(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-10-10
(45)【発行日】2023-10-18
(54)【発明の名称】デファレンシャル装置
(51)【国際特許分類】
F16H 48/20 20120101AFI20231011BHJP
【FI】
F16H48/20
(21)【出願番号】P 2022509841
(86)(22)【出願日】2020-03-24
(86)【国際出願番号】 JP2020013051
(87)【国際公開番号】W WO2021192048
(87)【国際公開日】2021-09-30
【審査請求日】2022-05-30
(73)【特許権者】
【識別番号】517175611
【氏名又は名称】ジーケーエヌ オートモーティブ リミテッド
(74)【代理人】
【識別番号】100083806
【氏名又は名称】三好 秀和
(74)【代理人】
【識別番号】100101247
【氏名又は名称】高橋 俊一
(74)【代理人】
【識別番号】100095500
【氏名又は名称】伊藤 正和
(74)【代理人】
【識別番号】100098327
【氏名又は名称】高松 俊雄
(72)【発明者】
【氏名】廣田 功
(72)【発明者】
【氏名】川合 陽輔
【審査官】畔津 圭介
(56)【参考文献】
【文献】特開2019-124264(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16H 48/20
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
一対の車軸の間で差動を許容するデファレンシャル装置であって、
軸の周りに互いに反対の第1の方向と第2の方向との何れにも回転可能なサイドギアと、前記差動を許容するように前記サイドギアに噛み合ったピニオンギアと、を備えたデファレンシャルギア組と、
前記サイドギアに係合して前記サイドギアと前記車軸とを駆動的に連結する出力部材であって、クラッチ面を備えた出力部材と、
前記デファレンシャル組を支持するケーシングであって、前記クラッチ面に面して前記クラッチ面との組み合わせが前記差動を制限する摩擦クラッチを構成する摩擦面を備えたケーシングと、
前記第1の方向のトルクを前記軸の方向の第1のスラスト力に変換する第1のカム面と、前記第2の方向のトルクを前記軸の方向の第2のスラスト力に変換する第2のカム面と、を備え、前記第1のスラスト力および前記第2のスラスト力が前記クラッチ面を前記摩擦面へ押圧して前記摩擦クラッチを作動させるべく構成されたカムであって、前記第1のスラスト力と前記第2のスラスト力の何れも前記サイドギアの前記ピニオンギアに対する噛み合い反力を超えるべく前記第1のカム面および前記第2のカム面がそれぞれ寸法づけられたカムと、
を備えたデファレンシャル装置。
【請求項2】
請求項1のデファレンシャル装置であって、前記第1のカム面は前記軸の方向に対して第1の角(θ1)を成し、前記第2のカム面は前記軸の方向に対して前記第1の角(θ1)とは異なる第2の角(θ2)を成す、デファレンシャル装置。
【請求項3】
請求項2のデファレンシャル装置であって、前記第1の角(θ1)と前記第2の角(θ2)とは、不等式θ1>θ2を満足する、デファレンシャル装置。
【請求項4】
請求項1のデファレンシャル装置であって、前記出力部材は、前記車軸と結合する内面を有するハブと、前記ハブから径方向に外方に展開し、その外周に前記クラッチ面を有するフランジ部と、を備え、前記フランジ部の一方の面は前記サイドギアを受容するべく寸法づけられている、デファレンシャル装置。
【請求項5】
請求項1のデファレンシャル装置であって、前記出力部材は前記サイドギアと係合するためのラグを備え、前記サイドギアは前記ラグを受容するソケットを備え、前記ラグと前記ソケットとが当接する面は前記第1のカム面および前記第2のカム面を構成する、デファレンシャル装置。
【請求項6】
前記サイドギアと摺動して前記カムが及ぼすスラスト反力を負担するブロック、
をさらに備えた請求項1のデファレンシャル装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
以下の開示はデファレンシャル装置に関し、特に前進と後退の何れの方向にもジャダーや騒音の少ないデファレンシャル装置に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車において、左右の車軸は必ずしも等速で回転するわけではないので、その間の差動を許容する必要がある。両車軸の間で差動を許容するために、デファレンシャル装置が利用される。両車輪がトラクションを確保しているときにはデファレンシャル装置は有効にトルクを両車軸に伝達できるが、一方の車輪がトラクションを失ったときに他方の差動が可能なままでは、何れの車軸にもトルクが伝達されなくなってしまう。かかる事態を避けるための一手段は、いわゆるリミテッドスリップデフ(LSD)である。LSDは例えばトルクに感応して作動する摩擦クラッチを備え、摩擦クラッチは差動を制限するように働く(トルク感応型LSD)。
【0003】
トルク感応型LSDには種々の形式があり、プラネタリギアの歯面抵抗をクラッチへの押圧力として利用するプラネタリギア式、多板クラッチを摩擦クラッチに利用する多板クラッチ式、コーンクラッチを利用するコーンクラッチ式等が例示できる。プラネタリギア式や多板クラッチ式は比較的に大きな差動制限力を発揮しやすいが、装置が大きくなりやすい欠点を有する。
【0004】
特許文献1は、コンパクトなコーンクラッチ式LSDの技術を開示する。開示によれば、大きな押圧力を得るためにカム機構が利用されている。すなわち車両が進行する向き(ドライブ方向)にデファレンシャル装置が回転しているときに、カム機構はトルクを部分的にスラスト力に変換し、かかるスラスト力がコーンクラッチを押圧し、以って差動を制限する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【発明の概要】
【0006】
特許文献1には明瞭に記載されていないが、車両が後退する向き(コースト方向)にも差動制限をすることが可能である。ところが本発明者らが更に検討したところによれば、コースト方向では僅かながら所謂ジャダーと呼ばれる現象が生じ、運転者は不快感を覚えかねないことが明らかとなった。
【0007】
以下の開示はこのような問題と観察とに鑑みてなされたものである。一局面によれば、一対の車軸の間で差動を許容するデファレンシャル装置は、軸の周りに互いに反対の第1の方向と第2の方向との何れにも回転可能なサイドギアと、前記差動を許容するように前記サイドギアに噛み合ったピニオンギアと、を備えたデファレンシャルギア組と、前記サイドギアに係合して前記サイドギアと前記車軸とを駆動的に連結する出力部材であって、クラッチ面を備えた出力部材と、前記デファレンシャル組を支持するケーシングであって、前記クラッチ面に面して前記クラッチ面との組み合わせが前記差動を制限する摩擦クラッチを構成する摩擦面を備えたケーシングと、前記第1の方向のトルクを前記軸の方向の第1のスラスト力に変換する第1のカム面と、前記第2の方向のトルクを前記軸の方向の第2のスラスト力に変換する第2のカム面と、を備え、前記第1のスラスト力および前記第2のスラスト力が前記クラッチ面を前記摩擦面へ押圧して前記摩擦クラッチを作動させるべく構成されたカムであって、前記第1のスラスト力と前記第2のスラスト力の何れも前記サイドギアの前記ピニオンギアに対する噛み合い反力を超えるべく前記第1のカム面および前記第2のカム面がそれぞれ寸法づけられたカムと、を備える。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【
図1】
図1は、デファレンシャル装置の立面断面図である。
【
図2】
図2は、出力部材とサイドギアとを取り出した分解斜視図である。
【
図3】
図3は、出力部材においてサイドギアに対向する面を見せる斜視図である。
【
図4】
図4は、デファレンシャル装置の平面断面図であって、
図1のIV-IV線から取られた図である。
【
図5】
図5は、
図4の部分拡大図であって、特にカムを見せる部分平面断面図である。
【
図6】
図6は、噛み合ったピニオンとサイドギアとの関係を表す部分平面断面図であって、
図1のVI-VI線に対応する図である。
【発明を実施するための形態】
【0009】
添付の図面を参照して以下に幾つかの例示的な実施形態を説明する。以下の説明および請求の範囲を通じて、特段の説明がなければ、軸はデファレンシャル装置の回転軸の意味であり、また軸方向はこれに平行な方向であり径方向はこれに直交する方向を意味する。
【0010】
例えば
図1を参照するに、本実施形態によるデファレンシャル装置は、一例として、軸Cの周りのトルクを、差動を許容しながら一対の(通常、右および左の)車軸に出力する用途に利用できる。あるいは前後を連絡するプロペラシャフトに介在して前後の駆動輪へトルクを分配する用途に利用できるし、もちろんトルクの伝達を仲介する他の種々の用途にも利用できる。以下の説明は車軸にトルクを分配する例に関するが、これは説明の便宜に過ぎない。
【0011】
デファレンシャル装置は、概して、トルクを受容して軸Cの周りに回転するケーシング1と、ケーシング1に駆動的に結合して差動を許容しながらトルクを伝達するデファレンシャルギア組3と、伝達されたトルクをそれぞれ車軸に出力する出力部材5と、トルクを部分的にスラスト力に変換するカム7と、スラスト力を利用して差動を制限する摩擦クラッチ9と、よりなる。
【0012】
ケーシング1は概して円筒形であり、その両端から突出したボス部により回転可能に支持される。ケーシング1は、円筒部の外周から径方向に突出したフランジを備えることができ、ここに結合したリングギアを介してトルクを受容することができる。ただし支持およびトルクの受容は、必ずしもかかる構成によらなくてもよい。
【0013】
またケーシング1は、内部の部材の搬入の便宜のために複数に分割することができる2ピース形式であってもよく、あるいは1ピース形式であってもよい。1ピース形式の場合には、
図4に示すごとくその側面に一以上の開口37を備えることができ、かかる開口37を通ってデファレンシャルギア組3や出力部材5が搬入される。ケーシング1の内面は、出力部材5に面するように、摩擦面31を備える。詳しくは後述するが、摩擦面31は摩擦クラッチ9を構成する要素である。
【0014】
再び
図1を参照するに、デファレンシャルギア組3は、一対の車軸に対応して一対のサイドギア13を備える。デファレンシャルギア組3は、また、ケーシング1と駆動的に結合するピニオンシャフト33と、シャフト33に回転可能に支持された複数のピニオンギア11とを備える。ピニオンギア11がそれぞれサイドギア13に噛合することにより、トルクが一対のサイドギア13へ差動を許容しながら伝達される。
【0015】
デファレンシャルギア組3は、図示のごとくピニオンギアおよびサイドギアのギア歯がそれぞれ傾いた、いわゆるベベルギア式にすることができるが、あるいは図示しないフェースギア式であってもよい。ベベルギア式またはフェースギア式は以下の開示を容易に実現できるが、あるいは可能ならば他の形式を採用することができる。
【0016】
図1,4に組み合わせて
図2を参照するに、いずれにせよ、サイドギア13は直接に車軸に結合していてもよいが、一般的なデファレンシャルギアとは異なり、直接に結合せずにそれぞれ車軸から隔離されていてもよい。サイドギア13と車軸とを駆動的に仲介するのは、サイドギア13と一体または別体の出力部材5である。
【0017】
図2に組み合わせて
図3を参照するに、各出力部材5は、概して、ハブ23と、ハブ23から径方向に外方に展開するフランジ部25と、よりなる。各ハブ23の外周面には対応するサイドギア13が嵌合し、内面には対応する車軸が結合する。車軸との結合のために、内面は例えばスプラインを備えるが、結合は必ずしもスプラインによらなくてもよい。
【0018】
詳しくは後述するが、別体の場合にはサイドギア13と出力部材5とはそれぞれ互いに噛み合ってトルク伝達可能な構造を備える。すなわち、一体と別体の何れの場合においても、サイドギア13が出力するトルクは出力部材5を介して車軸へ伝達される。
【0019】
図2,3に組み合わせて主に
図1を参照するに、フランジ部25の外周は摩擦面31に面したコーン面27であって、かかるコーン面27が摩擦面31に当接して摩擦クラッチ9を構成する。コーン面27と摩擦面31は、例えば軸方向に外方に向かって細くなる円錐面にすることができ、これは所謂コーンクラッチの形式である。あるいは円錐面に代わり、他の適宜の回転対称形であってもよい。これらの形態は、摩擦クラッチ9の制動力を押圧力に応じて制御することを可能にする。
【0020】
またコーン面27と摩擦面31との間には適宜のフリクションリング29が介在していてもよく、フリクションリング29の内面がコーン面27に適合した円錐面をなしていてもよい。この場合にはコーン面27はフリクションリング29を介してケーシング1の摩擦面31に当接する。フリクションリング29は、ケーシング1に対して回転可能であってもよいが、例えば係合部を備えてケーシング1に対して回り止めされていてもよい。
【0021】
上述の説明は専らコーン面をクラッチ面とするコーンクラッチに関するが、これは説明の便宜に過ぎず、コーンクラッチに代えて、出力部材5とケーシング1との組み合わせはディスククラッチやドラムクラッチ等の他の形態のクラッチを構成してもよい。またいうまでもなく、多板クラッチであってもよい。
【0022】
主に
図2を参照するに、サイドギア13は例えば軸方向に外方に向いて開いた窪みであるソケット19を備える。
図2に代わって
図3を参照するに、ソケット19に対応して、出力部材5はそれぞれラグ21を備える。ラグ21はそれぞれソケット19に嵌り込むように配置され寸法づけられており、以って出力部材5はそれぞれサイドギア13と互いに噛み合ってトルクを伝達する。
【0023】
ソケットとラグの関係は上述の説明とは反対であってもよく、サイドギアがラグを備え、出力部材がソケットを備えてもよい。あるいは他の適宜の構造であって互いに噛み合ってトルクを伝達するものであってよい。
【0024】
ソケット19は、必ずしもこれに限られないが、
図2に最もよく示されているごとく、外周面に嵌合する内面に沿って形成されていてもよい。これに対応してラグ21は、
図3に最もよく示されているごとく、それぞれハブ23から径方向外方に突出した突起にすることができる。このような構造は加工に便利であるし、また特に強度および剛性を高めるのに役立つ。
【0025】
このようにすると、出力部材においてラグよりも径方向に外側の広い面(
図3において符号5A)は、サイドギアにおいてソケットよりも径方向に外側の広い面(
図2において符号13A)を支持するために利用することができる。またかかる面5Aは出力部材5において内方に沈んだ凹所とすることができ、
図1より理解される通り、サイドギア13の底部を収納することができる。言うまでもなく、かかる構造は他方のサイドギア13と出力部材5にも適用することができる。
【0026】
かかる構造は、サイドギアと出力部材との組み合わせの寸法を軸方向に圧縮するのに役立つ。またかかる組み合わせの外形は従来のサイドギアの外形と一致するので、部品の互換性の点で有利である。
【0027】
図2,3に組み合わせて
図4,5を参照するに、ラグ21の側面21A,21Bは、サイドギア13の方向に、すなわち軸方向に内方に、テーパとなっていてもよい。あるいはこれに代えて、または加えて、ソケット19の側面19A,19Bも、出力部材5の方向に、すなわち軸方向に外方に、広がっていてもよい。側面21A,21Bと19A,19Bとの何れか、または両方が軸Cの方向に対して傾き、それゆえ互いに当接する側面19A,21Aの組み合わせおよび側面19B,21Bの組み合わせは、ラグ21のソケット19に対する摺動を案内するカム面19,21を規定する。これらの図では、互いに当接する側面の両方が平面的に描かれているが、一方のみが平面であって他方は曲面であってもよい。
【0028】
カム面15,17が軸Cの方向に対して傾いていることにより、ソケット19とラグ21との組み合わせは、トルクが作用したときにそのトルクを部分的にスラスト力に変換するカム7として働く。かかるスラスト力は出力部材5を軸方向に外方に押圧して摩擦クラッチ9を作動させる。
【0029】
カム7が発生するスラスト力は、以下の式により見積ることができる。
【0030】
【0031】
ここでTはデファレンシャル装置に入力されるトルクであり、θはカム面の軸Cに対する角度であり、Rcはカムの作用半径である。式(1)より理解される通り、カム面の角度が大きいほど、またカムの作用半径が小さいほど、大きなスラスト力が得られる。
【0032】
上述の説明より理解される通り、カム面15,17を何れも軸Cの方向に対して傾ければ、ドライブ方向とコースト方向との両方について、差動制限性能を発揮し得る。そこで本実施形態においては、カム面15,17が軸Cの方向となす角をそれぞれθ1,θ2としたときに、
図4,5より明らかな通り、θ1,θ2の何れも0より大である。すなわちカム7は、ドライブ方向の回転R1に対してスラスト力f1を発生するのみならず、コースト方向の回転R2に対してもスラスト力f2を発生する。
【0033】
スラスト力f1,f2は、何れも、出力部材5を軸方向に外方に押圧して摩擦クラッチ9を作動させる。摩擦クラッチ9はトルク感応的に作動するので、デファレンシャル装置はトルク感応型LSDとして機能する。
【0034】
スラスト力f1,f2は互いに等しくてもよく、あるいは異なっていてもよい。式(1)より理解される通り、θ1とθ2とをそれぞれ適宜に調整することにより、スラスト力f1,f2を独立に調整することができる。例えばドライブ方向に比べてコースト方向には大きな差動制限力は必要ないので、f1>f2にすることができ、この場合にθ1>θ2にすることができる。もちろんカム面の傾きによるのに代えて、あるいは加えて、作用半径により調整してもよい。
【0035】
サイドギア13と出力部材5との間には、皿バネのごとき弾発体を付加することができる。あるいは弾発体は他の適宜の部位に介在していてもよい。かかる弾発体は、カムの作動に関わらず、常時、コーン面27を摩擦面31に押し付け、イニシャルトルクを発生する。これはカム7の初動の遅れに伴う差動制限の遅れの対策になりうる。
【0036】
一方、
図5に組み合わせて
図6を参照するに、サイドギア13の歯面とピニオンギア11の歯面とは、ピッチ円P上において接し、これらの歯面の共通法線TLは、半径線Rに対して圧力角aを成す。かかる圧力角aに応じて、サイドギア13には軸方向に外方に噛み合い反力fGが生じる。噛み合い反力fGは、以下の式により見積ることができる。
【0037】
【0038】
ここでTはデファレンシャル装置に入力されるトルクであり、aはピニオンギアの圧力角であり、δ0はサイドギアのピッチ角であり、dmはサイドギアの噛み合いピッチ径である。
【0039】
噛み合い反力fGはスラスト反力f1R,f2Rと打ち消し合う。噛み合い反力fGがスラスト反力f1R,f2Rを凌駕し、より大きいほうが、摩擦クラッチ9の制動力を大きくするに有利である。ところが噛み合い反力は一定ではないことに問題がある。すなわち、ギアが噛み合い始め、互いに滑りながら回転し、次いで離脱していく過程に応じて、噛み合い反力は経時的に変動する。特に、既に述べた通り、f1>f2の関係が成立する時にはコースト方向のスラスト反力f2Rは噛み合い反力fGより小さくなりやすく、従って噛み合い反力fGの変動が摩擦クラッチ9の作動に強い影響を及ぼす。これがコースト方向におけるジャダーの原因であると推定された。
【0040】
そこで本実施形態においては、噛み合い反力を大きくするべきであるとの一般的な認識に反して、噛み合い反力fGをスラスト力f1,f2に対して適当な大きさに留めている。すなわち、スラスト力f1,f2の何れも噛み合い反力fGを超えるように、カム面15,17をそれぞれ寸法づける。かかる構成は、繰り返し述べた通り、ジャダーを抑制するのに有利である。
【0041】
一方、スラスト反力f1R,f2Rはギア歯面が負担するから、これらが過大であればデファレンシャルギア組を消耗させかねない。そこでスラスト反力f1R,f2Rの影響を低減するべく、一対のサイドギア13の間に、またその両方と摺動するように、ブロック35が介在していてもよい。両サイドギア13に作用するスラスト反力は略同じ大きさであって、互いに逆向きであるから、スラスト反力はブロック35において互いにほぼ相殺される。ブロック35は、
図1,4に最もよく示されている通り、例えば軸Cの周りの円筒であって、ピニオンシャフト33が貫通する貫通孔を備えたものであるが、必ずしもかかる形状に限られない。
【0042】
これまでの説明より理解される通り、サイドギア13には軸方向に様々な反力が作用するが、互いに拮抗ないし相殺し、またブロック35がサイドギア13を反力から保護するので、トルクが増大してもサイドギア13とピニオンギア11との噛合は安定的であり、ギア動作が不安定になったり、ギア歯面が損傷したりすることがない。サイドギア自体が摩擦クラッチとして機能する場合に比べ、これらの点は有利な効果である。
【0043】
なお上述の構成に加えて、デファレンシャル装置は、外部から差動制限を制御するべく、クラッチに押圧力を付与するアクチュエータをさらに備えてもよい。また差動をロックするべく、クラッチはドッグ歯のごとき構造を有してもよい。かかるドッグ歯を備えたクラッチは、摩擦クラッチ9からは独立していてもよく、アクチュエータはドッグ歯を駆動するように構成されていてもよい。
【0044】
さらに本実施形態は、所謂フリーランニングデフに適用することができる。フリーランニングデフにおいては、ケーシングはインナケーシングとアウタケーシングとに分かれており、クラッチ等により互いに接続したときにのみ、トルクを車軸に伝える。これまでに説明した構造は、フランジとボス部とを除けば、フリーランニングデフのインナケーシングおよびその内部構造に、略そのままに利用することができる。
【0045】
幾つかの実施形態を説明したが、上記開示内容に基づいて実施形態の修正ないし変形をすることが可能である。