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特許7364172成形体、その製造方法、繊維強化プラスチック製品の製造方法及び抗菌性又は抗ウイルス性向上方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-10-10
(45)【発行日】2023-10-18
(54)【発明の名称】成形体、その製造方法、繊維強化プラスチック製品の製造方法及び抗菌性又は抗ウイルス性向上方法
(51)【国際特許分類】
   C08J 7/04 20200101AFI20231011BHJP
   A01N 25/00 20060101ALI20231011BHJP
   A01N 57/12 20060101ALI20231011BHJP
   A01N 59/16 20060101ALI20231011BHJP
   A01P 3/00 20060101ALI20231011BHJP
   B32B 5/10 20060101ALI20231011BHJP
   B32B 27/18 20060101ALI20231011BHJP
   C08J 7/00 20060101ALI20231011BHJP
【FI】
C08J7/04 C CEZ
A01N25/00 102
A01N57/12 C
A01N59/16 A
A01P3/00
B32B5/10
B32B27/18 F
B32B27/18 Z
C08J7/00 Z CEZ
【請求項の数】 10
(21)【出願番号】P 2021195310
(22)【出願日】2021-12-01
(65)【公開番号】P2023081534
(43)【公開日】2023-06-13
【審査請求日】2022-02-04
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和2年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、研究成果展開事業「研究題目名:簡便な溶液プロセスによる繊維強化プラスチックへの耐感染性付与プロセスの構築」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】500446188
【氏名又は名称】東雄技研株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】801000027
【氏名又は名称】学校法人明治大学
(74)【代理人】
【識別番号】100079108
【弁理士】
【氏名又は名称】稲葉 良幸
(74)【代理人】
【識別番号】100109346
【弁理士】
【氏名又は名称】大貫 敏史
(74)【代理人】
【識別番号】100117189
【弁理士】
【氏名又は名称】江口 昭彦
(74)【代理人】
【識別番号】100134120
【弁理士】
【氏名又は名称】内藤 和彦
(74)【代理人】
【識別番号】100108213
【弁理士】
【氏名又は名称】阿部 豊隆
(72)【発明者】
【氏名】相澤 守
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 来
(72)【発明者】
【氏名】加藤 綾乃
(72)【発明者】
【氏名】菊地 哲雄
【審査官】大▲わき▼ 弘子
(56)【参考文献】
【文献】特開2020-069303(JP,A)
【文献】国際公開第2019/221159(WO,A1)
【文献】特開2021-053919(JP,A)
【文献】特開2022-117428(JP,A)
【文献】特開2010-268917(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第109082007(CN,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C08J7/04-7/06、
A01N1/00-65/48、A01P1/00-23/00、
B32B1/00-43/00、
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
感染性ウイルスを減少させるための、繊維強化プラスチック製品の使用であって、
前記繊維強化プラスチック製品が、繊維強化プラスチック層と、前記繊維強化プラスチック層上に設けられた外側層とを備え、
前記外側層は、カルシウム化合物及び樹脂を含有し、かつ、その表面において、イノシトールリン酸と、銀、亜鉛、及び銅からなる群より選択される少なくとも1種の金属元素との塩を有し、
前記樹脂が、不飽和ポリエステル樹脂、ビニルエステル樹脂、及び不飽和ポリエステル樹脂とビニルエステル樹脂との混合樹脂のいずれかを含み、
前記カルシウム化合物が、炭酸カルシウムを含む、使用。
【請求項2】
前記イノシトールリン酸に含まれるリン酸基が、3以上6以下である、請求項1に記載の使用。
【請求項3】
前記イノシトールリン酸が、フィチン酸である、請求項2に記載の使用。
【請求項4】
前記カルシウム化合物が、粒子状である、請求項1~3のいずれか1項に記載の使用。
【請求項5】
前記外側層におけるカルシウム化合物の含有量が、20質量%以上60質量%以下である、請求項1~4のいずれか1項に記載の使用。
【請求項6】
前記外側層の平均厚さが、0.1mm以上5.0mm以下である、請求項1~5のいずれか1項に記載の使用。
【請求項7】
前記繊維強化プラスチック製品が、バスタブ、サニタリー製品、遊具、花器、シャンパンクーラー、簡易トイレボックス、洗濯槽、文房具、自動車のハンドル、ドアノブ、フードコートのトレイ若しくはテーブル、駅若しくは公園のベンチ、又は、車両、航空機若しくは建築物の内装部材である、請求項1~6のいずれか1項に記載の使用。
【請求項8】
繊維強化プラスチック製品の抗ウイルス性を向上させ、又は繊維強化プラスチック製品に抗ウイルス性を付与する方法であって、
前記繊維強化プラスチック製品は、繊維強化プラスチック層と、前記繊維強化プラスチック層上に設けられた外側層とを備え、
前記外側層は、カルシウム化合物及び樹脂を含有し、かつ、その表面において、イノシトールリン酸を有し、
前記樹脂が、不飽和ポリエステル樹脂、ビニルエステル樹脂、及び不飽和ポリエステル樹脂とビニルエステル樹脂との混合樹脂のいずれかを含み、
前記カルシウム化合物が、炭酸カルシウムを含み、
前記方法が、イノシトールリン酸を有する前記表面に、銀イオン、亜鉛イオン、及び銅イオンからなる群より選択される少なくとも1種の金属イオンを付与する工程を含む、方法。
【請求項9】
前記繊維強化プラスチック製品が、抗ウイルス性を失った繊維強化プラスチック製品であり、
前記繊維強化プラスチック製品の抗ウイルス性を復元する、請求項に記載の方法。
【請求項10】
前記カルシウム化合物が、粒子状である、請求項又はに記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、成形体、その製造方法、繊維強化プラスチック製品の製造方法及び抗菌性又は抗ウイルス性向上方法等に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、衛生志向の高まりから、抗菌性を有するプラスチック製品が開発されている。例えば、抗菌性を発現する材料(以下、「抗菌性材料」という。)を樹脂に混錬させることにより、プラスチック製品に抗菌性を発現させる方法が提案されている。
【0003】
例えば、非特許文献1には、銀イオンが充填されたゼオライトが抗菌性を有すること、及びかかる銀ゼオライトを樹脂に添加することによりプラスチック製品に抗菌性を付与できることが開示されている。
【0004】
特許文献1には、プラスチック製品等の基材の表面の少なくとも一部に、銀微粒子等の抗菌性金属の粒子が一部露出状態でかつ分散して埋込まれていることを特徴とする抗菌性材料が開示されている。特許文献1によれば、そのような抗菌性材料は安価で簡単な処理によって製造することができ、耐久性のある抗菌性を有するとしている。
【0005】
特許文献2には、樹脂材料に予め抗菌剤を添加混合し、その後フィラーを添加混合した上で、該混合した材料を成形することにより製造される樹脂浴槽が開示されている。特許文献2によれば、そのような樹脂浴槽では、抗菌剤がフィラーによる阻害を受けないで樹脂材料中に均一、かつ十分に分散するため、少ない抗菌剤の添加量の下でも十分に樹脂浴槽に抗菌能力を付与できるとしている。
【0006】
特許文献3には、基材表面に抗菌材を付着させた抗菌部材において、該抗菌材付着面に、抗菌性が残る程度に樹脂塗膜を形成したことを特徴とする抗菌部材が開示されている。特許文献3によれば、そのような抗菌部材は、摩擦や機械的応力等の作用で抗菌材が剥落することがなく、また、洗剤等に対する耐薬品性に優れ、長期にわたって優れた抗菌性を維持し得るとしている。
【0007】
ところで、高強度を有しながらも、軽量であり、さびにくく、かつ、腐りにくいプラスチック材料として、繊維強化プラスチック(fiber reinforced plastic:FRPともいう。)が知られている。繊維強化プラスチックは、ガラス繊維や炭素繊維等の繊維材料と、樹脂材料(プラスチック)とを含む複合材料であり、市場での需要が高まっている。例えば、繊維強化プラスチックは、車両や航空機の部材としてだけでなく、日用品の一部分にも用いられている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】特開2000-319109号公報
【文献】特開平11-58555号公報
【文献】特開2009-40729号公報
【非特許文献】
【0009】
【文献】工藤清孝ら,無機マテリアル,1999年,283号,492-496貢
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
しかしながら、本発明者らが従来の抗菌性を有するプラスチック製品を詳細に検討したところ、その抗菌性が十分でないことがわかった。例えば、上記のような抗菌性材料を樹脂に混錬させることにより抗菌性を発現させたプラスチック製品は、抗菌性材料が容易に剥離又は溶出する傾向にあるため、抗菌性の継続期間が極めて短い。また、そのようなプラスチック製品は、一度抗菌性を失うと、再度抗菌性を付与することが困難であり、製品のライフサイクルが短いという問題もある。更に、繊維強化プラスチック製品に抗菌性を付与した報告は、これまでにほとんどされていない。また、近年、成形体に対して、抗菌性だけでなく、抗ウイルス性を付与することへの要求も高まっている。
【0011】
本発明は、上記問題点に鑑みてなされたものであり、抗菌性又は抗ウイルス性を有する新規な成形体、及びその製造方法等を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明の一実施形態に係る成形体は、カルシウム化合物及び樹脂を含有し、イノシトールリン酸と、銀、亜鉛、及び銅からなる群より選択される少なくとも1種の金属元素との塩を、表面に有する。
【0013】
この成形体は、上記の構成を有しているため、優れた抗菌性及び抗ウイルス性の少なくともいずれか一方を発現する。抗菌性又は抗ウイルス性はイノシトールリン酸と所定の金属元素との塩、及び/又は当該塩から溶出する金属イオンに起因するものであると考えられる。成形体がカルシウム化合物を有しているため、当該塩がカルシウム化合物と相互作用し、成形体の表面に安定的に保持されるものと推察される。
【0014】
上記の態様において、イノシトールリン酸は、好ましくは、3以上6以下のリン酸基を有する。この態様によれば、イノシトールリン酸と所定の金属元素との塩とカルシウム化合物との相互作用が一層好適な強度となるため、上記成形体の抗菌性又は抗ウイルス性は一層優れたものとなる傾向にある。同様の観点から、イノシトールリン酸は、より好ましくは、フィチン酸である。
【0015】
上記いずれの態様においても、カルシウム化合物は、好ましくは、カルシウムの無機塩である。この態様によれば、イノシトールリン酸と所定の金属元素との塩とカルシウム化合物との相互作用が一層好適な強度となる傾向にある。
【0016】
上記の成形体の一態様において、成形体は、繊維強化プラスチック層と、上記繊維強化プラスチック層上に設けられた外側層とを備え、上記外側層は、カルシウム化合物及び樹脂を含有し、かつ、その表面において、イノシトールリン酸と、銀、亜鉛、及び銅からなる群より選択される少なくとも1種の金属元素との塩を有する。この態様によれば、繊維強化プラスチックに対して優れた抗菌性又は抗ウイルス性を付与することができる。すなわち、この態様において、成形体は優れた抗菌性又は抗ウイルス性と、優れた機械特性とを有している。
【0017】
上記の態様において、外側層の平均厚さは、好ましくは、0.1mm以上5.0mm以下である。この態様によれば、上記成形体を、一層抗菌性又は抗ウイルス性に優れ、かつ高強度なものとすることができる傾向にある。
【0018】
上記いずれの態様においても、成形体は、バスタブ、サニタリー製品、遊具、花器、シャンパンクーラー、簡易トイレボックス、洗濯槽、文房具、自動車のハンドル、ドアノブ、フードコートのトレイ若しくはテーブル、駅若しくは公園のベンチ、又は、車両、航空機若しくは建築物の内装部材であってもよい。
【0019】
本発明の一実施形態に係る成形体の製造方法は、カルシウム化合物及び樹脂を含む樹脂組成物の成形体の表面の少なくとも一部にイノシトールリン酸を付与する工程と、上記イノシトールリン酸が付与された表面に、銀イオン、亜鉛イオン、及び銅イオンからなる群より選択される少なくとも1種の金属イオンを付与する工程と、を含む。
【0020】
この製造方法によれば、簡便に、優れた抗菌性又は抗ウイルス性を有する新規な成形体を製造することができる。
【0021】
本発明の一実施形態に係る繊維強化プラスチック製品の製造方法は、カルシウム化合物及び樹脂を含有する外側層を表面の少なくとも一部に有する繊維強化プラスチックの、上記外側層の表面に、イノシトールリン酸を付与する工程と、上記イノシトールリン酸が付与された表面に、銀イオン、亜鉛イオン、及び銅イオンからなる群より選択される少なくとも1種の金属イオンを付与する工程と、を含む。
【0022】
この製造方法によれば、簡便に、優れた抗菌性又は抗ウイルス性を有する新規な繊維強化プラスチック製品を製造することができる。
【0023】
上記の製造方法のいずれにおいても、イノシトールリン酸を付与する上記工程は、イノシトールリン酸が付与される表面と、イノシトールリン酸を含有する水溶液と、を接触させる工程であってもよい。
【0024】
本発明の一実施形態に係る、カルシウム化合物及び樹脂を含有し、イノシトールリン酸を表面に有する成形体の抗菌性又は抗ウイルス性を向上させ、又は該成形体に抗菌性又は抗ウイルス性を付与する方法は、イノシトールリン酸を有する上記表面に、銀イオン、亜鉛イオン、及び銅イオンからなる群より選択される少なくとも1種の金属イオンを付与する工程を含む。
【0025】
この方法によれば、抗菌性又は抗ウイルス性を失った、あるいは抗菌性又は抗ウイルス性が低下した成形体に対して、極めて簡便に、抗菌性又は抗ウイルス性を付与し、あるいは抗菌性又は抗ウイルス性を向上させることができる。
【0026】
上記の方法において、上記成形体は、抗菌性又は抗ウイルス性を失った成形体であってよい。この態様は、上記成形体の抗菌性又は抗ウイルス性を復元する方法に関する。
【0027】
上記の方法において、上記成形体は、繊維強化プラスチック層と、上記繊維強化プラスチック層上に設けられた外側層とを備え、上記外側層は、カルシウム化合物及び樹脂を含有し、かつ、その表面において、イノシトールリン酸を有していてもよい。この態様によれば、抗菌性又は抗ウイルス性を失った、あるいは抗菌性又は抗ウイルス性が低下した繊維強化プラスチックに対して、極めて簡便に、抗菌性又は抗ウイルス性を付与し、あるいは抗菌性又は抗ウイルス性を向上させることができる。
【0028】
本発明の別の一実施形態に係る成形体は、カルシウム化合物及び樹脂を含有する樹脂組成物の成形体であって、イノシトールリン酸と、銀、亜鉛、及び銅からなる群より選択される少なくとも1種の金属元素との塩を、表面に有する成形体である。
本発明の別の一実施形態は、上記のいずれかの成形体の感染性ウイルスを減少させるための使用である。
本発明の別の一実施形態は、上記のいずれかの成形体のウイルスの感染価を減少させるための使用である。
【発明の効果】
【0029】
本発明によれば、抗菌性又は抗ウイルス性を有する新規な成形体、及びその製造方法等を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0030】
図1】本実施形態の成形体の概略断面図である。
図2】本実施形態の成形体の表面の一態様における概略断面図である。
図3】本実施形態の繊維強化プラスチック製品の概略断面図である。
図4】本実施形態の成形体の製造方法における一工程を示した概略断面図である。
図5】本実施形態の成形体の製造方法における別の一工程を示した概略断面図である。
図6】本実施形態の繊維強化プラスチック製品の製造方法における一工程を示した概略断面図である。
図7】本実施形態の繊維強化プラスチック製品の製造方法における別の一工程を示した概略断面図である。
図8】本実施形態の繊維強化プラスチック製品の製造方法における更に別の一工程を示した概略断面図である。
図9】硝酸銀水溶液の濃度と、ICP-AESにより測定された外側層における銀の担持量との関係を示す図である。図中、「Ag(X)-FRP」との表記において、Xはその試料を作製する際に用いた硝酸銀水溶液の濃度(単位:mM)を意味する。各試料における担持量の値は、Ag(1)-FRPから順に、25、211、610、925である。
図10】実施例及び対照例の繊維強化プラスチックの抗菌性を示す図である。図中、「Ag(X)-FRP」との表記において、Xはその試料を作製する際に用いた硝酸銀水溶液の濃度(単位:mM)を意味する。各棒グラフの下に示される円は、対応する試料の平面視における観察写真である。
図11】繊維強化プラスチックの金属イオンの徐放性を示す図である。縦軸は、溶出した金属イオンの濃度を示す。図中、「Ag(X)-FRP」との表記において、Xはその試料を作製する際に用いた硝酸銀水溶液の濃度(単位:mM)を意味する。
図12】実施例における抗菌性の復元可能性の評価試験のプロトコルの概要を示す図である。
図13】抗菌性の復元可能性の評価結果を示す図である。図中、「Ag(X)-FRP」との表記において、Xはその試料を作製する際に用いた硝酸銀水溶液の濃度(単位:mM)を意味する。各棒グラフの下に示される円は、対応する試料の平面視における観察写真である。
図14】培養後1日目の繊維強化プラスチックの表面の観察像を示す図である。図中、矢印で細胞を示している。また、「Ag(X)」との表記において、Xはその試料を作製する際に用いた硝酸銀水溶液の濃度(単位:mM)を意味する。
図15】培養後4日目の繊維強化プラスチックの表面の観察像を示す図である。図中、「Ag(X)」との表記において、Xはその試料を作製する際に用いた硝酸銀水溶液の濃度(単位:mM)を意味する。
図16】培養後1日目の繊維強化プラスチックのLive/Dead染色結果を示す図である。図中、「Ag(X)」との表記において、Xはその試料を作製する際に用いた硝酸銀水溶液の濃度(単位:mM)を意味する。
図17】培養後4日目の繊維強化プラスチックのLive/Dead染色結果を示す図である。図中、「Ag(X)」との表記において、Xはその試料を作製する際に用いた硝酸銀水溶液の濃度(単位:mM)を意味する。
図18】繊維強化プラスチック上で細胞を培養した際の、培養開始時、培養後1日目、及び培養後4日目における細胞数の測定結果を示す図である。各系列は、左から順に、Control(Plate)、FRP、Ag1(1mMの硝酸銀水溶液を用いて銀イオンを固定化した繊維強化プラスチック)である。
図19】繊維強化プラスチック上でウイルスを培養した際の、単位面積当たりの感染価の平均対数値を示す図である。図中、「Ag(X)」との表記において、Xはその試料を作製する際に用いた硝酸銀水溶液の濃度(単位:mM)を意味する。
【発明を実施するための形態】
【0031】
以下、必要に応じて図面を参照しつつ、本発明を実施するための形態(以下、「本実施形態」という。)について詳細に説明するが、本発明はこれに限定されるものではなく、その要旨を逸脱しない範囲で様々な変形が可能である。なお、図面中、同一要素には同一符号を付すこととし、重複する説明は省略する。また、上下左右等の位置関係は、特に断らない限り、図面に示す位置関係に基づくものとする。さらに、図面の寸法比率は図示の比率に限られるものではない。
【0032】
[成形体]
図1は、本実施形態の成形体の概略断面図である。本実施形態の成形体100は、カルシウム化合物及び樹脂を含有し、イノシトールリン酸と、銀、亜鉛、及び銅からなる群より選択される少なくとも1種の金属元素との塩を、表面101に有する。
成形体100は、かかる構成を有するため、優れた抗菌性及び抗ウイルス性の少なくともいずれか一方を有する。
なお、本明細書において、「抗菌性」とは、細菌の増殖を抑制するか、又は細菌を死滅させる性質を意味する。したがって、本実施形態の成形体は、その表面において、細菌の増殖を抑制し、又は、細菌を死滅させることができ得る。成形体が有する抗菌性の指標としては、後述の実施例において定義される抗菌活性値を用いることができる。本実施形態の成形体は、好ましくは、抗菌活性値が2.0以上であり、より好ましくは、抗菌活性値が2.5以上である。
また、本明細書において、「抗ウイルス性」とは、ウイルスの感染価を減少させるか、又はウイルスの感染価の上昇を抑制する性質を意味する。したがって、本実施形態の成形体は、その表面において、感染性ウイルスの増殖を抑制し、又は、感染性ウイルスを死滅させることができ得る。成形体が有する抗ウイルス性の指標としては、後述の実施例において定義される抗ウイルス活性値を用いることができる。本実施形態の成形体は、好ましくは、抗ウイルス活性値が2.0以上であり、より好ましくは、抗ウイルス活性値が3.0以上である。
以下、成形体100の各構成について詳述する。
【0033】
(カルシウム化合物及び樹脂)
成形体100は、樹脂及びカルシウム化合物を含有する。成形体100は、樹脂(高分子、及びポリマーと同義。)をマトリックス材料としてカルシウム化合物が分散されたものであってよい。成形体100は、カルシウム化合物及び樹脂を含む樹脂組成物の成形体であってよく、カルシウム化合物及び樹脂を含む樹脂組成物の硬化物であってよい。成形体は樹脂を含むため、カルシウム化合物が容易に脱離することなく、成形体中に強固に保持されている。
なお、本明細書において、「樹脂」との語は、硬化及び/又は架橋前の樹脂だけでなく、硬化及び/又は架橋された樹脂をも包含するものとする。
【0034】
成形体100が含有する樹脂としては、熱可塑性樹脂及び熱硬化性樹脂等が挙げられるが、特に限定されない。成形体100の強度を向上させる観点から、熱硬化性樹脂を含むと好ましい。
成形体100に含まれ得る熱硬化性樹脂としては、例えば不飽和ポリエステル樹脂、フェノール樹脂、ポリアミド樹脂、エポキシ樹脂、ビニルエステル樹脂、ポリイミド樹脂、尿素樹脂、及びメラミン樹脂等が挙げられる。
成形体100に含まれ得る熱可塑性樹脂としては、例えばアクリル樹脂、アクリロニトリルブタジエンスチレン(ABS)樹脂、ポリエチレン樹脂、ポリカーボネート樹脂、ポリアミド樹脂及びポリプロピレン樹脂等が挙げられる。
【0035】
成形体100に含まれる樹脂としては、不飽和ポリエステル樹脂、ビニルエステル樹脂、及び不飽和ポリエステル樹脂とビニルエステル樹脂との混合樹脂のいずれかが好ましい。この態様によれば、成形体の強度が上昇し、また、カルシウム化合物が成形体から脱離することを一層確実に防ぐことができる傾向にある。なお、上記混合樹脂における、各樹脂の混合割合は特に限定されない。
上記の樹脂は1種単独で、又は2種以上を組み合わせて用いてよい。
【0036】
成形体100が含有し得るカルシウム化合物としては、カルシウム元素を含む化合物であれば特に限定されない。成形体100は、種々のカルシウム化合物を含み得る。成形体100の表面におけるイノシトールリン酸とカルシウム化合物との相互作用を一層強くする観点から、カルシウム化合物は、好ましくはカルシウムイオン(より具体的にはCa2+)を含む有機塩又は無機塩(以下、それぞれを「カルシウムの有機塩」及び「カルシウムの無機塩」という。)である。同様の観点から、カルシウム化合物は、より好ましくはカルシウムの無機塩である。
【0037】
成形体100が含有し得るカルシウムの無機塩としては、例えばリン酸カルシウム、リン酸水素カルシウム、硫酸カルシウム、炭酸カルシウム、酸化カルシウム、及びケイ酸カルシウム等が挙げられる。リン酸カルシウムとしては、例えばリン酸3カルシウム、リン酸4カルシウム、リン酸8カルシウム、及び水酸化アパタイト(Ca10(PO46(OH)2)等が挙げられる。リン酸水素カルシウムとしては、リン酸1水素カルシウム、及びリン酸2水素カルシウムが挙げられる。カルシウムの有機塩としては、例えば、酢酸カルシウムが挙げられる。
【0038】
カルシウム化合物は、上記の化合物中、一部のカルシウム元素がマグネシウム元素に置換されたものであってもよい。
【0039】
カルシウム化合物の好ましい態様としては、炭酸カルシウム、硫酸カルシウム、酸化カルシウム、及び水酸化アパタイトが挙げられる。この態様によれば、成形体100の表面におけるイノシトールリン酸とカルシウム化合物との相互作用が一層強固なものとなる。同様の観点から、カルシウム化合物のより好ましい態様としては、炭酸カルシウム、及び水酸化アパタイトが挙げられる。カルシウム化合物は、更に好ましくは炭酸カルシウムである。
【0040】
成形体100は、上記のカルシウム化合物を1種単独で含んでいてもよく、2種以上を組み合わせて含んでいてもよい。
【0041】
カルシウム化合物の粒径は、特に限定されないが、好ましくは成形体100の平均厚さ以下であり、より好ましくは、成形体の平均厚さの5分の1以下であり、更に好ましくは成形体の平均厚さの10分の1以下である。より具体的には、カルシウム化合物の粒径は、1μm以上400μm以下であると好ましく、5μm以上200μm以下であるとより好ましく、10μm以上100μm以下であると更に好ましい。カルシウム化合物の粒径は10μm以上50μm以下であってもよい。
【0042】
なお、カルシウム化合物の粒径は、後述の図2に示すような成形体100の断面を走査型電子顕微鏡(SEM)で観察した観察像において、3個以上のカルシウム化合物粒子の円相当直径を算出し、その平均値を計算することにより求めるものとする。上記の粒径を算出する方法では、10個以上のカルシウム化合物粒子の円相当直径を相加平均することが好ましい。本実施形態において、成形体を製造する際に粒径数μm程度のカルシウム化合物微粒子を用いると、通常、カルシウム化合物微粒子は、凝集により粒径10~100μm程度の凝集体粒子を形成する傾向にある。このような場合、SEM観察により観察されるカルシウム化合物粒子は、かかる凝集体であるため、凝集体の平均粒径をカルシウム化合物の粒径とする。ただし、上記記載は、凝集体が形成されずにカルシウム化合物微粒子が成形体内に分散している態様を本実施形態から排除することを意図するものではない。なお、SEMにより観察されたカルシウム化合物が、カルシウム化合物微粒子の凝集体であることを確認するには、例えば透過型電子顕微鏡(TEM)によりカルシウム化合物を観察すればよい。
【0043】
また、成形体の平均厚さは、図1に示すような成形体の断面を光学顕微鏡等で観察した観察像において、成形体の厚さを3箇所以上で計測し、相加平均を計算することにより求めるものとする。
より具体的には、成形体の平均厚さは以下のようにして求める。まず、成形体をその厚さ方向と略平行な方向に切断し、露出した断面をその断面に略垂直な方向から観察する。観察には、走査型電子顕微鏡(SEM)、透過型電子顕微鏡(TEM)、又は光学顕微鏡を用いることができる。得られた観察像において、成形体の厚さを3箇所以上、好ましくは5箇所、より好ましくは10箇所計測する。得られた各値の相加平均を算出し、その値を成形体の平均厚さとする。
【0044】
成形体100は、カルシウム化合物及び樹脂以外の成分として、従来公知のフィラー(カルシウム化合物を除く。)、樹脂を硬化させるための硬化剤、及び塗料等の添加剤を含んでいてもよい。
【0045】
成形体100における樹脂及びカルシウム化合物の含有量は特に限定されない。
カルシウム化合物は、成形体全体に対して、20質量%以上60質量%以下で含まれていてもよいし、30質量%以上60質量%以下で含まれていてもよい。
樹脂は、成形体全体に対して、5.0質量%以上60質量%以下で含まれていてもよいし、10質量%以上40質量%以下で含まれていてもよい。
【0046】
(成形体の表面)
成形体100は、表面101において、イノシトールリン酸と、銀、亜鉛、及び銅からなる群より選択される少なくとも1種の金属元素との塩を有する。本明細書中、「銀、亜鉛、及び銅からなる群より選択される少なくとも1種の金属元素」について、単に「金属元素」又は「所定の金属元素」ということがある。
【0047】
イノシトールリン酸とは、イノシトール(1,2,3,4,5,6-シクロヘキサンヘキサオール)の6つの水酸基のうち1つ以上がリン酸基(-OP(=O)(OH)2)に置換されたものを意味する。イノシトールリン酸の具体的な例示としては、イノシトール1リン酸、イノシトール2リン酸、イノシトール3リン酸、イノシトール4リン酸、イノシトール5リン酸、及びイノシトール6リン酸(それぞれ、イノシトールの水酸基が、1、2、3、4、5及び6箇所において、リン酸に置き換わった化合物である。)が挙げられる。
イノシトールリン酸は、多数のOH基(シクロヘキサン環に直接結合するOH基及びリン酸基中のOH基)を有するため、複数の配位サイトにおいて、金属原子又は金属イオンに配位することができる。
【0048】
本発明者らは、成形体100がカルシウム化合物、及び樹脂を含有し、かつ、その表面101に、イノシトールリン酸と、所定の金属元素との塩を有することにより、優れた抗菌性又は抗ウイルス性を奏することを見出した。かかる抗菌性又は抗ウイルス性は、表面101に保持されるイノシトールリン酸と所定の金属元素との塩、及び/又は当該塩から溶出する金属イオンに由来するものであると推察される。また、本実施形態の成形体における抗菌性又は抗ウイルス性は、長期にわたって効果を維持する傾向にある。これは、表面101において、イノシトールリン酸とカルシウム化合物とが相互作用することにより、イノシトールリン酸と所定の金属元素との塩の溶出が抑制されているからであると推察される。なお、本実施形態の成形体が抗菌性又は抗ウイルス性を奏すること、及びその抗菌性又は抗ウイルス性が長期にわたって効果を維持する場合があることの要因は、上記したものに限られない。また、上記の記載は本実施形態の成形体の抗菌性の持続期間を何ら限定するものではない。
【0049】
成形体100は、イノシトールリン酸と、銀、亜鉛、及び銅からなる群より選択される少なくとも1種の金属元素との塩が表面101に存在していればよい。表面101における当該塩の態様は特に限定されないが、その一態様を図2に示す。
図2において、成形体100は、カルシウム化合物104の少なくとも一部が表面101に露出するように、カルシウム化合物104を含んでいる。イノシトールリン酸はカルシウム元素(カルシウム金属及び/又はカルシウムイオン)に配位する性質を有するため、表面101において、露出しているカルシウム化合物104にはイノシトールリン酸102が配位している。また、イノシトールリン酸は銀、亜鉛、及び銅に対しても配位する性質を有し、かつカルシウム化合物104に配位している配位サイトとは別の配位サイトを有するため、カルシウム化合物104に配位したイノシトールリン酸102には、さらに金属元素103(銀、亜鉛、及び銅からなる群より選択される少なくとも1種の金属元素である。)が配位している。なお、図2において、イノシトールリン酸102と金属元素103とが塩を形成し、当該塩がカルシウム化合物104に担持されているとみなすこともできる。
このように、本実施形態の成形体の一態様において、表面101では、イノシトールリン酸102を介して、金属元素103がカルシウム化合物104に保持されている。
【0050】
本発明者らは、イノシトールリン酸と金属元素との塩、及び/又は当該塩から溶出した金属イオンが成形体の抗菌性又は抗ウイルス性に寄与していると推察している。上記のように成形体100の表面101にイノシトールリン酸と金属元素との塩が保持されていることにより、イノシトールリン酸と金属元素との塩、又は金属イオンの解離定数が好適な範囲となり、その結果、成形体100は十分な抗菌性又は抗ウイルス性を長期にわたって奏することができると推察される。
【0051】
ただし、表面101にイノシトールリン酸と金属元素との塩が存在することは表面分析等により容易に検出することが可能であるが、イノシトールリン酸と金属元素との塩が図2のような態様で存在することを検出することは必ずしも容易ではない。この観点から、イノシトールリン酸と金属元素との塩は必ずしも、図2に示すような態様で表面101に存在している必要はない。例えば、表面101に、直接金属元素が担持され、かかる金属元素がイノシトールリン酸と相互作用していてもよい。
【0052】
成形体100が有するイノシトールリン酸は、特に限定されず、イノシトール1リン酸であってもよく、イノシトール2リン酸であってもよく、イノシトール3リン酸であってもよく、イノシトール4リン酸であってもよく、イノシトール5リン酸であってもよく、イノシトール6リン酸であってもよい。
【0053】
イノシトールリン酸は、3以上6以下のリン酸基を有することが好ましい。この態様によれば、イノシトールリン酸と、カルシウム化合物及び/又は金属元素との相互作用が強くなり、成形体100の抗菌性又は抗ウイルス性が一層向上する傾向にある。すなわち、イノシトールリン酸としては、イノシトール3リン酸、イノシトール4リン酸、イノシトール5リン酸、及びイノシトール6リン酸からなる群より選択される1種以上が好ましい。同様の観点から、イノシトールリン酸は、より好ましくは4以上6以下のリン酸基を有し、更に好ましくは5以上6以下のリン酸基を有し、特に好ましくは6つのリン酸基を有する。
【0054】
イノシトールリン酸におけるリン酸基が結合するイノシトールの立体構造は特に限定されないが、例えば、myo-イノシトール、scyllo-イノシトール、muco-イノシトール、chiro-イノシトール、neo-イノシトール、allo-イノシトール、epi-イノシトール、及びcis-イノシトール等が挙げられる。イノシトールリン酸は、好ましくはmyo-イノシトールに由来するイノシトールリン酸(すなわち、myo-イノシトールの水酸基の少なくとも1つがリン酸基に置換されたイノシトールリン酸)である。この態様によれば、イノシトールリン酸とカルシウム化合物との相互作用、及びイノシトールリン酸と金属元素との相互作用のバランスが一層優れたものとなり、成形体100の抗菌性又は抗ウイルス性が一層向上する傾向にある。
【0055】
イノシトールリン酸の好ましい態様としては、myo-イノシトールに3以上6以下のリン酸基が結合したもの(myo-イノシトールの水酸基のうち、3以上6以下の水酸基がリン酸化されたもの;以下、この段落において同様。)が挙げられ、より好ましくはmyo-イノシトールに4以上6以下のリン酸基が結合したものが挙げられ、更に好ましくはmyo-イノシトールに5以上6以下のリン酸基が結合したものが挙げられ、更により好ましくはmyo-イノシトールに6つのリン酸基が結合したものが挙げられる。
イノシトールリン酸の別の好ましい態様としては、イノシトール6リン酸が挙げられ、特に、フィチン酸(myo-イノシトール-1,2,3,4,5,6-六リン酸)が挙げられる。
【0056】
成形体100は、上記のイノシトールリン酸を1種単独で含んでいてもよく、2種以上を組み合わせて含んでいてもよい。
【0057】
表面101において、銀、亜鉛、及び銅からなる群より選択される少なくとも1種の金属元素は、イノシトールリン酸と塩を形成している。上記のとおり、当該塩及び/又は当該塩から溶出した金属イオンに起因して成形体100は抗菌性又は抗ウイルス性を発現すると考えられる。表面101がイノシトールリン酸と金属元素との塩を有するということは、表面101がイノシトールリン酸イオンと金属イオンとを有すると換言することもできる。
【0058】
イノシトールリン酸は、銀、亜鉛、及び銅からなる群より選択される少なくとも1種の金属元素と塩を形成していればよい。このことは、表面101において、イノシトールリン酸と銀との塩、イノシトールリン酸と亜鉛との塩、及びイノシトールリン酸と銅との塩の少なくとも1種が存在することと同義である。
抗菌性又は抗ウイルス性を一層向上させる観点からは、表面101が銀を含むことが好ましい。すなわち、成形体100は、表面101において、少なくともイノシトールリン酸と銀との塩(イノシトールリン酸イオンと銀イオンとの塩)を有することが好ましい。あるいは、表面101が銀及び亜鉛の少なくともいずれか一方を含むことも好ましい。
【0059】
表面101が2種以上の金属元素を有する場合、各々の金属元素の比率は特に限定されない。表面101が有する金属元素の好ましい態様としては、例えば、銀単独、亜鉛単独、並びに、銀及び亜鉛の組み合わせが挙げられる。
【0060】
表面101における金属元素の担持量は特に限定されない。金属元素の担持量は、例えば10mg/cm2以上2000mg/cm2以下であってよい。金属元素の担持量は上記の範囲において、好ましくは15mg/cm2以上1000mg/cm2以下であり、より好ましくは15mg/cm2以上800mg/cm2以下であり、更に好ましくは20mg/cm2以上400mg/cm2以下である。
金属元素の担持量は、mol基準で、例えば0.093mmol/cm2以上18.55mmol/cm2以下であってよい。金属元素の担持量は上記の範囲において、好ましくは0.14mmol/cm2以上9.276mmol/cm2以下であり、より好ましくは0.14mmol/cm2以上7.42mmol/cm2以下であり、更に好ましくは1.9mmol/cm2以上3.71mmol/cm2以下である。
なお、金属元素の担持量を測定する方法としては、実施例に記載のようなICP-AESにより測定する方法が挙げられる。また、EDS(エネルギー分散型X線分光法)、AES(オージェ電子分光法)、XPS(X線光電子分光法)等のような表面分析手法によって測定してもよい。
【0061】
(成形体の形状)
本実施形態の成形体の形状としては、特に限定されず、板状、球状、円筒状、又は柱状であってもよいし、凹凸を有する平面を含む立体形状であってもよい。
また、本実施形態の成形体は、それ自体が最終製品であってもよく、あるいは最終製品を構成する1つの部材であってもよい。
【0062】
本実施形態の成形体は、後述の本実施形態の繊維強化プラスチック製品のように、種類の異なる2つ以上の材料を組み合わせたものであってもよい。
本実施形態の成形体が種類の異なる2つ以上の材料を組み合わせたものである場合、少なくとも1つの材料がカルシウム化合物及び樹脂を含有し、かつ、イノシトールリン酸と、銀、亜鉛、及び銅からなる群より選択される少なくとも1種の金属元素との塩を、表面に有していればよい。また、そのような場合において、イノシトールリン酸と金属元素との塩を有する面が、必ずしも成形体の表面に露出している必要はない。例えば成形体が中空状である場合、当該成形体の中空部分を構成する部材において、その部材の内側の表面(すなわち、成形体の内部に相当する部分)がイノシトールリン酸と金属元素との塩を有していてもよい。
【0063】
本実施形態の成形体において、成形体の全面がイノシトールリン酸と金属元素との塩を有している必要はない。本実施形態の成形体は、図1及び2に示すように、成形体の表面のうちの一部分が、イノシトールリン酸と金属元素との塩を有していてもよい。すなわち、本実施形態の成形体は、その表面の少なくとも一部において、イノシトールリン酸と金属元素との塩を有するものである。
成形体の表面のうち、イノシトールリン酸と金属元素との塩を有する面の割合は特に限定されず、特に抗菌性又は抗ウイルス性を付すべき部分にイノシトールリン酸と金属元素との塩を有する構成とすればよい。
【0064】
(成形体の効果)
本実施形態の成形体は、以下に示すような従来の抗菌性を有するプラスチック製品と比べて、以下の点で優れている。
1.ゼオライト含有型プラスチック製品
ゼオライト含有型プラスチック製品は、金属イオン(典型的には銀イオン)を含むゼオライトを樹脂に混錬させた抗菌性プラスチック製品である。したがって、ゼオライト含有型プラスチック製品は、金属イオンを含むゼオライトを必要とするため製造コストが高い。一方、本実施形態の成形体は、そのような特殊な材料を用いる必要がなく製造が簡便かつ製造コストも低い。また、ゼオライト中の金属イオンは容易に溶出する傾向にあるため、ゼオライト含有型プラスチック製品は抗菌性が長持ちしないのに対し、本実施形態の成形体は、金属元素がイノシトールリン酸と相互作用することにより強固に成形体表面に保持されており、抗菌性の持続性が高い傾向にある。
【0065】
2.金属微粒子含有型プラスチック製品
金属微粒子含有型プラスチック製品は、金属微粒子(典型的には銀微粒子)を樹脂に混錬させた、あるいは樹脂の表面に担持させた抗菌性プラスチック製品である。一般的に、金属微粒子が発現する抗菌性は金属イオンが発現する抗菌性よりも効果が低いため、金属微粒子含有型プラスチック製品は、金属イオンや金属元素を含む塩に起因して抗菌性を発現する製品よりも抗菌性が低い。
また、金属微粒子をプラスチックの表面に担持させた抗菌性プラスチック製品においては、金属微粒子がその製品の表面で凝集し、抗菌性が低下するという問題があるが、本実施形態の成形体には、そのような問題が生じ得ない。
【0066】
3.コーティング型抗菌性プラスチック製品
コーティング型抗菌性プラスチック製品は、抗菌性を付与するためのコーティング剤(典型的には銀イオンを含むコーティング剤)をプラスチック表面にコーティングした抗菌性プラスチック製品である。そのような製品は、簡便に製造できるものの、コーティング剤中の抗菌性物質はプラスチック製品表面に強固に保持されているわけではないので、その抗菌性物質は溶出しやすく、抗菌性が長持ちしない。一方、本実施形態の成形体は、金属元素がイノシトールリン酸と相互作用することにより強固に成形体表面に保持されており、抗菌性の持続性が高い傾向にある。
【0067】
また、上記1~3の抗菌性を有するプラスチック製品はいずれも繊維材料により強化された繊維強化プラスチックではない。本実施形態の優位性の1つは、後述するように、繊維強化プラスチック製品に対しても優れた抗菌性を簡便に付与できる点にある。
【0068】
さらに、本実施形態の成形体は、抗菌性だけでなく、抗ウイルス性をも発現し得る。上記1~3の抗菌性を有するプラスチック製品は抗ウイルス性を有することが確認されておらず、本実施形態の成形体は、この点においても有利な効果を有する。
また、本実施形態の成形体は、表面に保持された上記の塩又は塩から溶出する金属イオンが抗菌性又は抗ウイルス性を発現すると考えられるため、長期間の使用により金属元素が溶出し、その抗菌性又は抗ウイルス性が低下したとしても、成形体の表面に金属イオンを新たに付与することにより容易に抗菌性又は抗ウイルス性を向上ないし復活させることができる。一方で、上記のゼオライト含有型プラスチック製品や金属微粒子含有型プラスチック製品は、そのような方法により抗菌性を向上させることができず、一度抗菌性が低下すると抗菌性を向上させることが容易ではない。
【0069】
さらに、本発明者らは、本実施形態の成形体が上記のような優れた抗菌性又は抗ウイルス性を有するだけでなく、細胞毒性(真核生物(特に哺乳類)の細胞に対する毒性)が低い傾向にあることも見出した。一般的に、金属イオンに起因して抗菌性が発現する場合、当該金属イオンの濃度や担持量が高いほどその抗菌性が高い傾向にある。しかしながら、抗菌性を高めるために金属イオンの濃度や担持量を高めると、細胞毒性も向上し、すなわち、ヒトを含む動物に対して好ましくない影響を与える可能性がある。この観点において、本実施形態の成形体は、単に金属イオンを表面に有するのではなく、イノシトールリン酸と金属元素との塩を有するため、優れた抗菌性又は抗ウイルス性に加えて、十分低い細胞毒性を実現でき得るものと考えられる。より具体的には、本実施形態の成形体は、後述の実施例において定義される相対細胞増殖率Mが70%以上であると好ましく、80%以上であるとより好ましい。
【0070】
(成形体の用途)
本実施形態の成形体は、種々の用途に用いることができ、特に、抗菌性又は抗ウイルス性が必要とされる用途に用いられることが好ましい。本実施形態の成形体は、一態様において、抗菌性又は抗ウイルス性の製品、又は部材として用いられる。本実施形態の成形体は、例えば、複数人が頻繁に接触し得る車両、航空機及び建築物等の内装部材や、高度な衛生状態が要求されるバスタブ、及びサニタリー製品等に好適に用いられる。本実施形態の成形体の用途の例示としては、例えば、バスタブ、サニタリー製品、遊具、花器、シャンパンクーラー、簡易トイレボックス、洗濯槽、文房具、自動車のハンドル、ドアノブ、フードコートのトレイ及びテーブル、駅及び公園のベンチ、並びに、車両、航空機及び建築物の内装部材が挙げられる。
【0071】
[繊維強化プラスチック製品]
本実施形態の成形体の一態様は、繊維強化プラスチック製品である。本明細書において、この態様を「本実施形態の繊維強化プラスチック製品」と称する。図3は、本実施形態の繊維強化プラスチック製品の概略断面図である。本実施形態の繊維強化プラスチック製品200は、繊維強化プラスチック層210と、繊維強化プラスチック層210上に設けられた外側層220と、を備える。外側層220は、カルシウム化合物、及び樹脂を含有する層である。更に、外側層220は、その表面221に、図3には図示されていない、イノシトールリン酸と銀、亜鉛、及び銅からなる群より選択される少なくとも1種の金属元素との塩を有する。繊維強化プラスチック製品200は、かかる構成を有するため、抗菌性又は抗ウイルス性を有する。したがって、本実施形態の繊維強化プラスチック製品は、その表面、特に外側層の表面において、細菌の増殖を抑制し、又は、細菌を死滅させることができる。
【0072】
以下、繊維強化プラスチック製品200の各構成について詳述するが、成形体100と重複する説明は省略する。繊維強化プラスチック製品200は、成形体100と比較して、2つの部材により構成され、一方の部材が繊維強化プラスチックであり、もう一方の部材が樹脂及びカルシウム化合物を含み、表面に所定の塩を有する部材であることが特定されている点において特徴を有する。
【0073】
(繊維強化プラスチック層)
繊維強化プラスチック層210は、繊維材料と、樹脂とを含む。したがって、繊維強化プラスチック製品200は、高強度及び高弾性率等の優れた機械特性を有しながらも、軽量であり、さびにくく、かつ、腐りにくいものである。
【0074】
繊維強化プラスチック層に含まれる繊維材料は、繊維状の材料であれば特に限定されないが、例えば、アラミド繊維、天然繊維、金属繊維、ガラス繊維、及び炭素繊維が挙げられる。繊維強化プラスチック層210に含まれる繊維材料としては、ガラス繊維又は炭素繊維が好ましく、ガラス繊維がより好ましい。ガラス繊維を含む繊維強化プラスチックはGFRP、炭素繊維を含む繊維強化プラスチックはCFRPと称される。なお、繊維強化プラスチック層210は、上記の繊維材料を1種単独で、又は2種以上を組み合わせて含んでいてもよい。
【0075】
繊維強化プラスチック層に含まれる樹脂としては、熱可塑性樹脂及び熱硬化性樹脂が挙げられるが、特に限定されない。繊維強化プラスチック製品200の強度を向上させる観点から、繊維強化プラスチック層は、熱硬化性樹脂を含むと好ましい。
繊維強化プラスチック層に含まれ得る熱硬化性樹脂としては、例えば不飽和ポリエステル樹脂、フェノール樹脂、ポリアミド樹脂、エポキシ樹脂、ビニルエステル樹脂、ポリイミド樹脂、尿素樹脂、及びメラミン樹脂等が挙げられる。
繊維強化プラスチック層に含まれ得る熱可塑性樹脂としては、例えばポリアミド樹脂及びポリプロピレン樹脂等が挙げられる。
上記の樹脂は1種単独で、又は2種以上を組み合わせて用いてよい。
【0076】
繊維強化プラスチック層210は、繊維材料及び樹脂以外の成分として、従来公知のフィラー(繊維材料でないもの)、樹脂を硬化させるための硬化剤、及び塗料等の添加剤を含んでいてもよい。また、繊維強化プラスチック層210の形状や厚さは特に限定されず、繊維強化プラスチック製品の用途に応じて適宜調整することができる。
【0077】
(外側層)
図3に示すように、繊維強化プラスチック製品200おいて、外側層220は、繊維強化プラスチック層210上に設けられている。すなわち、繊維強化プラスチック製品200は、繊維強化プラスチック層210の表面の少なくとも一部が外側層220に覆われ、外側層220が繊維強化プラスチック層210とは反対方向に露出しているものである。外側層220は、カルシウム化合物、及び樹脂を含有し、かつ、その表面221に、イノシトールリン酸と銀、亜鉛、及び銅からなる群より選択される少なくとも1種の金属元素との塩を有する。
【0078】
外側層220は、成形体100と同様の構成を有していてよい。
また、外側層220の表面221は、成形体100の表面101と同様の構成を有していてよい。すなわち、表面221は図2に示すように、表面上に露出したカルシウム化合物104と、カルシウム化合物上に保持されているイノシトールリン酸102と、イノシトールリン酸と配位している金属元素103とを有していてよい。
【0079】
外側層が含有するカルシウム化合物の例示及び好ましい態様は、成形体100が含むカルシウム化合物と同様である。
【0080】
外側層220は、上記のカルシウム化合物を1種単独で含んでいてもよく、2種以上を組み合わせて含んでいてもよい。外側層220におけるカルシウム化合物の含有量は特に限定されない。カルシウム化合物は、外側層全体に対して、例えば20質量%以上60質量%以下で含まれていてもよいし、30質量%以上60質量%以下で含まれていてもよい。
【0081】
外側層220におけるカルシウム化合物の粒径は、特に限定されないが、好ましくは外側層の平均厚さ以下であり、より好ましくは外側層の平均厚さの5分の1以下であり、更に好ましくは外側層の平均厚さの10分の1以下である。より具体的には、カルシウム化合物の粒径は、1μm以上400μm以下であると好ましく、5μm以上200μm以下であるとより好ましく、10μm以上100μm以下であると更に好ましい。カルシウム化合物の粒径は10μm以上50μm以下であってもよい。カルシウム化合物の粒径の測定方法は上記と同様である。
【0082】
外側層220が含有する樹脂としては、熱可塑性樹脂及び熱硬化性樹脂が挙げられるが、特に限定されない。繊維強化プラスチック製品200の強度を向上させる観点から、外側層は、熱硬化性樹脂を含むと好ましい。
外側層に含まれ得る熱硬化性樹脂としては、例えば不飽和ポリエステル樹脂、フェノール樹脂、ポリアミド樹脂、エポキシ樹脂、ビニルエステル樹脂、ポリイミド樹脂、尿素樹脂、及びメラミン樹脂等が挙げられる。
外側層に含まれ得る熱可塑性樹脂としては、例えばポリアミド樹脂及びポリプロピレン樹脂等が挙げられる。
【0083】
外側層220に含まれる樹脂としては、不飽和ポリエステル樹脂、ビニルエステル樹脂、及び不飽和ポリエステル樹脂とビニルエステル樹脂との混合樹脂のいずれかが好ましい。この態様によれば、外側層の強度が上昇し、また、カルシウム化合物が外側層から脱離することを一層確実に防ぐことができる傾向にある。なお、上記混合樹脂における、各樹脂の混合割合は特に限定されない。
【0084】
外側層220における樹脂の含有量は特に限定されない。外側層において、カルシウム化合物の含有量が上記の範囲になるように樹脂の含有量を適宜調整してもよい。
【0085】
外側層220は、カルシウム化合物及び樹脂以外の成分として、従来公知のフィラー(カルシウム化合物を除く。)、樹脂を硬化させるための硬化剤、及び塗料等の添加剤を含んでいてもよい。外側層220は、繊維材料を有していてもよいが、有していないことが好ましい。
【0086】
外側層220の平均厚さは、特に限定されず、繊維強化プラスチック製品200の用途や、要求される機械強度等によって適宜変更可能である。外側層の平均厚さは、0.1mm以上5.0mm以下であると好ましい。この態様によれば、繊維強化プラスチック製品200を、一層抗菌性又は抗ウイルス性に優れ、かつ高強度なものとすることができる傾向にある。外側層の平均厚さは、0.2mm以上、又は0.3mm以上であってもよいし、あるいは、3.0mm以下、又は2.0mm以下であってもよい。外側層の平均厚さは、上記の下限値及び上限値を任意に選択して得られる範囲内の値としてもよい。
【0087】
なお、外側層の平均厚さは、図3に示すような外側層220の断面を光学顕微鏡等で観察した観察像において、外側層220の厚さを3箇所以上で計測し、相加平均を計算することにより求めるものとする。
より具体的には、外側層の平均厚さは以下のようにして求める。まず、繊維強化プラスチック製品をその厚さ方向と略平行な方向に切断し、露出した断面をその断面に略垂直な方向から観察する。観察には、走査型電子顕微鏡(SEM)、透過型電子顕微鏡(TEM)、又は光学顕微鏡を用いることができる。得られた観察像において、樹脂とカルシウム化合物を含む層である外側層の厚さを3箇所以上、好ましくは5箇所、より好ましくは10箇所計測する。得られた各値の相加平均を算出し、その値を外側層の平均厚さとする。
【0088】
なお、図3において、外側層220は、繊維強化プラスチック製品200の片面のみに設けられているが、別の実施形態において、外側層は繊維強化プラスチック製品の全面を被覆していてもよい。繊維強化プラスチック製品の表面のうち、外側層が占める面積の割合は特に限定されず、特に抗菌性又は抗ウイルス性を付すべき部分に外側層を設けることができる。
また、図3において、繊維強化プラスチック製品200は繊維強化プラスチック層210と外側層220の2層構造であるが、別の実施形態において、繊維強化プラスチック製品はその他の層を含んでいてもよい。
【0089】
(繊維強化プラスチック製品の形状)
本実施形態の繊維強化プラスチック製品の形状としては、特に限定されず、板状、球状、円筒状、又は柱状であってもよいし、凹凸を有する平面を含む立体形状であってもよい。
【0090】
(繊維強化プラスチック製品の用途)
本実施形態の繊維強化プラスチック製品は、種々の用途に用いることができるが、抗菌性又は抗ウイルス性が必要とされる部材に用いられることが好ましい。例えば、複数人が頻繁に接触し得る車両、航空機及び建築物等の内装部材や、高度な衛生状態が要求されるバスタブ、及びサニタリー製品等に好適に用いられる。本実施形態の繊維強化プラスチック製品の用途の例示としては、例えば、バスタブ、サニタリー製品、遊具、花器、シャンパンクーラー、簡易トイレボックス、洗濯槽、文房具、自動車のハンドル、ドアノブ、フードコートのトレイ及びテーブル、駅及び公園のベンチ、並びに、車両、航空機及び建築物の内装部材が挙げられる。
【0091】
[成形体の製造方法]
本実施形態の成形体を製造する方法は、特に限定されない。例えば以下に詳述する本実施形態の成形体の製造方法を用いることができる。
【0092】
本実施形態の成形体の製造方法は、(1)カルシウム化合物及び樹脂を含む樹脂組成物の成形体の表面の少なくとも一部にイノシトールリン酸を付与する工程(以下、「工程A1」という。)と、(2)工程A1により得られるイノシトールリン酸が付与された表面に、銀イオン、亜鉛イオン、及び銅イオンからなる群より選択される少なくとも1種の金属イオンを付与する工程(以下、「工程A2」という。)と、を含む。
以下、各工程について説明する。なお、便宜的にカルシウム化合物及び樹脂を含む樹脂組成物を成形する工程(以下、「工程A0」という。)についても説明するが、本実施形態の成形体の製造方法は、工程A0を有していなくてもよい。
【0093】
(工程A0)
まず、カルシウム化合物及び樹脂を含む樹脂組成物を成形する。より具体的には、以下のようにして、工程A0を実施してよい。
まず、上述したような樹脂に上述したようなカルシウム化合物及び任意選択的にその他の添加剤を添加し、樹脂組成物を得る。当該樹脂組成物を適当な方法で成形し、樹脂組成物の成形体を得る。樹脂組成物の成形体は、樹脂組成物の硬化物であってもよい。
【0094】
樹脂組成物の成形方法としては、所望する成形体の形状や使用する樹脂の種類に応じて、種々の公知の方法を用いることができる。成形方法としては、例えば射出成形、ブロー成形、押出成形、注型、真空成形、圧縮成形、プレス成形、ハンドレイアップ等が挙げられる。
【0095】
(工程A1)
次に、工程A0で得られた成形体の表面の少なくとも一部に、イノシトールリン酸を付与する。すなわち、工程A1は、図4に示すように、樹脂組成物の成形体110の表面111に、イノシトールリン酸102を付与する工程である。イノシトールリン酸としては、上記のしたものを付与すればよい。
【0096】
イノシトールリン酸を成形体110の表面111に付与する方法としては、例えば、成形体110の表面にイノシトールリン酸及び/又はその塩を含有する溶液をコーティング又は散布する方法;並びに、成形体110の表面とイノシトールリン酸及び/又はその塩を含有する溶液とを一定時間接触させる方法等が挙げられる。成形体110の表面とイノシトールリン酸及び/又はその塩を含有する溶液とを一定時間接触させる方法としては、例えば、イノシトールリン酸及び/又はその塩を含有する溶液に、成形体110を浸漬する方法等が挙げられる。工程A1は、表面111とイノシトールリン酸及び/又はその塩を含有する溶液とを一定時間接触させる工程を含むと好ましく、イノシトールリン酸及び/又はその塩を含有する溶液に成形体110を浸漬する工程を含むとより好ましい。上記方法において使用する溶液はイノシトールリン酸を含有する溶液であってよい。
【0097】
上記のイノシトールリン酸を含有する溶液としては、イノシトールリン酸の水溶液が挙げられる。また、イノシトールリン酸の塩を含有する溶液としては、イノシトールリン酸の任意の塩を含む水溶液が挙げられる。当該溶液におけるイノシトールリン酸の濃度は特に限定されないが、例えば、100mg/dm3以上であってもよく、500mg/dm3以上であってもよく、800mg/dm3以上であってもよいし、あるいは、8000mg/dm3以下であってもよく、6000mg/dm3以下であってもよく、4000mg/dm3以下であってもよく、2000mg/dm3以下であってもよい。イノシトールリン酸の濃度は、上記の下限値及び上限値を任意に選択して得られる範囲内の値としてもよい。イノシトールリン酸の塩としては、例えばイノシトールリン酸のナトリウム塩、カリウム塩等が挙げられる。
【0098】
イノシトールリン酸を含有する溶液のpHは特に限定されず、3.0以上であってもよく、4.0以上であってもよく、5.0以上であってもよく、6.0以上であってもよいし、あるいは、12.0以下であってもよく、11.0以下であってもよく、10.0以下であってもよく、9.0以下であってもよく、8.0以下であってもよい。溶液のpHは上記の下限値及び上限値を任意に選択して得られる範囲内の値としてもよい。
【0099】
表面111とイノシトールリン酸及び/又はその塩を含有する溶液とを一定時間接触させる工程、又はイノシトールリン酸及び/又はその塩を含有する溶液に成形体110を浸漬する工程において、接触時間又は浸漬時間は、特に限定されず、5時間以上であってもよく、10時間以上であってもよく、15時間以上であってもよく、20時間以上であってもよいし、あるいは、60時間以下であってもよく、50時間以下であってもよく、40時間以下であってもよく、30時間以下であってもよい。接触時間又は浸漬時間は、上記の下限値及び上限値を任意に選択して得られる範囲内の値としてもよい。
【0100】
(工程A2)
次に、工程A1で得られたイノシトールリン酸を有する成形体110の表面111に、銀イオン、亜鉛イオン、及び銅イオンからなる群より選択される少なくとも1種の金属イオンを付与する。すなわち、工程A2は、図5に示すように、イノシトールリン酸102を有する成形体110の表面111に、所定の金属元素103(銀、亜鉛、及び銅からなる群より選択される少なくとも1種)を付与する工程である。かかる工程A2により、本実施形態の成形体である成形体100が製造される。
【0101】
金属イオンを成形体110の表面に付与する方法としては、例えば、成形体110の表面に金属イオンを含有する溶液をコーティング又は散布する方法;並びに、成形体110の表面と金属イオンを含有する溶液とを一定時間接触させる方法等が挙げられる。成形体110の表面と金属イオンを含有する溶液とを一定時間接触させる方法としては、例えば、金属イオンを含有する溶液に、成形体110を浸漬する方法等が挙げられる。工程A2は、表面111と金属イオンを含有する溶液とを一定時間接触させる工程を有すると好ましく、金属イオンを含有する溶液に成形体110を浸漬する工程を含むとより好ましい。
【0102】
金属イオンを含有する溶液としては、当該金属イオンを含む無機塩の水溶液が挙げられる。かかる無機塩における陰イオンは、特に限定されず、例えば、硝酸イオン、硫酸イオン、及び炭酸イオン等が挙げられる。
当該溶液における金属イオンの濃度は、特に限定されないが、例えば、0.1mM以上であってもよく、1.0mM以上であってもよく、3.0mM以上であってもよいし、あるいは、500mM以下であってもよく、200mM以下であってもよく、100mM以下であってもよく、50mM以下であってもよい。金属イオンの濃度は、上記の下限値及び上限値を任意に選択して得られる範囲内の値としてもよい。
【0103】
表面111と金属イオンを含有する溶液とを一定時間接触させる工程、又は金属イオンを含有する溶液に成形体110を浸漬する工程において、接触時間又は浸漬時間は、特に限定されず、1分以上であってもよく、5分以上であってもよく、10分以上であってもよいし、あるいは、1時間以下であってもよく、45分以下であってもよく、30分以下であってもよい。接触時間又は浸漬時間は、上記の下限値及び上限値を任意に選択して得られる範囲内の値としてもよい。
【0104】
(その他の工程)
本実施形態の成形体の製造方法は、工程A0、A1及びA2以外の工程を有していてもよい。例えば、工程A0とA1の間、工程A1とA2の間、及び/又は工程A2の後に、洗浄工程、及び/又は乾燥工程を含んでいてもよい。
【0105】
[繊維強化プラスチック製品の製造方法]
本実施形態の繊維強化プラスチック製品を製造する方法は、特に限定されない。例えば以下に詳述する本実施形態の繊維強化プラスチック製品の製造方法を用いることができる。
【0106】
本実施形態の繊維強化プラスチック製品の製造方法は、(1)カルシウム化合物及び樹脂を含有する外側層を表面の少なくとも一部に有する繊維強化プラスチックの、上記外側層の表面に、イノシトールリン酸を付与する工程(以下、「工程B1」という。)と、(2)工程B1により得られるイノシトールリン酸が付与された表面に、銀イオン、亜鉛イオン、及び銅イオンからなる群より選択される少なくとも1種の金属イオンを付与する工程(以下、「工程B2」という。)と、を含む。
以下、各工程について説明する。なお、便宜的にカルシウム化合物及び樹脂を含有する外側層を表面の少なくとも一部に有する繊維強化プラスチックを製造する工程(以下、「工程B0」という。)についても説明するが、本実施形態の繊維強化プラスチック製品の製造方法は、工程B0を有していなくてもよい。
【0107】
(工程B0)
まず、カルシウム化合物及び樹脂を含有する外側層を表面の少なくとも一部に有する繊維強化プラスチックを製造する。図6は、工程B0の実施形態を示した図である。工程B0は、図6(A)に示すように、繊維強化プラスチック製品を所望の形状に成形するための型310上に外側層220を形成し、更に外側層220上に繊維強化プラスチック層210を形成することにより、カルシウム化合物及び樹脂を含有する外側層を表面の少なくとも一部に有する繊維強化プラスチック300を製造する工程を含んでいてもよい。あるいは、工程B0は、図6(B)に示すように、型310上に繊維強化プラスチック層210を形成し、更に繊維強化プラスチック層210上に外側層220を形成することにより、カルシウム化合物及び樹脂を含有する外側層を表面の少なくとも一部に有する繊維強化プラスチック300を製造する工程を含んでいてもよい。
【0108】
工程B0は、カルシウム化合物及び樹脂を含有する外側層を表面の少なくとも一部に有する繊維強化プラスチック300を製造する工程の後に、露出している繊維強化プラスチック層210の表面に新たな外側層220を形成する工程を更に含んでいてもよい。
【0109】
外側層220の形成方法としては、例えば、樹脂、必要に応じて硬化剤、及びカルシウム化合物を適当な混合比で混合させた溶液を塗付し、乾燥・硬化させる方法が挙げられる。あるいは、熱可塑性樹脂を含む溶液にカルシウム化合物を添加し、かかる溶液を塗布することで外側層220を形成してもよい。樹脂及びカルシウム化合物としては、上記のものを用いればよい。樹脂及びカルシウム化合物の含有量が上述した範囲となるように樹脂及びカルシウム化合物の配合量を調整することが好ましい。
【0110】
繊維強化プラスチック層210の形成方法としては、従来公知の方法を用いればよく、例えば、ハンドレイアップ成形法で形成してもよく、機械成形法で形成してもよい。
【0111】
(工程B1)
次に、工程B0で得られた繊維強化プラスチックの外側層220の表面に、イノシトールリン酸を付与する。すなわち、工程B1は、図7に示すように、繊維強化プラスチック300の外側層220の表面221に、イノシトールリン酸102を付与する工程である。
工程B1は、イノシトールリン酸を付与する対象を、樹脂組成物の成形体110の表面111から繊維強化プラスチック300の外側層220の表面221に変更する以外は工程A1と同様にして実施してよい。
【0112】
(工程B2)
次に、工程B1で得られたイノシトールリン酸を有する外側層220の表面221に、銀イオン、亜鉛イオン、及び銅イオンからなる群より選択される少なくとも1種の金属イオンを付与する。すなわち、工程B2は、図8に示すように、イノシトールリン酸102を有する繊維強化プラスチック300の外側層220の表面221に、所定の金属元素103(銀、亜鉛、及び銅からなる群より選択される少なくとも1種)を付与する工程である。かかる工程B2により、繊維強化プラスチック製品200が製造される。
工程B2は、金属イオンを付与する対象を、樹脂組成物の成形体110の表面111から繊維強化プラスチック300の外側層220の表面221に変更する以外は工程A2と同様にして実施してよい。
【0113】
(その他の工程)
本実施形態の繊維強化プラスチック製品の製造方法は、工程B0、B1及びB2以外の工程を有していてもよく、例えば、工程B0とB1の間、工程B1とB2の間、及び/又は工程B2の後に、洗浄工程、及び/又は乾燥工程を含んでいてもよい。
【0114】
[成形体の抗菌性又は抗ウイルス性向上/付与方法]
上記のとおり、本実施形態の成形体及び繊維強化プラスチック製品は、主にイノシトールリン酸と金属イオンとの塩、及び/又は当該塩から溶出する金属イオンに起因して抗菌性又は抗ウイルス性を発現すると考えられる。したがって、本実施形態の成形体及び繊維強化プラスチック製品は、長期間の使用により金属イオンが溶出した場合には、その抗菌性又は抗ウイルス性が低下すると考えられる。
そのような場合であっても、本実施形態の、成形体の抗菌性若しくは抗ウイルス性を向上させ又は成形体に抗菌性若しくは抗ウイルス性を付与する方法(以下、単に「本実施形態の抗菌性又は抗ウイルス性向上/付与方法」という。)によれば、抗菌性又は抗ウイルス性が低下した成形体及び繊維強化プラスチック製品の抗菌性又は抗ウイルス性を向上させることができる。
【0115】
すなわち、本実施形態の抗菌性又は抗ウイルス性向上/付与方法は、カルシウム化合物及び樹脂を含有し、イノシトールリン酸を表面に有する成形体の抗菌性若しくは抗ウイルス性を向上させ、又は成形体に抗菌性若しくは抗ウイルス性を付与する方法であって、表面に、銀イオン、亜鉛イオン、及び銅イオンからなる群より選択される少なくとも1種の金属イオンを付与する工程を含む方法である。
かかる方法によれば、銀、亜鉛、及び銅等の金属元素を有しない成形体に、簡便に優れた抗菌性又は抗ウイルス性を付与することができ、あるいは、銀、亜鉛、及び銅等の金属元素の担持量が不十分である成形体の抗菌性又は抗ウイルス性を、簡便に向上させることができる。
【0116】
本実施形態の抗菌性又は抗ウイルス性向上/付与方法における、抗菌性若しくは抗ウイルス性を向上させ又は付与する対象としては、カルシウム化合物及び樹脂を含有する成形体であって、イノシトールリン酸を表面に有するものである。当該成形体は繊維強化プラスチックであってもよく、繊維強化プラスチックでなくてもよい。当該成形体の表面には、銀、亜鉛、及び銅からなる群より選択される少なくとも1種の金属元素が担持されていてもよく、されていなくてもよい。
【0117】
本実施形態の抗菌性又は抗ウイルス性向上/付与方法の一態様において、金属イオンを付与する成形体は抗菌性又は抗ウイルス性を失った本実施形態の成形体であり、すなわち、本実施形態の成形体の表面から金属原子が溶出した態様である。この態様によれば、抗菌性又は抗ウイルス性を失った本実施形態の成形体の抗菌性又は抗ウイルス性を復元することができる。
【0118】
本実施形態の抗菌性又は抗ウイルス性向上/付与方法の一態様において、金属イオンを付与する成形体は、繊維強化プラスチック層と、繊維強化プラスチック層上に設けられた外側層とを備え、上記外側層が、カルシウム化合物及び樹脂を含有し、かつ、その表面において、イノシトールリン酸を有する。この態様によれば、繊維強化プラスチックに対して抗菌性又は抗ウイルス性を付与し、あるいは繊維強化プラスチックの抗菌性又は抗ウイルス性を向上させることができる。
【0119】
成形体の表面に金属イオンを付与する工程としては、上記の本実施形態の成形体の製造方法における工程A2又はB2と同様の方法を用いることができる。
本実施形態の抗菌性又は抗ウイルス性向上/付与方法は、上記の金属イオンを付与する工程の前に、上記の本実施形態の成形体の製造方法における工程A1又はB1のような、成形体の表面に、イノシトールリン酸を付与する工程を含んでいてもよい。
【実施例
【0120】
以下、本発明を実施例及び比較例を用いてより具体的に説明する。本発明は、以下の実施例によって何ら限定されるものではない。
【0121】
[繊維強化プラスチックの製造]
以下のようにして、繊維強化プラスチックを製造した。
まず、ガラス繊維及び不飽和ポリエステル樹脂を含む繊維強化プラスチック層と、当該繊維強化プラスチック層上に形成され、炭酸カルシウム及び不飽和ポリエステル樹脂を含む外側層とからなる繊維強化プラスチックをハンドレイアップ成形法により作製した。外側層における炭酸カルシウムの含有量は、外側層の全体に対して、50質量%であった。また、上記の方法により求められた外側層の平均厚さは、0.3mmであった。外側層の形成には、粒径2.2μm程度の市販の炭酸カルシウム微粒子を用いたが、外側層の断面をSEMにより観察したところ、炭酸カルシウム微粒子は凝集体を形成しており、その凝集体粒子の粒径は15μmであった。
【0122】
次に、pH7.3のイノシトールリン酸(フィチン酸)水溶液(フィチン酸濃度:1000mg/dm3)に、この繊維強化プラスチックを37度で24時間浸漬させることにより、繊維強化プラスチックの外側層に、イノシトールリン酸を付与した。その後純水で洗浄した。繊維強化プラスチックの外側層にイノシトールリン酸が付与されたことをEDXで確認した。
【0123】
次に、硝酸銀水溶液に、イノシトールリン酸を付与した繊維強化プラスチックを室温で15分浸漬させることにより、繊維強化プラスチックの外側層に、銀イオンを付与した。硝酸銀水溶液の濃度は、1mM、5mM、10mM、又は20mMとして、銀の担持量が異なる複数の試料を作成した。この繊維強化プラスチックを純水で洗浄し、乾燥させることにより、イノシトールリン酸及び銀イオンを有する繊維強化プラスチックを得た。
【0124】
得られた繊維強化プラスチックの外側層の表面をSEM、エネルギー分散型X線分析装置(EDX)及び誘導結合プラズマ発光分光分析装置(ICP-AES)を用いて観察したところ、用いた硝酸銀水溶液の濃度(1mM、5mM、10mM、又は20mM)に応じた担持量で、銀の存在が確認された。以上のことから、外側層の表面に銀イオンが固定化された繊維強化プラスチックを製造することができたことが確認できた。
硝酸銀水溶液の濃度と、ICP-AESにより測定された外側層における銀の担持量との関係を図9に示す。
なお、金属元素の担持量をICP-AESにより測定する方法について、具体的には以下のようにして測定を実施した。まず、繊維強化プラスチックを浸漬する前の硝酸銀水溶液の銀イオン濃度をICP-AESにより測定した。次いで、繊維強化プラスチックを浸漬した後、上清を回収して、その水溶液の銀イオン濃度を再度測定した。2回の測定の差し引きにより、担持された金属元素量を決定した。なお、ICP-AES測定は検量線法による実施した。使用した装置は日立ハイテクサイエンス社製PS-7800であった。
【0125】
[繊維強化プラスチックの抗菌性の評価]
(試験例1)
日本産業規格(JIS Z 2801:2010)に準拠して、上記で得られた繊維強化プラスチックの抗菌性を評価した。なお、実施例の試料として、上記の製造方法において20mM硝酸銀水溶液を用いて銀イオンを固定化した繊維強化プラスチックを用い、対照試料(コントロール)として、イノシトールリン酸及び銀イオンを付与しなかった繊維強化プラスチックを用いた。
【0126】
具体的な評価手順は、以下のとおりである。
LB培地で前培養した大腸菌(E.coli)を含む菌液を播種密度が5×105CFU/mLとなるように調製した。調製した菌液を試料上に播種し、その後フィルムで被覆した。試料上の菌液を37度で24時間培養した後、洗い出した。得られた洗液を希釈し、希釈した洗液をLB培地にて37度で24~48時間培養した後、コロニーの数を観測した。現れたコロニーの数から生菌数を算出した。
【0127】
その結果、イノシトールリン酸及び銀イオンを付与しなかった対照試料(試料数:3)では、生菌数の相加平均が11×107CFU/mLであったのに対し、イノシトールリン酸及び銀イオンを付与した実施例の試料(試料数:3)では、生菌数が0.0×105CFU/mL~1.0×105CFU/mLの範囲であった。
【0128】
上記の結果に基づいて、以下の式から求められる抗菌活性値を計算したところ、実施例の繊維強化プラスチックの抗菌活性値は2.5以上であった。
抗菌活性値=log(非抗菌加工試料培養後生菌数)-log(抗菌加工試料培養後生菌数)
【0129】
抗菌活性値は、抗菌性材料の有する抗菌性の優劣の指標となる値であり、その値が2.0以上であれば十分な抗菌性を有していると判断することができる。実施例の繊維強化プラスチックは、抗菌活性値が2.5以上であり、優れた抗菌性を有していることがわかった。
【0130】
(試験例2)
実施例の試料として、上記の製造方法において1mM、5mM又は10mMの硝酸銀水溶液を用いて銀イオンを固定化した繊維強化プラスチックを用い、細菌として大腸菌(E.coli)及び黄色ブドウ球菌(S.aureus)を用いたこと以外は、試験例1と同様にして、本実施形態の繊維強化プラスチックの抗菌性を評価した。
【0131】
対照試料(イノシトールリン酸及び銀イオンを付与しなかった繊維強化プラスチック)と、各実施例試料における菌の死滅率を図10に示す。いずれの実施例試料においても、菌の死滅率は100%であり、抗菌活性値が2以上であることがわかる。
以上のことから、本実施形態の成形体(繊維強化プラスチック)は優れた抗菌性を有することがわかった。
【0132】
[金属イオンの徐放性(抗菌性の持続性)の評価]
次に、上記の繊維強化プラスチックの抗菌性の持続性を調べた。
上記の製造方法において1mM、5mM、10mM又は20mMの硝酸銀水溶液を用いて銀イオンを固定化した繊維強化プラスチックを試料として用いた。各試料をHEPES溶液(濃度20mM、pH7.3、液量10cm3)に浸漬し、1、3、5及び7日間、37.0℃、回転数100rpmの恒温振とうに付した。振とう終了後、上清を回収し、上清の銀イオン濃度をICP-AESにより測定した。
【0133】
各試料における、上清の銀イオン濃度(溶出量)と、振とう期間との関係を図11に示す。いずれの試料においても数日スケールでの銀イオンの徐放性が確認された。
【0134】
[抗菌性の復元可能性の評価]
次に、上記の繊維強化プラスチックが金属イオンを放出して、抗菌性を失い、あるいは抗菌性が低下した際に、金属イオンを付与することで抗菌性を再度付与し、あるいは抗菌性を向上させることができること(抗菌性の復元可能性)を確かめた。
【0135】
上記の製造方法において1mM又は5mMの硝酸銀水溶液を用いて銀イオンを固定化した繊維強化プラスチックを試料として用いた。
まず、各試料について、[繊維強化プラスチックの抗菌性の評価]の(試験例2)と同様の方法で、大腸菌の死滅率を測定した。この試験を1回目の試験という。次にこの測定で用いた試料を、超純水5cm3で3回洗浄し、エチレンオキサイドガス(EOG)滅菌した後、1回目の試験と同様の方法で、大腸菌の死滅率を再度測定した。この試験を2回目の試験という。次にこの測定で用いた試料を超純水5cm3で3回洗浄した後、硝酸銀水溶液(硝酸銀濃度:1mM又は5mM、各試料の製造時に用いた濃度と同様。)に室温で15分浸漬させることにより、繊維強化プラスチックの外側層に、銀イオンを再付与した。この試料をEOG滅菌した後、1回目の試験と同様の方法で、大腸菌の死滅率を再度測定した。この試験を3回目の試験という。本試験のプロトコルの概要を図12に示す。
【0136】
各試料における、1~3回目の試験における大腸菌の死滅率を図13に示す。
1mMの硝酸銀水溶液を用いて作製した試料では、2回目の試験における死滅率の大幅な低下と、3回目の試験における死滅率の大幅な上昇が確認された。このことは、金属イオンが溶出することにより、繊維強化プラスチックの抗菌性が低下したこと、及び当該低下した抗菌性は金属イオンの再付与により簡単に復元できることを示唆している。
一方、5mMの硝酸銀水溶液を用いて作製した試料では、2回目の試験における死滅率の大幅な低下が確認されなかった。このことは、作製時に用いる金属イオンを含む溶液における金属イオン濃度を調整することによって、繊維強化プラスチックの抗菌性の持続性を制御できることを示唆している。
【0137】
[抗菌性の細胞毒性の評価]
次に、上記の繊維強化プラスチックの細胞毒性を評価した。
評価した細胞は、マウス結合組織由来線維芽細胞(L929細胞)(継代数:p=3~)であり、培養培地としては、イーグル最小必須培地に10%ウシ胎児血清、100U/cm3ペニシリン、及び100μg/cm3ストレプトマイシンを添加したものを用いた。細胞培養環境は、37℃、5%CO2雰囲気下とした。
【0138】
(SEM観察)
上記の製造方法において1mM又は5mMの硝酸銀水溶液を用いて銀イオンを固定化した繊維強化プラスチックを試料として用いた。また、イノシトールリン酸及び硝酸銀による表面処理を行わなかった繊維強化プラスチックを対照試料として用いた。
上記の試料に、培養したL929細胞を播種した。播種密度は、6.0×104cells/cm3とした。培養後1日経過後に、各試料を10vol%グルタルアルデヒドに4℃で1時間以上浸漬し、リン酸緩衝生理食塩水で洗浄した。さらに滅菌水で洗浄した後、液体窒素で凍結させ、凍結乾燥処理を一晩以上行った。得られた試料をSEMにより観察した。各試料における観察像を図14に示す。図14に示すように、いずれの試料においても細胞が確認された。これは、全ての試料上において細胞培養に成功したことを意味する。
【0139】
1日以上培養しても細胞の成長が阻害されないことを確認するため、1mMの硝酸銀水溶液を用いて銀イオンを固定化した繊維強化プラスチックと、対照試料としての未処理繊維強化プラスチックを用いて、同様のSEM観察を培養後4日経過後にも行った。各試料における観察像を図15に示す。実施例試料においても対照試料と同様に伸展している細胞が多数確認された。
【0140】
(Live/Dead染色)
上記の製造方法において1mMの硝酸銀水溶液を用いて銀イオンを固定化した繊維強化プラスチックを試料として用いた。また、イノシトールリン酸及び硝酸銀による表面処理を行わなかった繊維強化プラスチックを対照試料として用いた。
上記の試料に、培養したL929細胞を播種した。播種密度は、6.0×104cells/cm3とした。培養後1日又は4日経過後に、SYTO9及びPropidium iodideで細胞染色を行った。染色には、LIVE/DEAD(登録商標)BacLight Bacterial Viability Kit (L7012)を用いた。染色後15分遮光し、顕微鏡を用いて観察した。なお、SYTO9は、全ての細胞を染色し、Propidium iodideは、膜が破損した細胞のみを染色する。よって、この方法によれば、生細胞と死滅した細胞を観察することができる。
【0141】
各試料における観察像を図16及び17に示す。図16及び17は、それぞれ培養後1日目及び4日目における観察像に対応する。図16及び17に示すように、実施例試料においても対照試料と同様に多数の生細胞が確認された。
【0142】
(相対細胞増殖率の測定)
上記の製造方法において1mMの硝酸銀水溶液を用いて銀イオンを固定化した繊維強化プラスチックを試料として用いた。また、イノシトールリン酸及び硝酸銀による表面処理を行わなかった繊維強化プラスチック、及び細胞培養プレートを対照試料として用いた。
上記の試料に、培養したL929細胞を播種した。播種密度は、6.0×104cells/cm3とした。培養後1日又は4日経過後に、BIO-RAD社製 Automated Cell Counter (TC20)を用いて各試料における細胞数を測定した。
【0143】
各試料について、培養開始時、培養後1日目、及び培養後4日目における細胞数の測定結果を図18に示す。図18によれば、1mMの硝酸銀水溶液を用いて銀イオンを固定化した繊維強化プラスチックは、細胞培養プレートよりは劣るものの、未処理の繊維強化プラスチックよりも優れた細胞培養環境であることが示唆された。すなわち、1mMの硝酸銀水溶液を用いて銀イオンを固定化した繊維強化プラスチックは、未処理の繊維強化プラスチックに比して、細胞毒性が低いことが示唆された。
【0144】
図18に示すデータに基づいて、下記式から相対細胞増殖率Mを算出した。
【数1】
【0145】
細胞培養プレートにおける相対細胞増殖率(Control)、未処理の繊維強化プラスチックにおける相対細胞増殖率(FRP)、及び1mMの硝酸銀水溶液を用いて銀イオンを固定化した繊維強化プラスチックにおける相対細胞増殖率(Ag(1))の相対値を表1に示す。表1中、各値は、Control又はFRPの相対細胞増殖率を100として、相対的に示されている。
【表1】
【0146】
実施例の繊維強化プラスチックは、未処理の繊維強化プラスチックを基準とすると、相対細胞増殖率が109.2%であった。当該相対細胞増殖率が70%以上であることから、「薬食機発0301第20号 平成24年3月1日 医療機器の製造販売承認申請等に必要な生物学的安全性評価の基本的考え方について 第1部 細胞毒性試験」の「抽出法によるコロニー形成法の判断基準」に準じて、実施例の繊維強化プラスチックは細胞毒性がないと判断した。
【0147】
[繊維強化プラスチックの抗ウイルス性の評価]
国際標準規格(ISO 21702)に準拠して、上記で得られた繊維強化プラスチックの抗ウイルス性を評価した。実施例の試料として、上記の製造方法において1mM又は5mM硝酸銀水溶液を用いて銀イオンを固定化した繊維強化プラスチックを用い、対照試料として、イノシトールリン酸及び銀イオンを付与しなかった繊維強化プラスチックを用いた。各試料は試験前にEOG滅菌し、試料数は3とした。
また、試験ウイルスとしてはネコカリシウイルスを用い、宿主細胞としてはCRFK細胞を用いた。
【0148】
具体的な評価手順は、以下のとおりである。
感染価を2.3×106PFU/cm3となるように調製したウイルス液を各試料上に播種し、25.0℃で24時間静置した。その後、試料上のウイルス液を洗い出し、前培養した宿主細胞に播種した。その後所定の時間培養し、半固形培地で固定した。培地をクリスタルバイオレットにより染色し、プラーク数を計測した。プラーク数から単位面積当たりの感染価の対数値を算出した。
各試料における単位面積当たりの感染価の平均対数値を図19に示す。
【0149】
図19に示すデータから、1mM又は5mM硝酸銀水溶液を用いて銀イオンを固定化した繊維強化プラスチックにおける、下記式から算出される抗ウイルス活性値が4.7であることがわかった。
抗ウイルス活性値=log(非抗ウイルス加工試料培養後の単位面積当たりのウイルス感染価)-log(抗ウイルス加工試料培養後の単位面積当たりのウイルス感染価)
【0150】
日本産業規格(JIS L 1922:2016の附属書G)によれば、上記の抗ウイルス活性値が2以上3未満で「抗ウイルス効果あり」、3以上で「抗ウイルス効果が十分にあり」とされている。したがって、実施例の繊維強化プラスチックは、優れた抗ウイルス性を有していることがわかった。
【産業上の利用可能性】
【0151】
本発明は、優れた抗菌性又は抗ウイルス性及び機械特性を有する部材及び製品を提供することができ、例えば、公衆衛生向上の分野等において、産業上の利用可能性を有する。
【符号の説明】
【0152】
100,110…成形体、101,111,221…表面、102…イノシトールリン酸、103…金属元素、104…カルシウム化合物、200…繊維強化プラスチック製品、210…繊維強化プラスチック層、220…外側層、300…繊維強化プラスチック、310…型
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