(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-10-05
(45)【発行日】2023-10-16
(54)【発明の名称】水性インキ組成物
(51)【国際特許分類】
C09D 11/16 20140101AFI20231006BHJP
【FI】
C09D11/16
(21)【出願番号】P 2020085268
(22)【出願日】2020-05-14
【審査請求日】2022-11-14
(73)【特許権者】
【識別番号】390017891
【氏名又は名称】シヤチハタ株式会社
(72)【発明者】
【氏名】千賀 祐介
【審査官】本多 仁
(56)【参考文献】
【文献】特開2020-180199(JP,A)
【文献】特開2005-068054(JP,A)
【文献】特開2020-180198(JP,A)
【文献】特開2017-214513(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C09D 11/00-11/54
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
水、着色剤、2-n-オクチルー4-イソチアゾリンー3-オン、HLBが12以上20以下のポリオキシアルキレンアルキルエーテルを少なくとも含む水性インキ組成物。
【請求項2】
前記ポリオキシアルキレンアルキルエーテルが、HLBが16以上20以下のポリオキシエチレンドデシルエーテルであることを特徴とする請求項1に記載の水性インキ組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、マーキングペン等で主に使用され、防腐防カビ剤の配合量を増やさずに抗菌作用を向上させる事が可能な、筆記具、スタンプ台、浸透印など文房具に用いられる水性インキ組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
水性インキ組成物に、防腐防カビ剤として、2-n-オクチルー4-イソチアゾリンー3-オンを添加し、抗菌性を付与したものは従来から知られている。2-n-オクチルー4-イソチアゾリンー3-オンは疎水性である為、水性インキに添加する場合は界面活性剤を併用配合し、インキ中に分散させる必要があった。特許文献1には、2-n-オクチルー4-イソチアゾリンー3-オンと、界面活性剤としてのポリオキシエチレンアルキルエーテルの併用配合の開示がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、特許文献1記載のインキ組成物では、界面活性剤としてのポリオキシエチレンアルキルエーテルについて詳細な記載がなく、全てのポリオキシエチレンアルキルエーテルが2-n-オクチルー4-イソチアゾリンー3-オンの分散剤として有効なわけではなくHLB値、構造式によっては前記防腐防カビ剤の分散剤としての効果が良好でないものも存在する。例えば、水中に、HLB値が12未満のポリオキシエチレンアルキルエーテルを前記防腐防カビ剤と共に配合した場合、水が白濁し、前記防腐防カビ剤が水中で乳化・分散状態になる。即ち、光が乳化・分散状態の防腐防カビ剤の粒子に乱反射する為、白濁するのであり、乳化・分散状態の粒径は光の波長よりも大きいのである。この粒径を光の波長以下レベルまで小さくし、可溶化させることができれば、防腐防カビ剤の表面積が大きくなり、結果として抗菌性の向上に繋がると考えられる。従来技術では、2-n-オクチルー4-イソチアゾリンー3-オンの可溶化までは至っておらず、従って良好な抗菌性が得られていなかった。
ここで可溶化とは、界面活性剤が溶媒中で形成するミセルなどの会合体を用いて、本来溶媒中に溶かすことのできない物質を溶かす現象である。ミセルとは界面活性剤が水中で親水基を外側に,親油基を内側に向けて集合した、おもに球状の会合体である。乳化・分散との違いは物質を取り込んだミセルの粒径に関係しており、光の波長より大きいものが乳化、小さいものが可溶化である。即ち、可溶化するという事は、物質をより細かく分散させる事であり、その結果としてその物質の持つ効能をより発揮しやすい状態にする事である。可溶化は分散した粒子が光の波長より小さい為、光が粒子により反射せず透過し、溶液は透明になる。
【0005】
本発明は、水性溶剤中で防腐防カビ剤としての2-n-オクチルー4-イソチアゾリンー3-オンを可溶化し、抗菌効果を最大限に引き出すことが可能な水性インキ組成物を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記の課題を解決するために完成された第1の発明は、水、着色剤、2-n-オクチルー4-イソチアゾリンー3-オン、HLBが12以上20以下のポリオキシアルキレンアルキルエーテルを少なくとも含む水性インキ組成物である。
【0007】
上記の課題を解決するために完成された第2の発明は、前記ポリオキシアルキレンアルキルエーテルが、HLBが16以上20以下のポリオキシエチレンドデシルエーテルであることを特徴とする第1の発明に記載の水性インキ組成物である。
【発明の効果】
【0008】
上記の課題を解決するために完成された第1の発明は、水、着色剤、2-n-オクチルー4-イソチアゾリンー3-オン、HLBが12以上20以下のポリオキシアルキレンアルキルエーテルを少なくとも含む水性インキ組成物である為、前記ポリオキシアルキレンアルキルエーテルの作用により、2-n-オクチルー4-イソチアゾリンー3-オンを水中で可溶化させることができ、抗菌効果を最大限に引き出すことが可能である。従って、極めて少量でありながら、従来と同等の防腐防カビ効果が得る事ができる。
【0009】
上記の課題を解決するために完成された第2の発明は前記ポリオキシアルキレンアルキルエーテルが、HLBが16以上20以下のポリオキシエチレンドデシルエーテルである為、2-n-オクチルー4-イソチアゾリンー3-オンとの相性が良く、より可溶化が促進され、前記防腐防カビ効果を更に高める事ができる。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下に本発明を詳細に説明する。
本発明の主溶剤としては水を用いる。水道水、蒸留水、純水など何でもよいが、水道水が最も安価であるので主に使用され、インキ全量中5.0~90.0重量%、好ましくは10.0~70.0重量%の範囲で用いられる。また、水と有機溶媒との混合溶媒を用いる場合、有機溶剤としては、メタノール、エタノール、プロパノール、ブタノール、ペンタノール、ヘキサノール、ベンジルアルコール等のアルコールや、グリセリン、エチレングリコール、ジエチレングリコール、トリエチレングリコール、プロピレングリコール、ポリエチレングリコール等のジオール類またはトリオール類を用いることができる。その配合量はインキ全量に対し1.0重量%~20重量%であることが好ましく、1.0重量%~15重量%であることがより好ましい。
【0011】
本発明に用いる着色剤としては顔料・染料の両方用いる事ができる。
顔料としては、特に制限されることなく従来公知の有機顔料及び無機顔料を単独又は混合して使用することができる。例えば、アゾ系、縮合アゾ系、フタロシアニン系、キナクリドン系、アンスラキノン系、ジオキサジン系、インジゴ・チオインジゴ系、ベリノン・ベリレン系、イソインドレノン系、アゾメチレンアゾ系、ジケトピロロピロール系などの有機顔料や、カーボンブラック、マイカ、パール顔料、酸化鉄・真鍮等金属顔料などの無機顔料を用いることができる。これらの顔料は通常、ニトロセルロース、エチルセルロース、テルペンフェノール、塩化ビニル/酢酸ビニルコポリマー、ロジンエステル、ポリビニルブチラール、ポリビニルアルコールなどの公知の樹脂などに練り込んで加工顔料としておくと、溶剤と混合する際に容易に分散するので便利である。また、C.I.ベーシックイエロー40、C.I.ベーシックレッド1、C.I.ベーシックバイオレット1、C.I.ベーシックバイオレット11:1、C.I.ベーシックブルー3、C.I.アシドイエロー7、C.I.アシドレッド92、C.I.アシドブルー9等の蛍光染料を合成樹脂中で固溶体とした蛍光顔料等の有機顔料等も適宣選択して用いることができる。
染料としては、モノアゾ系、ジスアゾ系、金属錯塩型モノアゾ系、アントラキノン系、フタロシアニン系、トリアリルメタン系など従来公知の染料を特に制限されることなく使用することができる。
上記染料及び顔料は単独或いは混合して任意に使用することができ、その配合量はインキ全量に対して1~30重量%が好ましい。
【0012】
本発明では防腐防カビ剤として、2-n-オクチルー4-イソチアゾリンー3-オンを必須構成要素としている。また、これ以外に、1,2-ベンゾイソチアゾール-3-オン、3-ヨード-2-プロピニルブチルカーバメート、フェノキシエタノール、安息香酸ナトリウム、1,2-ベンゾイソチアゾール-3-オンナトリウム塩、1,2-ベンゾイソチアゾール-3-オンアルキルアミン塩、ソルビン酸カリウム、デヒドロ酢酸ナトリウム、2-メトキシカルボニルアミノベンズイミダゾール-4‘-N-ドデシルベンゾールスルフォン酸等の防腐防カビ剤を併用して配合する事も可能である。その配合量はインキ全量に対して0.05~0.5重量%が好ましい。
【0013】
本発明では、2-n-オクチルー4-イソチアゾリンー3-オンの分散剤としてポリオキシアルキレンアルキルエーテルを配合する。2-n-オクチルー4-イソチアゾリンー3-オンは疎水性であり、水を主成分とする水性溶剤には分散しない為、分散剤(界面活性剤)を配合する必要がある。2-n-オクチルー4-イソチアゾリンー3-オンの抗菌性を最大限に発揮させる為には、溶剤中において乳化・分散状態ではなく、可溶化させる事が重要である。その為に、HLB値が12以上20以下のポリオキシアルキレンアルキルエーテルを用いる。使用できるポリオキシアルキレンアルキルエーテルとしては、主成分がポリオキシアルキレンオレイルセチルエーテルである、ノイゲンET-159(HLB:13.4)、ノイゲンET-189(HLB:15.2)、ノイゲンET-229P(HLB:13.4)、主成分がポリオキシエチレンドデシルエーテルである、ノイゲンDKS NL-70(HLB:12.2)、ノイゲンDKS NL-80(HLB:12.9)、ノイゲンDKS NL-90(HLB:13.4)、ノイゲンDKS NL-100(HLB:13.8)、ノイゲンDKS NL-110(HLB:14.3)、ノイゲンDKS NL-180(HLB:16.1)、ノイゲンDKS NL-250(HLB:17.0)、ノイゲンDKS NL-450F(HLB:18.2)、ノイゲンDKS NL-600F(HLB:18.6)、ノイゲンET-160(HLB:15.0)、ノイゲンET-170(HLB:15.8)、ノイゲンET-190(HLB:16.5)(以上、第一工業製薬(株)製)等が挙げられる。この中でも主成分がポリオキシエチレンドデシルエーテルでHLB値が16以上であるノイゲンDKS NL-180(HLB:16.1)、ノイゲンDKS NL-250(HLB:17.0)、ノイゲンDKS NL-450F(HLB:18.2)、ノイゲンDKS NL-600F(HLB:18.6)、ノイゲンET-190(HLB:16.5)が特に2-n-オクチルー4-イソチアゾリンー3-オンに対する可溶化作用が高く、好適に使用する事ができる。
これらは単独、あるいは複数混合して使用でき、その使用量はインキ全量に対して0.5~5.0重量%、好ましくは1.5~3.5重量%で使用する事ができる。
ここで、「HLB値」とは、親水性親油性バランス(Hydrophile-Lipophile-Balance)を意味するものである。より具体的には、親水基を持たない物質をHLB値0とし、親油基を持たず親水基のみを持つ物質をHLB値20として等分したものである(グリフィン法)。
【0014】
本発明では、他の各種物質を添加することもできる。例えば、粘度調整剤・顔料沈降防止剤として、アルキッド樹脂、マレイン酸樹脂、スチレンマレイン酸樹脂、ロジン樹脂、ロジンマレイン酸樹脂、エチルセルロース樹脂、ニトロセルロース樹脂、ポリビニルブチラール樹脂、ポリビニルアルコール樹脂、ポリビニルピロリドン、塩化ビニル/酢酸ビニル共重合体等の樹脂を使用でき、これらの樹脂はインキ全量に対して0.5~30重量%の範囲にて使用できる。
また、pH調整剤としてクエン酸、リンゴ酸、乳酸等が使用できる。本発明の水性インキ組成物をマーキングペン用に使用する事を想定した場合、インキのpHを酸性領域にする事で、下書きの筆記線の滲みを発生させる事無くハイライトする事ができる。前記効果を発現する為に、pHは1.0~5.0の範囲であることが好ましく、pHを1.5~3.0の範囲である事がより好ましい。
【0015】
本発明のインキは、上記物質を適量選択して、撹拌機にて常温以上50℃以下で約3時間混合分散して製造する。
【0016】
実施例及び比較例のインキ配合を表1に示す。
表中のポリオキシアルキレンオレイルセチルエーテル(HLB:8.4)、ポリオキシアルキレンオレイルセチルエーテル(HLB:11.2)、ポリオキシアルキレンオレイルセチルエーテル(HLB:13.4)はそれぞれ、ノイゲンET-109、ノイゲンET-149、ノイゲンET-159(以上、第一工業製薬(株)製)である。表中のポリオキシエチレンドデシルエーテル(HLB:12.2)、ポリオキシエチレンドデシルエーテル(HLB:13.4)、ポリオキシエチレンドデシルエーテル(HLB:16.5)、ポリオキシエチレンドデシルエーテル(HLB:18.6)はそれぞれ、ノイゲンDKS NL-70、ノイゲンDKS NL-90、ノイゲンDKS NL-600F、ノイゲンET-190(以上、第一工業製薬(株)製)である。
実施例及び比較例について、以下の条件で試験を行った。
また、実施例及び比較例を以下の条件で試験を行なった際の結果も示しておく。
(1)抗菌性試験
1.トリプトソーヤ寒天培地に各試料を1.0g滴下し、寒天培地表面全体に広げる。
2.30℃・80%恒温恒湿器にオープン状態で10分間放置する。
3.蓋をして30℃・80%恒温恒湿器に3日間放置する。
放置後のトリプトソーヤ寒天培地表面にカビが発生していないか目視で確認し、抗菌性の評価を行った。
◎:カビが全く発生しなかった。
○:カビが殆ど発生しなかった。
×:カビが発生した。
(2)可溶化試験
実施例、比較例の配合材料の内、グリセリン、樹脂(ポリビニルピロリドン)、着色剤(C.I ベーシックイエロー 40)を除いた配合材料(水、ポリオキシアルキレンアルキルアミンと2-n-オクチルー4-イソチアゾリンー3-オン)をホモディスパーで5分撹拌し、その後の溶液の外観を目視で確認し、2-n-オクチルー4-イソチアゾリンー3-オンの可溶化の評価を行った。
◎:溶液が透明(可溶化)。
○:溶液が半透明(可溶化)。
×:溶液が白濁(乳化・分散)。
【0017】
表1の比較例1、2はHLB値12未満のポリオキシアルキレンアルキルエーテルを配合したインキである。実施例1~5はHLB値12以上のポリオキシアルキレンアルキルエーテルを配合したインキであり、その中で実施例2~5はポリオキシエチレンドデシルエーテルに構造式を限定した配合を示す。
比較例1、2の水性インキは、抗菌性試験において30℃・80%で3日経過後に寒天培地にカビが発生していた。一方、実施例1の水性インキは、カビの発生は殆ど見られず、更に実施例2~5の水性インキはカビの発生を完全に抑える事ができた。以上の結果より、HLB値が12以上のポリオキシアルキレンアルキルエーテルを配合する事で2-n-オクチルー4-イソチアゾリンー3-オンの抗菌性が向上する事がわかる。これは、水系溶剤においてHLB値が高い方が、ポリオキシアルキレンアルキルエーテル自体の水系溶剤中における乳化・分散が促進され、2-n-オクチルー4-イソチアゾリンー3-オンに作用するポリオキシアルキレンアルキルエーテル分子の絶対数が増加する為と考えられる。
また、前記結果を裏付けるように可溶化試験では、比較例1、2は溶液が白濁しており、2-n-オクチルー4-イソチアゾリンー3-オンが可溶化せずに水中で乳化・分散状態であった。一方で実施例1では溶液は殆ど透明、実施例2~5では完全に透明であり、2-n-オクチルー4-イソチアゾリンー3-オンが水中で可溶化していた。可溶化とは即ち、光が散乱しない程度に細かく分散させる事である為、その結果として2-n-オクチルー4-イソチアゾリンー3-オンの水中での表面積が増大し、本来有する抗菌効果をより発揮しやすい状態になっていると考えられる。また、本発明の水性インキ組成物では溶液を可溶化して透明化できる為、配合着色剤のもつ本来の色調・色合いを維持できるという効果も期待できる。
また、実施例1、3は、同じHLB値で構造式が異なるポリオキシアルキレンアルキルエーテル配合の水性インキであるが、抗菌性試験では実施例1に比べて実施例3の方がカビの発生を完全に抑制できている。この結果から、ポリオキシエチレンドデシルエーテルに構造式を限定した方が抗菌性をより向上する事がわかる。可溶化試験の結果においても、実施例1に比べて実施例3の溶液では白濁は目視確認されず、透明である事から可溶化がより促進され抗菌性向上に繋がったと考えられる。
【0018】
以上、現時点において、もっとも、実践的であり、かつ好ましいと思われる実施形態に関連して本発明を説明したが、本発明は、本願明細書中に開示された実施形態に限定されるものではなく、請求の範囲および明細書全体から読み取れる発明の要旨あるいは思想に反しない範囲で適宜変更可能であり、そのような変更を伴う水性インキ組成物もまた技術的範囲に包含されるものとして理解されなければならない。