(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-10-11
(45)【発行日】2023-10-19
(54)【発明の名称】薬効評価方法、コンピュータプログラムおよび記録媒体
(51)【国際特許分類】
G06T 7/00 20170101AFI20231012BHJP
G01N 33/50 20060101ALI20231012BHJP
G01N 33/483 20060101ALI20231012BHJP
G01N 21/17 20060101ALI20231012BHJP
【FI】
G06T7/00 630
G01N33/50 Z
G01N33/483 C
G01N21/17 A
(21)【出願番号】P 2019080805
(22)【出願日】2019-04-22
【審査請求日】2022-01-07
(73)【特許権者】
【識別番号】000207551
【氏名又は名称】株式会社SCREENホールディングス
(73)【特許権者】
【識別番号】591222245
【氏名又は名称】国立感染症研究所長
(74)【代理人】
【識別番号】100105935
【氏名又は名称】振角 正一
(74)【代理人】
【識別番号】100136836
【氏名又は名称】大西 一正
(72)【発明者】
【氏名】藤本 博己
(72)【発明者】
【氏名】落合 雅樹
(72)【発明者】
【氏名】山本 明彦
【審査官】山田 辰美
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-205053(JP,A)
【文献】特開2015-192644(JP,A)
【文献】特開2017-105738(JP,A)
【文献】国際公開第2018/147300(WO,A1)
【文献】吉田 隆司 他,培養細胞を用いた創薬テストにおける画像処理,横河技報,Vol.52 No.1,日本,横河電機株式会社,2008年01月21日
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G06T 7/00-7/90
G01N 33/50
G01N 33/483
G01N 21/17
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
培養細胞に被験物質を互いに異なる濃度で接種または投与した複数の試料のそれぞれを明視野撮像した複数の原画像を取得する工程と、
前記原画像の各々について、当該原画像中の前記細胞に相当するオブジェクトを抽出する工程と、
前記原画像の各々について、当該原画像のうち評価対象領域に含まれる前記オブジェクトそれぞれの円形度を算出しその平均値を求める工程と、
前記被験物質の濃度の変化に対する前記平均値の変化の態様に基づき、前記被験物質の前記細胞に及ぼす効力を判定する工程と
を備える薬効評価方法。
【請求項2】
前記オブジェクトの円形度は、当該オブジェクトの面積を周囲長の2乗で除した値に基づき求められる請求項1に記載の薬効評価方法。
【請求項3】
培養細胞に被験物質を互いに異なる濃度で接種または投与した複数の試料のそれぞれを明視野撮像した複数の原画像を取得する工程と、
前記原画像の各々について、当該原画像中の前記細胞に相当するオブジェクトを抽出する工程と、
前記原画像の各々について、当該原画像のうち評価対象領域に含まれる前記オブジェクトそれぞれの円形度を算出しその平均値を求める工程と、
前記被験物質の濃度に対する前記平均値の変化に基づき、前記被験物質の前記細胞に及ぼす効力を判定する工程と
を備え、
前記被験物質の濃度の変化に対する前記平均値の変化率が有意に変化する濃度における前記平均値
を閾値とし、
前記平均値と、前記閾値との比較に基づき前記効力を判定する、薬効評価方法。
【請求項4】
前記被験物質の量が未知である未知試料の明視野画像について求めた前記平均値と、前記閾値との比較に基づき、前記未知試料における前記被験物質の薬効の有無を判定する請求項3に記載の薬効評価方法。
【請求項5】
培養細胞に被験物質を互いに異なる濃度で接種または投与した複数の試料のそれぞれを明視野撮像した複数の原画像を取得する工程と、
前記原画像の各々について、当該原画像中の前記細胞に相当するオブジェクトを抽出する工程と、
前記原画像の各々について、当該原画像のうち評価対象領域に含まれる前記オブジェクトそれぞれの円形度を算出しその平均値を求める工程と、
前記被験物質の濃度に対する前記平均値の変化に基づき、前記被験物質の前記細胞に及ぼす効力を判定する工程と、
前記円形度の算出に先立って前記評価対象領域を設定する工程と
を備え、
前記評価対象領域は、前記原画像の一部領域であって、当該領域中における前記オブジェクトが占める面積と前記オブジェクト間の距離とが予め定められた条件を満たす領域である、薬効評価方法。
【請求項6】
前記面積に対する前記条件は、前記オブジェクトの面積の合計値が当該領域の面積に対して占める比の値が、予め定められた範囲内にあることであり、
前記距離に対する前記条件は、2つの前記オブジェクト間の距離が両オブジェクトの重心間の距離として求められ、かつ、互いに隣り合う前記オブジェクトの対の間でそれぞれ求められた距離を母集団とする標準偏差または分散の値が予め定められた範囲内にあることである、
請求項5に記載の薬効評価方法。
【請求項7】
前記オブジェクトの重心を母点として前記原画像をボロノイ分割したときに互いに接する2つのボロノイ領域の母点に対応する2つの前記オブジェクトを、前記隣り合うオブジェクトとする請求項6に記載の薬効評価方法。
【請求項8】
前記隣り合うオブジェクトの対におけるオブジェクト間の距離は、前記オブジェクトの重心に基づき前記原画像をデローネイ三角形分割したときの辺の長さとして求められる請求項6または7に記載の薬効評価方法。
【請求項9】
培養細胞に被験物質を互いに異なる濃度で接種または投与した複数の試料のそれぞれを明視野撮像した複数の原画像を取得する工程と、
前記原画像の各々について、当該原画像中の前記細胞に相当するオブジェクトを抽出する工程と、
前記原画像の各々について、当該原画像のうち評価対象領域に含まれる前記オブジェクトそれぞれの円形度を算出しその平均値を求める工程と、
前記被験物質の濃度に対する前記平均値の変化に基づき、前記被験物質の前記細胞に及ぼす効力を判定する工程と
を備え、
前記評価対象領域内で抽出された前記オブジェクトのうち面積が予め定められた範囲内のものを、前記円形度の平均値の算出対象とする、薬効評価方法。
【請求項10】
培養細胞に被験物質を互いに異なる濃度で接種または投与した複数の試料のそれぞれを明視野撮像した、複数の原画像の各々について、当該原画像中の前記細胞に相当するオブジェクトを抽出する工程と、
前記原画像の各々について、当該原画像のうち評価対象領域に含まれる前記オブジェクトそれぞれの円形度を算出しその平均値を求める工程と、
前記被験物質の濃度の変化に対する前記平均値の変化の態様に基づき、前記被験物質の前記細胞に及ぼす効力を判定する工程と
をコンピュータに実行させるための、コンピュータプログラム。
【請求項11】
培養細胞に被験物質を互いに異なる濃度で接種または投与した複数の試料のそれぞれを明視野撮像した、複数の原画像の各々について、当該原画像中の前記細胞に相当するオブジェクトを抽出する工程と、
前記原画像の各々について、当該原画像のうち評価対象領域に含まれる前記オブジェクトそれぞれの円形度を算出しその平均値を求める工程と、
前記被験物質の濃度に対する前記平均値の変化に基づき、前記被験物質の前記細胞に及ぼす効力を判定する工程と
を備え、
前記被験物質の濃度の変化に対する前記平均値の変化率が有意に変化する濃度における前記平均値
を閾値とし、前記平均値と、前記閾値との比較に基づき前記効力を判定する処理を、コンピュータに実行させるためのコンピュータプログラム。
【請求項12】
請求項10または11に記載のコンピュータプログラムを記録した、コンピュータ読み取り可能な記録媒体。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、培養細胞に接種または投与された被験物質の当該細胞に対する効力を判定する薬効評価方法に関するものである。なお、この明細書にいう「薬効」は、被験物質が、例えば増殖の促進や病変の改善など細胞に対し及ぼす好ましい影響と、細胞を傷害する毒性等の悪影響との双方を含む概念である。また以下においては「接種または投与」を「接種」と略記する。
【背景技術】
【0002】
新たな医薬品を開発する創薬の技術分野や、病原体およびそれが産生する毒素等の各種の物質が生体に及ぼす影響を調べる薬効評価の技術分野では、培養細胞に被験物質を接種し、その後の細胞の状態を観察することが行われる。顕微鏡等を用いた目視観察では主観による判定ばらつきが生じ、また観察視野の選び方によっても判定結果が変動する。このため、被験物質が細胞に及ぼす影響について、主観に頼らない定量的な評価方法の確立が求められている。
【0003】
このような目的に対応するための従来技術としては、例えば特許文献1、2に記載のものがある。特許文献1に記載の技術では、病原菌の作用により細胞が産生する抗体の量を測定するという生化学的方法が用いられている。また、特許文献2に記載の技術では、励起光源に反応する物質を組み込まれた細胞が発する蛍光の光量を検出することで定量的な測定が行われる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2014-202535号公報
【文献】特開2014-117170号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上記した従来技術では、定量的計測のための特殊な試薬や光源を用いることから、事前の準備が必要であり、また測定コストも高くなりがちである。また、細胞自体を改変したり破壊したりすることになるため、経時的な観察には適さないという問題がある。このため、計測のための特別な準備や細胞の改変を必要とせず、薬効についての客観的評価を行うことのできる方法の確立が求められる。
【0006】
この発明は上記課題に鑑みなされたものであり、培養細胞に接種された被験物質の当該細胞に対する効力を判定する薬効評価方法において、計測のための特別な準備や細胞の改変を必要とせず、薬効について客観的に評価を行うことのできる技術を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
この発明の一の態様は、上記目的を達成するため、培養細胞に被験物質を互いに異なる濃度で接種または投与した複数の試料のそれぞれを明視野撮像した複数の原画像を取得する工程と、前記原画像の各々について、当該原画像中の前記細胞に相当するオブジェクトを抽出する工程と、前記原画像の各々について、当該原画像のうち評価対象領域に含まれる前記オブジェクトそれぞれの円形度を算出しその平均値を求める工程と、前記被験物質の濃度の変化に対する前記平均値の変化の態様に基づき、前記被験物質の前記細胞に及ぼす効力を判定する工程とを備える薬効評価方法である。
【0008】
このように構成された発明では、単体または集塊として試料に存在する細胞の形状が被験物質の薬効により変化することを利用して、その効力の定量的評価が可能である。すなわち、ある種の細胞と被験物質との組み合わせでは、通常の培養状態では概ね球状の細胞または細胞集塊が被験物質の薬効により不定形となる性質がある。あるいは逆に、通常は細胞種に特有の形状である細胞または細胞集塊が、被験物質の薬効により球状に凝集する性質を有するような組み合わせも存在し得る。
【0009】
例えば被験物質の薬効によって形状が球形から不定形に変化するような細胞においては、被験物質の濃度が高くなるにつれて細胞の形状の乱れが大きくなる。したがって、細胞を撮像した画像においては、細胞に対応するオブジェクトの円形度が、薬効の大きさに伴って低下することになる。一方、薬効により形状が球状に近づく系においては、薬効の大きさに伴って円形度が上昇することになる。
【0010】
このことから、被験物質の濃度を種々に異ならせて作成した試料を撮像し、画像中のオブジェクトの円形度を求めることで、薬効の大きさを定量的に評価することが可能である。一つの具体的態様として、本発明では、被験物質の濃度を種々に異ならせて撮像された複数の原画像の各々について、原画像中の評価対象領域において抽出されるオブジェクトの円形度を求め、その平均値の変化と被験物質の濃度の変化との関係に基づいて薬効が判定される。これにより、濃度の変化に対する円形度(平均値)の変化が定量的に示されるため、それに基づく客観的な薬効の判定が可能である。
【0011】
原画像は、細胞または細胞集塊の形状が現れていれば足り、染色や蛍光試薬を用いない明視野撮像により得られるものでよい。このため、試薬の添加や染色、蛍光撮像のための設備が不要であり、撮像に要する手間およびコストを抑えることが可能である。
【0012】
本発明に係る薬効評価方法のうち、少なくとも、取得された原画像からオブジェクトを抽出する工程、オブジェクトの円形度を算出する工程、および、被験物質の細胞に及ぼす効力を判定する工程については、コンピュータをその実行主体とすることが可能なものである。この意味において、本発明は、コンピュータに上記処理を実行させるためのコンピュータプログラムとして実現することが可能である。また、当該コンピュータプログラムを記録した記録媒体として実現することも可能である。
【発明の効果】
【0013】
以上のように、本発明によれば、明視野撮像された試料の画像から、被験物質の濃度とそれに対応する細胞の形状変化との関係が定量的に示される。その結果に基づき、被験物質が細胞に及ぼす効力についての客観的な評価が可能である。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】本実施形態の薬効評価方法を示すフローチャートである。
【
図2】試料の作製処理を示すフローチャートである。
【
図4】処理過程における画像の例を模式的に示す図である。
【
図5】評価対象領域として適切なブロック画像と不適切なブロック画像との例を模式的に示す図である。
【
図6】本実施形態による薬効評価の事例を示す図である。
【
図7】未知の試料に対する薬効評価方法を示すフローチャートである。
【
図8】本実施形態の薬効評価処理の実行主体の構成を例示する図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明にかかる薬効評価方法の一実施形態について説明する。ここでは、薬効評価の一例として、チャイニーズハムスター卵巣細胞(CHO細胞)に百日咳菌が産生する百日咳毒素を被験物質として作用させた場合の薬効を評価するケースについて説明する。なお、ここでいう「薬効」は、被験物質が細胞に対し何らかの変化を起こさせる能力を指し、その変化は細胞にとって好ましいものと好ましくないものとの双方を含む概念である。したがって、このケースでは百日咳毒素が細胞に与える特異的な形態変化が「薬効」に該当する。
【0016】
通常の培養状態では、ある細胞種の細胞または細胞集塊は二次元的には概略円形、三次元的には概略球形の形状を有する。しかしながら、百日咳毒素の薬効によりその形状が乱れてくる。また、通常は細胞種に特有の形状を有する細胞または細胞集塊であるが薬効によってより丸い形状となるケースもある。従来は顕微鏡等を用いた目視観察により総合的に細胞集塊の形状の乱れの有無が判定されてきたが、観察者の主観や観察視野の設定による判定ばらつきが避けられない。本実施形態は、この問題を解消して客観的な判定を可能とするものである。
【0017】
ただし、本発明の適用対象はこれに限定されず、種々の細胞と被験物質との組み合わせに対して適用することが可能である。特に、上記例のように通常は略円形または略球形である細胞または細胞集塊の形状が薬効により乱れるケース、あるいは逆に通常は細胞種に特有の形状である細胞または細胞集塊が薬効により丸くなるケースにおいて、本発明の薬効評価方法は有効である。本実施形態で採り上げた百日咳毒素は、通常は扁平上の細胞が球状に変化し、細胞集塊を形成する。
【0018】
図1は本実施形態の薬効評価方法を示すフローチャートである。また、
図2は試料の作製処理を示すフローチャートである。
図1に示すように、この薬効評価方法では最初に複数の試料が明視野撮像されて原画像が取得される(ステップS101)。各試料は例えば以下のようにして作製される。
図2に示すように、例えばウェルプレートに設けられた複数のウェルに、適宜の培地がそれぞれ注入される(ステップS201)。各ウェルに実験対象となる細胞が播種され、所定の培養条件で培養される(ステップS202)。
【0019】
適切な培養条件下で一定期間培養されることで細胞は増殖し、ある種の細胞では互いに凝集して細胞コロニーを形成する。以下において、特に断りなく「細胞」というとき、単独で存在する細胞と、複数の細胞が凝集して形成された細胞コロニーとの双方を指すものとする。また、「細胞コロニー」というとき、一般的には複数の細胞が凝集したものを指すが、単独で存在する細胞をその概念から排除するものではない。
【0020】
こうして細胞が培養された各ウェルに対し、所定濃度の被験物質がそれぞれ接種されることにより(ステップS203)、試料が作製される。同じ条件で培養された細胞に対し、互いに異なる濃度の被験物質が接種される。ウェルごとに被験物質の濃度を異ならせれば、1つのウェルプレート上で複数の試料を作製することができる。例えば、被験物質の濃度が一定の比率で変化する希釈系列に沿った濃度の割り当てとすることができる。具体的な数値例については後述する。
【0021】
こうして作製された試料のそれぞれについて明視野撮像が行われることで、各試料に対応する複数の原画像が取得される(ステップS101)。原画像は各細胞コロニーの形状が検出できれば足り、したがって事前の染色や蛍光撮像等を必要としない。撮像は、顕微鏡等を用いてウェル中の試料の一部を撮像するものであってもよいが、1つのウェル全体を撮像視野に収めたものであることがより好ましい。というのは、試料作製におけるばらつき、具体的には播種時の細胞の分布状態やその後の培養の進行状況、被験物質の注入時の広がり方等のばらつきにより、1つのウェル内でも位置により薬効の現れ方が異なる場合があるからである。
【0022】
ウェルの一部だけを撮像視野に収めた撮像では、画像が当該試料の典型的な状態を表すものとならないことがあり得る。後述するように、この実施形態では、撮像時にはウェル全体を撮像しておき、これにより得られた原画像から適切な領域を選択して評価を行うようにしているので、不適切な視野選択に起因する誤判定を防止することが可能である。
【0023】
次のステップS102からS105までの処理は、試料ごとに撮像された原画像の各々に対してそれぞれ実行される。ステップS102では、各試料について取得された原画像の各々から、細胞コロニーに相当するオブジェクトが抽出される。その抽出方法については特に限定されず、画像を細胞コロニーに相当する領域とそれ以外の領域とに区分する種々の方法、例えば適応的閾値法およびエッジ検出法などの公知の二値化処理を適用可能である。培養の過程で細胞コロニーから遊離した細胞や老廃物(デブリ)等もオブジェクトとして検出され得るが、オブジェクトの形状や濃度に基づいてこれらをできるだけ排除し、細胞コロニーに相当するオブジェクトのみが抽出されることがより好ましい。そのような方法についても各種の公知例があるためここでは説明を省略する。
【0024】
次に、画像中のオブジェクトの分布状態に基づいて、適切な視野の選択が行われる(ステップS104)。前述したように、1つのウェルを撮像した原画像には、試料作製時のばらつきに起因して、評価の対象として適切な領域と不適切な領域とが混在し得る。そこで、原画像をいくつかのブロック画像に分割し、その中から評価の対象として適切なブロック画像を選択する。このような処理は、ウェル内の互いに異なる一部領域をそれぞれ撮像視野に収めた複数の顕微鏡画像から、評価に適した視野で撮像された画像を選択するのと等価である。そのため、この処理を視野選択と称する。
【0025】
細胞コロニーの形状に基づく評価においては、評価に供される視野(ブロック画像)中に、適度な大きさを有する複数の細胞コロニーが適度の密度で分布している状態が理想的である。このような条件に適合するブロック画像を選択するために、この実施形態では、ブロック画像内に占めるオブジェクトの総面積と、オブジェクト間の距離とを指標とする。ブロック画像内においてオブジェクトが占める面積の比率は、細胞培養の技術分野においては「コンフルエンシー」として知られる概念であり、培養の進行状況を表す指標として用いられる。
【0026】
具体的には、多くの細胞コロニーがあってもそれぞれが小さいものであれば総面積は小さくなるし、逆に細胞コロニーの数が少なくても個々のコロニーが大きいものであれば総面積は大きくなる。適度の大きさの細胞コロニーが適度の数含まれるためには、コンフルエンシーの値が所定の適正範囲内にあることが好ましい。
【0027】
また、オブジェクト間の距離は、複数の細胞コロニーが互いに離隔しているか接しているかを表す指標である。ブロック画像内では複数の細胞コロニーが互いに孤立した状態であることが好ましい。というのは、細胞コロニー同士が接した状態では、それらが1つのオブジェクトとして検出されてしまうと個々のコロニーの形状を正しく評価することができず、誤判定の原因となるからである。また、オブジェクト間が離れすぎていると1つのブロック画像内に存在するオブジェクトの数が少なくなり、後の統計処理における精度が低下する。したがって、オブジェクト間の距離についても適正な範囲がある。
【0028】
図3は視野選択処理を示すフローチャートである。また、
図4は処理過程における画像の例を模式的に示す図である。
図3に示す処理は、上記原理に基づき適切な視野を選択するための処理である。最初に、オブジェクト抽出後の画像が複数のブロック画像に分割される(ステップS301)。
図4(a)は、複数のオブジェクトを含む画像Iaが破線により4分割された例を示している。ただし、原画像の分割数はこれに限定されず任意である。
【0029】
そして、各ブロック画像に含まれるオブジェクトの重心位置が特定される(ステップS302)。画像オブジェクトの重心を求める方法は公知であり、ここでも公知の方法を適用することが可能である。続いて、各オブジェクトの重心を要素とする点集合に対してデローネイ(Delaunay)三角形分割が実行される(ステップS303)。デローネイ三角形分割は、各オブジェクトの重心を母点とするボロノイ(Voronoi)分割の双対に当たる概念であり、本実施形態のブロック画像に適用されたとき、三角形の各辺は隣り合う2つのオブジェクトの重心間を結ぶように生成される。したがって、各辺の長さは隣り合う2つのオブジェクトの重心間の距離を表すことになる。
【0030】
図4(b)の画像Ibは、
図4(a)の画像Iaを分割した4つのブロック画像のうち右上のものについて、含まれる各オブジェクトの輪郭および重心をそれぞれ点線および黒丸印で、またデローネイ三角形分割により生成された三角形の辺を実線で示したものである。この図から明らかなように、各三角形の辺は隣り合うオブジェクト間の重心同士を結ぶものであって、その長さは重心間の距離を表す。言い換えれば、このようにデローネイ三角形分割の結果として重心間が結ばれるオブジェクト同士が「互いに隣り合うオブジェクト」であると一義的にみなすことができる。なお、
図4および後述の
図5は分割の概念を説明するための模式図であって、必ずしも正しい分割結果を示すものではない。
【0031】
例えば、デローネイ三角形の1つの辺S1によって結ばれるオブジェクトOB1,OB2や、辺S2によって結ばれるオブジェクトOB2,OB3は、それぞれ互いに隣り合うオブジェクトの対をなすものとみなすことができ、それらのオブジェクト間の距離はそれぞれ辺S1,S2の長さにより表される。一方、単一の辺で結ばれないオブジェクトOB1,OB3は、互いに隣り合うものとはみなされない。
【0032】
このことは、各オブジェクトの重心を母点としてボロノイ分割を行った結果、互いに接するボロノイセルのそれぞれに属する重心に対応するオブジェクトの対を「互いに隣り合う」ものとみなすことと等価である。
【0033】
複数のオブジェクトが互いに離隔して分散している状態では、隣り合うオブジェクト対の間の距離が比較的大きい。またその距離は、各オブジェクトが概ね一様に分散していれば、各オブジェクト対の間でさほど大きく異ならないと考えられる。つまり、デローネイ三角形の辺の長さと、これを母集団と考えたときの標準偏差の値とには、それぞれ適正な範囲がある。言い換えれば、これらの値はオブジェクトの分散の度合いを示す指標である。そこで、各辺の長さに加えて、辺の長さを母集団とする標準偏差の値を求めておく(ステップS304)。
【0034】
また、前述のように、良好な状態に培養され観察に適した試料の画像では、画像中で細胞コロニーの領域が占める面積の比率(コンフルエンシー)に対しても適正な範囲がある。そこで、ブロック画像の面積に対するオブジェクトの総面積の比についても算出しておく(ステップS305)。
【0035】
こうして求められるパラメータ、すなわち細胞コロニー間の距離(すなわちデローネイ三角形の辺の長さ)の平均値と、その標準偏差と、ブロック画像における細胞コロニーの面積比率とに対し、適正と見なせる範囲が予め設定される。それらにより特定される条件を満たすブロック画像が、評価に適したブロック画像として選択される(ステップS306)。こうして選択されるブロック画像の領域を、原画像中の「評価対象領域」と称することとする。
【0036】
例えば、百日咳毒素が接種された細胞コロニーの画像に関する発明者の知見では、1000ピクセル程度を1辺のサイズとするブロック画像に対して、コンフルエンシーの値の好ましい範囲は14%ないし30%、細胞コロニー間距離の好ましい範囲は100ピクセルないし130ピクセル、その標準偏差の好ましい範囲は50ピクセルないし65ピクセル程度である。1つのブロック画像について求められるパラメータの値がいずれもこれらの適正範囲内にあるとき、当該ブロック画像は「評価対象領域」として利用可能である。
【0037】
このような条件を満たすブロック画像が複数存在することも当然に考えられる。その場合、それらの全てが評価対象領域とされてもよく、またそれらのうち一部が評価対象領域に設定されてもよい。
【0038】
図5は評価対象領域として適切なブロック画像と不適切なブロック画像との例を模式的に示す図である。
図5(a)は評価対象領域として適当なブロック画像の例であり、デローネイ三角形分割の結果として得られる三角形の辺の長さのばらつきが小さい。一方、
図5(b)の例では、長さの大きく異なる辺が混在しており、そのばらつきは大きい。このようなブロック画像は評価対象領域として適当でない。
【0039】
図5(c)はある原画像に対する視野選択の結果を例示する図である。ここでは1つの原画像を16分割し、分割後のブロック画像について各パラメータ、すなわち細胞コロニー間の距離の平均値と、その標準偏差と、細胞コロニーの面積比率とを求めた。これらの値がいずれも上記した適正範囲内にあるブロック画像(ブロックNo.1~8)は、評価対象領域に適したものとされる。一方、いずれかのパラメータが適正範囲外にあるもの(ブロックNo.9~16)は、評価対象領域に適さないものとされる。なお、ブロック番号(ブロックNo.)は
図5(c)において各ブロック画像を区別するために便宜的に付した符号であり、例えば原画像中の配列のような実質的な意味を有する数字ではない。
【0040】
このように、1つの原画像から取り出されるブロック画像でも、位置によって評価対象領域としての適性は大きく異なる。したがって、試料全体からランダムに、あるいは主観的に選択された一部の視野のみを評価対象とする場合、不適切な選択結果が誤判定を招くおそれがある。本実施形態では、上記のように各パラメータの値が一定以上のスコアを示すブロック画像を評価対象領域の候補とするので、不適切な視野選択に起因する誤判定は避けられる。
【0041】
図1に戻って薬効評価方法の説明を続ける。ステップS104以降の処理は、評価対象領域とされたブロック画像に対して実行される。評価対象領域中に存在するオブジェクトについて、その絞り込みが行われる(ステップS104)。細胞コロニーに相当するものとして抽出されたオブジェクトの中にも、形状の評価に適さないものが含まれ得る。例えば、細胞コロニーを構成する細胞の数が多いほど全体としての輪郭形状は個々の細胞の形状に依存しないものとなるが、極めて少数の細胞で構成された細胞コロニーでは、その輪郭は個々の細胞の形状を強く反映したものとなる。また、複数の細胞コロニーが互いに接しており、これらが全体として単一のオブジェクトとして検出される場合、例えば個々の細胞コロニーは円形であっても全体としての輪郭はいびつなものとなる。
【0042】
後述するように、この実施形態では細胞コロニーの円形度の平均値を薬効の指標として用いる。そのため、上記のように薬効とは無関係な原因で本来の形状から大きく逸脱する形状の細胞コロニーに対応するオブジェクトは誤差要因となるため、評価対象から除外する必要がある。実験対象の細胞の種類が既知であれば、個々の細胞の大きさや適正な細胞コロニーの大きさについても予め見積もることが可能である。そこで、それらの知見から考えて明らかに小さすぎるオブジェクトおよび大きすぎるオブジェクトについては対象から除外すべきである。
【0043】
オブジェクトの面積に適正範囲を設定し、これから外れる大きさのオブジェクトを除外することにより、算出の対象に含まれるオブジェクトを絞り込むことができる。ここでは、発明者の知見に基づき、細胞3個分相当の面積から180個分相当の面積までのオブジェクトを算出の対象とする。この範囲から外れる極端に小さいオブジェクトや極端に大きいオブジェクトは算出対象から除外される。なおこれらの数値については適宜変更可能である。
【0044】
こうして絞り込まれたオブジェクトの各々について、その円形度が求められる(ステップS105)。オブジェクトが如何に円形に近いかを表す計算式としては種々のものがあるが、その基本的な考え方は、オブジェクトが円形であるとき値が1となり、円形から乖離するほど値が小さくなる、というものである。この実施形態では、次式:
C=4πS/L2 … (式1)
で表される円形度Cが採用される。ここで、Sはオブジェクトの面積、Lはその周囲長である。これは各種の円形度の定義のうち最も基本的なものの1つである。
【0045】
これ以外にも、オブジェクトの面積と最長動径とにより表される円形度、オブジェクトの面積とオブジェクトを楕円近似したときの長軸の長さとにより現れる円形度、およびオブジェクトの面積と凸包の面積との比により表される凸型度などによる表現も考えられる。ただし、発明者が各種実験で得た知見によれば、上記(式1)による方法が、計算が簡単でありながら良好な結果が得られるという点で優れている。
【0046】
オブジェクトごとに求められた円形度の値から、さらに評価対象領域内での円形度の平均値が求められる(ステップS106)。オブジェクトの形状は個々に異なっており、それらを統計的に処理することで、形状の個体ばらつきに起因する判定誤差を抑えることができる。その効果を高めるために、評価対象領域内に十分な数のオブジェクトが含まれていることが望ましい。上記した視野選択処理はこの目的にも叶うものである。以下では、こうして求められる円形度の平均値を「平均円形度」と称することとする。
【0047】
良好な培養環境下で扁平状あるいは不定形となる細胞コロニーにおいては、被験物質の薬効があると平均円形度も比較的大きな(1に近い)値に上昇する。一方で、被験物質の薬効がなく形状に変化がないと、平均円形度は低い値となる。薬効が大きいほど平均円形度は大きくなるから、平均円形度は薬効の大きさを示す指標となり得る。同一の被験物質であれば、高濃度の試料ほど薬効が大きくなり平均円形度の上昇が顕著となるはずである。一方、濃度によって平均円形度にあまり変わりがなければ、当該被験物質の薬効が小さいと考えられる。逆に、薬効により丸く凝集する細胞コロニーでは、被験物質の薬効の大きさに伴い円形度も大きくなる。これらのことから、被験物質の濃度に対する平均円形度の変化態様に基づいて、被験物質の薬効の有無を客観的に判定することができる(ステップS107)。
【0048】
図6は本実施形態による薬効評価の事例を示す図である。
図6(a)に示すように、被験物質の濃度を半分ずつ下げてゆく希釈系列で独立に作製された2系列の試料について、平均円形度の変化を求めた。図に示されるように被験物質の濃度と平均円形度の値との間には明らかな相関性があり、濃度が高いほど平均円形度は上昇した。また2つの系列の間で数値に大きな差はなく、再現性があることが示されている。
【0049】
図6(b)に示すグラフは、被験物質の濃度変化に伴う平均円形度の変化を示している。横軸は、この希釈系列において被験物質の濃度が高い順に付された試料番号により表されている。なお試料番号8は被験物質が接種されていない試料である。2つの系列の平均を取ったグラフを視察すると、試料番号1~4までの折れ線と4~8までの折れ線とで様子が異なっている。傾きが大きく変化した直後の試料番号4~5の区間は円形度にあまり差がない。このことから、薬効の有無を判定する閾値をこの範囲(0.0063~0.0031U/ml)におくことができる。
【0050】
他の評価方法、具体的には、複数の熟練者がそれぞれ複数回の慎重な目視観察を行うことによって判定された結果では、被験物質の薬効が認められて陽性と判定されるときの被験物質の濃度は、0.0031U/ml以上であった。これは上記結果とよく一致している。これらのことから、任意の濃度の被験物質を接種された試料、あるいは被験者から採取された標本を培養した試料等の未知の試料についても、上記方法を用いて被験物質の薬効の有無を判定することができる。具体的には、例えば以下のようにすることができる。
【0051】
図7は未知の試料に対する薬効評価方法を示すフローチャートである。基本的な処理は
図1に記載のものと共通しており、共通の処理内容に対しては共通のステップ番号を付して説明を省略することとする。この処理では、事前の実験により平均円形度の値に対し閾値が予め設定されているものとする。上記した事例の場合には、例えば試料番号5に対応する平均円形度の値(約0.3)を閾値として設定しておくことができる。
【0052】
最初に評価の対象となる未知試料の明視野画像が原画像として取得される(ステップS401)。未知試料としては、未知の濃度の被験物質が接種された試料、あるいは、被験体から採取された標本を培養した試料であって被験物質と同種の化学物質が作用した可能性のあるもの等を用いることができる。この試料に対し上記処理と同様にステップS102~S106を実行することで、未知試料の画像における細胞コロニーの平均円形度が求められる。この平均円形度の値と閾値との比較に基づき、薬効の有無を判定することが可能である。すなわち、求められた平均円形度が閾値より高いとき薬効がある(陽性)と判定することができる。
【0053】
このようにすれば、熟練者による判定の手間を要せず、かつその先入観等に影響されず客観的に、しかもより短い時間で、熟練者と同等の判定結果を得ることが可能である。例えば、患者から採取された標本が病原菌あるいはそれが産生する毒素の影響を受けているか否かをこの技術で判定することにより、患者がその病原菌または当該毒素産生性の病原体に感染しているか等の診断を効率的に行うことが可能となる。
【0054】
図8は本実施形態の薬効評価処理の実行主体の構成を例示する図である。
図8(a)は撮像機能を有さない一般的なコンピュータ装置による構成例、
図8(b)はさらに撮像機能を追加した構成例である。これらはいずれも、本実施形態の薬効評価処理の実行主体として機能し得るものである。
【0055】
図8(a)に示すコンピュータ装置1aは、例えばパーソナルコンピュータとして一般的な構成を有するものであり、CPU(Central Processing Unit)10、メモリ14、ストレージ15、入力デバイス16、表示部17、インターフェース18およびディスクドライブ19などを備えている。
【0056】
CPU10は、予め用意された制御プログラムを実行することで、上記した薬効評価処理を実行するための機能ブロックとしての画像処理部11をソフトウェア的に実現する。なお、画像処理部11を実現するための専用ハードウェアが設けられてもよい。メモリ14はCPU10の演算過程で生成される各種データを一時的に記憶する。ストレージ15は、CPU10が実行すべき制御プログラムのほか、原画像の画像データや処理後の画像データ等を長期的に記憶する。
【0057】
入力デバイス16は、オペレータからの指示入力を受け付けるためのものであり、例えばマウス、キーボードなどを含む。また、表示部17は画像を表示する機能を有する例えば液晶ディスプレイであり、原画像や処理後の画像、オペレータへのメッセージ等種々の情報を表示する。なお、入力デバイスと表示部とが一体化されたタッチパネルが設けられてもよい。
【0058】
インターフェース18は、電気通信回線を介して外部装置との間で各種データ交換を行う。ディスクドライブ19は、画像データや制御プログラム等各種のデータを記録した外部の記録ディスク2を受け入れる。記録ディスクDに記憶された画像データや制御プログラム等は、ディスクドライブ19により読み出され、ストレージ16に記憶される。ディスクドライブ19はコンピュータ装置1内で生成されたデータを記録ディスクDに書き込む機能を備えていてもよい。
【0059】
本実施形態の画像処理をコンピュータ装置1に実行させるための制御プログラムについては、これを記録した記録ディスクDにディスクドライブ19がアクセスして読み出される態様であってもよく、インターフェース18を介して外部装置から与えられる態様であってもよい。
【0060】
また、試料を撮像することで得られる原画像に対応する原画像データについても同様である。試料を明視野撮像しデータ化するための装置は既に実用化されており、コンピュータ装置1aは、それらの撮像装置で撮像された原画像データを受け取って前述した薬効評価処理を実行することができる。原画像データについては、例えばディスクD等の記録媒体を介して受け取ることができるほか、インターフェース18を介した外部装置との通信によって受け取ることもできる。この場合の「原画像を取得する」処理は、他の装置で撮像された原画像データを記録媒体または電気通信回線を介して取得する処理となる。このように、本実施形態の薬効評価処理は、それ自身が撮像機能を持たないコンピュータ装置1aにより実行することが可能である。
【0061】
図8(b)に示す撮像システム1bは、上記したコンピュータ装置1aの構成に撮像部12を付加した構成を有している。この撮像システム1bは、上記コンピュータ装置1aと同様の構成を有するコンピュータ装置が、これとは別体に構成された撮像部12を制御する態様であってもよく、また撮像部12とそれを制御するCPU10等とが一体化された態様であってもよい。この場合の「原画像を取得する」処理は、CPU10が撮像部12を制御して試料の明視野画像を撮像することによって原画像を取得する処理となる。このように、本実施形態の薬効評価処理は、撮像システム1bにその機能の一部として実装することにより実行することも可能である。
【0062】
なお、本発明は上記した実施形態に限定されるものではなく、その趣旨を逸脱しない限りにおいて上述したもの以外に種々の変更を行うことが可能である。例えば、上記実施形態は、特定の細胞に対する被験物質(具体的には百日咳菌が産生する百日咳毒素)の毒性試験に本発明の思想を適用したものであるが、評価対象となる細胞や被験物質は上記に限定されるものではなく任意である。
【0063】
また、上記実施形態の薬効評価処理(
図1)においては、視野選択処理(ステップS103)の後に対象オブジェクトの絞り込み(ステップS104)が実行されているが、これらの順序は逆でもよい。すなわち、上記実施形態では形状の評価に適さない細胞コロニーも対象に含めた状態で視野選択を行い、評価対象領域として選択された視野について対象オブジェクトの絞り込みが行われる。しかしながら、視野選択に先立って、処理に適さないオブジェクトを除外しておいてもよい。
【0064】
また例えば、上記実施形態の処理では原画像全体でオブジェクト抽出(ステップS102)を行った上でブロック画像への分割(ステップS301)が実行される。しかしながら、この順序を入れ替えて、分割後のブロック画像内でオブジェクトを抽出するようにしても同様の結果を得ることが可能である。
【0065】
また例えば、視野選択処理(
図3)において、選出条件となる各パラメータを求める順序は任意である。すなわち、本実施形態では、デローネイ三角形の辺の長さおよびその標準偏差の算出と、コンフルエンシー、つまりブロック画像に占める細胞コロニーの面積比率の算出とがこの順序で行われるが、これらは独立に算出可能であり、その順序は逆であってもよい。
【0066】
また例えば、上記実施形態の視野選択処理(ステップS103)では、選出条件としてデローネイ三角形の辺の長さおよびその標準偏差、ならびにコンフルエンシーをパラメータとしているが、これらのうち一部が判断に用いられる態様であってもよい。あるいは、評価対象領域としての適性を示す他の指標が選出条件に加えられてもよい。さらには、原画像の全体を評価対象領域とすることとして視野選択処理自体を省く態様も考えられる。
【0067】
また例えば、視野選択処理において各パラメータに対し設定される「適正範囲」が、評価の目的に応じて変更されてもよい。例えば上記実施形態のように細胞に対する被験物質の毒性の有無を評価する毒性試験においては、試料のうち一部の領域でも毒性の影響が見られる場合には「毒性あり」と判定される必要がある。この意味においては、原画像のうち、毒性の影響が最も顕著に表れている領域が評価対象領域として選択されることが望ましい。一方、望ましい薬効を得るために必要な被験物質の濃度を求めることを目的とする場合、極端な薬効が現れた領域を選択することは誤判定の要因となり得る。視野選択処理における評価対象領域の選出基準を変更することができれば、このような種々の目的に対応することが可能となる。
【0068】
以上、具体的な実施形態を例示して説明してきたように、本発明に係る薬効評価方法においては、例えば、オブジェクトの円形度は、当該オブジェクトの面積を周囲長の2乗で除した値に基づき求めることができる。このような円形度の定義は一般的に認知されているものであり、また本発明においてはこの定義を用いることで良好な結果を得られることが本願発明者の実験により確かめられている。
【0069】
また例えば、円形度の平均値と、該平均値に対して設定された閾値との比較に基づき被験物質の効力を判定することができる。このような構成によれば、被験物質の効力により細胞の形状が変化するという定性的な知見を定量評価に反映させることができる。この場合、例えば被験物質の濃度の変化に対する円形度の平均値の変化率が有意に変化する濃度の値を閾値とすることができる。このようにして設定される閾値は、被験物質が細胞に対し与える影響に関して臨界的意義を持つものとなる。さらに、このことを利用して、被験物質の量が未知である未知試料の明視野画像について求めた円形度の平均値と閾値とを比較し、未知試料における被験物質の薬効の有無を判定することも可能である。
【0070】
また例えば、円形度の算出に先立って評価対象領域を設定する工程を備え、評価対象領域は、原画像の一部領域であって、当該領域中におけるオブジェクトが占める面積とオブジェクト間の距離とが予め定められた条件を満たす領域であってもよい。細胞または細胞コロニーの形状に基づく定量的評価を精度よく行うためには、評価対象領域内において、適度な大きさを有する細胞または細胞コロニーが適度な密度で互いに孤立して分布していることが望ましい。オブジェクトが占める面積およびオブジェクト間の距離に対して適宜の条件を定めることで、目的に応じた領域を評価対象領域として選択することが可能となる。
【0071】
具体的には、例えば、面積に対する条件は、オブジェクトの面積の合計値が当該領域の面積に対して占める比の値が予め定められた範囲内にあること、とすることができる。また、距離に対する条件は、2つのオブジェクト間の距離が両オブジェクトの重心間の距離として求められ、かつ、互いに隣り合うオブジェクトの対の間でそれぞれ求められた距離を母集団とする標準偏差の値が予め定められた範囲内にあること、とすることができる。
【0072】
互いに隣り合うオブジェクトの対を選出する方法としては、例えばオブジェクトの重心を母点として原画像をボロノイ分割したときに互いに接する2つのボロノイ領域の母点に対応する2つのオブジェクトを隣り合うオブジェクトとする、という方法がある。公知の画像処理であるボロノイ分割を実行することで、各オブジェクトの重心はそれぞれ異なる領域に区分される。ボロノイ分割の原理から、境界を共有する領域同士は「隣り合っている」ということができる。
【0073】
同様の考え方から、隣り合うオブジェクトの対におけるオブジェクト間の距離は、オブジェクトの重心に基づき原画像をデローネイ三角形分割したときの辺の長さとして求めることが可能である。各オブジェクトの重心が分布する画像において公知の画像処理であるデローネイ三角形分割を実行すると、三角形の各辺は隣り合うオブジェクトの重心同士を結ぶように生成され、辺の長さは重心間の距離を表すことになる。したがって、結果的には隣り合うオブジェクトを特定し、さらにはその重心間距離まで求めることが可能になる。
【0074】
また例えば、評価対象領域内で抽出されたオブジェクトのうち面積が予め定められた範囲内のものが、円形度の平均値の算出対象とされてもよい。特に細胞コロニーの形状に基づく定量評価では、個々の細胞の形状がコロニーの形状に強く反映されるような少数細胞からコロニーに対応するオブジェクトや、複数の細胞コロニーが接した状態に対応するオブジェクト等は、本来の細胞コロニーの形状からは乖離したものとなり得る。このようなオブジェクトの形状を評価に用いると、本来の被験物質の効力に対する誤判定の原因となる。そのようなオブジェクトを算出対象から除外し適正な面積のオブジェクトのみ算出対象とすることで、このような誤判定を抑制することが可能となる。
【産業上の利用可能性】
【0075】
この発明は、培養細胞に及ぼす被験物質の作用を調べる目的に適用することが可能であり、例えば生体内で有効に作用する薬剤の創薬や、特定の物質が生体に及ぼす毒性の調査に役立てることができる。
【符号の説明】
【0076】
1a コンピュータ装置
1b 撮像システム
10 CPU
11 画像処理部
12 撮像部
D 記録ディスク(記録媒体)