(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-10-10
(45)【発行日】2023-10-18
(54)【発明の名称】燃料電池システム
(51)【国際特許分類】
H01M 8/04291 20160101AFI20231011BHJP
H01M 8/04537 20160101ALI20231011BHJP
H01M 8/04746 20160101ALI20231011BHJP
H01M 8/04828 20160101ALI20231011BHJP
H01M 8/04858 20160101ALI20231011BHJP
【FI】
H01M8/04291
H01M8/04537
H01M8/04746
H01M8/04828
H01M8/04858
(21)【出願番号】P 2020109108
(22)【出願日】2020-06-24
【審査請求日】2022-05-23
(73)【特許権者】
【識別番号】000003207
【氏名又は名称】トヨタ自動車株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000110
【氏名又は名称】弁理士法人 快友国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】萬壽 良則
(72)【発明者】
【氏名】藤尾 孝郎
【審査官】藤森 一真
(56)【参考文献】
【文献】特開2008-269911(JP,A)
【文献】特開2016-066574(JP,A)
【文献】特開2016-126827(JP,A)
【文献】特開平08-315841(JP,A)
【文献】特開2011-222176(JP,A)
【文献】特開2008-103137(JP,A)
【文献】特開2009-129749(JP,A)
【文献】特開2004-152598(JP,A)
【文献】特開2006-172935(JP,A)
【文献】特開2004-335313(JP,A)
【文献】特開2008-041611(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2011/0200895(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01M 8/04 - 8/0668
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
燃料電池スタックと、
前記燃料電池スタックの出力電力を一定に保つとともに、前記燃料電池スタックに供給する酸化剤ガスのストイキ比(酸化剤ストイキ比)を第1酸化剤ストイキ比に調整し、前記酸化剤ガスの前記燃料電池スタックへの供給圧を第1圧力に調整し、燃料ガスのストイキ比(燃料ストイキ比)を第1燃料ストイキ比に調整するコントローラと、
を備えており、
前記コントローラは、前記燃料電池スタックの出力電流が所定の加湿開始電流値を超えたら、前記酸化剤ストイキ比を前記第1酸化剤ストイキ比から第2酸化剤ストイキ比に変更し、前記供給圧を前記第1圧力から第2圧力に変更し、前記燃料ストイキ比を前記第1燃料ストイキ比から第2燃料ストイキ比に変更し、
前記第2酸化剤ストイキ比は前記第1酸化剤ストイキ比よりも小さく、
前記第2圧力は前記第1圧力よりも高く、
前記第2燃料ストイキ比は前記第1燃料ストイキ比よりも大き
く、
前記コントローラは、さらに、
所定の周期で所定の加湿時間の間、前記酸化剤ストイキ比を前記第1酸化剤ストイキ比から前記第2酸化剤ストイキ比に変更し、前記供給圧を前記第1圧力から前記第2圧力に変更し、前記燃料ストイキ比を前記第1燃料ストイキ比から前記第2燃料ストイキ比に変更して前記燃料電池スタックを運転し、
前記出力電流が前記加湿開始電流値を超えたら、前記周期に関わらずに、前記酸化剤ストイキ比を前記第2酸化剤ストイキ比に調整し、前記供給圧を前記第2圧力に調整し、前記燃料ストイキ比を前記第2燃料ストイキ比に調整するとともに、前記周期の計時をリスタートする、
燃料電池システム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本明細書が開示する技術は、燃料電池システムに関する。本明細書は、燃料電池スタックの湿度を適切な範囲に維持し、長期間にわたって出力電力を一定に保つことのできる燃料電池システムを提供する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1に、出力電力を一定に保つ燃料電池システムが開示されている。同一条件で燃料電池スタックの出力電力を一定に保持すると、燃料電池の内部が乾燥あるいは水分過多になり、発電効率が下がることが知られている。すなわち、燃料電池スタック内の湿度が適切な範囲を外れると発電効率が下がる。燃料電池スタックのカソードに供給する酸化剤ガス(典型的には空気)のストイキ比とアノードに供給する燃料ガス(典型的には水素ガス)のストイキ比を変更することで、燃料電池スタックの内部を乾燥させたり加湿させたりできることが知られている(例えば特許文献2)。具体的には、酸化剤ガスのストイキ比を小さく、燃料ガスのストイキ比を大きくすると、燃料電池スタックの内部が加湿される。同時に酸化剤ガスの燃料電池スタックへの供給圧を高めると、加湿が促進される。なお、燃料ガスのストイキ比は、電流密度0.6[A/cm2]における理論燃料ガス流量に対する燃料ガスの流量の比率を意味する。酸化剤ガスのストイキ比は、電流密度0.6[A/cm2]における理論酸化剤ガス流量に対する酸化剤ガスの流量の比率を意味する。以下では、説明の便宜上、酸化剤ガスのストイキ比を酸化剤ストイキ比と表記し、燃料ガスのストイキ比を燃料ストイキ比と表記する場合がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開2017-091922号公報
【文献】特開2019-139968号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
先に述べたように、燃料電池スタックの内部の湿度が適切な範囲を外れると発電効率が下がる。発電効率が過度に下がると一定の出力電力を保持できなくなるおそれがある。本明細書は、燃料電池スタックの乾燥と水分過多を防ぐように適宜に酸化剤ストイキ比と燃料ストイキ比と供給圧を適宜に調整し、一定の出力電力を長時間にわたって出力し続けることのできる技術を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本明細書が開示する燃料電池システムは、燃料電池スタックと、コントローラを備える。コントローラは、燃料電池スタックの出力電力を一定に保つとともに、燃料電池スタックに供給する酸化剤ストイキ比と燃料ストイキ比と、酸化剤ガスの燃料電池スタックへの供給圧を調整する。コントローラは、酸化剤ストイキ比を第1酸化剤ストイキ比に調整し、酸化剤ガスの燃料電池スタックへの供給圧を第1圧力に調整し、燃料ストイキ比を第1燃料ストイキ比に調整して燃料電池スタックを運転する。コントローラは、燃料電池スタックの出力電流が所定の加湿開始電流値を超えたら、酸化剤ストイキ比を第1酸化剤ストイキ比から第2酸化剤ストイキ比に変更し、供給圧を第1圧力から第2圧力に変更し、燃料ストイキ比を第1燃料ストイキ比から第2燃料ストイキ比に変更する。第2酸化剤ストイキ比は第1酸化剤ストイキ比よりも小さく、第2燃料ストイキ比は第1燃料ストイキ比よりも大きい。第2圧力は第1圧力よりも高い。酸化剤ストイキ比を下げ、燃料ストイキ比を上げ、供給圧を上げることで、燃料電池スタックの内部が加湿される。
【0006】
本明細書が開示する燃料電池システムのコントローラは、燃料電池スタックの出力電流をモニタする。燃料電池スタックの内部が乾燥すると、発電効率が下がり、その結果、出力電圧が下がる。コントローラは、出力電力を一定に保持するので、出力電圧の低下を補うべく出力電流を増加させる。すなわち、出力電力が一定という条件下では、出力電流の増加が燃料電池スタックの乾燥の指標となる。コントローラは、出力電流が所定の閾値(加湿開始電流値)を超えると、燃料電池スタックの内部の湿度が適切な許容範囲よりも低下していると判断し、酸化剤ストイキ比を下げ、燃料ストイキ比を上げ、供給圧を上げる。ストイキ比と供給圧の変更により、燃料電池スタックの内部でアノードからカソードへの水分の移動量が増加し、湿度が上昇する。燃料電池スタックの内部の乾燥が緩和されることで、出力電圧が回復する。コントローラは、出力電圧の回復に伴い、出力電力が一定値を保つように、出力電流を下げる。
【0007】
本明細書が開示する技術は、出力電力を一定に保持する条件下で、乾燥と出力電圧低下の関係を利用する。出力電力を一定に保持するためには、出力電圧が下がると燃料電池システムのコントローラは出力電流を増加させる。コントローラは、出力電流が所定の加湿開始電流値を超えるとストイキ比と供給圧を変更し、燃料電池スタック内で加湿を促進させ、発電効率を回復させる。その結果、本明細書が開示する燃料電池システムは、長期間にわたって一定の出力電力を出力し続けることが可能となる。また、本明細書が開示する技術を採用することで、酸化剤ガスを加湿する加湿器を省くことができる、あるいは、加湿器が故障した場合でも燃料電池スタックの出力電力を一定に保持することができる。
【0008】
本明細書が開示する技術の詳細とさらなる改良は以下の「発明を実施するための形態」にて説明する。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】実施例の燃料電池システムを含む燃料電池車のブロック図である。
【
図2】燃料電池システムの動作を示すタイムチャートである。
【
図3】燃料電池システムの動作を示すタイムチャートである(第1変形例)。
【
図4】燃料電池システムの動作を示すタイムチャートである(第2変形例)。
【
図5】燃料電池システムの動作を示すタイムチャートである(第3変形例)。
【発明を実施するための形態】
【0010】
図面を参照して実施例の燃料電池システム2を説明する。燃料電池システム2は、電気自動車100に搭載されている。
図1に、燃料電池システム2を含む電気自動車100のブロック図を示す。電気自動車100は、燃料電池システム2から電力を得て、電気モータ103で走行する。燃料電池システム2の出力電力はインバータ102で交流に変換され、電気モータ103に供給される。
【0011】
燃料電池システム2は燃料電池スタック10とバッテリ3と昇圧コンバータ4を備えている。以下では、説明を簡単にするため、燃料電池スタック10をFCスタック10と表記する場合がある。
【0012】
FCスタック10の出力電力は、昇圧コンバータ4で昇圧された後にインバータ102に供給される。昇圧コンバータ4の出力端にバッテリ3が接続されている。インバータ102には、昇圧されたFCスタック10の出力電力とバッテリ3の出力電力が供給される。
【0013】
昇圧コンバータ4は後述するコントローラ5によって制御される。昇圧コンバータ4の出力電圧を高くするとインバータ102に供給される電流のうち、FCスタック10の電流の割合が高まり、バッテリ3の電流の割合が下がる。逆に、昇圧コンバータ4の出力電圧を低くするとインバータ102に供給される電流のうち、FCスタック10の電流の割合が下がり、バッテリ3の電流の割合が高まる。すなわち、コントローラ5は、昇圧コンバータ4の昇圧比を調整することで、FCスタック10から出力される電流を制御することができる。
【0014】
FCスタック10の出力端には、FCスタック10の出力電圧を計測する電圧センサ6と、FCスタック10の出力電流を計測する電流センサ7が備えられている。コントローラ5は、電圧センサ6と電流センサ7の計測値に基づき、FCスタック10の出力電力(すなわち、電圧センサ6の計測値と電流センサ7の計測値の積)が一定になるように、昇圧コンバータ4を制御する。コントローラ5は、FCスタック10の出力電圧が低下したら、昇圧コンバータ4の出力電圧を上げ、FCスタック10の出力電流を増加させる。コントローラ5は、FCスタック10の出力電圧が増加したら、昇圧コンバータ4の出力電圧を下げ、FCスタック10の出力電流を下げる。こうして、FCスタック10の出力電力が一定に保たれる。
【0015】
なお、FCスタック10が生成した電力のうち、電気モータ103で消費されなかった残りの電力はバッテリ3にチャージされる。
【0016】
FCスタック10について説明する。FCスタック10は、多数の燃料セルが積層された積層体である。
図1では、理解を助けるため、FCスタック10を示す矩形の中に、1個の燃料セルの構造を模式的に表している。FCスタック10(燃料セル)では、電解質膜13を挟んでアノード触媒層12とカソード触媒層14が対向している。アノード触媒層12の外側(電解質膜13とは反対側)にはアノード拡散層11が位置している。カソード触媒層14の外側(電解質膜13とは反対側)にはカソード拡散層15が位置している。
【0017】
アノード拡散層11には、アノードガス入口16aを通じて燃料ガスが供給される。カソード拡散層15には、カソードガス入口17aを通じて酸化剤ガス(空気)が供給される。燃料ガスに含まれる水素はイオン化し、アノード触媒層12、電解質膜13を通じてカソード触媒層14に達する。カソード触媒層14にて水素イオンは酸化剤ガス中の酸素と結合して水となる。アノード側では水素がイオン化し、カソード側で水素イオンが酸素と結合することで電子の流れ、すなわち電流が生成される。FCスタック10(FCセル)における化学反応は良く知られているので詳しい説明は省略する。
【0018】
化学反応で余った燃料ガスと、化学反応で生成された不純物はアノードガス出口16bから排出される。アノードガス出口16bから排出されるガスはオフガスと称されることがある。
【0019】
生成された水、および、余った酸化剤ガス(空気)はカソードガス出口17bから排出される。カソードガス出口17bから排出されるガス(排出空気)にも水素および水が含まれ得る。
【0020】
燃料電池システム2における燃料ガス側の装備について説明する。燃料電池システム2は、FCスタック10のアノード側へ燃料ガスを送るための装備として、燃料供給管21、インジェクタ22、オフガス排出管23、気液分離器24、戻し管25、ポンプ26、排気排水弁27を備えている。
【0021】
燃料供給管21は、燃料タンク20とFCスタック10を接続する。燃料供給管21には2個の弁41a、41b、インジェクタ22、圧力センサ42aが接続されている。弁41aは主止弁であり、燃料電池システム2が停止している間、燃料タンク20からの燃料ガスの放出を止める。弁41bは調圧弁であり、インジェクタ22に供給される燃料ガスの圧力を調整する。インジェクタ22は、燃料ガスの圧力を高めてFCスタック10に供給する。圧力センサ42aはインジェクタ22の下流側に備えられており、FCスタック10に供給される燃料ガスの圧力を計測する。
【0022】
燃料供給管21の一端はFCスタック10のアノードガス入口16aに接続されており、燃料ガスをFCスタック10のアノード拡散層11に供給する。アノードガス出口16bにはオフガス排出管23の一端が接続されており、オフガス排出管23の他端は気液分離器24のガス入口24aに接続されている。
【0023】
気液分離器24は、アノードガス出口16bから排出されるオフガスを水素ガス(残燃料ガス)と不純物に分離する。気液分離器24で分離される不純物の典型は、窒素ガスや水などである。窒素ガスは、カソード側に供給される酸化剤ガス(空気)に含まれている窒素が、電解質膜13を通過してアノード側に達したものである。残燃料ガスはガス出口24bから放出され、不純物は不純物排出口24cから排出される。
【0024】
戻し管25の一端が気液分離器24のガス出口24bに接続しており、戻し管25の他端は燃料供給管21に接続している。戻し管25にはポンプ26が取り付けられている。ポンプ26は、気液分離器24で分離された残燃料ガスを、燃料供給管21へ押し込む。気液分離器24の不純物排出口24cには、排気排水弁27が接続されている。排気排水弁27の出口には排気管32が接続されている。コントローラ5が排気排水弁27を開くと、気液分離器24でオフガスから分離された不純物が排気管32に排出される。
【0025】
燃料電池システム2の酸化剤ガス供給側の装備について説明する。燃料電池システム2は、FCスタック10のカソード側へ酸化剤ガス(空気)を送るための装備として、空気供給管31、空気コンプレッサ34、流量調整弁41c、調圧弁41dを備えている。
【0026】
空気供給管31の一端がFCスタック10のカソードガス入口17aに接続しており、他端は外気に開放されている。空気供給管31の途中に空気コンプレッサ34、流量調整弁41c、圧力センサ42bが取り付けられている。空気コンプレッサ34が外気を圧縮し、空気供給管31を通じて空気をFCスタック10(カソード拡散層15)へ供給する。FCスタック10のカソードガス出口17bには排気管32が接続されている。排気管32には調圧弁41dが取り付けられている。
【0027】
流量調整弁41cは三方弁であり、空気供給管31をバイパス管33に接続する。バイパス管33は、空気コンプレッサ34が吸い込んだ空気の一部を、FCスタック10を迂回して排気管32へ導く。流量調整弁41cの開度を調整することで、FCスタック10へ供給する酸化剤ガス(空気)の流量を調整することができる。流量調整弁41cの開度を絞ると、FCスタック10へ供給される空気の流量が減る。
【0028】
また、調圧弁41dの開度を調整することにより、FCスタック10(カソード拡散層15)に供給される酸化剤ガス(空気)の圧力(供給圧)が調整される。調圧弁41dの開度を絞ると、供給圧が高まる。流量調整弁41cの下流側に圧力センサ42bが接続されており、FCスタック10へ供給される酸化剤ガス(空気)の圧力(供給圧)を計測する。コントローラ5は、圧力センサ42bの計測値をモニタしつつ、調圧弁41dの開度を制御し、供給圧を調整する。
【0029】
排気管32は、排気排水弁27の出口と、カソードガス出口17bに接続されている。排気管32は、FCスタック10のカソードガス出口17bから排出される排出空気と、排気排水弁27の出口から排出される不純物ガスとを混合して外気に放出する。排気管32の下流側にはマフラ35が接続されている。排出ガス(排出空気と不純物ガスの混合ガス)は、マフラ35を通して外気に放出される。
【0030】
インジェクタ22、ポンプ26、弁41a-41d、排気排水弁27、空気コンプレッサ34、昇圧コンバータ101は、コントローラ5が制御する。圧力センサ42a、42bの計測値はコントローラ5に送られる。
【0031】
先に述べたように、コントローラ5は、電圧センサ6と電流センサ7の計測値に基づいて、FCスタック10の出力電力が一定となるように昇圧コンバータ4を制御する。また、コントローラ5は、FCスタック10に供給される燃料ガスのストイキ比(燃料ストイキ比)と酸化剤ガスのストイキ比(酸化剤ストイキ比)を調整する。コントローラ5は、流量調整弁41cの開度を調整することで、FCスタック10へ供給される酸化剤ガスの流量、すなわち、酸化剤ストイキ比を調整することができる。また、コントローラ5は、インジェクタ22の出力を調整することで、FCスタック10へ供給される燃料ガスの流量、すなわち、燃料ストイキ比を調整することができる。先に述べたように、コントローラ5は、調圧弁41dの開度を調整することで、FCスタック10への酸化剤ガスの供給圧を調整することができる。
【0032】
よく知られているように、酸化剤ストイキ比を比較的に高く設定し、燃料ストイキ比を比較的に低く設定すると、FCスタック10の内部で乾燥が進む(湿度が下がる)。逆に、酸化剤ストイキ比を比較的に低く設定し、燃料ストイキ比を比較的に高く設定すると、FCスタック10の内部が加湿される(湿度が上がる)。FCスタック10は、内部の湿度が所定の許容範囲を外れると発電効率が下がる。燃料電池システム2は、定期的に燃料ストイキ比と酸化剤ストイキ比と供給圧(酸化剤ガスのFCスタック10への供給圧)を調整することで、FCスタック10の湿度を適度な許容範囲に保ちつつ、長期間にわたって出力電力を一定に保持することができる。以下、コントローラ5が実行する制御について説明する。
【0033】
コントローラ5は、次の2種類の設定値群を記憶している。第1設定値群は、第1酸化剤ストイキ比、第1燃料ストイキ比、および、第1圧力を含む。第2設定値群は、第2酸化剤ストイキ比、第2燃料ストイキ比、および、第2圧力を含む。第1圧力と第2圧力は、酸化剤ガスの供給圧の設定値である。第1設定値群と第2設定値群は、ともに、FCスタック10を運転するときの条件である。
【0034】
コントローラ5は、流量調整弁41cの開度を制御して酸化剤ストイキ比を第1ストイキ比に調整し、調圧弁41dの開度を制御して酸化剤ガスの供給圧を第1圧力に調整し、インジェクタ22の出力を制御して燃料ストイキ比を第1燃料ストイキ比に調整する。コントローラ5は、所定の条件が成立すると、酸化剤ストイキ比を第1酸化剤ストイキ比から第2酸化剤ストイキ比に変更し、供給圧を第1圧力から第2圧力に変更し、前記燃料ストイキ比を第1燃料ストイキ比から第2燃料ストイキ比に変更する。
【0035】
第1設定値群、すなわち、第1酸化剤ストイキ比、第1燃料ストイキ比、および、第1圧力は、理想的な発電効率が得られる値に設定されている。一方、理想的な発電効率が得られる第1設定値群を用いてFCスタック10を運転すると、FCスタック10の内部が徐々に乾燥していく。第2設定値群、すなわち、第2酸化剤ストイキ比、第2燃料ストイキ比、および、第2圧力は、発電効率は第1設置値群を用いた場合よりも下がるが、FCスタック10でアノードからカソードへ水分が十分に移動するように設定されている。第2酸化剤ストイキ比は第1酸化剤ストイキ比よりも小さく、第2圧力は第1圧力よりも高く、第2燃料ストイキ比は第1燃料ストイキ比よりも大きい。
【0036】
コントローラ5は、通常は第1設定値群を用いてFCスタック10を運転する。第1設定値群を用いたFCスタック10の運転を続けると、FCスタック10の内部が徐々に乾燥していく。先に述べたように、コントローラ5は、FCスタック10の出力電力を一定に保持する。FCスタック10が乾燥していくと、FCスタック10の発電効率が落ち、出力電圧が低下していく。コントローラ5は、FCスタック10の出力電圧が低下すると、出力電流を増加させて出力電力を一定に保つ。すなわち、出力電力を一定に保つようにFCスタック10を制御するとき、出力電流の増加がFCスタック10の乾燥の進行の指標となる。コントローラ5は、出力電流が所定の閾値(加湿開始電流値)を超えたら、FCスタック10を運転する際の設定値群を第1設定値群から第2設定値群に変更する。すなわち、コントローラ5は、FCスタック10の出力電流が加湿開始電流値を超えたら、酸化剤ストイキ比を第1酸化剤ストイキ比から第2酸化剤ストイキ比に変更し、供給圧を第1圧力から第2圧力に変更し、燃料ストイキ比を第1燃料ストイキ比から第2燃料ストイキ比に変更する。第2設定値群を使ってFCスタック10の運転を続けると、FCスタック10の内部が加湿され、乾燥状態が緩和する。
【0037】
FCスタック10の内部の乾燥状態が緩和すると、FCスタック10の発電効率が回復し、出力電圧が上昇する。コントローラ5は、出力電力を一定に保つべく、出力電圧の上昇に合わせて出力電流を下げる。コントローラ5は、FCスタック10の出力電流が所定の別の閾値(加湿停止電流値)を下回ったら、用いる設定値群を第2設定値群から第1設定値群に戻す。すなわち、コントローラ5は、FCスタック10の出力電流が加湿開始電流値を超えた後、加湿開始電流値よりも低い加湿停止電流値を下回ったら、酸化剤ストイキ比を第2酸化剤ストイキ比から第1酸化剤ストイキ比に戻し、供給圧を第2圧力から第1圧力に戻し、燃料ストイキ比を第2燃料ストイキ比から第1燃料ストイキ比に戻す。FCスタック10を運転するのに用いる設定値群を第1設定値群に戻すことによって、FCスタック10の加湿が止まる。以後は、FCスタック10の内部で再び徐々に乾燥が進む。コントローラ5は、第1設定値群と第2設定値群を交互に用いることによって、FCスタック10の内部の湿度を適切な許容範囲に保持し、出力電力を長期間にわたって一定に保つことができる。
【0038】
図2を用いて燃料電池システム2の動作を説明する。
図2のタイムチャートにおいて、グラフG1はFCスタック10の出力電力を示している。グラフG2は出力電圧を示し、グラフG3は出力電流を示す。グラフG4は流量調整弁41cの開度を示し、グラフG5は酸化剤ストイキ比を示し、グラフG6は調圧弁41dの開度を示す。グラフG7は酸化剤ガスの供給圧を示し、グラフG8はインジェクタ22の出力を示し、グラフG9は燃料ストイキ比を示す。
図3以降の図でも、G1-G9のグラフの意味は同じである。
【0039】
FCスタック10の出力電流が加湿開始電流値Ith1を超えるまでは、コントローラ5は、酸化剤ストイキ比が第1酸化剤ストイキ比Cst1となるように流量調整弁41cの開度を第1開度Fv1に制御する。また、コントローラ5は、供給圧が第1圧力Psp1となるように調圧弁41dの開度を第1開度Pv1に制御する。コントローラ5は、燃料ストイキ比が第1燃料ストイキ比Fst1となるようにインジェクタ22の出力を第1インジェクタ出力In1に制御する。コントローラ5は、第1設定値群(第1酸化剤ストイキ比Cst1、第1圧力Psp1、第1燃料ストイキ比Fst1)を用いてFCスタック10を運転する。
【0040】
第1設定値群は、理想的な発電効率が得られるように設定されている。一方、第1設定値群を用いると、FCスタック10の内部が徐々に乾燥していく。FCスタック10の内部の乾燥が進むとFCスタック10の発電効率が下がる。FCスタック10の発電効率が下がるとFCスタック10の出力電圧が低下する。コントローラ5は、FCスタック10の出力電力が一定となるように昇圧コンバータ4の出力電圧を高め、その結果、FCスタック10の出力電流が増加する。
【0041】
時刻T1にFCスタック10の出力電流が加湿開始電流値Ith1を超える。時刻T1にて、コントローラ5は、酸化剤ストイキ比が第1酸化剤ストイキ比Cst1から第2酸化剤ストイキ比Cst2に下がるように、流量調整弁41cの開度を第1開度Fv1から第2開度Fv2に絞る。コントローラ5は、供給圧が第1圧力Psp1から第2圧力Psp2に上がるように、調圧弁41dの開度を第1開度Pv1から第2開度Pv2に絞る。調圧弁41dはFCスタック10の酸化剤ガス排出側の調圧弁であるから、調圧弁41dの開度を絞るとFCスタック10の供給圧が上昇する。
【0042】
さらに、コントローラ5は、燃料ストイキ比が第1燃料ストイキ比Fst1から第2燃料ストイキ比Fst2に上がるように、インジェクタ22の出力を第1インジェクタ出力In1から第2インジェクタ出力In2へ高める。先に述べたように、第2酸化剤ストイキ比Cst2は第1酸化剤ストイキ比Cst1よりも小さく、第2圧力Psp2は第1圧力Psp1よりも高く、第2燃料ストイキ比Fst2は第1燃料ストイキ比Fst1よりも大きい。
【0043】
第2燃料ストイキ比Fst2が大きいと、大量の水素が供給され、アノードからカソードへの水分の移動が促進される。また、第2圧力Psp2が大きいと、空気中の多くの水分がFCスタック10に供給され、第2酸化剤ストイキ比Cst2が小さいと、FCスタック10のカソード側の内部の水(液体)の排出量が下がる。すなわち、供給圧を高め、酸化剤ストイキ比を下げることは、FCスタック10の加湿を促進する。
【0044】
第2設定値群を用いてFCスタック10を運転すると、FCスタック10の内部の乾燥が和らぎ、発電効率が回復し、FCスタック10の出力電圧が高くなる。コントローラ5は出力電力が一定となるように昇圧コンバータ4を制御するので、出力電圧の上昇とともに出力電流は下がる。時刻T2にFCスタック10の出力電流が加湿停止電流値Ith2を下回る。このとき、コントローラ5は酸化剤ストイキ比などの設定値群を第2設定値群から第1設定値群に戻す。FCスタック10の内部の加湿が止まり、再び徐々に乾燥していく。時刻T3(および時刻T5)に出力電流が再び加湿開始電流値Ith1を超えるとコントローラ5は設定値群を第1設定値群から第2設定値群に切り替える。FCスタック10の出力電流が徐々に低下し、時刻T4(時刻T6)に出力電流が加湿停止電流値を下回ると、コントローラ5は設定値群を再び第1設定値群に戻す。コントローラ5は、FCスタック10の出力電流に応じて第1設定値群と第2設定値群を交互に切り替えることで、長期間にわたってFCスタック10の出力電力を一定に保つことができる。
【0045】
なお、流量調整弁41cの開度などの変化は実際には応答遅れを伴う。しかし、
図2のグラフG4-G9は、応答遅れを無視した理想的な変化を示していることに留意されたい。
図3-
図5のタイムチャートも、応答遅れを無視した理想的な変化を示していることに留意されたい。
【0046】
(第1変形例)
図3を参照して、コントローラ5によるFCスタック10の制御の第1変形例を説明する。第1変形例では、コントローラ5は、FCスタック10の出力電流が加湿開始電流値Ith1を超えた後、加湿停止電流値Ith2を下回ったら、FCスタック10から水を抜く排水処理を実行する。
図3のフローチャートでは、
図2のフローチャートと同様に、FCスタック10の出力電流は時刻T1に加湿開始電流値Ith1を超える。そこで、コントローラ5は、設定値群を第1設置値群から第2設定値群に切り替える。FCスタック10の出力電流は時刻T2に加湿停止電流値Ith2を下回る。時刻T2から時刻T2aまでの間、コントローラ5は排水処理を実行する。排水処理では、コントローラ5は、流量調整弁41cの開度を第3開度Fv3に高め、調圧弁41dの開度を第1開度Pv1へ戻す。流量調整弁41cを第3開度Fv3まで開くと、酸化剤ストイキ比は第3酸化剤ストイキ比Cst3まで上昇する。調圧弁41dを第1開度Pv1に戻すと、供給圧は第1圧力Psp1に戻る。
【0047】
流量調整弁41cの第3開度Fv3は第1開度Fv1よりも大きく、FCスタック10に大量の酸化剤ガスが供給される。残余の酸化剤ガスの排出により、FCスタック10の内部に溜まった水が押し出される。コントローラ5は、時刻T2aに、設定値群を第1設定値群に戻し、FCスタック10の運転を続ける。
【0048】
FCスタック10を運転するための設定値群を第1設定値群から第2設定値群に変更することで、FCスタック10の加湿が進み、FCスタック10の中の乾燥状態が緩和する。同時に、FCスタック10の内部に水が溜まるおそれがある。FCスタック10の内部に過度の水分が残っても発電効率が低下する。コントローラ5は、第2設定値群を用いてFCスタック10の内部を加湿した後、排水処理を実行して余分の水分をFCスタック10から排出する。余分な水分を排出することで、その後の発電効率が向上する。
【0049】
(第2変形例)
図4を参照して、コントローラ5によるFCスタック10の制御の第2変形例を説明する。
図4は、第2変形例の処理のタイムチャートである。第2変形例では、コントローラ5は、FCスタック10の出力電流が加湿開始電流値Ith1を超えたら、第1設定値群を第2設定値群に切り替えてFCスタック10を運転する。コントローラ5は、所定の加湿時間dTが経過したら、設定値群を第1設定値群に戻す。予め定められた加湿時間dTは、FCスタック10の内部の乾燥が十分に解消されるように設定される。なお、コントローラ5は、加湿時間dTが経過した後、FCスタック10から水を抜く排水処理を実行するようにしてもよい。排水処理については第1変形例で説明した通りである。
【0050】
(第3変形例)
図5を参照してコントローラ5によるFCスタック10の制御の第3変形例を説明する。
図5は、第3変形例の処理のタイムチャートである。なお、
図5では、流量調整弁41cの開度(グラフG4)と調圧弁41dの開度(グラフG6)とインジェクタ22の出力(グラフG8)のタイムチャートは省略した。
【0051】
第3変形例では、コントローラ5は、第1設定値群を用いてFCスタック10を運転する。コントローラ5は、一定の周期Cyで一定の加湿時間dTの間、設定値を第1設定値群から第2設定値群に切り替えてFCスタック10を運転する。加湿時間dTが経過したら、再び設定値を第2設定値群から第1設定値群に戻し、FCスタック10の運転を続ける。
【0052】
コントローラ5は、第1設定値群と第2設定値群を周期的に切り替える。ただし、FCスタック10の出力電流が加湿開始電流値Ith1を超えたら、コントローラ5は、周期にかかわらず、酸化剤ストイキ比を第2酸化剤ストイキ比Cst2に調整し、供給圧を第2圧力Psp2に調整し、燃料ストイキ比を第2燃料ストイキ比Fst2に調整し、周期の計時をリスタートする。すなわち、第2設定値群を用いる周期をゼロからカウントし直す。周期の計時をリスタートした後、コントローラ5は、改めて、周期Cyで一定の加湿時間dTの間、設定値を第1設定値群から第2設定値群に切り替えてFCスタック10を運転する。すなわち、コントローラ5は、加湿時間dTの間、第2設定値群を使ってFCスタック10を運転する。加湿時間dTが経過したら、設定値を第1設定値群に戻し、FCスタック10の運転を続ける。
【0053】
図5の例では、時刻T1で設定値群を第1設定値群から第2設定値群に切り替えてFCスタック10を運転する。時刻T1から加湿時間dTが経過したら設定値群を第1設定値群に戻す。コントローラ5は、時刻T1の次には時刻T2(時刻T1+周期Cy)に設定値群を第2設定値群に切り替える予定である。
【0054】
例えば、時刻T2よりも前の時刻T3にFCスタック10の出力電流が加湿開始電流値Ith1を超える。コントローラ5は、出力電流が加湿開始電流値Ith1を超えたことを検知すると、周期に関わらずに、設定値群を第1設定値群から第2設定値群に切り替えてFCスタック10を運転する。コントローラ5は、加湿時間dTが経過したら、設定値群を第1設定値群に戻す。
【0055】
コントローラ5は、時刻T3に周期の経時をリスタートする。すなわち、コントローラ5は、時刻T3の次には時刻T4(時刻T3+周期Cy)に、設定値群を第1設定値群から第2設定値群に切り替える。
【0056】
第3変形例では、コントローラ5は、第1設定値群と第2設定値群を周期的に切り替えながらFCスタック10を運転する。FCスタック10をそのように運転することで、FCスタック10の内部の湿度を適切な許容範囲に維持しながら、一定の出力電力を安定して出力し続けることができる。ただし、FCスタック10の出力電流が加湿開始電流値Ith1を超えたら、周期に関わらずに第2設定値群を用いてFCスタック10を運転し、FCスタック10の内部の乾燥を解消する。
【0057】
実施例の燃料電池システム2(変形例を含む)は、酸化剤ガスを加湿する加湿器を備えなくとも、一定の電力を長時間にわたって安定して出力することができる。あるいは、燃料システム2は、加湿器が故障していても、一定の電力を安定して出力することができる。
【0058】
実施例で説明した技術に関する留意点を述べる。実施例では、流量調整弁41cを制御することで酸化剤ストイキ比を調整する。酸化剤ストイキ比を変えるのに空気コンプレッサ34を用いてもよい。燃料ストイキ比を変える手段、および、酸化剤ガスの供給圧を変える手段も、実施例の手段とは異なる手段を用いてもよい。同様に、FCスタック10を排水するのも、実施例の手段とは異なる手段を用いてもよい。
【0059】
また、FCスタック10の出力電力を一定に保持するのに、昇圧コンバータ4とは別のデバイスを用いてもよい。
【0060】
第1設定値群、すなわち、第1酸化剤ストイキ比、第1燃料ストイキ比、第1圧力は、燃料電池システム2に求められる出力電力に応じて変化してもよい。あるいは、第1設定値群は、FCスタック10に供給する燃料ガスの流量に応じて変化してもよい。ただし、第2酸化剤ストイキ比は、設定値群を第2設定値群へ切り替える直前の第1酸化剤ストイキ比よりも小さい。第2燃料ストイキ比は、設定値群を第2設定値群へ切り替える直前の第1燃料ストイキ比よりも大きい。第2圧力は、設定値群を第2設定値群へ切り替える直前の第1圧力よりも大きい。
【0061】
以上、本発明の具体例を詳細に説明したが、これらは例示に過ぎず、特許請求の範囲を限定するものではない。特許請求の範囲に記載の技術には、以上に例示した具体例を様々に変形、変更したものが含まれる。本明細書または図面に説明した技術要素は、単独であるいは各種の組合せによって技術的有用性を発揮するものであり、出願時請求項記載の組合せに限定されるものではない。また、本明細書または図面に例示した技術は複数目的を同時に達成し得るものであり、そのうちの一つの目的を達成すること自体で技術的有用性を持つものである。
【符号の説明】
【0062】
2:燃料電池システム 3:バッテリ 4:昇圧コンバータ 5:コントローラ 6:電圧センサ 7:電流センサ 10:燃料電池スタック(FCスタック) 20:燃料タンク 21:燃料供給管 22:インジェクタ 23:オフガス排出管 24:気液分離器 25:戻し管 26:ポンプ 27:排気排水弁 31:空気供給管 32:排気管 33:バイパス管 34:空気コンプレッサ 35:マフラ 41a-41d:弁 42a、42b:圧力センサ 100:電気自動車 101:昇圧コンバータ 102:インバータ 103:電気モータ