(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-10-11
(45)【発行日】2023-10-19
(54)【発明の名称】生体適合性樹脂繊維から構成された不織マットからなる細胞培養基材、及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
C12M 3/00 20060101AFI20231012BHJP
C12N 5/0775 20100101ALI20231012BHJP
【FI】
C12M3/00 A
C12N5/0775
(21)【出願番号】P 2023536515
(86)(22)【出願日】2022-11-28
(86)【国際出願番号】 JP2022043735
【審査請求日】2023-06-20
(32)【優先日】2021-12-01
(33)【優先権主張国・地域又は機関】US
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】511267996
【氏名又は名称】ORTHOREBIRTH株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100126826
【氏名又は名称】二宮 克之
(72)【発明者】
【氏名】熊野雅洋
(72)【発明者】
【氏名】武内史英
【審査官】中野 あい
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2019/168000(WO,A1)
【文献】特許第6602999(JP,B2)
【文献】特許第6639035(JP,B2)
【文献】ACS Appl Mater Interfaces,2020年02月24日,vol. 12, no. 11,pp. 12468-12477
【文献】BIANCO, Alessandra et al.,Electrospun poly(ε-caprolactone)-based composites using synthesized β-tricalcium phosphate,Polymers Advanced Technologies,2011年,Vol. 22,p. 1832-1841,DOI: 10.1002/pat.1680
【文献】LOPRESTI, Francesco et al.,Effect of hydroxyapatite concentration and size on morpho-mechanical properties of PLA-based randoml,Journal of the Mechanical Behavior of Biomedical Materials,2020年,Vol. 101,103449,https://doi.org/10.1016/j.jmbbm.2019.103449
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12M 3/00- 3/10
C12N 1/00- 7/08
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
不織マットを用いて間葉系幹細胞を培養
して細胞数を増加させる方法であって、前記方法は、
細胞培養容器に満たした培地に生体適合性樹脂繊維からなる不織マットを浸漬し、
前記生体適合性樹脂繊維は針状HAp粒子を20~50vol%、生体適合性樹脂を50~80vol%含み、前記生体適合性樹脂繊維の表面には前記生体適合性樹脂繊維に含有された針状HAp粒子が繊維の表面に部分的に露出して凹凸構造を形成しており、
前記不織マットは、複数の繊維が互いに絡み合って接触する複数の箇所において付着して連結して三次元立体構造を形成しており、前記培地に含有された接着性タンパク質が前記不織マットの生体適合性樹脂繊維の表面に部分的に露出した針状HAp粒子に吸着され、
所定の数の間葉系幹細胞を含む細胞懸濁液を前記培養容器中の前記不織マットに播種して、前記間葉系幹細胞を前記不織マットの三次元立体構造に捕捉させ、
前記間葉系幹細胞が前記不織マットに捕捉された状態で一定期間静置することによって、前記針状HAp粒子に吸着された接着性タンパク質によって覆われた前記生体適合性樹脂繊維に前記間葉系幹細胞を接着させ、前記生体適合性
樹脂繊維に接着した前記間葉系幹細胞を前記不織マットの前記三次元立体構造中に形成された微小環境において増殖させる、工程を含む、
前記不織マットを用いて間葉系幹細胞を培養
して細胞数を増加させる方法。
【請求項2】
前記培地に含有された接着性タンパク質は中性の培地中で負の有効表面電荷を有しており、前記針状HAp粒子の長手方向の正に帯電した結晶面に吸着される、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記生体適合性樹脂繊維の繊維長が2mm~80mm、繊維径が10~80μmである、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
前記培地は接着性タンパク質を含有する無血清培地である、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項5】
前記不織マットの厚さは0.1mm~0.5mmである、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項6】
間葉系幹細胞
を培養
して細胞数を増加させるのに用いる生体適合性樹脂繊維からなる不織マットであって、
前記生体適合性樹脂繊維は針状HAp粒子を20~50vol%、生体適合性樹脂を50~80vol%含み、前記生体適合性樹脂繊維の表面には前記生体適合性樹脂繊維に含有された針状HAp粒子が繊維の表面に部分的に露出して凹凸構造を形成しており、
前記不織マットは、複数の繊維が互いに絡み合って接触する複数の箇所において付着して連結して三次元立体構造を形成しており、
前記不織マットを接着性タンパク質を含んだ培地に浸漬すると、前記培地に含有された接着性タンパク質が前記繊維の表面に部分的に露出した針状HAp粒子に吸着され、
所定の数の間葉系幹細胞を含む細胞懸濁液を培養容器中の前記不織マットに播種すると、前記間葉系幹細胞が前記不織マットの三次元立体構造に捕捉されて、前記接着性タンパク質が吸着した針状HAp粒子を含む前記生体適合性樹脂繊維の表面に接着し、前記不織マットの前記三次元立体構造中に形成された微小環境において増殖する、
前記間葉系幹細胞
を培養して
細胞数を増加させるのに用いる生体適合性樹脂繊維からなる不織マット。
【請求項7】
前記生体適合性樹脂繊維の繊維長が2mm~80mm、繊維径が10~80μmである、請求項6に記載の不織マット。
【請求項8】
前記培地は接着性タンパク質を含有する無血清培地である、請求項6又は7に記載の不織マット。
【請求項9】
前記不織マットの厚さは0.1mm~0.5mmである、請求項6又は7に記載の不織マット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、間葉系幹細胞(MSC)を増殖させる細胞培養基材として用いる不織マット(nonwoven mat)、及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
細胞培養とは細胞を生体外に取り出して生かすことであり、生体外で細胞を培養するためには、生体内の微小環境と同様な環境を生体外で構築することが必要である。
【0003】
近時、細胞培養基材としてエレクトロスピニング法を用いて紡糸されたナノ繊維からなる不織布が提案されている。エレクトロスピニング法を用いて紡糸された繊維からなる不織布は、細胞外マトリクス(ECM)と近似した3次元構造を形成するので、従来の二次元細胞培養用のプレートに代わる、優れた三次元細胞培養基材として用いることができる。
【0004】
三次元細胞培養基材として用いる不織布には、繊維と繊維の間に細胞が侵入し、培地に含まれる栄養分と酸素を供給できるスペースが存在することが必要である。しかし、エレクトロスピニング法で紡糸された繊維は、一般に繊維径が数十nmから数μmと極めて細いので、繊維同士が緻密に絡まって繊維間に十分な隙間が形成されない。そこで、繊維間の隙間を確保するための対策が提案されている(Enhancing cell infiltration of electrospun fibrous scaffolds in tissue regeneration, Jinglei Wu et al. University of TEXAS Bioactive Materials 1 (2016) 56-64)。
【0005】
接着性細胞であるMSCが足場材に接着するためには、足場材の表面が接着性タンパク質によって覆われていることが必要である。in vitroの細胞培養においては、基材を培地に浸漬すると培地に含まれているタンパク質が基材の表面に吸着されてタンパク質の層が形成され、その結果細胞がタンパク質の層を介して基材表面に接着することが可能になる。それ故、不織布を細胞培養基材として用いるためには、不織布を構成する繊維の表面が培地に含まれている接着性タンパク質を効果的に吸着することが重要である。
【0006】
また、足場材の表面形状は平面よりも凹凸構造を有する方が細胞にとって接着しやすいことが報告されている。この場合、凹凸が極めて微細であると、細胞は凹凸を認識できず平面と変わらなくなる一方、凹凸の高さが高すぎると細胞がそれを越えて接着することができなくなる。
【0007】
さらに、細胞培養基材として不織布を用いる場合、細胞は繊維が交差する箇所に接着しやすく、かつそこから繊維の配列方向に沿って遊走する傾向があることが報告されている(文献Mechanical tensile strengths and cell proliferative activities of electrospun poly(lactic-co-Glycolic acid) composites containing β-tricalcium phosphate. Phosphorous Research Bulletin Vol.26 Special Issue (2012) pp 109-112 Shingo Ito et al)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
特許文献1:特許第6639035号 特許公報
【非特許文献】
【0009】
非特許文献1:Enhancing cell infiltration of electrospun fibrous scaffolds in tissue regeneration, Jinglei Wu et al. University of TEXAS Bioactive Materials 1 (2016) 56-64
【0010】
非特許文献2:Mechanical tensile strengths and cell proliferative activities of electrospun poly(lactic-co-Glycolic acid) composites containing β-tricalcium phosphate. Phosphorous Research Bulletin Vol.26 Special Issue (2012) pp 109-112 Shingo Ito et al
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
細胞を生体外において増殖・分化させるためには、細胞培養基材は細胞に対して、生体内におけると同様の環境を提供するものであることが必要であるが、そのために細胞培養基材に求められる条件は多岐にわたり、かつそれには生きた細胞を用いた培養実験のデータの積み重ねによる検証が必要である。そのため、細胞培養基材として不織布を用いることが提案されたものの、その開発は実際上容易ではなく、これまで不織布を用いた細胞培養基材を商業的に成功実現したものは無かった。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記の課題を解決するために、本発明の発明者等は鋭意検討した結果、発明者等が以前開発し商業化した綿状人工骨ReBOSSIS(登録商標)を細胞培養基材に応用することに想到した。上記綿状人工骨は、骨欠損部に埋植して用いる骨再生用材料であり、これまで多くの臨床実績をあげて市場で高い評価を得ている。そこでは、綿状構造を構成している数十μmの径の多数の繊維が繊維間のスペースに骨芽細胞の侵入と増殖・分化に必要な微小環境(microenvironment)を形成している。また、ReBOSSISは混練法を用いることによって多量のリン酸カルシウム粒子を繊維に含有させており、多量の粒子が繊維の表面に露出して細胞接着に適した凹凸形状を形成している。そこで、このReBOSSISの独特な構造をin vitroのMSC三次元細胞培養基材に応用することに思い至った。
【0013】
発明者等は上記着想に基づいてさらに検討を進めた結果、ReBOSSIS(登録商標)の製造工程をモディファイして、ノズルから出射された紡糸溶液を多数の短い繊維として回転ドラムコレクター上に分散して堆積させることによって、生体適合性繊維で構成された三次元立体構造を有する不織マットを作製することに成功した。このようにして作製した不織マットにMSCを播種して培養実験をしたところ、播種したMSCは不織マットに効果的にトラップされて繊維に接着して高い増殖を示すことを発見した。
【0014】
上記発見に基づいて本発明の発明者等は、エレクトロスピニング法で紡糸された生体適合性繊維からなる不織マットで構成された細胞培養基材であって、
前記生体適合性繊維は無機フィラー粒子を20~50vol%(約45~75wt%)、生体適合性樹脂を50~80vol%(約25~55wt%)含んでおり、
前記生体適合性繊維の表面は、前記無機フィラー粒子が部分的に露出して凹凸構造を形成しており、
前記不織マットは、繊維長が2mm~80mm、繊維径が10~80μmである複数の繊維が互いに絡み合って接触する複数の箇所において付着して連結することによって、播種された細胞を前記不織マットに捕捉すると共に前記生体適合性繊維の繊維間の空間に細胞が接着して増殖することができる微小環境が形成された三次元立体構造を有する、
前記エレクトロスピニング法で紡糸された生体適合性繊維からなる不織マットで構成された細胞培養基材、という発明に至った。
【0015】
本発明の発明者等はさらに、エレクトロスピニング法で紡糸された生体適合性繊維からなる不織マットで構成された細胞培養基材の製造方法であって、
混練法を用いて無機フィラー粒子を20~50vol%(約45~75wt%)、生体適合性樹脂を50~80vol%(約25~55wt%)含有する複合体を作製し、前記複合体を溶剤で溶かして樹脂濃度8~12重量%の紡糸溶液を作製し、
前記紡糸溶液をエレクトロスピニング装置のシリンジに充填し、前記エレクトロスピニング装置の上部に下方向に向けて設置された内径が0.7mm~0.9mmであるノズルの吐出口から所定の送り出し速度で押し出し、
前記ノズルに所定の電圧を印加することによって、前記ノズルと、前記ノズルから180mm~240mmの距離離れた位置に設置されて電気的に接地された回転ドラムコレクターとの間に電場を発生させると共に、前記ノズルの吐出口に押出された紡糸溶液を帯電させることによってテイラーコーン現象を生じさせることによって前記ノズルから前記紡糸溶液を繊維状に出射させ、
前記ノズルから出射された繊維を、電場における繊維の飛行軌道の不安定化現象を利用して螺旋を描いて振りながら落下させて前記回転ドラムコレクターの表面に堆積させ、前記繊維は、前記回転ドラムコレクターに到達するまでに千切れて2mm~80mmの長さの複数の湾曲した短繊維になっており、前記複数の短繊維はノズルの水平方向のスライド移動に伴って、回転ドラムの表面に分散して堆積し、
前記堆積した複数の湾曲した短繊維は前記回転ドラムコレクター上で絡み合って繊維同士が互いに接触する箇所において付着して連結することによって、播種された細胞を前記不織マットに捕捉すると共に前記生体適合性繊維と繊維の間の空間に細胞が接着して増殖することができる微小環境が形成された三次元立体構造を有する不織マットを形成し、
前記形成された不織マットを前記回転ドラムコレクターから回収し、細胞培養基材として所望の寸法形状にカットする、
エレクトロスピニング法で紡糸された生体適合性繊維からなる不織マットで構成された細胞培養基材の製造方法、という発明に至った。
【0016】
好ましくは、前記不織マットを構成する繊維は無機フィラー粒子を20~30vol%(約45~55wt%)含有しており、繊維の長さが20mm~80mmであり、複数の湾曲した繊維がランダムな方向に絡み合って互いに付着することによってマット形状を形成している。
【0017】
好ましくは、前記不織マットを構成する繊維は無機フィラー粒子を40~50vol%(約65~75wt%)含有しており、繊維の長さが2mm~10mmであり、複数の短い湾曲した繊維がランダムな方向に絡み合って互いに付着することによってマット形状を形成している。
【0018】
好ましくは、前記無機フィラー粒子はHAp粒子であり、さらに好ましくは針状HAp粒子である。
【0019】
好ましくは、前記無機フィラー粒子の粒子径は1~5μmである。
【0020】
好ましくは、前記不織マットは、細胞培養用ウェルプレート又はディッシュの寸法形状に合わせてカットされて用いられる。
【0021】
好ましくは、前記不織マットは0.1mm~0.5mmの厚さを有している。
【0022】
前記不織マットを構成する生体適合性繊維の外径は10~80μmあり、より好ましくは10~60μmである。
【0023】
好ましくは、前記樹脂繊維はPLGA、PLA又はPCLを含む。
【0024】
好ましくは、本発明の不織マットを構成する繊維は多数の繊維が繊維間距離10~200μmで3次元的に絡み合っているので、直径約10μmの間葉系幹細胞が繊維と繊維の間のスペースに侵入してそこで保持される。
【発明の効果】
【0025】
本発明の一実施態様の方法で製造された不織マットは繊維の外径が10~80μmある(
図4(A)(B)及び
図5(A)(B)参照)ので、不織マットの三次元立体構造中に形成された微小環境(microenvironment)に細胞が容易に侵入し、細胞が侵入した場所にトラップされた状態で繊維の表面に接着して増殖することができる。
【0026】
本発明の一実施態様の方法で製造された不織マットは、繊維の表面に無数のフィラー粒子が露出して凹凸構造を形成しているので、細胞が繊維の表面に効果的に接着することができる。
【0027】
本発明の一実施態様の方法で製造された不織マットを構成する繊維は、表面に電荷を帯びた無機フィラー粒子が樹脂層に覆われることなく露出しているので、優れたタンパク質吸着性能を有しており、繊維の表面に吸着されたタンパク質を介して、細胞が繊維の表面に接着することができる。
【0028】
本発明の一実施態様の方法で製造された不織マットは、ES装置内を飛行する過程で千切れて多数の20mm~80mm程度の長さの繊維になって回転ドラムコレクターに堆積して形成される。繊維の方向は一定方向に揃っている(
図3(A)参照)。繊維が一定方向に揃って配列していることは、接着した細胞が繊維に沿って遊走する上で好ましい。
【0029】
本発明の一実施態様の方法で製造された不織マットは、ES装置内を飛行する過程で千切れて多数の2mm~10mm程度の短い繊維になって回転ドラムコレクターに堆積して形成されて、短い湾曲した多数の繊維がランダムな方向に堆積して網目構造が形成されている(
図3(B)参照)。かかる網目構造は、播種されたMSCをマットにトラップする機能に優れている。
【0030】
本発明の一実施態様の方法で製造された不織マットは、三次元方向に柔軟性を有しており、不織マットに曲げ圧力を加えても折れることがないので、取り扱い性に優れている。
【0031】
本発明の一実施態様の方法で製造された不織マットは、2mm~80mmの曲線状の短繊維が堆積して絡み合って0.1~0.5mmの厚みに形成されているので、優れた三次元培養基材を形成している。
【0032】
本発明の一実施態様の方法を用いて製造した不織マットを構成する繊維は、繊維の表面の全域にわたって無数の1μm前後、又はそれ以下の径を有する気泡細孔が形成されている(
図5(A)(B)参照)ことにより比表面積が著しく増大している。また、繊維の表面に無数の気泡細孔と繊維の表面に露出した無数のフィラー粒子によって物理的な凹凸構造が形成されているので、不織マットに捕捉された細胞を繊維に接着させることができる。
【0033】
本発明において細胞培養基材として用いる不織マットを構成する繊維は、生体適合性であり、かつ生分解性であるので、細胞を接着培養したマットを患者の体内にそのまま移植することが可能である。
【0034】
本発明によって細胞培養基材として用いる不織マットは、ReBOSSIS(登録商標)と同様エレクトロスピニング法を用いて安価かつ効率的に製造することが可能なので、商業ベースでのMSCの増殖培養が実現できる。
【図面の簡単な説明】
【0035】
【
図1】
図1は、本発明の実施例に用いるES装置を示す。
【
図2】
図2(A)は本発明の実施例のHAp50マットの外観写真を示し、
図2(B)は本発明の実施例のHAp70マットの外観写真を示す。
【
図3】
図3(A)は本発明の実施例のHAp50マットを構成するPLGA繊維のSEM写真(30倍)を示し、
図3(B)は本発明の実施例のHAp70マットを構成するPLGA繊維のSEM写真(30倍)を示す。
【
図4】
図4(A)は本発明の実施例のHAp50マットを構成するPLGA繊維のSEM写真(200倍)を示し、
図4(B)は本発明の実施例のHAp70マットを構成するPLGA繊維のSEM写真(200倍)を示す。
【
図5】
図5(A)は本発明の実施例のHAp50マットを構成するPLGA繊維のSEM写真(1000倍)を示し、
図5(B)は本発明の実施例のHAp70マットを構成するPLGA繊維のSEM写真(1000倍)を示す。
【
図6】
図6は、本発明の不織マットに対するタンパク質(BSA)吸着実験の結果を示す。
【
図7】
図7は、本発明の不織マットに対するタンパク質(フィブロネクチン)吸着実験の結果を示す。
【
図8】
図8は、フィブロネクチン含有無血清培地を用いたMSC培養実験の結果を示す。
【
図9】
図9は、本発明の実施例に用いる針状HAp粒子のSEM写真を示す。
【
図10】
図10(A)及び(B)は、繊維に露出したHAp粒子が薄い樹脂層によって覆われていないことを確認するために実施したHCL浸漬実験の結果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0036】
以下本発明を実施するための好ましい形態について図面を用いて説明する。
【0037】
(1)本発明に用いる材料
<生体適合性樹脂>
本発明においてエレクトロスピニング装置によって紡糸する樹脂は、生体適合性樹脂(biocompatible resin)であって、溶媒によって溶かすことができるものであれば用いることができる。PLA,PLGA,PCL等の生体適合性樹脂は、疎水基を有するのでタンパク質の疎水部分に対して吸着性能を発揮し、好適に用いることができる。また、これらの樹脂は生分解性であり体内で加水分解するので、細胞培養基材を用いて培養した細胞を基材ごと生体内に移植することが可能である。PLGAは、アモルファス性樹脂であるので、混錬による複合体の作製に好適である。
【0038】
エレクトロスピニング法を用いて樹脂を繊維化するには、PLGAでは、樹脂の分子量が15万~40万が好ましい。より好ましくは20万~40万が好ましい。分子量が15万よりも低いと分子鎖同士の絡み合いが弱くなり、繊維として形状を維持できなくなる可能性がある。逆に分子量が40万よりも大きいと、紡糸溶液の粘度が高くなりすぎて、粘度を下げるために紡糸溶液中の溶媒の割合を大きくして樹脂濃度を下げる必要があるが、そうすると、今度は紡糸溶液中の溶媒の量が多くなりすぎて、ノズルから出射された後、飛行中に溶媒が十分に揮発されて繊維化するのが難しくなる。
【0039】
<無機フィラー粒子>
本発明で用いる無機フィラー粒子は、ES紡糸溶液中に均一に分散できて、尚且つ繊維の表面に粒子が露出して細胞が接着しやすい凹凸形状を形成することができるサイズに調整されて用いられる。本発明の好ましい実施例では1μm~5μmのサイズの粒子が用いられる。
【0040】
図9は、針状HAp粒子のSEM写真を示す。針状HApは製造業者から購入した時点で径は10μm前後であるが、混練の過程で粒子が細かく粉砕されて、1μm~5μmの粒子径に調製される。
【0041】
ReBOSSIS(登録商標)は生体に埋植して用いるので、生体吸収性を有するβ―TCP粒子をフィラーとして用いているが、in vitroの細胞培養基材では生体吸収性は必要でない。HAp粒子は生体吸収性ではないが中性の環境下で正に帯電する結晶面と負に帯電する結晶面を合わせ有しているので、タンパク質を吸着する性能が優れている。針状HAp粒子は針の長手方向に正に帯電するa面を有しているので、中性の環境下で負の有効表面電荷を有するタンパク質(接着性タンパク質)を有効に吸着することができるので、特に好ましい。
【0042】
<揮発性溶媒>
本発明の方法に用いる溶媒は、溶媒可溶性樹脂を溶解し、大気圧条件下で沸点が200℃以下で揮発性が高く、室温で液体である物質が好ましい。クロロホルムは生体適合性樹脂の溶解性に優れ、なおかつ揮発性が高いので本発明の方法に用いる揮発性の溶媒として好ましい。
【0043】
(2)本発明に用いるエレクトロスピニング装置の構成
図1は本発明に用いるエレクトロスピニング装置の構成を示す。
図1において、本発明のエレクトロスピニング装置1は、シリンジ20、ノズル30、回転ドラム40を収納する筐体10を有する。筐体10は、静電気が帯電することを避けるために、スチール等の導電性の材料で形成されていることが好ましい。回転ドラム40は電気的に接地されている。
【0044】
<筐体>
筐体10は、前面開口部を開閉可能に取り付けられた前扉11を閉じることによって外気からある程度遮断して筐体内の温度と湿度を個々の紡糸条件に応じて調整することができる。筐体10には、排気ファンが備えられており、装置の稼働中換気可能である。筐体10の天井付近には、ノズル30を水平方向にスライド移動させるための設備であるレール31が取り付けられている。本発明の方法では、ノズルから出射した紡糸溶液が回転ドラムに繊維としての形状を有して堆積するためには、出射された繊維が筐体10内を落下飛行する間に溶媒が十分に蒸発する必要があるので、筐体内の温度が15℃~30℃、湿度が50%以下に調整されていることが望ましい。
【0045】
<シリンジ>
シリンジ20は筐体10の天井付近に固定されている。シリンジ20は、筐体10に備えられたレールに取り付けられて、シリンジ20自体がレール上をノズル30と共にスライド移動するように構成されていてもよい。
【0046】
紡糸溶液をシリンジ20に充填した後、紡糸開始のスイッチを押すと、シリンジ20に充填された紡糸溶液がチューブを通して一定圧力/速度でノズル30に押し出されて、エレクトロスピニングが開始される。本発明の一つの実施例では、シリンジに充填できる紡糸溶液の量は10mlに設定されている。
【0047】
<ノズル>
図1において、ノズル30はシリンジ20にチューブ21を介して接続されている。ノズル30は、筐体10に設けられたレール上をスライド移動可能に設置されている。シリンジ20は筐体10に固定して、シリンジ20と柔軟なチューブ21でつながったノズル30が(チューブ21が届く範囲で)レール31上を水平移動するように構成されていてもよい。ノズル30は、導電体製の中空のニードルを備え、シリンジ20から押し出された紡糸溶液はノズル中に導入されて、ニードルの先端から吐出される。
【0048】
<ノズル径>
本発明のエレクトロスピニング装置で用いられるノズルの口径は、その大きさに応じて27G,22G,18Gに区別される。27G,22G,18Gの口径の値は次の表に示す通りである。
【0049】
<電源>
ノズル30には電圧を調整可能な直流電源(PW)が接続されている。直流電源をONにすると、ノズル30にプラスの高電圧が印加され、ノズル30がプラス電極となり、電気的に接地された回転ドラム40が静電誘導を生じてマイナスに帯電することによってマイナス電極となって、ノズル30と回転ドラム40の間に電場が形成される。ノズル30の先端では、ノズルから吐出したプラスに帯電した紡糸溶液が、静電引力を受けて、テイラーコーン現象を起こして、空中に繊維状に出射される。
【0050】
<回転ドラム>
筐体10の底部には、エレクトロスピニングで紡糸された繊維を不織マットとして回収するための回転ドラム40が据え付けられている。回転ドラム30は電気的に接地されており、ノズル30にプラス電圧を印加すると静電誘導を生じて、回転ドラム40はマイナスに帯電してノズル30の反対電極となる。
【0051】
回転ドラムには導電性のアルミシート又はシリコーンシート等の剥離性の高いシートを巻いて、ノズル30から出射し落下飛行してきた繊維を、回転する巻き取り軸を中心にドラムに巻き取ることによって不織マットを得ることができる。このとき、ドラムに堆積した繊維はESの高電圧を受けて電荷を帯びているので、堆積したドラム表面において互いに反発し合う。ドラムの回転速度が速いと繊維は巻き取り方向に整列して配向する傾向が強いが、ドラムの回転速度が遅いと繊維の互いの反発力が勝って、その結果、繊維はランダムな方向に配向する傾向が強くなる。
【0052】
(3)本発明のエレクトロスピニング
<紡糸溶液の製造>
生体適合性樹脂と無機フィラー粒子とを混合してニーダーで混練して複合体を作製し、複合体を溶剤で溶かして紡糸溶液を得る。本発明において不織マットを構成する生体適合性繊維の組成は、ニーダー混練によって作製される複合体中の生体適合性樹脂と無機フィラー粒子との混合割合によって決まる。例えば、HAp50マットはHAp粒子を50重量%(24.2vol%)、生体適合性樹脂を50重量%(75.8vol%)を含んだ生体適合性繊維から構成される不織マットである。HAp70マットはHAp粒子を70重量%(42.6重量%)、生体適合性樹脂を30重量%(57.4vol%)を含んだ生体適合性繊維から構成される不織マットである。
【0053】
本発明においては、混練法を用いることによって20vol%(約45wt%)を超える量のカルシウム塩が均一に分散した複合体を作製し、そのようにして作製した複合体をクロロホルム等の溶剤で溶かすことによって、多量の無機粒子が均一に分散した紡糸溶液を調製することができる。混練法の詳細は、PCT/JP2017/016931(WO2017/188435)に記載されている。紡糸溶液の樹脂濃度は、シリンジからノズルにスムーズに紡糸溶液を送り出すことができるためには一定以下にする必要がある。他面、紡糸溶液の樹脂濃度は、樹脂がフィラー粒子のバインダーとして機能して連続した繊維を形成するためには一定以上であることが必要である。
【0054】
カルシウム化合物粒子はPLGAより真密度が高い。例えば、PLGAは1.01g/cm3の密度を有し、HApは3.17g/cm3、β‐TCPは3.14g/cm3の密度を有する。したがって、wt%とvol%は、次のような相関関係がある:
表1:HAp含有量相関
表2:β-TCP含有量相関
【0055】
ReBOSSIS(登録商標)では、綿形状を構成する繊維に含まれるカルシウム塩(骨形成因子)の組成は重量%によって管理されている。しかし、本発明においては、無機フィラーは多量の粒子が繊維の表面に物理的に露出して細胞が接着しやすい凹凸構造を形成することが重要なので、繊維に含有させる無機フィラー粒子の量は、重量%によってではなく、繊維中で粒子が占める体積によって決められるのが合理的である。そこで、本発明においては、無機フィラー粒子の量を上記含有量相関表に基づいて、重量%を体積%に換算した値で示す。
【0056】
<紡糸溶液のノズルへの送り出し>
本発明の方法では、シリンジに充填した紡糸溶液を通常のESと比べて速い速度で送り出す。その結果、ノズルの吐出口における紡糸溶液の毎秒ごとの流量が大きくなる。本発明の実施例では、シリンジに充填した紡糸溶液を3ml/h~15ml/hの速度で内径が0.4mm~1.0mmの吐出口に送り出すと、ノズルの吐出口における紡糸溶液のvol流量は0.83mm3/秒~4.2mm3/秒、質量流量は1.2mg/秒~6.8mg/秒である。ノズルの吐出口から押し出される紡糸溶液の単位時間当たりの量が多くなると、ノズルから出射された紡糸溶液が自重により重力の作用で落下する力の割合が大きくなる。その結果、ノズルから出射された紡糸溶液が専ら電場の引っ張り力に依存してドラムコレクターに引っ張られる場合に比べて、電荷の偏りに起因する反発力を受ける度合いが少なくなるので、飛行軌道が振られる度合いも小さくなる。
【0057】
<電圧の印加>
紡糸溶液をシリンジに充填した上で直流電源をONにしてノズル30に電圧を印加する。ノズル30に電圧を印加することによって、充填された紡糸溶液を帯電させると共に、設置されたドラムコレクターとノズルの間に電位差を生じ、帯電した紡糸溶液がテイラーコーン現象によってドラム方向に引っ張られる。
【0058】
(4)回転ドラムコレクター上に不織マットを形成
<短繊維の形成>
本発明の方法では、混練法を用いて調製した紡糸溶液は多量の無機フィラー粒子を含んでいる。紡糸溶液がノズルから繊維状に出射されたとき、無機フィラー粒子は樹脂をバインダーとしてつなぎ留められて、その状態で長手方向に連続した繊維を形成している。しかし、ES装置内を飛行する過程で、電荷の偏りに起因する反発力を受けて飛行軌道が激しく振られると、フィラー粒子が樹脂でつなぎ留められた状態を維持できなくなって、繊維が飛行過程でちぎれてしまい、その結果多数の短い繊維になった状態で回転ドラムコレクター上に堆積する。
【0059】
本発明の方法では、シリンジに充填した紡糸溶液を口径の大きいノズルの吐出口に速い送り出し速度で送り出すので、単位時間当たりに多量の紡糸溶液が吐出口から下方向に押し出され、押し出された紡糸溶液は重力によって落下する。同時に、ノズルに高電圧を印可することによってノズルとコレクターの間に生じた電場の力を受けて、コレクターに向けて引っ張られる。電場による引っ張り力は、電荷の偏りに起因する反発力を受けて、飛行軌道が振られるが、通常のエレクトロスピニングにおけるbending instability現象におけるような極細繊維化は起こらず、溶媒の蒸発と、繊維の飛行軌道が振れることに伴う繊維径の縮小が生じるに留まると考えられる。
【0060】
本発明の飛行軌道の振れ現象が生じるためには、ノズルと回転ドラムの間に形成される電場が一定程度以上であることが必要である。電場の強さはV=Edの公式より、印加する電圧の値とノズル30と回転ドラム40の距離によって決まるので、飛行軌道の振れ現象を生じるために必要な印加電圧の値は単独では決まらない。しかし、ノズルから出射された繊維の飛行距離はその間に溶媒を蒸発させる必要があるので、一定以上にする必要があるので、印加する電圧の値は必然的に高く設定される。本発明の一つの実施例では、ノズルとドラム間の距離は200mmで、ノズルに印加する電圧は28kVに設定される。
【0061】
ノズルから紡糸しながら移動幅10cmでスピナレットを移動速度2cm/sで1時間水平方向に往復させることによって、短繊維が回転ドラムコレクター上に分散して堆積し、その状態で繊維が互いに付着して結合することによって不織マットが形成される。不織マットの厚さは、三次元細胞培養基材に必要な三次元立体構造を有しながら、MSCをマットの全域にわたって播種し、播種されてマットに接着して増殖した細胞をマットから剥離して回収するためには、0.1mm~0.5mm程度であることが好ましい。
【0062】
(5)不織マットの回収
アルミシートやシリコーンシート等の剥離性の高いシートを巻いた回転ドラム上に繊維を不織マットとして堆積させた後、アルミシートを回転ドラムから取り外すことによって、マットを回収することができる。本発明の方法では、落下飛行中に軌道を振られることで複数の短繊維が巻回状態でドラムに到達するので、巻回して曲線状となった複数の短繊維がドラム上で互いに付着して結合することによって不織マットを形成する。
図2は、本発明の不織マットの外観写真を示す。
図2(A)は、HApを50重量%含有した繊維からなる不織マットを示し、
図2(B)はHApを70重量%含有した繊維からなる不織マットを示す。
【0063】
(6)本発明の不織マットを構成する繊維の性状
<繊維の気泡細孔>
本発明の方法で紡糸された繊維には、繊維表面の全域にわたって無数の1μm前後又はそれより小さい径の気泡細孔が形成されている。このような気泡細孔が形成されるメカニズムは、ノズルから出射された繊維はクロロホルムを多量に含んでおり、繊維に含有されたクロロホルムは飛行中に繊維の内部および表面において気泡となって蒸発する。内部で発生した気泡が外に出て行く際にはいくつかの気泡が合わさって表面積を下げ、大きな気泡になって繊維外に出ていく。表面付近で発生した気泡は、繊維内部で発生した気泡よりも小さくなると考えられる。ノズルから出射された繊維は、空気中を飛行することで常に新たな空気にさらされ、熱エネルギーをもらい続けることができるため、表面付近の気化は促進される。多くのエネルギーをもらうことによって多数の気泡が発生し、表面積を下げるべくいくつかは合わさって気泡が大きくなると考えられる。
【0064】
本発明の方法で紡糸された繊維の表面に形成される気泡細孔のサイズは、ポリマーの粘性との関係で決まるが、本発明の実施例では、気泡が脱けて形成された気泡細孔の径は0.1~3μmであった。樹脂繊維の表面に気泡細孔を形成するためには、ES装置内で風を送るのが効果的である。
【0065】
<タンパク質吸着性能>
本発明の不織マットを構成する繊維は、培地に含まれる接着性タンパク質を繊維の表面に吸着する性能を有する。
【0066】
タンパク質が基材の表面に吸着されるメカニズムに関しては、タンパク質分子自身に起因する疎水性相互作用によってポリマー材料の表面に吸着することが知られている。タンパク質は、親水基を持つアミノ酸と疎水基を持つアミノ酸が結合した高分子であり、タンパク質分子の表面は親水部と疎水部とによるモザイク構造を有する。表面に出ている疎水部は水分子との接触を避けようとして多種類の分子から構成されるポリマー材料の疎水性表面に吸着する傾向がある。PLA、PLGA,PCL等の樹脂は、疎水基を有するので、好適に用いることができる。
【0067】
さらに、タンパク質分子を構成するアミノ酸は、アミノ基とカルボキシル基の両方を持つので等電点を有しており、カルボキシル基を複数有する酸性アミノ酸は等電点が低くなり、アミノ基を複数持つ塩基性アミノ酸は等電点が高くなる。従って、中性の溶液中では、酸性タンパク質は負に帯電し、塩基性タンパク質は正に帯電する傾向がある。セラミック粒子は高い表面エネルギーを有しており、その表面は正又は負に帯電している。従って、セラミック粒子をタンパク質を含む中性の培地に浸すと、酸性タンパク質は中性PHの環境下で有効表面電荷が負になるので、表面が正に帯電した粒子に吸着されやすく、塩基性タンパク質は有効表面電荷が正になるので、表面が負に帯電した粒子に吸着されやすい。
【0068】
静電的相互作用に基づくタンパク質吸着は、疎水性相互作用に基づくものより、吸着力が高い。従って、足場材に対して細胞の高い初期接着を得るためには、繊維の表面はタンパク質の有効表面電荷と反対の電荷を帯びていることが望ましい。HApは、中性pH下において粒子表面に存在するCa2+が負の有効表面電荷を有する酸性タンパク質を吸着するので、好適に用いることができる。
【0069】
本発明のエレクトロスピニング法を用いて紡糸した繊維は、繊維表面に無機フィラー粒子が露出して凹凸形状を形成しているが、露出した粒子は薄い樹脂層によって覆われている可能性が考えられる。無機粒子の表面の電荷は微弱なものなので、もし粒子の表面が樹脂層によって覆われていれば、それが極めて薄い層であっても、それによって、粒子がタンパク質を吸着する能力は失われる。そこで、本発明の発明者等は、HCLはHApを溶解するが樹脂(PLGA)は溶解しないことを利用して、HAp粒子を含む繊維をHCL溶液に浸漬して、HApの溶解の有無を観察することによって繊維が樹脂に覆われているかどうかを確認する実験をした。
【0070】
図11は、(A)HAp50マットと(B)HAp70マットをHCL液中に5分間浸して、繊維の表面形状の変化を観察した結果を示す。実験の結果、HAp70マットの繊維の方がHAp50マットの繊維よりも多くの空孔が繊維表面に形成されていた。これは、HAp70マットの繊維の方が表面に露出しているHAp粒子の量が多く、それがHCLによって溶解されたことの結果であると考えられる。もし、繊維表面においてリン酸カルシウム粒子がPLGA樹脂層によって覆われていれば、HCLに不溶である樹脂層が存在することによってHAp粒子がHCLに接触するのを妨げられて粒子が溶解されることはないので、このような結果にはならなかったはずである。この実験の結果から、本発明のエレクトロスピニング法を用いて紡糸した繊維の表面に露出した無機フィラー粒子は薄い樹脂層によって覆われていないこと、及びHAp70マットの繊維の方がHAp50マットよりも繊維表面に多くHAp粒子が露出していることが確認された。
【0071】
実験
I. 不織マットの作製実験
混練法を用いてHAp粒子50wt%(24.2vol%)とPLGA樹脂50wt%(75.8vol%)の複合体を作製し、クロロホルムで溶解して調製した紡糸溶液を用いてエレクトロスピニング法で紡糸した繊維からなる不織マットのサンプル(HAp50マット)を作製する実験1と、同じく混練法を用いてHAp粒子70wt%(42.6vol%)とPLGA樹脂30wt%(57.4vol%)の複合体を作製し、クロロホルムで溶解して調製した紡糸溶液を用いてエレクトロスピニング法で紡糸した繊維からなる不織マットのサンプル(HAp70マット)を作製する実験2を実施した。
【実験1】
【0072】
<HAp50マット>
組成:針状HAp50wt%(24.2vol%)/PLGA50wt%(75.8vol%)
押出速度10ml/hr
樹脂濃度9%
飛行距離 200mm
ES装置内温度 29℃ ES装置内湿度 47%
繊維径:10~80μm
繊維の長さ:約5cm前後
<実験の概要と結果>
・押出速度10ml/hr、電圧28kvでフィラーとしてHAp粒子50wt%含んだ紡糸溶液(樹脂濃度9%)をノズルから真下方向に繊維状に出射させる。
・ノズルから出射された紡糸溶液(クロロホルム+フィラー+樹脂)は、飛行の過程でクロロホルムが蒸発して繊維化するが、フィラー成分が50wt%あり、樹脂成分が少ないため、一本の長い連続した繊維にはならない。
・樹脂濃度を7%以下にすると、樹脂がフィラー粒子のバインダーになるための十分な量が存在しないので連続した繊維にならない。樹脂濃度を11%以上にすると、紡糸溶液の粘度が高すぎて紡糸溶液をノズルに通過させることが難しくなる。
・ノズルから出射された紡糸溶液はクロロホルムを過剰に含んでおり、電場によってドラムに向けて引っ張られて飛行する過程でクロロホルムは蒸発するが、ドラムに到達した時点で未だクロロホルムは豊富に含まれている。繊維状の紡糸溶液がドラムに堆積した後に繊維に残っているクロロホルムは時間の経過と共にそこで蒸発し、繊維からクロロホルムが蒸発することによって繊維は固化し、それによって不織布ができあがった(
図2(A))。
・不織布を構成する繊維は、一方方向に向いている(配向している)。
【実験2】
【0073】
<HAP70マット>
HAp70wt%(42.6vol%)/PLGA30wt%(57.4vol%)
押出速度5ml/hr
樹脂濃度10%
飛行距離 200mm
ES装置内温度: 25.5℃ ES装置内湿度 25%
繊維径:40~70μm
繊維の長さ:約5mm前後
<実験の概要と結果>
・押出速度10ml/hrで電圧28kvかけることによって、樹脂濃度10%、フィラー70wt%含んだ紡糸溶液をノズルから真下方向に繊維状に出射させた。
・ノズルから出射された紡糸溶液(クロロホルム+フィラー+樹脂)は、不安定軌道を描いた飛行の過程でクロロホルムが蒸発して繊維化するが、フィラー成分が多く樹脂成分が少ないため、一本の長い連続した繊維にはなりづらく、途中で切れて多数の短い1cm以下の繊維になった。
・樹脂濃度を7%以下にすると、樹脂がフィラー粒子のバインダーになるための十分な量が存在しないので連続した繊維にならなかった。樹脂濃度を11%以上にすると、紡糸溶液の粘度が高すぎて紡糸溶液をノズルを通過させることが難しくなった。
・ノズルから出射された紡糸溶液は電場によって引っ張られて飛行してドラムに堆積する。堆積した繊維はクロロホルムを未だ豊富に含んでいるため、繊維は接触した箇所で互いに容易に付着する。繊維が多数の箇所で互いに付着した状態で繊維に含まれていたクロロホルムが時間の経過と共に繊維から蒸発した。ドラム上に堆積した繊維は、クロロホルムの蒸発によってその状態でさらに固化して不織布マットができた(
図2(B))。
【0074】
<実験1と2の結果の考察>
・HApの量が50重量%である場合と70重量%である場合とでは、不織マットを構成する繊維の長さが大きく異なり、前者は5cm前後であるのに対し、後者ではその約1/10の5mm前後であった。また、前者では、不織的を構成する複数の繊維が一方方向に揃って配向する傾向である(
図3(A))のに対し、後者は、繊維の方向はランダムで揃っていない(
図3(B))。
・HAp50マットとHAp70マットは共に細胞培養基材として使用可能であるが、不織マットに接着した細胞が遊走するためには、HAp50マットの方が繊維の方向が揃っているのでHAp70マットよりも優れていると考えられる。
・HAp50マットは柔軟性を有し、マットを引っ張ったり曲げたりしてもマットの形状を容易に失わないのに対し、HAp70マットは、曲げると折れてしまいマットの形状を失いやすく、引っ張ると簡単に分離してしまった。
・実験1と2の結果から、本発明の生体適合性繊維に含有させる無機フィラー粒子の量を50重量%と70重量%の間で最適の組成に調整することが可能であると考えられる。
【0075】
II. タンパク質吸着実験
無機粒子に吸着させるタンパク質として血清アルブミン(BSA)と接着性タンパク質であるフィブロネクチンを用いて、本発明のマットに対するタンパク質の吸着を確認する実験を実施した。
【0076】
(1)BSA含有溶液を用いた浸漬実験
(i) 10μg/mlのBSA含有溶液を500μlずつ、24wellプレートに入れておく。
BSA含有溶液の調製方法:
・2mg/mlのBSA溶液:2.5μl
・精製水:497.5μl
上記二つを混合し、200倍希釈したBSA含有溶液を作製した。溶液のPHは中性。
(ii) 針状HApを50wt%含有するES繊維からなる不織布培養基材(HAp50マット)及びβ―TCP粒子を50wt%含有するES繊維からなる不織布培養基材(β―TCP50マット)をそれぞれ70%エタノールに入れ、精製水で洗浄後、キムワイプで水分をふき取り、BSA含有溶液を満たした24wellプレートに浸漬する。不織マットを浸漬させないウェルも作成し、コントロールとした。マットの寸法サイズは共にφ14mmの円形状、厚さ0.2mm。
(iii) 37℃で一晩静置し、HAp50マットを入れたwellプレート、β―TCP50マットを入れたwellプレート、及び不織マットを入れていないwellプレート(コントロール)のそれぞれの溶液のBSA濃度を測定した。測定結果を
図7に示す。結果はコントロールの平均BSA濃度(μg/ml)を100%としたときの割合を示している。
【0077】
<実験結果の考察>
1)HAp50マット,β―TCP50マット共に溶液中のBSAの濃度はコントロールと比べて減少した。減少したBSAは細胞培養基材(HAp50マット,β―TCP50マット)に吸着されたと考えられる。
2)HAp50マットでは、溶液中のBSAの含有量が32%に減少したが、β―TCP50マットでは、溶液中のBSAの含有量は86%に減少するにとどまった。この実験の結果から、HAp50マットは、β―TCP50マットよりも高いBSA吸着性能を有することが確認された。
3)HAp50マットは多くのHAp粒子(50wt%=約25vol%)が繊維の表面において樹脂層によって覆われることなく露出しているので、HAp粒子表面のCa2+イオンが酸性タンパク質であるBSA(中性の環境下で有効表面電荷は負)を吸着したと考えられる。
【0078】
(2)フィブロネクチンを用いた浸漬実験
(i) 10μg/mlのフィブロネクチン含有溶液を500μlずつ、24wellプレートに入れておく。
フィブロネクチン含有溶液の調製方法:
・fibronectin human plasma (1mg/ml):5μl
・精製水:495μl
上記二つを混合し、100倍希釈したフィブロネクチン含有溶液を作製した。溶液のPHは中性。
(ii) 針状HApを50wt%含有するES繊維からなる不織布培養基材(HAp50マット)、β―TCP粒子を50wt%含有するES繊維からなる不織布培養基材(β―TCP50マット)をそれぞれ70%エタノールに入れ、精製水で洗浄後、キムワイプで水分をふき取り、フィブロネクチン含有溶液を満たした24wellプレートに浸漬する。不織マットを浸漬させないウェルも作成し、コントロールとした。
(iii) 37℃で一晩静置し、HAp50マットを入れたwellプレート、β―TCP50マットを入れたwellプレート、及びマットを入れていないwellプレート(コントロール)のそれぞれの溶液のフィブロネクチン濃度を測定した。実験結果を
図8に示す。結果はコントロールの平均フィブロネクチン濃度(μg/ml)を100%としたときの割合を示している。
【0079】
<実験結果の考察>
1)HAp50マット、β―TCP50マット共に、溶液中のフィブロネクチンの濃度はコントロールと比べて減少した。減少したフィブロネクチンは、細胞培養基材に吸着されたと考えられる。
2)HAp50マットでは、溶液中のフィブロネクチンの含有量が19%に減少したが、β―TCP50マットでは、溶液中のフィブロネクチンの含有量は82%に減少するにとどまった。この結果から、HAp50マットは、β―TCP50マットよりも高いフィブロネクチン吸着性能を有することが確認された。
3)HAp50マットでは多くのHAp粒子(50wt%=約25vol%)が繊維の表面において樹脂層によって覆われることなく露出しているので、HAp粒子表面のCa2+イオンが酸性タンパク質であるフィブロネクチン(中性の環境下で有効表面電荷は負)を吸着したと考えられる。
【0080】
III. MSC増殖実験
エレクトロスピニング法で製造したPLGA樹脂繊維からなる不織マットsample:HAp50wt%含有sampleとβ―TCP50wt%含有sampleを用意して、各sampleを接着性タンパク質(フィブロネクチン)を含有する無血清培地に浸した状態で、MSC(ADSC Lonza)の懸濁液を播種し、各sample における細胞の接着・増殖を観察対比した。
【0081】
<材料>
・細胞 ADSC(MSC) Lonza
・培地 Cellartis TAKARA
・不織マットsample:HAp50マット(PLGA:HAp=50:50)重量比
β-TCP50マット(PLGA:β-TCP=50:50)重量比
マットの寸法サイズ:φ=14mmの円形状、厚さ0.2mm。
・試薬
ヒト血漿フィブロネクチン0.1%(1mg/ml) SIGMA
CellTiter 96(登録商標) Non-Radioactive Cell Proliferation Assay (MTT) Promega
・Dye Solution
・Stop Mix
Accumax(剥離剤) ナカライテスク
【0082】
<実験手順>
Step 1: 細胞懸濁液の作製
・無血清培地1mlに1μlの割合でフィブロネクチン試薬を加えて1μg/mlの濃度のF培地とした。
・冷凍保存しているADSCを融解後培養して増殖させ、増殖後の細胞を培養試験に使用するADSCとした。
・増殖させたADSCを剥離し、F培地を用いて5万細胞/500μlになるように希釈を行って細胞懸濁液を作製した。
Step 2:不織マットsampleの事前処理
各不織マットsampleを両親媒性の70%エタノールと無血清培地溶液に浸漬することで、水及び培地に浸漬してもはじかないように処理した上で、24 well plateに入れて用いた。
Step 3:細胞の播種
24 well plateに入れた各不織マットsampleに細胞懸濁液(5万細胞/500μl)を滴下して播種した。
Step 4:細胞数の計測
各不織マットsampleに接着して増殖した細胞数をMTTアッセイ、吸光度分析によって計測した。測定結果を
図8(A)、(B)に示す。
【0083】
<実験結果の考察>
1)培養を開始して1日経過した時点で、不織マットsampleに接着している細胞数を測定したところ、HAp50マットは5.3万個、β―TCP50マットは4.6万個程度であった(
図8(A))。この結果は、懸濁液に含まれる細胞(5万細胞/500μl)のうち不織マットsampleに捕捉されないでウェルプレートの底に沈んでしまった細胞の数が少ないこと、及びHAp50マットとβ―TCP50マットの構造が細胞の接着に好適なものであったことによると考えられる。
2)HAp50マットはβ-TCP50マットよりも細胞の初期接着が良好であり、その後の増殖もβ-TCP50マットよりも良好であった。この結果は、接着性タンパク質として用いたフィブロネクチンがHAp50マットの繊維表面に効果的に吸着されたことによると考えられる。
3)培養を開始して4日経過した時点で、不織マットsampleに接着している細胞数を測定したところ、HAp50マットは6.5万個、β―TCP50マットは6万個程度であった(
図8(B))。培養1日目において不織マットに接着していた細胞は、不織マット上でその後3日経過することによって順調に増殖したと考えられる。
【0084】
本発明の不織マットは、生体適合性・生分解性繊維からなるので、細胞が接着した状態で生体に移植することが可能であるが、そのような細胞培養基材を使いながら、本発明のような高い細胞接着・増殖を実現できたことは、この技術分野における画期的な成果であった。
【0085】
以上本発明をエレクトロスピニング法を用いて紡糸した繊維からなる不織マットシートの実施例に即して説明したが、本発明のシートは細胞培養基材として用いることができる限り不織マットに限定されず、細胞が侵入して接着することが可能な構造を有する限り、本発明の範囲に含まれる。
【符号の説明】
【0086】
1 エレクトロスピニング装置
10 筐体
11 前扉
20 シリンジ
21 チューブ
30 ノズル
31 レール
40 回転ドラム
【要約】
エレクトロスピニング法で紡糸された生体適合性繊維からなる不織マットで構成された細胞培養基材を開示する。生体適合性繊維は、繊維長が2mm~80mm、繊維径が10~80μmであり、無機フィラー粒子を20~50vol%(約45~75wt%)、生体適合性樹脂を50~80vol%(約25~55wt%)含む。無機フィラー粒子は繊維の表面に部分的に露出して凹凸構造を形成している。不織マットは、播種された間葉系幹細胞を繊維間に捕捉して、繊維に接着させることができる。不織マットを構成する複数の短い繊維が互いに絡み合って接触する複数の箇所において付着して連結することによって、前記生体適合性繊維と繊維の間の空間に細胞が接着して増殖することができる微小環境が形成された三次元立体構造を有する。
【選択図】
図2(A)(B)