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特許7365042電磁波信号解析装置および電磁波信号解析用プログラム
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-10-11
(45)【発行日】2023-10-19
(54)【発明の名称】電磁波信号解析装置および電磁波信号解析用プログラム
(51)【国際特許分類】
   G01N 21/3577 20140101AFI20231012BHJP
   G01N 21/3581 20140101ALI20231012BHJP
【FI】
G01N21/3577
G01N21/3581
【請求項の数】 12
(21)【出願番号】P 2019190658
(22)【出願日】2019-10-18
(65)【公開番号】P2021067475
(43)【公開日】2021-04-30
【審査請求日】2022-10-06
(73)【特許権者】
【識別番号】515130555
【氏名又は名称】フェムトディプロイメンツ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100105784
【弁理士】
【氏名又は名称】橘 和之
(72)【発明者】
【氏名】渡部 明
(72)【発明者】
【氏名】奥野 雅史
(72)【発明者】
【氏名】上田 剛慈
【審査官】伊藤 裕美
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2018/110481(WO,A1)
【文献】特開2018-036121(JP,A)
【文献】国際公開第2014/034085(WO,A1)
【文献】特表2006-526774(JP,A)
【文献】特開2016-188778(JP,A)
【文献】特開2010-164511(JP,A)
【文献】特開2008-046574(JP,A)
【文献】特開2000-074827(JP,A)
【文献】特開2009-204605(JP,A)
【文献】特開2019-160977(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 21/00-21/61
G01N 22/02-22/04
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ノズルから液体を噴出することによって空間に生成された膜状の液体試料を透過または反射した電磁波を検出する分光装置により取得される電磁波信号を解析する電磁波信号解析装置であって、
上記電磁波信号をもとに生成される、周波数に対する特性値を表した周波数スペクトルを取得する周波数スペクトル取得部と、
上記周波数スペクトル取得部により取得された上記周波数スペクトルのうち、水蒸気による電磁波の吸収が大きくなる周波数である水蒸気吸収周波数の周波数スペクトルに対し、1つのフィッティング用関数の波形または複数のフィッティング用関数の合成波形をフィッティングさせる水蒸気フィッティング処理部と、
上記水蒸気フィッティング処理部のフィッティングに用いた上記フィッティング用関数の性質を定める少なくとも2つの値を用いて、上記液体試料の特性を解析する特性解析部とを備えた
ことを特徴とする電磁波信号解析装置。
【請求項2】
上記周波数スペクトル取得部により取得された上記周波数スペクトルのうち、上記水蒸気吸収周波数のピーク成分を除く周波数スペクトルに対し、1つのフィッティング用関数の波形または複数のフィッティング用関数の合成波形をフィッティングさせる液体フィッティング処理部を更に備え、
上記特性解析部は、上記水蒸気フィッティング処理部のフィッティングに用いた上記フィッティング用関数の性質を定める値と、上記液体フィッティング処理部のフィッティングに用いた上記フィッティング用関数の性質を定める値とを含む少なくとも2つ値を用いて、上記液体試料の特性を解析する
ことを特徴とする請求項1に記載の電磁波信号解析装置。
【請求項3】
上記水蒸気フィッティング処理部は、上記フィッティング用関数として、1つまたは複数の正規分布関数、ローレンツ関数、フォークト関数、確率分布関数または波形形状が山型となる他の関数を用いて上記フィッティングを行い、
上記特性解析部は、上記水蒸気フィッティング処理部のフィッティングに用いた上記フィッティング用関数の中心周波数、振幅および幅のうち少なくとも何れかを用いて、上記液体試料の特性を解析する
ことを特徴とする請求項1または2に記載の電磁波信号解析装置。
【請求項4】
上記水蒸気フィッティング処理部は、上記フィッティング用関数として、複数の項を含む多項式関数を用いて上記フィッティングを行い、
上記特性解析部は、上記水蒸気フィッティング処理部のフィッティングに用いた上記多項式関数における上記複数の項の各係数のうち少なくとも何れかを用いて、上記液体試料の特性を解析する
ことを特徴とする請求項1または2に記載の電磁波信号解析装置。
【請求項5】
上記液体フィッティング処理部は、上記フィッティング用関数として、複数の項を含む多項式関数を用いて上記フィッティングを行い、
上記特性解析部は、上記液体フィッティング処理部のフィッティングに用いた上記多項式関数における上記複数の項の各係数のうち少なくとも何れかを用いて、上記液体試料の特性を解析する
ことを特徴とする請求項2に記載の電磁波信号解析装置。
【請求項6】
上記液体フィッティング処理部は、上記フィッティング用関数として、1つまたは複数の正規分布関数、ローレンツ関数、フォークト関数、確率分布関数または波形形状が山型となる他の関数を用いて上記フィッティングを行い、
上記特性解析部は、上記液体フィッティング処理部のフィッティングに用いた上記フィッティング用関数の中心周波数、振幅および幅のうち少なくとも何れかを用いて、上記液体試料の特性を解析する
ことを特徴とする請求項2に記載の電磁波信号解析装置。
【請求項7】
上記水蒸気フィッティング処理部は、上記フィッティング用関数として、1つまたは複数の正規分布関数、ローレンツ関数、フォークト関数、確率分布関数または波形形状が山型となる他の関数を用いて上記フィッティングを行い、
上記液体フィッティング処理部は、上記フィッティング用関数として、複数の項を含む多項式関数を用いて第1のフィッティングを行うとともに、当該第1のフィッティングにより取得された周波数スペクトルに対し、上記フィッティング用関数として、1つまたは複数の正規分布関数、ローレンツ関数、フォークト関数、確率分布関数または波形形状が山型となる他の関数を用いて第2のフィッティングを行い、
上記特性解析部は、上記水蒸気フィッティング処理部のフィッティングに用いた上記フィッティング用関数の中心周波数、振幅および幅のうち少なくとも1つと、上記液体フィッティング処理部の上記第2のフィッティングに用いた上記フィッティング用関数の中心周波数、振幅および幅のうち少なくとも1つとを用いて、上記液体試料の特性を解析する
ことを特徴とする請求項2に記載の電磁波信号解析装置。
【請求項8】
ノズルから液体を噴出することによって空間に生成された膜状の液体試料を透過または反射した電磁波を検出する分光装置により取得される電磁波信号を解析する電磁波信号解析装置であって、
上記電磁波信号をもとに生成される、水蒸気による電磁波の吸収が大きくなる周波数である水蒸気吸収周波数に対する特性値を表した周波数スペクトルを取得する周波数スペクトル取得部と、
上記周波数スペクトル取得部により取得された上記周波数スペクトルに対し、1つのフィッティング用関数の波形または複数のフィッティング用関数の合成波形をフィッティングさせる水蒸気フィッティング処理部と、
上記水蒸気フィッティング処理部のフィッティングに用いた上記フィッティング用関数の性質を定める少なくとも2つの値を用いて、上記液体試料の特性を解析する特性解析部とを備えた
ことを特徴とする電磁波信号解析装置。
【請求項9】
上記特性解析部は、上記水蒸気フィッティング処理部のフィッティングに用いた上記フィッティング用関数の性質を定める少なくとも2つの値をパラメータとしてグラフを生成する
ことを請求項1に記載の特徴とする電磁波信号解析装置。
【請求項10】
上記特性解析部は、上記水蒸気フィッティング処理部のフィッティングに用いた上記フィッティング用関数の性質を定める値と、上記液体フィッティング処理部のフィッティングに用いた上記フィッティング用関数の性質を定める値とを含む少なくとも2つ値をパラメータとしてグラフを生成する
ことを特徴とする請求項2に記載の電磁波信号解析装置。
【請求項11】
ノズルから液体を噴出することによって空間に生成された膜状の液体試料を透過または反射した電磁波を検出する分光装置により取得される電磁波信号を解析する電磁波信号解析用プログラムであって、
上記電磁波信号をもとに生成される、周波数に対する特性値を表した周波数スペクトルを取得する周波数スペクトル取得手段、
上記周波数スペクトル取得手段により取得された上記周波数スペクトルのうち、水蒸気による電磁波の吸収が大きくなる周波数である水蒸気吸収周波数の周波数スペクトルに対し、1つのフィッティング用関数の波形または複数のフィッティング用関数の合成波形をフィッティングさせる水蒸気フィッティング処理手段、および
上記水蒸気フィッティング処理手段のフィッティングに用いた上記フィッティング用関数の性質を定める少なくとも2つの値を用いて、上記液体試料の特性を解析する特性解析手段
としてコンピュータを機能させるための電磁波信号解析用プログラム。
【請求項12】
上記周波数スペクトル取得手段により取得された上記周波数スペクトルのうち、上記水蒸気吸収周波数のピーク成分を除く周波数スペクトルに対し、1つのフィッティング用関数の波形または複数のフィッティング用関数の合成波形をフィッティングさせる液体フィッティング処理手段として上記コンピュータを更に機能させ、
上記特性解析手段は、上記水蒸気フィッティング処理手段のフィッティングに用いた上記フィッティング用関数の性質を定める値と、上記液体フィッティング処理手段のフィッティングに用いた上記フィッティング用関数の性質を定める値とを含む少なくとも2つ値を用いて、上記液体試料の特性を解析する
ことを特徴とする請求項11に記載の電磁波信号解析用プログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電磁波信号解析装置および電磁波信号解析用プログラムに関し、特に、分光装置の光路上に配置した液体試料を経由した電磁波の特性を解析する装置およびこれに用いるプログラムに関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、電磁波を用いて物質の特性を計測する分光装置が提供されている。分光装置では、試料に電磁波を透過または反射させ、電磁波と試料とが相互作用することによって生じる電磁波の変化から、試料の物理的性質あるいは化学的性質を計測する。この分光計測によって観測される試料の周波数スペクトルは、試料固有のスペクトル構造を持つ。特に、電磁波の一種であるテラヘルツ波を用いた分光法では、水素結合などに起因する分子間相互作用が観測される。
【0003】
しかしながら、分光計測によって観測されるスペクトルが重なり合うため、特定周波数のピークを抽出することが難しい。よって、周波数スペクトルの中のどこに試料の特徴が表れているのか、あるいは、どのような波形に試料の特徴が表れているのかが分かりにくく、その特徴を見つけるのが極めて困難であるという問題があった。
【0004】
このような問題を解決するために、光路上に配置した計測対象の液体試料にテラヘルツ波を透過または反射させ、そのように液体試料に作用させたテラヘルツ波を分光装置で検出することによって得られるテラヘルツ波信号を解析し、液体試料の特性に応じた特徴を分かりやすく可視化できるようにしたテラヘルツ波解析装置が提案されている(例えば、特許文献1参照)。この特許文献1に記載の解析装置では、テラヘルツ波信号から取得された周波数スペクトルに対し、複数のフィッティング用関数の合成波形をフィッティングさせ、当該フィッティングに用いた複数のフィッティング用関数の性質を定める少なくとも2つの値をパラメータとしてグラフを生成するようにしている。
【0005】
なお、電磁波は、大気中に存在する水蒸気にも吸収されるため、取得された周波数スペクトルの中に水蒸気の特性が含まれている可能性がある。そこで、特許文献1に記載の解析装置では、フィッティング用関数によるフィッティング処理を行う前に、水蒸気によるテラヘルツ波の吸収が大きくなる周波数における極値を間引きする処理を行う。すなわち、周波数スペクトルにおける各周波数に対する吸光度データのうち、液体試料以外の水蒸気によってテラヘルツ波の吸収が大きくなる周波数における極値を間引くことにより、水蒸気によるスペクトル吸収の影響を受けにくい状態にしてフィッティングを行うようにしている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】WO2018/110481号公報
【文献】特開2010-164511号公報
【文献】特開2008-46574号公報
【文献】特開2007-108151号公報
【文献】特開2000-74827号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上述の通り、電磁波が水蒸気に吸収されることは周知である。これを受けて、電磁波の分光測定を行うに当たっては、試料以外の大気中に含まれる水蒸気によるスペクトル吸収の影響を回避しようとするのが一般的である(例えば、上記特許文献1の他、特許文献2~5も参照)。これに対し、本出願に係る発明者らは、電磁波が水蒸気に吸収されるということを逆に積極的に利用して、分光計測される周波数スペクトルから液体試料に固有の特性を解析可能であることを見出した。
【0008】
すなわち、本発明は、分光装置によって検出される電磁波信号に対し、電磁波が水蒸気に吸収されるということを積極的に利用した解析を行うことにより、液体試料に固有の特徴を容易に検出できるようにすることを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記した課題を解決するために、本発明の電磁波信号解析装置は、ノズルから液体を噴出することによって空間に生成された膜状の液体試料を透過または反射した電磁波を検出する分光装置により取得される電磁波信号を解析する。具体的には、電磁波信号解析装置は、電磁波信号をもとに生成される、周波数に対する特性値を表した周波数スペクトルのうち、水蒸気による電磁波の吸収が大きくなる周波数である水蒸気吸収周波数の周波数スペクトルに対し、1つのフィッティング用関数の波形または複数のフィッティング用関数の合成波形をフィッティングさせ、当該フィッティングに用いたフィッティング用関数の性質を定める少なくとも2つの値を用いて液体試料の特性を解析するようにしている。
【発明の効果】
【0010】
上記のように、ノズルから液体を噴出することによって空間に膜状の液体試料を生成すると、液体試料の表面から水蒸気が発生し、電磁波はこの水蒸気の中も透過する。この水蒸気は液体試料の性質を含んだものであるから、この水蒸気による電磁波の吸収が大きくなる周波数の周波数スペクトルを処理することにより、液体試料の特性を解析することが可能である。しかも、水蒸気の周波数スペクトルはピークが明確でシャープであるため読み取りやすく、解析が比較的容易である。そして、上記のように構成した本発明によれば、液体試料から発生した水蒸気に起因する周波数スペクトルが、当該液体試料の特性を引き継いだ形で1つのフィッティング用関数の波形または複数のフィッティング用関数の合成波形によって近似され、その近似に用いたフィッティング用関数に関する値をもとに液体試料の特性が解析される。これにより、本発明によれば、分光装置によって検出される電磁波信号に対し、電磁波が水蒸気に吸収されるということを積極的に利用した解析を行うことにより、液体試料に固有の特徴を容易に検出することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】本実施形態による電磁波信号解析装置の機能構成例を示すブロック図である。
図2】本実施形態において用いる液膜生成装置の構成例を示す図である。
図3】ノズルにより生成された液体試料の周囲に水蒸気が生じる様子を示す図である。
図4】本実施形態の周波数スペクトル取得部により求められる周波数スペクトルの一例を示す図である。
図5】本実施形態の水蒸気フィッティング処理部により生成される水蒸気スペクトルの一例を示す図である。
図6】本実施形態の液体フィッティング処理部により生成される液体スペクトルの一例を示す図である。
図7】本実施形態によりフィッティングされた全体の周波数スペクトルの一例を示す図である。
図8】本実施形態の特性解析部により生成されるグラフの一例を示す図である。
図9】本実施形態の特性解析部により生成されるグラフの一例を示す図である。
図10】本実施形態の特性解析部により生成されるグラフの一例を示す図である。
図11】本実施形態の特性解析部により生成されるグラフの一例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明の一実施形態を図面に基づいて説明する。図1は、本実施形態による電磁波信号解析装置の機能構成例を示すブロック図である。本実施形態の電磁波信号解析装置10は、液体試料について分光装置20により取得される電磁波信号を解析するものであって、その機能構成として、周波数スペクトル取得部11、水蒸気フィッティング処理部12、液体フィッティング処理部13および特性解析部14を備えている。
【0013】
本実施形態の電磁波信号解析装置10において解析の対象とする電磁波は、例えばテラヘルツ波、赤外線、可視光線、紫外線などであり、水蒸気に吸収される周波数帯を含む電磁波であれば何れも対象とし得る。なお、テラヘルツ波の場合は特に、テラヘルツ波に応答して液体試料に生じる分子間相互作用が複雑な過程を有するため、分光計測によって観測されるスペクトルが重なり合う度合が強く、赤外分光や光電子分光に比べて特定周波数のピークを抽出することが難しい。本実施形態の電磁波信号解析装置10は、そのようなテラヘルツ波信号を解析することも可能である。
【0014】
上記各機能ブロック11~14は、ハードウェア、DSP(Digital Signal Processor)、ソフトウェアの何れによっても構成することが可能である。例えばソフトウェアによって構成する場合、上記各機能ブロック11~14は、実際にはコンピュータのCPU、RAM、ROMなどを備えて構成され、RAMやROM、ハードディスクまたは半導体メモリ等の記録媒体に記憶された電磁波信号解析用プログラムが動作することによって実現される。
【0015】
周波数スペクトル取得部11は、分光装置20により検出される電磁波信号をもとに生成される、周波数に対する特性値を表した周波数スペクトルを取得する。本実施形態では、特性値の一例として吸光度を表した周波数スペクトルを取得する。周波数スペクトル取得部11は、分光装置20により検出された周波数スペクトルを取得するようにしてもよいし、分光装置20により生成された電磁波信号をもとに自ら周波数スペクトルを生成することによって、当該周波数スペクトルを取得するようにしてもよい。
【0016】
分光装置20は、光路上に配置した計測対象の液体試料に電磁波を透過または反射させ、そのように液体試料に作用させた電磁波を検出するものである。本実施形態では、この分光装置20として、公知の種々のタイプのものを用いることが可能である。ただし、本実施形態において用いる分光装置20は、所定のノズルを備え、当該ノズルから液体を噴出することによって空間(電磁波の経路上)に膜状の液体試料を生成する。
【0017】
図2は、本実施形態において用いる液膜生成装置の構成例を示す図である。図2(a)に示すように、液膜生成装置は、容器1、液膜カートリッジ2、チューブポンプ3、往路配管4および復路配管5を備えて構成されている。容器1には、液体の回収タンク1aが設けられている。液膜カートリッジ2には、液体を噴出して液膜(以下、試料液膜100という)を生成するノズル21(図2(b)参照)が設けられている。
【0018】
チューブポンプ3は、回収タンク1aから復路配管5を介して計測対象の液体を吸い上げて、吸い上げた液体を加圧し、往路配管4を介して液膜カートリッジ2に導出する。液膜カートリッジ2は、チューブポンプ3により回収タンク1aから導出された液体をノズル21から噴出することにより、表面が平坦な板状の試料液膜100を空間上に生成する。容器1および液膜カートリッジ2の側面には、試料液膜100が形成される高さの付近に穴が設けられており、この穴を介して電磁波が試料液膜100を透過する。
【0019】
回収タンク1aは、液膜カートリッジ2から流れ落ちる液体を回収して貯蔵する。回収タンク1aに貯蔵された液体は、チューブポンプ3によって再び吸い上げられ、加圧されて液膜カートリッジ2のノズル21から噴出される。このように、回収タンク1a内の液体が循環し、その循環の過程でノズル21により試料液膜100が生成されるようになっている。
【0020】
図2(b)は、ノズル21により生成される試料液膜100を説明するための図である。ここでは、空間を定義する3次元座標軸をx-y-zで示す。ノズル21の中心軸21aは、y軸方向に向いているものとする。ノズル21の先端には、中心軸21aに直交するスリット状の開口部21bが設けられおり、このスリットはx軸と平行であるものとする。
【0021】
図2(b)に示すように、ノズル21の先端に設けられた開口部21bより噴出した液体は、互いに直交する複数の液膜面101~103を順次形成する。第1の液膜面101は、ノズル21の開口部21bから噴出した液体で、z-y平面内に流れる2本の紐状の流体柱111の間に液体の表面張力により形成される。すなわち、2本の紐状の流体柱111は、滑らかな弧を描きながら流体柱集合点121で衝突し、ノズル21の開口部21bから流体柱集合点121までの間に液体の表面張力により第1の液膜面101を形成する。よって、第1の液膜面101は、x軸に垂直でz-y平面に平行な面である。
【0022】
流体柱集合点121で衝突した2本の紐状の流体柱111は、90度角度を変えて、x-y平面内に流れる2本の紐状の流体柱112となり、滑らかな弧を描きながら次の流体柱集合点122で衝突する。これにより、1つ目の流体柱集合点121から2つ目の流体柱集合点122までの間に液体の表面張力により第2の液膜面102が形成される。よって、第2の液膜面102は、第1の液膜面101に対して垂直であり、x軸に垂直でx-y平面に平行な面となる。
【0023】
第3の液膜面103も第1の液膜面101や第2の液膜面102と同様に、2つ目の流体柱集合点122から3つ目の流体柱集合点123までの間に液体の表面張力により形成される。第3の液膜面103は、第2の液膜面102に対して垂直であり、x軸に垂直でz-y平面に平行な面となる。分光装置20では、このように形成される液膜面101~103のうち、第1の液膜面101に電磁波を透過または反射させる。この第1の液膜面101が特許請求の範囲の「液体試料」に相当する。
【0024】
なお、ここに示した液膜生成装置およびノズル21の構成は一例であり、これに限定されるものではない。図2(b)に示すような液体の噴出によって空間上に液膜を生成可能な装置およびノズルであれば、何れも本実施形態において用いることが可能である。
【0025】
図3は、ノズル21により生成された液体試料の周囲に水蒸気が生じる様子を示す図である。ノズル21から液体を噴出することによって空間に試料液膜100(液体試料)を生成すると、試料液膜100の表面から水蒸気110が発生する。分光装置20の光路上を進む電磁波は、この水蒸気110の中も透過し、試料液膜100を透過または反射する。
【0026】
図4は、周波数スペクトル取得部11により求められる周波数スペクトルの一例を示す図である。図4において、縦軸は吸光度、横軸は周波数で、0~2THzの範囲の周波数スペクトルを示している。この周波数スペクトルは、性質の異なる液体試料毎に異なる波形となるが、波形の中のどこに液体試料の特徴が表れているのか、あるいは、どのような波形に液体試料の特徴が表れているのかが分かりにくいものとなっている。本実施形態の電磁波信号解析装置10は、この周波数スペクトルを解析することにより、液体試料の特性に応じた特徴を分かりやすく提示するものである。
【0027】
図1に戻り、電磁波信号解析装置10の構成について説明する。水蒸気フィッティング処理部12は、周波数スペクトル取得部11により取得された周波数スペクトルのうち、水蒸気による電磁波の吸収が大きくなる周波数の周波数スペクトルに対し、1つのフィッティング用関数の波形または複数のフィッティング用関数の合成波形をフィッティングさせる処理を行う。以下、水蒸気による電磁波の吸収が大きくなる周波数を「水蒸気吸収周波数」といい、水蒸気フィッティング処理部12により生成される水蒸気吸収周波数の周波数スペクトルを「水蒸気スペクトル」という。
【0028】
どの周波数において水蒸気による電磁波の吸収が大きくなるかについては、例えば、NICT(国立研究開発法人 情報通信研究機構)から提供されているデータを用いて特定することが可能である。NICTは、電磁波通信のために、空気(水蒸気を含む)の電波減衰率のデータを公開している。あるいは、ウェブサイト上で公開されているHITRANonlineのデータベースを用いてもよい。これらのデータを用いることにより、水蒸気による電磁波の吸収が大きくなる周波数を特定することが可能である。図4において、吸光度のピークが極値的に大きくなっている周波数がいくつか見られるが、これらが水蒸気吸収周波数である。
【0029】
水蒸気フィッティング処理部12は、フィッティング用関数の一例として、中心周波数、振幅および幅の少なくとも1つが異なる複数の正規分布関数(ガウス関数)を用いてフィッティングを行う。すなわち、水蒸気フィッティング処理部12は、周波数スペクトル取得部11により求められた周波数スペクトルのうち、複数の水蒸気吸収周波数の周波数スペクトルに対し、中心周波数、振幅および幅(例えば、1/e幅)の少なくとも1つが異なる複数の正規分布関数の波形をそれぞれフィッティングさせる。
【0030】
水蒸気フィッティング処理部12は、複数ある水蒸気吸収周波数のそれぞれについて、基本的には1つの周波数スペクトル(ピーク波形)を1つの正規分布関数の波形で近似できるという前提のもと、各周波数における吸光度の値と、それに対応する各周波数における正規分布関数の波形の値との残差が最小化するような正規分布関数を、中心周波数、振幅および幅を変数とする最適化計算により複数の水蒸気吸収周波数ごとに算出する。
【0031】
水蒸気フィッティング処理部12の最適化計算により生成される水蒸気スペクトルは、次の(式1)により表すことが可能である。この(式1)において、iは複数の水蒸気吸収周波数の識別符号(i=1,2,・・・,m)、λiは水蒸気吸収周波数、Iiは水蒸気吸収周波数における吸光度、λ0iは正規分布関数の中心周波数、a0iは正規分布関数の振幅、a1iは正規分布関数の幅を示す。
【0032】
【数1】
【0033】
図5は、水蒸気フィッティング処理部12により生成される水蒸気スペクトルの一例を示す図である。図5に示すように、水蒸気フィッティング処理部12により生成される水蒸気スペクトルは、図4に示す全体の周波数スペクトルのうち、吸光度のピークが極値的に大きくなっている複数の水蒸気吸収周波数辺りの周波数スペクトルを複数の正規分布関数の波形によりそれぞれ近似したものとなっている。また、図5に示す水蒸気スペクトルは、複数の水蒸気吸収周波数における吸光度のピーク成分のみの波形を示したものとなっている。
【0034】
すなわち、図5に示す水蒸気スペクトルの吸光度は、それぞれの水蒸気吸収周波数において、基準値に対する強度の差分値を示している。基準値とは、ピークを成している波形の根本部分(ベース部)に当たる吸光度の値である。本実施形態では、以下に説明する液体フィッティング処理部13により生成される周波数スペクトルにおいて、複数の水蒸気吸収周波数における吸光度のそれぞれを、当該複数の水蒸気吸収周波数における基準値として用いる。
【0035】
ここでは、1つの水蒸気吸収周波数の周波数スペクトル(1つのピーク波形)に対し、1つの正規分布関数の波形をフィッティングさせる例について説明したが、これに限定されない。例えば、1つの水蒸気吸収周波数の周波数スペクトルに対し、複数の正規分布関数の合成波形をフィッティングさせるようにしてもよい。1つの正規分布関数の波形で近似するよりも複数の正規分布関数の合成波形で近似した方がフィッティングの精度が上がる場合などに、合成波形を用いてフィッティングするようにしてよい。
【0036】
液体フィッティング処理部13は、周波数スペクトル取得部11により取得された周波数スペクトルのうち、水蒸気吸収周波数のピーク成分を除く周波数スペクトルに対し、複数のフィッティング用関数の合成波形をフィッティングさせる処理を行う。以下、液体フィッティング処理部13により生成される周波数スペクトルを「液体スペクトル」という。
【0037】
ここで、「水蒸気吸収周波数のピーク成分を除く」とは、水蒸気吸収周波数の吸光度データそのものを削除することではなく、周波数スペクトル取得部11により取得された図4のような周波数スペクトルから、水蒸気吸収周波数のピーク成分のみを分離するという意味である。水蒸気吸収周波数のピーク成分のみを分離するというのは、液体フィッティング処理部13によるフィッティングを行う際に、水蒸気吸収周波数については吸光度が上述の基準値であるものとしてフィッティングを行うことに相当する。この点、水蒸気吸収周波数における吸光度データを間引きした上でフィッティングを行う特許文献1とは異なる。分離した水蒸気吸収周波数のピーク成分については、上述したように水蒸気フィッティング処理部12によりフィッティングを行う。
【0038】
本実施形態において、液体フィッティング処理部13は、複数のフィッティング用関数として、複数の項を含む多項式関数を用いてフィッティングを行う。すなわち、液体フィッティング処理部13は、周波数スペクトル取得部11により求められた周波数スペクトルのうち、水蒸気吸収周波数についてピーク成分を分離した周波数スペクトルに対し、n次多項式(n>1)における各次数の項により特定される各波形の合成波形をフィッティングさせる。ここで、n次多項式における各次数の項が「複数のフィッティング用関数」に相当する。
【0039】
液体フィッティング処理部13は、n次多項式の関数で液体スペクトルを近似できるという前提のもと、各周波数における吸光度の値と、それに対応する各周波数における合成波形の値(多項式関数の値)との残差が最小化するように、多項式関数における複数の項の各係数を最適化計算により算出する。液体フィッティング処理部13の最適化計算により生成される液体スペクトルは、次の(式2)により表すことが可能である。この(式2)において、xは1変数多項式(不定元を1個だけもつ多項式)の変数であり、ここでは周波数を示す。jはn次多項式の各次数(j=1,2,・・・,n)、bjは各項の係数を示す。
【0040】
【数2】
【0041】
図6は、液体フィッティング処理部13により生成される液体スペクトルの一例を示す図である。図6に示すように、液体フィッティング処理部13により生成される液体スペクトルは、図4に示す全体の周波数スペクトルのうち、水蒸気吸収周波数における吸光度のピーク成分を含まない周波数スペクトルを多項式関数の合成波形により近似したものとなっている。
【0042】
図5に示す水蒸気スペクトルと、図6に示す液体スペクトルとを合成すると、図4に示す周波数スペクトルの全体を近似した周波数スペクトル(以下、全体フィッティングスペクトルという)となる。図7は、この全体フィッティングスペクトルの一例を示す図である。すなわち、本実施形態では、周波数スペクトル取得部11により取得される図4のような周波数スペクトルを、次式のように水蒸気スペクトルと液体スペクトルとを合成した周波数スペクトルによりフィッティングする。
全体フィッティングスペクトル=水蒸気スペクトル+液体スペクトル
【0043】
なお、説明の便宜上、水蒸気フィッティング処理部12と液体フィッティング処理部13とを別の機能ブロックとして図示しているが、水蒸気スペクトルと液体スペクトルとを同時に計算して全体フィッティングスペクトルを求めることが可能である。
【0044】
特性解析部14は、水蒸気フィッティング処理部12のフィッティングに用いた複数のフィッティング用関数の性質を定める値と、液体フィッティング処理部13のフィッティングに用いた複数のフィッティング用関数の性質を定める値とを含む少なくとも2つ値を用いて、液体試料の特性を解析する。水蒸気フィッティング処理部12のフィッティングに用いた複数のフィッティング用関数の性質を定める値とは、複数の正規分布関数の中心周波数、振幅および幅(上述した(式1)におけるλ0i、a0i、a1iの値)である。また、液体フィッティング処理部13のフィッティングに用いた複数のフィッティング用関数の性質を定める値とは、多項式関数の各係数(上述した(式2)におけるbjの値)である。特性解析部14は、これらの値λ0i、a0i、a1i、bjのうち少なくとも2つを用いて、液体試料の特性を解析する。
【0045】
ここで、特性解析部14は、水蒸気フィッティング処理部12のフィッティングに用いた複数の正規分布関数の中心周波数λ0i、振幅a0iおよび幅a1iのうち少なくとも2つを用いて液体試料の特性を解析するようにしてよい。また、特性解析部14は、液体フィッティング処理部13のフィッティングに用いた多項式関数の各係数bjのうち少なくとも2つを用いて液体試料の特性を解析するようにしてよい。また、特性解析部14は、水蒸気フィッティング処理部12のフィッティングに用いた複数の正規分布関数の中心周波数λ0i、振幅a0iおよび幅a1iのうち少なくとも1つと、液体フィッティング処理部13のフィッティングに用いた多項式関数の各係数bjのうち少なくとも1つとを用いて液体試料の特性を解析するようにしてもよい。
【0046】
特性解析部14が行う解析の内容は、例えば、上述した少なくとも2つの値を用いて行う所定の統計処理または関数処理である。この統計処理または関数処理に用いる少なくとも2つの値は、水蒸気スペクトルの生成に用いた複数のフィッティング用関数の性質を定める値、液体スペクトルの生成に用いた複数のフィッティング用関数の性質を定める値であり、何れも液体試料の特性を反映した値となっている。よって、これらの値を用いて所定の統計処理または関数処理を行った結果の値は、液体試料の特性を反映した固有の値となる。
【0047】
このため、このようにして算出される統計値または関数値を用いて、液体試料の特性を同定したり、同じまたは類似の特性を有する液体試料どうしを分類したりすることが可能となる。また、同じ液体試料について時間を空けて複数回に渡って分光装置20により計測した周波数スペクトルから算出される統計値または関数値を用いて、液体試料の特性の変化を検出するといった解析を行うことも可能である。
【0048】
また、特性解析部14は、特性が既知の液体試料から算出した上述した少なくとも2つの値と、当該液体試料の特性を表すデータとのセットを教師データとして、複数の教師データを用いた機械学習により生成した学習済みモデル(予測モデル)に対して、特性が未知の液体試料から算出した上述した少なくとも2つの値を入力することにより、液体試料の特性を表すデータを予測モデルから出力するといった解析を行うことも可能である。例えば、溶液中における特定の溶媒または溶剤の濃度、溶液に含まれる溶媒または溶剤の種類、基準液体に対する異物の混入の有無などの特性を、機械学習した予測モデルを用いて解析することが可能である。なお、ここに解析対象として示した液体試料の特性は一例であり、これに限定されるものではない。
【0049】
また、特性解析部14は、上述した少なくとも2つの値をパラメータとして、所定のグラフを生成するようにしてもよい。例えば、特性解析部14は、水蒸気スペクトルの生成に用いた複数の正規分布関数の中心周波数λ0i、振幅a0iおよび幅a1iのうち少なくとも2つの関係を示したグラフを生成するようにしてよい。また、特性解析部14は、複数の正規分布関数ごとに、振幅a0jおよび幅a1jから正規分布波形の所定領域(1/e幅となる振幅以上の振幅を有する波形領域)の面積Aiを算出し、中心周波数λ0iと面積Aiとの関係を示したグラフを生成するようにしてもよい。
【0050】
また、特性解析部14は、複数の正規分布関数のうち1つを基準として、当該基準とした正規分布関数の振幅a0xまたは幅a1x(xは1~iの何れか)と、他の正規分布関数の振幅a0yまたは幅a1y(yは1~iの何れか。x≠y)との比率Rxy(各水蒸気吸収周波数におけるピーク成分の波形を特徴付ける振幅a0iまたは幅a1iに関するピーク間のバランスを示す値に相当)を複数の中心周波数λ0yごとに算出し、中心周波数λ0yと比率Rxyとの関係を示したグラフを生成するようにしてもよい。
【0051】
以下に、水蒸気フィッティング処理部12のフィッティングに用いた複数の正規分布関数の中心周波数λ0i、振幅a0iおよび幅a1iのうち少なくとも2つを用いてグラフを生成する例について説明する。
【0052】
図8は、特性解析部14により生成されるグラフの一例を示す図である。図8に示すグラフは、水蒸気スペクトルの生成に用いた複数の正規分布関数の中心周波数λ0i(複数の水蒸気吸収周波数の中心周波数にほぼ近い値を示す)のうち5個を軸とし、振幅a0i、幅a1iまたは面積Aiを各軸の値として示すレーダーグラフである。
【0053】
図8のレーダーグラフは、電磁波の一例としてテラヘルツ波を用い、中心周波数λ0iの値として、0.75THz,0.99THz,1.10THz,1.16THz,1.41THzの5つを軸として用いた場合に生成されるレーダーグラフの例を示している。ここで用いた5個の中心周波数λ0iは、テラヘルツ波の大きな吸収がある水蒸気吸収周波数、つまりピークの大きな水蒸気吸収周波数に対応するものである。
【0054】
なお、複数の水蒸気吸収周波数のうちどの周波数に関する値(中心周波数λ0i、振幅a0i、幅a1i)をグラフ化に用いるかについては、任意に定義することが可能である。例えば、図5のように生成した水蒸気スペクトルにおける吸光度が所定値以上となっている水蒸気吸収周波数に関する値を用いてグラフを生成するようにすることが可能である。また、複数の水蒸気吸収周波数に関する値を全て用いてグラフを生成するようにしてもよい。また、複数の水蒸気吸収周波数の中からユーザに任意に選択した水蒸気吸収周波数に関する値を用いてグラフを生成するようにしてもよい。
【0055】
図8(a)に示すレーダーグラフは、ある1つの液体試料に関するテラヘルツ波信号から生成したものである。図8(b)に示すレーダーグラフは、別の液体試料に関するテラヘルツ波信号から生成したものである。このように、特性解析部14により生成されるグラフは、液体試料の特性の違いを反映したものであり、その特性の違いがグラフの形状の違いとなって明確に現れる。これにより、液体試料の特性に応じた特徴を、グラフの形態で分かりやすく可視化することができる。例えば、従前は人間の感覚でしか捉えることのできなかった液体試料の特徴を、レーダーグラフの形状として客観的に可視化することも可能である。
【0056】
ここでは、異なる2つの液体試料から2つのレーダーグラフを別々に生成する例を示したが、これに限定されない。例えば、一方の液体試料の周波数スペクトルをもとに算出した正規分布関数の振幅a0iまたは幅a1iと、他方の液体試料の周波数スペクトルをもとに算出した正規分布関数の振幅a0iまたは幅a1iとの比率Riを複数の中心周波数λ0iごとに算出し、中心周波数λ0iと比率Riとの関係を示したグラフを生成するようにしてもよい。
【0057】
なお、複数の電磁波信号から生成した複数のレーダーグラフを重ねて可視化するようにしてもよい。図9は、その一例を示す図である。図9に示す例は、同じ液体試料について時間を空けて複数回に渡って分光装置20により計測した周波数スペクトルを解析して得られる複数のレーダーグラフを重ねて可視化したものである。この例では、時間が経つにつれて、液体試料の特性がどのように変化するかを可視化している。
【0058】
上記図9の例は、1つの液体試料の時間経過に伴う状態変化を複数のレーダーグラフにて表したものであるが、複数の液体試料から生成した複数のレーダーグラフを重ねて可視化するようにしてもよい。この場合、複数の液体試料が同じ特性を持つものであれば、生成される複数のレーダーグラフは、ほぼ同じ形状として重なり合う。一方、複数の液体試料が異なる特性を持つものであれば、生成されるレーダーグラフは異なる形状となる。
【0059】
これにより、特性が未知の複数の液体試料についてレーダーグラフを生成することにより、それらの液体試料が互いに同じ特性を持つものか、異なる特性を持つものかの判定を容易に行うことができる。また、特性が既知の1つの液体試料および特性が未知の複数の液体試料のそれぞれからレーダーグラフを生成することにより、既知の特性と同じ特性を持った液体試料の同定を行うことも容易にできる。
【0060】
ここでは、1つの液体試料について複数の時点で計測される複数の周波数スペクトルから求めた複数のレーダーグラフを重ねて可視化する例を示したが、これに限定されない。例えば、ある時点における液体試料の周波数スペクトルをもとに算出した正規分布関数の振幅a0iまたは幅a1iと、他の時点における液体試料の周波数スペクトルをもとに算出した正規分布関数の振幅a0iまたは幅a1iとの比率Ritを複数の中心周波数λ0iごとに算出し、中心周波数λ0iと比率Ritとの関係を示したグラフを生成するようにしてもよい。
【0061】
なお、生成するグラフの形態は、レーダーグラフに限定されない。例えば、折れ線グラフ、棒グラフ、散布グラフなどを生成するようにしてもよい。また、中心周波数ごとの振幅、幅または面積の大きさを円グラフにより生成するようにしてもよい。また、縦軸を振幅、横軸を幅、中心周波数を円の大きさで表したバブルグラフを生成するようにしてもよい。また、中心周波数はグラフの要素には取り入れず、振幅と幅との関係を示したグラフ(レーダーグラフ、折れ線グラフ、棒グラフ、散布グラフなど)を生成するようにしてもよい。
【0062】
さらに、図10に示すようなブランチグラフを生成するようにしてもよい。図10は、複数の中心周波数λ0iを複数の軸(ブランチ)とし、正規分布関数の振幅a0i、幅a1i、面積Aiのうち何れか1つを各軸の長さで表すとともに、軸の先端に描いた円形の大きさで正規分布関数の振幅a0i、幅a1i、面積Aiのうち他の1つを表したものである。
【0063】
以上が、水蒸気スペクトルの生成に用いた複数の正規分布関数の中心周波数λ0i、振幅a0iおよび幅a1iのうち少なくとも2つを用いてグラフを生成するいくつかの例である。
【0064】
また、特性解析部14は、液体スペクトルの生成に用いた多項式関数の各係数bjのうち少なくとも2つの関係を示したグラフを生成するようにしてよい。多項式関数の各係数biのうち少なとも2つを用いて生成するグラフも、レーダーグラフ、折れ線グラフ、棒グラフ、散布グラフ、円グラフ、ブランチグラフなどとすることが可能である。
【0065】
また、特性解析部14は、水蒸気フィッティング処理部12のフィッティングに用いた複数のフィッティング用関数の性質を定める値と、液体フィッティング処理部13のフィッティングに用いた複数のフィッティング用関数の性質を定める値とを含む少なくとも2つ値をパラメータとしてグラフを生成するようにしてもよい。例えば、特性解析部14は、水蒸気フィッティング処理部12のフィッティングに用いた複数の正規分布関数の中心周波数λ0i、振幅a0iおよび幅a1iのうち少なくとも1つと、液体フィッティング処理部13のフィッティングに用いた多項式関数の各係数bjのうち少なくとも1つとの関係を示したグラフを生成するようにしてもよい。
【0066】
ここで、中心周波数λ0i、振幅a0iおよび幅a1iのうち少なくとも1つと多項式関数の各係数bjのうち少なくとも1つとの関係を直接的に表したグラフを生成するようにしてよい。
【0067】
あるいは、多項式関数の各係数bjを中心周波数λ0j、振幅a0jおよび幅a1jに置換することによってパラメータの種類を揃えた後、水蒸気スペクトルから求められる中心周波数λ0i、振幅a0iおよび幅a1iのうち少なくとも1つと、液体スペクトルから求められる中心周波数λ0j、振幅a0jおよび幅a1jのうち少なくとも1つとの関係を表したグラフを生成するようにしてもよい。この場合、液体フィッティング処理部13は、複数のフィッティング用関数として、(式2)に示した多項式関数を用いて第1のフィッティングを行うとともに、当該第1のフィッティングにより取得された周波数スペクトル(図6参照)に対し、複数の正規分布関数の合成波形を用いて第2のフィッティングを行う。
【0068】
図11は、水蒸気スペクトルから求められるパラメータと液体スペクトルから求められるパラメータとを揃えて、水蒸気スペクトルの要素と液体スペクトルの要素との両方を含めて生成したブランチグラフの例を示している。図11に示すブランチグラフは、5つの軸(ブランチ)のうち、1つを水蒸気スペクトルの要素とし、残り4つを液体スペクトルの要素として生成したものである。すなわち、水蒸気スペクトルから求めた1つの中心周波数λ0iを1つの軸とし、正規分布関数の振幅a0i、幅a1i、面積Aiのうち何れか1つを当該軸の長さで表すとともに、当該軸の先端に描いた円形の大きさで正規分布関数の振幅a0i、幅a1i、面積Aiのうち他の1つを表している。また、液体スペクトルから求めた4つの中心周波数を4つの軸とし、正規分布関数の振幅a0j、幅a1j、面積Ajのうち何れか1つを当該4つの軸の長さで表すとともに、当該4つの軸の先端に描いた円形の大きさで正規分布関数の振幅a0j、幅a1j、面積Ajのうち他の1つを表している。
【0069】
なお、ここでは、液体スペクトルに関して複数の正規分布関数の中心周波数λ0j、振幅a0jおよび幅a1jの値を得るために、(式2)に示した多項式関数を用いて第1のフィッティングを行った後に、それにより得られた周波数スペクトルに対して複数の正規分布関数の合成波形を用いて第2のフィッティングを行う例について説明したが、本発明はこれに限定されない。すなわち、周波数スペクトル取得部11により取得された周波数スペクトルのうち水蒸気吸収周波数のピーク成分を除く周波数スペクトルに対して、複数の正規分布関数の合成波形を用いるフィッティングを直接行うようにしてもよい。
【0070】
以上詳しく説明したように、本実施形態では、分光装置20により取得される電磁波信号の周波数スペクトルのうち水蒸気吸収周波数の周波数スペクトルに対し、1つのフィッティング用関数の波形または複数のフィッティング用関数の合成波形をフィッティングさせ、当該フィッティングに用いたフィッティング用関数の性質を定める値を用いて液体試料の特性を解析するようにしている。
【0071】
水蒸気吸収周波数の周波数スペクトルは、液体試料の周囲に発生する水蒸気が有する特性が反映されたものである。この水蒸気は液体試料の性質を含んだものであるから、水蒸気吸収周波数の周波数スペクトルを処理することにより、液体試料の特性を解析することが可能である。しかも、水蒸気の周波数スペクトルはピークが明確でシャープであるため、読み取りやすい。そして、上記のように構成した本実施形態によれば、液体試料から発生した水蒸気に起因する周波数スペクトルが、当該液体試料の特性を引き継いだ形で1つのフィッティング用関数の波形または複数のフィッティング用関数の合成波形によって近似され、その近似に用いたフィッティング用関数に関する値をもとに液体試料の特性が解析される。これにより、本実施形態によれば、分光装置20によって検出される電磁波信号に対し、電磁波が水蒸気に吸収されるということを積極的に利用した解析を行うことにより、液体試料に固有の特徴を容易に検出することができる。
【0072】
また、本実施形態では、分光装置20により取得される電磁波信号の周波数スペクトルのうち、水蒸気吸収周波数のピーク成分を除く周波数スペクトルに対し、複数のフィッティング用関数の合成波形をフィッティングさせ、当該フィッティングに用いた複数のフィッティング用関数の性質を定める値を用いて液体試料の特性を解析するようにしている。ここで、「全体フィッティングスペクトル=水蒸気スペクトル+液体スペクトル」の関係が成り立つように、全体の周波数スペクトルをフィッティングするようにしている。
【0073】
これにより、電磁波が液体試料の周囲の水蒸気の中を透過することによって水蒸気吸収周波数の周波数スペクトルに反映された液体試料の特性と、電磁波が液体試料を透過または反射することによって水蒸気吸収周波数以外の周波数の周波数スペクトルに反映された液体試料の特性との全体を解析して、液体試料に固有の特徴を容易に検出することができる。
【0074】
しかも、本実施形態では、液体スペクトルをフィッティングする際に、水蒸気吸収周波数の吸光度データそのものを削除することなく、単に水蒸気吸収周波数のピーク成分のみを分離してフィッティングを行っている。そのため、水蒸気吸収周波数における分光データの欠落がない状態で液体スペクトルを求めることができる。これにより、電磁波が液体試料を通過または反射したことによって電磁波に反映される液体試料の特性を、特許文献1に記載の方法に比べて高精度に解析することができる。
【0075】
なお、上記実施形態では、水蒸気フィッティング処理部12が(式1)のように複数の正規分布関数を用いてフィッティングを行い、特性解析部14が当該複数の正規分布関数の中心周波数、振幅および幅を用いて液体試料の特性を解析する例について説明したが、本発明はこれに限定されない。例えば、水蒸気フィッティング処理部12が(式2)のように多項式関数を用いてフィッティングを行い、特性解析部14が多項式関数の各係数を用いて液体試料の特性を解析するようにしてもよい。
【0076】
また、上記実施形態では、液体フィッティング処理部13が(式2)のように多項式関数を用いてフィッティングを行い、特性解析部14が多項式関数の各係数のうち少なくとも2つを用いて液体試料の特性を解析する例について説明したが、本発明はこれに限定されない。例えば、液体フィッティング処理部13が複数の正規分布関数の合成波形を用いてフィッティングを行い、特性解析部14が当該複数の正規分布関数の中心周波数、振幅および幅のうち少なくとも2つを用いて液体試料の特性を解析するようにしてもよい。また、1つの正規分布関数の波形で液体周波数の周波数スペクトルをある程度近似できる場合は、当該1つの正規分布関数の波形を用いてフィッティングを行い、特性解析部14が当該1つの正規分布関数の中心周波数、振幅および幅の何れかを用いて液体試料の特性を解析するようにしてもよい。
【0077】
また、上記実施形態では、水蒸気フィッティング処理部12のフィッティングに用いた複数のフィッティング用関数の性質を定める値と、液体フィッティング処理部13のフィッティングに用いた複数のフィッティング用関数の性質を定める値とを含む少なくとも2つ値を用いて液体試料の特性を解析するいくつかの例について説明したが、本発明は上記の例に限定されない。
【0078】
また、上記実施形態では、電磁波信号解析装置10が水蒸気フィッティング処理部12および液体フィッティング処理部13の両方を備える構成について説明したが、本発明はこれに限定されない。例えば、電磁波信号解析装置10が水蒸気フィッティング処理部12のみを備える構成としてもよい。この場合、周波数スペクトル取得部11が、周波数全体の周波数スペクトルを取得することに代えて、水蒸気吸収周波数の周波数スペクトルを取得するようにしてもよい。
【0079】
また、上記実施形態では、フィッティングに用いる関数の一例として正規分布関数(ガウス関数)を用いたが、ローレンツ関数、フォークト関数などを用いても実現可能である。また、中心対称ではない、非対称な形であるポアソン分布の関数(確率質量関数、累積分布関数)やカイ二乗分布の関数(確率密度関数、累積分布関数)などの確率分布関数を用いてもよいし、波形形状が山型となるその他の関数を用いるようにしてもよい。確率分布関数を用いる場合は、確率分布の性質を表す値(例えば、振幅の中央値または最頻値、当該振幅値が得られる周波数、振幅が所定値以上または所定値以下となる周波数幅など)をパラメータとしてフィッティングを行う。山型の関数を用いる場合は、頂点となる最大振幅、当該最大振幅が得られる周波数、振幅が所定値以上または所定値以下となる周波数幅などをパラメータとしてフィッティングを行う。
【0080】
また、上記実施形態では、電磁波信号の特性値として吸光度を用い、周波数に対する吸光度を表した周波数スペクトルを求める例について説明したが、透過率などの他の特性値を用いてもよい。
【0081】
その他、上記実施形態は、何れも本発明を実施するにあたっての具体化の一例を示したものに過ぎず、これによって本発明の技術的範囲が限定的に解釈されてはならないものである。すなわち、本発明はその要旨、またはその主要な特徴から逸脱することなく、様々な形で実施することができる。
【符号の説明】
【0082】
10 電磁波信号解析装置
11 周波数スペクトル取得部
12 水蒸気フィッティング処理部
13 液体フィッティング処理部
14 特性解析部
20 分光装置
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11