(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-10-11
(45)【発行日】2023-10-19
(54)【発明の名称】ホットスタンプ成形品及びホットスタンプ用鋼板
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20231012BHJP
C22C 38/58 20060101ALI20231012BHJP
C21D 9/46 20060101ALN20231012BHJP
C21D 9/00 20060101ALN20231012BHJP
C21D 1/18 20060101ALN20231012BHJP
C21C 7/064 20060101ALN20231012BHJP
【FI】
C22C38/00 301Z
C22C38/00 301S
C22C38/00 301T
C22C38/58
C21D9/46 G
C21D9/46 J
C21D9/00 A
C21D1/18 C
C21C7/064 Z
(21)【出願番号】P 2021561454
(86)(22)【出願日】2020-11-25
(86)【国際出願番号】 JP2020043832
(87)【国際公開番号】W WO2021106936
(87)【国際公開日】2021-06-03
【審査請求日】2022-05-10
(31)【優先権主張番号】P 2019213593
(32)【優先日】2019-11-26
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100149548
【氏名又は名称】松沼 泰史
(74)【代理人】
【識別番号】100140774
【氏名又は名称】大浪 一徳
(74)【代理人】
【識別番号】100134359
【氏名又は名称】勝俣 智夫
(74)【代理人】
【識別番号】100188592
【氏名又は名称】山口 洋
(74)【代理人】
【識別番号】100217249
【氏名又は名称】堀田 耕一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100221279
【氏名又は名称】山口 健吾
(74)【代理人】
【識別番号】100207686
【氏名又は名称】飯田 恭宏
(74)【代理人】
【識別番号】100224812
【氏名又は名称】井口 翔太
(72)【発明者】
【氏名】楠見 和久
(72)【発明者】
【氏名】淵上 勝弘
(72)【発明者】
【氏名】荒牧 高志
(72)【発明者】
【氏名】入川 秀昭
(72)【発明者】
【氏名】江口 晴彦
(72)【発明者】
【氏名】本田 尚久
(72)【発明者】
【氏名】諸星 隆
【審査官】櫻井 雄介
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-043825(JP,A)
【文献】国際公開第2018/179839(WO,A1)
【文献】国際公開第2018/174270(WO,A1)
【文献】国際公開第2014/175377(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00-38/60
C21D 9/46
C21D 9/00
C21D 1/18
C21C 7/064
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で
C:0.25%以上0.55%以下、
Si:0.001%以上2.0%以下、
Mn:0.3%以上3.0%以下、
P:0.02%以下、
S:0.003%以下、
Al:0.005%以上1.0%以下、
Cr:0%以上1.0%以下、
Mo:0%以上1.0%以下、
N:0.02%以下、
Ca:
0.0010%以下
(0%を除く)、
B:0.0005%以上0.01%以下、
Ti:0.005%以上0.5%以下、Nb:0.005%以上0.5%以下、V:0.005%以上0.5%以下、及びZr:0.005%以上0.5%以下、からなる群から選択される1種又は2種以上、及び
Ni+Cu+Sn:0%以上2%以下、を含有し、
残部Fe及び不純物からなる化学組成を有するホットスタンプ成形品であって、
20~30℃の室温にて48時間以上大気中で放置された前記ホットスタンプ成形品の引張強度が1600MPaを超え、
均一伸びがEl
1(%)であって、拡散性水素量が0.5±0.1重量ppmとなるように水素チャージされた前記ホットスタンプ成形品の引張試験片を用いて測定された全伸びがEl
2(%)であるとき、(El
2/El
1)×100≧100(%)を満足する
ことを特徴とするホットスタンプ成形品。
【請求項2】
板厚中央部に存在するMnSの最大長さが300μm以下である
ことを特徴とする請求項1
に記載のホットスタンプ成形品。
【請求項3】
質量%で、
Ni+Cu+Sn:0.005%以上2%以下、を含有する
ことを特徴とする請求項1
又は2に記載のホットスタンプ成形品。
【請求項4】
表面にめっき層を有する
ことを特徴とする請求項1から
3のいずれか1項に記載のホットスタンプ成形品。
【請求項5】
質量%で
C:0.25%以上0.55%以下、
Si:0.001%以上2.0%以下、
Mn:0.3%以上3.0%以下、
P:0.02%以下、
S:0.003%以下、
Al:0.005%以上1.0%以下、
Cr:0%以上1.0%以下、
Mo:0%以上1.0%以下、
N:0.02%以下、
Ca:
0.0010%以下
(0%を除く)、
B:0.0005%以上0.01%以下、
Ti:0.005%以上0.5%以下、Nb:0.005%以上0.5%以下、V:0.005%以上0.5%以下、及びZr:0.005%以上0.5%以下、からなる群から選択される1種又は2種以上、及び
Ni+Cu+Sn:0%以上2%以下、を含有し、
残部Fe及び不純物からなる化学組成を有するホットスタンプ用鋼板であって、
前記ホットスタンプ用鋼板を950℃で1分加熱後、平均冷却速度30~100℃/sで200℃以下まで冷却された引張試験片を用いて、20~30℃の室温にて48時間以上大気中で放置された後に測定された、引張強度が1600MPaを超え、
均一伸びがEl
3(%)であって、拡散性水素量が0.5±0.1重量ppmとなるように水素チャージされた前記引張試験片を用いて測定された全伸びがEl
4(%)であるとき、(El
4/El
3)×100≧100(%)を満足する
ことを特徴とするホットスタンプ用鋼板。
【請求項6】
板厚中央部に存在するMnSの最大長さが300μm以下である
ことを特徴とする請求項
5に記載のホットスタンプ用鋼板。
【請求項7】
質量%で、
Ni+Cu+Sn:0.005%以上2%以下、を含有する
ことを特徴とする請求項
5又は6に記載のホットスタンプ用鋼板。
【請求項8】
表面にめっき層を有する
ことを特徴とする請求項
5から
7のいずれか1項に記載のホットスタンプ用鋼板。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ホットスタンプ成形品及びホットスタンプ用鋼板に関する。本願は、2019年11月26日に、日本に出願された特願2019-213593号に基づき優先権を主張し、その内容をここに援用する。
【背景技術】
【0002】
ホットスタンプ部品は車体の骨格部品に用いられ、乗員の生存空間の確保のためのキャビン周りの補強部品や衝突時の荷重を伝達するための経路に用いられることが多い。燃費規制のための車体軽量化と衝突試験の高度化に対応するため、ホットスタンプ部品にもさらなる高強度化が求められている。
しかし、高強度化すると水素脆化割れ発生のリスクが高くなるため、水素脆化割れを抑制するための対策が求められている。
【0003】
たとえば、特許文献1の技術では、硬さ安定性と耐遅れ破壊特性とを両立させるために、ミクロ組織を制御し、かつ介在物の清浄度を規定している。また、特許文献2の技術では、引張強度と靭性とを得るために、ミクロ組織及び介在物の析出量を制御している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】国際公開2015/147216号
【文献】特開2017-043825号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明者らが、引張強度が1.6GPaを超える鋼製のホットスタンプ部品の水素脆化割れについて研究を行ったところ、水素脆化割れの起点にCaO-Al2O3が含まれる介在物が存在することを確認した。
【0006】
Caは硫化物の形態制御のために鋼中に添加される元素である。球状のCaSの生成により延伸MnSを抑制する。延伸MnSが抑制されると靱性が改善するといわれている。
【0007】
しかし、本発明者らの検討によれば、Ca添加を行った場合、
図1に示すようなCaO-Al
2O
3を含む粗大な介在物が生成し、この介在物が水素脆化割れの起点となることが判明した。
図1では、黒色部がCaO-Al
2O
3を含む介在物であり、白色部は鋼マトリックスである。
【0008】
本発明はこのような状況に鑑みてなされたものであり、本発明の目的は、所望の引張強度を保ちながら、CaO-Al2O3を含む粗大な介在物による水素脆化割れを防止することができるホットスタンプ成形品及びホットスタンプ用鋼板を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
(1)本発明の一態様に係るホットスタンプ成形品は、質量%で
C:0.25%以上0.55%以下、
Si:0.001%以上2.0%以下、
Mn:0.3%以上3.0%以下、
P:0.02%以下、
S:0.003%以下、
Al:0.005%以上1.0%以下、
Cr:0%以上1.0%以下、
Mo:0%以上1.0%以下、
N:0.02%以下、
Ca:0.0010%以下(0%を除く)、
B:0.0005%以上0.01%以下、
Ti:0.005%以上0.5%以下、Nb:0.005%以上0.5%以下、V:0.005%以上0.5%以下、及びZr:0.005%以上0.5%以下、からなる群から選択される1種又は2種以上、及び
Ni+Cu+Sn:0%以上2%以下、を含有し、
残部Fe及び不純物からなる化学組成を有するホットスタンプ成形品であって、
20~30℃の室温にて48時間以上大気中で放置された上記ホットスタンプ成形品の引張強度が1600MPaを超え、
均一伸びがEl1(%)であって、拡散性水素量が0.5±0.1重量ppmとなるように水素チャージされたホットスタンプ成形品の引張試験片を用いて測定された全伸びがEl2(%)であるとき、(El2/El1)×100≧100(%)を満足することを特徴とする。
【0010】
(2)上記(1)に記載のホットスタンプ成形品では、
板厚中央部に存在するMnSの最大長さが300μm以下であってもよい。
(3)上記(1)又は(2)に記載のホットスタンプ成形品では、
質量%で、
Ni+Cu+Sn:0.005%以上2%以下、を含有してもよい。
(4)上記(1)から(3)のいずれか1項に記載のホットスタンプ成形品では、
表面にめっき層を有してもよい。
【0011】
(5)本発明の一態様に係るホットスタンプ用鋼板は、質量%で
C:0.25%以上0.55%以下、
Si:0.001%以上2.0%以下、
Mn:0.3%以上3.0%以下、
P:0.02%以下、
S:0.003%以下、
Al:0.005%以上1.0%以下、
Cr:0%以上1.0%以下、
Mo:0%以上1.0%以下、
N:0.02%以下、
Ca:0.0010%以下(0%を除く)、
B:0.0005%以上0.01%以下、
Ti:0.005%以上0.5%以下、Nb:0.005%以上0.5%以下、V:0.005%以上0.5%以下、及びZr:0.005%以上0.5%以下、からなる群から選択される1種又は2種以上、及び
Ni+Cu+Sn:0%以上2%以下、を含有し、
残部Fe及び不純物からなる化学組成を有するホットスタンプ用鋼板であって、
上記ホットスタンプ用鋼板を950℃で1分加熱後、平均冷却速度30~100℃/sで200℃以下まで冷却された引張試験片を用いて、20~30℃の室温にて48時間以上放置された後に測定された引張強度が1600MPaを超え、
均一伸びがEl3(%)であって、拡散性水素量が0.5±0.1重量ppmとなるように水素チャージされた上記引張試験片を用いて測定された全伸びがEl4(%)であるとき、(El4/El3)×100≧100(%)を満足することを特徴とする。
【0012】
(6)上記(5)に記載のホットスタンプ用鋼板では、
板厚中央部に存在するMnSの最大長さが300μm以下であってもよい。
(7)上記(5)又は(6)に記載のホットスタンプ用鋼板では、
質量%で、
Ni+Cu+Sn:0.005%以上2%以下、を含有してもよい。
(8)上記(5)から(7)のいずれか1項に記載のホットスタンプ用鋼板では、
表面にめっき層を有してもよい。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、所望の引張強度を保ちながら、水素脆化割れを防止することができるホットスタンプ成形品及びホットスタンプ用鋼板が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】水素脆化割れの破面で観察されたCaO-Al
2O
3付近の反射電子像である。
【
図2】水素脆化割れの起点となる介在物を説明するための模式的な断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
水素を含有した材料を引張試験したときに、水素脆化により破断が生じ、その起点にCaO-Al2O3を含有する粗大な介在物が存在することが、本発明者らによって見出された。そして、上記のような介在物を起点とする水素脆化割れが確認された。
【0016】
また、本発明者らによって、このような粗大介在物は数が少ないため、清浄度の測定に一般的に用いられる鋼材断面での観察では見つけることが困難であることも見出された。
【0017】
本発明者らは、水素を含有した材料の引張試験を行い、破面の観察を行って水素脆化割れの起点となる介在物のサイズを評価したところ、このような介在物の長径が50μm超であることを見出した。本発明者らは、この結果から、このような介在物の長径を50μm以下に規定することで水素脆化割れを防止できることを見出した。
【0018】
以下、本発明の実施形態について例を挙げて説明するが、本発明は、以下で説明する例に限定されないことは自明である。以下の説明では、具体的な数値や材料を例示する場合があるが、本発明の効果が得られる限り、他の数値や材料を適用してもよい。また、以下の実施形態の各構成要素は、互いに組み合わせることができる。
【0019】
[第1実施形態]
第1実施形態に係るホットスタンプ成形品は、質量%で
C:0.25%以上0.55%以下、
Si:0.001%以上2.0%以下、
Mn:0.3%以上3.0%以下、
P:0.02%以下、
S:0.003%以下、
Al:0.005%以上1.0%以下、
Cr:0%以上1.0%以下、
Mo:0%以上1.0%以下、
N:0.02%以下、
Ca:0%以上0.0010%以下、
B:0.0005%以上0.01%以下、
Ti:0.005%以上0.5%以下、Nb:0.005%以上0.5%以下、V:0.005%以上0.5%以下、及びZr:0.005%以上0.5%以下、からなる群から選択される1種又は2種以上、及び
Ni+Cu+Sn:0%以上2%以下、を含有し、残部Fe及び不純物からなる化学組成を有するホットスタンプ成形品である。
第1実施形態に係るホットスタンプ成形品は、20~30℃の室温にて48時間以上大気中で放置された前記ホットスタンプ成形品の引張強度が1600MPaを超え、ホットスタンプ成形品に含まれるCaO-Al2O3を含む介在物の長径が50μm以下である。
【0020】
第1実施形態に係るホットスタンプ成形品の化学組成について説明する。
【0021】
(C:0.25%以上0.55%以下)
Cは冷却後の組織をマルテンサイトとして材質を確保するために添加する元素であり、強度1600MPa以上を確保するためには0.25%以上添加する必要がある。添加量が多すぎると、衝撃変形時の強度確保が困難となるため、その上限を0.55%とする。
【0022】
(Si:0.001%以上2.0%以下)
Siは固溶強化型の合金元素であり、強度を確保するために必要であるが、2.0%を超えると、表面スケールの問題が生じる。このため、Siは2.0%以下に規定した。また、鋼板表面にメッキ処理を行う場合は、Siの添加量が多いとめっき性が劣化するため、上限を1.0%とすることが好ましい。添加量を減少させた場合には材質上大きな問題はないものの、添加量が少ないと製鋼コストが増加するためSiの添加量の下限を0.001%とする。なお、更に好ましくは、Siの添加量は0.01~0.5%の範囲である。
【0023】
(Mn:0.3%以上3.0%以下)
Mnは強度及び焼入れ性を向上させる元素であり、0.2%未満では焼入れ時の強度を十分に得られず、また、3.0%を超えて添加しても効果が飽和するため、Mnは0.3~3.0%の範囲に規定した。Mnの添加量は、2.2%以下がより好ましい。
【0024】
(Al:0.005%以上1.0%以下)
Alは溶鋼の脱酸材として使われる必要な元素であり、またNを固定する元素でもあり、その量は結晶粒径や機械的性質に大きな影響を及ぼす。このような効果を有するためには0.005%以上の含有量が必要であるが、1.0%を超えると非金属介在物が多くなり製品に表面疵が発生しやすくなる。このため、Alは0.005~1.0%の範囲に規定した。Alの添加量は0.01%以上がより好ましく、0.5%以下がより好ましい。
【0025】
(S:0.003%以下)
Sは鋼中の非金属介在物に影響し、靱性と耐水素脆性を悪化させる。このため、Sは0.003%以下に規定した。なお、好ましくは、Sは0.001%以下である。
【0026】
(P:0.02%以下)
Pは靱性や耐水素脆性に悪影響を及ぼす元素であるため、Pは0.02%以下に規制した。なお、好ましくは、Pは0.015%以下である。また、更に好ましくはPは0.010%以下である。
【0027】
本実施形態に係るホットスタンプ成形品の化学組成は、上記Feの一部に代えて、さらに、Cr、Mo、Ca、Ni、Cu、Snのうちの少なくとも1つの選択元素を含有してもよい。これらの選択元素は、その目的に応じて含有させればよい。よって、これらの選択元素の下限値を制限する必要がなく、下限値が0%でもよい。また、これらの選択元素が不純物として含有されても、これらの選択元素の効果は損なわれない。
【0028】
(Cr:0%以上1.0%以下)
Crは焼入れ性を向上させる元素である。1.0%を超えると熱間圧延後、冷間圧延後または焼鈍後(めっき処理後も含む)に存在する炭化物を安定化させ、ホットスタンプでの加熱での溶解を遅らせて焼入れ性が低下することが考えられる。そこでCrの上限を1.0%と規定した。下限についてはMn、Mo、Niといった焼入れ性をもたらす元素を添加することでホットスタンピングに必要な焼入れ性の確保が可能なことから特に規定しない。Crの添加量は、0.05%以上がより好ましく、1.0%以下がより好ましい。
【0029】
(Mo:0%以上1.0%以下)
Moは焼入れ性を向上させる元素である。1.0%を超えると熱間圧延後、冷間圧延後または焼鈍後(めっき処理後も含む)に存在する炭化物を安定化させ、ホットスタンプでの加熱での溶解を遅らせて焼入れ性が低下することが考えられる。そこでMoの上限を1.0%と規定した。下限についてはMnやNiといった焼入れ性をもたらす元素を添加することでホットスタンピングに必要な焼入れ性の確保が可能なことから特に規定しない。Moの添加量は0.05%以上がより好ましく、0.5%以下がより好ましい。
【0030】
(Ca:0%以上0.0010%以下)
Caは水素脆化割れの起点となりうるCaO-Al2O3の生成を抑制するためには添加しないことが望ましい。ただし無添加の場合においても製錬時の取鍋スラグや鋳造時で用いられるパウダーから混入する可能性がある。そのため、これを抑制する必要がありCaの上限値を0.0010%に限定した。この範囲であれば、水素脆化割れの起点となりうる粗大なCaO-Al2O3が生成する可能性は低くなる。ただし、精錬条件によっては微量に存在するCaO-Al2O3が凝集して粗大化する可能性があり、粗大化を防止する精錬方法を用いることが重要である。
【0031】
(B:0.0005%以上0.01%以下)
Bはプレス成形中あるいはプレス成形後の冷却での焼入れ性を向上させるために添加するが、この効果を発揮させるためには0.0005%以上の添加が必要である。しかしながら、この添加量がむやみに増加すると熱間での割れの懸念があることや、その効果が飽和するため、Bの上限は0.01%とすることが好ましい。
【0032】
(Ti:0.5%以下、Nb:0.5%以下、V:0.5%以下、及びZr:0.5%以下)
Ti,Nb,V,ZrはBの効果を有効に発揮させるため、Bと化合物を生成するNを固着する目的で添加する。Ti,Nb,V,Zrは、炭化物・窒化物を形成して加熱中のオーステナイトの粒成長を抑制して細粒化することにより、靱性や耐水素脆性を改善する効果もある。しかし、過度の添加は靱性を劣化させるため、これらの添加量の上限を0.5%に規定した。これらの元素の添加量は、効果を発現させるために必要な添加量の観点から、それぞれ0.005%以上である。
【0033】
(N:0.02%以下)
Nは0.02%を超えると窒化物の粗大化により靱性が劣化する傾向がみられる。このため、Nは0.02%以下に規定することが好ましい。Nは、より好ましくは0.01%以下である。
【0034】
(Ni+Cu+Sn:0%以上2%以下)
第1実施形態に係るホットスタンプ成形品は、化学組成として、質量%で、Ni+Cu+Sn(Ni、Cu及びSnの合計):0%以上2%以下を含有してもよい。
【0035】
Ni、Cu及びSnは、これらの元素を添加することにより、めっき密着性を向上させることができる。さらに耐食性向上も期待できる。この効果を得るためには、Ni、Cu及びSnの合計量が0.005%以上の添加が好ましい。ただし過度の添加は合金コストが増加するため、これらの元素の添加量の和の上限を2%とする。より好ましくは、Ni+Cu+Snは、上限値は1.0%、下限値は0.05%である。
【0036】
Mg、Y、As、Sb、REMは主な硫化物であるMnSの形状を変化させて衝撃特性と遅れ破壊特性を向上させると考えられるため、添加させてもよい。しかし、過度の添加は加工性を劣化させるため、その上限は0.1%以下が望ましい。
またその他の元素としてSe、W等、上記に規定していない元素を含有した場合でも、好ましくは0.1%を超えなければ特性に大きな問題は無い。
【0037】
Oについては特に規制しないが、過度の添加は靱性に悪影響を及ぼす酸化物の生成の原因となるとともに、疲労破壊の起点となる酸化物を生成するため、Oの含有量は0.015%以下が望ましい。なお、本実施形態に係るホットスタンプ成形品は、不純物を含有する。なお、「不純物」とは、鋼を工業的に製造する際に、原料としての鉱石、スクラップ、または製造環境等から混入するものを指す。これら不純物のなかで、P、S、O、Nは、上記のように制限することが好ましい。また、不純物の含有量は少ないことが好ましいので、下限値を制限する必要がなく、不純物の下限値が0%でもよい。
【0038】
次に、第1実施形態に係るホットスタンプ成形品における介在物に関する特徴を説明する。
【0039】
CaO-Al2O3は、水素を一定量以上含有した場合の引張試験で生じる水素脆化割れにて、起点となる介在物である。これは、引張試験による試験片の破面の観察により確認される。
【0040】
他にも粗大な介在物としてTiN等が存在するものと考えられるが、本発明者らの研究によれば、TiN等が起点として水素脆化割れが生じた例は観察されなかった。そのため、CaO-Al2O3は水素脆化割れの起点となる特徴を有することが推察される。
【0041】
CaO-Al2O3が一定量以上の水素を含有した場合、引張試験で生じる水素脆化割れにて起点となる原因については下記のように推察される。
すなわち、破面の観察結果からは、起点となったと考えられるCaO-Al2O3には亀裂が生じていることが多く、他の析出物・介在物と比較して脆いことが推察される。そのため、引張応力が介在物に付与された際に破壊が生じやすく、その破壊により鋼材の水素脆化割れが引き起こされるものと推察される。
【0042】
さらに、介在物に付与される応力は介在物の長径に依存し、長径が大きい方が付加される応力が高くなって介在物が破壊し、水素脆化割れの起点となると推察される。
すなわち、介在物の長径の長さは重要であり、これを制限することにより介在物の破壊を抑制して水素脆化割れを抑制することが可能となると考えらえる。
【0043】
ここで、介在物の長径が50μm以下であれば、水素脆化割れが生じないため、介在物の長径は50μmを上限と規定することが好ましい。また、介在物の長径は、上記効果を確実に担保するために、30μm以下であることがより好ましい。
【0044】
介在物の長径は、SEM(走査型電子顕微鏡)により、引張試験によって破断が生じた試験片の破面を観察することで得られる。引張試験で破断した破面に存在する介在物は破壊されて、すべてが残存していない場合が多いことから、介在物の周囲に存在する鉄の凹みを介在物が存在した部位として、この部位の長さを介在物の長径と見做すことができる。
また、介在物の板厚方向の厚みが小さい場合には、凹み中に介在物が詰まっている範囲を介在物として、その長径を規定することができる。
【0045】
介在物の長径は、SEMを用いて撮影した画像や写真から直接測定することができる。
【0046】
図2は、水素脆化割れの起点となる介在物を説明するための模式的な断面図であり、ホットスタンプ成形品の鋼材Sにおいて、製造時に圧延された方向に垂直な平面の断面を表している。
引張試験による破断の起点は、楕円状に生じた粒界破面の中心の介在物である。楕円状の粒界破面が2か所以上ある場合には、介在物の長径が長い方を破断の起点として、この長径を介在物の長径とする。
図2の例では、粒界破面SAの中心に介在物Aが、粒界破面SBの中心に介在物Bが粒界破面SCの中心に介在物Cがそれぞれ存在する。
【0047】
図2の例では、「(介在物Aの長径l
A)>(介在物Bの長径l
B)」であり、介在物A~Cのうちで、介在物Aの長径l
Aが最も長い。よって、介在物Aが水素脆化割れの起点であると判断し、介在物Aの長径l
Aが50μm以下であれば、水素脆化割れが生じないものとする。
【0048】
第1実施形態に係るホットスタンプ成形品は、20~30℃の室温にて48時間以上大気中で放置されたホットスタンプ成形品の、引張試験片を用いて測定された引張強度が、1600MPaを超える。
焼入れ後のホットスタンプ成形品を、20~30℃の室温にて48時間以上大気中で放置することで、ホットスタンプ成形品の内部から十分に水素が放出される。
【0049】
ホットスタンプ成形品の引張試験片は、ホットスタンプ成形品の平坦な部位から採取することが引張試験結果の精度を確保するという理由から好ましい。
【0050】
第1実施形態に係るホットスタンプ成形品は、板厚中央部に存在するMnSの最大長さが300μm以下であってもよい。本実施形態において、板厚中央部とは、ホットスタンプ成形品の板厚方向において、板厚の中心から、板厚の1/3の厚みまでの範囲を意味する。また、上記MnSの最大長さは、200μm以下であることがより好ましい。
【0051】
MnSは圧延時に長く延伸するため、応力が付与された場合にはその端部に応力集中が生じて水素脆化割れの起点となると考えられる。MnSが長くなると端部に発生する応力は大きくなるために水素脆化割れ発生を促進する。また、MnSは中心偏析部に生じやすいことから一番サイズの大きい析出物は板厚中央部に存在する。そこで板厚中央部に存在するMnSについて、その最大の長さを300μm以下と規定することが好ましい。MnSの長さは、対象とする鋼材の圧延方向の断面を鏡面研磨して200~500倍の倍率にて金属顕微鏡にて板厚中央部のMnSを観察することで得られる。SEM-EDS(EDS搭載走査型電子顕微鏡:)またはEPMA(電子線マイクロアナライザ:Electron Probe Micro Analyzer))にて元素分析をすることで、MnSであることを確認できる。なお、観察は10視野程度実施することが望ましい。
【0052】
連続鋳造時の鋳片厚み中心部には溶質元素がマクロに濃化する中心偏析が生じる。中心偏析は、バルジングや凝固収縮等により生成する液相の流動によって周囲の濃化溶鋼が中心部に集まったものである。中心偏析部では、通常の凝固部に比べて、溶質元素が濃化しており、S濃度を低下させたとしても粗大なMnSが生成しやすい。中心偏析を抑制するために、凝固収縮を補償する程度に鋳片を圧下する軽圧下や電磁攪拌で溶鋼中に流動を生じさせて等軸晶化させる方法が知られている。いずれの方法でも中心偏析を軽減し、粗大なMnSの生成を抑制できる。また、このような中心偏析対策を実施することで、S濃度を0.0030質量%以下まで低減すれば、問題になるような粗大なMnSはほぼ生成しない。加えて、S濃度を0.0010質量%以下まで低減できれば、MnSの生成そのものを抑制できる。
【0053】
また、第1実施形態に係るホットスタンプ成形品は、表面にめっき層を有してもよい。
【0054】
上述のようなホットスタンプ成形品のための鋼板にアルミニウムめっき、アルミニウム-亜鉛めっき、亜鉛めっきを施しても良い。めっきの組成はアルミニウムや亜鉛が主成分であるものの、特性向上のためにNiなどの元素を添加してもよい。また不純物としてFeなどの元素が含まれてもよい。
【0055】
なお、上述のようなホットスタンプ成形品のための鋼板の製造方法に関して、酸洗及び冷間圧延は常法でよく、その後のアルミニウムめっき工程あるいはアルミニウム-亜鉛めっき工程、亜鉛めっき工程についても常法でよい。
アルミニウムめっきであれば、浴中Si濃度は5~12%が適しており、アルミニウム-亜鉛めっきでは、浴中Zn濃度は40~50%が適している。
【0056】
また、アルミニウムめっき層中にMgやZnが混在しても、アルミニウム-亜鉛めっき層中にMgが混在しても特に問題なく同様の特性の鋼板を製造することができる。
なお、めっき工程における雰囲気については、無酸化炉を有する連続式めっき設備でも無酸化炉を有しない連続式めっき設備でも通常の条件とすることでめっき可能であり、本鋼板だけ特別な制御を必要としないことから生産性を阻害することもない。また、亜鉛めっき方法であれば、溶融亜鉛めっき、電気亜鉛めっき、合金化溶融亜鉛めっきなどいかなる方法を採用しても良い。
【0057】
以上の製造条件ではめっき前に鋼板表面に金属プレめっきを施していないが、NiプレめっきやFeプレめっき、その他めっき性を向上させる金属プレめっきを施しても特に問題は無い。また、めっき層表面に異種の金属めっきや無機系、有機系化合物の皮膜などを付与してもよい。
【0058】
[第2実施形態]
第2実施形態に係るホットスタンプ成形品は、質量%で
C:0.25%以上0.55%以下、
Si:0.001%以上2.0%以下、
Mn:0.3%以上3.0%以下、
P:0.02%以下、
S:0.003%以下、
Al:0.005%以上1.0%以下、
Cr:0%以上1.0%以下、
Mo:0%以上1.0%以下、
N:0.02%以下、
Ca:0%以上0.0010%以下、
B:0.0005%以上0.01%以下、
Ti:0.005%以上0.5%以下、Nb:0.005%以上0.5%以下、V:0.005%以上0.5%以下、及びZr:0.005%以上0.5%以下、からなる群から選択される1種又は2種以上、及び
Ni+Cu+Sn:0%以上2%以下、を含有し、残部Fe及び不純物からなる化学組成を有するホットスタンプ成形品である。
第2実施形態に係るホットスタンプ成形品は、20~30℃の室温にて48時間以上大気中で放置されたホットスタンプ成形品の引張強度が1600MPaを超え、均一伸びがEl1(%)であって、拡散性水素量が0.5±0.1重量ppmとなるように水素チャージされたホットスタンプ成形品の引張試験片を用いて測定された全伸びがEl2(%)であるとき、(El2/El1)×100≧100(%)を満足する。
【0059】
第2実施形態に係るホットスタンプ成形品の化学組成は、第1実施形態に係るホットスタンプ成形品と同様である。
【0060】
第2実施形態に係るホットスタンプ成形品は、第1実施形態に係るホットスタンプ成形品と同様に、20~30℃の室温にて48時間以上大気中で放置されたホットスタンプ成形品の、引張試験片を用いて測定された、引張強度が1600MPaを超え、均一伸びがEl1(%)である。
【0061】
また、第2実施形態に係るホットスタンプ成形品は、拡散性水素量が0.5±0.1重量ppmとなるように水素チャージされたホットスタンプ成形品の引張試験片を用いて測定された全伸びがEl2(%)であるとき、(El2/El1)×100≧100(%)を満足する。
【0062】
引張試験片の内部にCaO-Al2O3を含有する粗大な介在物が存在すると、水素が作用して水素脆化を引き起こす。水素脆化の生じた引張試験片で引張試験を行った場合、引張試験片は十分に塑性変形せず、本来の引張強度に到達する前に脆性破断してしまう。その結果、伸びが小さい数値となる。
本来の引張特性(引張強度及び伸び)は、水素を放出した状態の引張試験片を用いて引張試験を行うことにより確認できる。
【0063】
ホットスタンプ成形品の良否を判定するにあたり、伸びの比率、すなわち、(El2/El1)×100が100%以上であれば水素脆化を起こさない。本来ならば、両者の伸びは、同じ均一伸び同士で比較されるべきであるが、水素チャージされた引張試験片は、最大引張荷重に至る前に早期破断してしまう場合が多いため、均一伸びを正確に測定することは難しい。そこで均一伸びに代えて、破断後に測定される全伸び(破断伸び)を計測し、評価する。
このような全伸びによる評価は、均一伸びの場合よりも厳格な評価になる。
【0064】
第2実施形態に係るホットスタンプ成形品において、引張特性は、水素が放出された通常状態のホットスタンプ成形品の引張試験片と、拡散性水素量が0.4~0.6重量ppm(0.5±0.1重量ppm)となるように水素チャージされたホットスタンプ成形品の引張試験片を用いて測定される。
拡散性水素量は、昇温脱離法により測定することができる。
【0065】
[第3実施形態]
第3実施形態に係るホットスタンプ用鋼板は、質量%で
C:0.25%以上0.55%以下、
Si:0.001%以上2.0%以下、
Mn:0.3%以上3.0%以下、
P:0.02%以下、
S:0.003%以下、
Al:0.005%以上1.0%以下、
Cr:0%以上1.0%以下、
Mo:0%以上1.0%以下、
N:0.02%以下、
Ca:0%以上0.0010%以下、
B:0.0005%以上0.01%以下、
Ti:0.005%以上0.5%以下、Nb:0.005%以上0.5%以下、V:0.005%以上0.5%以下、及びZr:0.005%以上0.5%以下、からなる群から選択される1種又は2種以上、及び
Ni+Cu+Sn:0%以上2%以下、を含有し、残部Fe及び不純物からなる化学組成を有するホットスタンプ用鋼板である。
第3実施形態に係るホットスタンプ用鋼板は、前記ホットスタンプ用鋼板を950℃で1分加熱後、平均冷却速度30~100℃/sで200℃以下まで冷却された引張試験片を用いて、20~30℃の室温にて48時間以上大気中で放置された後に測定された引張強度が1600MPaを超え、ホットスタンプ成形品に含まれるCaO-Al2O3を含む介在物の長径が50μm以下である。
【0066】
第3実施形態に係るホットスタンプ用鋼板の化学組成は、第1実施形態に係るホットスタンプ成形品と同様である。
【0067】
第3実施形態に係るホットスタンプ用鋼板は、前記ホットスタンプ用鋼板を950℃で1分加熱後、平均冷却速度30~100℃/sで200℃以下まで冷却された引張試験片を用いて、20~30℃の室温にて48時間以上大気中で放置された後に測定された引張強度が、1600MPaを超える。ホットスタンプ用鋼板をわざわざホットスタンプ成形しなくても、上記の条件で加熱・焼入れを行って引張試験を行えば、ホットスタンプ成形品に加工した際の強度レベル及び耐水素脆化特性を模擬的に予測評価できる。
【0068】
第3実施形態に係るホットスタンプ用鋼板は、第1実施形態に係るホットスタンプ成形品と同様に、ホットスタンプ鋼板に含まれるCaO-Al2O3を含む介在物の長径が50μm以下である。
【0069】
[第4実施形態]
第4実施形態に係るホットスタンプ用鋼板は、質量%で
C:0.25%以上0.55%以下、
Si:0.001%以上2.0%以下、
Mn:0.3%以上3.0%以下、
P:0.02%以下、
S:0.003%以下、
Al:0.005%以上1.0%以下、
Cr:0%以上1.0%以下、
Mo:0%以上1.0%以下、
N:0.02%以下、
Ca:0%以上0.0010%以下、
B:0.0005%以上0.01%以下、
Ti:0.005%以上0.5%以下、Nb:0.005%以上0.5%以下、V:0.005%以上0.5%以下、及びZr:0.005%以上0.5%以下、からなる群から選択される1種又は2種以上、及び
Ni+Cu+Sn:0%以上2%以下、を含有し、残部Fe及び不純物からなる化学組成を有するホットスタンプ用鋼板である。
第4実施形態に係るホットスタンプ用鋼板は、前記ホットスタンプ用鋼板を950℃で1分加熱後、平均冷却速度30~100℃/sで200℃以下まで冷却された引張試験片を用いて、20~30℃の室温にて48時間以上大気中で放置された後に測定された、引張強度が1600MPaを超え、均一伸びがEl3(%)であって、拡散性水素量が0.5±0.1重量ppmとなるように水素チャージされた前記引張試験片を用いて測定された全伸びがEl4(%)であるとき、(El4/El3)×100≧100(%)を満足する。
【0070】
第4実施形態に係るホットスタンプ用鋼板の化学組成は、第1実施形態に係るホットスタンプ成形品と同様である。
【0071】
第4実施形態に係るホットスタンプ用鋼板は、第1実施形態に係るホットスタンプ成形品と同様に、20~30℃の室温にて48時間以上大気中で放置されたホットスタンプ成形品の引張試験片を用いて測定された引張強度が、1600MPaを超え、均一伸びがEl3(%)である。
【0072】
また、第4実施形態に係るホットスタンプ用鋼板は、第2実施形態に係るホットスタンプ成形品と同様に、拡散性水素量が0.5±0.1重量ppmとなるように水素チャージされた前記ホットスタンプ成形品の引張試験片を用いて測定された全伸びがEl4(%)であるとき、(El4/El3)×100≧100(%)を満足する。
【0073】
引張試験片の内部にCaO-Al2O3を含有する粗大な介在物が存在すると、水素が作用して水素脆化を引き起こす。水素脆化の生じた引張試験片で引張試験を行った場合、引張試験片は十分に塑性変形せず、本来の引張強度に到達する前に脆性破断してしまう。その結果、伸びが小さい数値となる。
本来の引張特性(引張強度及び伸び)は、水素を放出した状態の引張試験片を用いて引張試験を行うことにより確認できる。
【0074】
ホットスタンプ用鋼板の良否を判定するにあたり、ホットスタンプ成形に相当する加熱・焼入れ処理を模擬的に行って、水素放出または水素チャージされた引張試験片で引張試験を行う。伸びの比率、すなわち、(El4/El3)×100が100%以上であれば水素脆化を起こさない。
【0075】
本来ならば、両者の伸びは、同じ均一伸び同士で比較されるべきであるが、水素チャージされた引張試験片は、最大引張荷重に至る前に早期破断してしまう場合が多いため、均一伸びを正確に測定することは難しい。そこで均一伸びに代えて、破断後に測定される全伸び(破断伸び)を計測し、評価する。
このような全伸びによる評価は、均一伸びの場合よりも厳格な評価になる。
【0076】
[第5実施形態]
第1実施形態又は第2実施形態に係るホットスタンプ成形品、ならびに第3実施形態又は第4実施形態に係るホットスタンプ用鋼板を製造する方法としては、転炉から出鋼された溶鋼に対して取鍋精錬設備(LF:Ladle Furnace)で取鍋精錬を行い、その後、真空脱ガス装置(DH、RHなど)で真空脱ガス精錬を行い、さらに鋳造する方法が好ましく採用できる。
【0077】
所望の引張強度を有し、水素脆化割れを防止できるホットスタンプ用鋼板及びホットスタンプ成形品を製造するためには、精錬の際に鋼中の非金属介在物を極力低減した高清浄度鋼とすることが求められる。転炉内の溶鋼に酸素が吹き込まれ脱炭精錬が終了した後に、溶鋼中の余分な酸素を除去する目的で、アルミニウム(Al)等の脱酸剤が添加される。この場合、脱酸直後の非金属介在物は基本的にAl2O3である。一方、鋼の特性に悪影響を及ぼす硫黄(S)を除去するためにカルシウム(Ca)又は酸化カルシウム(CaO)等が引き続き添加される。その結果、Ca又はCaOと前記Al2O3が反応して、CaO-Al2O3系介在物となることが知られている。
【0078】
脱硫効果及びCaO-Al2O3系介在物の生成量は、溶鋼中へのCa又はCaOの添加方法によって左右される。転炉操業後の二次精錬において実施されるCa等の添加方法は、主に以下の3種類が例示される。
【0079】
(1)溶鋼中に金属Caを添加する方法
介在物の形態を制御する目的、例えば、硫化物を球状のCaS介在物とする目的で、真空脱ガス装置(DH、RH等)で精錬中の溶鋼に直接、金属Caを添加する方法がある。この場合、CaO-Al2O3系介在物を多量に生成するリスクが、次に記載する方法に比べて高くなる。よって、この方法は好ましく用いることができない。
【0080】
(2)溶鋼中にCaOを主成分とする脱硫剤を吹き込む方法
CaOを主成分とする脱硫剤を溶鋼中に吹き込む場合には、脱硫剤が全てスラグ側に吸収されて溶鋼中から除去されれば、鋼の清浄性が保たれて問題にならない。しかし実際には、脱硫剤が溶鋼中に一部残存して、溶鋼中のAl2O3との合体やAlとの反応により、CaO-Al2O3系介在物が生成する。CaO-Al2O3系介在物を多量に生成するリスクは、上記の金属Ca添加の場合と同等、もしくは少し低い程度となる。よって、この方法も好ましく用いることができない。
【0081】
(3)スラグ中にCaOを含有するフラックスやスラグを添加する方法
LFを用いてスラグ精錬を行う場合は、スラグ組成を制御するために、CaO系フラックスやCaO含有スラグを、溶鋼中ではなくスラグ中に添加する方法がある。スラグ中のCaO濃度(スラグ組成の(CaO(質量%))/(Al2O3(質量%)))が高くなると、脱硫反応が進んで有利になる。一方、CaO濃度が高くなり過ぎると、スラグとメタル(溶鋼)間の反応によって、Ca成分が溶鋼へ少量溶解してCaO-Al2O3系介在物が生成してしまう。
【0082】
上記(3)の方法による場合、スラグ中のCaO濃度(スラグ組成の(CaO(質量%))/(Al2O3(質量%)))を低め(1.0~1.5)に設定することが好ましい。ただし、操業の変動によって粗大なCaO-Al2O3系介在物が生成する可能性がある。
【0083】
そこで、本実施形態に係る方法では、LF処理の前半では滓化性と脱硫反応を考慮して、スラグ組成の(CaO(質量%))/(Al2O3(質量%))を1.0~1.5の範囲に制御し、LF処理の後半ではCaO-Al2O3系介在物の低減を図るために、(CaO(質量%))/(Al2O3(質量%))を0.7~1.1の範囲にすることで、LF処理の後半のCaO濃度をLF処理の前半のCaO濃度よりも低くなるように、制御してもよい。この方法を採用すれば、脱硫とCaO-Al2O3系介在物の低減をバランスよく両立することができる。
【0084】
製造コストを低減させる観点からは、好ましくは、LF処理の前半ではスラグ組成の(CaO(質量%))/(Al2O3(質量%))を1.1超~1.2とし、LF処理の後半ではスラグ組成の(CaO(質量%))/(Al2O3(質量%))を1.0~1.1未満とする。また好ましくは、LF処理の前半ではスラグ組成の(CaO(質量%))/(Al2O3(質量%))を1.0超~1.2とし、LF処理の後半ではスラグ組成の(CaO(質量%))/(Al2O3(質量%))を0.9~1.0未満とする。さらに好ましくは、LF処理の前半ではスラグ組成の(CaO(質量%))/(Al2O3(質量%))を1.2~1.5とし、LF処理の後半ではスラグ組成の(CaO(質量%))/(Al2O3(質量%))を後半0.7~0.9とする。
【0085】
なお、LF処理の前半とは、脱硫期(S濃度が0.003質量%未満になるまで)と定義できる。またLF処理の後半とは、脱硫期の後に続く撹拌期(非金属介在物の浮上除去などの清浄性を向上させる目的)と定義できる。また、CaO濃度(スラグ組成の(CaO(質量%))/(Al2O3(質量%)))は、蛍光X線法で測定することができる。
【0086】
すなわち、第1実施形態又は第2実施形態に係るホットスタンプ成形品、ならびに第3実施形態又は第4実施形態に係るホットスタンプ用鋼板は、LFを用いてスラグ精錬を行い、スラグ組成を制御するために、CaO系フラックスやCaO含有スラグを、溶鋼中ではなくスラグ中に添加し、LF処理の前半ではスラグ組成の(CaO(質量%))/(Al2O3(質量%))を1.0~1.5の範囲に制御し、LF処理の後半ではCaO-Al2O3系介在物の低減を図るために、(CaO(質量%))/(Al2O3(質量%))を0.7~1.1の範囲(好ましくは、LF処理の前半ではスラグ組成の(CaO(質量%))/(Al2O3(質量%))を1.1超~1.2とし、LF処理の後半ではスラグ組成の(CaO(質量%))/(Al2O3(質量%))を1.0~1.1未満または、LF処理の前半ではスラグ組成の(CaO(質量%))/(Al2O3(質量%))を1.0超~1.2とし、LF処理の後半ではスラグ組成の(CaO(質量%))/(Al2O3(質量%))を0.9~1.0未満、さらに好ましくは、LF処理の前半ではスラグ組成の(CaO(質量%))/(Al2O3(質量%))を1.2~1.5とし、LF処理の後半ではスラグ組成の(CaO(質量%))/(Al2O3(質量%))を後半0.7~0.9)に制御することで、所望の特性を得ることができる。
【0087】
二次精錬終了から鋳造開始までの時間は、20~120分の範囲が好ましい。当該時間が120分を超えると介在物の凝集粗大化が著しく進むため、120分以下とすることが好ましい。一方、20分未満で鋳造を開始することは、操業技術的に実施が困難である。
【0088】
本実施形態に係る製造方法では、上記の二次精錬後に、鋳造によりスラブを製造する。鋳造は、一般的に普及している連続鋳造を採用できる。
【0089】
次いで、製造したスラブを1000~1400℃に加熱し、熱間圧延にて仕上温度800~1000℃、巻取温度300~800℃で板厚1.5~6.0mmの熱延鋼板とすることが好ましい。その後に、圧下率30~85%で、冷間圧延又は温間圧延を実施して、圧延鋼板を得ることが好ましい。この圧延鋼板に対して、上述しためっき処理のような表面処理を施してもよい。
【0090】
上記のような手順により、第3実施形態又は第4実施形態に係るホットスタンプ用鋼板を得てもよい。
【0091】
次いで、上記の圧延鋼板又は表面処理が施された鋼板を、Ac3変態温度以上に加熱することが好ましい。加熱条件は、850~1000℃の温度にて10秒~20分の時間保持することが好ましい。
【0092】
次いで、水冷式金型等の冷却機能を有するスタンプ装置(プレス機)にて、成形と同時に焼入れを行い、ホットスタンプ成形品を得ることが好ましい。焼入れ条件は、スタンプ(プレス)をAr3変態温度以上で開始し、金型中で面圧3MPa以上、より好ましくは10MPa以上の荷重を付加して下死点保持を3~30秒行い、冷却完了を温度がマルテンサイト変態完了温度以下まで、好ましくは200℃以下とすることが好ましい。
【実施例】
【0093】
以下に、本発明のホットスタンプ成形品及びホットスタンプ用鋼板について、実施例を示しながら具体的に説明する。以下に示す実施例は、本発明のあくまでも一例にすぎず、本発明のホットスタンプ成形品及びホットスタンプ用鋼板が下記の例に限定されるものではない。
【0094】
[実施例1]
表1に示す鋼種No.1~4の化学成分(質量%、残部がFe及び不純物からなる)において介在物を適正に制御するために、以下の3種類の二次精錬方法A、B及びCを実施してその結果を比較した。
なお、表1又は表3の「-」は、これらの元素の含有量が検出限界未満であったことを意味する。また、精錬方法によって、S:0.0004~0.0015質量%、Ca:0.0001~0.0008質量%の範囲で変化したが、これは、二次精錬方法に由来する変化である。表1のS及びCaについては、二次精錬方法Aによる結果を示している。
【0095】
二次精錬方法Aでは、通電タイプの取鍋精錬装置(LF)を用いて脱硫と介在物組成を各々制御するために処理の前半と後半でスラグの(CaO(質量%)/Al2O3(質量%))を調整することを行った。
二次精錬方法Aでは、まず、スラグ中の(CaO(質量%)/Al2O3(質量%))=1.0~1.5のスラグにより脱硫を行った後、CaO-Al2O3を含有する介在物生成量を抑制するためにスラグ中の(CaO(質量%)/Al2O3(質量%))を0.7~1.1の範囲に制御した。
【0096】
二次精錬方法Bでは、LFを用いて上記と同様のスラグで、一定の(CaO(質量%)/Al2O3(質量%))=1.0~1.5で脱硫を行った。
【0097】
二次精錬方法Cでは、インジェクション方式の取鍋精錬装置によりCaOを主成分とする脱硫剤を不活性ガスとともに溶鋼中に吹き込み、脱硫を行った。このときに使用した脱硫剤の原単位は、2.0~5.0kg/steel-tonである。
【0098】
【0099】
表2に二次精錬の方法を記号A、B及びCで記載する。表2の鋼種No.は、表1の鋼種No.に対応する。
【0100】
【0101】
上記の二次精錬後、連続鋳造により表1示す化学成分(質量%、残部がFe及び不純物からなる)のスラブを製造した。鋳造は、垂直曲型連鋳機(垂直部:2.5m)で鋳造速度1.0~1.2m/minの範囲で鋳造した。また、二次精錬終了から鋳造開始までの時間は、20~120分の範囲とした。
【0102】
製造した各スラブを1050~1350℃に加熱し、熱間圧延にて仕上温度830~900℃、巻取温度450~730℃で板厚3.3mmの熱延鋼板とした。その後に板厚1.6mmに冷間圧延して冷延鋼板を得た。
【0103】
また、実験No.1~9の冷延鋼板については、溶融アルミニウムめっき、又は合金化溶融亜鉛めっきを施した。
表2の「表面処理」の項目において、GAは合金化溶融亜鉛めっきを施した実験例、ALは溶融アルミニウムめっきを施した実験例、CRはめっき処理をしない冷延鋼板のままの実験例をそれぞれ意味する。
【0104】
その後、これらの冷延鋼板、表面処理鋼板を炉加熱によりAc3点以上である950℃のオーステナイト領域に加熱した後、Ac3点以上である900℃から水冷式金型を有するプレス機にて焼入れを行った。焼入れ後の特性評価を目的として、金型の形状は平板状とした。下死点保持時間は10秒間として金型による冷却を行った。冷却後の温度は200℃以下であった。
【0105】
次いで、上記のホットスタンプ法によって成形した成形品から一部分を切り出して引張試験片を作成した。
めっき層を有する供試材の場合は、引張試験片採取の前にめっき層を化学的処理もしくは機械研削により除去した。
【0106】
アルミニウムめっきの場合には20%の苛性ソーダに24時間浸漬し、その後18%の塩酸に鉄の溶解を防止するインヒビター(スギムラ化学工業製ヒビロン)を添加した溶液に3時間浸漬して表面の生成した酸洗残差を除去した。
【0107】
亜鉛めっきの場合には5%の塩酸にFeの溶解を防止するインヒビター(スギムラ化学工業製ヒビロン)を添加した溶液に24時間浸漬してめっきを除去した。機械研削の場合はフライスなどを用いてめっき層を除去した。
【0108】
引張試験片の採取方向は鋼材の圧延方向に対して直角方向とし、形状はJIS5号引張試験片とした。本実施例では平板金型にてホットスタンプ成形したため、JIS5号引張試験片の採取が可能であったが、実際の部品形状では採取できない場合がある。その場合には採取可能な引張試験片形状としてもよい。
【0109】
なお、引張試験片の形状は、可能であればJISやISOに記載の試験片とすることが望ましいものの、その形状が採取できない場合には、規格と異なる形状を用いてもよい。
【0110】
次いで、各試験片について、以下の評価を行った。
(引張強度)
まず、焼入れ後の試験片の引張強度をJIS Z 2241(2011)に準拠した引張試験により求めた。試験片はJIS5号試験片を用い、クロスヘッド変位速度は2mm/分と固定した。他の条件はJIS Z 2241(2011)に記載の方法で行った。この試験を実施する前には20~30℃の室温にて48時間以上大気中で放置して水素を放出させた。引張試験にて引張強度が1600MPa以上得られた場合を合格とした。
【0111】
(水素脆性)
次に水素脆性の評価を行った。
3%の食塩水+チオシアン酸アンモニウム(3g/l)中で、評価対象となる引張試験片を陰極として水素チャージした。その後、電気亜鉛めっきを片面の厚みが10μmとなるように試験片の両面に施して水素の放出を抑制した。水素チャージで導入する水素は拡散性水素量0.5±0.1重量ppmとした。
【0112】
拡散性水素量は昇温脱離法を用いて下記の条件で測定した。なお、めっき層を有する供試材を評価する場合は、前述の方法に従って、引張試験片採取の前にめっき層を化学的処理もしくは機械研削により除去したものを用いる。
【0113】
水素を測定する試料をアセトン中で120秒間超音波洗浄した後、小型加熱炉中に設置した石英管の中に設置して昇温し、Arをキャリアガスとして、ガスクロマトグラフィーにより放出される水素を測定した。
温度上昇率は100℃/時間とし、サンプリングは5分/回行った。この測定で250℃までに放出された累積水素量を拡散性水素とした。この測定は、ジェイ・サイエンス・ラボ製、JTF-20Aを用いて行った。
【0114】
水素チャージを行った引張試験片を引張り速度2mm/minで引張試験を行い、引張強度に達する前に水素脆化により破断が生じるかを確認した。破断が生じなかったサンプルは合格とした。引張試験は5本行い、破断が0本であったものを「合格(○:GOOD)」、一本でも破断が生じたものを「不合格(×:BAD)」とした。
【0115】
破断が生じた場合には、その試験片の破面をSEMにより観察した。破断の起点は楕円状に生じた粒界破面の中心である。楕円状の粒界破面が2か所以上ある場合には介在物の長径が長い方が起点であると判断した。
たとえば、
図2の例では、介在物の長径l
Aが最も長いAの介在物が起点であると判断する。
【0116】
そして、破断の起点に存在する介在物の組成をEDS(Energy Dispersive X-ray Spectroscopy)もしくはEPMAにより分析した。組成にはCa、Al、Oが含まれ、CaO-Al2O3が含まれていることが確認された。ここでCa、Alは重量比で1%以上、Oは5%以上含有していることを確認した。また、その他の元素も確認された。
【0117】
なお、表2又は表4の破断の起点に存在する介在物の組成分析結果では、Ca、Al、又はOが1%以上含まれるものを「○」とし、Ca、Al、又はOが1%未満含まれるか検出できなかったものを「‐」とした。
【0118】
なお、このようなCa、Al、Oの含有量については、破面での析出物組成の観察では、素地の地鉄(鋼マトリックス)の信号が含まれるため、介在物の元素は低めに測定されることが多い。よって、この程度の分析値でも介在物に含有するものと評価することができる。
【0119】
(均一伸び及び全伸び)
JIS Z 2241(2011)に記載の方法にて、各試験片について、均一伸びEl1と水素チャージ後の全伸びEl2とを測定して、El2/El1を求めた。(El2/El1)×100が100%以上であれば水素脆化を起こさないため、これを良好な結果とした。ここで全伸び、均一伸びとは、それぞれJIS Z 2241 (2011)に記載の破断伸びと最大試験力全伸びである。
【0120】
(介在物)
また介在物の長径が50μm超であるかを確認した。
介在物の長径の測定は下記のように行った。まずSEMにより上記のような水素脆化割れの起点となる介在物を確認した。破面に存在する介在物は破壊されて、すべてが残存していない場合が多いことから、介在物の周囲に存在する鉄の凹みを介在物が存在した部位として、その長さ(長径)を測定した。介在物の板厚方向の厚みが小さい場合には、凹み中に介在物が詰まっているところまでを介在物の大きさとして、その長径を測定した。
【0121】
表2又は表4において、介在物の長径が測定できなかったものを「‐」とした。
【0122】
(MnS)
また、MnSの長さは下記の方法で測定した。
鋼材の圧延方向の断面を鏡面研磨して200~500倍の倍率にて金属顕微鏡にて板厚中央部のMnSを観察して、その長さを測定し、一番長いものを記録した。観察は10視野以上行った。板厚中央部は、板厚中心から板厚の1/3の厚みまでの範囲とした。
【0123】
本実施例の化学成分の鋼材では、このような延伸して観察される介在物はMnSである。MnSであることを確認する場合には、SEM-EDSまたはEPMAにて元素分析をしてもよい。MnSの長さは300μmまでを合格とした。本評価でMnSが観察されない場合があり、その場合は長さを0μmと記載した。
【0124】
引張強度、水素チャージ後の引張試験での破断状況、破面の観察での起点となる介在物の組成・長径、MnSの長さを表2に併せて示した。
【0125】
二次精錬方法Bで行われた実験No.2,5,8,11では、水素チャージ後の引張試験にて破断が生じ、破面観察から長径50μm以上のCaO-Al2O3を含む介在物が起点として存在することが確認された。
【0126】
これは、二次精練での通電タイプの取鍋精錬装置(LF)を用いた脱硫の際に、スラグの(CaO(質量%)/Al2O3(質量%))が高いため、微細なCaO-Al2O3を含有する介在物の生成量が多く、鋳造までに凝集粗大化したためであると考えられる。
【0127】
二次精錬方法Cで行われた実験No.3,6,9,12についても水素チャージ後の引張試験にて破断が生じ、破面観察から長径50μm以上のCaO-Al2O3を含む介在物が起点として存在することが確認された。
【0128】
これは、二次精練にてインジェクション方式の取鍋精錬装置にて、鋼中にCaOを含有する脱硫剤を吹き込んでいるため、脱硫剤が溶鋼中に残存し、CaO-Al2O3を含有する介在物が生成したためであると考えられる。
【0129】
二次精錬方法Aで行われた実験No.1,4,7,10については、水素チャージ後の引張試験にて破断が生じず、引張強度、MnSのサイズが本発明の範囲にあり、耐水素脆性に優れたホットスタンプ部品が実現できた。
【0130】
二次精錬方法Aでは、通電タイプの取鍋精錬装置(LF)を用いて、脱硫と介在物組成を各々制御するために処理の前半と後半でスラグの(CaO(質量%)/Al2O3(質量%))を前半よりも後半を低くするように調整した。二次精錬の後半のスラグの(CaO(質量%)/Al2O3(質量%))を低くすることで、微細なCaO-Al2O3を含有する介在物の生成量が抑制され、鋳造までの間に凝集粗大化する介在物の生成を抑制できたと考えられる。
【0131】
[実施例2]
表3に示す化学成分(質量%、残部がFe及び不純物からなる)の鋳片(スラブ)を製造した。
【0132】
【0133】
鋳片の製造工程の二次精錬では、LFを用いてCaO、Al2O3、SiO2、MgOを含有するスラグにより脱硫を行った。
二次精錬の前半では(CaO(質量%)/Al2O3(質量%))を1.0~1.5の範囲で制御して脱硫を効率的に行い、二次精錬の後半では(CaO(質量%)/Al2O3(質量%))を0.7~1.1の範囲に制御した。二次精錬の後半の(CaO(質量%)/Al2O3(質量%))は前半よりも低くなるように調整した。
【0134】
二次精錬後には連続鋳造によりスラブを製造した。鋳造は、垂直曲型連鋳機(垂直部:2.5m)で鋳造速度1.0~1.2m/minの範囲で鋳造した。また、二次精錬終了から鋳造開始までの時間は、20~120分の範囲とした。
【0135】
製造した各スラブを1050~1350℃に加熱し、熱間圧延にて仕上温度830~900℃、巻取温度450~730℃で板厚3.3mmの熱延鋼板とした。その後に板厚1.6mmに冷間圧延して冷延鋼板を得た。
【0136】
また、一部の実験例では、溶融アルミニウムめっき、合金化溶融亜鉛めっき又は溶融亜鉛めっきを施した。
表4の「表面処理」の項目において、GAは合金化溶融亜鉛めっきを施した実験例、GIは溶融亜鉛めっきを施した実験例、ALは溶融アルミニウムめっきを施した実験例、CRはめっき処理をしない冷延鋼板のままの実験例をそれぞれ意味する。
【0137】
その後、それらの冷延鋼板、表面処理鋼板を炉加熱によりAc3点以上である950℃のオーステナイト領域に加熱した後、Ac3点以上である900℃から水冷式金型を有するプレス機にて焼入れを行った。金型の形状は焼入れ後の特性評価を目的として平板状の金型とした。下死点保持時間は10秒間として金型による冷却を行った。冷却後の温度は200℃以下であった。
【0138】
ホットスタンプをした成形品から一部分を切り出して引張試験片を作成した。この方法は実施例1と同様の方法を用いた。その後に実施例1と同様の方法で焼入れ後の引張強度を引張試験により求めた。
【0139】
次に耐水素脆性の評価を実施例1と同様の方法で行った。この評価にて破断が生じた場合には実施例1と同様の方法にて破断の起点となる介在物の組成と長径を測定した。
また、均一伸び及び水素チャージ後の全伸びを実施例1と同様の方法で測定した。またMnSのサイズを実施例1と同様の方法で測定した。引張強度、水素チャージ後の引張試験での破断状況、破面の観察での起点となる介在物の組成・長径、MnSの長さを表4に示した。
【0140】
なお、すべての実施例において、ホットスタンプ用鋼板の化学成分、及び、ホットスタンプ成形品の化学成分は、表1及び表3に示された加工・成形前の化学成分と同じであった。
【0141】
【0142】
以下に表4の結果を説明する。
【0143】
実験No.13はCが制限以下であったため、引張強度が不足した。
【0144】
実験No.17,25は、二次精錬時にはCaO-Al2O3の生成を抑制する方法で製造したものの、比較のためにその後に金属Caを添加した実験例ある。
そのため、実験No.17,25では、粗大なCaO-Al2O3が生成して耐水素脆性が低下した。
【0145】
実験No.29はC量が制限以上であったため、強度が過度に上昇した例である。この条件では引張試験中に引張強度を測定する前に脆性破断が生じた。参考までに、鋼板の断面を鏡面研磨した後にビッカース硬さを測定すると681の値を示した。
またこの材料は過度に強度が上昇したため耐水素脆性も劣位であり、破面に粗大な介在物が見られないにも関わらず、水素脆性特有の粒界破面を呈していた。
【0146】
実験No.33はMn添加量が本発明の規定以下であったために、焼入れ性が不足して引張強度が低下した。
【0147】
実験No.38はS添加量が本発明の規定以上であったため、粗大なMnSが生成したため耐水素脆性が低下して破断した。
実験No.39はP添加量が本発明の規定以上であったため、耐水素脆性が低下して破断した。
【0148】
実験No.40はCrの添加量が本発明の規定以上であったためにホットスタンプ前に存在した鉄炭化物が安定化してホットスタンプの加熱にて十分溶解しなかったことから引張強度が低下した。
【0149】
他の実験例では、本発明の要件を満たし、引張強度が1600MPa以上で耐水素脆性に優れたホットスタンプ成形品の作製を実現できた。
【0150】
[実施例3]
表1に示す鋼種No.1~4の化学成分において介在物を適正に制御するために、実施例1の3種類の二次精錬方法A、B及びCを実施してその結果を比較した。その結果を表5に示す。
【0151】
上記の二次精錬後に連続鋳造によりスラブを製造した。鋳造は、垂直曲型連鋳機(垂直部:2.5m)で鋳造速度1.0~1.2m/minの範囲で鋳造した。また、二次精錬終了から鋳造開始までの時間は、20~120分の範囲とした。
【0152】
製造した各スラブを1050~1350℃に加熱し、熱間圧延にて仕上温度830~900℃、巻取温度450~730℃で板厚3.3mmの熱延鋼板とした。その後に板厚1.6mmに冷間圧延して冷延鋼板を得た。
【0153】
また、実験No.53~61の冷延鋼板については、溶融アルミニウムめっき、又は合金化溶融亜鉛めっきを施した。その後、それらの冷延鋼板、表面処理鋼板を炉加熱によりAc3点以上である950℃のオーステナイト領域に1分加熱した後、平均冷却速度が30~100℃/sになるように焼入れを行った。冷却後の温度は200℃以下であった。このような加熱・焼入れを行うにあたっては、熱サイクル試験機を用いた。
【0154】
次いで、上記の冷延鋼板から一部分を切り出して引張試験片を作成した。
めっき層を有する供試材の場合は、引張試験片採取の前にめっき層を化学的処理もしくは機械研削により除去した。
【0155】
アルミニウムめっきの場合には20%の苛性ソーダに24時間浸漬し、その後18%の塩酸に鉄の溶解を防止するインヒビター(スギムラ化学工業製ヒビロン)を添加した溶液に3時間浸漬して表面の生成した酸洗残差を除去した。
【0156】
亜鉛めっきの場合には5%の塩酸にFeの溶解を防止するインヒビター(スギムラ化学工業製ヒビロン)を添加した溶液に24時間浸漬してめっきを除去した。機械研削の場合はフライスなどを用いてめっき層を除去した。
【0157】
引張試験片の採取方向は鋼材の圧延方向に対して直角方向とし、形状はJIS5号引張試験片とした。
【0158】
なお、引張試験片の形状は、可能であればJISやISOに記載の試験片とすることが望ましいものの、その形状が採取できない場合には、規格と異なる形状を用いてもよい。
【0159】
次いで、各試験片について、実施例1と同様の方法で評価を行った。その結果を表5に示す。
【0160】
【0161】
二次精錬方法Bで行われた実験No.54,57,60,63では、水素チャージ後の引張試験にて破断が生じ、破面観察から長径50μm以上のCaO-Al2O3を含む介在物が起点として存在することが確認された。
【0162】
これは、二次精練での通電タイプの取鍋精錬装置(LF)を用いた脱硫の際に、スラグの(CaO(質量%)/Al2O3(質量%))が高いため、微細なCaO-Al2O3を含有する介在物の生成量が多く、鋳造までに凝集粗大化したためであると考えられる。
【0163】
二次精錬方法Cで行われた実験No.55,58,61,64についても水素チャージ後の引張試験にて破断が生じ、破面観察から長径50μm以上のCaO-Al2O3を含む介在物が起点として存在することが確認された。
【0164】
これは、二次精練にてインジェクション方式の取鍋精錬装置にて、鋼中にCaOを含有する脱硫剤を吹き込んでいるため、脱硫剤が溶鋼中に残存し、CaO-Al2O3を含有する介在物が生成したためであると考えられる。
【0165】
二次精錬方法Aで行われた実験No.53,56,59,62については、水素チャージ後の引張試験にて破断が生じず、引張強度、MnSのサイズが本発明の範囲にあり、耐水素脆性に優れたホットスタンプ部品が実現できた。
【0166】
二次精錬方法Aでは、通電タイプの取鍋精錬装置(LF)を用いて、脱硫と介在物組成を各々制御するために処理の前半と後半でスラグの(CaO(質量%)/Al2O3(質量%))を前半よりも後半を低くするように調整した。二次精錬の後半のスラグの(CaO(質量%)/Al2O3(質量%))を低くすることで、微細なCaO-Al2O3を含有する介在物の生成量が抑制され、鋳造までの間に凝集粗大化する介在物の生成を抑制できたと考えられる。
【0167】
実施例3に示すように、ホットスタンプ用鋼板に関する実験例の結果は、実施例1のホットスタンプ成形品の実験例の結果と同じ傾向を示した。
【0168】
[実施例4]
実施例1の二次精錬方法Aについてさらに詳細に検討するために、LF処理の前半の(CaO(質量%)/Al2O3(質量%))と後半の(CaO(質量%)/Al2O3(質量%))を下記の条件A-1から条件A-3のように変化させて二次精錬を行い、その結果を比較した。
【0169】
条件A-1:LF処理の前半の(CaO(質量%)/Al2O3(質量%))が1.2以上1.5以下、LF処理の後半の(CaO(質量%)/Al2O3(質量%))が0.7以上0.9以下
条件A-2:LF処理の前半の(CaO(質量%)/Al2O3(質量%))が前半1.0超1.2以下、LF処理の後半の(CaO(質量%)/Al2O3(質量%))が0.9以上1.0未満
条件A-3:LF処理の前半の(CaO(質量%)/Al2O3(質量%))が前半1.1超1.2以下、LF処理の後半の(CaO(質量%)/Al2O3(質量%))が1.0以上1.1未満
【0170】
狙いの化学成分は表1に示す鋼種No.1~4としたものの、二次精錬の条件により鋼板の化学成分が変動した。化学成分の実績値を表6に示す。また試験結果を表7に示す。
【0171】
【0172】
上記の二次精錬後に連続鋳造によりスラブを製造した。鋳造は、垂直曲型連鋳機(垂直部:2.5m)で鋳造速度1.0~1.2m/minの範囲で鋳造した。また、二次精錬終了から鋳造開始までの時間は、20~120分の範囲とした。
【0173】
製造した各スラブを1050~1350℃に加熱し、熱間圧延にて仕上温度830~900℃、巻取温度450~730℃で板厚3.3mmの熱延鋼板とした。その後に板厚1.6mmに冷間圧延して冷延鋼板を得た。また、実験No.65~73の冷延鋼板については、溶融アルミニウムめっき、又は合金化溶融亜鉛めっきを施した。
【0174】
その後、それらの冷延鋼板、表面処理鋼板を炉加熱によりAc3点以上である950℃のオーステナイト領域に1分加熱した後、平均冷却速度が30~100℃/sになるように焼入れを行った。冷却後の温度は200℃以下であった。このような加熱・焼入れを行うにあたっては、熱サイクル試験機を用いた。
【0175】
次いで、上記の冷延鋼板から一部分を切り出して引張試験片を作成した。めっき層を有する供試材の場合は、引張試験片採取の前にめっき層を化学的処理もしくは機械研削により除去した。
【0176】
アルミニウムめっきの場合には20%の苛性ソーダに24時間浸漬し、その後18%の塩酸に鉄の溶解を防止するインヒビター(スギムラ化学工業製ヒビロン)を添加した溶液に3時間浸漬して表面の生成した酸洗残差を除去した。
【0177】
亜鉛めっきの場合には5%の塩酸にFeの溶解を防止するインヒビター(スギムラ化学工業製ヒビロン)を添加した溶液に24時間浸漬してめっきを除去した。機械研削の場合はフライスなどを用いてめっき層を除去した。
【0178】
引張試験片の採取方向は鋼材の圧延方向に対して直角方向とし、形状はJIS5号引張試験片とした。
【0179】
なお、引張試験片の形状は、可能であればJISやISOに記載の試験片とすることが望ましいものの、その形状が採取できない場合には、規格と異なる形状を用いてもよい。
【0180】
次いで、各試験片について、実施例1と同様の方法で評価を行った。その結果を表7に示す。
【0181】
【0182】
二次精錬方法A-1で行われた実験No.65,68,71,74については、水素チャージ後の引張試験にて破断が生じず、引張強度、MnSのサイズが本発明の範囲にあり、耐水素脆性に優れたホットスタンプ部品が実現できた。
【0183】
二次精錬方法A-2で行われた実験No.66,69,72,75については、水素チャージ後の引張試験にて破断が生じなかったものの、全伸びが二次精錬方法A-1で行われたものよりも、低い値を示した。
【0184】
二次精錬方法A-3で行われた実験No.67,70,73,76については、水素チャージ後の引張試験にて破断が生じなかったものの、全伸びが二次精錬方法A-1、A-2で行われたものよりも、低い値を示した。
【0185】
上記の結果から、LF処理の前半の(CaO(質量%)/Al2O3(質量%))を後半の(CaO(質量%)/Al2O3(質量%))よりも高く設定しかつ、LF処理の前半の(CaO(質量%)/Al2O3(質量%))と後半の(CaO(質量%)/Al2O3(質量%))を異なる範囲とすることが望ましいことがわかる。
【産業上の利用可能性】
【0186】
本発明によれば、所望の引張強度を保ちながら、水素脆化割れを防止することができるホットスタンプ成形品及びホットスタンプ用鋼板が提供できるため、産業上極めて有用である。