(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-10-10
(45)【発行日】2023-10-18
(54)【発明の名称】人体挙動計算装置及びプログラム
(51)【国際特許分類】
G06Q 99/00 20060101AFI20231011BHJP
B60N 2/02 20060101ALI20231011BHJP
G06F 17/11 20060101ALI20231011BHJP
【FI】
G06Q99/00
B60N2/02
G06F17/11
(21)【出願番号】P 2018026419
(22)【出願日】2018-02-16
【審査請求日】2020-07-09
【審判番号】
【審判請求日】2022-07-29
(73)【特許権者】
【識別番号】000003609
【氏名又は名称】株式会社豊田中央研究所
(73)【特許権者】
【識別番号】000003207
【氏名又は名称】トヨタ自動車株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】000241500
【氏名又は名称】トヨタ紡織株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100084995
【氏名又は名称】加藤 和詳
(72)【発明者】
【氏名】小野 英一
(72)【発明者】
【氏名】村岸 裕治
(72)【発明者】
【氏名】安井 哲
(72)【発明者】
【氏名】岡本 昌明
(72)【発明者】
【氏名】森吉 穣
(72)【発明者】
【氏名】川野 健二
(72)【発明者】
【氏名】近藤 洋史
【合議体】
【審判長】伏本 正典
【審判官】松尾 俊介
【審判官】中野 浩昌
(56)【参考文献】
【文献】姜有峯、外3名,特集 医療のためのディジタルヒューマン技術08 3次元人体FEMモデルを用いた衝撃による頚部挙動解析と傷害予測,情報処理,社団法人情報処理学会,2005年12月15日,第46巻,第12号,pp.1368-1372,ISSN:0447-8053
【文献】高田一、外3名,車いす走行時の人体シミュレーションモデル,バイオフィリア リハビリテーション研究,第2巻,第1号,バイオフィリアリハビリテーション学会,2004年08月07日,pp.63-70
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G06Q 10/00-99/00
B60N 2/00-2/90
G06F 17/00-17/18
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
車両のシートに着座した乗員の挙動を計算する人体挙動計算装置であって、
車両のシートに着座した乗員の挙動を表す人体挙動モデルであって、前記乗員の人体が、頭部及び胸部を含む上部、骨盤を含む中部、及び骨盤より下の下半身を含む下部に分割され、前記中部及び前記下部の間の関節と、前記上部及び前記中部の間の関節とを有する人体挙動モデルを用いて、
姿勢の崩れを防ぐための前記中部及び前記下部の間の関節トルクを、前記中部及び前記下部の間の関節角から演算し、前記車両に印加される加速度に対抗して頭部を傾けるための前記上部及び前記中部の間の関節トルクを、頭部の加速度に応じて演算することにより、前記中部及び前記下部の間の関節角と、前記上部及び前記中部の間の関節角とを含む前記乗員の挙動を計算する
人体挙動計算装置であり、
前記乗員の挙動を計算する際に、
前記車両に印加される加速度の時系列を入力とし、各時間ステップで、
前記中部及び前記下部の間の関節角に、予め定められたゲインを乗算することにより、姿勢の崩れを防ぐための前記中部及び前記下部の間の関節トルクを演算し、
前記頭部の加速度と、前記上部及び前記中部の間の関節角と、重力加速度とを用いて、頭部座標系における頭部加速度を演算し、前記頭部座標系における頭部加速度に、予め定められたゲインを乗算することにより、前記車両に印加される加速度に対抗して頭部を傾けるための前記上部及び前記中部の間の関節トルクを演算し、
前記中部及び前記下部の間の関節トルクと、前記上部及び前記中部の間の関節トルクと、前記車両に印加される加速度とから、前記人体挙動モデルを用いて、前記中部及び前記下部の間の関節角と、前記上部及び前記中部の間の関節角と、前記頭部の加速度とを計算
し、
前記頭部座標系における前後方向の頭部加速度は、
で演算され、
前記頭部座標系における横方向の頭部加速度は、
で演算される人体挙動計算装置。
ただし、gは重力加速度であり、
は、前記頭部の前後方向の加速度であり、φ
x
は、前記上部及び前記中部の間の左右軸周りの関節角であり、
は、前記頭部の横方向の加速度であり、φ
y
は、前記上部及び前記中部の間の前後軸周りの関節角である。
【請求項2】
前記中部及び前記下部の間の関節角の基準状態からの偏差に比例した、前記中部及び前記下部の間の関節トルクを演算し、
頭部座標系における左右方向の加速度に比例した、前記上部及び前記中部の間の前後軸周りの関節トルクを演算すると共に、頭部座標系における前後方向の加速度に比例した、前記上部及び前記中部の間の左右軸周りの関節トルクを演算することにより、前記乗員の挙動を計算する請求項
1記載の人体挙動計算装置。
【請求項3】
前記乗員の挙動を計算する際に、
前記車両に印加される加速度の時系列を入力とし、各時間ステップで、
前記中部及び前記下部の間の関節角の基準状態からの偏差に比例した、前記中部及び前記下部の間の関節トルクを演算し、かつ、
前記頭部の横方向の加速度と、前記上部及び前記中部の間の前後軸周りの関節角と、重力加速度とを用いて、頭部座標系における横方向の頭部加速度を演算し、頭部座標系における横方向の頭部加速度に比例した、前記上部及び前記中部の間の前後軸周りの関節トルクを演算すると共に、前記頭部の前後方向の加速度と、前記上部及び前記中部の間の左右軸周りの関節角と、重力加速度とを用いて、頭部座標系における前後方向の頭部加速度を演算し、前記頭部座標系における前後方向の頭部加速度に比例した、前記上部及び前記中部の間の左右軸周りの関節トルクを演算することにより前記乗員の挙動を計算するための状態方程式に従って、
前記中部及び前記下部の間の関節角と、前記上部及び前記中部の間の前後軸周りの関節角と、前記上部及び前記中部の間の左右軸周りの関節角と、前記頭部の横方向の加速度と、前記頭部の前後方向の加速度と、を計算する請求項
1記載の人体挙動計算装置。
【請求項4】
車両のシートに着座した乗員の挙動を計算するためのプログラムであって、
コンピュータを、
車両のシートに着座した乗員の挙動を表す人体挙動モデルであって、前記乗員の人体が、頭部及び胸部を含む上部、骨盤を含む中部、及び骨盤より下の下半身を含む下部に分割され、前記中部及び前記下部の間の関節と、前記上部及び前記中部の間の関節とを有する人体挙動モデルを用いて、
姿勢の崩れを防ぐための前記中部及び前記下部の間の関節トルクを、前記中部及び前記下部の間の関節角から演算し、前記車両に印加される加速度に対抗して頭部を傾けるための前記上部及び前記中部の間の関節トルクを、頭部の加速度に応じて演算することにより、前記中部及び前記下部の間の関節角と、前記上部及び前記中部の間の関節角とを含む前記乗員の挙動を計算する人体挙動計算部として機能させるためのプログラムであり、
前記乗員の挙動を計算する際に、
前記車両に印加される加速度の時系列を入力とし、各時間ステップで、
前記中部及び前記下部の間の関節角に、予め定められたゲインを乗算することにより、姿勢の崩れを防ぐための前記中部及び前記下部の間の関節トルクを演算し、
前記頭部の加速度と、前記上部及び前記中部の間の関節角と、重力加速度とを用いて、頭部座標系における頭部加速度を演算し、前記頭部座標系における頭部加速度に、予め定められたゲインを乗算することにより、前記車両に印加される加速度に対抗して頭部を傾けるための前記上部及び前記中部の間の関節トルクを演算し、
前記中部及び前記下部の間の関節トルクと、前記上部及び前記中部の間の関節トルクと、前記車両に印加される加速度とから、前記人体挙動モデルを用いて、前記中部及び前記下部の間の関節角と、前記上部及び前記中部の間の関節角と、前記頭部の加速度とを計算
し、
前記頭部座標系における前後方向の頭部加速度は、
で演算され、
前記頭部座標系における横方向の頭部加速度は、
で演算されるプログラム。
ただし、gは重力加速度であり、
は、前記頭部の前後方向の加速度であり、φ
x
は、前記上部及び前記中部の間の左右軸周りの関節角であり、
は、前記頭部の横方向の加速度であり、φ
y
は、前記上部及び前記中部の間の前後軸周りの関節角である。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、人体挙動計算装置及びプログラムに係り、特に、車両のシートに着座した乗員の挙動を計算する人体挙動計算装置及びプログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、人体の挙動をシミュレーションする技術が知られている(例えば、特許文献1)。特許文献1に記載の技術では、最小筋肉動作関数を目的関数に採用する最適制御理論に基づいて人体の動きを推定し、この動きを実現する筋制御をフィードフォワード的に行っている。さらに、計算された動きにおいて人体の姿勢を検証し、姿勢が不安定になった場合には動きの修正を行っている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、上記特許文献1に記載の技術では、不安定になるたびに最適制御理論に基づく制御則を繰り返し演算するとともに人体挙動のシミュレーションを繰り返す必要が生じるという問題点がある。
【0005】
また、自動車乗車中の座位姿勢で旋回に伴う横加速度を受けたときには、乗員、特にドライバはシートに体を委ねつつも頭部を旋回内側に倒し、横加速度に対抗させて倒立させようとする特性を有している。しかしながら、上記特許文献1に記載の技術では、頭部の部分的な安定化などのフィードバック制御については考慮されていない。一方、人間には、頭部の倒立のために頭部の加速度を検知する耳石や、姿勢の崩れを防ぐために筋肉や腱の伸縮を検知する筋紡錘・腱紡錘などの感覚器が備わっており、これらの信号をフィードバックに用いられていることが分かっている。
【0006】
本発明は、上記の事情を鑑みてなされたもので、車両のシートに着座した乗員の挙動を精度良く計算することができる人体挙動計算装置及びプログラムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記の目的を達成するために本発明に係る人体挙動計算装置は、車両のシートに着座した乗員の挙動を計算する人体挙動計算装置であって、車両のシートに着座した乗員の挙動を表す人体挙動モデルであって、前記乗員の人体が、頭部及び胸部を含む上部、骨盤を含む中部、及び骨盤より下の下半身を含む下部に分割され、前記中部及び前記下部の間の関節と、前記上部及び前記中部の間の関節とを有する人体挙動モデルを用いて、姿勢の崩れを防ぐための前記中部及び前記下部の間の関節トルクを、前記中部及び前記下部の間の関節角から演算し、前記車両に印加される加速度に対抗して頭部を倒立させるための前記上部及び前記中部の間の関節トルクを、頭部の加速度に応じて演算することにより、前記中部及び前記下部の間の関節角と、前記上部及び前記中部の間の関節角とを含む前記乗員の挙動を計算する。
【0008】
本発明に係るプログラムは、車両のシートに着座した乗員の挙動を計算するためのプログラムであって、コンピュータを、車両のシートに着座した乗員の挙動を表す人体挙動モデルであって、前記乗員の人体が、頭部及び胸部を含む上部、骨盤を含む中部、及び骨盤より下の下半身を含む下部に分割され、前記中部及び前記下部の間の関節と、前記上部及び前記中部の間の関節とを有する人体挙動モデルを用いて、姿勢の崩れを防ぐための前記中部及び前記下部の間の関節トルクを、前記中部及び前記下部の間の関節角から演算し、前記車両に印加される加速度に対抗して頭部を倒立させるための前記上部及び前記中部の間の関節トルクを、頭部の加速度に応じて演算することにより、前記中部及び前記下部の間の関節角と、前記上部及び前記中部の間の関節角とを含む前記乗員の挙動を計算する人体挙動計算部として機能させるためのプログラムである。
【発明の効果】
【0009】
以上説明したように、本発明の人体挙動計算装置及びプログラムによれば、頭部及び胸部を含む上部、骨盤を含む中部、及び骨盤より下の下半身を含む下部に分割され、前記中部及び前記下部の間の関節と、前記上部及び前記中部の間の関節とを有する人体挙動モデルを用いて、姿勢の崩れを防ぐための前記中部及び前記下部の間の関節トルクを、前記中部及び前記下部の間の関節角から演算し、前記車両に印加される加速度に対抗して頭部を倒立させるための前記上部及び前記中部の間の関節トルクを、頭部の加速度に応じて演算することにより、前記中部及び前記下部の間の関節角と、前記上部及び前記中部の間の関節角とを含む前記乗員の挙動を計算する。これにより、車両のシートに着座した乗員の挙動を精度良く計算することができる、という効果が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図2】等価的な2重倒立振子としてモデル化される人体挙動を示す図である。
【
図4】本発明の実施の形態に係る人体挙動計算装置を示すブロック図である。
【
図5】本発明の実施の形態に係る人体挙動計算装置を示す機能ブロック図である。
【
図6】本発明の実施の形態に係る人体挙動計算装置の人体挙動計算処理ルーチンの内容を示すフローチャートである。
【
図7】腰中心に屈曲する場合を説明するための図である。
【
図8】車両横加速度から頭部姿勢角のボード線図である。
【
図9】車両横加速度ステップ入力時(1m/s
2)の姿勢角応答を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、図面を参照して本発明の実施の形態を詳細に説明する。
【0012】
<本発明の実施の形態の概要>
人間の筋骨格は、50以上の自由度をもち、姿勢維持や動作実現のために複雑な協調制御が行われている。自動車運転中のドライバは、前方の視認性確保のためにこれらの自由度を活用して、頭部動揺を抑制しつつ、姿勢を維持するための筋制御を行っている。本発明の実施の形態では、この姿勢制御を解明しモデル化することで、車室内のドライバ挙動を予測することが可能となり、シートをはじめとする様々な車両における機能の設計をモデルベースで進めることが可能となる。
【0013】
ここでは、車両加速度印加時の乗員の姿勢制御を簡易的な低自由度モデルを用いて模擬することを目的とする。
【0014】
<本発明の実施の形態の原理>
本発明の実施の形態では、自動車シートに着座した人体をシートバックへの背中の着力点から上のシート非接触部位である頭・胸部と、シートにホールドされた部位である骨盤を含む腹部、さらに骨盤より下の車両に固定された下半身の3分割した人体挙動モデルを想定し、下半身と骨盤の間の関節と、頭・胸部と骨盤を含む腹部の間の関節に加えるトルクの制御則を導出する。なお、背骨の屈曲を1関節で表現した背骨の関節位置は、シートによる体の支え方やドラポジ変化に伴い着力点とともに上下に変化するとする。また、シートに着座した状態では、頭・胸部は、車両の加速度に対抗して3次元空間で倒立するのに対し、シートに接触する骨盤を含む腹部は、運動が概ねシート形状の面内に拘束されることになる。本発明の実施の形態では、脊柱の20以上の関節を2関節に近似することによって、それぞれの関節の役割を明確化し、下半身と骨盤の間の関節トルクは、関節角から姿勢の崩れを検出して姿勢を維持するための体勢フィードバックの役割を果たすとともに、頭・胸部と骨盤を含む腹部の間の関節トルクは、耳石で検出された加速度から頭部を倒立させるための耳石フィードバックの役割を果たすことを特徴としている。すなわち、発明の実施の形態のポイントを整理すると、以下の(1)~(3)となる。
【0015】
(1)シートバックへの背中の着力点から上のシート非接触部位(頭・胸部)とシートにホールドされた部位(骨盤・腹部)に上体を分割する。
【0016】
(2)車両の加速度に対抗するように頭部の姿勢を保つ耳石フィードバック(頭・胸部と骨盤間の背骨の関節トルク)と姿勢の崩れを矯正しようとする体勢フィードバック(骨盤と下半身の間の関節トルク)によって姿勢を安定化する。
【0017】
(3)背骨の屈曲を1関節で表現した背骨の関節位置は、シートによる体の支え方やドラポジ変化に伴い着力点とともに上下に変化する(背骨全体ではなく腰中心に屈曲する場合など)。
【0018】
このため、前後方向の加速度印加に対しては、骨盤を含む腹部はシートに拘束されている結果、姿勢の崩れは少なく、下半身と骨盤の間の関節には姿勢維持のためのトルクをほとんど必要としない。この結果、前後方向の加速度を印加された状態では、頭・胸部と骨盤を含む腹部の間の関節トルクは、耳石で検出された加速度から頭部を倒立させるための耳石フィードバック主体の制御則となる。
図1に3分割した人体挙動モデルの側面図を示す。ここで、頭部位置での車両加速度を
、腹部の質量をm
1、頭・胸部の質量をm
2、関節1と関節2の間の距離をL、関節2から頭・胸部の重心までの距離をl、下半身と骨盤の間の関節(関節1)の鉛直軸から車両前方向への傾き角をθ
x、頭・胸部と腹部の間の関節(関節2)の鉛直軸から車両前方向への傾き角をφ
xとする。このとき、耳石フィードバックは、例えば、以下の比例ゲインk
2xを有する比例制御で記述することができる。
【0019】
【数1】
(1)
ただし、gは重力加速度、T
φxは関節2のy軸周りの制御トルクである。
【0020】
なお、関節2の位置は、シートバックによって拘束されていると仮定することができるが、シートバックの弾性を考慮して、荷重に応じて関節位置が変化する状況を関節1の傾き角θxの変化として記述することによって、より正確な人体挙動の予測を行うことが可能となる。このような詳細な検討では、シートバックの動特性に応じた頭部挙動の違いが表現されることになり、頭部挙動のシミュレーション結果からシート特性の評価が可能となる。
【0021】
一方、横加速度を受けたときには、前後方向と比較して骨盤を含む腹部へのシートによる拘束力は小さく、シートバック上を腹部の重心が移動する。この挙動を車両の左右-上下軸の平面(y-z平面)に射影させて考えると、
図2に示すような等価的な倒立2重振子となっている。
【0022】
まず、定式化のために
図3のように下半身と骨盤の間の関節(関節1)の鉛直軸から車両左方向への傾き角をθ
y、頭・胸部と腹部の間の関節(関節2)の鉛直軸から車両左方向への傾き角φ
y、腹部の質量m
1、頭・胸部の質量をm
2、関節1と関節2の間の距離をL、関節1から腹部重心までの距離をl
1、関節2から頭・胸部の重心までの距離をl、下半身(車体)位置を(y, z)、腹部重心位置を(y
1, z
1)、頭・胸部重心位置を(y
2, z
2)、関節1に印加される力を(u
1, v
1)、関節2に印加される力を(u
2, v
2)と記述する。また、下半身(車体)の横加速度を
、このときの頭部横加速度を
と記述する。
【0023】
関節1の回転に関する腹部質点の慣性モーメントは、
【0024】
【0025】
また、関節2の回転に関する頭・胸部質点の慣性モーメントは、
【0026】
【0027】
となる。さらに、腹部質点と関節1の運動方程式は、以下のように記述される。
【0028】
【0029】
ただし、c1は関節1の粘性係数、c2は、関節2の粘性係数、Tθyは関節1のx軸周りの制御トルク、Tφyは関節2の制御トルクである。同様に、頭・胸部質点と関節2の運動方程式は、以下のように記述される。
【0030】
【0031】
という関係から、
【0032】
【0033】
となる。(10)式を(4)式に代入すると、
【0034】
【0035】
(11)式を(5)式に代入すると、
【0036】
【0037】
(12)式を(7)式に代入すると、
【0038】
【0039】
(13)式を(8)式に代入すると、
【0040】
【0041】
となる。さらに、(16)式を(14)式に代入すると、
【0042】
【0043】
(17)式を(15)式に代入すると、
【0044】
【0045】
となる。ここで、(16), (17), (18), (19)式を(6)式に代入すると、
【0046】
【0047】
(16), (17)式を(9)式に代入すると、
【0048】
【0049】
となる。
【0050】
(体勢フィードバック)
関節1では、姿勢の崩れを抑制する体勢フィードバックが働くことを仮定し、関節角θyをフィードバックする以下の制御則を設定する。
【0051】
【0052】
ただし、k1yは、体勢フィードバックの制御ゲインである。
【0053】
(耳石フィードバック)
また、関節2では、頭部を横加速度に対抗して傾ける耳石フィードバックが働くことを仮定し、以下の制御則を設定する。
【0054】
【0055】
以上の運動方程式と制御則から、閉ループ系の運動方程式を導出する。(22), (23)式を(20)式に代入すると、
【0056】
【0057】
(22), (23)式を(21)式に代入すると、
【0058】
【0059】
となる。ここでは、(24), (25)式の運動方程式を状態方程式として表現する。
【0060】
【数19】
(26)
ただし、
(27)
(28)
(29)
【0061】
である。これらの関係式から以下の状態方程式が導出される。
【0062】
【数20】
(30)
ただし、
(31)
(32)
【0063】
上記(30)式の状態方程式は、横方向加速度に対する、横方向の関節1の関節角と、横方向の関節2の関節角とを含む乗員の挙動を計算するためのものである。
【0064】
前後方向加速度に対する、前後方向の関節2の関節角とを含む乗員の挙動を計算するための状態方程式は、上記(30)式の状態方程式から、関節1の関節角に関する要素を除いて同様に導出される。
【0065】
<本発明の実施の形態の人体挙動計算装置の構成>
図4に示すように、本発明の実施の形態に係る人体挙動計算装置10は、CPU12、ROM14、RAM16、HDD18、通信インタフェース21、及びこれらを相互に接続するためのバス22を備えている。
【0066】
CPU12は、各種プログラムを実行する。ROM14には、各種プログラムやパラメータ等が記憶されている。RAM16は、CPU12による各種プログラムの実行時におけるワークエリア等として用いられる。記録媒体としてのHDD18には、後述する人体挙動計算処理ルーチンを実行するためのプログラムを含む各種プログラムや各種データが記憶されている。
【0067】
本実施の形態における人体挙動計算装置10を、人体挙動計算処理ルーチンを実行するためのプログラムに沿って、機能ブロックで表すと、
図5に示すようになる。人体挙動計算装置10は、入力部20、演算部30、及び出力部50を備えている。
【0068】
入力部20は、解析対象となる人体挙動モデルに関する情報、及び車両に加えられる加速度の時系列を入力として受け付ける。
【0069】
演算部30は、人体挙動計算部44を備えている。
【0070】
人体挙動計算部44は、上述した、乗員の人体が、頭部及び胸部を含む上部、骨盤を含む中部、及び骨盤より下の下半身を含む下部に分割され、中部及び前記下部の間の関節1と、上部及び中部の間の関節2とを有する人体挙動モデルを用いて、姿勢の崩れを防ぐための関節1の関節トルクを、関節1の関節角から演算し、車両に印加される加速度に対抗して頭部を倒立させるための関節2の関節トルクを、頭部の加速度に応じて演算することにより、関節1の関節角と、関節2の関節角とを含む乗員の挙動を計算する。
【0071】
具体的には、車両の加速度の時系列を入力とし、各時間ステップで、前後方向について、人体挙動モデルを用いて関節1の関節角の基準状態からの偏差に比例した、関節2の関節トルクを演算することにより乗員の挙動を計算するための、上記(30)式に示す状態方程式と同様の状態方程式に従って、前後方向の関節2の関節角を含む乗員の挙動を計算する。また、横方向について、人体挙動モデルを用いて関節1の関節角の基準状態からの偏差に比例した、関節1の関節トルクを演算し、頭部座標系における左右方向の加速度に比例した、関節2の関節トルクを演算することにより乗員の挙動を計算するための上記(30)式に示す状態方程式に従って、横方向の関節1の関節角と、横方向の関節2の関節角とを含む乗員の挙動を計算する。
【0072】
出力部50は、各時間ステップでの計算結果を、乗員の挙動として出力する。
【0073】
<人体挙動計算装置の動作>
次に、本発明の実施の形態に係る人体挙動計算装置10の動作について説明する。
【0074】
入力部20によって解析対象となる人体挙動モデルに関する情報、及び車両の加速度の時系列を受け付けると、人体挙動計算装置10によって、
図6に示す人体挙動計算処理ルーチンが実行される。
【0075】
まず、ステップS100において、計算対象の時間ステップにおける車両の加速度を取得する。
【0076】
ステップS102において、人体挙動計算部44は、上記ステップS100で取得した車両の加速度に基づいて、上記(30)式の状態方程式と同様の状態方程式に従って、前後方向の関節2の関節角を計算する。
【0077】
ステップS104において、人体挙動計算部44は、上記ステップS100で取得した車両の加速度に基づいて、上記(30)式の状態方程式に従って、横方向の関節1の関節角と、横方向の関節2の関節角とを計算する。
【0078】
ステップS106では、繰り返し処理を終了するか否かを判定する。繰り返し処理を終了しない場合には、上記ステップS100へ戻り、次時刻を計算対象の時間ステップとして処理を繰り返す。一方、繰り返し処理を終了すると判定された場合には、ステップS108において、出力部50は、時間ステップ毎に計算された関節1の関節角及び関節2の関節角の計算結果を、解析対象となる乗員の挙動として出力し、人体挙動計算処理ルーチンを終了する。
【0079】
<実施例>
本発明の実施の形態で説明した手法を用いて数値解析を行った結果を示す。
【0080】
ここでは、以下のパラメータを背骨全体が屈曲する標準状態としてシミュレーションを行う。
【0081】
【0082】
また、
図7に示すような腰中心に屈曲する場合のパラメータとして、関節間距離のみ以下の値に変更する。
【0083】
【0084】
図8に、(30)~(32)式のボード線図を、
図9に横加速度=1m/s
2をステップ的に印加したときの関節角の時間応答を示す。人体挙動は、位相遅れが180degを超える非最小位相推移系となり、横加速度印加初期に逆応答(逆方向に頭・胸部が倒れ込む)を示すことがわかる。また、腰中心に屈曲する場合、安定性は向上しているものの、頭部の動きが大きく遅れることがわかる。
【0085】
図10は、加振機上に乗員を着座させたシートを設置し、横方向に加振させたときの実験結果(実線)と、背骨全体で屈曲する場合のゲイン線図(破線)を比較した図である。実験では、横加速度0.1Gの振幅一定の条件で、0.35Hzから15Hzまで周波数を90s間でスイープさせている。モデルでは、上半身を2慣性系という極めて低自由度な記述を行っているにもかかわらず、実際の人体挙動を表現できていることがわかる。
【0086】
以上説明したように、本発明の実施の形態に係る人体挙動計算装置によれば、頭部及び胸部を含む上部、骨盤を含む中部、及び骨盤より下の下半身を含む下部に分割され、中部及び下部の間の関節1と、上部及び中部の間の関節2とを有する人体挙動モデルを用いて、姿勢の崩れを防ぐための関節1の関節トルクを、関節1の関節角から演算し、車両に印加される加速度に対抗して頭部を倒立させるための関節2の関節トルクを、頭部の加速度に応じて演算することにより、関節1の関節角と、関節2の関節角とを含む乗員の挙動を計算する。これにより、車両のシートに着座した乗員の挙動を精度良く計算することができる。
【0087】
また、例えば旋回時の横加速度を受けた際の車室内の乗員挙動が正確に予測することが可能となり、シートのホールド性やステアリング操作などの評価を計算できるようになり、車両設計への幅広い活用が期待できる。
【0088】
本発明の実施の形態では、自動車シートに着座した人体を頭・胸部と、骨盤を含む腹部、骨盤より下の車両に固定された下半身の3分割した人体挙動モデルを想定し、下半身と骨盤の間の関節と、頭・胸部と骨盤を含む腹部の間の関節に加えるトルクの制御則を導出する。脊柱の20以上の関節を2関節に近似することによって、それぞれの関節の役割を明確化し、下半身と骨盤の間の関節トルクは、関節角から姿勢の崩れを検出して姿勢を維持するための体勢フィードバックを行うとともに、頭・胸部と骨盤を含む腹部の間の関節トルクは、耳石で検出された加速度から頭部を倒立させるための耳石フィードバックを行うことを特徴とする。
【0089】
これら2関節のフィードバック制御によって、人間の行っている「シートに体を委ねつつも頭部を旋回内側に倒し、横加速度に対抗させて倒立させようとする特性」を正確に模擬することが可能となる。この制御則によって、旋回時の横加速度を受けた際の車室内の乗員挙動が正確に予測することが可能となり、シートのホールド性やステアリング操作などの評価を計算できるようになり、車両設計への幅広い活用が期待できる。また、本発明の実施の形態では、姿勢の安定化をフィードバックによって補償することから、従来技術で必要とされていたフィードフォワード制御の繰り返しが不要となり、演算負荷を抑制する効果を有している。
【0090】
なお、本発明は、上述した実施形態に限定されるものではなく、この発明の要旨を逸脱しない範囲内で様々な変形や応用が可能である。
【0091】
例えば、制御則の導出に当たっては、3分割された人体挙動モデルを想定しているが、車両設計に活用する際には、ここで導出された2つの関節トルクをそれぞれ複数の関節トルクへの変換や、等価的な筋力への変換によって、多関節の筋骨格人体挙動モデルに適用することもできる。この場合、フィードバックに用いる下半身と骨盤の間の関節角は、複数の関節角の和で代用することになる。また、導出された関節トルクを複数の筋力に変換する際には、例えば最適制御に基づいて、各筋肉に対応した筋活性度の2乗和を最小化する配分や、筋活性度の最大値を最小化する配分が考えられる。
【0092】
また、人体と車両の接触によって生じる反力や、ステアリングを把持する腕からの影響を無視した場合を例に説明しているが、これに限定されるものではない。人体と車両の接触によって生じる反力や、ステアリングを把持する腕からの影響を考慮して計算するようにしてもよい。この場合には、人体と車両の接触によって生じる反力や、ステアリングを把持する腕からの影響に応じた関節トルクを追加して計算すればよい。
【0093】
また、前後加速度及び横加速度が印加される場合を例に説明したが、これに限定されるものではない。例えば、前後加速度のみが印加された場合の乗員の挙動を計算するようにしてもよい。この場合には、上記(30)式に示す状態方程式と同様の状態方程式に従って、前後方向の関節2の関節角を含む乗員の挙動を計算するようにすればよい。一方、横加速度のみが印加された場合の乗員の挙動を計算するようにしてもよい。この場合には、上記(30)式に示す状態方程式に従って、横方向の関節1の関節角と、横方向の関節2の関節角とを含む乗員の挙動を計算するようにすればよい。
【0094】
また、本発明のプログラムは、記憶媒体に格納して提供するようにしてもよい。
【符号の説明】
【0095】
10 人体挙動計算装置
20 入力部
30 演算部
44 人体挙動計算部
50 出力部