(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-10-06
(45)【発行日】2023-10-17
(54)【発明の名称】細胞特異的にヌクレアーゼを制御する方法
(51)【国際特許分類】
C12N 15/55 20060101AFI20231010BHJP
C12M 1/00 20060101ALI20231010BHJP
C12N 15/09 20060101ALI20231010BHJP
C12N 15/113 20100101ALI20231010BHJP
C12N 15/31 20060101ALI20231010BHJP
【FI】
C12N15/55 ZNA
C12M1/00 A
C12N15/09 110
C12N15/113 130Z
C12N15/31
(21)【出願番号】P 2018524954
(86)(22)【出願日】2017-05-18
(86)【国際出願番号】 JP2017018742
(87)【国際公開番号】W WO2018003339
(87)【国際公開日】2018-01-04
【審査請求日】2020-04-24
【審判番号】
【審判請求日】2022-04-28
(31)【優先権主張番号】P 2016126944
(32)【優先日】2016-06-27
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 〔公開場所〕 電気通信回線を通じての公開 http://cira-isscr2016.com/poster/abstracts.pdf 〔公開年月日〕 平成28年3月21日
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 〔公開場所〕 CiRA/ISSCR International Symposium 2016 京都大学 百周年時計台記念館 〔公開年月日〕 平成28年3月23日
(73)【特許権者】
【識別番号】504132272
【氏名又は名称】国立大学法人京都大学
(74)【代理人】
【識別番号】100099623
【氏名又は名称】奥山 尚一
(74)【代理人】
【識別番号】100125380
【氏名又は名称】中村 綾子
(74)【代理人】
【識別番号】100142996
【氏名又は名称】森本 聡二
(74)【代理人】
【氏名又は名称】有原 幸一
(72)【発明者】
【氏名】齊藤 博英
(72)【発明者】
【氏名】弘澤 萌
【合議体】
【審判長】加々美 一恵
【審判官】飯室 里美
【審判官】吉森 晃
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2015/168547(WO,A2)
【文献】国際公開第2015/006747(WO,A2)
【文献】国際公開第2016/010119(WO,A1)
【文献】国際公開第2016/040395(WO,A1)
【文献】弘澤萌 他,人工RNAを基盤としたCRISPER/Cas9 Systemの構築,日本RNA学会年会要旨集,2015年,Vol.17th,p.243, #P-125
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N
BIOSIS/MEDLINE/CAplus/EMBASE(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ヌクレアーゼをコードするmiRNA応答性mRNAを、細胞に導入する工程を含む、
未分化細胞特異的にヌクレアーゼを制御する方法であって、当該miRNA応答性mRNAが下記:
(i)
miR-302a標的配列、および
(ii) 前記ヌクレアーゼのコード領域に対応する核酸配列
を含み、(i)の核酸配列が前記miRNA応答性mRNAの5'UTRに含まれる、方法。
【請求項2】
前記ヌクレアーゼが、Cas9タンパク質であり、
さらに、前記ヌクレアーゼの標的遺伝子によって特異的に認識されるガイド配列を備えるsgRNAを前記細胞に導入する工程を含む、請求項
1に記載の方法。
【請求項3】
(i)
miR-302a標的配列、および
(ii) ヌクレアーゼのコード領域に対応する核酸配列
を含む、miRNA応答性mRNAであって、(i)の核酸配列が前記miRNA応答性mRNAの5'UTRに含まれる、miRNA応答性mRNA。
【請求項4】
前記ヌクレアーゼが、Cas9タンパク質である、請求項
3に記載のmiRNA応答性mRNA。
【請求項5】
請求項
4に記載のmiRNA応答性mRNAと、
前記ヌクレアーゼの標的遺伝子によって特異的に認識されるガイド配列を備えるsgRNAと
を含む、細胞特異的にヌクレアーゼを制御するためのキット。
【請求項6】
a)ヌクレアーゼをコードするトリガータンパク質応答性mRNAと、
b)前記トリガータンパク質をコードするmiRNA応答性mRNAと
を、細胞に導入する工程を含む、細胞特異的にヌクレアーゼを制御する方法であって、
前記a)ヌクレアーゼをコードするタンパク質応答性mRNAが下記:
(ia) 前記タンパク質に特異的に結合する核酸配列と、
(iia) 前記ヌクレアーゼのコード領域に対応する核酸配列と
を含み
前記b)トリガータンパク質をコードするmiRNA応答性mRNAが下記:
(ib) miRNAによって特異的に認識される核酸配列と、
(iib) 前記トリガータンパク質のコード領域に対応する核酸配列を含む、方法。
【請求項7】
前記トリガータンパク質が、L7Aeタンパク質もしくは前記(ia)の核酸配列との解離定数Kdが、0.1nM~1μMの範囲内にあるその変異体を含む、請求項
6に記載の方法。
【請求項8】
前記miRNAによって特異的に認識される核酸配列が、miR-302a標的配列またはmiR-21標的配列のいずれかである、請求項
6または7に記載の方法。
【請求項9】
前記ヌクレアーゼが、Cas9タンパク質であり、
さらに、前記ヌクレアーゼの標的遺伝子によって特異的に認識されるガイド配列を備えるsgRNAを前記細胞に導入する工程を含む、請求項
6~8のいずれか1項に記載の方法。
【請求項10】
未分化細胞特異的にヌクレアーゼを制御する、請求項
9に記載の方法。
【請求項11】
前記未分化細胞が、miR-302aを発現する細胞である、請求項
10に記載の方法。
【請求項12】
前記a)トリガータンパク質をコードするタンパク質応答性mRNAが、(ia) および(iia) が5'から3'の方向に連結されている核酸配列を含み、
前記b)ヌクレアーゼをコードするmiRNA応答性mRNAが、(ib)および(iib)が5'から3'の方向に連結されている核酸配列を含む、請求項
6~11のいずれか1項に記載の方法。
【請求項13】
a)下記を含むヌクレアーゼをコードするトリガータンパク質応答性mRNA:
(ia) 前記タンパク質に特異的に結合する核酸配列、及び
(iia) 前記ヌクレアーゼのコード領域に対応する核酸配列と、
b)下記を含むトリガータンパク質をコードするmiRNA応答性mRNA:
(ib) miRNAによって特異的に認識される核酸配列、及び
(iib) 前記トリガータンパク質のコード領域に対応する核酸配列と
を含むヌクレアーゼ制御剤。
【請求項14】
前記トリガータンパク質が、L7Aeタンパク質もしくは(ia)の核酸配列との解離定数Kdが、0.1nM~1μMの範囲内にあるその変異体を含む、請求項
13に記載のヌクレアーゼ制御剤。
【請求項15】
前記トリガータンパク質をコードするmiRNA応答性mRNAにおいて、前記miRNAによって特異的に認識される核酸配列が、miR-302a標的配列またはmiR-21標的配列のいずれかである、請求項
13または14に記載のヌクレアーゼ制御剤。
【請求項16】
前記トリガータンパク質応答性mRNAにおいて、前記ヌクレアーゼが、Cas9タンパク質である、請求項
13~15のいずれか1項に記載のヌクレアーゼ制御剤。
【請求項17】
請求項
13~16のいずれか1項に記載のヌクレアーゼ制御剤と、
前記ヌクレアーゼの標的遺伝子によって特異的に認識されるガイド配列を備えるsgRNAと
を含む、細胞特異的にヌクレアーゼを制御するためのキット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は細胞特異的にヌクレアーゼを制御する方法、及び当該方法に用いるmiRNA-responsive mRNAに関する。
【背景技術】
【0002】
CRISPR/Cas9 Systemは、ヌクレアーゼであるCas9蛋白質(Cas9)と標的配列に相補的な20塩基を組み込んだシングルガイドRNA(sgRNA)により、目的遺伝子を切断するものである(例えば、非特許文献1を参照)。近年、このCRISPR/Cas9 Systemを細胞治療に用いようとする動向がある。例えば、ガン細胞特異的プロモーターの支配下にCas9遺伝子やsgRNAを置くことでガン細胞特異的にCRISPR/Cas9 Systemを起動させ細胞死を誘発させるというものである(例えば、非特許文献2を参照)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【文献】Le Cong et al., Science 339, 819 (2013)
【文献】Yuchen Liu et al. Yuchen Liu et al. 1466996882191_0 5, 2014
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかし、CRISPR/Cas9 Systemを用いたCas9とsgRNAの細胞内導入には、プラスミドが用いられてきたため、それらがゲノムに挿入され変異が生じる危険性があった。また、プロモーターを用いる方法には、(1)プロモーターの特異性が低い(ガン特異的に高発現する一方で、正常細胞での多少発現してしまうことがある)、(2)ガン細胞特異的プロモーターは一般的に遺伝子発現が弱い、という問題点がある。上記技術は、これらを解決するために遺伝子回路(AND gate)を用いる方法を試みたが、(1)適切なプロモーター同士の組み合わせを探す必要がある、(2)プロモーターを変えるために、その都度、プラスミドを作製する必要がある、という問題が挙げられる。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者らは上記の課題を解決すべく鋭意検討を行った結果、本発明者らにより開発されてきたmiRNAによって特異的に認識される核酸配列を、ヌクレアーゼをコードする核酸配列と連動して用いることにより、上記課題を解決し、細胞特異的なmiRNAに応答してヌクレアーゼの活性を制御する方法とすることを見出した。
【0006】
すなわち、本発明は次に記載の事項を提供するものである。
[1] ヌクレアーゼをコードするmiRNA応答性mRNAを、細胞に導入する工程を含む、細胞特異的にヌクレアーゼを制御する方法であって、当該miRNA応答性mRNAが下記:
(i) miRNAによって特異的に認識される核酸配列、および
(ii) 前記ヌクレアーゼのコード領域に対応する核酸配列を含む、方法。
[2] 前記miRNAによって特異的に認識される核酸配列が、miR-302a標的配列またはmiR-21標的配列のいずれかである、[1]に記載の方法。
[3] 前記ヌクレアーゼが、Cas9タンパク質またはその変異体であり、
さらに、前記ヌクレアーゼの標的遺伝子によって特異的に認識されるガイド配列を備えるsgRNAを前記細胞群に導入する工程を含む、[1]または[2]に記載の方法。
[4] 未分化細胞特異的にヌクレアーゼを制御する、[3]に記載の方法。
[5] 前記未分化細胞が、miR-302aを発現する細胞である、[4]に記載の方法。
[6] 前記miRNA応答性mRNAが、(i)および(ii)が5'から3'の方向に連結されている核酸配列を含む、[1]から[5]のいずれか1項に記載の方法。
[7] (i) miRNAによって特異的に認識される核酸配列、および
(ii) ヌクレアーゼのコード領域に対応する核酸配列を含む、miRNA応答性mRNA。
[8] 前記miRNAによって特異的に認識される核酸配列が、miR-302a標的配列またはmiR-21標的配列のいずれかである、[7]に記載のmiRNA応答性mRNA。
[9] 前記ヌクレアーゼが、Cas9タンパク質またはその変異体である、[7]または[8]に記載のmiRNA応答性mRNA。
[10] [9]に記載のmiRNA応答性mRNAと、
前記ヌクレアーゼの標的遺伝子によって特異的に認識されるガイド配列を備えるsgRNAと
を含む、細胞特異的にヌクレアーゼを制御するためのキット。
[11] a)ヌクレアーゼをコードするトリガータンパク質応答性mRNAと、
b)前記トリガータンパク質をコードするmiRNA応答性mRNAと
を、細胞に導入する工程を含む、細胞特異的にヌクレアーゼを制御する方法であって、
前記a)ヌクレアーゼをコードするタンパク質応答性mRNAが下記:
(ia) 前記タンパク質に特異的に結合する核酸配列と、
(iia) 前記ヌクレアーゼのコード領域に対応する核酸配列と
を含み
前記b)トリガータンパク質をコードするmiRNA応答性mRNAが下記:
(ib) miRNAによって特異的に認識される核酸配列と、
(iib) 前記トリガータンパク質のコード領域に対応する核酸配列を含む、方法。
[12] 前記トリガータンパク質が、L7Aeタンパク質もしくはその誘導体を含み、前記タンパク質に特異的に結合する核酸配列が、K-turn配列もしくはその誘導体を含む、[11]に記載の方法。
[13] 前記miRNAによって特異的に認識される核酸配列が、miR-302a標的配列またはmiR-21標的配列のいずれかである、[11]または[12]に記載の方法。
[14] 前記ヌクレアーゼが、Cas9タンパク質またはその変異体であり、
さらに、前記ヌクレアーゼの標的遺伝子によって特異的に認識されるガイド配列を備えるsgRNAを前記細胞に導入する工程を含む、[11]~[13]のいずれか1項に記載の方法。
[15] 未分化細胞特異的にヌクレアーゼを制御する、[14]に記載の方法。
[16] 前記未分化細胞が、miR-302aを発現する細胞である、[15]に記載の方法。
[17] 前記a)トリガータンパク質をコードするタンパク質応答性mRNAが、(ia) および(iia) が5'から3'の方向に連結されている核酸配列を含み、
前記b)ヌクレアーゼをコードするmiRNA応答性mRNAが、(ib)および(iib)が5'から3'の方向に連結されている核酸配列を含む、[11]~[16]のいずれか1項に記載の方法。
[18] a)下記を含むヌクレアーゼをコードするトリガータンパク質応答性mRNA:
(ia) 前記タンパク質に特異的に結合する核酸配列、及び
(iia) 前記ヌクレアーゼのコード領域に対応する核酸配列と、
b)下記を含むトリガータンパク質をコードするmiRNA応答性mRNA:
(ib) miRNAによって特異的に認識される核酸配列、及び
(iib) 前記トリガータンパク質のコード領域に対応する核酸配列と
を含むヌクレアーゼ制御剤。
[19] 前記トリガータンパク質が、L7Aeタンパク質もしくはその誘導体を含み、前記タンパク質に特異的に結合する核酸配列が、K-turn配列もしくはその誘導体を含む、[18]に記載のヌクレアーゼ制御剤。
[20] 前記トリガータンパク質をコードするmiRNA応答性mRNAにおいて、前記miRNAによって特異的に認識される核酸配列が、miR-302a標的配列またはmiR-21標的配列のいずれかである、[18]または[19]に記載のヌクレアーゼ制御剤。
[21] 前記トリガータンパク質応答性mRNAにおいて、前記ヌクレアーゼが、Cas9タンパク質またはその変異体である、[18]~[20]のいずれか1項に記載のヌクレアーゼ制御剤。
[22] [18]~[21]のいずれか1項に記載のヌクレアーゼ制御剤と、
前記ヌクレアーゼの標的遺伝子によって特異的に認識されるガイド配列を備えるsgRNAと
を含む、細胞特異的にヌクレアーゼを制御するためのキット。
【発明の効果】
【0007】
本発明に係るヌクレアーゼの制御方法によれば、細胞の状態を示すmiRNAの発現に応答して、ヌクレアーゼ活性を制御することが可能になった。本発明の方法においては、細胞内へのヌクレアーゼの導入をmRNAにより行い、かつ、細胞特異的にヌクレアーゼを制御することができる。ゆえに、安全性や特異性の観点から、臨床への応用が期待される。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【
図1(a)】
図1(a)は、本発明の第1実施形態に用いられる、ヌクレアーゼをコードするmiRNA-responsive mRNAのコンストラクトを示す概念図である。
【
図1(b)】
図1(b)は、microRNA (miRNA)-responsive CRISPR/Cas9 Systemにおける、miRNA-応答性 cas9 mRNAの反応機構を示す概念図である。
【
図2(a)】
図2(a)は、HeLa細胞に導入したmiRNA-responsive CRISPR/Cas9 mRNAによる、蛍光遺伝子のノックアウトを、蛍光画像により示した写真である。
【
図2(b)】
図2(b)は、HeLa細胞に導入したmiRNA-responsive CRISPR/Cas9 mRNAによる、蛍光遺伝子のノックアウトを、ヒストグラムにより示した図である。
【
図2(c)】
図2(c)は、
図2(b)に示すヒストグラムのGFP negative populationをCas9 activityとして定義したグラフである。
【
図3】
図3は、HeLa細胞に導入されたmiR-21-responsive Cas9 mRNAが、HeLa細胞内在性のmiR-21により翻訳抑制され、Cas9の発現が制御されたことを示すグラフである。
【
図4(a)】
図4(a)は、iPS細胞に導入されたmiR-302a-responsive Cas9 mRNAがiPS細胞の内在性のmiR-302aにより翻訳抑制されたことを、EGFP activity assayより算出したCas9 activityを示すグラフである。
【
図4(b)】
図4(b)は、miR-302a-responsive Cas9 mRNA をiPS細胞に導入した場合のT7E1 assayの結果を示すゲル画像であり、ゲル画像およびその定量値は、Cas9 activityとGFP negative populationに相関性があることを示している。
【
図4(c)】
図4(c)は、
図4(b)に示すゲル画像より算出したindels (Cas9 activity)を示すグラフである。
【
図5】
図5(a)は、Cell killing systemの概略図であり、
図5(b)は、miR-21-responsive Cas9 mRNA及びAluIを標的としたsgRNAをHeLa細胞に導入した場合の細胞死誘導割合を示すグラフである。
【
図6(a)】
図6(a)は、miR-302a-responsive Cas9 mRNA をmDA細胞に導入した場合の、EGFP activity assayより算出したRelative Cas9 activityを示すグラフである。
【
図6(b)】
図6(b)は、miR-302a-responsive Cas9 mRNA をmDA細胞に導入した場合のT7E1 assayのゲル画像である。
【
図6(c)】
図6(c)は、T7E1 assay に基づくRelative Cas9 activity を示すグラフである。
【
図7(a)】
図7(a)は、iPS_GFP と HeLa_GFPのco-cultureを、GFP knockout による蛍光強度の変化により評価した結果を示す。
【
図7(b)】
図7(b)は、
図7(a)の結果に基づいて算出されるCas9 activity を示すグラフである。
【
図8(a)】
図8(a)は、本発明の第2実施形態に用いられる、トリガータンパク質をコードするmiRNA応答性mRNAと、ヌクレアーゼをコードするトリガータンパク質応答性mRNAとの2つのコンストラクトを示す概念図である。
【
図8(b)】
図8(b)は、第2実施形態のmRNAのセットを導入することで、HeLa細胞の内在性のmiR-21により、Cas9活性が上昇したことを示すグラフである。
【
図8(c)】
図8(c)は、
図8(a)に概略的に示すトリガータンパク質をコードするmiRNA応答性mRNAと、ヌクレアーゼをコードするトリガータンパク質応答性mRNAとの2つのコンストラクトを用いた場合に、細胞内のmiRNAに応答して、Cas9活性を上昇させたことを示すグラフである。
【
図9(a)】
図9(a)は、miR-21、の発現レベルを HeLa-EGFP, iPS-EGFP, mDA-EGFPでそれぞれ測定した結果を示す。
【
図9(b)】
図9(b)は、miR-302aの発現レベルを HeLa-EGFP, iPS-EGFP, mDA-EGFPでそれぞれ測定した結果を示す。
【
図10】
図10は、Control Cas9 mRNAとmiR-21-responsive Cas9 mRNAとmiR-302a-responsive Cas9 mRNAをHeLa細胞に導入(sgRNAも一緒に導入)し、Cas9タンパク質の発現に影響があるのかをSimple Western (Wes) により検討した結果を示す。
【
図11(a)】
図11(a)は、PCR産物のシーケンシングのスキームズであり、標的配列周辺の配列を示している
【
図11(b)】
図11(b)は、PCR産物において、EGFP遺伝子の標的領域に変異が入っていることを示している
【
図12(a)】
図12(a)は、miR-21により機能が制御されていることが知られている遺伝子の発現変動をHeLa-EGFP細胞を用いてqPCRにより検証した結果を示す。
【
図12(b)】
図12(b)は、miR-302aにより機能が制御されていることが知られている遺伝子の発現変動をiPS-EGFP細胞を用いてqPCRにより検証した結果を示す。
【
図13(a)】
図13(a)は、BFP mRNA及びsgRNAのそれぞれによる HeLa-EGFPのトランスフェクション効率を示す。
【
図13(b)】
図13(b)は、BFP mRNA及びsgRNAのそれぞれによるiPS-EGFPのトランスフェクション効率を示す。
【
図14(a)】
図14(a)は、EGFPを標的としたsgRNAの5’末端から「GG」を除いた時のCas9活性を示す。
【
図14(b)】
図14(b)は、Cas9活性のリークを減らすために、miR-302 responsive Cas9 mRNAを改変し、4x miR-302 responsive Cas9 mRNAにした場合の結果を示す。
【
図15(a)】
図15(a)は、4x miR-302 responsive Cas9 mRNAを導入した細胞の写真を示す。
【
図15(b)】
図15(b)は、4x miR-302 responsive Cas9 mRNAを導入した細胞におけるCas9 Activityのヒストグラムを示す。
【
図15(c)】
図15(c)は、4x miR-302 responsive Cas9 mRNAを導入した細胞におけるCas9 Activityの定量結果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下に本発明を、実施態様を示して詳細に説明する。しかしながら、本発明は以下の実施態様に限定されるものではない。
【0010】
本発明は、細胞特異的にヌクレアーゼを制御する方法を提供するものである。細胞特異的にヌクレアーゼを制御する方法は、少なくとも、miRNAによって特異的に認識される核酸配列を、ヌクレアーゼをコードする核酸配列と連動して用いることによる。例えば、miRNAによって特異的に認識される核酸配列と、ヌクレアーゼをコードする核酸配列とを1つのmRNAに含めて細胞特異的にヌクレアーゼを制御することができる。あるいは、miRNAによって特異的に認識される核酸配列を含むmRNAと、ヌクレアーゼをコードする核酸配列を含むmRNAとを別個に含み、これらの組み合わせにより細胞特異的にヌクレアーゼを制御することができる。以下に、実施の形態に分けて記載する。
【0011】
[第1実施形態:OFF switchヌクレアーゼ制御]
本発明は、一実施形態によれば、細胞特異的にヌクレアーゼを制御する方法であって、ヌクレアーゼをコードするmiRNA応答性mRNAを細胞に導入する工程を含む。本発明において、細胞特異的にヌクレアーゼを制御するとは、細胞内在性のmiRNAの発現状態に基づいて、ヌクレアーゼの活性を制御することをいう。
【0012】
本発明における、細胞とは、特に限定されるものではなく任意の細胞であってよい。例えば、多細胞生物種から採取した細胞であってもよく、単離された細胞を培養することによって得られる細胞であってもよい。当該細胞は、特には、哺乳動物(例えば、ヒト、マウス、サル、ブタ、ラット等)採取した細胞、若しくは哺乳動物より単離された細胞又は哺乳動物細胞株を培養することによって得られる細胞である。体細胞としては、例えば、角質化する上皮細胞(例、角質化表皮細胞)、粘膜上皮細胞(例、舌表層の上皮細胞)、外分泌腺上皮細胞(例、乳腺細胞)、ホルモン分泌細胞(例、副腎髄質細胞)、代謝・貯蔵用の細胞(例、肝細胞)、境界面を構成する内腔上皮細胞(例、I型肺胞細胞)、内鎖管の内腔上皮細胞(例、血管内皮細胞)、運搬能をもつ繊毛のある細胞(例、気道上皮細胞)、細胞外マトリックス分泌用細胞(例、線維芽細胞)、収縮性細胞(例、平滑筋細胞)、血液と免疫系の細胞(例、Tリンパ球)、感覚に関する細胞(例、桿細胞)、自律神経系ニューロン(例、コリン作動性ニューロン)、感覚器と末梢ニューロンの支持細胞(例、随伴細胞)、中枢神経系の神経細胞とグリア細胞(例、星状グリア細胞)、色素細胞(例、網膜色素上皮細胞)、およびそれらの前駆細胞(組織前駆細胞)等が挙げられる。
細胞の分化の程度や細胞を採取する動物の齢などに特に制限はなく、未分化な前駆細胞(体性幹細胞も含む)であっても、最終分化した成熟細胞であっても、同様に本発明における細胞として用いることができる。ここで未分化な前駆細胞としては、たとえば神経幹細胞、造血幹細胞、間葉系幹細胞、歯髄幹細胞等の組織幹細胞(体性幹細胞)が挙げられる。
【0013】
本発明における細胞は、前期体細胞を採取後に人為的な操作を加えた細胞であってよく、例えば、前記体細胞から調製したiPS細胞を含んでなる細胞群であり、あるいはES 細胞やiPS細胞などによって例示される多能性幹細胞を分化させた後に得られる細胞群であって、所望する細胞以外に分化された細胞を含み得る細胞群であってもよい。本発明における細胞は、特には生存状態にあることが好ましい。本発明において、細胞が生存状態にあるとは、代謝能を維持した状態の細胞を意味する。本発明においては、細胞にmiRNA応答性mRNAを導入した後にも、その生来の特性を失うことなく、生存状態のまま、特に分裂能を維持したまま、続く用途に用いることができる細胞である。
【0014】
上記のような細胞において、細胞内で発現されるmiRNAの種類や量は、細胞種に特異的であることが知られている。本発明においては、以下に詳述する、ヌクレアーゼをコードするmiRNA応答性mRNAを用いることにより、細胞内で発現されるmiRNAに応答して、ヌクレアーゼの活性を制御することができる。ヌクレアーゼの活性を制御するとは、ヌクレアーゼの発現量を低下させ、あるいは増加させて、これにより、ヌクレアーゼの活性を低下させ、あるいは上昇させることをいう。
【0015】
miRNA-応答性mRNA
本発明において、ヌクレアーゼをコードするmiRNA応答性mRNAは、miRNA-responsive mRNA、あるいはmiRNAスイッチとも言い、以下の(i)および(ii)の核酸配列を含むmRNAを意味する:(i) miRNAによって特異的に認識される核酸配列、および(ii) ヌクレアーゼのコード領域に対応する核酸配列。
当該(i)miRNAによって特異的に認識される核酸配列と(ii) ヌクレアーゼのコード領域に対応する核酸配列は、機能的に連結されている。
図1(a)は、本発明に係る方法において使用しうるmiRNA-responsive mRNAの一例を模式的に示す図である。当該miRNA-responsive mRNAにおいては、5'UTRにmiRNAに応答する配列が組みこまれ、蛋白質コーディングリージョンにヌクレアーゼをコードする遺伝子が挿入されている。
【0016】
本発明における「miRNA」とは、mRNAからタンパク質への翻訳の阻害やmRNAの分解を通して、遺伝子の発現調節に関与する、細胞内に存在する短鎖(20-25塩基)のノンコーディングRNAである。このmiRNAは、miRNAとその相補鎖を含むヘアピンループ構造を取ることが可能な一本差のpri-miRNAとして転写され、核内にあるDroshaと呼ばれる酵素により一部が切断されpre-miRNAとなって核外に輸送された後、さらにDicerによって切断されて機能する。
【0017】
(i)のmiRNAとしては、ある特定の細胞においてヌクレアーゼ活性を制御、特にはヌクレアーゼの発現を抑制または活性化することを目的として、その細胞で特異的に発現している、あるいは特異的に発現していないmiRNAを適宜選択することができる。特異的に発現しているmiRNAとは、他の細胞と比較してある特定の細胞において、10%以上、20%以上、30%以上、40%以上、50%以上、60%以上、70%以上、80%以上、90%以上あるいはそれ以上の割合で高く発現しているmiRNAが例示される。このようなmiRNAは、データベースの情報(例えば、http://www.mirbase.org/又はhttp://www.microrna.org/)に登録されたmiRNA、及び/または当該データベースに記載されている文献情報に記載されたmiRNAより適宜選択することができる
【0018】
本発明において、miRNAによって特異的に認識される核酸配列は、例えば、当該miRNAに完全に相補的な配列であることが好ましい。あるいは、当該miRNAにおいて認識され得る限り、完全に相補的な配列との不一致(ミスマッチ)を有していても良い。当該miRNAに完全に相補的な配列からの不一致は、所望の細胞において、通常にmiRNAが認識し得る不一致であれば良く、生体内における細胞内の本来の機能では、40~50% 程度の不一致があっても良い。このような不一致は、特に限定されないが、1塩基、2塩基、3塩基、4塩基、5塩基、6塩基、7塩基、8塩基、9塩基、若しくは10塩基又は全認識配列の1%、5%、10%、20%、30%、若しくは40%の不一致が例示される。また、特には、細胞が備えているmRNA 上のmiRNA標的配列のように、特に、シード領域以外の部分に、すなわち miRNA の 3' 側 16 塩基程度に対応する、標的配列内の 5' 側の領域に、多数の不一致を含んでもよく、シード領域の部分は、不一致を含まないか、1塩基、2塩基、若しくは3塩基の不一致を含んでもよい。このような配列は、RISCが特異的に結合する塩基数を含む塩基長であればよく、長さは別段限定されないが、好ましくは、18塩基以上、24塩基未満の配列、より好ましくは、20塩基以上、22塩基未満の配列である。本発明において、miRNAによって特異的に認識される核酸配列は、所望の細胞および他の細胞へ当該配列を有するmiRNA-responsive mRNAを導入し、所望の細胞においてのみ対応するマーカー遺伝子の発現が抑制されることを確認することによって、適宜決定して用いることができる。
【0019】
本発明において使用される前記(ii)の「ヌクレアーゼのコード領域に対応する核酸配列」とは、細胞内で翻訳されて核酸を分解する酵素として機能するタンパク質をコードする遺伝子である。ヌクレアーゼのコード領域に対応する核酸配列としては、一例としては、Clustered Regularly Interspaced Short Palindromic Repeats-AssociatedProteins 9(Cas9)をコードする遺伝子、転写活性化因子様エフェクターヌクレアーゼ(TALEN)コードする遺伝子、ホーミングエンドヌクレアーゼをコードする遺伝子、ジンクフィンガーヌクレアーゼをコードする遺伝子を含むが、これらに限定されない。なお、いずれのヌクレアーゼについても、同様の機能を備える変異体や誘導体を用いることもでき、例えば、Cas9変異体をコードする遺伝子またはCas9変異体融合タンパク質をコードする遺伝子も、ヌクレアーゼのコード領域に対応する核酸配列に含まれる。また、これらのヌクレアーゼは、ヌクレアーゼにより分解する標的核酸に特異的に設計することができる。なお、ヌクレアーゼがCas9の場合には、sgRNAを、ヌクレアーゼにより分解する標的核酸に特異的に設計する。詳細は後述する。
【0020】
本発明において、miRNAによって特異的に認識される核酸配列とヌクレアーゼのコード領域に対応する核酸配列が機能的に連結されるとは、ヌクレアーゼをコードするオープンリーディングフレーム(ただし、開始コドンを含む。)の5'UTR内、3'UTR内、及び/または当該オープンリーディングフレーム内に、少なくとも1つのmiRNAの標的配列を備えることを意味する。miRNA-responsive mRNAは、好ましくは、5'末端から、5'から3'の向きに、Cap構造(7メチルグアノシン5'リン酸)、ヌクレアーゼをコードするオープンリーディングフレーム並びに、ポリAテイルを備え、5'UTR内、3'UTR内、及び/またはオープンリーディングフレーム内に少なくとも1つのmiRNAの標的配列を備える。mRNAにおけるmiRNAの標的配列の位置は、5'UTRであっても、3'UTRであってもよく、オープンリーディングフレーム内(開始コドンの3'側)であってもよく、これらのすべてにmiRNAの標的配列を備えていてもよい。したがって、miRNA標的配列の数は、1つ、2つ、3つ、4つ、5つ、6つ、7つ、8つあるいはそれ以上であっても良い。
【0021】
好ましくは、miRNA-responsive mRNAは、(i)および(ii)の核酸配列が、5'から3'の方向にこの順序で連結されている。このとき、cap構造とmiRNAの標的配列との間の塩基数及び塩基の種類は、ステム構造や立体構造を構成しない限り、任意であってよい。例えば、cap構造とmiRNA標的配列との間の塩基数は、0~50塩基、好ましくは、10~30塩基となるように設計することができる。また、miRNA標的配列と開始コドンとの間の塩基数及び塩基の種類は、ステム構造や立体構造を構成しない限り、任意であってよく、miRNA標的配列と開始コドンと間の塩基数は、0~50塩基、好ましくは、10~30塩基となるような配置にて設計することができる。
【0022】
本発明において、miRNA-responsive mRNA 中のmiRNA標的配列内には、開始コドンとなるAUGが存在しないことが好ましい。例えば、miRNAの標的配列が5'UTRに存在し、かつ、当該標的配列内にAUGを含む場合には、3'側に連結されるマーカー遺伝子との関係上でインフレームとなるように設計されることが好ましい。あるいは、標的配列内にAUGを含む場合、標的配列内のAUGをGUGに変換して使用することも可能である。また、標的配列内のAUGの影響を最小限に留めるために、5'UTR内における標的配列の配置場所を適宜変更することができる。例えば、cap構造と標的配列内のAUG配列との間の塩基数が、0~60塩基、例えば、0~15塩基、10~20塩基、20~30塩基、30~40塩基、40~50塩基、50~60塩基となるような配置にて設計され得る。
【0023】
本発明の方法において、細胞に導入するmiRNA-responsive mRNAは、1種類であってもよく、2種、3種、4種、5種、6種、7種、あるいは8種類以上であってもよい。2種以上のmiRNA-responsive mRNAを導入する場合には、例えば、miRNA標的部位の配列が異なり、異なるmiRNAに応答するmRNAを用いることができる。異なる複数のmiRNA-responsive mRNAを用いることにより、例えば、miRNA-responsive mRNAが導入される細胞群に含まれうる複数種の細胞に対して、ヌクレアーゼの活性を制御することが可能になる。
【0024】
miRNA-responsive mRNAの導入
本発明において、miRNA-responsive mRNAを細胞に導入する方法としてはmRNAの形態で導入することができる。例えばリポフェクション、マイクロインジェクションなどの手法によって体細胞内に導入しても良く、分解を抑制するため、5-メチルシチジンおよびpseudouridine (TriLink Biotechnologies)を取り込ませたRNAを用いても良い(Warren L, (2010) Cell Stem Cell.7:618-630)。修飾塩基の位置は、ウリジン、シチジンいずれの場合も、独立に、全てあるいは一部とすることができ、一部である場合には、任意の割合でランダムな位置とすることができる。あるいは、miRNA-responsive mRNAは、ベクターなどのDNAの形態で導入することもでき、導入法は、上記と同様のものを用いることができる。
【0025】
異なる2種以上のmiRNA-responsive mRNAを導入する場合、あるいはmiRNA-responsive mRNAと、後述するコントロールとなるmRNA(以下、コントロールmRNAとも指称する)とを用いる場合には、複数のmRNAを細胞群に共導入することが好ましい。共導入した2種以上のmRNAの細胞内での割合は個々の細胞で維持されるため、これらのmRNAから発現するタンパク質の活性比は、細胞集団内において一定となるためである。この時の導入量は、導入される細胞群、導入するmRNA、導入方法および導入試薬の種類により異なり、所望の翻訳量のヌクレアーゼを得るために当業者は適宜これらを選択することができる。本発明において、コントロールmRNAとは、miRNAの標的部位を有さないmRNAをいう。すなわち、コントロールmRNAは、細胞内在性のmiRNAの発現量の影響を受けることなく、細胞に導入されて翻訳されるmRNAである。コントロールmRNAは、好ましい態様においては、miRNA-responsive mRNAとともに細胞群に導入されて、miRNA-responsive mRNAが導入された細胞を確認し、識別するためのコントロールとして機能し得る。コントロールmRNAの導入量もまた、所望の翻訳量を得るために当業者は適宜これらを選択することができる。
【0026】
細胞内に導入された当該miRNA-responsive mRNAは、細胞内に、標的配列を特異的に認識するmiRNAが存在すると、翻訳抑制されてヌクレアーゼの発現量が低下し、これによりヌクレアーゼ活性も低下する。したがって、特定のmiRNAを発現する細胞特異的に、ヌクレアーゼ活性を低下させることができる。これにより、ヌクレアーゼの標的となる標的遺伝子の切断活性は低下した状態となり、標的遺伝子の機能への影響が小さい状態となる。一方、細胞内に、標的配列を特異的に認識するmiRNAが存在しないと、miRNA-responsive mRNAは翻訳抑制されることがなく、細胞内でヌクレアーゼが発現する。これにより、当該細胞において、ヌクレアーゼの標的となる標的遺伝子の切断が進行し、当該遺伝子の機能を損なわせることにより、当該遺伝子の機能に関連する細胞の運命を制御することができる。したがって、一例においては、標的配列を特異的に認識するmiRNAが存在しない細胞を、細胞死に至らせることができる。
【0027】
次に、より具体的な例として、ヌクレアーゼとして、Cas9タンパク質を用いる場合の本発明の方法を説明する。本発明は、一実施態様によれば、Cas9タンパク質をコードするmiRNA-responsive mRNAを細胞に導入する工程と、前記Cas9タンパク質の標的配列によって特異的に認識されるガイド配列を備えるsgRNAを細胞に導入する工程とを含む。
図1(b)は、Cas9タンパク質をコードするmiRNA-responsive Cas9 mRNAと、sgRNAとを細胞に導入した場合の、細胞内での作用を模式的に示す図である。miRNA-responsive Cas9 mRNAに結合する標的miRNAが存在しないとき(Target miRNA(-))は、miRNA-responsive mRNAからCas9蛋白質が翻訳される。よって、miRNA-responsive mRNAと共導入したガイド鎖(sgRNA)とCas9蛋白質が複合体を形成し、ゲノム編集、具体的には標的DNAの切断が行われる。標的miRNAが存在するとき(Target miRNA(+))は、標的miRNAがmiRNA-responsive Cas9 mRNA の5'UTRに結合することにより翻訳抑制やmRNA switchの分解が起こり、miRNA-responsive Cas9 mRNAからのCas9蛋白質の翻訳が抑制される。よって、Cas9/sgRNA複合体が形成されないため、ゲノム編集、具体的には標的DNAの切断は行われない。
【0028】
ここで、Cas9タンパク質をコードするmiRNA-responsive mRNAは、先に述べた通りに設計することができる。なお、Cas9タンパク質をコードするmiRNA-responsive mRNA を以下、miRNA-responsive Cas9 mRNA とも表示する。miRNAの一例としては、miR-302a、miR-21が挙げられる。miR-302aは、iPS細胞、ES細胞などの多能性幹細胞内在性のmiRNAとして知られている。したがって、Cas9タンパク質をコードするmiR-302a-responsive mRNAを、iPS細胞などの多能性幹細胞と、分化細胞とを含む細胞群に導入することにより、多能性幹細胞特異的にCas9タンパク質の発現を抑制し、sgRNAの標的遺伝子機能を損なわずに維持することができ、分化細胞においてはCas9タンパク質を機能させて、標的遺伝子を切断することができる。すなわち、細胞の分化の度合い、あるいは細胞の初期化(リプログラミング)状態に応じて、Cas9タンパク質の活性を制御することが可能である。一方、miR-21は、Hela細胞に特異的に発現していることが知られている。これらの配列を下記の表1に示す。また、miR-302a 及びmiR-21により特異的に認識されるmiR標的配列の一例を表2に示す。
【0029】
【0030】
miR-302a標的配列を備え、細胞内在性のmiR-302aに応答してCas9タンパク質の発現が抑制されるmiR-302a-responsive Cas 9 mRNA、及びmiR-21標的配列を備え、細胞内在性のmiR-21に応答してCas9タンパク質の発現が抑制されるmiR-21-responsive Cas 9 mRNAとしては、具体的には、以下の表3に示す配列が挙げられるが、これらには限定されない。表3の配列中、下線部及び二重下線部は、miRNA標的配列を、AUGは開始コドンを、点下線部は3'UTRをそれぞれ示す。
【0031】
【表3A】
【表3B】
【表3C】
【表3D】
【表3E】
【0032】
sgRNAは、Cas9の標的となる遺伝子を特異的に認識する、20程度、例えば、18~22の程度の塩基配列を5'末端近傍に組み込むように設計することができる。Cas9の標的となる遺伝子を特異的に認識する塩基配列は、標的となる遺伝子に完全に相補的な配列であることが好ましい。あるいは、当該標的となる遺伝子において認識され得る限り、完全に相補的な配列との不一致(ミスマッチ)を有していても良い。当該標的となる遺伝子に完全に相補的な配列からの不一致については、miRNAとその標的配列について定義したのと同様であってよい。また、このCas9の標的となる遺伝子を特異的に認識する塩基配列の5’側に、1~5塩基程度の配列があってもよい。さらに、標的となる遺伝子を特異的に認識する塩基配列の3'側の配列は、以下の表4に示す具体的な配列に限定されず、CRISPR/Cas9 Systemにおいて機能することが知られているsgRNAの配列であってよく、Tetraloop,stem loop2, 3’末端を改変した例が知られているが、Cas9とともに、標的遺伝子の切断が可能なものであれば、特定のものには限定されない。
【0033】
例えば、本発明においては、以下の、表4に示すsgRNAを用いることができるが、本発明の方法に使用しうるsgRNAは、これらには限定されない。表4の配列中、下線部は、Cas9の標的遺伝子に相補的な配列を示す。表中、配列番号8は、DMD (Duchenne muscular dystrophy)遺伝子を標的とするsgRNA、配列番号9は、Alu1反復配列を標的とするsgRNA、配列番号10、11は、EGFP遺伝子を標的とするsgRNAである。
【0034】
【0035】
Cas9により、例えば、細胞特異的に細胞死を起こさせるために用いることができる標的配列としては、下記のAlu1反復配列の他、Telomereや(AC)nのような反復配列が挙げられるが、これらには限定されない。
【0036】
上記に従って設計されたmiRNA-responsive Cas9 mRNAとsgRNAとを細胞に導入する工程は、先に説明した方法により実施することができる。また、その際の導入量は、当業者が所望のCas9による機能を発揮するために、適宜決定することができ、限定されるものではない。
【0037】
所望のmiRNA-responsive Cas9 mRNAと、Cas9の標的となる遺伝子配列を特異的に認識するsgRNAとを組み合わせて、キットとすることができる。これにより、例えば、特定のmiRNAを発現する細胞特異的に、Cas9の活性を抑制することができ、特定のmiRNAを発現しない細胞においてのみ、Cas9の活性を維持することができる。一例としては、miR-302aを発現する未分化細胞特異的にCas9の活性を抑制し、miR-302aをほとんど発現しない分化細胞においてはCas9の活性を維持することができる。また、既存のONスイッチとくみあわせることで、特定のmiRNAを発現する細胞特異的に、ゲノム編集することも可能である。
【0038】
[第2実施形態:ON switchヌクレアーゼ制御]
本発明は、第2実施形態によれば、細胞特異的にヌクレアーゼを制御する方法であって、a)ヌクレアーゼをコードするトリガータンパク質応答性mRNAと、b)前記トリガータンパク質をコードするmiRNA応答性mRNAとを細胞に導入する工程を含む。本発明において、細胞特異的にヌクレアーゼを制御するとは、細胞内在性のmiRNAの発現状態に基づいて、ヌクレアーゼの活性を制御することをいう。
【0039】
本実施形態においても、細胞の定義は、先の第1実施形態と同様であり、説明を省略する。本実施形態においては、以下に詳述する、a)ヌクレアーゼをコードするトリガータンパク質応答性mRNAと、b)前記トリガータンパク質をコードするmiRNA応答性mRNAとを用いることにより、細胞内で発現されるmiRNAに応答して、ヌクレアーゼの活性を制御することができる。本実施形態において、ヌクレアーゼの活性を制御するとは、ヌクレアーゼの発現量を増加させて、これにより、ヌクレアーゼの活性を上昇させることをいう。
【0040】
a)ヌクレアーゼをコードするトリガータンパク質応答性mRNA
本実施形態において、ヌクレアーゼをコードする、トリガータンパク質応答性mRNAは、以下の(ia)および(iia)の核酸配列を含むmRNAを意味する:(ia) トリガータンパク質に特異的に結合する核酸配列、および(iia)ヌクレアーゼのコード領域に対応する核酸配列。
当該(ia) トリガータンパク質に特異的に結合する核酸配列と(iia)ヌクレアーゼのコード領域に対応する核酸配列は、機能的に連結されている。
図8(a)のmRNA1は、本発明に係る方法において使用しうるトリガータンパク質応答性mRNAの一例を模式的に示す図である。当該トリガータンパク質応答性mRNAにおいては、5'UTRにトリガータンパク質に応答する配列が組みこまれ、蛋白質コーディングリージョンにヌクレアーゼをコードする遺伝子が挿入されている。
【0041】
(ia)のトリガータンパク質に特異的に結合する核酸配列は、RNA-タンパク質結合モチーフを形成する配列を含むRNAである。RNA-タンパク質結合モチーフを形成する配列を含むRNAとは、天然または既知のRNA-タンパク質複合体における、RNAとタンパク質との結合モチーフに含まれるRNA側、または試験管内進化法(in vitro selection法)により得られた人工的なRNA-タンパク質結合モチーフに含まれるRNA側である。したがって、トリガータンパク質は、RNA-タンパク質結合モチーフを形成する配列を含むRNAとは、天然または既知のRNA-タンパク質複合体における、RNAとタンパク質との結合モチーフに含まれるタンパク質側を含む。
【0042】
天然のRNA-タンパク質結合モチーフを形成する配列は、通常、約5~30塩基で構成されており、特定のアミノ酸配列を保有するタンパク質と、非共有結合的に、すなわち水素結合により、特異的な結合を形成することが知られている。このような天然のRNA-タンパク質結合モチーフを形成する配列は、以下の表5及び表6、及びウェブサイト上で利用できるデータベース:http://gibk26.bse.kyutech.ac.jp/jouhou/image/dna-protein/RNA/RNA.htmlから、所望の構造変化を生ずるモチーフを適宜選択して入手することができる。本実施形態において好ましく用いられるRNA-タンパク質結合モチーフは、X線結晶構造解析またはNMRによる構造解析が既に行われているモチーフ、あるいは構造解析がなされている相同タンパク質の立体構造から立体構造を推定可能なモチーフである。さらに、タンパク質がRNAの二次構造及び塩基配列を特異的に認識するモチーフであることが好ましい。
【0043】
【0044】
【0045】
人工のRNA-タンパク質結合モチーフを形成する配列を含むRNAとは、人工的に設計したRNA-タンパク質複合体における、RNAとタンパク質との結合モチーフ中のRNA側である。このようなRNAの塩基配列は、通常、約10~80塩基で構成されており、特定のタンパク質の特定のアミノ酸配列と、非共有結合的に、すなわち水素結合により、特異的な結合を形成するよう設計する。このような人工的なRNA-タンパク質結合モチーフを形成する配列を含むRNAとしては、特定のタンパク質に特異的に結合するRNAアプタマーが例示される。標的となる所望のタンパク質に対し特異的に結合するRNAアプタマーは、例えば、in vitro selection法またはSELEX法として知られている進化工学的手法より得ることができる。このときのトリガータンパク質は、当該RNAアプタマーが結合するタンパク質となる。例えば、以下の表7に挙げるRNA配列が知られており、これらもまた本発明のRNA-タンパク質結合モチーフを形成する配列として用いることができる。
【0046】
【0047】
本実施形態において、RNA-タンパク質結合モチーフを形成する配列は、対応するトリガータンパク質との解離定数Kdが、約0.1nM~約1μM程度であるものが好ましい。
【0048】
また、これらのRNA-タンパク質結合モチーフを形成する配列自体に加え、このような配列の変異体も本発明による当該配列に包含される。ここでいう変異体とは、RNA-タンパク質結合モチーフを形成する配列に特異的に結合するタンパク質との間の解離定数Kdが10%、20%、30%、40%または50%以上高い変異体もしくは10%、20%、30%、40%または50%以下の変異体である。このような変異体は、RNA-タンパク質複合体が形成できる限り、適宜選択して用いることができる。また、このような変異体の塩基配列は、当該RNA-タンパク質結合モチーフを形成する配列(正鎖)に対する相補的な配列を有する核酸(相補鎖)とストリンジェントな条件でハイブリダイズすることができる程度の塩基配列でもよい。ここでストリンジェントな条件は、Berger and Kimmel(1987,Guide to Molecular Cloning Techniques Methods in Enzymology,Vol.152,Academic Press,San Diego CA)に教示されるように、結合する核酸の融解温度(Tm)に基づいて決定することができる。例えばハイブリダイズ後の洗浄条件として、通常「1×SSC、0.1%SDS、37℃」程度の条件を挙げることができる。相補鎖は、かかる条件で洗浄しても対象とする正鎖とハイブリダイズ状態を維持するものであることが好ましい。特に制限されないが、より厳しいハイブリダイズ条件として「0.5×SSC、0.1%SDS、42℃」程度の洗浄条件、さらに厳しくは「0.1×SSC、0.1%SDS、65℃」程度の洗浄条件で洗浄しても正鎖と相補鎖とがハイブリダイズ状態を維持する条件を挙げることができる。具体的には、上述のRNA-タンパク質結合モチーフに含まれるRNAの配列と少なくとも90%、好ましくは少なくとも95%、96%、97%、98%または99%の配列同一性を有する塩基配列からなる。かかる変異体は、RNA-タンパク質結合モチーフを形成する配列に特異的に結合するタンパク質との間で、一定の結合を保持し、RNA-タンパク質複合体の形成に寄与することができる。
【0049】
本実施形態によるRNA-タンパク質結合モチーフを形成する配列の具体的な例としては、下記表8に示す、L7Ae(Moore T et al., Structure Vol. 12, pp. 807-818 (2004))が結合する配列である、boxC motif(5’-GGCGUGAUGAGC-3’)(配列番号40)、kink-loop(配列番号41)、kink-loop2(配列番号42)が挙げられる。
【表8】
【0050】
別の具体例としては、MS2コートタンパク質が特異的に結合する配列であるMS2ステムループモチーフ(22:Keryer-Bibens C, Barreau C, Osborne HB (2008) Tethering of proteins to RNAs by bacteriophage proteins. Biol Cell 100:125-138)、バチルスのリボソームタンパク質S15が結合する配列であるFr15(24:Batey RT, Williamson JR (1996) Interaction of the Bacillus stearothermophilus ribosomal protein S15 with 16 S rRNA: I. Defining the minimal RNA site. J Mol Biol 261:536-549)が挙げられる。
【0051】
さらなる具体例には、アミノアシル化を行う酵素であって、自身のmRNAに結合し、翻訳を阻害するフィードバック阻害を持つことが知られているThreonyl-tRNA synthetase(Cell (Cambridge, Mass.) v97, pp.371-381 (1999))が結合する配列である、5’-GGCGUAUGUGAUCUUUCGUGUGGGUCACCACUGCGCC-3’(配列番号43)、およびその変異体がある。また、癌細胞特異的な内在性タンパク質であるBcl-2ファミリーCED-9由来のRNA-タンパク質結合モチーフを形成する塩基配列である、R9-2;5’-GGGUGCUUCGAGCGUAGGAAGAAAGCCGGGGGCUGCAGAUAAUGUAUAGC-3’ (配列番号44)、およびその変異体、NF-kappaBに結合するRNA配列のアプタマー由来の塩基配列およびその変異体が挙げられる。
【0052】
次に、(iia)の「ヌクレアーゼのコード領域に対応する核酸配列」とは、細胞内で翻訳されて核酸を分解する酵素として機能するタンパク質をコードする遺伝子であり、第1実施形態において説明したのと同様であって、ここでは説明を省略する。
【0053】
本発明において、トリガータンパク質に特異的に結合する核酸配列とヌクレアーゼのコード領域に対応する核酸配列が機能的に連結されるとは、ヌクレアーゼをコードするオープンリーディングフレーム(ただし、開始コドンを含む。)の5'UTR内、3'UTR内、及び/または当該オープンリーディングフレーム内に、少なくとも1つのトリガータンパク質に特異的に結合する核酸配列を備えることを意味する。ヌクレアーゼをコードする、トリガータンパク質応答性mRNAは、好ましくは、5'末端から、5'から3'の向きに、Cap構造(7メチルグアノシン5'リン酸)、ヌクレアーゼをコードするオープンリーディングフレーム並びに、ポリAテイルを備え、5'UTR内、3'UTR内、及び/またはオープンリーディングフレーム内に少なくとも1つのトリガータンパク質に特異的に結合する核酸配列を備える。mRNAにおけるトリガータンパク質に特異的に結合する核酸配列の位置は、5'UTRであっても、3'UTRであってもよく、オープンリーディングフレーム内(開始コドンの3'側)であってもよく、これらのすべてにトリガータンパク質に特異的に結合する核酸配列を備えていてもよい。したがって、トリガータンパク質に特異的に結合する核酸配列の数は、1つ、2つ、3つ、4つ、5つ、6つ、7つ、8つあるいはそれ以上であっても良い。
【0054】
好ましくは、ヌクレアーゼをコードする、トリガータンパク質応答性mRNAは、(ia)および(iia)の核酸配列が、5'から3'の方向にこの順序で連結されている。このとき、cap構造とトリガータンパク質に特異的に結合する核酸配列との間の塩基数及び塩基の種類は、ステム構造や立体構造を構成しない限り、任意であってよい。例えば、cap構造とトリガータンパク質に特異的に結合する核酸配列との間の塩基数は、0~50塩基、好ましくは、10~30塩基となるように設計することができる。また、トリガータンパク質に特異的に結合する核酸配列と開始コドンとの間の塩基数及び塩基の種類は、ステム構造や立体構造を構成しない限り、任意であってよく、トリガータンパク質に特異的に結合する核酸配列と開始コドンと間の塩基数は、0~50塩基、好ましくは、10~30塩基となるような配置にて設計することができる。
【0055】
本発明において、トリガータンパク質応答性mRNA 中のトリガータンパク質に特異的に結合する核酸配列内には、開始コドンとなるAUGが存在しないことが好ましい。例えば、トリガータンパク質に特異的に結合する核酸配列が5'UTRに存在し、かつ、当該核酸配列内にAUGを含む場合には、3'側に連結されるマーカー遺伝子との関係上でインフレームとなるように設計されることが好ましい。あるいは、トリガータンパク質に特異的に結合する核酸配列内にAUGを含む場合、トリガータンパク質に特異的に結合する核酸配列内のAUGをGUGに変換して使用することも可能である。また、トリガータンパク質に特異的に結合する核酸配列内のAUGの影響を最小限に留めるために、5'UTR内におけるトリガータンパク質に特異的に結合する核酸配列の配置場所を適宜変更することができる。例えば、cap構造とトリガータンパク質に特異的に結合する核酸配列内のAUG配列との間の塩基数が、0~60塩基、例えば、0~15塩基、10~20塩基、20~30塩基、30~40塩基、40~50塩基、50~60塩基となるような配置にて設計され得る。
【0056】
b)トリガータンパク質をコードするmiRNA応答性mRNA
本実施形態において、トリガータンパク質をコードするmiRNA応答性mRNAは、miRNA-responsive mRNA、あるいはmiRNAスイッチとも言い、以下の(ib)および(iib)の核酸配列を含むmRNAを意味する:(ib) miRNAによって特異的に認識される核酸配列、及び(iib) 前記トリガータンパク質のコード領域に対応する核酸配列を含む。
当該(ib)miRNAによって特異的に認識される核酸配列と(iib) トリガータンパク質のコード領域に対応する核酸配列は、機能的に連結されている。
図8(a)のmRNA2は、本実施形態に係る方法において使用しうるmiRNA-responsive mRNAの一例を模式的に示す図である。当該miRNA-responsive mRNAにおいては、5'UTRにmiRNAに応答する配列が組みこまれ、蛋白質コーディングリージョンにトリガータンパク質をコードする遺伝子が挿入されている。
【0057】
(b)トリガータンパク質をコードするmiRNA応答性mRNAにおける「miRNA」の定義、miRNAによって特異的に認識される核酸配列の定義については、第1実施形態において説明したのと同様であり、説明を省略する。また、本実施形態においても、(ib) miRNAによって特異的に認識される核酸配列を、miRNAの標的配列、とも指称する。
【0058】
(iib)トリガータンパク質のコード領域に対応する核酸配列は、トリガータンパク質のコーディング配列である。トリガータンパク質は、(ia) トリガータンパク質に特異的に結合する核酸配列との関係で決定され、(ia)のRNA配列と、(iib)トリガータンパク質とが特異的に結合する組み合わせを選択して設計することができる。例えば、(ia) トリガータンパク質に特異的に結合する核酸配列が、boxC motif(配列番号40)、kink-loop(配列番号41)、kink-loop2(配列番号42)の場合、トリガー蛋白質は、L7Ae(Moore T et al., Structure Vol. 12, pp. 807-818 (2004))である。他にも、先に例示した(ia) トリガータンパク質に特異的に結合する核酸配列に対し、対応するトリガータンパク質を用いることができる。
【0059】
本発明において、(ib) miRNAによって特異的に認識される核酸配列(miRNAの標的配列)、及び(iib)トリガータンパク質のコード領域に対応する核酸配列が機能的に連結されるとは、トリガータンパク質をコードするオープンリーディングフレーム(ただし、開始コドンを含む。)の5'UTR内、3'UTR内、及び/または当該オープンリーディングフレーム内に、少なくとも1つのmiRNAの標的配列を備えることを意味する。トリガータンパク質をコードするmiRNA応答性mRNAは、好ましくは、5'末端から、5'から3'の向きに、Cap構造(7メチルグアノシン5'リン酸)、トリガータンパク質をコードするオープンリーディングフレーム並びに、ポリAテイルを備え、5'UTR内、3'UTR内、及び/またはオープンリーディングフレーム内に少なくとも1つのmiRNAの標的配列を備える。mRNAにおけるmiRNAの標的配列の位置は、5'UTRであっても、3'UTRであってもよく、オープンリーディングフレーム内(開始コドンの3'側)であってもよく、これらのすべてにmiRNAの標的配列を備えていてもよい。したがって、miRNAの標的配列の数は、1つ、2つ、3つ、4つ、5つ、6つ、7つ、8つあるいはそれ以上であっても良い。
【0060】
好ましくは、トリガータンパク質をコードするmiRNA応答性mRNAは、(ib)および(iib)の核酸配列が、5'から3'の方向にこの順序で連結されている。(ib)および(iib)の核酸配列や、Cap構造との間の塩基数、(ib)の配列の数や配置について、及び開始コドンと同じ配列についての設計は、第1実施形態、あるいはa)ヌクレアーゼをコードするトリガータンパク質応答性mRNAにおける設計と同様であってよい。
【0061】
a)ヌクレアーゼをコードするトリガータンパク質応答性mRNA、及びb)トリガータンパク質をコードするmiRNA応答性mRNAは、上記のように設計ができれば、通常の遺伝子工学的手法により作製することができる。これらの2種のmRNAは2つで1セットとして機能する。細胞導入のために、miRNAの標的配列、トリガータンパク質、及びヌクレアーゼがそれぞれ異なっている2セット以上のmRNAを設計することもできる。a)、b)のmRNAのセットは、細胞内に導入する際に、共導入することが好ましい。また、この際、第1実施形態と同様に、コントロールmRNAも共導入することができる。
次に、このようなa)、b)のmRNAのセットによる、ヌクレアーゼの制御について説明する。細胞内に導入された当該miRNA-responsive mRNAは、細胞内に、標的配列を特異的に認識するmiRNAが存在すると、翻訳抑制されてトリガータンパク質の発現量が低下する。トリガータンパク質が存在すると、トリガータンパク質応答性mRNAに結合して翻訳抑制されるところ、トリガータンパク質の発現量が低下すると逆にトリガータンパク質応答性mRNAの翻訳量が増加し、ヌクレアーゼの翻訳を促進して、ヌクレアーゼ活性を向上させることができる。これにより、ヌクレアーゼの標的となる標的遺伝子の切断活性も向上し、標的遺伝子が切断されその機能消失を引き起こす。一方、細胞内に、標的配列を特異的に認識するmiRNAが存在しないと、miRNA-responsive mRNAは翻訳抑制されることがなく、細胞内でトリガータンパク質が発現する。すると、トリガータンパク質がトリガータンパク質応答性mRNAの翻訳を抑制して、ヌクレアーゼの発現量が低下する。その結果、ヌクレアーゼが標的遺伝子を切断する確率は減少し、標的遺伝子の機能は維持される。
【0062】
次に、より具体的な例として、ヌクレアーゼとして、Cas9タンパク質を用いる場合の本発明の方法を説明する。本発明は、一実施態様によれば、Cas9タンパク質をコードするトリガー蛋白質応答性 mRNAと、トリガータンパク質をコードするmiRNA応答性mRNA、加えて前記Cas9タンパク質の標的配列によって特異的に認識されるガイド配列を備えるsgRNAを細胞に共導入する工程を含む。
図11(a)は、Cas9タンパク質をコードするL7Ae-responsive mRNAと、L7AeをコードするmiRNA応答性mRNAとを細胞に導入する場合の作用を模式的に示す図である。所定のmiRNAが存在すると、前段落に示したメカニズムにてヌクレアーゼ活性が向上し、sgRNAの標的遺伝子のゲノム編集、具体的にはsgRNAの標的DNAの切断活性を向上させることができる。
【実施例】
【0063】
以下、本発明を、実施例を用いてより詳細に説明する。しかしながら、下記の実施例は、本発明を限定するものではない。
【0064】
IVT (in vitro transcription) に用いる鋳型DNAの作製
5'UTRの鋳型(miRNA標的配列なし)と3'UTRの鋳型は対応するプライマーとKOD-Plus-Neo(KOD-401,TOYOBO)を用いて、以下のサイクルで(94°C 2min後、98°C 10 sec、68°C 10 secを13サイクル行い、4°Cで保存)PCR増幅を行った。Cas9蛋白をコードする遺伝子は、鋳型プラスミド(pHL-EF1a-SphcCas9-iC-A) から対応するプライマーとKOD-Plus-Neo(KOD-401,TOYOBO)を用いて、以下のサイクルで(94°C 2 min後、98°C 10 sec、68°C 140 secを20サイクル行い、4°Cで保存)PCR増幅を行った。
【0065】
上記で作製したPCR産物とそれぞれ対応するプライマー(miRNA標的配列を挿入するときは、5'UTRの代わりにオリゴDNAを使用)を用いてIVTの鋳型となるFull DNA TemplateをPCRにより作製した。Control Cas9 mRNAの鋳型は、(94°C 2 min後、98°C 10 sec, 68°C 140 secを20サイクル行い、4°Cで保存)の条件で、miRNAに応答するCas9 mRNAの鋳型は、(94°C 2 min後、98°C 10 sec, 60°C 30 sec, 68°C 140 secを20サイクル行い、4°Cで保存)の条件で行った。 sgRNAの鋳型は、2つのprimerを(98°C 30 sec, 98°C 10 sec, 57°C 30 sec,68°C, 6 secを20サイクル行い、72°C 10 minで反応後、4°Cで保存)の条件でPCRにより作製した。
【0066】
全てのPCR産物は、MiniElute PCR purification Kit (QIAGEN)により精製した。但し、PCR反応でプラスミドを用いたものに関しては、精製前に制限酵素Dpn Iによる処理を施した。対応するプライマー及びオリゴヌクレオチド配列を表9A、Bに示す。
【表9A】
【表9B】
【0067】
Cas9 mRNAとsgRNAの作製と精製
Cas9 mRNAはMegaScript kit (Ambion)により作製した。この時、免疫反応を抑えるため修飾塩基pseudouridine-5'-triphosphateと5-methylcytidine-5'-triphosphate (TriLink Bio Technologies)をUTPとCTPの代わりにそれぞれ加えた。またGTPは、Anti Reverse Cap Analog (TriLink Bio Technologies)で5倍希釈した。sgRNAは天然の塩基(ATP, GTP, CTP, UTP)を用いMEGAshortscript kit (Ambion)により作製した。反応混合液を37°Cで6時間インキュベートして、TURBO DNase (Amibion)を加えた後、37°Cでさらに30分インキュベートした。得られたmRNAは、FavorPrep Blood / Cultured Cells total RNA extraction column (Favorgen Biotech)で精製し、Antarctic phosphatase (New England Biolabs)を用いて37C°で30分インキュベートした。その後、RNeasy Mini Elute Cleanup Kit (QIAGEN)により、さらに精製した。sgRNAは精製後さらにウレアページ(10%)による切り出し精製を行った。Cas9 mRNAのcoding region、並びに5'UTR、3'UTRの配列を下記表10A、10Bに示す。
【0068】
【0069】
培養細胞
iPS_GFP (AAVS1-CAG::GFP iPS cells) はWoltjen Lab (CiRA, Kyoto University, Japan)より供与されたものである。iPS_GFPは、StemFit (Ajinomoto)培地を用いてラミニンコート{laminin-511 E8 (iMatrix-511, nippi)}したプレートで培養した。HeLa_GFPはDMEM High Glucose (nakarai tesque)にFBS (JBS、終濃度10%)とHygromycin B (50 mg / mL)を加えた培地で培養した。Normal HeLa cellsはDMEM High Glucose (nakarai tesque)にFBS (JBS、終濃度10%)を加えた培地で培養した。全ての細胞は37°C、5% CO2の条件で培養した。
【0070】
分化誘導(iPS_GFPからmDA_GFPへの分化誘導)
Day0にiPS_GFP細胞を、分化誘導培地を用いてラミニンコートした6-wellプレートに再播種(5x10
6 cells/well)し、Morizana et al., Neural Development: Methods and Protocols, Methods in Molecular Biology, vol.1018,DOI 10.1007/978-1-62703-444-9_2 を改変したプロトコールにより培養した。以後、毎日培地交換を行った。14日後にそれぞれの実験に用いた。分化誘導培地の組成を下記の表11に示した。
【表11】
【0071】
トランスフェクション
normal HeLaとHeLa_GFP は24-wellプレートに播種した。iPS_GFPとmDA_GFPはラミニンコートした24-wellプレートに播種した(細胞数:5x10
4cells/well)。 トランスフェクションはStemfect RNA transfection kit (Stemgent)を用いプロトコールに従い行った(導入遺伝子量はそれぞれの実験項を参照)。トランスフェクション後4時間で培地を交換した(但し、mDA_GFPを除く)。Cell killingはトランスフェクション48時間後に、T7E1 assay、EGFP activity assay、co-cultureはトランスフェクション72時間後に解析を行った。それぞれの解析に入る前に、IX81 microscope (Olympus)で細胞を撮影した(
図2)。
【0072】
T7E1 assay
100 ngのCas9 mRNAと300 ng (iPS_GFP)もしくは100 ng (mDA_GFP)のsgRNAを使用した。トランスフェクション後の細胞をPBSで洗浄後、200 μL Accumax (Funakoshi) で37°C、5% CO2 の条件で10分間処理した。1.5 mL Tubeに細胞を回収し遠心した(室温、1000 rpmで5分)。上精を廃棄後、沈殿した細胞をPBSで洗浄し、先ほどと同じ条件で遠心した。Lysis buffer (1 M Tris-HCl (pH.7.6)[final 0.05 M], 0.5 M EDTA [final 0.02 M], 5 M NaCl [0.1 M], 10% SDS[final 1%], D2W)にproteinase K (x100; final 1x)を500mL加えて55度で3時間以上処理した。その後、PCIを用いてゲノムDNAの抽出を行った。Nested PCRにより、抽出したゲノムDNAから標的配列を増幅した。First PCRは、(94°C 2 min後、98°C 10 sec, 60°C 30 sec, 68°C 30 secを20サイクル行い、72°C 3 min反応後、4°C で保存)、Second PCRは、(94°C 2 min後、98°C 10 sec, 60°C 30 sec,68°C 15 secを35サイクル行い、72°C 3 min反応後、4°C で保存)の条件で行った。PCR産物は、MiniElute PCR purification Kit (QIAGEN)により精製した。精製後、PCR産物の変性と再会合を、(95°C 5 min後、 95°C から85°Cまで毎秒2度で冷却し、85°Cから25°Cまでは毎秒0.1°Cで冷却し、その後4°Cで保存)の条件で行った。反応後、制限酵素T7 Endonuclease Iによる処理を施した(37℃で 15 min)。15分後、0.5 M EDTAを加え反応を停止させ、5%ポリアクリルアミドゲル電気泳動を行い、SYBER GREEN mixture (I+II =1:1)で染色し撮影した。PCRで使用したプライマーを表9に示した。
Indels (Cas9 activity)を以下の公式により算出した。
Indels = 100 × (1 - sqrt(1 - (b + c)/(a + b + c)))
a : 制限酵素で切断されなかったPCR産物のバンド強度
b,c : 制限酵素で切断されたPCR産物のバンド強度
【0073】
Cas9 activity assay
100 ngのCas9 mRNAと300 ng (iPS_GFP, HeLa_GFP)もしくは100 ng (mDA_GFP)のsgRNAと5 pmolの miRNA inhibitor(mirVana)もしくはnegative control (miRNA inhibitorとnegative controlは任意)を使用した。細胞をPBSで洗浄した。その後、HeLa_GFPは100 μL 0.25% trypsin-EDTAで37°C、5% CO2 の条件で5分間処理した後、100 μLの培地を加えた。iPS_GFPとmDA_GFPは200 μL Accumax (Funakoshi) で37°C、5% CO2 の条件で10分間処理した。1.5 mLチューブに細胞を回収し、CYTOX Red dead-cell stain (ThermoFisher)で処理した(15分間、遮光して室温放置)。Aria-II (BD)、Accuri(BD)、LSR(BD)により測定した。 EGFP negative cells (%)をCas9 activity (%)と定義した。
【0074】
Cell killing system
10 ngのCas9 mRNAと300 ngのsgRNAを使用した。PBSで洗浄する前に、培地を1.5 mLチューブに回収した。PBSでの洗浄後、normal HeLaを100 μL 0.25% trypsin-EDTAで37°C、5% CO2 の条件で5分間処理した。その後、100 μLの培地を加えて細胞を先ほどの1.5 mLチューブに回収し遠心した(室温、1000 rpmで5分)。上精を廃棄後、沈殿した細胞をPBSで洗浄し、先ほどと同じ条件で遠心した。上精を廃棄後、53 μLの染色試薬の混合物{annexin V, Alexa Fluor 488 conjugate (Life Technologies)、 Annexin-binding buffer 5x (Life Technologies)、 SYTOX Red dead-cell stain}で染色した。 Accuri (BD)により測定した。
【0075】
Co-culture
50 ngのCas9 mRNAと150 ngのsgRNAを使用した。iPS_GFP細胞とHeLa_GFP細胞を3対2の比率で播種したCas9 activity assayと同様の方法で細胞を1.5 mLチューブに回収したのち、遠心を行った(室温、1000 rpmで5分)。上精を除去したのち、Alexa FluorR 647 Mouse anti-Human TRA-1-60 Antigen をプロトコールに従い染色(プロトコールの2倍量の抗体を使用)し、LSRで測定した。
【0076】
結果
HeLa細胞におけるmiRNA-responsive CRISPR/Cas9 Systemの挙動を
図2に示す。HeLa細胞では、内在性miR-21の活性が高いことが知られている。
図2(a)は、miRNA-responsive mRNAを導入したHeLa細胞の蛍光顕微鏡画像である。miRNA に応答しないControlと、miRNA-302aに応答するCas9 mRNAでは、GFPの蛍光がUntreatedや、標的配列に対するネガティブコントロールに比べ弱くなっている。なお、ネガティブコントロールとしては、DMD遺伝子を標的としたものを用いた。一方、miRNA-21に応答するCas9 mRNAでは蛍光に変化が見られなかった。なお、
図2(a)は、3回行った実験のうちの1回を代表として記載した。また、
図2(b)から、上記蛍光画像と、Aria-II解析による蛍光強度の定量結果が一致していることが明らかになった。2(b)も、3回行った実験のうちの1回を代表として記載した。
図2(c)は、上記
図2(b)のGFP negative populationをCas9 activityと定義しグラフ化した図である。なお、以降のCas9 activityは特別な記述がない限り、この方法で算出したものとする。以上より、HeLa細胞に各種miRNA-responsive mRNA及びコントロールmRNAを導入した場合に、miR-21に応答するCas9 mRNAのみがCas9 activityが低いことがわかり、miR-21に応答するCas9 mRNA がmiR-21によって制御されている可能性が示された。
【0077】
miRNA-21に対するインヒビターを用いることで、miRNA-21に応答するCas9 mRNAが内在性のmiR-21により制御されているのかをHeLa細胞を用いて検証した。結果を
図3に示す。miRNAに対するインヒビターのネガティブコントロール(以下Negative controlと図では表記)では、Cas9 activityが低いのに対してmiR-21 inhibitorを用いるとCas9 activityが上昇(rescue)したことが明らかとなった。つまり、miRNA-21に応答するCas9 mRNAは、内在性のmiR-21により制御されていることが明らかになった。
【0078】
miRNA-302aに対するインヒビターを用いることで、miRNA-302aに応答するCas9 mRNAが内在性のmiR-302aにより制御されているのかをiPS細胞を用いて検証した。iPS細胞は、miR-302aの活性が高いことが知られている。結果を
図4に示す。Negative controlではCas9 activityが低いのに対して、miR-302a inhibitorを用いるとCas9 activityがrescueされた。つまり、miRNA-302aに応答するCas9 mRNAは内在性のmiR-302aにより制御されていることが判明した。
図4(a)は、Cas9 activity assayにより評価した結果を、
図4(b)は、T7E1 assayにより評価したゲル画像を示す。ゲル画像は、3回行った実験のうちの1回を代表として図示した。
図4(c)は、T7E1 assayよりIndels (Cas9 activityと定義)を算出した結果を示す。算出の公式については、T7E1 assayの項目において詳述したとおりである。
【0079】
図5は、本発明のmiRNA-responsive CRISPR/Cas9 Systemを用いて、細胞死を引き起こすスキームを模式的に示す図である。
図5(a)は、sgRNAの配列をゲノム上のリピート配列にすることでCas9がゲノムを断片化することを模式的に示す。ゲノムが断片化されることにより細胞は細胞死を起こす。本実験では、miR-21-responsive Cas9 mRNAを用い、Alu1を標的として、細胞死の制御を検証した。実験は、Cell Killing Sysetemに記載の方法に従い、HeLa細胞においてmiR-21に応答するCas9 mRNAを用いることにより細胞死が制御できるのかを検証した。結果を、
図5(b)に示す。mi-21-responsive Cas9 mRNA は、miR-21が特異的に発現している細胞において、Cas9 mRNAの翻訳が抑制され、Cas9活性が低下するように設計されている。
図5(b)から、ControlのCas9 mRNA (Cas9 activityは高い)では細胞死が誘導されていることがわかる。一方、miR-21に応答するCas9 mRNA(Cas9 activityは低い)ではUntreatedと同じくらいの死細胞率だった。この結果より、miR-21-responsive Cas9 mRNAにより、細胞死が誘導されなかったことがわかる。これより、miRNA-responsive CRISPR/Cas9 Systemを用いることで細胞死が制御可能であることが実証された。
【0080】
図6は、miR-302a-responsive Cas9 mRNAをmDA細胞へ導入した実験の結果を示す。miRNA responsive mRNA (control, 302a-responsive, 4x miR-302a-responsive)と、sgRNA (GFP を標的としているもの、もしくは negative control として DMD を標的としたもの)を調製した。4x miR-302a-responsive Cas9 mRNAは、5'UTR に miR-302a-5p 標的配列を 4 個挿入したものである。mDA細胞(midbrain dopaminergic neurons)は、先の方法に従ってiPS細胞から分化誘導したものを用いた。miRNA responsive mRNA、sgRNAのそれぞれ100 ngをmDA細胞に共導入し、Cas9 activity assayに従って、GFP knockout による蛍光強度の変化を評価した。結果を
図6に示す。
図6(a)は、Relative Cas9 activity を示し、Cas9 activity を Cas9 mRNA = 1 としてグラフ化したものである。各回に1つのサンプルで実験を行い、独立してその実験を3回行った(n=3)。エラーバーは、平均±標準偏差を示す。
【0081】
図6(a)と同様にして調製した、miRNA responsive mRNA、sgRNAを、それぞれ100 ngをmDA細胞に共導入し、T7E1 assay により評価した。
図6(b)は、代表的なゲル画像、
図6(c)は、T7E1 assay に基づくCas9 activity を Cas9 mRNA = 1 として表したRelative Cas9 activity を示す。各回に1つのサンプルで実験を行い、独立してその実験を3回行った(n=3)。エラーバーは、平均±標準偏差を示す。
【0082】
図6の結果から、本発明に係るmiRNA-responsive CRISPR/Cas9 Systemが、細胞の状態、つまり、miRNAに呼応してCas9活性を制御していることが明らかになった。iPS細胞を分化させる(今回はmDA)ことで、内在性のmiR-302a-5pの活性が低下するため、miR-302aに応答するCas9 mRNAの活性が iPSでは低いがmDAでは高いこと(Control Cas9 mRNAと同様の活性)が予測される。実際に、Relative Cas9 activityを算出したところ、miR-302aに応答するCas9 mRNAで活性が回復し、Control Cas9 mRNAに近い活性を示した。
【0083】
図7は、co-cultureの結果を示す。この実験では、iPS_GFP と HeLa_GFP をトランスフェクション 17-24 時間前に 24 well plate に 5x10
5 cells/well で播種した。この時、 iPS : HeLa = 3 : 2 の比率(細胞数)で行った。mRNA 50ng, sgRNA 150ng を、stemfect transfection reagent をプロトコールに従い使用しトランスフェクションを行った。mRNA としては、control Cas9 mRNA, 4x miR-302a-responsive Cas9 mRNA を用いた。sgRNAとしては、GFP遺伝子を標的とするもの、及びnegative control としてDMD遺伝子を標的としたものを用いた。トランスフェクションから 3 日後、細胞を Alexa FluorR 647 Mouse anti-Human TRA-1-60 Antigen で染色後、LSR により測定した。GFP knockout による蛍光強度の変化により評価した結果を
図7(a)に示す。各回に1つのサンプルで実験を行い、独立してその実験を3回行い(n=3)、代表的なドットプロットを図示した。各パネルにおいて、縦軸は GFPの蛍光強度、横軸は TRA-1-60蛍光強度を示す。右下に、TRA-1 により分離できる細胞集団の分布を示した。
【0084】
図7(b)は、
図7(a)の結果に基づいて、以下の式により算出されるCas9 activity を示すグラフである。エラーバーは、平均±標準偏差を示す。
Cas9 activity (%) = Q4/(Q1+Q4) x 100: HeLa
Cas9 activity (%) = Q3/(Q2+Q3) x 100: iPS
【0085】
図7の結果から、異なる細胞集団から標的とする細胞集団に対してのみゲノム編集を行える可能性が示唆された。つまり、本実験では、HeLa細胞とiPS細胞において、iPS細胞で、miR-302aの発現(活性)が高いことを利用しすることにより、iPS細胞ではGFP knockoutを起こらないようにする一方で、HeLa細胞ではGFP knockoutを引き起こすことに成功した。
【0086】
トランスフェクション
normal HeLaとHeLa_GFP は24-wellプレートに播種した。iPS_GFPとmDA_GFPはラミニンコートした24-wellプレートに播種した(細胞数:5x104 cells/well)。 トランスフェクションはStemfect RNA transfection kit (Stemgent)を用いプロトコールに従い行った(導入遺伝子量はそれぞれの実験項を参照)。トランスフェクション後4時間で培地を交換した(但し、mDA_GFPを除く)。Evaluation of gene expression level, Evaluation of Cas9 protein expression level, Evaluation of transfection efficiencyはトランスフェクション24時間後に、Cell killingはトランスフェクション48時間後に、T7E1 assay、 EGFP activity assay、co-culture、On-systemはトランスフェクション72時間後に解析を行った。それぞれの解析に入る前に、IX81 microscope (Olympus)で細胞を撮影した。
【0087】
On-system
図11Aに概要を示すようにmRNAを設計した。miRNAの標的部位としては、miR-21に相補的な配列を用いた。miRNAに応答して発現抑制されるトリガータンパク質としては、L7Aeタンパク質を用い、L7Aeタンパク質に特異的に結合する配列としては、キンクターンモチーフを用い、先の方法と同様にして、mRNAを作製した。作製したmRNA(Kt-Cas9 mRNA)の配列は以下の表12A、Bの通りであり、表中、L7Ae 結合モチーフは二重下線で、Cas9コード領域はイタリック体で示す。また、mRNA(L7Ae mRNA、miR-21-responsive L7Ae、Tag BFP mRNA)の配列は以下の表13の通りであり、表中、miR-21-5pの標的配列は二重下線で、L7AeまたはTag BFPのコード領域はイタリック体で示す。
【0088】
【0089】
HeLa_GFP をトランスフェクション 17-24 時間前に 24 well plate に 5x105 cells/well で播種した。
OFF 状態の条件:Control L7Ae mRNA 15 ng + kt-Cas9 mRNA (kt motifを5’UTRに持つ)5 ng + sgRNA 150 ng
ON 状態の条件:miR-21-responsive L7Ae mRNA 15 ng + kt-Cas9 mRNA 5 ng + sgRNA 150 ng
stemfect transfection reagent をプロトコールに従い使用しトランスフェクションを行った。トランスフェクションから 3 日後、Accuri により測定した。
【0090】
Evaluation of miRNA expression level
HeLa-EGFP, iPS-EGFP, mDA-EGFPの3種類の細胞を用いた。TaqMan(登録商標)MicroRNA Cells-to-CT(商標) Kit (Ambion)を用いて測定を行なった。細胞溶解液を has-miR-21-5p (Assay ID: 000397), 302a-5p (Assay ID: 002381) そして RNU6B (Assay ID: 001093) Taqman probes (Applied Biosystems)のそれぞれを用いて逆転写反応を行なった。qPCRはTaqman probeを用いて行い、StepOne Plus Real-Time PCR System (Applied Biosystems)を用いて行なった。標的miRNAをRNU6Bによりノーマライズした。さらに、mDA-EGFPを1となるようにノーマライズした。
【0091】
Evaluation of Cas9 protein expression level
100 ngのCas9 mRNAと300 ngの sgRNAを使用した。トランスフェクションから24時間後、PBS washを行い、50 μLの M-PER cocktail (M-PER Mammalian Protein Extraction Reagent [ThermoFisher], protease inhibitor, PMSFを混合したもの) により細胞を溶解し回収した。5分間振盪した後、1.5 mLチューブに溶液を回収した。遠心(12400 rpm, 4°C, 5 min)後、上清を新しい1.5 mL チューブに回収してタンパク質濃度をBCA法により測定した。0.5 mg/mLにタンパク質溶液を希釈後、Wes (ProteinSimple) のプロトコールに従いタンパク質の検出を行なった。GAPDHはローディングコントロールとして使用した。一次抗体:Cas9 antibody (50倍希釈、Active Motif), GAPDH antibody (100倍希釈、Santa Cruz)。二次抗体:anti-mouse, anti-rabbit (ProteinSimple)
【0092】
Sequencing
T7E1 assayで得られた 2回目のPCR産物(iPS-EGFP)をpUC19ベクターに挿入後、シーケンサーにより配列を読んだ。まず2回目のPCRで用いたプライマーをT4PNKによりリン酸化をし、2回目のPCR産物に対して再度、PCRをかけた。その後pUC19ベクターに挿入し、M13 FwdNew primer, T7E1 Fwd primer, T7E1 Rev primerを用いて配列を決定した。シーケンサーはApplies Biosystems 3500xL Genetic analyzerを使用した。
【0093】
Evaluation of gene expression level
HeLa-EGFPもしくはiPS-EGFPを用いた。また、100 ng Cas9 mRNA, 300 ng sgRNAを用いた。Trizol (ThermoFisher)をプロトコールに従い用いることで、total RNAを細胞より抽出した。また、TURBO DNase Inactivation Kit (Ambion)を用い、ゲノムDNAを除去した。ReverTra Acr(登録商標)qPCR RT Master Mix (TOYOBO)を用いて、上記処理を施したサンプル (250もしくは300 ng) を逆転写した。qPCRをTHUNDERBIRD(登録商標) SYBR(登録商標)qPCR Mix (TOYOBO)を用いて行なった。反応は、StepOne Plus Real-Time PCR System (Applied Biosystems)を使用した。 標的mRNAはGAPDHでノーマライズした。さらに、Control Cas9 mRNAでの遺伝子発現が1となるようにノーマライズした。
【0094】
Evaluation of transfection efficiency
HeLa-EGFPとiPS-EGFPを用いた。100 ngのBFP mRNAと300 ngのCy5でラベル化したsgRNAを用いた。トランスフェクションから24時間後、細胞をPBSで3回ウォッシュした。その後、細胞を1.5mLチューブに回収(細胞の剥がし方は、Cas9 activity assayの項参照)して、LSRにより測定した。
【0095】
Cas9 activity assay (iPS-EGFPでsgRNAを改変: 1, 2)
Cas9 activity assayと同様にして実施した。
【0096】
結果を
図8~15に示す。ON-systemは内在性のmiRNAによってCas9の活性が上昇するシステムである。
図8(a)はON-systemの概要を示す概念図である。Cas9を発現するmRNA1(古細菌由来のRNA結合タンパク質であるL7Aeが結合する配列: K-turnを5’UTRにコードしている)はL7Aeを発現するmRNA2(miRNAによって発現が制御されている)によって翻訳が制御されている。
図8(b)はHeLa細胞の内在性のmiR-21により、Cas9活性が上昇したことを示している。つまり標的miRNA(ここではmiR-21)により、Cas9活性が上昇したことを示している。
【0097】
miRNA expression level
図9(a)はmiR-21、
図9(b)はmiR-302aの発現レベルを HeLa-EGFP, iPS-EGFP, mDA-EGFPでそれぞれ測定した結果である。HeLa-EGFP細胞ではmiR-21のiPS-EGFP細胞ではmiR-302aの発現が高いことを示している。
【0098】
Evaluation of Cas9 protein expression level
Control Cas9 mRNAとmiR-21-responsive Cas9 mRNAとmiR-302a-responsive Cas9 mRNAをHeLa細胞に導入(sgRNAも一緒に導入)し、Cas9タンパク質の発現に影響があるのかをSimple Western (Wes) により検討した。結果を
図10に示す。ControlやmiR-302a-responsive Cas9 mRNAではCas9タンパク質が検出されたが、miR-21-responsive Cas9 mRNAでは検出されなかった。つまり、HeLa細胞においてmiRNA-21-responsive Cas9 mRNAではmiR-21による翻訳抑制が起こるためCas9タンパク質の発現がほぼみられなくなることを示している。また、GAPDHをローディングコントロールとして用いた。
【0099】
Sequencing
図4の(b)、(c)に示すT7E1より得られたPCR産物の配列を読んだ。
図11(a)はスキームズであり、標的配列周辺の配列を示している。
図11(b)は、EGFP遺伝子の標的領域に変異が入っていることを示している。つまり、EGFPの蛍光強度の減少はCRISPR/Cas9 systemによるEGFP遺伝子のノックアウトであることを示している。
図中にある「Δ」は塩基の欠失を「+」は塩基の挿入を示している。また、一番右側にある数字は、 得られた配列のコロニー数/総コロニー数、を示している。
緑文字は「標的配列」、青文字(
図11(a)のTGG、ACC)は「PAM (Protospacer Adjascent motif)」、紫文字(
図11(b)のCCA)は「PAMに対して相補な配列」、赤字(Control Cas9 mRNA 2行目の、5’側から9、10塩基、12~18塩基の-、3行目の、5’側から19塩基から41塩基、4行目の、5’側から19塩基から35塩基、miR-302a-responsive Cas9 mRNA+miR-302inhibitor 2行目の5’側から20塩基、3行目の5’側から17塩基の右側の-)は「変異」を示している。また、図中の塩基または「-」表示の間の縦線は、青字、赤字などの字色の変わる境界を示している。
【0100】
Evaluation of gene expression level
miR-21、miR-302aのそれぞれにより機能が制御されていることが知られている遺伝子の発現変動をqPCRにより検証した結果を
図12(a)、
図12(b)に示す。Control Cas9 mRNAとmiRNA-responsive Cas9 mRNAを細胞に導入した時の遺伝子発現レベルをそれぞれ比べると、その発現レベルの差はほぼ見られなかった。つまり、miRNA-responsive CRISPR/Cas9 systemが内在性のmiR-21, miR-302aの機能にほとんど影響を与えていないことを示している。
【0101】
Evaluation of transfection efficiency
図13(a)はHeLa-EGFPの
図13(b)はiPS-EGFPのトランスフェクション効率を示す。BFP mRNAとsgRNA(Cy5でラベリング)のそれぞれでトランスフェクション効率を測定してある。トランスフェクション効率は約90%以上であった。
【0102】
EGFP activity assay (iPS-EGFPでsgRNAを改変: 1)
図14(a)はEGFPを標的としたsgRNAの5’末端から「GG」を除いた時のCas9活性を示している。
図4(a)では約30%であったCas9活性が70%近くまで上昇していることより、ガイド鎖を改変することによりCas9活性が改善しているのがわかる。しかしながら、インヒビターのネガティブコントロールでもCas9活性が30%近くある。
図14(b)は
図14(a)で見られたCas9活性のリークを減らすために、miR-302 responsive Cas9 mRNAを改変し、4x miR-302 responsive Cas9 mRNAにしてある。Cas9 mRNAを50 ng、sgRNAを300 ngにすることで、リークをさらに減らしつつ、高い活性を保っていることがわかった。
【0103】
Cas9 activity assay (iPS-EGFPでsgRNAを改変: 2)
100 ngのCas9 mRNAと300 ngのsgRNAを用いた。EGFP activity assay (iPS-EGFPでsgRNAを改変: 1)の
図14(a)で見られたCas9活性のリークをなくすため、miR-302 responsive Cas9 mRNAを改変し、4x miR-302 responsive Cas9 mRNA(miR-302に応答する配列を5’UTRに4個タンデムに挿入してある)にした時の結果である。
図15(a)は細胞の写真、
図15(b)はその時のヒストグラム、
図15(c)は定量結果である。miRNAに応答する配列を増やすことで、Cas9活性のリークを抑えていることがわかった。
【配列表】