IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 新日鐵住金株式会社の特許一覧

<>
  • 特許-二相ステンレス鋼材 図1
  • 特許-二相ステンレス鋼材 図2
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-10-11
(45)【発行日】2023-10-19
(54)【発明の名称】二相ステンレス鋼材
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20231012BHJP
   C22C 38/58 20060101ALI20231012BHJP
   C22C 38/60 20060101ALI20231012BHJP
   C22C 30/04 20060101ALI20231012BHJP
   C21D 8/02 20060101ALN20231012BHJP
   C21D 8/06 20060101ALN20231012BHJP
   C21D 8/10 20060101ALN20231012BHJP
   C21D 9/08 20060101ALN20231012BHJP
【FI】
C22C38/00 302H
C22C38/58
C22C38/60
C22C30/04
C21D8/02 D
C21D8/06 B
C21D8/10 D
C21D9/08 E
【請求項の数】 5
(21)【出願番号】P 2022107873
(22)【出願日】2022-07-04
【審査請求日】2022-07-04
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001553
【氏名又は名称】アセンド弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】西畑 敏伸
(72)【発明者】
【氏名】岡田 誠也
(72)【発明者】
【氏名】荒井 勇次
【審査官】井上 能宏
(56)【参考文献】
【文献】特開2020-186442(JP,A)
【文献】特許第7173359(JP,B2)
【文献】特開2018-193591(JP,A)
【文献】特開2018-059157(JP,A)
【文献】国際公開第2021/033672(WO,A1)
【文献】特開2016-084522(JP,A)
【文献】特開2019-073789(JP,A)
【文献】特開2021-167445(JP,A)
【文献】特開2021-167446(JP,A)
【文献】特開平05-132741(JP,A)
【文献】国際公開第2012/111536(WO,A1)
【文献】特開2014-043616(JP,A)
【文献】特開2016-003377(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00
C22C 38/58
C21D 8/00
C21D 8/02
C21D 9/08
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、
C:0.030%以下、
Si:1.00%以下、
Mn:0.10~9.00%、
P:0.040%以下、
S:0.0010%以下、
Cr:20.0~32.0%、
Ni:3.5~10.0%、
Mo:0.5~5.0%、
Cu:0.5~6.0%、
V:0.01%以上0.10%未満、
B:0.0010~0.0050%、
N:0.150%未満、及び、
O:0.0001~0.0070%、を含有し、
残部がFe及び不純物からなり、
式(1A)及び(2)を満たす化学組成と、
体積率で30~80%のフェライト、及び、
残部がオーステナイトからなるミクロ組織と、
655MPa以上の降伏強度と、を有する、
二相ステンレス鋼材。
24.0<Cr+3.3×Mo+16×N<35.0 (1A)
(N×S/B)×103<11.5 (2)
ここで、式(1A)及び(2)中の各元素記号には、対応する元素の含有量が質量%で代入される。
【請求項2】
質量%で、
C:0.030%以下、
Si:1.00%以下、
Mn:0.10~9.00%、
P:0.040%以下、
S:0.0010%以下、
Cr:20.0~32.0%、
Ni:3.5~10.0%、
Mo:0.5~5.0%、
Cu:0.5~6.0%、
V:0.01%以上0.10%未満、
B:0.0010~0.0050%、
N:0.150%未満、及び、
O:0.0001~0.0070%、を含有し、さらに、
Nb:0.100%以下、
Al:0.100%以下、
Ta:0.100%以下、
Ti:0.100%以下、
Zr:0.100%以下、
Hf:0.100%以下、
W:0.50%以下、
Co:0.50%以下、
Sn:0.1000%以下、
Sb:0.1000%以下、
Bi:0.1000%以下、
Pb:0.0030%以下、
Ca:0.0050%以下、
Mg:0.1000%以下、及び、
希土類元素:0.1000%以下、からなる群から選択される1種以上を含有し、
残部がFe及び不純物からなり、
式(1B)及び(2)を満たす化学組成と、
体積率で30~80%のフェライト、及び、
残部がオーステナイトからなるミクロ組織と、
655MPa以上の降伏強度と、を有する、
二相ステンレス鋼材。
24.0<Cr+3.3×(Mo+0.5×W)+16×N<35.0 (1B)
(N×S/B)×103<11.5 (2)
ここで、式(1B)及び(2)中の各元素記号には、対応する元素の含有量が質量%で代入される。元素が含有されていない場合、対応する元素記号には「0」が代入される。
【請求項3】
請求項2に記載の二相ステンレス鋼材であって、
前記化学組成は、
Nb:0.100%以下、
Al:0.100%以下、
Ta:0.100%以下、
Ti:0.100%以下、
Zr:0.100%以下、
Hf:0.100%以下、
W:0.50%以下、及び、
Co:0.50%以下、からなる群から選択される1種以上を含有する、
二相ステンレス鋼材。
【請求項4】
請求項2に記載の二相ステンレス鋼材であって、
前記化学組成は、
Sn:0.1000%以下、
Sb:0.1000%以下、
Bi:0.1000%以下、及び、
Pb:0.0030%以下、からなる群から選択される1種以上を含有する、
二相ステンレス鋼材。
【請求項5】
請求項2に記載の二相ステンレス鋼材であって、
前記化学組成は、
Ca:0.0050%以下、
Mg:0.1000%以下、及び、
希土類元素:0.1000%以下、からなる群から選択される1種以上を含有する、
二相ステンレス鋼材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は鋼材に関し、さらに詳しくは、二相ステンレス鋼材に関する。
【背景技術】
【0002】
油井やガス井(以下、油井及びガス井を総称して、単に「油井」という)は、腐食性を有する硫化水素ガス(H2S)や炭酸ガス(CO2)等を含有する腐食環境である。これまでに、このような腐食環境における鋼材の耐食性を向上するには、クロム(Cr)が有効であることが知られている。そのため、腐食環境である油井では、Cr含有量を高めた二相ステンレス鋼材が用いられる場合がある。
【0003】
近年さらに、海面下の深井戸についても、開発が活発になってきている。そのため、二相ステンレス鋼材の高強度化が求められてきている。そこで、特開平5-132741号公報(特許文献1)、国際公開第2012/111536号(特許文献2)、特開2014-043616号公報(特許文献3)、及び、特開2016-3377号公報(特許文献4)では、高強度を有する二相ステンレス鋼材を提案する。
【0004】
特許文献1に開示される二相ステンレス鋼材は、二相ステンレス鋼であり、重量%で、C:0.03%以下、Si:1.0%以下、Mn:1.5%以下、P:0.040%以下、S:0.008%以下、sol.Al:0.040%以下、Ni:5.0~9.0%、Cr:23.0~27.0%、Mo:2.0~4.0%、W:1.5超~5.0%、N:0.24~0.32%、残部がFe及び不可避不純物からなる化学組成を有し、PREW(=Cr+3.3(Mo+0.5W)+16N)が40以上である。この二相ステンレス鋼は、優れた耐食性と高強度とを発揮する、と特許文献1には記載されている。
【0005】
特許文献2に開示される二相ステンレス鋼材は、二相ステンレス鋼であり、質量%で、C:0.030%以下、Si:0.20~1.00%、Mn:8.00%以下、P:0.040%以下、S:0.0100%以下、Cu:2.00超~4.00%以下、Ni:4.00~8.00%、Cr:20.0~30.0%、Mo:0.50~2.00%未満、N:0.100~0.350%、及び、Al:0.040%以下を含有し、残部はFe及び不純物からなる化学組成と、フェライト率が30~70%であり、フェライトの硬さが300Hv10gf以上である組織とを有する。この二相ステンレス鋼材は、高強度及び高靱性を有する、と特許文献2には記載されている。
【0006】
特許文献3に開示される二相ステンレス鋼材は、二相ステンレス鋼であり、質量%で、C:0.03%以下、Si:0.3%以下、Mn:3.0%以下、P:0.040%以下、S:0.008%以下、Cu:0.2~2.0%、Ni:5.0~6.5%、Cr:23.0~27.0%、Mo:2.5~3.5%、W:1.5~4.0%、N:0.24~0.40%、及び、Al:0.03%以下を含有し、残部はFe及び不純物からなり、σ相感受性指数X(=2.2Si+0.5Cu+2.0Ni+Cr+4.2Mo+0.2W)が52.0以下であり、強度指数Y(=Cr+1.5Mo+10N+3.5W)が40.5以上であり、耐孔食性指数PREW(=Cr+3.3(Mo+0.5W)+16N)が40以上である化学組成を有する。鋼の組織は、圧延方向に平行な厚さ方向断面において、表層から1mm深さまでの厚さ方向に平行な直線を引いた時、該直線に交わるフェライト相とオーステナイト相との境界の数が160以上である。この二相ステンレス鋼材は、耐食性を損なうことなく高強度化でき、高加工度の冷間加工を組み合わせることで優れた耐水素脆化特性を発揮する、と特許文献3には記載されている。
【0007】
特許文献4に開示される二相ステンレス鋼材は、二相ステンレス鋼管であり、質量%で、C:0.03%以下、Si:0.2~1%、Mn:0.5~2.0%、P:0.040%以下、S:0.010%以下、Al:0.040%以下、Ni:4~6%未満、Cr:20~25%未満、Mo:2.0~4.0%、N:0.1~0.35%、O:0.003%以下、V:0.05~1.5%、Ca:0.0005~0.02%、及び、B:0.0005~0.02%を含有し、残部はFe及び不純物である化学組成を有し、金属組織が、フェライト相とオーステナイト相の二相組織にて構成され、シグマ相の析出がなく、かつ、面積率で、金属組織に占めるフェライト相の割合が50%以下であり、300mm2視野中に存在する粒径30μm以上の酸化物個数が15個以下である。この二相ステンレス鋼材は、強度、耐孔食性、及び、低温靭性に優れる、と特許文献4には記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】特開平5-132741号公報
【文献】国際公開第2012/111536号
【文献】特開2014-043616号公報
【文献】特開2016-3377号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
ところで、二相ステンレス鋼材では、製造時に熱間圧延や熱間押出等の熱間加工が実施される場合がある。そのため、二相ステンレス鋼材には、高強度に加えて、優れた熱間加工性も求められる。しかしながら、上記特許文献1~4では、熱間加工性について、検討がされていない。
【0010】
本開示の目的は、高強度と、優れた熱間加工性とを有する、二相ステンレス鋼材を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本開示による二相ステンレス鋼材は、
質量%で、
C:0.030%以下、
Si:1.00%以下、
Mn:0.10~9.00%、
P:0.040%以下、
S:0.0010%以下、
Cr:20.0~32.0%、
Ni:3.5~10.0%、
Mo:0.5~5.0%、
Cu:0.5~6.0%、
V:0.01%以上0.10%未満、
B:0.0010~0.0050%、
N:0.150%未満、及び、
O:0.0001~0.0070%、を含有し、
残部がFe及び不純物からなり、
式(1A)及び(2)を満たす化学組成と、
体積率で30~80%のフェライト、及び、
残部がオーステナイトからなるミクロ組織と、
655MPa以上の降伏強度と、を有する。
24.0<Cr+3.3×Mo+16×N<35.0 (1A)
(N×S/B)×103<11.5 (2)
ここで、式(1A)及び(2)中の各元素記号には、対応する元素の含有量が質量%で代入される。
【0012】
本開示による二相ステンレス鋼材は、
質量%で、
C:0.030%以下、
Si:1.00%以下、
Mn:0.10~9.00%、
P:0.040%以下、
S:0.0010%以下、
Cr:20.0~32.0%、
Ni:3.5~10.0%、
Mo:0.5~5.0%、
Cu:0.5~6.0%、
V:0.01%以上0.10%未満、
B:0.0010~0.0050%、
N:0.150%未満、及び、
O:0.0001~0.0070%、を含有し、さらに、
Nb:0.100%以下、
Al:0.100%以下、
Ta:0.100%以下、
Ti:0.100%以下、
Zr:0.100%以下、
Hf:0.100%以下、
W:0.50%以下、
Co:0.50%以下、
Sn:0.1000%以下、
Sb:0.1000%以下、
Bi:0.1000%以下、
Pb:0.0030%以下、
Ca:0.0050%以下、
Mg:0.1000%以下、及び、
希土類元素:0.1000%以下、からなる群から選択される1種以上を含有し、
残部がFe及び不純物からなり、
式(1B)及び(2)を満たす化学組成と、
体積率で30~80%のフェライト、及び、
残部がオーステナイトからなるミクロ組織と、
655MPa以上の降伏強度と、を有する。
24.0<Cr+3.3×(Mo+0.5×W)+16×N<35.0 (1B)
(N×S/B)×103<11.5 (2)
ここで、式(1B)及び(2)中の各元素記号には、対応する元素の含有量が質量%で代入される。元素が含有されていない場合、対応する元素記号には「0」が代入される。
【発明の効果】
【0013】
本開示による二相ステンレス鋼材は、高強度と、優れた熱間加工性とを有する。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1図1は、本実施例におけるFn1(=Cr+3.3×(Mo+0.5×W)+16×N)の値と、二相ステンレス鋼材の熱間加工性の指標である絞り値(%)との関係を示す図である。
図2図2は、本実施例におけるFn2(=(N×S/B)×103)の値と、二相ステンレス鋼材の熱間加工性の指標である絞り値(%)との関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
まず、本発明者らは、高強度として655MPa以上の降伏強度を有する二相ステンレス鋼材を得ることを検討した。つまり本発明者らは、655MPa以上の降伏強度と、優れた熱間加工性とを両立する二相ステンレス鋼材を得る方法について、調査及び検討を行った。その結果、本発明者らは次の知見を得た。
【0016】
本発明者らは、まず、655MPa以上の降伏強度と、優れた熱間加工性とを両立する二相ステンレス鋼材について、化学組成の観点から検討した。本発明者らによる詳細な検討の結果、窒素(N)の含有量を低減することにより、鋼材の熱間加工性が顕著に高まることが明らかになった。これまでに、二相ステンレス鋼材において、Nは、オーステナイトを安定化させる効果、鋼材の耐食性を高める効果、及び、鋼材中に固溶して鋼材の強度を高める効果を有することが知られてきた。そのため、二相ステンレス鋼材ではこれまでに、N含有量をある程度以上に高めてきた。しかしながら、本発明者らの詳細な検討の結果、N含有量を0.150%未満にまで低減すれば、鋼材の熱間加工性が顕著に高まる可能性があることが明らかになった。
【0017】
そこで本発明者らは、N含有量を0.150%未満に低減することを前提に、655MPa以上の降伏強度と、優れた熱間加工性とを両立できる二相ステンレス鋼材について、その化学組成を詳細に検討した。その結果、本発明者らは、質量%で、C:0.030%以下、Si:1.00%以下、Mn:0.10~9.00%、P:0.040%以下、S:0.0010%以下、Cr:20.0~32.0%、Ni:3.5~10.0%、Mo:0.5~5.0%、Cu:0.5~6.0%、V:0.01%以上0.10%未満、B:0.0010~0.0050%、N:0.150%未満、及び、O:0.0001~0.0070%を含有し、残部がFe及び不純物からなり、任意元素を含有する場合はさらに、Feの一部に代えて、Nb:0.100%以下、Al:0.100%以下、Ta:0.100%以下、Ti:0.100%以下、Zr:0.100%以下、Hf:0.100%以下、W:0.50%以下、Co:0.50%以下、Sn:0.1000%以下、Sb:0.1000%以下、Bi:0.1000%以下、Pb:0.0030%以下、Ca:0.0050%以下、Mg:0.1000%以下、及び、希土類元素:0.1000%以下、からなる群から選択される1種以上を含有する二相ステンレス鋼材であれば、655MPa以上の降伏強度と、優れた熱間加工性とを両立できる可能性があると考えた。
【0018】
ここで、上述の化学組成を有する二相ステンレス鋼材のミクロ組織は、フェライト及びオーステナイトからなる。具体的に、上述の化学組成を有する二相ステンレス鋼材のミクロ組織は、体積率が30~80%のフェライト、及び、残部がオーステナイトからなる。なお、本明細書において「フェライト及びオーステナイトからなる」とは、フェライト及びオーステナイト以外の相が、無視できるほど少ないことを意味する。
【0019】
一方、上述の化学組成と、上述のミクロ組織と、655MPa以上の降伏強度とを有する二相ステンレス鋼材であっても、優れた熱間加工性が安定して得られない場合があった。そこで本発明者らは、上述の化学組成と、上述のミクロ組織と、655MPa以上の降伏強度とを有する二相ステンレス鋼材について、熱間加工性を高める方法について、詳細に調査及び検討を行った。その結果、本発明者らは、次の知見を得た。
【0020】
[式(1A)及び(1B)について]
本発明者らの詳細な検討の結果、上述の化学組成と、上述のミクロ組織と、655MPa以上の降伏強度とを有する二相ステンレス鋼材のクロム(Cr)含有量、モリブデン(Mo)含有量、N含有量が、含有される場合タングステン(W)含有量を調整することで、鋼材の熱間加工性が高められることが明らかになった。具体的に、化学組成が必須元素からなる場合、式(1A)を満たし、化学組成が必須元素及び任意元素からなる場合、式(1B)を満たせば、本実施形態のその他の構成を満たすことを条件に、655MPa以上の降伏強度と、優れた熱間加工性とを両立できることが明らかになった。
24.0<Cr+3.3×Mo+16×N<35.0 (1A)
24.0<Cr+3.3×(Mo+0.5×W)+16×N<35.0 (1B)
ここで、式(1A)及び(1B)中の各元素記号には、対応する元素の含有量が質量%で代入される。元素が含有されていない場合、対応する元素記号には「0」が代入される。
【0021】
Fn1=Cr+3.3×(Mo+0.5×W)+16×Nと定義する。上述のとおり、Wが含有されない場合、Fn1中の「W」には「0」が代入される。そこで本明細書では、以下の説明において、式(1A)及び(1B)について、W含有の有無によらず、Fn1を用いて説明する。Fn1は、二相ステンレス鋼材の耐孔食性の指標として知られている。具体的に、上記特許文献1及び3では、Fn1が「PREW」と記載され、Fn1を40以上とすることで、鋼材の耐孔食性が高まることが開示されている(特許文献1の段落[0005]、及び、特許文献3の段落[0038])。なお、耐孔食性とは、孔食及び/又はすきま腐食に対する耐食性を意味する。
【0022】
上記特許文献1及び3に開示されるように、Fn1が大きいほど、耐孔食性が優れると考えられている。一方、本発明者らによる詳細な検討の結果、Fn1を35.0未満にまで低減すれば、本実施形態のその他の構成を満たすことを条件に、二相ステンレス鋼材の熱間加工性が高まることが明らかになった。具体的に、図1は、本実施例におけるFn1の値と、二相ステンレス鋼材の熱間加工性の指標である絞り値(%)との関係を示す図である。図1は、後述する実施例のうち、本実施形態のFn1以外の構成を満たす実施例について、Fn1の値と、絞り値(%)とを用いて作成した。なお、絞り値(%)は、後述の方法で求めた。
【0023】
図1を参照して、本実施形態のその他の構成を満たす二相ステンレス鋼材では、Fn1が35.0未満であれば、絞り値が80%以上となり、優れた熱間加工性を有することが確認できる。また、Fn1が低すぎれば、鋼材の耐孔食性が低下する場合がある。したがって、本実施形態による二相ステンレス鋼材は、本実施形態のその他の構成を満たすことを条件に、Fn1を24.0超~35.0未満とする。
【0024】
[式(2)について]
本発明者らの詳細な検討の結果、Fn1が24.0超~35.0未満を満たす上述の化学組成と、上述のミクロ組織と、655MPa以上の降伏強度とを有する二相ステンレス鋼材について、N含有量、硫黄(S)含有量、ホウ素(B)含有量を調整することで、鋼材の熱間加工性が安定して高められることが明らかになった。具体的に、Fn1が24.0超~35.0未満を満たす上述の化学組成と、上述のミクロ組織とを有する二相ステンレス鋼材では、次の式(2)を満たせば、655MPa以上の降伏強度と、優れた熱間加工性とを安定して両立できることが明らかになった。
(N×S/B)×103<11.5 (2)
ここで、式(2)中の各元素記号には、対応する元素の含有量が質量%で代入される。
【0025】
Fn2=(N×S/B)×103と定義する。Fn2は、上述の化学組成を有する二相ステンレス鋼材の熱間加工性の指標である。本発明者らの詳細な検討の結果、Fn2を11.5未満にまで低減すれば、本実施形態のその他の構成を満たすことを条件に、二相ステンレス鋼材の熱間加工性が顕著に高まることが明らかになった。具体的に、図2は、本実施例におけるFn2の値と、二相ステンレス鋼材の熱間加工性の指標である絞り値(%)との関係を示す図である。図2は、後述する実施例のうち、上述の化学組成と、上述のミクロ組織と、655MPa以上の降伏強度とを有し、Fn1が24.0超~35.0未満を満たす実施例について、Fn2の値と、絞り値(%)とを用いて作成した。なお、絞り値(%)は、後述の方法で求めた。
【0026】
図2を参照して、上述の化学組成と、上述のミクロ組織と、655MPa以上の降伏強度とを有し、Fn1が24.0超~35.0未満を満たす二相ステンレス鋼材では、Fn2が11.5未満であれば、絞り値が80%以上となり、優れた熱間加工性を有することが確認できる。したがって、本実施形態による二相ステンレス鋼材は、上述の化学組成と、上述のミクロ組織と、655MPa以上の降伏強度とを有し、Fn1が24.0超~35.0未満を満たした上でさらに、Fn2を11.5未満とする。その結果、本実施形態による二相ステンレス鋼材は、655MPa以上の高強度と、優れた熱間加工性とを両立することができる。
【0027】
なお、Fn2を11.5未満とすることにより、上述の化学組成と、上述のミクロ組織と、655MPa以上の降伏強度とを有し、Fn1が24.0超~35.0未満を満たす二相ステンレス鋼材の熱間加工性が顕著に高まる理由について、詳細は明らかになっていない。しかしながら、本発明者らは、次のように推察している。二相ステンレス鋼材の熱間加工性が低い場合、フェライトとオーステナイトとの界面(相界面)、及び/又は、各相(フェライト及びオーステナイト)の結晶粒界に割れが発生し、その割れが伝播しやすくなっている可能性が高い。つまり、相界面や、各相の結晶粒界を強化できれば、二相ステンレス鋼材の熱間加工性が高まる可能性がある。ここで、Sは相界面や各相の結晶粒界に偏析して、これらを脆化させて、割れの発生と伝播を促進する可能性がある。また、Bは相界面や各相の結晶粒界に偏析して、これらを強化して、割れの発生と伝播を抑制できる可能性がある。なお、上述のとおり、N含有量を低減すれば、二相ステンレス鋼材の熱間加工性を高められる可能性がある。そのため、N含有量、S含有量、及び、B含有量のバランスを制御することで、二相ステンレス鋼材の熱間加工性を高められるのではないか、と本発明者らは推察している。なお、以後、相界面(フェライトとオーステナイトとの界面)、及び、各相(フェライト及びオーステナイト)の結晶粒界を総称して、「粒界」ともいう。
【0028】
なお、上述のメカニズム以外のメカニズムによって、二相ステンレス鋼材の熱間加工性が高められている可能性もあり得る。しかしながら、上述の化学組成と、上述のミクロ組織と、655MPa以上の降伏強度とを有し、Fn1が24.0超~35.0未満を満たす二相ステンレス鋼材のFn2を11.5未満とすることにより、熱間加工性が顕著に高まる点については、後述の実施例によって証明されている。
【0029】
以上の知見に基づいて完成した本実施形態による二相ステンレス鋼材の要旨は、次のとおりである。
【0030】
[1]
質量%で、
C:0.030%以下、
Si:1.00%以下、
Mn:0.10~9.00%、
P:0.040%以下、
S:0.0010%以下、
Cr:20.0~32.0%、
Ni:3.5~10.0%、
Mo:0.5~5.0%、
Cu:0.5~6.0%、
V:0.01%以上0.10%未満、
B:0.0010~0.0050%、
N:0.150%未満、及び、
O:0.0001~0.0070%、を含有し、
残部がFe及び不純物からなり、
式(1A)及び(2)を満たす化学組成と、
体積率で30~80%のフェライト、及び、
残部がオーステナイトからなるミクロ組織と、
655MPa以上の降伏強度と、を有する、
二相ステンレス鋼材。
24.0<Cr+3.3×Mo+16×N<35.0 (1A)
(N×S/B)×103<11.5 (2)
ここで、式(1A)及び(2)中の各元素記号には、対応する元素の含有量が質量%で代入される。
【0031】
[2]
質量%で、
C:0.030%以下、
Si:1.00%以下、
Mn:0.10~9.00%、
P:0.040%以下、
S:0.0010%以下、
Cr:20.0~32.0%、
Ni:3.5~10.0%、
Mo:0.5~5.0%、
Cu:0.5~6.0%、
V:0.01%以上0.10%未満、
B:0.0010~0.0050%、
N:0.150%未満、及び、
O:0.0001~0.0070%、を含有し、さらに、
Nb:0.100%以下、
Al:0.100%以下、
Ta:0.100%以下、
Ti:0.100%以下、
Zr:0.100%以下、
Hf:0.100%以下、
W:0.50%以下、
Co:0.50%以下、
Sn:0.1000%以下、
Sb:0.1000%以下、
Bi:0.1000%以下、
Pb:0.0030%以下、
Ca:0.0050%以下、
Mg:0.1000%以下、及び、
希土類元素:0.1000%以下、からなる群から選択される1種以上を含有し、
残部がFe及び不純物からなり、
式(1B)及び(2)を満たす化学組成と、
体積率で30~80%のフェライト、及び、
残部がオーステナイトからなるミクロ組織と、
655MPa以上の降伏強度と、を有する、
二相ステンレス鋼材。
24.0<Cr+3.3×(Mo+0.5×W)+16×N<35.0 (1B)
(N×S/B)×103<11.5 (2)
ここで、式(1B)及び(2)中の各元素記号には、対応する元素の含有量が質量%で代入される。元素が含有されていない場合、対応する元素記号には「0」が代入される。
【0032】
[3]
[2]に記載の二相ステンレス鋼材であって、
前記化学組成は、
Nb:0.100%以下、
Al:0.100%以下、
Ta:0.100%以下、
Ti:0.100%以下、
Zr:0.100%以下、
Hf:0.100%以下、
W:0.50%以下、及び、
Co:0.50%以下、からなる群から選択される1種以上を含有する、
二相ステンレス鋼材。
【0033】
[4]
[2]又は[3]に記載の二相ステンレス鋼材であって、
前記化学組成は、
Sn:0.1000%以下、
Sb:0.1000%以下、
Bi:0.1000%以下、及び、
Pb:0.0030%以下、からなる群から選択される1種以上を含有する、
二相ステンレス鋼材。
【0034】
[5]
[2]~[4]のいずれか1項に記載の二相ステンレス鋼材であって、
前記化学組成は、
Ca:0.0050%以下、
Mg:0.1000%以下、及び、
希土類元素:0.1000%以下、からなる群から選択される1種以上を含有する、
二相ステンレス鋼材。
【0035】
本実施形態による二相ステンレス鋼材の形状は特に限定されない。本実施形態による二相ステンレス鋼材は、鋼管であってもよく、丸鋼(中実材)であってもよく、鋼板であってもよい。なお、丸鋼とは、軸方向に垂直な断面が円形状の棒鋼を意味する。また、鋼管は継目無鋼管であってもよく、溶接鋼管であってもよい。
【0036】
以下、本実施形態による二相ステンレス鋼材について詳述する。元素に関する「%」は、特に断りがない限り、質量%を意味する。また、以下の説明では、二相ステンレス鋼材を、単に「鋼材」ともいう。
【0037】
[化学組成]
本実施形態による二相ステンレス鋼の化学組成は、次の元素を含有する。
【0038】
C:0.030%以下
炭素(C)は、不可避に含有される。つまり、C含有量の下限は0%超である。Cは粒界にCr炭化物を形成し、粒界での腐食感受性を高める。そのため、C含有量が高すぎれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、鋼材の耐食性が低下する。したがって、C含有量は0.030%以下である。C含有量の好ましい上限は0.028%であり、さらに好ましくは0.025%である。C含有量はなるべく低い方が好ましい。ただし、C含有量の極端な低減は、製造コストを大幅に高める。したがって、工業生産を考慮した場合、C含有量の好ましい下限は0.001%であり、さらに好ましくは0.002%である。
【0039】
Si:1.00%以下
ケイ素(Si)は、不可避に含有される。つまり、Si含有量の下限は0%超である。Siは、鋼を脱酸する。一方、Si含有量が高すぎれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、鋼材の熱間加工性が低下する。この場合さらに、鋼材の靭性が低下する場合がある。したがって、Si含有量は1.00%以下である。Si含有量の好ましい上限は0.90%であり、さらに好ましくは0.80%である。上記効果をより有効に得るためのSi含有量の好ましい下限は0.12%であり、さらに好ましくは0.15%である。
【0040】
Mn:0.10~9.00%
マンガン(Mn)は、鋼を脱酸し、鋼を脱硫する。Mnはさらに、鋼材の熱間加工性を高める。Mn含有量が低すぎれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、上記効果が十分に得られない。一方、Mn含有量が高すぎれば、Mnは、P及びS等の不純物とともに、粒界に偏析する。この場合、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、鋼材の耐食性が低下する。したがって、Mn含有量は0.10~9.00%である。Mn含有量の好ましい下限は0.30%であり、さらに好ましくは0.50%であり、さらに好ましくは0.70%であり、さらに好ましくは0.90%であり、さらに好ましくは1.00%である。Mn含有量の好ましい上限は8.50%であり、さらに好ましくは7.50%であり、6.50%であり、さらに好ましくは6.20%である。
【0041】
P:0.040%以下
燐(P)は、不可避に含有される不純物である。すなわち、P含有量の下限は0%超である。P含有量が高すぎれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、Pが粒界に偏析して、鋼材の靭性が低下する。したがって、P含有量は0.040%以下である。P含有量の好ましい上限は0.035%であり、さらに好ましくは0.030%である。P含有量はなるべく低い方が好ましい。ただし、P含有量の極端な低減は、製造コストを大幅に高める。したがって、工業生産を考慮した場合、P含有量の好ましい下限は0.001%であり、さらに好ましくは0.003%である。
【0042】
S:0.0010%以下
硫黄(S)は、不可避に含有される不純物である。すなわち、S含有量の下限は0%超である。S含有量が高すぎれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、Sが粒界に偏析して、鋼材の熱間加工性が低下する。この場合さらに、鋼材の靭性が低下する場合がある。したがって、S含有量は0.0010%以下である。S含有量の好ましい上限は0.0009%であり、さらに好ましくは0.0008%であり、さらに好ましくは0.0007%である。S含有量はなるべく低い方が好ましい。ただし、S含有量の極端な低減は、製造コストを大幅に高める。したがって、工業生産を考慮した場合、S含有量の好ましい下限は0.0001%であり、さらに好ましくは0.0002%である。
【0043】
Cr:20.0~32.0%
クロム(Cr)は、鋼材の耐食性を高める。Crはさらに、鋼材中のフェライトの体積率を高める。Cr含有量が低すぎれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、上記効果が十分に得られない。一方、Cr含有量が高すぎれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、σ相に代表される金属間化合物が形成されやすくなり、鋼材の靭性が低下する。シグマ相などの有害な相が析出しやすくなり,靭性低下を招く。したがって、Cr含有量は20.0~32.0%である。Cr含有量の好ましい下限は21.0%であり、さらに好ましくは21.5%であり、さらに好ましくは22.0%である。Cr含有量の好ましい上限は31.0%であり、さらに好ましくは30.0%であり、さらに好ましくは29.0%である。
【0044】
Ni:3.5~10.0%
ニッケル(Ni)は、鋼材中のオーステナイトを安定化させる元素である。すなわち、Niは安定したフェライト及びオーステナイトの二相組織を得るために必要な元素である。Niはさらに、鋼材の耐食性を高める。Ni含有量が低すぎれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、上記効果が十分に得られない。この場合さらに、フェライトの体積率が高くなりすぎる場合がある。一方、Ni含有量が高すぎれば、製造コストを増大させる。したがって、Ni含有量は3.5~10.0%である。Ni含有量の好ましい下限は4.0%であり、さらに好ましくは4.5%であり、さらに好ましくは5.0%である。Ni含有量の好ましい上限は9.0%であり、さらに好ましくは8.5%であり、さらに好ましくは8.0%であり、さらに好ましくは7.5%である。
【0045】
Mo:0.5~5.0%
モリブデン(Mo)は、鋼材の耐食性を高める。Mo含有量が低すぎれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、上記効果が十分に得られない。一方、Mo含有量が高すぎれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、鋼材の熱間加工性が低下する。したがって、Mo含有量は0.5~5.0%である。Mo含有量の好ましい下限は1.0%であり、さらに好ましくは1.2%であり、さらに好ましくは1.5%である。Mo含有量の好ましい上限は4.8%であり、さらに好ましくは4.6%であり、さらに好ましくは4.3%であり、さらに好ましくは4.0%である。
【0046】
Cu:0.5~6.0%
銅(Cu)は、鋼材の耐食性を高める。Cuはさらに、鋼材中に析出して、鋼材の強度を高める。Cu含有量が低すぎれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、上記効果が十分に得られない。一方、Cu含有量が高すぎれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、鋼材の熱間加工性が低下する。したがって、Cu含有量は0.5~6.0%である。Cuはさらに、鋼材中に析出して、鋼材の被削性を高める。上記効果を有効に得るためのCu含有量の好ましい下限は1.3%であり、さらに好ましくは1.5%であり、さらに好ましくは1.7%であり、さらに好ましくは2.0%である。Cu含有量の好ましい上限は5.5%であり、さらに好ましくは5.0%であり、さらに好ましくは4.0%である。
【0047】
V:0.01%以上0.10%未満
バナジウム(V)は、炭窒化物を形成し、鋼材の強度を高める。Vはさらに、高温環境で鋼材に固溶して、鋼材の熱間加工性を高める。V含有量が低すぎれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、上記効果が十分に得られない。一方、V含有量が高すぎれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、鋼材の強度が高くなりすぎ、鋼材の熱間加工性が低下する。したがって、V含有量は0.01%以上0.10%未満である。V含有量の好ましい下限は0.02%であり、さらに好ましくは0.03%であり、さらに好ましくは0.04%である。V含有量の好ましい上限は0.09%であり、さらに好ましくは0.08%であり、さらに好ましくは0.07%である。
【0048】
B:0.0010~0.0050%
ホウ素(B)は、鋼材中の粒界に偏析して、粒界を強化する。その結果、粒界における微小な割れの伝播を抑制し、鋼材の熱間加工性を高める。B含有量が低すぎれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、上記効果が十分に得られない。一方、B含有量が高すぎれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、窒化物(BN)が生成し、鋼材の靭性を低下させる。したがって、B含有量は0.0010~0.0050%である。B含有量の好ましい下限は0.0012%であり、さらに好ましくは0.0015%であり、さらに好ましくは0.0020%であり、さらに好ましくは0.0034%である。B含有量の好ましい上限は0.0045%であり、さらに好ましくは0.0040%である。
【0049】
N:0.150%未満
窒素(N)は、不可避に含有される。すなわち、N含有量の下限は0%超である。Nは、鋼材中のオーステナイトを安定化させる元素である。Nはさらに、鋼材の耐食性を高める。Nはさらに、鋼材中に固溶して、鋼材の強度を高める。一方、N含有量が高すぎれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、鋼材の熱間加工性が低下する。この場合さらに、鋼材の靭性が低下する場合がある。したがって、N含有量は0.150%未満である。N含有量の好ましい上限は0.130%であり、さらに好ましくは0.110%であり、さらに好ましくは0.100%未満であり、さらに好ましくは0.090%であり、さらに好ましくは0.070%であり、さらに好ましくは0.050%である。N含有量の極端な低減は、製造コストを大幅に高める。したがって、工業生産を考慮した場合、N含有量の好ましい下限は0.001%であり、さらに好ましくは0.005%であり、さらに好ましくは0.010%である。
【0050】
O:0.0001~0.0070%、
酸素(O)は、粒界に偏析して、粒界を強化する。O含有量が低すぎれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、上記効果が十分に得られない。一方、O含有量が高すぎれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、かえって鋼材の熱間加工性が低下する。この場合さらに、鋼材の靭性が低下する場合がある。したがって、O含有量は0.0001~0.0070%である。O含有量の好ましい上限は0.0060%であり、さらに好ましくは0.0055%である。O含有量の好ましい下限は0.0002%であり、さらに好ましくは0.0003%であり、さらに好ましくは0.0005%であり、さらに好ましくは0.0010%であり、さらに好ましくは0.0015%であり、さらに好ましくは0.0020%である。
【0051】
本実施形態による二相ステンレス鋼材の化学組成の残部は、Fe及び不純物からなる。ここで、化学組成における不純物とは、二相ステンレス鋼材を工業的に製造する際に、原料としての鉱石、スクラップ、又は、製造環境などから混入されるものであって、意図せずに含有されるものであり、本実施形態による二相ステンレス鋼材に悪影響を与えない範囲で許容されるものを意味する。
【0052】
[任意元素]
本実施形態による二相ステンレス鋼材の化学組成はさらに、Feの一部に代えて、Nb、Al、Ta、Ti、Zr、Hf、W、及び、Coからなる群から選択される1種以上を含有してもよい。これらの元素はいずれも任意元素であり、鋼材の強度を高める。
【0053】
Nb:0.100%以下
ニオブ(Nb)は任意元素であり、含有されなくてもよい。すなわち、Nb含有量は0%であってもよい。含有される場合、Nb含有量の下限は0%超である。Nbは炭窒化物を形成し、鋼材の強度を高める。Nbが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。しかしながら、Nb含有量が高すぎれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、鋼材の強度が高くなりすぎ、鋼材の靭性が低下する。したがって、Nb含有量は0~0.100%であり、含有される場合、0.100%以下である。Nb含有量の好ましい下限は0.001%であり、さらに好ましくは0.003%であり、さらに好ましくは0.005%である。Nb含有量の好ましい上限は0.080%であり、さらに好ましくは0.070%である。
【0054】
Al:0.100%以下
アルミニウム(Al)は任意元素であり、含有されなくてもよい。すなわち、Al含有量は0%であってもよい。含有される場合、Al含有量の下限は0%超である。Alは窒化物を形成し、鋼材の強度を高める。Alが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。しかしながら、Al含有量が高すぎれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、粗大な酸化物系介在物及び/又は窒化物系介在物が形成され、鋼材の熱間加工性が低下する。したがって、Al含有量は0~0.100%であり、含有される場合0.100%以下である。Al含有量の好ましい下限は0.001%であり、さらに好ましくは0.003%であり、さらに好ましくは0.005%であり、さらに好ましくは0.010%である。Al含有量の好ましい上限は0.090%であり、さらに好ましくは0.085%である。なお、本明細書にいうAl含有量は、「酸可溶Al」、つまり、sol.Alの含有量を意味する。
【0055】
Ta:0.100%以下
タンタル(Ta)は任意元素であり、含有されなくてもよい。すなわち、Ta含有量は0%であってもよい。含有される場合、Ta含有量の下限は0%超である。Taは炭窒化物を形成し、鋼材の強度を高める。Taが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。しかしながら、Ta含有量が高すぎれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、鋼材の強度が高くなりすぎ、鋼材の靭性が低下する。したがって、Ta含有量は0~0.100%であり、含有される場合0.100%以下である。Ta含有量の好ましい下限は0.001%であり、さらに好ましくは0.002%であり、さらに好ましくは0.003%である。Ta含有量の好ましい上限は0.095%であり、さらに好ましくは0.090%である。
【0056】
Ti:0.100%以下
チタン(Ti)は任意元素であり、含有されなくてもよい。すなわち、Ti含有量は0%であってもよい。含有される場合、Ti含有量の下限は0%超である。Tiは炭窒化物を形成し、鋼材の強度を高める。Tiが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。しかしながら、Ti含有量が高すぎれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、粗大なTi系炭窒化物が形成され、鋼材の熱間加工性が低下する。したがって、Ti含有量は0~0.100%であり、含有される場合0.100%以下である。Ti含有量の好ましい下限は0.001%であり、さらに好ましくは0.002%であり、さらに好ましくは0.003%である。Ti含有量の好ましい上限は0.080%であり、さらに好ましくは0.070%である。
【0057】
Zr:0.100%以下
ジルコニウム(Zr)は任意元素であり、含有されなくてもよい。すなわち、Zr含有量は0%であってもよい。含有される場合、Zr含有量の下限は0%超である。Zrは炭窒化物を形成し、鋼材の強度を高める。Zrが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。しかしながら、Zr含有量が高すぎれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、粗大なZr系炭窒化物が形成され、鋼材の熱間加工性が低下する。したがって、Zr含有量は0~0.100%であり、含有される場合0.100%以下である。Zr含有量の好ましい下限は0.001%であり、さらに好ましくは0.002%であり、さらに好ましくは0.003%である。Zr含有量の好ましい上限は0.090%であり、さらに好ましくは0.080%である。
【0058】
Hf:0.100%以下
ハフニウム(Hf)は任意元素であり、含有されなくてもよい。すなわち、Hf含有量は0%であってもよい。含有される場合、Hf含有量の下限は0%超である。Hfは炭窒化物を形成し、鋼材の強度を高める。Hfが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。しかしながら、Hf含有量が高すぎれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、鋼材の強度が高くなりすぎ、鋼材の靭性が低下する。したがって、Hf含有量は0~0.100%であり、含有される場合0.100%以下である。Hf含有量の好ましい下限は0.001%であり、さらに好ましくは0.002%であり、さらに好ましくは0.003%である。Hf含有量の好ましい上限は0.080%であり、さらに好ましくは0.070%である。
【0059】
W:0.50%以下
タングステン(W)は任意元素であり、含有されなくてもよい。すなわち、W含有量は0%であってもよい。含有される場合、W含有量の下限は0%超である。Wは鋼に固溶して、鋼材の強度を高める。Wが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。しかしながら、W含有量が高すぎれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、鋼材の強度が高くなりすぎ、鋼材の靭性が低下する。したがって、W含有量は0~0.50%であり、含有される場合0.50%以下である。W含有量の好ましい下限は0.01%であり、さらに好ましくは0.02%であり、さらに好ましくは0.03%であり、さらに好ましくは0.05%である。W含有量の好ましい上限は0.40%であり、さらに好ましくは0.30%であり、さらに好ましくは0.20%であり、さらに好ましくは0.15%である。
【0060】
Co:0.50%以下
コバルト(Co)は任意元素であり、含有されなくてもよい。すなわち、Co含有量は0%であってもよい。含有される場合、Co含有量の下限は0%超である。Coは鋼材の表面に被膜を形成して、鋼材の耐食性を高める。Coはさらに、鋼材の焼入性を高め、鋼材の強度を安定化する。Coが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。しかしながら、Co含有量が高すぎれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、製造コストが極端に高まる。したがって、Co含有量は0~0.50%であり、含有される場合0.50%以下である。Co含有量の好ましい下限は0.01%であり、さらに好ましくは0.03%であり、さらに好ましくは0.05%であり、さらに好ましくは0.10%である。Co含有量の好ましい上限は0.45%であり、さらに好ましくは0.43%であり、さらに好ましくは0.40%である。
【0061】
本実施形態による二相ステンレス鋼材の化学組成はさらに、Feの一部に代えて、Sn、Sb、Bi、及び、Pbからなる群から選択される1種以上を含有してもよい。これらの元素はいずれも任意元素であり、鋼材の耐食性を高める。
【0062】
Sn:0.1000%以下
スズ(Sn)は任意元素であり、含有されなくてもよい。すなわち、Sn含有量は0%であってもよい。含有される場合、Sn含有量の下限は0%超である。Snは鋼材の耐食性を高める。Snが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。しかしながら、Sn含有量が高すぎれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、製造コストが極端に高まる。したがって、Sn含有量は0~0.1000%であり、含有される場合0.1000%以下である。Sn含有量の好ましい下限は0.0001%であり、さらに好ましくは0.0002%であり、さらに好ましくは0.0003%である。Sn含有量の好ましい上限は0.0500%であり、さらに好ましくは0.0300%である。
【0063】
Sb:0.1000%以下
アンチモン(Sb)は任意元素であり、含有されなくてもよい。すなわち、Sb含有量は0%であってもよい。含有される場合、Sb含有量の下限は0%超である。Sbは鋼材の耐食性を高める。Sbが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。しかしながら、Sb含有量が高すぎれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、製造コストが極端に高まる。したがって、Sb含有量は0~0.1000%であり、含有される場合0.1000%以下である。Sb含有量の好ましい下限は0.0001%であり、さらに好ましくは0.0002%であり、さらに好ましくは0.0003%である。Sb含有量の好ましい上限は0.0500%であり、さらに好ましくは0.0300%である。
【0064】
Bi:0.1000%以下
ビスマス(Bi)は任意元素であり、含有されなくてもよい。すなわち、Bi含有量は0%であってもよい。含有される場合、Bi含有量の下限は0%超である。Biは鋼材の耐食性を高める。Biが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。しかしながら、Bi含有量が高すぎれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、製造コストが極端に高まる。したがって、Bi含有量は0~0.1000%であり、含有される場合0.1000%以下である。Bi含有量の好ましい下限は0.0001%であり、さらに好ましくは0.0005%であり、さらに好ましくは0.0010%である。Bi含有量の好ましい上限は0.0500%であり、さらに好ましくは0.0300%である。
【0065】
Pb:0.0030%以下
鉛(Pb)は任意元素であり、含有されなくてもよい。すなわち、Pb含有量は0%であってもよい。含有される場合、Pb含有量の下限は0%超である。Pbは鋼材の耐食性を高める。Pbが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。しかしながら、Pb含有量が高すぎれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、製造コストが高まる。したがって、Pb含有量は0~0.0030%であり、含有される場合0.0030%以下である。Pb含有量の好ましい下限は0.0001%であり、さらに好ましくは0.0003%であり、さらに好ましくは0.0005%である。Pb含有量の好ましい上限は0.0025%であり、さらに好ましくは0.0020%である。
【0066】
本実施形態による二相ステンレス鋼材の化学組成はさらに、Feの一部に代えて、Ca、Mg、及び、希土類元素(REM)からなる群から選択される1種以上を含有してもよい。これらの元素はいずれも任意元素であり、鋼材の熱間加工性を高める。
【0067】
Ca:0.0050%以下
カルシウム(Ca)は任意元素であり、含有されなくてもよい。すなわち、Ca含有量は0%であってもよい。含有される場合、Ca含有量の下限は0%超である。Caは鋼材中のOやSを固定することで無害化し、粒界を強化する。その結果、鋼材の熱間加工性が高まる。Ca含有量が低すぎれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、上記効果が十分に得られない。一方、Ca含有量が高すぎれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、鋼材中の酸化物が粗大化して、鋼材の熱間加工性がかえって低下する。この場合さらに、鋼材の靭性が低下する。したがって、Ca含有量は0~0.0050%であり、含有される場合0.0050%以下である。Ca含有量の好ましい下限は0.0001%であり、さらに好ましくは0.0003%であり、さらに好ましくは0.0005%であり、さらに好ましくは0.0010%である。Ca含有量の好ましい上限は0.0045%であり、さらに好ましくは0.0040%である。
【0068】
Mg:0.1000%以下
マグネシウム(Mg)は任意元素であり、含有されなくてもよい。すなわち、Mg含有量は0%であってもよい。含有される場合、Mg含有量の下限は0%超である。Mgは鋼材中のSを硫化物として固定することで無害化し、粒界を強化する。その結果、鋼材の熱間加工性が高まる。Mgが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。しかしながら、Mg含有量が高すぎれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、鋼材中の酸化物が粗大化して、鋼材の熱間加工性がかえって低下する。この場合さらに、鋼材の靭性が低下する。したがって、含有される場合、Mg含有量は0~0.1000%であり、含有される場合0.1000%以下である。Mg含有量の好ましい下限は0.0001%であり、さらに好ましくは0.0003%であり、さらに好ましくは0.0005%であり、さらに好ましくは0.0010%である。Mg含有量の好ましい上限は0.0500%であり、さらに好ましくは0.0300%である。
【0069】
希土類元素:0.1000%以下
希土類元素(REM)は任意元素であり、含有されなくてもよい。すなわち、REM含有量は0%であってもよい。含有される場合、REM含有量の下限は0%超である。REMは鋼材中のSを硫化物として固定することでSを無害化し、粒界を強化する。その結果、鋼材の熱間加工性が高まる。REMが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。しかしながら、REM含有量が高すぎれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、鋼材中の酸化物が粗大化して、鋼材の熱間加工性がかえって低下する。この場合さらに、鋼材の靭性が低下する。したがって、REM含有量は0~0.1000%であり、含有される場合0.1000%である。REM含有量の好ましい下限は0.0001%であり、さらに好ましくは0.0003%であり、さらに好ましくは0.0005%であり、さらに好ましくは0.0010%である。REM含有量の好ましい上限は0.0900%であり、さらに好ましくは0.0500%であり、さらに好ましくは0.0300%である。
【0070】
なお、本明細書におけるREMとは、原子番号21番のスカンジウム(Sc)、原子番号39番のイットリウム(Y)、及び、ランタノイドである原子番号57番のランタン(La)~原子番号71番のルテチウム(Lu)からなる群から選択される1種以上の元素である。また、本明細書におけるREM含有量とは、これら元素の合計含有量である。
【0071】
[式(1A)及び(1B)について]
本実施形態による二相ステンレス鋼材の化学組成はさらに、必須元素からなる場合、式(1A)を満たし、必須元素及び任意元素からなる場合、式(1B)を満たす。
24.0<Cr+3.3×Mo+16×N<35.0 (1A)
24.0<Cr+3.3×(Mo+0.5×W)+16×N<35.0 (1B)
ここで、式(1A)及び(1B)中の各元素記号には、対応する元素の含有量が質量%で代入される。元素が含有されていない場合、対応する元素記号には「0」が代入される。
【0072】
Fn1(=Cr+3.3×(Mo+0.5×W)+16×N)は、二相ステンレス鋼材の耐孔食性の指標として知られている。一方、本実施形態のその他の構成を満たす二相ステンレス鋼材では、Fn1が35.0未満であれば、絞り値が80%以上となり、優れた熱間加工性を有する。また、Fn1が低すぎれば、鋼材の耐孔食性が低下する場合がある。したがって、本実施形態による二相ステンレス鋼材は、本実施形態のその他の構成を満たすことを条件に、Fn1を24.0超~35.0未満とする。
【0073】
要するに、本実施形態による二相ステンレス鋼材は、上述の化学組成と、上述のミクロ組織と、655MPa以上の降伏強度とを有し、Fn2が11.5未満を満たした上でさらに、Fn1が24.0超~35.0未満である。その結果、本実施形態による二相ステンレス鋼材は、655MPa以上の高強度と、優れた熱間加工性とを両立することができる。Fn1の好ましい下限は24.5であり、さらに好ましくは25.0であり、さらに好ましくは25.5であり、さらに好ましくは26.0である。Fn1の好ましい上限は34.5であり、さらに好ましくは34.0であり、さらに好ましくは33.5であり、さらに好ましくは33.0である。なお、本実施形態においてFn1は、得られた値の小数第二位を四捨五入して用いる。
【0074】
[式(2)について]
本実施形態による二相ステンレス鋼材の化学組成はさらに、次の式(2)を満たす。
(N×S/B)×103<11.5 (2)
ここで、式(2)中の各元素記号には、対応する元素の含有量が質量%で代入される。
【0075】
Fn2(=(N×S/B)×103)は、上述の化学組成を有する二相ステンレス鋼材の熱間加工性の指標である。本実施形態のその他の構成を満たす二相ステンレス鋼材では、Fn2が11.5未満であれば、絞り値が80%以上となり、優れた熱間加工性を有する。したがって、本実施形態による二相ステンレス鋼材は、上述の化学組成と、上述のミクロ組織と、655MPa以上の降伏強度とを有し、Fn1が24.0超~35.0未満を満たした上でさらに、Fn2が11.5未満である。その結果、本実施形態による二相ステンレス鋼材は、655MPa以上の高強度と、優れた熱間加工性とを両立することができる。
【0076】
Fn2の好ましい上限は11.4であり、さらに好ましくは11.0であり、さらに好ましくは10.5であり、さらに好ましくは10.0である。Fn2の下限は特に限定されないが、実質的には0.0である。Fn2の下限は、0.1であってもよく、0.2であってもよい。なお、本実施形態においてFn2は、得られた値の小数第二位を四捨五入して用いる。
【0077】
[ミクロ組織]
本実施形態による二相ステンレス鋼材のミクロ組織は、体積率で30~80%のフェライト、及び、残部がオーステナイトからなる。本明細書において、「フェライト及びオーステナイトからなる」とは、フェライト及びオーステナイト以外の相が無視できるほど少ないことを意味する。たとえば、本実施形態による二相ステンレス鋼材の化学組成において、析出物や介在物の体積率は、フェライト及びオーステナイトの体積率と比較して、無視できるほど小さい。すなわち、本実施形態による二相ステンレス鋼材のミクロ組織には、フェライト及びオーステナイト以外に、析出物や介在物等を微小量含んでもよい。
【0078】
本実施形態による二相ステンレス鋼材のミクロ組織は、フェライトの体積率が30~80%である。フェライトの体積率が低すぎれば、オーステナイトが粗大化し、鋼材の耐食性が低下する場合がある。一方、フェライトの体積率が高すぎれば、所望の機械的特性が得られない場合がある。したがって、本実施形態による二相ステンレス鋼材のミクロ組織において、フェライトの体積率は30~80%である。フェライトの体積率の好ましい下限は32%であり、より好ましくは35%である。フェライトの体積率の好ましい上限は75%であり、より好ましくは70%である。
【0079】
本実施形態において、二相ステンレス鋼材のフェライトの体積率は、JIS G 0555(2020)に準拠した方法で求めることができる。本実施形態による二相ステンレス鋼材から、ミクロ組織観察用の試験片を作製する。鋼材が鋼管の場合、肉厚中央位置から管軸方向5mm、管径方向5mmの観察面を有する試験片を作製する。鋼材が鋼板の場合、板厚中央位置から圧延方向5mm、板厚方向5mmの観察面を有する試験片を作製する。鋼材が丸鋼の場合、R/2位置から軸方向5mm、径方向5mmの観察面を有する試験片を作製する。なお、本明細書において、R/2位置とは、丸鋼の軸方向に垂直な断面において、半径Rの中央位置を意味する。なお、上記観察面が得られれば、試験片の大きさは特に限定されない。
【0080】
作製した試験片の観察面を鏡面研磨する。鏡面研磨された観察面を7%水酸化カリウム腐食液中で電解腐食して、組織現出を行う。組織が現出された観察面を、光学顕微鏡を用いて10視野観察する。視野面積は特に限定されないが、たとえば、1.00mm2(倍率100倍)である。各視野において、コントラストからフェライトを特定する。特定したフェライトの面積率をJIS G 0555(2020)に準拠した点算法で測定する。本実施形態では、得られたフェライトの面積率の10視野における算術平均値を、フェライトの体積率(%)と定義する。なお、フェライトの体積率(%)は、得られた値の小数第一位を四捨五入して用いる。
【0081】
[降伏強度]
本実施形態による二相ステンレス鋼材の降伏強度は、655MPa以上である。本実施形態による二相ステンレス鋼材は、上述の元素含有量を含有し、式(1A)又は(1B)を満たし、かつ、式(2)を満たす化学組成を有し、体積率で30~80%のフェライト及び残部がオーステナイトからなるミクロ組織を有し、655MPa以上の降伏強度を有する。その結果、本実施形態による二相ステンレス鋼材は、高強度と優れた熱間加工性とを両立することができる。
【0082】
本実施形態による二相ステンレス鋼材の降伏強度の好ましい下限は660MPaであり、より好ましくは665MPaであり、さらに好ましくは670MPaである。本実施形態による二相ステンレス鋼材の降伏強度の上限は特に限定されないが、たとえば、862MPaである。
【0083】
本実施形態による二相ステンレス鋼材の降伏強度は、次の方法で求めることができる。まず、本実施形態による二相ステンレス鋼材から、引張試験片を作製する。引張試験片のサイズは特に限定されない。引張試験片はたとえば、平行部径が8.9mm、標点距離が35.6mmの丸棒引張試験片とする。鋼材が鋼管の場合、肉厚中央位置から引張試験片を作製する。この場合、引張試験片の長手方向は、鋼管の管軸方向と平行とする。鋼材が丸鋼の場合、R/2位置から引張試験片を作製する。この場合、引張試験片の長手方向は、丸鋼の軸方向と平行とする。鋼材が鋼板の場合、板厚中央位置から引張試験片を作製する。この場合、引張試験片の長手方向は、鋼板の圧延方向と平行とする。
【0084】
作製した引張試験片を用いて、ASTM E8/E8M(2021)に準拠して、常温(24±3℃)で引張試験を行い、0.2%オフセット耐力(MPa)を求める。求めた0.2%オフセット耐力を降伏強度(MPa)と定義する。なお、降伏強度(MPa)は、得られた値の小数第一位を四捨五入して用いる。
【0085】
[熱間加工性]
本実施形態による二相ステンレス鋼材は、上述の元素含有量を含有し、式(1A)又は(1B)を満たし、かつ、式(2)を満たす化学組成を有し、体積率で30~80%のフェライト及び残部がオーステナイトからなるミクロ組織を有し、655MPa以上の降伏強度を有する。その結果、本実施形態による二相ステンレス鋼材は、高強度と優れた熱間加工性とを両立することができる。本実施形態において、優れた熱間加工性とは、以下のとおりに定義される。
【0086】
具体的に、本実施形態による二相ステンレス鋼材に対して、熱間加工性試験(グリーブル試験)を実施する。具体的に、本実施形態による二相ステンレス鋼材の製造過程で得られる素材から、グリーブル試験用の試験片を作製する。素材は、鋳片又はインゴットでもよく、鋳片は、ビレットでもよく、ブルームでもよく、スラブでもよい。好ましくは、熱間鍛造や分塊圧延が実施された鋳片又はインゴットを用いる。
【0087】
本実施形態において、素材からグリーブル試験用の試験片を作製する位置は、特に限定されないが、凝固時に偏析や欠陥が生じやすい素材の中心部を避けて作製する。試験片は、たとえば、直径10mm、長さ130mmの丸棒試験片である。試験片の長手方向は、素材に対して熱間加工を実施する方向と平行とする。たとえば、素材が丸ビレットであり、熱間加工として穿孔圧延を実施する場合、試験片の長手方向は、丸ビレットの軸方向(圧延方向)と平行とする。
【0088】
グリーブル試験用の試験片を1250℃に加熱して、3分間保持する。その後、試験片を1100℃まで100℃/分で冷却する。1100℃の試験片に対して、歪み速度5/s-1で引張試験を実施する。引張試験は、試験片が破断するまで行う。破断した丸棒試験片の破断面から、絞り値(%)を求める。得られた絞り値が80%以上の場合、二相ステンレス鋼材は優れた熱間加工性を示すと判断する。なお、絞り値(%)は、得られた値の小数第一位を四捨五入して用いる。
【0089】
[形状及び用途]
上述のとおり、本実施形態による二相ステンレス鋼材の形状は特に限定されない。具体的に、本実施形態による二相ステンレス鋼材は、鋼管であってもよく、丸鋼(中実材)であってもよく、鋼板であってもよい。また、鋼管は継目無鋼管であってもよく、溶接鋼管であってもよい。本実施形態による二相ステンレス鋼材は、たとえば、油井用鋼材としての使用に適する。油井用鋼材とは、たとえば、油井管である。油井管は、たとえば、油井又はガス井の掘削、原油又は天然ガスの採取等に用いられるケーシング、チュービング、ドリルパイプ等である。
【0090】
[製造方法]
上述の構成を有する本実施形態による二相ステンレス鋼材の製造方法の一例を説明する。なお、本実施形態による二相ステンレス鋼材の製造方法は、以下に説明する製造方法に限定されない。本実施形態の二相ステンレス鋼材の製造方法の一例は、素材準備工程と、熱間加工工程と、溶体化処理工程と、冷間加工工程と、を含む。以下、各製造工程について詳述する。
【0091】
[素材準備工程]
本実施形態による素材準備工程では、上述の化学組成を有する素材を準備する。素材は製造して準備してもよく、第三者から購入することにより準備してもよい。すなわち、素材を準備する方法は特に限定されない。
【0092】
素材を製造する場合、たとえば、次の方法で製造する。上述の化学組成を有する溶鋼を製造する。溶鋼の製造方法は特に限定されず、転炉を用いて製造されてもよく、電炉を用いて製造されてもよく、その他の方法により製造されてもよい。溶鋼を用いて連続鋳造法により鋳片(スラブ、ブルーム、又は、ビレット)を製造する。溶鋼を用いて造塊法により鋼塊(インゴット)を製造してもよい。必要に応じて、スラブ、ブルーム又はインゴットを分塊圧延して、ビレットを製造してもよい。以上の工程により素材を製造する。
【0093】
[熱間加工工程]
本実施形態による熱間加工工程では、上記素材準備工程で準備された素材を熱間加工して、中間鋼材を製造する。本明細書において中間鋼材とは、最終製品が鋼板の場合は板状の鋼材であり、最終製品が鋼管の場合は素管であり、最終製品が棒鋼の場合は棒状の鋼材であり、最終製品が線材の場合は線状の鋼材である。熱間加工は、熱間鍛造であってもよく、熱間押出であってもよく、熱間圧延であってもよい。熱間加工の方法は、特に限定されず、周知の方法でよい。
【0094】
最終製品が継目無鋼管の場合、初めに、素材(ビレット)を加熱炉で加熱する。加熱温度は特に限定されないが、たとえば、1000~1300℃である。加熱炉から抽出されたビレットに対して熱間加工を実施して、素管(継目無鋼管)を製造する。熱間加工の方法は、特に限定されず、周知の方法でよい。たとえば、熱間加工としてマンネスマン方式の穿孔圧延を実施して、素管を製造してもよい。この場合、穿孔機により丸ビレットを穿孔圧延する。穿孔圧延する場合、穿孔比は特に限定されないが、たとえば、1.0~4.0である。穿孔圧延された丸ビレットをさらに、マンドレルミル、レデューサー、サイジングミル等により熱間圧延して素管にする。熱間加工工程での累積の減面率はたとえば、20~70%である。他の熱間加工方法を実施して、ビレットから素管を製造してもよい。たとえば、鋼材がカップリングのように短尺の厚肉鋼管の場合、エルハルト法等の鍛造により素管を製造してもよい。以上の工程により素管が製造される。
【0095】
最終製品が丸鋼の場合、初めに、素材を加熱炉で加熱する。加熱温度は特に限定されないが、たとえば、1000~1300℃である。加熱炉から抽出された素材に対して熱間加工を実施して、軸方向に垂直な断面が円形の中間鋼材を製造する。熱間加工はたとえば、分塊圧延機による分塊圧延、又は、連続圧延機による熱間圧延である。連続圧延機は、上下方向に並んで配置された一対の孔型ロールを有する水平スタンドと、水平方向に並んで配置された一対の孔型ロールを有する垂直スタンドとが交互に配列されている。
【0096】
最終製品が鋼板の場合、初めに、素材を加熱炉で加熱する。加熱温度は特に限定されないが、たとえば、1000~1300℃である。加熱炉から抽出された素材に対して、分塊圧延機、及び、連続圧延機を用いて熱間圧延を実施して、鋼板形状の中間鋼材を製造する。このように、熱間加工工程では、周知の方法により熱間加工を実施して、所望の形状の中間鋼材を製造する。
【0097】
[溶体化処理工程]
溶体化処理工程では、上記熱間加工工程によって製造された中間鋼材に対して、溶体化処理を実施する。溶体化処理の方法は、特に限定されず、周知の方法でよい。たとえば、中間鋼材を熱処理炉に装入し、所望の温度で保持した後、急冷してもよい。なお、中間鋼材を熱処理炉に装入し、所望の温度で保持した後、急冷して溶体化処理を実施する場合、溶体化温度とは、溶体化処理を実施するための熱処理炉の温度(℃)を意味する。この場合さらに、溶体化時間とは、中間鋼材が溶体化温度で保持される時間を意味する。
【0098】
好ましくは、本実施形態の溶体化処理工程における溶体化温度を900~1100℃とする。溶体化温度が低すぎれば、溶体化処理後の中間鋼材に析出物(たとえば、金属間化合物であるσ相等)が残存する場合がある。この場合、製造された二相ステンレス鋼材の耐食性が低下する。溶体化温度が低すぎればさらに、製造された二相ステンレス鋼材において、フェライトの体積率が低くなりすぎる場合がある。一方、溶体化温度が高すぎれば、製造された二相ステンレス鋼材において、フェライトの体積率が高くなりすぎる場合がある。この場合、製造された二相ステンレス鋼材において、所望の機械的特性が得られない。
【0099】
中間鋼材を熱処理炉に装入し、所望の温度で保持した後、急冷して溶体化処理を実施する場合、溶体化時間は特に限定されず、周知の条件で実施すればよい。溶体化時間は、たとえば、5~180分である。急冷方法は、たとえば、水冷である。
【0100】
[冷間加工工程]
冷間加工工程では、上記溶体化処理工程によって溶体化処理が実施された中間鋼材に対して、冷間加工を実施する。冷間加工の方法は、特に限定されず、周知の方法でよい。本明細書において「冷間加工」とは、冷間引抜であってもよく、冷間圧延であってもよい。溶体化処理後の中間鋼材に対して冷間加工を実施することにより、中間鋼材の降伏強度が高まる。
【0101】
冷間加工工程では、式(A)によって定義される断面減少率Rを5~20%とする。
R={(S0-Sf)/S0}×100 (A)
ここで、S0は、冷間加工前の中間鋼材の圧延方向に垂直な断面積であり、Sfは、冷間加工後の中間鋼材の圧延方向に垂直な断面積を意味する。すなわち、式(A)によって定義される冷間加工工程の断面減少率R(%)は、冷間加工によって変化した、中間鋼材の圧延方向に垂直な断面積の比の百分率を意味する。
【0102】
冷間加工工程において、断面減少率Rが小さすぎれば、655MPa以上の降伏強度が得られない場合がある。一方、断面減少率Rが大きすぎれば、設備や製品サイズに制約が生じる場合がある。したがって、本実施形態による冷間加工工程では、断面減少率Rを5~20%とする。断面減少率Rの好ましい上限は18%である。なお、本実施形態による冷間加工工程では、冷間加工の回数は特に限定されない。すなわち、1回の冷間加工により、断面減少率Rを5~20%としてもよく、複数回の冷間加工により、断面減少率Rを5~20%としてもよい。複数回の冷間加工を実施する場合、好ましくは、冷間加工と冷間加工との間に、熱処理等を実施せず、冷間加工を連続して実施する。以上の工程により、本実施形態による二相ステンレス鋼材が製造される。
【0103】
[その他の工程]
本実施形態による二相ステンレス鋼材の製造方法では、以上の工程以外の工程が実施されてもよい。たとえば、溶体化処理工程が実施された中間鋼材に対して、時効熱処理を実施してもよい。たとえばさらに、冷間加工工程が実施された二相ステンレス鋼材に対して、時効熱処理を実施した後、さらに冷間加工を実施してもよい。時効熱処理を実施する場合、時効熱処理の方法は、特に限定されず、周知の方法でよい。たとえば、時効熱処理を実施する鋼材を熱処理炉に装入し、所望の温度で保持してもよい。
【0104】
時効熱処理を実施する場合、好ましい熱処理温度は340~660℃である。時効熱処理を実施する場合さらに、好ましい熱処理時間は20~80分である。なお、この場合、熱処理温度とは、時効熱処理を実施するための熱処理炉の温度(℃)を意味する。この場合さらに、熱処理時間とは、当該鋼材が熱処理温度で保持される時間を意味する。
【0105】
時効熱処理を実施する場合、熱処理温度のさらに好ましい下限は350℃であり、さらに好ましくは380℃である。この場合さらに、熱処理温度のさらに好ましい上限は650℃であり、さらに好ましくは630℃である。時効熱処理を実施する場合、熱処理時間のさらに好ましい下限は25分であり、さらに好ましくは30分である。この場合さらに、熱処理時間のさらに好ましい上限は70分であり、さらに好ましくは60分である。
【0106】
本実施形態による二相ステンレス鋼材の製造方法ではさらに、冷間加工工程が実施された二相ステンレス鋼材に対して、酸洗処理を実施してもよい。この場合、酸洗処理は、周知の方法で実施されればよく、特に限定されない。酸洗処理を実施する場合、製造された二相ステンレス鋼材の表面に不動態皮膜が形成され、二相ステンレス鋼材の耐食性がさらに高まる。
【0107】
以上の工程により、本実施形態による二相ステンレス鋼材が製造できる。なお、上述の二相ステンレス鋼材の製造方法は一例であり、他の方法によって二相ステンレス鋼材が製造されてもよい。以下、実施例によって本発明をさらに詳細に説明する。
【実施例
【0108】
表1-1及び表1-2に示す化学組成を有する溶鋼を、50kgの高周波真空溶解炉を用いて溶製し、造塊法により鋼塊(インゴット)を製造した。インゴットの外径は150mmであった。なお、表1-1及び表1-2中の「-」は、該当する元素の含有量が不純物レベルであったことを意味する。たとえば、鋼記号AのNb含有量、Al含有量、Ta含有量、Ti含有量、Zr含有量、及び、Hf含有量は、小数第四位を四捨五入して、0%であったことを意味する。さらに、鋼記号AのW含有量、及び、Co含有量は、小数第三位を四捨五入して、0%であったことを意味する。さらに、鋼記号AのSn含有量、Sb含有量、Bi含有量、Pb含有量、Ca含有量、Mg含有量、及び、REM含有量は、小数第五位を四捨五入して、0%であったことを意味する。
【0109】
【表1-1】
【0110】
【表1-2】
【0111】
さらに、表1-1及び表1-2に記載の各鋼記号の元素含有量と、上述の定義から求めたFn1及びFn2を表2に示す。
【0112】
【表2】
【0113】
各鋼記号のインゴットに対して、熱間鍛造を実施して、外径75mmとした後、機械加工により外径70mmのビレットを製造した。製造された各試験番号のビレットを1250℃で加熱した後、熱間加工として、マンネスマン方式の穿孔圧延を実施した。このようにして製造された各試験番号の素管に対して、表2に記載の溶体化温度(℃)で、溶体化時間(分)だけ保持した後、急冷する溶体化処理を実施した。溶体化処理が実施された各試験番号の素管に対して、表2に記載の断面減少率Rで、冷間加工を実施した。以上の工程により、各試験番号の二相ステンレス鋼材(継目無鋼管)を得た。
【0114】
得られた各試験番号の継目無鋼管に対して、ミクロ組織観察試験、引張試験、及び、熱間加工性試験を実施した。
【0115】
[ミクロ組織観察試験]
各試験番号の継目無鋼管に対して、JIS G 0555(2020)に準拠した方法でミクロ組織観察を実施して、フェライトの体積率(%)を求めた。具体的に、各試験番号の継目無鋼管の肉厚中央位置から、管軸方向5mm、管径方向5mmの観察面を有するミクロ組織観察用の試験片を作製した。作製した試験片の観察面を鏡面研磨した後、観察面を7%水酸化カリウム腐食液中で電解腐食して、組織現出を行った。組織が現出された観察面を、光学顕微鏡を用いて、倍率100倍として、10視野観察した。コントラストから特定したフェライトの面積率をJIS G 0555(2020)に準拠した点算法で測定した。得られたフェライトの面積率の10視野における算術平均値を、フェライトの体積率(%)と定義した。なお、フェライトの体積率(%)は、得られた値の小数第一位を四捨五入して用いた。得られたフェライトの体積率(%)を、表2に示す。
【0116】
[引張試験]
各試験番号の継目無鋼管に対して、ASTM E8/E8M(2021)に準拠した引張試験を実施して、降伏強度(MPa)を求めた。具体的に、各試験番号の継目無鋼管の肉厚中央位置から、平行部径が8.9mm、標点距離が35.6mmの丸棒引張試験片を作製した。丸棒引張試験片の軸方向は、鋼管の管軸方向と平行であった。作製した丸棒引張試験片を用いて、ASTM E8/E8M(2021)に準拠して、常温(24±3℃)で引張試験を行い、0.2%オフセット耐力(MPa)を求めた。求めた0.2%オフセット耐力を降伏強度(MPa)と定義した。なお、降伏強度(MPa)は、得られた値の小数第一位を四捨五入して用いた。得られた降伏強度を、表2の「YS(MPa)」欄に示す。
【0117】
[熱間加工性試験]
各試験番号のビレットに対して、上述の方法で熱間加工性試験(グリーブル試験)を実施した。なお、上述のとおり、各試験番号のビレットとは、各試験番号の溶鋼から製造されたインゴットに対して熱間鍛造を実施した後、機械加工によって外径70mmとしたビレットを意味する。各試験番号のビレットから、丸棒試験片を作製した。具体的に、各試験番号のビレットについて、熱間圧延が実施される方向(製造された継目無鋼管の圧延方向に相当する)を特定した。さらに、各試験番号のビレットのR/2位置から、丸棒試験片を作製した。なお、丸棒試験片は、直径10mm、長さ130mmとした。丸棒試験片の長手方向は、ビレットに熱間圧延を実施した方向(継目無鋼管の圧延方向)と平行とした。
【0118】
作製した丸棒試験片を1250℃に加熱して、3分間保持した後、試験片を1100℃まで100℃/分で冷却した。1100℃の試験片に対して、歪み速度5/s-1で引張試験を実施して、丸棒試験片を破断させた。破断した丸棒試験片の破断面から、絞り値(%)を求めた。なお、絞り値(%)は、得られた値の小数第一位を四捨五入して用いた。得られた絞り値(%)を、表2に示す。
【0119】
[評価結果]
表1-1、表1-2、及び、表2を参照して、試験番号1~22の継目無鋼管は、元素含有量が適切であり、Fn1が24.0超~35.0未満を満たし、Fn2が11.5未満を満たす化学組成を有していた。これらの継目無鋼管はさらに、製造方法も明細書に記載の好ましい製造方法を満たしていた。その結果、フェライトの体積率が30~80%であり、降伏強度が655MPa以上であった。その結果、絞り値が80%以上となった。すなわち、試験番号1~22の継目無鋼管は、655MPa以上の高い降伏強度と、優れた熱間加工性とを両立していた。
【0120】
一方、試験番号23~25の継目無鋼管は、Fn2が11.5以上であった。その結果、絞り値が80%未満となり、優れた熱間加工性を有していなかった。
【0121】
試験番号26~28の継目無鋼管は、Fn1が35.0以上であった。その結果、絞り値が80%未満となり、優れた熱間加工性を有していなかった。
【0122】
試験番号29及び30の継目無鋼管は、S含有量が高すぎた。その結果、絞り値が80%未満となり、優れた熱間加工性を有していなかった。
【0123】
試験番号31の継目無鋼管は、V含有量が低すぎた。その結果、絞り値が80%未満となり、優れた熱間加工性を有していなかった。
【0124】
試験番号32の継目無鋼管は、V含有量が高すぎた。その結果、絞り値が80%未満となり、優れた熱間加工性を有していなかった。
【0125】
試験番号33の継目無鋼管は、B含有量が低すぎた。その結果、絞り値が80%未満となり、優れた熱間加工性を有していなかった。
【0126】
試験番号34及び35の継目無鋼管は、N含有量が高すぎた。その結果、絞り値が80%未満となり、優れた熱間加工性を有していなかった。
【0127】
試験番号36の継目無鋼管は、Al含有量が高すぎた。その結果、絞り値が80%未満となり、優れた熱間加工性を有していなかった。
【0128】
試験番号37の継目無鋼管は、Ti含有量が高すぎた。その結果、絞り値が80%未満となり、優れた熱間加工性を有していなかった。
【0129】
試験番号38の継目無鋼管は、Zr含有量が高すぎた。その結果、絞り値が80%未満となり、優れた熱間加工性を有していなかった。
【0130】
試験番号39及び40の継目無鋼管は、冷間加工の断面減少率Rが低すぎた。その結果、降伏強度が655MPa未満となり、所望の高強度を有していなかった。
【0131】
以上、本開示の実施の形態を説明した。しかしながら、上述した実施の形態は本開示を実施するための例示に過ぎない。したがって、本開示は上述した実施の形態に限定されることなく、その趣旨を逸脱しない範囲内で上述した実施の形態を適宜変更して実施することができる。
【要約】
【課題】高強度と、優れた熱間加工性とを有する、二相ステンレス鋼材を提供する。
【解決手段】本開示による二相ステンレス鋼材は、質量%で、C:0.030%以下、Si:1.00%以下、Mn:0.10~9.00%、P:0.040%以下、S:0.0010%以下、Cr:20.0~32.0%、Ni:3.5~10.0%、Mo:0.5~5.0%、Cu:0.5~6.0%、V:0.01%以上0.10%未満、B:0.0010~0.0050%、N:0.150%未満、及び、O:0.0001~0.0070%を含有し、残部がFe及び不純物からなり、式(1A)及び(2)を満たす化学組成と、体積率で30~80%のフェライト、及び、残部がオーステナイトからなるミクロ組織と、655MPa以上の降伏強度とを有する。
24.0<Cr+3.3×Mo+16×N<35.0 (1A)
(N×S/B)×103<11.5 (2)
【選択図】図2
図1
図2