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  • 特許-微生物識別用マーカーの特定方法 図1
  • 特許-微生物識別用マーカーの特定方法 図2
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-10-10
(45)【発行日】2023-10-18
(54)【発明の名称】微生物識別用マーカーの特定方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 27/62 20210101AFI20231011BHJP
   C12Q 1/04 20060101ALI20231011BHJP
【FI】
G01N27/62 V ZNA
C12Q1/04
G01N27/62 D
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2022529184
(86)(22)【出願日】2020-06-02
(86)【国際出願番号】 JP2020021808
(87)【国際公開番号】W WO2021245798
(87)【国際公開日】2021-12-09
【審査請求日】2022-07-25
(73)【特許権者】
【識別番号】000001993
【氏名又は名称】株式会社島津製作所
(74)【代理人】
【識別番号】100179969
【弁理士】
【氏名又は名称】駒井 慎二
(72)【発明者】
【氏名】福山 裕子
【審査官】伊藤 裕美
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2017/168740(WO,A1)
【文献】国際公開第2017/168742(WO,A1)
【文献】国際公開第2017/168743(WO,A1)
【文献】特開2015-184020(JP,A)
【文献】特表2018-513382(JP,A)
【文献】特表2007-526243(JP,A)
【文献】特表2004-536295(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2017/0108509(US,A1)
【文献】特開2021-189089(JP,A)
【文献】OJIMA-KATO, T. et al.,Application of proteotyping Strain Solution TM ver. 2 software and theoretically calculated mass dat,Applied microbial and cell physiology,2017年10月14日,101,8557-8569
【文献】JABBOUR, R. E., et al.,Double-Blind Characterization of Non-Genome-Sequenced Bacteria by Mass Spectrometry-Based Proteomics,APPLIED AND ENVIRONMENTAL MICROBIOLOGY,Vol. 76, No. 11,3637-3644
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 27/60 - G01N 21/70
G01N 33/48 - G01N 33/98
C12Q 1/04 - C12Q 1/16
C12M 1/34
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記ステップ1から8を含む微生物識別用マーカーの特定方法。
ステップ1:全ゲノムが解読されている微生物を選定する。
ステップ2:上記ステップ1で選定した微生物が有するタンパク質
の質量分析を行い、タンパク質のアミノ酸配列に基づく分子量関連イオンピークを得る。
ステップ3:上記ステップ2で得られた分子量関連イオンピークから各ピークの実測m/z値を得る。
ステップ4:上記ステップ1で選定された微生物について、遺伝子データベースより、当該微生物が有するタンパク質情報そのアミノ酸配列情報を得、当該得られたアミノ酸配列情報から当該タンパク質の理論m/z値を算出する。
ステップ5:ステップ4で算出した理論m/z値と、上記ステップ3で得られた実測m/z値と比較し、実測m/z値に一致する理論m/z値を有するタンパク質とそのアミノ酸配列に、実測m/z値を帰属する。
ステップ6:ステップ5で帰属されたタンパク質と類似のアミノ酸配列情報遺伝子データベースより入手する。
ステップ7:上記ステップ6で入手したアミノ酸配列情報からこれに類似のアミノ酸配列を有する微生物のうち、識別分類に応じて微生物を選別し、その微生物が有するタンパク質のアミノ酸配列の理論m/z値を算出する。
ステップ8:ステップ7で算出したアミノ酸配列の理論m/z値を比較し、分類ごとに差異のある理論m/z値を有するタンパク質を識別のためのマーカーとして特定する。
【請求項2】
記質量分析がMALDI-MSである請求項1に記載の微生物識別用マーカーの特定方法。
【請求項3】
微生物がサルモネラである請求項1から2のいずれか1項に記載の微生物識別用マーカーの特定方法。
【請求項4】
請求項1に記載の方法により特定された微生物識別用マーカーを用いた微生物の識別方法。
【請求項5】
微生物がサルモネラである請求項4に記載の微生物の識別方法。
【請求項6】
微生物識別用マーカーとその理論m/z値、および該マーカーに対応する微生物の属、種、亜種、血清型および株とからなる群から選ばれる少なくとも1種を含むデータベースの構築方法において、前記微生物識別用マーカーを請求項1に記載の方法により特定することを特徴とするデータベースの構築方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、微生物の識別に用いるマーカーの特定方法に関する。より詳細には、本発明は質量分析を利用して微生物を識別するためのマーカーを特定する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、微生物の種類を識別する手法の1つとしてDNA塩基配列に基づく相同性解析が広く用いられている。こうしたDNA塩基配列を利用した手法では、識別対象微生物からのDNA抽出やDNA塩基配列の決定などに比較的長い時間を要する。
【0003】
しかしながら、さまざまな疾患を引き起こす細菌に罹患した場合、その細菌を迅速かつ正確に特定することは患者の治癒とともに二次感染の予防のために極めて重要である。したがって、迅速かつ正確な細菌の分析方法が求められている。
【0004】
そこで、近年では識別対象微生物を質量分析して得られたマススペクトルパターンに基づいて微生物同定を行う手法が用いられている。質量分析によれば、ごく微量の微生物試料を用いて短時間で分析結果を得ることができ、且つ多検体の連続分析も容易であるため、簡便且つ迅速な微生物同定が可能となる。特に、タンパク質等の生体高分子をできるだけ分解せずにイオン化するソフトイオン化法が実用化されて以来、微生物の分析に質量分析が広く応用されている。
【0005】
ソフトイオン化法のなかでも、マトリックス支援レーザー脱離イオン化質量分析(以下、MALDI-MSと称する場合がある)と呼ばれるイオン化法を用いた質量分析は、近年、微生物の分析手段として注目を浴びている。MALDI-MSにより得られたマススペクトルパターンを、予めデータベースに多数収録された既知微生物のマススペクトルパターンと照合することにより、識別対象微生物の同定が行われる。こうした手法はマススペクトルパターンを各微生物に特異的な情報(すなわち指紋)として利用するため、フィンガープリント法と呼ばれている。
【0006】
MALDI-MSを用いた微生物同定において、種までの分析は、フィンガープリント法が知られており、臨床分野の一部では実用化されている。一方、亜種や血清型までの分析は、例えば、特許文献1にリボソームタンパク質等をマーカーとして用いる手法が報告されている。特許文献1の方法では、あらかじめ実測されたマススペクトルの検出ピーク情報(m/z値など)を分析対象物の実測データと照会し、マーカーに帰属される特定のm/z値のピークの有無により微生物の識別が行われる。
【0007】
特許文献2には、複数のデータからなる複数のグループにおいて、各グループのデータを比較して差異解析を行い、各グループを識別するためのマーカーを探索する方法が記載されている。
さらに上記特許文献1あるいは2の方法を用いて、マーカーを特定し微生物を識別した結果も得られている。
【0008】
例えば、サルモネラ属のSalmonella enterica subsp. entericaについて、種までの同定をフィンガープリント法による手法で行い、血清型の識別を12種のマーカーを用いて行う手法が報告されている(特許文献3、非特許文献1)。
非特許文献1によれば、特許文献1の方法により、m/z値などあらかじめ実測されたマススペクトルの検出ピーク情報を実データと照会することで、まず識別対象微生物がサルモネラ属であることを特定している。次に、血清型ごとにグループ分けされた複数の菌株のデータを比較して、各血清型を識別するためのマーカーを特定している。このような方法により、サルモネラの血清型識別マーカーとして12種が特定され、これらマーカーにより22種の血清型が識別できることが報告されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【文献】特開2015-184020号公報
【文献】特開2018-505063号公報
【文献】WO2017/168740公報
【非特許文献】
【0010】
【文献】Applied Microbiologyand Biotechnology, 2017, Vol.101, No. 23-24,pp. 8557-8569.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
微生物は同一属に属していても、その種、亜種、血清型および株等に細かく分類され、それぞれの性質が異なることが知られている。例えば上述のサルモネラ属の場合、種はentericaとbongoriの2菌種、あるいはこれらにsubterraneaを加えた3菌種あり、entericaには6種の亜種がある。さらに亜種ごとに異なる血清型や株があり、例えば亜種entericaには2000種以上の血清型が存在するといわれている。
【0012】
また微生物によってはヒトに対して病原性がある場合とない場合があり、血清型はそれぞれ生物学的に異なる性質を有している。したがって微生物の亜種、血清型、株を簡便かつ迅速な方法で識別する必要がある。
【0013】
微生物には多数の血清型や株が存在することから、すべてを分析することは容易ではない。またヒトに対し病原性がある微生物の分析では、できるだけ実測件数を抑えることが、検査者の安全性の観点からも重要である。さらに購入できる試料の種類も限られている。したがって上記方法のように実測データにのみ基づきマーカー探索を行うには限界がある。そのため、これまで報告されているマーカー数は限られ、マーカーにより識別できる種、亜種、血清型も限られていた。
【0014】
また血清型や株の数が膨大な微生物の場合、識別に利用できる実測データも少なく、実測データのデータベース化もまだ十分に整備されていない。
【0015】
したがって、できるだけ少ない実測データに基づき微生物を識別するためのマーカーを特定する方法が望まれていた。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明者らは、質量分析法により得られた分析結果と入手可能な公共の遺伝子情報とから、識別対象微生物の属、種、亜種、血清型を識別できるマーカーの探索方法を検討し、できるだけ少ない実測データに基づきマーカーを特定する方法を見出し、本発明に至った。
【0017】
すなわち本発明は
下記ステップ1から8を含む微生物識別用マーカーの特定方法に関する。
ステップ1:全ゲノムが解読されている微生物を選定する。
ステップ2:上記ステップ1で選定した微生物が有するタンパク質
の質量分析を行い、タンパク質のアミノ酸配列に基づく分子量関連イオンピークを得る。
ステップ3:上記ステップ2で得られた分子量関連イオンピークから各ピークの実測m/z値を得る。
ステップ4:上記ステップ1で選定された微生物について、遺伝子データベースより、当該微生物が有するタンパク質情報とそのアミノ酸配列情報を得、当該得られたアミノ酸配列情報から当該タンパク質の理論m/z値を算出する。
ステップ5:ステップ4で算出した理論m/z値と、上記ステップ3で得られた実測m/z値と比較し、実測m/z値に一致する理論m/z値を有するタンパク質とそのアミノ酸配列に、実測m/z値を帰属する。
ステップ6:ステップ5で帰属されたタンパク質と類似のアミノ酸配列情報遺伝子データベースより入手する。
ステップ7:上記ステップ6で入手したアミノ酸配列情報からこれに類似のアミノ酸配列を有する微生物のうち、識別分類に応じて微生物を選別し、その微生物が有するタンパク質のアミノ酸配列の理論m/z値を算出する。
ステップ8:ステップ7で算出したアミノ酸配列の理論m/z値を比較し、分類ごとに差異のある理論m/z値を有するタンパク質を識別のためのマーカーとして特定する。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、少ない実測データに基づき微生物を識別するためのマーカーを特定することができ、例えばサルモネラにおいては、非特許文献1で特定されたマーカー以外に、新たに26種のマーカーを特定することができた。
【図面の簡単な説明】
【0019】
図1】本発明の微生物識別に用いるマーカーの特定方法を示すフローチャートである。
図2】S. EnteritidisとS.Typhimuriumにおける本発明の方法により特定されたマーカーの一つであるChaBのマススペクトルである。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本発明の微生物を識別するために用いるマーカーの特定方法について説明する。
微生物は上述のとおり同じ属および種に属していても、さらに多数の亜種、血清型、株に分類される。また種や亜種、血清型によっては人体に対して毒性を有する場合もあり、また効果的な治療薬も異なる。したがって微生物を簡便かつ迅速な方法で識別することは重要である。本発明において識別対象となる微生物としては、主に細菌、放線菌、枯草菌、菌類などが含まれ、例えば、サルモネラ、大腸菌などが挙げられるが、これに限定されない。
【0021】
マーカーとは一般にある群に帰属する異なる各要素を識別するために用いられる各要素に特有な特徴である。微生物の場合は、例えば、異なる属、同一属に属する異なる種、または同一種に属する異なる亜種、血清型、または株ごとにアミノ酸配列の一部が異なるタンパク質などがマーカーとして用いられる。
【0022】
本発明では、微生物が有するタンパク質に着目し、識別対象の微生物に共通する遺伝情報(ゲノム情報)に基づき、属、種、亜種、血清型または株を識別できるタンパク質を特定する。特定されたタンパク質は識別対象の微生物を識別するためのマーカーとして用いることができる。また特定されたマーカーは必ずしも亜種、血清型または株まで識別するマーカーである必要はなく、目的に応じて属のみ、または種のみを識別するマーカーであってもよい。
【0023】
マーカーとして用いるタンパク質は微生物が有するタンパク質であればよく、例えば微生物の細胞内のタンパク質がマーカーとして好適に用いられる。細胞内のタンパク質としてはリボソームタンパク質などが挙げられるが、これに限定されない。
マーカーの特定には質量分析法を用いる。特に高分子をできるだけ分解せずにイオン化するソフトイオン化法を採用したMALDI-MSを用いることが好ましい。マーカーの特定には質量分析測定により、プロトンが中性分子のタンパク質Mに付加した分子(以下、[M+H]+と称する場合がある。)などの分子量関連イオンピークのデータを用いる。このとき、タンパク質のm/zの値としては、各タンパク質の塩基配列をアミノ酸配列に翻訳することにより求められた計算質量を用いることが望ましい。さらに、前記アミノ酸配列から計算質量を求める際には、翻訳後修飾としてN-末端メチオニン残基の切断を考慮することが望ましい。具体的には、最後から2番目のアミノ酸残基がGly、 Ala、 Ser、 Pro、 Val、 Thr、 またはCysである場合に、N-末端メチオニンが切断されるものとして理論値を算出する。
【0024】
本発明の微生物識別用マーカーの特定方法は図1のフローチャートに示したように以下の手順で行われる。
ステップ1:識別対象微生物の中から全ゲノムが解読されている微生物を選定する。
ステップ2:上記ステップ1で選定した微生物が有するタンパク質の質量分析を行い、タンパク質のアミノ酸配列に基づく[M+H]+などの分子量関連イオンのピーク(以下、分子量関連イオンピークと称する場合がある)を得る。
ステップ3:上記ステップ2で得られた分子量関連イオンピークから各ピークのm/z値を実測された値として得る(以下、実測m/z値と称する場合もある)。
ステップ4:上記ステップ1で選定された微生物について、遺伝子データベースより、当該微生物が有するタンパク質とアミノ酸配列を得、当該アミノ酸配列情報から当該タンパク質のm/z値の理論値を算出する(以下、理論m/z値と称する場合がある)。
【0025】
ステップ5:上記ステップ4で算出した理論m/z値と、上記ステップ3で得られた実測m/z値と比較し、実測m/z値に一致する理論m/z値を有するタンパク質とそのアミノ酸配列に、実測m/z値を帰属する。
ステップ6:上記ステップ5で帰属されたタンパク質と類似のアミノ酸配列をデータベースより入手する。
ステップ7:上記ステップ6で入手した類似のアミノ酸配列を有する微生物のうち、識別分類に応じて微生物を選別し、その微生物が有するタンパク質のアミノ酸配列の理論m/z値を算出する。
ステップ8:ステップ7で算出したアミノ酸配列の理論m/z値を識別分類ごとに比較し、属、種、亜種、血清型、株など識別分類ごとに差異のある理論m/z値を有するタンパク質を識別のためのマーカーとして特定する。
【0026】
通常、微生物の場合、異なる属、種、亜種、血清型および株において、複数の同じタンパク質を持ち、上記マーカータンパク質のm/z値を複数組み合わせることで、微生物の属、種、亜種、血清型、株を識別することができる。
【0027】
以下に各ステップをより詳細に説明する。
[ステップ1から3]
ステップ1で識別対象微生物の中から選定される全ゲノムが解読されている微生物は、遺伝子データベース等の公知のデータベース、例えば、UniProt(登録商標 別名The
Universal Protein Resource)、NCBIや購入先情報に基づき選定すればよい。全ゲノムが解読されている微生物が選定されたら、当該微生物を入手し、ステップ2にて、質量分析を行い、タンパク質のアミノ酸配列に基づく分子量関連イオンピークを得る。質量分析方法は上述のMALDI-MSが好ましい。MALDI-MSではタンパク質毎にアミノ酸配列に基づく[M+H]+などの分子量関連イオンピークが得られ、それぞれのピークに対して、ステップ3で、そのm/z値を得る。
【0028】
[ステップ4]
一方、ステップ1で選定した微生物は、全ゲノム解読がなされているので、その微生物に含まれるタンパク質とそのアミノ酸配列は判明しており、通常、遺伝子データベースに収録されている。したがって、ステップ1で選定した微生物に含まれる全タンパク質のアミノ酸配列をデータベースより入手し、それぞれの理論m/z値を算出することができる。用いるデータベースは、例えば、UniProt(登録商標 別名The Universal Protein Resource)、NCBI等が挙げられる。
【0029】
[ステップ5]
ステップ5では、ステップ3で得られた実測m/z値とステップ4で算出した理論m/z値を比較することで、ステップ2の質量分析で得られた全ての分子量関連イオンピークを既知のタンパク質およびそのアミノ酸配列に帰属することができる。
【0030】
[ステップ6]
微生物の場合、属、種、亜種、血清型または株により、タンパク質の質量が異なる場合がある。この質量の違いは、タンパク質を構成するアミノ酸が変異したためであると考えられる。ステップ6ではアミノ酸配列の変異体を検索するため、帰属されたタンパク質と類似のアミノ酸配列を検索する。
【0031】
上記ステップ6で類似のアミノ酸配列を有するタンパク質は、例えば既存の微生物のデータベースから検索により特定することができる。検索の方法は例えば、データベースとしてUniProtやNCBIなどを用いたSimilarity検索(相同性検索)が挙げられる。Similarity検索を行う場合、例えば配列類似度50%以上の条件で検索する。配列類似度については識別の目的等に応じて、適宜、設定すればよい。
【0032】
[ステップ7]
上記ステップ6で選定された類似のアミノ酸配列を有するタンパク質は様々な属または種に属する微生物のアミノ酸配列が含まれるため、そのなかから、識別分類に応じて微生物を選別する。例えば識別分類が種、亜種、血清型、または株である場合、ステップ1で選別した微生物と同一の属の微生物を選別する。また識別分類が属の場合、その属に関わらず全ての微生物を選別する。そして、これらの選別された微生物のアミノ酸配列の理論m/z値を求める。
【0033】
[ステップ8]
ステップ4から7により全ゲノムが解読されている微生物を質量分析することで検出されるタンパク質とそのアミノ酸配列の理論m/z値が得られる。併せて全ゲノムが解読されている微生物のアミノ酸配列と類似のアミノ酸配列をもつ、例えば同属異種の微生物が有するタンパク質の理論m/z値が求められる。ステップ8では、例えば同属異種の微生物が有するタンパク質のアミノ酸配列に基づく理論m/z値を比較し、種間で差異のあるm/z値を有するタンパク質が特定できれば、該タンパク質を種の識別用のマーカーとして特定する。ステップ8で、差異のあるm/z値を有するタンパク質が複数特定できる場合、差異のあるm/z値を有するタンパク質を全てマーカーとして特定してよいし、これらタンパク質のうち、例えば高い強度のm/z値を有するタンパク質をマーカーとして特定してもよいし、他のマーカーのm/z値との差が200ppm以上、好ましくは500ppm以上、より好ましくは800ppm以上であるm/z値を有するタンパク質をマーカーとして特定してもよい。
【0034】
上記ステップにより特定されたマーカーは、属、種、亜種、または血清型が異なる場合、同じタンパク質であっても理論m/z値がそれぞれ異なる。すなわち各タンパク質は属、種、亜種または血清型毎に異なる理論m/z値を有するので、これらの識別に用いるマーカーとすることができる。このとき、全体のうち幾つかの属、種、亜種または血清型で同じ理論m/z値を有する場合も、複数のタンパク質の理論m/z値を組み合わせることで、全体として識別に寄与する場合は、これらの識別に用いるマーカーとすることができる。
【0035】
以下に微生物としてサルモネラ属を例にとり、上記方法についてさらに詳細に説明する。
ステップ1で選定される全ゲノムが解読されているサルモネラとして、Salmonella enterica subsp. enterica serovar Abaetetuba(以下、S.Abaetetubaと称する場合がある)(菌株:ATCC 35640)、Salmonella enterica subsp. enterica serovar Typhimurium(菌株:ATCC 700720)などが挙げられる。
【0036】
例えば、上記S.AbaetetubaをMALDI-MSにて質量分析を行うことで、タンパク質のアミノ酸配列に基づく[M+H]+などの分子量関連イオンピークが得られる。
【0037】
実測されたタンパク質の分子量関連イオンピークに対して、自己キャリブレーションを適用すると、より精密なm/z値が求められる。
【0038】
一方、S.Abaetetubaはゲノム情報が公開されており、例えば、上記データベースUniProtなどから保有する全てのタンパク質名とアミノ酸配列のデータを入手することができる。得られたアミノ酸配列情報から各タンパク質の分子量関連イオンピークのm/z値が算出できる。このようにして算出された理論m/z値を、先に実測されたタンパク質の分子量関連イオンピークの実測m/z値と対比させることで、実測されたタンパク質の分子量関連イオンピークのm/z値を、タンパク質およびアミノ酸配列に帰属できる。
【0039】
S.Abaetetubaの実測された分子量関連イオンピーク数は膨大となるので、適宜、帰属する分子量関連イオンピークを選定してもよい。例えば、m/z値が2000から20000、好ましくは3000から15000の範囲のピークを選定し、それらを帰属してもよい。またピークのS/Nが2以上、好ましくは3以上のピークを選定し、それらを帰属してもよい。
【0040】
上記で帰属されたタンパク質に対して、例えば上記UniProtを用いたSimilarity検索を行うことで、類似のアミノ酸配列の理論m/z値が得られる。この中からサルモネラに属するアミノ酸配列とそのタンパク質を選択することで、サルモネラの各種、各亜種、各血清型、あるいは各株とその理論m/z値がそれぞれ得られる。
【0041】
上述のようにして得られたサルモネラの種、亜種、血清型毎の理論m/z値を比較し、種、亜種、血清型、あるいは株毎に異なるm/z値を示すタンパク質をマーカーとして選定することができる。
【0042】
上述の方法で選定されたマーカーが正しいかどうかは、例えば以下の手順により確認することができる。まず種、亜種、血清型のいずれかが判明している微生物を、MALDI-MSにより質量分析を行い、上記と同様にして実測により得られたタンパク質の分子量関連イオンピークに対するm/z値を求める。質量分析の結果、マーカーとして選定されたタンパク質が理論m/z値で検出されるかどうかにより、確認することができる。
【0043】
上記サルモネラを例にとると、まず血清型が判明している複数のサルモネラを、MALDI-MSにより質量分析を行い、上記と同様にして実測により得られたタンパク質の分子量関連イオンピークに対するm/z値を求める。質量分析の結果、マーカーとして選定されたタンパク質が上記血清型におけるタンパク質のアミノ酸配列に基づく理論m/z値どおりに再現良く検出されるかどうかにより、確認することができる。
【0044】
なお、通常、微生物の亜種が判明している場合はその種は判明しており、血清型が判明している場合は、その種と亜種は判明している。一方、種が判明していてもその亜種または血清型が判明していない場合がある。したがって、上記の確認方法において、例えば、種を識別するためのマーカーを確認するためには、種、あるいは種と亜種、あるいは種と亜種と血清型が判明している微生物を用いる必要がある。また、種および亜種を識別するためのマーカーを確認するためには種と亜種、あるいは種と亜種と血清型が判明している微生物を用いる必要がある。
【0045】
上述の方法により特定されたマーカーを用いて、識別対象の微生物を識別する。識別方法は、例えばマーカーの特定方法と同様に、識別対象の微生物を質量分析する方法が採用できる。特に高分子をできるだけ分解せずにイオン化するソフトイオン化法を採用したMALDI-MSを用いることが好ましい。
【0046】
識別対象の微生物を質量分析し、タンパク質の分子量関連イオンピークを得る。得られた分子量関連イオンピークから上記マーカーとして特定されたタンパク質に帰属される理論m/z値におけるピークの存在の有無を確認する。あるいは、そのマーカータンパク質のピークがどの理論m/z値で検出されるかを確認する。マーカーとして特定されたタンパク質に帰属される理論m/z値におけるピークの存在が識別対象の微生物に確認されれば、当該タンパク質を有する種、亜種または血清型などが識別される。あるいは、そのマーカータンパク質のピークのm/z値に基づき、識別対象の微生物の種、亜種または血清型などが識別される。
【0047】
上述のとおり、微生物の識別に用いることができるマーカーを予め選定しておくことで、識別対象の微生物を質量分析すれば、その微生物が属する属、種、亜種、または血清型を識別することができる。また想定される属、種、亜種、血清型を全て別途分析して識別対象の微生物と比較する必要はなく、識別対象の微生物のみを分析するだけよい。
【0048】
選定されたマーカーは属、種、亜種、血清型の識別を容易にし、微生物の属、種、亜種および血清型を簡便かつ迅速に識別することができる。また、属、種、亜種、血清型毎にマーカーを特定し、特定されたマーカーの少なくとも一つとその理論m/z値、および属、種、亜種または血清型のいずれか少なくとも一つとからなるデータベースを構築することもできる。例えば亜種を識別することができるマーカーを特定し、各亜種とそのマーカーとのデータベースを構築することができる。このようなデータベースを構築することで、識別対象微生物の質量分析の結果から直ちにその属、種、亜種、または血清型を識別することができる。また本発明のマーカーの選定方法は全ゲノムが解明している微生物だけを分析すればよく、ヒトに対し病原性がある微生物などの実測件数を抑えることができ、検査者の安全性や労力の観点からも有用である。
【実施例
【0049】
以下に実施例を挙げて本発明を詳細に説明するが、本発明の範囲はこれらによって限定されない。
微生物としてサルモネラを被検試料とし、サルモネラの種、亜種、血清型を識別するのに用いることができるマーカーの特定を行った。
【0050】
被検試料をMALDI-MSで質量分析を行った。MALDI-MSに用いた装置は島津製作所製AXIMA(登録商標)
Performanceであり、測定条件は以下のとおりである。
【0051】
[質量分析条件]
装置:島津製作所製AXIMA(登録商標) Performance
条件: positiveモード。Linモード。ラスター分析。
【0052】
[手順]
下記手順1から9によりサルモネラのマーカーの特定およびその確認を行った。
1.サルモネラの全ゲノム解読株としてSalmonella enterica subsp. enterica serovar Abaetetuba(以下、S.Abaetetubaと称する)の菌株: ATCC 35640を選定し、LB寒天培地で、温度37℃で20時間培養した。同様に、サルモネラ属の血清型2種の各株: S. Enteritidis(菌株:GTC00131、GTC09491、HyogoSE11002、HyogoSE12001)とS. Typhimurium(菌株:NBRC14210、NBRC15181、NBRC12529、NBRC13245)を、LB寒天培地で、温度37℃で20時間培養した。
【0053】
2.マトリックス溶液として、以下のsinapinic acid(Wako社製、以下、SA)溶液を調製して以下の手順に用いた。
SA-1: SA25mg/mLのエタノール(以下、EtOH)溶液
SA-2: SA25
mg/mLのメチレンジホスホン酸(methylenediphosphoric acid、Sigma-Aldrich社製、以下、MDPNA)1重量% 、n-decyl-β-D-maltopyranoside(Sigma-Aldrich社製、以下、DMP)1mM、トリフルオロ酢酸(Wako社製、trifluoroacetic acid、以下、TFA)0.6重量%、およびアセトニトリル(Wako社製、acetonitrile、以下、ACN)50重量%からなる水溶液。
【0054】
3.上記手順1のサルモネラ約1mgを微量天秤で秤量し、手順2で調整したSA-2溶液を加え、サルモネラの濃度が1mg/0.075
mL(1×107個/μL)となるよう、ニードルで懸濁後、超音波に1minかけ、得られた懸濁液に対し、遠心分離を12000rpm、5minの条件で行った。
【0055】
4.上記手順2.で調整したSA-1溶液を、MALDIプレートに、0.5μLずつ滴下し、プリコートした。その後、上記3.の遠心分離後の上清液を、プリコートされたウェル上に、1μLずつ滴下した。自然乾燥後、MALDI-MSにプレートを挿入し、positive、Linモードで、ラスター分析で測定した。n数は4とした。測定後、サルモネラの自己キャリブレーションを適用し、得られたマススペクトルを評価し、検出されたタンパク質のピークのm/z値を確認した。
【0056】
5.全ゲノム解読株であるS. Abaetetubaの公開遺伝子情報から、全てのアミノ酸配列とタンパク質名を入手した。このアミノ酸配列情報から、各タンパク質のアミノ酸配列に基づく理論m/z値を算出した。
【0057】
6.上記手順5で入手したタンパク質に対し、上記4.で得られたマススペクトルのピークのうち、m/z値が3000~20000範囲、ピークのシグナル/ノイズ比(S/N)が3以上、質量精度500ppm以内で、n数4のうち3回以上検出され、また手順5から入手したタンパク質のm/z値の理論値の近似値がひとつのピークに対し2つ以上存在しないピークに帰属されるタンパク質を選択した。
【0058】
7.上記手順6の各タンパク質に対し、公開遺伝子情報のSimilarity検索(配列類似度50%以上)により類似のアミノ酸配列情報を検索し、サルモネラ属菌の各株における理論m/z値を、種、亜種、血清型情報とともに入手した。
【0059】
8.上記手順7で得られた理論m/z値をサルモネラ属の種、亜種、血清型ごとに比較し、種、亜種、血清型ごとに異なるm/z値を示すタンパク質をマーカーとして特定した。
【0060】
[結果]
まず、S. Enteritidis(菌株:GTC00131、GTC09491、HyogoSE11002、HyogoSE12001)とS. Typhimurium(菌株:NBRC14210、NBRC15181、NBRC12529、NBRC13245)のマススペクトルにおいて、上記手順6と同様にして選択した主なタンパク質のうちの代表ピークの検出状況を表1にまとめた。結果、実測データは、遺伝子情報から算出したタンパク質のm/z値情報をほぼ反映していた。
【0061】
【表1】
検出率は以下のようにして求めた。
血清型毎に上記各株について4回測定し、S/N >3、質量精度500ppm以内で、タンパク質が3回以上検出された場合を、そのタンパク質が検出された株と判定した。検出された株の数を測定した株の総数で割って検出率とした。例えば。タンパク質が検出された株が4株中、4株であれば検出率100%、4株中3株であれば検出率は75%である。
【0062】
表1から分かるように一部を除き、ほぼ理論値通りにピークが検出されている。タンパク質によって検出率の低い場合がある理由としては、タンパク質のピークが低感度であるためだった。この結果から、遺伝子情報から検出ピークのm/z値を予測することが可能であることが確かめられた。これにより、遺伝子情報に基づきマーカータンパク質を予測できると考えられた。
【0063】
次に、上記手順8において、理論m/z値をサルモネラ属の種、亜種、血清型ごとに比較し、種、亜種、血清型ごとに異なるm/z値を示す以下のタンパク質26種をマーカータンパク質として特定した。
【0064】
S22、YcaR、L35、BcsR、SsaG、
Nucleotidyl transferase、YibJ、OadG、
ChaB、ZapB、HU-1、YeiS、HU-2、IraP、S15、
rpoZ、IHFb、IHFa、YgaM、RaiA、YifE、
YeeX、Endolysin、RNaseP、CheY、S5
【0065】
例えば、手順8でマーカーとして特定されたタンパク質、ChaBについて、サルモネラ属の血清型2種(S. EnteritidisとS. Typhimurium)の実測ピークを図2に、理論m/z値を表2に示した。図2および表2から分かるように、マーカーとして特定したタンパク質、ChaB、により血清型2種(S. EnteritidisとS. Typhimurium)が識別できることが確認できた。
【0066】
【表2】
【0067】
さらに、上記でマーカーとして特定したタンパク質26種の種、亜種、血清型の理論m/z値をまとめた結果を表3、5、7に示す。併せて、非特許文献1で報告されているサルモネラ血清型識別用12マーカータンパク質の理論m/z値をまとめた結果を表4、6、8に示す。

【0068】
【表3】
【0069】
表3は、サルモネラ属の2種(S. bongori、S. enterica)に対する、上記でマーカーとして特定したタンパク質26種のうち代表17種(S15、S22、YeiS、YcaR、YgaM、RaiA、IraP、HU2、BcsR、IHFa、CheY、rpoZ、YifE、IHFb、YeeX、HU1、Endolysin)の理論m/z値を示している。表中の下線の数値は、その種のみで確認された理論m/z値を示している。ただし種間に500 ppm以内のm/z値がある場合は下線をつけていない。複数のm/z値がある場合は、代表値以外を”etc.”として示している。その場合、代表値としては、種間で差異のある代表的なm/z値とともに、種間に近似するm/z値がある場合はそのm/z値を優先して例示している。
下線の数値のm/z値でピークが確認された場合は、そのピークのみで種の識別ができる可能性があることを示している。また、ひとつのタンパク質で識別困難な場合も、複数のタンパク質のm/z値を確認することで識別できる可能性があることがわかる。併せて、後述の表4のような既知マーカータンパク質のm/z値の検出状況と組み合わせることで、既知マーカータンパク質だけでは困難な識別もできる可能性がある。
【0070】
【表4】
【0071】
表4は、サルモネラ属の2種(S. bongori、S. enterica)に対する、非特許文献1で報告された血清型識別用として既知のマーカータンパク質12種のうち代表6種の理論m/z値を示している。下線の数値は、その種のみで確認された理論m/z値を示している。ただし種間で500 ppm以内のm/z値がある場合は下線をつけていない。複数のm/z値がある場合は、代表値以外を”etc.”として示している。その場合、代表値としては、種間で差異のある代表的なm/z値とともに、種間に近似するm/z値がある場合はそのm/z値を優先して例示している。
なお、例示した6種のタンパク質は、非特許文献1で報告された血清型識別用の12マーカーのうちの6つであり、表4に例示した種の識別用マーカーとしては知られていない。
表4の下線の数値のm/z値でピークが確認された場合は、そのピークのみで種の識別ができる可能性があることを示している。また、ひとつのタンパク質で識別困難な場合も、複数のタンパク質のm/z値を確認することで、識別できる可能があることがわかる。併せて、前記の表3のような新規マーカータンパク質のm/z値の検出状況と組み合わせることで、既知マーカータンパク質だけでは困難だった識別もできる可能性がある。

【0072】
【表5】
【0073】
表5は、Salmonella entericaの6亜種(houtenae、salamae、indica、diarizonae、arizonae、enterica)に対する新規マーカータンパク質26種のうち代表6種(ChaB、YeiS、SsaG、IraP、BcsR、Endolysin)の理論m/z値を示している。表中のハイフンはデータべースに記載のないことを示している。下線の数値は、その亜種のみで確認された理論m/z値を示している。ただし種間に500 ppm以内のm/z値がある場合は下線をつけていない。複数のm/z値がある場合は代表値以外を”etc.”として示している。その場合、代表値としては、種間で差異のある代表的なm/z値とともに、種間に近似するm/z値がある場合はそのm/z値を優先して例示している。
下線の数値のm/z値でピークが確認された場合は、そのピークのみで種の識別ができる可能性があることを示している。また、ひとつのタンパク質で識別困難な場合も、複数のタンパク質のm/z値を確認することで、識別できる可能があることがわかる。併せて、後述の表6のような既知マーカータンパク質のm/z値の検出状況と組み合わせることで、既知マーカータンパク質だけでは困難だった識別もできる可能性がある。
【0074】
【表6】
【0075】
表6は、Salmonella entericaの6亜種(houtenae、salamae、indica、diarizonae、arizonae、enterica)に対する、非特許文献1で報告された血清型識別用として既知のマーカータンパク質12種のうち代表4種(YibT、L15、YaiA、Gns)の理論m/z値を示している。表中のハイフンはデータべースに記載のないことを示している。下線の数値は、その亜種のみで確認された理論m/z値を示している。ただし種間に500 ppm以内のm/z値がある場合は下線を示していない。複数のm/z値がある場合は代表値以外を”etc.”として示している。その場合、代表値としては、種間で差異のある代表的なm/z値とともに、種間に近似するm/z値がある場合はそのm/z値を優先して例示している。
なお、例示した4種のタンパク質は、非特許文献1で報告された血清型識別用の12マーカーのうちの4つで、表6に例示した亜種の識別用マーカーとしては知られていない。
下線の数値のm/z値でピークが確認された場合は、そのピークのみで種の識別ができる可能性があることを示している。また、ひとつのタンパク質で識別困難な場合も、複数のタンパク質のm/z値を確認することで、識別できる可能があることがわかる。
併せて、前記の表5のような新規マーカータンパク質のm/z値の検出状況と組み合わせることで、既知マーカータンパク質だけでは困難だった識別もできる可能性がある。
【0076】
【表7】
【0077】
表7は、Salmonella enterica subsp. entericaの血清型14種(Adelaide、Agama、Agona、Alachua、Albany、Altona、Anatum、Barreilly、Berta、Bovismorbificans、Braenderup、Brancaster、Bredeney、Cerro)に対する新規マーカータンパク質26種のうち代表7種(YjbJ、ChaB、YeiS、SsaG、YgaM、RaiA、Endolysin)の理論m/z値を示している。表中のハイフンはデータべースのないことを示している。複数のタンパク質のm/z値を組み合わせることで識別できる可能性があることがわかる。併せて、後述の表8のような既知マーカータンパク質のm/z値の検出状況と組み合わせることで、既知マーカータンパク質だけでは困難だった識別もできる可能性がある。
【0078】
【表8】
【0079】
表8は、Salmonella enterica subsp. entericaの血清型14種(Adelaide、Agama、Agona、Alachua、Albany、Altona、Anatum、Barreilly、Berta、Bovismorbificans、Braenderup、Brancaster、Bredeney、Cerro)に対する既知マーカータンパク質の代表6種(SodA、YibT、L15、PPlase、L25、Gns)の理論m/z値を示している。表中のハイフンはデータべースのないことを示している。複数のタンパク質のm/z値を組み合わせることで識別できる可能があることがわかる。なお、SodAは高質量タンパク質のため、他のタンパク質と比べ低感度であること、高質量域で確認されるピーク形状が変異しやすいことなどから、m/z値の精度が低下しやすいことが知られている。
例示した6種のタンパク質は、非特許文献1で報告された22種の血清型識別用の12マーカーのうちの6つで、22種以外の血清型の識別マーカーとして有効なことは厳密には知られていない。表8.では、S. Altona、S. Braenderup以外は22種以外の血清型にあたる。
また、表7のような新規マーカータンパク質のm/z値の検出状況と組み合わせることで、既知マーカータンパク質だけでは困難だった識別もできる可能性がある。
【0080】
表3から8の結果から、遺伝子情報を用いた今回のプロトコルにより確認された新規マーカータンパク質26種が、サルモネラの種、亜種、血清型の識別に有効であることが判明した。併せて、これらのマーカータンパク質により、既知のマーカータンパク質だけでは困難な識別もできる可能性が示唆された。加えて、本発明の微生物識別用マーカーの特定方法は、遺伝子情報を用いることで、より多くの種、亜種、血清型に対する識別マーカーを特定できる。
【0081】
以上の結果から、遺伝子情報から実測データを予測することが可能であり、遺伝子情報から得られた理論m/z値を比較することで、微生物を識別するマーカーを特定できることが分かった。特に本発明の微生物識別用マーカーの特定方法は、全ゲノム情報が判明しているサルモネラの質量分析を1回行うことにより得られた検出ピークのm/z値を利用している。すなわち、1回の実測データを用いて遺伝子情報から異なる種等の実測データを予測し、遺伝子情報からの理論値を比較することで、サルモネラの種、亜種、血清型の識別に有効なマーカーを特定できる。
【0082】
[態様]
上述した例示的な実施形態は、以下の態様の具体例であることが当業者により理解される。
【0083】
[1]下記ステップ1から8を含む微生物識別用マーカーの特定方法。
ステップ1:全ゲノムが解読されている微生物を選定する。
ステップ2:上記ステップ1で選定した微生物が有するタンパク質の質量分析を行い、タンパク質のアミノ酸配列に基づく分子量関連イオンピークを得る。
ステップ3:上記ステップ2で得られた分子量関連イオンピークから各ピークの実測m/z値を得る。
ステップ4:上記ステップ1で選定された微生物について、遺伝子データベースより、当該微生物が有するタンパク質とアミノ酸配列を得、当該アミノ酸配列情報から当該タンパク質の理論m/z値を算出する。
ステップ5:ステップ4で算出した理論m/z値と、上記ステップ3で得られた実測m/z値と比較し、実測m/z値に一致する理論m/z値を有するタンパク質とそのアミノ酸配列に、実測m/z値を帰属する。
ステップ6:上記ステップ5で帰属されたタンパク質と類似のアミノ酸配列をデータベースより入手する。
ステップ7:上記ステップ6で入手した類似のアミノ酸配列を有する微生物のうち、識別分類に応じて微生物を選別し、その微生物が有するタンパク質のアミノ酸配列の理論m/z値を算出する。
ステップ8:ステップ7で算出したアミノ酸配列の理論m/z値を比較し、分類ごとに差異のあるm/z値を有するタンパク質を識別のためのマーカーとして特定する。
【0084】
上記[1]の発明によれば、少ない実測データに基づき微生物を識別するためのマーカーを特定する方法が提供される。
【0085】
[2]上記質量分析がMALDI-MSである上記[1]に記載の微生物識別用マーカーの特定方法。
【0086】
上記[2]の発明によれば、ごく微量の微生物試料を用いて短時間で分析結果を得ることができ、且つ多検体の連続分析も容易である。
【0087】
[3]微生物がサルモネラである上記[1]から[2]のいずれかに記載の微生物識別用マーカーの特定方法。
【0088】
上記[3]の発明によればサルモネラの識別用マーカーを特定することができる。
【0089】
[4]上記[1]に記載の方法により特定された微生物識別用マーカーを用いた微生物の識別方法。
【0090】
上記[4]の発明によれば、微生物を少ない実測で迅速に識別することができる。
【0091】
[5]微生物がサルモネラである上記[4]に記載の微生物の識別方法。
【0092】
上記[5]の発明によればサルモネラを迅速に識別することができる。
【0093】
[6]上記[1]に記載の方法により特定した微生物識別用マーカーとその理論m/z値、および該マーカーに対応する微生物の属、種、亜種、血清型および株とからなる群から選ばれる少なくとも1種を含むデータベース。
【0094】
上記[6]の発明を用いることにより、簡便に微生物を識別することができる。

図1
図2