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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-10-11
(45)【発行日】2023-10-19
(54)【発明の名称】キトサン誘導体の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C08B 37/08 20060101AFI20231012BHJP
   A61K 8/06 20060101ALI20231012BHJP
   A61K 8/73 20060101ALI20231012BHJP
【FI】
C08B37/08 A
A61K8/06
A61K8/73
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2020053559
(22)【出願日】2020-03-25
(65)【公開番号】P2021152128
(43)【公開日】2021-09-30
【審査請求日】2021-11-18
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】000002820
【氏名又は名称】大日精化工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100098707
【弁理士】
【氏名又は名称】近藤 利英子
(74)【代理人】
【識別番号】100135987
【弁理士】
【氏名又は名称】菅野 重慶
(74)【代理人】
【識別番号】100168033
【弁理士】
【氏名又は名称】竹山 圭太
(74)【代理人】
【識別番号】100161377
【弁理士】
【氏名又は名称】岡田 薫
(72)【発明者】
【氏名】一宮 洋介
(72)【発明者】
【氏名】小林 誠幸
【審査官】柴田 昌弘
(56)【参考文献】
【文献】特開2018-035306(JP,A)
【文献】特開2005-213494(JP,A)
【文献】特開2014-193946(JP,A)
【文献】特表2014-518289(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C08B 1/00- 37/18
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
アシル化変性剤に由来する第1の置換基及び下記一般式(1)で表されるシロキサン化合物に由来する第2の置換基がキトサンに導入されており、
前記アシル化変性剤が、脂肪酸、脂肪酸無水物、多価脂肪酸、多価脂肪酸無水物、及び脂肪酸ハロゲン化物からなる群より選択される一種単独であり、
前記第2の置換基の導入率(S)に対する、前記第1の置換基の導入率(A)の比(A/S)の値が、2.0~18.0であるキトサン誘導体の製造方法であって、
前記アシル化変性剤及び前記シロキサン化合物を、水及びイソプロピルアルコールを含有する反応溶媒中でそれぞれ前記キトサンに反応させて、前記第1の置換基及び前記第2の置換基を前記キトサンに導入することを含み、
前記キトサンに前記シロキサン化合物を反応させた後に、前記アシル化変性剤を反応させるキトサン誘導体の製造方法。
Z-Y-Si(R {[-O-Si(R )(R )] -R 3-a ・・・(1)
(前記一般式(1)中、Zは、エポキシ基、無水マレイル基、アミノ基、メルカプト基、ビニル基、カルビノール基、カルボキシ基、アクリロイル基、メタクリロイル基、イソシアネート基、ヒドロシリル基、クロロ基、又はフルオロ基を示し、Yは、下記式(1a)~(1c)のいずれかで表される2価の基を示し、R 、R 、R 、及びR は、それぞれ独立に、炭素数1~8のアルキル基、又は下記一般式(2)で表される基を示し、aは、0~3の整数を示し、bは、1~10の整数を示す)
(前記式(1a)~(1c)中の「*」は、一般式(1)中の「Z」及び「Si」との結合位置を示す)
-O-Si(R )(R )(R ) ・・・(2)
(前記一般式(2)中、R 、R 、及びR は、それぞれ独立に、炭素数1~8のアルキル基を示す)
【請求項2】
前記第1の置換基の導入率(A)が、前記キトサンを構成するピラノース環1モル当たり、0.6~0.9モルである請求項1に記載のキトサン誘導体の製造方法。
【請求項3】
前記多価脂肪酸無水物が、コハク酸無水物、マレイン酸無水物、又はグルタル酸無水物である請求項1又は2に記載のキトサン誘導体の製造方法。
【請求項4】
前記キトサン誘導体が、高分子界面活性剤として用いられる請求項1~3のいずれか一項に記載のキトサン誘導体の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、キトサン誘導体の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
化粧料、食品、及び洗剤等の分野で広く使用されている低分子界面活性剤は、界面活性能が高い一方で、脂質分子に近似した構造を有するので、皮膚への浸透による刺激性等が懸念されている。これに対して、石油由来の高分子界面活性剤は人体に取り込まれにくく、相対的に安全性に優れているといえるが、生体適合性に乏しいため、食品用の乳化剤等の分野では利用が制限される傾向にある。そこで、天然物由来の多糖類を原料とする界面活性剤が盛んに開発されている。
【0003】
例えば、オルガノポリシロキサンを多糖類にグラフトして得られるシロキサン変性多糖類は、毛髪や皮膚に用いられる皮膜形成用化粧料の他、ガス分離膜、感熱転写用のバックコート剤、及び塗料などに配合される成分として有用である。
【0004】
なお、化粧料の原料として用いられる乳化剤に対しては、皮膚への浸透性が低い高分子量のものが求められる。例えば、キトサンに長鎖脂肪酸をグラフトした、化粧料等に配合されるキトサン誘導体が提案されている(特許文献1)。また、化粧料等のエマルションを調製するための乳化剤として用いられるシロキサン変性キトサンが提案されている(特許文献2)。さらに、キトサンの長鎖脂肪酸グラフト化物を多価脂肪酸でアシル化した、高分子界面活性剤として用いられるキトサン誘導体が提案されている(特許文献3)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2000-212203号公報
【文献】特開2018-35306号公報
【文献】特開2005-213494号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1及び2で提案されたキトサン誘導体等を化粧料用の乳化剤として用いた場合、弱塩基性のアミノ基がキトサンの解離基として機能すると考えられる。このため、中性からアルカリ性のpH域ではキトサン誘導体等が沈殿してしまい、乳化剤としての機能が消失しやすくなる。また、特許文献3で提案されたキトサン誘導体では、キトサンのアミノ基を多価脂肪酸でアシル化することで、キトサンのカチオニックな性質を弱めている。しかし、乳化剤としての機能や調製される乳化組成物の安定性等については、未だ十分であるとはいえなかった。
【0007】
本発明は、このような従来技術の有する問題点に鑑みてなされたものであり、その課題とするところは、各種のオイルを水中に微分散させて乳化組成物を調製することが可能な、中性からアルカリ性域の範囲内における乳化性能に優れたキトサン誘導体を提供することにある。また、本発明の課題とするところは、このキトサン誘導体の製造方法、このキトサン誘導体を用いたO/W型乳化組成物、及び化粧料を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
すなわち、本発明によれば、以下に示すキトサン誘導体が提供される。
[1]アシル化変性剤に由来する第1の置換基及び下記一般式(1)で表されるシロキサン化合物に由来する第2の置換基がキトサンに導入されており、前記第2の置換基の導入率(S)に対する、前記第1の置換基の導入率(A)の比(A/S)の値が、1.0~20.0であるキトサン誘導体。
Z-Y-Si(R{[-O-Si(R)(R)]-R3-a ・・・(1)
(前記一般式(1)中、Zは、前記キトサンの反応性官能基と反応しうる官能基を示し、Yは、酸素原子、窒素原子、又は硫黄原子を有してもよい、炭素数2~8のアルキレン基を示し、R、R、R、及びRは、それぞれ独立に、炭素数1~8の1価の有機基、又は下記一般式(2)で表される基を示し、aは、0~3の整数を示し、bは、1~10の整数を示す)
-O-Si(R)(R)(R) ・・・(2)
(前記一般式(2)中、R、R、及びRは、それぞれ独立に、炭素数1~8の1価の有機基を示す)
[2]前記アシル化変性剤が、脂肪酸、脂肪酸無水物、多価脂肪酸、多価脂肪酸無水物、及び脂肪酸ハロゲン化物からなる群より選択される少なくとも一種である前記[1]に記載のキトサン誘導体。
[3]前記多価脂肪酸無水物が、コハク酸無水物、マレイン酸無水物、及びグルタル酸無水物からなる群より選択される少なくとも一種である前記[2]に記載のキトサン誘導体。
[4]高分子界面活性剤として用いられる前記[1]~[3]のいずれかに記載のキトサン誘導体。
【0009】
さらに、本発明によれば、以下に示すキトサン誘導体の製造方法が提供される。
[5]前記[1]~[4]のいずれかに記載のキトサン誘導体の製造方法であって、前記アシル化変性剤及び前記シロキサン化合物を前記キトサンに反応させて、前記第1の置換基及び前記第2の置換基を前記キトサンに導入することを含むキトサン誘導体の製造方法。
[6]前記キトサンに前記シロキサン化合物を反応させた後に、前記アシル化変性剤を反応させる前記[5]に記載のキトサン誘導体の製造方法。
【0010】
また、本発明によれば、以下に示すO/W型乳化組成物及び化粧料が提供される。
[7]水、オイル、及び前記オイルを乳化液滴の状態で前記水中に分散させる乳化剤を含有し、前記乳化剤が、前記[1]~[4]のいずれかに記載のキトサン誘導体であるO/W型乳化組成物。
[8]前記乳化液滴のメジアン径(d50)が、12.0μm以下である前記[7]に記載のO/W型乳化組成物。
[9]前記[1]~[4]のいずれかに記載のキトサン誘導体を含む化粧料。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、各種のオイルを水中に微分散させて乳化組成物を調製することが可能な、中性からアルカリ性域の範囲内における乳化性能に優れたキトサン誘導体を提供することができる。また、本発明によれば、このキトサン誘導体の製造方法、このキトサン誘導体を用いたO/W型乳化組成物、及び化粧料を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0012】
<キトサン誘導体>
以下、本発明の実施の形態について説明するが、本発明は以下の実施の形態に限定されるものではない。本発明のキトサン誘導体は、アシル化変性剤に由来する第1の置換基及び下記一般式(1)で表されるシロキサン化合物に由来する第2の置換基がキトサンに導入されている。そして、第2の置換基の導入率(S)に対する、第1の置換基の導入率(A)の比(A/S)の値が、1.0~20.0である。以下、本発明のキトサン誘導体の詳細について説明する。
【0013】
Z-Y-Si(R{[-O-Si(R)(R)]-R3-a ・・・(1)
(前記一般式(1)中、Zは、前記キトサンの反応性官能基と反応しうる官能基を示し、Yは、酸素原子、窒素原子、又は硫黄原子を有してもよい、炭素数2~8のアルキレン基を示し、R、R、R、及びRは、それぞれ独立に、炭素数1~8の1価の有機基、又は下記一般式(2)で表される基を示し、aは、0~3の整数を示し、bは、1~10の整数を示す)
【0014】
-O-Si(R)(R)(R) ・・・(2)
(前記一般式(2)中、R、R、及びRは、それぞれ独立に、炭素数1~8の1価の有機基を示す)
【0015】
キトサンは、反応性基であるアミノ基を有することから、カチオニックな性質を本質的に有する化合物である。本発明のキトサン誘導体は、アシル化変性剤及び反応性の官能基を有する特定のシロキサン化合物(以下、併せて「変性剤」とも記す)をキトサンに反応させ、これらの変性剤にそれぞれ由来する第1の置換基及び第2の置換基をキトサンに導入して形成されたものである。さらに、第2の置換基の導入率(S)に対する、第1の置換基の導入率(A)の比(A/S)の値を特定の範囲に制御したことで、キトサン本来のカチオニックな性質をノニオニック又はアニオニックな性質へと適切に変化させている。このため、本発明のキトサン誘導体は、中性からアルカリ性域の範囲内であっても乳化性能に優れており、中性からアルカリ性域で処方される化粧料等の組成物に配合した場合であっても、優れた乳化性能が発揮される。さらに、第2の置換基の導入率(S)に対する、第1の置換基の導入率(A)の比(A/S)の値を所定の範囲に制御したことで、中性からアルカリ性域の範囲内における乳化性能がより発揮され、水中に微分散させることが比較的困難であったオイル(例えば、シリコーンオイル等)であっても容易に微分散させて、安定した乳化物を調製することができる。
【0016】
(キトサン)
キトサンは、甲殻類や糸状菌から得られるキチンの脱アセチル化物であり、保湿性や抗コレステロール効果を有し、安全性に優れ、化粧品原料や機能性食品素材として実用化されている。キトサンは工業的に生産されており、種々のグレードのものを入手することができる。
【0017】
キトサンの重量平均分子量は、2,000~1000,000であることが好ましく、5,000~800,000であることがさらに好ましく、10,000~600,000であることが特に好ましい。キトサンの重量平均分子量が2,000未満であると、得られるキトサン誘導体を高分子界面活性剤(乳化剤)として用いる場合に、得られるエマルションをより安定化させるために配合量を増加させる必要がある。また、キトサンの分子サイズが小さすぎると、化粧料原料として用いた場合に皮膚への浸透性が高まりやすくなることがある。一方、キトサンの重量平均分子量が1000,000超であると、溶液粘度が高くなりすぎてしまい、化粧料に配合する際のハンドリングがやや困難になることがある。
【0018】
キトサンの脱アセチル化度は、70~100%であることが好ましく、75~99%であることがさらに好ましい。キトサンの脱アセチル化度が70%未満であると、酢酸等の溶媒への溶解性がやや低下することがある。キトサンの脱アセチル化度は、コロイド滴定を行い、その滴定量から算出することができる。具体的には、指示薬にトルイジンブルー溶液を用い、ポリビニル硫酸カリウム水溶液でコロイド滴定することにより、キトサン分子中の遊離アミノ基を定量し、キトサンの脱アセチル化度を求める。脱アセチル化度の測定方法の一例を以下に示す。
【0019】
(1)滴定試験
0.5質量%酢酸水溶液にキトサン純分濃度が0.5質量%となるようにキトサンを添加し、キトサンを撹拌及び溶解して100gの0.5質量%キトサン/0.5質量%酢酸水溶液を調製する。次に、この溶液10gとイオン交換水90gを撹拌混合して、0.05質量%のキトサン溶液を調製する。さらに、この0.05質量%キトサン溶液10gにイオン交換水50mL、トルイジンブルー溶液約0.2mLを添加して試料溶液を調製し、ポリビニル硫酸カリウム溶液(N/400PVSK)にて滴定する。滴定速度は2~5ml/分とし、試料溶液が青から赤紫色に変色後、30秒間以上保持する点を終点の滴定量とする。なお、キトサン純分とは、原料キトサン試料中のキトサンの質量を意味する。具体的には、原料キトサン試料を105℃で2時間乾燥して求められる固形分質量である。
【0020】
(2)空試験
上記の滴定試験に使用した0.5質量%キトサン/0.5質量%酢酸水溶液に代えて、イオン交換水を使用し、同様の滴定試験を行う。
【0021】
(3)アセチル化度の計算
X=1/400×161×f×(V-B)/1000
=0.4025×f×(V-B)/1000
Y=0.5/100-X
X:キトサン中の遊離アミノ基質量(グルコサミン残基質量に相当)
Y:キトサン中の結合アミノ基質量(N-アセチルグルコサミン残基質量に相当)
f:N/400PVSKの力価
V:試料溶液の滴定量(mL)
B:空試験滴定量(mL)
脱アセチル化度(%)
=(遊離アミノ基)/{(遊離アミノ基)+(結合アミノ基)}×100
=(X/161)/(X/161+Y/203)×100
なお、「161」はグルコサミン残基の分子量、「203」はN-アセチルグルコサミン残基の分子量である。
【0022】
(アシル化変性剤)
アシル化変性剤は、キトサンの変性剤として用いられる、キトサンの反応性官能基と反応する化合物である。キトサンの反応性官能基は、主としてアミノ基(-NH)であり、反応条件等によっては水酸基(-OH)が反応性基として機能することもある。アシル化変性剤としては、脂肪酸、脂肪酸無水物、多価脂肪酸、多価脂肪酸無水物、脂肪酸ハロゲン化物等を挙げることができる。これらのアシル化変性剤は、一種単独で又は二種以上を組み合わせて用いることができる。アシル化変性剤の炭素数は、2~12であることが好ましく、2~8であることがさらに好ましい。多価脂肪酸及び多価脂肪酸無水物は、2価又は3価のものが好ましく、2価のものがさらに好ましい。アシル化変性剤としては、反応性の観点から、脂肪酸無水物、多価脂肪酸無水物が好ましい。
【0023】
脂肪酸無水物としては、無水酢酸、プロピオン酸無水物、酪酸無水物、吉草酸無水物、イソ吉草酸無水物、ヘキサン酸無水物等を挙げることができる。多価脂肪酸無水物としては、マロン酸無水物、コハク酸無水物、マレイン酸無水物、グルタル酸無水物、アジピン酸無水物等を挙げることができる。アシル化変性剤としては、電荷調節の観点から、コハク酸無水物、マレイン酸無水物、及びグルタル酸無水物の少なくともいずれかの多価脂肪酸無水物が好ましい。さらに、コハク酸無水物、マレイン酸無水物、及びグルタル酸無水物の少なくともいずれかの多価脂肪酸無水物をアシル化変性剤として用いることで、中性からアルカリ性域での溶解性により優れたキトサン誘導体とすることができる。
【0024】
(シロキサン化合物)
キトサンの変性剤として用いるシロキサン化合物は、下記一般式(1)で表される化合物である。
Z-Y-Si(R{[-O-Si(R)(R)]-R3-a ・・・(1)
【0025】
一般式(1)中、Zは、キトサンの反応性官能基(主としてアミノ基(-NH))と反応しうる官能基を示す。キトサンの反応性官能基と反応しうる官能基の具体例としては、エポキシ基、無水マレイル基、アミノ基、メルカプト基、ビニル基、カルビノール基、カルボキシ基、アクリロイル基、メタクリロイル基、イソシアネート基、ヒドロシリル基、クロロ基、フルオロ基等を挙げることができる。なかでも、キトサンの反応性官能基との反応性の観点から、エポキシ基、無水マレイル基、アミノ基、クロロ基が好ましい。
【0026】
一般式(1)中、Yは、酸素原子、窒素原子、又は硫黄原子を有してもよい、炭素数2~8のアルキレン基を示す。なかでも、反応効率の良さなどから、下記式(1a)~(1c)で表される2価の基であることが好ましい。なお、下記式(1a)~(1c)中の「*」は、一般式(1)中の「Z」及び「Si」との結合位置を示す。
【0027】
【0028】
一般式(1)中、R、R、R、及びRは、それぞれ独立に、炭素数1~8の1価の有機基、又は下記一般式(2)で表される基を示す。
-O-Si(R)(R)(R) ・・・(2)
(前記一般式(2)中、R、R、及びRは、それぞれ独立に、炭素数1~8の1価の有機基を示す)
【0029】
、R、R、及びRで表される炭素数1~8の1価の有機基としては、アルキル基等を挙げることができる。アルキル基は、直鎖状、分岐状、及び環状のいずれであってもよい。アルキル基の具体例としては、メチル、エチル、n-プロピル、イソプロピル、n-ブチル、イソブチル、s-ブチル、t-ブチル、n-ペンチル、n-ヘキシル、n-ヘプチル、n-オクチル等の直鎖状及び分岐鎖のアルキル基;シクロプロピル、シクロブチル、シクロペンチル、シクロヘキシル、シクロヘプチル、シクロオクチル等のシクロアルキル基等を挙げることができる。なお、複数のRが存在する場合、複数のRは同一の基であってもよく、異なる基であってもよい。
【0030】
一般式(2)中、R、R、及びRで表される炭素数1~8の1価の有機基としては、上述のR、R、R、及びRで表される炭素数1~8の1価の有機基と同様の基を挙げることができる。
【0031】
一般式(1)中、aは、0~3の整数を示す。なかでも、キトサンの反応性官能基との反応性の観点から、aは1~3の整数であることが好ましく、2又は3であることが好ましい。また、一般式(1)中、bは、1~10の整数を示す。なかでも、bは2~8の整数であることが好ましく、2~5の整数であることがさらに好ましい。
【0032】
シロキサン化合物としては、市販の種々のグレードのものを用いることができる。また、公知の方法にしたがって合成したシロキサン化合物を用いることもできる。
【0033】
(置換基導入率)
アシル化変性剤に由来する第1の置換基の導入率(A)は0.3~1.0であることが好ましく、0.4~0.95であることがさらに好ましく、0.5~0.9であることが特に好ましい。第1の置換基の導入率(A)が0.3未満であると、中性からアルカリ性域の条件下での溶解性が低下しやすくなることがある。一方、第1の置換基の導入率(A)が1.0超であると、得られるキトサン誘導体が着色したり、収率が低下したりすることがあり、製造が困難になる場合がある。
【0034】
シロキサン化合物に由来する第2の置換基の導入率(S)は0.01~0.4であることが好ましく、0.03~0.38であることがさらに好ましく、0.05~0.35であることが特に好ましい。第2の置換基の導入率(S)が0.01未満であると、乳化剤としての機能がやや低下することがある。一方、第2の置換基の導入率(S)が0.4超であると、第1の置換基の導入率(A)を高めることが困難になることがある。その結果、中性からアルカリ性域の条件下での溶解性が低下しやすくなり、乳化剤としての機能がやや低下することがある。
【0035】
本明細書における「置換基の導入率(置換基導入率)」とは、キトサンを構成するピラノース環1モル当たりの置換基のモル数を意味する。
置換基導入率は、例えば、キトサン誘導体を元素分析し、キトサン由来の窒素原子の割合から算出することができる。また、NMRで構造を解析することで、各置換度を算出してもよい。
【0036】
第2の置換基の導入率(S)に対する、第1の置換基の導入率(A)の比(A/S)の値は、1.0~20.0であり、好ましくは2.0~18.0、さらに好ましくは3.0~16.0である。A/Sの値を上記の範囲内とした本発明のキトサン誘導体は、中性からアルカリ性域の範囲内における乳化安定性に優れた乳化組成物(エマルション)を調製しうる高分子界面活性剤(乳化剤)として有用である。
【0037】
A/Sの値が1.0未満であると、第1の置換基の導入率(A)が相対的に小さすぎるため、中性からアルカリ性域の条件下での溶解性が低下してしまい、乳化剤としての機能が発揮されない。一方、A/Sの値が20.0超であると、第2の置換基の導入率(S)が相対的に小さすぎるため、例えば、シリコーンオイルなどのオイルを微分散させるための乳化剤としての機能が発揮されないことがある。
【0038】
<キトサン誘導体の製造方法>
本発明のキトサン誘導体の製造方法は、上述のキトサン誘導体を製造する方法であり、アシル化変性剤及びシロキサン化合物をキトサンに反応させて、第1の置換基及び第2の置換基をキトサンに導入することを含む。以下、本発明のキトサン誘導体の製造方法の詳細について説明する。
【0039】
(反応工程)
本発明のキトサン誘導体の製造方法は、例えば、第一の反応工程及び第二の反応工程を有する。第一の反応工程は、シロキサン化合物をキトサンに接触させ、キトサンの反応性官能基(主としてアミノ基(-NH))にシロキサン化合物の反応性基(一般式(1)中、Zで表される基)を反応させることで、キトサンに第2の置換基を導入する工程である。また、第二の反応工程は、アシル化変性剤をキトサンに接触させ、キトサンの反応性官能基(主としてアミノ基(-NH))にアシル化変性剤を反応させることで、キトサンに第1の置換基を導入する工程である。
【0040】
反応工程の順序は特に限定されず、第一の反応工程及び第二の反応工程のいずれを先に実施しても、所望とするキトサン誘導体を得ることができる。
なかでも、先に第一の反応工程を実施し、次いで第二の反応工程を実施すること、すなわち、キトサンにシロキサン化合物を反応させた後に、アシル化変性剤を反応させることが好ましい。このような順序とすることで、キトサン誘導体の収率を向上させることができる。また、第一の反応工程実施後、得られた中間原料を取り出して真空乾燥させてもよいが、取り出さずそのまま第二の反応工程を実施してもよい。
【0041】
第一の反応工程及び第二の反応工程では、例えば、水及び水溶性有機溶媒を含有する反応溶媒中でキトサンと変性剤を反応させる。水溶性有機溶媒としては、メタノール、エタノール、イソプロピルアルコール等のアルコール類;ジメチルケトン、メチルエチルケトン、メチルイソブチルケトン等のケトン類;ジメチルエーテル、ジエチルエーテル、テトラヒドロフラン、1,2-ジオキサン等のエーテル類;N-メチルホルムアミド、N-メチルアセトアミド、N-エチルホルムアミド、N,N-ジメチルホルムアミド、N,N-ジエチルホルムアミド、N-エチルアセトアミド、N,N-ジメチルアセトアミド、N,N-ジエチルアセトアミド、N-メチルピロリドン、N-エチルピロリドン等のアミド類;ジメチルスルホキシド等のスルホキシド類;等を挙げることができる。なかでも、メタノール、エタノール、イソプロピルアルコール、ジメチルケトン、メチルエチルケトンが好ましい。これらの水溶性有機溶媒は、一種単独で又は二種以上を組み合わせて用いることができる。
【0042】
第一の反応工程の反応温度は、通常、40~90℃、好ましくは50~80℃である。第一の反応工程の反応時間は、反応温度にもよるが、通常、6時間以上、好ましくは10時間以上である。反応温度及び反応時間を適宜設定することで、第2の置換基の導入率を制御することができる。
【0043】
第二の反応工程の反応温度は、通常、0~70℃、好ましくは10~50℃である。第二の反応工程の反応時間は、反応温度にもよるが、通常、1~24時間、好ましくは1~8時間である。反応温度及び反応時間を適宜設定することで、第1の置換基の導入率を制御することができる。
【0044】
反応工程の後、必要に応じて洗浄、精製、及び乾燥等することで、所望とするキトサン誘導体を得ることができる。
【0045】
<O/W型乳化組成物>
本発明のO/W型乳化組成物(以下、単に「乳化組成物」とも記す)は、水、オイル、及びオイルを乳化液滴の状態で水中に分散させる乳化剤を含有する。そして、乳化剤が、高分子界面活性剤として機能する前述のキトサン誘導体である。すなわち、本発明の乳化組成物は、乳化性能に優れた前述のキトサン誘導体(乳化剤)で調製されるため、微細な乳化液滴が形成されているとともに、乳化安定性に優れている。したがって、本発明の乳化組成物は、安全性及び優れた乳化安定性を生かし、化粧料等として極めて有用である。
【0046】
具体的には、乳化組成物中の乳化液滴のメジアン径(d50)は、好ましくは12.0μm以下であり、さらに好ましくは10.0μm以下、特に好ましくは8.0μm以下である。乳化液滴のメジアン径(d50)の下限値については特に限定されないが、実質的には0.3μm以上であればよい。なお、本明細書における「メジアン径(d50)」は、例えばレーザー回折粒度分布測定装置等の測定装置を使用して測定される、体積基準の累積50%粒子径を意味する。
【0047】
乳化組成物は、前述のキトサン誘導体を乳化剤として用いること以外は、従来公知の乳化組成物の調製方法に準じて調製することができる。オイルとしては、ジメチルポリシロキサン、メチルフェニルポリシロキサン等のストレートシリコーンオイルの他;アミノ変性シリコーンオイル、アルキル変性シリコーンオイル等の各種の変性シリコーンオイル;スクワラン;ミリスチン酸イソプロピル;パーフルオロポリエーテル;等を挙げることができる。
【0048】
本発明のキトサン誘導体は、高分子界面活性剤の他、例えば、増粘剤、分散剤、表面改質剤、展着剤、保護コロイド剤、及び保水剤等として使用することができる。このため、本発明のキトサン誘導体を含有させることで、前述のO/W型乳化組成物の他、例えば、化粧料、塗料、製紙、繊維、建材、土木材料、食品、医薬等の広範な物品や材料を提供することが期待される。
【実施例
【0049】
以下、本発明を実施例に基づいて具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。なお、実施例、比較例中の「部」は、特に断らない限り質量基準である。
【0050】
<キトサン誘導体の製造>
(1)中間原料の製造
(合成例1)
キトサン(重量平均分子量400,000、脱アセチル化度91%、16メッシュパス)50部、イソプロピルアルコール(IPA)600部、水200部、及び下記式(1-1)で表される変性剤(シロキサン化合物)15部を反応容器に仕込み、撹拌下、70℃で10時間反応させた。冷却後、反応物を含水IPA及びIPAで順次洗浄し、50℃で真空乾燥して中間原料を得た。
【0051】
【0052】
(合成例2~10)
表1に示す配合及び反応条件としたこと以外は、前述の合成例1と同様にして中間原料を得た。表1中、「リカレジンL-200」は、新日本理化社製のアルキルグリシジルエーテルの商品名である。また、変性剤として用いたシロキサン化合物の構造を以下に示す。
【0053】
【0054】
【0055】
(2)キトサン誘導体の製造
(実施例1)
合成例1で得た中間原料50部、IPA400部、水400部、及びコハク酸無水物(純正化学社製)89部を反応容器に仕込み、撹拌下、20℃で1時間反応させた。冷却後、反応物を含水IPA及びIPAで順次洗浄し、50℃で真空乾燥してキトサン誘導体を得た。
【0056】
(実施例2~6)
表2に示す配合及び反応条件としたこと以外は、前述の実施例1と同様にしてキトサン誘導体を得た。
【0057】
【0058】
(実施例7)
合成例2で得た中間原料50部、IPA400部、水400部、及びマレイン酸無水物(東京化成工業社製)87部を反応容器に仕込んだ。撹拌下、アシル化変性剤(マレイン酸無水物)による第1の置換基の導入率を元素分析により確認しながら、導入率が上昇しなくなるまで反応を続けた。その後、反応物を含水IPA及びIPAで順次洗浄し、50℃で真空乾燥してキトサン誘導体を得た。
【0059】
(実施例8~16)
表3に示す配合としたこと以外は、前述の実施例7と同様にしてキトサン誘導体を得た。
【0060】
【0061】
(比較例1)
合成例5で得た中間原料50部、IPA400部、水400部、及びコハク酸無水物(純正化学社製)89部を反応容器に仕込み、撹拌下、30℃で3時間反応させた。冷却後、反応物を含水IPA及びIPAで順次洗浄し、50℃で真空乾燥してキトサン誘導体を得た。
【0062】
(比較例2~7)
表4に示す配合及び反応条件としたこと以外は、前述の比較例1と同様にしてキトサン誘導体を得た。なお、比較例6で用いたキトサンは、合成例1~10で用いたキトサン(重量平均分子量400,000、脱アセチル化度91%、16メッシュパス)と同じものである。
【0063】
【0064】
<評価>
(置換基導入率の測定及び算出)
キトサン誘導体を元素分析し、キトサン由来の窒素原子の割合から、置換基導入率(キトサンを構成するピラノース環1モル当たりの置換基のモル数)を算出した。結果を表5に示す。
【0065】
(赤外吸収スペクトルの測定)
キトサン誘導体の赤外吸収スペクトルを測定し、1,050cm-1付近の吸収(シロキサン結合(Si-O-Si)に由来)の有無、及び1,250cm-1付近の吸収(Si-CH結合に由来)の有無を確認した。結果を表5に示す。
【0066】
(炭酸ナトリウム水溶液への溶解性)
キトサン誘導体の1%水分散液を調製した。調製した水分散液に、キトサン誘導体と等量の炭酸ナトリウムを添加して混合し、以下に示す評価基準にしたがってキトサン誘導体の炭酸ナトリウム水溶液への溶解性を評価した。結果を表5に示す。
◎:透明に溶解した。
○:ほぼ透明に溶解した。
△:大部分は溶解したが一部溶け残った。
×:濁りを生じ、溶解しなかった。
【0067】
(乳化液滴径(メジアン径(d50))の測定)
キトサン誘導体1部、炭酸水素ナトリウム0.5部、水98.5部、及びジメチルシリコーンオイル(25℃における動粘度:6mm/s)100部を混合し、ディゾルバーを使用して、2,000rpm、3分間撹拌して乳化組成物(乳化液)を調製した。レーザー回折粒度分布測定装置を使用して調製した乳化液中のジメチルシリコーンオイルの液滴径(メジアン径d50)を測定し、以下に示す評価基準にしたがってキトサン誘導体の乳化性能を評価した。結果を表5に示す。
◎:乳化液滴のメジアン径が8.0μm以下であった。
○:乳化液滴のメジアン径が8.0μmを超えて12.0μm以下であった。
×:乳化液滴のメジアン径が12.0μmを超えていた。
××:乳化せず、乳化液滴径を測定することができなかった。
【0068】
【0069】
(実施例17)
実施例2で得たキトサン誘導体1部、炭酸ナトリウム1.0部、水99.0部、及びミリスチン酸イソプロピル(東京化成工業社製)100部を混合し、ディゾルバーを使用して、2,000rpm、3分間撹拌してO/W型乳化組成物(乳化液)を調製した。レーザー回折粒度分布測定装置を使用して測定した乳化液滴のメジアン径(d50)は、8.5μmであった。
【産業上の利用可能性】
【0070】
本発明のキトサン誘導体は、化粧料などの乳化組成物を調製するための乳化剤として有用である。