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特許7361478燃料電池セパレータ用オーステナイト系ステンレス鋼材及びその製造方法、燃料電池セパレータ、並びに燃料電池
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-10-05
(45)【発行日】2023-10-16
(54)【発明の名称】燃料電池セパレータ用オーステナイト系ステンレス鋼材及びその製造方法、燃料電池セパレータ、並びに燃料電池
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20231006BHJP
   C22C 38/58 20060101ALI20231006BHJP
   C21D 9/46 20060101ALI20231006BHJP
   C21D 1/06 20060101ALI20231006BHJP
   C21D 6/00 20060101ALI20231006BHJP
   C23C 8/26 20060101ALI20231006BHJP
   H01M 8/021 20160101ALI20231006BHJP
   H01M 8/0228 20160101ALI20231006BHJP
   H01M 8/10 20160101ALI20231006BHJP
【FI】
C22C38/00 302Z
C22C38/58
C21D9/46 Q
C21D1/06 A
C21D6/00 102A
C23C8/26
H01M8/021
H01M8/0228
H01M8/10 101
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2019047662
(22)【出願日】2019-03-14
(65)【公開番号】P2020147817
(43)【公開日】2020-09-17
【審査請求日】2021-11-12
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】503378420
【氏名又は名称】日鉄ステンレス株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】000003207
【氏名又は名称】トヨタ自動車株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000523
【氏名又は名称】アクシス国際弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】関向 晃太郎
(72)【発明者】
【氏名】熊野 尚仁
(72)【発明者】
【氏名】今川 一成
(72)【発明者】
【氏名】河野 崇
【審査官】川口 由紀子
(56)【参考文献】
【文献】特開2007-191763(JP,A)
【文献】特開2008-156742(JP,A)
【文献】特開平03-042148(JP,A)
【文献】特開平07-003404(JP,A)
【文献】特開2011-134690(JP,A)
【文献】特開2006-322046(JP,A)
【文献】特開昭59-096669(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00-38/60
C22C 38/58
C21D 9/46
C21D 1/06
C21D 6/00
C23C 8/26
H01M 8/021
H01M 8/0228
H01M 8/10
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
C:0.10質量%以下、Si:0.01~4.00質量%、Mn:0.01~6.00質量%、P:0.05質量%以下、S:0.03質量%以下、Ni:6.0~30.0質量%、Cr:15.0~35.0質量%、Mo:4.0質量%以下、Cu:4.5質量%以下、N:0.30質量%以下、B:0.0010~0.010質量%を含み、残部がFe及び不可避的不純物からなる組成を有し、
窒化ホウ素層を表面に有する燃料電池セパレータ用オーステナイト系ステンレス鋼材であって、
前記燃料電池セパレータ用オーステナイト系ステンレス鋼材が、塩化物イオンを含む水溶液環境中で使用される場合に、下記式(1):
[Cr]+3×[Mo]+16×[N]≧19+0.1×[Cl - ] (1)
(式中、[Cr]、[Mo]及び[N]はそれぞれ、前記燃料電池セパレータ用オーステナイト系ステンレス鋼材中のCr、Mo及びNの含有量(質量%)を表し、[Cl - ]は、前記燃料電池セパレータ用オーステナイト系ステンレス鋼材が使用される水溶液環境中の塩化物イオン濃度(ppm)を表す)を満たす、燃料電池セパレータ用オーステナイト系ステンレス鋼材
【請求項2】
C:0.10質量%以下、Si:0.01~4.00質量%、Mn:0.01~6.00質量%、P:0.05質量%以下、S:0.03質量%以下、Ni:6.0~30.0質量%、Cr:15.0~35.0質量%、Mo:4.0質量%以下、Cu:4.5質量%以下、N:0.30質量%以下、B:0.0010~0.010質量%を含み、残部がFe及び不可避的不純物からなる組成を有するオーステナイト系ステンレス鋼材を窒素ガス含有雰囲気下で窒化処理する、燃料電池セパレータ用オーステナイト系ステンレス鋼材の製造方法であって、
前記燃料電池セパレータ用オーステナイト系ステンレス鋼材が、塩化物イオンを含む水溶液環境中で使用される場合に、下記式(1):
[Cr]+3×[Mo]+16×[N]≧19+0.1×[Cl - ] (1)
(式中、[Cr]、[Mo]及び[N]はそれぞれ、前記燃料電池セパレータ用オーステナイト系ステンレス鋼材中のCr、Mo及びNの含有量(質量%)を表し、[Cl - ]は、前記燃料電池セパレータ用オーステナイト系ステンレス鋼材が使用される水溶液環境中の塩化物イオン濃度(ppm)を表す)を満たす、燃料電池セパレータ用オーステナイト系ステンレス鋼材の製造方法
【請求項3】
請求項1に記載の燃料電池セパレータ用オーステナイト系ステンレス鋼材から形成された燃料電池セパレータ。
【請求項4】
請求項に記載の燃料電池セパレータを備える燃料電池。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、燃料電池セパレータ用オーステナイト系ステンレス鋼材及びその製造方法、燃料電池セパレータ、並びに燃料電池に関する。
【背景技術】
【0002】
燃料電池にはリン酸型燃料電池、溶融炭酸塩形燃料電池、固体高分子形燃料電池、固体電解質形燃料電池などがある。これらの中でも、固体高分子形燃料電池(以下、PEFC)は、CO2、NOx、SOxなどの排出がほとんどなく、発電効率が非常に高いという利点がある。さらに、PEFCは、100℃以下の温度で動作可能であり、短時間でも起動できる利点もあるため、車両用動力源をはじめ、定置用、モバイル機器用などの電源として適用されつつある。
【0003】
PEFCは、固体高分子膜(電解質)の両面に電極(燃料極及び空気極)が接合された膜-電極接合体と、燃料や空気の流通経路が形成されたセパレータとが交互に配置された構造を有する。
セパレータに用いられる材料としては、耐食性及び導電性の観点から、カーボンブロックを切り出して所定形状に成型したものや、圧縮成型したカーボン樹脂などが用いられてきた。
しかしながら、カーボン素材の使用は、加工費用が高くなるばかりでなく、板厚を薄くすることが困難なためにPEFCを軽量化できない等の問題があった。
【0004】
一方、ステンレス鋼材は、クロムの酸化物を主体とする不動態皮膜で表面が覆われているため、優れた耐食性を示すことから、セパレータとして利用することが検討されている。
しかしながら、ステンレス鋼材の不動態皮膜は、導電性を低下させる原因となる。セパレータの導電性が低い場合、セパレータと電極との間の接触抵抗が高くなり、通電時の発熱、電圧降下などの問題が生じる。そのため、ステンレス鋼材をセパレータとして用いるためには、導電性を向上させる必要がある。
【0005】
ステンレス鋼材の導電性を高める方法としては、表面を粗面化する方法、導電性物質で表面をコーティングする方法などが知られている。また、燃料電池セパレータに要求されるステンレス鋼材の耐食性を確保する方法として、Cr、Moの含有量を増加することにより、不動態皮膜を強固にし、金属イオンが溶出し難くする方法が知られている。
【0006】
しかしながら、上記の導電性を高める方法では、燃料電池セパレータに要求される耐食性が確保できなかったり、コスト増につながったりするという問題があった。また、上記の耐食性を高める方法では、導電性が低下し、所望の発電効率を有する燃料電池が得られないという問題があった。このように、燃料電池セパレータに要求される導電性と耐食性とを両立させたステンレス鋼材を得ることは困難であった。
【0007】
そこで、上記の問題を解決すべく、特許文献1には、Cr:16.0~35.0質量%を含み、表面に窒化物として存在しているCr、Nb、Ti、Al、Zr、V、Bの一種以上が総量で3原子%以上含まれ、酸化物を構成しているSiとMnの総量が50原子%以下である不動態皮膜を有する燃料電池セパレータ用オーステナイト系ステンレス鋼材が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】特開2007-191763号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
近年、燃料電池の発電効率の更なる向上を目的として、燃料電池セパレータに要求される導電性及び耐食性のレベルも高まっている。そのため、特許文献1に記載のオーステナイト系ステンレス鋼材よりも導電性及び耐食性に優れたオーステナイト系ステンレス鋼材の開発が望まれている。
【0010】
本発明は、上記のような問題を解決するためになされたものであり、耐食性及び導電性に優れた燃料電池セパレータ用オーステナイト系ステンレス鋼材及びその製造方法、並びに燃料電池セパレータを提供することを目的とする。
また、本発明は、発電効率が高い燃料電池を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、上記の問題を解決すべく鋭意研究を行った結果、所定の組成を有するオーステナイト系ステンレス鋼材を所定の条件で窒化処理することにより、オーステナイト系ステンレス鋼材の表面に窒化ホウ素層を形成することができ、このようなオーステナイト系ステンレス鋼材が燃料電池セパレータに用いるのに適した特性を有することを見出し、本発明を完成するに至った。
【0012】
すなわち、本発明は、C:0.10質量%以下、Si:0.01~4.00質量%、Mn:0.01~6.00質量%、P:0.05質量%以下、S:0.03質量%以下、Ni:6.0~30.0質量%、Cr:15.0~35.0質量%、Mo:4.0質量%以下、Cu:4.5質量%以下、N:0.30質量%以下、B:0.0010~0.010質量%を含み、残部がFe及び不可避的不純物からなる組成を有し、窒化ホウ素層を表面に有する燃料電池セパレータ用オーステナイト系ステンレス鋼材であって、
前記燃料電池セパレータ用オーステナイト系ステンレス鋼材が、塩化物イオンを含む水溶液環境中で使用される場合に、下記式(1):
[Cr]+3×[Mo]+16×[N]≧19+0.1×[Cl - ] (1)
(式中、[Cr]、[Mo]及び[N]はそれぞれ、前記燃料電池セパレータ用オーステナイト系ステンレス鋼材中のCr、Mo及びNの含有量(質量%)を表し、[Cl - ]は、前記燃料電池セパレータ用オーステナイト系ステンレス鋼材が使用される水溶液環境中の塩化物イオン濃度(ppm)を表す)を満たす、燃料電池セパレータ用オーステナイト系ステンレス鋼材である。
【0013】
また、本発明は、C:0.10質量%以下、Si:0.01~4.00質量%、Mn:0.01~6.00質量%、P:0.05質量%以下、S:0.03質量%以下、Ni:6.0~30.0質量%、Cr:15.0~35.0質量%、Mo:4.0質量%以下、Cu:4.5質量%以下、N:0.30質量%以下、B:0.0010~0.010質量%を含み、残部がFe及び不可避的不純物からなる組成を有するオーステナイト系ステンレス鋼材を窒素ガス含有雰囲気下で窒化処理する、燃料電池セパレータ用オーステナイト系ステンレス鋼材の製造方法であって、
前記燃料電池セパレータ用オーステナイト系ステンレス鋼材が、塩化物イオンを含む水溶液環境中で使用される場合に、下記式(1):
[Cr]+3×[Mo]+16×[N]≧19+0.1×[Cl - ] (1)
(式中、[Cr]、[Mo]及び[N]はそれぞれ、前記燃料電池セパレータ用オーステナイト系ステンレス鋼材中のCr、Mo及びNの含有量(質量%)を表し、[Cl - ]は、前記燃料電池セパレータ用オーステナイト系ステンレス鋼材が使用される水溶液環境中の塩化物イオン濃度(ppm)を表す)を満たす、燃料電池セパレータ用オーステナイト系ステンレス鋼材の製造方法である。
【0014】
また、本発明は、前記燃料電池セパレータ用オーステナイト系ステンレス鋼材から形成された燃料電池セパレータである。
さらに、本発明は、前記燃料電池セパレータを備える燃料電池である。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、耐食性及び導電性に優れた燃料電池セパレータ用オーステナイト系ステンレス鋼材及びその製造方法、並びに燃料電池セパレータを提供することができる。
また、本発明によれば、発電効率が高い燃料電池を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
図1】本発明の一実施形態に係る燃料電池セパレータ用オーステナイト系ステンレス鋼材の断面模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明の実施形態について具体的に説明する。本発明は以下の実施形態に限定されるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で、当業者の通常の知識に基づいて、以下の実施形態に対し変更、改良などが適宜加えられたものも本発明の範囲に入ることが理解されるべきである。
【0018】
本発明の実施形態に係る燃料電池セパレータ用オーステナイト系ステンレス鋼材は、窒化ホウ素層を表面に有する。このオーステナイト系ステンレス鋼材の断面模式図を図1に示す。
図1に示すように、燃料電池セパレータ用オーステナイト系ステンレス鋼材1は、母材2と、母材2の表面に形成された窒化ホウ素層3とを有する。ここで、本明細書において「窒化ホウ素層3」とは、窒化ホウ素から形成される皮膜を意味する。
窒化ホウ素層3は、窒化ホウ素のみからなる層であってよいが、当該層中にCr、又はCr、Ti、Alなどを含む酸化物や窒化物といった析出物が分散していてもよい。また、母材2と、窒化ホウ素層3との間には、Fe、Crなどの酸化物層(図示していない)が形成されていてもよい。
また、窒化ホウ素層3の厚みは、特に限定されないが、燃料電池セパレータに要求される導電性及び耐食性を安定して確保する観点から、好ましくは0.1~20nm、より好ましくは0.5~10nmである。
【0019】
窒化ホウ素は、一般的に耐食性及び導電性に優れているため、燃料電池セパレータ用オーステナイト系ステンレス鋼材1の表面に窒化ホウ素層3を形成することにより、燃料電池セパレータ用オーステナイト系ステンレス鋼材1の導電性及び耐食性を向上させることができる。
上記のような構造を有する燃料電池セパレータ用オーステナイト系ステンレス鋼材1は、所定の組成を有するオーステナイト系ステンレス鋼材(母材2)を所定の条件で窒化処理することによって製造することができる。
【0020】
オーステナイト系ステンレス鋼材は、C:0.10質量%以下、Si:0.01~4.00質量%、Mn:0.01~6.00質量%、P:0.05質量%以下、S:0.03質量%以下、Ni:6.0~30.0質量%、Cr:15.0~35.0質量%、Mo:4.0質量%以下、Cu:4.5質量%以下、N:0.30質量%以下、B:0.0010~0.010質量%を含み、残部がFe及び不可避的不純物からなる組成を有することが好ましい。
ここで、本明細書において「不可避的不純物」とは、Oなどの除去することが難しい成分のことを意味する。不可避的不純物は、原料を溶製する段階で不可避的に混入する。
【0021】
Cは、オーステナイト系ステンレス鋼材の加工性及び耐食性(耐溶出性)に影響を与える元素であり、特に多量のCr、Moを含む組成系においてCの含有量が多すぎると、硬質化して加工性が低下し易い。したがって、Cの含有量の上限は、加工性の観点から、好ましくは0.10質量%、より好ましくは0.08質量%、さらに好ましくは0.07質量%である。一方、Cの含有量の下限は、特に限定されないが、好ましくは0.001質量%、より好ましくは0.003質量%である。
【0022】
Siは、オーステナイト系ステンレス鋼材の加工性及び接触抵抗(導電性)に影響を与える元素であり、Siの含有量が多すぎると、加工性が低下すると共に接触抵抗が増大し易い。したがって、Siの含有量の上限は、加工性及び接触抵抗の観点から、好ましくは4.00質量%、より好ましくは3.00質量%、さらに好ましくは1.00質量%である。一方、Siは溶鋼の脱酸に有効な元素である。そのため、Siの含有量の下限は、この効果を得る観点から、好ましくは0.01質量%、より好ましくは0.05質量%、さらに好ましくは0.1質量%である。
【0023】
Mnは、オーステナイト系ステンレス鋼材の加工性、耐食性及び接触抵抗に影響を与える元素であり、Mnの含有量が多すぎると、加工性及び耐食性が低下すると共に接触抵抗が増大し易い。したがって、Mnの含有量の上限は、加工性、耐食性及び接触抵抗の観点から、好ましくは6.00質量%、より好ましくは2.00質量%、さらに好ましくは0.50質量%である。一方、Mnは、オーステナイト形成元素であり、オーステナイトの安定化にも有効である。そのため、Mnの含有量の下限は、この効果を得る観点から、好ましくは0.01質量%、より好ましくは0.05質量%、さらに好ましくは0.10質量%である。
【0024】
Pは、オーステナイト系ステンレス鋼材の加工性及び耐食性に影響を与える元素である。Pは、特に高湿度、酸性環境における耐食性を顕著に改善し、接触抵抗を低下させる作用も与える。Pの含有量が多すぎると、加工性及び耐食性が低下し易い。したがって、Pの含有量の上限は、加工性及び耐食性の観点から、好ましくは0.05質量%、より好ましくは0.04質量%、さらに好ましくは0.03質量%である。一方、Pの含有量の下限は、特に限定されないが、好ましくは0.001質量%、より好ましくは0.005質量%である。
【0025】
Sは、オーステナイト系ステンレス鋼材の加工性及び耐食性に影響を与える元素であり、Sの含有量が多すぎると、加工性及び耐食性が低下し易い。したがって、Sの含有量の上限は、加工性及び耐食性の観点から、好ましくは0.03質量%、より好ましくは0.01質量%、さらに好ましくは0.005質量%である。一方、Sの含有量の下限は、特に限定されないが、好ましくは0.0001質量%、より好ましくは0.0005質量%である。
【0026】
Niは、オーステナイト系ステンレス鋼材の耐食性を向上させる元素であるが、溶出し易い元素であるため、Ni含有量の増加に伴ってオーステナイト系ステンレス鋼材の耐溶出性が低下し易い。したがって、Niの含有量の上限は、耐溶出性の観点から、好ましくは30.0質量%、より好ましくは25.0質量%、さらに好ましくは20.0質量%である。一方、Niは、オーステナイト形成に必要な成分でもある。したがって、Niの含有量の下限は、この効果を得る観点から、好ましくは6.0質量%、より好ましくは8.0質量%、さらに好ましくは10.0質量%である。
【0027】
Crは、オーステナイト系ステンレス鋼材の耐食性及び加工性に影響を与える元素であり、Crの含有量が少なすぎると、所望の耐食性を確保し難くなる。したがって、Crの含有量の下限は、好ましくは15.0質量%、より好ましくは16.0質量%、さらに好ましくは17.0質量%である。一方、Crの含有量が多すぎると、耐食性は向上するものの、加工性が低下し易い。したがって、Crの含有量の上限は、加工性の観点から、好ましくは35.0質量%、より好ましくは30.0質量%、さらに好ましくは25.0質量%である。
【0028】
Moは、オーステナイト系ステンレス鋼材の耐食性、加工性及び溶接性に影響を与える元素であり、耐食性を向上させることができる。一方、Moの含有量が多すぎると、鋼が硬質化し加工性が低下するため、Moの含有量の上限は、加工性の観点から、好ましくは4.0質量%、より好ましくは3.0質量%、さらに好ましくは2.0質量%である。一方、Moの含有量の下限は、特に限定されないが、好ましくは0.01質量%、より好ましくは0.05質量%、さらに好ましくは0.10質量%である。
【0029】
Cuは、Niと同様に溶出し易い元素であり、Cu含有量の増加に伴って耐溶出性が低下し易くなる。また、Cuの含有量が多すぎると、オーステナイト系ステンレス鋼材の加工性が低下する。そのため、Cuの含有量の上限は、加工性及び耐溶出性の観点から、好ましくは4.5質量%、より好ましくは3.5質量%、さらに好ましくは1.0質量%である。一方、Cuの含有量の下限は、特に限定されないが、好ましくは0.005質量%、より好ましくは0.01質量%、さらに好ましくは0.03質量%である。
【0030】
Nは、オーステナイト系ステンレス鋼材の耐食性及び加工性に影響を与える元素であり、Nを含有させることで耐食性が向上する。Nの含有量が多すぎると、硬質化して加工性が低下し易い。したがって、Nの含有量の上限は、加工性の観点から、好ましくは0.30質量%、より好ましくは0.25質量%、さらに好ましくは0.20質量%である。一方、Nの含有量の下限は、特に限定されないが、耐食性の観点から、好ましくは0.001質量%、より好ましくは0.003質量%、さらに好ましくは0.005質量%である。
【0031】
Bは、窒化処理によってオーステナイト系ステンレス鋼材の表面に窒化ホウ素層3を形成させるための元素である。また、Bは、オーステナイト系ステンレス鋼の低温靭性を向上させる元素でもある。したがって、Bの含有量の下限は、これらの効果を得る観点から、好ましくは0.0010質量%、より好ましくは0.0015質量%、さらに好ましくは0.0020質量%である。一方、Bの含有量が多すぎると、熱間加工性及び表面性状が低下し易い。したがって、Bの含有量の上限は、好ましくは0.010質量%、より好ましくは0.008質量%、さらに好ましくは0.005質量%である。
【0032】
上記のような組成を有するオーステナイト系ステンレス鋼材は、上記の組成を有するスラブを用い、公知の方法に準じて製造することができる。具体的には、上記の組成を有するスラブを熱間圧延して焼鈍及び酸洗を行った後、所定の厚さになるまで冷間圧延、焼鈍及び酸洗を繰り返し行えばよい。また、必要に応じて、冷延鋼板に光輝焼鈍や機械研磨などの仕上げ加工を施してもよい。
【0033】
オーステナイト系ステンレス鋼材は、窒化処理を行うことによって窒化ホウ素層3を表面に形成することができる。窒化処理は、オーステナイト系ステンレス鋼材の製造過程中、又はオーステナイト系ステンレス鋼材をセパレータ形状に加工した後のいずれにおいても行うことができる。
窒化処理は、窒素ガス含有雰囲気下で行われる。窒素ガス含有雰囲気中の窒素ガスの濃度は、好ましくは25体積%以上、より好ましくは50体積%以上、さらに好ましくは75体積%以上、最も好ましくは100体積%である。窒素ガス以外のガスは、特に限定されないが、アルゴン、水素などの非酸化性ガスであることが好ましい。また、雰囲気中の水分が多いと、酸化が進行し易くなるため、雰囲気中の露点は-35℃以下にすることが好ましい。
窒化処理における加熱条件は、オーステナイト系ステンレス鋼材の組成に応じて適宜設定すればよく、特に限定されないが、通常は400~1150℃の温度範囲まで加熱して冷却すればよい。
【0034】
上記のようにして製造される燃料電池セパレータ用オーステナイト系ステンレス鋼材1は、燃料電池内で塩化物イオンを含む水溶液環境に曝される。塩化物イオンは、金属イオンの溶出を促進させる作用があり、金属イオンの溶出は塩化物イオン濃度に影響を受ける。また、金属イオンの溶出は、鋼組成、特にCr、Mo及びNの含有量にも影響を受ける。そのため、金属イオンの溶出を効果的に抑えるためには、燃料電池セパレータ用オーステナイト系ステンレス鋼材1が、下記式(1)を満たすことが好ましい。
[Cr]+3×[Mo]+16×[N]≧19+0.1×[Cl-] (1)
式中、[Cr]、[Mo]及び[N]はそれぞれ、燃料電池セパレータ用オーステナイト系ステンレス鋼材1中のCr、Mo及びNの含有量(質量%)を表し、[Cl-]は、燃料電池セパレータ用オーステナイト系ステンレス鋼材1が使用される水溶液環境中の塩化物イオン濃度(ppm)を表す。
したがって、燃料電池セパレータ用オーステナイト系ステンレス鋼材1が使用される水溶液環境中の塩化物イオン濃度(ppm)に応じて、Cr、Mo及びNの含有量を適切な範囲に制御することにより、燃料電池セパレータ用オーステナイト系ステンレス鋼材1の耐食性を確保することが可能になる。
【0035】
本発明の実施形態に係る燃料電池セパレータは、上記の燃料電池セパレータ用オーステナイト系ステンレス鋼材1から形成されている。この燃料電池セパレータは、上記の燃料電池セパレータ用オーステナイト系ステンレス鋼材1を所定の形状に加工(例えば、プレス加工)することによって製造することができる。
本発明の実施形態に係る燃料電池セパレータの形状としては、特に限定されず、当該技術分野において公知の形状(例えば、凹凸形状)であればよい。
本発明の実施形態に係る燃料電池セパレータは、上記の燃料電池セパレータ用オーステナイト系ステンレス鋼材1を素材として用いているため、耐食性及び導電性に優れている。
【0036】
本発明の実施形態に係る燃料電池は、上記の燃料電池セパレータを備える。その他の燃料電池の構造としては、特に限定されず、当該技術分野において公知の構造を採用することができる。例えば、燃料電池は、電解質の両面に電極が接合された膜-電極接合体と燃料電池セパレータとが交互に配置された構造を有する。
燃料電池の種類としては、特に限定されず、リン酸型燃料電池、溶融炭酸塩形燃料電池、固体高分子形燃料電池、固体電解質形燃料電池とすることができる。その中でも発電効率の観点から、固体高分子形燃料電池が好ましい。
本発明の実施形態に係る燃料電池は、上記の燃料電池セパレータを用いているため、燃料電池セパレータからの金属イオン溶出に伴う発電効率の低下を抑制することができる。
【実施例
【0037】
以下に、実施例を挙げて本発明の内容を詳細に説明するが、本発明はこれらに限定して解釈されるものではない。
【0038】
表1に示す組成を有するスラブを熱間圧延して焼鈍・酸洗を行った後、冷間圧延及び焼鈍・酸洗を繰り返し行い、厚みが1.0mmの冷延焼鈍板を製造した。次に、この冷延焼鈍板に#600の乾式研磨仕上げを行ってオーステナイト系ステンレス鋼材を得た。次に、このオーステナイト系ステンレス鋼材を表2に示す条件にて所定の温度まで加熱した後、冷却することで窒化処理を行い、燃料電池セパレータ用オーステナイト系ステンレス鋼材を得た。
【0039】
【表1】
【0040】
得られた燃料電池セパレータ用オーステナイト系ステンレス鋼材の表面をESCA(X線光電子分光法)及びTEM(透過型電子顕微鏡)を用いて分析し、表面に形成された窒化ホウ素層の有無を評価した。
【0041】
次に、上記で得られた燃料電池セパレータ用オーステナイト系ステンレス鋼材について、耐溶出試験の前後の接触抵抗を測定した。
耐溶出試験は、燃料電池内で燃料電池セパレータが使用される環境を考慮し、定電位分解試験により行った。具体的には、上記で得られた燃料電池セパレータ用オーステナイト系ステンレス鋼材に対し、3ppmのフッ化物イオン(F-)を含むpH3の水溶液中で0.7V vs. Ag/AgClの定電位電解を24時間行った後、3ppmのフッ化物イオン(F-)及び表3に示す濃度の塩化物イオン(Cl-)を含むpH3の水溶液中で0.7V vs. Ag/AgClの定電位電解を24時間行った。
また、接触抵抗は、燃料電池セパレータ用オーステナイト系ステンレス鋼材の表面にカーボンペーパを接触させ、10kgf/cm2の面圧を加えたときの接触抵抗値を四端子法で測定した。そして、接触抵抗測定ρ'(mΩ・cm2)は、測定した抵抗値をR(mΩ)とし、接触面積S(cm2)を用いて、ρ'=R×S(mΩ・cm2)より算出した。なお、接触抵抗は、20mΩ・cm2以下であれば、導電性が良好であると判断することができる。
上記の結果を表2に示す。
【0042】
【表2】
【0043】
表2に示されるように、所定の組成を有するオーステナイト系ステンレス鋼材を窒素ガス含有雰囲気下で窒化処理することにより、表面に窒化ホウ素層が形成されることを確認した。
また、窒化ホウ素が表面に形成された燃料電池セパレータ用オーステナイト系ステンレス鋼材(試験番号1、2、4~6、9~11及び14~16)は、耐溶出試験前の接触抵抗が低かった(導電性が良好であった)のに対し、窒化ホウ素層が表面に形成されていない燃料電池セパレータ用オーステナイト系ステンレス鋼材(試験番号3、7、8、12、13及び17)は、耐溶出試験前の接触抵抗が高かった。
また、窒化ホウ素が表面に形成された燃料電池セパレータ用オーステナイト系ステンレス鋼材のうち、[Cr]+3×[Mo]+16×[N]≧19+0.1×[Cl-]を満たす場合(試験番号1、2、4、6、11、14及び15)は、耐溶出試験後の接触抵抗も低かった。したがって、燃料電池セパレータ用オーステナイト系ステンレス鋼材が使用される水溶液環境中の塩化物イオン濃度(ppm)に応じて、適切な燃料電池セパレータ用オーステナイト系ステンレス鋼材を選択して用いることにより、燃料電池セパレータの耐食性及び導電性を向上させることができる。
【0044】
以上の結果からわかるように、本発明によれば、耐食性及び導電性に優れた燃料電池セパレータ用オーステナイト系ステンレス鋼材及びその製造方法、並びに燃料電池セパレータを提供することができる。また、本発明によれば、発電効率が高い燃料電池を提供することができる。
【符号の説明】
【0045】
1 燃料電池セパレータ用オーステナイト系ステンレス鋼材
2 母材
3 窒化ホウ素層
図1