(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-10-10
(45)【発行日】2023-10-18
(54)【発明の名称】死菌化微生物の製造方法、S,S-エチレンジアミン-N,N’-ジコハク酸又はその塩の製造方法及び菌体液
(51)【国際特許分類】
C12N 1/21 20060101AFI20231011BHJP
C12P 13/00 20060101ALI20231011BHJP
C12N 9/88 20060101ALN20231011BHJP
C12N 15/60 20060101ALN20231011BHJP
【FI】
C12N1/21 ZNA
C12P13/00
C12N9/88
C12N15/60
(21)【出願番号】P 2019068324
(22)【出願日】2019-03-29
【審査請求日】2021-12-02
(73)【特許権者】
【識別番号】000005887
【氏名又は名称】三井化学株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100084995
【氏名又は名称】加藤 和詳
(74)【代理人】
【識別番号】100099025
【氏名又は名称】福田 浩志
(72)【発明者】
【氏名】舘野 俊博
(72)【発明者】
【氏名】夏地 明子
(72)【発明者】
【氏名】中久保 周
【審査官】田ノ上 拓自
(56)【参考文献】
【文献】特開2004-242533(JP,A)
【文献】特開2003-018983(JP,A)
【文献】特開2004-024059(JP,A)
【文献】特開2001-136958(JP,A)
【文献】特開平09-140390(JP,A)
【文献】特開平09-289895(JP,A)
【文献】特開平10-052292(JP,A)
【文献】Biosci. Biotechnol. Biochem.,1999年,Vol.63, No.7,p.1269-1273
【文献】Chemistry & Biology, 2001年,Vol.8,p.831-842
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 1/00-7/08
C12P 1/00-41/00
C12N 9/88
C12N 15/60
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
生存する微生物を含む菌体液と、フマル酸と、を混合した液体を53℃超57℃以下で保温することを含み、
前記微生物は、エチレンジアミン-N,N’-ジコハク酸;エチレンジアミンリアーゼ
を発現する遺伝子組換え大腸菌であ
り、
熱処理後にてエチレンジアミン-N,N’-ジコハク酸;エチレンジアミンリアーゼ活性を維持している死菌化微生物の製造方法。
【請求項2】
前記液体に含まれる前記フマル酸の濃度は、0.3質量%以上である請求項1に記載の死菌化微生物の製造方法。
【請求項3】
前記液体を54℃~57℃にて保温する請求項1又は請求項2に記載の死菌化微生物の製造方法。
【請求項4】
請求項1~請求項3のいずれか1項に記載の死菌化微生物の製造方法により、死菌化微生物及び前記エチレンジアミン-N,N’-ジコハク酸;エチレンジアミンリアーゼを含む菌体液を準備することと、
前記準備した菌体液中にて、フマル酸及びマレイン酸の少なくとも一方であるジカルボン酸と、エチレンジアミンとを反応させることと、を含むS,S-エチレンジアミン-N,N'-ジコハク酸又はその塩の製造方法。
【請求項5】
死菌化微生物と、フマル酸と、を含み、
前記死菌化微生物は、エチレンジアミン-N,N’-ジコハク酸;エチレンジアミンリアーゼ
を発現する遺伝子組換え大腸菌である菌体液(但し、菌体液がエチレンジアミンを含む場合を除く)。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、死菌化微生物の製造方法、S,S-エチレンジアミン-N,N'-ジコハク酸又はその塩の製造方法及び菌体液に関する。
【背景技術】
【0002】
微生物が有する酵素活性は種々の化合物の製造に利用されており、例えば、S,S-エチレンジアミン-N,N’-ジコハク酸(EDDS)の製造に利用されている。EDDSは、高い生分解性を有するキレート剤であり、洗剤、化粧品等に用いられる。
【0003】
しかし、遺伝子組換え微生物を工業的に使用する場合、化合物の製造工程での微生物の漏出、製品への混入等の問題が生じないように対策を講じる必要があり、閉鎖系外に出すためには遺伝子組換え微生物を死菌化することが必要である。
【0004】
微生物の死菌化方法として、例えば、熱処理、菌体破砕等が挙げられる。熱処理による死菌化は、熱により酵素活性の低下、タンパク質の変質等が生じやすいため、酵素、タンパク質等が熱安定性を有していないと採用しにくいという問題がある。また、菌体破砕による死菌化は、破砕時の酵素の失活、タンパク質の変性等が生じやすく、破砕後の煩雑な操作により粗酵素液等を分離、精製する必要があり、非常に負荷が高いという問題がある。これらの問題を踏まえ、微生物の死菌化方法として、微生物をキレート剤及び界面活性剤を含む水性媒体中で処理することにより死菌化する方法等が報告されている(例えば、特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
加熱による死菌化は、酵素活性が低下するリスクが高く、酵素活性の維持と、死菌化との両立を図ることが困難である。しかしながら、加熱により死菌化を行う方法は処理が容易であるため、酵素活性が低下しない熱処理による死菌化方法が求められている。
【0007】
そこで、本開示は、熱処理を経ても、酵素活性を維持しつつ、微生物を死菌化できる死菌化微生物の製造方法、この製造方法を用いたS,S-エチレンジアミン-N,N'-ジコハク酸又はその塩の製造方法を提供することを目的とする。
また、本開示は、死菌化微生物を含む新規の菌体液を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本開示は、以下の態様を含む。
<1> 生存する微生物を含む菌体液と、フマル酸及びマレイン酸の少なくとも一方であるジカルボン酸と、を混合した液体を53℃超で保温することを含む死菌化微生物の製造方法。
<2> 前記液体に含まれる前記ジカルボン酸の濃度は、0.3質量%以上である<1>に記載の死菌化微生物の製造方法。
<3> 前記液体を54℃~60℃にて保温する<1>又は<2>に記載の死菌化微生物の製造方法。
<4> 前記微生物は、エチレンジアミン-N,N’-ジコハク酸;エチレンジアミンリアーゼ産生能を有する微生物である<1>~<3>のいずれか1つに記載の死菌化微生物の製造方法。
<5> 前記微生物は、エチレンジアミン-N,N’-ジコハク酸;エチレンジアミンリアーゼ産生能を有する遺伝子組換え大腸菌である<1>~<3>のいずれか1つに記載の死菌化微生物の製造方法。
【0009】
<6> <4>又は<5>に記載の死菌化微生物の製造方法により、死菌化微生物及び前記エチレンジアミン-N,N’-ジコハク酸;エチレンジアミンリアーゼを含む菌体液を準備することと、前記準備した菌体液中にて、フマル酸及びマレイン酸の少なくとも一方であるジカルボン酸と、エチレンジアミンとを反応させることと、を含むS,S-エチレンジアミン-N,N'-ジコハク酸又はその塩の製造方法。
【0010】
<7> 死菌化微生物と、フマル酸及びマレイン酸の少なくとも一方であるジカルボン酸と、を含む菌体液。
<8> 前記死菌化微生物は、エチレンジアミン-N,N’-ジコハク酸;エチレンジアミンリアーゼ産生能を有する遺伝子組換え大腸菌である<7>に記載の菌体液。
【発明の効果】
【0011】
本開示によれば、熱処理を経ても、酵素活性を維持しつつ、微生物を死菌化できる死菌化微生物の製造方法、この製造方法を用いたS,S-エチレンジアミン-N,N'-ジコハク酸又はその塩の製造方法を提供することができる。
また、本開示によれば、死菌化微生物を含む新規の菌体液を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本開示において「工程」との語は、独立した工程だけでなく、他の工程と明確に区別できない場合であっても当該工程の所期の目的が達成されれば、本用語に含まれる。
本開示において「~」を用いて示された数値範囲は、「~」の前後に記載される数値をそれぞれ最小値及び最大値として含む範囲を示す。
本開示において、記載される各要素は、その数について特に明記されない限りは、一つ存在しても、複数存在しても構わない。
【0013】
本開示において各成分は該当する物質を複数種含んでいてもよい。本開示において液体中の各成分の量について言及する場合、液体中に各成分に該当する物質が複数種存在する場合には、特に断らない限り、液体中に存在する当該複数種の物質の合計量を意味する。
【0014】
本開示のS,S-エチレンジアミン-N,N’-ジコハク酸(EDDS)の塩としては、EDDSと後述する金属イオンとの塩、EDDSとアンモニウムイオン等の有機物イオンとの塩等が挙げられる。EDDSは、EDDSと水との水和物の状態で存在していてもよい。
【0015】
本開示において、「フマル酸及びマレイン酸」は、塩であってもよく、例えば、ナトリウム等のアルカリ金属の塩であってもよく、一アルカリ金属塩であってもよく、二アルカリ金属塩であってもよい。
【0016】
[死菌化微生物の製造方法]
本開示の死菌化微生物の製造方法は、生存する微生物を含む菌体液と、フマル酸及びマレイン酸の少なくとも一方であるジカルボン酸(以下、「特定ジカルボン酸」とも称する。)と、を混合した液体を53℃超で保温することを含む。本開示では、微生物を含む菌体液を特定ジカルボン酸と混合し、混合してなる液体を53℃超で保温することにより、酵素活性を維持しつつ、微生物を死菌化できる。
【0017】
<生存する微生物を含む菌体液>
本開示において、生存する微生物を含む菌体液は、生存している微生物と液体とを含んでいればよく、特に限定はされない。
生存している微生物を含む菌体液は、例えば、微生物を培養して得られた培養物でもよいし、培養物から遠心分離などの適当な方法で微生物を分離し、培地、緩衝液などに再懸濁したものでもよい。
液体としては、LB培地、M9培地等の微生物用の培地、各種緩衝液(例えば、リン酸緩衝液、クエン酸緩衝)などが挙げられる。微生物用の培地は、死菌化の対象とする微生物の種類によって適宜選択することができる。
【0018】
生存する微生物を含む菌体液に含まれる微生物は特に限定されず、死菌化微生物の使用目的に応じて死菌化の対象とする微生物を選択すればよい。例えば、化合物を製造するための触媒として利用可能な酵素を産生する微生物を、製造する化合物又は製造方法に応じて選択すればよい。
【0019】
例えば、S,S-エチレンジアミン-N,N’-ジコハク酸(以下、「EDDS」とも称する。)又はその塩を製造する目的では、エチレンジアミン-N,N’-ジコハク酸;エチレンジアミンリアーゼ(以下、「EDDS合成酵素」とも称する。)産生能を有する微生物を選択することが好ましい。エチレンジアミン-N,N’-ジコハク酸;エチレンジアミンリアーゼ産生能を有する微生物を、リアーゼ活性を維持しつつ死菌化し、特定ジカルボン酸及びエチレンジアミンをEDDS又はその塩へ変換する反応の触媒として利用することができる。
微生物は1種類を含んでもよいし、2種類以上の微生物を含んでいてもよい。複数の種類の微生物を含む場合、微生物が有する酵素は同じでもよいし異なっていてもよい。あるいは、1種類の微生物が2種類以上の酵素を含んでいてもよい。
【0020】
生存している微生物を含む菌体液における生菌の濃度は特に限定されないが、105cfu/mL~1015cfu/mLの範囲とすればよく、好ましくは106cfu/mL~1014cfu/mL、より好ましくは107cfu/mL~1013cfu/mL、さらに好ましくは108cfu/mL~1012cfu/mL、特に好ましくは109cfu/mL~1011cfu/mLの範囲とすればよい。
生菌の濃度は、微生物の種類に応じて通常の方法で測定可能である。例えば、一定量の試料を希釈し、寒天培地等に塗布し、発育したコロニー数を数える方法によって測定することができる。
【0021】
本開示の死菌化微生物の製造方法に特に好適な微生物としては、EDDS合成酵素産生能を有する微生物が挙げられる。EDDS合成酵素は、特定ジカルボン酸及びエチレンジアミンをEDDS又はその塩へ変換する酵素である。
【0022】
EDDS合成酵素の具体例としては、特開2004-242533号公報における配列番号1及び配列番号2のエチレンジアミン-N,N’-ジコハク酸;エチレンジアミンリアーゼ、段落0007~0008に記載されたエチレンジアミン-N,N’-ジコハク酸;エチレンジアミンリアーゼ等が挙げられる。
EDDS合成酵素を得る具体的な手法としては、例えば、特開2004-242533号公報に記載された方法が挙げられる。
EDDS合成酵素は、薬剤処理、ポリマー等に固定化処理等が施された酵素であってもよい。前記薬剤処理及び固定化処理の方法は特に制限されず、公知の方法が適用できる。
【0023】
微生物は、EDDS合成酵素を産生するものであれば、特に制限されない。前記微生物は天然に存在する微生物に制限されず、EDDS合成酵素を産生するように遺伝子組み換えされた組換え微生物であってもよい。
【0024】
組換え微生物は、例えば、EDDS合成酵素をコードする遺伝子を含有する発現ベクターを宿主微生物の細胞内に含む形質転換体である。宿主微生物への発現ベクターの導入方法は、微生物の細胞内にDNAを導入する方法であれば特に制限されず、リン酸カルシウム法、リポフェクション法、エレクトロポーション法等の公知の手法が適用できる。
【0025】
宿主微生物としては、エシェリヒア(Escherichia)属、バークホルデリア(Burkholderia)属、アシドボラックス(Acidovorax)属、シュードモナス(Pseudomonas)属、パラコッカス(Paracoccus)属、スフィンゴモナス(Sphingomonas)属、ブレブンジモナス(Brevundimonas)属等に属する微生物が挙げられる。これらの中でも、宿主微生物は、エシェリヒア(Escherichia)属に属する微生物であることが好ましく、大腸菌(Escherichia coli)であることがより好ましい。
【0026】
微生物は、薬剤処理、ポリマー等に固定化処理などが施された微生物であってもよい。前記薬剤処理及び固定化処理の方法は特に制限されず、公知の方法が適用できる。
【0027】
本開示の一態様として、例えば、微生物は、ポリマー等に固定化処理されていない形態で存在していてもよい。
【0028】
<死菌化処理工程>
本開示の製造方法は、生存する微生物を含む菌体液と、特定ジカルボン酸とを混合した液体を53℃超で保温すること(死菌化処理工程)を含む。
【0029】
死菌化処理工程においては、生存する微生物を含む菌体液を、特定ジカルボン酸と混合して液体を得る。液体に含まれる特定ジカルボン酸の濃度は、液体全量に対して、0.3質量%以上であることが好ましく、0.3質量%~20質量%であることがより好ましく、0.5質量%~10質量%であることがさらに好ましく、2質量%~10質量%であることが特に好ましく、5質量%~10質量%であることが極めて好ましい。液体に含まれる特定ジカルボン酸の濃度が、0.3質量%以上であることにより、死菌化処理工程後の酵素活性の低下を抑制できる傾向にある。さらに、液体に含まれる特定ジカルボン酸の濃度が、20質量%以下であることにより、酵素活性の低下をより好適に抑制できる傾向にある。
【0030】
液体に含まれる特定ジカルボン酸としては、フマル酸及びマレイン酸の少なくとも一方であればよく、死菌化対象である微生物がEDDS合成酵素産生能を有する微生物である場合、効率よくEDDS又はその塩を製造する点から、フマル酸であることが好ましい。
【0031】
死菌化処理工程においては、菌体液と、特定ジカルボン酸とを混合した液体を53℃超で保温する。これにより、生存している微生物を死菌化することができる。生存している微生物を好適に死菌化しつつ、酵素活性の低下を好適に抑制する点から、菌体液と、特定ジカルボン酸とを混合した液体を54℃~60℃にて保温することが好ましく、54℃~57℃にて保温することがより好ましく、54℃~56℃にて保温することがさらに好ましい。なお、前述の液体を保温する温度は、53℃超であれば、保温中に変動してもよい。
【0032】
本開示の死菌化微生物の製造方法において、製造された死菌化微生物における目的の酵素活性は、死菌化処理工程を行う前の微生物の酵素活性を100%としたとき、80%以上であることが好ましく、100%以上であることがより好ましく、120%以上であることがさらに好ましく、130%以上であることが特に好ましい。
酵素活性の測定は、酵素の種類に応じた標準的な方法で行うことができ、EDDS合成酵素の場合には、後述する実施例に記載の方法で測定すればよい。
【0033】
死菌化処理工程においては、菌体液と、特定ジカルボン酸とを混合した液体を53℃超で保温する時間としては、特に限定されず、例えば、1分~24時間であってもよく、10分~8時間であってもよく、30分~1時間であってもよい。
【0034】
死菌化処理工程において、菌体液と、特定ジカルボン酸とを混合した液体は静置してもよいし、振盪又は撹拌を行ってもよく、若しくは静置、振盪及び撹拌を組み合わせて行ってもよい。
【0035】
<培養工程>
本開示の死菌化微生物の製造方法は、死菌化処理工程の前に、生存する微生物を含む菌体液を調製すること(培養工程)を含んでいてもよい。
微生物を、分子生物学、生物工学、遺伝子工学等の分野において公知の一般的な方法で培養することにより、所望の量の微生物を調製することができる。培地は微生物の種類によって適宜選択すればよく、例えば、LB培地、M9培地等の通常の液体培地に、微生物を植菌した後、適当な培養温度で適当な時間培養することにより微生物を増殖させることができる。
微生物の増殖性を良好に維持するために、培養工程においては、培地が特定ジカルボン酸を含まず、特定ジカルボン酸は培養工程の後に混合されることが好ましい。
【0036】
例えば、EDDS合成酵素を産生する遺伝子組換え大腸菌の場合、LB培地又はM9培地等の大腸菌の培養に利用される培地を用いて20℃~40℃で3時間~72時間培養することによって微生物を増殖させることができる。また、遺伝子組換え大腸菌の一般的な培養条件を適用することができる。
【0037】
<凍結工程>
本開示の死菌化微生物の製造方法においては、目的とする酵素を含む、死菌化処理工程後の死菌化微生物と、前述の特定ジカルボン酸と、を含む菌体液を凍結する凍結工程を含んでいてもよい。
凍結工程を行うことによって、目的とする酵素の活性をより安定的に維持することができる。
前記菌体液は、そのまま凍結してもよいし、濾過などの公知の手段によって濃縮後に凍結してもよい。あるいは、バイオリアクターとして使用するための容器に充填した状態で凍結してもよい。
凍結は一般的な温度範囲で行えばよい。例えば、-80℃~0℃で凍結を行えばよく、さらに好ましくは-80℃~-20℃の範囲で凍結を行えばよい。
凍結工程では、ポリエチレングリコール、2-メチル-2,4-ペンタンジオール等の安定化剤を用いてもよい。
【0038】
<集菌工程>
本開示の死菌化微生物の製造方法においては、培養工程後の生菌、又は、死菌化処理後の死菌化微生物を集菌する工程を含んでいてもよい。集菌は、遠心分離又は濾過などの通常用いられる方法で行うことができる。
集菌工程において集菌された菌体は、そのまま後工程に供してもよいし、適当な培地又は緩衝液に再懸濁して後工程に供してもよい。
【0039】
[S,S-エチレンジアミン-N,N'-ジコハク酸又はその塩の製造方法]
本開示のS,S-エチレンジアミン-N,N'-ジコハク酸又はその塩の製造方法は、本開示の死菌化微生物の製造方法により、死菌化微生物及びエチレンジアミン-N,N’-ジコハク酸;エチレンジアミンリアーゼを含む菌体液を準備すること(準備工程)と、前記準備した菌体液中にて、フマル酸及びマレイン酸の少なくとも一方であるジカルボン酸と、エチレンジアミンとを反応させること(反応工程)と、を含む。死菌化微生物としては、EDDS合成酵素産生能を有する微生物であればよく、好ましくはEDDS合成酵素産生能を有する遺伝子組換え大腸菌である。
本開示のEDDS又はその塩の製造方法では、本開示の死菌化微生物の製造方法にて用いた特定のジカルボン酸をEDDS又はその塩の原料として用いることができるため、本開示の死菌化微生物の製造方法にて用いた特定のジカルボン酸を有効利用することができる。
【0040】
準備工程は、前述の死菌化処理工程を含んでいればよく、必要に応じて、培養工程、凍結工程、集菌工程等を含んでいてもよい。
【0041】
反応工程は、準備した菌体液中にて、特定ジカルボン酸と、エチレンジアミンとを反応させることで、EDDS又はその塩を製造する工程である。前述の反応工程は、特に制限されず、公知の反応条件を適用すればよい。
【0042】
反応工程における、特定ジカルボン酸と、エチレンジアミンとの反応は、金属イオンの存在下にて行うことが好ましい。特定ジカルボン酸と、エチレンジアミンとを反応させEDDS又はその塩を得る反応は、可逆反応である。本反応が金属イオンの存在下であると、反応系中で形成されたEDDSに金属イオンを配位させ、化学平衡を生成物であるEDDS側へと傾けることができる。以下、反応系中でEDDSが配位する金属イオンを「特定金属イオン」と称す。
【0043】
特定金属イオンは、EDDSが配位可能なものであれば、特に制限されない。例えば、特定金属イオンとしては、マグネシウム(II)イオン、マンガン(II)イオン、カルシウム(II)イオン、ニッケル(II)イオン、鉄(II)イオン等の2価の金属イオン、鉄(III)イオン等の3価の金属イオンなどが挙げられる。これらの中でも、特定金属イオンは、EDDSと好適に塩形成する観点から、2価の金属イオンを含むことが好ましく、マグネシウム(II)イオンを含むことがより好ましい。特定金属イオンは、1種単独であっても2種以上の併用であってもよい。
【0044】
特定金属イオンのイオン源は、液体中に特定金属イオンを供給可能なものであれば、特に制限されない。例えば、特定金属イオンのイオン源としては、上記金属の水酸化物、炭酸酸化物、無機酸塩、有機酸塩、並びに、上記金属とEDDSの基質である特定ジカルボン酸又はエチレンジアミンとの錯体が挙げられる。これらの中でも、特定金属イオンのイオン源としては、上記金属の水酸化物であることが好ましく、水酸化マグネシウムであることがより好ましい。
【0045】
金属イオンの濃度は、例えば、反応の化学平衡を生成物側に傾け収率よくEDDSを得る観点から、生成するEDDSの理論収量(100%)に対して、80モル%~200モル%であることが好ましく、100モル%~150モル%であることがより好ましい。
【0046】
特定ジカルボン酸の濃度は、例えば、効率よくEDDSを得る観点から、500mmoL/L~2000mmoL/Lであることが好ましく、1000mmoL/L~1500mmoL/Lであることがより好ましい。
【0047】
エチレンジアミンの濃度は、例えば、効率よくEDDSを得る観点から、250mmoL/L~1000mmoL/Lであることが好ましく、500mmoL/L~750mmoL/Lであることがより好ましい。
【0048】
特定ジカルボン酸とエチレンジアミンとのモル混合比(特定ジカルボン酸/エチレンジアミン)は、例えば、収率よくEDDSを得る観点から、1.5~2.5:1であることが好ましく、一例として2:1であることが好ましい。
【0049】
反応温度は、EDDS合成酵素が安定的に作用する温度であり、且つ、EDDSが生成可能な温度であれば、特に制限されない。反応温度としては、例えば、室温(25℃)~70℃であることが好ましく、30℃~60℃であることがより好ましい。
【0050】
特定ジカルボン酸と、エチレンジアミンとを反応させる反応液の25℃でのpHは、EDDS合成酵素として安定的に作用するpHであれば特に制限されず、4~11としてもよく、細胞内のフマラーゼ活性を除去しフマル酸の副反応を抑制する点から、7.5~9.0としてもよく、8.0~8.5としてもよい。
【0051】
[菌体液]
本開示の菌体液は、死菌化微生物と、フマル酸及びマレイン酸の少なくとも一方であるジカルボン酸と、を含む。このような菌体液は、例えば、前述の本開示の死菌化微生物の製造方法により得られる。死菌化微生物としては、前述のEDDS合成酵素産生能を有する微生物であることが好ましく、前述のEDDS合成酵素産生能を有する遺伝子組換え大腸菌であることがより好ましい。
死菌化微生物がEDDS合成酵素産生能を有する微生物、好ましくはEDDS合成酵素産生能を有する遺伝子組換え大腸菌である場合、本開示の菌体液を前述の本開示のS,S-エチレンジアミン-N,N'-ジコハク酸又はその塩の製造方法に用いてもよい。
【実施例】
【0052】
以下、実施例に基づいて本発明を更に具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0053】
<分析条件>
S,S-エチレンジアミン-N,N'-ジコハク酸は高速液体クロマトグラフィーにより定量した。分析条件は次の通りである。
カラム:Inertsil ODS-3(ジーエルサイエンス株式会社)
カラム温度:30℃
ポンプ流速:1.0mL/min
溶離液:50mMりん酸緩衝液、10mMオクタンスルホン酸ナトリウム、2mM硫酸銅(pH2.25)
検出:UV254nm
【0054】
(1)エチレンジアミン-N,N’-ジコハク酸;エチレンジアミンリアーゼを含む微生物触媒の作製
Brevundimonas diminuta MR-E001株由来のエチレンジアミン-N,N’-ジコハク酸;エチレンジアミンリアーゼ遺伝子をコードする塩基配列を大腸菌にコドン最適化したものをGenScript社に委託して合成し、配列番号1に示す合成DNAを得た。該合成DNAを配列番号2及び配列番号3に示すオリゴヌクレオチドをプライマーとしてポリメラーゼ連鎖反応(PCR)により目的遺伝子を増幅した。このDNA断片をEcoRI/HindIIIで処理し、得られたDNA断片と、pUC18(Takara製)のEcoRI/HindIII処理物とライゲーション・ハイ(東洋紡株式会社製)を用いてライゲーションした。このライゲーション溶液でエシェリヒア コリDH5α(東洋紡株式会社製)を形質転換した。形質転換体はLB寒天培地で培養し、アンピシリン耐性株の中から目的のプラスミドを有する株を選択した。
通常の塩基配列の決定法に従い、プラスミドに導入されたDNA断片の塩基配列が配列番号1に示す塩基配列であることを確認した。
【0055】
(2)コロニーの有無
pUC18、及び上記(1)で作製したプラスミドのそれぞれで形質転換したDH5α(EDDS産生菌)を、500mLのバッフル付き三角フラスコ中のアンピシリン100μg/mLを含むLB培地100mLに接種し、30℃にて24時間振盪培養した。培養液を8000rpmで20分間遠心分離し、沈殿物として得られた菌体を水0.5mLに懸濁して菌体懸濁液を調製した。
菌体懸濁液をそれぞれ55℃で30分間保温し、菌体懸濁液0.1mLを寒天培地に塗布した。塗布後、37℃で24時間保温し、コロニーの有無を確認した。また、形質転換していないDH5αについても同様の手順を施してコロニーの有無を確認した。
結果を表1に示す。
【0056】
(3)酵素活性の測定
上記(2)の加熱処理前後の菌体懸濁液をそれぞれ使用し、酵素活性の測定を行った。水100g、1M Bicine酸緩衝液(pH8.5)40g、フマル酸23.3g、水酸化マグネシウム9g、エチレンジアミン6.1gを加え撹拌し、撹拌した混合液に30w/v%水酸化ナトリウム水溶液を加えてpH8.5とし、水で200gに調整した液体を基質液とした。基質液1mLに対し、菌体懸濁液を50μL添加し、50℃で緩やかに撹拌しながら40分間反応させた。反応液800μLを採取し、2N塩酸200μLを添加することで反応を終了させた。反応終了後、HPLCを用いて反応液の分析を行い、生成したS,S-エチレンジアミン-N,N'-ジコハク酸から酵素活性を求めた。
(2)と(3)の結果をあわせて表1に示す。
【0057】
【0058】
[実施例1~4]
(コロニーの有無)
実施例1~4では、上記(2)と同様にしてEDDS産生菌の菌体懸濁液を調製し、30w/v%水酸化ナトリウム水溶液を用いてpH9.0に調整した10質量%フマル酸溶液を、表2の濃度となるように菌体懸濁液に添加した。フマル酸溶液を添加した菌体懸濁液をそれぞれ55℃で30分間保温し、菌体懸濁液0.1mLを寒天培地に塗布した。塗布後、37℃で24時間保温し、コロニーの有無を確認した。
結果を表2に示す。
【0059】
(酵素活性の測定)
前述の(3)にて調製した基質液1mLに対し、加熱処理後の菌体懸濁液を50μL添加し、前述の(3)と同様の操作を施し、生成したS,S-エチレンジアミン-N,N'-ジコハク酸から酵素活性を求めた。酵素活性は、前述の(3)での熱処理無しでの酵素活性を100とした相対値を示す。
結果を表2に示す。
【0060】
[比較例1]
比較例1では、上記(2)と同様にしてEDDS産生菌の菌体懸濁液を調製し、フマル酸溶液を添加せずに、上記(2)と同様にしてコロニーの有無を確認した。さらに、前述の(3)にて調製した基質液1mLに対し、加熱処理後の菌体懸濁液を50μL添加し、前述の(3)と同様の操作を施し、生成したS,S-エチレンジアミン-N,N'-ジコハク酸から酵素活性を求めた。
結果を表2に示す。
【0061】
【0062】
[比較例2及び実施例5~7]
比較例2及び実施例5~7では、上記(2)と同様にしてEDDS産生菌の菌体懸濁液を調製し、30w/v%水酸化ナトリウム水溶液を用いてpH9.0に調整した10質量%フマル酸溶液を、2質量%になるように菌体懸濁液に添加した。フマル酸溶液を添加した菌体懸濁液をそれぞれ53℃、54℃、56℃、又は57℃で30分間保温し、菌体懸濁液0.1mLを寒天培地に塗布した。塗布後、37℃で24時間保温し、コロニーの有無を確認した。
前述の(3)にて調製した基質液1mLに対し、加熱処理後の菌体懸濁液を50μL添加し、前述の(3)と同様の操作を施し、生成したS,S-エチレンジアミン-N,N'-ジコハク酸から酵素活性を求めた。酵素活性は、前述の(3)での熱処理無しでの酵素活性を100とした相対値を示す。
結果を表3に示す。
【0063】
【0064】
特定ジカルボン酸を用い、熱処理温度が53℃超である実施例1~7では、酵素活性を維持しつつ、微生物の死菌化が可能であった。
一方、特定ジカルボン酸を用いず、熱処理温度が53℃超である比較例1では、酵素活性が大きく低下した。また、特定ジカルボン酸を用い、熱処理温度が53℃である比較例2では、酵素活性は維持できたものの微生物の死菌化ができなかった。
【配列表】