(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-10-10
(45)【発行日】2023-10-18
(54)【発明の名称】転がり軸受及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
F16C 33/58 20060101AFI20231011BHJP
F16C 19/06 20060101ALI20231011BHJP
F16C 33/64 20060101ALI20231011BHJP
C21D 9/40 20060101ALI20231011BHJP
【FI】
F16C33/58
F16C19/06
F16C33/64
C21D9/40 A
(21)【出願番号】P 2020080616
(22)【出願日】2020-04-30
【審査請求日】2023-01-13
(73)【特許権者】
【識別番号】000004204
【氏名又は名称】日本精工株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002000
【氏名又は名称】弁理士法人栄光事務所
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 博史
(72)【発明者】
【氏名】モヒット ジョシ
(72)【発明者】
【氏名】名取 理嗣
(72)【発明者】
【氏名】飛鷹 秀幸
【審査官】松江川 宗
(56)【参考文献】
【文献】特開2004-339575(JP,A)
【文献】特開平02-168022(JP,A)
【文献】特開2004-116569(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16C 3/00-9/06,19/00-19/56,
29/00-31/06,33/30-33/66
C21D 9/00-9/44,9/50
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
内輪と外輪との間に、複数の転動体を転動自在に保持してなる転がり軸受において、
前記内輪及び前記外輪の少なくとも一方の軌道面における、機械加工の影響を受けておらず、残留オーステナイト量が10%以上である領域を第1領域とし、
前記転動体と接触する前記軌道面において、残留オーステナイト量が、前記第1領域の残留オーステナイト量より少なく、かつ、硬さが、前記第1領域の硬さより高い領域を第2領域とすることを特徴とする転がり軸受。
【請求項2】
前記第2領域が、
(a)残留オーステナイト量が、前記第1領域の残留オーステナイト量の78%以下であり、
(b)硬さが、前記第1領域の硬さよりも104%以上であることを特徴とする請求項1に記載の転がり軸受。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の転がり軸受の製造方法であって、
前記内輪及び外輪に対し、焼入れ焼戻し処理を施した後、
前記内輪及び前記外輪の少なくとも一方の軌道面に対し、弾性変形のみが生じると仮定して算出した、加工治具との最大接触面圧を8.2GPa以上とした条件で機械加工を施すことを特徴とする転がり軸受の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、転がり軸受及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
転がり軸受は、静止中に過大な荷重を受けると、外輪軌道輪及び内輪軌道輪と転動体との間にHertz接触が生じて、永久変形(ブリネル圧痕)が残ることが知られている。このような圧痕が存在すると、転がり軸受の使用時に音響や振動特性に影響を及ぼす。例えば、工作機械のような高速で回転する用途での転がり軸受では、1μm程度の微小な圧痕であっても、異音や振動が生じ、大きな問題となる。このため、転がり軸受を設計する場合には、静的限界荷重(基本静定格荷重)を接触応力で定めており、JIS B 1519(2009年)では、例えば、スラスト玉軸受及び自動調心玉軸受を除くラジアル玉軸受の接触応力を、4.2GPaにすることが定められている。
【0003】
また、自動車などの低燃費化を背景とした転がり軸受の小型化には、過大な荷重に耐えられるような塑性変形抵抗性が必要となる。従来、転がり軸受の塑性変形抵抗性の向上には、転がり軸受の外輪軌道輪及び内輪軌道輪の硬さと残留オーステナイト量とのバランスが重要であり、転がり軸受の軌道輪の硬さを上昇させたり、鋼の軟質な組織である残留オーステナイトを減少させたりすることで永久変形抵抗性を向上させて、耐圧痕性を向上させる取り組みが実施されている。
【0004】
例えば、特許文献1には、高炭素クロム軸受鋼に浸炭窒化処理及び焼戻しを施した技術が記載されている。また、特許文献2には、軸受内外輪の軌道面にサブゼロ処理を施した技術が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2015-200351号公報
【文献】特開2000-274440号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、浸炭窒化処理のような特殊熱処理は、長時間を要するとともに、そのための工程が別途必要にもなり、製造コストが増加する。また、サブゼロ処理は、靱性を低下させる懸念があるとともに、そのための工程が別途必要になり製造コストも増加する。
【0007】
本発明は、上記の課題に着目してなされたものであり、低コストで耐圧痕性を向上させた転がり軸受及びその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記のように、熱処理及び成分調整のみで転がり軸受の耐圧痕性を向上させようとすると、耐割れ性など他機能の低下を招いたり、生産性の低下を招く。そのため、転がり軸受の機能を損なうことなく課題を解決する必要がある。
【0009】
一方、転がり軸受の圧痕の形成は、転動体と軌道輪との接触に伴う軌道面の塑性変形によるものであり、単純な材料の降伏現象として説明できる。材料の強化法は種々の方法があり、熱処理や成分調整の他に、加工硬化という方法が知られている。本発明者らは、熱処理によって最大限に硬化された焼入れ鋼に機械加工を加えることで、転がり軸受の耐圧痕性をより一層高められることを見出した。転がり軸受の機械加工の方法にはバニシング加工やショットピーニング加工など様々な方法が知られており、工業的にも実現されている。転がり軸受にこのような機械加工を実施する場合、加工力が増大するほど得られる耐圧痕性が向上する。加工力の増大に伴って荷重を付与する機構が複雑で大型なものになったり、軌道面を加工するツールの消耗が激しくなったりするため、できるだけ小さな加工力で大きな硬化量を得ることが好ましい。
【0010】
転がり軸受に使用される高炭素鋼を熱処理すると、マルテンサイトと呼ばれる硬い組織の中に残留オーステナイトと呼ばれる軟質の組織が混在した組織となる。軟質な残留オーステナイトは耐圧痕性を低下させる要因であるが、機械加工により大きな応力を加えるとマルテンサイトに変態する性質を持つ。マルテンサイトへの変態は転がり軸受の硬さを大きく向上させることができるという特徴がある。したがって、あらかじめ残留オーステナイトが残存している出発材に機械加工を施すと、大きな加工硬化が得られるとともに、耐圧痕性に有害な残留オーステナイトの量を低減させることができる。
【0011】
本発明はこのような知見に基づくものであり、上記の課題を解決するために下記(1)及び(2)に示す転がり軸受を提供する。
【0012】
(1) 内輪と外輪との間に、複数の転動体を転動自在に保持してなる転がり軸受において、
前記内輪及び前記外輪の少なくとも一方の軌道面における、機械加工の影響を受けておらず、残留オーステナイト量が10%以上である領域を第1領域とし、
前記転動体と接触する前記軌道面において、残留オーステナイト量が、前記第1領域の残留オーステナイト量より少なく、かつ、硬さが、前記第1領域の硬さより高い領域を第2領域とすることを特徴とする転がり軸受。
【0013】
(2) 前記第2領域が、
(a)残留オーステナイト量が、前記第1領域の残留オーステナイト量の78%以下であり、
(b)硬さが、前記第1領域の硬さよりも104%以上であることを特徴とする上記(1)に記載の転がり軸受。
【0014】
また、上記の課題は、本発明に関わる下記の転がり軸受の製造方法により解決される。
【0015】
(3) 上記(1)又は(2)に記載の転がり軸受の製造方法であって、
前記内輪及び外輪に対し、焼入れ焼戻し処理を施した後、
前記内輪及び前記外輪の少なくとも一方の軌道面に対し、弾性変形のみが生じると仮定して算出した、加工治具との最大接触面圧を8.2GPa以上とした条件で機械加工を施すことを特徴とする転がり軸受の製造方法。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、例えば、工作機械などの、軌道輪に静的荷重が負荷され、ブリネル圧痕が生じやすい軸受において、軌道輪に発生する1μm程度の微小な圧痕形成を抑制できる。また、浸炭窒化処理やサブゼロ処理のような別工程が不要であり、製造コストの増加を招くこともない。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【
図1】
図1は、本発明に係る転がり軸受の一例であるラジアル玉軸受を示す一部切欠斜視図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明の実施形態について具体的に説明する。しかしながら、本発明は、以下の実施形態に限定されるものではなく、本発明の要旨を変更しない範囲において適宜変更して適用することができる。
【0019】
本発明において転がり軸受の種類や構成に制限はなく、例えば
図1に示すラジアル玉軸受を挙げることができる。図示されるように、ラジアル玉軸受1は、内周面に外輪軌道面2を有する外輪3と、外周面に内輪軌道面4を有する内輪5と、これら外輪軌道面2と内輪軌道面4との間に設けた、それぞれが転動体である複数個の玉6とを備える。これら各玉6は、円周方向に等間隔に配置された状態で、保持器7により、転動自在に保持されている。
【0020】
外輪3、内輪5及び玉6の材質には制限はなく、一般的な軸受用鋼材であるSUJ2やSUJ3などを用いることができる。そのため、鋼材の添加元素を調整することがなく、素材コストを抑えることができる。
【0021】
上記のラジアル玉軸受1は、まず、環状素材に旋削加工を施して、所定形状の外輪用ブランク材や内輪用ブランク材を作製する。次いで、それぞれのブランク材に焼入れ焼戻し処理を施し、研磨加工によって外輪軌道面2や内輪軌道面4を所定精度に仕上げる。その後で、外輪軌道面2や内輪軌道面4に機械加工を施し、最終的に仕上げ加工を施す。機械加工までの各工程及び仕上げ加工は、常法に従うことができる。
【0022】
機械加工としては、圧縮応力を付与する加工方法であれば制限はないが、バニシング加工やショットピーニング加工が好ましい。
【0023】
バニシング加工とは、加工治具である先端が球状で高硬度の部品が設けられた装置を外輪軌道面2や内輪軌道面4に押し当てて、外輪3や内輪5を自身の軸線を中心にして回転させて圧縮応力を付与する加工方法である。また、ショットピーニング加工とは、高硬度で略球状の投射材を外輪軌道面2や内輪軌道面4に噴射する加工方法である。略球状の投射材の大きさや材質、噴射速度などの処理条件を調整し、バニシング加工と同等の品質に調整することができる。
【0024】
この機械加工により、第2領域の残留オーステナイト量を、第1領域の残留オーステナイト量より少なく、具体的には、第1領域の残留オーステナイト量の78%以下にすることが好ましい。残留オーステナイトは軟質なため、耐圧痕性を低下させる要因であるが、機械加工によりマルテンサイトに変態させて硬さを向上させる。そのため、第2領域の残留オーステナイト量を、第1領域の残留オーステナイト量の78%以下にすることにより、硬さを向上させ、かつ、軟質な組織である残留オーステナイトを減少させ、十分な耐圧痕性を実現することができる。
【0025】
この機械加工により、第2領域の硬さを、第1領域の硬さより高く、具体的には、第1領域の硬さの104%以上にすることが好ましい。第2領域の硬さを第1領域の硬さの104%以上にすることにより、十分な耐圧痕性を実現することができる。
【0026】
なお、第2領域よりも更に深く、心部などの機械加工の影響を受けていない上記第1領域は、いわゆる「未加工領域」であり、機械加工の影響を受けている領域は「加工領域」である。この「加工領域」には、上記第2領域も含まれる。
【0027】
このような残留オーステナイト量にするには、焼入れ焼戻し処理により、第1領域の残留オーステナイト量を10%以上、好ましくは13%以上にし、機械加工する前の残留オーステナイトを多く存在させるのがよい。
【0028】
また、機械加工において、外輪3や内輪5を製造する際に、外輪3や内輪5に対し、焼入れ焼戻し処理を施した後、弾性変形のみが生じると仮定して算出した、加工治具との最大接触面圧を8.2GPa以上にすることが好ましい。最大接触面圧が大きいほど、加工域の残留オーステナイトがマルテンサイト変態し、残留オーステナイトが減少する。そのため、最大接触面圧が8.2GPa未満では、硬さの上昇が少なく、残留オーステナイトが多く存在してしまい十分な耐圧痕性を得にくくなる。なお、最大接触面圧は、9.2GPa以上であることがより好ましい。
【実施例】
【0029】
(予備試験)
本実施例においては、機械加工としてバニシング加工を採用し、その加工条件を検討した。まず、軸受鋼(SUJ2鋼)を素材として所定形状の軌道輪を作製し、焼入れ焼戻し処理を行った。その後、軌道輪に対して、仕上げ加工を施した後、更に、3種の異なる条件でのバニシング加工を施し、仕様の異なる3種のスラスト玉軸受を作製した。
【0030】
なお、バニシング加工装置において、バニシングツールの先端形状はφ3mm、すべり率は100%、周速は100m/min、バニシングツールの送り速度は0.05mm/rev、バニシングツールの押し込み量は0.3mmである。また、加工時には、ろ過された工作液を供給した。そして、バニシング加工におけるバニシングツールと軌道面との接触面圧を、弾性変形のみが生じると仮定して、最大接触面圧(P)を算出した。なお、予備試験で作製された各種転がり軸受の最大接触面圧(P)は、それぞれP=5.8GPa、P=7.3GPa、P=8.2GPaであった。
【0031】
続いて、最大接触面圧(P)ごとに、軌道輪の軌道面の表面から深さ方向の残留応力をX線回折法により測定した結果を表1に示す。なお、深さ250μm以上の領域を未加工領域(第1領域)とし、当該領域はバニシング加工の影響を受けていない領域である。また、表面(深さ0μm)から深さ250μm未満の領域を加工領域(第2領域)とし、当該領域はバニシング加工の影響を受けている領域である。
【0032】
なお、表面(深さ0μm)での残留オーステナイト量が少ないのは、バニシング加工前の研磨加工において残留オーステナイト量が5%程度に減少したためである。
【0033】
表1の結果から、バニシング荷重、すなわち最大接触面圧(P)が大きいほど、加工領域の残留オーステナイトが、加工誘起マルテンサイト変態して減少しており、最大接触面圧が8.2GPa以上であれば、加工領域(第2領域)である軌道面表層の残留オーステナイト量を少なくとも78%以下に減少できることがわかる。すなわち、第2領域の残留オーステナイト量を、第1領域の残留オーステナイト量の78%以下にすることにより、硬さを向上させ、かつ、軟質な組織である残留オーステナイトを減少させ、十分な耐圧痕性を実現することができる。
【0034】
【0035】
(実施例1)
軸受鋼を用いて平板形状とし、840℃焼入れ180℃焼戻しを行い、平面仕上げ加工後にバニシング加工を施して試験片を作製した。バニシング加工における最大接触面圧は、上記した予備試験から8.2GPa以上あればよいことから、9.2GPaとした。なお、その他の加工条件は、上記と同様とした。
【0036】
(比較例1)
840℃にて焼入れし、300℃で焼戻しを行った以外は、実施例1と同様にして試験片を作製した。すなわち、実施例1と比較例1とで、焼入れ焼戻し条件を変えることにより、残留オーステナイト量が異なるようにした。
【0037】
(比較例2)
軸受鋼を用いて平板形状とし、840℃焼入れ180℃焼戻しを行った後、平面仕上げ加工して試験片とした。すなわち、比較例2ではバニシング処理を行っていない。
【0038】
(比較例3)
840℃で焼入れし、300℃で焼戻しを行った以外は、比較例2と同様にして試験片を作製した。すなわち、比較例3ではバニシング処理を行っていない。
【0039】
表2に、実施例1及び比較例1における、軌道面表面から深さ方向の残留オーステナイト量をX線回折により測定した結果を示す。実施例1及び比較例1は、ずぶ焼き処理品であるため、未加工領域の結果から、バニシング加工前の実施例1及び比較例1の軌道面表層(加工領域相当)の残留オーステナイト量は、それぞれ約13%、約1%である。標準的な熱処理を施した軸受鋼であれば、残留オーステナイト量は10±5%程度であり、表1(予備試験)で示す3種類のスラスト玉軸受を測定した結果から好ましくは10%程度有るとよく、表2の実施例1に示すようにさらに好ましくは13%以上あるとよい。この理由は、後述する表5に示すように、13%の実施例1の耐圧痕性が、他の実施例と比較しほぼ倍以上に優れているからである。また、実施例1において、バニシング加工領域の残留オーステナイト量が未加工領域に比べて78%以下に減少しており、軟質な残留オーステナイトが大幅に減少している。
【0040】
【0041】
続いて、表3及び表4に、実施例1及び比較例1~3における軌道面表面から深さ方向の硬さの測定結果を示すが、バニシング加工により加工硬化されていることがわかる。実施例1では加工領域の硬さが未加工領域に比べて104%以上に増加している。また、実施例1では比較例1に比べて加工領域の加工硬化量が大きい。このことから、残留オーステナイトが多く残存した状態で、バニシング加工を施すことにより、残留オーステナイトの加工誘起マルテンサイト変態量が増加して、硬さが大幅に増加することがわかる。
【0042】
【0043】
【0044】
更に表5に、実施例1及び比較例1~3の圧痕試験の結果を示す。圧痕試験では、転がり軸受の軌道輪を模擬した平板形状の試験片と同様、軸受鋼を熱処理して作製された3/8インチの鋼球(転動体)を用いて、実施例1及び比較例1~3で作製した各試験片に、最大接触面圧がそれぞれ5.0GPa、5.5GPa、6.0GPaとなるように荷重を負荷した後、テーラーホブソン社製の3次元表面性状測定機(CCI)を用いて、平板形状の試験片の表面に生じた圧痕の深さを測定した。表5の結果から、実施例1が最も圧痕深さが浅く、最も耐圧痕性に優れていることがわかる。
【0045】
【符号の説明】
【0046】
1 ラジアル玉軸受
2 外輪軌道面
3 外輪
4 内輪軌道面
5 内輪
6 玉
7 保持器