(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-10-10
(45)【発行日】2023-10-18
(54)【発明の名称】燃料電池ガス拡散層
(51)【国際特許分類】
H01M 4/86 20060101AFI20231011BHJP
H01M 4/96 20060101ALN20231011BHJP
H01M 8/10 20160101ALN20231011BHJP
【FI】
H01M4/86 H
H01M4/86 M
H01M4/96 H
H01M4/96 M
H01M8/10 101
(21)【出願番号】P 2020065789
(22)【出願日】2020-04-01
【審査請求日】2023-01-31
(73)【特許権者】
【識別番号】000003609
【氏名又は名称】株式会社豊田中央研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100110227
【氏名又は名称】畠山 文夫
(72)【発明者】
【氏名】吉宗 航
(72)【発明者】
【氏名】加藤 悟
(72)【発明者】
【氏名】山口 聡
(72)【発明者】
【氏名】秋元 裕介
【審査官】守安 太郎
(56)【参考文献】
【文献】特開2000-228205(JP,A)
【文献】特表2011-519134(JP,A)
【文献】特開2019-185939(JP,A)
【文献】特表2020-528199(JP,A)
【文献】国際公開第2019/018467(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01M 4/86
H01M 4/88
H01M 4/96
H01M 8/10
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
多孔質の導電性材料(A)からなる基材と、
前記基材の表面に形成された、導電性材料(B)からなる導電性粒子と、撥水性材料とを含むマイクロポーラス層と、
前記基材の表面及び前記導電性粒子の表面に形成された、疎水性基を有するシランカップリング剤に由来する撥水被膜と
を備えた燃料電池ガス拡散層。
【請求項2】
前記撥水被膜の含有量(=前記燃料電池ガス拡散層の総質量に対する前記撥水被膜の質量の割合)は、1mass%以上20mass%以下である請求項1に記載の燃料電池ガス拡散層。
【請求項3】
前記疎水性基は、フルオロアルキル基である請求項1又は2に記載の燃料電池ガス拡散層。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、燃料電池ガス拡散層に関し、さらに詳しくは、耐フラッディング性に優れた燃料電池ガス拡散層に関する。
【背景技術】
【0002】
固体高分子形燃料電池は、固体高分子電解質膜の両面に電極(触媒層)が接合された膜電極接合体(MEA)を基本単位とする。また、固体高分子形燃料電池において、触媒層の外側には、一般に、ガス拡散層が配置される。ガス拡散層は、触媒層に反応ガス及び電子を供給するためのものであり、カーボンペーパー、カーボンクロス等が用いられる。また、触媒層は、電極反応の反応場となる部分であり、一般に、白金等の電極触媒を担持したカーボンと固体高分子電解質(触媒層アイオノマ)との複合体からなる。
【0003】
固体高分子形燃料電池のガス拡散層は、高いガス透過性に加えて、高い撥水性が求められる。そのため、ガス拡散層には、一般に、カーボンペーパーなどの多孔質基材の表面に、マイクロポーラス層(導電性粒子と撥水性粒子とを含み、微細な気孔を持つ層)が形成されたものが用いられる。マイクロポーラス層は、一般に、導電性粒子及び撥水性粒子を含むペーストを多孔質基材の表面に塗布し、乾燥及び焼成することにより形成されている。
しかしながら、従来のガス拡散層は、撥水性が不十分であるため、特に高負荷運転時においてはフラッディングが起きやすい。
【0004】
そこでこの問題を解決するために、従来から種々の提案がなされている。
例えば、特許文献1には、
(a)カーボンペーパーの表面にシランカップリング剤を塗布し、乾燥させ、
(b)ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)及びアセチレンブラックを含む撥水処理液をカーボンペーパーの表面に塗布し、乾燥させ、
(c)350℃で8時間焼成する
ことにより得られる拡散層が開示されている。
同文献には、炭素繊維の表面をシランカップリング剤で処理すると、PTFEを含む撥水処理液との親和性が向上し、PTFEをカーボンペーパー全体にわたり均一に分散させることが可能となる点が記載されている。
【0005】
特許文献2には、
(a)カーボンペーパーからなる母材の表面にテトラエトキシシランを塗布し、水酸化ナトリウムで加水分解することにより、母材の表面にシリカからなる中間被膜を形成し、
(b)1H、1H、2H、2H-パーフルオロデシルトリエトキシシランを含む混合液にカーボンペーパーを浸漬し、中間被膜の表面に撥水被膜を形成する
ことにより得られる拡散層が開示されている。
同文献には、このようにして得られた拡散層は、母材-中間被膜間及び中間被膜-撥水被膜間が化学的に結合しているので、撥水耐久性が向上する点が記載されている。
【0006】
さらに、特許文献3には、
(a)オルトケイ酸テトラエチル(TEOS)及びシランカップリング剤の一種であるC6F13CH2CH2Si(OCH3)3のエタノール溶液にアンモニア水を滴下することにより、シリカ粒子の表面がシランカップリング剤で修飾された疎水性基修飾粒子を作製し、
(b)疎水性基修飾粒子を含む分散液に炭素繊維不織布を浸漬し、炭素繊維表面に疎水性基修飾粒子を付着させる
ことにより得られるガス拡散電極基材が開示されている。
同文献には、このようなガス拡散電極基材を用いることにより、湿度が高い発電条件においても排水性に優れ、発電性能も良好な燃料電池を作製することができる点が記載されている。
【0007】
燃料電池ガス拡散層は、電気化学反応により生成した水を効率よく排出する機能を担う。カーボンペーパー等からなるガス拡散層基材の表面に、PTFEなどのフッ素系高分子を含むマイクロポーラス層を形成すると、ガス拡散層の疎水性が向上する。その結果、ガス拡散層内部で凝集した水は、毛細管力でガス流路へ排出されやすくなる。
ガス拡散層内の細孔は、疎水性を有する細孔と、親水性を有する細孔が存在する。親水性を有する細孔が多いほど燃料電池性能が低下するため、撥水性材料は均一に分散していることが望まれる。しかし、PTFEはあらゆる溶媒に溶けず、PTFE溶液にならないため、マイクロポーラス層を作製する際にはPTFE分散液を用いている。そのため、PTFEの分布が不均一となり、撥水性が不十分となる。
【0008】
この問題を解決するために、特許文献1~3に記載されているように、種々の方法を用いて、ガス拡散層基材を構成する繊維表面を疎水化することも考えられる。しかしながら、繊維表面を疎水化するだけでは、撥水性材料の不均一分散に起因する撥水性の低下を抑制することはできない。また、撥水性を確保するために、ガス拡散層内の撥水性成分を増加させると、ガス拡散層の電子伝導性が低下する場合がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【文献】特開2008-181834号公報
【文献】特開2015-056298号公報
【文献】特開2016-195105号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明が解決しようとする課題は、燃料電池ガス拡散層において、撥水性材料の不均一分散に起因する撥水性の低下を抑制することにある。
また、本発明が解決しようとする他の課題は、相対的に高い電子伝導性と、相対的に高い撥水性とを両立させた燃料電池ガス拡散層を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記課題を解決するために本発明に係る燃料電池ガス拡散層は、
多孔質の導電性材料(A)からなる基材と、
前記基材の表面に形成された、導電性材料(B)からなる導電性粒子と、撥水性材料とを含むマイクロポーラス層と、
前記基材の表面及び前記導電性粒子の表面に形成された、疎水性基を有するシランカップリング剤に由来する撥水被膜と
を備えている。
【発明の効果】
【0012】
基材の表面に、導電性粒子及び撥水性材料を含むマイクロポーラス層を形成すると、ガス拡散層の撥水性をある程度向上させることができる。しかし、マイクロポーラス層内での撥水性材料の分布は不均一になりやすいため、ガス拡散層の撥水性も不十分となりやすい。
これに対し、基材とマイクロポーラス層とを備えたガス拡散層において、基材の表面及び導電性粒子の表面の双方を、疎水性基を有するシランカップリング剤で修飾すると、撥水性材料の不均一分散に起因する撥水性の低下が緩和される。その結果、ガス拡散層の耐フラッディング性が向上する。また、シランカップリング剤による処理量を最適化することにより、電子伝導性の過度の低下も抑制できる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図2】ガス拡散層の疎水化プロセスの模式図である。
【
図4】
図4(A)は、蒸気導入X線CT測定装置の模式図である。
図4(B)は、サンプルステージ上端(
図4(A)の破線で囲った領域)の拡大模式図である。
【0014】
【
図5】
図5(A)は、比較例1で得られたガス拡散層の断面SEM画像(×1500)である。
図5(B)は、実施例2で得られたガス拡散層の断面SEM画像(×1500)である。
【
図6】実施例2及び比較例1で得られたガス拡散層の電気抵抗である。
【
図7】撥水被膜の含有量と電気抵抗との関係を示す図である。
【
図8】実施例2及び比較例1で得られた燃料電池の発電試験結果(45℃、165%RH)である。
【0015】
【
図9】実施例2及び比較例1で得られた燃料電池の発電試験結果(60℃、80%RH)である。
【
図10】限界電流値の酸素濃度依存性を示す図である。
【
図11】
図11(A)は、蒸気導入下における比較例1の二次元CT画像である。
図11(B)は、蒸気導入下における実施例2の二次元CT画像である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明の一実施の形態について詳細に説明する。
[1. 燃料電池ガス拡散層]
本発明に係る燃料電池ガス拡散層は、
多孔質の導電性材料(A)からなる基材と、
前記基材の表面に形成された、導電性材料(B)からなる導電性粒子と、撥水性材料とを含むマイクロポーラス層と、
前記基材の表面及び前記導電性粒子の表面に結合している、疎水性基を有するシランカップリング剤に由来する撥水被膜と
を備えている。
【0017】
[1.1. 基材]
[1.1.1. 材料]
固体高分子形燃料電池において、膜-電極-ガス拡散層接合体(Membrane Electrode Gas Diffusion Layer Assembly,MEGA)の両側には、ガス流路を備えた集電体が配置される。ガス拡散層の基材には、反応ガス(燃料ガス、酸化剤ガス)を触媒層に供給することが可能な程度のガス透過性(多孔性)と、触媒層と集電体との間で電子の授受を行うことが可能な程度の導電性が求められる。そのため、基材には、多孔質の導電性材料(A)が用いられる。
【0018】
導電性材料(A)としては、例えば、カーボン、グラファイトなどがある。
また、基材としては、例えば、カーボンペーパー、カーボンクロス、グラファイトフォームなどがある。
基材は、特に、導電性繊維の集合体が好ましい。これは、繊維の隙間からなる細孔は連通性が高いため、良好なガス拡散性を得られるためである。
【0019】
[1.1.2. 基材の厚さ]
基材の厚さは、ガス拡散層の排水性及び保水性に影響を与える。一般に、基材の厚さが薄くなりすぎると、液体が凝縮しにくくなる。そのため、低湿度条件下においては、ドライアップが起きやすくなる。従って、基材の厚さは、90μm以上が好ましい。厚さは、好ましくは、120μm以上である。
一方、基材の厚さが厚くなりすぎると、水が凝縮し、液水が溜まりやすくなる。そのため、高湿度条件下においては、フラッディングが起きやすくなる。従って、基材の厚さは、250μm以下が好ましい。厚さは、好ましくは、220μm以下である。
【0020】
[1.2. マイクロポーラス層]
マイクロポーラス層(MPL)は、触媒層で生成した水の排出を促進させるためのものであり、導電性材料(B)からなる導電性粒子と、撥水性材料とを含む。MPLは、基材の表面(すなわち、触媒層と基材の界面)に形成される。
【0021】
[1.2.1. 導電性粒子]
導電性粒子を構成する導電性材料(B)は、基材を構成する導電性材料(A)と同一であっても良く、あるいは、異なっていても良い。また、導電性粒子の形状は、特に限定されない。導電性粒子としては、例えば、カーボンブラック、カーボンファイバー、黒鉛、活性炭などがある。
【0022】
[1.2.2. 撥水性材料]
撥水性材料は、MPLに撥水性を付与すると同時に、導電性粒子間を結着させるためのものである。撥水性材料は、このような機能を奏するものである限りにおいて、特に限定されない。
撥水性材料としては、例えば、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、ポリフッ化ビニリデン(PVDF)、ポリフッ化ビニル(PVF)、ポリヘキサフルオロプロピレン(FEP)などがある。撥水性材料は、これらのいずれか1種からなるものでも良く、あるいは、2種以上からなるものでも良い。
【0023】
[1.2.3. MPLの組成]
MPLの組成は、目的に応じて、最適な組成を選択する。一般に、MPLに含まれる撥水性材料の割合が多くなるほど、高い撥水性が得られる。一方、撥水性材料の割合が過剰になると、導電性が低下する。最適な撥水性材料の割合は、撥水性材料や導電性材料(B)の種類により異なるが、通常、1mass%~50mass%程度である。撥水性材料の割合は、好ましくは、3mass%~40mass%、さらに好ましくは、10mass%~30mass%である。
【0024】
[1.2.4. MPLの厚さ]
MPLの厚さは、目的に応じて、最適な厚さを選択する。一般に、MPLの厚さが薄すぎると、十分な撥水性が得られない。従って、MPLの厚さは、10μm以上が好ましい。MPLの厚さは、好ましくは、20μm以上である。
一方、MPLの厚さが厚くなりすぎると、MPLのガス拡散性が低下し、あるいは、電子伝導性が低下する。従って、MPLの厚さは、60μm以下が好ましい。MPLの厚さは、好ましくは、50μm以下である。
【0025】
[1.3. 撥水被膜]
撥水被膜は、疎水性基を有するシランカップリング剤に由来する膜からなる。撥水被膜は、ガス拡散層の基材の表面だけでなく、MPL内の導電性粒子の表面にも形成されている。この点が、従来とは異なる。
【0026】
[1.3.1. シランカップリング剤]
疎水性基を有するシランカップリング剤は、一般式:R4-nSi(-OR")nで表される。但し、Rは疎水性基、-OR"はアルコキシ基、nは1以上3以下の整数である。また、Si原子に2個以上の疎水性基(R)が結合している場合、各Rは同一であっても良く、あるいは、互いに異なっていても良い。
また、Si原子に2個以上の-OR"が結合している場合、シランカップリング剤は、1個の-Si-O-結合を介して基材又は導電性粒子と結合していても良く、あるいは、2個以上の-Si-O-結合を介して結合していても良い。
【0027】
本発明において、シランカップリング剤に含まれる疎水性基(R)の種類は、特に限定されるものではなく、目的に応じて最適なものを選択することができる。
疎水性基(R)としては、例えば、フルオロアルキル基、アルキル基などがある。特に、フルオロアルキル基は、他の疎水性基に比べて疎水性が高いので、シランカップリング剤に含まれる疎水性基(R)として好適である。
【0028】
本発明において、基材及び導電性粒子の表面を修飾するシランカップリング剤の種類は、特に限定されるものではなく、目的に応じて最適なものを選択することができる。
シランカップリング剤としては、例えば、
1H,1H,2H,2H-ヘプタデカフルオロデシルトリメトキシシラン、
1,1,1-トリフルオロ-3-(トリメトキシシリル)プロパン、
1H,1H,2H,2H-ノナフルオロヘキシルトリメトキシシラン、
1H,1H,2H,2H-ノナフルオロヘキシルトリエトキシシラン、
トリメトキシ(1H,1H,2H,2H-ペルフルオロ-n-オクチル)シラン、
1,1,1-トリフルオロ-3-[ジメトキシ(メチル)シリル]プロパン
などがある。
【0029】
[1.3.2. 撥水被膜の含有量]
「撥水被膜の含有量」とは、燃料電池ガス拡散層の総質量に対する撥水被膜の質量の割合をいう。撥水被膜の含有量はガス拡散層の性能に影響を与える。一般に、撥水被膜の含有量が少なくなりすぎると、撥水性が不十分となる。従って、撥水被膜の含有量は、1mass%以上が好ましい。含有量は、好ましくは、3mass%以上、さらに好ましくは、5mass%以上である。
一方、撥水被膜の含有量が過剰になると、ガス拡散層の電気抵抗が過度に増大する。従って、撥水被膜の含有量は、20mass%以下が好ましい。含有量は、好ましくは、15mass%以下、さらに好ましくは、10mass%以下である。
【0030】
[2. 燃料電池ガス拡散層の製造方法]
本発明に係る燃料電池ガス拡散層は、
(a)基材の表面にMPLが形成されたガス拡散層前駆体を準備し、
(b)シランカップリング剤を含むエタノール溶液にガス拡散層前駆体を浸漬し、シランカップリング剤を加水分解及び縮重合させる
ことにより得られる。
【0031】
[2.1. 第1工程]
まず、基材の表面にMPLが形成されたガス拡散層前駆体を準備する。ガス拡散層前駆体の製造方法は、特に限定されない。ガス拡散層前駆体は、通常、
(a)PTFE分散液でカーボンペーパー等からなる基材を撥水処理し、
(b)基材の表面に導電性粉末とPTFE粒子等の撥水性材料とを含むMPL形成用ペーストを塗布し、
(c)塗膜を乾燥及び焼成する
ことにより得られる。
【0032】
[2.2. 第2工程]
次に、シランカップリング剤を含むエタノール溶液にガス拡散層前駆体を浸漬し、シランカップリング剤を加水分解及び縮重合させる(第2工程)。これにより、基材及び導電性粒子表面の親水性基とシランカップリング剤のアルコキシ基とが縮合し、基材及び導電性粒子の表面に、シランカップリング剤に由来する撥水被膜が形成される。
【0033】
撥水被膜は、具体的には、以下のようにして形成される。すなわち、シランカップリング剤を含むエタノール溶液にイオン交換水を滴下すると、アルコキシ基が加水分解し、シランカップリング剤がシラノール化する。次の式(1)に、シランカップリング剤がR-Si(OCH3)3である場合の加水分解反応の一例を示す。
R-Si(OCH3)3+3H2O → R-Si(OH)3+3CH3OH …(1)
【0034】
次に、シランカップリング剤のシラノール基(-Si-OH)と、基材又は導電性粒子の表面にある親水基(例えば、ヒドロキシ基、カルボキシル基)とが縮合する。次の式(2)に、基材がR'-OHである場合の縮合反応の一例を示す。
R-Si(OH)3+3R'-OH → R-Si-(OR')3+3H2O …(2)
【0035】
なお、シランカップリング剤を含むエタノール溶液にイオン交換水を滴下すると、上述した式(1)及び式(2)の反応以外に、次の式(3)で表される反応(自己縮合)が起こる場合がある。自己縮合物は、ガス拡散層の撥水性の均一化にはほとんど寄与しないので、自己縮合を抑制するのが好ましい。このような自己縮合は、溶液中のpHを調整することにより抑制することができる。
2R-Si(OH)3 → R-Si(OH)2-O-Si(OH)2-R+H2O …(3)
【0036】
[3. 作用]
図1に、燃料電池ガス拡散層の模式図を示す。燃料電池ガス拡散層は、一般に、PTFE分散液で撥水処理したカーボンペーパー等の基材の表面に、導電性粉末と撥水性材料(例えば、PTFE粒子)を含むマイクロポーラス層形成用ペーストを塗布し、塗膜を乾燥及び焼成することにより製造されている。このようにして得られたガス拡散層内には、疎水性を有する細孔と、親水性を有する細孔が存在している。親水性を有する細孔が多くなるほど、燃料電池性能が低下するため、撥水性材料はガス拡散層内に均一に分散されていることが望ましい。
【0037】
しかし、PTFE等の撥水性材料は、通常、溶媒には溶けないため、微粒子分散液の状態で使用される。そのため、このような微粒子分散液を用いてカーボンペーパーの表面を撥水処理し、あるいは、導電性粒子及び撥水性材料からなる微粒子を含むペーストを用いてマイクロポーラス層を形成した場合、ガス拡散層内における撥水性材料の分布は不均一となりやすい。その結果、ガス拡散層内において部分的にフラッディングが発生し、燃料電池性能が低下する。一方、これを回避するために、撥水性材料の含有量を増加させると、ガス拡散層の電子伝導性が低下する。
【0038】
これに対し、基材とマイクロポーラス層とを備えたガス拡散層において、基材の表面及び導電性粒子の表面の双方を、疎水性基を有するシランカップリング剤で修飾すると、撥水性材料の不均一分散に起因する撥水性の低下が緩和される。その結果、ガス拡散層の耐フラッディング性が向上する。また、シランカップリング剤による処理量を最適化することにより、電子伝導性の過度の低下も抑制できる。
【実施例】
【0039】
(実施例1~4、比較例1)
[1. 試料の作製]
[1.1. ガス拡散層の作製]
[1.1.1. 実施例1~4]
図2に、ガス拡散層の疎水化プロセスの模式図を示す。ガス拡散層には、市販品(SGL社製、SIGRACET(登録商標)SGL29BC)を用いた。シランカップリング剤には、1H,1H,2H,2H-ヘプタデカフルオロデシルトリメトキシシラン(東京化成工業(株)製、T2917)を用いた。ガス拡散層を疎水化するための処理液には、上記のシランカップリング剤を含み、かつ、シランカップリング剤の濃度が異なる4種類のエタノール溶液を用いた。
【0040】
処理液をビーカーに入れ、治具に固定されたガス拡散層を処理液中に浸漬した。シランカップリング剤の加水分解を促進させるために、処理液にイオン交換水を滴下した。また、シランカップリング剤の自己縮合を抑制するために、酢酸でpHを調整した。この状態で、処理液を60℃で4時間加熱した。加熱後、処理液からガス拡散層を取り出し、エタノールで洗浄し、乾燥させた。撥水被膜の含有量は、1.5mass%(実施例1)、3.0mass%(実施例2)、12.0mass%(実施例3)、又は、24.0mass%(実施例4)であった。
【0041】
[1.1.2. 比較例1]
未処理のガス拡散層をそのまま試験に供した。
【0042】
[1.2. 燃料電池の作製]
ナフィオン(登録商標)膜の両面に、Pt触媒を含む触媒層が形成された膜電極接合体を作製した。次に、実施例2又は比較例1で得られたガス拡散層を膜電極接合体の空気極側に配置し、未処理のガス拡散層(市販品)を膜電極接合体の水素極側に配置し、MEGAを得た。さらに、MEGAの両面に、ストレート型溝流路を備えた集電体を配置し、燃料電池を得た。
【0043】
[2. 試験方法]
[2.1. 形態観察]
目視及び光学顕微鏡を用いて、ガス拡散層の表面及び基材内部を観察した。また、FIB-SEM((株)日立ハイテク製、NB5000)を用いて、マイクロポーラス層内部の観察を行った。FIB-SEMを用いてマイクロポーラス層内部を観察する際には、Gaイオンを加速電圧40kVで照射することにより試験片の断面を作製し、二次電子像(5kV)を取得した。
【0044】
[2.2. 電気抵抗測定]
図3に、電気抵抗測定法の模式図を示す。試験片の両面に電極を配置し、1.0MPaで加圧した。この状態で、テスターを用いて、試験片の電気抵抗を測定した。
【0045】
[2.3. 発電試験]
燃料電池の燃料極に純水素、空気極に窒素で希釈した酸素(1%、5%、又は10%)を、それぞれ500mL/min、2000mL/minの流量で加湿器を経由して供給し、発電性能を評価した。発電条件は、
(a)セル温度:60℃、相対湿度:80%RH、又は
(b)セル温度:45℃、相対湿度:165%RH
とした。
【0046】
[2.4. 蒸気導入X線CT測定]
図4(A)に、蒸気導入X線CT測定装置の模式図を示す。
図4(B)に、サンプルステージ上端(
図4(A)の破線で囲った領域)の拡大模式図を示す。
図4において、蒸気導入X線CT測定装置10は、回転ステージ12と、ペルチェ素子14と、サンプルステージ16と、断熱材18と、上部カバー20とを備えている。
【0047】
回転ステージ12の上面には、試料を所定の温度に加熱するためのペルチェ素子14が載置されている。ペルチェ素子14の表面には、サンプルステージ16が立設され、サンプルステージ16の周囲は断熱材18で囲まれている。
上部カバー20は、サンプルステージ16の先端に向かって開口している内蓋22と、内蓋22の外周を覆うヒーター24と、内蓋22の開口部の先端に設置されたカプトン(登録商標)フィルム26とを備えている。上部カバー20には、内蓋22及びヒーター24を貫通する蒸気供給口28が設けられている。
【0048】
基材の表面にマイクロポーラス層が形成されたガス拡散層を、マイクロポーラス層が上になるようにサンプルステージ16の先端に載せ、ガス拡散層の上面をPTFEワッシャー30で固定した(
図4(B)参照)。ペルチェ素子14及びヒータ24を用いて、ガス拡散層を所定の温度に維持した状態で、蒸気供給口28からガス拡散層の上面に蒸気を供給した。カプトン(登録商標)フィルム26の外側からガス拡散層に向かってX線を照射し、X線カメラ32を用いて、マイクロポーラ層表面近傍の二次元CT画像を取得した。
【0049】
[3. 結果]
[3.1. 形態観察]
シランカップリング剤を縮重合させる場合、副反応(自己縮合)によりダマが形成される場合がある。ガス拡散層の表面及び基材の内部に関しては、目視及び光学顕微鏡を用いて、ダマの形成がないことを確認した。
マイクロポーラス層内部については、断面SEM観察によりダマの有無を確認した。
図5(A)に、比較例1で得られたガス拡散層の断面SEM画像(×1500)を示す。
図5(B)に、実施例2で得られたガス拡散層の断面SEM画像(×1500)を示す。
図5より、自己縮合により形成されるシランカップリング剤のダマは確認されず、上述した式(2)の反応のみが進行したことを示唆している。
【0050】
[3.2. 電気抵抗測定]
図6に、実施例2及び比較例1で得られたガス拡散層の電気抵抗を示す。
図6より、撥水被膜を形成した実施例2は、撥水被膜が形成されていない比較例1より電気抵抗が高くなることが分かる。
図7に、撥水被膜の含有量と電気抵抗との関係を示す。燃料電池において所望の発電性能を得るためには、ガス拡散層の抵抗値は13mΩ・cm
2以下とするのが好ましい。
図7より、撥水被膜の含有量(すなわち、シランカップリング剤の添加量)を20mass%以下にすると、ガス拡散層の抵抗値が13mΩ・cm
2以下になることが分かる。
【0051】
[3.3. 発電試験]
図8に、実施例2及び比較例1で得られた燃料電池の発電試験結果(45℃、165%RH)を示す。
図9に、実施例2及び比較例1で得られた燃料電池の発電試験結果(60℃、80%RH)を示す。さらに、
図10に、限界電流値の酸素濃度依存性を示す。なお、「限界電流値」とは、補正セル電圧が0.2Vの時の電流密度をいう。
図8~
図10より、以下のことが分かる。
【0052】
(1)実施例2は、比較例1よりも高い性能を示し、酸素濃度が高くなるほど出力性能が向上した。(
図10参照)。酸素濃度が高いほど、膜電極接合体で生じる水が増えるため、燃料電池ガス拡散層における撥水性の違いが顕著に表れたと考えられる。
(2)高温低湿度条件下(60℃、80%RH)における実施例2と比較例1の限界電流値の差は、低温高湿度条件下(45℃、165%RH)におけるそれに比べて大きい。
【0053】
[3.4. 蒸気導入X線CT測定]
燃料電池ガス拡散層の撥水性が高くなると、燃料電池発電性能が向上するメカニズムを理解するため、
図4に示す蒸気導入X線CT測定装置10を用いて、燃料電池ガス拡散層に蒸気を導入しながら、X線CT測定を実施した。
図11(A)に、蒸気導入下における比較例1の二次元CT画像を示す。
図11(B)に、蒸気導入下における実施例2の二次元CT画像を示す。
図11より、実施例2のマイクロポーラス層表面で生成した液滴のサイズは、比較例1のそれより小さいことが分かる。画像解析により液滴の直径を測定したところ、比較例1では2.5μmであるのに対し、実施例2では1.4μmであった。
【0054】
断面SEM像で確認したように、シランカップリング剤の偏析が生じていなかったことも鑑みると、マイクロポーラス層内部においても表面と同様に、シランカップリング剤処理により、小さいサイズの液滴が形成されるものと推察される。形成された液滴のサイズが小さいほど、マイクロポーラス層内部の孔を液滴が移動しやすくなる。実施例2の出力性能が比較例1より向上したのは、マイクロポーラス層付きガス拡散層をシランカップリング剤で処理することにより、ガス拡散層内部で生成する液滴のサイズが小さくなり、ガス拡散層外部に水が排出されやすくなるためと考えられる。
【0055】
以上、本発明の実施の形態について詳細に説明したが、本発明は上記実施の形態に何ら限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲内で種々の改変が可能である。
【産業上の利用可能性】
【0056】
本発明に係る燃料電池ガス拡散層は、固体高分子形燃料電池のガス触媒層として用いることができる。