IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 株式会社ナリス化粧品の特許一覧

<>
  • 特許-一重項酸素消去剤及び皮膚外用剤 図1
  • 特許-一重項酸素消去剤及び皮膚外用剤 図2
  • 特許-一重項酸素消去剤及び皮膚外用剤 図3
  • 特許-一重項酸素消去剤及び皮膚外用剤 図4
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-10-10
(45)【発行日】2023-10-18
(54)【発明の名称】一重項酸素消去剤及び皮膚外用剤
(51)【国際特許分類】
   A61K 36/47 20060101AFI20231011BHJP
   A61P 17/18 20060101ALI20231011BHJP
   A61P 43/00 20060101ALI20231011BHJP
   A61P 17/00 20060101ALI20231011BHJP
   A61K 8/9789 20170101ALI20231011BHJP
   A61Q 19/08 20060101ALI20231011BHJP
   A61K 131/00 20060101ALN20231011BHJP
【FI】
A61K36/47
A61P17/18
A61P43/00 111
A61P17/00
A61K8/9789
A61Q19/08
A61K131:00
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2019063074
(22)【出願日】2019-03-28
(65)【公開番号】P2020158478
(43)【公開日】2020-10-01
【審査請求日】2022-01-26
(73)【特許権者】
【識別番号】591230619
【氏名又は名称】株式会社ナリス化粧品
(72)【発明者】
【氏名】齊藤 奈緒美
(72)【発明者】
【氏名】田中 美登里
【審査官】春田 由香
(56)【参考文献】
【文献】特開2016-050171(JP,A)
【文献】特開2015-212241(JP,A)
【文献】特表2009-541450(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第104382980(CN,A)
【文献】韓国公開特許第10-2018-0082053(KR,A)
【文献】韓国公開特許第10-2016-0078691(KR,A)
【文献】特表2008-518987(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 36/00-36/9068
A61K 8/00- 8/99
A61Q 1/00-90/00
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
PubMed
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
サチャインチ種子の水抽出物を有効成分として含有する一重項酸素消去剤。
【請求項2】
サチャインチ種子の水抽出物を有効成分として含有するサルフェン硫黄発現増強剤。
【請求項3】
サチャインチ種子の水抽出物を有効成分として含有する、システインパースルフィド、システインポリスルフィド、グルタチオンパースルフィド、グルタチオンポリスルフィド、から選択される少なくとも1種以上の発現増強剤。
【請求項4】
サチャインチ種子の水抽出物を有効成分として含有するシスタチオニンγリアーゼの遺伝子発現量及び/またはタンパク質発現量の増強剤。
【請求項5】
サチャインチ種子の水抽出物を有効成分として含有するシワ、 たるみ抑制用皮膚外用剤。
【請求項6】
サルフェン硫黄の発現を増強するためのサチャインチ種子水抽出物の使用(人間を手術、治療または診断する方法を除く)。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、サルフェン硫黄による一重項酸素の消去に関する。更に詳しくはサチャインチ抽出物を含有する、サルフェン硫黄発現量増強作用を有した一重項酸素消去剤及び皮膚外用剤に関する。
【背景技術】
【0002】
皮膚は加齢に伴い、シミやシワ、たるみやくすみといった様々な皮膚トラブルが生じるが、そのトラブルに対して様々なアプローチ法が研究されている。これらの皮膚トラブルの原因の一つとして、紫外線やストレス、喫煙により体内の酸素分子から発生する活性酸素種が挙げられる。一般に、活性酸素種としてはスーパーオキサイドアニオン、ヒドロキシラジカル、過酸化水素等の還元分子種、一重項酸素等の励起分子種が知られている。還元分子種はフリーラジカルを発生させることで容易に生体内のタンパク質の断片化を引き起こしたり、細胞内のDNAに障害をもたらすことが知られている一方で、酸素分子が励起した励起分子種である一重項酸素は、電子状態、励起状態が還元分子種と大きく異なるため、全く別の作用を有することが知られている。一重項酸素は特にコラーゲンに架橋を形成させることでシワやたるみの形成に関与したり(非特許文献1)、脂質の過酸化を惹起し炎症や色素沈着にも関与していることが知られている(非特許文献2)。そのため、一重項酸素による障害を抑制することにより、シワ・たるみの形成を抑制し、美白を実現することができる。
【0003】
活性酸素種による障害を抑制する手段としては、従来活性酸素種を直接的に消去する方法が用いられてきた。しかしながら一般に抗酸化剤として知られている素材はスーパーオキサイドやヒドロキシラジカル等のフリーラジカルの直接的な消去作用を評価しているものが多く、一重項酸素等の非ラジカル種の消去作用については明確ではないものがほとんどであり、一般に抗酸化作用を持つと呼ばれる素材でも、一重項酸素の消去作用を持つとは限らないことが分かっている(特許文献1)。
【0004】
また、活性酸素種による障害を抑制する手段としては、生体内に存在する消去酵素の発現量を増加させることで活性酸素種を消去するといった間接的な方法も用いられてきた。特に還元分子種の活性酸素種においては、カタラーゼ、スーパーオキサイドディスムターゼ等の活性酸素消去酵素が生体内に存在することが確認されており、それらの体内での発現量や酵素活性を増強させることで、活性酸素種を消去する試みが広く行われている。その一方で、励起分子種の一重項酸素においては、生体内での消去機序が明らかとなっていないため、生体内における一重項酸素消去物質の増強といった手段はとられておらず、もっぱら、生体外からローズマリー抽出物(特許文献1)、カロチン、トコフェノール(特許文献2)、アスタキサンチン(特許文献3)等の一重項酸素の直接的な消去物質を適用して除去する方法に終始していた。
【0005】
しかしながら、従来の生体外から適用する、一重項酸素の直接的な消去剤はそれ自体の化学的安定性が悪く保存中に経時的に劣化しやすいものが多く、経時で一重項酸素消去能が低下するものが多いのが現状である。また、生体外からのみ供給される一重項酸素消去剤の場合、代謝による生体からの不活性化・消失など、一重項酸素消去作用を阻害する要因が生体内に多数存在する。そのため、生体外から適用する一重項酸素消去剤は、その一重項酸素消去能の持続性に問題があり、体内に存在する有害な一重項酸素を消去しきれずに、その悪影響から生体を十分に保護できていないという課題があった。
【0006】
近年、生体内での活性酸素制御システムとして、活性イオウ種(サルフェン硫黄)の存在が明らかとなった。サルフェン硫黄は、システイン、グルタチオン中のチオール基に硫黄分子が連続結合した構造をもち、求核反応性に富む分子である。サルフェン硫黄は、シスタチオニンβ合成酵素(CBS)、シスタチオニンγリアーゼ(CTHまたはCSE)といった酵素により生体内で産生され、システインやグルタチオンに硫黄分子が複数結合したシステインパースルフィド(グルタチオンポリスルフィド)、グルタチオンパースルフィド(グルタチオンポリスルフィド)のほか、タンパク質中のシステイン残基に硫黄分子が結合したポリサルファー(ポリチオール)化タンパク質などが存在する。サルフェン硫黄は、高い抗酸化作用(過酸化水素消去作用)のほか、活性酸素種によるレドックスシグナルを制御し、細胞毒性を抑制することが知られている(非特許文献3)。しかしながら、サルフェン硫黄と一重項酸素消去作用の関係については知られていなかった。
【0007】
一方、サチャインチ(Plukenetia volubilis L.またはPlukenetia huayllabambana R.W.Bussmann,C.Tellez & A.Glenn)は南米のアンデス地方の高地熱帯雨林に自生するドウダイグサ科の植物であり、インカインチ、インカナッツ等の名称でも知られる。その種子の圧搾油であるサチャインチオイルはビタミンEやα-リノレン酸等の油溶性成分を多く含み、血管内皮機能の改善(特許文献4)、熱中症の予防(特許文献5)、体脂肪減少(特許文献6)といった効能を有する。しかしながら、前記オイル以外の成分にこれらの効果があることは知られておらず、また一重項酸素消去作用、シワ・たるみの抑制作用や美白作用についても知られていなかった。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0008】
【文献】J.Soc.Cosmet.Chem.,28(2):163-171,1994
【文献】J.Am.Oil Chem.Soc.,54:234-238,1977
【文献】Proc.Natl.Acad.Sci.USA,111(21):7606-11,2014
【特許文献】
【0009】
【文献】特開2011-184357号
【文献】特開平11-222412号
【文献】特開平8-73312号
【文献】特開2018-203695号
【文献】特開2016-37498号
【文献】特開2016-37449号
【発明の概要】
【0010】
このような状況下、発明者らはシワやたるみを予防改善し美白を達成するため、従来の外用で用いる一重項酸素消去剤の安定性といった課題を解決しうる一重項酸素消去物質に関し研究を行った。その結果、生体内に存在するCBSやCSE等の酵素によって産生される、サルフェン硫黄にその作用があることを突き止めた。
【0011】
更に発明者らは、南米のアンデス地方が原産のナッツであるサチャインチの抽出物は、細胞内のCBS、CSEの発現量を増加させ、細胞内サルフェン硫黄を増加させることを見出した。安定性や代謝により作用の持続性が低くなりやすい一重項酸素消去剤を生体外から適用するよりも、生体内で一重項酸素消去物質を常に安定的に作り出し、維持することができればより高い一重項酸素消去能を発揮できると確信し、発明完成に至った。
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
このように、従来行われてきた一重項酸素を直接的に消去する一重項酸素消去物質は、生体外からこれを適用する必要があったが、代謝や安定性といった面から一重項酸素消去能の持続性が低く体内に存在する有害な一重項酸素を消去しきれないという課題があった。そのため、一重項酸素の悪影響から生体を十分に保護できず、シワやたるみ、シミの発生を抑制できていないという課題もあった。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは、サチャインチ抽出物を用い、生体内で一重項酸素消去物質を安定的に産生・維持させることで上記課題を解決した。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、従来の化学的に不安定な一重項酸素消去剤の外用に頼ることなく、生体内での一重項酸素消去物質(サルフェン硫黄)の産生を亢進することにより、生体内で安定的に一重項酸素を消去することが可能となる。また、一重項酸素が関与する皮膚老化への影響についても緩和することができ、シワやたるみの予防改善、また美白を達成することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1】サルフェン硫黄およびその他素材によるヒドロキシラジカル消去作用を示す図。
図2】サルフェン硫黄およびその他素材による一重項酸素消去作用を示す図。
図3】各種素材のCSE遺伝子発現量の亢進作用の比較図。
図4】各種素材によるサルフェン硫黄産生亢進作用の比較図。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明で使用するサチャインチは、南米アンデス地方を原産地とするトウダイグサ科Plukenetia volubilis L.またはPlukenetia huayllabambana R.W.Bussmann,C.Tellez & A.Glennである。これらは、1種単独で使用してもよく、2種以上を併用しても良い。使用部位は、種子、果肉、種子を含んだ果実及びこれらの残渣である。種子を含んだ状態でも良いが、種子を除いた果肉だけでも良く、またはこれらの圧搾残渣を用いても良い。中でも、種子を含んだ果実の圧搾残渣が好ましい。
【0017】
サチャインチ抽出物の調製は特に限定されないが、例えば種々の適当な有機溶媒を用いて、低温下から加温下で抽出される。抽出溶媒としては、例えば、水;メチルアルコール、エチルアルコール等の低級1価アルコール;グリセリン、プロピレングリコール、1,3-ブチレングリコール等の液状多価アルコール;アセトン、メチルエチルケトン等のケトン;酢酸エチルなどのアルキルエステル;ベンゼン、ヘキサン等の炭化水素;ジエチルエーテル等のエーテル類;ジクロルメタン、クロロホルム等のハロゲン化アルカン等の1種または2種以上を用いることが出来る。就中、水、エチルアルコール、1,3-ブチレングリコールの1種または2種以上の混合溶媒が特に好適である。更には、水が特に好適である。
【0018】
本発明に用いることのできるサチャインチ抽出物の抽出方法は特に限定されないが、例えば乾燥したものであれば質量比で1~1000倍量、特に10~100倍量の溶媒を用い、常温抽出の場合には、0℃以上、特に20℃~40℃で1時間以上、特に3~7日間行うのが好ましい。また、60~100℃で1時間、加熱抽出しても良い。また、10℃以下の抽出溶媒が凍結しない程度の温度で、1時間以上、特に1~7日間抽出を行なっても良い。
【0019】
以上のような条件で得られるサチャインチ抽出物は、抽出された溶液のまま用いても良いが、さらに必要により、濾過等の処理をして、濃縮、粉末化したものを適宜使い分けて用いることが出来る。
【0020】
本発明の各剤におけるサチャインチ抽出物の配合量は、蒸発乾燥分に換算して0.00001~20.0質量%が好ましく、特に0.001~10.0質量%の範囲が最適である。
【0021】
本発明の各剤は、本発明の効果を損なわない範囲で、その他成分を併用することができる。
【実施例
【0022】
以下、本発明を実施例について具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例により限定されるものではない。また、特記しない限り配合量は質量%で示す。
【0023】
≪サルフェン硫黄の一重項酸素消去能の確認≫
発明者らは以下の方法により、サルフェン硫黄は一般的な抗酸化作用(フリーラジカル消去作用)のほか、一重項酸素消去作用を有していることを見出した。
【0024】
<被験物質の調製>
分子内に硫黄分子を有する化合物である、サルフェン硫黄(Sodium Disulfide、またはSodium Trisulfide、またはSodium Tetrasulfide;すべて和光純薬製)、システイン(和光純薬)、還元型グルタチオン(和光純薬)に精製水を加え、任意の濃度の溶液を調製し、それを希釈したものを被験物質とした。なお、対照物質には精製水を用いた。
【0025】
<ヒドロキシラジカル消去試験>
ヒドロキシラジカル消去試験は、以下の要領で行った。なお、用いた試薬類はすべて和光純薬より入手した。
<ビスエチレンジアミン銅硫酸塩水溶液の調製>
硫酸銅五水和物とエチレンジアミンをモル比が1:2となるように精製水50 mLに溶解し、95%エタノール水溶液を適量加え、紫色の結晶を析出させた。吸引濾過により結晶を取り出した後、結晶を99.5%エタノールにて2回洗浄した。濾紙上で結晶を一晩乾燥させることで、ビスエチレンジアミン銅硫酸塩二水和物([Cu(C]SO・2HO)を得た。これを精製水に溶解し、1mMビスエチレンジアミン銅硫酸塩水溶液を調製した。
<ヒドロキシラジカル消去試験の実施>
試験管に1mMビスエチレンジアミン銅硫酸塩水溶液を20μL、0.05Mリン酸バッファー(pH7.4)を90μL加えた。ここに、30mM過酸化水素水または精製水を20μLずつ加え、40度で1時間反応させた。ここで被験物質を任意の濃度になるよう精製水で希釈したものを20μLずつ添加した。さらに45mM2-デオキシーD-リボース水溶液を50μL加え、40度で1時間反応させた。0.07N水酸化ナトリウム溶液に溶解した70mMチオバルビツール酸水溶液を1.2mL加えたのち、1M塩酸水溶液を100μL加えた。試験管上部に蓋をし、沸騰水浴で30分間加熱し、その後直ちに30分間水冷した。得られた反応液を100μLずつ96穴プレートに移し、蛍光マイクロプレートリーダー(TECAN)にて540nmの吸光度を測定した。次に示す数式を用いて、ヒドロキシルラジカル消去率を算出した。
【0026】
【数1】
【0027】
<一重項酸素消去試験>
一重項酸素消去試験は、以下の要領で行った。なお、用いた試薬類はすべて和光純薬より入手した。
<DPBF反応溶液の調製>
DPBF反応溶液は、以下に示す各成分を、(A):(B):(C)=8:1:1容量の割合で混合し調製する。
(A)1、3-ジフェニルイソベンゾフラン(DPBF)を99.5%エタノールに完全に溶解させた後、等量の精製水と混合することで調製した、0.2mMDPBF溶液
(B)ローズベンガルを50%エタノールに溶解して調製した、0.016mMローズベンガル水溶液
(C)〔0024〕で調製した任意の濃度の被験物質
<Blank反応溶液の調製>
Blank反応溶液は、以下に示す各成分を、(A):(B):(C)=8:1:1容量の割合で混合し調製する。
(A)50%エタノール水溶液
(B)ローズベンガルを50%エタノールに溶解して調製した、0.016mMローズベンガル水溶液
(C)〔0024〕で調製した任意の濃度の被験物質
<一重項酸素消去試験の実施>
DPBF反応溶液またはBlank反応溶液100μLを96穴プレ-トに添加し、蛍光マイクロプレートリーダーにて415nmの吸光度を測定した。UVランプFL20S・BLB(東芝社)にてUV-Aをプレートに550mJ/cm照射した後、再度415nmの吸光度を測定した。式2に示す数式からUV-A照射後の吸光度の減少量を算出し、さらに式3に示す数式を用いて、一重項酸素消去率を算出した。
【0028】
【数2】
【0029】
【数3】
【0030】
<結果>
各被験物質はすべて分子内に硫黄分子を有しており、システイン、還元型グルタチオンは分子内に各1つの硫黄分子、Sodium Disulfideは分子内に2つの連結した硫黄分子、Sodium Trisulfideは3つの連結した硫黄分子、Sodium Tetrasulfideは4つの連結した硫黄分子を有する。図1からすべての被験物質は40~60%程度のヒドロキシラジカル消去力を有することが確認された。しかしながら、図2では、サルフェン硫黄(Sodium Disulfide、またはSodium Trisulfide、またはSodium Tetrasulfide)のみ一重項酸素消去能を有することが確認された。システイン、還元型グルタチオンはヒドロキシラジカル消去能を有していた一方、一重項酸素消去能については有していなかったことから、ヒドロキシラジカル消去能と一重項酸素消去能には関係がないことが示唆された。これより、硫黄分子を複数連結した構造を有するサルフェン硫黄は、硫黄分子を1つのみ有するシステインや還元型グルタチオン分子とは全く異なる作用を有することが示され、一重項酸素消去という特徴的な作用を有することが確認された。
【0031】
このことから、生体内のサルフェン硫黄の存在量を増加させることができれば、一重項酸素が関与する生体や皮膚老化への悪影響についても緩和することができ、シワやたるみの予防改善、また美白を達成することが可能となると言える。
【0032】
≪サルフェン硫黄合成酵素の遺伝子発現量増強作用≫
サルフェン硫黄合成酵素の遺伝子発現量確認の試験は、以下の要領で行った。
<被験物質の調製>
乾燥させた植物原体に10倍の質量の精製水を加えて60℃、4時間加熱抽出した。抽出物の乾燥残分に対して、精製水を質量比で1:100(10,000ppm)となるように加えて希釈したものを被験物質とした。なお用いた植物原体は、サチャインチ(Plukenetia volubilis L.)種子圧搾残渣のほか、セロシア(Celosia argentea)種子、グリーンコーヒー(Coffea)種子(豆)、カロブ(Ceratonia siliqua)種子である。
【0033】
<サルフェン硫黄合成酵素の遺伝子発現量増強作用の確認>
ヒト真皮線維芽細胞を、牛胎児血清10.0%を加えたダルベッコMEM(D-MEM)培地に懸濁し、5×10cells/mLになるように細胞懸濁液を調製し24穴培養プレートに500μLずつ播種した。37℃、5%CO/95%空気の加湿条件で3~4日間培養し、被験物質を終濃度30ppmになるように培地に加えた。なお、対照物質として、それぞれの被験物質の溶媒の精製水を終濃度30ppmになるように加えた。37℃、5%CO/95%空気の加湿条件で24時間培養後、Total RNA Purification Kit(Jena Bioscience)を用いて、Total RNAを抽出した。その後、PrimeScript RT Reagent Kit(TaKaRa)を用いて逆転写を行い、cDNAを合成した。得られたcDNAを鋳型として、サルフェン硫黄合成酵素CSEおよびGAPDH(グリセルアルデヒド3-リン酸 デヒドロゲナー ゼ;ハウスキーピング遺伝子として使用)の発現量を以下のプライマー及び酵素を用いて、リアルタイムPCR(7500 Real Time PCR System、アプライドバイオシステムズ)にて測定した。プライマーには、CSE用センスプライマー(5’-GAATGGCAGTTGCCCAGTTC-3’)、アンチセンスプライマー(5’-GGGCAGCCCAGGATAAATAAC-3’)、GAPDH用センスプライマー(5’-CCACATCGC TCAGACACCAT-3’)、アンチセンスプライマー(5’-TGACCAGGC GCCCAATA-3’)を用いた。PCRの反応にはPower SYBR Green Master Mix(アプライドバイオシステムズ)を使用し、遺伝子発現の解析は比較Ct法にて行った。つまり、被験物質添加による遺伝子発現量の変化は、コントロール群のCSEのCt値をGAPDHのCt値で補正した値を100とし、それに対する相対量(%)として求めた。
【0034】
図3より、セロシア、グリーンコーヒー豆、カロブ抽出物の添加では、CSE遺伝子発現量は対照物質(コントロール)に対して60~100%となり、CSE遺伝子発現量はほぼ変化なしあるいはむしろ減少した。その一方、サチャインチ抽出物の添加では、コントロールに対し140%程度にまで増加した。以上より、サチャインチ抽出物には、サルフェン硫黄合成酵素の遺伝子発現量を増加させる効果があることが示された。
【0035】
≪サルフェン硫黄発現量増強作用の確認≫
サルフェン硫黄発現量確認の試験は、以下の要領で行った。
<被験物質の調製>
〔0032〕と同様に行った。
<SSP4反応溶液の調製>
SSP4反応溶液は、以下に示す各成分を、(A):(B)=1:250容量の割合で混合し調製する。
(A)サルフェン硫黄検出試薬SSP4(同仁化学研究所)1mgにジメチルスルホキシド(DMSO)を165μL加えて溶解した。
(B)Cethyltrimethylammonium bromide(CTAB)36.4mgを精製水1mLにて溶解した。ダルベッコMEM(D-MEM)培地にて200倍希釈した。
<サルフェン硫黄発現量の確認>
ヒト真皮線維芽細胞を、牛胎児血清10.0%を加えたダルベッコMEM(D-MEM)培地に懸濁し5×10cells/mLになるように細胞懸濁液を調製し、96穴培養プレートに100μLずつ播種した。37℃、5%CO/95%空気の加湿条件で2日間培養したのち、被験物質を終濃度30ppmになるように培地に加えた。なお、陰性対照として、それぞれの被験物質の溶媒の精製水を終濃度30ppmになるように加えた。37℃、5%CO/95%空気の加湿条件で24時間培養後、培地を除去し、SSP4反応溶液を各ウェルに50μLずつ添加した。37℃、5%CO/95%空気の加湿条件で15分間インキュベートしたのち、溶液を除去し、PBS(-)で各ウェルを洗浄後100μLを添加し、蛍光顕微鏡(キーエンス)を用いて蛍光像を取得した。
【0036】
図4より、サチャインチ抽出物を添加した細胞群では、コントロールに対しサルフェン硫黄の発現量を反映する蛍光量が増加することが確認され、細胞内のサルフェン硫黄が増加していることが示された。これに対し、カロブ抽出物を添加した細胞群では、コントロールに対しサルフェン硫黄の発現量を反映する傾向量には変化が見られず、細胞内のサルフェン硫黄が増加していないことが示された。
【0037】
以下、本発明における各剤の処方例を示す。なお、含有量は質量%である。製法は、常法による。なお、処方は代表例であり、これに限定されない。また、処方例中のサチャインチ抽出物の濃度は乾燥残分としての濃度である。部位は、種子を使用した。いずれの処方例においても本願の効果が確認された。
【0038】
<処方例1:軟膏>
サチャインチ抽出物(1,3ブチレングリコール50v/v%溶媒・60℃・4時間抽出) 0.1
レゾルシン 0.5
パラジメチルアミノ安息香酸オクチル 4.0
ブチルメトキシベンゾイルメタン 4.0
ステアリルアルコール 18.0
モクロウ 20.0
グリセリンモノステアリン酸エステル 0.3
ワセリン 33.0
香料 適量
防腐剤・酸化防止剤 適量
精製水 残部
合 計 100.0
【0039】
<処方例2:錠剤>
サチャインチ抽出物 (エタノール50v/v%水溶液溶媒・25℃・3日抽出) 5.0
卵殻カルシウム 10.0
乳糖 20.0
澱粉 7.0
デキストリン 8.0
硬化油 5.0
セルロース 残部
合計 100.0
【0040】
<処方例3:栄養ドリンク>
サチャインチ抽出物(水・60℃・4時間抽出) 1.0
タウリン 3.0
ピリドキシン塩酸塩 0.02
チアミン硫化物 0.01
リボフラビン 0.003
無水カフェイン 0.05
精製白糖 5.0
D-ソルビトール液 2.0
クエン酸無水物 0.2
香料 適量
精製水 残部
合計 100.0
【0041】
<処方例4:化粧水>
サチャインチ抽出物(エタノール溶媒・5℃・1日抽出) 0.01
ポリオキシエチレンソルビタンモノラウレート(20E.O.) 1.5
1,3-ブチレングリコール 4.5
グリセリン 3.0
エタノール 2.0
ヒアルロン酸ナトリウム(1%水溶液) 5.0
エデト酸三ナトリウム 0.1
防腐剤 適量
pH調整剤 適量
精製水 残部
合計 100.0
【0042】
<処方例5:ファンデーション>
サチャインチ抽出物(エタノール溶媒・25℃・1日抽出) 0.05
タルク 5.0
セリサイト 8.0
酸化チタン 5.0
色顔料 適量
モノイソステアリン酸ポリグリセリル 3.0
ポリオキシエチレン硬化ヒマシ油 1.5
イソノナン酸イソトリデシル 10.0
1,3-ブチレングリコール 5.0
酸化防止剤 適量
防腐剤 適量
精製水 残部
合 計 100.0
【産業上の利用可能性】
【0043】
本発明によれば、サチャインチ抽出物を用いることで、一重項酸素消去作用を有する生体内のサルフェン硫黄存在量を増加させることができ、一重項酸素に起因する各種症状を改善することが期待出来る。
図1
図2
図3
図4