(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-10-11
(45)【発行日】2023-10-19
(54)【発明の名称】スポット溶接継手の製造方法及びスポット溶接機
(51)【国際特許分類】
B23K 11/11 20060101AFI20231012BHJP
B23K 11/16 20060101ALI20231012BHJP
【FI】
B23K11/11 540
B23K11/16 311
(21)【出願番号】P 2019064691
(22)【出願日】2019-03-28
【審査請求日】2021-11-04
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001519
【氏名又は名称】弁理士法人太陽国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】岡田 徹
(72)【発明者】
【氏名】泰山 正則
【審査官】岩見 勤
(56)【参考文献】
【文献】特開平04-100679(JP,A)
【文献】再公表特許第2015/093568(JP,A1)
【文献】特開2013-158776(JP,A)
【文献】特開2006-055898(JP,A)
【文献】特開平09-057460(JP,A)
【文献】韓国公開特許第10-2009-0071193(KR,A)
【文献】特開平02-235581(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23K 11/11
B23K 11/16
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
2つ以上積み重ねた鋼材に対し、両方向から2つの電極を押し当て、少なくとも一方の前記電極を駆動させることで前記鋼材との間に摩擦を生じさせる電極摩擦工程と、
前記電極を駆動させた状態で、前記2つの電極に対し通電を開始し、前記電極を駆動させた状態のまま通電を継続するか、または前記通電を継続している間に前記電極の駆動を停止して前記通電を行って、積み重ねた前記鋼材同士を溶接する通電工程と、
を有
し、
前記鋼材が、亜鉛めっきを有するホットスタンプ鋼板であるスポット溶接継手の製造方法。
【請求項2】
前記電極は、先端の径がΦ4mm以上、先端の曲率半径Rが20mm以上である請求項1に記載のスポット溶接継手の製造方法。
【請求項3】
前記鋼材は、前記電極と接する表面の表面電気抵抗が1mΩ以上である請求項1又は請求項2に記載のスポット溶接継手の製造方法。
【請求項4】
前記電極の駆動が、前記電極の前記鋼材に対する押し当て方向を軸にした回転駆動である請求項1~請求項
3のいずれか1項に記載のスポット溶接継手の製造方法。
【請求項5】
前記電極の回転速度が50rpm~5000rpmである請求項
4に記載のスポット溶接継手の製造方法。
【請求項6】
前記電極の総回転数が1回転~100回転である請求項
4又は請求項
5に記載のスポット溶接継手の製造方法。
【請求項7】
2つ以上積み重ねた
、亜鉛めっきを有するホットスタンプ鋼板である鋼材に対し、両方向から押し当てられる2つの電極と、
前記2つの電極のうち少なくとも一方の電極を、前記鋼材に押し当てた状態のまま駆動させることで前記鋼材との間に摩擦を生じさせる電極摩擦手段と、
前記電極を駆動させた状態で、前記2つの電極に対し通電を開始し、前記電極を駆動させた状態のまま通電を継続するか、または前記通電を継続している間に前記電極の駆動を停止して前記通電を行う通電手段と、
を有するスポット溶接機。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、スポット溶接継手の製造方法及びスポット溶接機に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、自動車における車体の組立や部品の取付けに、抵抗溶接の一種であるスポット溶接が用いられ、接合部分の強度の向上が求められており、特に高強度鋼板を溶接する場合には強度向上の要求が高まっている。
【0003】
例えば、特許文献1には、チリの発生を抑制する観点で、少なくとも1枚の高張力鋼板を含む少なくとも2枚の鋼板を重ね合わせて抵抗溶接する高張力鋼板の抵抗溶接方法であって、重ね合わされた該少なくとも2枚の鋼板への通電により3√t以上5√t以下(ただし、tは、前記少なくとも2枚の鋼板のうちの板厚が小さい鋼板の板厚(mm)である)のナゲット径を有するナゲットを形成する第1工程と、前記第1工程の後に溶接電流を降下する第2工程と、前記第2工程の後に前記第1工程の溶接電流より大きな溶接電流で通電して前記ナゲットを拡大する第3工程とを有する高張力鋼板の抵抗溶接方法が提案されている。
【0004】
また、特許文献2には、チリの発生を抑制する観点で、少なくとも1枚の高張力鋼板を含む、少なくとも2枚の鋼板を重ね合わせて抵抗溶接する高張力鋼板の抵抗溶接方法であって、前記少なくとも2枚の鋼板への通電により所定のナゲット径を有するナゲットを形成する第1工程と、前記第1工程の後に溶接電流を降下する第2工程と、前記第2工程の後に前記第1工程の溶接電流より大きな溶接電流を通電するとともに前記第1工程の加圧力より大きい加圧力を付与してナゲットを拡大する第3工程とを有する高張力鋼板の抵抗溶接方法が提案されている。
【0005】
また、特許文献3には、表チリの溶接欠陥を軽減する観点で、2枚の薄鋼板の間に、金属粒子を分散させた熱硬化性樹脂を挟持させたサンドイッチ型制振鋼板に短距離間隔の連続スポット溶接を施すに際して、まず溶接初期に小電流を所定の時間予備通電し、該熱硬化性樹脂を軟化して溶接チップ下から排除した後、引続き所定の溶接電流を本通電するサンドイッチ型制振鋼板の短距離間隔連続スポット溶接方法が提案されている。
【0006】
また、特許文献4には、表チリの発生を抑制する観点で、重ねられた溶接対象物を挟んで配置される正極及び負極を有する2つの電極対と、各電極対にそれぞれ溶接電流を供給する2つの電流源とを備え、前記2つの電極対は、各電極対の正極と負極の間に前記溶接対象物を挟んで配置されたとき、該2つの正極同士及び負極同士がそれぞれ絶縁部材を介して隣接すると共に、一方の電極対の正極が他方の電極対の負極に対向し、他方の電極対の正極が該一方の電極対の負極に対向する抵抗溶接装置が提案されている。
【0007】
また、特許文献5には、チリの発生を防止する観点で、中心部分が銅系材料、外縁部分が電気抵抗率1Ω・m以上でかつ熱伝導率80W/(m・K)以上の材料からなるスポット溶接用電極チップが提案されている。
【0008】
また、特許文献6には、チリの発生を防止する観点で、いずれも銅系材料からなる中心部分と外縁部分と、これらの接合面に介在する、電気抵抗率が1Ω・m以上の非導電性膜と、からなるスポット溶接用電極チップが提案されている。
【0009】
また、特許文献7には、チリの発生を防止する観点で、銅系材料からなるチップ本体と、そのチップ本体の先端部の外縁側表面を被覆する、電気抵抗率1Ω・m以上の非導電性皮膜とからなるスポット溶接用電極チップが提案されている。
【0010】
また、特許文献8には、表チリの発生を抑制する観点で、高張力鋼板を含む複数の鋼板を重ね合わせて溶接する抵抗スポット溶接方法であって、通電方式がインバータ直流溶接電源を用いたパルセーション通電であり、パルセーション通電を構成する複数の電流パルスにおいて、それぞれの電流パルスの通電時間、電流パルスの間隔である通電休止時間、および電流パルスで印加する溶接電流を可変に制御する抵抗スポット溶接方法が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【文献】特許第5359571号公報
【文献】特許第5332857号公報
【文献】特開平06-122079号公報
【文献】特開2012-161824号公報
【文献】特許第5873402号公報
【文献】特許第5873403号公報
【文献】特許第5873404号公報
【文献】特許第6137337号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
ここで、鋼板等の鋼材として、表面にめっき(例えば亜鉛系めっき、アルミニウム系めっき等)等の被膜を有する鋼材が用いられている。また、亜鉛系めっきを有する鋼材に対し高温での加熱加工を施した場合(例えばホットスタンプにより加工した場合など)には、表面に酸化亜鉛被膜が形成される。そして、こうした表面に被膜を有する鋼材を2つ以上積み重ね、その両方向から2つの電極を押し当てて抵抗スポット溶接を行った場合、被膜と電極とが接触する箇所において被膜に由来する欠陥が生じることがある。
【0013】
例えば、酸化亜鉛被膜を有する鋼材(例えば亜鉛系めっき鋼板をホットスタンプにより加工した鋼材)を積み重ねて抵抗スポット溶接を行った場合、溶融金属つまりナゲットの部分の金属が鋼材表面と該表面に接触する電極との間から吹き出して飛び散りが生じる、いわゆる表チリが発生することがある。これは、鋼材の表面に酸化亜鉛被膜が存在することで表面の電気抵抗が高くなり、表面近傍での発熱が大きくなるためと考えられる。また、表面に被膜としてアルミニウム系めっきを有する鋼材の場合にも、抵抗スポット溶接を行った場合に表チリが発生することがある。
また、表面に被膜として亜鉛系めっきを有する鋼材を積み重ねて抵抗スポット溶接を行った場合、亜鉛が溶融して液状亜鉛が生じることで、鋼材表面の電極と接触する部分に液体金属脆化割れ(いわゆるLME割れ)が生じることがある。
このように、表面に被膜を有する鋼材を重ねて抵抗スポット溶接を行うと、被膜と電極とが接触する箇所において被膜に由来する欠陥が生じることがある。
【0014】
これに対し、例えばチリの発生を抑制する方法として、特許文献1~8に記載の方法が試されている。しかし、抵抗スポット溶接時の各種条件を厳密に管理することが求められたり、抵抗スポット溶接を複数の工程に分けて実施することが求められるなど、溶接工程が複雑化する。そのため、被膜に由来する欠陥をより簡便に改善する手法が望まれている。
【0015】
本発明は、上記現状に鑑みてなされたものであり、被膜と電極とが接触する箇所における被膜に由来する欠陥の発生を抑制することができるスポット溶接継手の製造方法を提供することを目的とする。
また、本発明は、被膜と電極とが接触する箇所における被膜に由来する欠陥の発生を抑制するスポット溶接機を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0016】
上記の課題は、以下の本発明によって解決される。すなわち、本発明の要旨は以下のとおりである。
【0017】
<1>
2つ以上積み重ねた鋼材に対し、両方向から2つの電極を押し当て、少なくとも一方の前記電極を駆動させることで前記鋼材との間に摩擦を生じさせる電極摩擦工程と、
前記電極を駆動させた状態及び駆動を停止した状態の少なくとも一方の状態で、前記2つの電極に通電を行って積み重ねた前記鋼材同士を溶接する通電工程と、
を有するスポット溶接継手の製造方法。
【0018】
上記<1>のスポット溶接継手の製造方法では、2つ以上積み重ねた鋼材に対して、両方向から2つの電極を押し当てながら電極を駆動させることで鋼材との間に摩擦を生じさせる、電極摩擦工程が行われる。そのため、電極との摩擦により鋼材の表面に存在する被膜(例えば亜鉛系めっき、アルミニウム系めっき等のめっき膜、酸化亜鉛被膜等の酸化膜など)の少なくとも一部が除去される。被膜の少なくとも一部が除去された状態で通電工程が行われるため、被膜と電極とが接触する箇所における被膜に由来する欠陥の発生が抑制される。
したがって、例えば酸化亜鉛被膜を有する鋼材(例えば亜鉛系めっき鋼板をホットスタンプにより加工した鋼材)又はアルミニウム系めっきを有する鋼材を積み重ねて抵抗スポット溶接を行う場合であっても、酸化亜鉛被膜又はアルミニウム系めっきの少なくとも一部が除去された後に、通電工程が行われる。よって、表チリの発生が抑制される。また、例えば亜鉛系めっきを有する鋼材を積み重ねて抵抗スポット溶接を行う場合であっても、亜鉛系めっきの少なくとも一部が除去された後に、通電工程が行われる。よって、液体金属脆化割れ(いわゆるLME割れ)の発生が抑制される。
また、通電工程で鋼材に対して通電を行う電極によって鋼材表面の被膜の除去が行われる。また、被膜除去のために鋼材に対して2つの電極を押し当て駆動させて摩擦を生じさせた後、2つの電極を押し当てた状態のまま、電極を駆動させた状態及び駆動を停止した状態の少なくとも一方の状態で電極に通電を行って溶接が行われる。そのため、通電工程において電極と接触する部分の被膜を選択的に除去することできる。つまり、スポット溶接の際に電極と接触する部分のみの被膜、又はスポット溶接の際に電極と接触する部分を含む非常に狭い範囲の被膜を除去することができる。
【0019】
<2>
前記電極は、先端の径がΦ4mm以上、先端の曲率半径Rが20mm以上である<1>に記載のスポット溶接継手の製造方法。
<3>
前記鋼材は、前記電極と接する表面の表面電気抵抗が1mΩ以上である<1>又は<2に>記載のスポット溶接継手の製造方法。
<4>
前記鋼材が、亜鉛めっきを有するホットスタンプ鋼板である<1>~<3>のいずれか1項に記載のスポット溶接継手の製造方法。
<5>
前記電極の駆動が、前記電極の前記鋼材に対する押し当て方向を軸にした回転駆動である<1>~<4>のいずれか1項に記載のスポット溶接継手の製造方法。
<6>
前記電極の回転速度が50rpm~5000rpmである<5>に記載のスポット溶接継手の製造方法。
<7>
前記電極の総回転数が1回転~100回転である<5>又は<6>に記載のスポット溶接継手の製造方法。
【0020】
<8>
2つ以上積み重ねた鋼材に対し、両方向から押し当てられる2つの電極と、
前記2つの電極のうち少なくとも一方の電極を、前記鋼材に押し当てた状態のまま駆動させることで前記鋼材との間に摩擦を生じさせる電極摩擦手段と、
前記電極を駆動させた状態及び駆動を停止した状態の少なくとも一方の状態で、前記2つの電極に通電を行う通電手段と、
を有するスポット溶接機。
【0021】
上記<8>のスポット溶接機は、2つ以上積み重ねた鋼材に対して、両方向から2つの電極を押し当てながら電極を駆動させることで鋼材との間に摩擦を生じさせる、電極摩擦手段を有する。そのため、電極との摩擦により鋼材の表面に存在する被膜の少なくとも一部を除去することができる。被膜の少なくとも一部が除去された状態で、通電手段により通電を行うことで、被膜と電極とが接触する箇所における被膜に由来する欠陥の発生を抑制することができる。
したがって、例えば酸化亜鉛被膜を有する鋼材又はアルミニウム系めっきを有する鋼材を積み重ねて抵抗スポット溶接を行う場合であっても、酸化亜鉛被膜又はアルミニウム系めっきの少なくとも一部を除去した後に通電を行うことで、表チリの発生を抑制することができる。また、例えば亜鉛系めっきを有する鋼材を積み重ねて抵抗スポット溶接を行う場合であっても、亜鉛系めっきの少なくとも一部を除去した後に通電を行うことで、液体金属脆化割れの発生を抑制することができる。
また、スポット溶接の通電に用いる電極によって鋼材表面の被膜の除去を行うことができる。また、被膜除去のために鋼材に対して2つの電極を押し当て駆動させて摩擦を生じさせた後、2つの電極を押し当てた状態のまま、電極を駆動させた状態及び駆動を停止した状態の少なくとも一方の状態で電極に通電を行って溶接を行うことができる。そのため、通電の際に電極と接触する部分の被膜を選択的に除去することできる。つまり、スポット溶接の際に電極と接触する部分のみの被膜、又はスポット溶接の際に電極と接触する部分を含む非常に狭い範囲の被膜を除去することができる。
【発明の効果】
【0022】
本発明によれば、被膜と電極とが接触する箇所における被膜に由来する欠陥の発生を抑制することができるスポット溶接継手の製造方法を提供することができる。
また、本発明によれば、被膜と電極とが接触する箇所における被膜に由来する欠陥の発生を抑制するスポット溶接機を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【
図1】本実施形態に係るスポット溶接機の一例を示す側面図である。
【
図2】本実施形態に係る抵抗スポット溶接継手の製造方法における、電極摩擦工程の途中の態様を示す拡大断面図である。
【
図3】本実施形態に係る抵抗スポット溶接継手の製造方法における、電極摩擦工程後の態様を示す拡大断面図である。
【
図4】本実施形態に係る抵抗スポット溶接継手の製造方法における、通電工程の途中の態様を示す拡大断面図である。
【
図5】本実施形態に係る抵抗スポット溶接継手の製造方法における電極摩擦工程によって、表面が除去された状態の2枚の鋼板を示す拡大断面図である。
【
図6】従来の抵抗スポット溶接継手の製造方法によって、表チリが発生した状態の2枚の鋼板を示す拡大断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0024】
以下、本発明に係る抵抗スポット溶接継手の製造方法、及びスポット溶接機の一実施形態について、図を用いて説明する。
【0025】
なお、以下に示す各図は、模式的に示した図であり、各部の大きさ及び形状は、理解を容易にするために、適宜誇張して示している。また、実質的に同一の機能を有する部材には全図面を通じて同じ符号を付し、重複する説明は省略する場合がある。
また、本明細書中において、「~」を用いて表される数値範囲は、特に断りの無い限り、「~」の前後に記載される数値を下限値及び上限値として含む範囲を意味する。
【0026】
〔スポット溶接機〕
まず、本実施形態に係るスポット溶接機の構成について、一例を挙げて説明する。
図1は、本実施形態に係るスポット溶接機の一例を示す側面図である。
図1に示すスポット溶接機200は、一対の電極100A、100Bを有する。電極100A、100Bは、鋼板1A、1B(鋼材の一例)に押し当てられる先端部となるチップ2A、2Bと、チップ2A、2Bを装着するシャンク4A、4Bと、シャンク4A、4Bを接続するアダプター6A、6Bと、アダプター6A、6Bを保持するホルダー8A、8Bと、ホルダー8A、8Bを固定するホーン10A、10Bと、を有する。重力方向において上側となる電極100Aのアダプター6Aは、拡大断面図に示すように、アダプター接続部60Aがホルダー8Aの内部に挿入されている。そして、アダプター接続部60Aの先端側がホルダー8Aに引っ掛かる形状を有しており、これによりアダプター6Aがホルダー8Aに保持される。一方、重力方向において下側となる電極100Bのアダプター6Bは、拡大断面図に示すように、アダプター接続部60Bがホルダー8Bの内部に挿入されることでホルダー8Bに保持される。電極100A、100Bのアダプター6A、6Bには、ベルト22A、22Bが巻き付けられており、ベルト22A、22Bはモーター20A、20Bに接続されている。
【0027】
スポット溶接機200では、アダプター6A、6Bをプーリーに見立て、モーター20A、20Bを稼働させてベルト22A、22Bを駆動させることで、アダプター6A、6Bと共に、先端側のシャンク4A、4B及びチップ2A、2Bが回転駆動する。つまり、2枚積み重ねた鋼板1A、1Bに対してチップ2A、2Bを接触させて両方向から(鋼板を積み重ねた方向の両方向から)押し当てた状態で、モーター20A、20Bを稼働させベルト22A、22Bを駆動させてアダプター6A、6B、シャンク4A、4B、及びチップ2A、2Bを回転駆動させることで、鋼板1A、1Bとチップ2A、2Bとの間に摩擦を生じさせることができる。ここで、モーター20A、20B、ベルト22A、22B、アダプター6A、6B、シャンク4A、4B、及びチップ2A、2Bが電極摩擦手段に相当する。
【0028】
また、ホルダー8A、8Bは、ホーン10A、10Bを介して図示しない電源に接続されており、ホルダー8A、8Bからアダプター6A、6B、シャンク4A、4B、及びチップ2A、2Bを通じて、鋼板1A、1Bを挟み込むチップ2Aとチップ2Bの間に通電を行うことができる。ここで、電極に接続されたホルダー8A、8B、アダプター6A、6B、シャンク4A、4B、及びチップ2A、2Bが通電手段に相当する。
【0029】
〔抵抗スポット溶接継手の製造方法〕
次いで、本実施形態に係る抵抗スポット溶接継手の製造方法の一例について、各工程ごとに図面を用いて説明する。なお、
図2、
図3、及び
図4は、本実施形態に係る抵抗スポット溶接継手の製造方法における各工程での、重ねた鋼板1A、1B及びチップ2A、2Bの先端部を拡大して示す拡大断面図である。
【0030】
・電極摩擦工程
まず、
図1に示すように2枚積み重ねた鋼板1A、1B(鋼材の一例)に対し、両方向から一対の電極100A、100Bのチップ2A、2Bを押し当てる。次いで、鋼板1A、1Bにチップ2A、2Bを押し当てた状態のまま、モーター20A、20Bを稼働させベルト22A、22Bを駆動させて、アダプター6A、6B、シャンク4A、4B、及びチップ2A、2Bを回転駆動させる。これにより、
図2に示すように、鋼板1A、1Bに押し当てられたチップ2A、2Bがそれぞれ矢印a及び矢印bの方向に回転し、鋼板1A、1Bとチップ2A、2Bとの間に摩擦が生じる。その結果、
図3に示すように、鋼板1A、1Bのチップ2A、2Bと接触する領域が削られて除去されることで、鋼板1A、1Bの表面にはそれぞれ窪み16A、16Bが形成される。
【0031】
・通電工程
電極摩擦工程によって鋼板1A、1Bの表面の少なくとも一部が除去された後、電極100A、100Bにおけるアダプター6A、6B、シャンク4A、4B、及びチップ2A、2Bを回転駆動を停止する。その後、
図4に示すように、鋼板1A、1Bにチップ2A、2Bを押し当てた状態のまま、電極100A、100Bにおけるチップ2Aとチップ2Bの間に通電を行う。これにより鋼板1Aと鋼板1Bとの通電部にはナゲット13及び熱影響部(いわゆるHAZ)14が形成され、両鋼板が溶接される。
【0032】
・作用
従来から、鋼板として表面に被膜を有する鋼板が用いられている。例えば、被膜として表面にめっき(例えば亜鉛系めっき、アルミニウム系めっき等)を有する鋼板や、亜鉛系めっきを有する鋼板に対し高温での加熱加工を施した場合(例えばホットスタンプにより加工した場合など)に生じる酸化亜鉛被膜を有する鋼板(つまり亜鉛めっきを有するホットスタンプ鋼板)等の、被膜を有する鋼板が挙げられる。
しかし、従来においては、表面に被膜を有する鋼板を積み重ねて電極を押し当て、抵抗スポット溶接を行った場合、被膜と電極とが接触する箇所において被膜に由来する欠陥が生じることがあった。例えば、被膜の存在によって表面の電気抵抗が高くなっている鋼板(特に電極と接する表面の表面電気抵抗が1mΩ以上である鋼板)を積み重ねて抵抗スポット溶接を行った場合、
図6に示すように、ナゲット33の部分の金属が熱影響部(いわゆるHAZ部)34から飛び出して、鋼板1Aの表面と該表面に接触する電極(図示せず)との間から吹き出して飛び散りZが発生し、いわゆる表チリが発生することがあった。なお、酸化亜鉛被膜を有する鋼板や、アルミニウム系めっきを有する鋼板では、表面の電気抵抗が高くなり易く、そのため表チリが発生することがある。
また、その他にも、表面に被膜として亜鉛系めっきを有する鋼板を積み重ねて抵抗スポット溶接を行った場合、溶融亜鉛の影響で、鋼板における電極と接触する領域の部分に液体金属脆化割れ(いわゆるLME割れ)が生じることがある。
【0033】
これに対し、本実施形態によれば、電極摩擦工程により電極100A、100Bにおけるチップ2A、2Bとの摩擦により鋼板1A、1Bの表面の被膜の少なくとも一部が除去され、被膜が除去された状態で通電工程が行われる。そのため、被膜と電極とが接触する箇所における被膜に由来する欠陥の発生が抑制される。つまり、被膜の存在によって表面の電気抵抗が高くなっている鋼板(特に電極と接する表面の表面電気抵抗が1mΩ以上である鋼板、例えば酸化亜鉛被膜を有する鋼板や、アルミニウム系めっきを有する鋼板等)を用いた場合であっても、表チリの発生が抑制される。また、被膜として亜鉛系めっきを有する鋼板を用いた場合であっても、液体金属脆化割れの発生が抑制される。
【0034】
また、通電工程で鋼板1A、1Bに対して通電を行う電極100A、100Bの先端のチップ2A、2Bとの摩擦により、鋼板表面の被膜の除去が行われる。さらに、通電工程では、電極摩擦工程の際に鋼板1A、1Bに対して電極100A、100Bを押し当てた状態のまま電極に通電を行って溶接を行う。そのため、通電工程において電極100A、100Bの先端のチップ2A、2Bと接触する部分の被膜を選択的に除去することできる。例えば、電極100A、100Bの先端との摩擦により、電極において先端径と呼ばれる曲率半径が大きい部位よりも内側にある被膜が除去される。これにより被膜の除去面積を低減することができる。
【0035】
ここで、表面電気抵抗の測定方法について説明する。
表面電気抵抗は、鋼板1枚をスポット溶接用の一対の電極100A、100Bで挟み、電極100A、100Bの間に1Aの電流[I]を通電する。電極100Aと鋼板との間の電圧[V1]、及び電極100Bと鋼板との間の電圧[V2]を測定する。
電極100Aと鋼板との間の電気抵抗を[R1]、電極100Bと鋼板との間の電気抵抗を[R3]、鋼板バルク(母材)そのものの固有抵抗に起因する抵抗を[R2]とする。なお、R2はR1及びR3に比べれば無視できるほど小さい。また、両電極100A、100Bの抵抗も、R1及びR3に比べれば無視できるほど小さい。よって、測定された電圧[V1]、[V2]と、電気抵抗[R1]、[R3]との間の関係は、次のように近似できる。
・V1=(R1+R2)×I≒R1×I=R1×1(A)=R1
・V2=(R2+R3)×I≒R3×I=R3×1(A)=R3
R1及びR3のいずれか大きい方の抵抗値を、本実施形態における鋼板の表面電気抵抗とする。
【0036】
・電極
電極摩擦工程における、電極100A、100Bの先端のチップ2A、2Bの回転速度は、被膜除去の時間を短縮する観点から50rpm~5000rpmであることが好ましく、100rpm~3000rpmであることがより好ましい。
【0037】
電極摩擦工程における、電極100A、100Bの総回転数(なお回転駆動の途中で通電を開始する場合には、通電中における回転数も含めた総回転数を指す)は、被膜の除去性を高める観点から1回転~100回転であることが好ましく、5回転~50回転であることがより好ましい。
【0038】
電極摩擦工程において、鋼板1A、1Bの表面が削られて除去される深さ、つまり
図5に示す鋼板1A、1Bの表面における窪み16A、16Bの深さD1、D2は、鋼板1A、1Bが表面に有する被膜の厚さによって適宜調整される。ただし、被膜の効率的な除去性の観点から、深さD1、D2は1μm~100μmであることが好ましく、5μm~50μmであることがより好ましい。
なお、ここで言う「深さ」とは、電極との摩擦によって鋼材の表面が除去される深さを指す。電極に通電されてスポット溶接が行われると鋼材の表面に通電による窪み(いわゆるインデンテーション)が形成されるが、このインデンテーションとは異なる。よって、鋼板1A、1Bの表面が削られて除去される深さ(
図5に示す深さD1、D2)は、通電が行われる前の時点での深さとする。
【0039】
電極100A、100Bの先端の径Φ、つまりチップ2A、2Bの径Φは、安定したスポット溶接性の観点から、4mm以上であることが好ましく、6mm以上であることがより好ましい。また、径Φの上限値としては、16mm以下であることが好ましく、10mm以下であることがより好ましい。
【0040】
電極100A、100Bの先端の曲率半径R、つまりチップ2A、2Bの鋼板1A、1Bと接触する面の先端の曲率半径Rは、安定したスポット溶接性の観点から、20mm以上であることが好ましく、40mm以上であることがより好ましい。また、曲率半径Rの上限値としては、500mm以下であることが好ましく、200mm以下であることがより好ましい。
【0041】
電極の材料としては、例えばクロム銅、アルミナ分散銅等が好ましい例として挙げられる。
【0042】
・変形例
図1に示すスポット溶接機、並びに
図2、
図3及び
図4に示す抵抗スポット溶接継手の製造方法では、本実施形態に係るスポット溶接機の一例及び本実施形態に係る抵抗スポット溶接継手の製造方法の一例を示したが、本実施形態はこれらの態様に限定されるものではない。
【0043】
例えば、
図1に示すスポット溶接機及び
図2乃至
図4に示す抵抗スポット溶接継手の製造方法では、2枚の鋼板1A、1Bを積み重ねているが、3枚以上の鋼板を積み重ねてもよい。また、鋼板つまり板状の部材に限定されるものではなく、積み重ねてスポット溶接を行い得る形状の鋼材であれば、どのような形状の鋼材を用いてもよい。
【0044】
図1に示すスポット溶接機及び
図2乃至
図4に示す抵抗スポット溶接継手の製造方法では、電極摩擦工程又は電極摩擦手段において、2つの電極100A、100Bの先端部の両方つまりチップ2A、2Bの両方を回転駆動させているが、電極と接触する鋼板のうち、欠陥の発生原因となる鋼板側の電極の先端部のみを駆動させてもよい。
ただし、被膜と電極とが接触する箇所における被膜に由来する欠陥の抑制の観点から、2つの電極の両方を駆動させることが好ましい。
【0045】
図1に示すスポット溶接機及び
図2乃至
図4に示す抵抗スポット溶接継手の製造方法では、電極100A、100Bの先端部のチップ2A、2Bを回転駆動させているが、駆動の態様は、回転駆動に限定されるものではない。例えば、電極100A、100Bを細かく振動させることでチップと鋼材との間に摩擦を生じさせて、鋼材表面の被膜を除去してもよい。振動の態様としては、一方向に往復運動を繰り返す往復振動、円運動を繰り返す円振動等が挙げられる。
ただし、被膜の除去面積の低減の観点から、電極の先端部の駆動としては回転駆動が好ましい。
【0046】
図1に示すスポット溶接機及び
図2乃至
図4に示す抵抗スポット溶接継手の製造方法では、通電工程又は通電手段において、チップ2A、2Bの回転駆動を停止した状態で通電を行っているが、これに限定されるものではない。例えば、チップを回転駆動させた状態のまま(つまり電極摩擦工程での回転駆動を停止しないまま)通電行ってもよい。さらには、チップを回転駆動させた状態で通電を開始し、その後通電を継続している間にチップの回転駆動を停止してもよい。
ただし、通電の安定性の観点から、チップの駆動を停止した状態で通電を行うことが好ましい。
【実施例】
【0047】
以下、実施例によって本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0048】
<実施例1>
供試材として、板厚1.8mmの亜鉛めっきを有するホットスタンプ鋼板を用いた。このホットスタンプ鋼板の表面の表面電気抵抗を前述の方法で測定したところ、10mΩであった。打角を3°つけた状態で、同種の鋼板を2枚重ねて板組しスポット溶接した。電極には、先端径Φ6mm、先端の曲率半径R40mmの、クロム銅製の電極を用いた。通電工程の溶接条件としては、加圧力400kgf、アップスロープ通電時間30cycle、一定通電時間20cycle、溶接電流8.0kA、保持時間10cycleとした。
なお、本発明例では、通電工程の前に両方向から電極を押し当て、両電極を回転駆動させて鋼板との間に摩擦を生じさせる電極摩擦工程を行った。具体的には、加圧力400kgfで電極を押し当て、回転速度200rpm、回転時間150cycle(総回転数10)で回転させ、その後回転を止めてから電極を押し当てた状態のまま通電を行った。
一方、比較例では、電極摩擦工程を行わずに、2枚重ねた鋼板に対し通電工程のみを行ってスポット溶接した。
【0049】
比較例では、通電工程において表チリが発生し、また形成されたナゲットの径が約4√tであった。これに対し、本発明例では、通電工程において表チリは発生せず、また形成されたナゲットの径は5√t以上であった。
また、本発明例において、電極摩擦工程後かつ通電工程前の鋼板の表面を観察したところ、電極の回転駆動の際に電極との接触があった領域にのみ窪みが観察された。その電極摩擦工程後かつ通電工程前の鋼板における表面の窪みの深さは20μmであった。
【0050】
<実施例2>
供試材として、板厚1.8mmの亜鉛めっきを有するホットスタンプ鋼板を用いた。このホットスタンプ鋼板の表面の表面電気抵抗を前述の方法で測定したところ、10mΩであった。同種の鋼板を2枚重ねて板組しスポット溶接した。電極には、先端径Φ6mm、先端の曲率半径R40mmの、クロム銅製の電極を用いた。通電工程の溶接条件としては、加圧力400kgf、通電時間17cyc、保持時間10cycとし、溶接電流を下記表1の通り変化させて溶接を行った。
なお、本発明例では、通電工程の前に両方向から電極を押し当て、両電極を回転駆動させて鋼板との間に摩擦を生じさせる電極摩擦工程を行った。具体的には、加圧力400kgfで電極を押し当て、回転速度400rpm、回転時間99cycle(総回転数約13)で回転させ、その後回転を止めてから電極を押し当てた状態のまま通電を行った。
一方、比較例では、電極摩擦工程を行わずに、2枚重ねた鋼板に対し通電工程のみを行ってスポット溶接した。
【0051】
比較例では、通電工程において溶接電流5.2kA以上で表チリが発生したのに対し、本発明例では、溶接電流9.3kAでも表チリは発生しなかった。
また、本発明例において、電極摩擦工程後かつ通電工程前の鋼板の表面を観察したところ、電極の回転駆動の際に電極との接触があった領域にのみ窪みが観察された。その電極摩擦工程後かつ通電工程前の鋼板における表面の窪みの深さは10μmであった。
【0052】
【符号の説明】
【0053】
1A、1B 鋼板
2A、2B チップ
4A、4B シャンク
6A、6B アダプター
8A、8B ホルダー
10A、10B ホーン
13、33 ナゲット
14、34 熱影響部(HAZ)
16A、16B 窪み
20A、20B モーター
22A、22B ベルト
60A、60B アダプター接続部
100A、100B 電極
200 スポット溶接機