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特許7363091サイジング剤塗布炭素繊維束およびその製造方法、熱可塑性樹脂組成物、成形体
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  • 特許-サイジング剤塗布炭素繊維束およびその製造方法、熱可塑性樹脂組成物、成形体 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-10-10
(45)【発行日】2023-10-18
(54)【発明の名称】サイジング剤塗布炭素繊維束およびその製造方法、熱可塑性樹脂組成物、成形体
(51)【国際特許分類】
   D06M 15/19 20060101AFI20231011BHJP
   D06M 15/53 20060101ALI20231011BHJP
   D06M 15/55 20060101ALI20231011BHJP
   D06M 15/59 20060101ALI20231011BHJP
   D06M 15/61 20060101ALI20231011BHJP
   C08J 5/06 20060101ALI20231011BHJP
   D06M 101/40 20060101ALN20231011BHJP
【FI】
D06M15/19
D06M15/53
D06M15/55
D06M15/59
D06M15/61
C08J5/06 CER
C08J5/06 CEZ
D06M101:40
【請求項の数】 13
(21)【出願番号】P 2019093373
(22)【出願日】2019-05-17
(65)【公開番号】P2019210586
(43)【公開日】2019-12-12
【審査請求日】2022-04-15
(31)【優先権主張番号】P 2018105804
(32)【優先日】2018-06-01
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000003159
【氏名又は名称】東レ株式会社
(72)【発明者】
【氏名】四方 孝幸
(72)【発明者】
【氏名】水田 久文
(72)【発明者】
【氏名】末岡 雅則
【審査官】河内 浩志
(56)【参考文献】
【文献】特開2014-145036(JP,A)
【文献】特開2014-205926(JP,A)
【文献】特開2014-172998(JP,A)
【文献】国際公開第2015/194457(WO,A1)
【文献】国際公開第2010/137525(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
D06M13/00-15/715
C08J 5/04- 5/10
5/24
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
炭素繊維束にサイジング剤が塗布されてなるサイジング剤塗布炭素繊維束であって、繊維間摩擦係数が0.37以下であり、サイジング剤塗布炭素繊維束の糸幅D(mm)が3≦D≦15であるのに対し、水平方向に180mm離れて設置された2本の支持体間に弧長200mmのサイジング剤塗布炭素繊維束を円弧状に固定し、支持体間の中点を通って鉛直下向きにサイジング剤塗布炭素繊維束に向けて平均風速0.8m/s以上1.25m/s以下、かつ最大風速1.25m/s以下の風を30秒間吹きつけた後のサイジング剤塗布炭素繊維束の開繊糸幅D(mm)が、(D-D)≦25を満たし、かつ、水平方向に180mm離れて設置された2本の支持体間に弧長200mmのサイジング剤塗布炭素繊維束を円弧状に固定し、支持体間の中点を通って鉛直下向きにサイジング剤塗布炭素繊維束に向けて平均風速2.8m/s以上3.25m/s以下、かつ最大風速3.25m/s以下の風を30秒間吹きつけた後のサイジング剤塗布炭素繊維束の開繊糸幅D(mm)が、(D-D)≧40を満たすサイジング剤塗布炭素繊維束。
【請求項2】
サイジング剤付着量がサイジング剤塗布炭素繊維束の質量に対して0.05質量%以上0.18質量%以下である請求項1に記載のサイジング剤塗布炭素繊維束。
【請求項3】
水平方向に180mm離れて設置された2本の支持体間に弧長200mmのサイジング剤塗布炭素繊維束を円弧状に固定し、支持体間の中点を通って鉛直下向きにサイジング剤塗布炭素繊維束に向けて平均風速1.8m/s以上2.25m/s以下、かつ最大風速2.25m/s以下の風を30秒間吹きつけた後のサイジング剤塗布炭素繊維束の開繊糸幅D(mm)が、(D-D)≧40を満たす請求項1または2に記載のサイジング剤塗布炭素繊維束。
【請求項4】
繊維間摩擦係数が0.30以下である請求項1~3のいずれかに記載のサイジング剤塗布炭素繊維束。
【請求項5】
サイジング剤が、重量平均分子量Mwが5000以下であり、表面自由エネルギーγが45mJ/m以上である化合物(A)と、ポリオキシエチレン基を含む平滑剤である化合物(B)とを、サイジング剤全量100質量部に対する化合物(A)と化合物(B)の合計量が50質量部以上となるように含み、かつ、(A)の質量Wと(B)の質量Wが0.1≦W/(W+W)≦0.6を満たす請求項1~4のいずれかに記載のサイジング剤塗布炭素繊維束。
【請求項6】
化合物(B)が25℃で固体または粘度1000mPa・s以上である請求項1~5のいずれかに記載のサイジング剤塗布炭素繊維束。
【請求項7】
化合物(A)がアミノ基またはアミド基を含み、サイジング剤全量100質量部に対する化合物(A)の含有量が50質量部以上である請求項1~6のいずれかに記載のサイジング剤塗布炭素繊維束。
【請求項8】
化合物(A)がポリアルキレンイミンである請求項7に記載のサイジング剤塗布炭素繊維束。
【請求項9】
化合物(A)が共重合ポリアミドである請求項7に記載のサイジング剤塗布炭素繊維束。
【請求項10】
化合物(A)がポリエーテル型あるいはポリオール型脂肪族エポキシ化合物であり、サイジング剤全量100質量部に対する化合物(A)の含有量が50質量部以上である請求項1~6のいずれかに記載のサイジング剤塗布炭素繊維束。
【請求項11】
請求項1~10のいずれかに記載のサイジング剤塗布炭素繊維束の製造方法であって、サイジング剤を水系溶媒で前記炭素繊維に塗布する工程を経た後に、接触式乾燥手段によってサイジング剤を塗布した炭素繊維束を乾燥させる予備乾燥工程、および、接触式または非接触式乾燥手段によってサイジング剤を塗布した炭素繊維束を乾燥させる第2乾燥工程を有し、第2乾燥工程の乾燥温度が120~240℃であり、かつ、乾燥時間が90秒以上であるサイジング剤塗布炭素繊維束の製造方法。
【請求項12】
請求項1~10のいずれかに記載のサイジング剤塗布炭素繊維束、および、熱可塑性樹脂(C)を含有してなる熱可塑性樹脂組成物。
【請求項13】
請求項12に記載の熱可塑性樹脂組成物を用いたプリプレグまたはUDテープからなる成形体。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、熱可塑性樹脂に対し高接着性を示し、サイジング剤塗布炭素繊維の開繊工程において良好な開繊性を示すサイジング剤を塗布したサイジング剤塗布炭素繊維束およびその製造方法、そのサイジング剤塗布炭素繊維束を用いた熱可塑性樹脂組成物、成形体(本発明において「熱可塑性樹脂成形体」や単に「成形体」と称する。)に関するものである。
【背景技術】
【0002】
炭素繊維は、軽量でありながら、強度および弾性率に優れるため、種々のマトリックス樹脂と組み合わせた複合材料として、航空機部材、宇宙機部材、自動車部材、船舶部材、土木建築材およびスポーツ用品等の多くの分野に用いられている。炭素繊維束を用いた複合材料の代表的な形態として、プリプレグを積層して得られるプリフォームをプレス成形(加圧力の下で脱泡し、賦形する成形方法)した成形品が挙げられる。このプリプレグは、連続した炭素繊維束を一方向に配列させた炭素繊維基材に樹脂を含浸して製造する方法が一般的である。複雑な形状への形状追従性に優れ、短時間成形可能な不連続な炭素繊維(チョップド、ウェブ等)を用いた複合材料も提案されているが、比強度、比剛性などの力学特性や特性の安定性において、構造材としての実用性能はプリプレグが優れている。
【0003】
近年、炭素繊維複合材料では、成形性、取扱性、得られる成形品の力学特性に優れた成形材料が要求されるようになり、工業的にもより高い経済性、生産性が必要になってきている。その要求に対する答えの一つとして、マトリックス樹脂に熱可塑性樹脂を用いたプリプレグの開発が進められている。
【0004】
炭素繊維束の優れた特性を活かすには、炭素繊維束とマトリックス樹脂との接着性を高めることが重要である。炭素繊維束とマトリックス樹脂との界面接着性を向上させるため、通常、炭素繊維束に気相酸化や液相酸化等の酸化処理を施し、炭素繊維束表面に酸素含有官能基を導入する方法が行われている。例えば、特許文献1では炭素繊維束に電解処理を施すことにより、界面接着性の指標である層間せん断強度を向上させる方法が提案されている。
【0005】
炭素繊維束の表面改質のみでは十分な界面接着性が得られない場合、サイジング処理を追加する試みがなされる。例えば、特許文献2では炭素繊維束にサイジング剤としてポリエチレンイミンを塗布することにより、官能基の少ない熱可塑性樹脂との接着性を向上させる方法が提案されている。また、特許文献3では炭素繊維束をウェブ等に高次加工後にポリエチレンイミンをサイジング剤として塗布する方法を採用している。また、特許文献4では炭素繊維束に高分子量で高粘度のポリエチレンイミンを集束剤として使用することで、射出成形機内で分散しにくい炭素繊維チョップドの作製を行っている。
また、特許文献5では、炭素繊維束に高分子量の水溶性ポリアミドを集束剤として使用することで、抄紙用炭素繊維チョップドの作製を行っている。
特許文献6には、アミン化合物と界面活性剤を滑剤として用いることで、繊維の製造工程での毛羽を抑制する手法が提案されている。
【0006】
以上のように、連続・不連続な炭素繊維束を用いた複合材料の分野においては、接着性の向上検討が行われており、また、滑剤を用いた毛羽の抑制、開繊性向上の検討が行われている。一方、上記の技術をマトリックス樹脂に熱可塑性樹脂を用いたプリプレグに用いた場合において、サイジング剤を塗布した炭素繊維束の高開繊性とマトリックス樹脂との高接着性を両立させることで、高粘度な熱可塑性樹脂の含浸性を向上させ、含浸ムラやボイドの発生を抑制するという思想はなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特開平4-361619号公報
【文献】特開2013-166924号公報
【文献】特開2006-89734号公報
【文献】特開平3-65311号公報
【文献】特開2014-205926号公報
【文献】特表2002-528661号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、上記に鑑みてなされたものであり、熱可塑性樹脂に対し高いレベルでの接着性を示す場合であっても、サイジング剤塗布炭素繊維束の開繊工程において非常に良好な開繊性を示すサイジング剤塗布炭素繊維束を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らの検討により、サイジング剤塗布炭素繊維束間を拘束する力が強いと、サイジング剤塗布炭素繊維束の開繊性が低下しやすいため、プリプレグ作製時の含浸ムラやボイド発生が起こりやすく、また、サイジング剤塗布炭素繊維束間の拘束力が弱いと開繊工程での過開繊により糸幅方向の目付ムラが生じやすいため、プリプレグ作製時の含浸ムラやボイド発生が起こりやすい、という課題があることがわかった。本課題に対して、高接着性を示すサイジング剤塗布炭素繊維束であっても弛ませたサイジング剤塗布炭素繊維束に対して鉛直方向に風速を制御した風を当てた際の開繊幅を制御することで開繊工程でのプリプレグ目付均一性を高度に制御でき、高い開繊性と高い接着性を両立可能であることを見いだした。
【0010】
上述した課題を解決し、目標を達成するために、本発明のサイジング剤塗布炭素繊維束は、炭素繊維束にサイジング剤が塗布されてなるサイジング剤塗布炭素繊維束であって、繊維間摩擦係数が0.37以下であり、サイジング剤塗布炭素繊維束の糸幅D(mm)が3≦D≦15であるのに対し、水平方向に180mm離れて設置された2本の支持体間に弧長200mmのサイジング剤塗布炭素繊維束を円弧状に固定し、支持体間の中点を通って鉛直下向きにサイジング剤塗布炭素繊維束に向けて平均風速0.8m/s以上1.25m/s以下、かつ最大風速1.25m/s以下の風を30秒間吹きつけた後のサイジング剤塗布炭素繊維束の開繊糸幅D(mm)が、(D-D)≦25を満たし、かつ、水平方向に180mm離れて設置された2本の支持体間に弧長200mmのサイジング剤塗布炭素繊維束を円弧状に固定し、支持体間の中点を通って鉛直下向きにサイジング剤塗布炭素繊維束に向けて平均風速2.8m/s以上3.25m/s以下、かつ最大風速3.25m/s以下の風を30秒間吹きつけた後のサイジング剤塗布炭素繊維束の開繊糸幅D(mm)が、(D-D)≧40を満たすことを特徴とする。
【0011】
また、本発明のサイジング剤塗布炭素繊維束の製造方法は、前記のサイジング剤塗布炭素繊維束の製造方法であって、サイジング剤を水系溶媒で前記炭素繊維に塗布する工程を経た後に、接触式乾燥手段によってサイジング剤を塗布した炭素繊維束を乾燥させる予備乾燥工程、および、接触式または非接触式乾燥手段によってサイジング剤を塗布した炭素繊維束を乾燥させる第2乾燥工程を有し、第2乾燥工程の乾燥温度が120~240℃であり、かつ、乾燥時間が90秒以上であることを特徴とする。
【0012】
また、本発明の成形体は、上記の熱可塑性樹脂組成物を用いたプリプレグまたはUDテープからなることを特徴とする。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、熱可塑性樹脂に対し高いレベルでの接着性を持ちながら、サイジング剤塗布炭素繊維束の開繊工程において非常に良好な開繊性を示すサイジング剤塗布炭素繊維束を得ることができる。その結果、熱可塑性樹脂成形体中の繊維含有率を均一にさせることが可能となり、このサイジング剤塗布炭素繊維束を含む熱可塑性樹脂成形体の力学特性も良好になる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1図1は、開繊糸幅測定に使用するサンプルの準備方法を示す図である。
図2図2は、開繊糸幅の測定方法を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下において、本発明を実施するための形態について説明する。
【0016】
本発明のサイジング剤塗布炭素繊維束は、炭素繊維束にサイジング剤が塗布されてなるサイジング剤塗布炭素繊維束であって、繊維間摩擦係数が0.37以下であり、サイジング剤塗布炭素繊維束の糸幅D(mm)が3≦D≦15であるのに対し、水平方向に180mm離れて設置された2本の支持体間に弧長200mmのサイジング剤塗布炭素繊維束を円弧状に固定し、支持体間の中点を通って鉛直下向きにサイジング剤塗布炭素繊維束に向けて平均風速0.8m/s以上1.25m/s以下、かつ最大風速1.25m/s以下の風を30秒間吹きつけた後のサイジング剤塗布炭素繊維束の開繊糸幅D(mm)が、(D-D)≦25を満たし、かつ、水平方向に180mm離れて設置された2本の支持体間に弧長200mmのサイジング剤塗布炭素繊維束を円弧状に固定し、支持体間の中点を通って鉛直下向きにサイジング剤塗布炭素繊維束に向けて平均風速2.8m/s以上3.25m/s以下、かつ最大風速3.25m/s以下の風を30秒間吹きつけた後のサイジング剤塗布炭素繊維束の開繊糸幅D(mm)が、(D-D)≧40を満たすことを特徴とする。
【0017】
本発明者らの検討により、サイジング剤塗布炭素繊維束間の拘束力を低減すると高い開繊性を発現するが、サイジング剤塗布炭素繊維束間の拘束力が低すぎると、巻き出し及び搬送工程で糸束割れが発生するなど開繊幅を制御できない課題があることがわかった。また、サイジング剤塗布炭素繊維間の摩擦が高いと、拘束力が低減できている場合でも開繊された後に炭素繊維束が隣接する炭素繊維束と強く干渉することにより、幅方向の目付が不均一になる傾向にあることがわかった。そこでこれらの課題に対して、本発明者らは、サイジング剤塗布炭素繊維束間の拘束力(ここでは弛ませた炭素繊維束に対して垂直に風を当てた時の開繊幅とする)を特定量に制御し、かつ繊維間摩擦係数を特定値以下にすることで単糸間の滑りを良好にするため、高接着性の炭素繊維束を開繊工程で幅方向に広く均一に開繊できることを見いだした。
【0018】
本発明者らにより、サイジング剤塗布炭素繊維束間の拘束力と摩擦係数が特定の範囲のサイジング剤塗布炭素繊維束を用いた場合、開繊工程で繊維を拡げようとする外力を受けた炭素繊維束の挙動を制御しやすいことが確認された。この結果、サイジング剤塗布炭素繊維束をコンポジット中に均一に配置することができ、含浸ムラや応力集中が起こらないため炭素繊維強化複合材料の物性が向上する。
【0019】
本発明を構成するサイジング剤塗布炭素繊維束は、サイジング剤塗布炭素繊維束の糸幅D(mm)が3≦D≦15であるのに対し、水平方向に180mm離れて設置された2本の支持体間に弧長200mmのサイジング剤塗布炭素繊維束を円弧状に固定し、支持体間の中点を通って鉛直下向きにサイジング剤塗布炭素繊維束に向けて平均風速0.8m/s以上1.25m/s以下、かつ最大風速1.25m/s以下の風を30秒間吹きつけた後のサイジング剤塗布炭素繊維束の開繊糸幅D(mm)が、(D-D)≦25を満たし、かつ、水平方向に180mm離れて設置された2本の支持体間に弧長200mmのサイジング剤塗布炭素繊維束を円弧状に固定し、支持体間の中点を通って鉛直下向きにサイジング剤塗布炭素繊維束に向けて平均風速2.8m/s以上3.25m/s以下、かつ最大風速3.25m/s以下の風を30秒間吹きつけた後のサイジング剤塗布炭素繊維束の開繊糸幅D(mm)が、(D-D)≧40を満たすことが必要である。
【0020】
サイジング剤塗布炭素繊維束の糸幅D(mm)が3≦D≦15であるのに対し、開繊糸幅Dが(D-D)≦25を満たし、かつ、開繊糸幅Dが(D-D)≧40を満たすサイジング剤塗布炭素繊維束は、開繊工程にて良好な開繊性を示し、かつ、過剰な開繊が抑制され隣接糸束との重ならないため均一に炭素繊維束を配置できる。その結果、そのサイジング剤が塗布された炭素繊維束を用いた熱可塑性樹脂組成物の力学特性が向上する。この時、平均風速0.8m/s以上1.25m/s以下、かつ最大風速1.25m/s以下の微風での開繊挙動が巻き出し及び搬送工程での糸束割れなどの工程安定性の指標であり、平均風速2.8m/s以上3.25m/s以下、かつ、最大風速3.25m/s以下のより強い風での開繊挙動が開繊工程での広がりやすさの指標である。平均風速1m/s以上1.25m/s以下、かつ最大風速1.25m/s以下の微風で開繊糸幅Dが(D-D)≦25を満たし、平均風速2.85m/s以上3m/s以下、かつ、最大風速3m/s以下のより強い風での開繊糸幅Dが(D-D)≧40を満たすことがより好ましい。
【0021】
本発明を構成するサイジング剤塗布炭素繊維束は繊維間摩擦係数が0.37以下である必要がある。繊維間摩擦係数が0.37以下であるサイジング剤塗布炭素繊維束は開繊工程で優れた開繊性を発現する。その結果、そのサイジング剤が塗布された炭素繊維束を用いた熱可塑性樹脂組成物の力学特性が向上する。そのメカニズムは明確ではないが、繊維間の摩擦が低いことで、隣接糸と接触した際の相互作用が小さいため、優れた開繊性を発現すると考えられる。
【0022】
本発明にかかるサイジング剤塗布炭素繊維束は繊維間摩擦係数が0.30以下であることがより好ましい。0.30以下では炭素繊維束内の単糸間の摩擦力が低減するため、開繊性が向上する。0.27以下が更に好ましい。
【0023】
繊維間摩擦係数は、炭素繊維束表面のラフネス、サイジング剤に含まれる平滑成分の種類、量、サイジング剤塗布炭素繊維束の付着量により制御できる。
【0024】
繊維間摩擦係数は以下の手順で求めることができる。回転しないように固定されたボビン上に厚みが均一となるように巻き付けた炭素繊維束の表面に、巻状物と同じ炭素繊維束を接触角3π(rad)になるよう円周上に重ならないよう巻きつける。巻き付けた炭素繊維束の一方の端部に錘をつけ、反対端を一定の速度で引っ張り、巻き付けた炭素繊維束が動き出す際の張力をから求めることができる。
【0025】
本発明にかかるサイジング剤塗布炭素繊維束はサイジング剤がサイジング剤塗布炭素繊維束全量100質量部に対して0.05質量部以上0.18質量部以下の割合で付着されていることが好ましい。サイジング剤の付着量を0.05質量部以上とすることで、表面に均一に付着したサイジング剤は炭素繊維束の耐擦過性を向上させ、製造時や加工時の毛羽発生を抑制し、開繊性が良好な炭素繊維シートの平滑性等の品位を向上させることができる。付着量は0.06質量部以上がより好ましく、0.08質量部以上がさらに好ましい。一方、サイジング剤の付着量を0.18質量部以下とすることで、炭素繊維束間に存在するサイジング剤の存在量を少なくし、繊維間の拘束を弱めることができるため、外力による繊維の開繊が容易となり均一に繊維束を拡幅することができる。付着量は0.15質量部以下が好ましく、0.12質量部以下がさらに好ましい。
【0026】
また、本発明を構成するサイジング剤塗布炭素繊維束においては、サイジング剤塗布炭素繊維束の糸幅D(mm)が3≦D≦15であるのに対し、水平方向に180mm離れて設置された2本の支持体間に弧長200mmのサイジング剤塗布炭素繊維束を円弧状に固定し、支持体間の中点を通って鉛直下向きにサイジング剤塗布炭素繊維束に向けて平均風速1.8m/s以上2.25m/s以下、かつ最大風速2.25m/s以下の風を30秒間吹きつけた後のサイジング剤塗布炭素繊維束の開繊糸幅D(mm)が、(D-D)≧40を満たすことが好ましい。開繊糸幅Dが(D-D)≧40を満たすとサイジング剤塗布炭素繊維束間の拘束力が低減するため、開繊性が向上する。開繊糸幅Dが(D-D)≧45を満たすことがより好ましい。
【0027】
平均風速0.8m/s以上1.25m/s以下、かつ最大風速1.25m/s以下の風での開繊挙動に対して、平均風速1.8m/s以上、2.25m/s以下、かつ最大風速2.25m/s以下の少し強い風で開繊挙動が大きく向上すると、工程安定性を維持したまま、より少ない外力で開繊でき、生産性が向上する。
【0028】
本発明にかかるサイジング剤塗布炭素繊維束においては、接着性の機能をもたせる化合物(A)と平滑性の機能をもたせる化合物(B)から構成されることが好ましい。
【0029】
本発明にかかるサイジング剤塗布炭素繊維束においては、サイジング剤を構成する化合物(A)の重量平均分子量Mwが5000以下であることが好ましい。なお、上記の重量平均分子量Mwはゲルパーミエーションクロマトグラフ(以下、GPCと略記)法で測定され、プルランを標準物質として得られるものである。Mwが大きいほどサイジング剤の粘度が高くなるため、サイジング剤を介して粘着している炭素繊維同士を引き離すのに大きな力が必要となる。Mwを5000以下とすることで、サイジング剤の動きやすさの指標である粘度を低下させ、炭素繊維同士を拘束する力を弱めることによって、炭素繊維束の開繊性が向上する。Mwは2500以下であることが好ましく、1500以下であることがさらに好ましい。一方、Mwが大きいほど高温でのサイジング剤の揮発や分解を抑制できるため、耐熱性が必要な場合は、Mwの下限は200以上であることが好ましく、300以上であることがさらに好ましい。
【0030】
本発明のサイジング剤を構成する化合物(A)は表面自由エネルギーが45mJ/m以上であることが好ましい。表面自由エネルギーが45mJ/m以上であると、炭素繊維表面に化合物(A)が偏在しやすく、上述したサイジング剤中での傾斜構造を発現することができ、高接着性を発現することができるため、好ましい。50mJ/m以上であることがより好ましく、60mJ/m以上であることがさらに好ましい。
【0031】
表面自由エネルギーとは、固体または液体表面の分子が物質内部の分子と比べて余分に持つエネルギーのことである。
【0032】
本発明において、化合物(A)のサイジング剤の表面自由エネルギーは25℃における表面自由エネルギーを指す。また、表面自由エネルギーは公知の方法により求めることができ、例えば、以下の方法により求めることができる。
【0033】
まず、熱可塑性樹脂平板の表面自由エネルギーを求める。算出方法として、熱可塑性樹脂の平板上に表面自由エネルギーの極性成分および分散成分が既知である液体を滴下し、作製した液滴の形状から測定した接触角をもとに、前述のオーエンスの近似式より傾きaの2乗を熱可塑性樹脂平板の表面自由エネルギーの極性成分(γ 切片bの2乗を表面自由エネルギーの極性成分(γ )として求めることができる。熱可塑性樹脂平板の表面自由エネルギー(γ)はγ s、とγ の和となる。
【0034】
オーエンスの近似式は、液体の表面自由エネルギーγ、表面自由エネルギーの極性成分γ 、表面自由エネルギーの分散成分γ L、および測定により得られる接触角θを式(IV)~式(VI)に代入し、X、Yにプロットする。2種類以上の表面自由エネルギーの極性成分および分散成分が既知である液体を用いて作成したプロットの最小自乗法により直線近似した近似式の傾きと切片から求めることができる。
【0035】
Y=a・X+b ・・・(I)
X=(γ 0.5/(γ 0.5 ・・・(II)
Y=(1+cosθ)・(γ)/2(γ 0.5 ・・・(III)。
【0036】
化合物(A)の表面自由エネルギーは、前記方法により表面自由エネルギーを算出した熱可塑性樹脂平板上にサイジング剤を滴下し、作製した液滴の形状から測定した接触角をもとに、前述の式(I)~式(III)のγ L、γ から算出することができる。
【0037】
本発明にかかるサイジング剤塗布炭素繊維束においては、サイジング剤を構成する化合物(B)はポリオキシエチレン基を含む平滑剤であることが好ましい。ポリオキシエチレン基を含む平滑剤である化合物(B)は金属イオンを含む平滑剤より静電相互作用が低いため、均一な傾斜構造を形成することができる。
【0038】
本発明を構成するサイジング剤においては、溶媒を除いたサイジング剤全量100質量部に対して、化合物(A)および化合物(B)の総量を50質量部以上含むことが好ましい。50質量部以上含むことで化合物(A)による接着性の向上の効果と化合物(B)による開繊性の向上の効果が発現する。それを用いた熱可塑性樹脂組成物の物性も向上する。化合物(A)および化合物(B)の総量を60質量部以上含むことが好ましく、80質量部以上含むことがさらに好ましい。
【0039】
本発明を構成する化合物(A)は溶媒を除いたサイジング剤全量100質量部に対して、50質量部以上含むことが好ましい。50質量部以上含むことで接着性が向上し、それを用いた熱可塑性樹脂組成物の物性も向上する。60質量部以上が好ましく、70質量部以上がさらに好ましい。
【0040】
また、本発明を構成するサイジング剤においては、化合物(A)の質量Wと化合物(B)の質量Wが式(IV)を満たすことが必要である。0.1以上であると、化合物(B)の比率が大きくなり、繊維間の摩擦が低減し、開繊性が向上するため好ましい。0.2以上がより好ましい。0.6未満であると化合物(A)の比率が大きくなり、接着性が向上するため、好ましい。0.5以下がより好ましく、0.3以下がより好ましい。
0.1≦W/(W+W)≦0.6・・・式(IV)。
【0041】
本発明を構成する化合物(B)は25℃で固体または粘度1000mPa・s以上であることが好ましい。融点が25℃以上であると、化合物(B)を常温(25℃)で使用する際に、表層に一部析出した化合物(B)が固体の形状を示し、繊維間摩擦を低減させ、開繊性を向上させるため、好ましい。40℃以上がより好ましく、45℃以上がさらに好ましい。上限は特に無いが、50℃以上で開繊性向上の効果はほぼ飽和することがある。また、25℃での粘度が粘度1000mPa・s以上であると、化合物(B)を常温(25℃)で使用する際に、表層に一部析出した化合物(B)で形成される膜の硬さ十分に強く固体のように振る舞うため、繊維間摩擦を低減させ、開繊性を向上させるため好ましい。1500mPa・s以上がより好ましく、2000mPa・s以上がさらに好ましい。
【0042】
本発明を構成する化合物(B)の具体的な例としては、例えば、重量平均分子量Mwが4000を超えるポリエチレングリコールや、ビスフェノールAのエチレングリコール付加物、ポリエーテルエステル系界面活性剤などの平滑剤が挙げられる。これら化合物(B)は、それぞれ1種を単独で又は2種以上を組合せて使用することができる。
【0043】
粘度の低い液体系平滑剤と比較して平滑性を発現させるサイジング剤の外層膜を強固にすることができ平滑性を高めるのに好ましい。
【0044】
本発明を構成するサイジング剤は、アミノ基およびアミド基の少なくともいずれかを含む化合物(A)を含むことが好ましい。
【0045】
アミノ基またはアミド基を含む化合物(A)を含むサイジング剤を塗布した炭素繊維束は熱可塑性樹脂との優れた接着性を発現する。その結果、そのサイジング剤が塗布された炭素繊維束を用いた熱可塑性樹脂組成物の力学特性が向上する。そのメカニズムは明確ではないが、アミノ基やアミド基は極性が高く、炭素繊維束表面のカルボキシル基、水酸基等の酸素含有官能基と水素結合等の強い相互作用をすることで、優れた接着性を発現すると考えられる。
【0046】
本発明を構成する化合物(A)としては、脂肪族アミン化合物、芳香族アミン化合物、脂肪族アミド化合物、芳香族アミド化合物が挙げられる。中でも、高接着性を示す観点から脂肪族アミン化合物が好ましい。脂肪族アミン化合物の接着性が高い理由として、他のアミノ基およびアミド基を有する化合物と比較して極性が非常に高いことが考えられる。
【0047】
脂肪族アミン化合物の具体的な例としては、ジエチレントリアミン、トリエチレンテトラミン、ジシアンジアミド、テトラエチレンペンタミン、ジプロプレンジアミン、ピペリジン、N,N-ジメチルピペラジン、トリエチレンジアミン、ポリアミドアミン、オクチルアミン、ラウリルアミン、ミリスチルアミン、ステアリルアミン、ココアルキルアミン、牛脂アルキルアミン、オレイルアミン、硬化牛脂アルキルアミン、N,N-ジメチルラウリルアミン、N,N-ジメチルミリスチルアミン等の脂肪族モノアミン類;ポリエチレンイミン、ポリプロピレイミン、ポリブチレンイミン、1,1-ジメチル-2-メチルエチレンイミン、1,1-ジメチル-2-プロピルエチレンイミン、N-アセチルポリエチレンイミン、N-プロピオニルポリエチレンイミン、N-ブチリルポリエチレンイミン、N-パレリルポリエチレンイミン、N-ヘキサノイルポリエチレンイミン、N-ステアロイルポリエチレンイミン等のポリアルキレンアミン類;およびその誘導体、およびそれらの混合物等が挙げられる。
【0048】
脂肪族アミン化合物の中でも1分子内に含まれる官能基量が2以上である化合物は、接着性が高くなりやすいため好ましく用いられる。特に、ポリアルキレンイミンは、1分子内に含まれる官能基量を増加させやすく、接着性を向上させやすいために好ましく用いられる。1分子内に含まれる官能基量が2以上である化合物の接着性が高くなりやすい理由として、官能基量が増えることで分子の極性が高くなりやすいことが考えられる。
【0049】
芳香族アミンの具体的な例としては、1,2-フェニレンジアミン、1,3-フェニレンジアミン、1,4-フェニレンジアミン、ベンジジン、トリアミノフェノール、トリグリシジルアミノクレゾール、2,4,6-トリアミノフェノール、1,2,3-トリアミノプロパン、1,2,3-トリアミノベンゼン、1,2,4-トリアミノベンゼン、1,3,5-トリアミノベンゼンおよびその誘導体、およびそれらの混合物等が挙げられる。
【0050】
共重合アミドの具体的な例としては、ポリアミド系樹脂の水性化を容易にするため、分子中にポリアルキレンオキサイド鎖や3級アミン成分等の親水基を導入したものを用いることできる。単独で使用しても2種類以上を混合して使用してもよい。
【0051】
本発明において、ポリエーテル型あるいはポリオール型脂肪族エポキシの具体例としては、例えば、ポリオールから誘導されるグリシジルエーテル型エポキシ化合物が挙げられる。
【0052】
グリシジルエーテル型エポキシ化合物としては、例えば、エピクロロヒドリンとの反応により得られるグリシジルエーテル型エポキシ化合物が挙げられる。また、このグリシジルエーテル型エポキシ化合物として、ジシクロペンタジエン骨格を有するグリシジルエーテル型エポキシ化合物も例示される。
【0053】
本発明において、サイジング剤溶液を塗布した後、接触式乾燥手段によって、例えば、加熱したローラー(ホットローラー)に炭素繊維束を接触させることによりサイジング剤塗布炭素繊維束を得ることが好ましい。加熱したローラーに導入された炭素繊維束は、張力によって加熱したローラーに押し付けられ、急速に乾燥されるため加熱したローラーで拡幅された炭素繊維束の扁平な形態がサイジング剤によって固定されやすい。扁平な形態となった炭素繊維束は、単繊維間の接触面積が小さくなるため、開繊性が高くなりやすい。またその際、加熱したローラーで炭素繊維束の水分率を0.5%以下にすることで、続く第2乾燥工程での希釈溶媒の除去を均一化することができ、母液濃度を0.35%以下とすることで希釈溶媒の除去を更に均一化することができる。
【0054】
また、本発明に係るサイジング剤塗布炭素繊維束の製造方法おいては、予備乾燥工程として加熱したローラーを通過させた後、第2乾燥工程としてさらに熱処理を加えることが好ましい。該第2乾燥工程としての熱処理には非接触方式の加熱方式を採用することが好ましい。該熱処理を行うことでサイジング剤に残存している希釈溶媒を更に除去し、サイジング剤の粘度を安定化することができるため、安定して開繊性を高めることができる。また、該熱処理を行うことで、炭素繊維表面との静電的相互作用の差で化合物(A)と化合物(B)の相分離を促進し、より効果的な傾斜構造を形成させることができるため、開繊性を向上させることができる。熱処理温度としては、120~240℃の温度範囲が好ましい。120℃以上の場合、化合物(A)と化合物(B)の相分離を促進し、摩擦係数を低くしやすい。1350℃以上が好ましく、150℃以上がさらに好ましい。一方、熱処理温度の上限を240℃以下とすることで、サイジング剤成分の熱劣化や自己重合による架橋・増粘を抑制することができ開繊性を高めやすい。220℃以下が好ましく、200℃以下がさらに好ましい。
【0055】
また、熱処理時間としては、90秒以上が好ましい。90秒以上の場合、化合物(A)と化合物(B)の相分離が十分に進み、開繊性を高めやすい。120秒以上がより好ましく、150秒以上がさらに好ましい。一方、熱処理時間の上限を210秒以下とすることで、サイジング剤成分の熱劣化や自己重合による架橋・増粘を抑制することができ開繊性を高めやすい。
【0056】
また、前記熱処理は、マイクロ波照射および/または赤外線照射で行うことも可能である。
【0057】
本発明において、サイジング剤塗布炭素繊維束は熱可塑性樹脂と複合化させることで、熱可塑性樹脂組成物とすることが好ましい。本発明を構成する熱可塑性樹脂としては、ポリケトン樹脂、ポリエーテルケトン樹脂、ポリエーテルニトリル樹脂、ポリイミド樹脂、ポリアミドイミド樹脂、ポリエーテルイミド樹脂、ポリサルホン樹脂、ポリエーテルサルホン樹脂、ポリアリーレンスルフィド樹脂、ポリエーテルエーテルケトン樹脂、ポリエーテルケトンケトン樹脂、ポリフェニレンエーテル樹脂、ポリオキシメチレン樹脂、ポリアミド樹脂、ポリエステル系樹脂、ポリカーボネート樹脂、フッ素系樹脂、スチレン系樹脂およびポリオレフィン系樹脂からなる群から選択される少なくとも1種の熱可塑性樹脂が好ましい。
【0058】
本発明の熱可塑性樹脂組成物は、プリプレグまたはUDテープの成形材料の形態で好ましく使用することができる。
【実施例
【0059】
次に、実施例により本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例により制限されるものではない。
【0060】
<重量平均分子量Mwの測定方法>
サイジング剤のMwはGPCを用いてプルランを標準物質とした公知の方法で測定できる。GPCの測定条件として、本発明では、以下の条件を採用するものとする。
【0061】
測定装置:島津製作所製
使用カラム:昭和電工製 Shodex Asahipac GF-710HQ+GF-510HQ+GF-310HQ
溶離液:0.2モル%-モノエタノールアミン水溶液 (酢酸を添加してpH5.1に調整)
標準物質:プルラン(シグマアルドリッチ社製)
検出器:示唆屈折計(島津製作所製)。
【0062】
<サイジング剤の粘度の測定方法>
サイジング剤の粘度は、粘弾性測定器を用いて測定した。測定条件としては、直径40mmのパラレルプレートを用い、スパンを1mmとして周波数3.14rad/sにおいて25℃で測定を行った。
【0063】
<サイジング付着量の測定方法>
2.0±0.5gのサイジング塗布炭素繊維束を秤量(W1)(少数第4位まで読み取り)した後、50ミリリットル/分の窒素気流中、450℃の温度に設定した電気炉(容量120cm)に15分間放置し、サイジング剤を完全に熱分解させる。そして、20リットル/分の乾燥窒素気流中の容器に移し、15分間冷却した後の炭素繊維束を秤量(W2)(少数第4位まで読み取り)して、W1-W2によりサイジング付着量を求める。このサイジング付着量を炭素繊維束100質量部に対する質量部に換算した値(小数点第2位を四捨五入)を、付着したサイジング剤の付着量(質量部)とした。測定は2回おこない、その平均値をサイジング剤の付着量とした。
【0064】
<繊維間摩擦係数の測定方法>
回転しないように固定されたボビン上に厚みが均一となるよう5~10mm厚、巻密度0.9~1.4g/cmの範囲で巻き付けたサイジング剤塗布炭素繊維束の表面に、巻状物と同じ炭素繊維束を接触角3π(rad)になるよう円周上に重ならないよう巻きつける。巻き付けた炭素繊維束の一方の端部に錘(T1)をつけ、反対端をばねばかりで1m/minの速度で引っ張り、巻き付けた炭素繊維束が動き出す際の張力をT2として、次式から繊維間摩擦係数を求めた。
【0065】
繊維間摩擦係数=ln(T2/T1)/θ
T2:炭素繊維が動き出す際の張力(=ばねばかりの指示値)
T1:錘重量(=0.19g/tex)
θ:巻状物と巻きつけた糸との合計接触角(=3πrad)。
【0066】
測定は2回おこない、その平均値を繊維間摩擦係数とした。なお、測定ボビンは測定2時間以上前に測定雰囲気温湿度条件(測定条件:23±3℃/60±5%)に置いたものを使用した。
【0067】
<界面せん断強度の測定方法>
サイジング剤塗布炭素繊維束から単糸を抜き出し、積層した樹脂フィルムで上下方向から挟み、熱プレス装置にて、炭素繊維単糸を埋め込んだ成形板を得た。この成形板からダンベル形状のIFSS測定用試験片を打ち抜いた。
【0068】
ダンベル形状の試料の両端部を挟み、繊維軸方向(長手方向)に引張力を与え、2.0mm/分の速度で歪みを12%生じさせた。その後、加熱により透明化させた試料内部の断片化された繊維長を顕微鏡で観察した。さらに平均破断繊維長laから臨界繊維長lcを、lc(μm)=(4/3)×la(μm)の式により計算した。ストランド引張強度σと炭素繊維単糸の直径dを測定し、炭素繊維と樹脂界面の接着強度の指標である界面せん断強度(IFSS)を、次式で算出した。実施例では、測定数n=5の平均を試験結果とした。
IFSS(MPa)=σ(MPa)×d(μm)/(2×lc)(μm)。
【0069】
本発明において、IFSSの好ましい範囲は以下の通りとした。
【0070】
熱可塑性樹脂
・ポリエーテルイミド 39MPa以上。
【0071】
<開繊糸幅の測定方法>
図1に示すように、距離180mmで2本の支持体3を地面に水平に設置する。大浩研熱株式会社製のスリット型エアノズル1(CX-50)の開口スリット(50mm)が糸束に対して垂直になり、かつ、開口スリット部と糸束間の距離は45cmになるように設置する。圧縮空気ボンベからレギュレーターを介して空気を開口スリットへと接続する。レギュレーターの開度を変更して開口スリット部から風を送り、ダンベル型熱式風速計(TASCO モデルTA411DA)のセンサー用いて、支持体間中央の風速を確認する。糸幅10mmの炭素繊維束2を距離180mmで水平に設置した2本の支持体間に弧長200mmの円弧状に固定する。図2に示すように、支持体間中央に鉛直方向に風を30秒間送風後、開繊した糸幅を測定して開繊幅を算出した。同試験を5回行い、平均値を開繊糸幅(D2、3、4)とした。
【0072】
<開繊性(未開繊束)の測定方法>
地面と水平になるようにクリールにサイジング剤塗布炭素繊維束が巻かれたボビンをかけ、サイジング剤塗布炭素繊維束をボビンから300mm引き出す。次に、引き出した糸条の端をテープで固定する。そして、糸束を10~20mm弛ませた状態で、風速5~10m/sの風を糸条に吹き付け、開繊させる。サイジング剤により単糸が隣接した単糸と付着し、束(未開繊部)となった箇所の数を評価した。このとき、0.5mm幅以上のものを評価対象とし、以下の基準で未開繊束数を3段階で評価し、A、Bを合格とした。
A: 未開繊束の数:0個
B: 未開繊束の数:1~2個
C: 未開繊束の数:3個以上。
【0073】
各実施例および各比較例で用いた材料と成分は下記の通りである。
【0074】
(A)成分
A-1:グリセロールポリグリシジルエーテル
(Mw=520、γ=50mJ/m
(ナガセケムテックス(株)製 “デナコール(登録商標)”Ex-313)
A-2:ジグリセロールポリグリシジルエーテル
(Mw=820、γ=50mJ/m
(ナガセケムテックス(株)製 “デナコール(登録商標)”Ex-421)
A-3:ポリグリセロールポリグリシジルエーテル
(Mw=1700、γ=51mJ/m
(ナガセケムテックス(株)製 “デナコール(登録商標)”Ex-521)
A-4:共重合ポリアミドA
(Mw=1000、γ=42mJ/m
(東レ(株)製“AQナイロン(登録商標)”p-70)
A-5:共重合ポリアミドB
ε-カプロタクムを24molと、繰り返し単位数が11のポリエチングリコール(分子量484)から得られるビスアミノプロピルポリエチレングリコールとアジピン酸のモル比1対1の塩を76molの比率で混合し、縮合重合でポリアミドを得たGPCで分子量は90,000であった。(γ=40mJ/m
A-6:ポリエチエレンイミン
(Mw=1300、γ=61mJ/m
(BASFジャパン(株)製 “Lupasol(登録商標)”G20Waterfree)。
【0075】
(B)成分
B-1:ポリエチレングリコール
(融点:58℃)
(三洋化成工業(株)製 PEG-4000S)
B-2:ポリエチレングリコール
(粘度(25℃):130mPa・s)
(三洋化成工業(株)製 PEG-600)
B-3:ビスフェノールAエチレンオキシド付加物
(粘度(25℃):3170mPa・s)
(三洋化成工業(株)製 ニューポール BPE60)
B-4:ビスフェノールAエチレンオキシド付加物
(粘度(25℃):890mPa・s)
(三洋化成工業(株)製 ニューポール BPE100)
B-5:ポリエーテルエステル系イオン性界面活性剤
(粘度(25℃):2000mPa・s)
(三洋化成工業(株)製 サンオイル SBF-201。
【0076】
(C)成分:熱可塑性樹脂
C-1:ポリエーテルイミド
(ガラス転移温度217℃)
(三菱樹脂(株)製“スペリオ(登録商標)”Eタイプ)。
【0077】
(実施例1)
本実施例は、次の第1~6の工程からなる。
【0078】
・第1の工程:原料となる炭素繊維束を製造する工程
アクリロニトリル共重合体を紡糸し、焼成し、総フィラメント数12,000本、総繊度800テックス、ストランド引張強度5.1GPa、ストランド引張弾性率240GPaの炭素繊維束を得た。次いで、その炭素繊維束を、炭酸水素アンモニウム水溶液を電解液として、電気量を炭素繊維束1g当たり120クーロンで電解表面処理した。この電解表面処理を施された炭素繊維束を続いて水洗し、加熱空気中で乾燥し、原料となる炭素繊維束を得た。
【0079】
・第2の工程:サイジング剤を炭素繊維束に付着させる工程
化合物(A)として(A-1)を用い、(A-1)と水を混合して、(A-1)が均一に溶解した約0.2質量%の水溶液を得た。この水溶液をサイジング剤水溶液として用い、浸漬法によりサイジング剤を表面処理された炭素繊維束に塗布した後、予備乾燥工程としてホットローラーで120℃の温度で15秒間熱処理をし、続いて、第2乾燥工程として220℃の温度の加熱空気中で120秒間熱処理をして、サイジング剤塗布炭素繊維束を得た。サイジング剤の付着量は、表面処理されたサイジング剤塗布炭素繊維束全量100質量部に対して、0.07質量部となるように調整した。
【0080】
・第3の工程:単糸間拘束力(開繊糸幅)の評価
前記第2工程で得られた炭素繊維束を用いて、単糸間拘束力の評価方法に基づいて開繊性を評価した。その結果、風速1m/sでの開繊幅が20mmで、風速2m/sでの開繊幅が55mmで、風速3m/sでの開繊幅が60mmあり、良好な拘束力で開繊性が非常に高いことが分かった。
【0081】
・第4の工程:開繊性(未開繊束)の評価
前記第2工程で得られた炭素繊維束を用いて、未開繊束の評価方法に基づいて開繊性(未開繊束)を評価した。その結果、未開繊束の個数は0個であり、開繊性が非常に高いことが分かった。
【0082】
・第5の工程:繊維間摩擦係数の評価
前記第2工程で得られた炭素繊維束を用いて、繊維間摩擦係数を評価した。その結果、摩擦係数は0.28であり、良好な平滑性で開繊性が非常に高いことが分かった。
【0083】
・第6の工程:IFSS測定用試験片の作製および評価
前工程で得られた炭素繊維束と、熱可塑性樹脂(C)として(C-1)を用いて、界面せん断強度の測定方法に基づき、IFSS測定用試験片を作製した。
【0084】
続いて、得られたIFSS測定用試験片を用いて、IFSSを測定した。その結果、(C-1)使用時のIFSSが41MPaであり、接着性が十分に高いことがわかった。以上の結果を表1にまとめた。
【0085】
【表1】
【0086】
(実施例2、3)
第2の工程におけるサイジング剤付着量を表1に示す通りに変更した以外は、実施例1と同様にしてサイジング剤塗布炭素繊維束を得て、各種評価を行った。結果は表1にまとめた通りであり、開繊性が高く、接着性が非常に高い炭素繊維束が得られた。
【0087】
(実施例4~6)
第2の工程におけるサイジング剤付着量および第2乾燥工程の温度を変更した以外は、実施例1と同様にしてサイジング剤塗布炭素繊維束を得て、各種評価を行った。結果は表1にまとめた通りであり、開繊性が高く、接着性が非常に高い炭素繊維束が得られた。
【0088】
(実施例7)
第2の工程におけるサイジング剤の組成を表1に示す通りに変更した以外は、実施例1と同様にしてサイジング剤塗布炭素繊維束を得て、各種評価を行った。結果は表1にまとめた通りであり、開繊性が高く、接着性が非常に高い炭素繊維束が得られた。
【0089】
(実施例8)
第2の工程におけるサイジング剤の組成および第2乾燥工程の温度・乾燥時間を変更した以外は、実施例1と同様にしてサイジング剤塗布炭素繊維束を得て、各種評価を行った。結果は表1にまとめた通りであり、開繊性が高く、接着性が非常に高い炭素繊維束が得られた。
【0090】
(比較例1、2)
第2の工程におけるサイジング剤組成を表1に示す通りに変更、および第2乾燥工程の温度を120℃と変更した以外は、実施例1と同様にしてサイジング剤塗布炭素繊維束を得て、各種評価を行った。結果は表1にまとめた通りであり、摩擦係数が高く開繊性が不十分であった。
【0091】
(比較例3)
第2の工程におけるサイジング剤組成および第2乾燥工程の温度を表1に示す通りに変更した以外は、実施例1と同様にしてサイジング剤塗布炭素繊維束を得て、各種評価を行った。結果は表1にまとめた通りであり、摩擦係数が高く開繊性が不十分であった。
【0092】
(比較例4)
第2の工程におけるサイジング剤組成および付着量を表1に示す通りに変更した以外は、実施例1と同様にしてサイジング剤塗布炭素繊維束を得て、各種評価を行った。結果は表1にまとめた通りであり、接着性は高いが、開繊性が過剰であった。
【0093】
(比較例5)
第2の工程におけるサイジング剤の付着・乾燥を実施せず、第1の工程で得られた炭素繊維束の各種評価を行った。結果は表1にまとめた通りであり、摩擦係数が高く、開繊性が過剰であった。
【0094】
(実施例9~12)
第2の工程におけるサイジング剤付着量および第2乾燥工程の温度を変更した以外は、実施例1と同様にしてサイジング剤塗布炭素繊維束を得て、各種評価を行った。結果は表2にまとめた通りであり、開繊性が高く、接着性が非常に高い炭素繊維束が得られた。
【0095】
【表2】
【0096】
(比較例6)
第2の工程におけるサイジング剤付着量および第2乾燥工程の温度を変更した以外は、実施例1と同様にしてサイジング剤塗布炭素繊維束を得て、各種評価を行った。結果は表2にまとめた通りであり、摩擦係数が高く開繊性が不十分であった。
【0097】
(実施例13)
第2の工程におけるサイジング剤付着量、第2乾燥工程の温度および乾燥時間を変更した以外は、実施例1と同様にしてサイジング剤塗布炭素繊維束を得て、各種評価を行った。結果は表2にまとめた通りであり、開繊性が高く、接着性が非常に高い炭素繊維束が得られた。
【0098】
(実施例14~16)
第2の工程においてサイジング剤の組成および付着量を表2に変更した以外は、実施例1と同様にしてサイジング剤塗布炭素繊維束を得て、各種評価を行った。結果は表2にまとめた通りであり、接着性と開繊性が十分に高い炭素繊維束が得られた。
【0099】
(比較例7)
第2の工程におけるサイジング剤の組成および付着量を表2に示す通りに変更した以外は、実施例1と同様にしてサイジング剤塗布炭素繊維束を得て、各種評価を行った。結果は表2にまとめた通りであり、接着性は十分であるが、開繊性は低下した。
【0100】
(実施例17~19)
第2の工程においてサイジング剤の組成および付着量を表3に変更した以外は、実施例1と同様にしてサイジング剤塗布炭素繊維束を得て、各種評価を行った。結果は表3にまとめた通りであり、接着性と開繊性が十分に高い炭素繊維束が得られた。
【0101】
【表3】
【0102】
(比較例8)
第2の工程におけるサイジング剤の組成および付着量を表3に示す通りに変更した以外は、実施例1と同様にしてサイジング剤塗布炭素繊維束を得て、各種評価を行った。結果は表3にまとめた通りであり、接着性は十分であるが、開繊性は低下した。
【0103】
(比較例9)
第2の工程におけるサイジング剤の組成を表3に示す通りに変更した以外は、実施例1と同様にしてサイジング剤塗布炭素繊維束を得て、各種評価を行った。結果は表3にまとめた通りであり、接着性は高いが、開繊性が過剰であった。
【符号の説明】
【0104】
1:スリット型エアノズル
2:炭素繊維束
3:支持体
:送風前のサイジング剤塗布炭素繊維束の糸幅(mm)
、D、D:風を30秒間吹きつけた後のサイジング剤塗布炭素繊維束の開繊糸幅(mm)
【産業上の利用可能性】
【0105】
本発明によれば、熱可塑性樹脂に対し高い接着性を示し、工程安定性に優れ、開繊工程において良好な開繊性を示すサイジング剤塗布炭素繊維束を提供することができる。本発明の熱可塑性樹脂組成物およびその成形品は、軽量でありながら強度に優れることから、航空機部材、宇宙機部材、自動車部材、船舶部材、土木建築材およびスポーツ用品等の多くの分野に好適に用いることができる。
図1
図2