上清について有機酸分析を行うことにより確認した。即ち、有機酸分析において蟻酸の生産が認められない菌株を、pflB遺伝子欠失株として取得した。なお、有機酸分析は、TSKgel OApakカラム(東ソー)を用いたHPLC分析により行った。
【0231】
次いで、上述のとおり取得したBW25113ΔpflB::Km株に、pCP20 (Life Science Market)を30℃で形質転換し、得られた形質転換体を、抗生物質を含まないLB培地プレートにストリークして42℃で培養した。ここで、pCP20は、高温の培養温度条件で、カナマイシン耐性遺伝子のカセットを抜け落とすFlpリコンビナーゼが発現するように設計されたプラスミドベクターである。これにより、42℃で菌株を培養した上記LB培地プレートにおいて、カナマイシンに感受性を示すコロニーを選択し、これをBW25113ΔpflBと命名した。
【0232】
(2)ldhA遺伝子の破壊
上述のとおり取得したBW25113ΔpflB株に、再び、pKD46(Life Science Market)を形質転換し、得られた形質転換体について、上記同様の方法によりコンピテントセルを調製した。
次に、下記の表25に示すプライマーF15及びR15のペアーを用い、PCR反応により、pKD13を鋳型として、カナマイシン耐性遺伝子コード領域を含むDNA断片を増幅させた。ここで、プライマーF15及びR15はそれぞれ、大腸菌染色体DNAにおいてldhA遺伝子コード領域の上流域と下流域と相同なヌクレオチド配列を含む。
【0233】
【0234】
上述のpflB遺伝子破壊の操作と同様に、上記コンピテントセルに対して、精製したPCR産物を遺伝子導入し、ldhA遺伝子欠失株を作製した。なお、ldhA遺伝子の欠失は、形質転換体を所定の培地にて培養し、遠心操作により分離した培養液上清を、上記同様の方法により有機酸分析することにより確認した。即ち、該有機酸分析において、乳酸の生産が認められない菌株を、ldhA遺伝子欠失株として取得した。加えて、染色体DNAからのカナマイシン耐性遺伝子の除去についても、上述のとおり、pCP20 (Life Science Market)を用いた方法により行い、カナマイシンに感受性を示すコロニーを選択し、これをBW25113ΔpflBΔldhA株と命名した。
【0235】
(3)frdA遺伝子の破壊
上述のとおり取得したBW25113ΔpflBΔldhA株に、再び、pKD46(Life Science Market)を形質転換し、得られた形質転換体について、上記同様の方法によりコンピテントセルを調製した。
次に、下記の表26に示すプライマーF16及びR16のペアーを用い、PCR反応により、pKD13を鋳型として、カナマイシン耐性遺伝子コード領域を含むDNA断片を増幅させた。ここで、プライマーF16及びR16はそれぞれ、大腸菌染色体DNAにおいてfrdA遺伝子コード領域の上流域と下流域と相同なヌクレオチド配列を含む。
【0236】
【0237】
上述のpflB遺伝子破壊の操作と同様に、上記コンピテントセルに対して、精製したPCR産物を遺伝子導入し、frdA遺伝子欠失株を作製した。なお、frdA遺伝子の欠失は、形質転換体を所定の培地にて培養し、遠心操作により分離した培養液上清について、上記同様の方法により有機酸分析することにより確認した。即ち、該有機酸分析において、コハク酸の生産が認められない菌株を、frdA遺伝子欠失株として取得した。加えて、染色体DNAからのカナマイシン耐性遺伝子の除去についても、上述のとおり、pCP20 (Life Science Market)を用いた方法により行い、カナマイシンに感受性を示すコロニーを選択し、これをBW25113ΔpflBΔldhAΔfrdA株と命名した。
【0238】
[試験例4]
上述のとおり取得したBW25113ΔpflBΔldhAΔfrdA株に、試験例1で構築したpGEK004、pGE333(ppcD229N/K813S)、pGE322(ppcD229N/N917G) をそれぞれ、定法により形質転換することにより、本発明所定の各種組換えエシェリキア・コリ菌株を取得した。
【0239】
上記各種組換え菌株をそれぞれ、試験管内の5mLのLB培地で前培養した。得られた前培養物を、500mLフラスコ内のTerrific培地(培地1Lの組成:バクトトリプトン12g、酵母エキス24g、グルセロール4mL、KH2PO4 2.31g、K2HPO4 12.54g)100mLに植菌し、さらに37℃、20時間、200rpmで振盪培養した。培養後、細胞は遠心して培養液を除き、得られた菌体を、40mLのBT液に懸濁し、懸濁液のOD値が、15~20付近になるように調整した。懸濁液を、撹拌子を入れた100mLメディウム瓶に移し、さらに5mLの50%グルコースと、5mLの2M (NH4)2CO3を加えた。このメディウム瓶を33℃の恒温槽に入れ静置し、撹拌しながら反応させた。20時間後、メディウム瓶から反応液0.5mLを採取し、これを遠心分離して上清を取得し、消費したグルコースの量と生産したアミノ酸の量を測定した。アミノ酸の同定及び測定には、アミノ酸分析システム(株式会社島津製作所)を用いた。
【0240】
(結果)
アミノ酸分析により得られたクロマトグラ
ムを
図7に示す。なお、
図7に示すクロマトグラ
ムにおいて、7分あたりに見られるピークがアスパラギン酸のピークである。さらに、以下の表27に、取得した組換えエシェリキア・コリ菌株の遺伝子型、アスパラギン酸生産試験により算出したアスパラギン酸生産効率(%)等を示す。アスパラギン酸生産効率(%)の値は、菌体に取り込まれたグルコース0.5モルに対する実際に生成されたアスパラギン酸の割合である。この値は、アスパラギン酸が、理論上、グルコース1モルから2モルできることに基く値である。
【0241】
【0242】
エシェリキア・コリを用いて本発明所定の組換え微生物を作製した本試験例においても、ネガティブコントロールであるBW25113ΔldhΔpflBΔfrdA/PGEK004株のアスパラギン酸生産効率が1%と著しく劣ったものであるのに対し、D299NとK813Sとの組合せによるアミノ酸置換を有するBW25113ΔldhΔpflBΔfrdA/PGEK333株、並びにD299NとN917Gとの組合せによるアミノ酸置換を有するBW25113ΔldhΔpflBΔfrdA/PGEK322株は、それぞれ順に、アスパラギン酸生産効率が4.3%、11.9%の値を示し、上記ネガティブ―コントロールの4倍を超える有意な向上が見られた。特に、D299NとN917Gとの組合せによるアミノ酸置換を有するBW25113ΔldhΔpflBΔfrdA/PGEK322株については、アスパラギン酸生産効率において、上記ネガティブコントロールの11倍を超える顕著な向上が認められた。即ち、本試験例により、エシェリキア・コリをホストとして利用した本発明所定の組換え微生物においても、糖類を効率よくアスパラギン酸に変換でき、アスパラギン酸を極めて効率よく生産できることが示された。
【0243】
上述の試験例1~4の結果から、本発明によれば、目的物質として、アスパラギン酸や、これから派生する代謝経路で生成される代謝物の生成効率を向上させ、その結果、目的物質の収率を向上させることが可能になることが示された。即ち、本発明によれば、糖類等の出発基質の目的物質への変換効率を向上させ、その結果、バイオプロセスの省エネルギー化、コスト削減、効率的な物質生産を実現できることが明らかとなった。
【0244】
(補足)
実施例において、各種遺伝子コード領域、プロモーター領域等のクローニングには上述のとおりIn-Fusion cloning kit(タカラバイオ株式会社)を利用した工程もあるが、PCR増幅の際に使用したプライマーペアーについては、フォワード/リバースプライマーの5’末端にはそれぞれ、上記クローニングキットの指示に従い適切なアダプター配列が付加されたものであることを補足する。
【産業上の利用可能性】
【0245】
本発明は、バイオテクノロジー分野、物質生産の分野等において高い産業上の利用可能性を有する。
【配列表】