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特許7363359分析用試料の調製方法、分析方法および分析用試料の調製用キット
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-10-10
(45)【発行日】2023-10-18
(54)【発明の名称】分析用試料の調製方法、分析方法および分析用試料の調製用キット
(51)【国際特許分類】
   G01N 1/28 20060101AFI20231011BHJP
   G01N 30/06 20060101ALI20231011BHJP
   G01N 30/88 20060101ALI20231011BHJP
   G01N 27/62 20210101ALI20231011BHJP
【FI】
G01N1/28 J
G01N30/06 A
G01N30/88 N
G01N27/62 V
【請求項の数】 24
(21)【出願番号】P 2019192037
(22)【出願日】2019-10-21
(65)【公開番号】P2021067524
(43)【公開日】2021-04-30
【審査請求日】2022-02-15
(73)【特許権者】
【識別番号】000001993
【氏名又は名称】株式会社島津製作所
(74)【代理人】
【識別番号】110001069
【氏名又は名称】弁理士法人京都国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】西風 隆司
(72)【発明者】
【氏名】古川 潤一
(72)【発明者】
【氏名】花松 久寿
(72)【発明者】
【氏名】横田 育子
【審査官】西浦 昌哉
(56)【参考文献】
【文献】特開2019-152475(JP,A)
【文献】特開2018-109525(JP,A)
【文献】特開2013-076629(JP,A)
【文献】特開2013-068594(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2016/0289346(US,A1)
【文献】LAGEVEEN-KAMMEIJER, G.S.M. et al.,Highly sensitive CE-ESI-MS analysis of N-glycans from complex biological samples,NATURE COMMUNICATIONS,2019年05月13日,Vol.10/No.2137,p.1-7,https://doi.org/10.1038/s41467-019-09910-7
【文献】YANG, S. et al.,Solid-Phase Chemidcal Modification for Sialic Acid Linkage Analysis:Application to Glycoproteins of Hose Cells Used in Influenza Virus Propagation,ANALYTICAL CHEMISTRY,2017年08月09日,Vol.89,p.9508-9517,DOI: 10.1021/acs.analchem.7b02514
【文献】LI, H. et al.,MALDI-MS analysis of sialylated N-glycan linkage isomers using solid-phase two step derivatization method,ANALYTICA CHIMICA ACTA,2016年04月25日,Vol.924,p.77-85,http://dx.doi.org/10.1016/j.aca.2016.04.023
【文献】富岡 あづさ, 亀山 昭彦,「MALDI‐QIT‐TOF MSによるメチルエステル化シアロ糖鎖の解析」,第56回質量分析総合討論会講演要旨集,日本質量分析学会,2008年05月01日,p. 482-483
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 1/00- 1/44
G01N 30/00-30/96
G01N 27/62
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
糖鎖を含む試料からの分析用試料の調製方法であって、
前記糖鎖に含まれるシアル酸の少なくとも一部を、メチルエステル化、エチルエステル化、プロピルエステル化、ブチルエステル化、ペンチルエステル化、ヘキシルエステル化、およびベンジルエステル化からなる群から選択される少なくとも一つのエステル化に供するエステル化反応を行うことと、
前記試料と、前記エステル化により修飾されているシアル酸と反応させるアンモニア、第一級アミン、ヒドラジン、ヒドラジン誘導体およびヒドロキシアミンならびにこれらの塩からなる群から選択される少なくとも一つの化合物を含む、アミド化反応溶液とを接触させ、前記エステル化により修飾されているシアル酸のエステル化修飾をアミド化修飾に変換するアミド化反応を行うこととを備え
前記アミド化反応において、前記アミド化反応溶液における前記化合物の濃度は、前記エステル化により修飾されているα2,6-シアル酸のエステル化修飾から前記アミド化修飾への変換が起きないように調節され、前記エステル化により修飾されているα2,3-シアル酸の少なくとも一部、α2,8-シアル酸、およびα2,9-シアル酸からなる群から選択される少なくとも一つのシアル酸のエステル化修飾がアミド化修飾に変換される分析用試料の調製方法。
【請求項2】
請求項1に記載の分析用試料の調製方法において、
前記アミド化反応溶液の溶媒は、有機溶媒を含む、分析用試料の調製方法。
【請求項3】
請求項2に記載の分析用試料の調製方法において、
前記有機溶媒は、アセトニトリルである、分析用試料の調製方法。
【請求項4】
請求項2または3に記載の分析用試料の調製方法において、
前記アミド化反応において、α2,3-シアル酸の少なくとも一部、α2,8-シアル酸、およびα2,9-シアル酸からなる群から選択される少なくとも一つのシアル酸が、前記少なくとも一つのシアル酸の前記糖鎖における位置または前記糖鎖の構造に基づいてアミド化される分析用試料の調製方法。
【請求項5】
請求項2から4までのいずれか一項に記載の分析用試料の調製方法において、
前記アミド化反応において、α2,3-シアル酸のうち該α2,3-シアル酸が直接結合する単糖の4位に別の単糖が結合していない2,3-シアル酸のエステル化修飾がアミド化修飾に変換される分析用試料の調製方法。
【請求項6】
請求項1から5までのいずれか一項に記載の分析用試料の調製方法において、
前記試料と、エステル化反応溶液とを接触させることにより前記エステル化反応を行
うことを備え、
前記エステル化反応溶液は、アルコールおよびエステル化剤の少なくとも一つを含む、分析用試料の調製方法。
【請求項7】
請求項に記載の分析用試料の調製方法において、
前記エステル化反応溶液はエステル化剤を含み、
前記エステル化剤はトリアゼン誘導体である、分析用試料の調製方法。
【請求項8】
請求項またはに記載の分析用試料の調製方法において、
前記アミド化反応は、前記試料から前記エステル化反応溶液を除去するための操作の後、 前記試料を前記アミド化反応溶液と接触させることのみにより行われる、分析用試料の調製方法。
【請求項9】
請求項からまでのいずれか一項に記載の分析用試料の調製方法において、
前記アミド化反応溶液は、脱水縮合剤を含まない、分析用試料の調製方法。
【請求項10】
請求項1からまでのいずれか一項に記載の分析用試料の調製方法において、
前記試料と前記アミド化反応溶液とを接触させた後、前記試料と脱水縮合剤とを反応させる操作を行わない、分析用試料の調製方法。
【請求項11】
請求項1から10までのいずれか一項に記載の分析用試料の調製方法において、
前記アミド化反応を行うために前記試料と前記アミド化反応溶液とを接触させる時間は30分より短い、分析用試料の調製方法。
【請求項12】
請求項1から11までのいずれか一項に記載の分析用試料の調製方法において、
前記アミド化反応の前に、前記エステル化反応により生成したラクトン構造を開裂するための操作を行わない、分析用試料の調製方法。
【請求項13】
請求項1から12までのいずれか一項に記載の分析用試料の調製方法において、
前記化合物は第一級アミンである、分析用試料の調製方法。
【請求項14】
請求項13に記載の分析用試料の調製方法において、
前記第一級アミンのアミノ基に結合した炭素原子に1以下の炭素原子が直接結合している、分析用試料の調製方法。
【請求項15】
請求項1から1までのいずれか一項に記載の分析用試料の調製方法において、
前記化合物はアルキル基を含む、分析用試料の調製方法。
【請求項16】
請求項1から1までのいずれか一項に記載の分析用試料の調製方法において、
前記アミド化反応溶液のpHは、7.7以上である、分析用試料の調製方法。
【請求項17】
請求項からまでのいずれか一項に記載の分析用試料の調製方法において、
前記試料と前記エステル化反応溶液とを接触させた際に、前記エステル化により修飾されなかったシアル酸の少なくとも一部がラクトン化され、
前記試料と、前記アミド化反応溶液とを接触させた際に、前記ラクトン化により修飾されているシアル酸のラクトン構造がアミド化修飾に変換される分析用試料の調製方法。
【請求項18】
請求項1から1までのいずれか一項に記載の分析用試料の調製方法において、
前記エステル化反応および前記アミド化反応の少なくとも一つは、前記試料が固相担体に結合または吸着した状態で行われる、分析用試料の調製方法。
【請求項19】
請求項4または5に記載の分析用試料の調製方法において、
前記有機溶媒を含むアミド化反応溶液を用いて前記アミド化反応を行った後、水系溶媒を含むアミド化反応溶液を前記アミド化反応に供された前記試料と接触させ、前記アミド化反応でアミド化されなかったシアル酸のアミド化を行うことをさらに備える、分析用試料の調製方法。
【請求項20】
請求項1から19までのいずれか一項に記載の分析用試料の調製方法において、
前記アミド化反応に供した後の前記試料から第1分析用試料を調製することと、
前記エステル化反応に供した後、前記アミド化反応に供する前の前記試料から第2分析用試料を調製することと
を備える分析用試料の調製方法。
【請求項21】
請求項1から19までのいずれか一項の分析用試料の調製方法により試料を調製することと、
調製した前記分析用試料の分析を行うことと
を備える分析方法。
【請求項22】
請求項2に記載の分析用試料の調製方法により前記第1分析用試料および前記第2分析用試料を調製することと、
調製した前記第1分析用試料および前記第2分析用試料の分析を行うことと、
前記第1分析用試料の前記分析で得られたデータと前記第2分析用試料の前記分析で得られたデータの違いに基づいて、前記試料に含まれる糖鎖の解析を行うことと
を備える分析方法。
【請求項23】
請求項2または2に記載の分析方法において、
前記分析は、質量分析およびクロマトグラフィの少なくとも一つにより行われる分析方法。
【請求項24】
請求項1から19までのいずれか一項に記載の分析用試料の調製方法に用いられる分析用試料の調製用キットであって、
前記エステル化反応に用いられるアルコールまたはエステル化剤と前記化合物とを含む分析用試料の調製用キット
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、分析用試料の調製方法、分析方法および分析用試料の調製用キットに関する。
【背景技術】
【0002】
シアル酸は生体内に数多く存在する糖である。シアル酸は、生体内においてタンパク質と結合された糖鎖にも含まれ、糖鎖の非還元末端に存在することが多い。従って、シアル酸は、このような糖タンパク質分子において分子の外側に配置され他の分子から直接認識されるため、重要な役割を担っている。
【0003】
シアル酸は、隣接する糖との間の結合様式(linkage type)が異なる場合がある。例えば、ヒトのN-結合型糖鎖(N型糖鎖)では主にα2,3-およびα2,6-の結合様式、O-結合型糖鎖(O型糖鎖)およびスフィンゴ糖脂質ではこれらに加えてα2,8-およびα2,9-の結合様式が知られている。このような結合様式の違いにより、シアル酸は異なる分子から認識され、異なる役割を有し得る。
【0004】
質量分析等においては、シアル酸を含有する糖鎖に対する前処理としてシアル酸の修飾が行われている。これは、負電荷を有するシアル酸のカルボキシ基をエステル化またはアミド化等により中性化することで、イオン化の抑制およびシアル酸の脱離等のデメリットを解消するものである。シアル酸のラクトン化では、結合様式により生成されるラクトンの安定性が異なるため、この安定性の違いを利用して結合様式特異的にシアル酸の修飾および解析を行うことができる。
【0005】
ここで、ラクトンはきわめて不安定であり、水中でも容易に加水分解され、酸性または塩基性条件でさらに迅速に加水分解される。従って、前処理における修飾により生成されたラクトンを、アミド化により安定化させることが報告されている(特許文献1、非特許文献1および非特許文献2参照)。ラクトン化により生じた分子中の環状構造を、適宜ラクトン構造と呼ぶ。ラクトン構造は、生体における糖鎖および抗体医薬の糖鎖等においても存在し、これらの解析を行う際にも安定化を行うことができる。また、非特許文献2に記載されたラクトンの直接アミド化は、ラクトンの迅速な修飾を行うことができ、今後の利用が期待されている。
【0006】
ラクトン化はエステル化の一種である。シアル酸の修飾では、ラクトン化以外のエステル化も行われている。非特許文献3では、メタノールに溶解させた遊離糖鎖に脱水縮合剤4-(4,6-ジメトキシ-1,3,5-トリアジン-2-イル)-4-メチルモルホリニウムクロリド(DMT-MM)を加えている。これにより、α2,6-シアル酸をメチルエステル化し、α2,3-シアル酸をラクトン化している。
【0007】
非特許文献4では、エタノール等に溶解させたN‐(3‐ジメチルアミノプロピル)‐N’‐エチルカルボジイミド(EDC)および1‐ヒドロキシベンゾトリアゾール(HOBt)等の脱水縮合剤を、遊離糖鎖に加えている。これによりα2,6-シアル酸をエステル化し、α2,3-シアル酸をラクトン化している。
【0008】
非特許文献5では、固相担体に結合させた糖タンパク質にエタノールと脱水縮合剤とを含む溶液を加え、α2,6-シアル酸をエステル化し、α2,3-シアル酸をラクトン化している。この後、非特許文献5の図解(Scheme)1(b)に示されるように、ラクトンを加水分解するためにpH10のTris緩衝液を試料に加え1時間反応させ、その後メチルアミン塩酸塩を含む溶液を試料に加え、さらにこれに脱水縮合剤を加えて30分間反応させている。
【0009】
非特許文献6では、固相担体に結合させた糖タンパク質にEDC塩酸塩とHOBtを含むエタノールを加え、α2,6-シアル酸をエステル化した後、p-トルイジン溶液を脱水縮合剤とともに試料に加え、α2,3-シアル酸をアミド化している。
【0010】
非特許文献7では、固相担体に結合させた糖タンパク質にEDC塩酸塩とHOBtを含むエタノールを加え、α2,6-シアル酸をエステル化した後、エチレンジアミン溶液を脱水縮合剤とともに試料に加え、α2,3-シアル酸をアミド化している。
【0011】
非特許文献8では、糖鎖に対してEDCおよびHOBtを含むエタノールを加え、α2,6-シアル酸をエステル化しα2,3-シアル酸をラクトン化した後、その後アンモニア水を加え脱水縮合剤存在下で反応させることでラクトンを加水分解した後にアミド化している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【文献】特許第6135710号公報
【非特許文献】
【0013】
【文献】Nishikaze T, Tsumoto H, Sekiya S, Iwamoto S, Miura Y, Tanaka K. "Differentiation of Sialyl Linkage Isomers by One-Pot Sialic Acid Derivatization for Mass Spectrometry-Based Glycan Profiling" Analytical Chemistry,(米国), ACS Publications, 2017年2月21日、Volume 89, Issue 4, pp.2353-2360
【文献】Hanamatsu H, Nishikaze T, Miura N, Piao J, Okada K, Sekiya S, Iwamoto S, Sakamoto N, Tanaka K, Furukawa JI. "Sialic Acid Linkage Specific Derivatization of Glycosphingolipid Glycans by Ring-Opening Aminolysis of Lactones" Analytical Chemistry,(米国), ACS Publications, 2018年10月29日、Volume 90, Issue 22, pp.13193-13199
【文献】Wheeler SF, Domann P, Harvey DJ. "Derivatization of sialic acids for stabilization in matrix-assisted laser desorption/ionization mass spectrometry and concomitant differentiation of alpha(2 --> 3)- and alpha(2 --> 6)-isomers" Rapid communications in mass spectrometry,(英国), John Wiley And Sons Ltd., 2009年1月、Volume 23, Issue 2, pp.303-12
【文献】Reiding KR, Blank D, Kuijper DM, Deelder AM, Wuhrer M. "High-throughput profiling of protein N-glycosylation by MALDI-TOF-MS employing linkage-specific sialic acid esterification" Analytical Chemistry,(米国), ACS Publications, 2014年6月、Volume 86, Issue 12, pp.5784-93
【文献】Li H, Gao W, Feng X, Liu BF, Liu X. "MALDI-MS analysis of sialylated N-glycan linkage isomers using solid-phase two step derivatization method," Analytica Chimica Acta,(オランダ国), Elsevier B.V., 2016年6月14日、Volume 924, pp.77-85
【文献】Yang S, Jankowska E, Kosikova M, Xie H, Cipollo J. "Solid-Phase Chemical Modification for Sialic Acid Linkage Analysis: Application to Glycoproteins of Host Cells Used in Influenza Virus Propagation" Analytical Chemistry,(米国), ACS Publications, 2017年9月、Volume 89, Issue 17, pp.9508-17
【文献】Yang S, Wu WW, Shen RF, Bern M, Cipollo J "Identification of Sialic Acid Linkages on Intact Glycopeptides via Differential Chemical Modification Using IntactGIG-HILIC" Journal of the American Society for Mass Spectrometry.,(米国), Springer, 2018年4月12日、Volume 29, Issue 6, pp.1273-1283
【文献】Lageveen-Kammeijer GSM, de Haan N, Mohaupt P, Wagt S, Filius M, Nouta J, Falck D, Wuhrer M. "Highly sensitive CE-ESI-MS analysis of N-glycans from complex biological samples" Nature communications,(英国), Nature Pub. Group, 2019年5月13日、Volume 10, Issue 1, p.2137
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
糖鎖に含まれるシアル酸の分析のため、糖鎖に含まれるシアル酸を修飾する新規な方法が提案されることが望ましい。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明の第1の態様は、糖鎖を含む試料からの分析用試料の調製方法であって、前記糖鎖に含まれるシアル酸の少なくとも一部を、ラクトン化以外のエステル化に供するエステル化反応を行うことと、前記試料と、前記エステル化により修飾されているシアル酸と反応させるアンモニア、アミン、ヒドラジン、ヒドラジン誘導体およびヒドロキシアミンならびにこれらの塩からなる群から選択される少なくとも一つの化合物を含む、アミド化反応溶液とを接触させ、前記エステル化により修飾されているシアル酸のエステル化修飾をアミド化修飾に変換するアミド化反応を行うこととを備える分析用試料の調製方法に関する。
本発明の第2の態様は、第1の態様の分析用試料の調製方法により試料を調製することと、調製した前記分析用試料の分析を行うこととを備える分析方法に関する。
本発明の第3の態様は、第1の態様の分析用試料の調製方法に用いられる分析用試料の調製用キットに関する。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、糖鎖に含まれるシアル酸の分析のための、新規なメカニズムによりシアル酸を修飾する方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1図1は、一実施形態に係る分析方法の流れを示すフローチャートである。
図2図2は、分析用試料の調製用キットを示す概念図である。
図3図3は、変形例に係る分析方法の流れを示すフローチャートである。
図4A図4Aは、糖鎖GD1aの構造を示す概念図である。
図4B図4Bは、糖鎖GD1bの構造を示す概念図である。
図4C図4Cは、糖鎖A2GN1の構造を示す概念図である。
図5図5は、変形例に係る分析方法の流れを示すフローチャートである。
図6図6は、実施例で用いた糖鎖の構造を示す概念図である。
図7図7は、メチルエステル化反応を行い、アミド化反応を行わずに調製した分析用試料のマススペクトル(a)と、メチルエステル化反応を行った後、それぞれ1%(b)、10%(c)、および40%(d) メチルアミン水溶液によるアミド化反応を行い調製した分析用試料のマススペクトルとを示す図である。
図8図8は、メチルエステル化反応を行った後、5.6% アンモニア水(a)、10% メチルアミン溶液(b)、17.5% エチルアミン溶液(c)、16.7% ジメチルアミン溶液(d)、20% トリメチルアミン溶液(e)のそれぞれを用いてアミド化反応を行い調製した分析用試料のマススペクトルを示す図である。
図9図9は、メチルエステル化反応を行った後、5% メチルアミン水溶液を用いてアミド化反応を行い調製した分析用試料のマススペクトル(a)と、メタノール(b)、ジメチルスルホキシド(c)およびアセトニトリル(d)のそれぞれを溶媒として、6% メチルアミン溶液を用いてアミド化反応を行い調製した分析用試料のマススペクトルを示す図である。
図10図10は、メチルエステル化反応を行った後、17.5% エチルアミン溶液を用いてアミド化反応を行い調製した分析用試料のマススペクトル(a)と、エチルエステル化反応を行った後、10% メチルアミン溶液を用いてアミド化反応を行い調製した分析用試料のマススペクトル(b)とを示す図である。
図11図11は、GD1a糖鎖を含む試料に対し、メチルエステル化反応を行い、アミド化反応を行わずに調製した分析用試料のマススペクトル(a)と、GD1a糖鎖を含む試料に対し、メチルエステル化反応を行った後、10% メチルアミン溶液を用いてアミド化反応を行い調製した分析用試料のマススペクトル(b)と、GD1b糖鎖を含む試料に対し、メチルエステル化反応を行い、アミド化反応を行わずに調製した分析用試料のマススペクトル(c)と、GD1b糖鎖を含む試料に対し、メチルエステル化反応を行った後、10% メチルアミン溶液を用いてアミド化反応を行い調製した分析用試料のマススペクトル(d)とを示す図である。
図12図12は、実施例で用いた糖鎖の構造を示す概念図である。
図13図13は、血清糖タンパク質由来N型糖鎖に対し、メチルエステル化反応を行い、アミド化反応を行わずに調製した分析用試料のマススペクトル(a)と、メチルエステル化反応を行った後、それぞれ5%(b)、10%(c)、20%(d)および40%(e) エチルアミン溶液(真空吸引により通液)によるアミド化反応を行い調製した分析用試料のマススペクトルとを示す図である。
図14図14は、血清糖タンパク質由来N型糖鎖に対し、メチルエステル化反応を行い、アミド化反応を行わずに調製した分析用試料のマススペクトル(a)と、メチルエステル化反応を行った後、それぞれ5%(b)、10%(c)、20%(d)および40%(e) エチルアミン溶液(自然落下により通液)によるアミド化反応を行い調製した分析用試料のマススペクトルとを示す図である。
図15図15は、血清糖タンパク質由来N型糖鎖に対し、メチルエステル化反応を行い、アミド化反応を行わずに調製した分析用試料のマススペクトル(a)と、メチルエステル化反応を行った後、液相下で、それぞれ2.5%(b)、5%(c)、10%(d)、20%(e)および40%(f) エチルアミン溶液によるアミド化反応を行い調製した分析用試料のマススペクトルとを示す図である。
図16図16は、GD1a糖鎖およびA2GN1糖鎖に対し、エチルエステル化反応を行い、アミド化反応を行わずに調製した分析用試料のマススペクトル(a)と、エチルエステル化反応を行った後、溶媒をアセトニトリルとして、それぞれメチルアミン溶液(b)、エチルアミン溶液(c)およびプロピルアミン溶液(d)を用いてアミド化反応を行い調製した分析用試料のマススぺクトルとを示す図である。
図17図17は、GD1b糖鎖およびA2GN1糖鎖に対し、エチルエステル化反応を行い、アミド化反応を行わずに調製した分析用試料のマススペクトル(e)と、エチルエステル化反応を行った後、溶媒をアセトニトリルとして、それぞれメチルアミン溶液(f)、エチルアミン溶液(g)およびプロピルアミン溶液(h)を用いてアミド化反応を行い調製した分析用試料のマススぺクトルとを示す図である。
図18図18は、GD1a(a)およびGD1b(b)糖鎖に対し、エチルエステル化反応を行った後、溶媒をアセトニトリルとしてプロピルアミン溶液を用いてアミド化反応を行い調製した分析用試料のMS/MSスぺクトルを示す図である。
図19図19は、GD1a糖鎖に対し、エチルエステル化反応を行った後、溶媒をアセトニトリルとして0M、0.125M、0.25M、0.5M、1Mおよび3Mのそれぞれの濃度のプロピルアミン溶液を用いてアミド化反応を行い調製した分析用試料のマススぺクトルを示す図である。
図20図20は、GD1b糖鎖に対し、エチルエステル化反応を行った後、溶媒をアセトニトリルとして0M、0.125M、0.25M、0.5M、1Mおよび3Mのそれぞれの濃度のプロピルアミン溶液を用いてアミド化反応を行い調製した分析用試料のマススぺクトルを示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、図を参照して本発明を実施するための形態について説明する。以下の実施形態において、「エステル化」と記載した場合、特に注記が無い限り、ラクトン化以外のエステル化を指す。
【0019】
-第1実施形態-
図1は、本実施形態の分析用試料の調製方法に係る分析方法の流れを示すフローチャートである。本実施形態の分析用試料の調製方法では、試料に含まれる糖鎖のシアル酸をエステル化した後、エステル化されたシアル酸を結合様式特異的にアミド化する。ステップS1001において、糖鎖を含む試料が用意される。
【0020】
(試料について)
糖鎖を含む試料は、特に限定されず、糖鎖、糖ペプチドおよび糖タンパク質、ならびに糖脂質からなる群から選択される少なくとも一つの分子を含むことができる。ペプチドおよび糖ペプチドは、2以上50未満のアミノ酸からなるペプチド主鎖を備えるとし、タンパク質および糖タンパク質は、50以上のアミノ酸からなるペプチド主鎖を備えるとすることができる。しかし、慣例的な例外もあり、ペプチドとタンパク質の範囲の境界および糖ペプチドおよび糖タンパク質の範囲の境界はこれに限定されない。本実施形態の分析用試料の調製方法では、糖鎖に含まれるシアル酸の結合様式特異的な修飾が行われる。試料中の糖鎖は、N-結合型糖鎖(N型糖鎖)若しくはO-結合型糖鎖(O型糖鎖)、または糖脂質型糖鎖等、末端または末端以外の位置にシアル酸を有する可能性がある糖鎖を含むことが好ましい。また、試料中の糖鎖は、α2,3-シアル酸、α2,8-シアル酸およびα2,9-シアル酸の少なくとも一つを含むか、含む可能性があることがより好ましく、これに加えてα2,6-シアル酸を含むか、含む可能性があることがさらに好ましい。
【0021】
試料が遊離糖鎖を含む場合は、糖タンパク質、糖ペプチドまたは糖脂質から遊離させた糖鎖を用いることができる。当該遊離の方法としては、N‐グリコシダーゼ、O‐グリコシダーゼ、またはエンドグリコセラミダーゼなどを用いた酵素処理、ヒドラジン分解、アルカリ処理によるβ脱離等の方法を用いることができる。糖ペプチドおよび糖タンパク質のペプチド鎖からN‐結合型糖鎖を遊離させる場合は、ペプチド‐N‐グリコシダーゼF(PNGase F)、ペプチド‐N‐グリコシダーゼA(PNGase A)、またはエンド-β-N-アセチルグルコサミニダーゼ(Endo M)等による酵素処理が好適に用いられる。また、糖鎖の還元末端のピリジルアミノ化(PAラベリング)等の修飾を適宜行うことができる。酵素処理の前に、後述する糖ペプチドまたは糖タンパク質のペプチド鎖の切断を行ってもよい。
【0022】
試料が糖ペプチドまたは糖タンパク質を含む場合、後述の「糖ペプチドおよび糖タンパク質の副反応の抑制について」の部分で述べるように、ペプチド部分の副反応を抑えるための処理を適宜行うことができる。また、糖ペプチドまたは糖タンパク質のペプチド鎖のアミノ酸の残基数が多いものは、酵素的切断等により、ペプチド鎖を切断して用いることが好ましい。例えば、質量分析用の試料を調製する場合、ペプチド鎖のアミノ酸残基数は30以下が好ましく、20以下がより好ましく、15以下がさらに好ましい。一方、糖鎖が結合しているペプチドの由来を明確とすることが求められる場合には、ペプチド鎖のアミノ酸残基数は2以上が好ましく、3以上がより好ましい。
【0023】
糖ペプチドまたは糖タンパク質のペプチド鎖を切断する場合の消化酵素としては、トリプシン、リジルエンドペプチダーゼ、アルギニンエンドペプチダーゼ、キモトリプシン、ペプシン、サーモリシン、プロテイナーゼK、またはプロナーゼE等が用いられる。これらの消化酵素の2種以上を組み合わせて用いてもよい。ペプチド鎖の切断の際の条件は特に限定されず、使用する消化酵素に応じた適宜のプロトコルが採用される。この切断の前に、試料中のタンパク質およびペプチドの変性処理またはアルキル化処理が行われてもよい。変性処理またはアルキル化処理の条件は特に限定されない。また、酵素的切断では無く、化学的切断等によりペプチド鎖を切断してもよい。
ステップS1001が終了したら、ステップS1003に進む。
【0024】
(エステル化反応)
ステップS1003において、試料をエステル化のための反応溶液(以下、エステル化反応溶液と呼ぶ)と接触させ、糖鎖に含まれるシアル酸の少なくとも一部をエステル化するエステル化反応を行う(以下、エステル化反応と記載した場合、特に言及が無い限り、ステップS1003のエステル化反応を指す)。エステル化反応は、糖鎖に含まれるシアル酸を、ラクトン化以外のエステル化に供する反応である。しかし、エステル化反応において、一部のシアル酸についてラクトン化以外のエステル化が起きれば、他の一部のシアル酸がラクトン化されることも妨げない。以下の実施形態において、「ラクトン化以外のエステル化」とは、エステル化反応溶液の成分の一部がシアル酸のカルボン酸に結合し、カルボン酸エステルを形成することを指す。すなわち、エステル化反応溶液の成分の一部がカルボン酸エステルを示す-COORのRの部分に導入されることに相当する。エステル化反応では、結合様式非特異的に糖鎖に含まれるシアル酸をエステル化することが好ましい。エステル化反応では、α2,3-シアル酸、α2,6-シアル酸、α2,8-シアル酸およびα2,9-シアル酸のカルボキシ基が好適にエステル化される。
【0025】
エステル化反応溶液は、糖鎖に含まれるシアル酸、特に少なくともα2,6-シアル酸以外の、例えばα2,3-シアル酸等のシアル酸の少なくとも一部をエステル化できれば、その組成は特に限定されない。結合様式特異的な修飾を行う観点からは、α2,6-シアル酸についてもエステル化することが好ましい。エステル化反応溶液は、アルコールおよびエステル化剤の少なくとも一つを含むことが好ましい。しかしエステル化の方法は、アルコールまたはエステル化剤を用いる方法に限定されず、任意のエステル化の方法を用いることができる。
【0026】
(エステル化反応溶液がアルコールを含む場合)
エステル化反応溶液がアルコールを含む場合、エステル化反応溶液はさらに、縮合剤を含むことが好ましく、縮合剤に加えさらに添加剤を含むことがより好ましい。エステル化反応溶液は、メタノールまたはエタノール等のアルコールと、塩酸等の酸とを含むようにしてもよい。
【0027】
エステル化反応溶液に含まれるアルコールは特に限定されず、任意の価数のアルコールとすることができる。エステル化反応溶液に含まれるアルコールは一価のアルコールが好ましく、メタノール、エタノール、プロパノール、ブタノール、ペンタノールまたはヘキサノールがより好ましく、メタノールまたはエタノールがさらに好ましい。
【0028】
エステル化反応溶液に含まれる縮合剤は、特に限定されない。当該縮合剤は、カルボジイミド、カルボジイミダゾール、ホスゲン誘導体、ホスホニウム系縮合剤、ウロニウム系縮合剤、ホルムアミジニウム系縮合剤およびトリフラート試薬の少なくとも一つを含むことができる。
【0029】
当該縮合剤におけるカルボジイミドの例は、1-シクロヘキシル-3-(2-モルホリノエチル)カルボジイミドメト-p-トルエンスルホナート(CMC)、1-(3-ジメチルアミノプロピル)-3-エチルカルボジイミド(EDAC)、N,N’‐ジシクロへキシルカルボジイミド(DCC)、N‐(3‐ジメチルアミノプロピル)‐N’‐エチルカルボジイミド(EDC)、N,N’‐ジイソプロピルカルボジイミド(DIC)、1‐tert‐ブチル‐3‐エチルカルボジイミド(BEC)、N,N’‐ジ‐tert‐ブチルカルボジイミド、1,3‐ジ‐p‐トルイルカルボジイミド、ビス(2,6‐ジイソプロピルフェニル)カルボジイミド、ビス(トリメチルシリル)カルボジイミドおよび1,3‐ビス(2,2‐ジメチル‐1,3‐ジオキソラン‐4‐イルメチル)カルボジイミド(BDDC)を含む。
【0030】
当該縮合剤におけるカルボジイミダゾールの例は、1,1'-カルボニルジイミダゾール(CDI)、1,1'-カルボニルジ(1,2,4-トリアゾール)(CDT)および1,1'-オキサリルジイミダゾールを含む。
【0031】
当該縮合剤におけるホスゲン誘導体の例は、炭酸ビス(ペンタフルオロフェニル)、炭酸ジ-2-ピリジル 、炭酸ジ(N-スクシンイミジル)、チオホスゲン、トリホスゲンおよびチオ炭酸O,O'-ジ-2-ピリジルを含む。
【0032】
当該縮合剤におけるホスホニウム系脱水縮合剤の例は、(ベンゾトリアゾール‐1‐イルオキシ)トリス‐(ジメチルアミノ)ホスホニウム(BOP)、ベンゾトリアゾール‐1‐イルオキシトリス(ピロリジノ)ホスホニウムヘキサフルオロフォスフェイト(PyBOP)、ブロモトリス(ジメチルアミノ)ホスホニウムヘキサフルオロホスフフェイト(BroP)、ブロモトリス(ピロリジノ)ホスホニウムヘキサフルオロフォスフェイト(PyBroP)、(7‐アザベンゾトリアゾール‐1‐イルオキシ)トリス(ピロリジノ)ホスホニウムヘキサフルオロフォスフェイト(PyAOP)およびクロロ‐トリス‐ピロリジノホスホニウムヘキサフルオロフォスフェイト(PyCloP)を含む。これらは、「BOP試薬」と総称されるものである。
【0033】
当該縮合剤におけるウロニウム系脱水縮合剤の例は、(1‐シアノ‐2‐エトキシ‐2‐オキソエチリデンアミノオキシ)ジメチルアミノ‐モルホリノ‐カルベニウムヘキサフルオロリン酸塩(COMU)、2‐(1H‐ベンゾトリアゾール‐1‐イル)‐1,1,3,3ヘキサフルオロフォスフェイト(HBTU)、2‐(7‐アザベンゾトリアゾール‐1‐イル)‐1,1,3,3ヘキサフルオロフォスフェイト(HATU)、2‐(1H‐ベンゾトリアゾール‐1‐イル)‐1,1,3,3‐テトラメチルウロニウムテトラフルオロボレイト(TBTU)、2‐(5‐ノルボルネン‐2,3‐ジカルボキシイミド)‐1,1,3,3‐テトラメチルウロニウムテトラフルオロボレイト(TNTU)およびO‐(N‐スクシミジル)‐1,1,3,3‐テトラメチルウロニウムテトラフルオロボレイト(TSTU)を含む。
【0034】
当該縮合剤におけるトリフラート試薬の例は、2-[N,N-ビス(トリフルオロメタンスルホニル)アミノ]-5-クロロピリジン、N-(2-ピリジル)ビス(トリフルオロメタンスルホンイミド)、トリフルオロメタンスルホン酸4-ニトロフェニル、N-フェニルビス(トリフルオロメタンスルホンイミド)、トリフルオロメタンスルホニルクロリド、トリフルオロメタンスルホン酸無水物、トリフルオロメタンスルホンアニリドおよび1-(トリフルオロメタンスルホニル)イミダゾールを含む。
【0035】
縮合剤による縮合を促進させ、かつ副反応を抑制するために、縮合剤に加えて、求核性の高い添加剤を用いることが好ましい。求核性の高い添加剤の例は、1‐ヒドロキシベンゾトリアゾール(HOBt)、1‐ヒドロキシ‐7‐アザ‐ベンゾトリアゾール(HOAt)、4‐(ジメチルアミノ)ピリジン(DMAP)、2‐シアノ‐2‐(ヒドロキシイミノ)酢酸エチル(Oxyma)、N‐ヒドロキシ‐スクシンイミド(HOSu)、6‐クロロ‐1‐ヒドロキシ‐ベンゾトリアゾール(Cl-HoBt)およびN‐ヒドロキシ‐3,4‐ジヒドロ‐4‐オキソ‐1,2,3‐ベンゾトリアジン(HOOBt)を含む。
【0036】
(エステル化反応溶液がエステル化剤を含む場合)
エステル化反応溶液に含まれるエステル化剤は、特に限定されないが、エステル化剤のうち、アルキル化剤が好ましく、メチル化剤、エチル化剤、イソプロピル化剤等のプロピル化剤、tert-ブチル化剤等のブチル化剤、またはベンジル化剤がより好ましく、メチル化剤またはエチル化剤がさらに好ましい。
【0037】
当該エステル化剤におけるメチル化剤の例は、ブロモメタン、炭酸ジメチル、硫酸ジメチル、N,N-ジメチルホルムアミドジメチルアセタール、N,N'-ジイソプロピル-O-メチルイソ尿素、フルオロスルホン酸メチル、ヨードメタン、メタンスルホン酸メチル、1-メチル-3-p-トリルトリアゼン、オルトぎ酸トリメチル、テトラメチルアンモニウムクロリド、p-トルエンスルホン酸メチル、テトラメチルアンモニウムヒドロキシド 3-(トリフルオロメチル)フェニルトリメチルアンモニウムヒドロキシド、トリメチルオキソニウムテトラフルオロボラート 、トリメチルスルホニウムヒドロキシドおよびトリフルオロメタンスルホン酸メチルを含む。
【0038】
当該エステル化剤におけるエチル化剤の例は、ブロモエタン、炭酸ジエチル、硫酸ジエチル、N,N-ジメチルホルムアミドジエチルアセタール、1-エチル-3-p-トリルトリアゼン、O-エチル-N,N'-ジイソプロピルイソ尿素、ヨードエタン、メタンスルホン酸エチル、オルトぎ酸トリエチル、トリフルオロメタンスルホン酸エチルおよびトリエチルオキソニウムテトラフルオロボラートを含む。
【0039】
当該エステル化剤におけるプロピル化剤の例は、1-ブロモプロパン、2-ブロモプロパン、N,N-ジメチルホルムアミドジプロピルアセタール、硫酸ジプロピル、硫酸ジイソプロピル、1-ヨードプロパン、2-ヨードプロパン、1-イソプロピル-3-p-トリルトリアゼン、メタンスルホン酸イソプロピル、オルトぎ酸トリイソプロピル、メタンスルホン酸プロピルおよびO,N,N'-トリイソプロピルイソ尿素を含む。
【0040】
当該エステル化剤におけるブチル化剤の例は、1-ブロモブタン、2-ブロモ-2-メチルプロパン、2-ヨード-2-メチルプロパン、tert-ブチル2,2,2-トリクロロアセトイミダート、O-tert-ブチル-N,N'-ジイソプロピルイソ尿素、N,N-ジメチルホルムアミドジブチルアセタール、N,N-ジメチルホルムアミドジ-tert-ブチルアセタール、硫酸ジブチル、1-ヨードブタンおよびオルトぎ酸トリブチルを含む。
【0041】
当該エステル化剤におけるベンジル化剤の例は、ベンジルブロミド、ベンジルクロリド、1-ベンジル-3-p-トリルトリアゼン、ベンジル2,2,2-トリクロロアセトイミダート、2,2,2-トリフルオロ-N-フェニルアセトイミド酸ベンジルおよびO-ベンジル-N,N'-ジイソプロピルイソ尿素を含む。
【0042】
当該エステル化剤の例は、上記の他に、任意のアルキル化剤を含むことができる。
【0043】
エステル化反応溶液は、トリアゼン誘導体を含むことが好ましい。エステル化反応溶液に含まれるトリアゼン誘導体は、1-メチル-3-p-トリルトリアゼン(MTT)、1-エチル-3-p-トリルトリアゼン(ETT)、1-イソプロピル-3-p-トリルトリアゼン、1-ベンジル-3-p-トリルトリアゼンまたは1-(4-ニトロベンジル)-3-p-トリルトリアゼンが好ましく、MTTまたはETTがより好ましい。
【0044】
エステル化反応溶液は、上記のエステル化剤に限定されず、メタンスルホン酸2-クロロエチル、N,N-ジメチルホルムアミドジネオペンチルアセタール、硫酸ジアミル等の任意のエステル化剤を含むことができる。また、エステル化反応溶液は、上記のエステル化剤の塩を含んでもよい。
【0045】
(エステル化反応溶液におけるアルコールまたはエステル化剤等の濃度)
エステル化反応では、少なくともα2,3-シアル酸,α2,8-シアル酸およびα2,9-シアル酸の少なくとも一つがエステル化されるように用いるアルコールまたはエステル化剤等の濃度が調整されることが好ましい。結合様式特異的に修飾を行う観点からは、α2,6-シアル酸をエステル化するように用いるアルコールまたはエステル化剤等の濃度が調整されることが好ましい。また、試料における糖鎖の全てのシアル酸がエステル化されても結合様式特異的な修飾を行うことができるため、エステル化反応溶液における、アルコール、縮合剤若しくは添加剤、またはエステル化剤の濃度は、他の面で支障がない限り、高めに設定することができる。
【0046】
一例として、エステル化剤によりエステル化反応を行う場合、MTTまたはETT等のエステル化剤の濃度は、10mM~10Mが好ましく、50mM~5Mがより好ましく、100mM~1Mがさらに好ましい。アルコールを用いてエステル化反応を行う場合、縮合剤の濃度は、例えば、1mM~5M等とすることができる。縮合剤と添加剤とを併用する場合は、それぞれの濃度が上記範囲であるとすることができる。アルコールの濃度は、0.01~20Mが好ましく、0.1M~10Mがより好ましい。反応温度は、-20℃~100℃程度が好ましく、-10℃~50℃がより好ましい。
【0047】
(エステル化反応を行う相)
エステル化反応は、液相でも固相でも行うことができる。試料とエステル化反応溶液とを接触させることができれば、エステル化反応を起こす際の試料の状態は特に限定されない。
【0048】
固相で反応を行う場合、固相担体としては、糖鎖、糖ペプチド、または糖タンパク質等を固定可能なものであれば、特に制限なく用いることができる。例えば、糖ペプチドまたは糖タンパク質を固定するためには、エポキシ基、トシル基、カルボキシ基、アミノ基等をリガンドとして有する固相担体を用いることができる。また、糖鎖を固定するためには、ヒドラジド基やアミノオキシ基等をリガンドとして有する固相担体を用いることができる。また、糖鎖を親水性相互作用クロマトグラフィ(Hydrophilic Interaction Chromatography; HILIC)用の担体、すなわち固定相に吸着させることも好ましく、このHILIC用の担体はアミド基を含むことがさらに好ましい。
【0049】
試料を固相担体に固定した状態で反応を行うことにより、反応溶液の除去および脱塩精製がより容易となり、試料の調製を簡素化できる。また、糖タンパク質または糖ペプチドの状態で試料を固相担体に固定した場合、エステル化反応後に、PNGase F等のグリコシダーゼ等による切断を行えば、エステル化反応後の試料を遊離糖鎖として回収することもできる。糖鎖をヒドラジド基やアミノオキシ基等をリガンドとして有する固相担体に固定した場合、エステル化反応後の試料を酸処理等により遊離して回収できる。
【0050】
エステル化反応後の試料は、必要に応じて、公知の方法等により精製、脱塩、可溶化等の処理が行われてもよい。後述するアミド化反応の前後においても同様である。
【0051】
エステル化反応後に固相担体から試料を遊離させる場合、後述のアミド化反応について述べる条件を採用できる。試料を固相担体に固定した状態で反応を行うことにより、エステル化反応後のエステル化反応溶液の除去等が容易となり、効率よくシアル酸の修飾を行うことができる。
ステップS1003が終了したら、ステップS1005に進む。
【0052】
(アミド化反応)
ステップS1005において、試料を、反応溶液(以下、アミド化反応溶液と呼ぶ)と接触させ、ステップS1003のエステル化により修飾されているシアル酸をアミド化するアミド化反応(以下、アミド化反応と記載した場合、特に言及が無い限り、ステップS1005のアミド化反応を指す)が行われる。アミド化反応では、ステップS1003でエステル化されたシアル酸のエステル化修飾がアミド化修飾に変換(以下、適宜エステルアミド変換と呼ぶ)される。アミド化反応では、α2,3-シアル酸、α2,8-シアル酸およびα2,9-シアル酸の少なくとも一つ、特にα2,3-シアル酸およびα2,8-シアル酸の少なくとも一つがアミド化される。
【0053】
発明者らは、試料に脱水縮合剤とアミン等を含む溶液を加えることによりシアル酸のカルボキシ基をアミド化する技術的な常識とは全く異なり、シアル酸に形成されたエステルを迅速に直接アミド化する方法を見出した。さらに、驚くべきことに、この直接アミド化は、α2,3-シアル酸およびα2,8-シアル酸等の一部の結合様式のシアル酸に対して行う場合と、α2,6‐シアル酸等の他の結合様式のシアル酸に対して行う場合とで反応の効率が異なる。従って、エステル化されたこれらの結合様式のシアル酸を含む糖鎖に対してアミド化反応を行うことで、結合様式特異的な修飾を行うことができる。
【0054】
また、非特許文献2に示されているように、ラクトン化されているシアル酸も本実施形態のアミド化反応溶液で迅速にアミド化することができる。従って、ステップS1003のエステル化反応でα2,3-、α2,8-またはα2,9-シアル酸がラクトン化されたとしても、アミド化反応溶液によりエステル化された場合と同様にアミド化される。従って、アミド化反応の前に、エステル化反応により生成したラクトン構造を開裂するための操作を行わないことが好ましい。
【0055】
例えば、非特許文献4のような方法では、第1段階のα2,6-シアル酸のエステル化でエタノールの代わりにメタノールを用いると、エステル化の反応速度が高まるため、α2,3-シアル酸について、ラクトン化だけでなくメチルエステル化も起きてしまいα2,6-シアル酸と区別できなくなる。本実施形態の方法では、このような場合でも、メチルエステル化またはラクトン化されたシアル酸を両方アミド化できる。従って、本実施形態の方法では、より確実にシアル酸の結合様式特異的修飾を行うことができる。
【0056】
以下の実施形態において、シアル酸に形成されているラクトンに言及する場合、シアル酸と当該シアル酸に隣接する単糖間に形成されたラクトンの他、シアル酸の内部等に形成されたラクトンも指す。
【0057】
アミド化反応溶液には、エステル化により修飾されているシアル酸と反応させるアンモニア、アミンまたはこれらの塩を含む反応剤(以下、アミド化反応剤と呼ぶ)が含まれる。アミド化反応剤は、その少なくとも一部がシアル酸に結合することにより、アミド化による修飾を行うためのものである。アミド化反応剤は、例えば求核剤である。好ましくは、アミド化反応は、試料をアミド化反応溶液と接触させることのみにより行われ、簡便な操作でラクトンが安定化される。
なお、アミド化反応には脱水縮合剤は必要ではなく含まれなくてよいが、アミド化反応溶液に脱水縮合剤が含まれていてもよい。例えば、ステップS1003で試料に加えたエステル化反応溶液を除去しないで、アンモニア、アミンまたはこれらの塩を試料に加えることにより、アミド化反応溶液を調製してもよい。このように、アミド化反応は、簡便な操作で行うことができる。あるいは、ステップS1003で試料に加えたエステル化反応溶液を除去するための操作の後、試料をアミド化反応溶液と接触させることのみによりアミド化反応が行われる。また、アミド化反応では、試料とアミド化反応溶液とを接触させた後、試料と脱水縮合剤とを反応させる操作を行わないようにできるが、例えば他の目的のため行ってもよい。
【0058】
本実施形態の分析用試料の調製方法で得られた分析用試料を質量分析で分析する場合、エステル化反応で形成されたエステルの修飾体とアミド化反応で形成されたアミドの修飾体は質量が異なるように、エステル化反応溶液に含まれるアルコール若しくはエステル化剤、およびアミド化反応剤が選択される。質量分析の質量分解能に応じて、得られた2種類の修飾体に対し精度よく質量分離が行われるように、エステル化反応溶液に含まれるアルコール若しくはエステル化剤、およびアミド化反応剤が選択される。シングル質量分析により2種類の修飾体を明確に区別するには、メチルエステル/エチルアミドやエチルエステル/メチルアミドの組み合わせ等にして十分に質量差を設けるか、安定同位体ラベルにより質量差を広げることが好ましい。
【0059】
エステル化反応で形成されたエステルの修飾体とアミド化反応で形成されたアミドの修飾体の組み合わせは、用いる試料によって適宜変更できる。例えば、シアル酸には代表的なNeu5Ac以外に、16 Da大きいNeu5Gcが存在する。これらのシアル酸は混合して存在しうるので、例えばジシアリル二本鎖糖鎖の場合、シアル酸の組み合わせとしてNeu5Ac x2, Neu5Ac+Neu5Gc, Neu5Gc x2の三種が存在する(以下、x2は同一のシアル酸を2個含むことを示す)。これらが混合して存在する試料に対してメチルエステル化とエチルアミド化を行うと、以下の表1に示した9種のピークが検出されうる。(以下の表1および表2では、Neu5Ac x2、α2,6-x2の場合の質量を基準とした質量差を示している)
表1
α2,6-x2 α2,6-+α2,3- α2,3-x2
Neu5Ac x2 0 +13 +26
Neu5Ac + Neu5Gc +16 +29 +42
Neu5Gc x2 +32 +45 +58
【0060】
ここで、+13と+16、+26と+29、+29と+32、+42と+45は質量が近く、同位体分布も考慮するとピークが一部重複して検出されるため、正しくデータ解析することができない可能性がある。このような場合は、メチルエステル化後のアミド化を、プロピルアミンをアミド化反応剤として行うことで、ピークの重複を防ぎ正しくデータ解析することが可能となる。Neu5Ac x2, Neu5Ac+Neu5Gc, Neu5Gc x2の三種が混合して存在する試料に対してメチルエステル化とプロピルアミド化を行うと、以下の表2に示した9種のピークが検出されうる。
表2
α2,6-x2 α2,6-+α2,3- α2,3-x2
Neu5Ac x2 0 +27 +54
Neu5Ac + Neu5Gc +16 +43 +70
Neu5Gc x2 +32 +59 +86
この場合、ピークは好適に分離される。シアル酸を3以上含む糖鎖でも同様である。このように、試料に含まれる糖鎖の複雑性に応じてエステル化とアミド化の組み合わせは適宜選択できる。
【0061】
本実施形態の分析用試料の調製方法で得られた分析用試料をクロマトグラフィで分析する場合、クロマトグラフィの分解能に応じて、得られた2種類の修飾体に対し精度よく分離が行われるように、エステル化反応溶液に含まれるアルコール若しくはエステル化剤、およびアミド化反応剤が選択される。
【0062】
(アミド化反応におけるアミン)
以下の実施形態では、「アミン」の語は、ヒドラジン、ヒドラジン誘導体およびヒドロキシアミンを含み、アンモニアおよびアンモニアの塩を含まないものとする。アミド化反応においてアミンを用いる場合、アミド化反応剤に含まれるアミンは、第一級アミン、ヒドラジン、ヒドラジン誘導体およびヒドロキシアミンならびにこれらの塩から選択される少なくとも一つの化合物であることが好ましい。α2,3-シアル酸等のカルボキシ基はα2,6-シアル酸のカルボキシ基に比べて立体障害が比較的大きい位置にあるため、第一級アミンは、他のアミンと比べ、α2,3-シアル酸等と選択的に反応しやすいと考えられる。
【0063】
アミド化反応剤として第一級アミンを用いる場合、アミノ基に結合した炭素原子に1以下の炭素原子が直接結合している第一級アミンがより好ましい。この場合、炭素鎖に分枝を有していても、アミノ基から離れた位置に分枝があればアミド化反応の効率の低下が抑えられるからである。
【0064】
アミド化反応剤は、直鎖炭化水素基を有する第一級アミンがより好ましく、直鎖アルキル基を有する第一級アミンがさらに好ましい。アミド化反応剤は、直鎖アルキル基を有する第一級アミンとしては、炭素数が10以下の第一級アミンが好ましく、炭素数が6以下の第一級アミン、すなわち、メチルアミン、エチルアミン、プロピルアミン、ブチルアミン、ペンチルアミンおよびヘキシルアミンがさらに好ましく、メチルアミンが最も好ましい。アミド化反応溶液に含まれるアミンが分枝(以下、「分枝」は炭化水素鎖の分枝を示す)を有しない直鎖状の構造を有していたり、炭素数が少ない方が、より効率的にエステル化されたシアル酸がアミド化されるため好ましい。
【0065】
アミド化反応剤に含まれるヒドラジン誘導体は、特に限定されない。以下の実施形態では、アセトヒドラジド、酢酸ヒドラジド、ベンゾヒドラジドおよび安息香酸ヒドラジド等のヒドラジドもヒドラジン誘導体に含まれ、アミド化反応剤として用いることができる。アミド化反応剤に含まれるヒドラジン誘導体は、メチルヒドラジン、エチルヒドラジン、プロピルヒドラジン、ブチルヒドラジン、フェニルヒドラジンおよびベンジルヒドラジン、ならびに、アセトヒドラジド、酢酸ヒドラジド、ベンゾヒドラジドおよび安息香酸ヒドラジドからなる群から選択される少なくとも一つの化合物とすることができる。アミド化反応剤としてのヒドラジンまたはその誘導体は、アミド化反応の効率を高めるまたは維持する観点から、ヒドラジンまたはメチルヒドラジンが好ましい。
【0066】
アミド化反応剤が不飽和鎖式炭化水素基を有する第一級アミンの場合、当該不飽和鎖式炭化水素基は二重結合を含むことが好ましく、当該不飽和鎖式炭化水素基はアリル(Allyl)基を含むことがより好ましく、当該アミンはアリルアミン(Allylamine)がさらに好ましい。アミド化反応剤はヒドロキシ基を含む第一級アミンでもよく、この場合、エタノールアミンが好ましい。アミド化反応溶液に含まれるアミンはアルキル基以外の様々な官能基を含んでもよい。糖鎖がアミド化反応の結果このような官能基を含むように修飾されることにより、当該修飾を受けた糖鎖を、質量分析だけではなく、クロマトグラフィ等によってもより分離しやすくなる。
【0067】
アミド化反応剤は、アンモニア、またはアミド化反応剤として上述したアミンの塩を含むことができる。アミド化反応剤に含まれるアンモニアまたはアミンの塩としては、アンモニアまたはアミンの無機酸塩または有機酸塩が挙げられ、炭酸塩、塩酸塩、硝酸塩、硫酸塩、リン酸塩またはメタンスルホン酸塩のような無機塩が好ましく、炭酸塩、塩酸塩および硝酸塩がより好ましく、塩酸塩がさらに好ましい。直鎖炭化水素基を有する第一級アミンの塩酸塩としては、メチルアミン塩酸塩、エチルアミン塩酸塩、プロピルアミン塩酸塩、ブチルアミン塩酸塩、ペンチルアミン塩酸塩がより好ましく、メチルアミン塩酸塩またはエチルアミン塩酸塩がさらに好ましい。
【0068】
(アミド化反応溶液の濃度)
アミド化反応溶液における、メチルアミンまたはエチルアミン等のアミド化反応剤の濃度は、重量/体積%で、0.01%以上が好ましく、0.1%以上がより好ましく、1%以上がさらに好ましい。アミド化反応溶液におけるアミド化反応剤の濃度が高いほど、より確実にエステル化されたシアル酸のアミド化を行うことができる。アミド化反応溶液における、メチルアミンまたはエチルアミン等のアミド化反応剤の濃度は、重量/体積%で、40%未満が好ましく、20%未満がより好ましい。これにより、高濃度による意図しない反応を抑制したり、α2.6‐シアル酸をアミド化することを抑制し結合様式特異的な修飾を容易にすることができる。
【0069】
(アミド化反応溶液の溶媒)
アミド化反応溶液の溶媒は、アミド化を確実に起こす観点から水系溶媒、有機溶媒または水系溶媒と有機溶媒の混合溶媒が好ましい。アミド化反応溶液の溶媒は、例えば、水、メタノール若しくはエタノール等のアルコール、ジメチルスルホキシド(DMSO)またはアセトニトリルまたはこれらの混合液とすることができる。結合様式特異的にα2,6-シアル酸と他のシアル酸を修飾する場合には、α2,6-シアル酸のアミド化を抑制する観点から、アミド化反応溶液の溶媒は、有機溶媒を含むことが好ましい。
【0070】
(アミド化反応溶液のpH)
アミド化反応溶液のpHは、7.7以上である。アミド化反応溶液のpHは、8.0以上が好ましく、8.8以上がより好ましく、10.3以上がさらに好ましい。アミド化反応溶液のpHが高くなると、加水分解等の副反応が抑制されたり、様々なアミド化反応剤を用いてより確実にエステル化されたシアル酸がアミド化されるため好ましい。
【0071】
(アミド化反応を起こすための時間)
アミド化反応は、数秒~数分以内に完了する。従って、アミド化反応によりエステル化されたシアル酸をアミド化するために、試料をアミド化反応溶液と接触させる時間(以下、反応時間と呼ぶ)は、1時間未満が好ましく、30分未満がより好ましく、15分未満がさらに好ましく、5分未満がさらに好ましく、1分未満が最も好ましい。好適には、試料をアミド化反応溶液で洗浄したり、担体等に保持されている試料に対して一時的に通液するだけでもよい。試料とアミド化反応溶液とが接触する時間は、特に限定されないが、反応を十分完了させる等の観点から適宜0.1秒以上または1秒以上等とすることができる。また、試料とアミド化反応溶液を混合し、そのまま反応時間を設けずに乾固してもよい。アミド化反応の反応時間を短く設定することで、より効率的に試料の解析を行うことができる。
【0072】
(アミド化反応を行う相)
試料とアミド化反応溶液とを接触させることができれば、アミド化反応を起こす際の試料の状態は特に限定されず、固相でも液相でもよい。液相でアミド化反応を行う場合、上述したようにエステル化反応後の溶液を残したまま試料にアミド化反応溶液を加えてもよいし、エステル化反応後に精製、脱塩、可溶化等の公知の前処理を行ってもよい。固相に固定した状態でアミド化反応が行われる場合、固相でエステル化反応に供した試料を、固相に固定した状態を維持して、アミド化反応を行ってもよい。また、試料をエステル化反応に供した後、固相に固定してアミド化反応を行ってもよい。
【0073】
固相でアミド化反応を行う場合、固相担体としては、エステル化反応に関して上述したものと同様のものを使用できる。固相担体への試料の固定については、エステル化反応に関して上述した条件を用いることができる。アミド化反応を固相で行う場合、固相担体に固定された試料に、アミド化反応溶液を作用させてアミド化を行った後は、化学的手法または酵素反応等により、担体から試料を遊離させて回収すればよい。例えば、担体に固定された糖タンパク質や糖ペプチドを、PNGase F等のグリコシダーゼまたはトリプシン等の消化酵素により酵素的に切断し回収してもよく、ヒドラジド基を有する固相担体に結合している糖鎖を、弱酸性溶液により遊離させて回収してもよい。HILICでは、アセトニトリル等を溶媒としたアミド化反応溶液によりアミド化反応を行い、水等の水系溶液により試料を溶出することができる。
【0074】
ステップS1005が終了したら、ステップS1007が開始される。ステップS1007において、分析用試料が調製される。分析用試料の調製の方法は、ステップS1005のアミド化反応に供された糖鎖を含む、ステップS1009で行う分析を行うための分析用試料が得られれば、特に限定されない。
【0075】
例えば、ステップS1009でマトリックス支援レーザー脱離イオン化(Matrix Assisted Laser Desorption/Ionization; MALDI)を用いる質量分析を行う場合、例えば、以下のように分析用試料が調製される。アミド化反応後に得られた試料を含む溶液をMALDI用試料プレートに滴下し、さらに、プレート上の当該溶液にマトリックスを含む溶液を滴下して加え、乾燥させる。これにより、試料とマトリックスとの混合結晶を質量分析用試料として得ることができる。この質量分析用試料の調製では、試料を含む溶液とマトリックスを含む溶液を混合してからMALDI用試料プレートに加えてもよいし、これらの溶液を滴下する順番を変えてもよいし、マトリックスの添加剤をさらに用いてもよい。クロマトグラフィ等の他の分析を行う場合でも、公知の方法等により、分析用試料が調製される。
【0076】
上述した調製方法により得られた分析用試料では、α2,6-シアル酸は、エステル化反応によりエステル化修飾が形成されている。α2,3-、α2,8-およびα2,9-シアル酸、特にα2,3-およびα2,8-シアル酸は、エステル化反応によりエステル化修飾が形成された後、アミド化反応によりエステル化修飾がアミド化修飾に変換されている。
ステップS1007が終了したら、ステップS1009が開始される。
【0077】
ステップS1009において、分析用試料が分析される。分析用試料は、質量分析およびクロマトグラフィの少なくとも一つにより分析されることが好ましい。
【0078】
上述のエステル化反応およびアミド化反応により、各反応で修飾を受けた糖鎖はそれぞれ質量が異なっている。従って、質量分析によりこれらの糖鎖を、シアル酸の結合様式に基づいて分離することができる。
【0079】
質量分析におけるイオン化の方法は特に限定されず、MALDI、エレクトロスプレー(Electrospray ionization; ESI)法、ナノエレクトロスプレーイオン化(nano-ESI)法等を用いることができる。イオン化の方法は特にMALDIが好ましい。質量分析におけるイオン化では、正イオンモードおよび負イオンモードのいずれを用いてもよい。質量分析は、シングル質量分析でも多段階で行ってもよく、多段階の質量分析ではシアル酸の結合様式以外の糖鎖の構造または、ペプチド鎖の構造を好適に解析することができる。質量分析計としては、四重極型、イオントラップ型および飛行時間型等の任意の質量分析器を少なくとも一つ以上組み合わせて用いることができる。イオンの解離またはイオンへの原子若しくは原子団の付加等も適宜行うことができる。
【0080】
クロマトグラフィで分析を行う場合、液体クロマトグラフィが好ましい。液体クロマトグラフィに用いるカラムは特に限定されず、C30、C18、C8、C4等の疎水性逆相カラムまたはカーボンカラム、HILIC用の順相カラムなどを適宜用いることができる。液体クロマトグラフィ/質量分析(Liquid Chromatography/Mass spectrometry; LC/MS)により測定を行うことが複数回の分離により精密に試料中の成分の分析を行う上で好ましい。
【0081】
質量分析またはクロマトグラフィにより得られたデータが解析され、試料に含まれていた糖鎖におけるシアル酸の解析等が行われる。このデータ解析では、シアル酸の結合様式を含む糖鎖の構造の推定等を行うことができる。質量分析またはクロマトグラフィにより得られたデータの解析方法は特に限定されない。
ステップS1009が終了したら、処理が終了される。
【0082】
(糖ペプチドおよび糖タンパク質の副反応の抑制について)
糖ペプチドまたは糖タンパク質にエステル化反応溶液およびアミド化反応溶液を加え、上述のようにシアル酸を修飾した場合、糖ペプチドまたは糖タンパク質に含まれるアミノ酸の側鎖、主鎖の末端にあるアミノ基およびカルボキシ基の間で分子内脱水縮合等の副反応が起こる場合がある。この場合、シアル酸修飾の前にアミノ基を化学修飾などで先にブロックしておくことで、シアル酸修飾時にペプチド部分の副反応を抑制出来る。詳細は、以下の文献を参照されたい:Takashi Nishikaze, Sadanori Sekiya, Shinichi Iwamoto, Koichi Tanaka. “A Universal Approach to linkage-Specific Derivatization for Sialic Acids on Glycopeptides,” Journal of The American Society for Mass Spectrometry, 2017年6月, Volume 28, Issue 1 Supplement, ポスター番号MP091。例えば、糖ペプチドまたは糖タンパク質に対してジメチルラベル化またはグアニジル化などのアミノ基をブロックする反応を行い、その後、エステル化反応およびアミド化反応を行うことができる。
【0083】
(分析用試料の調製用キットについて)
本実施形態の分析用試料の調製方法に好適に用いられる分析用試料の調製用キット(以下、調製用キットと呼ぶ)が提供される。
【0084】
図2は、本実施形態の調製用キット100を示す概念図である。図2の例では、調製用キット100は、エステル化反応におけるエステル化剤10を含む。エステル化剤10は、容器11に格納されている。容器11の容量および形状等は特に限定されない。調製用キット100は、試薬若しくは、試薬以外の上記分析に用いられる任意の消耗品または、本実施形態における分析用試料を調製するためのプロトコル若しくは当該プロトコルが記載されているWebサイトのURL等が記載された文書を含むことができる。例えば、調製用キット100は、アルコール、縮合剤、添加剤またはエステル化剤等のエステル化反応溶液に含まれる試薬と、エステル化により修飾されているシアル酸と反応させるアンモニア、アミン、ヒドラジン、ヒドラジン誘導体およびヒドロキシアミンならびにこれらの塩からなる群から選択される少なくとも一つの化合物とを含むことができる。調製用キット100を用いて分析用試料を調製することにより、より効率的に分析用試料を調製することができる。
【0085】
次のような変形も本発明の範囲内であり、上述の実施形態と組み合わせることが可能である。以下の変形例において、上述の実施形態と同様の構造、機能を示す部位に関しては、同一の符号で参照し、適宜説明を省略する。
(変形例1)
上述の実施形態において、アミド化反応で得られた試料の分析に加え、エステル化反応で得られた試料の分析を行ってもよい。アミド化反応で得られた試料の分析を第1分析、エステル化反応で得られた試料の分析を第2分析と呼ぶ。
【0086】
図3は、本変形例の分析用試料の調製方法に係る分析方法の流れを示すフローチャートである。ステップS2001およびS2003は、それぞれ上述の実施形態におけるステップS1001およびS1003と同様であるため説明を省略する。ステップS2003が終了したら、ステップS2005が開始される。
【0087】
ステップS2005において、試料の一部を、アミド化反応溶液と接触させ、アミド化反応が行われる。ステップS2003で得られた試料を含む溶液を分注等により分け、その一部の溶液に対し、上述の実施形態と同様のアミド化反応溶液を用い、同様の条件でアミド化反応を行うことができる。ステップS2005が終了したら、ステップS2007が開始される。
【0088】
ステップS2007において、ステップS2003で得られた試料と、ステップS2005で得られた試料とについて、分析用試料が調製される。アミド化反応に供した後の試料を用いて調製される、第1分析のための分析用試料を第1分析用試料とし、エステル化反応に供した後の試料を用いて調製される、第2分析のための分析用試料を第2分析用試料とする。第1分析用試料および第2分析用試料は、上述の実施形態の分析用試料の調製方法と同様、公知の方法等により調製される。ステップS2007が終了したら、ステップS2009が開始される。
【0089】
ステップS2009において、分析用試料が分析される。第1分析用試料の第1分析と、第2分析用試料の第2分析とが行われる。第1分析と第2分析とは、同じ分析法で行うことが好ましい。例えば、第1分析および第2分析は、共に質量分析で行われるか、共にクロマトグラフィで行われるか、または共にLC/MSにより行われる。これにより、第1分析で得られたデータと第2分析で得られたデータの比較に基づいて、データ解析を行うことができる。例えば、質量分析により第1分析および第2分析を行う場合、第2分析で得られたマススペクトルにおけるα2,3-シアル酸を含む糖鎖のピークは、第1分析で得られたマススペクトルでは、エステル化修飾からアミド化修飾への変換の際の質量変化に対応するm/zだけずれることになる。このように、第1分析で得られたデータと第2分析で得られたデータの違いと、エステル化からアミド化への変換に伴う質量変化についての情報とに基づいて、ピークを同定する等、より詳細な糖鎖の解析を行うことができる。ステップS2009が終了したら、処理が終了される。
【0090】
(変形例2)
上述の実施形態では、エステル化されたシアル酸をアミド化反応によりアミド化し、結合様式特異的にシアル酸の修飾を行う例を説明した。しかし、特に結合様式特異的な修飾を目的とすることなく、シアル酸をアミド化する際に上記アミド化反応を用いてもよい。
【0091】
(変形例3)
発明者らは、さらに驚くべきことに、上述のアミド化反応において、アミド化反応溶液の溶媒の組成に基づいて構造特異的に糖鎖におけるシアル酸のアミド化を行うことができることを見出した。このことは、例えば上述の図1のフローチャートのステップS1005または図3のフローチャートのステップS2005においてアミド化反応を行った際、同一または異なる結合様式のシアル酸について、糖鎖におけるシアル酸の位置またはシアル酸近傍の糖鎖の構造に基づいて、シアル酸が選択的にアミド化されることを指す。ここで、「シアル酸近傍の糖鎖の構造」とは、シアル酸が直接結合する単糖と他の糖との結合についての構造を含む。
【0092】
本変形例に係るアミド化反応において、アミド化反応溶液は、有機溶媒を含むことが好ましく、アセトニトリルを含むことがより好ましい。アミド化反応溶液の溶媒におけるアセトニトリルの濃度は、上記のようにシアル酸が選択的にアミド化されるように適宜調整される。アミド化反応溶液の溶媒は、重量/体積%でアセトニトリルを90%以上含むことがより好ましく、95%以上含むことがさらに好ましく、98%以上含むことがより一層好ましい。アミド化反応溶液の溶媒がアセトニトリルである、すなわち実質的にアセトニトリルのみからなることが最も好ましい。これにより、α2,6-シアル酸以外のシアル酸、特にα2,3-シアル酸、α2,8-シアル酸およびα2,9-シアル酸を、糖鎖の構造に基づいて選択的にアミド化することができる。特に、糖鎖の末端、特に非還元末端に存在するα2,3-シアル酸およびα2,8-シアル酸が、選択的にアミド化され得る。本変形例のアミド化反応における他の条件については、上述の実施形態と同様の条件から、適宜選択され得る。
【0093】
より具体的には、有機溶媒、特にアセトニトリルを含むアミド化反応溶液を用いて糖鎖を含む試料をアミド化反応に供することにより、以下の条件のシアル酸が選択的にアミド化される。この条件とは、α2,6-シアル酸以外のシアル酸、特にα2,3-またはα2,8-シアル酸が直接結合する単糖の4位に別の単糖が結合していないことである。この条件を満たさないシアル酸は、アセトニトリル等の有機溶媒を含むアミド化反応溶液によりアミド化されないように調整され得る。上記条件は、シアル酸のラクトン構造は当該シアル酸の隣の単糖の4位を含む環状構造をなすため、アミド化反応の中間体等としてこのラクトン構造が影響することに基づくと考えられる。
【0094】
図4A、4Bおよび4Cは、本変形例に係るアミド化反応のおける選択性の一例を示す概念図である。図4Aおよび4Bはそれぞれ、スフィンゴ糖脂質であるHuman Disialoganglioside(ジシアロガングリオシド)GD1a およびGD1bの構造を示す。図4A、4Bおよび4Cでは、アミド化される可能性が高いシアル酸をNeu5Ac(high)、アミド化される可能性が低いシアル酸をNeu5Ac(low)、アミド化される可能性が極めて低いシアル酸をNeu5Ac(very low)の符号で示す。アミド化される可能性が高いシアル酸は、アセトニトリル等の有機溶媒または水等の水系溶媒を含むアミド化反応溶液によりアミド化される。アミド化される可能性が低いアミノ酸は、アセトニトリル等の有機溶媒を含むアミド化反応溶液ではアミド化されないが、水等の水系溶媒を含むアミド化反応溶液によりアミド化される。アミド化される可能性が極めて低いシアル酸は、アミド化反応剤の濃度を他のシアル酸をアミド化する際の濃度より高く設定しないとアミド化が難しい。
【0095】
GD1a糖鎖(図4A)は、グルコース(Glc)、2つのガラクトース(Gal)およびN-アセチルガラクトサミン(GalNAc)からなる直鎖と、これら2つのGalのそれぞれに結合したα2,3-シアル酸を含む。結合様式がα2,3-であることを、シアル酸が結合しているGalの左下に当該シアル酸を記載することにより模式的に示した(以下の各図でも同様)。本変形例に係るアミド化反応では、GD1a糖鎖において、単糖が4位に結合していないGalに結合したα2,3-シアル酸(Neu5Ac(high))が選択的にアミド化される。そして、GalNAcが4位に結合しGalに結合したα2,3-シアル酸(Neu5Ac(low))がアミド化されないようにすることができる。
【0096】
GD1b糖鎖は、Glc、2つのGalおよびGalNAcからなる直鎖と、Glcに結合しているGalに結合したα2,3-シアル酸と、このα2,3-シアル酸に結合しているα2,8-シアル酸を含む。結合様式がα2,8-であることを、シアル酸が結合している単糖の直下に当該シアル酸を記載することにより模式的に示した(以下の各図でも同様)。GD1a糖鎖とGD1b糖鎖とは異性体の関係にある。本変形例に係るアミド化反応では、GD1b糖鎖(図4B)において、単糖が4位に結合していないNeu5Acに結合したα2,-シアル酸(Neu5Ac(high))が選択的にアミド化される。そして、GalNAcが4位に結合しGalに結合したα2,3-シアル酸(Neu5Ac(low))がアミド化されないようにすることができる。
【0097】
図4Cは、A2GN1糖鎖の構造を示す概念図である。A2GN1糖鎖は、N-アセチル-D-グルコサミン(GlcNAc)およびマンノース(Man)からなる基本型の構造と、2つの側鎖とを備える。2つの側鎖にはそれぞれGlcNAc、ガラクトース(Gal)およびシアル酸(Neu5Ac)が結合されている。結合様式がα2,6-であることを、シアル酸が結合しているGalの左上に当該シアル酸を記載することにより模式的に示した(以下の各図でも同様)。α2,6-シアル酸は、アミド化される可能性が極めて低く、アミド化反応によるアミド化が容易でない。
【0098】
なお、本変形例は、図4A,4Bおよび4Cに示す糖鎖以外においても、糖脂質型糖鎖およびN型糖鎖等を含む様々な糖鎖に適用することができる。
【0099】
(変形例4)
上述の変形例3において、結合様式特異的かつ構造特異的にアミノ酸を修飾してもよい。本変形例では、α2,6-シアル酸は、エステル化反応でエステル化される。α2,6-シアル酸以外のシアル酸のうち変形例3に記載した条件を満たすものが第1段階のアミド化で修飾される。この第1段階のアミド化を起こす反応を第1アミド化反応と呼び、第1アミド化反応におけるアミド化反応溶液およびアミド化反応剤をそれぞれ第1アミド化反応溶液および第1アミド化反応剤と呼ぶ。α2,6-シアル酸以外のシアル酸のうち変形例3に記載した条件を満たさないものが第2段階のアミド化で修飾される。この第2段階のアミド化を起こす反応を第2アミド化反応と呼び、第2アミド化反応におけるアミド化反応溶液およびアミド化反応剤をそれぞれ第2アミド化反応溶液および第2アミド化反応剤と呼ぶ。第1アミド化反応剤および第2アミド化反応剤は、これらがシアル酸に結合することにより生成される修飾体が質量分析等の分析により区別して検出されるように選択される。
【0100】
図5は、本変形例の分析方法の流れを示すフローチャートである。ステップS3001およびステップS3003は、図1のフローチャートのステップS1001およびS1003と同様であるため説明を省略する。エステル化反応により、少なくともα2,6-シアル酸がエステル化され、他のシアル酸はエステル化(またはラクトン化)される。ステップS3003が終了したら、ステップS3005が開始される。
【0101】
ステップS3005において、試料と第1アミド化反応溶液とが接触され、第1アミド化反応が行われる。第1アミド化反応溶液の溶媒は、アセトニトリル等の有機溶媒を含み、特に実質的にアセトニトリル等の有機溶媒のみからなることが好ましい。第1アミド化反応の終了後は、第1アミド化反応溶液が試料から除去されることが好ましく、その他上述のエステル化反応の後と同様、精製、脱塩、可溶化、固相担体への糖鎖の結合、または固相担体からの糖鎖の遊離等を適宜行うことができる。第1アミド化反応により、α2、3-、α2,8-およびα2,9-シアル酸、特にα2,3-およびα2,8-シアル酸、のうち、非還元末端等に存在する上記変形例3の条件を満たすものが第1アミド化反応剤により修飾される。ステップS3005が終了したら、ステップS3007が開始される。
【0102】
ステップS3007において、試料と第2アミド化反応溶液とが接触され、第2アミド化反応が行われる。第2アミド化反応溶液の溶媒は、水等の水系溶媒を含む。第2アミド化反応により、α2,3-、α2,8-およびα2,9-シアル酸、特にα2,3-およびα2,8-シアル酸、のうち、上記変形例3の条件を満たさないものが第2アミド化反応剤により修飾される。ステップS3007が終了したら、ステップS3009が開始される。 ステップS3009およびステップS3011は、上述の図1のフローチャートのステップS1007およびS1009と同様であるため、説明を省略する。
【0103】
本変形例の分析方法により、結合様式特異的にα2,6-シアル酸とそれ以外のシアル酸を区別して検出することができる。それに加え、α2,3-、α2,8-およびα2,9-シアル酸を、当該シアル酸が非還元末端に存在するか等、糖鎖の構造に基づいて区別して検出することができる。
【0104】
(態様)
上述した複数の例示的な実施形態またはその変形は、以下の態様の具体例であることが当業者により理解される。
【0105】
(第1項)一態様に係る分析用試料の調製方法は、糖鎖を含む試料からの分析用試料の調製方法であって、前記糖鎖に含まれるシアル酸の少なくとも一部を、ラクトン化以外のエステル化に供するエステル化反応を行うことと、前記試料と、前記エステル化により修飾されているシアル酸と反応させるアンモニア、アミン、ヒドラジン、ヒドラジン誘導体およびヒドロキシアミンならびにこれらの塩からなる群から選択される少なくとも一つの化合物を含む、アミド化反応溶液とを接触させ、前記エステル化により修飾されているシアル酸のエステル化修飾をアミド化修飾に変換するアミド化反応を行うこととを備える。これにより、糖鎖に含まれるシアル酸の分析のため、新規なメカニズムによりシアル酸を修飾することができる。
【0106】
(第2項)他の一態様に係る分析用試料の調製方法では、第1項の態様に係る分析用試料の調製方法において、前記試料と、エステル化反応溶液とを接触させることにより前記エステル化反応を行うことを備え、前記エステル化反応溶液は、アルコールおよびエステル化剤の少なくとも一つを含む。これにより、糖鎖に含まれるシアル酸をより確実にエステル化することができる。
【0107】
(第3項)他の一態様に係る分析用試料の調製方法では、第2項の態様に係る分析用試料の調製方法において、前記エステル化反応溶液はエステル化剤を含み、前記エステル化剤はトリアゼン誘導体である。これにより、糖鎖に含まれるシアル酸を効率よくエステル化することができる。
【0108】
(第4項)他の一態様に係る分析用試料の調製方法では、第2項または第3項の態様に係る分析用試料の調製方法において、前記アミド化反応は、前記試料から前記エステル化反応溶液を除去するための操作の後、前記試料を前記アミド化反応溶液と接触させることのみにより行われる。これにより、簡便に分析用試料の調製を行うことができる。
【0109】
(第5項)他の一態様に係る分析用試料の調製方法では、第2項から第4項までのいずれかの態様に係る分析用試料の調製方法において、前記アミド化反応溶液は、脱水縮合剤を含まない。これにより、より簡便にアミド化反応溶液を調製することができる。
【0110】
(第6項)他の一態様に係る分析用試料の調製方法では、第1項から第5項までのいずれかの態様に係る分析用試料の調製方法において、前記試料と前記アミド化反応溶液とを接触させた後、前記試料と脱水縮合剤とを反応させる操作を行わない。これにより、分析用試料の調製の際の工程を減らすことができ、より簡便に当該調製を行うことができる。
【0111】
(第7項)他の一態様に係る分析用試料の調製方法では、第1項から第6項までのいずれかの態様に係る分析用試料の調製方法において、前記アミド化反応を行うために前記試料と前記アミド化反応溶液とを接触させる時間は30分より短い。これにより、より短時間で効率的に分析用試料を調製することができる。
【0112】
(第8項)他の一態様に係る分析用試料の調製方法では、第1項から第7項までのいずれかの態様に係る分析用試料の調製方法において、前記アミド化反応の前に、前記エステル化反応により生成したラクトン構造を開裂するための操作を行わない。これにより、ラクトンが形成されやすいα2,3-シアル酸、α2,8-シアル酸およびα2,9-シアル酸等をより確実にアミド化することができる。
【0113】
(第9項)他の一態様に係る分析用試料の調製方法では、第1項から第8項までのいずれかの態様に係る分析用試料の調製方法において、前記化合物は第一級アミンである。これにより、上記化合物の反応性に基づいてより確実にシアル酸を修飾することができる。
【0114】
(第10項)他の一態様に係る分析用試料の調製方法では、第9項の態様に係る分析用試料の調製方法において、前記第一級アミンのアミノ基に結合した炭素原子に1以下の炭素原子が直接結合している。これにより、上記化合物の反応性に基づいてさらに確実にシアル酸を修飾することができる。
【0115】
(第11項)他の一態様に係る分析用試料の調製方法では、第1項から第10項までのいずれかの態様に係る分析用試料の調製方法において、前記化合物はアルキル基を含む。これにより、上記化合物の反応性に基づいてより一層確実にシアル酸を修飾することができる。
【0116】
(第12項)他の一態様に係る分析用試料の調製方法では、第1項から第1項までのいずれかの態様に係る分析用試料の調製方法において、前記アミド化反応溶液のpHは、7.7以上である。これにより、塩基条件下でアミド化反応が起きやすくなり、より確実にシアル酸を修飾することができる。
【0117】
(第13項)他の一態様に係る分析用試料の調製方法では、第2項から第5項までのいずれかの態様に係る分析用試料の調製方法において、前記試料と前記エステル化反応溶液とを接触させた際に、前記エステル化により修飾されなかったシアル酸の少なくとも一部がラクトン化され、前記試料と、前記アミド化反応溶液とを接触させた際に、前記ラクトン化により修飾されているシアル酸のラクトン構造がアミド化修飾に変換される。これにより、エステル化反応でラクトン化が起きた場合でも、エステル化が起きた場合と同様にシアル酸をアミド化することができる。
【0118】
(第14項)他の一態様に係る分析用試料の調製方法では、第1項から第13項までのいずれかの態様に係る分析用試料の調製方法において、前記アミド化反応において、α2,3-シアル酸、α2,8-シアル酸、およびα2,9-シアル酸からなる群から選択される少なくとも一つのシアル酸がアミド化される。これにより、新規なメカニズムにより、α2,3-シアル酸、α2,8-シアル酸、またはα2,9-シアル酸をアミド化することができる。
【0119】
(第15項)他の一態様に係る分析用試料の調製方法では、第1項から第14項までのいずれかの態様に係る分析用試料の調製方法において、前記アミド化反応において、前記アミド化反応溶液における前記化合物の濃度は、前記エステル化により修飾されているα2,6-シアル酸のエステル化修飾から前記アミド化修飾への変換が起きないように調節される。これにより、α2,3-シアル酸、α2,8-シアル酸、およびα2,9-シアル酸とα2,6-シアル酸とを区別して解析することができる。
【0120】
(第16項)他の一態様に係る分析用試料の調製方法では、第1項から第15項までのいずれかの態様に係る分析用試料の調製方法において、前記エステル化反応および前記アミド化反応の少なくとも一つは、前記試料が固相担体に結合または吸着した状態で行われる。これにより、精製等の操作が簡易になり、効率よく分析用試料を調製することができる。
【0121】
(第17項)他の一態様に係る分析用試料の調製方法では、第1項から第16項までのいずれかの態様に係る分析用試料の調製方法において、前記アミド化反応溶液の溶媒は、有機溶媒を含む。これにより、α2,6-シアル酸のアミド化が抑制され、より精度よく結合様式特異的な解析を行うことができる。また、構造特異的なシアル酸のアミド化を行うことができる。
【0122】
(第18項)他の一態様に係る分析用試料の調製方法では、第17項の態様に係る分析用試料の調製方法において、前記有機溶媒は、アセトニトリルである。これにより、より確実に、構造特異的なシアル酸のアミド化を行うことができる。
【0123】
(第19項)他の一態様に係る分析用試料の調製方法では、第17項または第18項の態様に係る分析用試料の調製方法において、前記アミド化反応において、α2,3-シアル酸、α2,8-シアル酸、およびα2,9-シアル酸からなる群から選択される少なくとも一つのシアル酸が、前記少なくとも一つのシアル酸の前記糖鎖における位置または前記糖鎖の構造に基づいてアミド化される。これにより、シアル酸の糖鎖における位置または糖鎖の構造についての情報を得たり、これらを利用した分析を行うことができる。
【0124】
(第20項)他の一態様に係る分析用試料の調製方法では、第19項の態様に係る分析用試料の調製方法において、前記有機溶媒を含むアミド化反応溶液を用いて前記アミド化反応を行った後、水系溶媒を含むアミド化反応溶液を前記アミド化反応に供された前記試料と接触させ、前記アミド化反応でアミド化されなかったシアル酸のアミド化を行うことをさらに備える。これにより、結合様式または糖鎖における位置の異なる3以上のシアル酸を区別して検出することができる。
【0125】
(第21項)他の一態様に係る分析用試料の調製方法では、第1項から第20項までのいずれかの態様に係る分析用試料の調製方法において、前記アミド化反応に供した後の前記試料から第1分析用試料を調製することと、前記エステル化反応に供した後、前記アミド化反応に供する前の前記試料から第2分析用試料を調製することとを備える。これにより、第1分析用試料の分析と第2分析用試料の分析との比較により、より詳細な糖鎖の解析を行うことができる。
【0126】
(第22項)一態様に係る分析方法は、第1項から第20項までのいずれかの態様に係る分析用試料の調製方法により試料を調製することと、調製した前記試料を分析することとを備える。これにより、新規なメカニズムによる修飾を利用して、糖鎖に含まれるシアル酸を解析することができる。
【0127】
(第23項)他の一態様に係る分析方法は、第21項の態様に係る分析用試料の調製方法により前記第1分析用試料および前記第2分析用試料を調製することと、調製した前記第1分析用試料および前記第2分析用試料の分析を行うことと、前記第1分析用試料の前記分析で得られたデータと前記第2分析用試料の前記分析で得られたデータの違いに基づいて、前記試料に含まれる糖鎖の解析を行うこととを備える。これにより、第1分析用試料の分析と第2分析用試料の分析との比較により、より詳細な糖鎖の解析を行うことができる。
【0128】
(第24項)他の一態様に係る分析方法では、第22項または第23項の態様に係る分析方法において、前記分析は、質量分析およびクロマトグラフィの少なくとも一つにより行われる。これにより、試料に様々な物質が含まれていても、これらを分離し解析することができる。
【0129】
(第25項)一態様に係る分析用試料の調製用キットは、第1項から第20項までのいずれかの態様に係る分析用試料の調製方法に用いられる。これにより、効率よく分析用試料を調製することができる。
【0130】
本発明は上記実施形態の内容に限定されるものではない。本発明の技術的思想の範囲内で考えられるその他の態様も本発明の範囲内に含まれる。
【実施例
【0131】
以下に、本実施形態に係る実施例を示すが、本発明は下記の実施例に限定されるものではない。なお、以下において、%の記載は特に言及が無い限り体積/体積%を示す。
【0132】
(実施例1~4)
実施例1~4では、N型糖鎖を担体に結合させた状態でエステル化反応およびアミド化反応を行い、得られた糖鎖試料を質量分析により分析した。
【0133】
<α2,3-シアル酸を含む評価用糖鎖試料の作成>
以下の1-3の手順を番号順に行い、α2,3-シアル酸を二つ含む糖鎖A2 glycan (33A2)を作成した。α2,3-シアリルグリコペプチド(α2,3- Sialylglycopeptide(SGP)、伏見製薬所)からPNGase Fを用いてA2 glycan (33A2) を遊離した。遊離した糖鎖はStage Tip Carbonで脱塩処理した。Stage Tip Carbonは、エムポアディスクカーボン(3M製)を、直径約1 mmに切り抜き、200 μLのチップに詰めたカーボンカラムである。
1. α2,3-SGPを1 nmol/μLの濃度で含む溶液20 μLが分注されたチューブに対して、PNGase F(SIGMA) 0.25U/μLを10μL加えた(2.5U/チューブ)。
2. 軽くタッピングと遠心を行い、37℃でオーバーナイト(o/n)のインキュベーションした。
3. 翌日、糖鎖をStage Tip Carbonを用いて脱塩した。
【0134】
<α2,6-シアル酸を含む評価用糖鎖試料の作成>
α2,6-シアル酸を含むA2GN1糖鎖(東京化成工業)を水に再溶解させ、混合し、評価用糖鎖試料とした。
【0135】
<エステル化反応およびアミド化反応>
以下の1-8の手順を番号順に行い、作成された上記評価用糖鎖試料をエステル化反応およびアミド化反応に供した。エステル化反応で1-メチル-3-p-トリルトリアゼン(MTT)および1-エチル-3-p-トリルトリアゼン(ETT)のいずれを用いたか、および、アミド化反応におけるアミド化反応剤は、各実施例の結果のところで説明する。
1. 作成された評価用糖鎖試料をヒドラジドビーズ(BlotGlyco; 住友ベークライト)に結合させた。BlotGlycoのプロトコルに従って、結合が行われた。
2. 溶媒をDMSOとし、500mMのMTTまたはETTを含む溶液を100 μLビーズに加え、60 ℃で1時間反応させた(エステル化反応)。
3. ビーズをメタノール200 μLにより3回洗浄した。
4. アミド化反応溶液100 μLをビーズに加えて撹拌した後、遠心によりアミド化反応溶液を除去した。
5. ビーズをメタノール200 μLにより3回洗浄した。
6. 糖鎖試料をビーズから遊離させた。Blotglycoのプロトコルに従って、遊離が行われた。
7. 遊離された糖鎖試料を減圧遠心濃縮により乾固させた。
8. 糖鎖をStage Tip Carbonを用いて脱塩した。
【0136】
<質量分析>
脱塩し乾固した糖鎖を20 μLの水に再溶解させた。再溶解により得られた溶液0.5 μLを700 μm μフォーカスプレート(Hudson Surface Technology)に滴下した。マトリックスとして50% アセトニトリル(ACN)に溶解させた5mg/mL 2,5-ジヒドロキシ安息香酸(DHB)を含むマトリックス溶液(5mMのNaClを含む)を加え、常温常圧で風乾した後、エタノール0.2 μLを添加し再結晶させて質量分析用試料を得た。その後、MALDI-四重極イオントラップ(Quadrupole Ion Trap)-飛行時間型(Time of Flight)質量分析計(MALDI-QIT-TOF-MS)(AXIMA-Resonance, Shimadzu/Kratos) を用い正イオンモードで測定を行った。
【0137】
<結果>
図6は、本実施例で用いたα2,3-シアル酸を含む糖鎖試料(以下、α2,3-糖鎖試料と呼ぶ)の構造を示す概念図である。α2,3-糖鎖試料は、N-アセチル-D-グルコサミン(GlcNAc)およびマンノース(Man)からなる基本型の構造と、2つの側鎖とを備える。2つの側鎖にはそれぞれGlcNAc、ガラクトース(Gal)およびシアル酸(Neu5Ac)が結合されている。
【0138】
本実施例で用いたα2,6-シアル酸を含む糖鎖試料(以下、α2,6-糖鎖試料と呼ぶ)は、上記図4Cに示されたA2GN1糖鎖である。α2,6-糖鎖試料は、α2,3-糖鎖試料と比べると、シアル酸の結合様式に加え、GlcNAcが一つ少ない点が異なっている。
【0139】
(実施例1)
図7のマススペクトル(a)は、固相担体に糖鎖を結合した状態でシアル酸に対するメチルエステル化修飾反応を行った後、アミド化反応を行わず、糖鎖を遊離させて得られた試料のマススペクトルである。マススペクトルは、横軸に検出したイオンのm/z、縦軸に検出したイオンの検出信号の強度を示し、以下の各図でも同様である。m/z 2070.9のピークは糖鎖中の2か所のシアル酸が双方ともメチルエステル化されたα2,6-糖鎖試料のピークである。これに対して、α2,3-糖鎖試料については、2か所のシアル酸がメチルエステル化されたピーク(m/z 2273.9)と、2か所のシアル酸のうち一方がメチルエステル化し、他方がラクトン化したピーク(m/z 2241.9)との双方が観測された。
【0140】
図7のマススペクトル(b),(c)および(d)は、固相担体に糖鎖を結合した状態でシアル酸に対するメチルエステル化修飾反応を行った後、それぞれ重量/体積%で1%(b),10%(c)および40%(d) メチルアミン溶液を用いてアミド化反応を行って得られた試料のマススペクトルである。メチルエステル化反応に供した後、アミド化反応に供した試料では、ラクトン化されたα2,3-シアル酸がメチルアミドに変換されるだけではなく、メチルエステル化していたα2,3-シアル酸もメチルアミドに変換された。驚くべきことに、同じエステル構造でありながらα2,6-シアル酸はほぼアミド化せず、メチルエステルのままであった。10%以上の濃いメチルアミンで処理するとα2,6-シアル酸のほうも若干ながらメチルアミド化されていくようであるが、その反応速度は遅く、極めて効率よくアミドに変換されるα2,3-シアル酸と対照的で、それぞれを区別するには十分である。本実施例は、上述の実施形態におけるアミド化反応溶液によってα2,3-シアル酸からなるエステルを選択的にアミド化できることを示しており、本手法がシアル酸の結合様式の識別に有効であることを示している。
【0141】
(実施例2)
図8は、固相担体に糖鎖を結合した状態でシアル酸に対するメチルエステル化修飾反応を行った後、それぞれ重量/体積%で5.6% アンモニア水 (a)、10% メチルアミン溶液(b)、17.5% エチルアミン溶液(c)、16.7% ジメチルアミン溶液(d)および20% トリメチルアミン溶液(e)を用いてアミド化反応を行って得られた試料のマススペクトルを示す図である。(a)のアンモニアを用いた場合では、図7の(a)に示したm/z 2273.9やm/z 2241.9のピークが検出されず、糖鎖中の2つのシアル酸がアミド化された糖鎖に対応するm/z 2243.9のピークに集約された。従って、α2,3-シアル酸の構造特異的にアミド化されたことがわかる。(b)は図7と同様である。(c)のエチルアミンを用いた場合でも問題なく、結合様式特異的にエチルアミド化(m/z 2300.0)されたことがわかる。一方で、ジメチルアミン(d)またはトリメチルアミン(e)を用いた場合ではα2,3-シアル酸を含む糖鎖のピークが消失した。これらは、ラクトンのアミノリシス(非特許文献2参照)を起こしにくいアミンであるので、加水分解が促進された結果、おおもとのカルボン酸(-COOH)構造に戻りイオン化効率が低下し、正イオンモードでは検出されなくなったためと考察できる。
【0142】
(実施例3)
図9は、固相担体に糖鎖を結合した状態でシアル酸に対するメチルエステル化修飾反応を行った後、それぞれ水 (a)、メタノール(b)、ジメチルスルホキシド(c)およびアセトニトリル(d)を溶媒とした5または6%(重量/体積%)のメチルアミン溶液を用いてアミド化反応を行って得られた試料のマススペクトルを示す図である。有機溶媒でも問題なくα2,3-シアル酸に特異的なアミド化が進行したことが示された。溶媒を水とした場合よりも、有機溶媒条件下で行った方が、α2,6-シアル酸エステルのアミド化がより抑制された。
【0143】
(実施例4)
図10の上段(a)は、MTTを用いてシアル酸に対するメチルエステル化修飾反応を行った後、17.5 %(重量/体積%)エチルアミン溶液を用いてエチルアミド化反応を行って得られた試料のマススペクトルである。図10の下段(b)は、ETTを用いてシアル酸に対するエチルエステル化修飾反応を行った後、10 %(重量/体積%)メチルアミン溶液を用いてメチルアミド化反応を行って得られた試料のマススペクトルを示す図である。エステルとアミンの組み合わせを変えても、問題なくエステル化されたα2,3-シアル酸が選択的にアミドに変換されたことがわかる。
【0144】
(実施例5)
実施例5では、糖脂質型糖鎖を担体に結合させた状態でエステル化反応およびアミド化反応を行い、得られた糖鎖試料を質量分析により分析した。
【0145】
<評価用糖鎖試料の作成>
試料としてスフィンゴ糖脂質であるHuman Disialoganglioside(ジシアロガングリオシド)GD1a および GD1b(HyTest)を使用した。0.2% Tritonx100 を含む 50 mM 酢酸ナトリウム緩衝液(pH5.5)45 μLに上記糖脂質を溶解し、60℃で20分間温置した後、Endoglycoceramidase I (以下の文献を参考に放線菌から精製したもの;Ishibashi Y, Nakasone T, Kiyohara M, Horibata Y, Sakaguchi K, Hijikata A, Ichinose S, Omori A, Yasui Y, Imamura A, Ishida H, Kiso M, Okino N, and Ito M. “A novel endoglycoceramidase hydrolyzes oligogalactosylceramides to produce galactooligosaccharides and ceramides,” Journal of Biological Chemistry, 2007年, Volume 282, pp.11386-11396)を 5 μL加え、37 ℃で16時間糖鎖脱離反応を行った。
【0146】
<エステル化反応およびアミド化反応>
以下の1-7の手順を番号順に行い、作成された上記評価用糖鎖試料をエステル化反応およびアミド化反応に供した。
1. 作成された評価用糖鎖試料を固相担体(BlotGlyco)に結合させた。BlotGlycoのプロトコルに従って、結合が行われた。
2. 溶媒をDMSOとし、500mMのMTTを含む溶液をビーズに加え、エステル化反応を行った。
3. 固相担体をメタノール200 μLにより3回洗浄した。
4. メチルアミン溶液200 μLにより固相担体を3回洗浄することでアミド化反応を行った。
5. 固相担体を水200 μLにより3回洗浄した。
6. BlotGlycoのプロトコルに基づき、糖鎖の還元末端にMALDI用高感度化ラベルaoWRを反応させた。
7. HILICプレート(Waters)を用いて試料から過剰試薬を除去した。
【0147】
<質量分析>
DHBをマトリックスとし、Ultraflex II TOF/TOF-MS(Bruker)を用い正イオンモードで測定を行った。
【0148】
<結果>
本実施例で用いたGD1a糖鎖およびGD1b糖鎖の構造は、それぞれ上記図4Aおよび4Bに示した。
【0149】
図11は、GD1a糖鎖を試料としてメチルエステル化修飾反応を行った後、アミド化を行わなかった試料(a)と、10%(重量/体積%) メチルアミン溶液を用いたアミド化を行った試料(b)のマススペクトル、および、GD1b糖鎖を試料としてメチルエステル化修飾反応を行った後、アミド化を行わなかった試料(c)と、10%(重量/体積%) メチルアミン溶液を用いたアミド化を行った試料(d)のマススペクトルを示す図である。
【0150】
GD1aについては、MTTによるメチルエステル化を行い、アミド化を行わないと、2つのα2,3-シアル酸がメチルエステル化された場合に対応するピーク(m/z 1748)、およびそのうち一箇所がラクトン化した場合に対応するピーク(m/z 1716)が観察された。メチルエステル化の後、メチルアミン溶液によるアミド化反応を行うとメチルアミド化体に集約された。
【0151】
GD1bについては、MTTによるメチルエステル化を行い、アミド化を行わないと、メチルエステル化およびラクトン化が引き起こされた糖鎖のピーク(m/z 1716)が主として観察された。メチルエステル化の後、メチルアミン溶液によるアミド化反応を行うとメチルアミド化体に集約された。これは、上述の実施形態におけるシアル酸結合様式特異的なシアル酸のエステルからアミドへの変換(エステルアミド変換)は、α2,3-シアル酸だけでなくα2,8-シアル酸に対しても有効であることを示している。
【0152】
(実施例6)
上述の実施例では、固相担体に結合された状態でアミド化反応を行った。本実施例では、標準血清由来N型糖鎖を試料とし、固相担体に吸着させた状態でアミド化反応を行い、得られた糖鎖試料を質量分析により分析した。
【0153】
<評価用糖鎖試料の作成>
市販の血清を還元アルキル化した後、トリプシン消化およびPNGase Fによる糖鎖の遊離を行い、N型糖鎖を調製した。
【0154】
<エステル化反応>
以下の1-5の手順を番号順に行い、血清中糖タンパク質由来のN型糖鎖をエステル化反応に供し、還元末端をaoWRでラベル化した。
1. 調製したN型糖鎖をビーズ(BlotGlyco)に結合させた。結合はBlotGlycoのプロトコルに沿って行われた。
2. DMSOに溶解させた500mMのMTT溶液を100 μLビーズに加え、60 ℃で1時間反応させた。
3. ビーズをメタノール200 μLにより3回洗浄した。
4. aoWR試薬により糖鎖を標識し、回収した。
5. HILICプレート(Waters)を用いてaoWR試薬を除去した。
【0155】
<アミド化反応>
上記エステル化反応後のヒト血清糖タンパク質由来N型糖鎖を、99%アセトニトリル/1%酢酸を用いて希釈し、90%アセトニトリル濃度に調製した。その後、糖鎖試料を含む溶液をHILICプレート(waters)にアプライし、背面から真空吸引することで溶液をプレートの担体に通液させ、HILIC担体上に糖鎖を吸着させた。その後、エステルアミド変換を行うため5~40%(重量/体積%)のエチルアミンを含むアセトニトリルをアミド化反応溶液としてプレートに添加し、背面から真空吸引することでアミド化反応溶液をプレートの担体に通液させた。その後、プレートに95%アセトニトリル/1%酢酸を加え、同じく背面から真空吸引することでプレート担体を洗浄した。これを三回繰り返した。最後に5%アセトニトリル/1%酢酸をプレートに添加し糖鎖をHILICプレートから溶出させた。
【0156】
<質量分析>
DHBをマトリックスとし、Ultraflex II TOF/TOF-MS(Bruker)を用い正イオンモードで測定を行った。
【0157】
<結果>
図12は、本実施例で検出したヒト血清糖タンパク質由来N型糖鎖の構造の一例を示す概念図である。図12に示された糖鎖試料は、GlcNAcおよびManからなる基本型の構造と、3つの側鎖とを備える。3つの側鎖にはそれぞれGlcNAc、Galおよびシアル酸(Neu5Ac)が結合されている。シアル酸の結合様式はα2,3-またはα2,6-である。後述の実施例7でも同様の糖鎖が検出された。
【0158】
図13は、本実施例で得られたマススペクトルにおける、図12に示した糖鎖のピークが観察された部分を示す図である。マススペクトル(a)は、メチルエステル化修飾反応を行った後、アミド化反応を行わなかった試料のマススペクトルである。マススペクトル(b)-(e)は、メチルエステル化修飾反応を行った後、それぞれ重量/体積%で5%(b)、10%(c)、20%(d)および40%(e) エチルアミン溶液を用いてアミド化反応を行って得られた試料のマススペクトルである。
【0159】
メチルエステル化のみ行ったスペクトル(a)では、図12の三本鎖トリシアリル糖鎖がm/z 3352.19、これにフコース(フコースの糖鎖への結合を+Δで模式的に示した)が結合したフコシル化三本鎖トリシアリル糖鎖がm/z 3498.32に観測された。これらはすべてのシアル酸がメチルエステル化されたもので、α2,3-とα2,6-の区別はなされていない。m/z 3352.19に対して+14 Daのピークも観測されているが、これは無差別に水酸基がメチル化された過メチル化ピークに相当する。
【0160】
これに対してHILICプレート上でエチルアミンを用いてエステルアミド変換を行った場合((b)-(e))、その濃度に応じてピークのシフトが見られた。メチルエステル化のみ行った三本鎖トリシアリル糖鎖(m/z 3352.19)は、3つのシアル酸が全てα2,6-の糖鎖と、2つのシアル酸がα2,6-で1つのシアル酸がα2,3-の糖鎖との混合物であり、その存在比率は約1:9である。エステルアミド変換によりα2,3-がメチルエステルからエチルアミドに変換されるため、質量が13Da増加した糖鎖のピークの強度が増加する。図13図14および図15では、13Daに対応するm/zの変化を矢印A13により模式的に示した。また、フコシル化三本鎖トリシアリル糖鎖はほぼ100%の存在比率でα2,6-を2つ、α2,3-を1つ有するので、エステルアミド変換が起こると完全に質量が13Daシフトする。それぞれさらに+13Daされたピーク(m/z 3379.44および3525.57)も検出されたが、これはα2,6-シアル酸エステルも一部エチルアミドに変換された過アミド化ピークである。まとめると、図13(b-d)では、用いるエチルアミンの濃度に応じてα2,3-シアル酸特異的にエステルアミド変換が起こったことがわかる。この実験結果は、結合様式特異的エステルアミド変換がHILICプレートに吸着した状態でも起こせることを示している。
【0161】
図14は、図13と同様の実験を、アミド化反応溶液の通液段階のみ背面からの真空吸引ではなく自然落下で行った場合に得られた試料のマススペクトルを示す図である。これにより、反応時間を数秒から20~30分に増加させることができた。これにより、低濃度のアミンでも効率よくエステルアミド変換を起こすことができた。
【0162】
(実施例7)
本実施例では、標準血清由来N型糖鎖を試料とし、液相でアミド化反応を行い、得られた糖鎖試料を質量分析により分析した。評価用糖鎖試料の作成とエステル化反応は、実施例6と同様の条件で行った。
【0163】
<アミド化反応>
上記の方法で調製したヒト血清糖タンパク質由来N型糖鎖をチューブ内に分注し、2.5~40%(重量/体積%)エチルアミンを含むアセトニトリル溶液で10倍に希釈し、軽くボルテックスミキサーで混合することでアミド化反応を行った。その後、試料を含む溶液をHILICプレート(Waters)にアプライし、背面から真空吸引することで当該溶液をプレートの担体に通液させ、HILIC担体上に糖鎖を吸着させた。その後、95%アセトニトリル/1%酢酸をプレートに加え、同じく背面から真空吸引することでプレート担体を洗浄した。これを三回繰り返した。最後に5%アセトニトリル/1%酢酸をプレートに添加して糖鎖をHILICプレートから溶出させた。
【0164】
<質量分析>
DHBをマトリックスとし、MALDI-QIT-TOF-MS(AXIMA-Resonance, Shimadzu/Kratos) を用い正イオンモードで測定を行った。
【0165】
図15は、本実施例で得られたマススペクトルにおける、図12に示した糖鎖のピークが観察された部分を示す図である。マススペクトル(a)は、メチルエステル化修飾反応を行った後、アミド化反応を行わなかった試料のマススペクトルである。マススペクトル(b)-(f)は、メチルエステル化修飾反応を行った後、それぞれ重量/体積%で2.5%(b)、5%(c)、10%(d)、20%(e)および40%(f) エチルアミン溶液を用いてアミド化反応を行って得られた試料のマススペクトルである。
【0166】
糖鎖試料に対して各濃度のエチルアミンを加えてから混合し、HILICプレートで精製を開始するまで一分程度であったが、2.5%程度の低濃度エチルアミンを用いた場合でも問題なくエステルアミド変換が起こっている事が確認できた。また、高濃度のアミンを用いた場合であってもα2,6-シアル酸エステルのアミド化が抑えられたことがわかる。本実施例では精製をHILIC担体により行っているが、エステルアミド変換はHILIC担体に吸着させる前に液相反応として行っており、結合様式特異的なエステルアミド変換は液相反応でも問題なく進行することが示された。
【0167】
(実施例8)
実施例8では、スフィンゴ糖脂質(Glycosphingolipid; GSL)から得られたGSL糖鎖を担体に結合させた状態でエチルエステル化反応を行い、得られた糖鎖試料に対してアミド化反応を行い、質量分析により分析した。
【0168】
<α2,3-シアル酸を含む糖鎖試料の作成およびエステル化反応>
実施例5の方法と同様の方法でα2,3-またはα2,8-シアル酸を合計二つ含む糖鎖(GD1a、GD1b)を作成した。遊離した糖鎖はグライコブロッティング法により固相担体へ結合させ、1-エチル-3-p-トリルトリアゼン(ETT)によりエチルエステル化を行い、aoWR標識糖鎖(100 μL)として回収した。A2GN1糖鎖についても、上記実施例1と同様に試料を作成し、本実施例の上記と同様にエステル化反応に供した。
【0169】
<アミド化反応および質量分析>
得られたaoWR標識糖鎖溶液25 μLを250 μLのアミン溶液(濃度1 mol/L、溶媒はアセトニトリル)と混合し、HILICプレート(Waters)を用いて試料から過剰試薬を除去した。DHBをマトリックスとし、Ultraflex II TOF/TOF-MS(Bruker)を用い正イオンモードで測定を行った。A2GN1糖鎖についても、同様にアミド化反応および質量分析に供した。
【0170】
<結果>
図16は、GD1aおよびA2GN1糖鎖を試料としてエチルエステル化修飾反応を行った後、アミド化反応を行わなかった試料(a)と、1 M(Mはmol/L) メチルアミン、エチルアミンおよびプロピルアミンをそれぞれ含むアセトニトリル溶液を用いたアミド化反応を行って得られた試料(b、c、d)のマススペクトルを示す図である。GD1aについては、ETTによるエチルエステル化を行い、アミド化を行わないと、2つのα2,3-シアル酸がメチルエステル化された場合に対応するピーク(m/z 1776)が検出された。以下の各図において、マススペクトル中に示された矢印は、ピークと生成物の修飾体とを対応付けて示す。メチルエステル化の後、メチルアミン溶液によるアミド化反応を行うとシアル酸の一つのみがメチルアミド化された生成物(m/z 1761)に集約された。同様にエチルアミン、プロピルアミン溶液を用いた場合においてもシアル酸の一つのみがアミド化された生成物(m/z 1775、1789)に集約された。
【0171】
図17は、GD1bおよびA2GN1糖鎖を試料としてエチルエステル化修飾反応を行った後、アミド化反応を行わなかった試料(e)と、1 M(Mはmol/L) メチルアミン、エチルアミンおよびプロピルアミンをそれぞれ含むアセトニトリル溶液を用いたアミド化反応を行って得られた試料(f、g、h)のマススペクトルを示す図である。GD1bについては、ETTによるエチルエステル化を行い、アミド化を行わないと、1つのα2,3-シアル酸と1つのα2,8-シアル酸がメチルエステル化された場合に対応するピーク(m/z 1776)が検出された。メチルエステル化の後、メチルアミン溶液によるアミド化反応を行うとシアル酸の一つのみがメチルアミド化された生成物(m/z 1761)に集約された。同様にエチルアミン、プロピルアミン溶液を用いた場合においてもシアル酸の一つのみがアミド化された生成物(m/z 1775、1789)に集約された。図16の(a)-(d)および図17(e)-(h)に関する全ての反応において、内部標準糖鎖として加えたα2,6-シアル酸を持つA2GN1糖鎖はエチルエステル体として検出された。
【0172】
図18は、エチルエステル化の後プロピルアミド化に供したGD1a(図18の(a))およびGD1b(図18の(b))(ともにm/z 1779)のMS/MSスペクトルを示す図である。GD1aにおいてはm/z 1090にエチルエステル化されたGM3糖鎖に相当するフラグメントが検出されており、GD1bにおいてはα2,8-シアル酸のみがプロピルアミド化されていることがわかる。すなわち、本条件では位置特異的なα2,3-/α2,8-シアル酸のエステルアミド交換が起こっていることを示しており、上述の方法がシアル酸結合様式の判別だけでなく結合位置の解析に有効であることを示している。
【0173】
(実施例9)
実施例9では、アミド化反応溶液としてアセトニトリルを溶媒としたプロピルアミン溶液を用い、プロピルアミン溶液におけるプロピルアミンの濃度を0 M-3 Mの範囲の複数の濃度にそれぞれ調製した。その他は、実施例8と同様の方法でGSL糖鎖の質量分析を行った。
【0174】
<結果>
図19は、様々な濃度のプロピルアミン溶液をアミド化反応溶液としてそれぞれ用いた場合に得られたGD1aのマススペクトルを示す図である。GD1aの場合、0.125 Mのプロピルアミン溶液を用いた場合では、エステルアミド交換はほぼ進行せず、0.25 Mまたは0.5 Mより高い濃度を用いた場合に糖鎖の末端に存在するα2,3-シアル酸一つのみがプロピルアミド化した。
【0175】
図20は、様々な濃度のプロピルアミン溶液をアミド化反応溶液としてそれぞれ用いた場合に得られたGD1bのマススペクトルを示す図である。GD1bの場合、プロピルアミン濃度に依存せず、ラクトン形成しやすいα2,8-シアル酸のみがプロピルアミド化された。この結果は、末端に存在するα2,3-もしくはα2,8-シアル酸エステルのアミド化最適濃度を示すだけでなく、α2,8-シアル酸とα2,3-シアル酸が識別できることをも示唆した。
【符号の説明】
【0176】
10…エステル化剤、11…容器、100…分析用試料の調製用キット。
図1
図2
図3
図4A
図4B
図4C
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15
図16
図17
図18
図19
図20