(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-10-05
(45)【発行日】2023-10-16
(54)【発明の名称】ヒト角膜内皮細胞及び/又はヒト角膜内皮前駆細胞の保存方法
(51)【国際特許分類】
C12N 5/071 20100101AFI20231006BHJP
C12N 1/04 20060101ALI20231006BHJP
A61P 27/02 20060101ALN20231006BHJP
A61K 35/30 20150101ALN20231006BHJP
【FI】
C12N5/071
C12N1/04
A61P27/02
A61K35/30
(21)【出願番号】P 2022557558
(86)(22)【出願日】2021-10-19
(86)【国際出願番号】 JP2021038609
(87)【国際公開番号】W WO2022085680
(87)【国際公開日】2022-04-28
【審査請求日】2022-12-26
(31)【優先権主張番号】P 2020177634
(32)【優先日】2020-10-22
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】509349141
【氏名又は名称】京都府公立大学法人
(74)【代理人】
【識別番号】100121441
【氏名又は名称】西村 竜平
(74)【代理人】
【識別番号】100154704
【氏名又は名称】齊藤 真大
(74)【代理人】
【識別番号】100206151
【氏名又は名称】中村 惇志
(74)【代理人】
【識別番号】100218187
【氏名又は名称】前田 治子
(74)【代理人】
【識別番号】100227673
【氏名又は名称】福田 光起
(72)【発明者】
【氏名】木下 茂
(72)【発明者】
【氏名】戸田 宗豊
(72)【発明者】
【氏名】外園 千恵
(72)【発明者】
【氏名】上野 盛夫
【審査官】小金井 悟
(56)【参考文献】
【文献】特開2015-155400(JP,A)
【文献】国際公開第2014/038639(WO,A1)
【文献】国際公開第2017/141926(WO,A1)
【文献】国際公開第2009/028631(WO,A1)
【文献】ATCC Animal Cell Culture Basics,2011年12月,pp.1-40,https://www.atcc.org/resources/culture-guides/animal-cell-culture-guide
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 1/00- 7/08
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ROCK阻害剤を含有し、かつ上皮成長因子(EGF)の含有量が形質転換を引き起こす濃度未満である培地を用いて増殖させたヒト角膜内皮細胞及び/又はヒト角膜内皮前駆細胞を、以下に挙げる(a)~(d)のいずれか1つ又は複数の条件を満たす時期に採取し、懸濁状態にして保存することを特徴とするヒト角膜内皮細胞及び/又はヒト角膜内皮前駆細胞の保存方法。
(a)300cells/mm
2以上500cells/mm
2以下の細胞密度で播種した場合において、前記ヒト角膜内皮細胞及び/又は前記ヒト角膜内皮前駆細胞の形態が、紡錘状の形態から長径短径の比が1に近い多角形状又は円形状の形態に転じた直後から、細胞間の境界が不明瞭になる直前までの期間である。
(b)300cells/mm
2以上500cells/mm
2以下の細胞密度で播種した場合において、CD44の発現量が直近の継代後にみられる最大値の半分以下になった時からプラトーに達するまでの期間である。
(c)300cells/mm
2以上500cells/mm
2以下の細胞密度で播種した場合において、前記ヒト角膜内皮細胞及び/又は前記ヒト角膜内皮前駆細胞の細胞密度が、900cells/mm
2以上2500cells/mm
2以下である。
(d)300cells/mm
2以上500cells/mm
2以下の細胞密度で播種した場合において、直近の継代からの培養日数が、4日以上14日以下である。
【請求項2】
前記ヒト角膜内皮細胞及び/又は前記ヒト角膜内皮前駆細胞を10度以下で保存する、請求項1に記載の保存方法。
【請求項3】
前記ヒト角膜内皮細胞及び/又は前記ヒト角膜内皮前駆細胞を-30度以下で保存する、請求項1に記載の保存方法。
【請求項4】
前記ヒト角膜内皮細胞及び/又は前記ヒト角膜内皮前駆細胞を懸濁状態にしてから24時間以上保存する、請求項1~3の何れか一項に記載の保存方法。
【請求項5】
前記形質転換が、内皮間葉転換を含む、請求項1~4の何れか一項に記載の保存方法。
【請求項6】
前記ヒト角膜内皮細胞及び/又は前記ヒト角膜内皮前駆細胞が、角膜内皮細胞由来細胞、多能性幹細胞、間葉系幹細胞、角膜内皮から採取した角膜内皮前駆細胞、角膜内皮から採取した細胞、並びにダイレクトプログラミング法で作製される角膜内皮前駆細胞及び角膜内皮様細胞からなる群から選択される細胞を起源として作成されたものである、請求項1~5の何れか一項に記載の保存方法。
【請求項7】
保存後の前記ヒト角膜内皮細胞及び/又は前記ヒト角膜内皮前駆細胞を、ROCK阻害剤を含有し、かつ上皮成長因子(EGF)の含有量が形質転換を引き起こす濃度未満である培地を用いて増殖及び/又は分化・成熟させて得たヒト角膜内皮細胞の細胞集団が、以下の(1)~(8)のうち、1又は複数の項目を満たすものである、請求項1~6の何れか一項に記載の保存方法。
(1)位相差画像による外観検査で、線維芽細胞、異物、変色、又は他の異常がない。
(2)細胞生存率がトリパンブルー染色で70%以上である。
(3)細胞上清のELISAによる純度試験で、PDGF-BBが100pg/mL以上である。
(4)細胞のFACSによる純度試験結果が以下の範囲を全て満たすものである。
CD166
+>99%
CD24
+<5%
CD44
high<5%
CD44
neg~low>90%
CD90
+<5%
(5)ヒト角膜内皮機能を備えているエフェクター細胞の含有率(E-ratio)が90%より高い。
(6)ポンプ機能(Na
+/K
+ ATPase)が陽性である。
(7)バリア機能(ZO-1)が陽性である。
(8)ヒト角膜内皮細胞密度(ECD)が1500細胞/mm
2以上である。
【請求項8】
前記エフェクター細胞が、内皮間葉系移行が起きていないものである、請求項7に記載の保存方法。
【請求項9】
前記エフェクター細胞が、角膜内皮機能特性を発揮するために必要な機能蛋白を発現しているか、又は前記角膜内皮機能特性を阻害する阻害蛋白が発現されない若しくは阻害蛋白の発現が低下しているものである、請求項7又は8に記載の保存方法。
【請求項10】
前記機能蛋白がNa
+/K
+ ATPase、ZO-1、ナトリウム/水素交換体1(NHE1)、アクアポリン1(AQP-1)及び炭酸脱水酵素5B(CA5B)からなる群より選ばれる一つ又は複数を含む、請求項9に記載の保存方法。
【請求項11】
前記機能蛋白が、クエン酸シンターゼ(CS)、アコニターゼ2(ACO2)、イソクエン酸デヒドロゲナーゼ2(IDH2)、リンゴ酸デヒドロゲナーゼ2(MDH2)、リンゴ酸酵素3(ME3)、ACSS1、アセチルCoAアセチルトランスフェラーゼ1(ACAT1)、ピルビン酸デヒドロゲナーゼ(PDH)、BCAT2、及び分岐鎖ケト酸デヒドロゲナーゼ2(BCKDH2)からなる群から選択される1又は複数の代謝関連酵素をさらに含む、請求項9又は10に記載の保存方法。
【請求項12】
前記阻害蛋白が、ATPクエン酸リアーゼ(ACLY)、アコニターゼ1(ACO1)、イソクエン酸デヒドロゲナーゼ1(IDH1)、リンゴ酸デヒドロゲナーゼ1(MDH1)、リンゴ酸酵素1(ME1)、ACSS2、アセチルCoAアセチルトランスフェラーゼ2(ACAT2)及び乳酸デヒドロゲナーゼ(LDH)からなる群から選択される少なくとも1種以上の代謝関連酵素を含む、請求項9~11のいずれか一項に記載の保存方法。
【請求項13】
請求項1~12の何れか一項に記載の保存方法で保存されたヒト角膜内細胞及び/又はヒト角膜内皮前駆細胞を、ROCK阻害剤を含有し、かつ上皮成長因子(EGF)の含有量が形質転換を引き起こす濃度未満である培地を用いて増殖及び/又は分化・成熟させて得た細胞集団であって、FACSによる純度試験結果が以下の範囲を全て満たすものである、細胞集団。
CD166
+>99%
CD24
+<5%
CD44
high<5%
CD44
neg~low>90%
CD90
+<5%
【請求項14】
請求項1~12の何れか一項に記載の保存方法で保存されたヒト角膜内細胞及び/又はヒト角膜内皮前駆細胞を、ROCK阻害剤を含有し、かつ上皮成長因子(EGF)の含有量が形質転換を引き起こす濃度未満である培地を用いて増殖及び/又は分化・成熟させて得た細胞集団であって、FACSによる純度試験結果が以下の範囲を全て満たすものである細胞集団を懸濁した懸濁液。
CD166
+>99%
CD24
+<5%
CD44
high<5%
CD44
neg~low>90%
CD90
+<5%
【請求項15】
請求項1~12の何れか一項に記載の保存方法で保存されたヒト角膜内皮細胞及び/又はヒト角膜内皮前駆細胞を、ROCK阻害剤を含有し、かつ上皮成長因子(EGF)の含有量が形質転換を引き起こす濃度未満である培地を用いて増殖及び/又は分化・成熟させて、FACSによる純度試験結果が以下の範囲を全て満たすものである細胞集団を得ることを特徴とする、ヒト角膜内皮細胞の調製方法。
CD166
+>99%
CD24
+<5%
CD44
high<5%
CD44
neg~low>90%
CD90
+<5%
【請求項16】
ROCK阻害剤を含有し、かつ上皮成長因子(EGF)の含有量が形質転換を引き起こす濃度未満である培地を用いて増殖させたヒト角膜内皮細胞及び/又はヒト角膜内皮前駆細胞を、以下に挙げる(a)~(d)のいずれか1つ又は複数の条件を満たす時期に採取し、懸濁状態にすることを特徴とする、ヒト角膜内皮細胞及び/又はヒト角膜内皮前駆細胞の懸濁液調製方法。
(a)300cells/mm
2以上500cells/mm
2以下の細胞密度で播種した場合において、前記ヒト角膜内皮細胞及び/又は前記ヒト角膜内皮前駆細胞の形態が、不規則な細長い突起を持つ紡錘状の線維芽細胞様の形態から前記突起を含めた長径短径の比が1に近い敷石状の形態に転じた直後から、細胞間の境界が不明瞭になる直前までの期間である。
(b)300cells/mm
2以上500cells/mm
2以下の細胞密度で播種した場合において、CD44の発現量が直近の継代後にみられる最大値の半分以下になった時からプラトーに達するまでの期間である。
(c)300cells/mm
2以上500cells/mm
2以下の細胞密度で播種した場合において、前記ヒト角膜内皮細胞及び/又は前記ヒト角膜内皮前駆細胞の細胞密度が、900cells/mm
2以上2500cells/mm
2以下である。
(d)300cells/mm
2以上500cells/mm
2以下の細胞密度で播種した場合において、直近の継代からの培養日数が、4日以上14日以下である。
【請求項17】
ROCK阻害剤を含有し、かつ上皮成長因子(EGF)の含有量が形質転換を引き起こす濃度未満である培地を用いて増殖させたヒト角膜内皮細胞及び/又はヒト角膜内皮前駆細胞を、以下に挙げる(a)~(d)のいずれか1つ又は複数の条件を満たす時期に採取し、継代することを特徴とする、ヒト角膜内皮細胞及び/又はヒト角膜内皮前駆細胞の培養方法。
(a)300cells/mm
2以上500cells/mm
2以下の細胞密度で播種した場合において、前記ヒト角膜内皮細胞及び/又は前記ヒト角膜内皮前駆細胞の形態が、不規則な細長い突起を持つ紡錘状の線維芽細胞様の形態から、長径短径の比が1に近い敷石状の形態に転じた直後から、細胞間の境界が不明瞭になる直前までの期間である。
(b)300cells/mm
2以上500cells/mm
2以下の細胞密度で播種した場合において、CD44の発現量が直近の継代後にみられる最大値の半分以下になった時からプラトーに達するまでの期間である。
(c)300cells/mm
2以上500cells/mm
2以下の細胞密度で播種した場合において、前記ヒト角膜内皮細胞及び/又は前記ヒト角膜内皮前駆細胞の細胞密度が、900cells/mm
2以上2500cells/mm
2以下である。
(d)300cells/mm
2以上500cells/mm
2以下の細胞密度で播種した場合において、直近の継代からの培養日数が、4日以上14日以下である。
【請求項18】
培養したヒト角膜内皮細胞および/またはヒト角膜内皮前駆細胞を保存する方法であって、
複数のヒト角膜内皮細胞および/またはヒト角膜内皮前駆細胞を得る工程と、
前記複数の細胞の少なくとも一部を分離して、評価用の細胞集団と保存用の細胞集団を生成する工程と、
前記細胞集団の少なくとも一部を、以下の(a)、(b)、(c)及び(d)の評価基準うちの1つ以上について評価する工程と、
(a)300cells/mm
2以上500cells/mm
2以下の細胞密度で播種した場合において、ヒト角膜内皮細胞および/またはヒト角膜内皮前駆細胞の形態が、紡錘形から、(i)多角形または(ii)長軸と短軸の比が1に近い楕円形のいずれかに変化し、かつ細胞間の境界がはっきりしている細胞を特定するものである、
(b)300cells/mm
2以上500cells/mm
2以下の細胞密度で播種した場合において、CD44の発現量が、直前の継代後に観察された最大値の半分以下のレベルでCD44を発
現した後、一定量のCD44を発現する細胞を特定するものである、
(c)300cells/mm
2以上500cells/mm
2以下の細胞密度で播種した場合において、ヒト角膜内皮細胞および/またはヒト角膜内皮前駆細胞の細胞密度が900個/mm
2以上2500個/mm
2以下であることを識別するものである、及び
(d)300cells/mm
2以上500cells/mm
2以下の細胞密度で播種した場合において、前記評価から直前の継代までの期間が4日以上14日以下であるかどうかを特定するものである。
評価用の細胞集団が、前記(a)、(b)、(c)及び(d)のいずれかの評価基準を1つ以上満たしている場合に、細胞集団から少なくとも一部の細胞を保存するために保存媒体に配置する工程と、を備える保存方法。
【請求項19】
前記ヒト角膜内皮細胞および/またはヒト角膜内皮前駆細胞を10度以下で保存する、請求項18に記載の保存方法。
【請求項20】
前記ヒト角膜内皮細胞及び/又は前記ヒト角膜内皮前駆細胞を24時間以上保存する、請求項18又は19に記載の保存方法。
【請求項21】
前記ヒト角膜内皮細胞及び/又は前記ヒト角膜内皮前駆細胞が、角膜内皮細胞由来細胞、多能性幹細胞、間葉系幹細胞、角膜内皮から採取した角膜内皮前駆細胞、角膜内皮から採取した細胞、並びにダイレクトプログラミング法で作製される角膜内皮前駆細胞及び角膜内皮様細胞からなる群から選択される細胞を起源として作成されたものである、請求項18~20の何れか一項に記載の保存方法。
【請求項22】
培養したヒト角膜内皮細胞および/またはヒト角膜内皮前駆細胞を処理する方法であって、
複数のヒト角膜内皮細胞および/またはヒト角膜内皮前駆細胞を、培養液を含む培養容器内で培養する工程と
前記複数のヒト角膜内皮細胞および/またはヒト角膜内皮前駆細胞の少なくとも一部を分離して、評価用の細胞集団と残りの細胞集団とを生成する工程と、
細胞集団の少なくとも一部を、以下の(a)、(b)、(c)及び(d)の評価基準の1つ以上について評価する工程と、
(a)300cells/mm
2以上500cells/mm
2以下の細胞密度で播種した場合において、ヒト角膜内皮細胞および/またはヒト角膜内皮前駆細胞の形態が、紡錘形から、(i)多角形または(ii)長軸と短軸の比が1に近い楕円形のいずれかに変化し、かつ細胞間の境界がはっきりしている細胞を特定するものである、
(b)300cells/mm
2以上500cells/mm
2以下の細胞密度で播種した場合において、CD44の発現量が、直前の継代後に観察された最大値の半分以下のレベルでCD44を発
現した後、一定量のCD44を発現する細胞を特定するものである、
(c)300cells/mm
2以上500cells/mm
2以下の細胞密度で播種した場合において、ヒト角膜内皮細胞および/またはヒト角膜内皮前駆細胞の細胞密度が900個/mm
2以上2500個/mm
2以下であることを識別するものである、及び
(d)300cells/mm
2以上500cells/mm
2以下の細胞密度で播種した場合において、前記評価から直前の継代までの期間が4日以上14日以下であるかどうかを特定するものである。
前記評価用の細胞集団が前記(a)、(b)、(c)及び(d)の評価基準のうち1つ以上を満たしている場合に、細胞集団から細胞の少なくとも一部を保存するために保存媒体に配置する工程、または前記評価用の細胞集団が(a)、(b)、(c)及び(d)の各評価基準を満たさない場合に、培養液を含む培養容器に前記残りの細胞集団から少なくとも一部の細胞を入れて、さらに一定期間培養する工程と、を含む処理方法。
【請求項23】
前記培養液がROCK阻害剤を含み、培養液が細胞の形質転換を引き起こす濃度以下の上皮成長因子(EGF)を含んでいる、請求項22に記載の処理方法。
【請求項24】
前記培養液がROCK阻害剤を含み、前記培養液が上皮成長因子(EGF)の濃度が2ng/ml以下である、請求項22又は23に記載の処理方法。
【請求項25】
前記培養液がEGFを含有しない、請求項24に記載の処理方法。
【請求項26】
前記ヒト角膜内皮細胞及び/又は前記ヒト角膜内皮前駆細胞が、角膜内皮細胞由来細胞、多能性幹細胞、間葉系幹細胞、角膜内皮から採取した角膜内皮前駆細胞、角膜内皮から採取した細胞、並びにダイレクトプログラミング法で作製される角膜内皮前駆細胞及び角膜内皮様細胞からなる群から選択される細胞を起源として作成されたものである、請求項22~25の何れか一項に記載の処理方法。
【請求項27】
請求項18~26のいずれか1項に記載の保存方法又は処理方法によって保存された細胞を保存状態から取り出し、追加培養のために新たな培養容器に戻す工程をさらに含み、追加培養に供された細胞が以下の(1)~(8)の評価基準のうち1つ以上を満たす方法。
(1)位相差画像による外観検査で、線維芽細胞、異物、変色、又は他の異常がない。
(2)細胞生存率がトリパンブルー染色で70%以上である。
(3)細胞上清のELISAによる純度試験で、PDGF-BBが100pg/mL以上である。
(4)細胞のFACSによる純度試験結果が以下の範囲を全て満たすものである。
CD166
+>99%
CD24
+<5%
CD44
high<5%
CD44
neg~low>90%
CD90
+<5%
(5)ヒト角膜内皮機能を備えているエフェクター細胞の含有率(E-ratio)が90%より高い。
(6)ポンプ機能(Na
+/K
+ ATPase)が陽性である。
(7)バリア機能(ZO-1)が陽性である。
(8)ヒト角膜内皮細胞密度(ECD)が1500細胞/mm
2以上である。
【請求項28】
請求項18~26のいずれか1項に記載の保存方法又は処理方法によって保存され、該保存状態から取り出された細胞が、眼の疾患または傷害を治療するために対象者の眼に送達するのに適している方法。
【請求項29】
請求項18~26のいずれか1項に記載の保存方法又は処理方法によって保存され、該保存状態から取り出された細胞が、眼の疾患または傷害を治療するために対象者の眼に送達する医薬品の調製に適している保存方法。
【請求項30】
請求項18~26のいずれか1項に記載の保存方法又は処理方法によって保存され、該保存状態から取り出された細胞が、眼の疾患または傷害の治療に使用するのに適している保存方法。
【請求項31】
請求項28~30のいずれか1項に記載の方法であって、前記眼の疾患または前記傷害が角膜の疾患または損傷である方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、保存した後に再度培養することによって分化成熟し、ヒト角膜内皮細胞機能特性を発現し得るヒト角膜内皮細胞及び/又はヒト角膜内皮前駆細胞の保存方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
生体外でヒト角膜内皮細胞を培養する方法としては、特許文献1、非特許文献1及び非特許文献2に示すように、上皮成長因子(EGF)を与え、EGFを与えることによるヒト角膜内皮細胞の成熟・分化への悪影響を抑える別の因子をさらに与えることによって培養する方法が知られている。
【0003】
これに対して、本発明者らは、特許文献2及び特許文献3に示すように、上皮成長因子(EGF)をできるだけ与えずにヒト角膜内皮細胞を培養する方法を開発した。この特許文献2又は特許文献3に記載の培養方法によれば、特許文献1、非特許文献1及び非特許文献2に記載の培養方法に比べて、ヒト角膜内皮機能特性を持たない夾雑細胞の発生をできるだけ抑えて、ヒトの生体内に存在する角膜内皮細胞と同等の角膜内皮機能特性を持つ機能性ヒト角膜内皮細胞(以下、エフェクター細胞ともいう。)の含有率を向上させた細胞集団を得ることができる。
【0004】
しかしながら、特許文献2又は特許文献3に記載の方法で培養された細胞集団又はこの細胞集団に含まれる機能性ヒト角膜内皮細胞を懸濁状態にして保存する方法は未だ確立されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】国際公開2017/110094号公報
【文献】国際公開2009/028631号公報
【文献】特願2020-032139
【非特許文献】
【0006】
【文献】Vianna L.M.M., et al. (2016) Arg Bras Oftalmol.;79(1):37
【文献】Okumura N., et al. (2019) PLos ONE 14(6):e0218431
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
前述した特許文献2又は特許文献3に記載の方法で培養された細胞集団又はこの細胞集団に含まれる機能性ヒト角膜内皮細胞を再生医療等製品として、国際的に供給するには、前記細胞集団又は前記機能性ヒト角膜内皮細胞を単層培養の状態ではなく、懸濁状態にして少なくとも数日間は保存できるようにすることが望まれる。
そこで、本発明者は、特許文献2又は特許文献3に記載の方法で培養された細胞集団又は機能性ヒト角膜内皮細胞を懸濁状態にして少なくとも数日間保存する方法について検討した。
加えて、細胞の数年以上にわたる長期保存や、細胞のバンク化には凍結保存が有益であり、機能性ヒト角膜内皮細胞を凍結保存する方法の確立についても検討した。
【0008】
特許文献2又は特許文献3に記載されている方法によって、ヒト角膜内皮細胞を増殖させ、機能性ヒト角膜内皮細胞の含有率(以下、E-ratioともいう。)が90%より高い細胞集団になるまで成熟分化させるためには、4~5週間以上培養することが必要である。
そこで、まずは、特許文献2又は特許文献3に記載の方法で4週間以上培養し機能性ヒト角膜内皮細胞の含有率が90%より高い細胞集団になるまで成熟分化させた細胞集団を採取して懸濁状態にし、保存することを試みた。
その結果、機能性ヒト角膜内皮細胞の含有率が90%より高い細胞集団になるまで成熟分化させた後の細胞集団を懸濁状態にして保存すると、保存後の生存率が低く、保存後の培養において夾雑細胞の発生割合が高くなってしまうことが分かった。
【0009】
この結果を受けて、本発明者は、ヒト機能性角膜内皮細胞(特許文献2または特許文献3に記載の方法で培養したもの)を有利に高い生存率を維持したまま懸濁状態で保存し、かつ夾雑細胞の発生を抑制する方法についての開発を行った。
その結果、本発明者は、機能性ヒト角膜内皮細胞に分化する運命が決定した直後であり、かつ増殖力が高い時期に細胞集団を採取して懸濁状態にすれば、高い生存率を維持したまま保存し、かつ保存後の培養において夾雑細胞の発生割合を小さく抑えることができることを見出して、ヒト角膜内皮細胞及び/又はヒト角膜内皮前駆細胞の新規、かつ改良された保存方法(およびそれに使用する関連組成物)を確立させた。
また本発明者は、機能性ヒト角膜内皮細胞に分化する運命が決定した直後であり、かつ増殖力が高い時期に細胞集団を採取して保存することができるのであれば、同時期に細胞を採取して継代培養を繰り返すことによって、従来に比べて非常に短い期間での機能性ヒト角膜内皮細胞の拡大培養が可能であると考え、機能性ヒト角膜内皮細胞の拡大培養方法をも確立させた。
このように、本発明は、適切な培養条件で培養されることによって機能性ヒト角膜内皮細胞になることが運命付けられた細胞であれば、その細胞を未成熟の状態で採取して保存又は継代することによって、生存率向上及び夾雑細胞低減という目的の性質を有する機能性ヒト角膜内皮細胞を得ることができることを本発明者が見出して初めて完成したものである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
すなわち、本発明に係るヒト角膜内皮細胞及び/又はヒト角膜内皮前駆細胞の保存方法は、以下の通りである。
〔項目1〕ROCK阻害剤を含有し、かつ上皮成長因子(EGF)が非添加若しくはEGFの含有量が形質転換を引き起こす濃度未満である培地を用いて増殖させたヒト角膜内皮細胞及び/又はヒト角膜内皮前駆細胞を、以下に挙げる(a)~(d)のいずれか1つ又は複数の条件を満たす時期に採取し、懸濁状態にして保存することを特徴とするヒト角膜内皮細胞及び/又はヒト角膜内皮前駆細胞の保存方法。
(a)前記ヒト角膜内皮細胞及び/又は前記ヒト角膜内皮前駆細胞の形態が、不規則な細長い突起を持つ紡錘状の線維芽細胞様の形態から前記突起を含めた長短径比が1(例えば、約2:1~約1:2)に近い敷石状(例えば、多角形状又は円形状)の形態に転じた直後から、細胞間の境界が不明瞭になる直前までの期間である。
(b)CD44の発現量が直近の継代後にみられる最大値の半分以下になった時からプラトーに達するまでの期間である。
(c)前記ヒト角膜内皮細胞及び/又は前記ヒト角膜内皮前駆細胞の細胞密度が、約900cells/mm2以上約2500cells/mm2以下である。
(d)播種してからの培養日数が、約4日以上約14日以下である。
〔項目2〕前記ヒト角膜内皮細胞及び/又は前記ヒト角膜内皮前駆細胞をおよそ10度以下保存する、〔項目1〕に記載の保存方法。
〔項目3〕前記ヒト角膜内皮細胞及び/又は前記ヒト角膜内皮前駆細胞をおよそ-30度以下で保存する、〔項目1〕又は〔項目2〕に記載の保存方法。
〔項目4〕前記ヒト角膜内皮細胞及び/又は前記ヒト角膜内皮前駆細胞を懸濁状態にしてから約24時間以上保存する、〔項目1〕~〔項目3〕の何れか一項に記載の保存方法。
〔項目5〕前記形質転換が、内皮間葉転換を含む、〔項目1〕~〔項目4〕の何れか一項に記載の方法。
〔項目6〕前記ヒト角膜内皮細胞及び/又は前記ヒト角膜内皮前駆細胞が、角膜内皮細胞由来細胞、多能性幹細胞、間葉系幹細胞、角膜内皮から採取した角膜内皮前駆細胞、角膜内皮から採取した細胞、並びにダイレクトプログラミング法で作製される角膜内皮前駆細胞及び角膜内皮様細胞からなる群から選択される細胞を起源として作成されたものである、〔項目1〕~〔項目5〕の何れか一項に記載の保存方法。
〔項目7〕保存後の前記ヒト角膜内皮細胞及び/又は前記ヒト角膜内皮前駆細胞を、ROCK阻害剤を含有し、かつ上皮成長因子(EGF)の含有量が形質転換を引き起こす濃度未満である培地を用いて増殖及び/又は分化・成熟させて得たヒト角膜内皮細胞の細胞集団が、以下の(1)~(8)のうち、1又は複数の項目を満たすものである、〔項目1〕~〔項目6〕の何れか一項に記載の保存方法。
(1)位相差画像による外観検査で、線維芽細胞、異物、変色、又は他の異常がない。
(2)細胞生存率がトリパンブルー染色で70%以上である。
(3)細胞上清のELISAによる純度試験で、PDGF-BBが100pg/mL以上である。
(4)細胞のFACSによる純度試験結果が以下の範囲を全て満たすものである。
CD166+>99%
CD24+<5%
CD44high<5%
CD44neg~low>90%
CD90+<5%
(5)ヒト角膜内皮機能を有するエフェクター細胞の含有率(E-ratio)が90%より高い。
(6)ポンプ機能(Na+/K+ ATPase)が陽性である。
(7)バリア機能(ZO-1)が陽性である。
(8)ヒト角膜内皮細胞密度(ECD)が1500細胞/mm2以上である。
〔項目8〕前記エフェクター細胞が、内皮間葉系移行が起きていないものである、〔項目7〕に記載の保存方法。
〔項目9〕
前記エフェクター細胞が、前記角膜内皮機能特性を発揮するために必要な機能蛋白を発現しているか、又は前記角膜内皮機能特性を阻害する阻害蛋白が発現されない若しくは阻害蛋白の発現が低下しているものである、〔項目7〕又は〔項目8〕に記載の保存方法。
〔項目10〕前記機能蛋白がNa+/K+ ATPase、ZO-1、ナトリウム/水素交換体1(NHE1)、アクアポリン1(AQP-1)及び炭酸脱水酵素5B(CA5B)からなる群より選ばれる一つ又は複数を含む、〔項目9〕に記載の保存方法。
〔項目11〕前記機能蛋白が、クエン酸シンターゼ(CS)、アコニターゼ2(ACO2)、イソクエン酸デヒドロゲナーゼ2(IDH2)、リンゴ酸デヒドロゲナーゼ2(MDH2)、リンゴ酸酵素3(ME3)、ACSS1、アセチルCoAアセチルトランスフェラーゼ1(ACAT1)、ピルビン酸デヒドロゲナーゼ(PDH)、BCAT2、及び分岐鎖ケト酸デヒドロゲナーゼ2(BCKDH2)からなる群から選択される1又は複数の代謝関連酵素をさらに含む、〔項目9〕又は〔項目10〕に記載の保存方法。
〔項目12〕前記阻害蛋白が、ATPクエン酸リアーゼ(ACLY)、アコニターゼ1(ACO1)、イソクエン酸デヒドロゲナーゼ1(IDH1)、リンゴ酸デヒドロゲナーゼ1(MDH1)、リンゴ酸酵素1(ME1)、ACSS2、アセチルCoAアセチルトランスフェラーゼ2(ACAT2)及び乳酸デヒドロゲナーゼ(LDH)からなる群から選択される少なくとも1種以上の代謝関連酵素を含む、〔項目9〕~〔項目11〕のいずれか一項に記載の保存方法。
【0011】
また、本発明は以下の発明をも提供するものである。
〔項目13〕〔項目1〕~〔項目12〕の何れか一項に記載の保存方法で保存されたヒト角膜内細胞及び/又はヒト角膜内皮前駆細胞。
〔項目14〕〔項目1〕~〔項目12〕の何れか一項に記載の保存方法で保存されたヒト角膜内細胞及び/又はヒト角膜内皮前駆細胞の懸濁液。
〔項目15〕〔項目1〕~〔項目12〕の何れか一項に記載の保存方法で保存されたヒト角膜内皮細胞及び/又はヒト角膜内皮前駆細胞を、ROCK阻害剤を含有し、かつ上皮成長因子(EGF)の含有量が形質転換を引き起こす濃度未満である培地を用いて増殖及び/又は分化・成熟させることを特徴とする、ヒト角膜内皮細胞の調製方法。
〔項目16〕ROCK阻害剤を含有し、かつ上皮成長因子(EGF)の含有量が形質転換を引き起こす濃度未満である培地を用いて増殖させたヒト角膜内皮細胞及び/又はヒト角膜内皮前駆細胞を、以下に挙げる(a)~(d)のいずれか1つ又は複数の条件を満たす時期に採取し、懸濁状態にすることを特徴とする、ヒト角膜内皮細胞及び/又はヒト角膜内皮前駆細胞の懸濁液調製方法。
(a)前記ヒト角膜内皮細胞及び/又は前記ヒト角膜内皮前駆細胞の形態が、不規則な細長い突起を持つ紡錘状の線維芽細胞様の形態から前記突起を含めた長径短径の比が1に近い敷石状の形態に転じた直後から、細胞間の境界が不明瞭になる直前までの期間である。
(b)CD44の発現量が直近の継代後にみられる最大値の半分以下になった時からプラトーに達するまでの期間である。
(c)前記ヒト角膜内皮細胞及び/又は前記ヒト角膜内皮前駆細胞の細胞密度が、900cells/mm2以上2500cells/mm2以下である。
(d)直近の継代からの培養日数が、4日以上14日以下である。
〔項目17〕ROCK阻害剤を含有し、かつ上皮成長因子(EGF)の含有量が形質転換を引き起こす濃度未満である培地を用いて増殖させたヒト角膜内皮細胞及び/又はヒト角膜内皮前駆細胞を、以下に挙げる(a)~(d)のいずれか1つ又は複数の条件を満たす時期に採取し、継代することを特徴とする、ヒト角膜内皮細胞及び/又はヒト角膜内皮前駆細胞の培養方法。
(a)前記ヒト角膜内皮細胞及び/又は前記ヒト角膜内皮前駆細胞の形態が、不規則な細長い突起を持つ紡錘状の線維芽細胞様の形態から、長径短径の比が1に近い敷石状の形態に転じた直後から、細胞間の境界が不明瞭になる直前までの期間である。
(b)CD44の発現量が直近の継代後にみられる最大値の半分以下になった時からプラトーに達するまでの期間である。
(c)前記ヒト角膜内皮細胞及び/又は前記ヒト角膜内皮前駆細胞の細胞密度が、900cells/mm2以上2500cells/mm2以下である。
(d)直近の継代からの培養日数が、4日以上14日以下である。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、保存後に再度培養することによって機能性ヒト角膜内皮細胞の含有率がおよそ90%より高い細胞集団を得ることができるヒト角膜内皮細胞及び/又はヒト角膜内皮前駆細胞を、高い生存率を維持したままで、少なくとも数日以上保存することができる。
その結果、再度培養することによって機能性ヒト角膜内皮細胞の含有率がおよそ90%より高い細胞集団を、再生医療等製品として、国際的に供給することが可能となる。
さらには、凍結保存によりマスターセルバンク化が可能となり、再生医療等製品としての製造をより効率的かつ計画的に行うことができるようになる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】培養ヒト角膜内皮細胞の培養条件による細胞形態の違いを表す位相差顕微鏡写真である(Passage 3)。
【
図2】培養条件2において、Passage 7まで継代培養した培養ヒト角膜内皮細胞の位相差顕微鏡写真である。
【
図3】培養条件1で培養したPassage 3の細胞及び培養条件2で培養したPassage 3若しくはPassage 7の細胞の細胞表面抗原の解析結果を示すグラフである。
【
図4】培養条件2で培養したPassage 7の細胞について、Na
+/K
+ ATPase、ZO-1およびN-Cadherinの発現を免疫染色法によって調べた結果を示す写真である。
【
図5】Passage 0から培養条件2で培養した細胞のPassage 7での位相差顕微鏡写真である。
【
図6】
図5の細胞についての細胞表面抗原等の発現の様子を表す写真及びグラフである。
【
図7】本発明の一実施例に係る凍結保存後の細胞のトリパンブルー染色の結果を示す写真である。
【
図8】凍結保存後に培養条件2で培養した培養ヒト角膜内皮細胞の細胞形態の経時変化を表す位相差顕微鏡写真である。
【
図9】凍結保存した細胞と凍結保存せずに培養し続けた細胞との形態を比較する位相差顕微鏡写真である。
【
図10】凍結保存した細胞と凍結保存せずに培養し続けた細胞との細胞表面抗原の解析結果を示すグラフである。
【
図11】凍結保存後の細胞について、Na
+/K
+ ATPase、ZO-1およびN-Cadherinの発現を確認した蛍光顕微鏡写真である。
【
図12】細胞の保存に適した採取時期を比較解析する手順を説明する図である。
【
図13】
図12の各採取時期における細胞形態を表す位相差顕微鏡写真である。
【
図14】各採取時期における凍結保存後の細胞の生存率を示す図グラフ及び写真である。
【
図15】
図14の凍結保存後に解凍した細胞を、培養条件2で35日間培養した細胞と凍結保存せず継代培養した細胞との形態を比較する位相差顕微鏡写真である。
【
図16】
図14の凍結保存後に解凍した細胞を、培養条件2で35日間培養した細胞と凍結保存せず継代培養した細胞との表面抗原を比較するグラフである。
【
図17】
図14の凍結保存後に解凍した細胞を、培養条件2で35日間培養した細胞と凍結保存せず継代培養した細胞との免疫染色結果を比較する写真である。
【
図18】細胞の保存に適した採取時期を比較解析する手順を説明する図である。
【
図19】
図18に示す各採取時期に採取し凍結保存した後の細胞の生存率を示すグラフである。
【
図20】
図18に示す各採取時期に採取し凍結保存した後の細胞の細胞表面抗原等の発現の様子を表すグラフである。
【
図21】
図18に示す各採取時期に採取し凍結保存した後の細胞の細胞表面抗原等の発現の様子を表すグラフである。
【
図22】
図18に示す各採取時期に採取し凍結保存した後の細胞の細胞表面抗原等の発現の様子を表すグラフである。
【
図23】
図18に示す各採取時期に採取し凍結保存した後の細胞におけるNa
+/K
+ ATPase、ZO-1およびN-Cadherinの発現を確認した蛍光顕微鏡写真である。
【
図24】
図18に示す各採取時期に採取し凍結保存した後の細胞におけるNa
+/K
+ ATPase、ZO-1およびN-Cadherinの発現を確認した蛍光顕微鏡写真である。
【
図25】
図18に示す各採取時期に採取し凍結保存した後の細胞におけるNa
+/K
+ ATPase、ZO-1およびN-Cadherinの発現を確認した蛍光顕微鏡写真である。
【
図26】培養条件2で培養した場合の細胞形態の経日変化を表す位相差顕微鏡写真である。
【
図27】培養条件2で培養した場合の細胞形態の経日変化を表す位相差顕微鏡写真である。
【
図28】培養条件2で培養した場合のCD44の発現量の経日変化を表すグラフである。
【
図29】培養条件2で培養した場合のECDの経日変化を表すグラフである。
【
図30】凍結保存後、培養条件2で培養した細胞の位相差顕微鏡写真、表面抗原の解析結果を示すグラフ及び免疫染色の結果を示す写真である。
【
図31】氷温保存後の培養ヒト角膜内皮細胞のトリパンブルー染色の結果を示す写真である。
【
図32】
図31の結果から算出された生存率を示すグラフである。
【
図33】各保存液を使用した場合の氷温保存後の細胞のトリパンブルー染色の結果を示す写真である。
【
図34】
図33の結果から算出された生存率を示すグラフである。
【
図35】馴化培地を保存液として氷温保存した後、回復培養した細胞の位相差顕微鏡写真である。
【
図36】馴化培地を保存液として氷温保存した後、回復培養した細胞の免疫染色結果を示す写真である。
【
図37】解凍後8~10日間隔でPassage 8まで継代培養した細胞の増殖率と位相差顕微鏡写真である。
【
図38】
図29の細胞を継代したPassage 9を培養条件2で34日間培養した細胞の位相差顕微鏡写真及び表面抗原の解析結果を示すグラフである。
【
図39】実施例13における細胞の培養条件を説明する図である。
【
図40】
図39の各培養条件における細胞収量と培養スケールの変化を示すグラフである。
【
図41】
図39の各培養条件における細胞収量と培養した細胞の位相差顕微鏡写真である。
【
図42】
図39の各培養条件における細胞収量と培養した細胞の位相差顕微鏡写真である。
【
図43】
図39の各培養条件における細胞収量と培養した細胞の位相差顕微鏡写真である。
【
図44】
図39の各培養条件における細胞収量と培養した細胞の位相差顕微鏡写真である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下に、本発明の一実施形態について説明する。
本実施形態に係る保存方法は、ヒト角膜内皮細胞及び/又はヒト角膜内皮前駆細胞を保存する方法である。
これらヒト角膜内皮細胞及び/又はヒト角膜内皮前駆細胞は、例えば、特許文献2又は特許文献3に記載の方法に従って、ROCK阻害剤を含有し、かつ上皮成長因子(EGF)の含有量が形質転換を引き起こす濃度未満である培地を用いて培養されたものである。
なお、本願明細書では、この特許文献2として挙げた特願2020-032139の記載及び特許文献3として挙げた国際公開2017/110094号公報の記載を適宜参酌して援用するものとする。
【0015】
前記ヒト角膜内皮細胞又は前記ヒト角膜内皮前駆細胞は、ヒト角膜内皮細胞由来細胞、多能性幹細胞、間葉系幹細胞、角膜内皮から採取した角膜内皮前駆細胞、角膜内皮から採取した細胞、並びにダイレクトプログラミング法で作製される角膜内皮前駆細胞及び角膜内皮様細胞からなる群から選択される細胞を起源として作成されたものであることが好ましい。
【0016】
本明細書において、ヒト角膜内皮前駆細胞とは、分化成熟することによってヒト角膜内皮細胞になる運命の細胞を表す概念であり、分化運命が決定する途中段階にあるものを含む。
【0017】
前記培地は、ヒト角膜内皮細胞を培養する際に使用される基本培地、例えば、Opti-MEM-I、Essential 6、DMEM/F12などに、適宜添加剤を添加したものを使用することができる。
【0018】
ROCK阻害剤(Rhoキナーゼ阻害剤ともいう。)としては、下記文献:米国特許4678783号、特許第3421217号、国際公開95/28387、国際公開99/20620、国際公開99/61403、国際公開02/076976、国際公開02/076977、国際公開2002/083175、国際公開02/100833、国際公開03/059913、国際公開03/062227、国際公開2004/009555、国際公開2004/022541、国際公開2004/108724、国際公開2005/003101、国際公開2005/039564、国際公開2005/034866、国際公開2005/037197、国際公開2005/037198、国際公開2005/035501、国際公開2005/035503、国際公開2005/035506、国際公開2005/080394、国際公開2005/103050、国際公開2006/057270、国際公開2007/026664等に開示された化合物を挙げることができる。これら化合物は、それぞれに開示された文献に記載の方法により製造することができる。具体例としては、1-(5-イソキノリンスルホニル)ホモピペラジン又はその塩(例えば、ファスジル(1-(5-イソキノリンスルホニル)ホモピペラジン))、(+)-トランス-4-(1-アミノエチル)-1-(4-ピリジルカルバモイル)シクロヘキサン((R)-(+)-トランス-(4-ピリジル)-4-(1-アミノエチル)-シクロヘキサンカルボキサミド)またはその塩(例えば、Y-27632((R)-(+)-トランス-(4-ピリジル)-4-(1-アミノエチル)-シクロヘキサンカルボキサミド2塩酸塩1水和物等を挙げることができる。これらの化合物は、和光純薬株式会社や旭化成ファーマなどから購入して入手することも可能である。
前記培地中のROCK阻害剤の濃度は、例えば、1~100μMであることが好ましく、より好ましくは5~20μM、特に好ましくは10μMである。
【0019】
形質転換を引き起こす濃度未満の濃度であるとは、上皮成長因子(EGF)の濃度が、対象となる角膜内皮細胞の形質転換(例えば、内皮間葉系移行)が生じる濃度よりも小さい又はEGFが全く含まれていないことを意味する。いくつかの実施形態では、形質転換を引き起こす濃度よりも低いEGF濃度は、例えば、約0ng/ml以上約5ng/ml以下、約1ng/ml以上約4ng/ml以下、約2ng/ml以上約3ng/ml以下、約0ng/ml以上約2ng/ml以下、約0ng/ml以上約1ng/ml以下、およびその間の任意の量である。より具体的には、EGFの形質転換を引き起こす濃度未満の濃度としては、例えば、2ng/mL未満、好ましくは1ng/mL未満、さらに好ましくは0.5ng/mL未満、EGFの添加によるヒト角膜内皮細胞の分化成熟過程への悪影響を完全に排除することができるという観点から、特に好ましくは0ng/mL(非添加)であることが好ましい。いくつかの実施形態では、培地には、例えば上流または下流のシグナル伝達体に作用することでEGF効果を模倣する他の成長因子も含まれていない。
【0020】
なお、形質転換(相転移ともいう。)とは、細胞の形質が以前の状態とは異なる(正常でない)状態に変化することをいい、細胞が無制限に分裂を行うようになるがん化、又は組織の基本形の壁を越えて変化したりするダイナミックな化生等を含む。形質転換の具体的な例としては、例えば、上皮間葉系移行(EMT)、繊維化、老化、内皮間葉系移行等のような細胞状態相移転(CST)を挙げることができる。
【0021】
しかして、本実施形態に係るヒト角膜内皮細胞の保存方法は、ROCK阻害剤を含有し、EGFの含有量が形質転換を引き起こす濃度未満である培地を使用して増殖させたヒト角膜内皮細胞又はヒト角膜内皮前駆細胞を含む細胞集団を、以下に挙げる(a)~(d)の何れか1つ又は複数の各指標によって規定された時期(例えば、分化イベントが起こる以前等)に採取し、懸濁状態にして保存することを特徴とする。
細胞を採取する時期は、これら(a)~(d)の全ての指標を満たしていることが好ましいが、これらすべてを満たしている必要はなく、何れか1つ以上(例えば(a)のみ)を満たすものであっても良い。
【0022】
(a)前記ヒト角膜内皮細胞及び/又は前記ヒト角膜内皮前駆細胞の形態が、不規則な細長い突起を持つ紡錘状の線維芽細胞様の形態から前記突起を含めた長径短径の比が1に近い敷石状の形態に転じた直後から、細胞間の境界が不明瞭になる直前までの期間である。
(b)CD44の発現量が直近の継代後にみられる最大値の半分以下になった時からプラトーに達するまでの期間である。
(c)前記ヒト角膜内皮細胞及び/又は前記ヒト角膜内皮前駆細胞の細胞密度が、900cells/mm2以上2500cells/mm2以下である。
(d)直近の継代からの培養日数が、4日以上14日以下である。
【0023】
以下に(a)~(d)に記載の各指標(評価基準ともいう。)について説明する。
まず(a)について説明する。
ヒト角膜内皮細胞を前述したようなROCK阻害剤を含有し、EGFの含有量が形質転換を引き起こす濃度未満である培地を使用して増殖させると、成熟分化の過程で以下のような細胞形態が変化する。
前述した培地を入れた培養プレートに播種した直後のヒト角膜内皮細胞及び/又は角膜内皮前駆細胞は、線維芽細胞様の不規則な細長い突起を有する紡錘状の形態である。培養日数が経つにつれて、細長い突起が小さくなり、突起を含めた長径と短径の比(長短径比)が1に近い(例えば、約1.5:1、1.25:1、1.1:1、1:1.1、1:1.25、1:1.5、およびこれらの間の任意の比率)、ヒトの生体内での角膜内皮細胞に類似の敷石状(例えば6角形状等の多角形状又は円形状)の形態になる。その後、細胞の大きさがより均一になり、十分に分化成熟した機能性角膜内皮細胞になると、細胞同士が接着して細胞間の境界線が不明瞭になる。
このように継代からの培養日数によって変遷する細胞の形態が、前述した(a)である時期、すなわち、生体内での角膜内皮細胞に類似の形態を有してはいるが、完全に分化成熟する前の時期に細胞を採取する点が本実施形態に係る保存方法の特徴点の一つである。
この時期に細胞を採取し、本明細書に記載されているように懸濁状態で保存すれば、保存後に再度培養することによって機能性ヒト角膜内皮細胞(以下、エフェクター細胞ともいう。)の含有率(以下、E-ratioともいう。)がおよそ90%より高い細胞集団を得ることができるヒト角膜内皮細胞及び/又はヒト角膜内皮前駆細胞を、高い生存率を維持したままで、少なくとも数日以上保存することができる。
【0024】
次に(b)について説明する。
ヒト角膜内皮細胞を前述したようなROCK阻害剤を含有し、EGFの含有量が形質転換を引き起こす濃度未満である培地を使用して増殖させると、成熟分化の過程で表面抗原であるCD44の発現量が以下のように変化する。
CD44の発現量は、ヒト角膜内皮細胞を前述した培地を入れた培養プレートに播種した直後(1~2日目)に大きく増大し、培養日数を経るにつれて対数的に減少し、ある程度細胞が分化成熟すると一定量に落ち着く(プラトーに達する)ことが観察されている。
このCD44の発現量が(b)のようになっている時期、すなわち、CD44の発現量が継代直後よりは減少しているが、十分に分化成熟しCD44の発現量がプラトーに達した細胞よりは多い時期に細胞を採取する点が本実施形態の特徴点の一つである。なお、このCD44の発現量は、たとえば、CD44に対する抗体を使用したフローサイトメトリー解析などによって定量することができる。例えば、PE-Cy7結合CD44抗体を用いて実施例3の抗体-細胞比率で染色後、FACSCantoTM IIで解析した場合であると、上述の時期は、前記培地を使用して35日間培養した時点の前記ヒト角膜内皮細胞及び/又は前記ヒト角膜内皮前駆細胞のCD44の発現量を示す平均蛍光強度の値を1とした場合の、CD44の発現量を示す平均蛍光強度の相対値が1より大きく60以下、より好ましくは50以下である時期であるとも言える。この時期に細胞を採取して懸濁状態で保存すれば、保存後に再度培養することによって機能性ヒト角膜内皮細胞の含有率がおよそ90%より高い細胞集団を得ることができるヒト角膜内皮細胞及び/又はヒト角膜内皮前駆細胞を、高い生存率を維持したままで、少なくとも数日以上保存することができる。このCD44の発現量は、例えば、定量PCR等のフローサイトメトリー解析以外の方法によって測定することも可能である。ただし、すべての実施形態において絶対的な定量は必要なく、むしろ発現パターンを定性的に評価することができることに留意されたい。
【0025】
(c)について説明する。
ヒト角膜内皮細胞は、前述した培地を入れた培養プレートに播種した後、ほぼ直線的に増加し、十分に分化成熟すると角膜内皮細胞密度(以下、ECDともいう。)の値が一定値に落ち着くことが分かっている。
このECDの値が(c)のようになっている時期、すなわち、細胞密度が増えている増殖期ではあるが、すでに機能性ヒト角膜内皮細胞に分化する運命が決定した時期に細胞を採取する点が本実施形態の特徴点の一つである。この時期に細胞を採取して懸濁状態にすることによって、保存後に再度培養すれば機能性ヒト角膜内皮細胞の含有率が90%より高い細胞集団を得ることができるヒト角膜内皮細胞及び/又はヒト角膜内皮前駆細胞を、高い生存率を維持したままで、少なくとも数日以上保存することができる。
ECDの値が、前述した(c)の時期(約900cells/mm2以上約2500cells/mm2以下)に採取するのが好ましいが、約1000cells/mm2以上約2400cells/mm2以下、約1200cells/mm2以上約2000cells/mm2以下、約1200cells/mm2以上約1800cells/mm2未満などの時期に採取するものとしても良い。いくつかの実施形態では、上記の範囲の組み合わせの間にあるECD値も用いることができる。
培養開始時の角膜内皮細胞密度は、特に限定されるものではないが、例えば、300cells/mm2以上500cells/mm2以下の範囲であることが好ましい。
なお、角膜内皮細胞密度(ECD)は、例えば、細胞を培養容器からTrypLEなどの細胞剥離液により剥離して細胞懸濁液を調製し、その一部を用いて血球計算盤を用いて細胞数を計測することや、位相差顕微鏡で撮像した写真等に基づいて解析ソフトウェア(例えば、KSSE-400EB等)によって求めることができる。
【0026】
(d)について説明する。
前述した培地を入れた培養プレートに播種してから、約4日以上約14日以下の時期、より好ましくは約6日以上約11日以下の時期に採取すれば、以上に述べた(a)~(c)の時期にヒト角膜内皮細胞及び/又はヒト角膜内皮前駆細胞を採取することができるので好ましい。
【0027】
前述した時期に採取されたヒト角膜内皮細胞及び/又はヒト角膜内皮前駆細胞は、適宜最適な温度で保存するものとすればよいが、例えば、約10℃以下等の低温保存、約4℃以下、約0℃以下等の氷温保存、約-10℃以下、約-30℃以下、約-80℃以下、液体窒素タンク中などの凍結保存されることが好ましい。
保存している間の温度は、保存中に多少変動しても構わないが、例えば、凍結してから使用のために解凍するまでの間は、前述した温度範囲内に保っておくことが好ましい。
【0028】
ヒト角膜内皮細胞を懸濁状態で保存する期間は、生産拠点から治療を行う機関への輸送時間等に応じて適宜設定可能であるが、低温保存、氷温保存、凍結保存に関わらず、24時間以上であることが好ましく、2日以上、3日以上、4日以上、一週間程度などの長期間保存することが好ましい。特に、凍結保存の場合には、数か月間~数十年の保存も可能であると考えられる。
【0029】
ヒト角膜内皮細胞を懸濁し保存する際の懸濁液又は保存液としては、氷温保存の場合は培養に使用した馴化培地が好ましいが、これに限られず、例えば、一般的に培養細胞を保存する際に使用される保存液を使用することができる。
凍結保存の場合は、一般的に広く動物細胞の凍結保存に使用される凍結保護剤を含む懸濁液を使用することができる。
このような凍結保護剤としては、細胞膜透過性の凍結保護剤である下記のものが挙げられる。ジメチルスルホキシド、エチレングリコール(EG)、プロピレングリコール(PG)、1,2-プロパンジオール(1,2-PD)、1,3-プロパンジオール(1,3-PD)、ブチレングリコール(BG)、イソプレングリコール(IPG)、ジプロピレングリコール(DPG)およびグリセリンからなる群から選択される1種または2種以上である凍結保護剤。
【0030】
以上に説明したようなヒト角膜内皮細胞及び/又はヒト角膜内皮前駆細胞の保存方法によれば、ヒト角膜内皮細胞及び又はヒト角膜内皮前駆細胞を予想以上に高い生存率を維持したまま長期間保存できる。このように長期間保存できる理由としては、成熟分化後に比べERK(p44/42 MAPK)の活性化(リン酸化)が亢進している時期の細胞を採取して保存していることが要因の一つではないかと考えられる。
さらに、機能性角膜内皮細胞を得るためには易相転移性を克服する必要があるが、上記時期であることに加え、前述した(a)~(d)の各指標によって規定された時期に採取したヒト角膜内皮細胞又はヒト角膜内皮前駆細胞は、すでに機能性ヒト角膜細胞に分化する運命が決定した後に採取しているため、懸濁状態で保存した後に培養を再開しても相転移が抑えられ、機能性ヒト角膜内皮細胞の含有率が90%より高い細胞集団を有利に得ることができるものと考える。さらに言えば、機能性ヒト角膜内皮細胞に分化する運命が既に決定している細胞を採取しているので、保存した細胞を例えば、そのまま患者に投与することも可能である。
前記保存した細胞又は保存後に再培養した細胞は、眼の疾患または傷害を治療するために対象者(患者)の眼に、例えば投与や移植などによって送達されるに適したものとすることができる。
前記投与の際には、これら細胞をそのまま投与するものとしても良いし、これら細胞を含有する医薬の調製に使用するものとしても良い。なお、前記疾患または傷害は、角膜に関するものであることが好ましい。
【0031】
前述した保存方法によって、保存したヒト角膜内皮細胞及び/又はヒト角膜内皮前駆細胞を、低温で保存している状態(例えば、約-20℃以下)から25℃等の常温~37℃程度まで戻して、再度培地に播種し所定期間培養した後(以下、回復後ともいう。)に、機能性ヒト角膜内皮細胞の含有率が90%より高い細胞集団を得られているかどうかは、以下に挙げる(1)~(8)のうち1つ又は複数の条件(評価基準ともいう。)を満たしているかどうかによって、確認することができる。
なお、前記所定期間とは、ヒト角膜内皮細胞及び/又はヒト角膜内皮前駆細胞が十分に分化成熟する期間であれば良いが、例えば、播種から及び4週間(例えば、28日)以上であることが好ましく、さらに好ましくは播種から及び5週間(例えば、35日)以上である。
【0032】
(1)位相差画像による外観検査で、線維芽細胞、異物、変色、又は他の異常がない。
(2)細胞生存率がトリパンブルー染色で70%以上である。
(3)細胞上清のELISAによる純度試験で、PDGF-BBが少なくとも約100pg/mL以上である。
(4)細胞のFACSによる純度試験結果が以下の範囲を全て満たすものである。
CD166+>99%
CD24+<5%
CD26+<5%
CD44high<5%
CD44neg~low>90%
CD90+<5%
(5)エフェクター細胞(E-ratio)>およそ90%である。
(6)ポンプ機能(Na+/K+ ATPase)が陽性である。
(7)バリア機能(ZO-1)が陽性である。
(8)ECDが1500細胞/mm2以上である。
【0033】
なお、本明細書において機能性ヒト角膜内皮細胞(エフェクター細胞)とは、ヒトの生体内に存在するヒト角膜内皮細胞と同様の角膜内皮特性を有するヒト角膜内皮細胞、又はヒトの眼前房内に注入することによってヒト角膜機能を惹起し得るヒト角膜内皮細胞を指す。より具体的に説明すると、エフェクター細胞とは、前述した(1)~(8)の条件のうち、特に(4)の条件であるCD166+かつCD24-かつCD44neg~lowのうち少なくとも1つ以上を満たす細胞のことを指す。なお、これら指標のうち、CD26+<5%については、特許文献2において、CD44high<5%である細胞集団においては必ず達成されていることがすでに確かめられている。
ヒト角膜機能を惹起し得るとは、角膜内皮特性を惹起し得る(例えば、角膜混濁や水和浮腫の改善その結果持続的に長期にわたり角膜内皮細胞密度を保持させ、視力改善に繋がるような効能を有する等)ものを含む概念である。
【0034】
特許文献3に記載されているように、角膜内皮特性を有する機能性ヒト角膜内皮細胞においては、角膜内皮特性に繋がる機能蛋白の発現が認められることが分かっている。
前記機能蛋白としては、Na+/K+ ATPaseやZO-1、ナトリウム/水素交換体1(NHE1)及び/又はアクアポリン1(AQP-1)、炭酸脱水酵素5B(CA5B)等を挙げることができる。
【0035】
また、特許文献3において検証されているように、ROCK阻害剤の存在下であり、形質転換を引き起こす濃度未満のEGFの存在下において増殖及び/又は分化・成熟させたヒト角膜内皮細胞は、細胞質や核において働くTCA代謝経路に係る酵素による代謝産物、就中、アセチルコエンザイムA(AcCoA)によるヒストンのアセチル化等のエピジェネティックな多遺伝子の活性化が回避されることによって、培養細胞の相移転が抑えられていると考えられる。その証拠として、これら機能性ヒト角膜内皮細胞は、そのミトコンドリアにおいてクエン酸シンターゼ(CS)、アコニターゼ2(ACO2)、イソクエン酸デヒドロゲナーゼ2(IDH2)、リンゴ酸デヒドロゲナーゼ2(MDH2)、リンゴ酸酵素3(ME3)、ACSS1、アセチルCoAアセチルトランスフェラーゼ1(ACAT1)、ピルビン酸デヒドロゲナーゼ(PDH)、BCAT2、及び分岐鎖ケト酸デヒドロゲナーゼ2(BCKDH2)からなる群から選択される1つ又は複数の代謝関連酵素の発現が亢進していることが確認されており、これらも機能蛋白に含まれるものである。このことから、ATPクエン酸リアーゼ(ACLY)、アコニターゼ1(ACO1)、イソクエン酸デヒドロゲナーゼ1(IDH1)、リンゴ酸デヒドロゲナーゼ1(MDH1)、リンゴ酸酵素1(ME1)、ACSS2、アセチルCoAアセチルトランスフェラーゼ2(ACAT2)及び乳酸デヒドロゲナーゼ(LDH)からなる群から選択される少なくとも1種以上の代謝関連酵素である阻害蛋白が発現していない、又はほとんど発現していないと考えられる。
【0036】
本発明は、以上に説明したものに限らない。
例えば、使用する培地は必ずしも前記実施形態において説明した組成のものである必要はなく、細胞採取時や再培養時に前述した各評価基準を満たすヒト角膜内皮細胞及び/又はヒト角膜内皮前駆細胞を得ることができるものであれば良いことは言うまでもない。
その他、本発明の趣旨に反しない限りにおいて、種々の変形や実施形態の組合せを行ってもかまわない。
【実施例】
【0037】
以下に、様々な実施例を挙げて本発明をより詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
以下の実施例では、ヘルシンキ宣言などの医療的な倫理規定、GCH等の規定、ならびに京都府立医科大学その他で規定される規定を遵守し、発明者が所属する組織に関係する倫理委員会の承認のもとで行った。必要なインフォームドコンセントを取得した上で、以下の実験を行った。
【0038】
(実施例1:培養条件による相移転細胞出現率への影響の確認)
この実施例1では、ROCK阻害剤を含有し、かつEGFの含有量が形質転換を引き起こす濃度未満である培地を用いて増殖及び/又は分化・成熟させることによって、機能性ヒト角膜内皮細胞(エフェクター細胞)を非常に高い割合で含有する細胞集団を培養できることを確認した。同一ドナー由来角膜から採取した角膜内皮細胞を添加物組成の異なる2種類の培養液で培養し、機能性ヒト角膜内皮細胞(エフェクター細胞)含有率等の細胞品質への影響を調べた。
【0039】
(実験に使用した材料)
使用したドナー角膜は、18歳、男性のものである。
使用した培地は、Opti-MEM-I+8質量%FBS+200mg/ml CaCl2+0.08質量%コンドロイチン硫酸+20μg/mlアスコルビン酸+50μg/mlゲンタマイシンである。
以下実験の培養条件1では、前記培地に対して、0.5ng/ml EGF、10μM SB203580、10μM Y-27632を添加物として添加した培地を用いた。
一方、培養条件2では、前記培地に対して、10μM Y-27632のみを添加物として添加した、EGFおよびSB203580非添加の培地を用いた。
【0040】
(細胞の培養)
シアトルアイバンクから入手したドナー角膜より、角膜内皮細胞をデスメ膜ごと剥離し、コラゲナーゼにより37℃で一晩処理後、培養条件1の培地に懸濁し、I型コラーゲンコート済みの6ウェルプレートに1眼あたり1ウェルの割合で播種した。このウェルをCO2インキュベータ内に設置し34日間培養した。培地交換は1週間あたり2回の頻度で行った。
10×TrypLETM Select(Thermo Fisher Scientific)により、細胞を培養皿から剥離後、回収細胞数を血球計算板により測定した。細胞懸濁液を2つに分け、一方を培養条件1の培地に、他方を培養条件2の培地を入れた新しい培養容器に、それぞれ400cells/mm2の細胞密度で播種し、再度CO2インキュベータ内で42日間培養した。
10×TrypLETM Select(Thermo Fisher Scientific)により、細胞を培養皿から剥離後、回収細胞数を血球計算板により測定して、400cells/mm2の細胞密度で播種し、再度CO2インキュベータ内で29~42日間培養する操作をそれぞれの培養条件のもと繰り返して、継代培養を繰り返した。
【0041】
(位相差写真による細胞形態の確認)
培養条件1又は培養条件2で培養したPassage 3(培養条件1と培養条件2に分けてから3代目)の細胞の位相差写真を
図1に示す。
この
図1から、培養条件1では、多数の細胞の大きさが明らかに大きな相転移細胞が出現していることが分かる。一方で、培養条件2では、継代を重ねても細胞の大きさが均一に維持されており、相移転細胞の出現や増加が抑制されていることがわかる。
図2は、培養条件2において、Passage 7まで継代培養した細胞の位相差写真であるが、この段階でも
図1の場合とほとんど変わらず、細胞の大きさが均一に維持されており、相移転細胞の出現や増加が抑制され、異物、変色、又は他の異常がないことがわかる。
【0042】
(表面抗原の解析)
図3は、培養条件1で培養したPassage 3の細胞又は培養条件2で培養したPassage 3若しくはPassage 7の細胞の細胞表面抗原のフローサイトメトリーによる解析結果を示すものである。細胞表面抗原の解析は、後述する実施例4と同様にして行った。
この
図3の結果からも、培養条件2ではPassage 7まで継代培養を繰り返しても、ヒト角膜内皮細胞における表面抗原のCD166
+CD24
-CD44
neg~lowの、あるいはCD44
neg~lowCD90
neg~lowの特徴を示すエフェクター細胞の割合が高く、目的の機能性ヒト角膜内皮細胞の含有率が高い細胞集団が培養されていることがわかった。
なお、CD166
+CD24
-CD44
neg~lowであるという指標については、
図3の上段のグラフでCD166
+CD24
-のゲートAに含まれている細胞集団を抽出した上で、中段のグラフでCD44の発現量を調べている。また、CD44
neg~lowCD90
neg~lowであるという指標については、
図3の上段、中段のグラフとは独立して、
図3の下段のグラフで調べている。これは、
図6、
図10、
図16、
図20、
図21、
図22、
図30、
図38等においても同様である。
これら表面抗原の発現量については、以下のように定義されるものである。
「-」又は「neg」とは、発現が実質的に観察されない、すなわち陰性を意味する。
「+」とは、前述した陰性でないもの、すなわち発現が有意に観察されるもの、陽性を意味する。
「low」とは、発現が認められるものを弱陽性、中陽性、強陽性と3段階に区別した場合の弱陽性にあたり、この弱陽性に満たない発現量の物は陰性となる。
「high」とは、発現が認められるものを弱陽性、中陽性、強陽性と3段階に区別した場合の強陽性にあたる。
前述したCDマーカー等の表面抗原の発現強度は、標識の蛍光の種類、機器設定により蛍光強度が異なるため数値での定義は難しいが、例えば、以下の条件における弱陽性、中陽性、強陽性はそれぞれ以下のような蛍光強度の範囲で定義することができる。
条件:PE-Cy7標識抗ヒトCD44抗体(BD Biosciences)を使用して、FACSCanto
TM IIのArea Scaling Factorの設定値をBlue laser=0.75、voltage設定値をPE-Cy7=495とした場合。
弱陽性:蛍光強度が、およそ3800未満である。
中陽性:蛍光強度が、およそ3800以上~27500未満である。
強陽性:蛍光強度が、およそ27500以上である。
例えば、
図3において、陰性か陽性かを判断するマーカーについてはグラフに陰性と陽性の領域(ゲートともいう。)を分ける実線を引いてある。
また、
図3において、弱陽性、中陽性、強陽性の3段階で区別するマーカーについては、3つのエリア(ゲートともいう。)を区別する枠を記載するようにしてある。
なお図中の百分率は前述した各エリアに属する細胞の割合を示すものである。
【0043】
(免疫染色による機能蛋白の発現確認)
さらに、培養条件2で培養したPassage 7の細胞について、Na
+/K
+ ATPase及びZO-1の発現を免疫染色法によって調べた。Passage 7に継代後、同じ培地で週2回の頻度で培地交換しながら40日間培養した後、培養上清を除いて氷冷メタノールまたは4%パラホルムアルデヒド/リン酸緩衝液で細胞を固定した。PBS(-)で洗浄後、PBS(-)+0.02質量% Triton X-100で10分間透過処理をした。その後、PBS(-)+1質量% ウシ血清アルブミンで室温、一時間以上ブロッキングを行った。ブロッキング後、マウス抗Na
+/K
+ ATPase抗体、またはマウス抗ZO-1抗体、またはマウス抗N-Cadherin抗体と4℃で一晩反応させた。PBS(-)で4回洗浄した後、AlexaFluor555標識抗マウスIgG抗体を室温で一時間反応させた。PBS(-)で洗浄した後、5μg/mlのDAPIで10分間反応させて核を染色し、さらにPBS(-)で3回洗浄後、蛍光顕微鏡で観察した。その結果を
図4に示す。
図4の結果からも、培養条件2で培養したPassage 7のほとんどすべての細胞において、機能性ヒト角膜内皮細胞における重要な機能蛋白であるNa
+/K
+ ATPase、ZO-1、およびN-Cadherinを発現していることが確かめられた。
【0044】
(PDGF-BB産生量の確認)
培養条件2で培養したPassage 7の継代後34日目の培養上清を回収し、培養上清中に分泌されたPDGF-BBの濃度をHuman PDGF-BB ELISA Kit(Abcam、♯ab184860)によって調べた。その結果、培養上清中のPDGF-BB濃度は328.4±19.6 pg/mLであり、規格値100pg/mL以上を満たしていることが確かめられた。
【0045】
(考察)
以上の結果から、本明細書で開示するいくつかの実施形態によれば、ROCK阻害剤を含有し、かつEGFの含有量が形質転換を引き起こす濃度未満である培地を用いて増殖及び/又は分化・成熟させることによって、相移転細胞の出現を抑え、機能性ヒト角膜内皮細胞を非常に高い割合で含有する細胞集団を培養できることを確認できた。また、本発明者らの経験から、Y-27632以外にも、ROCK阻害の特性を示す化合物が同様に、またはそれ以上に効果的であることが理解できる。いくつかの実施形態では、ROCK阻害の特性を示す化合物として、AT-13148、BA-210、β-エレメン、クロマン1、DJ4、ファスジル、GSK-576371、GSK429286A、H-1152、ヒドロキシファスジル、イブプロフェン、LX-7101[24]、ネタルスジル、RKI-1447、リパスジル、TCS-7001、チアゾビビン、ベロスジル(AR-12286)、Y-27632、Y-30141、Y-33075、及びY-39983からなる群から選ばれる1つまたは複数の組み合わせを含んでいてもよい。
【0046】
(実施例2:相移転を抑制する培養条件の確認)
実施例2では、ドナー角膜からの初代培養(Passage 0)から前述の培養条件2で培養した細胞集団が、機能性ヒト角膜内皮細胞を高い割合で含有するものであることを確認した。
【0047】
(実験に使用した材料)
使用したドナー角膜は、27歳、男性のものである。
培地は、実施例1の培養条件2と同じものを使用した。
【0048】
(細胞の培養)
シアトルアイバンクから入手したドナー角膜より、角膜内皮細胞をデスメ膜ごと剥離し、コラゲナーゼにより37℃で一晩処理後、前記培養条件2の培地に懸濁し、I型コラーゲンコート済みの6ウェルプレートに1眼あたり1ウェルの割合で播種した。このウェルをCO2インキュベータ内に設置し40日間培養した。培地交換は1週間あたり1回の頻度で行った。
10×TrypLETM Select(Thermo Fisher Scientific)により、細胞を培養皿から剥離後、回収細胞数を血球計算板により測定した。この細胞懸濁液を培養条件2の培地を入れた新しい培養容器に、それぞれ400cells/mm2の細胞密度で播種し、再度CO2インキュベータ内で32日間培養した。
10×TrypLETM Select(Thermo Fisher Scientific)により、細胞を培養皿から剥離後、回収細胞数を血球計算板により測定して、400cells/mm2の細胞密度で播種し、再度CO2インキュベータ内で38~44日間培養する操作をそれぞれの培養条件のもと繰り返して、継代培養を繰り返した。
【0049】
(位相差写真による細胞形態の確認)
前述したようにして培養したPassage 7の細胞の位相差写真を
図5に示す。
この
図5の位相差写真から、本実施例で培養したPassage 7の細胞は、細胞の大きさが均一に維持されており、相移転細胞の出現や増加が抑制されていることがわかる。
【0050】
(表面抗原の解析)
実施例1と同様の手順で、本実施例のPassage 7の細胞について、表面抗原を解析した結果を
図6Bのグラフに示す。この結果から、本実施例のPassage 7のほとんどの細胞において、機能性ヒト角膜内皮細胞における表面抗原の特徴が示された。
この結果から、本実施例においても、本培養条件では、Passage 7まで長期継代しても目的の機能性ヒト角膜内皮細胞の含有率が高い細胞集団を高水準で維持したまま培養できることが確認できた。
【0051】
(細胞免疫染色による機能蛋白の発現確認)
さらに、本実施例で培養したPassage 7の細胞について、Na
+/K
+ ATPase、ZO-1及びN-Cadherinの発現を、実施例1と同様にして、免疫染色法によって調べた結果を
図6Aに示す。
この結果からも、本実施例で培養したPassage 7のほとんどすべての細胞において、ヒト角膜内皮細胞における重要な機能蛋白であるNa
+/K
+ ATPase、ZO-1およびN-Cadherinを発現していることが確かめられた。
【0052】
(PDGF-BB産生量の確認)
本実施例で培養したPassage 0~7の培養上清について、培養上清中に分泌されたPDGF-BBの濃度をHuman PDGF-BB ELISA Kit(Abcam、♯ab184860)によって調べた結果を
図6Cに示す。いずれのPassageにおいても規格値100pg/mL以上を満たしていることが確かめられた。
【0053】
(考察)
この実施例2の結果から、初代培養(Passage 0)からでも前記培養条件2の培地(ROCK阻害剤を含有し、かつEGFの含有量が形質転換を引き起こす濃度未満である培地)を用いることにより、Passage 7という長期間にわたる培養でも相転移を抑制し、目的の機能性ヒト角膜内皮細胞を非常に高い割合で含有する細胞集団を得られることが確認できた。
ヒト角膜内皮細胞の相転移は不可逆的なものであると考えられており、実際に一度相転移してしまった細胞を培養条件2の培地で培養しても機能性ヒト角膜内皮細胞に戻すことはできていない。そのため機能性ヒト角膜内皮細胞の含有率の高い細胞集団を得るためには、Passage 0又はPassage 1等のできるだけ早い段階から培養条件2で使用しているようなROCK阻害剤を含有し、かつEGFの含有量が形質転換を引き起こす濃度未満である培地で培養することが好ましい。
【0054】
(実施例3 細胞の凍結保存と生存率の確認)
実施例3では、前述の培養条件2で培養した細胞集団を継代後の特定の培養時期に回収することにより、機能性ヒト角膜内皮細胞を高い生存率で凍結保存することができ、かつ解凍後に培養条件2で培養することにより機能性ヒト角膜内皮細胞の含有率が高い細胞集団が得られることを確かめた。
【0055】
(実験に使用した材料)
使用したドナー角膜は、29歳、女性のものである。
培地は、実施例1の培養条件2と同じものを使用した。
【0056】
(培養と凍結保存) 実施例2と同様の条件でPassage 3まで培養した細胞(継代後136日目)の細胞を、10×TrypLETM Select(Thermo Fisher Scientific)によって培養ディッシュから剥がして2つに分け、1つを実施例1の培養条件2の培地に懸濁し、I型コラーゲンでコーティングされた培養プレートに、400cells/mm2の細胞密度で播種した。残りCELLBANKER I(日本全薬工業株式会社)に1mlあたり1,000,000細胞になるように懸濁し、この細胞懸濁液を細胞凍結保存チューブ(Corning Inc.)に1本あたり400μlずつ分注した。この細胞懸濁液を含む細胞凍結保存チューブを氷上で1時間静置した後、一部のチューブを液体窒素タンクの気層部分に入れて凍結・保存し、残りのチューブを動物細胞凍結処理容器BICELL(日本フリーザ株式会社)に入れて、超低温フリーザ(PHCホールディングス株式会社)を用いて-80℃で凍結・保存した(対照例)。
前者の播種した細胞は、播種後4日目に同じ培地で培地交換を行い、5日目に10×TrypLETM Select(Thermo Fisher Scientific)によって培養プレートから細胞を回収(採取)した。回収した細胞を上記と同様の方法で凍結・保存した(実施例3)。
【0057】
(生存率の確認)
このようにして凍結保存した各々の細胞をチューブごと37℃に保温した湯浴中で解凍し、前記培養条件2の培地4mlで1回洗浄した。洗浄後の細胞を前記培養条件2の培地400μlに懸濁した。
この懸濁液10μlと0.4質量%トリパンブルー溶液(Sigma Aldrich Corp.)10μlとを混合し、血球計算盤上で生細胞、死細胞をそれぞれ計測した。結果を
図7及び表1に示す。
図7中、白く見えている細胞が生細胞を、青く染色された細胞が死細胞を表している。
【0058】
【0059】
(考察)
この実施例3の結果から、400cells/mm2の細胞密度で前記培養条件2の培地に播種してから5日目に回収して凍結保存した場合、凍結保存の後であっても高い生存率を維持することが確認できた。一方で、同様にして成熟分化後(136日培養後)に細胞を採取して保存した対照例においては、生存率が大きく低下していることが分かった。また、14歳、男性ドナー由来の角膜を用いて継代播種後35日目(Passage 5)に回収した成熟分化後の細胞を同様の方法で凍結保存をした場合においても、融解後の生存率は、液体窒素保存したもので49.5%、-80℃保存したもので63%と表1に記載の対照例と同レベルであった。
【0060】
(実施例4:凍結保存した後に回復させた細胞の評価)
実施例4では、実施例3で凍結保存した細胞を融解・回復させて得た細胞集団について、機能性ヒト角膜内皮細胞の含有率が高いまま維持されているかどうかについて調べた。
【0061】
(位相差写真による細胞形態の確認)
実施例3と同じドナー由来の細胞(Passage 3)を同様の方法で凍結保存した細胞懸濁液380μlを、実施例3と同様の方法で融解操作を行い、前記培養条件2の培地で2mlにメスアップし、I型コラーゲンでコーティングされた6ウェル細胞培養プレートの1ウェルに播種した。5%v/vのCO
2を含む加湿大気下、37℃で培養を行った。培地は前述と同じ培養条件2の培地で週に2回交換し、定期的に位相差顕微鏡で観察を行った。観察された細胞形態の経時変化を
図8に示す。
図8の結果から、凍結保存後の細胞は、増殖して、大きさが均一な敷石状(多角形状又は円形状等)の形態になることが観察できた。
さらに、実施例3で凍結保存せずに35日目まで培養した細胞と、実施例3で4日目に回収せずに、培地交換を続けて35日目まで培養しつづけた細胞とを位相差顕微鏡で比較した結果が、
図9である。
図9の結果から、凍結保存した細胞と凍結保存せずに培養し続けた細胞との間の形態の差はみられなかった。
【0062】
(表面抗原の確認:FACS解析)
実施例3で冷凍保存せずに35日目まで培養した細胞と、本実施例で35日間培養した細胞を10×TrypLE
TM Select(Thermo Fisher Scientific)によって、培養プレートから回収し、FACSバッファ(PBS+0.5質量%BSA+0.05質量% NaN
3)中に4×10
6cells/mlとなるように懸濁させた。この細胞懸濁液20μLを、20μLの抗体溶液1又は抗体溶液2と混合し、遮光下、4℃で1.5~2時間インキュベートした。
使用した抗体溶液は以下の通りである。なお、メーカの記載がない抗体は全てBD Biosciencesから入手したものである。
(抗体溶液1)FITC結合抗ヒトCD90 mAb(4μL)、PE結合抗ヒトCD166 mAb(4μL)、PerCP-Cy5.5結合抗ヒトCD24 mAb(1μL)、PE-Cy7結合抗ヒトCD44 mAb(0.25μL)及びAPC結合抗ヒトCD105(eBioscience、1μL)をFACSバッファで20μLにメスアップしたもの。
FACSバッファで洗浄した後、細胞をFACSCanto
TM II(BD Biosciences、S/N=V33896101710)で解析した。結果を
図10に示す。尚、FACSCanto
TM IIの各蛍光のvoltage設定値は以下の通りであった。FSC=270、 SSC=380、 FITC=290、 PE=290、 PerCP-Cy5.5=410、 PE-Cy7=495、 APC=430。また、Area Scaling Factorの設定値は下記の通りであった。FSC=0.5、 Blue Lasor=0.75、 Red Lasor=0.8。
図10の表面抗原の解析結果から、凍結保存した細胞と凍結保存せずに培養し続けた細胞との間にCD166
+CD24
-CD44
neg~low(ゲート1)のあるいはCD44
neg~lowCD90
neg~low(下段パネル左下のゲート)の特徴を示すエフェクター細胞の含有率に差はみられなかった。
【0063】
(免疫染色による評価:免疫細胞染色)
本実施例で35日間培養した細胞を10×TrypLE
TM Select(Thermo Fisher Scientific)によって回収し、前記培養条件2の培地に懸濁し、I型コラーゲンでコーティングされた培養プレートに400cells/mm
2の細胞密度となるように播種した。
同じ培地で週2回の頻度で培地交換しながら5週間培養した後、実施例1と同様の方法で免疫染色した。但し、抗体は1次抗体としてマウス抗Na
+/K
+ ATPase抗体及びウサギ抗ZO-1抗体、2次抗体としてAlexaFluor488標識抗ウサギIgG抗体及びAlexaFluor555標識抗マウスIgG抗体を用いた。蛍光顕微鏡で観察し結果を
図11に示す。
この結果から、凍結保存した細胞においても、融解後に回復培養することによりヒト角膜内皮細胞の機能蛋白であるNa
+/K
+ ATPase及びZO-1の発現が正常に発現することが確認できた。
【0064】
(考察)
以上の結果から、実施例3で凍結保存した後、融解・回復した細胞集団は、凍結保存せずに培養をつづけた細胞と同じく、機能性ヒト角膜内皮細胞の含有率が高いことが確認できた。
【0065】
(実施例5:他の培地を使用した場合の凍結保存と生存率の確認)
実施例5では、凍結保存後の生存率に対する培地の種類の影響を調べた。
【0066】
(実験に使用した材料)
使用したドナー角膜は、18歳、男性及び10歳、男性のものである。
使用した培地は、Essential 6+8質量%FBS+50μg/mlゲンタマイシン+10μM Y-27632である。
なお、Essential 6培地は、広く細胞培養に用いられているDMEM/F12培地を基本として、アスコルビン酸、インシュリン、トランスフェリン、セレニウム等を添加したものであり、その組成が公開されているものである。
【0067】
(凍結保存後の生存率の確認)
前述した実施例3と同様の手順でトリパンブルー染色法によって生存率を調べた。結果を以下の表2に示す。
【0068】
【0069】
(考察)
実施例3とほとんど同じ生存率が観察されたことから、異なる基本培地を使用した場合であっても、本発明の効果を奏することができることが確認できた。
【0070】
(実施例6:細胞の採取時期の最適化)
実施例6では、凍結保存する際の細胞の採取時期について最適化するための検討を行った。
【0071】
(実施例6-a:細胞の採取時期の検討)
(実験に使用した材料)
使用したドナー角膜は、41歳、女性のものである。
培地は、実施例1の培養条件2と同じものを使用した。
【0072】
(培養と凍結保存)
シアトルアイバンクより入手した前記ドナー角膜を、実施例2と同様の条件でPassage 2まで培養した。Passage 3への継代時に細胞懸濁液を5つのフラスコに分けて、1つはそのまま培養を続け、残りの4つのフラスコについては、継代から3、7、10、14日目にそれぞれ細胞を回収した。回収した細胞をCELLBANKER Iに1mlあたり1,000,000細胞になるように懸濁した。
この細胞懸濁液を液体窒素タンクの気層部分に入れて凍結し液体窒素タンク内で凍結保存した。
培養を続けていた1つ目のフラスコの細胞を継代後35日目にI型コラーゲンコート済み24ウェルプレートへ400cells/mm
2の細胞密度で継代した。
液体窒素タンク内で凍結保存していた細胞についても、培養を続けていた細胞と同日にそれぞれ解凍操作を行った。解凍には、ThowSTAR凍結細胞融解ステーション(Model CFTS、Astero Bio)を使用した。
解凍後、前記培養条件2の培地で洗浄した細胞をI型コラーゲンコート済み24ウェルプレートに、400cells/mm
2の細胞密度となるように播種した。
これを5%v/vのCO
2を含む加湿大気下、37℃において培養した。培地は週に2回の頻度で交換した。24ウェルプレートへの播種から35日目にFACS解析及び免疫細胞染色により蛋白質の発現を比較解析した。手順については、
図12に概要を記載した。各細胞ロットの凍結保存のために回収した日の細胞形態の位相差顕微鏡写真を
図13に示す。また、凍結保存した細胞の融解後の生存率およびトリパンブルー染色結果の写真を
図14に、回復培養後37日目の位相差顕微鏡写真、FACS解析及び免疫細胞染色の結果を、
図15~
図17に示す。なお、FACS解析及び免疫細胞染色については、実施例4と同様の手順で行った。
【0073】
(考察)
図13の結果から、継代播種後14日目までに細胞サイズ、形態ともに大きな変化がみられ、14日目には35日目の機能性ヒト角膜内皮細胞と類似の形状になっていることから、この時期までは細胞は分化段階にあることが推測できる。
図14の結果から、継代から3日で回収して冷凍保存した細胞は、融解・回復後の生存率が50%を切っていたが、14日目に回収・凍結保存した細胞はこれよりも高く生存率が約70%であり、さらに7日目又は10日目に回収・凍結保存した細胞はさらに高い生存率を示し、継代後の回収時期の違いにより生存率が大きく異なることが確認できた。
また、
図15~17の結果から、また、7日目、10日目又は14日目に回収・凍結保存した細胞は、融解後の回復培養により、凍結保存せずに培養した細胞と同等の割合で機能性ヒト角膜内皮細胞を含有する細胞群となることが示された。
この結果から、冷凍保存後も生存率が高く、かつ融解後の回復培養により凍結保存せずに培養した細胞と同等の割合で機能性ヒト角膜内皮細胞を含有する細胞群を得るためには、直近の継代から4日以上14日以下の期間に細胞を採取して保存することが好ましいことが分かった。
【0074】
(実施例6-b:細胞の採取時期の最適化)
この実施例は、実施例6-aで明らかになった細胞の採取時期について、さらに最適化を図るべく行ったものである。
【0075】
(実験に使用した材料)
使用したドナー角膜は、8歳、男性のものである。
培地は、実施例1の培養条件2と同じものを使用した。
【0076】
(培養と凍結保存)
シアトルアイバンクより入手した前記ドナー角膜を、実施例2と同様の条件でPassage 4まで培養した。Passage 5への継代時に細胞懸濁液を5つのフラスコに分けて、継代から6、7、8、9、10日目にそれぞれ細胞を回収した。回収した細胞をSTEMCELL-BANKER、10%DMSO/90%FBS、又はBAMBANKER hRM(8日目のみ)に1mlあたり1,000,000細胞になるように懸濁した。
この細胞懸濁液を液体窒素タンクの気層部分に入れて凍結し液体窒素タンク内で凍結保存した。
10日目の回収・凍結保存してから200日後、(6日目に回収・凍結したものでは204日後)にそれぞれ解凍操作を行った。解凍には、37℃の湯浴を使用した。
解凍後、前記培養条件2の培地で洗浄した細胞をI型コラーゲンコート済み24ウェルプレートに、400cells/mm
2の細胞密度となるように播種した。
これを5%v/vのCO
2を含む加湿大気下、37℃において培養した。培地は週に2回の頻度で交換した。24ウェルプレートへの播種から35日目にFACS解析及び免疫細胞染色により蛋白質の発現を比較解析した。手順については、
図18に概要を記載した。凍結保存した細胞の融解後の生存率を
図19に、回復培養後35日目のFACS解析及び免疫細胞染色の結果を、
図20~
図25に示す。生存率の確認は、他の実施例と同様にトリパンブルー染色によって行った。また、FACS解析及び免疫細胞染色については、実施例4と同様の手順で行った。
図19右側の棒グラフは、8日目に採取した細胞について、STEMCELL-BANKER、10%DMSO/90%FBS、又はBAMBANKER hRMのいずれかを凍結保存液として使用した場合の生存率をそれぞれ示している。
【0077】
(考察)
図19の結果から、直近の継代から6日以上10日以下で回収して冷凍保存した細胞は、融解・回復後の生存率がいずれも80%を超える高い生存率を示し、この時期に回収することが、より望ましいことが示された。また、
図19の右側に示したグラフから、前述した期間に採取して保存した細胞であれば、凍結保存液の種類を変えた場合であっても十分に高い生存率を示すことが分かった。
また、
図20~25の結果から、この時期に回収・凍結保存した細胞は、融解後の回復培養により、高い機能性ヒト角膜内皮細胞を維持する細胞群となることが示された。また、保存液の種類を変えた場合であっても保存後の生存率や回復培養後の機能性ヒト角膜内皮細胞の含有割合に大きな変化がないことが確認できた。
【0078】
(実施例7:細胞の採取時期を示す他の指標について)
実施例6では、細胞の採取時期の指標として、プレートに播種(継代)してからの日数について検討した。実施例7においては、実施例6で特定された時期の細胞が有する特徴を調べることにより、ヒト角膜内皮細胞及び/又はヒト角膜内皮前駆細胞を採取する時期を特定する他の指標について検討した。
【0079】
(実施例7-a:細胞形態による指標について)
(実験に使用した材料)
使用したドナー角膜は、29歳、男性のものである。
培地は、実施例1の培養条件2と同じものを使用した。
【0080】
(細胞の培養と細胞形態の観察)
シアトルアイバンクから入手した上記ドナー角膜より、角膜内皮細胞をデスメ膜ごと剥離し、コラゲナーゼにより37℃で一晩処理後、上記培地に懸濁し、I型コラーゲンコート済みの6ウェルプレートに1眼あたり1ウェルの割合で播種した。前述した実施例2と同様の手順で、第4継代まで培養した。培地交換は1週間あたり2回の頻度で行った。
第5継代に継代後、同条件で培養し、各日の細胞形態を位相差顕微鏡で撮影した。その結果を
図26、より明確にするために
図26の一部の拡大図を
図27に示す。
【0081】
(考察)
この
図26及び
図27の結果から、継代播種後1日目、2日目は不規則な細長い突起を持つ紡錘状の線維芽細胞様の形態になるが、3日目から長径と短径が近似値へと変化し、5日目には長短径比が1に近いいわゆる敷石状(多角形状又は円形状)の生体内角膜内皮細胞に類似の形状に転じることが観察できた。このように大きな形態変化は播種後5日目までにみられた。
播種後2週目には、細胞の大きさが均質になり、3週目からは、個々の細胞の境界が明瞭である状態から細胞間の境界が不明瞭になり、細胞-細胞間同士の接着が形成されてやや細胞が密になっていく成熟段階にあるものと考えられる。
以上の観察から、本培養条件では、播種後2週間(14日目)までに再分化がおこり、その後成熟過程に移行するものと推測される。
実施例6-aの結果と照らし合わせて、目的のヒト角膜内皮細胞及び/又はヒト角膜内皮前駆細胞を採取することができる時期は、「細胞形態が、不規則な細長い突起を持つ紡錘状の線維芽細胞様の形態から微細な突起のみを有する長短径比が1に近いいわゆる敷石状(多角形状又は円形状)の生体内角膜内皮細胞に類似の形状に転じた直後から細胞-細胞間同士の接着が形成され細胞間の境界が不明瞭になる直前までの期間である。」と定義することができる。
ここでは、実施例6-aの日数を目安としているが、継代時の細胞密度や培養条件などによっては細胞が成熟するまでに必要な培養日数が変動する可能性があると考えられる。そのような場合であっても、この実施例で得た細胞形態を指標として細胞を採取すれば、適切な時期に細胞を採取することができると考えられる。
【0082】
(実施例7-b:CD44の発現量による採取時期の指標について)
細胞の採取時期は、CD44の発現量によっても確認できる。
実施例7-aの第5継代に継代後、同条件で培養した細胞について、各日のCD44の発現量をフローサイトメーターにより計測した。
【0083】
(実験に使用した材料)
・実施例7-aと同じ細胞
・FACSバッファおよび抗体溶液は実施例4と同じものを使用した。
【0084】
(CD44の発現量の計測)
実施例7-aの第5継代に継代後、同条件で所定日数培養した細胞をPBS(-)で洗浄後、10×TrypLE
TM Select(Thermo Fisher Scientific)で処理することにより、培養プレートから回収し、FACSバッファ中に4×10
6細胞/mlとなるように懸濁させた。この細胞懸濁液20μLを実施例4と同様の方法で抗体染色した後、FACSCanto
TM II(BD Biosciences)で解析した。結果を
図28に示す。
【0085】
(結果・考察)
CD44の平均蛍光強度は播種(継代)直後に15000以上に上昇したのち11日目までに対数的に減少していった。17日目にはほぼプラトーに達しており、継代播種後およそ2週間で分化が終了し、成熟過程に移行するものであると考えられる。
実施例6-aの結果及び
図28の結果から、目的のヒト角膜内皮細胞及び/又はヒト角膜内皮前駆細胞を採取することができる時期は、CD44の発現量が継代後1~2日目にみられる最大値の半分以下になった時からプラトーに達するまでの期間であると考えられる。
ここでは、実施例6-aの日数を目安としているが、継代時の細胞密度や培養条件などによっては細胞が成熟するまでに必要な培養日数が変動する可能性があると考えられる。そのような場合であっても、この実施例で得たCD44の発現量を指標として細胞を採取すれば、適切な時期に細胞を採取することができると考えられる。
【0086】
(実施例7-c:細胞密度による採取時期の指標について)
実施例7-aの細胞について継代後からのECD(角膜内皮細胞密度)経日変化をKSSE-400EBにより計測した。
【0087】
(実験に使用した材料)
・実施例7-aと同じ細胞
・解析ソフトウェア:KSSE-400EB(KONAN Medical)
【0088】
(細胞密度の計測)
400cells/mm
2の密度で第5継代へ継代播種した実施例7-aの細胞を、継代後2、4、6、9、12、17、35日目の各時点でPBS(-)洗浄し、位相差顕微鏡で写真撮影した。得られた画像をKSSE-400EBソフトウェアで解析した。その結果を、
図29に示す。
【0089】
(結果・考察)
ECD(角膜内皮細胞密度)は、第5継代への継代播種直後から17日目までに直線的に増加していき、17日目以降にプラトーに達した。この結果より、継代播種後の増殖期は成熟過程に移行する17日目頃まで継続すると考えられる。この増殖期の中でもヒト成熟分化細胞に分化する運命が決定した時期~成熟過程に移行する前という限られた時期に採取するには、実施例6-aの結果と照らし合わせて、ECDの値が900cells/mm2以上であり、2500cells/mm2以下の時期に採取するのが良いと考えられる。
ここでは、実施例6-aの日数を目安としているが、継代時の細胞密度や培養条件などによっては細胞が成熟するまでに必要な培養日数が変動する可能性があると考えられる。そのような場合であっても、この実施例で得た細胞密度を指標として細胞を採取すれば、適切な時期に細胞を採取することができると考えられる。
【0090】
(実施例8:長期凍結保存した細胞の生存率と回復培養後の品質の確認)
実施例8では、実施例6及び7で最適化した条件で凍結保存した細胞を長期間保存した場合の生存率、および回復培養後の品質について調べた。
(実験に使用した材料)
使用したドナー角膜は、8歳、男性のものである。
培地は、実施例1の培養条件2と同じものを使用した。
【0091】
(細胞の培養と凍結保存)
シアトルアイバンクから入手した上記ドナー角膜より、角膜内皮細胞をデスメ膜ごと剥離し、コラゲナーゼにより37℃で一晩処理後、上記培地に懸濁し、I型コラーゲンコート済みの6ウェルプレートに1眼あたり1ウェルの割合で播種した。前述した実施例2と同様の手順で、第2継代まで培養した。培地交換は1週間あたり2回の頻度で行った。播種から7日目に細胞を回収し、実施例6と同様の方法により凍結し、液体窒素細胞保存容器中で保存した。
保存から、99日目、160日目、171日目に細胞を湯浴中で融解し、実施例3と同様の手順でトリパンブルー染色法によって生存率を調べた。また、死細胞が破壊されてしまって見かけの生存率が上がってしまっているのではないかという疑いを解消するために、冷凍保存に供した細胞数と、冷凍保存後に生存率を調べたときの細胞数との比である回収率(冷凍保存後の細胞数/冷凍保存に供した細胞数)についても調べた。その結果を表3に示す。
【0092】
【0093】
(凍結保存後に回復培養した細胞の品質評価)
このうち、99日間液体窒素保存した細胞について、培養条件2で33日間培養し、細胞形態、FACS解析、免疫細胞染色による機能タンパク発現を評価した結果を
図30A~Cに示す。FACS解析及び免疫細胞染色については、実施例4と同様の手順で行った。KSS-400EBソフトウェアで解析した細胞密度は3344±150.8 cells/mm
2、32日目の培養上清のPDGF-BBの濃度は217.5±1.53 pg/mLであった。以上のように、本発明により、回復培養後に機能性ヒト角膜内皮細胞の含有率が高い細胞集団を得ることができる細胞集団を、5か月以上の期間にわたって生存率を90%以上維持したまま凍結保存できることが確認できた。
【0094】
(実施例9:細胞の氷温保存と生存率の確認)
実施例9では、細胞を懸濁液状態で氷温保存した場合の生存率に対する継代後回収時期の影響について調べた。
(実験に使用した材料)
使用したドナー角膜は、8歳、男性のものである。
培地は、実施例1の培養条件2と同じものを使用した。
各サンプルは以下の通りである。
サンプル1:実施例2と同じ手順で培養し、凍結保存せずにPassage 3で94日間培養した細胞。
サンプル2:実施例2と同じ手順で培養し、Passage 2の7日目に回収して実施例3と同じ手順で凍結保存し、解凍後Passage 3で33日間培養した細胞。
サンプル3:実施例2と同じ手順で培養し、Passage 2の7日目に回収して実施例3と同じ手順で凍結保存し、解凍後Passage 5まで継代を繰り返し、Passage 6で9日間培養した細胞。
【0095】
(氷温保存と保存後の生存率)
前述したサンプル1~3を、10×TrypLETM Select(Thermo Fisher Scientific)によって培養容器から剥離し、細胞懸濁液を調製した。
各細胞懸濁液の一部(10μl)をトリパンブルー染色した後、生細胞数及び死細胞数を、血球計算盤を用いて計測した。この計測結果を基に、3.33×106cells/mlの細胞密度になるようにそれぞれの馴化培地で懸濁し、1.5mL容の市販のマイクロチューブに入れて氷中で保存した。
【0096】
(氷温保存後の生存率の確認)
保存開始から、1、2、3及び4日目に各細胞懸濁液の一部(10μl)を採取し、トリパンブルー染色後、血球計算盤を用いて生細胞数及び死細胞数を計測し、細胞の生存率を算出した。
図31には、トリパンブルー染色の結果を、
図32には
図31の結果から算出された生存率をそれぞれ示す。
図32の結果から、サンプル1は1日目、サンプル2では2日目で、生存率が70%を下回っているのに対し、サンプル3では、4日目でも80%を超える生存率を維持できていることがわかった。
【0097】
(考察)
以上の結果から、凍結保存と同様に直近の継代後4日以上14日以下の時期に回収して保存すれば、成熟後に回収した場合に比べ、氷温保存においても生存率を高いまま維持できることが確かめられた。
【0098】
(実施例10:細胞の氷温保存における保存液の影響)
実施例10では、氷温保存する際に使用する保存液の種類による生存率への影響を調べた。
(実験に使用した材料)
実験に使用した細胞は、実施例9のサンプル3である。
実験に使用した保存液は以下の通りである。
保存液A:馴化培地
保存液B:当日調製した実施例1の培養条件2の培地
保存液C:当日調製したOpti-MEM+100μM Y-27632
【0099】
(氷温保存と生存率の確認)
実施例9のサンプル3の細胞を、前述した保存液A、B又はCに3.33×10
6cells/mlの細胞密度になるように懸濁し、氷中で保存した。
保存開始から、1、2、3及び4日目に各細胞懸濁液の一部(10μl)を採取し、トリパンブルー染色後、血球計算盤を用いて生細胞数及び死細胞数を計測し、細胞の生存率を算出した。
図33には、トリパンブルー染色の結果を、
図34には
図33の結果から算出された生存率をそれぞれ示す。
図34の結果から、いずれの保存液を使用した場合であっても、少なくとも2日間は70%以上の生存率を維持できることが分かった。
また、馴化培地であれば4日目以降であっても80%以上の高い生存率を維持できることが分かった。
【0100】
(考察)
以上の結果から、氷温保存において使用できる保存液は多岐にわたることが推論できる。
また、より適した保存液を使用することによって氷温保存であっても、4日を上回る長期間にわたって、ヒト角膜内皮細胞の生存率を80%以上と高いまま維持できることが分かった。
【0101】
(実施例11:氷温保存した細胞の機能性ヒト角膜内皮細胞への分化成熟期間の評価)
実施例11では、氷温保存した細胞が、ヒトへの移植と同様の細胞密度で播種した場合に、ヒトに移植した場合と同様に、早期に機能性ヒト角膜内皮細胞へと分化成熟するかを確認した。
【0102】
(細胞形態の評価)
ヒトへの移植では、3.33×10
6cells/mlの細胞密度の懸濁液300μlを前房内に注入している。そこで、実施例9において、保存液Aを使用して4日間氷温保存した細胞懸濁液(ヒトへの移植時と同等の細胞密度を有する)をヒト内皮面に近い面積を有する24ウェルプレート(直径約7.78mm、底面積190mm
2、I型コラーゲンコーティング済み)に300μl播種した。播種後、実施例1の培養条件2で7日間培養した。この時の位相差顕微鏡写真を
図35に示す。
図35から、4日間氷温保存した細胞であっても、ヒトへの移植と同様の細胞密度で播種した場合、播種後1週間で機能性ヒト角膜内皮細胞の形態になっていることが分かる。
【0103】
(免疫染色法による評価)
図35の細胞を氷冷メタノールで固定化し、ヒト角膜内皮細胞の機能蛋白であるNa
+/K
+ ATPase及びZO-1の発現を免疫染色法によって確認した。結果を
図36に示す。
図36の結果から、ほとんどすべての細胞において、Na
+/K
+ ATPase及びZO-1の発現が確認できた。
【0104】
(考察)
以上の結果から、氷温で4日間保存した細胞であっても、ヒトへの移植時と同等の細胞密度で播種した場合、ヒトへの移植時と同様に、1週間で分化成熟し、ヒト角膜内皮細胞機能タンパクを発現することが確認できた。
この実施例11において、播種後1週間という短期間で機能性ヒト角膜内皮細胞の集団を得ることができる理由の一つとしては、増殖期間が不要な高密度で播種したため、播種後すぐに分化成熟に向かったためだと考えられる。
【0105】
(実施例12:冷凍保存後のヒト角膜内皮細胞の短期拡大培養)
以上の実施例1~11において、直近の継代から14日以内に細胞を回収した場合であっても、保存後の培養で相転移が起こらないことが確認できた。そこで、実施例12では、14日以内に細胞を回収して継代を繰り返えす方法によって従来よりも短期間でヒト角膜内皮細胞を増殖させることを試みた。
【0106】
(培養条件)
実施例2と同様の手順で、Passage 2の7日目まで培養し、このPassage 2の7日目の細胞を回収して実施例3と同じ手順で凍結保存した。
凍結保存後の細胞懸濁液を解凍し、培養開始時の細胞密度が400cells/mm2の細胞密度となるように播種し8日から10日で継代することをPassage 8まで繰り返して細胞を増殖させた。
【0107】
(結果と考察)
この結果を
図37及び表4に示す。なお、
図37の位相差顕微鏡写真は、Passage 8の10日目のものである。
【0108】
【表4】
これら
図37及び表4の結果から、細胞数を1000倍にするために、従来の方法では半年以上かかっていたが、本実施例によればわずか50日程にまで短縮できることが分かった。
【0109】
さらに、このPasaage 8の10日目の細胞をPassage 9に継代し、培養条件2で34日間培養した細胞の位相差顕微鏡写真を
図38Aに、FACS解析による表面抗原の解析結果を
図38Bに示す。FACS解析は実施例4と同様の手順で行った。分化成熟前である播種後8日から10日間隔で継代を繰り返した細胞も、最終的にROCK阻害剤を含有し、かつEGFの含有量が形質転換を引き起こす濃度未満である培地を用いてさらに培養することによって、機能性ヒト角膜内皮細胞の含有率が十分に高い細胞集団を得ることができることが確認できた。
【0110】
(実施例13:ヒト角膜内皮細胞の短期拡大培養)
前述した実施例12においては、凍結保存後の細胞懸濁液を解凍し短期拡大培養した例を記載したが、本実施例においては冷凍保存していない細胞についての短期拡大培養を試みた。
【0111】
(実験に使用した材料)
使用したドナー角膜は、29歳、男性のもの、および8歳、女性のものである。
【0112】
(培養条件)
同一ドナー角膜のうち1眼を実施例1の培養条件1で35日間隔で継代して培養した(対照例1)。もう1眼を実施例1の培養条件2で培養し、Passage 1への継代時に2つに分け、一方を実施例1の培養条件2で35日間隔で継代して培養し(対照例2)、他方を実施例12と同様に8日前後(5日~11日)の間隔で継代を繰り返して培養した(実施例13)。手順の概要を
図39に示す。
【0113】
(結果と考察)
図40に増殖率から算出した収量と培養スケールを示した。8日前後の間隔で継代を繰り返した本実施例の短期拡大培養法では80日以内に20億個の細胞、T-25フラスコに換算すると500フラスコ分の細胞が得られることが示された。
また、Passage 4まで前述した短期拡大培養法で培養し、Passage 5で約5週間培養した細胞と、およそ同日数培養した対照例2の細胞、Passage 5まで培養した対照例2の細胞との写真および収量の比較を
図41及び
図42に示す。
同様にPassage 6まで短期拡大培養法で培養し、Passage 7で約5週間培養した細胞と、およそ同日数培養した対照例2の細胞、Passage 7まで培養した対照例2の細胞との写真および収量の比較を
図43及び
図44に示す。
【0114】
(考察)
図41~44の結果から、本実施例における短期拡大培養法によっても、機能性ヒト角膜内皮細胞の含有率が十分に高い細胞集団を短期間かつ高収量で得られることが示された。
【0115】
(実施例1~13についての考察)
以上の各実施例の結果から、適切な培養条件で培養されることによって機能性ヒト角膜内皮細胞になることが運命付けられた細胞であれば、その細胞を未成熟の状態で採取して保存又は継代しても、目的の機能性ヒト角膜内皮細胞を得ることができることが分かった。