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<図1>
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-10-10
(45)【発行日】2023-10-18
(54)【発明の名称】電動圧縮機
(51)【国際特許分類】
   H02P 21/22 20160101AFI20231011BHJP
   H02P 27/08 20060101ALI20231011BHJP
   F04B 39/00 20060101ALI20231011BHJP
【FI】
H02P21/22
H02P27/08
F04B39/00 106C
F04B39/00 106Z
【請求項の数】 2
(21)【出願番号】P 2020038800
(22)【出願日】2020-03-06
(65)【公開番号】P2021141747
(43)【公開日】2021-09-16
【審査請求日】2022-06-20
(73)【特許権者】
【識別番号】000003218
【氏名又は名称】株式会社豊田自動織機
(74)【代理人】
【識別番号】100105957
【弁理士】
【氏名又は名称】恩田 誠
(74)【代理人】
【識別番号】100068755
【弁理士】
【氏名又は名称】恩田 博宣
(72)【発明者】
【氏名】成瀬 拓也
(72)【発明者】
【氏名】名嶋 一記
【審査官】保田 亨介
(56)【参考文献】
【文献】特開2016-001062(JP,A)
【文献】特開2017-189051(JP,A)
【文献】特開2012-213253(JP,A)
【文献】特開2017-030672(JP,A)
【文献】特開2011-080444(JP,A)
【文献】国際公開第2019/049246(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H02P21/00-23/30
25/00-25/03
25/04
25/10-25/32
27/00-27/18
F04B39/00-39/16
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
電動モータと、
前記電動モータを収容するとともに冷媒を内部に導入する吸入口を有するハウジングと、
前記電動モータによって駆動されて前記ハウジング内の冷媒を吸引圧縮する圧縮部と、
前記電動モータを駆動するインバータ装置と、を備え、
前記インバータ装置は、
u,v,wの相毎の上下アームを構成するスイッチング素子を有し、前記スイッチング素子のスイッチング動作に伴い直流電圧を交流電圧に変換して前記電動モータに供給するインバータ回路と、
前記電動モータに供給される電流の値を検出する電流センサと、
前記電流センサの検出値をもとにd軸電流値とq軸電流値を算出する座標変換部と、
前記電動モータに対する回転数指令値と回転数推定値との差に基づいてd軸電流指令値及びq軸電流指令値を生成する速度制御部と、
前記d軸電流指令値と前記d軸電流値との差分に基づいてd軸電圧指令値を算出するとともに前記q軸電流指令値と前記q軸電流値との差分に基づいてq軸電圧指令値を算出する電流制御部と、
前記d軸電圧指令値と前記q軸電圧指令値に基づいて前記スイッチング素子を制御するPWM制御部と、
前記d軸電流値、前記q軸電流値、前記d軸電圧指令値、前記q軸電圧指令値に基づき、前記回転数推定値を算出する回転数推定部と、を備え、
前記速度制御部は、
前記電動モータを駆動させるための必要トルクが発生するようd軸電流指令値及びq軸電流指令値を生成する電動圧縮機において、
前記インバータ装置は、前記d軸電流指令値及び前記q軸電流指令値を変更することにより前記電動モータの温度を上昇させる創熱電流指令部を備え、
前記創熱電流指令部は、
d-q座標系における定トルク曲線に沿ってd軸電流値が増加する方向へ推移するようd軸電流指令値及びq軸電流指令値を変更し、
前記創熱電流指令部は、前記回転数指令値と前記回転数推定値との偏差が閾値よりも大きい場合は、前記定トルク曲線に沿ってd軸電流値が減少する方向へ推移するよう前記d軸電流指令値及び前記q軸電流指令値を変更することを特徴とする電動圧縮機。
【請求項2】
前記創熱電流指令部は、d-q座標系において、電流上限円を、前記インバータ回路の構成部品の温度に対する制限電流値を超えない範囲で規定するとともに、前記電流上限円と前記定トルク曲線の交点へと推移するよう前記d軸電流指令値及び前記q軸電流指令値を変更することを特徴とする請求項1に記載の電動圧縮機。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電動圧縮機に関するものである。
【背景技術】
【0002】
電気自動車等に搭載される車両用空調システムとして冷凍サイクル中に電動圧縮機を設け、電動圧縮機における圧縮部を電動モータで駆動し、電動モータをインバータで制御する際にベクトル制御することが行われている(例えば特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開2017-184594号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ところで、冷凍装置における冷媒流路を一部切り替えることで、ヒートポンプやホットガスヒータといった暖房装置として運転する手法が知られている。このような暖房装置には暖房が効き始めるまでの時間を短縮することが望まれており、そのためには電動圧縮機によって早期に冷媒を昇温することが有用である。
【0005】
本発明の目的は、冷媒を早く温めることができる電動圧縮機を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記課題を解決するための電動圧縮機は、電動モータと、前記電動モータを収容するとともに冷媒を内部に導入する吸入口を有するハウジングと、前記電動モータによって駆動されて前記ハウジング内の冷媒を吸引圧縮する圧縮部と、前記電動モータを駆動するインバータ装置と、を備え、前記インバータ装置は、u,v,wの相毎の上下アームを構成するスイッチング素子を有し、前記スイッチング素子のスイッチング動作に伴い直流電圧を交流電圧に変換して前記電動モータに供給するインバータ回路と、電動モータに供給される電流の値を検出する電流センサと、前記電流センサの検出値をもとにd軸電流値とq軸電流値を算出する座標変換部と、前記電動モータに対する回転数指令値と回転数推定値との差に基づいてd軸電流指令値及びq軸電流指令値を生成する速度制御部と、前記d軸電流指令値と前記d軸電流値との差分に基づいてd軸電圧指令値を算出するとともに前記q軸電流指令値と前記q軸電流値との差分に基づいてq軸電圧指令値を算出する電流制御部と、前記d軸電圧指令値と前記q軸電圧指令値に基づいて前記スイッチング素子を制御するPWM制御部と、前記d軸電流値、前記q軸電流値、前記d軸電圧指令値、前記q軸電圧指令値に基づき、前記回転数推定値を算出する回転数推定部と、を備え、前記速度制御部は、前記電動モータを駆動させるための必要トルクが発生するようd軸電流指令値及びq軸電流指令値を生成する電動圧縮機において、前記インバータ装置は、前記d軸電流指令値及び前記q軸電流指令値を変更することにより前記電動モータの温度を上昇させる創熱電流指令部を備え、前記創熱電流指令部は、d-q座標系における定トルク曲線に沿ってd軸電流値が増加する方向へ推移するようd軸電流指令値及びq軸電流指令値を変更することを要旨とする。
【0007】
これによれば、外部から冷媒昇温指令をうけた時において、d-q座標系における定トルク曲線に沿ってd軸電流値が増加する方向へ推移するようなd軸電流指令値及びq軸電流指令値に基づいてスイッチング素子が制御されるので、電動モータの損失を増加させる制御が行われ電動モータで発生する熱で冷媒が加熱される。特に、d軸電流値を増加させることにより、電動モータの鉄心における損失を増やすことができる。この際、d軸電流及びq軸電流により電動モータに発生するトルクは一定であり、電動モータの回転数が安定するため、不要な騒音を生じることがない。これにより冷媒を早く温めることができる。
【0008】
また、電動圧縮機において、前記創熱電流指令部は、前記回転数指令値と前記回転数推定値との偏差が閾値よりも大きい場合は、前記定トルク曲線に沿ってd軸電流値が減少する方向へ推移するよう前記d軸電流指令値及び前記q軸電流指令値を変更するとよい。
【0009】
これによれば、入力電圧の低下や指令回転数の増加によって回転数指令値と回転数推定値との偏差が閾値よりも大きくなり、d-q座標系における電流ベクトルの大きさに制限が生じた場合に、定トルク曲線に沿ってd軸電流値が減少する方向へ推移するようd軸電流指令値及びq軸電流指令値を変更することにより前記回転数指令値と前記回転数推定値との偏差を小さくしつつ電動モータの損失を増加させる制御により電動モータで発生する熱で冷媒を加熱できる。
【0010】
また、電動圧縮機において、前記創熱電流指令部は、d-q座標系において、電流上限円を、前記インバータ回路の構成部品の温度に対する制限電流値を超えない範囲で規定するとともに、前記電流上限円と前記定トルク曲線の交点へと推移するよう前記d軸電流指令値及び前記q軸電流指令値を変更するとよい。
【0011】
これによれば、インバータ回路の構成部品の過熱を防止して、創熱電流指令部における定トルク曲線上の電流上限円との交点でのd軸電流指令値及びq軸電流指令値の生成に伴う制御の継続が可能となる。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、冷媒を早く温めることができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】実施形態における車載用電動圧縮機を模式的に示す一部破断図。
図2】インバータ装置の構成を示すブロック図。
図3】作用を説明するための動作フロー図。
図4】(a)は制御電流ベクトルの説明図、(b)は電流波形図。
図5】創熱電流増加の推移を説明するための制御電流ベクトルの説明図。
図6】(a)は制御電流ベクトルの説明図、(b)は電流波形図。
図7】B-Hカーブを示す図。
図8】制御電流ベクトルの説明図。
図9】創熱電流増加の推移を説明するための制御電流ベクトルの説明図。
図10】作用を説明するための動作フロー図。
図11】制御電流ベクトルの説明図。
図12】定トルク曲線上の損失分布図。
図13】作用を説明するための動作フロー図。
図14】制限電流マップを示す図。
図15】定トルク曲線上の損失分布を示す図。
図16】制御電流ベクトルの説明図。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明を車載用電動圧縮機に具体化した一実施形態を図面に従って説明する。
本実施形態の車載用電動圧縮機は車両空調装置(カーエアコン)に用いられるものであって、ヒートポンプ方式を使っており、ヒートポンプ方式では冷媒が循環する冷凍サイクル中に蒸発器と車載用電動圧縮機と凝縮器と膨張弁が設けられ、蒸発器で冷媒が外気で温められて気化し、車載用電動圧縮機で圧縮され、凝縮器で冷媒の液化及び空気の加熱が行われ、膨張弁で冷媒の圧力が下がり温度も下がる。この冷凍サイクルでの蒸発器において外気から吸熱して冷媒が加温されて当該冷媒で凝縮器での室内空気との熱交換により車室内を暖房することができる。
【0015】
図1に示すように、車両空調装置10は、車載用電動圧縮機20と、車載用電動圧縮機20に対して冷媒を供給する外部冷媒回路100とを備えている。外部冷媒回路100は、蒸発器、凝縮器、膨張弁などを有している。車両空調装置10は、車載用電動圧縮機20によって冷媒が圧縮され、且つ、外部冷媒回路100によって冷媒の熱交換及び膨張が行われることによって、車両の室内の冷暖房を行う。
【0016】
車両空調装置10は、当該車両空調装置10の全体を制御する空調ECU101を備えている。空調ECU101は、車内温度や設定温度等を把握可能に構成されており、これらのパラメータに基づいて、車載用電動圧縮機20に対してオン/オフ指令等といった各種指令を送信する。
【0017】
車載用電動圧縮機20は、外部冷媒回路100から冷媒を内部に導入する吸入口21aを有するハウジング21と、ハウジング21内に収容された圧縮部22及び電動モータ23とを備えている。
【0018】
ハウジング21は、全体として略円筒形状である。ハウジング21には、冷媒が吐出される吐出口21bが形成されている。
圧縮部22は、ハウジング21内の冷媒を吸引圧縮し、その圧縮された冷媒を吐出口21bから吐出させるものである。圧縮部22の具体的な構成は、スクロールタイプ、ピストンタイプ、ベーンタイプ等任意である。
【0019】
電動モータ23は、三相モータであって、圧縮部22を駆動させるものである。電動モータ23は、ハウジング21に対して回転可能に支持された円柱状の回転軸26と、当該回転軸26に対して固定された円筒形状のロータ24と、ハウジング21に固定されたステータ25とを有する。ロータ24は、磁石24aが埋設された円筒形状のロータコア24bを有している。磁石24aは永久磁石である。回転軸26の軸線方向と、円筒形状のハウジング21の軸線方向とは一致している。ステータ25は、円筒形状のステータコア25aと、当該ステータコア25aに形成されたティースに捲回されたコイル25bとを有している。ロータ24及びステータ25は、回転軸26の径方向に対向している。
【0020】
車載用電動圧縮機20は、電動モータ23を駆動させるインバータ装置31と、当該インバータ装置31が収容されたケース32とを有するインバータユニット30を備えている。電動モータ23のコイル25bとインバータ装置31とは電気的に接続されている。ケース32は、固定具としてのボルト33によってハウジング21に固定されている。すなわち、本実施形態の車載用電動圧縮機20には、インバータ装置31が一体化されている。
【0021】
インバータ装置31は、回路基板34と、当該回路基板34と電気的に接続されたパワーモジュール35とを備えている。回路基板34には、各種電子部品が実装されている。ケース32の外面にはコネクタ36が設けられており、回路基板34とコネクタ36とが電気的に接続されている。コネクタ36を介してインバータ装置31に電力供給が行われるとともに、空調ECU101とインバータ装置31とが電気的に接続されている。
【0022】
このようにして、車載用電動圧縮機20は、ハウジング21内に、圧縮部22と、圧縮部22を駆動する電動モータ23が配置されるとともにモータ23に電力を供給するインバータ装置31が一体化されている。そして、電動モータ23により圧縮部22が駆動されると冷媒が吸入口21aからハウジング21内に吸入されて回転軸26の軸線方向に冷媒が流れ電動モータ23を通して圧縮部22に吸入されて圧縮部22で冷媒が圧縮された後に吐出口21bから吐出される。ハウジング21内を冷媒が流れるときに電動モータ23と冷媒との間で熱交換可能となる。
【0023】
図2に示すように、インバータ装置31は、インバータ回路40とインバータ制御装置50を備えている。インバータ制御装置50は、ドライブ回路55と、制御部60を備えている。
【0024】
インバータ回路40は、6つのスイッチング素子Q1~Q6と6つのダイオードD1~D6を有する。スイッチング素子Q1~Q6としてIGBTを用いている。正極母線Lpと負極母線Lnとの間に、u相上アームを構成するスイッチング素子Q1と、u相下アームを構成するスイッチング素子Q2が直列接続されている。正極母線Lpと負極母線Lnとの間に、v相上アームを構成するスイッチング素子Q3と、v相下アームを構成するスイッチング素子Q4が直列接続されている。正極母線Lpと負極母線Lnとの間に、w相上アームを構成するスイッチング素子Q5と、w相下アームを構成するスイッチング素子Q6が直列接続されている。スイッチング素子Q1~Q6にはダイオードD1~D6が逆並列接続されている。正極母線Lp、負極母線Lnには直流電源としてのバッテリBが接続されている。
【0025】
スイッチング素子Q1とスイッチング素子Q2の間が電動モータ23のu相端子に接続されている。スイッチング素子Q3とスイッチング素子Q4の間が電動モータ23のv相端子に接続されている。スイッチング素子Q5とスイッチング素子Q6の間が電動モータ23のw相端子に接続されている。上下のアームを構成するスイッチング素子Q1~Q6を有するインバータ回路40は、スイッチング素子Q1~Q6のスイッチング動作に伴いバッテリBの電圧である直流電圧を交流電圧に変換して電動モータ23に供給することができるようになっている。
【0026】
各スイッチング素子Q1~Q6のゲート端子にはドライブ回路55が接続されている。ドライブ回路55は、制御信号に基づいてインバータ回路40のスイッチング素子Q1~Q6をスイッチング動作させる。
【0027】
u相用のスイッチング素子Q1,Q2間と電動モータ23のu相端子との間に電流センサ41が設けられている。v相用のスイッチング素子Q3,Q4間と電動モータ23のv相端子との間に電流センサ42が設けられている。このように、インバータ装置31は、電動モータ23に供給される電流の値を検出する電流センサ41,42を備える。
【0028】
本実施形態では回転位置センサを用いておらず位置センサレス化が図られている。電動モータの回転角(回転位置)θは後記する回転角推定部69において電動モータに流れるd軸電流値Id及びq軸電流値Iqと、d軸電圧指令値Vd*及びq軸電圧指令値Vq*から算出される。なお、d軸はモータ内の永久磁石によって生じる磁束と同じ向きに磁束を発生させる電流の向きであり、q軸はd軸からπ/2進んだ向きである。
【0029】
制御部60は、速度制御部61と、減算部62,63,68と、電流制御部64と、座標変換部(3相/2相変換部)65と、座標変換部(2相/3相変換部)66と、PWM発生部67と、回転数推定値を算出する回転数推定部としての回転角推定部69と、創熱電流指令部70を備えている。座標変換部(2相/3相変換部)66とPWM発生部67とにより、d軸電圧指令値Vd*とq軸電圧指令値Vq*に基づいてスイッチング素子Q1~Q6を制御するPWM制御部71が構成されている。
【0030】
座標変換部65は、電流センサ41,42による電流検出値から電動モータに流れるu相電流Iu、v相電流Ivを検知するとともにw相電流Iwを検知する。また、座標変換部65は、u相電流Iu、v相電流Iv、w相電流Iw、及び、回転角推定部69により算出される電動モータの推定回転角(回転位置)θに基づいて、u相電流Iu、v相電流Iv及びw相電流Iwをd軸電流値(励磁成分電流)Id及びq軸電流値(トルク成分電流)Iqに変換する。即ち、座標変換部65は、電流センサ41,42の検出値をもとにd軸電流値Idとq軸電流値Iqを算出する。なお、d軸電流値(励磁成分電流)Idは電動モータ23に流れる電流において、界磁を発生させるための電流ベクトル成分であり、q軸電流値(トルク成分電流)Iqは電動モータ23に流れる電流において、トルクを発生させるための電流ベクトル成分である。
【0031】
減算部68は、上位ECUである空調ECU101から入力される電動モータ23に対する回転数指令値ω*と、回転数推定値としての推定回転数ωとの差Δωを算出する。なお、推定回転数ωは、回転角推定部69において演算される推定角速度に基づいて得られる。
【0032】
速度制御部61は、外部から入力される回転数指令値ω*と推定回転数ωとの差Δωが0になるようにd軸電流指令値Id*及びq軸電流指令値Iq*を算出する。即ち、速度制御部61は、電動モータ23に対する回転数指令値ω*と回転数推定値としての推定回転数ωとの差Δωに基づいてd軸電流指令値及Id*及びq軸電流指令値Iq*を生成する。
【0033】
創熱電流指令部70は、d軸電流指令値Id*を加工してd軸電流指令値Id**として出力するとともに、q軸電流指令値Iq*を加工してq軸電流指令値Iq**として出力する。詳細は後述する。
【0034】
減算部62は、d軸電流指令値Id**と、d軸電流値Idとの差ΔIdを算出する。減算部63は、q軸電流指令値Iq**と、q軸電流値Iqとの差ΔIqを算出する。電流制御部64は、差ΔId及び差ΔIqに基づいてd軸電圧指令値Vd*及びq軸電圧指令値Vq*を算出する。即ち、電流制御部64は、d軸電流指令値とd軸電流値Idとの差分ΔIdに基づいてd軸電圧指令値Vd*を算出するとともにq軸電流指令値とq軸電流値Iqとの差分ΔIqに基づいてq軸電圧指令値Vq*を算出する。座標変換部66は、回転角推定部69により算出される電動モータの推定回転角(回転位置)θに基づいて、d軸電圧指令値Vd*及びq軸電圧指令値Vq*を電動モータへの印加電圧である電圧指令値Vu、Vv、Vwに変換する。
【0035】
PWM発生部67は、電圧指令値Vu,Vv,Vwをインバータの電源電圧値で規格化し、三角波との比較結果に基づいてインバータ回路40の各スイッチング素子Q1~Q6をオン、オフさせるためのPWM制御信号を出力する。
【0036】
つまり、制御部60は、電動モータ23に流れるu、v、wの各相の電流Iu,Iv,Iwに基づいて電動モータ23の回転数が目標値となるように電動モータ23の電流経路に設けられたスイッチング素子Q1~Q6を制御する。PWM発生部67からの信号はドライブ回路55に送られる。
【0037】
回転角推定部69は、d軸電流値Id、q軸電流値Iq、d軸電圧指令値Vd*、q軸電圧指令値Vq*に基づき、電動モータの推定回転角θおよび推定回転数(推定角速度)ωを演算(推定)する。
【0038】
前述の速度制御部61は、図4(a)に示すように、電動モータ23を駆動させるための必要トルクが発生するようd軸電流指令値Id*及びq軸電流指令値Iq*を生成する。つまり、最大トルク(最小銅損)曲線上の負荷トルクに対応する制御動作点上のd軸電流指令値及びq軸電流指令値を生成する。
【0039】
速度制御部61の後段の創熱電流指令部70は、ヒートポンプにおいて外気温が低いとき外気から吸熱することが難しくなってしまうことを考慮して、暖房促進のため電動モータ23で排熱させて冷媒を温めてやり暖房促進を図るべく図3に示す処理を実行する。またホットガスヒータにおいても同様の処理を実行して暖房促進のため電動モータ23で排熱させて冷媒を温める。
【0040】
インバータ装置31に備えられた創熱電流指令部70において、d軸電流指令値Id*及びq軸電流指令値Iq*を変更することにより電動モータ23の温度を上昇させる。創熱電流指令部70は、図5に示すd-q座標系における定トルク曲線に沿ってd軸電流値Idが増加する方向へ推移するようd軸電流指令値Id*及びq軸電流指令値Iq*を変更する。
【0041】
図3において、ステップS100で上位ECUである空調ECU101から創熱制御指令、即ち、外部からの冷媒昇温指令としての冷媒の暖気指令があるか否か判定し、創熱制御指令(冷媒の暖気指令)があると、以下のようにして、d軸電流指令値及びq軸電流指令値を熱を創り出すための値に変更させる。そのために、図5に示すように、制御動作点から定トルク曲線上の強め界磁側の電流上限円との交点でのd軸電流指令値及びq軸電流指令値を生成する。
【0042】
まず図3のステップS100からステップS101に移行して合成電流指令値の演算を行う。そして、ステップS102で合成電流指令値が電流上限値に対し余裕があると合成電流指令値が電流上限値を超えたか否か判定する。合成電流指令値が電流上限値を超えていないと、ステップS104でd軸電流値に操作量を加算する。一方、合成電流指令値が電流上限値を超えていると、ステップS103でd軸電流値に操作量を減算する。
【0043】
図5を用いて説明すると、創熱電流を増加して銅損及び鉄損による熱に変換すべく制御動作点を創熱制御動作点にシフトする。即ち、制御動作点から定トルク曲線上の強め界磁側の電流上限円との交点でのd軸電流指令値及びq軸電流指令値を生成する。
【0044】
具体的には、図3のステップS101において、d軸電流指令値Id*とq軸電流指令値Iq*とから次の(1)式により合成電流指令値Ic*を算出する。
【0045】
【数1】
・・・(1)
図3のステップS103において、d軸電流指令値Id*に基づいて次の(2)式により、図5のd軸電流操作量ΔId1分だけd軸電流指令値Id*を更新する。
【0046】
【数2】
・・・(2)
(2)式において、Id*baが更新前のd軸電流指令値であり、Id*frが更新後のd軸電流指令値である。
【0047】
図3のステップS104において、d軸電流指令値Id*に基づいて次の(3)式により、図5のd軸電流操作量ΔId1分だけd軸電流指令値Id*を更新する。
【0048】
【数3】
・・・(3)
(3)式において、Id*baが更新前のd軸電流指令値であり、Id*frが更新後のd軸電流指令値である。
【0049】
そして、図3のステップS100→ステップS101→ステップS102→ステップS104を繰り返すことにより、図5における最大トルク曲線上の制御動作点から創熱制御動作点にシフトすることになる。なお、図5における最大トルク曲線上の制御動作点から創熱制御動作点にシフトした後は、図3のステップS100→ステップS101→ステップS102→ステップS103と、ステップS100→ステップS101→ステップS102→ステップS104を繰り返す。
【0050】
この時の考え方としては、回転数制御は、従来の速度制御部で演算されるq軸電流指令で実施し、上限電流値とq軸電流指令の差分がゼロとなるようにd軸に通電する。
電動圧縮機用の電動モータ23は、冷媒によって冷却される構造になっている。そこで、電動モータ23の損失を増加させる制御を行い、冷媒を早く温める。そうすることで、暖房が効き始めるまでの時間を短縮することができる。即ち、車両空調装置10の低温下での起動時に暖房推進が図られる。
【0051】
車載用電動圧縮機20で採用している制御方式として最大トルク制御を採用しており、最大トルク制御とは、図4(a)、図4(b)に示すように、モータ運転に必要なトルクに対して最小のモータ電流になる位相で制御する方式である。そのため、発生する銅損は、最小となり、冷媒暖気のための廃熱を稼ぐことができない。
【0052】
ちなみに、モータ損失の内訳として、モータ損失は銅損と鉄損からなり、銅損はモータの巻線抵抗と電流により発生する損失である。鉄損は、ヒステリシス損(鉄心内の磁気抵抗と磁束の変化により発生する損失)と渦電流損(鉄心の電気抵抗と中に発生する渦電流により発生する損失)とで決まる。
【0053】
本実施形態においては、図2に示すように、速度制御部61の後段に、効率悪化電流指令部である創熱電流指令部70を設けている。
そして、図6(a)に示すように、定トルク曲線と電流上限円(強め界磁方向)との交点を制御動作点とする。こうすることで、図6(b)に実線で示すように、図6(b)で破線で示す最小銅損となる場合のモータ電流に比べ、モータ電流が上昇する。よって、銅損が悪化する。つまり、図6(a)、図6(b)に示すように、モータ電流増加により銅損を悪化させることができる。
【0054】
また、定トルク曲線と強め界磁側の電流上限円との交点を制御動作点とすることで図7に実線で示すように、図7に破線で示す最大トルク制御を行う場合に比べ、磁束密度増加によるBHカーブ面積の増加に伴い鉄損(ヒステリシス損)を悪化させることができる。これにより、廃熱の確保が可能となる。
【0055】
つまり、図7に示すように、強め側に電流を通電することで鉄心の磁束密度が増加することにより、BHカーブ面積増加により鉄損(ヒステリシス損)を悪化させることができる。
【0056】
上記実施形態によれば、以下のような効果を得ることができる。
(1)電動圧縮機としての車載用電動圧縮機20の構成として、電動モータ23と、電動モータ23を収容するとともに冷媒を内部に導入する吸入口21aを有するハウジング21と、電動モータ23によって駆動されてハウジング21内の冷媒を吸引圧縮する圧縮部22と、電動モータ23を駆動するインバータ装置31と、を備える。インバータ装置31は、u,v,wの相毎の上下アームを構成するスイッチング素子Q1~Q6を有し、スイッチング素子Q1~Q6のスイッチング動作に伴い直流電圧を交流電圧に変換して電動モータ23に供給するインバータ回路40と、電動モータ23に供給される電流の値を検出する電流センサ41,42と、電流センサ41,42の検出値をもとにd軸電流値Idとq軸電流値Iqを算出する座標変換部65と、電動モータ23に対する回転数指令値ω*と回転数推定値としての推定回転数ωとの差Δωに基づいてd軸電流指令値及Id*びq軸電流指令値Iq*を生成する速度制御部61と、d軸電流指令値とd軸電流値Idとの差分ΔIdに基づいてd軸電圧指令値Vd*を算出するとともにq軸電流指令値とq軸電流値Iqとの差分ΔIqに基づいてq軸電圧指令値Vq*を算出する電流制御部64と、d軸電圧指令値Vd*とq軸電圧指令値Vq*に基づいてスイッチング素子Q1~Q6を制御するPWM制御部71と、d軸電流値Id、q軸電流値Iq、d軸電圧指令値Vd*、q軸電圧指令値Vq*に基づき、回転数推定値としての推定回転数ωを算出する回転数推定部としての回転角推定部69と、を備える。速度制御部61は、電動モータ23を駆動させるための必要トルクが発生するようd軸電流指令値Id*及びq軸電流指令値Iq*を生成する。インバータ装置31は、d軸電流指令値Id*及びq軸電流指令値Iq*を変更することにより電動モータ23の温度を上昇させる創熱電流指令部70を備える。創熱電流指令部70は、d-q座標系における定トルク曲線に沿ってd軸電流値Idが増加する方向へ推移するようd軸電流指令値Id*及びq軸電流指令値Iq*を変更する。
【0057】
よって、外部から冷媒昇温指令をうけた時において、d-q座標系における定トルク曲線に沿ってd軸電流値Idが増加する方向へ推移するようなd軸電流指令値Id**及びq軸電流指令値Iq**に基づいてスイッチング素子Q1~Q6が制御されるので、電動モータ23の損失を増加させる制御が行われ電動モータ23で発生する熱で冷媒が加熱される。特に、d軸電流値Idを増加させることにより、電動モータ23の鉄心における損失を増やすことができる。この際、d軸電流及びq軸電流により電動モータ23に発生するトルクは一定であり、電動モータ23の回転数が安定するため、不要な騒音を生じることがない。これにより冷媒を早く温めることができる。具体的には、カーエアコンをヒートポンプやホットガスヒータとして運転する場合に全体の冷媒を温めるために暖気制御が必要となるが、本実施形態においては、冷媒を早く温めることで暖房が効き始めるまでの時間を短縮することができる。
【0058】
実施形態は前記に限定されるものではなく、例えば、次のように具体化してもよい。
〇上述した実施形態に代わり次のようにしてもよい。
図8に示すように、制御動作点は電流上限円の内側かつ電圧制限楕円の内側にある必要があり、電流上限円は、インバータ(モータ)の定格電流、電圧制限楕円は、入力電圧、回転数に依存する。指令回転数に従った運転をするには、選択する電流ベクトルを両制限円の内側とする必要がある。そのため、入力電圧の低下や指令回転数の増加によって電圧制限楕円が縮小すると、電圧制限楕円の外側に動作点があると電圧出力不足により回転数が低下してしまい、創熱制御動作点での回転数の維持ができなくなる。
【0059】
そこで、図9に示すように、入力電圧が不足して指令回転数と回転数推定値としての推定回転数との偏差が閾値より大きい場合には、強め界磁側の創熱制御の動作点から弱め界磁側の創熱制御の動作点に移行する。このとき、弱め界磁側でも創熱制御動作点での電流量は同じになるため銅損は同等となるため廃熱利用が可能である。
【0060】
具体的には、創熱電流指令部70は、図10に示す処理を実行する。図10においては、図3に対し、ステップS200、ステップS201、ステップS202、ステップS203が追加されている。
【0061】
図10のステップS200において、回転数の偏差Δωが所定値以上であると、入力電圧の不足により回転数偏差が大きくなったとして弱め界磁側での創熱制御の動作点に移行すべく、ステップS201に移行する。ステップS201で合成電流指令値が電流上限値を超えたか否か判定する。合成電流指令値が電流上限値を超えていないと、ステップS203でd軸電流値に操作量を減算する。一方、合成電流指令値が電流上限値を超えていると、ステップS202でd軸電流値に操作量を加算する。
【0062】
このように、創熱電流指令部70は、回転数指令値ω*と回転数推定値としての推定回転数ωとの偏差Δωが閾値よりも大きい場合は、定トルク曲線に沿ってd軸電流値Idが減少する方向へ推移するようd軸電流指令値Id*及びq軸電流指令値Iq*を変更する。よって、入力電圧の低下や指令回転数の増加によって電圧制限円が縮小する場合にも弱め界磁側の制御動作点に移行することにより回転数指令値と回転数推定値としての推定回転数との偏差が閾値よりも大きくなり、d-q座標系における電流ベクトルの大きさに制限が生じた場合に、定トルク曲線に沿ってd軸電流値が減少する方向へ推移するようd軸電流指令値及びq軸電流指令値を変更することにより回転数指令値と回転数推定値としての推定回転数との偏差を小さくしつつ電動モータの損失を増加させる制御により電動モータで発生する熱で冷媒を加熱できる。
【0063】
このとき、図11に示すように、制御動作点を上述したごとく弱め界磁側に創熱制御動作点をもっていくと、鉄損で得られる損失が低下してしまう。そこで、図12に示すように、鉄損の方が全損失に占める割合が多いモータの場合、全損失が最大となる条件(図12では電流ベクトル選択範囲内での最も強め界磁側)を創熱制御作動作点にする。つまり、図11に示すように、創熱制御動作点を電圧制限楕円と定トルク曲線との交点とする。
【0064】
〇上述した実施形態に代わり次のようにしてもよい。
創熱電流指令部70は、インバータ回路40の構成部品であるスイッチング素子Q1~Q6等の過熱を防止すべく図13に示す処理を実行する。図13においては、図3に対し、ステップS300が追加されている。
【0065】
図13のステップS300において、図14に示した制限電流値決定マップを参照してインバータの構成部品であるスイッチング素子Q1~Q6等の温度が高いほど制限電流値を小さくして制限をかける。
【0066】
図15に示すように、インバータ部品の温度、即ち、スイッチング素子Q1~Q6の温度に応じて電流制限円の大きさを可変とする。具体的には、インバータの構成部品であるスイッチング素子Q1~Q6等の温度が高くなってきたら電流制限円の大きさを小さくして電動モータに流れる電流を下げてやる。
【0067】
こうすることにより、図15に示すように、モータ電流上昇に伴い、インバータ部品であるスイッチング素子Q1~Q6等の耐熱オーバー懸念があるため、部品温度に応じた電流に制限することで創熱制御の継続が可能となる。
【0068】
このように、創熱電流指令部70は、d-q座標系において、電流上限円を、インバータ回路40の構成部品の温度(例えばスイッチング素子Q1~Q6の温度)に対する制限電流値を超えない範囲で規定するとともに、電流上限円と定トルク曲線の交点へと推移するようd軸電流指令値Id*及びq軸電流指令値Iq*を変更する。よって、インバータ回路40の構成部品の過熱を防止して、創熱電流指令部70における定トルク曲線上の電流上限円との交点でのd軸電流指令値及びq軸電流指令値の生成に伴う制御の継続が可能となる。
【0069】
更に以下のようにすることも可能である。
単に電流制限円をインバータの構成部品であるスイッチング素子等の温度に応じて小さくするのではなく、図16に示すように、電流制限円が低下して必要トルク(図16での通常制御動作点)と定トルク曲線との交点がない場合、回転数を下げて負荷トルクを落とすように制限する。もしくは、回転数維持のため、図16での通常動作点以下の電流制限円にしないように制限する。
【0070】
〇ヒートポンプやホットガスヒータ以外にも、冷房用エアコンシステムに適用して冷媒を早く温めるようにしてもよい。これにより、例えば、冷凍サイクルの液溜部の冷媒を早期に温めて液溜部の液冷媒を早期に気化させるような場合にも有用である。
【0071】
他にも、冷凍サイクルでの冷媒を逆方向に流すことにより暖房と冷房を切り替えて使用するシステムに適用してもよく、その場合も、冷媒を早く温めることができる。
【符号の説明】
【0072】
20…車載用電動圧縮機、21…ハウジング、21a…吸入口、22…圧縮部、23…電動モータ、31…インバータ装置、40…インバータ回路、41,42…電流センサ、61…速度制御部、64…電流制御部、65…座標変換部、69…回転角推定部、70…創熱電流指令部、71…PWM制御部、Q1,Q2,Q3,Q4,Q5,Q6…スイッチング素子、ω…推定回転数、ω*…回転数指令値、Δω…差、Id…d軸電流値、Id*…d軸電流指令値、Iq…q軸電流値、Iq*…q軸電流指令値、Vd*…d軸電圧指令値、Vq*…q軸電圧指令値。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15
図16