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  • -山幸ブドウから分離した酵母菌株 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-10-06
(45)【発行日】2023-10-17
(54)【発明の名称】山幸ブドウから分離した酵母菌株
(51)【国際特許分類】
   C12N 1/18 20060101AFI20231010BHJP
   A21D 8/04 20060101ALI20231010BHJP
【FI】
C12N1/18 ZNA
A21D8/04
【請求項の数】 2
(21)【出願番号】P 2019098681
(22)【出願日】2019-05-27
(65)【公開番号】P2020191800
(43)【公開日】2020-12-03
【審査請求日】2022-05-27
【微生物の受託番号】NPMD  NITE P-02881
(73)【特許権者】
【識別番号】504300088
【氏名又は名称】国立大学法人北海道国立大学機構
(73)【特許権者】
【識別番号】596075417
【氏名又は名称】公益財団法人とかち財団
(74)【代理人】
【識別番号】110002480
【氏名又は名称】弁理士法人IPアシスト
(72)【発明者】
【氏名】小田 有二
(72)【発明者】
【氏名】高谷 政宏
【審査官】坂崎 恵美子
(56)【参考文献】
【文献】特開2011-246350(JP,A)
【文献】韓国公開特許第10-2011-0078056(KR,A)
【文献】米国特許出願公開第2016/0205952(US,A1)
【文献】Nerve ZHOU et al.,International Journal of Food Microbiology,2017年,Vol. 250,pp. 45-58
【文献】Valentina MARTIN et al.,Fermentation,2018年,Vol. 4,pp. 1-21
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 1/00-7/08
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
PubMed
Google/Google Scholar
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ンセニアスポラ・ビネエ(Hanseniaspora vineae)TW15(受託番号:NITE P-02881)。
【請求項2】
ハンセニアスポラ・ビネエTW15(受託番号:NITE P-02881)によってパン生地を発酵させる工程を含む、パン類の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、パン製造に使用することで従来品とは異なる風味を備えた製品が得られることを特徴とする酵母菌株に関するものである。
【背景技術】
【0002】
エタノールを主成分とする発酵製品の品質は使用する酵母によって大きく影響を受ける。これは糖をエタノールへと変換する過程において、炭酸ガスとともにアルコール、有機酸、エステル等の代謝産物を放出するためである。このような製造工程においては品質の安定化のために単一の純粋培養したサッカロマイセス(Saccharomyces)属の菌株を接種するのが一般的である。サッカロマイセス属には少なくとも8つの生物種が含まれており、醸造を含む食品産業に使用されているのは圧倒的にサッカロマイセス・セレビシエ(Saccharomyces cerevisiae)に分類される菌株である。
【0003】
しかしながら、原料の殺菌工程がないワイン醸造の発酵中期から後期にはエタノール生成に優れたサッカロマイセス属酵母が優占するものの、発酵初期にハンセニアスポラ(Hanseniaspora)属等のブドウ果実由来の野生酵母が増殖し(非特許文献1)、それがワイン品質の多様化に役立っている。さらに、ブドウ果汁から分離されたハンセニアスポラ・ビネエ(Hanseniaspora vineae)菌株を発酵もろみに接種すると、芳香族化合物の濃度が上昇して好ましい香気を醸し出すという報告もある(非特許文献2)。
【0004】
製パンにおける酵母の役割はパン生地を膨張させることであるが、その基本となる糖の代謝経路は醸造過程と同じであり、ほとんどすべての酵母製品はサッカロマイセス・セレビシエ菌株が使用されている。しかしながら、これらは同一種であるため、差別化された香りや味を醸し出すのには限界がある。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【文献】Frontiers in Microbiologys,8,532,2017
【文献】Journal of Agricultural and Food Chemistry,64,4574-4583,2016
【文献】Fronters in Microbiology,7,338,2016
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、パン製造に使用することで従来品とは異なる香りや味を備えた製品が得られることを特徴とする酵母菌株に関するものである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記の目的を達成するためには、ハンセニアスポラ・ビネエを製パンに適用すればよい。本発明者はこれらの点について鋭意研究した結果、ワイン醸造用ブドウ品種「山幸」の果実から分離したハンセニアスポラ・ビネエTW15が異性化糖を糖源とした製パンに適用可能な発酵力を備えていることを発見し、本発明を完成させた。
【0008】
すなわち、本発明は以下の事項に関する。
(1)ワイン醸造用ブドウ品種「山幸」の果実から分離したハンセニアスポラ・ビネエTW15(受託番号:NITE P-02881)
(2) (1)に記載した酵母菌株を使用することを特徴とするパン類の製造方法
(3)(2)に記載した製造方法で出来上がったパン類
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1】26S rDNA-D1/D2領域(570塩基)の配列を決定し、その情報をインターネット上のBLASTプログラムに入力してホモロジー検索を行うと、ハンセニアスポラ・ビネエCBS2171の配列(日本DNAデータバンク アクセッション番号KY107860)と完全に一致した(図)。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明のハンセニアスポラ・ビネエTW15(受託番号:NITE P-02881)は、2016年10月に北海道中川郡池田町で採取した山幸ブドウから分離した酵母菌株であり、次のような性質を示す。
【0011】
(1)形態学的性質
YPD液体培地(乾燥酵母エキス1.0%、ハイポリペプトン2.0%、グルコース2.0%)で30℃、1日間培養したときの細胞はレモン形または楕円形で、大きさは4~6μm × 8~13μmで、両極出芽する。また、YPD寒天培地で30℃、1日間培養したときのコロニーは淡褐色で、光沢がある。
【0012】
(2)生理的性質
温度20~30℃で生育する。
【0013】
(3)糖の発酵性
【表1】
【0014】
(4)炭素源の資化性
【表2】
【0015】
(5)26S rDNA-D1/D2領域の塩基配列
26S rDNA-D1/D2領域(570塩基)の配列を決定し、その情報をインターネット上のBLASTプログラムに入力してホモロジー検索を行うと、ハンセニアスポラ・ビネエCBS2171の配列(日本DNAデータバンク アクセッション番号KY107860)と完全に一致した(図)。
【実施例
【0016】
<実施例1>
本発明の菌株ハンセニアスポラ・ビネエTW15および独立行政法人製品評価技術基盤機構バイオテクノロジーセンター(NBRC)保有のハンセニアスポラ・ビネエ7株を培養して菌体収量を調べるとともに、培養菌体を使用して液体発酵力を測定した。この液体発酵力とは酵母の製パンに必要とされる生地発酵力の簡便な評価方法である。なお、ハンセニアスポラ・ビネエはスクロースを発酵できないため、すべての実験において発酵用糖源としては異性化糖(果糖ブドウ糖液糖)に相当するフルクトースとグルコースの混合物(55:45)を使用した。また、対照菌株としてはサッカロマイセス・セレビシエHP467(市販汎用パン酵母製品からの分離菌株)を使用した。
【0017】
各菌株を50ml三角フラスコ中の種培地(酵母エキス1.0%、ポリペプトン2.0%、グルコース2.0%)10mlで30℃、24時間旋回振盪培養(150rpm)し、この種培養液0.6mlを300mlバッフル付き三角フラスコ中の本培地(バクト酵母エキス1.0%、バクトペプトン2.0%、KHPO 0.2%、MgSO・7HO 0.1%、アデカノールLG-294 0.05%、グルコース2.0%)60mlに接種して24時間、30℃で旋回振盪培養(150rpm)した。培養後の菌体は遠心分離で回収し、蒸留水で2回洗浄してから容量7.0mlになるように懸濁した。この懸濁液の1.0mlを105℃、2時間乾燥させて菌体収量を算出するとともに、乾物重量200mg/5mlの菌体懸濁液を調製した。
【0018】
液体発酵力の測定に際して、100ml三角フラスコに糖2.5gとアスパラギン一水和物0.25gを測り取り、塩類溶液(NaHPO・2HO 15.0g,MgSO・7HO 10.0g, KCl 4.0g/L)5.0ml、ビタミン溶液(チアミン塩酸塩 1.0mg、ピリドキシン塩酸塩1.0mg、ニコチン酸1.0mg/L)5.0ml、クエン酸緩衝液(クエン酸三ナトリウム二水和物10.0gを溶解し、10%クエン酸一水和物溶液でpH5.5に調整後、100mlとした溶液)3.0mlを添加し、容量が20mlになるように蒸留水を加えて溶解した。この液体培地に上記の菌体懸濁液5mlを混合し、7.5N硫酸を入れた発酵管を取り付け、30℃の恒温庫内で3時間往復振盪(80rpm)させ、発酵前後の重量差を液体発酵力(mg/3h)として測定した。
【0019】
表3に示したように対照菌株HP467と比較して、ハンセニアスポラ・ビネエ各菌株の菌体収量は1/2以下であったが、液体発酵力は高い菌株が3株あり、その中でTW15は最高の値を示した。以上の結果から、本発明のハンセニアスポラ・ビネエTW15はパン製造に適用可能な能力を備えていることが分かった。
【表3】
【0020】
<実施例2>
本発明の菌株ハンセニアスポラ・ビネエTW15および対照菌株サッカロマイセス・セレビシエHP467の培養菌体を使用して食パンを製造し、それらの品質を比較した。なお、種培養液1.0mlを500mlバッフル付き三角フラスコ中の本培地100mlに接種した以外は実施例1と同様の方法で培養した。培養後の菌体は遠心分離で回収し、蒸留水で2回洗浄してから乾燥させた吸収板の上に数分間置いて培養湿菌体を得た。培養菌体の固形分は約30%になるが、一部を乾燥させて正確な数値を算出し、以下の実験では固形分33%に換算した重量として培養菌体を製パン試験に使用した。
【0021】
次に小麦粉(強力)250g、バター10.0g、糖17.0g、スキムミルク6.0g、食塩5.0g、酵母培養菌体7.0g(固形分33%)、蒸留水 170mlをホームベーカリーSD-BMT1000(パナソニック)に投入し、食パンモード(所要時間:約4時間)で焼成までの工程を自動で行った。焼成したパンは室温で放冷後、重量と容積を測定して比容積(ml/g)を算出した。さらに、これらはポリ袋に入れて室温で一日保存し、ボリューム、形状、焼色、内部形状、やわらかさ、色相、香りおよび味を3段階(非常に良好、良好、やや劣る)で評価した。その結果を表4に示す。対照菌株HP467と比較してTW15でつくったパンはすべての項目で同等またはそれ以上の評価であり、特に香りと味の項目で顕著に優れていた。
【表4】
【産業上の利用可能性】
【0022】
以上説明したように本発明のハンセニアスポラ・ビネエTW15を使用することにより香りと味において優れた食パンが製造することが可能となり、パン類の差別化が図られるようになる。
図1