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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-10-10
(45)【発行日】2023-10-18
(54)【発明の名称】積層体および電子デバイス
(51)【国際特許分類】
   G01R 33/02 20060101AFI20231011BHJP
   H10N 30/30 20230101ALI20231011BHJP
   H10N 35/85 20230101ALI20231011BHJP
   H10N 30/076 20230101ALI20231011BHJP
   H10N 30/853 20230101ALI20231011BHJP
   H10N 35/01 20230101ALI20231011BHJP
   C23C 14/08 20060101ALI20231011BHJP
   C23C 14/06 20060101ALI20231011BHJP
   B32B 7/025 20190101ALI20231011BHJP
【FI】
G01R33/02 H
H10N30/30
H10N35/85
H10N30/076
H10N30/853
H10N35/01
C23C14/08 K
C23C14/06 T
G01R33/02 R
B32B7/025
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2020024332
(22)【出願日】2020-02-17
(65)【公開番号】P2021128120
(43)【公開日】2021-09-02
【審査請求日】2022-11-11
(73)【特許権者】
【識別番号】000003067
【氏名又は名称】TDK株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001494
【氏名又は名称】前田・鈴木国際特許弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】岡野 靖久
(72)【発明者】
【氏名】野口 隆男
【審査官】永井 皓喜
(56)【参考文献】
【文献】特開平06-89568(JP,A)
【文献】特開2000-296612(JP,A)
【文献】特開2010-132992(JP,A)
【文献】特開平11-126449(JP,A)
【文献】特開2004-349528(JP,A)
【文献】特開2002-339058(JP,A)
【文献】特開2000-313112(JP,A)
【文献】特表2019-523984(JP,A)
【文献】特開2012-151285(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01R 33/02
G01R 29/08
H10N 30/00
B32B 15/00
C23C 14/00
H01F 10/08
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
エピタキシャル成長した圧電体薄膜と、
前記圧電体薄膜の上に直接または間接的に真空堆積法により形成してある軟磁性高磁歪薄膜と、を有し、
前記軟磁性高磁歪薄膜は、保磁力H C が2500A/m未満であり、
0.1ppmの磁歪が発生する磁場を、しきい磁場H TH とし、
前記軟磁性高磁歪薄膜のしきい磁場H TH が、500A/m未満である積層体。
【請求項2】
エピタキシャル成長した圧電体薄膜と、
前記圧電体薄膜の上に直接または間接的に真空堆積法により形成してある軟磁性高磁歪薄膜と、を有し、
前記軟磁性高磁歪薄膜は、保磁力H C が2500A/m未満であり、
500A/mの直流磁場をバイアス磁場として印加した環境下における前記軟磁性高磁歪薄膜の磁場感度dλ/dHが、10ppb・m・A-1以上である積層体。
【請求項3】
請求項1または2に記載の積層体を含むエネルギー変換デバイス。
【請求項4】
請求項1または2に記載の積層体を含む磁気センサ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、圧電体層と磁歪層とを有する積層体、および、当該積層体を含む電子デバイスに関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1および特許文献2に示すように、圧電体層と磁歪層とを有する積層体が知られている。この積層体は、磁電効果(Magnetoelectric (ME) effect)を有しており、離間したところから非接触で送信される磁場や、電磁波、超音波などのエネルギー(入力信号)を電気出力に変換することができる。上記の積層体では、外部磁場などが印可されると、磁歪効果により磁歪層で歪みが発生する。そして、その歪が圧電体層に伝わり、圧電体層自体が撓むことで、圧電体層の表面に電荷が発生する。
【0003】
この積層体は、生体磁気を検出可能な高感度磁気センサ、またはウェアラブル端末などに組み込まれるエネルギー変換デバイスなどへの応用が期待されている。ただし、上記の用途での実用化を実現するためには、微小な入力磁場に対しても出力可能であること、すなわち、優れた応答性を有することが求められる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】実全昭58-040853号公報
【文献】米国特許出願公開第2013/0252030(US,A1)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、このような実情を鑑みてなされ、その目的は、磁電効果の応答性が優れる積層体、および当該磁積層体を含む電子デバイスを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記の目的を達成するために、本発明に係る積層体は、
エピタキシャル成長した圧電体薄膜と、
前記圧電体薄膜の上に直接または間接的に真空堆積法により形成してある軟磁性高磁歪薄膜と、を有する。
【0007】
上記において軟磁性高磁歪膜とは、保磁力Hやしきい磁場HTHが低い軟磁性体で構成されており、かつ、飽和磁歪λMAXが5ppm以上、より好ましくは10ppm以上の膜である。
【0008】
従来、磁電効果を向上させるためには、磁歪層の飽和磁歪λMAXを大きくすることによって、磁歪の磁場感度dλ/dH(以下、磁場感度と呼称する)を大きくすることが重要であると考えられてきた(特許文献2の段落0010~0018を参照)。本発明者等は、鋭意検討した結果、磁歪層の飽和磁歪λMAXを大きくしても微小な入力信号に対する応答性の向上にはあまり寄与せず、むしろ、磁歪層として、高磁歪でありながら保磁力Hやしきい磁場HTHが低い軟磁性体を用いることで、微小な入力信号に対する応答性が向上することを見出した。
【0009】
また、本発明において、上記の軟磁性高磁歪膜は、圧延などの機械加工で得られる薄板ではなく、圧電体薄膜の上に、直接または間接的に、真空堆積法で形成した膜である。機械加工で得られる薄板は、接着層を介して圧電体薄膜の上に積層するか、もしくは圧着積層する必要がある。接着層を介する場合、接着層が、磁歪層と圧電体層との間における歪みの伝達や電荷の受け渡しを阻害する。また、圧着積層する場合、薄板表面の表面酸化膜が、磁歪層と圧電体層との間における歪みの伝達や電荷の受け渡しを阻害する。本発明の積層体では、軟磁性高磁歪膜が真空堆積法で形成してあるため、上記のような阻害作用が発生せず、応答性が良好となる。また、積層体の薄型化も可能である。
【0010】
好ましくは、前記軟磁性高磁歪薄膜は、保磁力Hが2500A/m未満である。本発明者等の実験によれば、保磁力Hを上記の基準値よりも小さくするほど、微小な外部磁場に対する電荷の発生量がより大きくなる。
【0011】
また、本発明に係る積層体では、0.1ppmの磁歪が発生する磁場を、しきい磁場HTHとし、
好ましくは、前記軟磁性高磁歪薄膜のしきい磁場HTHが、500A/m未満である。
本発明者等の実験によれば、磁歪層のしきい磁場HTHを上記の基準値よりも小さくするほど、微小な外部磁場に対する電荷の発生量がより大きくなる。
【0012】
また、本発明に係る積層体では、500A/mの直流磁場をバイアス磁場として印可した環境下における磁場感度dλ/dHが、
好ましくは、前記軟磁性高磁歪薄膜の磁場感度dλ/dHが、10ppb・m・A-1以上である。
本発明者等の実験によれば、保磁力H、または/および、しきい磁場HTHを所定の値よりも小さくしたうえで、磁場感度dλ/dHを上記の基準値よりも大きくすることで、磁電効果の応答性がより向上し、微小な外部磁場に対する電荷の発生量がさらに大きくなる。
【0013】
本発明に係る積層体は、磁気センサや、エネルギー変換デバイスなどの電子デバイスに利用することができる。本発明の積層体を磁気センサに利用した場合、当該磁気センサでは、感度特性が向上し、生体磁気を検出可能な高感度磁気センサとすることができる。一方、本発明の積層体をエネルギー変換デバイスに利用した場合、当該デバイスでは、微小な外部磁場に対しても高い電気出力が得られ、変換効率が向上する。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1図1は、本発明の一実施形態に係る積層体の要部断面図である。
図2図2は、図1に示す積層体を有するME素子の一例を示す平面図である。
図3図3は、図2に示すIII-III線に沿う断面図である。
図4図4は、図2に示すIV-IV線に沿う断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明を、図面に示す実施形態に基づき詳細に説明する。
【0016】
第1実施形態
図1に示すように、本発明の一実施形態に係る積層体2は、圧電体薄膜10と、圧電体薄膜10の上に直接または間接的に(電極膜や結晶性制御層など何らかの層を介して)形成してある磁歪層20とを有する。以下、圧電体薄膜10の特徴と、磁歪層20の特徴とを説明する。
【0017】
(圧電体薄膜10)
圧電体薄膜10は、圧電材料で構成してあり、圧電効果または逆圧電効果を奏する。圧電効果とは、外力(応力)が加わることで電荷を発生する効果を意味し、逆圧電効果とは、電圧を加えることで歪が発生する効果を意味する。このような効果を奏する圧電材料としては、水晶、ニオブ酸リチウム、窒化アルミニウム(AlN)、酸化亜鉛(ZnO)、チタン酸ジルコン酸鉛(PZT:Pb(Zr,Ti)O)、ニオブ酸カリウムナトリウム(KNN:(K,Na)NbO)、ジルコン酸チタン酸バリウムカルシウム(BCZT:(Ba,Ca)(Zr,Ti)O)、などが例示される。
【0018】
本実施形態では、上記の圧電材料のうち、特に、PZT、KNN、およびBCZTなどのペロブスカイト構造を有する圧電材料を用いることが好ましい。圧電体薄膜10として、ペロブスカイト構造の圧電材料を使用することで、優れた圧電特性と、高い信頼性と、を両立して得ることができる。なお、圧電体薄膜10を構成する上記の圧電材料には、特性を改善するために、適宜他の元素が添加してあっても良い。
【0019】
圧電体薄膜10の厚みt1は、好ましくは0.5~10μmの範囲内である。厚みt1は、たとえば、図1に示すような断面写真を画像解析することで求められる。この場合、厚みt1は、面内方向で3点以上の箇所で計測を行い、その平均値として算出することが好ましい。なお、厚みt1のばらつきは、±5%以下と少ない。
【0020】
本実施形態において、圧電体薄膜10は、エピタキシャル成長膜であり、エピタキシャル成長膜とは、単結晶基板上でエピタキシャル成長した膜を意味する。ここで、エピタキシャル成長とは、成膜の際に、膜の結晶が、下地材料の結晶格子に整合する形で、膜厚方向(Z軸方向)および面内方向(X軸およびY軸方向)に揃いながら成長することをいう。そのため、本実施形態に係る圧電体薄膜10は、成膜中の高温状態においては、結晶が、X軸方向、Y軸方向およびZ軸方向の3軸すべての方向において揃って配向した状態の結晶構造をとり(エピタキシャル膜)、成膜後の室温状態においては、結晶粒界がほとんど形成されず、単結晶に近い(完全な単結晶ではない)結晶構造を有する(エピタキシャル成長(した)膜)。
【0021】
エピタキシャル成長しているか否かは、薄膜形成過程において反射高速電子線回折評価(RHEED評価)を行うことで確認できる。成膜中の膜表面において、結晶配向に乱れがある場合には、RHEED像は、リング状に伸びたパターンを示す。一方で、上記のようにエピタキシャル成長している場合には、RHEED像は、スポット状またはストリーク状のシャープなパターンを示す。上記のようなRHEED像は、あくまでも成膜中の高温状態で観測される。成膜後の室温状態(すなわちエピタキシャル成長膜)において、圧電体薄膜10は、以下に示すような結晶構造を有することが好ましい。
【0022】
成膜後の室温状態において、本実施形態の圧電体薄膜10は、複数の結晶相を有することが好ましく、また、少なくとも3種のドメイン(域)を含むドメイン構造を有することが好ましい。圧電体薄膜10がドメイン構造を有することで、圧電特性がより向上する。
【0023】
ドメイン構造の具体的な構成は、使用する圧電材料によって異なる。たとえば、圧電体薄膜10がPZTのエピタキシャル成長膜である場合には、正方晶と菱面体晶の少なくとも2種の結晶構造を有することが好ましい。そして、この場合、正方晶は、c軸(直方体(結晶格子)の長手方向の軸)が膜厚方向を向いたドメインと、c軸が面内方向を向いたドメインと、を有することが好ましい。すなわち、圧電体薄膜10がPZTのエピタキシャル成長膜である場合には、正方晶の2種のドメインと、菱面体晶のドメインとの計3種のドメインを含むことが好ましい。
【0024】
なお、上記において、c軸が膜厚方向を向いたドメインとは、膜厚方向に対して正方晶の(001)面が略垂直(または直交)となるように配向したドメインを意味し、以下、cドメインと呼ぶ。一方、c軸が面内方向を向いたドメインとは、膜厚方向に対して正方晶の(001)面が略平行となるように配向したドメインを意味し、以下、aドメインと呼ぶ。
【0025】
一方、圧電体薄膜10がKNNのエピタキシャル成長膜である場合には、斜方晶の2種のドメインと、単斜晶の1種のドメインと(計3種のドメイン)を有することが好ましい。また、圧電体薄膜10がBCZTのエピタキシャル成長膜である場合には、正方晶の2種のドメインと、斜方晶の2種のドメインと(計4種のドメイン)を有することが好ましい。上記の場合、斜方晶の2種のドメインとは、斜方晶の(001)面が膜厚方向に対して略平行となるように配向したドメインと、斜方晶の(010)面が膜厚方向に対して略平行となるように配向したドメインとが存在し得る。なお、ペロブスカイト構造の圧電材料の場合、結晶相としては、上述したような、正方晶、菱面体晶、斜方晶、および単斜晶などの結晶構造が含まれ得る。
【0026】
上述したような複数のドメインは、共通のドメイン境界を挟んで接しているため、各ドメインの結晶軸の向きは、膜厚方向や面内方向から最大数度程度ずれていても良い。また、上述したような複数のドメインは、少なくとも成膜時の高温状態においては、同じ結晶系の同じ方位に配向した等価なドメインであり、成膜後に室温や使用温度に冷却される過程で、より安定な結晶相やドメインに転移することで形成される。
【0027】
なお、上述したような複数のドメインが混在して存在する様子は、圧電体薄膜10を、透過型電子顕微鏡(TEM)の電子線回折またはX線回折(XRD)などで分析することにより確認できる。たとえば、XRDを用いてCu-Kα線によるθ-2θ測定をした場合、2θ=42°~46°の範囲において、圧電体薄膜10に由来する反射ピークが確認される。圧電体薄膜10がドメイン構造を有する場合、この反射ピークは、ドメインの数に応じて複数個観測される場合がある。もしくは、各ドメインに対応する複数のピークが重なることで、半値幅が0.2°以上のブロードな反射ピークとして観測される場合もある。
【0028】
(磁歪層20)
本実施形態の磁歪層20は、軟磁性高磁歪膜で構成してあり、外部から磁場や電磁波、超音波などが印可されると磁歪効果により歪みを発生させる。軟磁性高磁歪膜とは、保磁力Hやしきい磁場HTHが低い軟磁性体で構成されており、かつ、飽和磁歪λMAXが5ppm以上の膜であることが好ましい。飽和磁歪λMAXは、より好ましくは10ppm以上である。なお、軟磁性体は、飽和磁歪λMAXが1ppm以下の低磁歪材料であることが一般的であるが、本実施形態の磁歪層20は、軟磁性体であり、かつ、高磁歪特性を有することが重要である。
【0029】
上記のような特徴を有する軟磁性体としては、たとえば、鉄(Fe)-コバルト(Co)-ケイ素(Si)-ホウ素(B)合金、Fe-Si-B合金、Fe-Co-B合金、Fe-クロム(Cr)-Si-B合金、Fe-ニッケル(Ni)-モリブデン(Mo)-B合金、Fe-Si-B-銅(Cu)-ニオブ(Nb)合金、Co-Fe-Ni-Si-B―Mo合金などが挙げられる。上記の軟磁性体は、結晶磁気異方性が、硬磁性体に比べて遥かに小さい。
【0030】
また、本実施形態において、軟磁性高磁歪膜の保磁力Hは、2500A/m未満とすることが好ましい。保磁力Hが低ければ低いほど、後述するように、磁電効果の応答性が向上する。ただし、保磁力Hを0A/mとすることは困難であり、保磁力Hの下限値は、製造時に使用する成膜装置の仕様にも依存する。軟磁性高磁歪膜の保磁力Hは、5A/m以上、2500A/m未満とすることがより好ましく、5A/m以上、1500A/m以下とすることがさらに好ましい。なお、軟磁性高磁歪膜の保磁力Hは、振動試料型磁力計(VSM)により測定することができる。
【0031】
さらに、軟磁性高磁歪膜のしきい磁場HTHは、500A/m未満とすることが好ましい。本実施形態において、しきい磁場HTHとは、磁歪層20に0.1ppmの磁歪が発生する磁場を意味する。しきい磁場HTHについても、保磁力Hと同様に、値が低ければ低いほど磁電効果の応答性が向上するが、0A/mとすることは困難である。軟磁性高磁歪膜のしきい磁場HTHは、2A/m以上、500A/m未満とすることがより好ましく、2A/m以上、350A/m以下とすることがさらに好ましい。
【0032】
なお、軟磁性高磁歪膜のしきい磁場HTHは、たとえば以下に示す方法で測定できる。しきい磁場HTHの測定では、バイアス磁場として500A/mの直流磁場を印可した環境下において、積層体2に対して、外部より0~6400A/mの回転磁場(外部磁場)を印加し、積層体2に発生するひずみを測定する。この際、ひずみは、回転磁場を印可した際の積層体2の反りを、レーザー変位計で計測することで得る。そして、0.1ppmの磁歪λに相当する正磁歪方向のひずみが発生した際の外部磁場の大きさを、軟磁性高磁歪膜のしきい磁場HTHとする。
【0033】
加えて、軟磁性高磁歪膜の磁場感度dλ/dHは、10ppb・m・A-1以上であることが好ましく、15ppm・m・A-1以上であることがより好ましい。本実施形態において、磁場感度dλ/dHは、バイアス磁場として500A/mの直流磁場を印可した環境下における磁歪の変化量を意味する。磁場感度dλ/dHが大きければ大きいほど、磁電効果の応答性が向上する傾向となる。ただし、磁場感度dλ/dHが大きすぎると、磁歪層20が剥離することがあり、積層体2の耐久性が悪化する恐れがある。そのため、軟磁性高磁歪膜の磁場感度dλ/dHの上限値は、60ppb・m・A-1以下であることが好ましく、30ppb・m・A-1以下であることがより好ましい。磁場感度の上限値を上記の範囲とすることで、磁電効果の応答性が向上するとともに、積層体2の耐久性を十分に確保することができる。
【0034】
なお、磁場感度dλ/dHは、しきい磁場HTHと同様の方法で測定できる。具体的には、上記と同様に、バイアス磁場環境下において、積層体2に対して回転磁場を変化させて印可し、その際の積層体2の反りをレーザー変位計で測定することでひずみ量を得る。そして、磁場感度dλ/dHは、上記の測定により得られたひずみ量から磁場-磁歪曲線を計算して、得られた曲線の傾きを微分法等で算出することで得られる。
【0035】
本実施形態において、軟磁性高磁歪膜で構成される磁歪層20は、非晶質相22と、当該非晶質相22の厚み方向に延びる結晶相24とを含む結晶構造を有することが好ましい。図1に示すように、結晶相24は、磁歪層20の厚み方向に延びており、磁歪層20を貫通するように延びる結晶相24と、薄膜20の下面から延びて上面には届かない結晶相24と、薄膜20の上面から延びて下面には届かない結晶相24とが存在し得る。特に、上記の結晶構造を有する場合、含まれる結晶相24のほとんどが、面心立方構造(fcc)を有することがより好ましい。ただし、この場合でも、少なくとも一部の結晶相24に、体心立方構造(bcc)の結晶相が混じっていてもよい。
【0036】
磁歪層20は、圧電体薄膜10の上に直接または間接的に形成されるが、下層の圧電体薄膜10が結晶配向性に優れたエピタキシャル成長膜である場合、通常、磁歪層20も結晶化し易くなる。特に、磁歪層20に鉄が含まれる場合には、体心立方構造で結晶化されることが通常である。本実施形態では、磁歪層20の形成において、成膜するための装置と、成膜条件と、を適切に選択することで、非晶質相22と面心立方構造を有する結晶相24とを混在させることができる。
【0037】
磁歪層20の結晶構造は、TEMの電子線回折またはX線回折(XRD)などにより確認できる。たとえば、磁歪層20が非晶質相22のみで構成される場合、XRDを用いてCu-Kα線によるθ-2θ測定を行うと、ブロードで幅が広いハローパターンのみが検出される。一方、磁歪層20が結晶相24のみで構成された場合には、半値幅が狭い極めてシャープな反射ピークのみが検出される。また、磁歪層20が非晶質相22と結晶相24とを混在して有する場合、非晶質相22の存在を示すブロードな盛り上がり(ハロー)部分と、結晶相24の存在を示すシャープなピーク部分とを共に有する反射ピークが検出される。
【0038】
また、非晶質相22と結晶相24との割合は、電子線回折もしくはXRDで得られた反射ピークに対して、プロファイルフィッティングを行い、結晶化度を算出することで確認できる。具体的には、結晶相部分(ピーク部分)と非晶質相部分(ハロー部分)のフィッティングを行い、各部分の積分強度(面積)を測定する。そして、結晶化度(%)は、結晶相部分の積分強度(Ic)と非晶質相部分の積分強度(Ia)との和(すなわち全ピーク面積)に対する、結晶相部分の積分強度(Ic)の比(Ic/(Ic+Ia)×100)で表される。本実施形態において、磁歪層20が非晶質相22と結晶相24とを混在して有する場合、結晶化度は、好ましくは、1%~50%、より好ましくは、5%~20%である。
【0039】
磁歪層20の厚みt2は、好ましくは0.1~5μmの範囲内である。なお、厚みt2は、厚みt1と同様にして測定される。この厚みt2も、面内方向のばらつきが小さく、厚みt1と同程度のばらつきである。本実施形態では、厚みt1に対する厚みt2の比率(t2/t1)は、好ましくは、1/10~10の範囲内である。
【0040】
また、磁歪層20が非晶質相22と結晶相24とを混在して有する場合、磁歪層20の厚みt2は、結晶相24の平均粒径D2よりも大きい。好ましくは、D2/t2は、1未満であり、さらに好ましくは0.01~0.7である。ここで、結晶相24の平均粒径D2は、断面写真(BF像)を画像解析することで求められる。より具体的には、平均粒径D2は、少なくとも3個以上の結晶相24のそれぞれについて、厚み方向で3点以上の箇所で粒径を測定し、その平均値として算出することが好ましい。
【0041】
(その他の機能膜)
なお、図1では図示していないが、積層体2には、圧電体薄膜10と磁歪層20の他に、その他の機能膜が形成してあっても良い。たとえば、圧電体薄膜10の下層、および上層(すなわち圧電体薄膜10と磁歪層20との間)には、導電性の電極膜が形成してあっても良い。導電性の電極膜が形成してあることで、圧電体薄膜10から電気出力を効率よく取り出すことができる。この場合、電極膜としては、白金(Pt)、イリジウム(Ir)、金(Au)などの面心立方構造の金属薄膜や、ルテニウム酸ストロンチウム(SrRuO:SRO)やニッケル酸リチウム(LiNiO)などのペロブスカイト構造の酸化物導電体薄膜などを形成することが好ましい。
【0042】
また、圧電体薄膜10と磁歪層20との間に電極膜を形成する場合、当該電極膜は、面心立方構造の多結晶膜、または非晶質相と面心立方構造の結晶相とからなる膜であることが好ましい。このような電極膜は、磁歪層20の結晶性を制御するための結晶性制御層としても機能し得る。すなわち、結晶性制御層を介して圧電体薄膜10の上に磁歪層20を形成することで、非晶質相22と結晶相24とを混在して有する磁歪層20が得られ易くなる。
【0043】
さらに、積層体2の最下層には、エピタキシャル成長を効率よく促すために、バッファ層が形成してあっても良い。バッファ層としては、酸化ジルコニウム(ZrO2)、もしくは、希土類元素(ScおよびYを含む)により安定化された酸化ジルコニウム(安定化ジルコニア)を主成分とすることが好ましい。さらに、磁歪層20の上方には、絶縁性の保護層などが形成してあっても良い。
【0044】
(積層体2の製造方法)
続いて、図1に示す積層体2の製造方法の一例について説明する。
【0045】
積層体2は、図1では図示しない基板上に作製される。使用する基板は、Si、MgO、チタン酸ストロンチウム(SrTiO3)、ニオブ酸リチウム(LiNbO3)などの各種単結晶から選択することができるが、特に、表面がSi(100)面の単結晶となっているシリコン基板(ウェハ)を使用することが好ましい。上記の単結晶基板を用いることで、圧電体薄膜10をエピタキシャル成長させることができる。なお、圧電体薄膜10の下方(磁歪層の反対側)にバッファ層や電極膜を形成する場合には、これらのバッファ層および電極膜もエピタキシャル成長させて成膜することが好ましい。
【0046】
圧電体薄膜10は、各種薄膜作製法により形成する。薄膜作製法としては、蒸着法、スパッタリング法、ゾルゲル法、CVD法、PLD法などの物理的または化学的な方法を用いることができる。本実施形態において、圧電体薄膜10の薄膜作製法は、特に限定されないが、特に、スパッタリング法を選択することが好ましい。スパッタリング法では、圧電特性の高い膜を、大面積に安定的に作製することができる。
【0047】
たとえば、スパッタリング法により圧電体薄膜10を形成する場合、安定的にエピタキシャル成長をさせるためには、スパッタリングターゲットの組成、基板温度、成膜速度、ガス組成、真空度、基板-ターゲット間距離などを適正に制御する。また、圧電体薄膜10がドメイン構造を有するためには、特に、スパッタリングターゲットの組成、基板温度、もしくは、積層する磁歪層20の応力などを制御する。
【0048】
たとえば、スパッタリングターゲットの組成は、圧電材料の材質に応じて、複数のドメインや結晶相が形成されやすい組成を選択すると共に、蒸気圧の高い元素を、化学量論的組成の20~120%増しとすることが好ましい。PZTを例にとると、Pb/(Zr+Ti)で表される原子比が、1.2~2.2であることが好ましく、Zr/(Zr+Ti)で表される原子比が、1~1.5となるように制御することが好ましい。
【0049】
また、基板温度については、550~650℃となるように制御することが好ましく、磁歪層20の応力は、圧縮応力とすることが好ましい。なお、圧電体薄膜10の結晶構造をドメイン構造とする場合、成膜後に、酸化雰囲気において300℃~500℃の温度でアニール処理することも効果的である。
【0050】
圧電体薄膜10を成膜した後、圧電体薄膜10の上に直接または間接的に磁歪層20を形成する。軟磁性高磁歪膜で構成される磁歪層20は、スパッタリング法、真空蒸着法、PLD法、イオンビーム蒸着法(IBD法)などといった真空堆積法により形成する。特に、スパッタリング法を選択することが好ましい。
【0051】
前述したように本実施形態の磁歪層20は、保磁力H、しきい磁場HTH、磁場感度dλ/dHを所定の範囲に制御している。これらの特性は、成膜する軟磁性体の組成によっても制御し得るが、成膜時の真空度により制御することが好ましい。具体的に、成膜時の真空度は、1.0×10-4Pa以下とすることが好ましく、1.0×10-5Pa以下とすることがより好ましい。なお、成膜時の真空度とは、成膜中における成膜室内の最高到達圧力を意味しており、値が低いほど真空度が高いことを意味する。また、成膜前の成膜室内の圧力は、上記の数値範囲よりも低く設定することが好ましい。さらに、スパッタリング法で成膜する場合、製品への成膜を行う直前に、プリスパッタを十分長く実施し、成膜室内に残留する酸素や窒素などの残留ガスを低減することが好ましい。なお、プリスパッタとは、製品への成膜直前にダミー基板へスパッタすることを意味する。
【0052】
また、非晶質相22と結晶相24とを混在させるためには、基板温度、ガス組成、ガス圧力、パワー、供給源から基板までの距離などの成膜条件を適切に制御すればよい。たとえば、スパッタリング法の場合、基板温度は、20℃~200℃とすることが好ましい。特に、結晶相24を面心立方構造とするためには、基板加熱を行わずに、供給源と基板との距離を100mm以上に離すことで、成膜時の基板温度を200℃以下に保つことが好ましい。また、磁歪層20の結晶性を制御するためには、前述したように、圧電体薄膜10と磁歪層20との間に、結晶性制御層を形成することも効果的である。
【0053】
上記の方法により、積層体2が形成された基板が得られる。なお、得られた基板については、適宜パターニング加工などを施し、所定の形状に加工することで、積層体2を含むME素子(Magnetoelectric (ME) element)となる。このME素子の製造においては、上記のパターニング加工後に、当該基板の一部または全部をエッチングなどにより除去してもよい。なお、ME素子の構成に関しては、第2実施形態で詳細を説明する。
【0054】
(第1実施形態のまとめ)
本実施形態の積層体2では、圧電体薄膜10がエピタキシャル成長膜から成り、圧電体薄膜10の内部に結晶粒界がほとんど存在しない。すなわち、積層体2に含まれる圧電体薄膜10は、優れた結晶配向性を有する。そのため、本実施形態の圧電体薄膜10では、結晶粒界による物理量の攪乱が抑制され、優れた圧電特性を示す。
【0055】
また、本実施形態において、圧電体薄膜10の上に直接または間接的に形成してある磁歪層20は、保磁力Hやしきい磁場HTHが低い軟磁性高磁歪膜である。
【0056】
従来、磁電効果を向上させるためには、磁歪層の飽和磁歪λMAXを大きくすることが重要であって、磁歪層として軟磁性体よりも飽和磁歪λMAXが大きい硬磁性体を用いることが良いと考えられていた。本発明者等は、鋭意検討した結果、磁歪層の飽和磁歪λMAXを大きくしても磁電効果の応答性はあまり向上せず、むしろ、磁歪層20として保磁力Hやしきい磁場HTHが低い軟磁性の高磁歪膜を用いることで、磁電効果の応答性が向上することを見出した。
【0057】
ここで「磁電効果の応答性」とは、外部から送信される入力信号に対して確実に出力が得られることを意味する。すなわち、本実施形態において、「磁電効果の応答性が優れる」とは、微小な外部磁場(たとえば、1kHz,0.8A/m以下の交流磁場)であったとしても、圧電体薄膜10で電荷が発生し、出力(電圧)が得られること意味する。また、微小な外部磁場に対して得られる出力の大きさが大きいほど、応答性が良いと判断する。
【0058】
磁歪効果の応答性が向上する理由は、必ずしも明らかではないが、以下の事由が考えられる。エピタキシャル成長した圧電体薄膜10と、軟磁性高磁歪膜とを組み合わせた積層体2では、外部磁場を受けて容易に磁歪層20の磁区構造が変化し、均一な膜質から同一方向の磁歪が一斉に発生する。そのため、外部磁場の大きさが微小であったとしても、圧電体薄膜10に発生する変位ノイズよりも大きな歪みを発生させることができると考えられる。すなわち、本発明の積層体構造では、微小な外部磁場(入力信号)であったとしても、圧電体薄膜10を十分に振動させることができると考えられる。
【0059】
また、本実施形態において、軟磁性高磁歪膜(磁歪層20)の保磁力Hは、2500A/m未満であることが好ましい。本発明者等の実験によれば、保磁力Hが低ければ低いほど、磁電効果の応答性が向上し、微小な外部磁場に対する電荷の発生量がより大きくなる。
【0060】
さらに、本実施形態において、軟磁性高磁歪膜(磁歪層20)のしきい磁場HTHは、500A/m未満であることが好ましい。本発明者等の実験によれば、磁歪層のしきい磁場HTHが低ければ低いほど、磁電効果の応答性が向上し、微小な外部磁場に対する電荷の発生量がより大きくなる。
【0061】
加えて、本実施形態において、軟磁性高磁歪膜(磁歪層20)の磁場感度dλ/dHは、10ppb・m・A-1以上であることが好ましく、15ppb・m・A-1以上であることがより好ましい。本発明者等の実験によれば、磁場感度dλ/dHが上記の基準値よりも大きい場合、より微小な外部磁場(たとえば、1kHz,800μA/m以下の交流磁場)に対しても応答可能となる。また、磁場感度dλ/dHが大きくなるほど、微小な外部磁場に対する電荷の発生量がさらに大きくなる。
【0062】
なお、本実施形態において、軟磁性高磁歪膜で構成される磁歪層20は、圧延などの機械加工で得られる薄板ではなく、圧電体薄膜の上に、直接または間接的に、真空堆積法で形成してある。機械加工で得られる薄板は、接着層を介して圧電体薄膜の上に積層するか、もしくは圧着積層する必要がある。しかしながら、接着層を介在させる場合、接着層が、磁歪層と圧電体層との間における歪みの伝達や電荷の受け渡しを阻害する。また、圧着積層する場合、薄板の表面に発生する表面酸化膜が、磁歪層と圧電体層との間における歪みの伝達や電荷の受け渡しを阻害する。本実施形態の積層体2では、磁歪層20が真空堆積法で形成してあるため、上記のような阻害作用が発生せず、応答性が良好となる。また、積層体2の薄型化も可能である。
【0063】
第2実施形態
第2実施形態では、図2図4を参照して、第1実施形態の積層体2を含むME素子30について説明する。このME素子30は、電源や電気/電子回路と接続され、回路基板に搭載するかパッケージされることにより、エネルギー変換デバイスや磁気センサなどの電子デバイスを構成する。
【0064】
図2に示すように、第2実施形態に係るME素子30は、全体として略矩形の平面視形状を有する。ME素子30の寸法は、特に限定されず、電子デバイスの用途に応じて適宜決定すればよい。そして、ME素子30は、機能膜が積層された膜積層部32と、平面視において膜積層部32の外側を取り囲む外周部34と、を有する。
【0065】
膜積層部32は、X軸とY軸とを含む平面に沿って形成してあり、略矩形の平面視形状を有する。そして、膜積層部32は、X軸と平行な縁辺と、Y軸と平行な縁辺とを有し、膜積層部32の長手方向が、X軸と一致する。なお、図2~4において、X軸、Y軸およびZ軸は、相互に略垂直であり、Z軸が膜の積層方向に一致する。
【0066】
図3に示すように、Z軸方向の最下層には、基板40が存在する。この基板40は、X-Y平面の略中央部、すなわち膜積層部32の部分において、開口部42を有している。つまり、基板40は、実質的に素子30の外周部34にのみ存在している。開口部42のZ軸上方に位置する膜積層部32には、下部電極膜50と、圧電体薄膜10と、磁歪層20とが、この順で積層してある。すなわち、膜積層部32には、第1実施形態で説明した積層体2が含まれている。
【0067】
下部電極膜50は、端部50aと中央部分50bとを一体的に有する。図2に示す平面視において、下部電極膜50の中央部分50bは、開口部42の開口面よりも小さい略矩形の形状を有する。また、下部電極膜50の端部50aは、中央部分50bのX軸方向の両端に位置し、図2に示す平面視において、中央部分50bよりもY軸方向の幅が小さい略矩形の形状を有する。下部電極膜50は、上記のような形状を有するため、図3に示す断面において、開口部42のZ軸方向の上部開口面を、X軸方向に掛け渡すように存在している。そして、下部電極膜50の端部50aのみが、ME素子30の外周部34に位置する基板40の表面に存在している。
【0068】
一方で、図4に示す断面(図2のIII-III線に沿う断面)においては、下部電極膜50の中央部分50bの断面のみが現れ、端部50aが存在しない。そのため、図4に示す断面においては、下部電極膜50を含む膜積層部32が、開口部42のZ軸上方において、浮遊しているように見える。開口部42の上方で浮遊している膜積層部32は、積層されている各膜の応力の不均衡によって、反りが発生し易いが、膜積層部32の下部電極膜50の下面と、基板40に接触している下部電極膜50の端部50aの下面とで、Z軸方向の高さがおおよそ一致していることが好ましい。
【0069】
そして、圧電体薄膜10は、下部電極膜50のZ軸方向の上方に位置し、下部電極膜50と同等の平面視形状を有する。図2では、圧電体薄膜10の平面寸法(X-Y平面上の面積)が、下部電極膜50の平面寸法よりも小さくなっているが、下部電極膜50と同程度の大きさであってもよい。また、圧電体薄膜10のZ軸方向の上方には、磁歪層20が存在し、この磁歪層20も、略矩形の平面視形状を有する。そして、磁歪層20の平面寸法は、圧電体薄膜10の平面寸法よりも小さくなっている。磁歪層20の平面寸法を、圧電体薄膜10よりも小さくすることで、ME素子30の耐久性が向上する傾向となる。
【0070】
また、図3に示すように、下部電極膜50の一方の端部50aには、第1取出電極51の先端が接続してある。この第1取出電極膜51の後端には、第1電極パッド51aが基板40の表面に形成してあり、第1電極パッド51aを介して、図示しない外部回路が接続可能になっている。
【0071】
さらに、下部電極膜50の他方の端部50aは、圧電体薄膜10の表面の一部と共に、絶縁層54で覆われている。そして、絶縁膜54の上をX軸方向に掛け渡すように、第2取出電極53が形成してあり、第2取出電極53の先端は、磁歪層20に接続してある。この第2取出電極膜53の後端には、第2電極パッド53aが基板40の表面に形成してあり、第2電極パッド部53aを介して、図示しない外部回路が接続可能になっている。なお、絶縁膜54があるため、第2取出電極53は、下部電極膜50に対して絶縁されている。
【0072】
上記のように、第2実施形態のME素子30では、膜積層部32において、圧電体薄膜10が下部電極膜50と磁歪層20とで挟まれた状態で積層してある。そのため、圧電体薄膜10には、下部電極膜50と磁歪層20とを介して、電圧の印可が可能である。もしくは、圧電体薄膜10で発生した電荷を、下部電極膜50と磁歪層20とを介して、取り出し可能となっている。なお、図示していないが、圧電体薄膜10と磁歪層20との間には上部電極膜が形成してあってもよい。
【0073】
第2実施形態において、基板40は、少なくとも膜積層部32を支持できる絶縁物であればよい。ただし、圧電体薄膜10をエピタキシャル成長させる際に使用する単結晶基板を、基板40として利用してもよい。つまり、基板40の材質は、Si、MgO、チタン酸ストロンチウム(SrTiO3)、ニオブ酸リチウム(LiNbO3)などの各種単結晶から選択することができ、特に、表面がSi(100)面の単結晶となっているシリコン基板とすることが好ましい。
【0074】
また、下部電極膜50は、Pt、Ir、Auなどの面心立方構造の金属薄膜か、SrRuO(SRO)やLaNiOなどのペロブスカイト型構造の酸化物導電体膜とすることが好ましい。上記の金属薄膜および酸化物導電体薄膜は、単結晶の基板上にエピタキシャル成長させることができ、第2実施形態では、下部電極膜50もエピタキシャル成長膜とする。また、下部電極膜50は、上記の金属薄膜と上記の酸化物導電体膜とを積層して構成してもよい(例えば、Pt電極/SrRuOなど)。この場合(複数積層の場合)、下部電極膜50の圧電体薄膜10側(すなわちZ軸方向の上方)には、酸化物導電体膜が存在することが好ましい。そして、下部電極膜50の平均厚みは、全体として、3nm~200nmとすることが好ましい。
【0075】
なお、圧電体薄膜10と磁歪層20との間に上部電極膜を形成する場合、この上部電極膜は、下部電極膜50と同様の構成とすることができる。ただし、上部電極膜は、エピタキシャル成長膜である必要はなく、面心立方構造の多結晶膜、または非晶質相と面心立方構造の結晶相とからなる膜とすることが好ましい。これらの膜は、第1実施形態でも述べたように、結晶性制御層としても機能し得る。
【0076】
なお、圧電体薄膜10と磁歪層20とは、第1実施形態と同様の構成とすればよく、説明を省略する。
【0077】
また、第1取出電極膜51および第2取出電極膜53については、導電性を有していればよく、その材質や厚みは特に限定されない。たとえば、Ptのほか、Ag、Cu、Au、Alなどの導電性金属を含むことができる。また、絶縁層54については、電気絶縁性を有していればよく、その材質や厚みは特に限定されない。たとえば、絶縁膜54として、SiO2、Al2O3、ポリイミドなどが適用できる。
【0078】
なお、図示していないが、下部電極膜50のZ軸方向の下方(すなわち、基板40と下部電極膜50との間)には、バッファ層が形成してあってもよい。第1実施形態でも述べたように、バッファ層が形成してあることで、バッファ層より上層に位置する膜のエピタキシャル成長が促進される(高品質となる)。また、バッファ層は、開口部42を形成する際に、エッチングストッパ層としても機能する。バッファ層を形成する場合、その厚みは、5nm~100nmとすることが好ましい。
【0079】
また、ME素子30の最上層では、少なくとも膜積層部32の表面を覆うように保護層が形成してあってもよい。保護層としては、絶縁性の膜が好ましいが、たとえば、SiO、Al、ポリイミドなどの絶縁膜のほか、TiやTaなどの金属膜を使用することができ、その厚みは、特に制限されず、少なくとも10nm程度あればよい。
【0080】
ME素子30は、上記の構成を有することで、膜積層部32が、特定の周波数の振動モードを有する振動子としても機能する。第2実施形態においては、膜積層部32は、特に面内方向で伸縮振動が可能である。ここで、面内伸縮とは、X-Y平面に沿って膜積層部32が伸縮することを意味し、面外伸縮とは、Z軸方向において膜積層部32が伸縮することを意味する。本実施形態のように面内伸縮が可能である場合、膜積層部32は、面外方向においても伸縮振動が可能である。
【0081】
振動子としての機能に着目した場合、下部電極膜50の端部50aと圧電体薄膜10の端部が積層してある部分(特に、開口部42の上方で膜積層部32を支持している部分)が支持部36となる。
【0082】
この支持部36は、膜積層部32(振動子)の面内伸縮を妨げないように、膜積層部32に対して剛性の低い形態であることが好ましい。たとえば、支持部36のY軸方向幅は、膜積層部32のY軸方向幅に対して狭くする。あるいは、支持部36のZ軸方向厚みは、膜積層部32のZ軸方向厚みに対して小さくする。支持部36の厚みと幅の積は、膜積層部32のそれに対して90%よりも小さいことが好ましく、75%よりも小さいことがより好ましい。このように構成することによって、大きな振幅の面内伸縮振動を誘起でき、ME素子30の出力をより大きくすることができる。
【0083】
また、支持部36のX軸方向の長さは、膜積層部32に伝わる振動波長の1/4程度であることが好ましい。このような長さとすることで、エネルギーが膜積層部32に効率的に閉じ込められ、ME素子30の出力より大きくできるとともに、アレー化(素子30を複数個組み合わせること)した場合の素子間の干渉を抑制することができる。
【0084】
また、膜積層部32の表面(図2~4の場合、下部電極膜50の下面および磁歪層20の上面)は、平坦であることが好ましい。より具体的に、表面粗さは、算術平均粗さ(Ra)または要素の平均長さ(Rms)で、1μmよりも小さいことが好ましく、膜積層部32を伝わる振動波長の1/10以下となることがより好ましい。
【0085】
第2実施形態のME素子30では、膜積層部32および支持部36が上記の構成を有することで、振動の鋭さを表す特性であるQが大きくなる。第2実施形態のME素子30では、Qが100より大きくなることが好ましい。
【0086】
以下、図2~4に示すME素子30の製造方法について、説明する。
【0087】
ME素子30の製造では、まず、シリコン基板などの成膜用基板の上に、下部電極膜50と、圧電体薄膜10と、磁歪層20とを、成膜する。圧電体薄膜10と磁歪層20の成膜方法は、第1実施形態で述べたとおりである。下部電極膜50は、エピタキシャル成長させるが、その成膜条件は、公知の条件を適用すればよい。
【0088】
機能膜を積層した基板については、図2に示すようなパターンとなるように、パターニング加工を施す。パターニング加工は、フォトエッチングやレーザードライエッチングなどの各種エッチング法、もしくは、リフトオフ法で行うことができる。
【0089】
パターニング加工を施した後には、第1取出電極膜51および第2取出電極膜53と、絶縁膜54とを、図2に示すような所定のパターンで形成する。また、成膜用基板の一部を、Deep-RIE法などのドライエッチングや、異方性ウェットエッチングなどの方法により除去し、開口部42を有する基板40を形成する。なお、上記のエッチングにより成膜用基板をすべて除去してもよい。この場合、成膜用基板から剥がされた膜積層部32(支持部36を含む)を、別部材として用意した基板40に固定すればよい。
【0090】
上記の手順により、積層体2を含むME素子30が得られる。
【0091】
(第2実施形態のまとめ)
第2実施形態のME素子は、電源や電気/電子回路を接続し、回路基板に搭載するか、もしくはパッケージすることにより、エネルギー変換デバイスや磁気センサなどの電子デバイスを構成する。
【0092】
たとえば、ME素子30に、増幅器と整流回路とを接続しパッケージすれば、磁気センサが得られる。当該磁気センサは、磁電効果の応答性が優れる積層体2を含んでいるため、優れた感度特性を示す。具体的に、磁気センサの検出限界値がより小さくなり、生体磁気などの微小な外部磁場を検出することができる。
【0093】
また、ME素子30に、蓄電素子と整流電力管理回路とを接続すれば、外部からの磁場や振動から電力を発電するエネルギー変換デバイスが得られる。当該エネルギー変換デバイスは、磁電効果の応答性が優れる積層体2を含んでいるため、微小な外部磁場に対しても高い電気出力が得られ、優れた変換効率を示す。当該エネルギー変換デバイスは、イヤホン/ヒアラブルデバイス、スマートウォッチ、スマートグラス(眼鏡)、スマートコンタクトレンズ、人工内耳、心臓ペースメーカーなどのウェアラブル端末や、電源システムに組み込んで利用することができる。
【0094】
なお、ME素子30は、上記の用途の他に、インクジェットプリンタヘッド、マイクロアクチュエータ、ジャイロスコープなどの圧電デバイスとしても利用可能である。
【0095】
以上、本発明の実施形態について説明してきたが、本発明は、上述した実施形態に限定されず、本発明の範囲内で種々に改変することができる。
【0096】
たとえば、第2実施形態のME素子30では、膜積層部32が略矩形の平面視形状を有していたが、膜積層部32の形態は、これに限定されず、楕円形状、円形状、ミアンダ状、もしくは渦巻き状の平面視形状であってもよい。
【0097】
また、第2実施形態のME素子30は、膜積層部32の両端が基板40に支持されており、両端固定型の構造を有しているが、ME素子30は、膜積層部の一端が自由端となったカンチレバー型の構造であってもよい。また、ME素子30は、図2~4に示すような単一素子であってもよいが、複数の単一素子が共通の基板40上に一体的に形成されたアレー素子であってもよい。
【実施例
【0098】
以下、実施例および比較例を用いて、本発明をさらに詳細に説明する。ただし、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0099】
(実施例1)
実施例1では、以下に示す手順で、本発明の積層体2を有する基板試料を作製した。まず、成膜用基板として、表面がSi(100)面の単結晶となっているシリコン基板を準備した。準備したシリコン基板のサイズは、6インチとし、このシリコン基板の上に、以下に示す積層膜を形成した。
【0100】
まず、ZrOとYからなる下地酸化物薄膜(バッファ層)と、Pt下部電極膜と、SROからなる導電性酸化物膜とを、上記の順番でシリコン基板の上に、エピタキシャル成長させた。なお、上記の各膜は、いずれもスパッタリング法により成膜した。また、下地酸化物薄膜を形成する際の基板温度は、700℃~900℃とし、成膜終了時の基板温度は、成膜開始時の基板温度よりも低温となるように調整した。さらに、Pt下部電極膜を形成する際の基板温度は、600℃~800℃とし、下地酸化物薄膜の成膜終了時よりも低い温度となるように調整した。
【0101】
Pt下部電極膜を形成した後は、シリコン基板をいったん大気中に取り出し、Pt表面を空気中の酸素に暴露させた。その後、基板を再び成膜装置に投入し、SrRuO3からなる導電性酸化物薄膜を成膜した。なお、各層の膜厚は、下地酸化物薄膜が50nm、Pt下部電極膜が100nm、導電性酸化物薄膜が30nmとなるように成膜条件を調整した。
【0102】
そして、実施例1では、導電性酸化物薄膜の上に、PZTの圧電体薄膜10をエピタキシャル成長させた。この際に使用したスパッタリングターゲットの組成は、原子数比で、Pb:Zr:Tiが、1.3:0.55:0.45であった。また、PZT膜を形成する際の基板温度は、600℃とし、成膜速度は、0.1nm/secとした。その他の条件については、スパッタリング時の導入ガスを、酸素10モル%-アルゴン(Ar)90モル%の混合ガスとし、導入ガスの圧力を、0.3Paとし、基板とターゲットの距離を200mmとして、膜厚が1μmのPZT膜を形成した。
【0103】
また、PZT膜を成膜した後のシリコン基板については、アニール処理を施した。アニール処理の条件は、処理雰囲気を、1気圧の酸素雰囲気下とし、350℃で1時間保持することとした。
【0104】
なお、下地酸化物薄膜からPZT膜までの成膜時には、RHEED評価を行い、各層がエピタキシャル成長しているか否かを確認した。その結果、下地酸化物薄膜からPZT膜までの各層は、すべて、成膜過程においてエピタキシャル成長していることが確認できた。
【0105】
さらに、PZT膜の上方には、上部電極膜として、ROの導電性酸化物薄膜(SRO密着層と呼ぶ)と、Pt上部電極膜とを、この順で形成した。SRO密着層の厚みは50nmとし、Pt上部電極膜の厚みは100nmとした。なお、Pt上部電極膜の形成時には、基板温度を200℃とし、Pt上部電極膜が多結晶構造となるように、その他の成膜条件を制御した。
【0106】
上部電極膜を形成した後、その上に磁歪層20としてFeCoSiB合金膜を成膜した。FeCoSiB合金膜は、超高真空DCスパッタリング装置(キャノンアネルバ株式会社製:C-7960UHV)を使用して成膜し、その際、成膜時の真空度を3×10-6Paとした。また、成膜時には、基板加熱は行わずに、基板温度が上昇しないからようにターゲットと基板間距離を十分に確保して成膜した。その他の成膜条件は、導入ガスとしてArガスを使用し、導入ガスの圧力を0.03Paとし、出力を200W(DC)として、膜厚が500nmのFeCoSiB合金膜を形成した。
【0107】
形成したFeCoSiB合金膜の結晶構造を、XRDおよびTEMの電子線回折により確認した。その結果、当該FeCoSiB合金膜には、非晶質相22と結晶相24とが混在していることが確認できた。
【0108】
なお、FeCoSiB合金膜を成膜した後は、その上にさらに絶縁性の保護層を10nmの厚みで形成した。このような手順で各層を形成することで、本発明の積層体2を含む基板試料を得た。
【0109】
次に、作製した基板試料から長さ4cm×幅1cmの試験片を切り出し、当該試験片を用いて、基板試料に含まれるFeCoSiB合金膜の飽和磁歪λMAX,保磁力H,しきい磁場HTH,磁場感度dλ/dHを測定した。
【0110】
保磁力Hは、VSM(玉川製作所製 TM-VSM-211483-HGC型)によりFeCoSiB合金膜の磁化曲線を測定することで算出した。また、飽和磁歪λMAX、しきい磁場HTH、および磁場感度dλ/dHは、バイアス磁場として500A/mの直流磁場を印可した環境下において、試験片に対して、外部より0~6400A/mの回転磁場を印加し、当該試験片に発生するひずみ量をレーザー変位計により測定することで算出した。具体的に、上記の測定により磁場-磁歪曲線を得て、当該磁場-磁歪曲線における磁歪の飽和点を飽和磁歪λMAXとした。また、0.1ppmの磁歪λが発生した際の外部磁場の大きさをしきい磁場HTHとした。さらに、磁場-磁歪曲線において、500A/mから800A/mの範囲の傾きを、磁場感度dλ/dHとした。測定結果を表1に示す。
【0111】
(実施例2)
実施例2では、成膜時の真空度を実施例1から変更してFeCoSiB合金膜を形成した。より具体的に、実施例2では、FeCoSiB合金膜を形成する際の真空度を、1.5×10-5Paとし、実施例1よりも真空度を低く(=圧力を高く)設定した。上記以外の製造条件は、実施例1と同様とし、実施例2に係る基板試料を得た。
【0112】
なお、実施例2の基板試料についても、実施例1と同様の方法で、磁歪層20の飽和磁歪λMAX,保磁力H,しきい磁場HTH,磁場感度dλ/dHを測定した。その結果、表1に示すように、実施例2では、保磁力Hおよびしきい磁場HTHが実施例1よりも高くなった。このことから、成膜時の真空度がより高い(=圧力(Pa)がより低い)ほど、保磁力Hおよびしきい磁場HTHが低くなることが分かった。真空度によって保磁力Hおよびしきい磁場HTHが変化する理由は、必ずしも明らかではないが、成膜装置内に残存する窒素、酸素、水分等の残留ガスが関係していると考えられる。すなわち、真空度が低く残留ガスが多いと、成膜した膜内に局所的に窒化もしくは酸化された部分が発生し、保磁力Hおよびしきい磁場HTHが高くなると考えられる。
【0113】
(実施例3~5)
実施例3~5では、成膜時の真空度と磁歪層20の材質を実施例1から変更して、基板試料を作製した。具体的に、実施例3では、成膜時の真空度を1.5×10-5Paとして、FeSiB合金膜を形成した。実施例4については、成膜時の真空度を1.5×10-5Paとして、FeCoB合金膜を形成した。さらに、実施例5については、成膜時の真空度を1.5×10-5Paとして、FeCrSiB合金膜を形成した。
【0114】
なお、実施例3~5において、上記以外の製造条件は、実施例1と同様とした。また、実施例3~5の基板試料についても、実施例1と同様の方法で、磁歪層20の各特性を測定した。
【0115】
(実施例6)
実施例6では、磁歪層20の材質と成膜装置とを実施例1から変更して、基板試料を作製した。具体的に、実施例6では、真空蒸着装置(キャノンアネルバ株式会社製:C-7170C)を用いて、FeCoSiB合金膜を形成した。真空蒸着に際して、成膜室内の真空度は、8.0×10-5とした。上記以外の製造条件は、実施例1と同様とした。また、実施例6の基板試料についても、実施例1と同様の方法で、磁歪層20の各特性を測定した。
【0116】
(比較例1)
比較例1では、実施例1とは異なり、磁歪層として硬磁性の高磁歪膜を形成した。具体的に、比較例1では、スパッタリング法によりFeCo合金膜を形成した。なお、比較例1において、上記以外の製造条件は、実施例1と同様とした。
【0117】
また、比較例1についても、磁歪層の特性を測定した。ただし、比較例1のような硬磁性体の場合、しきい磁場HTHが軟磁性体よりも高いため、磁場感度の解析範囲を実施例1から変更した。具体的に、比較例1では、磁場-磁歪曲線のHTHからHTH+300A/mまでの範囲の傾きを、磁場感度dλ/dHとした。比較例1のFeCo合金膜は、高磁歪膜であるが、各実施例1~6とは異なり、硬磁性体で構成してある。そのため、表1に示すように、比較例1は、飽和磁歪λMAX,保持力H,および、しきい磁場HTHが各実施例1~6よりも大きい。このような、硬磁性高磁歪膜としては、比較例1のFeCo合金膜の他に、FeNi合金膜、SmFe合金膜、TbFe合金膜、GdFe合金膜などが挙げられる。
【0118】
(比較例2)
比較例2では、実施例1とは異なり、磁歪層として軟磁性低磁歪膜を形成した。軟磁性低磁歪膜とは、軟磁性体で構成してあるものの、飽和磁歪λMAXが1ppm未満と小さい低磁歪膜を意味する。具体的に、比較例2では、スパッタリング法によりFeCoNiMoSiB合金を形成した。なお、上記以外の製造条件は、実施例1と同様として、比較例2に係る基板試料を得た。
【0119】
(比較例3)
比較例3では、実施例1とは異なり、磁歪層を上部電極膜の上に貼り合わせて積層した。具体的に、比較例3では、圧延による機械加工によりFeSiB合金の薄板を作製した。そして、FeSiB合金の薄板を、エポキシ樹脂からなる接着層を介して上部電極膜の上に貼り付けた。なお、FeSiB合金の平均厚みは、25μmとした。
【0120】
また、FeSiB合金の薄板を、XRDおよびTEMの電子線回折で分析したところ、当該FeSiB合金は、非晶質相のみで構成されていることが確認できた。なお、上記以外の製造条件は、実施例1と同様として、比較例3に係る基板試料を得た。
【0121】
(比較例4)
比較例4では、実施例1とは異なる条件で圧電体薄膜を形成した。具体的に、比較例4では、PZT膜の形成に際して、基板加熱を行わずに、室温で成膜を行った。当該条件で得られたPZT膜の結晶構造を分析すると、膜厚方向においては所定の結晶面が単一配向しているものの、面内方向においては結晶方位がランダムとなっていることが確認できた。つまり、比較例4のPZT膜は、エピタキシャル成長膜ではなく、配向性多結晶膜である。
【0122】
なお、比較例4では、実施例2と同じ条件でFeCoSiB合金膜を形成した。上記以外の製造条件は、実施例1と同様として、比較例4に係る基板試料を得た。
【0123】
【表1】
【0124】
評価1
各実施例および各比較例において、作製した基板試料に対してパターニング加工を施し、図2に示すようなME素子30を、それぞれ、少なくとも16個作製した。そして、得られたME素子30に対して、以下に示す磁電効果の応答性評価を実施した。
【0125】
(応答性評価)
応答性評価では、バイアス磁場として500A/mの直流磁場を印可した環境下において、ME素子30に所定の入力信号を与え、圧電体薄膜で発生する電圧を応答出力として測定する。所定の入力信号とは、試験条件1では、1kH,0.8A/mの交流磁場とし、試験条件2では、条件1よりも微小な1kH,800μA/mの交流磁場(条件1の1/1000)とする。この応答性評価では、発生する電圧が大きいほど、磁電効果の応答性が優れると判断する。また、試験条件1では、応答出力の基準値を0.3mV以上とし、試験条件2では、応答出力の基準値を1μV以上とする。
【0126】
なお、上記の応答性評価は、各実施例および各比較例に対して、それぞれ3個のサンプルについて実施し、応答出力はその平均値として算出した。評価結果を表1に示す。
【0127】
まず、試験条件1での評価結果について考察する。表1に示すように、磁歪層が硬磁性高磁歪膜で構成してある比較例1では、飽和磁歪λMAXが各実施例1~6よりも大きいにも拘らず、応答出力が得られなかった。これに対して磁歪層が軟磁性高磁歪膜で構成してある実施例1~6では、基準値以上の応答出力が得られた。この結果から、磁電効果の応答性については、飽和磁歪λMAXを大きくしても改善効果が得られず、保磁力Hが小さい軟磁性高磁歪膜を使用することで応答性が向上することがわかった。
【0128】
また、比較例2では、磁歪層が軟磁性体で構成してあるものの、飽和磁歪λMAXが0.5ppmしかないため、応答出力が得られなかった。この結果から、磁歪層は、低磁歪膜ではなく、実施例4に示すように、飽和磁歪λMAXが少なくとも10ppm以上ある高磁歪膜とすることが好ましいことがわかった。
【0129】
また、比較例3については、磁歪層が軟磁性高磁歪膜であるにも拘らず、当該磁歪層が接着層を介して貼り合わせて積層してあるため、応答出力が得られなかった。この結果から、磁歪層は、圧延などの機械加工で得られる薄板ではなく、真空堆積法で圧電体薄膜の上に直接または間接的に積層する必要があることがわかった。なお、機械加工で得られる薄板の場合、結晶性が制御し易く、表面の切削加工等も可能である。そのため、保磁力Hやしきい磁場HTHは、真空堆積法で形成される膜よりも低くすることは可能である。ただし、前述したように、薄板よりも真空堆積法で形成される膜のほうが、磁電効果の応答性が優れる。
【0130】
さらに、比較例4については、微小な応答出力が得られたものの、基準値を満足していない。この結果から、磁電効果の応答性を向上させるためには、軟磁性高磁歪膜を、エピタキシャル成長膜である圧電体薄膜と組み合わせて積層する必要があることがわかった。
【0131】
なお、実施例1~6の試験条件1での評価結果を比較すると、保磁力Hが低いほど応答出力が高くなることが確認できた。この結果から、保磁力Hの上限値は、2500A/m未満とすることが好ましく、500A/m以下であることがより好ましく、400A/m以下であることがさらに好ましいことがわかった。なお、実験結果によれば、保磁力Hの下限値は20A/m以上であることが好ましい。また、しきい磁場HTHについても同様に、しきい磁場HTHが低いほど応答出力が高くなる傾向となった。この結果から、しきい磁場HTHの上限値は、500A/m未満とすることが好ましく、100A/m以下とすることがより好ましく、50A/m以下とすることがさらに好ましいことがわかった。なお、実験結果によれば、しきい磁場HTHの下限値は5A/m以上であることが好ましい。
【0132】
次に、試験条件2での評価結果について考察する。比較例1~4については、いずれも本発明の条件を満たす積層体2を有していないため、条件1よりも微小な入力信号に対して、応答を得ることができなかった。
【0133】
一方、実施例については、実施例1~2で基準値以上の応答出力が得られた。これら実施例1~2は、磁場感度dλ/dHが15ppb・m・A-1以上であり、他の実施例3~6よりも磁場感度が高い。この結果から、保磁力Hおよびしきい磁場HTHを所定の基準値以下としたうえで、磁場感度dλ/dHが大きくなるほど、磁電効果の応答性がより向上し、より微小な入力信号に対しても応答可能となることがわかった。
【0134】
なお、上述した応答性評価とは、別に、積層体2の耐久性を評価するために、各実施例および各比較例の基板試料に対して、300Hz,800kA/mの巨大な交流磁場を1分間印可する加速試験を実施した。当該試験では、基板試料から1cm四方の試験片を切り出して、当該試験片に上記の交流磁場を印可した。そして、試験後の試験片において、磁歪層に剥離が生じていないかを確認した。
【0135】
上記の耐久試験の結果、磁場感度dλ/dHが大きい比較例1のサンプルでは、磁歪層の剥離が激しかった。この結果から、応答性の観点では磁場感度dλ/dHがより大きいほうが好ましいが、耐久性を加味すると、磁場感度dλ/dHは、15~50ppb・m・A-1とすることが好ましく、15~30ppb・m・A-1とすることがより好ましいことがわかった。
【0136】
評価2
ME素子試料に対して、増幅器と整流回路とを含む回路を接続し、パッケージすることで、各実施例および各比較例に対応する磁気センサを得た。同様に、ME素子試料に対して、蓄電素子と整流電力管理回路とを含む回路を接続し、パッケージすることで、各実施例および各比較例に対応するエネルギー変換デバイスを得た。そして、得られた磁気センサおよびエネルギー変換デバイスについて、以下に示す性能評価を実施した。
【0137】
(磁気センサとしての性能評価)
磁気センサについては、検出感度を評価するために、検出限界値(単位はnT)の測定を行った。磁気センサでは、入力として交流磁場(外部磁場)を印加すると、その印加した磁場の大きさに応じた電圧を出力する。検出限界値は、磁気センサが応答する(すなわち電圧を出力する)最小の入力値を意味し、入力値は磁束密度で表される。すなわち、検出限界値は、値が小さいほど、磁気センサとしての特性が優れることを意味する。
【0138】
本実施例では、バイアス磁場として1mTの直流磁場を印加した環境下において、磁気センサに、ME素子30の固有周波数付近(約10kHz)の交流磁場を加え、その交流磁場の周波数を固有周波数付近でスキャンしながら大きさを減衰させていくことで、検出下限値を求めた。検出限界値は、10nT以下を良好とし、0.5nT以下をさらに良好と判断する。各実施例および各比較例の磁気センサについて、検出限界値を測定した結果を、表1に示す。
【0139】
(エネルギー変換デバイスとしての性能評価)
エネルギー変換デバイスの性能を評価するために、所定の入力信号対する出力電力を測定した。具体的に、バイアス磁場として、500A/mの直流磁場を印可した環境下において、当該デバイスに1kHz,5A/mの交流磁場を印可し、その際に得られる出力電力を測定した。出力電力の基準値は1.0nW以上とし、5.0nW以上を良好と判断する。すなわち、得られる出力電力が大きいほど、変換効率が優れると判断する。
【0140】
まず、磁気センサの評価結果について考察する。表1に示すように、比較例1では、検出限界値が非常に高く、感度がミリテスラオーダーであることが確認できた。ミリテスラオーダーの感度では、生体磁気を検出できない。また、比較例2~4については、上記の評価条件では検出限界値が測定できず、そもそも磁気センサとして十分に機能できないことが分かった。発生する磁歪が小さすぎるか、発生した磁歪が圧電体層に十分に伝わらないためと考えられる。これに対して、実施例1~6の磁気センサでは、本発明の積層体2を含むため、検出限界値が10nT以下となり、基準値を満足する結果が得られた。特に、実施例1~3の磁気センサでは、検出限界値が0.5nT以下となり、より優れた感度特性を示すことが確認できた。上記のように、本発明の積層体2を含む磁気センサは、感度特性が優れるため、生体磁気を検出可能な好感度センサとして応用することが期待できる。
【0141】
次に、エネルギー変換デバイスの評価結果について考察する。表1に示すように、比較例1~4のデバイスでは、出力電力が得られなかったが、実施例1~6のデバイスでは、基準値を満足する出力電力が得られた。特に、実施例1~3のデバイスでは、出力電力が5.0nW以上となり、変換効率がより高いことが確認できた。このように、本発明の積層体2を含むエネルギー変換デバイスは、変換効率が高いため、ウェアラブル端末等に組み込んで利用することが期待できる。
【符号の説明】
【0142】
2 … 積層体
10 … 圧電体薄膜
20 … 磁歪層
22 … 非晶質相
24 … 結晶相
30 … ME素子
32 … 膜積層部
34 … 外周部
36 … 支持部
40 … 基板
50 … 下部電極膜
50a … 端部
50b … 中央部分
51 … 第1取出電極膜
53 … 第2取出電極膜
54 … 絶縁膜
図1
図2
図3
図4