IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 日本電信電話株式会社の特許一覧 ▶ 国立大学法人京都大学の特許一覧

<>
  • 特許-生体分子の支持体とその製造方法 図1
  • 特許-生体分子の支持体とその製造方法 図2
  • 特許-生体分子の支持体とその製造方法 図3
  • 特許-生体分子の支持体とその製造方法 図4
  • 特許-生体分子の支持体とその製造方法 図5
  • 特許-生体分子の支持体とその製造方法 図6
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-10-11
(45)【発行日】2023-10-19
(54)【発明の名称】生体分子の支持体とその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C12M 1/34 20060101AFI20231012BHJP
   C12M 1/00 20060101ALI20231012BHJP
【FI】
C12M1/34 Z
C12M1/00 A
【請求項の数】 5
(21)【出願番号】P 2019195481
(22)【出願日】2019-10-28
(65)【公開番号】P2021065200
(43)【公開日】2021-04-30
【審査請求日】2022-02-14
(73)【特許権者】
【識別番号】000004226
【氏名又は名称】日本電信電話株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】504132272
【氏名又は名称】国立大学法人京都大学
(74)【代理人】
【識別番号】110001634
【氏名又は名称】弁理士法人志賀国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】上野 祐子
(72)【発明者】
【氏名】樫村 吉晃
(72)【発明者】
【氏名】大嶋 梓
(72)【発明者】
【氏名】山本 暁久
(72)【発明者】
【氏名】田中 求
【審査官】鳥居 敬司
(56)【参考文献】
【文献】特表2017-523424(JP,A)
【文献】特表2007-525500(JP,A)
【文献】特表2018-518157(JP,A)
【文献】特許第6963284(JP,B2)
【文献】Purrucker O. et al.,Supported membranes with well-defined polymer tethers--incorporation of cell receptors,Chemphyschem,2004年,Vol.5,p.327-335
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12M 1/00-1/42
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
固体基板と、
前記固体基板の一方の主面に形成されたリンカー層と、
前記リンカー層の上に形成され、生体分子を担持する生体膜と、を有し、
前記リンカー層は、螺旋状の第一核酸分子と螺旋状の第二核酸分子からなる、二重螺旋構造を形成する対の核酸分子を複数有し、前記第一核酸分子の一端が前記固基板の一方の主面に固定され、前記第二核酸分子の一端が前記生体膜に固定されており、
前記生体膜が、複数の脂質分子膜が重なってなり、前記固体基板に最も近い側の前記脂質分子膜に、前記第二核酸分子の一端が固定されており、
前記固体基板に最も近い側の前記脂質分子膜は、前記第二核酸分子が結合している複数の第一脂質分子と、前記第二核酸分子が結合していない複数の第二脂質分子とからなり、
前記第二脂質分子に対する前記第一脂質分子のモル比は、1/1000以上1/10以下であることを特徴とする生体分子の支持体。
【請求項2】
前記第二核酸分子の一端が、前記生体膜のうち、生体分子が担持されない部分に固定されていることを特徴とする請求項1に記載の生体分子の支持体。
【請求項3】
前記第一核酸分子、前記第二核酸分子が、いずれも、10個以上200個以下の塩基で構成されていることを特徴とする請求項1または2のいずれかに記載の生体分子の支持体。
【請求項4】
前記第一核酸分子の一端が、前記固体基板の一方の主面に対し、グラフェン膜を介して固定されていることを特徴とする請求項1~3のいずれか一項に記載の生体分子の支持体。
【請求項5】
固体基板の一方の主面にグラフェン膜を形成するグラフェン膜形成工程と、
前記グラフェン膜の表面に、前記第一核酸分子を固定するための接着分子を付着させる接着分子付着工程と、
前記グラフェン膜上の所定の領域に、前記接着分子を介して前記第一核酸分子の一端を固定する第一核酸分子固定工程と、
前記第一核酸分子と相補的な配列を有する第二核酸分子が結合している複数の第一脂質分子、および前記第二核酸分子が結合していない複数の第二脂質分子からなる第一脂質分子膜を形成する第一脂質分子膜形成工程と、
前記第一核酸分子と前記第二核酸分子とを反応させ、両核酸分子の対からなるリンカー層を形成するリンカー層形成工程と、
前記第二核酸分子が結合していない複数の第二脂質分子のみからなる第二脂質分子膜を、第一脂質分子膜上に形成する第二脂質分子膜形成工程と、を有することを特徴とする、請求項1~4のいずれか一項に記載の生体分子の支持体の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生体分子の支持体とその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
微小なマイクロチップの表面で、人工生体膜中における膜タンパク質の動作を調べるセンサデバイスや、膜タンパク質の機能を利用するためのバイオデバイスの研究が、従来より精力的に行われている。このようなマイクロデバイスを作製する場合、マイクロチップの基板表面に、自然界において効率よく特異的反応場として用いられる脂質膜等の人工生体膜を配置し、この人工生体膜中に、膜タンパク質を担持させる必要がある。このとき、膜タンパク質の機能が損なわれないことが求められる。
【0003】
基板表面に配置された生体膜は、基板表面に対して吸着可能であるとともに、最も重要な性質である流動性を有しているため、膜タンパク質が機能する場として最適な環境を与えることができる。非特許文献1には、生体膜を用いた生体分子検出チップについて記載されている。この生体分子検出チップは、プラスチック、ガラス、シリコン等の材料からなる基板の表面に、脂質分子等からなり、隔壁で分離された生体膜が配置されたものである。生体膜の流動性は、生体膜に対して基板表面と平行に電場を印加し、ゲルに担持されたタンパク質の電気泳動と同様に、生体膜に担持された生体分子を動かすことによって確かめることができる(例えば、非特許文献2及び3等参照)。
【0004】
通常の場合、生体膜は、基板表面に近接するように設けられるため、生体膜に担持された膜関連生体分子(膜貫通タンパク質)が、基板表面と接触しやすくなっている。基板表面との接触は、例えば、生体膜から外側に数十nm程度張り出した構造を有する膜関連生体分子(例えば、細胞接着受容体等)が、生体膜に担持されている場合に顕著になる。膜関連生体分子の機能部位が基板に接触した場合、基板との間で生じる摩擦、基板表面への吸着等によって、損傷したり、機能の維持が困難になったり、あるいは、膜関連生体分子そのものが変性してしまう虞がある。このような問題に対し、従来においては、基板と生体膜との間に、膜関連生体分子を支持可能かつ生体親和性を有する高分子材料(リンカー分子)からなる層を形成し、基板と生体膜とを離間させ、膜関連生体分子と基板との接触を回避させる手法等が検討されている(例えば、非特許文献4等参照)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【文献】Groves J T et al., “Micropattern Formation in Supported Lipid Membranes.”, Acc. Chem. Res., Vol. 35, p149-157, 2002.
【文献】Tanaka M at al., “Frictional Drag and Electrical Manipulation of Recombinant Proteins in Polymer-Supported Membranes.”, Langmuir, Vol. 23, p5638-5644, 2007.
【文献】Tanaka M at al., “Selective Deposition of Native Cell Membranes on Biocompatible Micropatterns.”, J. Am. Chem. Soc., Vol. 126, p3257-3260, 2004.
【文献】Tanaka M at al., “Polymer-supported membranes as models of the cell surface.”, Nature, Vol. 437, p656-663, 2005.
【文献】K. Furukawa, Y. Ueno, M. Takamura, H. Hibino, ACS Sens., 1, pp 710-716, 2016.
【文献】Y. Ueno, K. Furukawa, K. Matsuo, S. Inoue, K. Hayashi, H. Hibino, Chem. Commun., 49, pp 10346-10348, 2013.
【文献】S. A. Lange et al., Anal. Chem., 76, pp 1641-1647, 2004.
【文献】Hillerbrandt H et al., “A Novel Membrane Charge Sensor: Sensitive Detection of Surface Charge at polymer/Lipid Composite Films on Indium Tin Oxide Electrodes”, Journal of Physical Chemistry B, Vol. 106, p477-486, 2002.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
リンカー分子として、従来から用いられている高分子鎖を基板に固定した場合、固定された高分子鎖は、基板上における密度を低くすると、糸まり状(球形)にもつれてしまい、リンカー層の厚みが減ってしまい、膜関連生体分子が基板表面と接触しやすくなる。反対に、基板上における高分子鎖の密度を高くすると、高分子鎖がもつれずに安定した直線構造を有するため、リンカー層の厚みを維持することはできるが、高密度の高分子鎖に支持された生体膜は、変形の自由度が下がり、流動性が低くなってしまう。生体膜の流動性が低くなると、生体膜に担持されている膜関連生体分子は、変性したり、機能低下を起こす虞がある。
【0007】
本発明は上記事情に鑑みてなされたものであり、生体分子を支持する際に、支持部分の流動性の低下、および基材等との接触にともなう生体分子の変性、機能低下を抑えることを可能とする、生体分子の支持体とその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、上記課題を解決するため、以下の手段を提供する。
【0009】
(1)本発明の一態様に係る生体分子の支持体は、固体基板と、前記固体基板の一方の主面に形成されたリンカー層と、前記リンカー層の上に形成された生体膜と、を有し、前記リンカー層は、螺旋状の第一核酸分子、第二核酸分子からなる対の核酸分子を複数有し、前記第一核酸分子の一端が前記固基板の一方の主面に固定され、前記第二核酸分子の一端が前記生体膜に固定されている。
【0010】
(2)上記(1)に記載の生体分子の支持体において、前記第二核酸分子の一端が、前記生体膜のうち、生体分子が担持されない部分に固定されていることが好ましい。
【0011】
(3)上記(1)または(2)のいずれかに記載の生体分子の支持体において、前記第一核酸分子、前記第二核酸分子が、いずれも、10個以上200個以下の塩基元素で構成されていることが好ましい。
【0012】
(4)上記(1)~(3)のいずれか一つに記載の生体分子の支持体において、前記第一核酸分子の一端が、前記固体基板の一方の主面に対し、グラフェン膜を介して固定されていることが好ましい。
【0013】
(5)上記(1)~(4)のいずれか一つに記載の生体分子の支持体において、前記生体膜が、複数の脂質分子膜が重なってなり、前記固体基板に最も近い側の前記脂質分子膜に、前記第二核酸分子の一端が固定されていることが好ましい。
【0014】
(6)本発明の一態様に係る生体分子の支持体の製造方法は、固体基板の一方の主面にグラフェン膜を形成するグラフェン膜形成工程と、前記グラフェン膜の表面に、前記第一核酸分子を固定するための接着分子を付着させる接着分子付着工程と、前記グラフェン膜上の所定の領域に、前記接着分子を介して前記第一核酸分子の一端を固定する第一核酸分子固定工程と、前記第一核酸分子と相補的な配列を有する第二核酸分子が結合している複数の第一脂質分子、および前記第二核酸分子が結合していない複数の第二脂質分子からなる第一脂質分子膜を形成する第一脂質分子膜形成工程と、前記第一核酸分子と前記第二核酸分子とを反応させ、両核酸分子の対からなるリンカー層を形成するリンカー層形成工程と、前記第二核酸分子が結合していない複数の第二脂質分子のみからなる第二脂質分子膜を、第一脂質分子膜上に形成する第二脂質分子膜形成工程と、を有する。
【発明の効果】
【0015】
本発明の生体分子の支持体は、生体分子を担持する生体膜が、二重螺旋構造を有する核酸分子(dsDNA)をリンカー分子として用いてなる、リンカー層によって支持されている。リンカー分子が剛直な核酸分子であり、低密度で形成されている場合であっても糸まり状にもつれることがないため、リンカー層の厚みを一定に保ち、生体膜の流動性を維持させることができる。また、リンカー分子のもつれがないことにより、リンカー層に十分な厚みをもたせ、生体分子が担持される生体膜を固体基板から離間させることができるため、生体分子Pが固体基板と接触する確率を減らすことができる。したがって、本発明の生体分子の支持体は、生体分子を支持する際に、支持膜(生体膜)の流動性の低下、および固体基板との接触にともなう生体分子の変性、機能低下を抑えることができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
図1】本発明の一実施形態に係る生体分子の支持体の断面図である。
図2】(a)~(c)図1の生体分子の支持体を構成する、リンカー分子の配置例を示す図である。
図3】(a)、(b)図1の生体分子の支持体を構成する、リンカー分子の配置例を示す図である。
図4】(a)~(c)本発明の一実施形態に係る生体分子の支持体の製造過程における、被処理体の断面図である。
図5】本発明の一実施形態に係る生体分子の支持体の製造過程における、被処理体の断面図である。
図6】本発明の一実施形態に係る生体分子の支持体の製造過程における、被処理体の断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明を適用した実施形態に係る生体分子の支持体とその製造方法について、図面を用いて詳細に説明する。なお、以下の説明で用いる図面は、特徴をわかりやすくするために、便宜上特徴となる部分を拡大して示している場合があり、各構成要素の寸法比率などが実際と同じであるとは限らない。また、以下の説明において例示される材料、寸法等は一例であって、本発明はそれらに限定されるものではなく、その要旨を変更しない範囲で適宜変更して実施することが可能である。
【0018】
図1は、本発明の一実施形態として、生体分子(膜関連生体分子(膜タンパク質))Pを支持している、生体分子の支持体100の構成を模式的に示す断面図である。生体分子の支持体100は、主に、基材としての固体基板101と、固体基板の一方の主面101aに形成されたリンカー層102と、リンカー層102の上に形成されたモデル生体膜103と、を有する。
【0019】
固体基板101としては、プラスティック、ガラス、シリコン、グラフェン等の材料で構成されるものを用いることができる。少なくとも、リンカー層102が形成される固体基板の一方の主面101aは、略平坦な形状を有することが好ましい。
【0020】
リンカー層102は、生体親和性を有し、螺旋状の第一核酸分子(ssDNA(1))104、第二核酸分子(ssDNA(2))105からなり、二重螺旋構造を形成する対の核酸分子(dsDNA)106を、リンカー分子として複数有している。第一核酸分子104を構成する塩基と、第二核酸分子105を構成する塩基とは、互いに相補的な配列を有する。
【0021】
第一核酸分子の一端104aは、固基板の一方の主面101aに対し、直接または間接的に固定される。固体基板101がグラフェン以外の材料で構成されている場合には、図1に示すように、固基板の一方の主面101aにグラフェン膜107が形成される。この場合、第一核酸分子の一端103aは、グラフェン膜107に結合されることにより、間接的に固体基板101に固定される。固体基板101がグラフェンで構成される場合には、第一核酸分子の一端104aは、固基板(グラフェン基板)の一方の主面101aに対して直接結合し、固定される。
【0022】
グラフェン膜(グラフェン基板)との強い吸着状態を実現するため、第一核酸分子の一端104aは、アミノ基に修飾され、例えば、ピレンブタン酸などのピレンアルキルカルボン酸類の接着分子108と結合していることが好ましい。
【0023】
対を形成する第一核酸分子の一端104aと反対側に位置する、第二核酸分子の一端105aは、生体分子Pを支持する生体膜(支持膜)103に固定されている。モデル生体膜103は、複数の脂質分子層が重なってなり、固体基板101に最も近い側の脂質分子層に、第二核酸分子の一端105aが固定されている。図1では、モデル生体膜103が、二つの脂質分子膜(第一脂質分子膜109、第二脂質分子膜110)が重なってなる場合について例示している。
【0024】
第一核酸分子104、第二核酸分子105は、いずれも、螺旋を形成するように並んだ10個以上200個以下の塩基元素で構成されていることが好ましい。二重螺旋構造の強度を活用するため、対になっていない余った塩基元素、すなわち、二重螺旋構造の形成に加わっていない塩基元素は、少ないほど好ましい。換言すると、第一核酸分子104、第二核酸分子105を構成する塩基元素の数は、互いに同程度であり、かつ第一核酸分子の一端104a、他端104bの位置が、それぞれ第二核酸分子の他端105b、一端105aの位置と、ほぼ揃っていることが好ましい。
【0025】
核酸分子106は剛直な生体分子であるため、少数であっても縮んだりもつれたりすることがなく、モデル生体膜103と固体基板101との距離を一定に保ち、モデル生体膜103を安定して支持することができる。モデル生体膜103の流動性を維持する観点から、モデル生体膜103の変形の自由度が高いことが好ましいため、核酸分子106は剛直性を考慮すると、モデル生体膜103に接触する核酸分子106の数が、モデル生体膜103が安定に保持され、かつリンカー層102の厚みが保たれる範囲において少ないほど好ましい。
【0026】
したがって、例えば、リンカー層102は、モデル生体膜103のうち、生体分子Pが担持されない部分を支持するように形成されていればよい。つまり、モデル生体膜103のうち、生体分子Pが担持されない部分の少なくとも一部に対して、第二核酸分子の一端105aを固定し、生体分子Pが担持される部分に対しては、第二核酸分子の一端105aを固定しなくてもよい。このとき、モデル生体膜103を安定して支持させる観点から、核酸分子106を構成する螺旋構造が、固体基板の一面101aに対して略垂直な軸の周りを巻回するものであることが好ましい。この場合の第一核酸分子の一端104aは、リンカー層の厚み方向102dからの平面視において、生体分子Pが担持される部分と重ならない領域において、固体基板101に固定されている必要がある。
【0027】
本実施形態では、生体膜の中央部に生体分子Pを担持させる場合を想定し、生体分子Pが担持されていない周縁部が核酸分子106によって支持されている。図2(a)~(c)は、核酸分子106が固定される領域102Aの形状について例示したものである。固定領域102Aの形状については、限定されることはなく、図2に示されるような円形領域、多角形領域を囲む形状であってもよいし、他の形状であってもよいが、生体分子Pを安定して担持させる観点から、中央部102Bに対する対称性が高いほど好ましい。図2では、固定領域102Aが閉じている場合について例示しているが、図3(a)、(b)に例示しているように、固定領域102Aは開いていてもよい。この場合の固定領域102Aの形状についても、限定されることはなく、図3に示されるような平行に並ぶ複数の直線形状、波線形状であってもよいし、他の形状であってもよい。
【0028】
図4(a)~(c)、図5(a)、(b)、図6は、本実施形態に係る生体分子の支持体の製造方法を適用した、生体分子の支持体100の製造過程における被処理体の断面図である。ここでは、第一核酸分子104が、グラフェン膜を介して固体基板に固定される場合について例示している。生体分子の支持体100の製造方法は、主に、グラフェン膜形成工程と、接着分子付着工程と、第一核酸分子固定工程と、第一脂質分子膜形成工程と、リンカー層形成工程と、第二脂質分子膜形成工程とを有する。
【0029】
[グラフェン膜形成工程]
まず、プラスティック、ガラス、シリコン等の材料からなる固基板101を準備し、その一方の主面101aに、化学気相成長法等の公知の成膜法を用いて、図4(a)に示すように、グラフェン膜107を形成(転写)する。
【0030】
[接着分子付着工程]
次に、スパッタリング法等の公知の成膜方法を用いて、図4(b)に示すように、グラフェン膜101の表面に、第一核酸分子104を固定するための接着分子108を付着させる。接着分子108としては、例えば、ピレンブタン酸などのピレンアルキルカルボン酸類を用いることができる。
【0031】
[第一核酸分子固定工程]
次に、グラフェン膜107上の所定の領域に、第一核酸分子104を含む溶液を導入し(流し)、図4(c)に示すように、グラフェン膜107に対し、接着分子108を介して第一核酸分子の一端104aを固定する。このとき、第一核酸分子の一端104aをアミノ基で修飾させておけば、ピレンブタジエン酸等の接着分子108との脱水縮合を通じて、グラフェン膜107に対し、第一核酸分子104をより強く吸着させることができるため、好ましい(非特許文献5参照)。
【0032】
第一核酸分子104が第二核酸分子105と結合して形成される核酸分子106は、核酸分子106との接触による生体分子Pの変性、機能低下を抑える観点から、モデル生体膜103のうち、生体分子Pが担持される部分とその近傍部分を支持しないことが好ましい。したがって、第一核酸分子104を固定する領域(核酸分子106が形成される領域)は、リンカー層の厚み方向102dからの平面視において、生体分子Pが担持されない部分と重なる領域となるように、2次元パターン構造を有することが好ましい。2次元パターン構造を形成する手順については、後述する。
【0033】
[第一脂質分子膜形成工程、リンカー層形成工程、第二脂質分子膜形成工程]
次に、第一核酸分子104と相補的な配列を有する第二核酸分子105が結合している複数の第一脂質分子109A、および第二核酸分子105が結合していない複数の第二脂質分子109Bの混合分散液と、第三脂質分子110Aの分散液を作製する。これらの分散液を用いて脂質二重膜を形成するプロセスとしては、例えば次の二通りのプロセス(ア)、(イ)が挙げられる。
【0034】
(ア)図5に示すように、基板上において、第一核酸分子104および第二核酸分子105からなる少なくとも一部に二本鎖構造を有する核酸分子106、第一脂質分子109A、および第二脂質分子109Bからなる脂質単分子膜(第一脂質分子膜109)と、で構成されるリンカー層102を形成させる。続いて図6に示すように、第一脂質分子膜109上に第三脂質分子110Aからなる第二脂質分子膜110を形成させ、脂質二重膜を得る。
【0035】
(イ)図6に示すように、第一脂質分子109Aおよび第二脂質分子109Bからなる第一脂質分子膜109および第二脂質分子膜110を同時に形成させ、脂質二重膜を得る。
【0036】
分散液中における第一脂質分子109Aの含有量は、基板上に固定された第一の一本鎖核酸分子(第一核酸分子)104の密度に応じて適宜調節することができ、0.05モル%以上0.5モル%以下が好ましい。
また、分散液中における第二脂質分子109Bに対する第一脂質分子109Aのモル比は、1/1000以上1/10以下であることが好ましい。上記モル比であることにより、より安定した脂質二重膜を形成することができる。
第一脂質分子109A及び第二脂質分子109Bを分散させる溶媒としては、例えばクロロホルム等が挙げられる。
【0037】
また、第一脂質分子膜109と第二脂質分子膜110とで構成される脂質二重膜(モデル生体膜103)の具体的な形成方法としては、例えば以下に示す(1)~(3)のいずれかの方法等が挙げられる。
【0038】
(1)脂質単分子膜を作製した後、グラフェン膜上に写す方法
まず、気液界面に第一脂質分子109A及び第二脂質分子109Bを含む分散液を滴下し、溶媒を蒸発させて脂質単分子膜(第一脂質分子膜109)を形成させる。その後、更に脂質分子の相転移温度を上回る温度条件下で静置し、分子占有面積が細胞膜のそれと同程度になるまで脂質単分子膜を圧縮し、これをグラフェン基板上に移す(図5)。この表面に第三脂質分子110Aのみを水に分散させた分散液を加えて、第一脂質分子109Aおよび第二脂質分子109Bからなる第一脂質分子膜109と、第三脂質分子110Aからなる第二脂質分子膜110と、で構成される安定な脂質二重膜を作製する(図6)。
【0039】
(2)脂質二重膜小胞を作製したあと、グラフェン膜上に写す方法
酸化インジウムスズ(ITO)ガラス基板上に、第一脂質分子109A及び第二脂質分子109Bを含む分散液を滴下し、溶媒を蒸発させて完全に除去する。その後、交流電場下で水和させて脂質二重膜小胞を含む懸濁液を作製する。このとき、接着層上に固定化された第一の一本鎖核酸分子104は、第二の一本鎖核酸分子(第二核酸分子)105と、少なくとも一部に二本差構造を有する核酸分子106を形成すると同時に、脂質二重膜が互いに横方向に融合及び伸展していくことで、安定な脂質二重膜がリンカー層102直上に積層される(図6)。
【0040】
(3)脂質分子を分散させた懸濁液をグラフェン膜上に滴下し、脂質二重膜を作製する方法
本方法は、非特許文献8の開示内容に基づく方法である。具体的には、まず、水と有機溶媒(例えば、エタノールやイソプロパノール等)との1:1混合液中に、脂質分子を分散させ、これをグラフェン基板上に滴下する。ここに、所定の時間、少しずつ水を加え(例えば、30μL/min等)、水の体積分率を上昇させていくことで、脂質二重膜を自発的に形成させる。最後に十分な量の水で基板表面を洗浄し、不要な有機溶媒や過剰な脂質分子を除去し、目的の脂質二重膜を得る(図6)。
【0041】
なお、第一核酸分子固定工程で固定する第一核酸分子104は、全て同じ構造の核酸分子であってもよいし、例えば鎖長、配列が異なる複数種類の第一核酸分子104-1、104-2、・・・、104-N(Nは正の整数)を含んでいてもよい。複数種類の第一核酸分子104-1、104-2、・・・、104-Nが固定される場合には、それぞれの第一核酸分子と相補的な配列を有する、第二核酸分子105-1、105-2、105-Nを結合させる必要がある。この場合には、第一脂質分子膜形成工程において、複数種類の第一核酸分子のそれぞれと対応し、相補的な配列を有する同数の種類の第二核酸分子が結合した、第一脂質分子109Aの溶液を作製すればよい。リンカー層形成工程において、被処理体100Aを混合液にした際に、混合液に含まれる第二核酸分子105-1、105-2、105-Nが、それぞれ自発的に、対応する第一核酸分子104-1、104-2、・・・、104-Nに近づいて対を形成することになる。
【0042】
なお、核酸分子の2次元パターン構造については、一例として、次の手順で形成することができる。すなわち、接着分子付着工程においては、グラフェン膜107の表面全体に一様に、接着分子108を付着させておき、次の第一核酸分子固定工程において、公知のパターニング法を用いて、第一核酸分子104を所定の位置のみに導入し、固定する。これにより、所定の位置に固定された第一核酸分子104に対し、第二核酸分子105が反応して対を形成することになるため、最終的に、核酸分子の所望の2次元パターン構造を形成することができる。
【0043】
公知のパターニング法としては、例えば、固定したい位置と同じパターンを有するマイクロ流路の構造体を用い、固定したい位置のみに、第一核酸分子を含む溶液を流して導入し、溶媒を蒸発させる方法が挙げられる(非特許文献6参照)。公知のパターニング法としては、この他にも、固定したい位置と同じパターンを有する鋳型を用いて、接着分子108上に、第一核酸分子104のパターンを転写する方法(マイクロコンタクトプリンティング法)等が挙げられる(非特許文献7参照)。
【0044】
また、核酸分子の2次元パターン構造については、他の一例として、次の手順で行うこともできる。すなわち、接着分子付着工程において、マイクロコンタクトプリンティング法等の公知のパターニング法を用いて、グラフェン膜107の表面のうち、第一核酸分子104を固定したい位置のみに接着分子108を付着させておく。これにより、次の第一核酸分子固定工程において導入される第一核酸分子104の固定位置が限定されることになるため、この場合にも、最終的に、核酸分子の所望の2次元パターン構造を形成することができる。
【0045】
以上のように、本実施形態に係る生体分子の支持体100は、生体分子Pを担持するモデル生体膜103が、二重螺旋構造を有する核酸分子(dsDNA)106をリンカー分子106として用いてなる、リンカー層102によって支持されている。リンカー分子106が剛直な核酸分子であり、低密度で形成されている場合であっても糸まり状にもつれることがないため、リンカー層102の厚みを一定に保ち、モデル生体膜103の流動性を維持させることができる。また、リンカー分子106のもつれがないことにより、リンカー層に十分な厚みをもたせ、生体分子Pが担持されるモデル生体膜103を固体基板101から離間させることができるため、生体分子Pが固体基板101と接触する確率を減らすことができる。したがって、本実施形態の生体分子の支持体100は、生体分子Pを支持する際に、支持膜(モデル生体膜103)の流動性の低下、および固体基板101との接触にともなう生体分子Pの変性、機能低下を抑えることができる。
【0046】
本実施形態の生体分子の支持体100では、リンカー分子106の低密度化が可能であるため、生体分子Pが担持される部分へのリンカー分子106の固定を省くことができる。これにより、生体分子Pと固体基板101の間にはリンカー分子106が存在しないことになるため、固体基板101と生体分子Pの接触の確率だけでなく、リンカー分子と生体分子Pの接触の確率も減らすことができ、生体分子Pの変性、機能低下をさらに抑制することができる。また、モデル生体膜103に固定するリンカー分子106の数(密度)が減ることにより、モデル生体膜103の変形の自由度が増し、モデル生体膜103の流動性をさらに向上させることができる。
【0047】
本実施形態で適用されているグラフェン膜107は、核酸分子106の足場としての機能だけでなく、光や電気で応答するセンサ材料としての機能も有している。そのため、本実施形態の生体分子の支持体100によれば、例えば、生体分子Pから放出されるイオンや化学物質を調べる目的において、マイクロアレイセンサとして高感度な測定を行うことが可能となる。
【0048】
なお、固体基板に設けられたマイクロアレイセンサ等を用いて、モデル生体膜103に担持されている生体分子Pの機能や生体反応を検出する場合、高感度な測定、微小領域の測定を行う観点から、モデル生体膜103は、固体基板101に近い位置にある方が有利である。このような場合には、核酸分子106を構成する塩基対の数を制御することにより、上述した生体分子Pの変性、機能低下が生じない範囲で、モデル生体膜103を固体基板101に近づけることが好ましい。塩基対は、0.34nm間隔で積み重なっているため、その数を、概ね100個以下にすれば、高感度な測定、微小領域の測定が可能になると考えられる。塩基対の数を100とした場合、リンカー層102の厚みは30nm程度となるため、検出する生体分子Pが、モデル生体膜103から外側に、数十nm程度張り出す構造を有する膜関連生体分子であったとしても、固体基板101との接触を回避させることができる。
【実施例
【0049】
以下、実施例により本発明の効果をより明らかなものとする。なお、本発明は、以下の実施例に限定されるものではなく、その要旨を変更しない範囲で適宜変更して実施することができる。
【0050】
(実施例)
上記実施形態に係る生体分子の支持体のサンプルを、次の手順で作製した。まず、固体基板として、市販のシリコンウエハを分割し、1~数センチメートル角程度にしたチップを用いた。次に、銅箔上に化学気相成長させたグラフェン膜を、この固体基板の一方の主面に転写した。
【0051】
次に、転写されたグラフェン膜の表面に、1本鎖核酸分子を固定するための接着分子として、ピレンブタン酸を導入した。具体的には、ピレンブタン酸のCOOH基をスクシンイミドで活性化した、ピレンブタン酸スクシンイミドエステルの0.5mMジメチルホルムアミド溶液を、グラフェン表面に滴下して1時間静置した後、ジメチルホルムアミドで洗浄し、風乾した。
【0052】
次に、ピレンブタン酸を導入したグラフェン表面に、マイクロ流路構造(幅および間隔:10μm、直線部分の長さ:5mm)を有するポリマーシートを設置した。マイクロ流路構造を有するポリマーシートは、フォトリソグラフィ法で作成した鋳型に、未重合のポリジメチルシロキサン(PDMS)を流し込み、重合により成形して作製した。予め5’末端にアミノ基を結合させた第一核酸分子の水溶液(100μM)を、マイクロ流路に導入した。塩基数15の第一核酸分子(A15)と、塩基数37の第一核酸分子(A37)を、それぞれ別々の固体基板にパターニングして用いた。
【0053】
次に、これらを室温(25℃程度)で1時間静置し、グラフェンに吸着しているピレンブタン酸のCOOH基と、アプタマーの5末端に結合させたアミノ基とを反応させ、ペプチド結合させる。これらを超純水で洗浄し、風乾することにより、ピレンブタン酸と結合された第一核酸分子が、幅および間隔10μm、直線部分の長さ5mmのパターンを形成するように、グラフェン膜に固定された。
【0054】
次に、第一核酸分子A15、A37と、それぞれ、相補的な配列を有する第二核酸分子C-A15、C-A37の5’末端に、第一脂質分子(DOPE)を結合したものを、0.05~0.5mol%の濃度範囲になるように、核酸分子が結合していない第二脂質分子(DOPC)と、クロロホルム中で混合した。
【0055】
DNA鎖で固体基板から持ち上げられた脂質分子膜を作製する手法として、次の(1)、(2)、(3)のいずれかを用いることができる。
(1)気液界面に脂質混合液を滴下し、溶媒を蒸発させた後、分子占有面積が細胞膜と同程度になるまで膜を圧縮し、これをグラフェン膜に移す。この表面に脂質懸濁液を加えて安定な膜を作製する。
(2)ITOガラス基板上に脂質溶液を滴下し、溶媒を完全に除去して交流電場下で水和させて作製した脂質二分子膜小胞の懸濁液を、グラフェン膜に滴下して安定な膜を作製する。
(3)脂質分子を分散させた懸濁液をグラフェン膜上に滴下し、徐々に水を加えて溶液を交換することで安定な膜を作製する。
【0056】
本実施例では、(3)の手法を用いたが、(1)、(2)の手法を用いても同様の第一脂質分子膜を得ることができる。
【0057】
脂質分子膜が形成されていることの確認、および脂質分子膜の流動性が維持されていることの確認を、0.5mol%程度の蛍光標識(たとえばTexas-Red DHPE)を混合して膜を作製し、共焦点蛍光顕微鏡像を用いて行った。グラフェン膜表面に固定されたA15(またはA37)が、C-A15(またはC-A37)と二重螺旋構造を形成すると同時に、脂質二分子膜が互いに横方向に融合・伸展していくことで、安定な生体膜がグラフェン表面に積層された。このとき、グラフェン膜表面に固定された第一核酸分子A15(またはA37)のパターン部分だけでなく、その間にある間隔10μmの第一核酸分子が固定されていない領域においても、流動性を維持した生体膜(自立膜)を作製することができた。
【0058】
次に、(iii’)のサンプルの生体膜中に膜タンパク質(生体分子)を導入し(担持させ)、抗原抗体反応を確認することにより、膜タンパク質の構造変化(変性)、機能低下の有無についての評価を行った。グラフェン膜の表面に固定する第一核酸分子A37を蛍光ラベルしておき、蛍光顕微鏡像による2次元パターンの位置の確認についても、並行して行った。
【0059】
リンカー層が、膜タンパク質と固体基板表面の接触を回避するのに十分な厚さを有しているため、核酸分子に支持されていない自立膜の部分では、膜タンパク質の構造や機能の失活は、ほとんど観測されなかった。核酸分子に支持されている部分においても、支持する核酸分子の密度が比較的低いため、構造や機能が失活していない膜タンパク質が存在することが分かったが、自立膜の部分に担持されている膜タンパク質の方が、より安定性が高いことが分かった。これらの結果により、本発明の効果が示された。
【符号の説明】
【0060】
100・・・生体分子の支持体
100A、100B・・・被処理体
101・・・固体基板
101a・・・固体基板の一方の主面
102・・・リンカー層
102A・・・固定領域
102B・・・中央部
103・・・モデル生体膜
103A・・・自立膜
103B・・・支持膜
104・・・第一核酸分子
104a・・・第一核酸分子の一端
104b・・・第一核酸分子の他端
105・・・第二核酸分子
105a・・・第二核酸分子の一端
105b・・・第二核酸分子の他端
106・・・核酸分子
107・・・グラフェン膜
108・・・接着分子
109・・・下層側の脂質分子膜(第一脂質分子膜)
109A・・・第一脂質分子
109B・・・第二脂質分子
110・・・上層側の脂質分子膜(第二脂質分子膜)
110A・・・第三脂質分子
P・・・生体分子
図1
図2
図3
図4
図5
図6