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特許7362595脆性材料の表面破壊靭性を改善するための方法及びシステム、並びにそのような方法により製造される切削工具
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-10-06
(45)【発行日】2023-10-17
(54)【発明の名称】脆性材料の表面破壊靭性を改善するための方法及びシステム、並びにそのような方法により製造される切削工具
(51)【国際特許分類】
   B23K 26/356 20140101AFI20231010BHJP
   C22C 29/08 20060101ALI20231010BHJP
   C22C 29/06 20060101ALI20231010BHJP
   C22C 1/051 20230101ALI20231010BHJP
   B22F 3/14 20060101ALI20231010BHJP
   B23B 27/14 20060101ALI20231010BHJP
   B23P 15/28 20060101ALI20231010BHJP
   B23K 26/00 20140101ALI20231010BHJP
   B23K 26/122 20140101ALI20231010BHJP
【FI】
B23K26/356
C22C29/08
C22C29/06 Z
C22C1/051 G
B22F3/14 101B
B23B27/14 B
B23P15/28 Z
B23K26/00 N
B23K26/122
【請求項の数】 20
(21)【出願番号】P 2020515303
(86)(22)【出願日】2018-05-28
(65)【公表番号】
(43)【公表日】2020-08-27
(86)【国際出願番号】 IB2018053772
(87)【国際公開番号】W WO2018215996
(87)【国際公開日】2018-11-29
【審査請求日】2021-05-26
(31)【優先権主張番号】2018981
(32)【優先日】2017-05-26
(33)【優先権主張国・地域又は機関】NL
(73)【特許権者】
【識別番号】514067672
【氏名又は名称】ユニヴァーシティ・オブ・ザ・ウィットウォーターズランド・ヨハネスブルグ
(73)【特許権者】
【識別番号】398070317
【氏名又は名称】シーエスアイアール
【氏名又は名称原語表記】CSIR
(74)【代理人】
【識別番号】100108453
【弁理士】
【氏名又は名称】村山 靖彦
(74)【代理人】
【識別番号】100110364
【弁理士】
【氏名又は名称】実広 信哉
(74)【代理人】
【識別番号】100133400
【弁理士】
【氏名又は名称】阿部 達彦
(72)【発明者】
【氏名】クラウディア・ポレーゼ
(72)【発明者】
【氏名】ダニエル・グレイサー
(72)【発明者】
【氏名】レスリー・アリソン・コーニッシュ
(72)【発明者】
【氏名】ロドニー・マイケル・ジェンガ
【審査官】山下 浩平
(56)【参考文献】
【文献】特開2013-107143(JP,A)
【文献】特表2009-509771(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2008/0032152(US,A1)
【文献】特開2005-272989(JP,A)
【文献】特開2009-012061(JP,A)
【文献】国際公開第2016/186037(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23K 26/00 - 26/70
B22F 3/14
C22C 1/051
C22C 29/08
C22C 29/06
B23B 27/14
B23P 15/28
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
超硬合金の耐摩耗性を改善する方法であって、
破壊靭性を選択基準として使用し、約6~約15MPa.m1/2の破壊靭性を有する超硬合金を選択する工程;
犠牲熱保護皮膜を前記超硬合金に施与する工程;並びに
前記超硬合金の基材に残留圧縮応力を生じさせて、破壊靭性がレーザー衝撃ピーニングを使用して増加された強靭化された表面層を生成する工程であって、これにより、前記超硬合金の微細構造の変化から生じる微小硬度の増加によるものではなく前記破壊靭性が増加した結果として、前記強靭化された表面層において、疲労及び応力腐食割れに対する耐破壊性を増加させる、工程
を含む方法。
【請求項2】
LSPプロセスの間に前記超硬合金にもたらされるエネルギーが、約300mJ~約600mJの範囲にある、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
LSPプロセスの間に前記超硬合金にもたらされるエネルギーが、約410mJ~約440mJの範囲にある、請求項1に記載の方法。
【請求項4】
前記レーザー衝撃ピーニングに使用されるレーザーのスポット径が、約0.7~約1.2mmである、請求項1に記載の方法。
【請求項5】
LSPプロセスが、約7ns~約10nsのパルス持続時間(FWHM)を有する、請求項1に記載の方法。
【請求項6】
LSPプロセスが、約8.6nsのパルス持続時間(FWHM)を有する、請求項1に記載の方法。
【請求項7】
LSPプロセスが、約1~約20GW/cmの出力強度を有する、請求項1に記載の方法。
【請求項8】
LSPプロセスが、約7.5~約8.5GW/cmの出力強度を有する、請求項1に記載の方法。
【請求項9】
LSPプロセスが、0~90%のオーバーラップを有する、請求項1に記載の方法。
【請求項10】
前記犠牲熱保護皮膜が、黒色のPVCテープである、請求項1に記載の方法。
【請求項11】
レーザー透過媒体の形態にある慣性閉じ込め媒体を使用する工程を含む、請求項1に記載の方法。
【請求項12】
前記レーザー透過媒体が水である、請求項11に記載の方法。
【請求項13】
前記超硬合金を急速焼結により製造する工程を含む、請求項1に記載の方法。
【請求項14】
前記急速焼結が、放電プラズマ焼結(SPS)の形態にある、請求項13に記載の方法。
【請求項15】
前記超硬合金が、WC-X-YCo、NbC-X-YCo及びNbC-X-YNi(式中、Xは、Cr、MoC、TiC、SiC、TaC及びVCのうちの1つ又は組み合わせであり、Yは、バインダー相の質量百分率であり、4~16%の範囲にある)からなる群から選択される、請求項1に記載の方法。
【請求項16】
Yが、バインダー相の質量百分率であり、8~10%の範囲にある、請求項15に記載の方法。
【請求項17】
超硬合金切削インサートを有する切削工具を製造する方法であって、請求項1に記載の方法を使用して前記超硬合金の耐摩耗性を改善する工程を含む、方法。
【請求項18】
6~15MPa.m1/2の破壊靭性を有する超硬合金製のコアと、前記超硬合金の強靭化されレーザー衝撃ピーニングされた表面層であって、前記コアの破壊靭性に比べて増加した破壊靭性を有する、表面層とを含む、請求項17に記載の方法を使用して製造される切削工具であって、前記破壊靭性は、等式(1)及び(2):
IC=0.0889H1/2×(P/4I)1/2 (1)
[式中、
H=30Nの荷重を使用したビッカース硬度(GPa);
P=加えられる力(ニュートン);及び
I=平均亀裂長さ(mm)]
I=(2c-2a)/2 (2)
[式中、
cは、押込みの中心から亀裂先端までの亀裂長さであり、
aは、押込みの半分の対角線長さであり、
以下の基準を満たす:
c/a>1.3及び0.25≦I/a≦2.5]
を使用して決定される、切削工具。
【請求項19】
前記超硬合金が、WC-X-YCo、NbC-X-YCo及びNbC-X-YNi(式中、Xは、Cr、MoC、TiC、SiC、TaC及びVCのうちの1つ又は組み合わせであり、Yは、バインダー相の質量百分率であり、4~16%の範囲にある)からなる群から選択される、請求項18に記載の切削工具。
【請求項20】
Yが、バインダー相の質量百分率であり、8~10%の範囲にある、請求項19に記載の切削工具。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、脆性材料の表面破壊靭性を改善するための方法及びシステムであって、それによりその他の機械特性、例えば耐摩耗性が改善される、方法に関する。本発明は、これらに限らないが詳細には、好ましくはレーザー衝撃ピーニングにより、残留圧縮応力を脆性材料中に生じさせる方法に関する。例えば、本発明は、切れ刃の破壊靭性を改善するために、超硬合金、例えばNbC及びWC系サーメットのレーザー衝撃ピーニングを実施する方法に関する。本発明は、本発明による方法を使用して製造される、超硬合金の切削要素又は切削要素インサートにも関する。
【背景技術】
【0002】
切削、掘削及びその他の工業用研磨工具は、例えば、超硬合金のような硬質の脆性材料から製造されることが一般的である。超硬合金は、よく知られており、元来、コバルトと結合したミクロンサイズの炭化タングステン粒子からなる。超硬炭化タングステンの利点は、高い靭性を有する一方で、工具鋼よりも耐摩耗性が高いことである。これらの特性の結果、超硬炭化タングステンは、長年にわたり、耐摩耗性及び靭性が重要な基準となる工業用途で使用される工具の製造において使用されてきた。
【0003】
そのような工具の機械的な切削特性を改善する試みのなかで、焼結プロセス、材料の組成、及び/又は材料の表面処理を改善することができた。
【0004】
材料の組成を改善する公知の試みには、サーメットの使用が含まれた。サーメットは、Co、Ni及び/又はFeのような延性金属マトリックスに埋め込まれたWC及び/又はNbCのようなセラミックスを含む複合材料である。炭化タングステン(WC)-コバルト(Co)系サーメットは、硬度、耐摩耗性、破壊靭性及び強度の組み合わせが良好であることを理由に、市販で最も成功を収めているサーメットである。しかしながら、近年のWC供給の制約及び増加するコスト、並びに低い化学的な安定性、特に鋼及び鋳鉄の機械加工についての安定性を原因として、炭化ニオブのような代替物が研究されてきた。炭化ニオブ(NbC)は、WC(約22.4GPa)と類似した硬度(約19.6GPa)、高温での適用に良好な高い融点(3522℃)、及び低密度(7.89g/cm)を有する。炭化ニオブは、WCに比べて改善された高温特性、例えば高温での高温硬度の保持力、及び特に鋼及び鋳鉄を機械加工する際に良好な化学的安定性を有する。しかしながら、従来の液相焼結(LPS)により製造されるNbC-Coサーメットは、NbCの粒成長を原因として、WC-Coサーメットよりも硬度及び破壊靭性が低い。破壊靭性(KIC)が低いと、図1に示されるように、機械的な欠陥、特にスポーリングが、NbC系工具インサートの切れ刃において生じる。この欠陥は典型的には、正面フライスの間の機械的及び熱的な繰り返し荷重によるものである。図1は、NbC-12Co(質量%)切削工具インサートの光学画像を示し、この画像では、BS1452灰色鋳鉄の正面フライスの間の機械的な欠陥を原因とする、(a)逃げ面及び(b)すくい面における切れ刃の壊滅的な欠陥を見ることができる。
【0005】
今日使用されている超硬合金は、依然として主に、コバルトで超硬化された炭化タングステンであるが、多くの変形形態が導入されてきた。例えば、炭化チタン及び炭化タンタル自体、又は炭化タングステンと混合された炭化チタン及び炭化タンタルが使用されてきた。幾つかの場合では、炭化クロム及び炭化モリブデンも炭化物混合物に添加される。その他の超硬化合金、例えばニッケル及び鉄の合金も提案されてきた。また、それらの切削特性を改善する試みのなかで、コーティングを超硬合金に施与することも提案されてきた。コバルトで超硬化された炭化タングステンの1つの欠点は、鋼及び鋳鉄を機械加工する際に、化学的な相互作用を防止するために、硬質フィルムコーティングが必要とされることである。この理由により、炭化ニオブは、そのようなコーティングを必要としないため、炭化タングステンの可能な代替物として研究されている。しかしながら、炭化ニオブを使用するというこれまでの試みは、研磨切削の間のスポーリングの問題を原因として失敗してきた。
【0006】
レーザー衝撃ピーニング(LSP)は、材料の表面をレーザーパルスで処理して有益な圧縮残留応力を材料内に付与し、表面に関連する欠陥に対する材料の耐久性を向上させる、よく知られた冷間加工プロセスである。LSPプロセスは、最先端の形態のピーニングのうちの1つであり、従来の機械的なピーニングプロセスに対して幾つかの利点を有する。LSPにより生じる圧縮残留応力の深さ及び大きさは、機械的なピーニングよりも大きい。LSPプロセスでは、急速なプラズマ膨張をもたらすためにターゲットにかけられる高出力のレーザーパルスが使用される。慣性閉じ込め媒体(inertial confinement medium)は、プラズマの圧力を閉じ込めて増加させ、数GPaの高圧力を得るために使用される。短時間の間隔で作用する高圧力により、材料の動的降伏強度を上回るのに十分な強度で固体のターゲットを通じて衝撃波が伝わり、これにより有益な圧縮残留応力が生じる。したがって、静的かつ繰り返しの荷重において亀裂伝播を阻害するこれらの圧縮応力により、破壊靭性(KIC)及び疲労寿命が改善される。
【0007】
しかしながら、機械的なショットピーニングと同様に、残留応力の生成が材料の表面を通して可塑性を導入することにより達成されるため、LSPは典型的には金属に施与される。脆性材料、例えばセラミックスにおいてLSPを実施する試みがなされてきたが、これらは、大部分が破壊靭性を改善することに成功を収めてこなかった。セラミックスにピーニングを使用することは、脆性材料が著しい塑性変形を示さないことがあり、それにより、改善された破壊靭性(KIC)に必要な残留応力の発生が不可能なことがあるため、問題があると考えられてきた。しかしながら、従来の機械的なショットピーニングは、非常に特殊な処理条件を使用して、幾つかのセラミックス、例えばSN-N320X及びA61について実施可能であると示されたが、方法の変動により損傷が生じる可能性がある。
【0008】
これらの工業用材料に対するLSPの効果についてほとんど研究が実施されてこなかったが、LSPにより、表面にクラックが生じ、脆性材料の壊滅的な破壊がもたらされることがあり、これにより、変形及び残留応力の生成を達成する範囲が非常に限定されることが判明した。
【0009】
特開2013-107143には、LSPを工具基材に実施し、工具基材と、工具に施与される硬質フィルムコーティングとの間の硬度差を減らし、これにより、工具基材と、TiAlNコーティングである硬質フィルムコーティングとの間の接着強度を改善する方法が記載されている。この方法の課題は、工具基材の表面硬度を増加させることであった。しかしながら、LSPの当業者であれば、公知のLSP法が、有形物の微細構造に影響を及ぼし、これにより微小硬度が増加することを周知しているだろう。この公知の方法の1つの欠点は、微小硬度を増加させることにより、破壊靭性が犠牲になることである。特開2013-107143では、工具基材の改善された破壊靭性も生じず、LSPプロセスにおける重要なパラメーターとしての破壊靭性の使用も述べられていない。
【0010】
Peng等(「Influence of Laser Shock Processing on WC-Co Hardmetal」、MATERIALS AND MANUFACTURING PROCESSES、第31部、no.6、2015年12月9日(2015-12-09)、794~801頁、XP00277716)では、コーティング、例えばTiAlNを、微細構造を変化させ、WC-Co工具の硬度を増加させる手法として使用する代わりに、LSPを使用することについて検討されている。また、この方法は、微細構造を変化させて工具基材の微小硬度を改善することに焦点を置いている。この文書において、改善された耐摩耗性は、LSPから生じる微粒化に起因する。この方法の焦点は、表面硬度を増加させることにあり、破壊靭性の役割を完全に無視している。LSPの技術分野における一般的な知見に基づくと、そのような微粒化及び表面硬度の改善は、表面靭性及び欠陥/瑕疵への耐久性(破壊靭性)を損なうことになる。
【0011】
Wang等(「Laser shock processing of polycrystalline alumina ceramics」JOURNAL OF THE AMERICAN CERAMICS SOCIETY、第100部、2016年11月7日、911~919頁、XP002777166)は、LSPから生じる微細構造の変化にも関し、特に、アルミナセラミックスの加工-微細構造-特性の関係を研究した。彼らは、LSPにより生じた表面の圧縮残留応力により、押込割れに対するアルミナセラミックスの耐久性を改善することができることを見出したが、アルミナの破壊靭性は非常に低く、アルミナ製の研磨切削工具はと容易に壊れる。
【0012】
コバルトマトリックス中の脆性材料、例えば炭化タングステンにおいてLSPを実施する別の方法は、独国特許出願公開第102007000486号から知られている。また、この方法は、表面硬度を増加させることに焦点を置いている。先に言及したように、これにより、破壊靭性が犠牲となる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0013】
【文献】特開2013-107143
【文献】独国特許出願公開第102007000486号
【非特許文献】
【0014】
【文献】Peng等(「Influence of Laser Shock Processing on WC-Co Hardmetal」、MATERIALS AND MANUFACTURING PROCESSES、第31部、no.6、2015年12月9日(2015-12-09)、794~801頁、XP00277716)
【文献】Wang等(「Laser shock processing of polycrystalline alumina ceramics」JOURNAL OF THE AMERICAN CERAMICS SOCIETY、第100部、2016年11月7日、911~919頁、XP002777166)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
脆性材料の切れ刃破壊靭性を改善する既存の方法、特に超硬合金においてレーザー衝撃ピーニングを実施する既存の方法から知られる問題の少なくとも幾つかを軽減することが、本発明の課題である。
【0016】
脆性材料において残留圧縮応力を生じさせる方法を提供すること、特に、既存の方法の有用な代替となる、脆性材料においてレーザー衝撃ピーニングを実施する方法を提供することが、本発明のさらなる課題である。更に、既存の切削工具の有用な代替となる工具、例えば切削工具を提供することが、本発明のさらなる課題である。
【課題を解決するための手段】
【0017】
本発明の第1の態様によると、超硬合金の耐摩耗性を改善する方法であって、
破壊靭性を選択基準として使用し、約6~約15MPa.m1/2の破壊靭性を有する超硬合金を選択する工程;
犠牲皮膜を超硬合金に施与する工程;並びに
レーザー衝撃ピーニングを使用して強靭化された表面層を生成することにより、超硬合金の破壊靭性を増加させ、これにより疲労及び応力腐食割れに対するその耐破壊性を増加させる工程
を含む方法が提供される。
【0018】
この方法は、その微細構造を変化させることなく、超硬合金の基材に残留圧縮応力を生じさせる工程を含む。
【0019】
LSPプロセスの間に脆性材料にもたらされるエネルギーは、約300mJ~約600mJの範囲、好ましくは約410mJ~約440mJの範囲にあってもよい。
【0020】
レーザー衝撃ピーニングに使用されるレーザーのスポット径は、約0.7~約1.2mmにあってもよい。
【0021】
LSPプロセスは、約7ns~約10nsのパルス持続時間(FWHM)を有していてもよい。
【0022】
LSPプロセスは、約8.6nsのパルス持続時間(FWHM)を有していてもよい。
【0023】
LSPプロセスは、約1~約20GW/cm、好ましくは約7.5~約8.5GW/cmの出力強度を有していてもよい。
【0024】
LSPプロセスは、0~90%のオーバーラップを有していてもよい。
【0025】
犠牲皮膜は、黒色のPVCテープの形態にある熱保護コーティングであることが好ましい。
【0026】
この方法は、レーザー透過媒体の形態にある慣性閉じ込め媒体、例えば水を使用する工程を含んでいてもよい。
【0027】
この方法は、急速焼結、例えば放電プラズマ焼結(SPS)により脆性材料を製造する工程を含んでいてもよい。
【0028】
超硬合金は、WC-X-YCo、NbC-X-YCo及びNbC-X-YNiからなる群から選択されてもよく、ここで、Xは、Cr、MoC、TiC、SiC、TaC及びVCのうちの1つ又は組み合わせであり、Yは、バインダー相の質量百分率であり、約4~約16%、好ましくは約8~約10%の範囲にある。
【0029】
本発明の別の態様によると、超硬合金切削インサートを有する切削工具を製造する方法であって、本発明の第1の態様による方法を使用して超硬合金の耐摩耗性を改善する工程を含む、方法が提供される。
【0030】
本発明のさらなる態様によると、6~15MPa.m1/2の破壊靭性を有する超硬合金製のコアと、レーザー衝撃ピーニングにより強靭化された表面層とを含む切削工具であって、処理された表面層が、コアの破壊靭性に比べて増加した破壊靭性を有する、切削工具が提供される。
【0031】
超硬合金は、WC-X-YCo、NbC-X-YCo及びNbC-X-YNiからなる群から選択されてもよく、ここで、Xは、Cr、MoC、TiC、SiC、TaC及びVCのうちの1つ又は組み合わせであり、Yは、バインダー相の質量百分率であり、約4~約16%、好ましくは約8~約10%の範囲にある。
【0032】
本発明の別の態様によると、超硬合金においてレーザー衝撃ピーニングを実施するシステムであって、約7ns~約10nsのパルス持続時間(FWHM)及び約1~約20GW/cmの出力強度で超硬合金に約300mJ~約600mJを送ることが可能なレーザー源と、レーザー衝撃ピーニングの間に超硬合金に施与するための犠牲皮膜と、レーザー透過媒体の形態にある慣性閉じ込め媒体とを含むシステムが提供される。
【0033】
犠牲皮膜は、黒いPVCテープの形態にある犠牲熱保護コーティングであることが好ましい。
【0034】
レーザー源により生成されるレーザーのスポット径は、約0.7~約1.2mmであってもよい。
【0035】
レーザー源は、超硬合金に約410mJ~約440mJを送ることが可能であってもよい。
【0036】
出力強度は、約7.5~約8.5GW/cmであってもよい。
【0037】
パルス持続時間は、約8.6nsであってもよい。
【0038】
ここで、以下の添付図面を参照して、本発明をより詳細に説明するが、これらは単なる例である。
【図面の簡単な説明】
【0039】
図1】機械的な欠陥を原因とする、(a)逃げ面及び(b)すくい面における切れ刃の壊滅的な欠陥を示す、NbC-12Co(質量%)切削工具インサートの光学画像を示す図である。
図2】(a)LPS及び(b)SPSにより焼結されたWC-12Co(質量%)のSEM-BSE画像を示す図である。WC(明るい)及びCo(暗い)が示されている。
図3】(a)LPS及び(b)SPSにより焼結されたNbC-12Ni(質量%)のSEM-BSE画像を示す図である。NbC(明るい)、Ni(中間)及び細孔(暗い)が示されている。
図4】ビッカース微小硬度(HV30)と破壊靭性(KIC)との間の関係を示すグラフである。
図5】LPSにより生成されたWC-Cr-12Co(W1-L)のSEM-SE画像を示す図である。(a)LSP前の長い放射状亀裂、及び(b)LSP後のより短い放射状亀裂が示されている。
図6】LPSにより生成されたNbC系C1-LサーメットのSEM-SE画像を示す図である。(a)LSP前の長い放射状亀裂、及び(b)LSP後のはるかにより短い放射状亀裂が示されている。
図7】SPSにより生成されたNbC系F1-SサーメットのSEM-SE画像を示す図である。(a)LSP前の長い放射状亀裂、及び(b)LSP後のより短い放射状亀裂が示されている。
図8】LPSにより生成されたNbC系C1-LサーメットのSEM-BSE画像を示す図である。(a)LSP前の亀裂伝播、及び(b)LSP後の亀裂伝播が示されている。
図9】LPSサーメットについて、LSPの前後で、ビッカース微小硬度(HV30)と破壊靭性(KIC)との間の関係を示すグラフである。
図10】放電プラズマ焼結サーメットについて、LSPの前後で、ビッカース微小硬度(HV30)と破壊靭性(KIC)との間の関係を示すグラフである。
図11】LSPの前後で、試験の間に使用されたサーメットすべての破壊靭性(KIC)の比較を示すグラフである。
図12】1mmの切込み深さでの100m/分の粗加工の間の、平均合力(FR)と逃げ面摩耗率(FWR)との間の比較を示すグラフである。
図13】0.5mmの切込み深さでの300m/分の中仕上げの間の、平均合力(FR)と逃げ面摩耗率(FWR)との間の比較を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0040】
本発明のいずれの実施形態について詳細に説明する前に、本発明は、その用途において、以下の説明に記載又は以下の図面に図示される構成の詳細及び構成要素の配置に限定されないことと理解されたい。本発明は、その他の実施形態が可能であり、かつ様々な手法で実践又は実施可能である。同様に、本明細書で使用される表現及び用語は、説明を目的としており、限定的なものと考えられるべきではないと理解されたい。本明細書において、「を含む(including、comprising)」又は「を有する」及びそれらの変型形態の使用は、後に一覧にされる項目及びそれらの等価物、並びにさらなる項目を包含することを意味する。本明細書及び添付の特許請求の範囲で使用されているように、単数形「1つの(a、an)」及び「その(the)」、並びに任意の用語の単数形としての使用は、明白かつ明確に1つの指示物に限定されていない限り、複数の指示物を含むことに言及したい。本明細書で使用されているように、「を含む」という用語及びその文法的な変形形態は、非限定的であることを意図しており、そのため、一覧内に列挙される項目は、一覧にされた項目に置換又は追加可能なその他の類似項目を除外することはない。
【0041】
これより、脆性材料の耐摩耗性を改善する方法の非限定的な例を説明する。この説明の文脈において、「脆性材料」という用語は、6~15MPa.m1/2のシェティの破壊靭性と9~17GPaのビッカース微小硬度とを併せ持つ材料を表す。この方法は、レーザー衝撃ピーニング(LSP)を実施することにより、脆性材料、例えば、セラミックス、超硬合金又はサーメット中に圧縮応力を導入する工程を含むことが好ましい。以下で詳細に論じられる例示的な方法では、様々なサーメットが使用される。これらのサーメットは典型的には、WC-X-YCo、NbC-X-YCo及びNbC-X-YNi(式中、Xは、Cr、MoC、TiC、SiC、TaC及びVCのうちの1つ又は組み合わせであり、Yは、バインダー相の質量百分率であり、約4~約16%、好ましくは約8~10%の範囲にある)からなる群から選択される。実験結果を論じる際に記載される方法において、サーメットは、WC-0.8Cr-12Co、NbC-12Co及びNbC-12Niを含む。しかしながら、この方法は、これらのサーメットに限定されてはおらず、その他の脆性材料についても使用可能であると理解されるべきである。更に、本明細書に記載の超硬合金又はサーメットは、切削工具、掘削工具、並びに耐摩耗性及び破壊靭性が重要な基準であるその他の工業用途で使用される工具の製造において特に用いることが可能であると想定される。本明細書において、工具という用語は、工具用のインサートを含むと解釈されるべきであり、ここでインサートが切れ刃を画定する。
【0042】
先に言及したように、従来の液相焼結(LPS)により生成されるNbC-Coサーメットは、NbCの粒成長を原因として、WC-Coサーメットよりも硬度及び破壊靭性が低い。NbCの粒径を低減するために、急速焼結技術、例えば放電プラズマ焼結(SPS)が使用される。SPSから生じる粒径の低減を理由として、硬度及び耐摩耗性が改善されることが分かった。しかしながら、SPS法により達成されるKICの変化は、ごく僅かである。表面処理、例えばレーザー衝撃ピーニングを実施する前において、KICを改善する1つの手法としては、サーメットの組成を変えることがある。例えば、組成は、CoバインダーをNiで完全又は部分的に置き換えることにより変えることが可能である。ニッケルは、Coよりも可塑性が高く、より延性のfcc構造(これはCoのように相変態を有しない)を常に保持し、これにより、KICが向上するが、硬度が減少する。
【0043】
SPS法では、粉末組成物を、放電プラズマ焼結炉内で圧密化する。粉末を、それぞれ約20.9mm及び約40mmの内径及び外径、並びに約48mmの高さを有する円筒形のグラファイトダイに注ぐ。良好な高密度化を達成するために、複合粉末アセンブリを、粉末組成に応じて、異なる焼結プロファイルを有する2つの工程で真空(典型的には約2Pa)にて加熱する。例えば、WC-10Co(質量%)粉末は、200℃/分の加熱速度で、まず1000℃に加熱され、続いて100℃/分の加熱速度で1220℃に加熱され、温度は、焼結の間、5分にわたり1220℃に保たれる。200℃/分の冷却速度をすべてのサーメットに適用する。加える圧力を、1000℃で16MPaから30MPaに調整し、30秒以内に、1220℃で30MPaから50MPaに調整する。その後、急速焼結サイクルの間、圧力を50MPaで一定に保つ。水平及び垂直のグラファイト紙を使用して、粉末をダイ及びパンチの構築物から分離する。六方晶窒化ホウ素をグラファイト紙に置き、焼結の間、グラファイト紙から粉末への炭素拡散を防止する。
【0044】
次に、亀裂に基づく現象、例えば疲労及び応力腐食割れに対するサーメットの耐久性を、表面処理により改善する。好ましい方法において、表面処理は、レーザー衝撃ピーニング(LSP)の形態にある。焼結後、標準的な金属組織学的手順を使用して、サーメットを研磨し、LSPをサーメットの研磨された表面において実施する。
【0045】
薄い水層を慣性閉じ込め媒体として使用して、レーザー出力強度と、スポット径と、スポットカバレッジとの最適化された組み合わせのLSPパラメーターをサーメットに適用する。発明者等は、以下の最適化されたレーザー衝撃ピーニングプロセス条件により、サーメットの表面に導入される圧縮応力が得られることを確認した:
1. エネルギー:約20mJ~約100000mJ、好ましくは約300mJ~約600mJ、最も好ましくは約410mJ~約440mJ;
2. スポット径:約0.7~約1.2mm;
3. パルス持続時間:約0.5ns~約50ns(FWHM)、好ましくは約7~約10ns、より好ましくは約8.6ns;
4. 出力強度:約1~約20GW/cm、好ましくは約7.5~約8.5GW/cm;及び
5. オーバーレイ:0%~90%のオーバーラップ
【0046】
LSPプロセスの間に、犠牲熱保護オーバーレイ又はコーティングをサーメットに施与する。PVCテープ、好ましくは黒色のPVCテープが、犠牲皮膜として特に効果的であることが分かった。また、LSPプロセスの間に、例えば水のようなレーザー透過媒体を慣性閉じ込め媒体として使用してもよい。
【0047】
上記の方法において、LSPは、表面コーティング、例えば硬質フィルムコーティングを施与する前に、切削工具又はインサートにおいて実施される。コーティングされていない切削工具又はインサートを、LSPを使用してピーニングして機械的破壊特性を改善し、その後、外部コーティングでコーティングして、その他の特性、例えば化学的安定性及び高温耐性を改善してもよいと想定される。したがって、本発明により耐摩耗性を改善する方法は、コーティングを有しない切削工具又はインサートに適用される。
【0048】
実験結果
上記の方法により生成したサーメットについて実験的試験を実施して、従来の方法により生成されたサーメットに対して、それらの機械特性を比較した。LSPパラメーターを最適化する間に、最も低いKICを有するサーメットを対照試料として使用して、生じた圧縮残留応力により亀裂が形成されないことを確かめた。その後、最適化された組み合わせのパラメーターを、すべてのサーメットに適用した。
【0049】
実験的試験において使用した従来のサーメットは、液相焼結により生成された。特に、粉末を真空(0.04MPa)にて2.4℃/分の初期加熱速度で1200℃まで加熱することにより、液相焼結を実施した。1200℃で、アルゴンガスを0.37MPaの圧力で加え、3.5℃/分の加熱速度で1430℃まで加熱することにより、コバルト損失保護(CLP)を実施した。温度を75分にわたり一定に保ち、最後の20分は、熱間静水圧プレス(HIP)を4.4MPaで行い、表面の多孔性をすべて除去した。その後、3.5℃/分の速度で、炉を水により冷却した。
【0050】
実験的試験において使用した様々な焼結試料を、以下のTable 1(表1)に示す。
【0051】
【表1】
【0052】
F1及びC1は、それらの耐摩耗性の特性を改善するための専有の炭化物添加剤を有するNbC系サーメットである。
【0053】
アルキメデスの原理を使用して、焼結サーメットの密度を求めた。超硬合金の微細構造を、エネルギー分散型X線分光法を用いて、電界放出型走査型電子顕微鏡で調べた。30Nの荷重を使用し、各サーメットの異なる領域における5つの押込みの平均を計算することにより、研磨された試料について、ビッカース微小硬度(HV30)をLSPの前後で測定した。シェティの等式を使用した破壊靭性(KIC)の正確な導出のための以下の基準:
c/a>1.3及び0.25≦I/a≦2.5
[式中、cは、押込みの中心から亀裂先端までの亀裂長さであり、aは、押込みの半分の対角線長さであり、Iは、cとaとの差である]
を満たした。
【0054】
シェティの破壊靭性を、以下の等式(1)及び(2):
IC=0.0889H1/2×(P/4I)1/2 (1)
[式中、H=ビッカース硬度(GPa)
P=加えられる力(ニュートン)
I=平均亀裂長さ(mm)]
I=(2c-2a)/2 (2)
を使用して計算した。
【0055】
図2(a)及び図2(b)は、従来のLPS及びSPSによりそれぞれ焼結されたWC-10Co(質量%)のSEM顕微鏡写真を示す。LPSサーメット(図2(a))は、SPSサーメット(図2(b))よりも小さくかつ均質に分布したCoプール(pool)を有するより大きなWC粒子を有する。SPSサーメット中のより微細なWC粒子は、焼結滞留時間がより短いこと、及び焼結温度がより低いことにより生じ、これにより、連続的なオストワルド熟成が防止された。LPSサーメットにおけるより均質なCoバインダーの分布は、焼結の間にCo液相が形成され、これによりWCの溶解度が向上すること、並びに焼結の二次再配列段階における細孔間の液相の毛細管現象によるものであった。
【0056】
SPSの間、パルス電流が流れると、導電性粒子(Co及びNi)の中心から表面までの温度にかなりの変化がある。接触面の温度は、数千度までの非常に高い値に達し、一時的に溶融し、続いて、金属バインダーが急速に凝固する。急速な凝固により、バインダー相の均質な分布が妨害され、このことは、SPSサーメットにおけるバインダーの分布が不十分であることを表す。同様に、図3は、LPSNbC-12Ni(質量%)(図3(a))のサーメットが、SPSにより生成された類似した組成物よりも大きなNbC粒子を有していたことを示す。この傾向は、LPS及びSPSの双方により生成されたすべてのサーメットにおいて観察された。幾つかの細孔が、NbC系の組成物の微細構造中に観察され、これらの細孔は、焼結の間に球形の細孔を生成した出発NbC粉末(1.6質量%)中の酸素不純物に起因しており、このことは、NbC系サーメットの高密度化が、WCサーメットに比べて僅かに低いことを表す(以下のTable 2(表2)参照)。
【0057】
以下のTable 2(表2)及び図4から、すべてのSPSサーメットが、LPSにより生成された類似した組成物試料より高い微小硬度を有していたことが分かる。これは、焼結時間が短く、焼結温度がより低いことから、WC及びNbC粒子がより微細になることを要因とする。LPS及びSPSWC-12Co(質量%)サーメットのどちらも、NbCの微小硬度(19.6GPa)に比べてWCの微小硬度(22.4GPa)がより高いことを理由に、焼結技術とは無関係に、すべてのNbC系サーメットよりも高い微小硬度を有していた。ニッケルは、コバルトよりも硬度が低く、かつ可塑性が高いため、NbCサーメットにおいてCoをNiで置き換えることにより、硬度が減少した。LPSサーメットはすべて、焼結中の粒子の二次再配列からバインダーの分布がより良好であるため、通常、それらのSPS対応物よりも高いKICを有していた(Table 2(表2)及び図4)。
【0058】
【表2】
【0059】
SPS及びLPSNbC-12Co(質量%)サーメットのどちらも、同じCoバインダー含量を有していたが、WC-12Co(質量%)サーメットよりもはるかに低いKICを有していた。KICの減少は、WCにおけるCoの濡れよりもNbCにおけるCoの濡れが低いこと、及びWCのCoへの溶解度よりもNbCのCoへの溶解度が低いことを要因としており、これにより、脆弱な相互接続したNbC網目構造が形成され、Coの分布が低くなる。NbC系サーメットにおいてCoをNiで置き換えると、Niの可塑性がより高いこと、及びそのfcc構造が安定していることを理由として、KICが著しく改善された。C1-Lサーメットは、LPSからのNbC粒子が大きいために、硬度及びKICの組み合わせが最も低かった。
【0060】
次に、サーメットにおけるレーザー衝撃ピーニング(LSP)の効果を調べた。図5図7は、LSP前後のW1-L、C1-L及びF1-Sサーメットにおけるビッカース微小硬度(HV30)圧痕及び亀裂長さを示す。圧痕の亀裂長さを使用してシェティの破壊靭性を計算し、その際、亀裂長さが長いほど破壊靭性が低い。サーメットはすべて、焼結技術とは無関係に、レーザー衝撃ピーニング(LSP)の前よりも後に亀裂長さがより短かった。通常、液相焼結サーメットは、SPSにより生成されるサーメットよりも亀裂長さの減少が大きかった(図5図7)。しかしながら、元々低いKIC値(約7MPa.m1/2)を有する液相焼結サーメット、例えばC1-L(図4)は、より高いKIC値を有する液相焼結サーメット、例えばW1-Lよりも亀裂長さの減少が大きかった(図5及び図6)。
【0061】
亀裂伝播モードにおける変化は、LSPの前後で観察されなかった。サーメットにおける最も重大な破壊モードである粒内亀裂伝播は、すべてのサーメットにおいて主な破壊モードであった。亀裂伝播モードの変化なしの場合、LSP後に減少した亀裂長さ(図8)は、粒内亀裂伝播を制限する圧縮残留応力(CRS)が生じたことに起因していた。
【0062】
更に、サーメットの微細構造の変化は、LSPプロセスの後には観察されなかった。粒径分布及びバインダー相の分布は、LSPプロセスを適用することにより大きく変化することはなかった。
【0063】
図9及び図10に示されるように、実験結果に基づくと、LSPにより、すべてのサーメットのKICが改善され、かつ微小硬度が維持されることが分かった。図11から、LSP前の低いKICを有する液相焼結サーメットは、LSP前の高いKIC(約10%)を有するLPSサーメットよりも、KICの増加がはるかにより大きい(2倍)ことが分かる。KICの著しい増加には、2つの理由が起因していると考えられる。第一に、最も低いKICを有する試料が、最適化パラメーターを推定するために使用されたため、LSP前のより高いKICを有するサーメットは、より攻撃的なLSP条件下でより高いKICを達成したと思われる。最も低いLSP前のKICを有する試料は、より攻撃的なLSP条件下で表面亀裂が生じたが、より高いLSP前のKICを有する試料は、靭性がより高く、これにより、より高い圧縮残留応力が生じ、かつKICが増加するため、同じ条件下で亀裂を形成しない可能性がある。第二に、最大KIC(閾値)が、特定のサーメット組成について存在する可能性がある。これは、LSP前の高いKIC値を有するサーメット(N2-L及びF1-L)の圧痕縁(indentation edge)において、非常に短い亀裂(場合によって亀裂なし)がLSP後に観察されたからであり、このことは、シェティのKICが最大であることを示していた。通常、液相焼結サーメットは、放電プラズマ焼結サーメットの硬度がより高いため、放電プラズマ焼結により生成される類似した組成物試料よりもKICが高い(図11)。例えば、N1-Sサーメットは、LSP後に、N1-Lよりも約3GPa硬く(Table 2(表2)及び図4)、2倍のKICを有するN1-Lに比べてKICが約20%増加していた(図11)。SPSサーメットにおける硬度がより高いことにより、LSPの間の塑性変形量が制限され、それにより、生じた圧縮残留応力の強化効果が低下した可能性がある。
【0064】
サーメットにおいて、硬度とKICとの間には反比例の関係があり、よって、一般的には、硬度が増加すると、KICは減少する。しかしながら、本発明による方法に従うことより、特に、急速焼結(SPS)と、組成の違い(WCをNbCで置き換えること、及びCoをNiで置き換えること)と、表面処理(LSP)とを組み合わせることにより、同じサーメットについて、硬度を維持すること、及びKICを増加させることが可能である。
【0065】
実験結果の上記の説明から、同じサーメット組成の場合、放電プラズマ焼結(SPS)によって、従来の液相焼結(LPS)よりも硬度が高くなると理解されるべきである。LPS及びSPSWC-12Co(質量%)サーメットのどちらも、NbCよりもWCの硬度が高く、NbCのCoへの溶解度よりもWCのCoへの溶解度が高く、NbCのNiへの溶解度も同様であることを理由に、すべてのNbC系サーメットよりも硬度が高かった。NbCサーメットにおいてCoをNiで置き換えると、Niの可塑性がCoよりも高いこと、及びNiのfcc構造が安定していることを理由として、KICが増加した。有利には、レーザー衝撃ピーニング(LSP)により、組成及び焼結方法とは無関係に、すべてのKIC値が増加した。低いKIC(約6~7MPa.m1/2)及び低い微小硬度(約9~10GPa)を有する液相焼結サーメットにおいて、約100%のKICの増加が観察された。レーザー衝撃ピーニングされたSPSサーメットは、LSP中の塑性変形を制限する高い硬度を理由として、KICの増加が約20~30%であった一方で、最初から高いKIC値(約14~15MPa.m1/2)を有するサーメットは、KICの増加が最小の約10%であった。
【0066】
脆性材料の破壊靭性を増加させる方法の上記の説明から、放電プラズマ焼結(SPS)により微細構造が改善され、それにより、従来の液相焼結(LPS)により生成される類似した材料に比べて、硬度が上昇することが明らかである。NbC系サーメットにおいて、WCをNbCで置き換えると硬度が減少し、CoをNiで置き換えると、KICが増加するが、硬度が減少することも分かった。しかしながら、発明者等は、脆性材料、例えば超硬合金及びサーメットについてLSPを正常に実施可能にする一連のレーザー衝撃ピーニング(LSP)パラメーターを特定した。先に述べた実験結果の検討から、すべてのサーメットについてLSPが正常に実施されたことが分かり、これは、硬度が維持されつつ、KICが上昇したことを示す。最初に6~7MPa.m1/2の領域の低いKIC値を有していた液相焼結サーメットについてLSPを実施した後に、KICが2倍になった。他方で、SPSサーメットは、LSP後に、約20~30%のKICの増加を示した。最初は約14~15MPa.m1/2の領域の高いKIC値を有していたNbC-Niサーメットは、約10%の最も低いKICの増加を示した。急速焼結、サーメット組成の変更、特にLPSを使用することにより、サーメットについて硬度を維持し、かつ破壊靭性を改善することが可能であると示された。
【0067】
本発明による先に言及した方法は、脆性材料、例えば超硬合金及びサーメット製の工具を製造又は処理するために使用され得ると想定される。例えば、これらの工具は、切削要素、切削要素インサート、穴あけ工具、穴あけ工具インサート、掘削工具、掘削及び機械加工産業における摩耗部品、又は硬度及び破壊靭性が重要な基準となるその他の工具の形態にあり得る。先に言及した方法を行うことにより、特に、約6~14MPa.m1/2の破壊靭性を有する超硬合金又はサーメット材料製のコアを有する工具にLSPを実施する工程により、コアの破壊靭性に比べて破壊靭性が増加した靭性化された表面層が得られる。靭性化された表面層の増加した破壊靭性は、破壊に対する工具の耐久性を増加させる働きをする。
【0068】
灰色鋳鉄正面フライス用のWC及びNbCサーメット系インサートに対するLSPの効果
サーメットインサートの組成及び機械特性
切削インサートを従来の液相焼結(LPS)及び急速放電プラズマ焼結(SPS)により製造した。組成物1つごとに2つのインサートを製造した。調べたインサート組成を、以下のTable 3(表3)に示す。LSP前後のインサートの機械特性を、Table 4(表4)に示す。増加した破壊靭性と維持された硬度の値とが、LSP後のすべてのインサート組成物において観察された。
【0069】
【表3】
【0070】
【表4】
【0071】
調べた正面フライスのパラメーター
製造したインサートを、粗加工、中仕上げ及び仕上げ条件下で試験して、灰色鋳鉄正面フライスの様々な段階におけるLSPの効果を評価した。調べたパラメーターをTable 5(表5)に示す。
【0072】
【表5】
【0073】
結果
図12は、1mmの切込み深さ、100m/分での、粗加工における逃げ面摩耗率(FWR)と平均合力(FR)との比較を示す。LSP後にFWRが増加したNbC-8Ni-S[LP]インサートは別として、その他すべてのインサートは、LSPにより処理されなかった類似した組成物に比べてFWRが低く、このことは、これらのインサートの工具寿命が改善されたことを示している。ピーニングされていないNbC-8Ni-Sインサートは、その他のピーニングされていないインサートに比べて、FWRが最も低かった。性能の改善は、インサートの切れ刃において、圧縮残留応力が生じており、かつ破壊靭性がより高いことに起因していた。同様に、300m/分での中仕上げ(図13)において、NbC-8Ni-S[LP]インサートを除くすべてのレーザーピーニングされたインサートは、ピーニングされなかった類似した組成物に比べてFWRが低く、このことは更に、LSPにより工具寿命が改善されたことを示している。
【0074】
灰色鋳鉄正面フライスの試験から、本発明の方法により処理された切削工具は、寿命が改善されていると分かる。上記の試験から、寿命の改善は、破壊靭性が増加した結果であり、超硬合金の微細構造の変化から生じる微小硬度の増加によるものではないと結論付けられる。微小硬度の増加が無視できる程度であるにもかかわらず、切削工具の寿命の増加が達成される。
【0075】
本発明の方法が従来技術の方法から大きく異なる点は、本発明の方法が、硬度ではなく破壊靭性に焦点を当てていることである。本発明による方法は、超硬合金の微小硬度の変化に関するものではない。破壊靭性の増加は、超硬合金の微細構造を変化させることなく圧縮残留応力の生成に焦点を置く本発明の方法を使用することにより達成されると考えられる。これは、特に超硬合金の微細構造を変化させて微小硬度を増加させる高出力レーザービームを使用する従来技術の方法とは対照的である。硬度を改善するという焦点から離れた方法論におけるこの変化は、その破壊靭性に基づいて超硬合金を選択する本発明による方法を生み出す結果となった。
【0076】
上記のものは、単なる幾つかの例示的な本発明の実施形態に過ぎず、本発明の思想及び範囲から逸脱することなく、多くの変形形態が存在し得ることと理解される。本願から、本発明の特定の特徴は、図において一般的に説明及び/又は図示されているように、様々な異なる構成により配置及び設計可能であると容易に理解される。このように、本発明の説明及び関連する図は、本発明の範囲を制限するために用いられるのではなく、単に選択された実施形態を表すために用いられる。
【0077】
当業者であれば、特に明記しない限り、又はこれらの特性が不適合であることが明らかでない限り、所与の実施形態の技術的特性を、別の実施形態の特性と実際に組み合わせることができると理解するであろう。同様に、所与の実施形態に記載の技術的特性は、特に明記しない限り、この実施形態のその他の特性から分けることが可能である。
図1
図2(a)】
図2(b)】
図3
図4
図5(a)】
図5(b)】
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13