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特許7361877金属材料の準静的室温擬超塑性プレス加工方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-10-05
(45)【発行日】2023-10-16
(54)【発明の名称】金属材料の準静的室温擬超塑性プレス加工方法
(51)【国際特許分類】
   B21D 22/20 20060101AFI20231006BHJP
【FI】
B21D22/20 H
B21D22/20 E
【請求項の数】 16
(21)【出願番号】P 2022207668
(22)【出願日】2022-12-23
【審査請求日】2023-05-30
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】399026328
【氏名又は名称】しのはらプレスサービス株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】512027599
【氏名又は名称】野原 清彦
(73)【特許権者】
【識別番号】504151365
【氏名又は名称】大学共同利用機関法人 高エネルギー加速器研究機構
(74)【代理人】
【識別番号】100194869
【弁理士】
【氏名又は名称】榎本 慎一
(72)【発明者】
【氏名】篠原 正幸
(72)【発明者】
【氏名】川端 信行
(72)【発明者】
【氏名】佐久間 大己
(72)【発明者】
【氏名】野原 清彦
(72)【発明者】
【氏名】早野 仁司
(72)【発明者】
【氏名】佐伯 学行
(72)【発明者】
【氏名】山中 将
(72)【発明者】
【氏名】加藤 茂樹
(72)【発明者】
【氏名】山本 明
【審査官】豊島 唯
(56)【参考文献】
【文献】特開2022-132267(JP,A)
【文献】特開2015-020208(JP,A)
【文献】国際公開第2013/115401(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B21D 22/20 - 24/00
B21D 26/00 - 26/055
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属材料の単一工程プレス加工における手段を以下のようにプレス機・サーボ制御装置・金型工具、又はプレス機・サーボ制御装置・金型工具・加工温度制御に適用する金属材料の準静的室温擬超塑性プレス加工方法であって、
1) 前記金属材料の降伏後の塑性安定領域内変形過程で、歪量一定位置で負荷を中断して応力緩和現象を現出させる応力緩和手段をとり、
2) 応力緩和後に急速完全除荷を行い、
3) 被加工材を無負荷状態で保持して前記金属材料の内部に生じたナノレベルの微視的な応力場と歪場を分散・平準化して系の自由エネルギーの減少と熱力学的エントロピーの増大を図り、
4) 次いで再負荷によって加工軟化と微視的な serration(鋸歯状応力-歪関係)による擬超塑性現象を出現させて、長大な延性を得る手段・動作を実施することによって、前記材料に優れた塑性加工性の向上並びに変形の余裕度の保持と耐環境性に配慮したことを特徴とする単一加工工程における金属材料の準静的室温擬超塑性プレス加工方法。
【請求項2】
前記応力緩和手段を実施するために、前記歪量を停止する位置は次のように決める;
加工時に計測器で表示・可視化した被加工材の荷重(P)- 時間(t)線図において、弾性限界値を P y 、最大値(引張強さ)を P u とし、停止位置の荷重を P とすると、P y < P < P u を満たす塑性安定領域内とし、被加工材の慣用一様伸びをλとすると、λ y < λ ≦ (2 / 3) λ u (λ y:降伏伸び;λ u:引張強さに相当する一様伸び)であることを特徴とする請求項1に記載した単一加工工程における金属材料の準静的室温擬超塑性プレス加工方法。
【請求項3】
前記応力緩和手段の実施中、緩和応力が慣用歪軸と平行になったら、3 秒以内に急速除荷を行い、前記被加工材を無負荷状態にすることを特徴とする請求項1に記載した単一工程における金属材料の準静的室温擬超塑性プレス加工方法。
【請求項4】
完全除荷した後の前記無負荷状態に保持する時間 t は金属材料の結晶系によって、
体心立方系材料 : 5 秒 ≦ t ≦ 50秒
面心立方系材料 : 10 秒 ≦ t ≦ 100秒
稠密六方系材料 : 15 秒 ≦ t ≦ 150秒
であることを特徴とする請求項1に記載した単一工程における金属材料の準静的室温擬超塑性プレス加工方法。
【請求項5】
前記無負荷状態で所定時間保持後、再負荷を行い、加工軟化により応力緩和荷重よりも低い値で再降伏後、さらに変形を継続して、微視的なserration(鋸歯状応力-歪関係)による超塑性類似現象の出現に伴って長大な延性を実現することで、臨界破断条件を臨界強度σc r から臨界延性 εc r に遷移せしめ、加工性を向上したことを特徴とする請求項1に記載した単一加工工程における金属材料の準静的室温擬超塑性プレス加工方法。
【請求項6】
加工熱の系内外の変動を最少化し、できる限り系の均一かつ平衡状態を保ちつつ外乱を抑制する前記準静的加工を行い、加工性の向上を図るために、
1)加工用潤滑剤として粘度が100~ 500 cSt(ストークス)を有する液体系のものを使用する;
2)室温水のポンチ内還流;
3)加工速度を 0.5 ~ 5.0 mm / sec に制御する;
4)必要に応じてダイスの抜熱の実施を考慮する;
これらの条件につき、前記金属材料の加工難度及び製品形状・寸法精度に応じて、いずれか一つ、または適切な複数の要件を選択して、優れた加工性を得ることを特徴とする請求項1に記載した単一加工工程における金属材料の準静的室温擬超塑性プレス加工方法。
【請求項7】
前記金属材料単一工程プレスが円筒絞り加工であって、
しわ押さえ力の付与を適宜制御し、フランジ各エレメントの引張歪と圧縮歪が同時に作用して延性が増大する「バウシンガー効果類似現象」を利用し、前記加工性の向上を図ることを特徴とする請求項1に記載した単一加工工程における金属材料の準静的室温擬超塑性プレス加工方法。
【請求項8】
前記金属材料の絞り加工に際して生じる異方性凹耳下端が、成形品の最大使用深さを決定する不具合の発生を改善するために、量産製造前に素材の圧延方向角度をθとして、0°≦ θ ≦ 90°間で、15°間隔で塑性歪比 rθを複数測定し、最小2乗法と3 次元スプライン補間法を適用して、非真円異形ブランクの形状・寸法D (θ) を算出・作製して 事前加工試験を行い、次式において、
D (θ) = [ R・D (0){( r (45) / r(θ)}J ]・η
η =1.0 + { (R + 1.0 ) / 45 ) }・|θ- 45 |
素材成形体の結晶異方性をできる限り等方化するべく、等方化冪乗指数 J 値を決定する(ηは D (θ) の補正項)することで、
加工性と凹耳下端で決まる最大使用可能深さを向上し得る条件出しを実施し、
その結果を利用して実生産を行うことを特徴とする請求項1に記載した単一加工工程における金属材料の準静的室温擬超塑性プレス加工方法。
【請求項9】
前記金属材料の薄板加工材料は結晶系の種類によって以下に示す、
体心立方晶材料 : 純鉄・炭素鋼・高張力鋼・表面処理鋼・
α系ステンレス鋼・βチタニウム合金・
ニオブ・タンタル
面心立方晶材料 : 銅合金・アルミ二ウム合金・γ系ステンレス鋼
稠密六方晶材料 : マグネシウム合金・βチタニウム合金
の各種材料であることを特徴とする請求項1に記載した単一加工工程における金属材料の 準静的室温擬超塑性プレス加工方法。
【請求項10】
潤滑剤として、非塩素・非硫黄系の液体潤滑油を使用し、その粘度を40 ~ 100 cSt (センチストークス)とし、本剤は温水もしくは常温水洗浄に優れ、後研磨処理は不要であって、工作油を活用することを特徴とする請求項1に記載した単一工程における金属材料の準静的室温擬超塑性プレス加工方法。
【請求項11】
前記金属材料単一工程プレスが円筒絞り加工であって、
円筒状1次成形体の周辺側部及び底部の板厚精度・真円度・円筒度・表面粗度・平坦度・スプリングバックもしくはスプリングゴーで示される形状凍結性・寸法精度は、準静的かつ適正潤滑液にて、サーボダイクッションの有効活用を行って動的クッション圧力 P を次式から求め、あらかじめサーボ制御の設定に組み込んで、加工時にこれを制御する:
P = K・{(D 2 -D P 2 )t }/(D 0 2 -D P 2 )t 0 }・
[{1-{ D 2 -D P 2 } t /(D 0 2 -D P 2 )t 0 }/ ε] M ・P 0
ここに D 0、D、D P はそれぞれ初期ブランク径、加工過程のブランク径、及びポンチ直径を表し、t 0 及び t は板厚、εy は比例限歪、M は上記式から決定される冪乗指数、P 0 は加工開始時のクッション圧力であり、形状凍結性を向上させたことを特徴とする請求項1に記載した単一加工工程における金属材料の準静的室温擬超塑性プレス加工方法。
【請求項12】
前記金属材料単一工程プレスが円筒絞り加工であって、
円筒絞り加工底部は変形量が比較的小さいためにスプリングバック及びスプリングゴーである弾性変形が生じやすいため、ポンチが下死点に達した際に除荷せずにノックアウト工具に成形体底部を10秒以内押しつけたままにして保持するに際し、前記加工軟化が生じる多段階加工であるところから、弾性変形程度が小さいので、保持時間ゼロで抑制できることを特徴とする請求項1に記載した単一工程における金属材料の準静的室温擬超塑性プレス加工方法。
【請求項13】
前記単一加工工程における 1 次加工によって成る成形体の有する変形の余裕度 ζが、以下の関係式、
ζ= f [{F 0 (φ / φ) ∧β}]
で表される(ここに、f は関数、F0 は絞り加工初期のしわ押さえ荷重、φ0 及びφは絞り加工初期及び進行過程のフランジの体積、βは絞り加工過程における金属材料の結晶系によって決まる「べき乗指数」で、体心立方晶の場合 0<β≦3、面心立方晶の場合 1≦β≦3、稠密六方晶の場合 2≦β≦3であることを特徴とする請求項1に記載の金属材料の準静的室温擬超塑性プレス加工方法。
【請求項14】
機械式または油圧式プレス加工機を使用するに際して、被加工材に対するポンチの負荷・除荷・停止・再負荷時に加圧力の平準化制御機構と、加えて速度の変化とストロークモードの変化を制御して、荷重-時間曲線の描画・しわ押さえ変化の測定と描画を可能にしたサーボ機構を備え、ダイスの抜熱への対処、潤滑油の自動塗油と洗浄、さらに1.5次及び 2 次加工実施のため、必要に応じて電熱ヒーターを熱源とする金型・工具の熱伝導によって前記金型材料の加工温度を 120℃ 以下に制御する温度制御装置の設置、又は前記温度制御装置の設置と成形体突起局部の融着・溶接を含むことを特徴とする請求項1に記載した単一工程における金属材料の準静的擬超塑性プレス加工方法。
【請求項15】
前記絞り加工が超極深絞り加工であって、室温で実施されること、及び後加工において120℃以下の加温加工、もしくは短時間融着処理を行う場合を含めても、二酸化炭素の発生は無視することができるプレス加工法であるところから、量産時における耐環境性に優れることを特徴とする請求項1に記載した金属材料の準静的室温擬超塑性プレス加工方法。
【請求項16】
請求項 1 ~15のいずれか 1 項によって、単一工程において前記金属材料の準静的室温擬超塑性プレス加工方法を利用して 1 次成形体を作製するとともに、さらに後加工の 1.5 次加工及び 2 次加工を含む、プレス加工製品を製造することを特徴とする、プレス加工品の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鉄系及び非鉄系金属材料のナノレベルの応力場及び歪場の開放と、負荷による金属内部モフォロジーの相互変化によって材料の自由エネルギ-の減少及び熱力学的エントロピーの増大を図って、塑性加工性の向上を実現する。即ち、室温において単一加工工程において、応力緩和現象を利用する新たな加工手段を適用することにより、単軸引張変形において金属の巨視的加工軟化の実現と、超塑性現象に酷似した応力-歪線図を現出させ得ることを見出した。かつ、絞り加工の場合には、準静的に行うこと、バウシンガー類似効果の発現、加工異方性低減用非真円異形ブランクの利用により単一加工工程で優れたプレス加工性の実現を可能にし、また二酸化炭素の排出を回避して耐環境性にも配慮した金属材料の準静的室温擬超塑性プレス加工方法に関する。
【背景技術】
【0002】
鉄系及び非鉄系金属材料の弾塑性加工、おもに絞り加工は、従来、室温においてメカニカルプレス機や油圧プレス機、近年これらにストローク速度や動作を可変・可能にしたサーボ機構を付設したプレス機を用いて行われている。同時に液圧・超音波振動・電磁力等を利用した特殊プレス機を用いる場合もある。弾塑性加工は、室温における冷間加工や再結晶温度以上の熱間加工で行われることが多いが、さらに被加工材のしわ押さえ領域を青熱脆化温度以下に加熱し、ブランク中心領域を冷却する「温間加工法」や加工温度と加工速度を同時に制御する「融合加工法」なども提案され、前者は広範に実用化されている(後出の特許文献1)。最も一般的な弾塑性加工方法は、汎用メカニカルプレス機や油圧プレス機を用いる場合であり、以降これを「慣用法」と称し、上記特殊プレス機を用いる加工法や本願に含まれる発明者によって発明された上記「温間加工法」や「融合加工法」、「微振動加工法」、「他者によるもの」等を「従来法」と称することとし、本発明に関わる加工法の比較対象法として、「本発明法」との相違・優劣の判断に用いる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開昭54-142168号広報
【文献】特開平07-048589号公報
【文献】特開平11-309518号公報
【文献】特開平11-309519号公報
【文献】WO2013/115401号公報
【文献】特開平11-309518号公報
【文献】特開平11-309519号公報
【文献】特開2015-020208号公報
【文献】特許第6963134号公報
【非特許文献】
【0004】
【文献】日本塑性加工学会編:「塑性加工便覧」、(2008)、[コロナ社]
【文献】野原清彦:「ステンレス鋼大全」、(2016)、[日刊工業新聞社]
【文献】日本金属学会編:「金属便覧」、(2008)、[丸善]
【文献】山下裕之、上野宏明、中井浩之、桧垣貴大:「応力緩和現象を利用した歪分散化による深絞り性向上技術」、Honda R&D Technical Review, Vol. 24, 2012
【文献】K. Hariharan, O. Majidi, C. Kim, M.Lee, and F. Barlat : “Stress Relaxation for formability improvement”, Key Engineering Materials Vol. 554, 2013
【文献】田川哲哉、孕石泰丈、南文一二吉:「低炭素構造用鋼の応力緩和挙動」、溶接学会論文集 第29 巻(2011)
【文献】長谷川正:「バウシンガー効果の発生原因」、日本金属学会 会報 第 15 巻(1976)
【文献】飯田喜介、山下菊丈:「鋼の加工軟化とバウシンガー効果」、 精密機械 41 巻(1975)
【文献】鈴木進補:「高張力鋼板における応力緩和現象によるプレス成形性向上メカニズム究明」、一般研究開発助成 AF-2106032 報告(2016)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、上記従来法の「慣用室温加工法」、「超音波振動加工法」あるいは特許文献 1 の「温間加工法」や特許文献3 の「融合加工法」及び非特許文献4 によるプレス加工法には、いずれも被加工材である鉄系及び非鉄系金属材料のナノ原子レベル(以下“ナノレベル”と表現する)の内部構造に関連する応力場・歪場や、金属内部の組織変化(モフォロジー)・変形挙動・第二相化合物との相互作用・結晶回転や構造変化等、即ちモフォロジー全般に関連する自由エネルギーや熱力学的エントロピーについて、微視的観点からの現象の考察に基づいた巨視的加工手段・効果・産業上への利用可能性を検証したプレス加工を実現していないため、優れた加工性を達成するには、適正条件の決定・加工性の改善程度・作業の難度・初期投資・経済性等において種々の難点があった。本願は、ナノレベルの実態と諸現象並びに系の存在状態、即ち系全体の自由エネルギー及び熱力学的エントロピーを準静的に考慮しつつ、巨視的な加工手段を創案・実証し、開発効果を確認することを発明の目標課題とする。
【0006】
即ち、本発明は、従来技術が内包する上記問題点に鑑みてなされたものである。その具体的な目標は、鉄系及び非鉄系金属材料への巨視的な加工・負荷が、如何にナノレベルの微視的変形態様やモフォロジーに影響するかを相互検証し、それを踏まえて、微視的挙動を実用的な巨視的加工条件・加工性の向上に結びつけ、金属材料の種類によらず、優れたプレス加工性の実現を可能にしたプレス加工方法を提案することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
発明者らは、本分野における上述の現況に鑑み、巨視的変形挙動、即ちプレス加工性が、金属材料の微視的なナノレベルの内部構造及び変形挙動、結晶構造とその変容に支配されるとの洞察のもとに検討を行い、以下の発明に至ったものである。
即ち、
(1)
金属材料の単一工程プレス加工における手段を以下のようにプレス機・サーボ制御装置・金型工具・場合によって加工温度制御に適用する金属材料の準静的室温擬超塑性プレス加工方法であって、
1) 前記金属材料の降伏後の塑性安定領域内変形過程で、歪量一定位置で負荷を中断して応力緩和現象を現出させる応力緩和手段をとり、
2) 応力緩和後に急速完全除荷を行い、
3) 被加工材を無負荷状態で保持して前記金属材料の内部に生じたナノレベルの微視的な応力場と歪場を分散・平準化して系の自由エネルギーの減少と熱力学的エントロピーの増大を図り、
4) 次いで再負荷によって加工軟化と微視的な serration(鋸歯状応力-歪関係)による擬超塑性現象を出現させて、長大な延性を得る手段・動作を実施することによって、前記材料に優れた塑性加工性の向上並びに変形の余裕度の保持と耐環境性に配慮したことを特徴とする単一加工工程における金属材料の準静的室温擬超塑性プレス加工方法。
(2)
前記応力緩和手段を実施するために、前記歪量を停止する位置は次のように決める;
加工時に計測器で表示・可視化した被加工材の荷重(P)- 時間(t)線図において、弾性限界値を P y 、最大値(引張強さ)を P u とし、停止位置の荷重を P とすると、P y < P < P u を満たす塑性安定領域内とし、望ましくは被加工材の慣用一様伸びをλとすると、λ y < λ ≦ (2 / 3) λ u (λ y:降伏伸び;λ u:引張強さに相当する一様伸び)であることを特徴とする(1)に記載した単一加工工程における金属材料の準静的室温擬超塑性プレス加工方法。
(3)
前記応力緩和手段の実施中、緩和応力が慣用歪軸と平行になったら、3 秒以内に急速除荷を行い、前記被加工材を無負荷状態にすることを特徴とする(1)に記載した単一工程における金属材料の準静的室温擬超塑性プレス加工方法。
(4)
完全除荷した後の前記無負荷状態に保持する時間 t は金属材料の結晶系によって、
体心立方系材料 : 5 秒 ≦ t ≦ 50秒
面心立方系材料 : 10 秒 ≦ t ≦ 100秒
稠密六方系材料 : 15 秒 ≦ t ≦ 150秒
であることを特徴とする(1)に記載した単一工程における金属材料の準静的室温擬超塑性プレス加工方法。
(5)
前記無負荷状態で所定時間保持後、再負荷を行い、加工軟化により応力緩和荷重よりも低い値で再降伏後、さらに変形を継続して、微視的なserration(鋸歯状応力-歪関係)による超塑性類似現象の出現に伴って長大な延性を実現することで、臨界破断条件を臨界強度σc r から臨界延性 εc r に遷移せしめ、加工性を向上したことを特徴とする(1)に記載した単一加工工程における金属材料の準静的室温擬超塑性プレス加工方法。
(6)
加工熱の系内外の変動を最少化し、できる限り系の均一かつ平衡状態を保ちつつ外乱を抑制する前記準静的加工を行い、加工性の向上を図るために、
1)加工用潤滑剤として粘度が100~ 500 cSt(ストークス)を有する液体系のものを使用する;
2)場合によって室温水のポンチ内還流;
3)加工速度を 0.5 ~ 5.0 mm / sec に制御する;
4)必要に応じてダイスの抜熱の実施を考慮する;
これらの条件につき、前記金属材料の加工難度及び製品形状・寸法精度に応じて、いずれか一つ、または適切な複数の要件を選択して、優れた加工性を得ることを特徴とする(1)に記載した単一加工工程における金属材料の準静的室温擬超塑性プレス加工方法。
(7)
前記金属材料単一工程プレスが円筒絞り加工であって、
しわ押さえ力の付与を適宜制御し、フランジ各エレメントの引張歪と圧縮歪が同時に作用して延性が増大する「バウシンガー効果類似現象」を利用し、前記加工性の向上を図ることを特徴とする(1)に記載した単一加工工程における金属材料の準静的室温擬超塑性プレス加工方法。
(8)
前記金属材料の絞り加工に際して生じる異方性凹耳下端が、成形品の最大使用深さを決定する不具合の発生を改善するために、量産製造前に素材の圧延方向角度をθとして、0°≦ θ ≦ 90°間で、15°間隔で塑性歪比 rθを複数測定し、最小2乗法と3 次元スプライン補間法を適用して、非真円異形ブランクの形状・寸法D (θ) を算出・作製して 事前加工試験を行い、次式において、
D (θ) = [ R・D (0){( r (45) / r(θ)}J ]・η
η =1.0 + { (R + 1.0 ) / 45 ) }・|θ- 45 |
素材成形体の結晶異方性をできる限り等方化するべく、等方化冪乗指数 J 値を決定する(ηは D (θ) の補正項)ことで、
加工性と凹耳下端で決まる最大使用可能深さを向上し得る条件出しを実施し、
その結果を利用して実生産を行うことを特徴とする(1)に記載した単一加工工程における金属材料の準静的室温擬超塑性プレス加工方法。
(9)
前記金属材料の薄板加工材料は結晶系の種類によって以下に示す、
体心立方晶材料 : 純鉄・炭素鋼・高張力鋼・表面処理鋼・
α系ステンレス鋼・βチタニウム合金・
ニオブ・タンタル
面心立方晶材料 : 銅合金・アルミ二ウム合金・γ系ステンレス鋼
稠密六方晶材料 : マグネシウム合金・βチタニウム合金
の各種材料であることを特徴とする(1)に記載した単一加工工程における金属材料の 準静的室温擬超塑性プレス加工方法。
(10)
潤滑剤として、非塩素・非硫黄系の液体潤滑油を使用し、その粘度を40 ~ 100 cSt (センチストークス)とし、本剤は温水もしくは常温水洗浄に優れ、後研磨処理は不要であって、工作油を活用することを特徴とする(1)に記載した単一工程における金属材料の準静的室温擬超塑性プレス加工方法。
(11)
前記金属材料単一工程プレスが円筒絞り加工であって、
円筒状1次成形体の周辺側部及び底部の板厚精度・真円度・円筒度・表面粗度・平坦度・スプリングバックもしくはスプリングゴーで示される形状凍結性・寸法精度は、準静的かつ適正潤滑液にて、サーボダイクッションの有効活用を行って動的クッション圧力 P を次式から求め、あらかじめサーボ制御の設定に組み込んで、加工時にこれを制御する:
P = K・{(D 2 -D P 2 )t }/(D 0 2 -D P 2 )t 0 }・
[{1-{ D 2 -D P 2 } t /(D 0 2 -D P 2 )t 0 }/ ε] M ・P 0
ここに D 0、D、D P はそれぞれ初期ブランク径、加工過程のブランク径、及びポンチ直径を表し、t 0 及び t は板厚、εy は比例限歪、M は上記式から決定される冪乗指数、P 0 は加工開始時のクッション圧力であり、形状凍結性を向上させたことを特徴とする(1)に記載した単一加工工程における金属材料の準静的室温擬超塑性プレス加工方法。
(12)
前記金属材料単一工程プレスが円筒絞り加工であって、
円筒絞り加工底部は変形量が比較的小さいためにスプリングバック及びスプリングゴーである弾性変形が生じやすいため、ポンチが下死点に達した際に除荷せずにノックアウト工具に成形体底部を慣用法や従来法と同様に10秒以内押しつけたままにして保持するに際し、前記加工軟化が生じる多段階加工であるところから、弾性変形程度が小さいので、保持時間ゼロで抑制できることを特徴とする(1)に記載した単一工程における金属材料の準静的室温擬超塑性プレス加工方法。
(13)
前記単一加工工程における 1 次加工によって成る成形体の有する変形の余裕度 ζが、以下の関係式、
ζ= f [{F 0 (φ / φ) ∧β}]
で表される(ここに、f は関数、F0 は絞り加工初期のしわ押さえ荷重、φ0 及びφは絞り加工初期及び進行過程のフランジの体積、βは絞り加工過程における金属材料の結晶系によって決まる「べき乗指数」で、体心立方晶の場合 0<β≦3、面心立方晶の場合 1≦β≦3、稠密六方晶の場合 2≦β≦3であることを特徴とする(1)に記載の金属材料の準静的室温擬超塑性プレス加工方法。
(14)
機械式または油圧式プレス加工機を使用するに際して、被加工材に対するポンチの負荷・除荷・停止・再負荷時に加圧力の平準化制御機構と、加えて速度の変化とストロークモードの変化を制御して、荷重-時間曲線の描画・しわ押さえ変化の測定と描画を可能にしたサーボ機構を備え、ダイスの抜熱への対処、潤滑油の自動塗油と洗浄、さらに1.5次及び 2 次加工実施のため、必要に応じて電熱ヒーターを熱源とする金型・工具の熱伝導によって前記金型材料の加工温度を 120℃ 以下に制御する温度制御装置の設置、場合によって成形体突起局部の融着・溶接を含むことを特徴とする(1)に記載した単一工程における金属材料の準静的擬超塑性プレス加工方法。
(15)
前記絞り加工が超極深絞り加工であって、室温で実施されること、及び後加工において120℃以下の加温加工もしくは場合によって短時間融着処理を行う場合を含めても、二酸化炭素の発生は無視することができるプレス加工法であるところから、量産時における耐環境性に優れることを特徴とする(1)に記載した金属材料の準静的室温擬超塑性プレス加工方法。
(16)
(1)~(15)のいずれか1によって、単一工程において前記金属材料の準静的室温擬超塑性プレス加工方法を利用して 1 次成形体を作製するとともに、さらに後加工の 1.5 次加工及び 2 次加工を含む、プレス加工製品を製造することを特徴とする、プレス加工品の製造方法。
【0008】
以下、本発明について、さらに詳述する。金属材料は、ナノレベルでは多結晶体からなり、結晶系は体心立方構造(BCC)、面心立法構造(FCC)、稠密六方構造(HCP)のいずれかに属する。各系の単位結晶格子(格子点を占める置換型原子と格子点以外の特定位置を占める侵入型原子からなる)の位置と配列は、3 種類の系によって規定されている。そして、各結晶粒の異なる結晶方位群は結晶粒界によって互に連接し、多数の結晶粒群が構成される。即ち、これらが集積したものが巨視的な金属材料である。
【0009】
実用金属のナノレベルの結晶体は、完全結晶体ではなく、次のような欠陥を有する。即ち、点欠陥・線欠陥(=転位:図1)・積層欠陥・結晶粒界・非金属介在物・炭窒化物・析出物・侵入水素ガス・応力集中・負荷による伸び縮みフランジ変形・応力場及び歪場の発生と不均一化・脆化現象などである。これらは、外部負荷によるナノレベルの加工硬化(強度)と歪(場)の生成(延性)・破壊靱性と亀裂の拡大に重要な作用を及ぼす。とりわけ巨視的加工性を支配するのは、材料の焼鈍後も存在する“転位”の運動 / 集積 / もつれ / 上記のような種々の “第二相”との相互作用・不均一な歪場の分布・単位格子結晶面の方位/ 方向 / 回転・系の外乱と、関連する準静的作用・系の自由エネルギー及びまたは熱力学的エントロピーの変化・あるいは応力場や歪場の平準性の程度であり、これらの発現と消滅が塑性加工性の良否を大きく左右するものと、本願発明者は思料した。従来、かかる発想と実行手段に関する発明・特許・学術論文は見当たらない。
【0010】
図2 の 写真A は走査型電子顕微鏡で観察した厚さ 2.0 mm の低炭素鋼板の加工過程のもので、(1)は結晶粒界近傍に生じた転位群を示し、集積(高密度化)ともつれ(tangling)を生じている(倍率:x35,000)。(2)は、BCC多結晶が負荷によって層状組織となり、単一結晶がそれぞれ回転運動を生じた結果、すべり面のひとつである{ 110 } 面の層状境界組織が生成され、さらなる加工によりこれらの結晶面が種々の[ 111 ] 方向へすべり変形する状況を示した(倍率:x400,000)。他方、模式図Bは高倍率の光学顕微鏡で観察した低炭素鋼板の典型的な加工組織を示すもので、(1)はひとつのセル状態からなる結晶粒の状態を示したが、その態様は複雑である。(2)はBCC多結晶体中の単一結晶が回転運動を生じた結果、結晶体ブロックごとに、ほぼ等しい結晶面方位を有する結晶粒がセル化して、層状組織を生じ、その境界(LB:ラメラ境界)が、A(2)と同様に直線ではないことが分かる。以上は一例であるが、焼鈍再結晶粒は負荷・
変形によって、結晶粒内のナノレベルの変化及び結晶粒自体も複雑な変化をし、加工性に影響を与えることが予想される。これらを考察・検証し、実際の加工に結びつけ、新たな加工法を創出したのが本発明である。
【0011】
慣用加工・温間加工・融合加工・液圧加工・超音波加工のいずれにおいても、かかる過程を経て、加工硬化・(場合によって加工軟化)・均一歪・不均一歪・ネッキング(くびれ)・安定破壊あるいは不安定破壊が生じ、巨視的な成形限界(絞り加工の場合は“限界絞り比:LDR”)に達する。これまでの絞り加工方法では、工法自体に加熱・振動・液圧・超音波などの付与が必要要件であるところから作業性に難があり、成形限界の程度も不十分であった。また、初期投資・生産性・歩留・コストの低廉化も不十分であった。本願は、これらの不具合を解消した従来にない新たな加工方法を提供するものである。
【0012】
本発明の狙いの本質について述べる:
(1) 絞り加工を代表とする金属材料の塑性加工における実生産の加工性能を支配する本質的な機構はナノレベルの変形態様である。換言すれば、加工・変形を受ける金属結晶体の自由エネルギーもしくは熱力学的エントロピーを如何に制御するかに大きく依存する。なぜなら前者の減少もしくは後者の増大が材料にとって本来の自然現象として最も安定な状態に到達するからである。
【0013】
(2) それら現象・変化についての金属物理学的な本発明の基本的な考え方の大要は(0009)項に既述した通りである。
【0014】
(3) 難加工材の典型的な塑性加工形態として、深絞り性能について述べる。本願において、これを格段に向上させる巨視的・塑性加工学上の具体的な考え方は以下のとおりである: 通常は平面歪変形部位が最も破断しやすく加工限界を規制する。平底円筒絞り加工の場合、ポンチ肩部近傍と、次いでダイ肩部近傍が、これに相当する。一般に破断限界はそれら部位の強度に依存すると考えられ、平面歪変形態様に相当する部位が最も高い強度と厳しい板厚減少を受ける。そして、限界破断強度σcr は次式で表される(非特許文献 2)。
σcr = (2 +√3) 1 + n ・[{(1+R ) / 2}/{(1+2 R ) 1/ 2 / 3}] 1+ n
σu ( t 0 / t f ) (1)
ここにσu は単軸引張変形における引張真応力(引張強さ)、n は加工硬化指数、R は塑性歪比 r の平均値で現実には素材の圧延加工方向角度をθ= 0 として、θ=4 5°、θ= 90°の r 値を用いて、平均値を次式、
R = ( r 0 + r 90 + 2 r 45 ) / 4 (2)
で示すものとする。
【0015】
(4) 本願では、σcrの臨界強度条件に替えて、あらたに臨界延性歪条件として εcr を絞り加工限界とする発想転換により、もし超塑性類似現象を室温で出現させることができれば、延性の長大化が図れるから、
σcr で規制される加工性 < εcr で規制される加工性の関係が実現でき、従来の諸加工法よりも加工性を著しく向上させ得るであろうことに想到した。そのためには、特にナノレベルのモフォロジーを考慮しつつ、実際の加工手段を特定することの必然性に鑑み、種々検討・検証した結果、請求項にしるした発明に至ったものである。
【0016】
この際、既述の如く、一般的に物質が種々の外的反応を受けたとき、物質又は系の自由エネルギーの減少もしくは熱力学的エントロピーの増大をもたらすような手段をいかに創案するかが肝要事である。なお、本願の金属物理学的考察はナノレベルの原子の配列や結晶学に関するモフォロジー、それに関連するエネルギーの変化の段階までであり、光(光子)や素粒子が関係する「エネルギー保存の法則」やエネルギーと時間の不確定性の現象を表す量子力学における、
ΔE・Δt ≧ ( h / 2π) (3)
の領域には踏み込まない。また、本願達成の目標に対しては、かかる素粒子物理学上の検討を行う必要はない。ここに ΔE 及び Δt は、それぞれエネルギーと時間の不確定さを表し、h はプランクの定数である。
【0017】
かかる観点から、従来技術とは全く異なる新たな発想のもとで、種々研究開発・実験検討を行った結果、本願で明らかにされた、現実に必須かつ重要な発明手段は以下の4通りからなり、これら各手段を順次に連携・進捗させることにより、著しい効果を現出させ得ることを知見したものである。以下にこれら手段を図3の単軸引張試験の荷重-時間線図を用いて操作順に説明する。
【0018】
1. 負荷による材料の降伏後、安定破壊領域内にて負荷を停止し、歪保存応力緩和法(結局は同じ現象を得るのに応力保存応力緩和法もあり得るが、制御に難があるので、ここでは採用しない)にて、応力の緩和(低下)を1回起こさせる。応力緩和現象は室温クリープ・可動転位の粘性移動・内部歪の弛緩による熱応力の低下等が原因とされているが、定説はない(非特許文献1)。ここでは停止時の真応力を σi として次の実験式を援用する。
σs = σi (1 - tP - tQ ) (4)
ここに σS は応力緩和後の真応力、t は時間、p 及び q は冪数で通常 p ≦ 1 / 2、1 / 2 < q < 1 であって、材種によって異なる。この手段によりナノレベルの応力や歪が減少する。
【0019】
2. 応力がσS に達したら急速除荷し、負荷をゼロにする。これは、好ましくないナノレベルの金属組織の変化・生成を抑制して、応力低下の状態を確実に維持するとともに、次段落(0020)に述べるように前記手段を有効に機能させるため、冷却時のナノレベルの副次的反応の最小化と平準化を目的とする。
【0020】
3. 無負荷状態を適宜の時間保持する理由は、転位群の発生・集積や第 2 相粒子との相互作用等によって生じる応力場及び歪場の偏在を平準化することにある。言い換えれば、ひとつには熱力学第 2 法則に従って、等温(室温)等積過程におけるヘルムホルツの自由エネルギー E は、
E = U - TS (5)
( ここにU は内部エネルギー、T は絶対温度、Sはエントロピー) で表されるが、まずこの E の増加を遅滞すること、次いで式(5)において準静的・不可逆的な系におけるボルツマンの原理から、巨視的な拘束条件下で可能な微視的状態数を W とすると、式(5)中の熱力学的エントロピー S が、
S = k ln W (6)
で示される(k:定数)。 対数 lnは時間に対して単調増加関数だから、「エントロピー増大の法則」に従って、S の増大が容易になる。以上から、無負荷状態における保持手段(時間の経過)は、材料の加工性を向上させるのに有利に作用することが期待できる。その原因となる現象は、材料内部のナノレベルのモフォロジーの変化、言い換えると、主として転位、結晶粒界、結晶面・方位、応力場と歪場等の平準化・安定化と関連しており、同時に被加工材料の全自由エネルギーの低下をもたらす。
【0021】
4. 次の継続手段として、適切な保持時間経過後、再負荷を実施する。その結果、被加工材は歪一定応力緩和時の流動真応力σS よりも低い応力で降伏し、変形が継続する。即ち、図3に示すように、慣用法に比べて加工硬化が極めて小さい状態を維持しながら変形が継続することが知られた。そして、加工軟化状態を保ちながら、微細な serration(鋸歯状変形)からなる荷重-時間関係が出現し、長大な延性が生じることを知見した。本現象の出現は室温加工で生じたものであり「超塑性類似現象」と言える。本願では「擬超塑性」と表現する。擬超塑性段階では、材料の基本的な加工時特性としての加工硬化指数 n 値及び 塑性歪比 r 値が、
n ≒ 1.0 > 1.0 (7)
r ≒ 1.0 ≠ ∞ (8)
の 関係が維持されることが現認された。この事実は、伸びの長大化と表裏をなして、巨視的な加工性を向上させる直截的要因といってよく、ナノレベルのモフォロジーの変化、即ち転移の運動・増殖や動的歪時効・第2相粒子・溶質原子との相互作用及びセル壁や亜境界の障害現象などと密接に関連していることを示唆する知見である。
【0022】
以上から、本願は、金属加工のナノレベルからの考察及び新たな加工手段を連携するという創案によって、室温において著しい(絞り)加工性の向上、さらには従来の熱間プレス加工法や青熱脆性温度以下の温度域を利用した温間加工法、あるいは温間加工法を進化させた融合加工法と比べて、二酸化炭素の排出を皆無にし、耐環境性を両立させた、新規性・進歩性・産業応用性を可能にした従来にない新たなプレス塑性加工方法の発明を実現したものである。
【0023】
以上の手段と効果に関連した本願を構成する金属物理学的及び塑性加工学的に重要で、かつ「手段」と「効果」の両者に関与する幾つかの事象のうち、これまでの記載内容及び本段落以降の記述をも考慮しつつ、技術内容の理解を容易にするべく、以下に示す項目について述べる。これらは、特に本願の課題「新たな望ましい加工手段とその効果」の開発・発明内容そのものに関与すると同時に、本願発明の理解に資する事項である。
【0024】
即ち、<1> ナノレベル・結晶集合組織、<2> 系の自由エネルギー・熱力学的エントロピー、<3> 準静的(加工)、<4> 結晶格子のミラー指数・すべり現象、<5> 応力緩和現象、<6> バウシンガー類似現象、<7> 加工軟化現象、<8> serration(鋸歯状応力-歪線図)、<9> 擬超塑性(超塑性類似現象)、<10> 被加工材の 臨界破断条件の遷移、<11> 塑性異方性と非真円異形ブランク、<12> 形状凍結性・成形体の寸法精度、<13> 成形体の変形余裕度、<14> 1.5 次・2 次加工、<15> 潤滑剤とその洗浄について、類別・整理して発明の内容の原因と結果に密接に関連する諸項目について説明する。
【0025】
<1> ナノレベル・結晶集合組織: 固体金属材料は単位結晶格子と呼ばれる
種々の金属元素によって定まる特定の原子配列により構成される集合体から成っている。単位結晶格子は、金属・合金の殆どが体心立方晶(BCC)、面心立方晶(FCC)、稠密六方晶(HCP)のいずれかに属し、集合組織を構成する。単位格子の原子間距離は置換型の場合、0.3 nm程度で、格子内の特定位置に侵入型元素(C, N, B, O ) を含有する。また集合組織中には、原子が脱落した空孔やこれと関連し、材料の加工・熱履歴によって残存した転位が多量に存在する。そして第二相粒子(非金属介在物・析出物・炭窒化物・積層欠陥)も含有する。外力が付与されると、転位の増殖・第二相との相互作用・もつれ・転位密度の増大等が生じる。同時に結晶集合組織のすべりや回転も生起する。以上の事実と相互反応関係が材料の加工法と相俟って、破断を回避しうる塑性加工限界性能を決定する。
【0026】
<2> 系の自由エネルギー・熱力学的エントロピー: 段落(0009)、(0012)及び後出の本願第 3手段において、これらに触れている。本願では、ニュートン力学で考察・解析可能な、原子よりも大きな物質を対象としているので、ILC (国際超伝導衝突型線形加速器計画)用構造材料のニオブを含む実用金属材料の負荷時の挙動(深絞り加工を主とする塑性加工)の根幹は、材料を含む加工時における被加工材料の全自由エネルギー E及び または断熱不可逆過程における熱力学的エントロピー S であり、安定状態で臨界破断加工条件を向上させるには、いかに E を減少させるか、又は S を増大させるかにかかっている。よって、式(5)及び(6)に示したように、上記のナノレベル(原子からなる結晶体構造レベル)における転位の運動・分布・増殖・第二相物質との相互作用・セル壁による障害などを考慮した加工手段の新たな模索が必須であると、発明者らは発想した。
【0027】
<3> 準静的(加工): 本願の加工は出来る限り「準静的」に行う。即ち、熱力学的に前記のごとく断熱非可逆加工過程で、出来る限り外乱を生じることなく、平衡状態を保持しつつ、手段が効果に結びつくことを期待するためである。第3加工手段の負荷停止はその典型例である。具体的には、例えば、複雑な微視的変形と巨視的変形が整合を保つように、バウシンガー現象類似効果や成形体底部厚みの仕様を向上させるべく、しわ押さえ力の滑らかな低減や工具(ポンチ及びダイス)曲げ部分の成形体の仕上げ精度の精緻化を意図して、擬超塑性現象にて平衡状態を維持しながら変形する。さらには室温や湿度を考慮し、加熱温度及び冷却温度に注意して、系外の影響を最小化すること、または非真円異形ブランク(後述)のダイス上へのセッティングに際して、予め圧延方向を見定めておいて、加工条件を常に一定にしたり、水溶性特殊潤滑剤の自動塗油化を図ってブランクへの滴下量並びに滴下位置を一定にすること、外部との熱の交換を考慮して、系内の加工条件の擾乱を最小化することである。
【0028】
<4> 結晶格子のミラー指数とすべり: 巨視的な加工・変形は微視的なナノレベルの結晶集合組織内に生じる微視的なすべり変形や結晶格子の移動・回転現象によるものである。既述の如く金属材料は、おもに 3 種類の結晶系、即ち BCC, FCC, HCPからなり、具体的には転位の 3 次元ベクトルで示される。そして、単位結晶格子の主すべり面及びすべり方向が決まっている。これを表すのに、ミラーの指数が使用される:
結晶面の表示: { h k l( m ) } (9 a)
すべり方向の表示: [ u v w ( x ) ] (9 b)
ここに ( m ) 及び ( x ) は六方晶系の場合を表す。三つの金属・合金の主すべり面とその方向は以下の通りである。
体心立方晶系(BCC): { 1 1 0 } [ 1 1 1 ] (10 a)
面心立方晶系(FCC): { 1 1 1 } [ 1 1 0 ] (10 b)
稠密六方晶系(HCP): { 1 0 0 0 } [ 1 1 1 0 ] (10 c)
実際には、慣性座標系において、総括的に表示したこれらの値には、例えば、BCC の結晶面は(110)、(101)、(011)の 3 種類が存在し、結晶系によって、すべり系の数に相違があり、BCCが最も多いから、「慣用加工法」では BCC 系が最も加工しやすいこととなる。近年は使用材料の多様化・コスト・量産性・成形体のデザインからの厳しい要求・工程削減・歩留・工法転換に対する要請等、種々の観点から加工法の先進化が非常に重要な課題となっている。本願はかかる要求に対応するために創出したものである。
【0029】
<5> 応力緩和現象: 本現象については、段落(0018)に既出した。原因に関する定説は未だないが(非特許文献7及び9)、本願の特徴のひとつは、本現象の試行錯誤の結果、まず塑性安定化領域内で、歪一定応力緩和を施し、ナノレベルの転位や応力・歪場を低下させると新たな加工法の創案に有用なことを確かめ、第一手段として利用したことである。かかる試みは従来存在しない。
【0030】
また、本現象において、物体に一定の歪を与えて、そのまま保持するとき、物体の応力が経過時間とともに次第に低下する傾向は、粘弾性挙動を示す物体では、ある特定の温度範囲で顕著になる。保持する歪εθ が小さいときは、負荷停止応力 σ0 は、停止時間 t において σ(t) となり、
σ(t) = εθ(t) (11)
なる関係式で表され、G (t) は時間に対して単調減少関数となる。しかし、一般的な停止歪においては、
σ( t ) ≒ σ-c t -d √t ・σθ → 1 / e (12)
なる変化を示す。c, d は定数、e は自然対数の底である。式(4)に加えて、本願では、これらの事実に基づき、σθ が単調減少直後に急速無負荷処理を行うことが望ましいことが明らかになった。
【0031】
<6> バウシンガー類似現象: 板材塑性加工の代表的な様式である「円筒絞り加工」の場合、加工開始時の素板(ブランク)、即ち加工時の「フランジ」部分の変形状態・形状寸法は時々刻々変化する。局所の立方体エレメント(図4)の変形状態はフランジの直径方向に引張り加工伸び、同時に円周方向に圧縮加工縮みが生じる。これら両者の間に時間差があると、引張り変形による延性が増大することがわかっており、これを「バウシンガー効果」と称する(非特許文献3)。この現象が加工性の向上に寄与する可能性があるものと推察した。バウシンガー効果の原因は現在のところ明確ではないが、加工により増殖した転位群がセル境界で「もつれ」を起こし、転位密度も増大するとともに多重すべりも生じるので、直径方向の長範囲の伸びが大きくなるためと考えられる。
【0032】
一例として、上記のように円筒絞り加工時のフランジの立方体エレメントを考えると、半径方向の断面に単位面積当たり引張力 σd 、円周方向の断面に圧縮力 σc が働く。なぜなら、初期ブランク直径 D 0 が絞り加工の進展につれてポンチ直径 D p に向けて減少するからである。ただ、本願の場合は二種類の作用力は常に同時に働く。この場合、延性が増大するか否かを二軸引張試験機で調べたところ、時間差がある場合と比べて効果の程度は若干低下するが、やはりバウシンガー効果類似の現象が生起することを確認した。ここで直方体エレメントの辺長を l とし、引張応力が有効に作用する直径方向の角度範囲をθd 、円周方向の角度範囲を θc とする。そして、有効エレメント数を、それぞれについて N及び N cとすると、
N d = [ Σj ( D j / l) ] (-θd ~+θd ) (13 a)
N c = [ Σj ( πD/ l) ] ( -θc ~+θc ) (13b)
で表され(( ) 内は選択する Nに対応するθの範囲を示す)、 エレメント全体の引張力と圧縮力の大小関係(絶対値)は、
l2σd ・N d > l2σc ・N c (14)
となるから、バウシンガー類似効果は引張力による伸び歪、即ち延性の向上を素因としたプレス加工性の向上に寄与すると言える。
【0033】
<7> 加工軟化現象: 四つの加工手段のうち最後の第 4 手段において、生起する事実を段落(0021)にしるした。ここで、本現象について述べる。端的にいうと、歪の増加にもかかわらず通例の加工硬化が殆ど生じないのは、前記加工手段の連携により、材料内部の微視的なモフォロジーが変化・平準化したため、再負荷を行った場合、転位の運動が容易となり、加工硬化を起こす応力条件が緩和・低下したためである。本願手段によるこの「加工軟化現象」は重要である。なぜなら、材料変形への負担を減らしてネッキング(くびれ)の発生を抑制するほかに、微細 serration (鋸歯状応力-歪線図)の発生と、ひいては「室温擬超塑性」の発現の要因をなす可能性を高め、結果としてプレス加工性の向上に強く寄与することになるからである。
【0034】
<8> serration(鋸歯状応力-歪線図): この現象は、例えば準安定γ(オ-ステナイト)系ステンレス鋼の室温における加工誘起変態時に典型的に現れる変形態様と酷似しており、材料の延性が著しく増大する (非特許文献2 )。この場合の発生原因は、「加工誘起変態現象」が微小時間間隔で発生(負荷による)と消滅(変態生成熱による変態の終息による)が多数回繰り返されることによる。他方、本願における発生原因のナノレベルにおけるメカニズムは、準安定γステンレス鋼の場合と全く異なるが、段落(0021)にしるしたように、加工軟化現象とともに長大な延性をもたらす主たる原因となるものである。本発明におけるserration の発生原因は、前記の加工手段によって、転位群を始めとするナノレベルの材料モフォロジーが変化すること、及び特に第3手段時の準静的処理によって素材の全エネルギーの減少と熱力学的エントロピーの増大が生じるとともに、ナノレベル組織が材料内部において均一化・平準化したために、負荷によって転位と第二相物質との相互作用が狭小な応力範囲において生成(化学反応による)と乖離(負荷の増加による)を繰り返すからで、これに前記「加工軟化」の寄与が重畳する。そして、これ等の微細な serration は、成形品表面の平坦度や表面粗度に巨視的・実用レベルにおいて全く影響を及ぼさないことは重要である。
【0035】
<9>「擬超塑性(超塑性類似現象)」:
図3を子細にみると、serration は主serration (1次serration) に 副次serration (2次serration) が随伴しているのが認められる。これは既述した荷重ゼロでの保持が主原因となって、加工歪の平準化が生じて不均一に集積した転位群や格子歪が平準化され、再負荷の継続過程において、新たに発生した転位が、まず既存転位やセル壁などと遭遇・相互作用して進行を阻害されて荷重の低下を招くが(副次serration)、負荷歪の継続増加のもとで、さらに微小応力が増加すると、再度平準化転位群と会合・相互作用して、みずから多重転位増殖を起こすために、応力が緩和・低下する(主serrationの上死点)。その過程で再び副次serrationを伴いながら、主serration の下死点に達すると、いったんは上死点と同様な現象が生じるが、負荷歪の抵抗に耐えられず、応力が上昇する。以上が serration の1サイクルである。これが連続する際、serration線図上の応力変化が微小なことが特徴で、n値が殆ど1で、R値の低下が抑制されて、延性の長大化が現出する。本発明では、 この微細serration 発生による延性の増大、ひいては加工性の著しい向上を招来する現象を「擬超塑性」と称することとする。発明者らはこのように推察するが、従来見出されているserrationとは、金属物理学的真因は同然ではないと推察する。本来の「金属・合金の超塑性」と称する現象は、数100 % に達する巨大な伸びを生じる現象であるが(金属種又は合金の種類とその成分が限定され、再結晶温度前後の長時間高温処理と相変態を要したり、あるいは極低温における双晶の発生を要する)、「擬超塑性延性」の場合は、慣用法では通常 30 ~ 60 % 程度の破断伸びが、120 ~ 200 % 程度と長大化を示すことを知見したものであって、手段・条件が「超塑性現象」の場合とは異なる。そして、産業への応用が十分な構成要素からなる。かつ、材料破断条件が、臨界強度 σcr から 臨界延性εcr へ遷移したものと理解することができる(後出の関連項目<10> を参照)。その金属物理学的原因が上述の如く、必ずしも明らかではないが、端的に再記すれば、微細な serrationを伴って加工軟化が継続・維持される結果に関係しており、材料硬化が僅かに生じるたびに、モフォロジーが一様化されている筈なので、転位群とその運動の障害物との相互作用が生成・乖離を繰り返して、転位群の進行、即ち歪(延性)の増加を促進するものと考える。
【0036】
前段落に若干触れたが、補足的に、本発明と、いわゆる(通常の)「超塑性現象」とは全く異なる条件からなることを明らかにしておく。一般に、「超塑性現象」の発現には、“多結晶金属材料の引張変形において、変形応力が大きな歪速度依存性を有し、局部収縮を起こすことなく数 100 % 以上の巨大伸びを示す現象”とされる。この現象が生じるには、1)材料がマトリックス金属に相当量の異種元素を含有する 2相又は多相混合組織からなる合金であること(例:Al-33% 合金、Ti - 6 % Al- 4 % V - 2% Ni、Ni 3 Al- 8% Cr - 0.8% Zr - 0.02% B等);2)結晶粒度が微細で 10μ以下であること; 3)加熱が必須で 0.5 Tm (Tm は材料の融点)程度であること(通常 700 ~~ 900℃);4)歪速度が極めて低速で10 ―2 -4 / sec であること;5)粒界すべりや双晶の発生の寄与が関係すること;なる条件が必要である。
【0037】
従って、現在金属薄板材料の実生産への応用は、特に塑性加工分野においては、上記の諸条件が極めて厳しく、実用にマッチせず不可能であり、全くなされていないのが実態である。
【0038】
以上を思料すると、低炭素薄鋼板や ILC 用の難加工薄板ニオブ材における超塑性の出現は、極低速変形、加熱(700℃以上)、相変態の利用を行っても、本
来既研究で明らかにされている2 相混合組織合金ではないゆえに、超塑性の出現は期待できず、仮に可能であったとしても、産業応用への可能な条件下では、絶対に実施・応用は不可能である。
【0039】
そこで、考え方を変えて、本発明者らは段落(0008)以降にしるしたごとく、
全く異なる新たな発想のもとで、実験開発をおもに低炭素鋼薄板及び純ニオブ薄板について、実験的検証を行い、段落(0021)、(0022)と図3の結果を得たものである。ここで、本現象の主要な想定生起原因の詳細につき、以下に半定量的に述べる。
【0040】
微細な serration を伴う「擬超塑性現象」が室温において比較的低温で出現して、加工硬化度も同時に僅少になり延性が著大化する。換言すれば、低n 値の継続とR 値(平均塑性歪比)の減少が抑制されるので、プレス加工性 Fが増大することとなる。これは、段落(0033)に定性的に触れた如く、ナノレベルの変形に際して、転位の増殖程度の軽減・転位と第二相との相互作用の低減・応力場と歪場の平準化・結果として自然法則に従っての系の自由エルギーの低下とエントロピーの増大の促進がもたらされたからである。プレス加工性F の半定量的な関係をまとめると、
F(本願)= G(室温変形・強度と延性・n 値・R 値・
加工軟化・擬超塑性・場の平準化・自由エネルギー・
エントロピー)≫ F(慣用法及び従来法) (15)
となる。ここにF*は本願のプレス加工性を、G は関数を表す。これらを単純化して表式化すると以下のようになる:
従来法 : σ= C εn (16)
擬超塑性加工(本願): σ= K εN ・(dε/ dt)M (17)
超塑性(要-合金・変温・変態条件): σ=A (dε/ dt) m T X (18)
でそれぞれ制御・律速される。ここに n, N, M, m、X は冪数で ( Tは温度に関する因子)であり、またC, K, A は定数である。これらの式から破断伸び(室温延性)を算出できるから式(17)で示される本願の場合が、最も実用的で、かつ高性能で、プレス加工性のさらなる向上に資することとなる。なお、擬超塑性生成の原因の一部が高温クリープのアナロジーとして、(詳細は未詳であるが)室温における結晶粒界すべりが関与している可能性については前記のとおりである。
【0041】
上記した観点から、本発明における「大きな延性増大をもたらすことのできる新現象」の名称を、延性の長大化の程度が通例の「超塑性」現象とはいささか相違はあるものの実生産への応用が十分に可能で、従来法と比較した場合、延性が長大化したといえること、さらに慣用応力 S と慣用伸び λ線図が見かけ上、超塑性の場合と類似しているゆえ、あえて「(微細鋸歯状型)擬超塑性(現象)」なる用語を使用するものである(図3)。
【0042】
ここで、serrationによって本現象が現れる詳細な原因をさらに考察する。実用純金属や合金内部には原子寸法が小さい侵入型原子(C, N, H, B 等)が存在している。これらの拡散係数 D 及び拡散距離 X は、
D = D 0・ exp ( Q / kT) (19)
X = ( D ・t ) 1 / 2 (20)
で求められるが(Q : 活性化エネルギー、k : ボルツマン定数、T:絶対温度、 t:時間、D 0:拡散の振動数項)、室温においても侵入型原子は、式(19)に従って実用に意味のある拡散現象を生じ得る。また、転位群は非金属介在物、析出物、積層欠陥、結晶亜境界等とも相互作用する。そして、加工(負荷)によって転位が運動すると相互作用(侵入型原子の場合は「固着(作用)」という)が生じて材料が若干硬化するが、さらに転位の集積が進むと相対的に相互作用の寄与が減少し、材料硬化が減少に転じて、応力も減少する。負荷は継続しているので、ある応力に達するとまた別な領域で転位の運動が繰り返される。その理由は、本願の事前手段により「応力場」が平準化されているためと推察される。結果として、応力の上下動、即ち小規模のセレーションが発生し、その間に歪が増し、延性が増加する。 即ち、「擬超塑性」現象が「室温において」発現する。
【0043】
<10> 被加工材の臨界破断条件の遷移 : 巨視的塑性加工の観点から、加工破断の発生が従来の σ依存から ε依存に遷移した事実を定量的に解析すると、すでに上記した塑性破断領域( 延性領域 )が拡大し、
ε( at σcr ) ≪ εcr * ( at σ*>σcr ) (21)
の関係が実現する。ここに、は本発明であることを示し、σは実現不可能ゆえ、仮想値である。即ち、臨界破断条件が(加工硬化による)「臨界強度」よりも加工程度の大きな(擬超塑性の発現による)「臨界延性」に遷移したことになる。よって、負荷に対して最も弱い平面歪変形領域における変形能が大きくなって、プレス加工性が確実に向上する。ここに、εcr は通常の σcr に相当する臨界破断歪を意味し、式(21)を満たすこととなる。
【0044】
<11> 塑性異方性と非真円異形ブランク: 固体状態の金属材料は結晶集合組織からなり、各結晶粒を構成する単位結晶格子は総て同じ結晶系( BCC, FCC, HCP)に属する。そして結晶格子の存在状態が、ある結晶粒内では各系の単位格子結晶を構成する(置換型)原子から成る仮想的な結晶面及びある原子面の移動方向(ここに原子面とのなす角度は90°) は、段落(0028)に示したように既述したミラーの指数により、それぞれ{h k l}[ u v w ] で表されるが、隣接する結晶粒では{h’ k ‘ l’}[ u’ v’ w’ ]であって、互に結晶面・方位が異なる(通常、結晶面とそれに直行するすべり方向をあらわすには、(0028)にしるしたように、{h k l}[ u v w ] と連続表記する)。そのため結晶粒界ができ、転位や固溶型元素や析出物の移動に対する障壁となる。加工時には結晶系によって、主・副すべり面並びにすべり方向が規定されているが、系によって異なるとともに、結晶粒によっても異なる。それゆえ、例えば円筒絞り加工の場合、通常の結晶粒径(大略数10μm程度)において、変形状態が素材の結晶粒集合組織によって異なるので、成形体辺縁部に凹凸(“耳”と称する)が発生する。材料加工においては、かかる異方的な変形(塑性異方性)によって加工性が劣化するとともに、使用できる製品高さ(深さ)が凹耳下端までに制約される。
【0045】
耳の出方は結晶系によって決まっており、塑性歪比 r 値に関係するので、本願では、素材の圧延方向の r 値を角度 θ= 0°とし、以下 θを15°おきに合計7ヶ所のr 値を実生産スタート時に実測し(場合によって、チャージ又はロットが変わった場合、念のために測定する場合があるが、大抵は量産スタート時に行えば十分である)、最小二乗法と3 次元スプライン補間法を用いて、次式から任意のブランク直径 D (θ) (ここにθ=0°~ 90°とし、他の三つの象限は、この第一象限の結果を援用して全非真円異形ブランクD (θ) を補正項で補正して)の形状寸法を算出・決定する:
D (θ) = [ R ・D (0) { r (45°) / r (θ) }J ] ・η (22)
η = 1.0 + { ( R + 1.0 ) / 45 } ・|θ-45°| (23)
ここに η は、加工後の異方性をできるだけ等方化するためのブランク算出用補正式である。素材の R はηに影響し、ηはθにも依存するので式(23)で示すことができる。また、J は予備試験によって求まる冪乗数である。以上から、非真円異形ブランクの形状・寸法を算出し、量産時に望ましいブランクを必要枚数だけ(素材のチャージやロットが変わった際を含むことがある)、まとめて準備しておき、実生産前に試験作業を行い、量産条件出しに備える。
【0046】
<12> 形状凍結性・成形体の寸法精度: 単一加工工程によって成った本願成形体(円筒深絞り品)は通常素材厚みが 1.0 mm 以上なので、加工後の剛性や弾性歪の観点から、円筒(や角筒)成形体の板厚精度・真円度・円筒度は通常は問題視する必要は殆どない。ただし、成形体底部について厳しい板厚精度や表面粗度・平坦度が要求される場合は、サーボダイクッションの有効活用を行って動的クッション圧力 P を次式から求めて、あらかじめサーボ制御の設定に組み込んで加工時に制御できるようにする。それによって底部の材料変形状況その他の形状凍結性・寸法精度が良好な状態に保たれる:
P = K・{(D 2 -D P 2 )t }/{(D 0 2 -D P 2 )t 0 }・
[{1-{ D 2 -D P 2 } t /{(D 0 2 -D P 2 )t 0 }/ εy ] M ・P 0 (24)
ここに D 0、D、D P はそれぞれ初期ブランク径、加工過程のブランク径、及び
ポンチ直径を表し、t 0 及び t は板厚、εy は比例限歪、M は本発明法に関する式(17)における冪乗指数、P 0 は加工開始時のクッション圧力である。また、絞り加工底部は本来変形量が比較的小さいためにスプリングバックやスプリングゴーが生じやすい。そこでポンチが下死点に達した際に除荷せずにノックアウト工具を成形体底部にある時間押し付けたままにして保持することが知られている。ただ、本発明法では、絞り加工程度が極めて大きいので、この効果には相当の時間がかかるものと予想したのであるが、形状凍結の時間依存性が従来法と異なり、この作用が生じやすい事実が示された。この理由は、転位及びその歪場が、材料内で less-complicated な状態にあること、そして加工軟化した状況下でのεy が小さいこと、擬超塑性延性の過程で弾性変形が容易に開放される、つまり非均一変形に対する活性化障壁が比較的低いことによるものであると推測できる。
【0047】
<13> 成形体の変形余裕度 : 本願によって異方性耳の小さい所要成形体を1回の工程でプレス加工するが、この成形体のさらなる後加工が、従来法に比べて容易になるのが特徴のひとつである。即ち、「成形体の変形の余裕度 ζ」が増加する。ζの表式化について検討を行った結果、ζ を絞り加工過程における、しわ押さえ荷重 P の 関数として評価するのが妥当であることを知見した(特許文献9)。即ち、f が関数関係を表すことにすると、実験結果によって次式が成りたつことが示された:
ζ= f(F)= f [{P 0 (φ/ φ0 ) }] ∧ β (25)
ここに P0 は絞り加工初期のしわ押さえ荷重、φ0 及び φは任意の絞り工程のフランジ内の微小エレメントの加工初期及び加工途中のフランジ体積(=面積 x 板厚;図3参照)、β は絞り加工過程における金属材料種によって実験で決まる「冪乗指数」であり、基礎実験結果から、結晶系の相違によって以下のように異なる値によって表されることが知られた:
体心立方晶金属・合金の場合: 0 < β ≦ 3 (26 a)
面心立方晶金属・合金の場合: 1 ≦ β ≦ 3 (26 b)
稠密六方晶金属・合金の場合: 2 ≦ β ≦ 3 (26 c)
【0048】
<14> 1.5 次加工性及び 2次加工性 : 複次工程及び焼鈍熱処理や加熱・冷却手段を回避した本発明では、上記プレス加工後に、場合により最終成形体構造によっては、用途・デザインからの必要性に応じて補足的な加工を施さなければならない場合がある。塑性加工を加工形態から分類すると、ここでは1 次加工、1.5 次加工、2 次加工とする。ここに 1 次加工は本発明の主加工のことで、これを新規・進歩的な手法(1 工程からなる単一プレス加工法)で如何に向上・実現させ、産業応用に資するかが最重要課題であり、本願はそれを遂行したものである。
【0049】
一般に、1 次加工品のままでは寸法精度・形状凍結性・などの観点からいうと、前記の用途からの条件に加えて、使用に供するには不十分であるケースが存在し得るので、さらなる加工、即ちリストライク加工又はしごき加工を施すことがある。これを 1.5 次加工という。また、1 次加工後又は 1.5 次加工後に、穴あけやバーリング、突起出し加工を行うこともある。これは需要家のデザインによる要求に基づくもので、 2 次加工という。本発明の主体である 1 次加工によれば、段落(0047)に述べた(1 次加工品の)「変形の余裕度 ζ」が十分に大きいことが、1.5 次加工及び 2 次加工を容易に成しうる要因であり、これは従来法を凌ぐ大きな利点である。
【0050】
一般に「2次加工」にはトリミング、縁曲げ、つば出し、フランジング、突起出し、穴あけ、バーリング、ブロー加工、かしめ、はぜおり、はぜつぶし、コーキング、リベッティング、口絞り、口拡げからなる種々の加工形態がある。従来法で深絞り加工後に、これらの 2次加工を行うことは極めて困難で特別な処理法を要する。よって、工程上の負担が多く手間と時間がかかり、生産性や経済性に問題があった。本発明によれば、「極深絞り加工」が可能になるとともに、変形の余裕度(ζ)が向上するから、さらに後加工性を向上できる。ζ 値が向上する理由は、1 次加工後のナノレベルの増殖転位の存在状態が従来法と異なる、即ち微視的な加工組織(モフォロジー)が平準化され、自由エネルギーが低減して加工軟化するからである。この結果は産業上への利用可能性を拡大する。
【0051】
<15> 潤滑剤とその洗浄: 塑性加工において潤滑剤の使用は負荷による表面の摩擦と変形抵抗の上昇を抑制するために必須な手段である。本願では効率よく潤滑性能(上記に加えて、摩擦力(係数)・加工熱に対する耐性・耐焼き付き性・液膜の潤滑位置によらない均一流動性・耐膜切れ性を発揮させるためと、加工後の連続洗浄工程を一元化し工程の単純化を図って生産時の経済性を有利にすることができる。そして、潤滑性能の向上と塗布作業性・塗布量・塗布位置の適正化につき、自動化を図ることは言うまでもないが、洗浄作業性と洗浄に際して成形体表面の発錆や洗浄残滓などの異常を生じさせないことも重要である。このような観点から、出願人(のひとり)は、以前より特に「温間加工」(冷却を含む)の開発に関して、潤滑剤企業と共同で、発錆の危険性や洗浄性を考慮して非塩素系・非硫黄系の液体潤滑剤の開発・改良を行った。この特定企業の液体潤滑剤を使用することにより、温水洗浄が可能であり、30 ℃ 程度の温水にすれば洗浄時間が短縮され、洗浄槽を短くできる。他方、切削を省略した、例えば後方押出し加工の場合に使用せざるを得ない高粘度油や固体潤滑剤は、洗浄が極めて困難であり、曲げ部(R 部)での潤滑剤の剥離とそれに伴う表面かじりの懸念が大きく、実用的でない。同時に、加工温度と潤滑剤粘度についても注意を払った(特許文献 1、9及び非特許文献 2)。
【0052】
実生産におけるこの潤滑剤の潤滑性能は、加工条件、特に加工中の温度上昇や変形状態の影響を受けにくく、次式で表される「動粘度」Γ 、
Γ ≡(絶対粘度) / (加工温度における潤滑油の密度) (27)
の測定値は、本発明を実施する場合の指標になるので、Γ が特に温度に依存する事実を考慮して検討した結果、次式に従って使用するのが望ましいことを明らかにした。即ち、
Γ1 = 25 ~ 100 c S t(未満)(室温 RT ≦ 40℃ の場合) (28 a)
Γ2 = 100 超 ~ 800 c S t (加工温度 > 40℃ の場合) (28 b)
ここに c S t は “ストークス”と称する粘度の単位である。Γの測定は、校正した毛管粘度計を使用し、一定体積の試料潤滑油が毛管を通過する時間を測定して導出する。なお、温間加工や本願の 2 次加工で使用される場合の加熱温度は青熱脆化領域以下、通常 120℃ 以下である(難度の高い突起出しの場合のロウ付けや半田付けを除く)。二硫化モリブデンや二硫化タングステン等の1000 c S t を越える高粘度剤を使用せざるを得ない場合(例えば“後方押し出し加工”)は、前記のように洗浄と“かじり”、焼きつき”との両立が難しく、切削や研磨工程の追加に頼らざるを得ない場合が殆どである。
【0053】
以上に鑑みてなされた慣用加工法と本発明法につき、基礎的なニ軸引張変形試験及び平底円筒深絞り加工試験から得られたおもな特性変化の傾向を表示した(後出)。
【0054】
図5は、慣用加工法と本発明法に関連して実施した単軸引張変形試験結果を対比して示した模式図で、上半分は主として慣用応力 Sと慣用伸び λを両軸にとった場合の単軸引張各種特性値のλによる変化を表し、下半分は塑性加工の典型的加工様式である絞り加工における Fp / Ff (記号はそれぞれポンチ肩部の変形抵抗及びフランジ変形抵抗を示す)並びに各種プレス加工特性値とλの関係を表したものである。ここに Fp / Ff に着目して変化傾向を示したのは、プレス加工過程で、
Fp / Ff > 1 (29)
が、通常プレス加工破断の目安になるからである。なお、試験材は 2.0 mm 厚の低炭素鋼である。ILC で使用される純ニオブの場合も、定性的もしくは定量的な傾向は大略同様であった。
【0055】
まず上半分に関する結果についてしるす。左側の図は、室温慣用加工法を想定して行った単軸引張試験結果である。図には慣用応力S と慣用伸びλの関係を示したが、これに加えて加工硬化指数 n値及び塑性歪比 r値とε の関係を同時に示した(横軸がλ or ε)。
【0056】
公知のように、これら両者の関係は真応力σと真歪εを使えば次式、
σ= Cεn (30)
に示す冪乗関係式に従うことが知られている(C は定数)。実測で求められる荷重(公称応力)S 及び伸び(公称歪)λ との間に次の関係式が導かれる:
σ= S(1 + λ) (31)
ε= ln(1 + λ) (32)
そして、式(30)における加工硬化指数 n が重要な因子で、n はλの関数であり、降伏現象後に弾性領域から塑性領域に移行した直後から意義をもち、最大応力 S u に至るまでの安定破壊領域内において漸減する。これを過ぎると局部にネッキング(くびれ)が発生し、nはマイナスとなり、物理的な意義はなくなる。
【0057】
また、絞り加工性と関係の深い塑性歪比 r は次式、
r = |εW / εt | (33)
で定義され、絞り加工性の良否に関与する肝要な指標である(ここにεW 及びεt はそれぞれ単軸引張試験における試験片平行部の幅並びに板厚真歪)。冷間圧延後焼きなました材料(焼鈍材という)は、材種及び製造条件によって多結晶配位が異なり、かつ結晶系と結晶配位によってすべり面とすべり方向が異なるから、r 値がその影響を受ける。そこで、r 値の測定サンプルの採取に際して、通常は圧延方向引張試験用、圧延方向から 45°方向引張試験用、圧延方向から 90°方向引張試験用の 3 種類について r 値の測定を行う。これらを r0、r45、r90とすると、次式によって平均 r 値(R で表す)を求める:
R = ( r0 + r90 + 2 r45 ) / 4 (34)
R 値も歪依存性を有し、S u (慣用(公称)応力S―慣用(公称)歪線図における最高値を示す記号=引張強さ)に向けて λの増加とともに、n 値と同様に低下する。S u 以上においては塑性不安定となり、ネッキングも頻繁に生じ、値がマイナスとなるので、測定する意味がない。
【0058】
「慣用加工法」における加工性は不十分であり、その向上が強く要望され、温間加工法を含む種々の「従来法」が幾つか開発されてきたのであるが、未だ加工性自体が要求性能を満たし得ない例が多々存在し、また初期投資・経済性・実生産性・歩留り・作業性・耐環境性等にも多くの問題を有する。
【0059】
図5の上半分の右側の本発明法の 模式図について説明する。本図の慣用法による応力(荷重)をS(C)、慣用歪(伸び)を λ(C) とし、発明法による表記をそれぞれ S (Q), λ(Q) とする。発明法による応力-歪関係は、歪保存応力緩和開始までは、歪速度が慣用法と同一の場合は慣用法と全く同様である。応力緩和後、急速除荷・無負荷保持(横軸を伸び歪としているので、この状態を表示する「時間」は図には示されていない)・再負荷という一連の発明手段を実施した時に、図示のごとく加工軟化(即ち、加工硬化の著しい低下に相当する)・serration(鋸歯状応力-歪図)の発生・「超塑性類似現象」が現れる。以上の応力S-歪λ関係を、実験式として、式(27)、(28)、(29)を用いて定式化すると次のようになる。応力による表式は、
S(C) = A・{ ln (1+λ(C) } n(c) / {1+λ(C) }(慣用法;発明法初期) (35a)
S(Q) =B・{ ln(1+λ(Q) } n(Q) / {1+λ(Q) } (本発明法) (35 b)
歪(延性)による表式は、
λ(C) =K・e Λ exp ( ln σ(C) / n(C) ) (慣用法;発明法初期) (36a)
λ(Q) =L・e Λ exp ( ln σ(Q) / n(Q) ) (本発明法) (36b)
で示される。ここにA, B, K, L は定数、C 及びQ は各慣用法と本発明法を表す。nは加工硬化指数を、lnは自然対数を、また e は自然対数の「底」を意味する(なお、記号Λは冪乗関係を表す;なお exp X ≡ e X である)。これらのいずれの式においても、
n (C) >> n (Q) (37)
となるから、両加工法の 強度 S 及び延性(伸び)λの大小関係は、
S (C) >> S (Q) (38 a)
λ(C) << λ(Q) (38 b)
となることが,この解析結果から予測される。図5の上半分の実験に基づく模式図から、本発明法における予測は定性的に実証された。擬超塑性について述べた段落(0034)~(0040)に図5に関連したメカ二ズムの説明を、既にまとめて記載してある。
【0060】
そして、加工硬化指数n に関して、加工法による大小関係は、
n (C) ≫ n(Q) > 1 (39)
である。ここに歪(伸び;延性)は発明法において再負荷後に加工軟化が生じて既述した擬超塑性現象出現以降のものであり、図面では慣用伸び λで表現している。λは微細なserration(鋸歯状線図)から成っているが、既述のように、これは加工手段の準備過程が原因となって運動転位と第2相との相互作用によって、この段階で on / off が繰り返されて系の自由エネルギー及びエントロピーが減少もしくは増大する条件が満たされたことによるものであり、on になると負荷は増加し、offになると負荷は減少する(0035)にしるしたように、serration は微細な現象として出現するが、さらに微細なserration を随伴しながら進行している。このメカニズムについては、(0035)に記載したが、この「二重serration」は材料変形の観点から延性や加工性を一層向上させるものと推察できる。なぜなら、二重serration のほうが、変形の進捗のための新たに生じる転位に対する抵抗が遅滞かつ緩和されると考えられるから、より安定的にserration が継続することができると推定されるので、延性や加工性も、より増大し得るからである。従って、本発明法の目的に大変都合がよい。ここでは、この二重serration による延性・加工性の著効をもたらす現象を「擬超塑性」と呼称した。しかも、これが極めて短時間内で繰り返され、被加工材の加工硬化が抑制されるので延性の著しい増加が可能になる。既述したように、この serrationは、プレス加工に際して、成形体対表面性状に影響することは全くない。
【0061】
引張変形の進行による発明法における n 値及び r 値の減少傾向は、本発明法における再負荷の伸びに相当するλ(Q)までは慣用法と同じく低減するが、以後は減少傾向が非常に緩やかになり、延性の長大化ばかりではなく、「擬超塑性」の発現に加えて、これら両パラメーターの挙動もプレス絞り加工性に対しプラスの効果を及ぼす可能性が示唆された。
【0062】
次いで図5の下半分に関する結果についてしるす。これら二つの図は40 mm φ平底円筒絞り成形における幾つかの成形指標と絞り深さ H(ポンチストロークの移動距離)の関係を、慣用法と本発明法の場合について比較して示したものである。
【0063】
左側の慣用法の結果から以下の事柄が分かる。まず FP / Ff (F f :フランジの変形抵抗、FP :ポンチ肩部近傍の変形抵抗)は試験開始時点では当然 FP = Ff = 0 であるが、Hの増加とともに減少し、H= 30 mm 程度で 0 になる、つまり成形体は破断する。この時点で、被加工材料のポンチ肩部近傍領域が臨界破断力 σcr に達したことになる。絞り比 DR = D 0 / D P は、この破断直前で限界値(最大値)LDR となる。使用した低炭素鋼板(2 mm 厚み)の慣用法による LDR は一般的に約1.6 ~ 1.9である。絞り深さ H は、加工前後で素材重量は変わらい事実を利用して、次式で表すことができる:
H = (D P / 4) ・[{ (DR) 2 / (1 -τ) }- 1 ] (40)
この H は限界絞り比 DR を含むことからも分かるように、DR max = LDRで最大絞り深さのH = H max に相当する。しかし、成形体は結晶異方性の存在によって円筒辺縁部に発生する凹耳下端までしか実用に供することができない。
【0064】
次いで右側の発明法の結果について説明する。発明の結果・効果の主眼は歪一定応力緩和開始点以降にあるので、その領域のポンチストロークの漸増による諸パラメーターを記載した。加工性の効果が著しいので、横軸のポンチストロークの数値が慣用法の 30 mm 強に対して、100 mm 近い値になっていることが注目される。このことが上記の H の値を著しく向上させる結果に相当する。
【0065】
既に述べたように、本発明・手段の特徴は、臨界破断が被加工材の限界強度から延性(伸び)限界に遷移したことである。従って、慣用法の臨界破断(限界強度)は σcr 示したが、本図では εc r で表記できる。即ち、絞り塑性加工における破断の臨界条件は、
慣用法及び従来法: σcr = F(σU , n , r , t) (41a)
本願発明法: εcr = G(λU , n , r , t ) (41b)
ここにF 及び G は関数関係を表し、u は強度、n は加工硬化指数、r は塑性歪比、t は板厚を示す。本図から分かるように、本発明法の 特徴は、新たな発想法による加工手段によって、従来知られなかったナノレベルにおける準静的室温加工手段とヘルムホルツの自由エネルギー及び熱力学的エントロピー変化の自発的変化をも考慮した結果、超塑性類似の現象が生起することを見出し、破断限界が強度ではなく、延性によって左右され、加工性の著しい向上がもたらされる事実を知見したことである。
【0066】
限界絞り比LDR は優に4.0、H max は6 D p近くに達する。図中の FP / FF の挙動は、慣用法と発明法で大きく異なり、0になるまでに要するλが後者のほうが、はるかに大きく、発明法の臨界破断が著しく生じにくくなる。また、高歪領域でn 値が 1.0 よりは大きいが 1.0 にはならずに数値が殆ど変化せず、R 値の低下も抑制されるため、λp f 値がポンチストローク量の大きい位置まで 0 にならない。つまり慣用法や従来法に比べて大きな深絞り加工が可能になることが知られる。
【0067】
本願の加工手段の最初に既知の応力緩和現象のうち「歪一定応力低下が生じる応力緩和」を採用したが、「応力一定歪増大が生じる応力緩和」条件を適用しても同様の結果が得られることを確認している。これは既述のようにナノレベルの金属学的現象を考慮すれば理解することができる。また、加工途中の現象として、段落(0031)にしるしたバウシンガー類似作用が働くことを二軸引張り試験によって現認している。
【0068】
このバウシンガー類似現象に関しては、これを生じ易くして加工性向上に少しでも寄与し得るよう、既述のごとく、ポンチの進行につれて、クッション圧力Pが適正に変化するように,
P = B ( P0 / HΛG) (42)
に従ってサーボ制御装置に予め組み込んで事前準備を行う(B : 定数;P0 :初期クッション圧力:H:ポンチストローク;G :冪乗数)。この際、段落の
(0046) の(24)に示した形状凍結性に関する P の組込み・制御との整合を、必要に応じて考慮・実施することに注意しなければならない。
【0069】
また、結晶異方性と成形体の異方性耳の発生・実用可能な円筒高さが凹耳下端部位置の制約を受けるので、素板(ブランク)の形状・寸法を、圧延方向を基準にしたr 値の方向(角度 θ= 0 ~ 90°)を考慮して、15°おきに r (θ) を測定し、それらの値を用いてθ方向のブランク直径 D (θ) を最小2乗並びに3 次元スプライン近似法 を利用して、
D (θ) = D 0 ・F ( r (θ) ) (43)
から非真円異形ブランクを作成し、実験・検証・実用に供することが可能かつ有意義であることを予測した。そして、バウシンガー効果類似現象と成形体の加工時異方性の減少及び形状凍結性のいずれにも都合がよい新たな加工法が可能であることを実証した。この事実を創案・実現した点も本発明の肝要な事項である(具体的な現象の詳細は段落(0031)、(0032)を参照)。
【発明の効果】
【0070】
本発明の効果は、慣用法と幾つかの従来法を本発明法と比較図示した図6をも参照・考察することによって、以下のようにまとめられる。ここに使用する表式の文字の意味の殆どは、幾つかの例外を除いて、既出の表式中に使用して説明済みのものである。
【0071】
(1) プレス深絞り加工性を向上させるのに効果的である。即ち、「歪一定応力緩和 → 急速除荷 → 一定時間の無負荷保持 → 再負荷」の手段を室温において準静的に順次実施する新たな方法である。かつ、フランジ各部エレメントのバウシンガー効果の寄与とともに、加工軟化及び微細 serration(鋸歯状応力-歪関係線図;このserration には、より微細な2次的serration が随伴するのが特徴的である)を伴う塑性安定領域における長大な延性の出現(本願では「擬超塑性現象」と称する)を新たに知見した。これらが著しい加工性の向上をもたらした。
【0072】
その理由は、ナノレベルの材料の微視的変形が転位の運動・生成増殖・凝集・第二相との相互作用によって生じることを考慮し、巨視的なプレス加工動作を準静的に行い、「物質の存在が安定状態に移行する自然法則」に従って、系の自由エネルギーの低下と熱力学的エントロピーの増大を思料した手段を、初めて見出だしたことにある。
【0073】
具体的には、臨界破断を起こすモフォロジーを従来の臨界強度σc r から臨界延性(伸び)εcr *(ここに*は本発明による破断時の臨界歪であることを示す) を伴うに遷移・改変し得たことが重要である。即ち、室温において一定速度で成形開始後、破断に至る加工の程度(破断せずに得られる深絞り深さ)H が、次式からなる関係、
H max (conventional method)= F(σcr , n, r, λ)
<< H max (current invention)= G(εcr , n, r, σ) (44)
を新たに見出したものである。ここにF 及び G は、それぞれカッコ内の各パラメーターの変化に対する関数関係を表す。
【0074】
(2)単一絞り加工工程からなる本発明と比較して、「慣用法」を進化させた代表的な「従来法(複数工程絞り加工法)」で加工するには、絞り抜けまでに多工程を要し、かつ、工程間に加工硬化した材料を軟質化するための熱処理工程を挿入しなければならない。従って、量産性・コスト・経済性の観点で、本発明法のほうが著しく優れている。
【0075】
(3)従来、金属材料に「超塑性現象」を発現させるためには、10 μ以下の微細結晶粒からなる Al、Ti 、Ni 、Fe 等の合金を700℃ 以上に加熱すること、またFe - Cr 合金の場合には高温で相変態温度の上下で繰り返し温度変化を与える必要がある。そして500 % 以上の伸びを得ることができる。しかし、この場合は材種が限られ、熱間プレス加工が必須となり、歪速度もたとえば 0.1mm / sec以下の低速を要するから、実用に際して初期投資・量産性・原価が大きなネックとなって工業的応用は不可能であった。また、絶対温度が 0 度に近い、たとえば液体 He 温度 ( 4 K)やこれを加圧して得られる2 K で、素材に負荷がかかると発生するserration の主たる原因は双晶変形が活発化することにある。本願は、材料のナノレベルの微視的変形に着目し、応力場・歪場の平準化・自然法則に従ったエネルギーやエントロピー変化を利用し、室温の単一加工工程で加工軟化と「超塑性類似現象(擬超塑性現象と名づけた)」の出現を見出した。その現実的な条件として、既知の金属物理学上の“応力緩和”や“バウシンガー効果”に加えて、急速除荷・除荷状態での保持・再負荷と加工の連続化を実施する新たな加工手段を見出した。伸びは 100~150 % 程度であり(通常30~60%)、プレス加工法の新たな実用化に必要十分であることを確認した。この場合、塑性加工学上、破断条件が以下のように遷移することを知見したことが、本発明のポイントである:
F(C) = M(σcr (ε, t 1 )) << F(C)* = N (εcr * ( σ, t 2 )) (45)
ここにF (C), F (C)*は慣用法と本発明法の成形性、M 及びN は関数関係を示し、σcr 及びεcr *はそれぞれ慣用法又は従来法の臨界破断強度及び本発明の臨界破断延性、 t1 及び t2 は従来法と本発明法の加工開始からの経過時間を表すものとする。
【0076】
(4)金属材料の種類(成分組成や結晶系)が種々変化しても、本発明の加工手段は、材種に適正な制御条件を容易に選択・実施することができる。特に稠密六方晶系金属の塑性加工は一般的に困難であるが、本発明によって大幅に加工難度が緩和される。
【0077】
(5)すべての金属材料は、素材の結晶異方性に基づく成形体の異方性が生じて、使用可能部位の減損や歩留の減少を招く。円筒絞りの加工には通常は真円ブランクを使用するので、成形体縁辺に異方性が生じる。いわゆる“異方性耳”である。この場合実用に供せるのは凹耳の下端までとなる。よって、できる限り等方体に近い成形体に加工するべく、ブランクを真円(D (0))ではなく、非真円の異形形状・寸法、即ち、圧延方向を基準 θ= 0°にした場合( 0°≦ θ≦ 180°) の各θにおけるブランク直径をD (θ) として、非真円異形ブランクとするのが望ましいと考えた。そのための実際的な手段を検証した結果、半理論的な次の実験式から D (θ) を求めるのが好ましいものと判断した:
D (θ) = [ D (0)・{ r / r (θ) ) }J ]・η (46)
ここに真円 D ( 0 ) は、製造する成形体の素板直径(ブランク)を示し、D(θ)は非真円異形ブランクを示す。後者に関しては、等方性素材の場合につき、例えば平均板厚減少率を0.2と仮定して、幾通りか決める。そして、素板の圧延方向 θ=0°から90°まで15°おきに r (θ) を実測する。次いで、最小二乗法によって r -θ 関係を決定し、最小二乗法と3 次元スプライン補間法を適用して D (θ) を求めれば、ブランクの形状・寸法を定めることができる(補正項ηで精緻化を図る;式(23)を参照)。このように若干の予備実験・測定・計算を行い、所要の成形体を製造する適正条件を決定し、できるだけ等方性に富んだ製品を、本発明法によって単一加工工程で量産することができるから、より深い高性能成形品の量産製造が、良好な歩留のもとで製造可能となる。従って、生産性・コスト・作業性に富んだ良質な成形品を、廉価な初期投資で工業的に製造できる。
【0078】
本発明法は、塑性加工学的には成形限界が慣用法や従来法のように臨界破断応力σcr によって決まるのではなく、臨界破断歪εcr *によって決定される事実を知見した点で両者の方法は根本的に相違する。再掲出になるが、その真の原因は、金属物理学上のナノレベルにおいて、金属材料内部に普遍的に存在する線欠陥である転位が加工によって移動・増殖・凝集し、必然的に生じる第二相との相互作用現象を均一化・平準化し、系の自由エネルギーないしは熱力学エントロピー変化を自然法則に出来る限り従うよう、準静的な手段を講じた結果による。そして、加工性と耐環境性を向上させた点が、従来にない特徴的な効果である。
【0079】
(6)本発明法は1.5 次加工(リストライク加工やしごき加工)及び2 次加工(穴あけ・突起出し・伸びフランジ加工)をも向上させる。なぜなら、単一工程塑性加工後の成形体の変形の余裕度 ζ が従来法に比べて、
ζ=(εcr -εf )/ εf >>(σcr -σf )/ σf (47)
で示されるように非常に大きくなるからである。ここに εf 及び σf は、それぞれ本願及び慣用法・従来法における破断限界に至る以前の任意かつ特定の σ-ε関係において、成形過程の 真応力と真歪の値である。
【0080】
変形の余裕度 ζ が増大したの は、材料内部のモフォロジーが平準化したことと、加工態様の塑性異方性が相当程度に等方化したことによる。ζ はおよそ次式で表すことができる:
ζ= ∫tf , εf , 1 / n , 1 / r , v) d t (48)
ここに t は板厚、v は変形速度である。
【0081】
(7)本願の加工法が産業界への応用性に非常に適しているのは、従来法とほぼ同様の加工時間で優れた塑性加工が実現でき、耐環境性も損なわず、実生産にあたって量産化が可能な点にある。従来、超塑性現象が生じる必須要因のひとつとして、超低速(たとえば 10 -4 / sec)程度の低速変形を必須とするから、現実には実際の生産への応用は成り立たない。ここに、「擬超塑性」の現実的な効果・応用への有利性が存在する。また、従来法の一部(例えば、超伝導線形加速器の HOM Couplerの製造において試験的に利用されている後方押出し加工法)のように固形潤滑剤の使用とその洗浄の必要がなく、潤滑条件における困難性が生じず、作業性を阻害しない。
【0082】
(8)絞り加工性が従来法よりも優れ、加工性に劣る種々の材料の成形難度を低減させることが可能になる。即ち、プレス絞り加工にあたって成形体・製品の形状及び寸法の自由度が拡大し、プレス加工適用範囲が拡大する。
【0083】
(9)成形体微視組織(転位の増殖・移動・集積・第二相との相互作用が典型例)の非局在化及び均一化・平準化を図った実用加工法であるところから、製品各部位の応力・歪状態とその分布・変化が均一になるために、形状寸法精度や板厚寸法精度を含む形状凍結性を改善することができる。
【図面の簡単な説明】
【0084】
図1】金属材料のナノレベルの結晶組織体における格子欠陥(空孔)の存在による転位と加工負荷時の微視的なすべり変形を表す模式図(τ:せん断力;b:バーガースベクトル)である。
図2】A.(1)は結晶粒界近傍で転位が生成・移動・集積した電子顕微鏡薄膜透過観察した写真例で、表示倍率から全体で約 3μ長に相当する。A(2)は低炭素鋼の結晶面が 加工によって{111}面に揃って繊維状外観を呈した電子顕微鏡像で、各結晶方位が 圧延方向(RD)に対して垂直方向(ND)をなす種々のミラー指数で示される[111]方位を同時に表示したものである。B.(1)は慣用伸び 5 % ~15%加工したときの結晶粒平面の状態を示す加工組織の模式図である(加工前の再結晶焼鈍組織には、個々に示したセルを始めとする諸像は存在しない)。B(2)は加工組織の結晶粒断面の一方向に伸びた層状組織を示す模式図である。
図3】慣用法と発明法の単軸引張試験結果の例を荷重 Pと時間 t の関係として比較した図である(発明法の場合、手段を図中(1)~(4)に、また(5)に「擬超塑性」について、メモをしるした)。横軸の t (時間)は「手段」を記載するためであるが、通常は P - λ(慣用伸び)や S (慣用応力) - λ の関係、あるいはσ(真応力) -ε(真歪)で表すことが多い。本図では発明手段による結果が分りやすいように P・t 関係で表記した。
図4】絞り加工の際のフランジエレメントを加工初期と終期の場合について模式的に描き、終期の方がエレメントは小さくなるが、いずれも直径方向に引張力、円周方向に圧縮力が同時に作用することを示した。そして、作用力間に時間差がない本発明法の場合でも、バウシンガー類似効果が認められた(二軸変形試験によって実証した)。本図はこれらの実態を描画したものである。
図5】慣用加工法と本発明法における単軸引張試験における慣用応力 S - 慣用伸び λ の 関係、並びに加工硬化指数n 値と平均塑性歪比 R の変化を上部に示した;また、下部には、プレス絞り加工における幾つかの加工パラメーター、即ち絞り比 DR、臨界破断応力 σcr、 限界絞り比 LDR、臨界破断延性 εcr *、絞り深さ H, 絞り深さの最大値 H max の変化をポンチストロークの進行に対して、模式的に示した図である。
図6】慣用プレス加工法を含む主たる従来加工法と本発明法を平底円筒絞り加工について、絞り深さH(最大値 H max )と絞り比 DR(= D 0 / D P )の 関係を示した図である(多数の点及び斜線で表した部分は加工法による浸み出し効果が存在することを示している)。
【発明を実施するための形態】
【0085】
前述したように、近年金属材料に対する弾塑性加工性の向上、特に典型的な加工方法であるプレス加工において肝要な「絞り加工性」をはじめとして、性能の向上が強く求められている。その理由は、機械切削加工等からプレス加工への工法転換、工程削減や、生産性の向上、材料歩留りの向上、作業環境の改善、耐環境性、コストの低減、初期投資の節減、経営業容改善の効果が期待できるからである。
【0086】
本発明は、以下の(1)及び(2)の条件・要因の適正な組み合わせによって実施されるゆえ、具体的な加工条件の種類は多岐に亘る。
【0087】
(1)金属材料の種類は鉄系と非鉄系に分類されるが、一般的な諸用途における特段の性能効果と望ましい産業界への寄与は言うまでもないが、特に先進的科学プロジェクト応用、例えば、“超伝導線形衝突型加速器国際プロジェクト ( ILC ) ”の超伝導高周波加速空洞の構造材料に史上始めて使用される加工難度の高い純ニオブや、“核融合発電”における強磁場による遮蔽を可能ならしめる第一壁新材料とその加工性等が適切な実例としてあげることができる。これら等の先進的分野への適用を含めて、「新たな発想・取り組みとなる材料のナノレベルの応力場 / 歪場と系の自由エネルギー並びに熱力学的エントロピー・転位と第二相との相互作用・結晶系と結晶集合組織とその特定面及び方位のすべり変形と回転運動・素材及び加工時の結晶異方性の挙動等と、巨視的な塑性加工学上の諸機能」をいかに結びつけられるかが重視されるべきであるとの考察のもとに、本願の実現に至ったものである。
【0088】
(2)具体的には、加工軟化及び擬超塑性現象の出現条件(定歪応力緩和・急速除荷・無負状態での保持時間の設定・再負荷と加工の継続等の各手段)・加工に際しての準静的動作・材料と成形体の異方性低減のための塑性歪比の実測に基づいた最小二乗法と三次元 B スプライン補間法の適用による非真円異形ブランクの導出と予備製作及び事前試験解析・単一工程加工終了後の変形の余裕度を利用した1.5 次(リストライク及びしごき)加工及びまたは2 次加工(穴あけ、バーリング、突起出し加工他)・潤滑条件及び潤滑剤の選定と塗布及び洗浄・形状凍結性と成形体の寸法精度の確保・表面性状(平坦度や粗度)・絞り加工過程のフランジエレメントの直径方向伸びと円周方向縮みの同時作用によるババウシンガー効果類似現象の確認・サーボ機構と動作及び on site 加工データの描出・原則室温における加工の実施等から成る。
【実施例
【0089】
【表1】
表 1 に板厚 2.0 mm の 低炭素鋼板と既述の ILC に構造材として史上始めて使用される非鉄系の同板厚の 純ニオブ(結晶構造はいずれも BCC)並びにアルミ二ウム合金(FCC) とマグネシウム合金 (HCP) を被加工材として使用し、慣用加工方法(CPF法)と本発明法 (PIF法) を比較するために(加工法の定義はいずれも段落(0002)にしるしてある)、単軸及び2 軸引張変形及びプレス絞り成形実験の結果を記載した。その結果、例えば 低炭素鋼板と純 Nb 材のデータを比較してみると、基本的に同様であると見做せることが判別された。基本的に低炭素鋼板と純ニオブ材間の比較結果と同様な結果が得られた。表示の結果から以下の諸事項を知ることができる。ここで、そのための評価方法として擬超塑性が出現する本願加工方法と慣用加工方法(何れも室温で、加工速度は 3 mm / sec である)による結果の相対比率をそれぞれ次式のρ1 及び ρ2 で定義し、比較・検討に際して便ならしめた。
ρ1 =(擬超塑性法単軸引張特性=PIF)/(慣用法単軸引張特性=CPF) (49)
ρ2 = (擬超塑性絞り加工特性=PIF) / (慣用法絞り加工特性=CPF) (50)
【0090】
表は以上の諸事項をまとめて分類し、試験結果を記載して、式(49)、(50)の 観点から本発明法の特徴をA欄とB欄に記載した。同時に、C欄に補足事項をしるした。
【0091】
表:A欄-1 まず単軸引張試験における「強度特性」について述べる。通常、強度データは慣用流動応力 S で示されるが、計算によって真応力 σ(= S ( 1 + λ) );λは慣用伸び)を用いるほうが正確かつ論理的である。CPF 法においては、低炭素鋼板の場合、降伏応力は 18 kg / mm 2 、引張り強さは 31 kg / mm2であり、JISは満たすが、加工性の観点からは強度及び加工による増加の程度が高い。他方、PIF法においては、低炭素鋼板の場合、図3または図5に示すように再負荷後、定歪応力緩和開始点応力 S 0よりも明らかに再降伏応力やその後の流動応力が低下(加工軟化)した。この場合の条件は、 S 0 に相当する定歪(伸び) は15 %、無負荷保持時間15秒、再負荷後における降伏応力をS yとするとS 0 / S y = 0.7 と、30 % も強度が低下した。純ニオブについても同様だった。即ち
ρ1(強度特性) << 1.0 (51)
が得られた。この原因は、ナノレベルにおける本発明法によるモフォロジーが平準化して変形抵抗が低下したことにある。
【0092】
表:A 欄-2 次いで「延性(伸び λ)」についてしるす。CPFの場合、JIS を満たす結果が得られたが、プレス加工性に著効が要請される近年の状況にはCPF対処困難であることが多い。PIFによれば、A-1と同じ条件・手段により、再負荷後にSyまたは、この場合、同じ値である既述した S y (Q)で降伏後、変形を継続するとserration の発生・変形とともに僅かな加工硬化を示しつつ、「超塑性類似現象」が出現する(「擬超塑性」)。本実験条件の場合、λt (全慣用伸び)は、低炭素鋼で 120 %(慣用法では30 %)、純ニオブの場合90 %(慣用法では 25 %)と、大幅な延性の増加が得られた。この主たる原因は、慣用法より遥かに均一化された応力・歪場で増殖転位の結晶粒界を含む第二相との相互作用の生成・消滅、並びに特に炭素や窒素の侵入型原子との固着・乖離の反復が、本条件下で自然法則に従って、それぞれ系の自由エルギー及び熱力学的エントロピーの減小もしくは増加が、本願の準静的加工への配慮もプラスに作用して、生起したことによるものと推認できる。即ち
ρ1 (延性:伸び特性)>> 1.0 (52)
が得られた。この結果から著しいプレス加工性能の向上が期待できる。
【0093】
表:A 欄-3、4、5 さらに、加工硬化指数 n 値、塑性歪比 r 値、臨界破断応力 σcr 及び 臨界破断歪εcr について述べる(図 5 参照)。σ=Kεn で表される指標n 値は、CPFの場合、降伏後、塑性変形範囲内でσの最大値σu (引張強さ)に至るまで漸増し、σu で 0 になり、以後破断までの短時間において負の値となる(材料学的には無意味)。この領域は塑性不安定条件にあり、くびれが発生し、僅かな変形で破断する。他方、PIF の場合は明確な σu を示さずに、
n ≒ 1 > 1 (53)
となって長大な延性の出現が観察された。
【0094】
|εW / εt |で表される r 値は(ここにεW 、εt はそれぞれ引張試験片の
平行部の 幅方向及び板厚垂直方向の真歪)、CPF の場合、σu に達した直後 (BCC 及び HCP) もしくは,わずかな変形の増加後の σ値(σf )で r = 0 となって破断する(この場合板厚も0となるから、r = 0 / 0となる筈で、数式上は意味のない表現となるが、現実に生じている変化は微細なもので、表式の精緻化を要する)。FCCでは一般に BCC、HCPよりも若干σf が大きい傾向がある。他方、PIF の場合は、r 値は変形とともに漸減する。しかし次の 関係、
r ≒ 0 > 0 (54)
が保たれ、板厚が容易には 0 にならない。即ち、破断抵抗が簡単にはゼロにならず、加工性の顕著な向上を生来する一因となることが期待される結果が得られた。
【0095】
詳細にいえば、臨界破断条件に関しては、CPFの場合、臨界破断応力 σcr に達する直前に塑性安定領域内に短時間σcr に近い状態が存在し、内部亀裂の発生と伝播が材料表面に達した瞬間に流動応力が σcr となって材料破断が生じる。他方、PIF の場合、ナノレベルのモフォロジーを考慮した変形手段を講じたゆえに加工軟化とserration 現象(本発明の場合極微細なserration を随伴するserration の発現(これを「擬超塑性現象」と呼称することとした))により、破断の律速条件が材料の加工硬化による応力の過大現象から、材料の擬超塑性現象の発生に基づく延性(伸び)限界の最大値(εcr )に至ってから破断が生じる。つまり、律速条件が σcr からεcr *に転換したわけである。そしてσcr に相当する歪(伸び)をλ C P F とし、εcr *に相当する歪(伸び)をλP I F とすると、
λC P F << λP I F (55)
となり、発明法のプレス加工性が著しく向上することが予想される。これによって、材料加工のミクロ現象とマクロ現象が相互に関連し、産業界への応用という観点からも、ナノレベルの考察とその寄与が極めて重要であることが示されよう。つまり、指標 ρ2 を使って表示すると、
ρ2(加工性)>> 1 (56)
即ち、単軸引張試験の実施結果から、室温における本発明方法が、金属材料のプレス絞り加工性を向上させ得ることが十分に予見された。
【0096】
次いで、表のB欄にはサーボ機構を付設した油圧プレス機による、前記段落と同様に、板厚 2 mm の薄板金属の低炭素鋼板及び純ニオブ薄板材のプレス絞り加工実験の結果を記載した。
【0097】
表:B欄-1 まず、絞り加工性の比較試験を種々の直径・形状寸法からなる真円ブランクD 0 及び非真円異形ブランク D(θ)を作成して、
絞り比 DR=D 0 / DP または D max / D min / D P (57)
を求め、最終的に最大絞り比 LDR を算出し、その絞り深さ H を測定した(非真円異形ブランクの場合凸形状の直径を D (θ)max、凹形状の直径を D (θ) minとした;図6も参照)。その結果、CPF 法の場合、LDR はたかだか 1.8 程度であった。H は30 mm前後であり、近年の厳しい産業界や学術研究設備の要求には到底対応できない結果である。他方、PIF 法の場合、LDR は 3.0 ~ 4.0に達した。絞り深さも3 D P~ 4 D P (D P :ポンチ直径 = 40 mm にて実施)程度の超深絞り加工が、加工難度の高い純ニオブでも可能で、従来法では考え難い結果を得た。絞り加工は金属材料の塑性加工の基本であり、その他の諸加工様式に対してのメルクマールとなるものであるから、重要な位置づけとされており、(超深絞り加工以外の)種々の塑性加工方法への適用・多様化の可能性を示唆する。従って、結果は次式で表される(基本的には(式(56)と同断でその延長戦にあるとみなされる):
ρ2 (種々多様なプレス加工性) >> 1 (58)
【0098】
表:B欄-2 金属材料が有する結晶配列の移動による異方性は、加工を施すと種々生じる。特に絞り加工の場合、円筒成形体の縁辺の凹凸として典型的に現れ、LDR が大きくなるほど顕著になる。凹凸の位置は素材の圧延方向からの角度をθ=0とすると、45°おきに全円周内に生じる。円筒絞り成形体の場合、実際に使用可能深さは凹耳の下端までに制限されてしまう。従って、成形体縁辺部をできるだけ等方的にして凸耳、凹耳の発生度合いを小さくして使用時の歩留りを大きくしたい。そのために、 θ方向の r 値をr(θ)として、θ= 0, 15, 30, 45, 60, 75, 90°方向の r (θ) を実測し、これらを基にして r(θ)-θ 関係を最小2乗法と3 次元スプライン補間法によってブランク形状・寸法を決定・製作して、異形(真円でない)ブランクを作成した(式(22)参照)。実施例において、結果を更に検討したところ、式(18)及び(21)を基にして、圧延方向からの角度 θにおけるブランク直径 D (θ) は、補正項 ηを用いて、具体的に次式によってさらに精緻化されることが知られた(段落(0045)の算出式を再掲する):
D (θ) = [η・D (0)( r (45) / r (θ))J ]・η (22)
η =1.0 + { (R 0 + 1.0 ) / 45 ) }・|θ- 45 | (23)
ここにJ は冪乗数、θ= 0°に相当する項を r0として Rθを求め、 D (θ) を算出したのち、単軸引張試験を行い、各チャージもしくはロットごとの J 値を求めてから、異形ブランクを必要枚数だけ準備し、実用生産に供する。
【0099】
実験結果を表1で見ると、既述したように慣用加工方法の場合は、真円ブランクを使用するのでLDR は2.0 に及ばず、縁辺部に異方性耳(両材種とも θ=45°方向が凸耳、0°、90°方向に凹耳)が発生した。小さなLDR とともに、異方性のマイナス効果が重畳される結果となった。他方、本発明法の場合は、式(19)及び式(20)に基づいて非真円異形ブランクを使用し、LDR はεcr に依存し、その値は上記したように LDR = 3.0 ~ 4.0と格段の絞り塑性加工性が向上した。 これをLDR の替りにポンチ直径に対する 絞り深さの比(倍率)で判断すると、慣用法の約 1 D P に対して約 4 D P と大差が生じた(図6参照 )。同時に加工後の円筒縁辺部の耳の高低差が低減し、実際の使用可能部分の絞り深さが増大し、実用への応用に際して、極めて効果が大きいことが知見された。
【0100】
表:B欄-3 形状凍結・寸法精度の結果は、CPF 法の場合は変形態様から、材料変化の流動性に欠けるため、加工後の剛性や微視的な弾性歪の残存が懸念され、さらに主すべり系の活動も十分に行われないため、熱力学的にも安定状態と言い難い。それゆえ、形状凍結性及び寸法精度に大きな難点があった。
【0101】
これに対し、PIF 法によれば、主すべり系をはじめ、多種類の副すべり系が活発に活動し、加工軟化・均一加工及び擬超塑性加工がなされるために残留応力の減少と変形状態の均一化が生じる。その結果、形状凍結性及び寸法精度ともに大きな改善がみられた。実際作業においては、動的クッション圧力 P を段落(0046)にしるした式(24)から算出して、予めサーボ制御の設定に組み込んで加工を行なったものであり、成形体の当該性能に資するところが大きく、品質の安定性にも多大な寄与がもたらされた。
【0102】
表:B欄-4、5 単一加工工程成形体の1.5次加工(リストライク加工やしごき加工)及び2次加工(穴あけ、バーリング、突起出し加工)について、室温で試験を行った。表記したように CPF 法と PIF 法との 間に大きな差がみられた。
【0103】
両者の加工法におけるこの相違は、「変形の余裕度 ζ」が主因であることを実験によって見出した。ζに関しては本願の特徴的な項目として、段落(0045)に記載したように、しわ押さえ荷重 F と、フランジの微小エレメントの加工の初期と終期の比の冪乗の値の積の関数で表されることが見出された。即ち、ζの表式を段落(0047)から再掲すると、
ζ=f (F) = f{ F 0 (φ/ φ0 ) }Λ β (25)
添え字の「0」は加工初期のしわ押さえ荷重を意味する。冪乗数 βは、既述のごとく結晶系によって異なる値をとることは、段落(0047)に述べたとおりで、活動すべり系の相違によって変形の余裕度に差異が生じることとなり、CPFとPIF間の著しい相違として実証された。
【0104】
表1の最右欄に、以上の実施試験結果に関して4項目の補足説明を記載した。即ち、いずれもPIF 法の特徴的な事項であるところの「1. 応力緩和現象について」、「2. バウシンガー効果類似現象について」、「3. PIF法における1次成形後の加工温度について」、「4. 潤滑剤について」である。以下に、これら諸項目に関して、さらに説明を加える。
【0105】
表:C欄-1本発明(PIF法)において、金属物理学上の基礎的な諸現象のうち、学術的には未解明な応力緩和現象をナノレベルから考察して、巨視的な塑性加工への利用可能性について検討した例は皆無であるが、発明者らは巨視的な加工・変形は、微視的な負荷・結晶すべり変形に基づくことが明らかであることから、新たな加工法の創出を実現できるのではないかとの想定のもとに、検証を行ったものである。そして、縷々叙述するとともに、図・表並びに請求項にまとめたように本発明に至ったものであるゆえ、端緒とした本現象を、まずこの欄に簡略に記載した。
【0106】
表:C欄-2 絞り加工実施例として、バウシンガー効果類似現象についても、表中に実施例の場合について略記した(本願関連の基本的な金属材料学並びに塑性加工学上の15項目について予め触れた 6 番目の項目に相当する段落(0031)、(0032)を参照)。
【0107】
実施例において実際にバウシンガー効果類似現象が発現しているか否かについて検証・測定を以下のように行った。材種は本加工試験と同様、板厚 2 mm の薄鋼板の低炭素鋼及び純ニオブである。本発明方法の実施に際し、真円ブランクについて、加工初期の 約 10 mm 深さのフランジの圧延方向の位置から 10 mm(直径方向)x 10 mm (円周方向) x 約 2 mm(板厚)のサンプル A 1 と、加工終期に近い 約 80 mm 深さ加工時の圧延方向の位置から 10 mm(直径方向)x 10 mm(円周方向)x 約1.5 mm(板厚)のサンプル A 2 を採取した。そして、これらサンプルの直径方向断面 a 1 と円周方向断面 a 2 の残留応力 |ΔF| を X 線回折法によって算出したのち、各断面の残留応力の比率φを次式から算出した:
φ={|ΔF|(直径方向) / |ΔF |(円周方向) } (59)
結果は次の通りであった(円周方向の圧縮による残留応力もプラス(+)として扱った):
φ(低炭素鋼;加工初期) = 1.15 (60 a)
φ(低炭素鋼;加工終期) = 1. 45 (60 b)
φ(純ニオブ;加工初期) = 1.10 (61 a)
φ(純ニオブ;加工終期) = 1.40 (61 b)
これらからフランジエレメント断面 a 1及び a 2 にそれぞれ引張応力 S 1 及び圧縮応力 S 2 が同時に負荷されても、残留応力を変形量と読みかえると、両材種ともにバウシンガー効果に類似した現象、即ち直径方向の伸びのほうが円周方向の縮みよりも大きいこと、かつその比率は加工初期よりも加工終期のほうが大きいことが実証された。従って、本願における「延性破断」が生じにくく作用していることが推定されるゆえ、バウシンガー類似現象が加工性の向上に寄与していることが知られた。かかる現象と加工性向上への寄与については、これまでに報告は見当たらない。
【0108】
表:C欄-3 1次成形体の加工後(1.5次加工及び2次加工)の加工温度についてしるした。基本的には、上記のように後加工は「室温RT」で行われる。しかしながら、要求の仕様・精度が非常に厳しいときには(例えば、ILC 国際プロジェクトにおける Tesla 型 couplerの極深絞り加工の場合等)、変形の余裕度ζが十分といえず、RTにおける後加工に困難をきたす場合がある。2次加工のバーリング加工や伸びフランジ突起出し加工度が過大なときにもいえることである。このような際には、後加工において処理局部を加熱すると効果的である。加熱温度は、120℃ 以下で十分であり、成形体の金属組織や形状寸法、あるいは耐環境性に悪影響を及ぼすことはない。
【0109】
なお、特に上記の突起出し加工において、突起部の直径が細く、高さが大きく、塑性加工では対処できない場合には、加熱を伴う接着(ハンダ付けやロー付け)もしくは溶接に頼らざるを得ない場合をなしとしない。この際、仕様範囲内で板押さえ圧の制御によって底部板厚を極大にして、接合時の不具合を抑制する。
【0110】
表:C欄-4 既述のごとく、潤滑剤としては 40 ~ 100 cSt の粘度を有し、対錆性及び耐脆化の観点から非塩素系かつ非硫黄系の、従来から潤滑企業と開発を進めてきた液状のものを使用した(1.5 次加工や2 次加工において、120℃以下の加温を行う場合においても、同じ潤滑油を使用して何ら問題はない)。即ち、これにより本発明法において潤滑性能は満足できるものであった。そして、塗油の自動化を試みたが、これによって塗油速度や塗油状況の定常化、ひいては量産加工を行う場合の作業安定化にプラスの効果が認められた。また、潤滑剤の洗浄は重要な工程であるが、30℃程度の湯洗または水洗によって、洗浄が可能であり、単一プレス加工工程とのドッキングによる、工程の連続化によって作業性や経済性の上から、好ましい製造工程を十分に図れることを実証することができた。
【0111】
図6は、絞り加工に関して本発明者らによる本願と慣用法を含む絞り加工深さ Hを、板厚減少率 τ をパラメーター として、DR との関係において示したものである。ここにA 法:慣用加工法、B 法:温間加工法(特許文献1)、C 法:融合加工法(特許文献5)、D法:微振動加工法 (特許文献9)、E法:本発明を表す。図中にも示したが、絞り深さ H を絞り比DRとの 関係で示すと、加工前後で素材の重量・体積は変わらないので、平均板厚減少率をτ、ポンチの直径を DPとすると、
H = ( D P / 4 )・[{ ( DR ) 2 / (1 -τ) }-1 ] (62)
なる関係がなりたつ。この式に基づいた H(D Pの倍数で示す)- DR 関係線図を τ= 0.1、0.2、0.3 の場合について図示した。これらの 曲線図中、式(62) は、本願の実験に際しては、2mm厚みの低炭素薄鋼板と純ニオブを使用した。ブランク(素板)の直径はA, B法については真円であるからD 0としてC、D、E法の場合は疑似円形異形形状ゆえ圧延方向か、圧延直角方向か、圧延45°方向のうち最大直径を D 0 *とした。加工後の最大絞り深さH maxもしくはH max *の図中の縦軸の表示はN・D P で表して簡明にした。そして、「H (max) or H (max) * - DR or LDR」の試験結果を、等方体に関する式(62)において、板厚減少率 τ = 0.1、0.2、0.3 の場合につき図示し、絞り抜け可能とした場合の変化曲線とともに示した。この場合、等方体に関する式(62)から算出される曲線は、加工法と無関係に、破断が生じないと仮定した場合の理想的な絞り深さを限界絞り深さ LDRに替えて直接に限界加工深さを表すべく、D P の倍率N・D Pで示したものである。
【0112】
慣用加工法 A 以外は、E 法の本発明法を除くと特許査定を受けた従来法であり、各加工法は“浸み出し効果部分”を挟みながら、
A ≦ B ≦ C ≦ D ≦ E (63)
の順にLDR、LDR*及び H max 、H max *のいずれも増大していることが明らかである。なお、A の慣用法以外のB、C、D、Eの、図6に簡略化して表記した各加工方法は、すべて同一出願人もしくは同一発明者によるものである。他者の(絞り)加工方法に比べて、手段が異なり、効果・量産性・経済性・作業性・歩留まり・潤滑性・後加工性などにおいて優れているといえるものである。
【0113】
慣用法A に対して、従来法はそれなりの特徴を有しており、B法の「温間プレス加工法」はすでに国内外で広く実用されている。特にこれは、プレス加工関連企業が集積している新潟県燕地区・三条地区で、ステンレス鋼やチタン材料等で薄角型リチウムイオン電池ケース・断熱調理鍋等を含む卑近な器物類や先端的な核融合実験炉用途等に多用されている。C 法はこの「温間加工法」に新たな発想に基づいた幾つかの新技術を補強して特許査定されたもので、「融合プレス加工法」と称している。今後徐々にB 法に置き換わることが期待される。なぜなら、明らかに図示のように著効が認められたからである。D 法「微振動プレス加工法」と E 法(本願の擬超塑性プレス加工法)は、発想と手段が慣用法や従来法と全く異なるが、いずれも金属のナノレベルの現象・考察から創案したもので、それぞれ加工手段が全く異なり、加工性は高いレベルで差異がある。そして、いずれも室温における単一加工工程時の成形体の塑性異方性が大きく減少し、変形の余裕度が大きいところから後加工性に有利であり、耐環境性にも優れる特徴を有している。用途に応じて使い分けることが可能であるから、材種や要求性能に応じて適正利用することによって、産業界や超伝導加速器等の先端学術的巨大科学計画の応用に対処し得るものである。
【産業上の利用可能性】
【0114】
本発明の技術は、上記のように典型的な塑性加工分野である深絞り加工に限定されるものではなく、場合によって塑性加工の範疇に入るその他の技術、例えば押出し加工や引き抜き加工、鍛造加工や転造加工、曲げ加工や張出し加工等の分野にも適用することができる。即ち、絞り加工を主体とする本発明における「応力緩和・除荷・無負荷保持・再負荷制御」等の一連の手段によって「加工軟化・擬超塑性・バウシンガー効果類似現象」等を現出させるプレス加工方法を、実際に適用できる事業対象分野には次のものがある。
【0115】
ハウスウェア用品、厨房機器、調理器、温水器、オフィスビル設備関係、食品関係・水回り関係(パイプを含む)分野、土木・建設関係(厚 / 中板・パイプを含む)分野、家電関係(筐体・ガンパーツほか)分野、自動車関連(外板・メンブレン・ディスクブレーキ・排ガス部品・オイルパン・エンジン回り部品・リチウムイオン電池ケース(特に角薄型)分野を含む諸部品)分野、鉄道車両分野、カメラ・複写機・文房具の分野、パソコン・電気・電子部品(電池ケース・センサーケース等を含む)、自動販売機・魔法瓶・飲料関係分野、医療機器関連分野(エクスプラント及びインプラント製品)。
【0116】
さらに、エネルギー機器、原子力分野、先端科学技術分野(LNG 輸送船及び地上 / 半地下 / 地下LNG タンク、原子炉、巨大超伝導 / 常伝導円形及び直線衝突型素粒子加速器(高性能純鉄・高マンガン極低温用鋼・超伝導空洞用純ニオブを含む)、放射性物質再処理装置、核融合炉、重イオン医療用加速器、放射光施設、ニュートリノ検出用巨大タンク、重力波検出装置、天体物理学・宇宙物理学(巨大電波望遠鏡を含む)分野、その他ニッチ関連諸分野。
【要約】      (修正有)
【課題】鉄系及び非鉄系の金属材料のナノレベルにおける微視的変形挙動を踏まえ、これを適切に実用的な巨視的加工手段に結びつけることにより、金属材料の種類によらず、優れたプレス加工性と耐環境性を実現した金属材料のプレス加工方法を提供する。
【解決手段】プレス機・サーボ制御装置・金型工具・場合によって加工温度制御に適用する金属材料の準静的室温擬超塑性プレス加工方法を行う。内容は、(1)塑性安定領域内変形過程で、歪量ε一定位置で負荷Wを中断して応力緩和現象を現出させる応力緩和手段、(2)応力緩和後に急速完全除荷を行い、(3)被加工材を無負荷状態で保持して金属材料の内部に生じたナノレベルの微視的な応力場と歪場を分散・平準化して系の自由エネルギーの減少と熱力学的エントロピーの増大を図り、(4)再負荷によって加工軟化と微視的な鋸歯状応力-歪関係による擬超塑性現象を出現させる。
【選択図】図3
図1
図2
図3
図4
図5
図6