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7362054High Resolution Melting(HRM)解析によるマグロ類の遺伝的性判別方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-10-06
(45)【発行日】2023-10-17
(54)【発明の名称】High Resolution Melting(HRM)解析によるマグロ類の遺伝的性判別方法
(51)【国際特許分類】
   C12Q 1/6879 20180101AFI20231010BHJP
   C12Q 1/6827 20180101ALI20231010BHJP
   C12Q 1/6813 20180101ALI20231010BHJP
   C12N 15/09 20060101ALN20231010BHJP
【FI】
C12Q1/6879 ZNA
C12Q1/6827 Z
C12Q1/6813 Z
C12N15/09 Z
【請求項の数】 7
(21)【出願番号】P 2019091357
(22)【出願日】2019-05-14
(65)【公開番号】P2020184917
(43)【公開日】2020-11-19
【審査請求日】2022-04-25
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 (1)平成31年3月26日 公益社団法人日本水産学会(春季大会)発行「平成31年度日本水産学会春季大会講演要旨集、第32及び171頁、9221」、及び平成31年3月29日 「平成31年度日本水産学会春季大会」(東京海洋大学品川キャンパス(東京都港区港南4-5-7))にて発表
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成30年度、農林水産省、国際漁業資源評価調査・情報提供委託事業、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】501168814
【氏名又は名称】国立研究開発法人水産研究・教育機構
(74)【代理人】
【識別番号】110000084
【氏名又は名称】弁理士法人アルガ特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】藤原 篤志
【審査官】林 康子
(56)【参考文献】
【文献】特開2013-017478(JP,A)
【文献】特開2018-038341(JP,A)
【文献】国際公開第16/152812(WO,A1)
【文献】特開2011-050283(JP,A)
【文献】特開2019-088234(JP,A)
【文献】日本水産学会大会講演要旨集,2018年,pp.67, 623
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12Q 1/68
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
配列番号1で表される塩基配列の501番目の塩基、561及び562番目の塩基、564番目の塩基、595番目の塩基、644番目の塩基、769番目の塩基、770番目の塩基、789番目の塩基、1198番目の塩基、1200番目の塩基、1213番目の塩基、1275番目の塩基、1280番目の塩基、1338番目の塩基、1344番目の塩基、1416~1423番目の塩基、1472番目の塩基、1493番目の塩基、1866番目の塩基、1867番目の塩基、1899番目の塩基、1913番目の塩基、2583番目の塩基、2588番目の塩基、2589番目の塩基、2611番目の塩基、2622番目の塩基、2634番目の塩基、2643番目の塩基、2687番目の塩基、2693番目の塩基、2752番目の塩基、2753番目の塩基、2756番目の塩基、2801番目の塩基、2817番目の塩基、2855番目の塩基、2874番目の塩基、2901番目の塩基、3057番目の塩基、3093番目の塩基、3139番目の塩基、3146番目の塩基、3148番目の塩基、3196番目の塩基、3199番目の塩基、3249番目の塩基、3251番目の塩基、3368番目の塩基、3404番目の塩基、3407番目の塩基、3426番目の塩基、3433番目の塩基、3442番目の塩基、3470番目の塩基、3479番目の塩基、3545番目の塩基、3546番目の塩基、3735番目の塩基、3756番目の塩基、3769番目の塩基、3788番目の塩基、6256番目の塩基、6312番目の塩基、6455番目の塩基、6585番目の塩基、6781番目の塩基、6879番目の塩基、6930番目の塩基、6933番目の塩基、6940番目の塩基、6941番目の塩基、6987番目の塩基並びに7014番目の塩基の位置に存在するDNA多型からなる群から選択される1以上のDNA多型を検出することができる性判別用プローブと、前記性判別用プローブが検出するDNA多型が位置する塩基を含むDNA断片を増幅することができる雌雄共通プライマーセットを用いてHigh Resolution Melting(HRM)解析を行うことを特徴とする、太平洋クロマグロ(Thunnus orientalis)又は大西洋クロマグロ(Thunnus thynnus)の性判別方法。
【請求項2】
前記性判別用プローブが検出するDNA多型が、前記配列番号1で表される塩基配列の3139番目の塩基、3146番目の塩基及び3148番目の塩基の位置に存在するDNA多型であることを特徴とする、請求項1記載の太平洋クロマグロ又は大西洋クロマグロの性判別方法。
【請求項3】
前記性判別用プローブが検出するDNA多型が、前記配列番号1で表される塩基配列の1416~1423番目の塩基の位置に存在するDNA多型であることを特徴とする、請求項1記載の太平洋クロマグロ又は大西洋クロマグロの性判別方法。
【請求項4】
前記性判別用プローブが、配列番号2~7のいずれか1つで表される塩基配列からなるプローブであり、前記雌雄共通プライマーセットが、配列番号8で表される塩基配列からなるプライマーと配列番号9で表される塩基配列からなるプライマーとからなるプライマーセットであることを特徴とする、請求項1又は2記載の太平洋クロマグロ又は大西洋クロマグロの性判別方法。
【請求項5】
前記性判別用プローブが、配列番号10又は11で表される塩基配列からなるプローブであり、前記雌雄共通プライマーセットが、配列番号12で表される塩基配列からなるプライマーと配列番号13で表される塩基配列からなるプライマーとからなるプライマーセットであることを特徴とする、請求項1又は3記載の太平洋クロマグロ又は大西洋クロマグロの性判別方法。
【請求項6】
性判別用プローブと雌雄共通プライマーセットを含むマグロ類の性判別用キットであって、前記性判別用プローブが、配列番号2~7のいずれか1つで表される塩基配列からなるプローブであり、前記雌雄共通プライマーセットが、配列番号8で表される塩基配列からなるプライマーと配列番号9で表される塩基配列からなるプライマーとからなるプライマーセットである、太平洋クロマグロ又は大西洋クロマグロの性判別用キット。
【請求項7】
性判別用プローブと雌雄共通プライマーセットを含むマグロ類の性判別用キットであって、前記性判別用プローブが、配列番号10又は11で表される塩基配列からなるプローブであり、前記雌雄共通プライマーセットが、配列番号12で表される塩基配列からなるプライマーと配列番号13で表される塩基配列からなるプライマーとからなるプライマーセットである、太平洋クロマグロ又は大西洋クロマグロの性判別用キット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、High Resolution Melting(HRM)解析によるマグロ類の遺伝的性判別方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、世界的にマグロ類の需要が増加しているため、マグロ類の資源管理や持続的利用に関して国際的に関心が高まっている。資源管理施策の立案には、漁獲物や資源調査サンプルから取得された各種の生物情報を必要とし、体長、年齢、種等のデータとともに、性別データは重要な情報の1つである。
【0003】
現在、マグロ類の性判別は、生殖腺の目視あるいは組織学的切片観察という古典的な手法により行われている。しかし、これらの手法には、1)生殖腺が発達していない稚仔魚及び若齢個体、並びに市場流通する内臓処理済み個体の性判別には利用できない、2)検査に労力と時間がかかる、3)個体を生かした状態で性判別することが困難である、という欠点がある。そのため、例えば、クロマグロ(Thunnus orientalis)資源調査サンプルの大部分で性別データが欠損したままとなり、クロマグロ生活史における時間的・空間的な移動・分布と性別との関連性は全く分かっていない。また、近年のマグロ類養殖では、天然ヨコワから人工種苗への転換が進められているが、飼育個体を生かした状態で性判別することが困難であるため、養成中の親魚群が産卵に適した性比で構成されているかどうかを調べることも出来ない。このような理由から、マグロ類の簡便で高精度な性判別方法の開発が望まれている。
【0004】
これまでに、継代F3世代のクロマグロの雄特異的な6塩基のDNA欠失領域を用いてクロマグロの性判別を行う方法が報告されている(非特許文献1)。しかしながら、当該領域を利用したクロマグロの性判別は、特定の経代F3世代における成功率は94%と高いものの、天然魚では成功率が39%と低く、天然魚を含むクロマグロの性判別方法として利用できる十分な精度を有していない。一般に、少数の親から作出された経代群や家系においては、天然集団に殆ど見つからないような低頻度のDNA多型が偶然広まってしまうことがある。当該領域は、経代飼育の過程において、ごく一部の雄個体が持つY染色体上の塩基配列がその子孫である経代群に広まったものであると考えられる。
【0005】
本発明者らは、これまでに、天然クロマグロ31個体の全ゲノムリシーケンス解析により塩基配列を網羅的に探索した結果、クロマグロゲノム中に、性別特異的なDNA多型を複数見出した。また、当該DNA多型の存在する領域は、非特許文献1で用いる領域とは異なる領域であることを見出した。さらに、当該DNA多型を含む領域をPCRにより増幅し、増幅産物を電気泳動することで、クロマグロ個体の性判別が可能であることを見出した(非特許文献2)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【文献】Agawa Y. et al. Identification of male sex-linked DNA sequence of the cultured Pacific Bluefin tuna Thunnus orientalis. Fisheries science. 2015, 81(1), 113-121.
【文献】平成30年度日本水産学会春季大会講演要旨集 623
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、上記PCR法による性判別は、PCR後に増幅産物を電気泳動し、次いで性別特異的なバンドの有無やサイズを確認する必要があるため、解析に時間を要する上、多検体を処理するには非効率的であった。
よって、本発明の課題は、性判別の精度が高く、かつ、多検体を効率的に処理できるマグロ類の遺伝的性判別方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
そこで、本発明者は、上記課題を解決するために種々検討した結果、クロマグロゲノム配列のスキャフォルド64番中の性別特異的なDNA多型について、前記DNA多型を検出することができる性判別用プローブと、前記性判別用プローブが検出するDNA多型が位置する塩基を含むDNA断片を増幅することができる雌雄共通プライマーセットを用いてHigh Resolution Melting(HRM)解析を行うことで、マグロ類の遺伝的性を高精度で効率よく判別できることを見出し、本発明を完成した。
【0009】
すなわち、本発明は、次の〔1〕~〔7〕を提供するものである。
〔1〕配列番号1で表される塩基配列の501番目の塩基、561及び562番目の塩基、564番目の塩基、595番目の塩基、644番目の塩基、769番目の塩基、770番目の塩基、789番目の塩基、1198番目の塩基、1200番目の塩基、1213番目の塩基、1275番目の塩基、1280番目の塩基、1338番目の塩基、1344番目の塩基、1416~1423番目の塩基、1472番目の塩基、1493番目の塩基、1866番目の塩基、1867番目の塩基、1899番目の塩基、1913番目の塩基、2583番目の塩基、2588番目の塩基、2589番目の塩基、2611番目の塩基、2622番目の塩基、2634番目の塩基、2643番目の塩基、2687番目の塩基、2693番目の塩基、2752番目の塩基、2753番目の塩基、2756番目の塩基、2801番目の塩基、2817番目の塩基、2855番目の塩基、2874番目の塩基、2901番目の塩基、3057番目の塩基、3093番目の塩基、3139番目の塩基、3146番目の塩基、3148番目の塩基、3196番目の塩基、3199番目の塩基、3249番目の塩基、3251番目の塩基、3368番目の塩基、3404番目の塩基、3407番目の塩基、3426番目の塩基、3433番目の塩基、3442番目の塩基、3470番目の塩基、3479番目の塩基、3545番目の塩基、3546番目の塩基、3735番目の塩基、3756番目の塩基、3769番目の塩基、3788番目の塩基、6256番目の塩基、6312番目の塩基、6455番目の塩基、6585番目の塩基、6781番目の塩基、6879番目の塩基、6930番目の塩基、6933番目の塩基、6940番目の塩基、6941番目の塩基、6987番目の塩基並びに7014番目の塩基の位置に存在するDNA多型からなる群から選択される1以上のDNA多型を検出することができる性判別用プローブと、前記性判別用プローブが検出するDNA多型が位置する塩基を含むDNA断片を増幅することができる雌雄共通プライマーセットを用いてHigh Resolution Melting(HRM)解析を行うことを特徴とする、マグロ類の性判別方法。
〔2〕前記性判別用プローブが検出するDNA多型が、前記配列番号1で表される塩基配列の3139番目の塩基、3146番目の塩基及び3148番目の塩基の位置に存在するDNA多型であることを特徴とする、〔1〕記載のマグロ類の性判別方法。
〔3〕前記性判別用プローブが検出するDNA多型が、前記配列番号1で表される塩基配列の1416~1423番目の塩基の位置に存在するDNA多型であることを特徴とする、〔1〕記載のマグロ類の性判別方法。
〔4〕前記性判別用プローブが、配列番号2~7のいずれか1つで表される塩基配列からなるプローブであり、前記雌雄共通プライマーセットが、配列番号8で表される塩基配列からなるプライマーと配列番号9で表される塩基配列からなるプライマーとからなるプライマーセットであることを特徴とする、〔1〕又は〔2〕記載のマグロ類の性判別方法。
〔5〕前記性判別用プローブが、配列番号10又は11で表される塩基配列からなるプローブであり、前記雌雄共通プライマーセットが、配列番号12で表される塩基配列からなるプライマーと配列番号13で表される塩基配列からなるプライマーとからなるプライマーセットであることを特徴とする、〔1〕又は〔3〕記載のマグロ類の性判別方法。
〔6〕性判別用プローブと雌雄共通プライマーセットを含むマグロ類の性判別用キットであって、前記性判別用プローブが、配列番号2~7のいずれか1つで表される塩基配列からなるプローブであり、前記雌雄共通プライマーセットが、配列番号8で表される塩基配列からなるプライマーと配列番号9で表される塩基配列からなるプライマーとからなるプライマーセットである、マグロ類の性判別用キット。
〔7〕性判別用プローブと雌雄共通プライマーセットを含むマグロ類の性判別用キットであって、前記性判別用プローブが、配列番号10又は11で表される塩基配列からなるプローブであり、前記雌雄共通プライマーセットが、配列番号12で表される塩基配列からなるプライマーと配列番号13で表される塩基配列からなるプライマーとからなるプライマーセットである、マグロ類の性判別用キット。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、HRM解析によるマグロ類の遺伝的性判別方法、当該方法に利用するプローブ、プライマー及びキットが提供される。本発明の方法は、電気泳動の必要がないため、PCRと増幅産物の電気泳動を要する従来技術と比較して、性判別の精度を損なうことなく、短時間で効率的に多検体を処理できる。また、本発明の方法は、PCRと融解曲線の作成を含む一連の操作をリアルタイムPCR装置のみで連続的に行えるため、作業工程の簡略化や工程間のコンタミネーション(汚染)の回避が可能である。かかる方法により、漁獲物もしくは資源調査サンプルから、又は個体を生かしたまま採取したサンプルから、性別データを高精度、効率的に取得できるようになり、マグロ類の生態の解明や人工種苗生産のための親魚養成の計画的な実施に資することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】雄特異的プローブを用いたHRM解析による性判別方法の判断基準の模式図である。
図2】天然クロマグロ31個体の領域1の塩基配列(配列番号1の3059~3288番目の塩基からなる配列に相当する塩基配列)のアライメント結果を示す図である。REFは、参照配列(配列番号1の3059~3288番目の塩基からなる配列)を示す。ホモ接合型の個体はコンセンサス配列を、ヘテロ接合型の個体(一部の雌と全ての雄)は対立遺伝子1が参照配列と完全一致かほぼ同一であるため、対立遺伝子2の塩基配列のみを示す。塩基配列中のドットは、参照配列と同一の塩基を示す。塩基配列中の矢印は、雄に特異的又は極めて特異性が高い一塩基多型を示す。アライメント上部の横線は、雄特異的プローブであるtuna_HRMup_28プローブ(配列番号2)を示し、横矢印は、雌雄共通プライマーであるtuna_HRM4_Fプライマー(配列番号8)及びtuna_HRM4_Rプライマー(配列番号9)を示す。
図3】天然クロマグロ31個体の領域2の塩基配列(配列番号1の1309~1458番目の塩基からなる配列に相当する塩基配列)のアライメント結果を示す図である。REFは、参照配列(配列番号1の1309~1458番目の塩基からなる配列)を示す。ホモ接合型の個体はコンセンサス配列を、ヘテロ接合型の個体(一部の雌と全ての雄)は対立遺伝子1が参照配列と完全一致するため、対立遺伝子2の塩基配列のみを示す。塩基配列中のドットは、参照配列と同一の塩基を、ハイフンは欠失を示す。塩基配列中の矢印及び四角は、雄に特異的又は極めて特異性が高い一塩基多型及び欠失領域を示す。アライメント上部の横線は、雄特異的プローブであるtuna_HRMup_P3M_24プローブ(配列番号11)を示し、横矢印は、雌雄共通プライマーであるF3_DEL_F2プライマー(配列番号12)及びY3_DEL_R1プライマー(配列番号13)を示す。
図4】太平洋クロマグロ雌雄計29個体(A)、雄11個体(B)、雌18個体(C)について、HRM解析(配列番号2のプローブを使用)の結果得られた融解曲線を示す図である。
図5】太平洋クロマグロ雌雄計8個体(A)、雄4個体(B)、雌4個体(C)について、HRM解析(配列番号3のプローブを使用)の結果得られた融解曲線を示す図である。
図6】太平洋クロマグロ雌雄計8個体(A)、雄4個体(B)、雌4個体(C)について、HRM解析(配列番号4のプローブを使用)の結果得られた融解曲線を示す図である。
図7】太平洋クロマグロ雌雄計8個体(A)、雄4個体(B)、雌4個体(C)について、HRM解析(配列番号5のプローブを使用)の結果得られた融解曲線を示す図である。
図8】太平洋クロマグロ雌雄計8個体(A)、雄4個体(B)、雌4個体(C)について、HRM解析(配列番号6のプローブを使用)の結果得られた融解曲線を示す図である。
図9】太平洋クロマグロ雌雄計8個体(A)、雄4個体(B)、雌4個体(C)について、HRM解析(配列番号7のプローブを使用)の結果得られた融解曲線を示す図である。
図10】太平洋クロマグロ雌雄計8個体(A)、雄4個体(B)、雌4個体(C)について、HRM解析(配列番号10のプローブを使用)の結果得られた融解曲線を示す図である。
図11】太平洋クロマグロ雌雄計8個体(A)、雄4個体(B)、雌4個体(C)について、HRM解析(配列番号11のプローブを使用)の結果得られた融解曲線を示す図である。
図12】大西洋クロマグロ雌雄計12個体(A)、雄6個体(B)、雌6個体(C)について、HRM解析(配列番号2のプローブを使用)の結果得られた融解曲線を示す図である。
図13】大西洋クロマグロ雌雄計12個体(A)、雄6個体(B)、雌6個体(C)について、HRM解析(配列番号4のプローブを使用)の結果得られた融解曲線を示す図である
図14】大西洋クロマグロ雌雄計12個体(A)、雄6個体(B)、雌6個体(C)について、HRM解析(配列番号11のプローブを使用)の結果得られた融解曲線を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本明細書における塩基配列(ヌクレオチド配列)、核酸などの略号による表示は、IUPAC-IUB規定(IUPAC-IUB communication on Biological Nomenclature, Eur. J. Biochem., 138:9-37, 1984)、「塩基配列又はアミノ酸配列を含む明細書等の作製のためのガイドライン」(特許庁編)などの、当該分野で慣用される記号で記載されている。本明細書において「デオキシリボ核酸(DNA)」は、2本鎖DNAのみならず、それを構成するセンス鎖及びアンチセンス鎖という各1本鎖DNAを包含する。
【0013】
また、本明細書において、「ヌクレオチド」、「オリゴヌクレオチド」及び「ポリヌクレオチド」は、核酸と同義であって、DNA及びRNAの両方を含むものとする。当該DNAには、cDNA、ゲノムDNA及び合成DNAのいずれもが含まれる。また当該RNAには、total RNA、mRNA、rRNA及び合成のRNAのいずれもが含まれる。また、「ヌクレオチド」、「オリゴヌクレオチド」及び「ポリヌクレオチド」は2本鎖であっても1本鎖であってもよく、ある配列を有する「ヌクレオチド」(又は「オリゴヌクレオチド」、「ポリヌクレオチド」)といった場合、特に言及しない限り、これに相補的な配列を有する「ヌクレオチド」(又は「オリゴヌクレオチド」、「ポリヌクレオチド」)も包括的に意味するものとする。
【0014】
本明細書において「DNA多型」とは、個体間でゲノムDNA塩基配列上の特定部位の塩基配列が異なり、その頻度が集団の1%以上であるものを指し、具体的には、マグロ類雌雄間でゲノムDNA塩基配列上の特定部位の塩基配列が異なるものを指す。当該多型としては置換、欠失、重複、挿入、逆位等が挙げられる。特に、1個の塩基が他の塩基に置換されたことによる多型を一塩基多型(Single Nucleotide Polymorphism:SNP)という。以下、DNA多型の遺伝子型を対立遺伝子1/対立遺伝子2のように表すことがある。例えば、A/Aのように両対立遺伝子が同じ場合、遺伝子型はホモ接合型であり、A/Tのように両対立遺伝子が異なる場合、遺伝子型はヘテロ接合型である。本明細書において「DNA多型」は、対立遺伝子1、対立遺伝子2及びそれらの相補鎖のいずれをも含むものである。
【0015】
本明細書において「マグロ類」としては、太平洋クロマグロ(Thunnus orientalis)、大西洋クロマグロ(Thunnus thynnus)、ミナミマグロ(Thunnus maccoyii)、メバチ(Thunnus obesus)、キハダ(Thunnus albacares)、ビンナガ(Thunnus alalunga)、コシナガ(Thunnus tonggol)、タイセイヨウマグロ(Thunnus atlanticus)等が挙げられる。このうち、太平洋クロマグロ、大西洋クロマグロが好ましく、太平洋クロマグロがより好ましい。以下、太平洋クロマグロを単にクロマグロと記載することがある。
【0016】
本明細書において「クロマグロ」は、Thunnus orientalisを指す。クロマグロの染色体数は1組24本であり、ゲノムサイズは約8億塩基対である。このうち、クロマグロゲノム配列のスキャフォルド64番に含まれる約7.5kbのゲノムDNAの塩基配列を配列番号1に示す。「スキャフォルド」とは、ゲノム解析により得られた多数の断片的な配列を用いてゲノム配列を構築した結果まとめられた配列のことを指す。なお、配列番号1の塩基配列は雌の塩基配列である。配列番号1の422番目から3595番目、3735番目から3788番目、6240番目から6642番目、及び6698番目から7197番目は、それぞれ、組換えが強く抑制された連鎖不平衡ブロックを形成している。本明細書において、配列番号1で表される塩基配列中、3059~3288番目の塩基からなる配列を領域1、1309~1458番目の塩基からなる配列を領域2と称する。
【0017】
本発明は、クロマグロのゲノムDNAの配列番号1で表される塩基配列における特定のDNA多型がマグロ類の遺伝的性と強く相関しており、当該DNA多型を性判別の指標としてHigh Resolution Melting(HRM)解析により検出することによりマグロ類の遺伝的性を高精度で効率よく判別できることを見出し、完成されたものである。ここで、「遺伝的性」とは、遺伝によって決まる性別のことをいい、以下、単に「性」あるいは「性別」ともいう。
【0018】
本発明において、マグロ類の性判別の指標として、すなわち性判別マーカーとして用いられるDNA多型には、以下の表1に示す(1)~(74)のDNA多型が含まれる。各DNA多型は全て、雌の遺伝子型がホモ接合型であり、雄の遺伝子型がヘテロ接合型である。
【0019】
【表1】
【0020】
性判別マーカーとして用いられるDNA多型の性判別成功率は、93%以上、好ましくは95%以上、より好ましくは97%以上、さらに好ましくは100%である。ここで、性判別成功率とは、後記実施例で示す性判別成功率を指す。具体的には、表1の(1)~(74)のDNA多型のうち、(1)、(4)~(13)、(15)、(16)、(23)~(31)、(35)~(43)、(45)~(47)、(49)、(54)~(57)、(59)~(63)、(65)~(67)及び(71)~(74)のDNA多型からなる群より選択される1以上のDNA多型を性判別マーカーとして用いることが、性判別の精度の観点から好ましい。また、性判別の実施のしやすさの観点からは、(16)及び(42)~(44)のDNA多型が好ましい。なお、表1の(1)~(74)のDNA多型のうち、(1)~(58)のDNA多型、(59)~(62)のDNA多型、(63)~(66)のDNA多型及び(67)~(74)のDNA多型は、それぞれ、連鎖不平衡ブロックに含まれている。本発明においては、上記のDNA多型のうち、1つのDNA多型のみを性判別の指標として用いてもよいし、2以上のDNA多型を組み合わせて性判別の指標として用いてもよい。2以上のDNA多型を組み合わせて指標として用いることで、性判別の精度はより高まるため好ましい。
【0021】
本発明のマグロ類の性判別方法は、上記のDNA多型からなる群から選択される1以上のDNA多型を検出することができる性判別用プローブと、前記性判別用プローブが検出するDNA多型が位置する塩基を含むDNA断片を増幅することができる雌雄共通プライマーセットを用いてHigh Resolution Melting(HRM)解析を行うことを特徴とする。
【0022】
ここで、HRM解析とは、DNA多型の同定等に使用される手法で、二本鎖DNA特異的結合蛍光色素を含む反応液でPCRを行い、PCR産物を一本鎖化した後アニールさせ、温度を徐々に上昇させてPCR産物が一本鎖に解離する際の蛍光強度変化に基づいて融解曲線を作成し、当該融解曲線のパターンを解析することで、わずか1塩基ペアの違いまで識別する手法である。特に、PCR増幅用のプライマーセットに加え、DNA多型部位に特異的にハイブリダイズするプローブを用いれば、プライマーセットのみを用いる場合と比べて1塩基ペアの違いをより感度高く検出できる。
【0023】
本発明において、「DNA多型の検出」とは、鋳型DNAから雌雄共通プライマーセットにより増幅されるDNA断片(PCR産物)と性判別用プローブとの間の雌雄の配列の違いに起因するミスマッチの有無を、融解曲線のパターンに基づいて判定し、DNA多型の遺伝子型を検出することをさす。
【0024】
よって、本発明のマグロ類の性判別方法においては、より具体的には、上記のDNA多型からなる群から選択される1以上のDNA多型を検出することができる性判別用プローブと、前記性判別用プローブが検出するDNA多型が位置する塩基を含むDNA断片を増幅することができる雌雄共通プライマーセットとを用い、マグロ類被験体より抽出したDNAを鋳型として、二本鎖DNA特異的結合蛍光色素の存在下でPCRと融解曲線の作成を含むHRM解析を行い、得られた融解曲線のパターンに基づき、前記マグロ類被験体の性を判別すればよい。
【0025】
本発明の方法で用いるマグロ類の性判別用プローブは、鋳型DNA上の目的のDNA多型を含むDNA領域と特異的にハイブリダイズできるように、配列番号1で表される塩基配列及び表1のDNA多型部位の各対立遺伝子の情報に基づき適宜設計すればよい。マグロ類の性染色体は、雄がXY型(ヘテロ)、雌がXX型(ホモ)であり、性判別用プローブとしては、雄に特有のDNA多型を検出できる雄検出用プローブが好ましい。雄検出用プローブは、目的のDNA多型の雄特異的塩基又は塩基配列を含むDNA領域と特異的にハイブリダイズできればよい。かかるプローブとしては、配列番号1で表される塩基配列の部分配列であって、目的のDNA多型部位の雄特異的塩基又は塩基配列を含むオリゴヌクレオチド又はその相補鎖が例示される。プローブの目的のDNA多型部位の塩基又は塩基配列とハイブリダイズする塩基又は塩基配列以外の領域については、特異的なハイブリダイズを維持できる限りにおいて、鋳型DNA配列と1~数個、好ましくは1~3個のミスマッチを有していてもよいが、検出感度の観点から、ミスマッチがないことが好ましい。プローブの塩基長は、通常約15~50塩基であり、好ましくは約18~40塩基であり、より好ましくは約20~36塩基である。プローブは、目的に応じて蛍光色素等の標識を有していてもよいが、コストの面から非標識(unlabeled)プローブを用いるのが好ましい。当該非標識プローブは、3’末端にPCR反応におけるプローブからの伸長を妨げる修飾を有する必要がある。かかる修飾としては、特に限定されないが、idT修飾、リン酸化、SpacerC3修飾、Amino Modifier C6修飾、hexanediol修飾等が挙げられる。
【0026】
本発明の方法で用いる雌雄共通プライマーセットは、フォワードプライマーとリバースプライマーからなり、性判別用プローブが検出する目的のDNA多型が位置する塩基を含むDNA断片を増幅することができ、かつ、可能な限りプライマー配列内に表1のDNA多型部位を含まないように、配列番号1で表される塩基配列及び表1のDNA多型部位の情報に基づき適宜設計すればよい。具体的には、性判別用プローブが検出する目的のDNA多型が位置する塩基より上流の領域、好ましくは雌雄共通配列領域にフォワードプライマーを設計し、下流の領域、好ましくは雌雄共通配列領域にリバースプライマーを設計すればよい。各プライマーは、目的のDNA断片を増幅できる限りにおいて、鋳型DNA配列と1~数個、好ましくは1~5個、より好ましくは1~3個のミスマッチを有していてもよい。各プライマーの塩基長は、通常15~50塩基であり、好ましくは15~35塩基である。雌雄共通プライマーセットで増幅されるDNA領域は、解析精度の観点から、好ましくは300bp以下、より好ましくは200bp以下、さらに好ましくは150bp以下であり、また、好ましくは50bp以上である。
フォワードプライマーとリバースプライマーは、通常のPCRと同様にそれぞれ同量を用いてもよいし、一方のプライマーを過剰量用いて、性判別用プローブがハイブリダイズし得るDNA断片がより多く合成されるように非対称PCRを行ってもよい。非対称PCRは、より効率よく性判別を行うことが可能であるため好ましい。
鋳型DNAに対し本発明の性判別用プローブがハイブリダイズする領域と、本発明の各プライマーがハイブリダイズする領域は、一部重複してもよいし、重複しなくてもよい。
【0027】
PCR反応に用いる鋳型としては、マグロ類被験体より抽出したゲノムDNAが好適に用いられる。当該ゲノムDNAを得るには、まず、マグロ類被検体よりDNAを含有する試料を採取する。マグロ類被検体は、天然魚であってもよいし、養殖魚であってもよい。マグロ類被検体より採取されるDNA含有試料としては、特に制限されないが、例えば、各種細胞、組織、これらに由来する培養細胞などを例示できる。また、ヒレ、筋肉、内臓、体表粘液等を例示することができる。次に、必要に応じて当該試料に含まれるゲノムDNAを抽出する。DNA含有試料からのゲノムDNAの抽出は、公知の方法を用いて行うことができる。ゲノムDNAの抽出法としては、例えば、フェノール法、CTAB法、アルカリSDS法等が挙げられる。ゲノムDNAは、粗抽出物をそのまま使用してもよいし、必要に応じて、公知の方法により精製してもよい。ゲノムDNA抽出のための試薬やキットは市販されており、これを用いてもよい。
【0028】
PCR反応は、目的のDNA多型を検出することができる性判別用プローブと、前記性判別用プローブが検出する目的のDNA多型が位置する塩基を含むDNA断片を増幅することができる雌雄共通プライマーセットとを用い、マグロ類被験体より抽出したDNAを鋳型として、二本鎖DNA特異的結合蛍光色素の存在下で実施すればよい。かかる蛍光色素としては、特に限定されないが、解析精度の観点から、PCR産物に飽和した状態で結合する飽和型蛍光色素が好ましい。該飽和型蛍光色素としては、MeltDoctor(登録商標) HRM Dye(サーモフィッシャーサイエンティフィック株式会社製)、ResoLightDye(ロシュ・ダイアグノスティックス株式会社製)、EvaGreen(登録商標)(Biotium,Inc.製)等の市販品を用いることができる。
PCR反応の条件としては、特に限定されず、増幅サイズ、プライマーの塩基長、GC含有率、Tm値などを考慮して適宜設定すればよい。
【0029】
PCR反応終了後、得られたPCR産物を熱変性して一本鎖化し、その後冷却してPCR産物同士あるいはPCR産物とプローブとをアニールさせる。次いで、温度を徐々に上げていき、PCR産物同士あるいはPCR産物とプローブが一本鎖に解離する際の蛍光強度変化に基づいて融解曲線を作成する。融解曲線の作成にあたっては、一般的なMelt curve plotやDifference plotを用いることができる。
なお、PCR反応及び融解曲線の作成の一連の操作は、通常、リアルタイムPCR装置を用いて行えばよい。様々なリアルタイムPCR装置が市販されており、例えば、QuantStudio(登録商標)3リアルタイムPCRシステム(サーモフィッシャーサイエンティフィック株式会社製)、7500 FastリアルタイムPCRシステム(サーモフィッシャーサイエンティフィック株式会社製)、LightCycler(登録商標) 480システム(ロシュ・ダイアグノスティックス株式会社製)等が例示される。
【0030】
目的のDNA多型における雌雄の配列の違いに起因して、得られる融解曲線のパターンは雌雄で異なる。よって、融解曲線のパターンから、検査対象のマグロ類被験体が雄であるか雌であるかを判別できる。例えば、性判別用プローブとして雄特異的プローブを用いると、被験体が雄である場合に比べ、被験体が雌である場合には、PCR産物とプローブの間にDNA多型部位のミスマッチが存在するため、温度上昇時のPCR産物とプローブの解離が早くなる。その結果、温度を横軸とし、蛍光強度(微分値)を縦軸とした融解曲線の55~70℃付近のパターンに雌雄で違いが生じる。かかる融解曲線のパターンの違いとして、具体的には、雄の融解曲線と雌の融解曲線を重ねあわせたときに雄のパターンが雌のパターンよりも高蛍光強度側に位置するという違いが挙げられる。よって、例えば、融解曲線において55~70℃付近にピークが認められれば被験体の遺伝的性は雄であると判別でき、55~70℃付近にピークが認められなければ被験体の遺伝的性は雌であると判別できる。あるいは、融解曲線において55~70℃付近のパターンがゆるやかな山なりの形状(ゆるやかなピーク)であれば被験体の遺伝的性は雄であると判別でき、55~70℃付近のパターンがほぼ直線であれば被験体の遺伝的性は雌であると判別できる。あるいは、融解曲線において55~70℃付近のパターンがほぼなだらかな右肩下がりの形状であれば被験体の遺伝的性は雄であると判別でき、55~70℃付近のパターンが下方に凹んだ形状であれば被験体の遺伝的性は雌であると判別できる。図1に、雄特異的プローブを用いる場合の性判別方法の判断基準の模式図を示す。
【0031】
本発明の性判別方法によれば、電気泳動の必要がないため、PCRと増幅産物の電気泳動を要する従来技術と比較して、性判別の精度を損なうことなく、短時間で効率的に多検体を処理できる。また、本発明の方法によれば、PCRと融解曲線の作成を含む一連の操作をリアルタイムPCR装置のみで連続的に行えるため、作業工程の簡略化や工程間のコンタミネーション(汚染)の回避が可能である。
【0032】
本発明の性判別方法は、試料中のDNA多型の検出のための試薬キットを利用することによって、より簡便に実施することができる。本発明はかかるマグロ類の性判別用キットをも提供する。前記性判別用キットは、性判別用プローブと雌雄共通プライマーセットを含む。
【0033】
本発明のマグロ類の性判別用キットの一実施形態としては、例えば、配列番号2~7のいずれか1つで表される塩基配列からなる性判別用プローブと、配列番号8で表される塩基配列からなるプライマーと配列番号9で表される塩基配列からなるプライマーとからなる雌雄共通プライマーセットとを含むキットが挙げられる。
本発明のマグロ類の性判別用キットの別の一実施形態としては、例えば、配列番号10又は11で表される塩基配列からなる性判別用プローブと、配列番号12で表される塩基配列からなるプライマーと配列番号13で表される塩基配列からなるプライマーとからなる雌雄共通プライマーセットとを含むキットが挙げられる。
【0034】
プローブ及びプライマーは、それぞれ、通常のホスホルアミダイト法、リン酸トリエステル法などの化学合成法によって合成してもよいし、また市販されている自動オリゴヌクレオチド合成装置などを使用して合成してもよい。
【0035】
本発明のキットは、任意成分として、HRM解析に必須の試薬(例えば、TaqDNAポリメラーゼ、dNTP、蛍光色素等)を含んでいてもよい。更にキットには、測定の実施の便益のために適当な反応希釈液、緩衝液等が含まれていてもよい。
【実施例
【0036】
次に実施例を挙げて本発明をさらに詳細に説明するが、本発明は何らこれに限定されるものではない。
【0037】
参考例1 クロマグロの性別特異的な塩基配列の同定
天然太平洋クロマグロ成魚の雌16個体及び雄15個体(生殖腺による性判別済み)の全ゲノムリシーケンスデータと新たに作成したクロマグロドラフトゲノム配列を用いて変異解析を実施し、性別特異的な複数のDNA多型を見出した。当該DNA多型が存在するスキャフォルド64番の約7.5kbのゲノム領域の配列を配列番号1に示す。また、配列番号1で表される塩基配列中の各DNA多型の位置、雌の遺伝子型、雄の遺伝子型、性判別成功率を表2に示す。各DNA多型の遺伝子型は、雌においてはホモ接合型であり、雄においてはヘテロ接合型である。性判別成功率は、データの取得できた個体数における、雌又は雄特異的遺伝子型を有する個体数の割合である。各DNA多型は、その性判別成功率が93.5%以上と高く、性判別マーカーとして有用である。
さらに、スキャフォルド64番のゲノム配列をHaploview(v4.2)を用い、LD-based partitioning algorithmで解析したところ、配列番号1の422番目から3595番目、3735番目から3788番目、6240番目から6642番目及び6698番目から7197番目の領域が、それぞれ、連鎖不平衡ブロックであることが明らかとなった。
【0038】
【表2】
【0039】
配列番号1で表される塩基配列中の2領域、具体的には配列番号1で表される塩基配列の3059~3288番目の塩基(230塩基)からなる領域1と、配列番号1で表される塩基配列の1309~1458番目の塩基(150塩基)からなる領域2について、リシーケンス解析に用いた雌16個体、雄15個体、計31個体の塩基配列をアライメントした結果を、それぞれ図2及び3に示す。アライメント中の矢印又は四角で示される各DNA多型は、雄に特異的又は極めて特異性の高い変異であることが明らかとなった。
【0040】
実施例1 プローブを用いたHRM解析1:領域1
クロマグロゲノムのスキャフォルド64番上の性特異的DNA多型を対象に、雌雄共通プライマーであるtuna_HRM4_F(配列番号8)及びtuna_HRM4_R(配列番号9)と、配列番号1で表される塩基配列の3139、3146及び3148番目(領域1の81、88及び90番目に相当)の塩基に位置する3箇所の雄特異的DNA多型を含む雄特異的未標識プローブであるtuna_HRMup_28(配列番号2)を用い(図2)、HRM解析による性判別試験を行った。プライマーとプローブの配列を表3に示す。なお、tuna_HRMup_28プローブは、PCRで伸長しないように、3’末端にidT修飾を有する。
本試験は、雌雄の配列の違いによりPCR産物とプローブの融解曲線が異なることを利用して性判別を行うものであり、HRM解析の結果出力される融解曲線において、65℃付近に特異的なピークが認められた場合に被験体の遺伝的性は雄であると判定でき、認められなかった場合に被験体の遺伝的性は雌であると判定できる。
【0041】
【表3】
【0042】
具体的な試験方法は、以下の通りである。天然太平洋クロマグロの雄77個体及び雌70個体(計147個体、生殖腺による性判別済み)の各個体より、ハサミ等を用いて筋肉を採取し、TNES・Urea 6M溶液(10mM Tris-HCl、125mM NaCl、10mM EDTA、0.5% SDS、6M Urea)中でプロテアーゼ処理を行い、自動DNA抽出装置(Maxwell RSCシステム、Maxwell RSC Blood DNA kit、プロメガ株式会社製)を用いてゲノムDNAを調製した。このゲノムDNA(25ng)を鋳型とし、表4の反応系、表5の条件に従って、QuantStudio(登録商標)3リアルタイムPCRシステム(サーモフィッシャーサイエンティフィック株式会社製)によりPCR反応及び融解曲線の作成を含むHRM解析を行った。融解曲線の作成では、QuantStudio(登録商標)3リアルタイムPCRシステムに標準装備されているMelt curve plotを使用した。
【0043】
【表4】
【0044】
【表5】
【0045】
HRM解析の結果出力された融解曲線のうち、雄11個体、雌18個体の融解曲線を図4に示す。雄個体では65℃付近にピークが認められた一方、雌個体では65℃付近にピークは認められず、これら個体の遺伝的性を判別できた。図4に示さなかった個体についても、同様の融解曲線が得られており、最終的に全147個体の遺伝的性を正確に判別できた。
マグロ類のHRM解析による性判別方法は、上述のように高い性判別精度を有し、従来技術のPCR法による性判別方法で必要だった個々のサンプルの電気泳動とその後の特異的バンドの確認が不要となることから、簡便な操作及び短時間で多検体のマグロ類の遺伝的性を判別できる。
【0046】
実施例2 プローブを用いたHRM解析2:領域1
被験体として実施例1の天然クロマグロのうち雄4個体及び雌4個体を用い、プローブを、配列番号1で表される塩基配列の3139、3146及び3148番目(領域1の81、88及び90番目に相当)の塩基に位置する3箇所の雄特異的DNA多型を含む雄特異的未標識プローブであるtuna_HRMup_24(配列番号3)、tuna_HRMup_32(配列番号4)、tuna_HRMup_36(配列番号5)、tuna_HRMup_28_2(配列番号6)又はtuna_HRMup_28_3(配列番号7)にかえた以外は、実施例1と同様にしてHRM解析による性判別を行った。試験は2連で行った。プローブは、それぞれ、実施例1のプローブの長さを4ヌクレオチド短くしたもの、4ヌクレオチド長くしたもの、8ヌクレオチド長くしたもの、プローブ位置を5’側に6ヌクレオチド分ずらしたもの、プローブ位置を3’側に4ヌクレオチド分ずらしたものである。プライマーとプローブの配列を表6に示す。各プローブは、3’末端にidT修飾を有する。
【0047】
【表6】
【0048】
HRM解析の結果出力された融解曲線を図5~9に示す。図5は配列番号3のプローブを、図6は配列番号4のプローブを、図7は配列番号5のプローブを、図8は配列番号6のプローブを、図9は配列番号7のプローブを用いた結果を示す。いずれのプローブを用いた場合であっても、雄個体では60~70℃付近にピークが認められた一方、雌個体では60~70℃付近にピークは認められず、全個体の遺伝的性を正確に判別できた。
【0049】
実施例3 プローブを用いたHRM解析:領域2
クロマグロゲノムのスキャフォルド64番上の性特異的変異を対象に、雌雄共通プライマーであるY3_DEL_F2(配列番号12)及びY3_DEL_R1(配列番号13)と、配列番号1で表される塩基配列の1417~1423番目(領域2の109~115番目に相当)の塩基の欠失部位を含む雄特異的未標識プローブであるtuna_HRMup_P3M_20(配列番号10)又はtuna_HRMup_P3M_24(配列番号11)を用い(図3)、HRM解析による性判別試験を行った。プライマーとプローブの配列を表7に示す。各プローブは、3’末端にidT修飾を有する。
【0050】
【表7】
【0051】
具体的には、被験体として実施例1の天然クロマグロ個体のうち雄4個体及び雌4個体を用い、上記のプライマーとプローブを用いた以外は、実施例1と同様にしてHRM解析による性判別を行った。試験は2連で行った。
【0052】
配列番号10のプローブを用いたHRM解析の結果出力された融解曲線を図10に示す。雄個体では55~60℃付近にゆるやかなピークが認められた一方、雌個体では55~60℃付近にそのようなピークは認められず、全個体の遺伝的性を正確に判別できた。また、配列番号11のプローブを用いたHRM解析の結果出力された融解曲線を図11に示す。雄個体では60~65℃付近のパターンがほぼなだらかな右肩下がりの形状である一方、雌個体では60~65℃付近のパターンが下方に凹んだ形状であり、全個体の遺伝的性を正確に判別できた。
実施例1~3の結果より、マグロ類のHRM解析による性判別方法は、表2に記載の一塩基多型だけにとどまらず、欠失多型にも適用できることが明らかとなった。
【0053】
実施例4 プローブを用いたHRM解析4:領域1及び2
被験体として大西洋クロマグロ雄6個体及び雌6個体(計12個体、生殖腺による性判別済み)を用い、プローブとして配列番号2又は4のプローブを用いた以外は、実施例1と同様にしてHRM解析による性判別を行った。また、同個体を用い、プローブとして配列番号11のプローブを用いた以外は、実施例3と同様にしてHRM解析による性判別を行った。各試験は2連で行った。
【0054】
HRM解析の結果出力された融解曲線を図12~14に示す。図12は配列番号2のプローブを、図13は配列番号4のプローブを用いた結果を示す。それぞれにおいて、雄個体では65~70℃付近にピークが認められた一方、雌個体では1個体を除き65~70℃付近にピークは認められず、これら個体の遺伝的性を正確に判別できた。また、図14は配列番号11のプローブを用いた結果を示す。雄個体では60~65℃付近のパターンがほぼなだらかな右肩下がりの形状あるいはゆるやかなピークである一方、雌個体では1個体を除き60~65℃付近のパターンが下方に凹んだ形状であり、これら個体の遺伝的性を正確に判別できた。
従来より実施されている生殖腺目視により雌と判別された一方、本実施例の各試験で雄の融解曲線のパターンを示し、雄と判別された個体は、同一個体である。生殖腺による性判別では、個体採取時に生殖腺等を取り出し投棄する一瞬に生殖腺をみて判別する際の記録ミスの可能性があること、当該個体について複数のプローブとプライマーの組み合わせでPCR増幅と融解曲線の作成が確認できており、かつ全てで雄であるという同じ結果が得られていることから、当該個体については、生殖腺により判別した元々の性別データが誤っていたものと考えられる。
【0055】
比較例1 PCR及び電気泳動による性判別:領域1
実施例1の天然太平洋クロマグロの雄77個体及び雌70個体(計147個体、生殖腺による性判別済み)の各個体より抽出したゲノムDNA(最終濃度0.5ng/μl)を鋳型とし、PrimeSTAR GXL kit(タカラバイオ株式会社製)と、領域1に設計した雄特異的プライマーY2_F1(配列番号14)及びY2_R2(配列番号15)(最終濃度各0.4μM)を用いて、Proflex PCR システム(アプライドバイオシステムズ製)によりPCR反応(98℃10秒、60℃15秒、68℃15秒の反応を35サイクル)を行い、得られたPCR増幅産物を3%アガロースゲルにアプライし、100Vで20分間、電気泳動を行った。
Y2_F1プライマーの3’末端並びに3’末端から3及び10塩基目は一塩基多型の雄特異的対立遺伝子の塩基を有し、Y2_R2プライマーの5’末端から7塩基目は雌雄共通の低頻度多型(A/T)に対応する塩基Wを、3’末端から2及び4塩基目は一塩基多型の雄特異的対立遺伝子の塩基を有する。
電気泳動の結果、143bpのDNA断片の増幅が認められた場合に被験体の遺伝的性は雄であると判定でき、DNA断片の増幅が認められなかった場合に被験体の遺伝的性は雌であると判定することができる。
なお、陰性対照として、塩基配列を確認済の雌個体を用い、陽性対照として、塩基配列を確認済の雄個体を用いた。また、ノンテンプレートコントロール(NTC)として、DNAなしでPCRを行った。さらに、人為的ミスでPCRに失敗し、雄個体から特異的DNA断片が増幅されずに、雌と誤判定されてしまう偽陰性を防止するため、内部陽性対照としてミトコンドリアDNAのND4遺伝子(268bp)について、ND4_Fプライマー(配列番号18)及びND4_Rプライマー(配列番号19)(最終濃度各0.05μM)を用いた以外は、(1)と同様にしてPCR反応及び電気泳動を行った。
各プライマーの配列を表8に示す。
【0056】
【表8】
【0057】
電気泳動の結果、147個体のうち139個体で、雄では特異的な143bpのDNA断片が認められ、雌では当該DNA断片が認められなかった。よって、これら個体の遺伝的性を正確に判別できた。一方、6個体でPCR増幅に失敗し、2個体で雌を雄と誤判別したため、計8個体で性判別ができなかった。なお、陽性対照では143bpのDNA断片が認められ、陰性対照及びNTCでは当該DNA断片が認められなかった。また、内部陽性対照であるND4遺伝子由来の268bpのDNA断片は、全ての個体で確認された。
本比較例の方法では、ゲル電気泳動が必要なため、PCR反応とあわせて、1回の試験あたり実働1時間程度かかる。
【0058】
比較例2 PCR及び電気泳動による性判別:領域2
領域2に設計した表8に示す雄特異的プライマーY3_F1(配列番号16)及びY3_R1(配列番号17)を用いた以外は、比較例1と同様にしてPCR反応及び電気泳動を行った。
Y3_F1プライマーの3’末端及び3’末端から7塩基目は一塩基多型の雄特異的対立遺伝子の塩基を有し、Y3_R1プライマーは欠失領域の上流及び下流の配列を有する。
電気泳動の結果、113bpのDNA断片の増幅が認められた場合に被験体の遺伝的性は雄であると判定でき、DNA断片の増幅が認められなかった場合に被験体の遺伝的性は雌であると判定することができる。
【0059】
電気泳動の結果、147個体のうち139個体で、雄では特異的な113bpのDNA断片が認められ、雌では当該DNA断片が認められなかった。よって、これら個体の遺伝的性を正確に判別できた。一方、6個体でPCR増幅に失敗し、2個体で雌を雄と誤判別したため、計8個体で性判別ができなかった。なお、陽性対照では113bpのDNA断片が認められ、陰性対照及びNTCでは当該DNA断片が認められなかった。また、内部陽性対照であるND4遺伝子由来の268bpのDNA断片は、全ての個体で確認された。
本比較例の方法では、ゲル電気泳動が必要なため、PCR反応とあわせて、1回の試験あたり実働1時間程度かかる。
【0060】
比較例3 PCR及び電気泳動による性判別:領域2
領域2に設計した表7に示す雌雄共通プライマーY3_DEL_F2(配列番号12)及びY3_DEL_R1(配列番号13)を用いた以外は、比較例1と同様にしてPCR反応を行った。その後、得られたPCR増幅産物をマイクロチップ電気泳動装置(MultiNA DNA/RNA分析用マイクロチップ電気泳動装置、DNA-500キット、島津製作所製)を用いて電気泳動した。マイクロチップ電気泳動は、通常のアガロースゲル電気泳動よりも分解能が高い。
Y3_DEL_F2プライマー及びY3_DEL_R1プライマーで増幅されるDNA領域には、雄特異的な連続7塩基の欠失が存在するため、149bpの雌雄共通DNA断片と7塩基短い142bpの雄特異的欠失型DNA断片が認められた場合に被験体の遺伝的性は雄であると判定でき、149bpの雌雄共通DNA断片のみが認められた場合に被験体の遺伝的性は雌であると判定することができる。
【0061】
電気泳動の結果、全147個体で、雄では149bp及び142bpのDNA断片が認められ、雌では149bpのDNA断片のみが認められた。よって、全個体の遺伝的性を正確に判別できた。なお、陽性対照では149bp及び142bpのDNA断片が認められ、陰性対照では149bpのDNA断片のみが認められ、NTCではこれらDNA断片が認められなかった。
本比較例の方法では、高解像度ゲル電気泳動が必要なため、PCR反応とあわせて、1回の試験あたり実働1.5時間程度かかる。
【0062】
実施例1と比較例1~3の結果を表9にまとめる。
【0063】
【表9】
【0064】
本発明のHRM解析による性判別方法は、電気泳動の必要がなく、多検体の並行処理に適しており、かつマグロ類の性を正確に判別できた(実施例1)。一方、従来のPCR及び電気泳動による性判別方法は、性判別精度が若干低い(比較例1及び2)、あるいは性判別精度は高いものの判別に時間を要した(比較例3)。よって、本発明のHRM解析による性判別方法は、従来の性判別方法と比較して、性判別の精度を損なうことなく、短時間で効率的に多検体を処理できるものである。
図1
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【配列表】
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