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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-10-11
(45)【発行日】2023-10-19
(54)【発明の名称】方向性電磁鋼板の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C21D 8/12 20060101AFI20231012BHJP
   C21D 9/46 20060101ALI20231012BHJP
   C22C 38/00 20060101ALI20231012BHJP
   C22C 38/60 20060101ALI20231012BHJP
   H01F 1/147 20060101ALI20231012BHJP
【FI】
C21D8/12 B
C21D9/46 501A
C22C38/00 303U
C22C38/60
H01F1/147 175
【請求項の数】 11
(21)【出願番号】P 2022532517
(86)(22)【出願日】2021-06-23
(86)【国際出願番号】 JP2021023789
(87)【国際公開番号】W WO2021261518
(87)【国際公開日】2021-12-30
【審査請求日】2022-11-10
(31)【優先権主張番号】P 2020108603
(32)【優先日】2020-06-24
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100099759
【弁理士】
【氏名又は名称】青木 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100123582
【弁理士】
【氏名又は名称】三橋 真二
(74)【代理人】
【識別番号】100187702
【弁理士】
【氏名又は名称】福地 律生
(74)【代理人】
【識別番号】100162204
【弁理士】
【氏名又は名称】齋藤 学
(74)【代理人】
【識別番号】100195213
【弁理士】
【氏名又は名称】木村 健治
(74)【代理人】
【識別番号】100142387
【弁理士】
【氏名又は名称】齋藤 都子
(72)【発明者】
【氏名】片岡 隆史
(72)【発明者】
【氏名】渥美 春彦
(72)【発明者】
【氏名】山縣 龍太郎
(72)【発明者】
【氏名】森重 宣郷
(72)【発明者】
【氏名】竹田 和年
【審査官】鈴木 葉子
(56)【参考文献】
【文献】特開2020-084303(JP,A)
【文献】特開2018-090871(JP,A)
【文献】特開2018-168426(JP,A)
【文献】特開昭56-130475(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2016/0108488(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C21D 8/12, 9/46
C22C 38/00-38/60
H01F 1/12- 1/38, 1/44
C23G 1/00- 5/06
C25F 1/00- 7/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、C:0.02%以上0.10%以下、Si:2.5%以上4.5%以下、Mn:0.01%以上0.30%以下、S及びSeのうち1種又は2種の合計:0.001%以上0.050%以下、酸可溶性Al:0.01%以上0.05%以下、N:0.002%以上0.020%以下、P:0.0400%以下、Cu:0.05%以上0.50%以下を含有し、残部Fe及び不純物からなるスラブ組成を有するスラブを加熱し、熱間圧延を施すことで熱延鋼板を得る熱間圧延工程と、
前記熱延鋼板を酸洗溶液に浸漬することで、又は前記熱延鋼板に熱延板焼鈍を施して熱延焼鈍板を得た後に前記熱延焼鈍板を酸洗溶液に浸漬することで、酸洗板を得る酸洗工程と、
前記酸洗板に冷間圧延を施すことで冷延鋼板を得る冷間圧延工程と、
前記冷延鋼板に一次再結晶焼鈍を施して一次再結晶焼鈍板を得る一次再結晶焼鈍工程と、
前記一次再結晶焼鈍板の表面に、MgOを含む焼鈍分離剤を塗布した後、仕上焼鈍を施して仕上焼鈍板を得る仕上焼鈍工程と、
前記仕上焼鈍板に絶縁被膜を塗布した後、平坦化焼鈍を施す平坦化焼鈍工程と、を含み、
前記酸洗溶液が、Cuを0.0001g/L以上5.00g/L以下含み、
前記冷延鋼板の板厚が0.15mm以上0.23mm以下であり、
前記一次再結晶焼鈍工程が昇温工程と脱炭焼鈍工程とを含み、前記昇温工程における30℃~400℃の温度域の平均昇温速度が50℃/秒超、1000℃/秒以下である、方向性電磁鋼板の製造方法。
【請求項2】
前記酸洗溶液中のCu及びMnの合計含有量が0.01g/L以上5.00g/L以下である、請求項1に記載の方向性電磁鋼板の製造方法。
【請求項3】
前記酸洗工程において、前記酸洗溶液のpHが-1.5以上7.0未満、液温が15℃以上100℃以下であり、前記浸漬を5秒以上200秒以下行う、請求項1又は2に記載の方向性電磁鋼板の製造方法。
【請求項4】
前記酸洗溶液が、Ni:0.01g/L以上、5.00g/L以下を含む、請求項1~3のいずれか一項に記載の方向性電磁鋼板の製造方法。
【請求項5】
前記一次再結晶焼鈍工程の昇温工程において、30℃~800℃の温度域の露点が-50℃~0℃である、請求項1~4のいずれか一項に記載の方向性電磁鋼板の製造方法。
【請求項6】
前記昇温工程における550℃~700℃の温度域の平均昇温速度が100℃/秒以上、3000℃/秒以下である、請求項1~5のいずれか一項に記載の方向性電磁鋼板の製造方法。
【請求項7】
前記昇温工程における700℃~800℃の温度域の平均昇温速度が400℃/秒以上、2500℃/秒以下である、請求項1~6のいずれか一項に記載の方向性電磁鋼板の製造方法。
【請求項8】
前記脱炭焼鈍工程が、温度750℃~900℃、酸素ポテンシャル(PH2O/PH2)0.2~0.6の雰囲気中で実施される均熱処理を含む、請求項1~7のいずれか一項に記載の方向性電磁鋼板の製造方法。
【請求項9】
前記脱炭焼鈍工程が、温度750℃~900℃、酸素ポテンシャル(PH2O/PH2)0.2~0.6の雰囲気中で実施される第一均熱処理と、前記第一均熱処理の後に、温度900℃~1000℃、酸素ポテンシャル(PH2O/PH2)0.2未満の雰囲気中で実施される第二均熱処理とを含む、請求項8に記載の方向性電磁鋼板の製造方法。
【請求項10】
前記冷間圧延工程の後かつ前記仕上焼鈍工程の前に窒化処理を実施する、請求項1~9のいずれか一項に記載の方向性電磁鋼板の製造方法。
【請求項11】
前記スラブ組成が、前記Feの一部に代えて、質量%で、
Sn:0.50%以下、
Cr:0.500%以下、
Bi:0.0200%以下、
Sb:0.500%以下、
Mo:0.500%以下、及び
Ni:0.500%以下
からなる群から選択される1種又は2種以上を含有する、請求項1~10のいずれか一項に記載の方向性電磁鋼板の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、方向性電磁鋼板の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
方向性電磁鋼板は、Siを2質量%~5質量%程度含有し、鋼板の結晶粒の方位をGoss方位と呼ばれる{110}<001>方位に高度に集積させた鋼板である。方向性電磁鋼板は、磁気特性に優れることから、例えば、変圧器等の静止誘導器の鉄心材料等として利用されている。従来、電磁鋼板の磁気特性を向上させるために種々の開発がなされている。特に、近年の省エネルギー化の要請に伴って、方向性電磁鋼板では、さらなる低鉄損化が求められている。方向性電磁鋼板の低鉄損化には、鋼板の結晶粒の方位について、Goss方位への集積度を高めて磁束密度を向上させて、ヒステリシス損失を低減することが有効である。方向性電磁鋼板の製造において、結晶方位の制御は、二次再結晶と呼ばれるカタストロフィックな粒成長現象を利用することで行われる。二次再結晶によって結晶方位を適切に制御するためには、インヒビターと呼ばれる鋼中微細析出物の鋼中での均一な析出と熱的安定性の確保とが重要である。
【0003】
二次再結晶を適切に制御して低鉄損の方向性電磁鋼板を製造する技術が、従来種々提案されている。例えば、特許文献1には、一次再結晶焼鈍の昇温過程におけるヒートパターンを制御することで、コイル全長に亘って低鉄損化された方向性電磁鋼板を製造する技術が記載されている。また、特許文献2には、二次再結晶後の結晶粒の平均粒径、及び理想方位からのずれ角を厳密に制御することで、方向性電磁鋼板の鉄損値を低減する技術が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】国際公開第2014/049770号
【文献】特開平7-268567号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
方向性電磁鋼板の二次再結晶の成否は、脱炭後、仕上焼鈍前の鋼板における、Goss方位の頻度と鋼中析出物(インヒビター)の熱的安定性とのバランスによって決定される。一般的には、一次再結晶焼鈍時の昇温速度を上げると、Goss方位粒の量が増加して磁気特性が改善する。しかし、本発明者らの検討によれば、薄手材(一態様では板厚0.23mm以下のもの)では、厚手材と比べて、昇温速度増大による磁性改善効果が小さい傾向がある。従来、薄手でありながら昇温速度増大による磁性改善効果が良好に発現されており磁気特性に優れる方向性電磁鋼板を製造する方法は提供されていなかった。
【0006】
本発明は、上記の課題を解決し、薄手でありながら磁気特性に優れる方向性電磁鋼板の製造方法の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は以下の態様を包含する。
[1] 質量%で、C:0.02%以上0.10%以下、Si:2.5%以上4.5%以下、Mn:0.01%以上0.30%以下、S及びSeのうち1種又は2種の合計:0.001%以上0.050%以下、酸可溶性Al:0.01%以上0.05%以下、N:0.002%以上0.020%以下、P:0.0400%以下、Cu:0.05%以上0.50%以下を含有し、残部Fe及び不純物からなるスラブ組成を有するスラブを加熱し、熱間圧延を施すことで熱延鋼板を得る熱間圧延工程と、
前記熱延鋼板を酸洗溶液に浸漬することで、又は前記熱延鋼板に熱延板焼鈍を施して熱延焼鈍板を得た後に前記熱延焼鈍板を酸洗溶液に浸漬することで、酸洗板を得る酸洗工程と、
前記酸洗板に冷間圧延を施すことで冷延鋼板を得る冷間圧延工程と、
前記冷延鋼板に一次再結晶焼鈍を施して一次再結晶焼鈍板を得る一次再結晶焼鈍工程と、
前記一次再結晶焼鈍板の表面に、MgOを含む焼鈍分離剤を塗布した後、仕上焼鈍を施して仕上焼鈍板を得る仕上焼鈍工程と、
前記仕上焼鈍板に絶縁被膜を塗布した後、平坦化焼鈍を施す平坦化焼鈍工程と、を含み、
前記酸洗溶液が、Cuを0.0001g/L以上5.00g/L以下含み、
前記冷延鋼板の板厚が0.15mm以上0.23mm以下であり、
前記一次再結晶焼鈍工程が昇温工程と脱炭焼鈍工程とを含み、前記昇温工程における30℃~400℃の温度域の平均昇温速度が50℃/秒超、1000℃/秒以下である、方向性電磁鋼板の製造方法。
[2] 前記酸洗溶液中のCu及びMnの合計含有量が0.01g/L以上5.00g/L以下である、上記[1]に記載の方向性電磁鋼板の製造方法。
[3] 前記酸洗工程において、前記酸洗溶液のpHが-1.5以上7.0未満、液温が15℃以上100℃以下であり、前記浸漬を5秒以上200秒以下行う、上記[1]又は[2]に記載の方向性電磁鋼板の製造方法。
[4] 前記酸洗溶液が、Ni:0.01g/L以上、5.00g/L以下を含む、上記[1]~[3]のいずれかに記載の方向性電磁鋼板の製造方法。
[5] 前記一次再結晶焼鈍工程の昇温工程において、30℃~800℃の温度域の露点が-50℃~0℃である、上記[1]~[4]のいずれかに記載の方向性電磁鋼板の製造方法。
[6] 前記昇温工程における550℃~700℃の温度域の平均昇温速度が100℃/秒以上、3000℃/秒以下である、上記[1]~[5]のいずれかに記載の方向性電磁鋼板の製造方法。
[7] 前記昇温工程における700℃~800℃の温度域の平均昇温速度が400℃/秒以上、2500℃/秒以下である、上記[1]~[6]のいずれかに記載の方向性電磁鋼板の製造方法。
[8] 前記脱炭焼鈍工程が、温度750℃~900℃、酸素ポテンシャル(PH2O/PH2)0.2~0.6の雰囲気中で実施される均熱処理を含む、上記[1]~[7]のいずれかに記載の方向性電磁鋼板の製造方法。
[9] 前記脱炭焼鈍工程が、温度750℃~900℃、酸素ポテンシャル(PH2O/PH2)0.2~0.6の雰囲気中で実施される第一均熱処理と、前記第一均熱処理の後に、温度900℃~1000℃、酸素ポテンシャル(PH2O/PH2)0.2未満の雰囲気中で実施される第二均熱処理とを含む、上記[8]に記載の方向性電磁鋼板の製造方法。
[10] 前記冷間圧延工程の後かつ前記仕上焼鈍工程の前に窒化処理を実施する、上記[1]~[9]のいずれかに記載の方向性電磁鋼板の製造方法。
[11] 前記スラブ組成が、前記Feの一部に代えて、質量%で、
Sn:0.50%以下、
Cr:0.500%以下、
Bi:0.0200%以下、
Sb:0.500%以下、
Mo:0.500%以下、及び
Ni:0.500%以下
からなる群から選択される1種又は2種以上を含有する、上記[1]~[10]のいずれかに記載の方向性電磁鋼板の製造方法。
【発明の効果】
【0008】
本発明の一態様によれば、薄手でありながら磁気特性に優れる方向性電磁鋼板の製造方法が提供され得る。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下、本発明の例示の実施形態を説明するが、本発明は以下の実施形態に限定されるものではない。なお、特に断らない限り、数値A及びBについて「A~B」という表記は「A以上B以下」を意味するものとする。
【0010】
本発明の一態様は、
質量%で、C:0.02%以上0.10%以下、Si:2.5%以上4.5%以下、Mn:0.01%以上0.30%以下、S及びSeのうち1種又は2種の合計:0.001%以上0.050%以下、酸可溶性Al:0.01%以上0.05%以下、N:0.002%以上0.020%以下、P:0.0400%以下、Cu:0.05%以上0.50%以下を含有し、残部Fe及び不純物からなるスラブ組成を有するスラブを加熱し、熱間圧延を施すことで熱延鋼板を得る熱間圧延工程と、
前記熱延鋼板を酸洗溶液に浸漬することで、又は前記熱延鋼板に熱延板焼鈍を施して熱延焼鈍板を得た後に前記熱延焼鈍板を酸洗溶液に浸漬することで、酸洗板を得る酸洗工程と、
前記酸洗板に冷間圧延を施すことで冷延鋼板を得る冷間圧延工程と、
前記冷延鋼板に一次再結晶焼鈍を施して一次再結晶焼鈍板を得る一次再結晶焼鈍工程と、
前記一次再結晶焼鈍板の表面に、MgOを含む焼鈍分離剤を塗布した後、仕上焼鈍を施して仕上焼鈍板を得る仕上焼鈍工程と、
前記仕上焼鈍板に絶縁被膜を塗布した後、平坦化焼鈍を施す平坦化焼鈍工程と、を含む、方向性電磁鋼板の製造方法を提供する。
【0011】
一態様において、酸洗溶液は、Cuを0.0001g/L以上、5.00g/L以下含む。一態様において、酸洗溶液中のCu及びMnの合計含有量は、0.01g/L以上、5.00g/L以下である。
【0012】
仕上焼鈍時にインヒビターとして機能する成分(代表的にはMnS、MnSe及びAlN)を鋼中に存在させる場合、仕上焼鈍時の所定温度までインヒビターを分解させずに保持することが、所望の二次再結晶のために重要である。しかし、本発明者らの検討によれば、仕上焼鈍に供される鋼板の板厚が小さい(すなわち薄手材である)場合、一次再結晶焼鈍時の昇温速度を高くすることによるGoss方位増加効果が小さい傾向がある。理論に拘束されることを望まないが、薄手材においては、その表面積の大きさに起因してインヒビターの分解反応が生じ易く、Goss方位増加効果を十分に享受できない可能性が高い。すなわち薄手材においては、Goss方位増加効果を十分発揮させるには、一次再結晶焼鈍時の昇温速度を高めるだけでは不十分で、インヒビターの安定化対策をする必要がある。例えば、MnSは、MnS→Mn+S の反応により分解されてSがガスとして系外に放出されるため、仕上焼鈍時に、ガス透過性を低減するような制御が必要である。
【0013】
本発明者らは、スラブにCuを0.05%以上含有させ、かつ熱延鋼板又は熱延焼鈍板の酸洗条件を制御することで、本発明の課題である、薄手材の磁気特性(磁束密度及び鉄損)改善を実現した。本発明者らが、熱延板焼鈍後・酸洗後の鋼片を分析したところ、試料表面にてCu又はMn、場合によってはNiの表面偏析層(以下、3d遷移金属偏析層と呼称することがある)が形成されている可能性を見出した。より具体的には、本発明者らが上記鋼片をグロー放電発光分光法(GDS)で分析したところ、試料表面において、上記のような3d遷移金属に由来する発光強度がピークを以って観察されたことから、上記表面偏析層の存在が推認された。なおこの分析において、上記3d遷移金属と結合すると考えられる軽元素、例えば酸素あるいは窒素、の発光ピークは試料表面において確認できなかったことから、上記3d遷移金属は化合物としてではなく、金属単体で偏析していることが推認された。この3d遷移金属偏析層は鋼中に含有されるCuやMn等の3d遷移金属が酸洗中に酸液中に溶け出し、それが何らかの理由で再析出したものと考えられる。鋼板表面の3d遷移金属偏析層が存在する場合、鋼板へのガス透過性が著しく小さくなると考えられる。逆に言えば、鋼中からのガス放出も抑制される。例えば、インヒビターであるMnSはMnS→Mn+Sとして分解し、Sはガスとなって鋼外に放出される。ここで、鋼板表面にガス透過性を小さくする3d遷移金属偏析層が存在する場合、Sのガス化が抑制されることになる(すなわち鋼中の固溶Sの活量が増加する)。Sのガス化が抑制されるということは同時に、上記MnS→Mn+Sの分解反応も抑制されることになり、ひいてはMnSの熱的安定化につながる。
【0014】
酸洗溶液中に含有させる金属成分としては、鋼板表面に析出させ易くかつ環境への負荷が少ない観点から、3d遷移金属(Sc、Ti、V、Cr、Mn、Fe、Co、Ni、Cu、Zn)が有利である。3d遷移金属は特に好ましくはCu、Mn及び/又はNiであるが、3d遷移金属であればMnSの熱的安定化の効果を示し得ることから、3d遷移金属としてはSc、Ti、V、Co、Cr、及びZnも好ましい。したがって、酸洗溶液は、一態様において、Sc、Ti、V、Cu、Mn、Ni、Co、Cr、及びZnからなる群から選択される1種以上の金属を含み、より有利には、Cu、Mn及びNiからなる群から選択される1種以上の金属を含み、更に有利には、Cu及びMnからなる群から選択される1種以上の金属を含み、特に有利には、Cu及び任意にMnを含む。酸洗溶液中の3d遷移金属は、その由来を問わない。すなわち鋼中成分が酸洗溶液に溶け出したものでも良いし、酸洗溶液に意図的に3d遷移金属を含有させてもよい。
【0015】
一態様において、酸洗溶液中のCu含有量は、鋼板表面に良好に析出してインヒビターの分解を抑制する効果を良好に発揮する観点から、0.0001g/L以上である。また、金属成分の過度な析出による一次再結晶時の不都合(脱炭不足、酸化膜形成不足等)を防止する観点から、一態様において5.00g/L以下である。すなわち、酸洗溶液中のCu含有量は、一態様において0.0001g/L以上、5.00g/L以下であり、好ましくは0.005g/L以上、5.00g/L以下、より好ましくは0.01g/L以上、5.00g/L以下、さらに好ましくは0.02g/L以上、4.00g/L以下、さらに好ましくは、0.03g/L以上、2.00g/L以下である。
【0016】
一態様において、酸洗溶液中のCu及びMnの合計含有量は、鋼板表面に良好に析出してインヒビターの分解を抑制する効果を良好に発揮する観点から、好ましくは0.01g/L以上であり、金属成分の過度な析出による一次再結晶時の不都合(脱炭不足、酸化膜形成不足等)を防止する観点から、好ましくは5.00g/L以下である。酸洗溶液中のCu及びMnの合計含有量は、好ましくは0.01g/L以上、5.00g/L以下、より好ましくは0.02g/L以上、4.00g/L以下、さらに好ましくは、0.03g/L以上、2.00g/L以下である。
【0017】
酸洗溶液中のNi含有量は、好ましくは0.01g/L以上、5.00g/L以下、より好ましくは0.02g/L以上、4.00g/L以下、更に好ましくは、0.03g/L以上、2.00g/L以下である。
【0018】
酸洗溶液中の金属成分の量は、ICP-AES(Inductively Coupled Plasma-Atomic Emission Spectrometry)を用いて測定できる。
【0019】
本実施形態の方法によれば厚手材のみならず薄手材においてもインヒビターの熱的安定性を良好にできることから、本実施形態の方法による利点は、薄手材を用いた方向性電磁鋼板の製造において特に顕著である。本実施形態の方法における冷延鋼板の板厚は、一態様において、0.23mm以下、又は0.23mm未満、又は0.22mm以下である。冷延鋼板の板厚は、方向性電磁鋼板の所望の用途に応じ、一態様において、0.15mm以上、又は0.16mm以上、又は0.17mm以上、又は0.18mm以上であり得る。
【0020】
以下、本実施形態に係る方向性電磁鋼板の製造方法について具体的に説明する。
【0021】
[スラブの成分組成]
まず、本実施形態に係る方向性電磁鋼板に用いられるスラブの成分組成について説明する。なお、以下では特に断りのない限り、「%」との表記は「質量%」を表わすものとする。また、以下で説明する元素以外のスラブの残部は、Fe及び不純物である。
【0022】
C(炭素)の含有量は、0.02%以上0.10%以下である。Cには、種々の役割があるが、Cの含有量が0.02%未満である場合、スラブの加熱時に結晶粒径が過度に大きくなることで、最終的な方向性電磁鋼板の鉄損値を増大させるため好ましくない。Cの含有量が0.10%超である場合、冷間圧延後の脱炭時に、脱炭時間が長時間になり、製造コストが増加するため好ましくない。また、Cの含有量が0.10%超である場合、脱炭が不完全になり易く、最終的な方向性電磁鋼板において磁気時効を起こす可能性があるため好ましくない。したがって、Cの含有量は、0.02%以上0.10%以下であり、好ましくは、0.04%以上0.09%以下、より好ましくは、0.05%以上0.09%以下である。
【0023】
Si(ケイ素)の含有量は、2.5%以上4.5%以下である。Siは、鋼板の電気抵抗を高めることで、鉄損の原因の一つである渦電流損失を低減する。Siの含有量が2.5%未満である場合、最終的な方向性電磁鋼板の渦電流損失を十分に抑制することが困難になるため好ましくない。Siの含有量が4.5%超である場合、方向性電磁鋼板の加工性が低下するため好ましくない。したがって、Siの含有量は、2.5%以上4.5%以下であり、好ましくは、2.7%以上4.0%以下、より好ましくは、3.2%以上3.7%以下である。
【0024】
Mn(マンガン)の含有量は、0.01%以上0.30%以下である。Mnは、二次再結晶を左右するインヒビターであるMnS及びMnSe等を形成する。Mnの含有量が0.01%未満である場合、二次再結晶を生じさせるMnS及びMnSeの絶対量が不足するため好ましくない。Mnの含有量が0.30%超である場合、スラブ加熱時にMnの固溶が困難になるため好ましくない。また、Mnの含有量が0.30%超である場合、インヒビターであるMnS及びMnSeの析出サイズが粗大化し易く、インヒビターとしての最適サイズ分布が損なわれるため好ましくない。したがって、Mnの含有量は、0.01%以上0.30%以下であり、好ましくは、0.03%以上0.20%以下、より好ましくは、0.05%以上0.15%以下である。
【0025】
S(硫黄)及びSe(セレン)の含有量は、合計で0.001%以上0.050%以下である。S及びSeは、上述したMnと共にインヒビターを形成する。S及びSeは、2種ともスラブに含有されていてもよいが、少なくともいずれか1種がスラブに含有されていればよい。S及びSeの含有量の合計が上記範囲を外れる場合、十分なインヒビター効果が得られないため好ましくない。したがって、S及びSeの含有量は、合計で0.001%以上0.050%以下であり、好ましくは、0.001%以上0.040%以下、より好ましくは、0.005%以上0.030%以下である。
【0026】
酸可溶性Al(酸可溶性アルミニウム)の含有量は、0.01%以上0.05%以下である。酸可溶性Alは、高磁束密度の方向性電磁鋼板を製造するために必要なインヒビターを構成する。酸可溶性Alの含有量が0.01%未満である場合、インヒビター強度が低いため好ましくない。酸可溶性Alの含有量が0.05%超である場合、インヒビターとして析出するAlNが粗大化し、インヒビター強度を低下させるため好ましくない。したがって、酸可溶性Alの含有量は、0.01%以上0.05%以下であり、好ましくは、0.01%以上0.04%以下であり、より好ましくは、0.01%以上0.03%以下である。
【0027】
N(窒素)の含有量は、0.002%以上0.020%以下である。Nは、上述した酸可溶性Alと共にインヒビターであるAlNを形成する。Nの含有量が上記範囲を外れる場合、十分なインヒビター効果が得られないため好ましくない。したがって、Nの含有量は、0.002%以上0.020%以下であり、好ましくは、0.004%以上0.015%以下、より好ましくは、0.005%以上0.010%以下である。
【0028】
P(リン)の含有量は、0.0400%以下である。下限は0%を含むが、検出限界が0.0001%であるので、実質的な下限値は0.0001%である。Pは一次再結晶焼鈍後の集合組織を磁束密度にとって好ましいものにする。すなわち、磁気特性を改善する元素である。0.0001%未満ではP添加の効果は発揮されない。一方、0.0400%を超えて添加すると、冷間圧延の破断リスクが高まり、通板性が著しく悪化する。P含有量は、好ましくは0.0030%以上、0.0300%以下、より好ましくは0.0060%以上、0.0200%以下である。
【0029】
Cu(銅)の含有量は、0.05%以上0.50%以下である。Cuは、Cu偏析層を形成し、インヒビターの熱的安定化に作用するため、本発明において重要な元素である。Cu偏析層によるインヒビターの熱的安定性強化のためのCu含有量は、0.05%以上必要である。しかし、Cu含有量が0.50%を超える場合、熱間脆性悪化の原因となるため、通板性が著しく悪化する。したがって、Cu含有量は、0.05%以上0.50%以下であり、好ましくは0.07%以上、0.40%以下、より好ましくは0.09%以上、0.30%以下である。
【0030】
また、本実施形態に係る方向性電磁鋼板の製造に用いられるスラブは、上述した元素の他に、磁気特性向上のために、残部Feの一部に代えて、質量%で、Sn:0.50%以下、Cr:0.500%以下、Bi:0.0200%以下、Sb:0.500%以下、Mo:0.500%以下、及びNi:0.500%以下からなる群から選択される1種又は2種以上を含有してもよい。
【0031】
一態様においては、Snの含有量が、好ましくは0.02%以上0.40%以下、より好ましくは0.04%以上0.20%以下であってもよい。
一態様においては、Crの含有量が、好ましくは0.020%以上0.400%以下、より好ましくは0.040%以上0.200%以下であってもよい。
一態様においては、Biの含有量が、0.0005%以上であってよく、好ましくは0.0005%以上0.0150%以下、より好ましくは0.0010%以上0.0100%以下であってもよい。
一態様においては、Sbの含有量が、0.005%以上であってよく、好ましくは0.005%以上0.300%以下、より好ましくは0.005%以上0.200%以下であってもよい。
一態様においては、Moの含有量が、0.005%以上であってよく、好ましくは0.005%以上0.400%以下、より好ましくは0.005%以上0.300%以下であってよい。
一態様においては、Niの含有量が、好ましくは0.010%以上0.200%以下、より好ましくは0.020%以上0.100%以下であってもよい。
【0032】
上記で説明した成分組成に調整された溶鋼を鋳造することで、スラブが形成される。なお、スラブの鋳造方法は、特に限定されない。また、研究開発において、真空溶解炉等で鋼塊が形成されても、上記成分について、スラブが形成された場合と同様の効果が確認できる。以下、スラブから方向性電磁鋼板を製造するための各工程の好適態様について更に説明する。
【0033】
[熱間圧延工程]
本工程では、スラブを加熱して熱間圧延を施すことで熱延鋼板を得る。スラブの加熱温度は、一態様において、スラブ中のインヒビター成分(例えば、MnS、MnSe、AlN等)を固溶させてインヒビターの効果を良好に得る観点から、好ましくは、1280℃以上、又は1300℃以上であってよく、この場合のスラブの加熱温度の上限値は、特に定めないが、設備保護の観点から1450℃が好ましい。スラブの加熱温度は、一態様において、熱延時の、加熱炉負担軽減、スケール生成量低減、インヒビター制御の下工程化等の観点から、好ましくは、1280℃未満、又は1250℃以下であってよい。
【0034】
加熱されたスラブは熱間圧延されて熱延鋼板に加工される。加工後の熱延鋼板の板厚は、鋼板温度が低下し難いことで鋼中のインヒビターの析出等を安定的に制御できる点で、例えば1.8mm以上が好ましく、冷間圧延工程での圧延負荷を低くできる点で、例えば3.5mm以下が好ましい。
【0035】
[酸洗工程]
本工程では、熱延鋼板を酸洗溶液に浸漬することで、又は熱延鋼板に熱延板焼鈍を施して熱延焼鈍板を得た後に熱延焼鈍板を酸洗溶液に浸漬することで、酸洗板を得る。酸洗は、熱間圧延の後、一次再結晶焼鈍の前に、少なくとも一回施される。一態様においては、冷間圧延におけるロール摩耗を軽減する観点から、冷間圧延工程の前に酸洗が施される。
【0036】
酸洗溶液のpHは、一態様において7.0未満である。pHが7.0未満である場合、スケール除去効果が良好であり好ましい。一方、現実に調製できる溶液はpH-1.5以上である。pHは、好ましくは2未満、より好ましくは1未満である。
酸洗溶液が含有する酸成分としては、硫酸、塩酸、硝酸等を例示できる。
【0037】
酸洗溶液の液温は、一態様において15℃以上100℃以下である。酸洗溶液の液温が15℃未満である場合、酸洗によるスケール除去効果が不十分となり好ましくない。酸洗溶液の液温が100℃超である場合、酸洗溶液の取扱いが困難となるので好ましくない。酸洗溶液の液温が15℃以上100℃以下であることは、金属成分を鋼板表面に所望の程度析出させる観点からも有利である。液温は、好ましくは、50℃以上90℃以下、より好ましくは60℃以上90℃以下であってよい。
【0038】
鋼板が酸洗溶液に浸漬される時間は、一態様において5秒以上200秒以下である。鋼板が酸洗溶液に浸漬される時間が5秒未満である場合、酸洗によるスケール除去効果が不十分となり好ましくない。鋼板が酸洗溶液に浸漬される時間が200秒超である場合、設備が長大となるので好ましくない。浸漬時間は、好ましくは、10秒以上150秒以下、より好ましくは20秒以上150秒以下であってよい。
【0039】
[冷間圧延工程]
本工程では、酸洗板を、1回又は2回以上の複数パスの冷間圧延、又は複数パスの間に中間焼鈍を挟むことで冷延鋼板を得る。例えば、冷間圧延をゼンジミアミル等のリバース圧延で行う場合、冷間圧延におけるパス回数は、特に限定されないが、製造コストの観点から、9回以下が好ましい。冷間圧延のパス間、圧延ロールスタンド間、又は圧延中に、鋼板は、300℃程度以下で加熱処理されてもよい。このような加熱は、最終的な方向性電磁鋼板の磁気特性を向上できる点で好ましい。
【0040】
複数パスの間に、1回以上の中間焼鈍を実施しても良い。中間焼鈍の温度は900℃以上1200℃以下としても良い。中間焼鈍の保持時間は特に限定されないが、製造コストの観点からは200秒以下が好ましい。中間焼鈍後に酸洗を実施することが好ましい。
冷間圧延工程における鋼板の累積圧下率(%)は、所望厚みの冷延鋼板が得られるように適宜設計してよく、例えば80%~95%であってよい。なお、冷間圧延工程における鋼板の累積圧下率(%)とは、前記中間焼鈍を含まない場合は[(熱延板厚-最終冷延パス後の鋼板板厚)/熱延板厚]×100で定義され、中間焼鈍をn回(n≧1)実施する場合は、[(n回目の中間焼鈍後の鋼板板厚-最終冷延パス後の鋼板板厚)/n回目の中間焼鈍後の鋼板板厚]×100で定義される。
【0041】
[一次再結晶焼鈍工程]
次に、本工程において冷延鋼板に一次再結晶焼鈍を施す。一次再結晶焼鈍工程は、昇温工程と脱炭焼鈍工程とを含む。冷延鋼板は、昇温工程を経た後、脱炭焼鈍工程において脱炭焼鈍される。昇温工程から脱炭焼鈍工程まで連続して行われることが好ましい。昇温工程を急速昇温とする場合、仕上焼鈍前の冷延鋼板のGoss方位粒の量を増加させることが可能であり、これにより、仕上焼鈍において、Goss方位に近い方位粒の二次再結晶を良好に形成できる。
【0042】
(昇温工程)
昇温工程では、冷延鋼板を所望の脱炭焼鈍温度まで昇温する。昇温速度は温度域に応じて適切に制御されることが望ましい。以下、昇温速度の例示の態様を説明する。
【0043】
昇温工程における30℃~400℃の温度域の平均昇温速度は、一態様において50℃/秒超、1000℃/秒以下である。酸洗によって析出させたCu及び任意に更にMnによる金属偏析層は、30℃~400℃における滞留時間が長い場合、前述のインヒビター安定化効果が減少してしまう。酸洗溶液から析出した金属成分は、例えば電着等によって析出した金属成分と異なる結晶構造を有している可能性がある。この結晶構造は、ガス透過性を防ぐような緻密な構造であると考えられる。しかしこの緻密な結晶構造は、比較的低温の領域においてガス透過性の高い結晶構造に変化してしまうようである。このような傾向は30℃~400℃の温度域において顕著である。結晶構造変化の原因は明らかではないが、例えば金属の酸化を通じた、結晶格子定数の変化が挙げられる。いずれにせよインヒビターを安定化させるには、前記金属偏析層がガス透過性の高い状態に変質しないような制御、すなわち30℃~400℃の温度域の滞留時間の短縮化が必要である。上記温度域の平均昇温速度を50℃/秒超とすることで、鋼板表面に析出させた金属成分の酸化が抑制され、金属成分によるインヒビターの分解抑制効果が良好に得られる。30℃~400℃の温度域の平均昇温速度は、好ましくは50℃/秒超、より好ましくは60℃/秒以上、より好ましくは100℃/秒以上、より好ましくは200℃/秒以上、さらに好ましくは300℃/秒以上である。上限は特に設けないが、室温を含む、比較的低温領域(ここでは30℃~400℃)において、急速に加熱すると、鋼板形状が悪化し、通板が困難になる。通板可能な昇温速度上限は典型的には1000℃/秒である。したがって、30℃~400℃の温度域の平均昇温速度は、一態様において1000℃/秒以下、好ましくは800℃/秒以下、より好ましくは600℃/秒以下である。
【0044】
昇温工程において、400℃~550℃の間の平均昇温速度は、特段の制御を要しないが、例えば30℃~400℃の間の平均昇温速度として上記で例示したのと同様であってよい。例えば、400±50℃の範囲で1秒以上、滞留させた後に、続く550℃以上の昇温を実施しても良い。たとえば、400±50℃の範囲で1秒以上、滞留させることが磁気特性の観点で好ましい場合がある。
【0045】
昇温工程において、550℃~700℃の温度域の平均昇温速度を、100℃/秒以上3000℃/秒以下とすることが好ましい。これにより冷延鋼板の仕上焼鈍前のGoss方位粒の量を増加させることができ、最終的な方向性電磁鋼板の磁束密度を向上させることができる。厚手材に比べ、薄手材は昇温速度アップ効果が発揮されがたいことは先述の通りである。そこで、上記効果を良好に享受するために、550℃~700℃の温度域の平均昇温速度は、好ましくは、400℃/秒以上、又は500℃/秒以上、又は600℃/秒以上、又は700℃/秒以上である。昇温速度は高いほど好ましいが、昇温速度が過度に大きくなる場合、Goss方位が増える一方で、Goss方位が蚕食する方位粒{111}<112>が減少してしまい、二次再結晶不良が起こるリスクが高まる。そのため、550℃~700℃の温度域の平均昇温速度の上限は、好ましくは、2000℃/秒以下、又は1800℃/秒以下、又は1600℃/秒以下である。少なくとも550℃~700℃の範囲において平均昇温速度を上記範囲とすることで、鋼板中で転位の回復(すなわち鋼板中の転位密度の減少)が過度に大きく進行せず、Goss方位粒以外の方位粒の一次再結晶の開始を回避できるとともに、Goss方位粒の一次再結晶が完了する前に他の方位粒の一次再結晶が完了してしまうことを回避できる。
【0046】
金属成分が鋼板表面に析出していると、脱炭焼鈍工程における脱炭反応が進行し難くなる。脱炭を所望の程度進行させつつインヒビターの分解抑制効果も得るためには、昇温工程における700℃~800℃での昇温速度をコントロールすることが好ましい。一態様において、700℃~800℃の温度域の平均昇温速度は、脱炭焼鈍時の脱炭を阻害するSiO2の生成を抑制する観点から、好ましくは400℃/秒以上、より好ましくは600℃/秒以上、更に好ましくは800℃/秒以上である。700℃~800℃の温度域の平均昇温速度の上限は特に限定されないが、設備コスト及び製造コストの観点から、例えば、2500℃/秒以下、好ましくは2000℃/秒以下、より好ましくは1800℃/秒以下であってよい。このような急速昇温は、例えば、通電加熱方法又は誘導加熱方法を用いることで、実施することが可能である。
【0047】
昇温工程は、複数の装置によって実施されてもよい。
【0048】
昇温速度は、放射温度計等を用いて鋼板温度を測定することによって計測できる。なお鋼板温度の測定方法は特に限定されない。ただし、鋼板温度の測定が困難であり、昇温速度が制御されるべき昇温開始点及び昇温終了点の正確な温度の推定が困難である場合は、昇温及び冷却の各々のヒートパターンを類推することで、これらの温度を推定してもよい。また、さらには、昇温工程における昇温装置への鋼板の入側温度及び出側温度を、昇温開始点及び昇温終了点としてもよい。
【0049】
(脱炭焼鈍工程)
昇温工程の後には、脱炭焼鈍工程を行う。通常の態様において、脱炭焼鈍工程は均熱処理を含む。均熱処理は、水素及び/又は窒素を含有する湿潤雰囲気中、例えば、900℃以下、又は750℃~900℃で実施されてよい。脱炭焼鈍温度は、前述の昇温工程の昇温終了温度と同じ、又はこれよりも高温若しくは低温であってよい。昇温工程の昇温終了温度が脱炭焼鈍温度よりも低温である場合は、鋼板を脱炭焼鈍前に更に加熱してよい。一方、昇温工程の昇温終了温度が脱炭焼鈍温度よりも高温である場合は、脱炭焼鈍前に、放熱処理、ガス冷却処理等によって鋼板を冷却してよい。さらに、昇温工程の後、脱炭焼鈍温度よりも低温まで鋼板を冷却した後、脱炭焼鈍工程で再加熱しても構わない。
【0050】
均熱処理は1回又は2回以上行ってよい。例えば、均熱処理を第一均熱処理及び第二均熱処理の2回行う場合には、第一均熱処理の終了後、鋼板を一旦冷却(例えば室温まで冷却)した後再加熱することにより、又は冷却せずに、第二均熱処理を行ってよい。方向性電磁鋼板の被膜密着性を良好にする観点からは、仕上焼鈍後の鋼板表面にフォルステライト被膜(Mg2SiO4)が良好に形成されていることが望まれる。しかし、均熱処理においては、このフォルステライト被膜の生成を阻害するFe2Si4Oが生成する場合がある。第一均熱処理と第二均熱処理とを行う場合、第一均熱処理でFe2Si4Oが生じても、これを第二均熱処理で還元してSiO2を生成させることで、後続の仕上焼鈍工程でフォルステライト被膜を良好に形成させて、被膜密着性を改善できる。被膜密着性の改善は、被膜張力の向上、したがって磁気特性の改善に有利である。なお第二均熱処理でSiO2が生成しても、脱炭は第一均熱処理で既に十分進行しているため、当該SiO2による脱炭性への不都合はない。
【0051】
均熱処理の雰囲気の酸素ポテンシャル、すなわち雰囲気中の水蒸気分圧PH2Oと水素分圧PH2との比(PH2O/PH2比)は、内部酸化を良好に進行させて鋼板表面に均一な酸化膜を形成する観点から、好ましくは、0.2以上、又は0.3以上、又は0.4以上であり、良好な磁気特性を得る観点から、好ましくは、0.6以下、又は0.55以下である。また、例えば、第一均熱処理と第二均熱処理とを行う場合には、第一均熱処理のPH2O/PH2比を上記範囲とし、第二均熱処理のPH2O/PH2比を、例えば、0.2未満、又は0.1以下、又は0.08以下とすることが好ましい。この場合の第二均熱処理のPH2O/PH2比の下限は特に限定されないが、プロセス制御容易性の観点から、例えば0.01以上、又は0.02以上であってよい。
【0052】
一態様において、脱炭焼鈍工程は、750℃~900℃で行う第一均熱処理と、900℃~1000℃で行う第二均熱処理とを含んでよい。一態様において、脱炭焼鈍工程は、温度750℃~900℃、酸素ポテンシャル(PH2O/PH2)0.2~0.6の雰囲気中で実施される第一均熱処理と、第一均熱処理の後に、温度900℃~1000℃、酸素ポテンシャル(PH2O/PH2)0.2未満の雰囲気中で実施される第二均熱処理とを含んでよい。
【0053】
一次再結晶焼鈍工程の昇温工程において、30℃~800℃の間の雰囲気の露点温度は、好ましくは-50℃以上0℃以下である。露点温度は、鋼板中の金属の酸化を抑制するとともに、外部酸化によるSiO2生成を抑制して脱炭を良好に進行させる観点から、好ましくは、0℃以下、又は-5℃以下、又は-10℃以下である。露点温度は、内部酸化を良好に進行させる観点から、例えば、-50℃以上、又は-40℃以上であってよい。
【0054】
[窒化処理]
冷間圧延工程の後、仕上焼鈍の前には、インヒビター強化の目的で窒化処理を更に行ってもよい。一態様において、窒化処理は、均熱処理の後、仕上焼鈍の前に実施してよく、例えば、均熱処理-窒化処理-仕上焼鈍の順、第一均熱処理-第二均熱処理-窒化処理-仕上焼鈍の順、又は第一均熱処理-窒化処理-第二均熱処理-仕上焼鈍の順であってよい。窒化処理は窒化性ガス(例えばアンモニア含有ガス)雰囲気中で行ってよい。
【0055】
[仕上焼鈍工程]
続いて、一次被膜形成及び二次再結晶を目的として、一次再結晶焼鈍工程後の鋼板(一次再結晶焼鈍板)に仕上焼鈍を施す。典型的な態様において、仕上焼鈍前の一次再結晶焼鈍板には、鋼板間の焼き付き防止、一次被膜形成、二次再結晶挙動制御等を目的として、MgOを主成分とする焼鈍分離剤が塗布される。焼鈍分離剤は、一般的に水スラリーの状態で鋼板表面に塗布、乾燥されるが、静電塗布法等を用いてもよい。
【0056】
仕上焼鈍は、例えば、バッチ式加熱炉等を用いて、コイル状の鋼板を熱処理することで行われてよい。さらに、最終的に得られる方向性電磁鋼板の鉄損をより低減する目的で、コイル状の鋼板を1200℃程度の温度まで昇温させた後に保持する純化処理が施されてもよい。仕上焼鈍は室温程度から昇温されることが一般的であり、また仕上焼鈍の昇温速度は様々である。仕上焼鈍の条件は特に限定されない。例えば、生産性及び一般的な設備制約の観点から、昇温速度を5℃/h~100℃/hとしてよいが、他の公知のヒートパターンを採用してもよい。冷却工程のパターンも特に限定されない。
【0057】
仕上焼鈍における雰囲気ガス組成は、特に限定されない。二次再結晶進行過程では、窒素と水素との混合ガスであってもよい。雰囲気は、乾燥雰囲気でもよいし、湿潤雰囲気でも構わない。純化焼鈍の雰囲気は、例えば乾燥水素ガスであってよい。
【0058】
[平坦化焼鈍工程]
仕上焼鈍の後、鋼板への絶縁性及び張力の付与を目的として、鋼板表面に絶縁被膜(例えば、リン酸アルミニウム又はコロイダルシリカを主成分とした絶縁被膜)を塗布してよい。絶縁被膜の成分は、鋼板に対して所望の絶縁性及び張力が付与されるように適宜選択してよい。次いで、絶縁被膜の焼付、及び仕上焼鈍による鋼板形状の平坦化を目的として、平坦化焼鈍を施してよい。
【0059】
得られる方向性電磁鋼板の用途等に応じ、磁区制御処理を更に行ってもよい。
【0060】
以上例示した工程により、磁気特性に優れた方向性電磁鋼板を製造することができる。本実施形態の方法で製造できる方向性電磁鋼板は、変圧器製造に際して巻鉄心又は積鉄心に加工され、所望の用途に適用され得る。
【0061】
[方向性電磁鋼板の磁気特性]
本実施形態の方法で製造される方向性電磁鋼板は磁気特性に優れる。具体的には、薄手材であっても良好な二次再結晶組織が得られ、磁束密度が改善される。ここで、本実施形態の方法で製造される方向性電磁鋼板の評価項目である磁束密度B8値と鉄損W17/50について説明する。磁束密度はGoss方位の集積度の指標である。ここで、磁束密度B8値は、方向性電磁鋼板に50Hzにて800A/mの磁場を付与したときの磁束密度である。B8はGoss方位の配向集積度の指標であり、B8が低いと良好な鉄損が得られない。B8が1.88T以上である場合、良好な鉄損が得られ好ましい。また、鉄損W17/50(W/kg)とは、周波数を50Hz、最大磁束密度を1.7Tとしたときのサンプルの鉄損のことを指す。上記磁束密度B8値及びW17/50は、JIS C2556に規定される単板磁気特性試験法(Single Sheet Tester:SST)に準拠して求められる値である。なお、研究開発において、真空溶解炉等で鋼塊が形成された場合では、実機製造と同等サイズの試験片を採取することが困難となる。この場合、例えば、幅60mm×長さ300mmとなるように試験片を採取して、上記の単板磁気特性試験法に準拠した測定を行う。このとき、JIS C2550に規定されるエプスタイン試験に基づく方法と同等の測定値が得られるように、得られた結果に補正係数を掛けても構わない。
【0062】
なお、前述した実施形態では、本発明の一態様に係る方向性電磁鋼板の製造方法を薄手材(0.15mm~0.23mm)に適用する場合について例示したが、本発明に係る方法は、上記以外の板厚にも適用可能である。
【実施例
【0063】
以下、本発明の例示の態様を実施例を挙げて更に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0064】
<方向性電磁鋼板の製造>
[実施例1~14、比較例1~6]
表1に示すスラブ組成を有するスラブを得た。スラブを1100℃~1400℃で加熱した後、熱間圧延を行って、厚さが2.0mm~3.0mmの熱間圧延鋼帯を得た。次いで、熱間圧延鋼帯を1120℃まで加熱して再結晶させた後、900℃で焼鈍して、熱延板焼鈍鋼帯を得た。熱延板焼鈍鋼帯を、表2に示す酸洗条件にて酸洗した後、冷間圧延で最終製品板厚である0.19mm~0.22mmまで圧延した。
【0065】
次いで、800℃~850℃でおよそ100秒~200秒の一次再結晶焼鈍を実施した。なお一次再結晶焼鈍は昇温工程と脱炭焼鈍工程とで構成されており、焼鈍雰囲気はいずれも水素・窒素の混合雰囲気あるいは窒素雰囲気とした。昇温工程においては、30℃~800℃の温度域での露点を-30℃~0℃とした。30℃~400℃における昇温速度は表2のとおりである。脱炭焼鈍工程においては、雰囲気を、800℃~850℃、酸素ポテンシャルを0.3~0.6に制御した。昇温工程の昇温速度としては、550℃~700℃の範囲にて500℃/秒~2000℃/秒、700℃~800℃の範囲にて800℃/秒~2000℃/秒の平均昇温速度となるように制御した。脱炭焼鈍の後、スラブNo.1、4~6については2回目の均熱処理、すなわち第2均熱処理を900℃~1000℃でおよそ10秒~50秒実施した。第2均熱処理の焼鈍雰囲気も水素・窒素の混合雰囲気とし、酸素ポテンシャルを0.1以下に制御した。一方、スラブNo.2~3については第2均熱処理を行わず、窒化処理を行った。
【0066】
次いで、仕上焼鈍を実施した。具体的には、前記一次再結晶焼鈍後の鋼板表面に、酸化マグネシウム(MgO)を主成分とする焼鈍分離剤を塗布した。次いで、焼鈍分離剤が塗布された一次再結晶焼鈍鋼板を1200℃まで昇温し、仕上焼鈍鋼板を作製した。仕上焼鈍の焼鈍雰囲気は水素・窒素の混合雰囲気とした。
【0067】
次いで、仕上焼鈍鋼板に対して絶縁皮膜形成工程を実施した。具体的には、仕上焼鈍後の鋼板表面に、コロイダルシリカ及びリン酸塩を主体とする絶縁被膜形成液を塗布して被膜焼付を実施した。
以上の工程により、方向性電磁鋼板を得た。
【0068】
作製した方向性電磁鋼板から、幅60mm×長さ300mmの評価サンプルを採取した。このようにして得られたサンプルに対し、JIS C2556に準拠し、B8及びW17/50を評価した。
B8が1.88未満のサンプルは、磁気特性に好適な二次再結晶組織が得られなかったとしてNGとした。また、W17/50の値が0.890W/kg以上のサンプルについては、良好な二次再結晶組織が得られなかったことに因る鉄損劣化が発生したと判断し、磁気特性をNGとした。一方で、W17/50の値が0.840W/kg以上0.890W/kg未満となるサンプルの磁気特性をF(Fine)、W17/50の値が0.790W/kg以上0.840W/kg未満となるサンプルの磁気特性をG(Good)、W17/50の値が0.790W/kg未満となるサンプルの磁気特性をVG(Very Good)とした。
結果を表2に示す。
【0069】
【表1】
【0070】
【表2】
【産業上の利用可能性】
【0071】
本開示の方法で得られる方向性電磁鋼板は、良好な磁気特性が求められる種々の用途に好適に適用され得る。