(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-10-05
(45)【発行日】2023-10-16
(54)【発明の名称】溶銑の脱りん方法
(51)【国際特許分類】
C21C 1/02 20060101AFI20231006BHJP
【FI】
C21C1/02 110
(21)【出願番号】P 2018117273
(22)【出願日】2018-06-20
【審査請求日】2021-02-03
【審判番号】
【審判請求日】2022-08-18
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100149548
【氏名又は名称】松沼 泰史
(74)【代理人】
【識別番号】100140774
【氏名又は名称】大浪 一徳
(74)【代理人】
【識別番号】100134359
【氏名又は名称】勝俣 智夫
(74)【代理人】
【識別番号】100188592
【氏名又は名称】山口 洋
(74)【代理人】
【識別番号】100217249
【氏名又は名称】堀田 耕一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100221279
【氏名又は名称】山口 健吾
(74)【代理人】
【識別番号】100207686
【氏名又は名称】飯田 恭宏
(74)【代理人】
【識別番号】100224812
【氏名又は名称】井口 翔太
(72)【発明者】
【氏名】北野 遼
(72)【発明者】
【氏名】木下 聡
(72)【発明者】
【氏名】浅見 千裕
(72)【発明者】
【氏名】柿本 昌平
【合議体】
【審判長】池渕 立
【審判官】井上 猛
【審判官】佐藤 陽一
(56)【参考文献】
【文献】特開2011-6758(JP,A)
【文献】特開2001-64713(JP,A)
【文献】特開2006-9146(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C21C
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
溶銑の脱りん方法であって
前記溶銑に第一脱りん剤を投入する工程と、
前記溶銑に酸素を吹き込むことにより前記溶銑を脱りん吹錬する工程と、
を備え、
前記脱りん吹錬する工程中に、さらに第二脱りん剤を前記溶銑に投入し、
前記第二脱りん剤の投入終了時期と、前記酸素の吹込み終了時期との間に吹き込まれる酸素の量を、前記脱りん吹錬における前記酸素の全吹込み量の20%以下とし、
前記溶銑の脱りん方法が、前記溶銑に前記第一脱りん剤を投入する前に、前記溶銑の初期成分におけるSi含有量を測定する工程をさらに備え、
前記第一脱りん剤のCaO等量と、前記溶銑の前記初期成分における前記Si含有量のSiO
2等量との比を0.90~1.20とし、
前記第二脱りん剤の投入量を、前記溶銑を前記脱りん
吹錬する工程の終了時のスラグの装入塩基度が2.4~4.0となるように制御する
ことを特徴とする溶銑の脱りん方法。
【請求項2】
前記第二脱りん剤の投入終了時期と、前記酸素の吹込み終了時期との間に吹き込まれる酸素の量を、前記脱りん吹錬における前記酸素の全吹込み量の10%以下とすることを特徴とする請求項1に記載の溶銑の脱りん方法。
【請求項3】
前記第一脱りん剤及び前記第二脱りん剤の一方又は両方を、
生石灰、石灰石、カルシウムフェライト、ドロマイト系石灰、並びに転炉スラグ又は二次精錬スラグであってCaOを含有するものから選択される一種以上を含むものであって、CaO、CaCO
3、及びCaF
2のCaO等量での合計含有量が30~100質量%であるもの
とすることを特徴とする請求項1又は2に記載の溶銑の脱りん方法。
【請求項4】
前記第一脱りん剤を、塊状の脱りん剤とすることを特徴とする請求項1~3のいずれか一項に記載の溶銑の脱りん方法。
【請求項5】
前記第二脱りん剤を、粉状の脱りん剤とすることを特徴とする請求項1~4のいずれか一項に記載の溶銑の脱りん方法。
【請求項6】
前記第二脱りん剤を、Ar、N
2、CO
2、及びO
2からなる群から選択される一種以上であるキャリアガスを用いて前記溶銑に吹き込むことを特徴とする請求項5に記載の溶銑の脱りん方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は溶銑の脱りん方法に関する。
【背景技術】
【0002】
溶銑に含まれるP(りん)は、強度、靭性、及び伸び等の鋼材の諸特性に悪影響を及ぼすので、鋼材の精錬段階でこれを可能な限り取り除く必要がある。
【0003】
溶銑からPを取り除く工程は脱りん精錬と称され、この脱りん精錬ではCaO(又はCaCO3)を主成分とする化合物である脱りん剤が用いられる。脱りん剤は、脱りん精錬において脱りん能を有するスラグを生成することにより、脱りんに寄与する。脱りん剤の使用量が多いほど、スラグの塩基度が上昇し、スラグの脱りん能が向上する。しかしながら、脱りん剤の使用量が多いとスラグ量も増大する。スラグは環境負荷が高く、これの処理は精錬コストを増大させる。従って、脱りん工程を効率化することにより、脱りん剤の使用量を低減することが望まれる。
【0004】
特許文献1には、スピッティング量を低減して、かつ溶銑中の[P]濃度を0.020%以下とすることができる溶銑の脱りん方法が開示されている。この脱りん方法においては、第一脱りん剤であるCaO含有物が上置き添加された溶銑をガス攪拌し、かつ、酸素含有ガスを上吹きし、カバースラグを生成して溶銑の予備脱りんを行った後、さらに、溶銑に第二脱りん剤であるCaO含有脱りん剤を、酸素含有ガスをキャリアガスとして吹き付けることとされる。しかしながら特許文献1においては、スラグ量を減少させること、及び脱りん効率を向上させることが課題とされておらず、また、その方法の開示もない。例えば後述されるような、本発明者らが検討した脱りん剤の投入のタイミングについて、何ら示唆されていない。
【0005】
特許文献2には、同一の転炉で脱りん精錬と脱炭精錬を行うことによるメリットを享受しつつ、P規格の特に厳しい極低りん鋼についても安定的に溶製することのできる転炉精錬方法が開示されている。この転炉精錬方法では、最初の脱りん精錬とその後のスラグ除去を行った後、脱炭精錬を行う前に、フラックスを追加して第2の脱りん精錬を行い、その後にスラグ除去を行い、さらにその後に脱炭精錬を行うことにより、脱炭精錬終了後の溶鋼中P濃度を十分に極低P鋼レベルまで低減することができるとされる。しかしながら特許文献2においては、それぞれの脱りん精錬において脱りん効率を向上させることについて検討されておらず、また、その方法の開示もない。
【0006】
また、脱りん精錬においては、脱りん吹錬(脱りんのために酸素を溶銑に吹き込むこと)によって付随的に生ずる脱炭反応を抑制することが好ましい。脱炭精錬において溶銑中のCは熱源となるので、脱炭精錬の前の脱りん精錬において溶銑の炭素量が低下すると、脱炭精錬において昇熱材投入量が増大する。しかし、先行技術においてこの問題はあまり重要視されておらず、解決策も検討されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特開2001-64713号公報
【文献】特開2011-144415号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、脱りん剤使用量及びスラグ発生量を増大させることなく十分に溶銑を脱りんするために、溶銑の脱りん効率に優れた溶銑の脱りん方法を提供することを課題とする。また、本発明は、脱りん吹錬の際に付随的に生ずる脱炭を抑制し、続く脱炭吹錬における昇熱材投入量を削減することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の要旨とするところは以下の通りである。
(1)本発明の一態様に係る溶銑の脱りん方法は、前記溶銑に第一脱りん剤を投入する工程と、前記溶銑に酸素を吹き込むことにより前記溶銑を脱りん吹錬する工程と、を備え、前記脱りん吹錬する工程中に、さらに第二脱りん剤を前記溶銑に投入し、前記第二脱りん剤の投入終了時期と、前記酸素の吹込み終了時期との間に吹き込まれる酸素の量を、前記脱りん吹錬における前記酸素の全吹込み量の20%以下とし、前記溶銑の脱りん方法が、前記溶銑に前記第一脱りん剤を投入する前に、前記溶銑の初期成分におけるSi含有量を測定する工程をさらに備え、前記第一脱りん剤のCaO等量と、前記溶銑の前記初期成分における前記Si含有量のSiO2等量との比を0.90~1.20とし、前記第二脱りん剤の投入量を、前記溶銑を前記脱りん吹錬する工程の終了時のスラグの装入塩基度が2.4~4.0となるように制御する。
(2)上記(1)に記載の溶銑の脱りん方法では、前記第二脱りん剤の投入終了時期と、前記酸素の吹込み終了時期との間に吹き込まれる酸素の量を、前記脱りん吹錬における前記酸素の全吹込み量の10%以下としてもよい。
(3)上記(1)又は(2)に記載の溶銑の脱りん方法では、前記第一脱りん剤及び前記第二脱りん剤の一方又は両方を、生石灰、石灰石、カルシウムフェライト、ドロマイト系石灰、並びに転炉スラグ又は二次精錬スラグであってCaOを含有するものから選択される一種以上を含むものであって、CaO、CaCO3、及びCaF2のCaO等量での合計含有量が30~100質量%であるものとしてもよい。
(4)上記(1)~(3)のいずれか一項に記載の溶銑の脱りん方法では、前記第一脱りん剤を、塊状の脱りん剤としてもよい。
(5)上記(1)~(4)のいずれか一項に記載の溶銑の脱りん方法では、前記第二脱りん剤を、粉状の脱りん剤としてもよい。
(6)上記(5)に記載の溶銑の脱りん方法では、前記第二脱りん剤を、Ar、N2、CO2、及びO2からなる群から選択される一種以上であるキャリアガスを用いて前記溶銑に吹き込んでもよい。
【発明の効果】
【0010】
本発明の脱りん方法によれば、脱りん吹錬時の溶銑の脱りん効率に優れるので、例えばこれに続く脱炭吹錬におけるスラグ量の抑制などが可能となる。さらに本発明の脱りん方法によれば、脱りん吹錬時の脱炭反応を抑制できるので、続く脱炭精錬における昇熱材投入量の削減が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】第二脱りん剤の投入箇所の一例を示す図である。
【
図2】水準1~4における実績Lpの平均値(平均実績Lp)を示すグラフである。
【
図3】横軸を最低到達塩基度とし、縦軸を実績Lpとした、実施例及び比較例の散布図である。
【
図4】横軸を装入塩基度とし、縦軸を実績Lpとした、実施例及び比較例の散布図である。
【
図5】水準1~4における脱りん吹錬中の脱炭量を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明者らは、スラグ量を増大させることなく脱りん精錬の脱りん能力を向上させること(即ち、脱りん精錬の脱りん効率を高めること)について検討を重ねた。そして本発明者らは、脱りん精錬における脱りん吹錬(脱りんのために酸素を溶銑に吹き込むこと)の際に脱りん剤を投入し、且つ、その投入を脱りん吹錬の末期まで継続することで、脱りん吹錬後の溶銑に残存するりん量を減少させられることを知見した。
【0013】
脱りん剤とは、CaO(又はCaCO3等)を主成分とする化合物である。脱りん剤中に含まれるCaCO3は、溶銑の熱によって短時間のうちに分解されてCaO及びCO2となる。脱りん剤の一例として、生石灰、石灰石、及びドロマイト系材料等の副材、転炉スラグ及び二次精錬スラグ等であってCaOを含有するもの、並びにそれらの混合物等がある。脱りん剤に含まれるCaによって、脱りん吹錬中に以下の化学反応が生じる。
2[P]+5(FeO)→(P2O5)+5[Fe]:式A
(P2O5)+3(CaO)→(3CaO・P2O5):式B
式A及びBに記載された、角括弧で囲まれた化学式は溶銑中の成分の化学式であり、丸括弧で囲まれた化学式はスラグ中に溶融した成分の化学式である。脱りん吹錬においては、まず式Aに示されるように、[P]、即ち溶銑中のPが、(FeO)、即ちスラグ中のFeOによって酸化されてP2O5となる。次に式Bに示されるように、このP2O5が(CaO)、即ちスラグ中の溶融CaOに固定されて、安定化された化合物である(3CaO・P2O5)が生成される。
【0014】
式A及び式Bに示されるように、(CaO)が脱りんのために非常に重要である。従って従来技術によれば、脱りん吹錬における上述の式Bの反応を促進させるために、(CaO)の供給源である脱りん剤は脱りん吹錬の初期段階及び中期段階で溶銑に投入されるべきであると考えられてきた。また、脱りん剤を脱りん吹錬末期に溶銑に投入したとしても、その効果は極めて限定的なものであると考えられてきた。脱りん吹錬の末期まで脱りん剤の投入を継続すべきであるという本発明者らの知見は、従来技術と全く相違するものであった。
【0015】
脱りん吹錬の末期における脱りん剤の投入が溶銑の脱りんに貢献する理由は、以下の通りであると推定された。式Aに示されるように、溶銑中のPをP2O5に変化させるためには、スラグ中のFeOが必要とされる。しかしスラグ中のFeOの量は、脱りん吹錬末期に生じる脱炭反応によって減少すると考えられる。即ち、脱りん吹錬末期には、下記式Cに示される脱炭反応によるFeO量の減少により、式Aの反応の進行が抑制されると考えられる。
(FeO)+[C]→[Fe]+CO↑:式C
式Cに記載された「CO↑」とは、ガスとなって溶銑及びスラグから放出されるCOである。
【0016】
一方、脱りん吹錬末期にCaOが溶銑に投入された場合、以下の式Dによって示される、CaO及びFeOの複合体(CaO-FeO)が生成する反応が生じると考えられる。
(CaO)+[Fe]+1/2O2→(CaO-FeO):式D
このCaO-FeOが、式Aにおける(FeO)として働き、式Aの反応を促進するものと考えられる。即ち、脱りん吹錬末期に溶銑に投入されるCaOは、脱りん吹錬中に不足するスラグ中のFeOを補充することにより、脱りんに寄与していると考えられる。
【0017】
また、脱りん吹錬末期までCaOが溶銑に投入された場合、上記式Dの反応が促進されることに加え、以下の式Eの反応が抑制されると考えられる。
[C]+1/2O2→CO↑:式E
式Eの反応が抑制されることは、脱りん吹錬における脱炭が抑制されることを意味する。脱りん吹錬における脱炭が抑制され、脱りん吹錬後の溶銑にCが多く残されると、このCが続く脱炭吹錬において熱源として働くので、脱炭吹錬における昇熱材投入量の削減が可能となる。脱りん吹錬の末期まで脱りん剤を投入することは、このような観点からも顕著な効果を奏すると考えられる。
【0018】
以上述べた技術思想に基づく本実施形態に係る溶銑の脱りん方法は、溶銑に第一脱りん剤を投入する工程と、溶銑に酸素を吹き込むことにより溶銑を脱りん吹錬する工程と、を備え、脱りん吹錬する工程において、さらに第二脱りん剤が溶銑に投入され、第二脱りん剤の投入終了時期と、酸素の吹込み終了時期との間に吹き込まれる酸素の量が、脱りん吹錬における酸素の全吹込み量の20%以下とされる。以下に、本実施形態に係る溶銑の脱りん方法について詳細に述べる。
【0019】
本実施形態に係る溶銑の脱りん方法では、まず、溶銑に第一脱りん剤を投入する。第一脱りん剤は、溶銑の表面にカバースラグを形成し、スピッティングを抑制することなどを目的として投入される。第一脱りん剤の形態及び投入量は特に限定されず、溶銑の成分、及び鋼材成分の目標値等に応じて適宜設定することができる。投入ロスを防止する観点から、第一脱りん剤の形態は塊状であることが好ましい。
【0020】
また、第一脱りん剤の投入量は、第一脱りん剤のCaO等量と溶銑の初期成分におけるSi含有量のSi等量との比(即ち、第一脱りん剤のCaO等量/溶銑の初期成分のSi含有量のSiO2等量)が0.80~1.20になるように制御されることが好ましい。脱りん剤のCaO等量とは、脱りん剤中のCaが全てCaOを形成していると仮定した場合の、脱りん剤のCaO含有量である。溶銑の初期成分におけるSi含有量のSiO2等量とは、溶銑のSiが全てSiO2になったと仮定した場合のSiO2量である。上述の条件を満たして第一脱りん剤を投入した場合、脱りん吹錬の進行によって溶銑中のSiが実質的に全てSiO2となった時点でのスラグの塩基度がおおむね0.80~1.20となる。
【0021】
第一脱りん剤のCaO等量と溶銑の初期成分におけるSi含有量のSiO2等量との比を0.80以上とすることにより、脱りんを高い水準で実施することができる。これは、スラグ中に溶融CaOを十分に供給し、スラグの脱りん能を向上させられるからであると考えられる。一方、第一脱りん剤のCaO等量と溶銑の初期成分におけるSi含有量のSiO2等量との比を1.20以下とすることにより、CaOの滓化率を高く保ち、脱りん効率を一層高く保つことができる。第一脱りん剤のCaO等量と溶銑の初期成分におけるSi含有量のSiO2等量との比は、さらに好ましくは0.85以上、又は0.90以上である。第一脱りん剤のCaO等量と溶銑の初期成分におけるSi含有量のSiO2等量との比は、さらに好ましくは1.15以下、又は1.10以下である。
【0022】
上述のように第一脱りん剤の投入量を制御するために、本実施形態に係る溶銑の脱りん方法では、第一脱りん剤の投入の前に溶銑の初期成分のSi含有量を測定してもよい。また、後述する脱りん吹錬終了時のスラグの塩基度の推定のために、溶銑の初期成分におけるSi以外の元素の含有量を合わせて測定してもよい。なお、溶銑の初期成分とは、脱りん吹錬前の溶銑の成分を意味する。溶銑のSi含有量等の測定は、溶銑を炉に装入してから実施しても、その前に実施してもよい。また、溶銑が凝固した状態にある際(即ち銑鉄の形態である際)に上述の測定を実施することも当然妨げられない。
【0023】
なお、脱りん吹錬の開始前に溶銑に別途Siを添加する場合、及び第一脱りん剤にSiが含まれる場合等、スラグのSiO2源が溶銑に限られない場合、溶銑以外に由来するSiも第一脱りん剤の投入量の決定する際に考慮されるべきである。例えば、脱りん剤使用量の削減のために、脱りん精錬によって生じるスラグを別の脱りん精錬においてリサイクル使用する場合、溶銑以外に由来するSiO2源が生じることとなる。この場合、溶銑以外に由来するSiも「溶銑の初期成分におけるSi含有量のSiO2等量」に含めればよい。即ち、脱りん吹錬におけるSi酸化反応の終了時におけるスラグの、装入量に基づく塩基度の推定値が0.80~1.20になるように、第一脱りん剤及びその他の添加物の装入量が制御されればよい。
【0024】
次に、溶銑を脱りん吹錬する。脱りん吹錬は、溶銑への酸素の吹込みによって実施される。この脱りん吹錬において、第二脱りん剤が溶銑に投入される。この脱りん吹錬において、第二脱りん剤の投入開始のタイミングは特に限定されず、操業状況に鑑みて適宜設定することができる。一方、脱りん吹錬において、第二脱りん剤の投入終了時期が、第二脱りん剤の投入終了時期と酸素の吹込み終了時期との間に吹き込まれる酸素の量が、脱りん吹錬における酸素の全吹込み量の20%以下となるように制御される。なお、通常の高炉法によって得られる銑鉄に適用される脱りん吹錬において、吹き込まれる酸素の総量は約12Nm3/tとされることが通常である。例えばこのような操業条件においては、約9.6Nm3/tの酸素を吹込み終えるまで、第二脱りん剤の投入を中止してはならない。
【0025】
第二脱りん剤の投入終了時期が早く、第二脱りん剤の投入終了時期と酸素の吹込み終了時期との間に吹き込まれる酸素の量が、脱りん吹錬における酸素の全吹込み量の20%超となった場合、溶銑の脱りん量を向上させることができない。これは、脱りん吹錬の末期に生じる脱炭反応によるスラグ中のFeO量の減少を、第二脱りん剤の投入によって補うことができないからであると推定される。一方、第二脱りん剤の投入終了時期は遅ければ遅いほど好ましいと考えられる。従って、第二脱りん剤の投入終了時期と酸素の吹込み終了時期との間に吹き込まれる酸素の量を、脱りん吹錬における酸素の全吹込み量の10%以下と規定してもよい。また、第二脱りん剤の投入終了時期と脱りん吹錬の終了時期とを一致させてもよい。即ち、第二脱りん剤の投入終了時期と酸素の吹込み終了時期との間に吹き込まれる酸素の量が0Nm3/tであってもよい。
【0026】
なお、第二脱りん剤の投入速度は一定であってもよく、第二脱りん剤の投入終了に至るまでに第二脱りん剤の投入速度を徐々に減少させてもよい。ただし第二脱りん剤の投入速度を徐々に減少させる場合、第二脱りん剤の投入速度が0となった時点を第二脱りん剤の投入終了時期とみなすことは、脱りん吹錬の末期における第二脱りん剤の投入量の不足を招くこととなりかねず、好ましくない。第二脱りん剤の投入速度を徐々に減少させる場合、脱りん吹錬における第二脱りん剤の平均投入速度(第二脱りん剤の投入量を、第二脱りん剤の投入時間で割った値)の90%まで第二脱りん剤の投入速度が減少した時点を、第二脱りん剤の投入終了時期とみなすことがよい。
【0027】
第二脱りん剤の形態及び投入量は特に限定されず、溶銑の成分、及び鋼材成分の目標値等に応じて適宜設定することができる。第二脱りん剤の形態は、その滓化率を向上させるために粉状とすることが好ましい。この場合、粉状の第二脱りん剤はキャリアガスを用いて溶銑に吹き込まれることが好ましい。なお、滓化率とは、脱りん後塩基度(脱りん吹錬終了後に採取されたスラグの塩基度を測定して得られた値)を、装入塩基度(溶銑及び添加物のSiが全てSiO2になり、投入された脱りん剤のCaが全て溶融CaOになったと仮定した場合のスラグの塩基度)で割った値として定義される値である。即ち、本実施形態において「装入塩基度」とは、投入された材料の成分から得られる計算値である。一方「実装入塩基度」とは、スラグの成分を測定して得られる値、即ち実績値である。滓化率は、脱りん剤中のCaO及び/又はCaCO3の溶融の度合い(即ち、滓化の度合い)を示す指標である。スラグの塩基度とは、スラグ中の溶融CaO量と溶融SiO2量との比であり、下記式Fによって算出される。
スラグの塩基度=スラグ中の溶融CaO量/スラグ中の溶融SiO2量:式F
【0028】
第二脱りん剤の投入量は、溶銑を脱りん吹錬する工程の終了時のスラグの装入塩基度が1.3~4.0となるように制御されることが好ましい。脱りん吹錬する工程の終了時のスラグの装入塩基度が1.3以上となるように第二脱りん剤の投入量を制御した場合、スラグの脱りん能を一層向上させ、溶銑の脱りんを高い水準で実施することができる。脱りん吹錬する工程の終了時のスラグの装入塩基度が1.5以上、2.0以上、2.4以上、又は2.5以上となるように第二脱りん剤の投入量が制御されてもよい。一方、脱りん吹錬する工程の終了時のスラグの装入塩基度が4.0以下となるように第二脱りん剤の投入量を制御した場合、スラグ量の増大を抑制し、脱りん効率を一層高く保ち、脱りん工程の環境負荷を一層低減することができる。脱りん吹錬する工程の終了時のスラグの装入塩基度が3.5以下、3.4以下、3.0以下、又は2.8以下となるように第二脱りん剤の投入量が制御されてもよい。なお、溶銑を脱りん吹錬する工程の終了時のスラグの装入塩基度が1.3~4.0となる第二脱りん剤の投入量は、通常の方法により、溶銑の初期成分、第二脱りん剤の成分、第一脱りん剤等の添加物の成分及び投入量、及び溶銑への酸素の吹込み量等から推定することができる。
【0029】
第一脱りん剤及び第二脱りん剤の種類は、スラグの塩基度を上述のように制御できる限り、特に限定されない。例えば生石灰、石灰石、カルシウムフェライト、ドロマイト系石灰、並びに転炉スラグ又は二次精錬スラグであってCaOを含有するものから選択される一種以上を含むものであって、CaO、CaCO3、及びCaF2のCaO等量での合計含有量が30~100質量%であるものを、第一脱りん剤及び第二脱りん剤の一方又は両方として使用可能である。
【0030】
上述の要件が満たされる限り、本実施形態に係る溶銑の脱りん方法は追加の工程を備えてもよい。例えば、脱りん後の溶銑をさらに脱炭精錬に供しても良く、この脱炭精錬は脱りん精錬を実施した炉において連続的に実施しても、脱りん精錬を実施した炉とは別の炉で実施してもよい。
【0031】
また、本実施形態に係る溶銑の脱りん方法を実施するための装置も特に限定されない。本発明者らが知見したところでは、例えば
図1に例示される、キャリアガスを用いて粉状の第二脱りん剤5を吹き込むためのランスを有する上底吹き転炉1が、本実施形態に係る溶銑の脱りん方法を実施するために好ましい。上底吹き転炉1を用いて溶銑の脱りん精錬を行う場合、第二脱りん剤5は、溶銑に上吹き酸素6を吹き込むランス4の直下及びその近傍に投入することが好ましい。ランス4の直下及びその近傍は、溶銑中のSi及びC等の酸化熱によって非常に高温になっている領域、即ち火点7である。この領域に第二脱りん剤5を投入することにより、第二脱りん剤5を一層効率的に溶融させることができる。なお、
図1においては上吹き酸素6を吹き込むランス4を用いて第二脱りん剤5を吹き込む実施形態が図示されているが、第二脱りん剤5を吹き込むための別のランスを上底吹き転炉1に設けてもよい。また、上底吹き転炉を用い、且つ同一の転炉で脱りん精錬、スラグ除去、及び脱炭精錬を行う転炉精錬により、全体の精錬時間を短縮し、脱りん剤の使用量を一層低減し、さらに精錬での熱ロスを低減することが可能となる。一方、脱りん精錬、及び脱炭精錬それぞれを専用の炉で実施することにより、精錬効率を一層高めることもできる。
【0032】
粉状の第二脱りん剤を溶銑に吹き込む際に用いられるキャリアガスの種類も特に限定されず、例えばAr、N2、CO2、及びO2からなる群から選択される一種以上のガスを、キャリアガスとして使用可能である。費用、及び設備の安定性等を考慮すると、N2ガスを用いた第二脱りん剤の吹込みが好ましいと考えられる。脱りん吹錬の段階の溶銑では、溶銑のN取り込みを妨げる働きを有するCの含有量が高いので、N2を用いた第二脱りん剤の吹込みを溶銑に行ったとしても、溶銑中に取り込まれるNの量は無視できる程度に小さいと考えられる。
【実施例】
【0033】
以下の条件での脱りん精錬を実施した。
・第一脱りん剤の形態:塊状(生石灰および石灰石から1種以上を選択)
・第一脱りん剤のCaO等量と、溶銑の初期成分におけるSi含有量のSiO2等量との比:0.9~2.4
・第二脱りん剤の形態:粉状(生石灰)
・キャリアガス種類:N2
・第二脱りん剤の吹込み開始時点:溶銑のSi含有量を脱りん吹錬によって0.10質量%以下にした時点の後、且つ、前記時点以降の前記溶銑への前記酸素の吹込み量を3.0Nm3/tとする前
・第二脱りん剤の吹込み終了時点:以下の3水準
(水準1)粉体吹込終了時送酸割合が70%未満
(水準2)粉体吹込終了時送酸割合が70~79%
(水準3)粉体吹込終了時送酸割合が80~89%
(水準4)粉体吹込終了時送酸割合が90~100%
・脱りん吹錬終了時のスラグの装入塩基度:全水準において2.4~3.4の範囲内
なお「粉体吹込開始時送酸割合」とは、第二脱りん剤の粉体の吹込みを開始した時点までに脱りん吹錬のために溶銑中に吹き込まれた酸素の量が、脱りん吹錬の完了時までに脱りん吹錬のために溶銑中に吹き込まれた全酸素量に占める割合を示す。「粉体吹込終了時送酸割合」とは、第二脱りん剤の粉体の吹込みを終了した時点までに脱りんのために溶銑中に吹き込まれた酸素の量が、脱りん吹錬の完了時までに脱りん吹錬のために溶銑中に吹き込まれた全酸素量に占める割合を示す。例えば「(水準3)粉体吹込終了時送酸割合が80~89%」においては、脱りん吹錬において、第二脱りん剤の投入終了時期が、第二脱りん剤の投入終了時期と酸素の吹込み終了時期との間に吹き込まれる酸素の量が、脱りん吹錬における酸素の全吹込み量の11%~20%となるように制御された。
【0034】
各水準における効果測定は、りん分配量Lpの実績値(実績Lp)を用いて行った。実績Lpとは、スラグ中の単位質量%でのりん濃度(%P)の測定値と溶銑中の単位質量%でのりん濃度[%P]の測定値との比の常用対数、即ち以下の式Gで表される値である。実績Lpが大きい場合、スラグに分配されたりんの量が多いので、高効率で脱りんが達成されていることになる。
Lp=log10{(%P)/[%P]}:式G
【0035】
実験結果を
図2~
図4に示す。
図2は、水準1~水準4における実績Lpの平均値(平均実績Lp)を示すグラフである。水準1(粉体吹込終了時送酸割合が70%未満)及び水準2(粉体吹込終了時送酸割合が70~79%)と、水準3(粉体吹込終了時送酸割合が80~89%)及び水準4(粉体吹込終了時送酸割合が90~100%)とを比較すると、脱りん精錬後の実績Lpが、第二脱りん剤の投入を脱りん吹錬の末期まで実施することによって顕著に高められていることがわかる。
【0036】
図3は、横軸を最低到達塩基度とし、縦軸を実績Lpとした、上記実験結果の散布図である。最低到達塩基度とは、第一脱りん剤のCaO等量と、溶銑の初期成分におけるSi含有量のSiO
2等量との比である。最低到達塩基度にかかわらず、水準3及び水準4における実績Lpが、その他水準における実績Lpを上回っていることが確認された。
【0037】
図4は、横軸を装入塩基度とし、縦軸を実績Lpとした、上記実験結果の散布図である。
図4における装入塩基度とは、溶銑を脱りん精錬する工程の終了時のスラグの装入塩基度(溶銑及び添加物のSiが全てSiO
2になり、投入された脱りん剤のCaが全て溶融CaOになったと仮定した場合のスラグの塩基度)である。装入塩基度にかかわらず、水準3及び水準4における実績Lpが、その他水準における実績Lpを上回っていることが確認された。
【0038】
図5は、水準1~水準4における脱りん吹錬中の脱炭量を示すグラフである。
図5における「脱りん吹錬中の脱炭量」は、脱りん吹錬前の溶銑中[C]濃度の測定値と脱りん吹錬後の溶銑中[C]濃度の測定値との差を、水準2の数値を用いて規格化(正規化)した値である。この定義から、水準2(粉体吹込終了時送酸割合が70~79%)の脱りん吹錬中の脱炭量は1.00となっている。一方、水準3(粉体吹込終了時送酸割合が80~89%)及び水準4(粉体吹込終了時送酸割合が90~100%)においては、脱りん吹錬中の脱炭量が約5%削減された。この場合、脱炭吹錬において昇熱材投入量を減少させることが可能となる。
【産業上の利用可能性】
【0039】
本発明に係る溶銑の脱りん方法は、溶銑の脱りん効率に優れる。従って本発明に係る溶銑の脱りん方法は、スラグ量を増大させることなく十分に溶銑を脱りんすることができるので、P量が低い高品位の鋼材を低い環境負荷で製造することができる。さらに本発明の脱りん方法によれば、脱りん吹錬時の脱炭反応を抑制できるので、続く脱炭精錬における昇熱材投入量の削減が可能となる。以上述べた理由により、本発明は極めて高い産業上の利用可能性を有する。
【符号の説明】
【0040】
1 転炉
2 溶銑
3 スラグ
4 ランス
5 第二脱りん剤
6 上吹き酸素
7 火点